台本概要
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タイトル | 【BL】満ち欠けに酔わす(2:1:0) |
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作者名 | 唯独殊 (@xx_TadaHitoKoto) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 3人用台本(男2、女1) ※兼役あり |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
――この世界には、男性と女性の他に、もう1つの性がある。Domと、Subだ。 ―――――――――― ◎注意事項 【世界観説明】 Dom/Subユニバースという特殊設定をお借りしたボーイズラブ脚本です。 参考元: https://www.pixiv.net/artworks/52626061 また、Dom/Subユニバースに対しての独自解釈(後天性設定,社会的な観点等)を多分に含んでおります。 【内容について】 直接的な性描写はございませんが、匂わせている部分があるため、演者は18歳以上に限らせていただきます。視聴者については特別年齢制限を設けません。 またボーイズラブですので、内容はしっかりと確認した上で上演してくださいませ。 女性役が1人分(兼役)ありますが、とてもモブです。演者兼兼役で招待しましょう。誰も捕まらない場合は作者呼んでいただいても構いません。 【演じる上での補足説明】 ・英単語のセリフは、流暢にしない方がいいかなと思います。日本人英語ベタ読みでお願いします。 ・括弧内の書き分け (M):モノローグ(キャラ本人っぽく語り口調) (N):ナレーション(キャラ本人の状況説明) (心の声):心の声(読んで字のごとく心の声) 何となくで分けてるので、何となくで読んでいただけたらと思います 【使用の際の規約】 ・非商用利用時は連絡不要です(投げ銭機能があるアプリは非商用と同等とする) ・使用の際は、告知(ツイート、フライヤー等)に、脚本名・作者名の明記をお願い致します。加えてツイートには、作者TwitterID(@xx_TadaHitoKoto)・脚本URLの記載もお願い致します。是非リアタイもしくはアーカイブにお邪魔させてください 【脚本改変について】 ・世界観を壊さない程度のアドリブは大歓迎です。読みやすい言い回しに変えていただいても構いません ・性別変更は全キャラ禁止です ・女性が男性を演じる点については、男性として演じていただけるならOKです 【その他不明点について】 何かございましたらTwitterDMにて対応させていただきます 308 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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侑介 | 男 | 329 | 27歳。明るく活発な青年。 少し抜けているところはあるが努力家で、仲間内から可愛がられている。 ソフト寄りのマゾヒストで遊びの女性関係もある。 最近健康診断にて、後天性Dom性であることが発覚する。 |
寿真 | 男 | 259 | 34歳。真面目で堅物な侑介の上司。あまり表情が優れずその真意が見えないため恐がる社員も多いが、反面信頼を置いている社員もいる。 侑介曰く「生粋のDom性」ということだが…? |
リサ | 女 | 44 | 同僚と兼役。多分姉御肌。 |
同僚 | 女 | 14 | リサと兼役。多分茶髪ボブ。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
リサ:「『Kneel』…おすわりよ、侑介」
侑介:「…はい」
リサ:「『Good boy』いい子ね。それじゃあ、始めましょうか」
寿真:「(M)この世界には、男性と女性の他に、もう1つの性がある。Dom(ドム)と、Sub(サブ)だ」
0:(間)
リサ:「えーっと…ライターライター……」
侑介:「お姫様がお探しなのは、こちらですか?」
リサ:「あらあら…ありがとう。一服いただくわね」
侑介:「どうぞどうぞ。俺も、お隣で一服失礼します」
リサ:「はいどうぞ〜」
0:(リサと侑介、煙草を吸い始める)
侑介:「今日もありがとう、リサ姉。付き合ってもらっちゃって」
リサ:「別にいいわよ。私としても、遊びで実際のSubにコマンド使うのは気が引けるし」
侑介:「ああ、そういうものなんだ」
リサ:「そういう奴もいるとは思うけど、私はアンタみたいな物好きにごっこで使う方が気が楽なのよ」
侑介:「やっぱり、Subの人にやるのと俺にやるのとでは違うもんなの?」
リサ:「当たり前じゃない。あくまでごっこだし、向こうも私も感じ方は全然違うわよ」
侑介:「ふーん…」
リサ:「まあさっきも言ったように、Nomalにやるのも嫌いじゃなかったし。最後の相手があんたなのも良かったって思えるわ。ありがとう」
侑介:「いえいえそれほどでも………え?!最後って…?」
リサ:「あれ言ってなかったっけ?私、あんたと会うの今日で最後よ」
侑介:「いやいや聞いてない!てかいきなりなんで?」
リサ:「いきなりな話でもないのよ。前から交流があった子と、正式にパートナーになることになったの」
侑介:「パートナー…Subの子とってこと?」
リサ:「そう」
侑介:「パートナーいるのに俺と会ってていいんですか?!」
リサ:「1週間後正式に契約することになるから、それまでお互い挨拶回り。向こうも結構な遊び人だから」
侑介:「は、はぁ…似たもの同士、ってことすか」
リサ:「今、もしかして失礼な意味で言われた?」
侑介:「いえいえ!とんでもございません!」
リサ:「ふふ。てことで、侑介くんと会うのは多分今日が最後ね」
侑介:「なあんか、寂しいっすね〜」
リサ:「アタシももうこれで男抱くことはないと思ったら寂しいわね〜」
侑介:「そう言ってくれるのは嬉しいっすね〜」
0:(少しの間)
侑介:「え?!」
リサ:「何よさっきからえーえーって…頭に響くじゃない」
侑介:「今、男抱くの最後って言いました…?」
リサ:「うん」
侑介:「…遂に抱かれる側になるんすか?」
リサ:「そんなわけないでしょ、遂にもクソもないから。パートナーちゃんが女の子なのよ。アタシ元々バイだし」
侑介:「なんだそういうことか…」
リサ:「第一、仮に抱かれたかったとしてもそうはならないのよ。Dom(ドム)ってやつは」
侑介:「ふーん…ダイナミクス性って、そんな逆らえないもんなんすか?」
リサ:「基本的にはそうね。本能的に宿ってるもの…ココで考えることじゃないのよ」
0:(リサ、指で頭をトントンと叩く)
侑介:「でも、憧れるな〜!Sub性!命令されるだけで気分アガるんでしょ?」
リサ:「そんな単純なものじゃないわよ。でも、正しくコマンドを行えば、そりゃもう今日の比じゃないことは確かよ」
侑介:「は〜〜…ただのMな俺でも今日のは最高だったっていうのに…」
リサ:「実際アタシもNomalとSub相手じゃ、全然感じ方違うし」
侑介:「それも本能から来るもんなんですかね?」
リサ:「多分ね」
侑介:「なんか変に悔しいってか、負けた気がする」
リサ:「何によ」
0:(2人で笑いながら)
侑介:「てかやべ、そろそろ帰らねぇと」
リサ:「明日もお仕事?」
侑介:「そうです。最近忙しいんすよね〜、任されてる書類の提出もあるし。半端な仕事したらまた岸田サンにドヤされちまう」
リサ:「ああ、苦手な上司だっけ?」
侑介:「はい…なんかあの人だけはノリ合わないんすよねぇ〜」
リサ:「社交性だけが取り柄みたいなところあるのに、惜しいわね〜」
侑介:「だけって酷くないすかだけって!」
リサ:「ふふっ」
侑介:「んで今何時だ?えっと、スマホスマホ…」
0:(スマートフォンを操作する侑介)
侑介:「10時半か…あ、健康診断の結果来てる」
リサ:「へぇ、今ってメールとかで来るものなんだ?」
侑介:「ウチの会社でも5年くらい前から変わったらしいですけど。紙だとすぐ失くすんで、俺的にはこっちの方が助かりますね」
リサ:「やめてよ〜?性病とか見つかったりしてないでしょうね?」
侑介:「そんなのなってません、って……え?」
リサ:「…え、まさか見つかったんじゃないわよね?」
侑介:「いや…病気じゃないんすけど……」
リサ:「じゃあ何よ」
侑介:「………」
リサ:「ねえちょっと、どうしたの?」
侑介:「…『今回の血液検査の結果、あなたは後天性Dom性であることが発覚致しました。つきましては後日手続きを行ないますので、下記URLより詳細についてご確認ください』……」
リサ:「…は?」
侑介:「……はぁぁあ?!」
0:(間)
侑介:「(M)ダイナミクス性とは、数十年ほど前から発見された男女とは違う2つ目の性別である。このダイナミクス性は、『人間の力関係』を司っているものであり、Domに生まれた者は"Subをコントロールしたい"、Subに生まれた者は"Domにコントロールされたい"という本能からの欲求がある」
寿真:「(M)この欲求は、人間の三大欲求に同じく、皆が常に"満たしたい"と欲すものであり、長く満たされない場合はストレスが溜まってしまったり、自律神経の乱れにも繋がってしまう」
侑介:「(M)そのため現在の日本では、このダイナミクス性の欲求を満たすため、Dom性とSub性でパートナーとなりあうことが推奨されている。どちらにも属さない従来の人間と同じであるNomal性では、ダイナミクス性の本能的欲求を満たすことは難しいためである」
寿真:「(M)そして、近年進められてきた研究の中で明らかとなったこととして、ごく稀に、このダイナミクス性にNomal性の人間が"後天的に変わる例"があることが確認された。詳しい原因などは不明で、今後更なる研究が求められている」
侑介:「(M)そしてそう、まさにその例の一つとして…」
侑介:「まさか俺がDom性になるだなんて……」
侑介:「(N)俺は冴島侑介。25歳。男。Nomal性…であった後天性Dom性の男」
侑介:「(心の声)おかしいだろ…なんで俺がよりにもよってDom性なんだよ!俺は中学時代に性的趣向に目覚めてからMとして立派に育ってきたんだよ!それが10年経った今唐突にDom性って…そりゃおかしいだろって!よくわかんねぇけどDomってあれでしょ?人をコントロールしたい〜って、お仕置したい〜調教したい〜って思うんでしょ?俺にはそんな気微塵もないって!俺はどちらかと言えばお仕置きされたいし調教されたいんですよって!!それなのに…なんで……なんで俺はクソ忙しい真っ昼間にこんなことを考えさせられているんだよぅ…」
侑介:「はぁ〜〜〜〜〜……あれから家帰ったけど、考えすぎて全然寝られなかったし…ふぁ…(欠伸)ねむい……」
同僚:「ふふ。大きな欠伸だね、冴島くん」
侑介:「ん?ああやべ…恥ずかしいところ見られた…」
同僚:「後でコーヒー飲んだら?目、覚めるよ」
侑介:「そうだな〜そうするよ、ありがとう」
同僚:「ふふ、頑張ってね」
0:(同僚、その場を去る)
侑介:「コーヒーかぁ…確かにこれは、いるかもなぁ……ふぁ…(欠伸)」
0:(侑介、紙束で頭を叩かれる)
侑介:「イタッ?!…う、岸田サン……」
寿真:「職場で堂々と欠伸をするな。しかも何度も。まだ午前中だ、全体の士気が下がる」
侑介:「あ、はい…すいません……」
寿真:「す"い"ませんではなく、す"み"ません、だ。間違った使い方では失礼に当たる」
侑介:「っ……すみません」
寿真:「……」
侑介:「…あの、俺に…なんか用すか?」
寿真:「ああ、さっき提出してもらった書類だが、目を通させてもらった」
侑介:「え、もうすか…?出したのついさっきですけど…」
寿真:「チェックに長い時間をかける必要性を感じないからな。それで内容についてだが」
侑介:「あ、はい…」
寿真:「……作業に身が入っていないように思う。序盤は良い調子だったが、終盤でのまとめがあまりにも雑だ」
侑介:「うぐ…」
寿真:「大方、その寝惚け状態で書き上げたんだろうが…これでは不十分だ。近日中に再提出するように」
侑介:「…はい、分かりました」
寿真:「………」
0:(寿真、自席に戻っていく)
侑介:「……作業に身が入ってない、か。ちょっと自信あったんだけど、やっぱ最後まで気ぃ張ってかないとだな〜…。仰る通り、この状態で仕上げました……はぁ…再提出、気張ってこ……」
侑介:「…てか、やっぱり苦手だなぁ…あの人。洒落とか通じなさそうなお堅い感じっていうか…俺なんかより、ああいう人がまさしくDom性って感じだよなぁ…リーダーシップあるし、他からは頼りにされてるし、お堅いし…」
侑介:「(N)自分はDom性に向いてない。なんてそんなことを考えながら、俺は岸田サンによって書き込まれた書類の赤と睨めっこをしながら、眠気と作業に向き合い始めた」
侑介:「(M)ダイナミクス性は、向き不向きで語れるものではない。この時の俺は、そのことを深く理解できていなかったんだ」
0:(間)
侑介:「はぁ……ッチ…(苛立っている様子)」
同僚:「あ、あの…冴島く…」
侑介:「(かぶせて)何…?」
同僚:「ッ!あ、あの…えっと……」
侑介:「(かぶせて)どうかした?なんか用?」
同僚:「え、と……あ、あ…さ、えじま、さん……」
侑介:「……ごめん、水飲んでくる。後にして」
同僚:「あ…あっ……」
0:(倒れそうになる同僚の肩を支える寿真)
寿真:「っと、間一髪…。大丈夫か」
同僚:「あ…きしだ、さ…わたし……」
寿真:「今日は上がっていい、車を出そう」
同僚:「えっ…いや、そんな…大丈夫ですから…」
寿真:「今は他のDomとの接触すら危うい。君は電車通勤だったと記憶している。不特定多数の人間がいる場所に、君を放っておくことはできない」
同僚:「……すみません…」
寿真:「君が謝ることではない。問題があるのは…彼の方だ」
同僚:「……」
寿真:「私が話をつける。その後に君を送るから、それまで待っていてくれ」
同僚:「え…?でも、岸田さん…」
寿真:「大丈夫だ、簡単に持っていかれはしない。君には明日、安心して仕事に励んでもらわなければならないからね」
0:(間)
侑介:「っクソ、イライラするし頭もいてぇ…なんだこれ……」
侑介:「(N)近頃俺は、苛立ちを強く覚えるようになっていた。理由は全くもって不明。なのにその苛立ちは日に日に激しくなり、自分でも制御ができないほどになっていた」
侑介:「……あぁぁっ!急になんなんだよクソッ…!(水を一気飲みして、乱暴に机にコップを置く)」
寿真:「物に強く当たるな。破損させたらどうするつもりだ」
侑介:「あ?!なに…んぐ?!」
寿真:「黙って口に入れてくれ」
0:(振り向いた瞬間、寿真に何かを口に突っ込まれる侑介)
侑介:「ッ…なにすっ…!」
寿真:「(かぶせて)そして一杯飲み干していた後で悪いが、もう一杯飲んでもらおう」
侑介:「んん?!」
0:(そのまま寿真に水を飲まされる侑介)
侑介:「っ…ぷは!!いきなり何するんすか!」
寿真:「頭痛と自律神経の乱れ」
侑介:「…え?」
寿真:「君に今起きている症状によく効く薬だ」
侑介:「くすり…?…えっ、てか岸田さん…なんで今俺が、イライラしてて頭いてぇって…」
寿真:「前者に関しては周りの人間皆が理解できることだ。私に飲まされる前に自ら対処すべきではないのか?」
侑介:「ッ……すいません」
寿真:「(かぶせて)すみませんだ、正しく使えと言っただろう」
侑介:「…すみません……」
寿真:「……落ち着いてきたか?」
侑介:「…あれ?そいえば、胸のあたりがスッキリするような…」
寿真:「であれば戻れ。仕事は山ほどあるぞ」
侑介:「はっ…はい!失礼しますっ!」
寿真:「……ああ、それとだ」
0:(走りさろうとする侑介を止める寿真)
侑介:「っ…なんでしょうか?」
寿真:「今日の夜は予定があるか?」
侑介:「え?いや、特にないです、けど…」
寿真:「そうか。では退勤後、後ほど送る店で待ち合わせにしよう」
侑介:「…は?」
寿真:「なんだその間抜けな返事は」
侑介:「その…それって、飲み行こうとか…そういうことですか?」
寿真:「何か問題でもあるのか?」
侑介:「いやだって、あまりに急だし、寿真さんって飲みに行くイメージとかないから…しかもなんで俺?」
寿真:「君だからこそだ」
侑介:「…はぇ?」
寿真:「間抜けな返事はもういい。分かったか」
侑介:「は…はい!!」
寿真:「では戻れ」
侑介:「はいぃ!!」
0:(そそくさと駆け足で去る侑介)
侑介:「なんなんだよ!あんな強引な飲みの誘い聞いたことねぇよ…!あ〜マジでなんなんだあの人!!」
0:(間)
0:(回想)
侑介:「いきなりDomって言われたって、何したらいいか全然わかんねぇ…」
リサ:「とりあえず病院で改めて検査かな〜?んで戸籍情報とかの手続き関係」
侑介:「うげ、めんどくさ…。とりあえず3週間後くらい…かな」
リサ:「おっそ」
侑介:「今仕事忙しくて時間取れないんすよ、土日はダメらしいから有給取らなきゃだから」
リサ:「なるほどね…。まあ、なんかあったら連絡寄越しなさいよ」
侑介:「連絡?でも今日で会えなくなるんじゃ…」
リサ:「今のアンタの事情話したら、パートナーちゃんもOK出してくれるわよ。引越し準備とかで会うのは難しいかもだけど、相談くらいは乗れるから」
侑介:「相談か…」
リサ:「とりあえずアンタはまず、ダイナミクス性について色々と調べときなさい」
侑介:「…病院の検査、受けてからでも…」
リサ:「はいめんどくさがらない。自分のことなのよ」
侑介:「めんどくさがってる訳じゃなくて…なんていうか、その…」
リサ:「なによ」
侑介:「…俺の中で、俺の常識が変わる気がして…なんか怖いっていうか……そんなすぐに受け入れられないってか…」
リサ:「…まあ、悲しいことだけど、嫌でも自覚することになるわよ」
リサ:「自分は、本能には逆らえなくなるんだって」
0:(間)
侑介:「づがれだ…」
侑介:「(N)あの後、岸田さんから謎の薬を飲まされた俺は、数日間感じていた苛立ちや頭痛が嘘のようになくなり、押し寄せる膨大な仕事に集中できた」
侑介:「…あの子、帰っちゃってたなぁ。結局何話そうとしてくれたか聞けなかった」
侑介:「(N)本来ならまだ仕事が残っており、お決まりの残業コース…のはずだったが、何故か俺と岸田さんだけ先に上がれることになり、俺は岸田さんから受けとった店の場所へと重い足を引きずっている」
侑介:「あの状況で先上がんのは流石に気が引けたけど、みんなして行ってこいって言うんだもんな…俺今から何されるんだよ……こえー」
0:(短い間)
侑介:「っと…ここか。いかにも隠れ家って感じの居酒屋……」
侑介:「……はぁ〜…入るか……」
侑介:「(N)店へと足を踏み入れた俺は、入るや否や奥の個室へと案内された。戸惑いながらも通された部屋の前へと行き、扉を開けると」
寿真:「お疲れ様」
侑介:「(N)その人は、当然のようにそこにいた」
0:(短い間)
寿真:「何を飲むんだ?」
侑介:「あ、えっと…そうっすね。じゃあコーラで」
寿真:「酒は飲まないのか?」
侑介:「…俺あんま酒強くないんで。あと…体調悪かった手前、酔うのはちょっとどうかなって」
寿真:「なるほど。酒が強くないというのは意外だな」
侑介:「そうすか?」
寿真:「ああ。ちなみに私もあまり飲める方ではない。同じくソフトドリンクにしよう」
侑介:「…そすか」
寿真:「すみません。コーラ1つと、オレンジジュースを1つ。あとは焼き鳥の盛り合わせと…」
侑介:「(心の声)こんな時でもやっぱちゃんとすいませんじゃなくてすみませんだなぁ…てかソフトドリンクのチョイスオレンジジュースなんだ…それこそ意外だなぁ……」
寿真:「…以上で、お願いします」
侑介:「………」
寿真:「………」
侑介:「………」
寿真:「………」
侑介:「(心の声)えっ…気まずい〜〜??なんか空気重くない?いやでもそうか、あんなことがあって、残業放ってまで誘われた飲みがそんな愉快なものなわけないよな…?そりゃそうだよな!?俺が間違ってた〜そもそも岸田さんと2人きりで楽しい飲みなわけがなかったんだ〜てか退勤の時のムード的に2人なことは察してたけどこんな個室に2人きりにさせられるなんて思うわけないじゃん〜!」
寿真:「………」
侑介:「っ………」
侑介:「(心の声)…とりあえず、謝るべき…だよな?あの子が帰っちゃったのも、多分俺が関係してるんだろうし…マジで合意じゃないのは怖すぎるけど一応薬の件もあるし……よし、謝ろう。話はそれからだ」
侑介:「………あの」
寿真:「(かぶせて)Glare(グレア)の経験は今までになかったのか?」
侑介:「……え?」
寿真:「Glareだ。その顔からすると、経験はなさそうだな」
侑介:「……いや、経験というか…」
寿真:「私も久しぶりに目の当たりにした。確かに最近忙しかったことはあるが、Domとしての精神のコントロールは必ずすべきだ。さもなくば、またいつこのような事態になるか…」
侑介:「(食い気味で)あ、あの…!」
寿真:「なんだ?」
侑介:「…もしかして、俺がイライラしてたり頭が痛かったのって…Domのせいなんですか?」
寿真:「……え?」
侑介:「いや…今岸田さん、Domとしての精神のコントロールって言ったから…」
寿真:「…だって君は、Dom性だろう?」
侑介:「…一応?」
寿真:「一応とはなんだ?ダイナミクス性に一応も何もない」
侑介:「だって俺、なんもわかんないんですよ!」
寿真:「…分からない?」
侑介:「そうなんすよわかんないんです!俺、自分がDomだって知ったのついこの前なんですよ…!」
0:(沈黙)
寿真:「……なん、だって?」
侑介:「…この前、会社の健康診断の結果返ってきたじゃないですか」
寿真:「ああ、確かに返ってきていたな」
侑介:「その時に初めて知ったんですよ。自分が後天性のDom性だって」
寿真:「…後天性?」
侑介:「はい…それで俺、なんか再検査とか手続きとかしなきゃいけないんですけど、最近仕事忙しいから有給取ってる暇じゃないなと思って…自分のDom性のこと後回しにしてて…それで……あ〜そのせいってことかぁ?!だとしたら完全にやらかしてんじゃん俺…」
寿真:「待ってくれ…じゃあ君は、Glareは愚か、ダイナミクス性として起こること全てに経験がない、ということか…?」
侑介:「…はい。一応調べたりはしたんすけど、そのぐれあ?ってやつのことは知らないっす…」
寿真:「……なるほど、そういうことか…。はぁ…そうか、そうか…合点がいった…」
侑介:「…すみません、俺。多分、ダメなことしちゃったんすよね…」
寿真:「そうだな。確かに君は、良くないことをした。説明していこう。まずは…そうだな。コマンドについてはどこまで知っているんだ?」
侑介:「命令、のことですよね?」
寿真:「そうだ。DomはSubに対して命令―コマンドをし、そしてSubはそのコマンドに従うことで、双方ダイナミクス性としての欲求を満たすことができる。ダイナミクス性にとってコマンドとは、食欲に対する食事、睡眠欲に対する睡眠、そして性欲に対する性行為と同じものだ」
侑介:「人間の三大欲求と、同等ってことですか…?」
寿真:「ああ。程度は人に寄るが、満たせていなければ不足するものであり、我慢が効くにも限度がある。現在の君…冴島くんの状態は、その我慢が限界に達してしまっているということだ」
侑介:「でも俺、今はなんともありませんよ?」
寿真:「そうだな。では君はなぜ、"今は"なんともなくなっていると思う?」
侑介:「今、は……あ!薬!」
寿真:「私が君に飲ませたのは、Dom性の欲求不満を一時的に抑えるための薬だ。大抵のDomは基本理解しているものだと思い説明を省いたが…それも察せるわけがないな」
侑介:「ホントですよ!これで身体が縮んだりしたらってめちゃくちゃ不安だったんですからね!」
寿真:「…そんなにか?」
侑介:「…いや、すいませ…すみません、ちょっと盛りました…。…でも、それでも説明は欲しかったっすよ」
寿真:「それはすまなかった。私も危うい状況ではあったからな、なるべく早急に済ませたかった」
侑介:「…?それであの、ぐれあってのは…?」
寿真:「Glareとは、獣でいうところの威嚇行為に近いものだ。DomがSubに対してGlareを行なうと、Subは強制的にDomに従いたいと思ってしまい、身体や思考の自由を奪われる」
侑介:「…じゃあもしかして、あの子って…」
寿真:「Sub性だ。冴島くんのGlareを受けた結果、思うように自由が効かず、心身共に疲弊してしまったということだ」
侑介:「……はぁ〜〜〜〜…マジでやらかしてる…申し訳なさすぎる……」
寿真:「DomのGlareは本来、Dom同士の力比べのような時に使われるが、君は我慢の限界に達したことでDomとしての本能の制御が効かず、無意識下で使ってしまっていたんだな」
侑介:「…すみません!本当にすみません!本当は岸田さんじゃなくて彼女に謝るべきなのは分かってるんですけど…もう俺、どうしたらいいのか分かんなくて…」
0:(短い間)
寿真:「…ダイナミクス性としての緊急時、会社に事情を説明すれば有給など取らなくとも、検査を優先することを勧められただろう。発覚してすぐに行動をしなかったことが、今の君が恥ずべきことだ」
侑介:「……はい」
寿真:「Glareについても勿論良くないことだが…こちらは"今の君"が恥ずべきことではない。そう落ち込むな」
侑介:「…でも……」
寿真:「二度と同じ失敗をしなければいい。そのために、今から行動をしていけばいい。それだけの事だ」
侑介:「……」
寿真:「本当は君に説教を垂れるつもりだったんだが…」
侑介:「ッ…ですよね……」
寿真:「…しかし、私も私で甘かった。君の悩みにもっと早く気づき、相談に乗るべきだった。すまない」
侑介:「そんな、岸田さんはなんも悪くないですって…」
寿真:「数日前から冴島くんの様子がおかしいことには薄々気づいていた。その時から私も行動すべきだったんだが…これも本能かもしれないな。Domには逆らえない、厄介なものだよ」
侑介:「………ん?」
寿真:「どうした?」
侑介:「岸田さんも俺にGlare使ってたってことですか?それで俺の方が強かったみたいな?いや自分で言ってておかしいな。そんなわけ…」
寿真:「ああ、そんなわけがない。私がGlareを使えるわけないだろう」
侑介:「…え?Domでも使えない人がいるんですか?」
寿真:「…私は、Subだぞ?」
0:(沈黙)
侑介:「………え?」
寿真:「ん?」
侑介:「え…えぇええええ?!」
寿真:「しっ…声が大きい!個室と言えここは店だぞ」
侑介:「ああっすいません…じゃなくて!えっ…?岸田さんって…Subなんですか?」
寿真:「ああ、そうだが」
侑介:「Domじゃなくて?」
寿真:「ああ」
侑介:「部下に的確に指示してて、周りからも慕われてる感じで、お堅い岸田さんが…?」
寿真:「…最後は悪口のような気がしたが…」
侑介:「え?!あ!違いますよ?!」
寿真:「…私は生まれながらのSubだ。君の様子がおかしいことがDomとしての欲求不満だと、己の本能で感じられた程度にはね」
侑介:「にわかには信じられない…」
寿真:「信じてもらわなければ、身体を張って君のGlareを止めた私が報われない」
侑介:「…あ、そっか!俺、岸田さんにも同じことやりかねなかったってこと…か…いやほんと、ありがとうございます…んですみません…」
寿真:「…いけない、また君を悲観的な気持ちにさせてしまったね。今君と、こうやって話せているのだからそれでいいだろう」
侑介:「そう言ってもらえると、救われます」
寿真:「君は…私が思ったよりも真面目な男なのかもしれないな(ぼそりと)」
侑介:「?なんか言いました?」
寿真:「…いや、なんでも。しかし勘違いをしてもらえたことは、私にとっては幸福なのかもしれない。正直なところ、Domに見えるように振舞っているところはあるからな」
侑介:「自分をDomっぽく見せてるってことですか?」
寿真:「ああ」
侑介:「なんで、わざわざそんなことを?」
寿真:「…冴島くんは、DomとSubの社会的な関係値については認識があるかな?」
侑介:「え?あ〜…確か、Domの方が会社の重役につく率が大幅に高いって…」
寿真:「ダイナミクス性とは分かりやすく、:DomはSubを従える側であり、SubはDomに従う側だ。Domとは人を従えることに喜びや快楽を覚える、これがつまり社会ではどうなると思う?」
侑介:「…Domは他の人よりも、人の上に立ちたいって思うでしょうね」
寿真:「そしてSubとは、その人の上に立ちたいというDomに対して、本能的に「支えたい」「応援したい」と思ってしまう存在だ。超えたいという考えには行き着きにくい。仮に行き着いても結局は本能の前で道を譲らざるを得ないんだ」
侑介:「……なるほど」
寿真:「…俺も、人の上に立ちたいとは思うが、自分の上司がDomであった場合、圧をかけられてしまえばやはり抗うことができない。痛いほど感じたよ。…だからといって、なめられたくはない。"Subだから"という枕詞を捨てたいと思ったんだ。だから俺は、周りからSubに見られないようにと動いてしまっているんだろうな」
侑介:「………」
寿真:「…すまない、自分の話が長くなるのは悪い癖だ。ましてやDomである君にする話ではなかったかもしれないね」
侑介:「いや、その…聞けてよかったなって思って」
寿真:「…というと?」
侑介:「…実を言うと俺、岸田さんのことめちゃくちゃ苦手なんすよ」
寿真:「ッ……そう、か…」
侑介:「すみません!悪く言いたい訳じゃなくて…苦手なのも、俺とはノリ合わないなぁ〜とか、そういう意味合いで…」
寿真:「………」
侑介:「でもさっきの話聞いて、印象変わったっていうか…さっきの話してる時の岸田さん、人間っぽくていいなぁって…」
寿真:「…君は、俺の事を人間っぽくないと思っていたということか?」
侑介:「いや!そういうことではない…わけでもないかも、しれないっすね…?」
寿真:「……そうなのか」
侑介:「なんていうか、機械的な雰囲気がしてたんすよね。何を投げても反応が一緒というか」
寿真:「ああそれは…そうだな、俺の責任だなそれは。昔からコミュニケーションの類が得意でなくてな。今日君を飲みに誘うのも、なんて言ったらいいか全くわからなかった」
侑介:「確かにあれは酷かったっす」
寿真:「…自覚はある」
侑介:「でもそう、俺そこも気になってたんすよ」
寿真:「何がだ?」
侑介:「Glareのことについて俺に指導するなら、別に社内でもいいんじゃないかって思ったんで。わざわざ飲みの席じゃなくても〜って。今実際俺たちソフトドリンクしか飲んでませんし」
寿真:「ああそれは…。ふふっ、矛盾していることを言うが、一度君とコミュニケーションを取るべきだと思ったんだ」
侑介:「俺と?」
寿真:「俺はDomに見えるように振舞っているが、同時に社内でダイナミクス性についての相談口も進んで請け負うようにしている。自分の性もあり、打ち明けてくれるのは基本的にSubの子が多いが、小さな悩みから大きな分岐点まで、寄り添って行けたらと思っている」
侑介:「へぇ…」
寿真:「ダイナミクス性は本能が司る部分があまりに大きい。それこそ三大欲求よりも抗えないものだ。それに対して、理性で叱るのはあまりにも理不尽が過ぎるだろう?だから君とは今回のことに関して、俺の方から一方的に指導することはしたくなかったんだ。君の声も聞いて、その上で解決していきたいってね。…それにより、説教の部分が大幅カットされたというだけだ」
侑介:「………」
寿真:「当然だが、君は今までダイナミクス性のことで悩んでいる素振りを見せてはいなかった。なのに突然、ああなってしまっていた。だから何か悩みの種があるのではと思ったし、その助けになりたいとも思った。…もっと早くに行動すべきではあったんだがな、謝罪を繰り返しては価値が下がる」
侑介:「………」
寿真:「どうしたんだ?先程から惚けた顔をしているぞ」
侑介:「いや、岸田さん…Domっぽく振舞ってない方がいいのにって思っただけっす」
寿真:「…え?」
侑介:「いつも見てる俺がDomっぽい岸田さんで、今俺と話してるのがSubの岸田さんなら、俺は今の岸田さんを頼りたいし、仲良くなりたいなって思うかなって」
寿真:「……俺としては大きく変えているつもりはないが、君から見てそんな180度意見が変わるほど、今の俺は違うのかね?」
侑介:「そりゃあもう!今の岸田さんはあったかいってか、上司というより…先輩って感じで」
寿真:「……そうなのか」
侑介:「それに、俺の浅はかなダイナミクス性の知識で申し訳ないんですけど、寿真さんのその"相談口になりたい"って、Subとしてのカッコいい考え方なんじゃないですか?」
寿真:「どういうことだ?」
侑介:「調べてて知ったんですけど、Subってただ"従わせてほしい""お仕置されたい"って欲求以外に、"尽くしたい"っていう欲求もあるって知って」
寿真:「確かにそうだな」
侑介:「"人に対して尽くしたい"ってところから"相談口になりたい""人の助けになりたい"ってのが来てるんだとしたら、Subである岸田さん捨てちゃうの、もったいないなって」
寿真:「…俺の思いが、Subの欲求から来ていると言いたいのか?」
侑介:「そんなネガティブな感じじゃなくて…というか、人のためになりたいって感情も結局、ダイナミクス性関係なく"欲"のひとつだと思うんですよね。人助けしてる俺…いい感じ!って」
寿真:「確かにそうだが、言葉にしてしまうと随分下世話になってしまうな…」
侑介:「だから下世話でいいと思うんすよ俺。てか下世話上等、人間って欲で動いてる時の方が素直じゃないすか。んで、素直な人間の方が人間らしい。岸田さんがその人のためにってことを義務感でやってるんだとしたら、そんなにたくさんの人が岸田さんのこと頼りにしないって思うんです」
寿真:「………」
侑介:「ん〜…なんか言いたいことよくわかんなくなってきたんですけど…とにかく!俺は今の岸田さんが好きです!」
寿真:「…そうか、ありがとう」
侑介:「俺元々Sub に対してマイナスイメージ持ったことなかったんで、コンプレックスみたいにしてること 自体不思議に思っちゃうのかもしれませんけど」
寿真:「まあ...君は後天性とはいえ Dom 性だからな。隣の芝は青く見える、というやつか?」
侑介:「ん〜…というか俺、多分Subの方が向いてる?と思うんすよねぇ…」
寿真:「向いている…というと?」
侑介:「………引かないでもらって、いいすか?」
寿真:「…ああ。俺も色々と話したからな。今更無礼講だろう」
侑介:「じゃあ……。(深呼吸)俺、いわゆるマゾってヤツなんですよ」
寿真:「…まぞ」
侑介:「そう、マゾヒストのマゾ。SMのMなんすよ、俺」
寿真:「………見えないな」
侑介:「見た目で判断してますよねそれ?!」
寿真:「君だって私を見た目で判断していたじゃないか」
侑介:「うぐ、確かにそうか…。周りからも意外ってよく言われるんですけど、実はそうで。その…Domの知り合いと、コマンドごっことかしてたんですよ…つい最近まで」
侑介:「(心の声)打ち解けて見え方が変わったからって、なんで俺ノリと勢いでついさっきまで苦手だった人にこんな話してんだろ〜…」
寿真:「…ごっこ?」
侑介:「ごっこ、です」
寿真:「というとその…小さな女の子がやる、おままごとのような…?」
侑介:「はい…まあ相手はガチのDomなんで、俺だけおままごと〜みたいな感じすけど…」
寿真:「………」
侑介:「………」
寿真:「…っく……はははは!」
侑介:「ちょっ、今日1番笑うじゃないですかぁ?!」
寿真:「(笑いを堪えるように)いやすまん…俺にはあまりにもマニアックな世界で…。なるほどな…Nomalだとそういうこともするのか……」
侑介:「多分稀なケースなんで、参考にはしないでほしいんですけど…」
寿真:「…しかしなるほど。冴島くんにとっては、DomよりもSubの方が親近感が湧くというわけだな」
侑介:「そんな感じっす。だから俺、コマンドとかできる自信まるでないんすよね…」
寿真:「くく…そうかそうか……。お互いに、見かけによらずといったところなんだな」
侑介:「…確かに。Domっぽい岸田さんと、Subっぽい俺ってことか」
寿真:「俺としては、普段の君はDomっぽく映っていたがな。君をよく知る知人の中では、Domの君は意外に映るんだろう」
侑介:「逆に岸田さんは、よく知らない人から見るとDomっぽく見えて、よくよく知るとSubなのが納得できる、と…」
寿真:「…やはり、腹を割って話してみなければ分からないことだな」
侑介:「俺に関しては若干割りすぎたかなと思ってやや後悔してますけど…」
寿真:「はは…いや、笑ってしまいはしたが、君の性癖を否定する権利は俺にはないからな。安心してほしい」
侑介:「知られたことが既にやっちゃったと思ってるんすよね〜!!」
寿真:「っははは…(笑いが落ち着いて)さて、時に冴島くん」
侑介:「なんすか?」
寿真:「とは言っても君は今、Dom性の人間であり、薬で抑制しているとはいえDomとして欲求不満の状態だ。薬の効果は一時的だし、過剰摂取も良くない。君はやはり、コマンドで一度、その溜まってしまった欲を満たす必要性がある」
侑介:「……そう、っすね。絶対そうするべきだと聞いてて思いました」
寿真:「俺はあまりこういう類は詳しくないが、コマンドをサポートしてくれる店…のようなものもあるらしい」
侑介:「えっと…ダイナミクス性の風俗、みたいなのがあるってことですか?」
寿真:「ああ。まあ風俗よりも様式はきっちりとしているがな。今から利用して明日解消した状態で会社に行くことを勧めよう」
侑介:「………」
寿真「探すのは俺も手伝おう。詳しくはないが、アドバイスくらいはできるだろう。さて……(スマホを操作する)」
侑介:「……あの!」
寿真:「なんだ?」
侑介:「岸田さんって、パートナーって人はいないんですか?」
寿真:「そうだな。いたことはあるが解消している。今はいないぞ」
侑介:「……じゃあ、俺が岸田さんにコマンド使っても、問題ないってことですかね?」
寿真:「それは問題ない、が……まさか君…」
侑介:「……俺、初めてコマンドする相手は…岸田さんがいいっす」
寿真:「………本気か?」
侑介:「はい」
寿真:「…一応、理由を聞いてもいいだろうか?」
侑介:「……今目の前にいる岸田さんのことを、頼りたいって思うからです」
寿真:「………」
侑介:「だめ、っすか?」
寿真:「…まだ、コマンドを使っているわけではないよな?」
侑介:「え?あ、多分…?」
寿真:「そうか。では…全くどうして、断れない文句を言われたものだ」
侑介:「……えっと、その…」
寿真:「君、同性愛の思考はあるのか?」
侑介:「…多分ないと思います。でも、嫌だなぁって気持ちはかなり薄いです」
寿真:「そうか…では、君に不快に思われないよう、努力はしよう」
侑介:「!じゃあ…!」
寿真:「近くのホテルで、構わないか?」
侑介:「はっ…はい!!」
寿真:「では…行こうか」
侑介:「…はい……!」
0:(間)
侑介:「(M)あの時、自分の口から何故彼を指名してしまったのか分からない。それこそ風俗で頼んだ方が、好みの女の子とすることだってできただろう。でもその時の俺は、今俺の欠けているものを満たせるのは、多分この人だけなんだろうと、直感的に思ってしまったんだ」
0:(間)
寿真:「一応聞かせてほしい。本番の予定はあるか?」
侑介:「ホッ…本番?!」
寿真:「何故驚く。コマンドは性行為と兼ねる場合は非常に多い。君の想像通り、SMの側面が強いからな。それぞれの性的趣向がぶつかり合う場でもある」
侑介:「…しなくても、満たせるものなんですかね?」
寿真:「ああ、あくまで兼ねる場合が多いというだけで、コマンドだけでも十分だ」
侑介:「…なら、しないかな。流石に怖いっす…」
寿真:「そうだな、最初は簡単なものの方が互いに負担がないだろう。では簡易的にだが、今回のみの契約書を作成する」
侑介:「契約書?!そんな重いんすか、コマンドって…」
寿真:「いや、こればかりは名称が悪いな。安全のための確認書だと思ってくれ。パートナーとなるものが使うのが一般的で、1回きりなら口頭確認だけだったりと仰々しくはしないが、俺は毎回作るようにしていてな……まあ、経験だと思って付き合ってくれ」
侑介:「はぁ…そういうことなら」
寿真:「ではまず、セーフワードを決めよう」
侑介:「セーフワード…」
寿真:「コマンド中、Subが限界を超えた時に使用するものだ。今回の場合、俺がセーフワードを使用したら、冴島くんはどんな状態でもコマンドを中止することを約束してほしい」
侑介:「……俺、岸田さんのこと危険にする可能性があるんですか…?」
寿真:「今回は簡単なものだけだから大丈夫だと思うが、通常は過激なことをする場合もあるからな」
侑介:「……」
寿真:「安心しなさい。これでも君より長く、ダイナミクス性と付き合ってきたんだ。それに君も、そんな顔をしてくれるのであれば、きっと問題なく進められる」
侑介:「…わかりました」
寿真:「よろしい。では改めてセーフワードだが…メジャーなものだと信号の色だな」
侑介:「信号?」
寿真:「正常な状態はGreen、少し辛い場合はYellow、ギブアップがRedだ」
侑介:「ああなるほど!めっちゃ分かりやすいっすね」
寿真:「これでいいか?」
侑介:「はい、大丈夫です!」
寿真:「うむ。次はコマンドの内容についてだ。NGについてだが…」
侑介:「これは岸田さんのですよね」
寿真:「ああ。そうだな…多少のものなら大丈夫だが、あまりに痛いものは得意ではない。あと今回のコマンドで出そうなものでいえば…『Crawl』四つん這いの姿勢は、そろそろ厳しいと思ってしまうな」
侑介:「…四つん這い、の、岸田さん…」
寿真:「やめろ、想像するな」
侑介:「あ、すみません…つい」
寿真:「全く……」
侑介:「んじゃ、その2つはナシって、ことですね」
寿真:「ああ。あとは前に宣言してくれている通り、今回は本番に移りそうになってしまった場合は遠慮なくRedをかけさせてもらう。俺も後出しで準備ができるほど器用じゃなくてな」
侑介:「っ……わかり、ました…」
寿真:「…よし。じゃあここにサインを頼む」
侑介:「……ハイッ」
寿真:「ありがとう。……なんだ、さっきまで調子づいていたのに、急に緊張し始めたな」
侑介:「ああ当たり前じゃないすか!未知の体験すぎてどうなるのか…」
寿真:「でも、ごっこ遊びはしていたんだろう?」
侑介:「あれは俺Sub側でしたから!というか普通に恥ずかしい話なんで戻さないでくださいってば!」
寿真:「ふふ…すまないすまない。では、早速始めるとしよう」
侑介:「ええ?!」
寿真:「なんだ?」
侑介:「っ……いや、やりましょう!!岸田さん!!オネシャス!!」
寿真:「っふふ、そんなに気合いを入れられたのは初めてだな」
侑介:「ふー……あっ、待ってください。ちょっと…もう1回コマンド確認します…」
寿真:「ふふ…ああ、構わない」
侑介:「えっと…リサ姉は最初なんて始めてたっけ……たしか…(ぶつぶつ)」
寿真:「…っふ」
侑介:「(N)岸田さんはやっぱり余裕がある。心強い反面、緊張は募るばかりだ。どうなるか分からない…でも、やってみなければもっと分からない。大丈夫…今目の前にいるこの人を、頼れる先輩を信じるんだ…」
0:(短い間)
侑介:「よし……。やり…やれ、ます」
寿真:「ああ、いつでもいいぞ」
侑介:「すー…ふー……(深い息)」
0:(目つきがスッと変わる侑介)
侑介:「岸田さん」
寿真:「ッ……」
侑介:「セーフワードは」
寿真:「…Red」
侑介:「『Goodboy』…じゃあ、行きますね」
寿真:「……ああ」
侑介:「(M)『Goodboy』と言った瞬間、俺の中の何かが切り替わる音がした。嗚呼、目の前の人を、俺の頼れる先輩を」
侑介:「(M)服従させたくて、堪らない」
侑介:「『Kneel』…おすわり」
寿真:「ッ……」
0:(言われた途端、地面にペタンと座り込む寿真)
侑介:「あ……へへ、そんな簡単に、すとんって落ちちゃうんすね」
寿真:「…ふぅ……そう、だな…」
侑介:「じゃあ次は……『Come』俺の膝んとこまで来てください」
寿真:「……ああ…」
0:(膝を擦らせながら移動する寿真)
侑介:「『Goodboy』…ありがとう、ございます」
寿真:「…っふふ、コマンドの最中で、礼を言われたのは初めてかもしれないな」
侑介:「えっ、そうなんですか?」
寿真:「ああ。礼なんてなくていい。こうすることが気持ちがいい」
侑介:「…ッ……きもち、いい…」
寿真:「ああ。冴島くんはどうだ?調子は…」
侑介:「(かぶせる)侑介」
寿真:「…え?」
侑介:「侑介って、呼んでください。寿真さん」
寿真:「…!あ、いや……」
侑介:「『Say』呼んでくださいよ」
寿真:「ッ……ゆう、すけ…」
侑介:「『Good boy』……いいこ」
寿真:「っ………」
侑介:「…寿真さん、頭撫でてもいいっすか?」
寿真:「ああ、構わないが…」
侑介:「じゃあ…」
0:(頭を撫でる侑介)
侑介:「すみません、質問遮っちゃいましたね」
寿真:「構わない」
侑介:「…すごいっすね、これ。なんでだろ…」
寿真:「…?」
侑介:「俺、寿真さんに命令してるだけなのに、めっちゃ気持ちいい気がする…」
寿真:「ッ……そういうものだ、コマンドというのは」
侑介:「そうなんすね……ごっことは全然違うな…当たり前だけど」
寿真:「………ん…」
0:(侑介の手に頭を擦り寄せる寿真)
侑介:「?スリスリしてますけど…もっと撫でろってことすか?」
寿真:「!…あ、いや。これはなんというか……無意識だ…すまない……」
侑介:「へへ、いいですよ〜。悪い気分しないんで」
寿真:「っ……」
侑介:「そういえば、寿真さんパートナーいないって話でしたけど。普段コマンドはどうしてるんですか?」
寿真:「ああ…さっき俺は君に風俗を提案したが、他にも医療的に行なってくれる場所があってな。かなり事務的なものだが、俺は元々ダイナミクス性の欲求が溜まるのが遅いし、それこそ普段部下から頼りにされることで満たされていることもあるのだろう。だから、どうしてもという時はそういった所を頼るようにしている」
侑介:「なるほど…。ん?てことは俺、もしかして欲求溜まりやすいんすかね…?」
寿真:「溜まりにくい方ではない、とは思うな…。健康診断の日に急にDom性に変わったわけではないだろうし、変更後どのくらいの日が空いているのか分からないが、1ヶ月に1回のペースくらいかもしれないな」
侑介:「結構大変そうっすね…」
寿真:「まあそうだな…だが今はそういった機関も充実している、過剰摂取は禁物だが薬もある。安心していい」
侑介:「…そうっすね。……ねえ寿真さん」
寿真:「なんだ?」
侑介:「俺も…今後困ったことあったら、また頼らせてほしいっす」
寿真:「……いくらでも歓迎しよう」
侑介:「っへへ、ありがとうございます」
寿真:「……」
侑介:「…寿真さん」
寿真:「なんだ?」
侑介:「コマンドって、何でも大丈夫なんですか?」
寿真:「?ああ、契約書に準ずる限りならな」
侑介:「…じゃあ、『come』俺の横来てください」
寿真:「ああ」
侑介:「それで、えっと……『stroke』」
寿真:「…え?」
侑介:「俺のことも、撫でてくれませんか?」
寿真:「…っ……ああ」
0:(侑介の頭を撫でる寿真)
侑介:「ん〜…『Goodboy』嬉しいです、寿真さん」
寿真:「…嬉しいのか、これが」
侑介:「はい、めちゃくちゃ。俺の性的趣向って、Domになっても変わんないっぽいです。ごっこ…してる時も、撫でられるの好きでしたし」
寿真:「……こんなコマンドは、初めてだな」
侑介:「嫌でした…?今の色は?」
寿真:「…Green、嫌ではない。むしろ…可愛い後輩を甘やかせていることに、幸福感がある」
侑介:「なら、win-winっすね。良かった」
寿真:「……っ…侑介」
侑介:「ん?なんすか?」
寿真:「もっと、その……コマンドを、くれないか?」
侑介:「っ…!今のなんか…いいっすね……キました…」
寿真:「…言わなくていい」
侑介:「へへ…じゃあ、『Look』撫でてるまま、俺のこと見てください」
寿真:「ああ……流石に顔が近いな」
侑介:「そっすね。眼鏡取っちゃいますね」
寿真:「ああ…」
0:(寿真の掛けていた眼鏡を取る侑介)
侑介:「…目の形、綺麗っすね」
寿真:「形…そうか?」
侑介:「綺麗な切れ長。俺の目丸いんで羨ましいです」
寿真:「俺としては、君くらい愛らしい形の方が親しみがあるのかもしれないと思ってしまうがな」
侑介:「ないものねだりってやつですね」
寿真:「そうだな」
侑介:「あ、でも切れ長だけど垂れ目なんすよね。意外」
寿真:「君も、まつ毛がとても長いんだな。女性的で、少し意外性がある」
侑介:「へへ、人の目、こんなに見ることないですよね」
寿真:「…そうだな」
侑介:「………」
寿真:「……侑介」
侑介:「なんすか?」
寿真:「…いいや、君のコマンドは、優しくて心地いいなと、思っただけだ」
侑介:「………」
0:(短い間)
侑介:「んっ…(寿真の口にキスを落とす)」
寿真:「…っ……?!」
侑介:「…………(数秒後、ゆっくりと離れる)」
寿真:「ッ…………」
侑介:「……え?」
寿真:「え…?」
侑介:「おおお俺今何しました?!!?!」
寿真:「何って……キス…」
侑介:「(かぶせて)わー!わー!!言わないで!言わないでください!!」
寿真:「聞いたのはそっちじゃないか…!」
侑介:「いやそうなんですけど!!そう、なんですよね……俺、なんで今……キスなんて…えぇ……?」
寿真:「………」
侑介:「…すみません急に。全然そんな、おれ……」
寿真:「侑介」
侑介:「…はい?」
寿真:「恥ずかしいのか?」
侑介:「……恥ずかしいに決まってんじゃないですかぁ…!」
寿真:「…なら、俺にもさせればいい。そうすれば羞恥も半分だろう」
侑介:「…え?」
寿真:「(M)ああ、俺は何を言っているんだ?」
寿真:「させられるだろう、君なら、俺に」
寿真:「(M)これはコマンドが欲しいだけ。それだけだ。そういうことにしておこう」
侑介:「……『kiss』俺にキスしてください、寿真さん」
寿真:「…んっ」
侑介:「……」
寿真:「………ああ、恥ずかしいな」
侑介:「…わかります……」
寿真:「…でもこれで、半分だな」
侑介:「はい…。寿真さん、今の、色は?」
寿真:「…Yellow、だが…これは手放し難い、心地の良い色だ」
侑介:「……良かった」
侑介:「(M)その後は、不思議と何も話さなかった。まるであのキスのせいで口が縫い付けられたように、お互い何も。その後はただ、俺の『stroke』のコマンドの元、寿真さんが俺の頭を撫でているだけだった」
0:(長い間)
侑介:「昨日は本当に申し訳ございませんでした…」
同僚:「気にしないで!もう元気だから!冴島くんは…平気?」
侑介:「あ、うん…これからはちゃんと、気をつけます」
同僚:「ふふ、よろしくお願いしますよ〜?なんて、本当に気にしてないから、気負いすぎないでね」
侑介:「(N)次の日。俺はGlareを使ってしまった同僚に丁重に謝罪をし、また多忙な一日が始まった。その日のうちに上司には自分のダイナミクス性のことを話し、2日後に急遽休みをもらえることになった。岸田さんの言った通り、有給消化はなかった」
0:(短い間)
侑介:「あ、岸田さん!」
寿真:「…冴島くんも一服か」
侑介:「はい、とりあえずひと段落着いたんで」
寿真:「この激務も、そろそろしまいだ。最後に1つ、気合いを入れるとしよう」
侑介:「そうっすね。…それにしても」
寿真:「なんだ?」
侑介:「岸田さんも吸うんすね、煙草。ちょっと意外」
寿真:「俺からすると、君が吸うのも少し意外だな。酒の方が勝手なイメージだった」
侑介:「偏見ってアテになんないもんですね」
寿真:「そうだな。特に趣向においては、分かりそうもない」
侑介:「ですねぇ…」
寿真:「………」
侑介:「………」
寿真:「君に、謝らなければいけないことがある」
侑介:「え?…なんすか?」
寿真:「以前の私は君に対して、少々不真面目な部下だという評価をしていた」
侑介:「あ〜まぁ…そう思われてもおかしくない、のかも」
寿真:「君が先程、再提出してくれた資料を見させてもらった」
侑介:「ああ、はい」
寿真:「クライアントの目線に合わせた内容の選択、うちの会社の売りも伝わる言葉の選び方、そしてそれらを分かりやすく見せる画面の使い方…荒削りで論点にブレがあるのは確かだが、全体として非常に出来の良いものだった」
侑介:「ほ、本当ですか…!」
寿真:「ああ。しかし私は全体には目を向けず、ただ"不真面目な部下のため"をと、細かい修正点ばかり辿ろうとしてしまった。上司として恥ずかしい」
侑介:「……岸田さん」
寿真「君が私の添削に対して"早すぎる"と評価したのも納得だ。私はあの時君の言う通り、"早さ"しか求められていなかったんだろう」
侑介:「……でも嬉しいっす。しっかり見てもらえて。確かに最後のまとめはごちゃっとしちゃったんですけど、俺的には頑張れたなって思ってたんで」
寿真:「その自信を危うく潰しかけてしまった。申し訳ないことをしたよ。…見かけだけで判断するのは、やはり罪深い」
侑介:「それはまあ…お互い様ですから」
寿真:「…そうか」
侑介:「今となっては、岸田さんはかっこいい上司で、頼れる先輩です」
寿真:「…君の目にそう映れているなら、幸せだ」
侑介:「へへっ」
寿真:「………」
侑介:「……あの」
寿真:「なんだ?」
侑介:「その、頼れる先輩に、折り入ってワガママ…なんすけど」
寿真:「…ああ」
侑介:「…また、コマンドの相手になってもらっても…いいっすか?」
寿真:「ッ……ああ」
侑介:「……今度はもしかしたら、もうちょい先行きたいとか言い出すかもしれませんけど…」
寿真:「……」
侑介:「それでも、いいですか?」
寿真:「………」
侑介:「………」
寿真:「………」
侑介:「『Say』返事、ください」
寿真:「ッ…会社でコマンドを使うな…!」
侑介:「これだけ、聞かせてほしいんです」
寿真:「………」
侑介:「…『Say』、寿真さん」
寿真:「…………ああ、構わない」
侑介:「…ありがとうございます、また頼らせてもらいますね」
寿真:「まったく…頼るという言葉も、使いようだな」
侑介:「(M)俺は、甘いフレーバーを口に運ぶその人を見ながら、気づかぬうちにふつふつと、またこの人の人間らしい、色んな顔が見てみたいと、思ってしまっている」
リサ:「『Kneel』…おすわりよ、侑介」
侑介:「…はい」
リサ:「『Good boy』いい子ね。それじゃあ、始めましょうか」
寿真:「(M)この世界には、男性と女性の他に、もう1つの性がある。Dom(ドム)と、Sub(サブ)だ」
0:(間)
リサ:「えーっと…ライターライター……」
侑介:「お姫様がお探しなのは、こちらですか?」
リサ:「あらあら…ありがとう。一服いただくわね」
侑介:「どうぞどうぞ。俺も、お隣で一服失礼します」
リサ:「はいどうぞ〜」
0:(リサと侑介、煙草を吸い始める)
侑介:「今日もありがとう、リサ姉。付き合ってもらっちゃって」
リサ:「別にいいわよ。私としても、遊びで実際のSubにコマンド使うのは気が引けるし」
侑介:「ああ、そういうものなんだ」
リサ:「そういう奴もいるとは思うけど、私はアンタみたいな物好きにごっこで使う方が気が楽なのよ」
侑介:「やっぱり、Subの人にやるのと俺にやるのとでは違うもんなの?」
リサ:「当たり前じゃない。あくまでごっこだし、向こうも私も感じ方は全然違うわよ」
侑介:「ふーん…」
リサ:「まあさっきも言ったように、Nomalにやるのも嫌いじゃなかったし。最後の相手があんたなのも良かったって思えるわ。ありがとう」
侑介:「いえいえそれほどでも………え?!最後って…?」
リサ:「あれ言ってなかったっけ?私、あんたと会うの今日で最後よ」
侑介:「いやいや聞いてない!てかいきなりなんで?」
リサ:「いきなりな話でもないのよ。前から交流があった子と、正式にパートナーになることになったの」
侑介:「パートナー…Subの子とってこと?」
リサ:「そう」
侑介:「パートナーいるのに俺と会ってていいんですか?!」
リサ:「1週間後正式に契約することになるから、それまでお互い挨拶回り。向こうも結構な遊び人だから」
侑介:「は、はぁ…似たもの同士、ってことすか」
リサ:「今、もしかして失礼な意味で言われた?」
侑介:「いえいえ!とんでもございません!」
リサ:「ふふ。てことで、侑介くんと会うのは多分今日が最後ね」
侑介:「なあんか、寂しいっすね〜」
リサ:「アタシももうこれで男抱くことはないと思ったら寂しいわね〜」
侑介:「そう言ってくれるのは嬉しいっすね〜」
0:(少しの間)
侑介:「え?!」
リサ:「何よさっきからえーえーって…頭に響くじゃない」
侑介:「今、男抱くの最後って言いました…?」
リサ:「うん」
侑介:「…遂に抱かれる側になるんすか?」
リサ:「そんなわけないでしょ、遂にもクソもないから。パートナーちゃんが女の子なのよ。アタシ元々バイだし」
侑介:「なんだそういうことか…」
リサ:「第一、仮に抱かれたかったとしてもそうはならないのよ。Dom(ドム)ってやつは」
侑介:「ふーん…ダイナミクス性って、そんな逆らえないもんなんすか?」
リサ:「基本的にはそうね。本能的に宿ってるもの…ココで考えることじゃないのよ」
0:(リサ、指で頭をトントンと叩く)
侑介:「でも、憧れるな〜!Sub性!命令されるだけで気分アガるんでしょ?」
リサ:「そんな単純なものじゃないわよ。でも、正しくコマンドを行えば、そりゃもう今日の比じゃないことは確かよ」
侑介:「は〜〜…ただのMな俺でも今日のは最高だったっていうのに…」
リサ:「実際アタシもNomalとSub相手じゃ、全然感じ方違うし」
侑介:「それも本能から来るもんなんですかね?」
リサ:「多分ね」
侑介:「なんか変に悔しいってか、負けた気がする」
リサ:「何によ」
0:(2人で笑いながら)
侑介:「てかやべ、そろそろ帰らねぇと」
リサ:「明日もお仕事?」
侑介:「そうです。最近忙しいんすよね〜、任されてる書類の提出もあるし。半端な仕事したらまた岸田サンにドヤされちまう」
リサ:「ああ、苦手な上司だっけ?」
侑介:「はい…なんかあの人だけはノリ合わないんすよねぇ〜」
リサ:「社交性だけが取り柄みたいなところあるのに、惜しいわね〜」
侑介:「だけって酷くないすかだけって!」
リサ:「ふふっ」
侑介:「んで今何時だ?えっと、スマホスマホ…」
0:(スマートフォンを操作する侑介)
侑介:「10時半か…あ、健康診断の結果来てる」
リサ:「へぇ、今ってメールとかで来るものなんだ?」
侑介:「ウチの会社でも5年くらい前から変わったらしいですけど。紙だとすぐ失くすんで、俺的にはこっちの方が助かりますね」
リサ:「やめてよ〜?性病とか見つかったりしてないでしょうね?」
侑介:「そんなのなってません、って……え?」
リサ:「…え、まさか見つかったんじゃないわよね?」
侑介:「いや…病気じゃないんすけど……」
リサ:「じゃあ何よ」
侑介:「………」
リサ:「ねえちょっと、どうしたの?」
侑介:「…『今回の血液検査の結果、あなたは後天性Dom性であることが発覚致しました。つきましては後日手続きを行ないますので、下記URLより詳細についてご確認ください』……」
リサ:「…は?」
侑介:「……はぁぁあ?!」
0:(間)
侑介:「(M)ダイナミクス性とは、数十年ほど前から発見された男女とは違う2つ目の性別である。このダイナミクス性は、『人間の力関係』を司っているものであり、Domに生まれた者は"Subをコントロールしたい"、Subに生まれた者は"Domにコントロールされたい"という本能からの欲求がある」
寿真:「(M)この欲求は、人間の三大欲求に同じく、皆が常に"満たしたい"と欲すものであり、長く満たされない場合はストレスが溜まってしまったり、自律神経の乱れにも繋がってしまう」
侑介:「(M)そのため現在の日本では、このダイナミクス性の欲求を満たすため、Dom性とSub性でパートナーとなりあうことが推奨されている。どちらにも属さない従来の人間と同じであるNomal性では、ダイナミクス性の本能的欲求を満たすことは難しいためである」
寿真:「(M)そして、近年進められてきた研究の中で明らかとなったこととして、ごく稀に、このダイナミクス性にNomal性の人間が"後天的に変わる例"があることが確認された。詳しい原因などは不明で、今後更なる研究が求められている」
侑介:「(M)そしてそう、まさにその例の一つとして…」
侑介:「まさか俺がDom性になるだなんて……」
侑介:「(N)俺は冴島侑介。25歳。男。Nomal性…であった後天性Dom性の男」
侑介:「(心の声)おかしいだろ…なんで俺がよりにもよってDom性なんだよ!俺は中学時代に性的趣向に目覚めてからMとして立派に育ってきたんだよ!それが10年経った今唐突にDom性って…そりゃおかしいだろって!よくわかんねぇけどDomってあれでしょ?人をコントロールしたい〜って、お仕置したい〜調教したい〜って思うんでしょ?俺にはそんな気微塵もないって!俺はどちらかと言えばお仕置きされたいし調教されたいんですよって!!それなのに…なんで……なんで俺はクソ忙しい真っ昼間にこんなことを考えさせられているんだよぅ…」
侑介:「はぁ〜〜〜〜〜……あれから家帰ったけど、考えすぎて全然寝られなかったし…ふぁ…(欠伸)ねむい……」
同僚:「ふふ。大きな欠伸だね、冴島くん」
侑介:「ん?ああやべ…恥ずかしいところ見られた…」
同僚:「後でコーヒー飲んだら?目、覚めるよ」
侑介:「そうだな〜そうするよ、ありがとう」
同僚:「ふふ、頑張ってね」
0:(同僚、その場を去る)
侑介:「コーヒーかぁ…確かにこれは、いるかもなぁ……ふぁ…(欠伸)」
0:(侑介、紙束で頭を叩かれる)
侑介:「イタッ?!…う、岸田サン……」
寿真:「職場で堂々と欠伸をするな。しかも何度も。まだ午前中だ、全体の士気が下がる」
侑介:「あ、はい…すいません……」
寿真:「す"い"ませんではなく、す"み"ません、だ。間違った使い方では失礼に当たる」
侑介:「っ……すみません」
寿真:「……」
侑介:「…あの、俺に…なんか用すか?」
寿真:「ああ、さっき提出してもらった書類だが、目を通させてもらった」
侑介:「え、もうすか…?出したのついさっきですけど…」
寿真:「チェックに長い時間をかける必要性を感じないからな。それで内容についてだが」
侑介:「あ、はい…」
寿真:「……作業に身が入っていないように思う。序盤は良い調子だったが、終盤でのまとめがあまりにも雑だ」
侑介:「うぐ…」
寿真:「大方、その寝惚け状態で書き上げたんだろうが…これでは不十分だ。近日中に再提出するように」
侑介:「…はい、分かりました」
寿真:「………」
0:(寿真、自席に戻っていく)
侑介:「……作業に身が入ってない、か。ちょっと自信あったんだけど、やっぱ最後まで気ぃ張ってかないとだな〜…。仰る通り、この状態で仕上げました……はぁ…再提出、気張ってこ……」
侑介:「…てか、やっぱり苦手だなぁ…あの人。洒落とか通じなさそうなお堅い感じっていうか…俺なんかより、ああいう人がまさしくDom性って感じだよなぁ…リーダーシップあるし、他からは頼りにされてるし、お堅いし…」
侑介:「(N)自分はDom性に向いてない。なんてそんなことを考えながら、俺は岸田サンによって書き込まれた書類の赤と睨めっこをしながら、眠気と作業に向き合い始めた」
侑介:「(M)ダイナミクス性は、向き不向きで語れるものではない。この時の俺は、そのことを深く理解できていなかったんだ」
0:(間)
侑介:「はぁ……ッチ…(苛立っている様子)」
同僚:「あ、あの…冴島く…」
侑介:「(かぶせて)何…?」
同僚:「ッ!あ、あの…えっと……」
侑介:「(かぶせて)どうかした?なんか用?」
同僚:「え、と……あ、あ…さ、えじま、さん……」
侑介:「……ごめん、水飲んでくる。後にして」
同僚:「あ…あっ……」
0:(倒れそうになる同僚の肩を支える寿真)
寿真:「っと、間一髪…。大丈夫か」
同僚:「あ…きしだ、さ…わたし……」
寿真:「今日は上がっていい、車を出そう」
同僚:「えっ…いや、そんな…大丈夫ですから…」
寿真:「今は他のDomとの接触すら危うい。君は電車通勤だったと記憶している。不特定多数の人間がいる場所に、君を放っておくことはできない」
同僚:「……すみません…」
寿真:「君が謝ることではない。問題があるのは…彼の方だ」
同僚:「……」
寿真:「私が話をつける。その後に君を送るから、それまで待っていてくれ」
同僚:「え…?でも、岸田さん…」
寿真:「大丈夫だ、簡単に持っていかれはしない。君には明日、安心して仕事に励んでもらわなければならないからね」
0:(間)
侑介:「っクソ、イライラするし頭もいてぇ…なんだこれ……」
侑介:「(N)近頃俺は、苛立ちを強く覚えるようになっていた。理由は全くもって不明。なのにその苛立ちは日に日に激しくなり、自分でも制御ができないほどになっていた」
侑介:「……あぁぁっ!急になんなんだよクソッ…!(水を一気飲みして、乱暴に机にコップを置く)」
寿真:「物に強く当たるな。破損させたらどうするつもりだ」
侑介:「あ?!なに…んぐ?!」
寿真:「黙って口に入れてくれ」
0:(振り向いた瞬間、寿真に何かを口に突っ込まれる侑介)
侑介:「ッ…なにすっ…!」
寿真:「(かぶせて)そして一杯飲み干していた後で悪いが、もう一杯飲んでもらおう」
侑介:「んん?!」
0:(そのまま寿真に水を飲まされる侑介)
侑介:「っ…ぷは!!いきなり何するんすか!」
寿真:「頭痛と自律神経の乱れ」
侑介:「…え?」
寿真:「君に今起きている症状によく効く薬だ」
侑介:「くすり…?…えっ、てか岸田さん…なんで今俺が、イライラしてて頭いてぇって…」
寿真:「前者に関しては周りの人間皆が理解できることだ。私に飲まされる前に自ら対処すべきではないのか?」
侑介:「ッ……すいません」
寿真:「(かぶせて)すみませんだ、正しく使えと言っただろう」
侑介:「…すみません……」
寿真:「……落ち着いてきたか?」
侑介:「…あれ?そいえば、胸のあたりがスッキリするような…」
寿真:「であれば戻れ。仕事は山ほどあるぞ」
侑介:「はっ…はい!失礼しますっ!」
寿真:「……ああ、それとだ」
0:(走りさろうとする侑介を止める寿真)
侑介:「っ…なんでしょうか?」
寿真:「今日の夜は予定があるか?」
侑介:「え?いや、特にないです、けど…」
寿真:「そうか。では退勤後、後ほど送る店で待ち合わせにしよう」
侑介:「…は?」
寿真:「なんだその間抜けな返事は」
侑介:「その…それって、飲み行こうとか…そういうことですか?」
寿真:「何か問題でもあるのか?」
侑介:「いやだって、あまりに急だし、寿真さんって飲みに行くイメージとかないから…しかもなんで俺?」
寿真:「君だからこそだ」
侑介:「…はぇ?」
寿真:「間抜けな返事はもういい。分かったか」
侑介:「は…はい!!」
寿真:「では戻れ」
侑介:「はいぃ!!」
0:(そそくさと駆け足で去る侑介)
侑介:「なんなんだよ!あんな強引な飲みの誘い聞いたことねぇよ…!あ〜マジでなんなんだあの人!!」
0:(間)
0:(回想)
侑介:「いきなりDomって言われたって、何したらいいか全然わかんねぇ…」
リサ:「とりあえず病院で改めて検査かな〜?んで戸籍情報とかの手続き関係」
侑介:「うげ、めんどくさ…。とりあえず3週間後くらい…かな」
リサ:「おっそ」
侑介:「今仕事忙しくて時間取れないんすよ、土日はダメらしいから有給取らなきゃだから」
リサ:「なるほどね…。まあ、なんかあったら連絡寄越しなさいよ」
侑介:「連絡?でも今日で会えなくなるんじゃ…」
リサ:「今のアンタの事情話したら、パートナーちゃんもOK出してくれるわよ。引越し準備とかで会うのは難しいかもだけど、相談くらいは乗れるから」
侑介:「相談か…」
リサ:「とりあえずアンタはまず、ダイナミクス性について色々と調べときなさい」
侑介:「…病院の検査、受けてからでも…」
リサ:「はいめんどくさがらない。自分のことなのよ」
侑介:「めんどくさがってる訳じゃなくて…なんていうか、その…」
リサ:「なによ」
侑介:「…俺の中で、俺の常識が変わる気がして…なんか怖いっていうか……そんなすぐに受け入れられないってか…」
リサ:「…まあ、悲しいことだけど、嫌でも自覚することになるわよ」
リサ:「自分は、本能には逆らえなくなるんだって」
0:(間)
侑介:「づがれだ…」
侑介:「(N)あの後、岸田さんから謎の薬を飲まされた俺は、数日間感じていた苛立ちや頭痛が嘘のようになくなり、押し寄せる膨大な仕事に集中できた」
侑介:「…あの子、帰っちゃってたなぁ。結局何話そうとしてくれたか聞けなかった」
侑介:「(N)本来ならまだ仕事が残っており、お決まりの残業コース…のはずだったが、何故か俺と岸田さんだけ先に上がれることになり、俺は岸田さんから受けとった店の場所へと重い足を引きずっている」
侑介:「あの状況で先上がんのは流石に気が引けたけど、みんなして行ってこいって言うんだもんな…俺今から何されるんだよ……こえー」
0:(短い間)
侑介:「っと…ここか。いかにも隠れ家って感じの居酒屋……」
侑介:「……はぁ〜…入るか……」
侑介:「(N)店へと足を踏み入れた俺は、入るや否や奥の個室へと案内された。戸惑いながらも通された部屋の前へと行き、扉を開けると」
寿真:「お疲れ様」
侑介:「(N)その人は、当然のようにそこにいた」
0:(短い間)
寿真:「何を飲むんだ?」
侑介:「あ、えっと…そうっすね。じゃあコーラで」
寿真:「酒は飲まないのか?」
侑介:「…俺あんま酒強くないんで。あと…体調悪かった手前、酔うのはちょっとどうかなって」
寿真:「なるほど。酒が強くないというのは意外だな」
侑介:「そうすか?」
寿真:「ああ。ちなみに私もあまり飲める方ではない。同じくソフトドリンクにしよう」
侑介:「…そすか」
寿真:「すみません。コーラ1つと、オレンジジュースを1つ。あとは焼き鳥の盛り合わせと…」
侑介:「(心の声)こんな時でもやっぱちゃんとすいませんじゃなくてすみませんだなぁ…てかソフトドリンクのチョイスオレンジジュースなんだ…それこそ意外だなぁ……」
寿真:「…以上で、お願いします」
侑介:「………」
寿真:「………」
侑介:「………」
寿真:「………」
侑介:「(心の声)えっ…気まずい〜〜??なんか空気重くない?いやでもそうか、あんなことがあって、残業放ってまで誘われた飲みがそんな愉快なものなわけないよな…?そりゃそうだよな!?俺が間違ってた〜そもそも岸田さんと2人きりで楽しい飲みなわけがなかったんだ〜てか退勤の時のムード的に2人なことは察してたけどこんな個室に2人きりにさせられるなんて思うわけないじゃん〜!」
寿真:「………」
侑介:「っ………」
侑介:「(心の声)…とりあえず、謝るべき…だよな?あの子が帰っちゃったのも、多分俺が関係してるんだろうし…マジで合意じゃないのは怖すぎるけど一応薬の件もあるし……よし、謝ろう。話はそれからだ」
侑介:「………あの」
寿真:「(かぶせて)Glare(グレア)の経験は今までになかったのか?」
侑介:「……え?」
寿真:「Glareだ。その顔からすると、経験はなさそうだな」
侑介:「……いや、経験というか…」
寿真:「私も久しぶりに目の当たりにした。確かに最近忙しかったことはあるが、Domとしての精神のコントロールは必ずすべきだ。さもなくば、またいつこのような事態になるか…」
侑介:「(食い気味で)あ、あの…!」
寿真:「なんだ?」
侑介:「…もしかして、俺がイライラしてたり頭が痛かったのって…Domのせいなんですか?」
寿真:「……え?」
侑介:「いや…今岸田さん、Domとしての精神のコントロールって言ったから…」
寿真:「…だって君は、Dom性だろう?」
侑介:「…一応?」
寿真:「一応とはなんだ?ダイナミクス性に一応も何もない」
侑介:「だって俺、なんもわかんないんですよ!」
寿真:「…分からない?」
侑介:「そうなんすよわかんないんです!俺、自分がDomだって知ったのついこの前なんですよ…!」
0:(沈黙)
寿真:「……なん、だって?」
侑介:「…この前、会社の健康診断の結果返ってきたじゃないですか」
寿真:「ああ、確かに返ってきていたな」
侑介:「その時に初めて知ったんですよ。自分が後天性のDom性だって」
寿真:「…後天性?」
侑介:「はい…それで俺、なんか再検査とか手続きとかしなきゃいけないんですけど、最近仕事忙しいから有給取ってる暇じゃないなと思って…自分のDom性のこと後回しにしてて…それで……あ〜そのせいってことかぁ?!だとしたら完全にやらかしてんじゃん俺…」
寿真:「待ってくれ…じゃあ君は、Glareは愚か、ダイナミクス性として起こること全てに経験がない、ということか…?」
侑介:「…はい。一応調べたりはしたんすけど、そのぐれあ?ってやつのことは知らないっす…」
寿真:「……なるほど、そういうことか…。はぁ…そうか、そうか…合点がいった…」
侑介:「…すみません、俺。多分、ダメなことしちゃったんすよね…」
寿真:「そうだな。確かに君は、良くないことをした。説明していこう。まずは…そうだな。コマンドについてはどこまで知っているんだ?」
侑介:「命令、のことですよね?」
寿真:「そうだ。DomはSubに対して命令―コマンドをし、そしてSubはそのコマンドに従うことで、双方ダイナミクス性としての欲求を満たすことができる。ダイナミクス性にとってコマンドとは、食欲に対する食事、睡眠欲に対する睡眠、そして性欲に対する性行為と同じものだ」
侑介:「人間の三大欲求と、同等ってことですか…?」
寿真:「ああ。程度は人に寄るが、満たせていなければ不足するものであり、我慢が効くにも限度がある。現在の君…冴島くんの状態は、その我慢が限界に達してしまっているということだ」
侑介:「でも俺、今はなんともありませんよ?」
寿真:「そうだな。では君はなぜ、"今は"なんともなくなっていると思う?」
侑介:「今、は……あ!薬!」
寿真:「私が君に飲ませたのは、Dom性の欲求不満を一時的に抑えるための薬だ。大抵のDomは基本理解しているものだと思い説明を省いたが…それも察せるわけがないな」
侑介:「ホントですよ!これで身体が縮んだりしたらってめちゃくちゃ不安だったんですからね!」
寿真:「…そんなにか?」
侑介:「…いや、すいませ…すみません、ちょっと盛りました…。…でも、それでも説明は欲しかったっすよ」
寿真:「それはすまなかった。私も危うい状況ではあったからな、なるべく早急に済ませたかった」
侑介:「…?それであの、ぐれあってのは…?」
寿真:「Glareとは、獣でいうところの威嚇行為に近いものだ。DomがSubに対してGlareを行なうと、Subは強制的にDomに従いたいと思ってしまい、身体や思考の自由を奪われる」
侑介:「…じゃあもしかして、あの子って…」
寿真:「Sub性だ。冴島くんのGlareを受けた結果、思うように自由が効かず、心身共に疲弊してしまったということだ」
侑介:「……はぁ〜〜〜〜…マジでやらかしてる…申し訳なさすぎる……」
寿真:「DomのGlareは本来、Dom同士の力比べのような時に使われるが、君は我慢の限界に達したことでDomとしての本能の制御が効かず、無意識下で使ってしまっていたんだな」
侑介:「…すみません!本当にすみません!本当は岸田さんじゃなくて彼女に謝るべきなのは分かってるんですけど…もう俺、どうしたらいいのか分かんなくて…」
0:(短い間)
寿真:「…ダイナミクス性としての緊急時、会社に事情を説明すれば有給など取らなくとも、検査を優先することを勧められただろう。発覚してすぐに行動をしなかったことが、今の君が恥ずべきことだ」
侑介:「……はい」
寿真:「Glareについても勿論良くないことだが…こちらは"今の君"が恥ずべきことではない。そう落ち込むな」
侑介:「…でも……」
寿真:「二度と同じ失敗をしなければいい。そのために、今から行動をしていけばいい。それだけの事だ」
侑介:「……」
寿真:「本当は君に説教を垂れるつもりだったんだが…」
侑介:「ッ…ですよね……」
寿真:「…しかし、私も私で甘かった。君の悩みにもっと早く気づき、相談に乗るべきだった。すまない」
侑介:「そんな、岸田さんはなんも悪くないですって…」
寿真:「数日前から冴島くんの様子がおかしいことには薄々気づいていた。その時から私も行動すべきだったんだが…これも本能かもしれないな。Domには逆らえない、厄介なものだよ」
侑介:「………ん?」
寿真:「どうした?」
侑介:「岸田さんも俺にGlare使ってたってことですか?それで俺の方が強かったみたいな?いや自分で言ってておかしいな。そんなわけ…」
寿真:「ああ、そんなわけがない。私がGlareを使えるわけないだろう」
侑介:「…え?Domでも使えない人がいるんですか?」
寿真:「…私は、Subだぞ?」
0:(沈黙)
侑介:「………え?」
寿真:「ん?」
侑介:「え…えぇええええ?!」
寿真:「しっ…声が大きい!個室と言えここは店だぞ」
侑介:「ああっすいません…じゃなくて!えっ…?岸田さんって…Subなんですか?」
寿真:「ああ、そうだが」
侑介:「Domじゃなくて?」
寿真:「ああ」
侑介:「部下に的確に指示してて、周りからも慕われてる感じで、お堅い岸田さんが…?」
寿真:「…最後は悪口のような気がしたが…」
侑介:「え?!あ!違いますよ?!」
寿真:「…私は生まれながらのSubだ。君の様子がおかしいことがDomとしての欲求不満だと、己の本能で感じられた程度にはね」
侑介:「にわかには信じられない…」
寿真:「信じてもらわなければ、身体を張って君のGlareを止めた私が報われない」
侑介:「…あ、そっか!俺、岸田さんにも同じことやりかねなかったってこと…か…いやほんと、ありがとうございます…んですみません…」
寿真:「…いけない、また君を悲観的な気持ちにさせてしまったね。今君と、こうやって話せているのだからそれでいいだろう」
侑介:「そう言ってもらえると、救われます」
寿真:「君は…私が思ったよりも真面目な男なのかもしれないな(ぼそりと)」
侑介:「?なんか言いました?」
寿真:「…いや、なんでも。しかし勘違いをしてもらえたことは、私にとっては幸福なのかもしれない。正直なところ、Domに見えるように振舞っているところはあるからな」
侑介:「自分をDomっぽく見せてるってことですか?」
寿真:「ああ」
侑介:「なんで、わざわざそんなことを?」
寿真:「…冴島くんは、DomとSubの社会的な関係値については認識があるかな?」
侑介:「え?あ〜…確か、Domの方が会社の重役につく率が大幅に高いって…」
寿真:「ダイナミクス性とは分かりやすく、:DomはSubを従える側であり、SubはDomに従う側だ。Domとは人を従えることに喜びや快楽を覚える、これがつまり社会ではどうなると思う?」
侑介:「…Domは他の人よりも、人の上に立ちたいって思うでしょうね」
寿真:「そしてSubとは、その人の上に立ちたいというDomに対して、本能的に「支えたい」「応援したい」と思ってしまう存在だ。超えたいという考えには行き着きにくい。仮に行き着いても結局は本能の前で道を譲らざるを得ないんだ」
侑介:「……なるほど」
寿真:「…俺も、人の上に立ちたいとは思うが、自分の上司がDomであった場合、圧をかけられてしまえばやはり抗うことができない。痛いほど感じたよ。…だからといって、なめられたくはない。"Subだから"という枕詞を捨てたいと思ったんだ。だから俺は、周りからSubに見られないようにと動いてしまっているんだろうな」
侑介:「………」
寿真:「…すまない、自分の話が長くなるのは悪い癖だ。ましてやDomである君にする話ではなかったかもしれないね」
侑介:「いや、その…聞けてよかったなって思って」
寿真:「…というと?」
侑介:「…実を言うと俺、岸田さんのことめちゃくちゃ苦手なんすよ」
寿真:「ッ……そう、か…」
侑介:「すみません!悪く言いたい訳じゃなくて…苦手なのも、俺とはノリ合わないなぁ〜とか、そういう意味合いで…」
寿真:「………」
侑介:「でもさっきの話聞いて、印象変わったっていうか…さっきの話してる時の岸田さん、人間っぽくていいなぁって…」
寿真:「…君は、俺の事を人間っぽくないと思っていたということか?」
侑介:「いや!そういうことではない…わけでもないかも、しれないっすね…?」
寿真:「……そうなのか」
侑介:「なんていうか、機械的な雰囲気がしてたんすよね。何を投げても反応が一緒というか」
寿真:「ああそれは…そうだな、俺の責任だなそれは。昔からコミュニケーションの類が得意でなくてな。今日君を飲みに誘うのも、なんて言ったらいいか全くわからなかった」
侑介:「確かにあれは酷かったっす」
寿真:「…自覚はある」
侑介:「でもそう、俺そこも気になってたんすよ」
寿真:「何がだ?」
侑介:「Glareのことについて俺に指導するなら、別に社内でもいいんじゃないかって思ったんで。わざわざ飲みの席じゃなくても〜って。今実際俺たちソフトドリンクしか飲んでませんし」
寿真:「ああそれは…。ふふっ、矛盾していることを言うが、一度君とコミュニケーションを取るべきだと思ったんだ」
侑介:「俺と?」
寿真:「俺はDomに見えるように振舞っているが、同時に社内でダイナミクス性についての相談口も進んで請け負うようにしている。自分の性もあり、打ち明けてくれるのは基本的にSubの子が多いが、小さな悩みから大きな分岐点まで、寄り添って行けたらと思っている」
侑介:「へぇ…」
寿真:「ダイナミクス性は本能が司る部分があまりに大きい。それこそ三大欲求よりも抗えないものだ。それに対して、理性で叱るのはあまりにも理不尽が過ぎるだろう?だから君とは今回のことに関して、俺の方から一方的に指導することはしたくなかったんだ。君の声も聞いて、その上で解決していきたいってね。…それにより、説教の部分が大幅カットされたというだけだ」
侑介:「………」
寿真:「当然だが、君は今までダイナミクス性のことで悩んでいる素振りを見せてはいなかった。なのに突然、ああなってしまっていた。だから何か悩みの種があるのではと思ったし、その助けになりたいとも思った。…もっと早くに行動すべきではあったんだがな、謝罪を繰り返しては価値が下がる」
侑介:「………」
寿真:「どうしたんだ?先程から惚けた顔をしているぞ」
侑介:「いや、岸田さん…Domっぽく振舞ってない方がいいのにって思っただけっす」
寿真:「…え?」
侑介:「いつも見てる俺がDomっぽい岸田さんで、今俺と話してるのがSubの岸田さんなら、俺は今の岸田さんを頼りたいし、仲良くなりたいなって思うかなって」
寿真:「……俺としては大きく変えているつもりはないが、君から見てそんな180度意見が変わるほど、今の俺は違うのかね?」
侑介:「そりゃあもう!今の岸田さんはあったかいってか、上司というより…先輩って感じで」
寿真:「……そうなのか」
侑介:「それに、俺の浅はかなダイナミクス性の知識で申し訳ないんですけど、寿真さんのその"相談口になりたい"って、Subとしてのカッコいい考え方なんじゃないですか?」
寿真:「どういうことだ?」
侑介:「調べてて知ったんですけど、Subってただ"従わせてほしい""お仕置されたい"って欲求以外に、"尽くしたい"っていう欲求もあるって知って」
寿真:「確かにそうだな」
侑介:「"人に対して尽くしたい"ってところから"相談口になりたい""人の助けになりたい"ってのが来てるんだとしたら、Subである岸田さん捨てちゃうの、もったいないなって」
寿真:「…俺の思いが、Subの欲求から来ていると言いたいのか?」
侑介:「そんなネガティブな感じじゃなくて…というか、人のためになりたいって感情も結局、ダイナミクス性関係なく"欲"のひとつだと思うんですよね。人助けしてる俺…いい感じ!って」
寿真:「確かにそうだが、言葉にしてしまうと随分下世話になってしまうな…」
侑介:「だから下世話でいいと思うんすよ俺。てか下世話上等、人間って欲で動いてる時の方が素直じゃないすか。んで、素直な人間の方が人間らしい。岸田さんがその人のためにってことを義務感でやってるんだとしたら、そんなにたくさんの人が岸田さんのこと頼りにしないって思うんです」
寿真:「………」
侑介:「ん〜…なんか言いたいことよくわかんなくなってきたんですけど…とにかく!俺は今の岸田さんが好きです!」
寿真:「…そうか、ありがとう」
侑介:「俺元々Sub に対してマイナスイメージ持ったことなかったんで、コンプレックスみたいにしてること 自体不思議に思っちゃうのかもしれませんけど」
寿真:「まあ...君は後天性とはいえ Dom 性だからな。隣の芝は青く見える、というやつか?」
侑介:「ん〜…というか俺、多分Subの方が向いてる?と思うんすよねぇ…」
寿真:「向いている…というと?」
侑介:「………引かないでもらって、いいすか?」
寿真:「…ああ。俺も色々と話したからな。今更無礼講だろう」
侑介:「じゃあ……。(深呼吸)俺、いわゆるマゾってヤツなんですよ」
寿真:「…まぞ」
侑介:「そう、マゾヒストのマゾ。SMのMなんすよ、俺」
寿真:「………見えないな」
侑介:「見た目で判断してますよねそれ?!」
寿真:「君だって私を見た目で判断していたじゃないか」
侑介:「うぐ、確かにそうか…。周りからも意外ってよく言われるんですけど、実はそうで。その…Domの知り合いと、コマンドごっことかしてたんですよ…つい最近まで」
侑介:「(心の声)打ち解けて見え方が変わったからって、なんで俺ノリと勢いでついさっきまで苦手だった人にこんな話してんだろ〜…」
寿真:「…ごっこ?」
侑介:「ごっこ、です」
寿真:「というとその…小さな女の子がやる、おままごとのような…?」
侑介:「はい…まあ相手はガチのDomなんで、俺だけおままごと〜みたいな感じすけど…」
寿真:「………」
侑介:「………」
寿真:「…っく……はははは!」
侑介:「ちょっ、今日1番笑うじゃないですかぁ?!」
寿真:「(笑いを堪えるように)いやすまん…俺にはあまりにもマニアックな世界で…。なるほどな…Nomalだとそういうこともするのか……」
侑介:「多分稀なケースなんで、参考にはしないでほしいんですけど…」
寿真:「…しかしなるほど。冴島くんにとっては、DomよりもSubの方が親近感が湧くというわけだな」
侑介:「そんな感じっす。だから俺、コマンドとかできる自信まるでないんすよね…」
寿真:「くく…そうかそうか……。お互いに、見かけによらずといったところなんだな」
侑介:「…確かに。Domっぽい岸田さんと、Subっぽい俺ってことか」
寿真:「俺としては、普段の君はDomっぽく映っていたがな。君をよく知る知人の中では、Domの君は意外に映るんだろう」
侑介:「逆に岸田さんは、よく知らない人から見るとDomっぽく見えて、よくよく知るとSubなのが納得できる、と…」
寿真:「…やはり、腹を割って話してみなければ分からないことだな」
侑介:「俺に関しては若干割りすぎたかなと思ってやや後悔してますけど…」
寿真:「はは…いや、笑ってしまいはしたが、君の性癖を否定する権利は俺にはないからな。安心してほしい」
侑介:「知られたことが既にやっちゃったと思ってるんすよね〜!!」
寿真:「っははは…(笑いが落ち着いて)さて、時に冴島くん」
侑介:「なんすか?」
寿真:「とは言っても君は今、Dom性の人間であり、薬で抑制しているとはいえDomとして欲求不満の状態だ。薬の効果は一時的だし、過剰摂取も良くない。君はやはり、コマンドで一度、その溜まってしまった欲を満たす必要性がある」
侑介:「……そう、っすね。絶対そうするべきだと聞いてて思いました」
寿真:「俺はあまりこういう類は詳しくないが、コマンドをサポートしてくれる店…のようなものもあるらしい」
侑介:「えっと…ダイナミクス性の風俗、みたいなのがあるってことですか?」
寿真:「ああ。まあ風俗よりも様式はきっちりとしているがな。今から利用して明日解消した状態で会社に行くことを勧めよう」
侑介:「………」
寿真「探すのは俺も手伝おう。詳しくはないが、アドバイスくらいはできるだろう。さて……(スマホを操作する)」
侑介:「……あの!」
寿真:「なんだ?」
侑介:「岸田さんって、パートナーって人はいないんですか?」
寿真:「そうだな。いたことはあるが解消している。今はいないぞ」
侑介:「……じゃあ、俺が岸田さんにコマンド使っても、問題ないってことですかね?」
寿真:「それは問題ない、が……まさか君…」
侑介:「……俺、初めてコマンドする相手は…岸田さんがいいっす」
寿真:「………本気か?」
侑介:「はい」
寿真:「…一応、理由を聞いてもいいだろうか?」
侑介:「……今目の前にいる岸田さんのことを、頼りたいって思うからです」
寿真:「………」
侑介:「だめ、っすか?」
寿真:「…まだ、コマンドを使っているわけではないよな?」
侑介:「え?あ、多分…?」
寿真:「そうか。では…全くどうして、断れない文句を言われたものだ」
侑介:「……えっと、その…」
寿真:「君、同性愛の思考はあるのか?」
侑介:「…多分ないと思います。でも、嫌だなぁって気持ちはかなり薄いです」
寿真:「そうか…では、君に不快に思われないよう、努力はしよう」
侑介:「!じゃあ…!」
寿真:「近くのホテルで、構わないか?」
侑介:「はっ…はい!!」
寿真:「では…行こうか」
侑介:「…はい……!」
0:(間)
侑介:「(M)あの時、自分の口から何故彼を指名してしまったのか分からない。それこそ風俗で頼んだ方が、好みの女の子とすることだってできただろう。でもその時の俺は、今俺の欠けているものを満たせるのは、多分この人だけなんだろうと、直感的に思ってしまったんだ」
0:(間)
寿真:「一応聞かせてほしい。本番の予定はあるか?」
侑介:「ホッ…本番?!」
寿真:「何故驚く。コマンドは性行為と兼ねる場合は非常に多い。君の想像通り、SMの側面が強いからな。それぞれの性的趣向がぶつかり合う場でもある」
侑介:「…しなくても、満たせるものなんですかね?」
寿真:「ああ、あくまで兼ねる場合が多いというだけで、コマンドだけでも十分だ」
侑介:「…なら、しないかな。流石に怖いっす…」
寿真:「そうだな、最初は簡単なものの方が互いに負担がないだろう。では簡易的にだが、今回のみの契約書を作成する」
侑介:「契約書?!そんな重いんすか、コマンドって…」
寿真:「いや、こればかりは名称が悪いな。安全のための確認書だと思ってくれ。パートナーとなるものが使うのが一般的で、1回きりなら口頭確認だけだったりと仰々しくはしないが、俺は毎回作るようにしていてな……まあ、経験だと思って付き合ってくれ」
侑介:「はぁ…そういうことなら」
寿真:「ではまず、セーフワードを決めよう」
侑介:「セーフワード…」
寿真:「コマンド中、Subが限界を超えた時に使用するものだ。今回の場合、俺がセーフワードを使用したら、冴島くんはどんな状態でもコマンドを中止することを約束してほしい」
侑介:「……俺、岸田さんのこと危険にする可能性があるんですか…?」
寿真:「今回は簡単なものだけだから大丈夫だと思うが、通常は過激なことをする場合もあるからな」
侑介:「……」
寿真:「安心しなさい。これでも君より長く、ダイナミクス性と付き合ってきたんだ。それに君も、そんな顔をしてくれるのであれば、きっと問題なく進められる」
侑介:「…わかりました」
寿真:「よろしい。では改めてセーフワードだが…メジャーなものだと信号の色だな」
侑介:「信号?」
寿真:「正常な状態はGreen、少し辛い場合はYellow、ギブアップがRedだ」
侑介:「ああなるほど!めっちゃ分かりやすいっすね」
寿真:「これでいいか?」
侑介:「はい、大丈夫です!」
寿真:「うむ。次はコマンドの内容についてだ。NGについてだが…」
侑介:「これは岸田さんのですよね」
寿真:「ああ。そうだな…多少のものなら大丈夫だが、あまりに痛いものは得意ではない。あと今回のコマンドで出そうなものでいえば…『Crawl』四つん這いの姿勢は、そろそろ厳しいと思ってしまうな」
侑介:「…四つん這い、の、岸田さん…」
寿真:「やめろ、想像するな」
侑介:「あ、すみません…つい」
寿真:「全く……」
侑介:「んじゃ、その2つはナシって、ことですね」
寿真:「ああ。あとは前に宣言してくれている通り、今回は本番に移りそうになってしまった場合は遠慮なくRedをかけさせてもらう。俺も後出しで準備ができるほど器用じゃなくてな」
侑介:「っ……わかり、ました…」
寿真:「…よし。じゃあここにサインを頼む」
侑介:「……ハイッ」
寿真:「ありがとう。……なんだ、さっきまで調子づいていたのに、急に緊張し始めたな」
侑介:「ああ当たり前じゃないすか!未知の体験すぎてどうなるのか…」
寿真:「でも、ごっこ遊びはしていたんだろう?」
侑介:「あれは俺Sub側でしたから!というか普通に恥ずかしい話なんで戻さないでくださいってば!」
寿真:「ふふ…すまないすまない。では、早速始めるとしよう」
侑介:「ええ?!」
寿真:「なんだ?」
侑介:「っ……いや、やりましょう!!岸田さん!!オネシャス!!」
寿真:「っふふ、そんなに気合いを入れられたのは初めてだな」
侑介:「ふー……あっ、待ってください。ちょっと…もう1回コマンド確認します…」
寿真:「ふふ…ああ、構わない」
侑介:「えっと…リサ姉は最初なんて始めてたっけ……たしか…(ぶつぶつ)」
寿真:「…っふ」
侑介:「(N)岸田さんはやっぱり余裕がある。心強い反面、緊張は募るばかりだ。どうなるか分からない…でも、やってみなければもっと分からない。大丈夫…今目の前にいるこの人を、頼れる先輩を信じるんだ…」
0:(短い間)
侑介:「よし……。やり…やれ、ます」
寿真:「ああ、いつでもいいぞ」
侑介:「すー…ふー……(深い息)」
0:(目つきがスッと変わる侑介)
侑介:「岸田さん」
寿真:「ッ……」
侑介:「セーフワードは」
寿真:「…Red」
侑介:「『Goodboy』…じゃあ、行きますね」
寿真:「……ああ」
侑介:「(M)『Goodboy』と言った瞬間、俺の中の何かが切り替わる音がした。嗚呼、目の前の人を、俺の頼れる先輩を」
侑介:「(M)服従させたくて、堪らない」
侑介:「『Kneel』…おすわり」
寿真:「ッ……」
0:(言われた途端、地面にペタンと座り込む寿真)
侑介:「あ……へへ、そんな簡単に、すとんって落ちちゃうんすね」
寿真:「…ふぅ……そう、だな…」
侑介:「じゃあ次は……『Come』俺の膝んとこまで来てください」
寿真:「……ああ…」
0:(膝を擦らせながら移動する寿真)
侑介:「『Goodboy』…ありがとう、ございます」
寿真:「…っふふ、コマンドの最中で、礼を言われたのは初めてかもしれないな」
侑介:「えっ、そうなんですか?」
寿真:「ああ。礼なんてなくていい。こうすることが気持ちがいい」
侑介:「…ッ……きもち、いい…」
寿真:「ああ。冴島くんはどうだ?調子は…」
侑介:「(かぶせる)侑介」
寿真:「…え?」
侑介:「侑介って、呼んでください。寿真さん」
寿真:「…!あ、いや……」
侑介:「『Say』呼んでくださいよ」
寿真:「ッ……ゆう、すけ…」
侑介:「『Good boy』……いいこ」
寿真:「っ………」
侑介:「…寿真さん、頭撫でてもいいっすか?」
寿真:「ああ、構わないが…」
侑介:「じゃあ…」
0:(頭を撫でる侑介)
侑介:「すみません、質問遮っちゃいましたね」
寿真:「構わない」
侑介:「…すごいっすね、これ。なんでだろ…」
寿真:「…?」
侑介:「俺、寿真さんに命令してるだけなのに、めっちゃ気持ちいい気がする…」
寿真:「ッ……そういうものだ、コマンドというのは」
侑介:「そうなんすね……ごっことは全然違うな…当たり前だけど」
寿真:「………ん…」
0:(侑介の手に頭を擦り寄せる寿真)
侑介:「?スリスリしてますけど…もっと撫でろってことすか?」
寿真:「!…あ、いや。これはなんというか……無意識だ…すまない……」
侑介:「へへ、いいですよ〜。悪い気分しないんで」
寿真:「っ……」
侑介:「そういえば、寿真さんパートナーいないって話でしたけど。普段コマンドはどうしてるんですか?」
寿真:「ああ…さっき俺は君に風俗を提案したが、他にも医療的に行なってくれる場所があってな。かなり事務的なものだが、俺は元々ダイナミクス性の欲求が溜まるのが遅いし、それこそ普段部下から頼りにされることで満たされていることもあるのだろう。だから、どうしてもという時はそういった所を頼るようにしている」
侑介:「なるほど…。ん?てことは俺、もしかして欲求溜まりやすいんすかね…?」
寿真:「溜まりにくい方ではない、とは思うな…。健康診断の日に急にDom性に変わったわけではないだろうし、変更後どのくらいの日が空いているのか分からないが、1ヶ月に1回のペースくらいかもしれないな」
侑介:「結構大変そうっすね…」
寿真:「まあそうだな…だが今はそういった機関も充実している、過剰摂取は禁物だが薬もある。安心していい」
侑介:「…そうっすね。……ねえ寿真さん」
寿真:「なんだ?」
侑介:「俺も…今後困ったことあったら、また頼らせてほしいっす」
寿真:「……いくらでも歓迎しよう」
侑介:「っへへ、ありがとうございます」
寿真:「……」
侑介:「…寿真さん」
寿真:「なんだ?」
侑介:「コマンドって、何でも大丈夫なんですか?」
寿真:「?ああ、契約書に準ずる限りならな」
侑介:「…じゃあ、『come』俺の横来てください」
寿真:「ああ」
侑介:「それで、えっと……『stroke』」
寿真:「…え?」
侑介:「俺のことも、撫でてくれませんか?」
寿真:「…っ……ああ」
0:(侑介の頭を撫でる寿真)
侑介:「ん〜…『Goodboy』嬉しいです、寿真さん」
寿真:「…嬉しいのか、これが」
侑介:「はい、めちゃくちゃ。俺の性的趣向って、Domになっても変わんないっぽいです。ごっこ…してる時も、撫でられるの好きでしたし」
寿真:「……こんなコマンドは、初めてだな」
侑介:「嫌でした…?今の色は?」
寿真:「…Green、嫌ではない。むしろ…可愛い後輩を甘やかせていることに、幸福感がある」
侑介:「なら、win-winっすね。良かった」
寿真:「……っ…侑介」
侑介:「ん?なんすか?」
寿真:「もっと、その……コマンドを、くれないか?」
侑介:「っ…!今のなんか…いいっすね……キました…」
寿真:「…言わなくていい」
侑介:「へへ…じゃあ、『Look』撫でてるまま、俺のこと見てください」
寿真:「ああ……流石に顔が近いな」
侑介:「そっすね。眼鏡取っちゃいますね」
寿真:「ああ…」
0:(寿真の掛けていた眼鏡を取る侑介)
侑介:「…目の形、綺麗っすね」
寿真:「形…そうか?」
侑介:「綺麗な切れ長。俺の目丸いんで羨ましいです」
寿真:「俺としては、君くらい愛らしい形の方が親しみがあるのかもしれないと思ってしまうがな」
侑介:「ないものねだりってやつですね」
寿真:「そうだな」
侑介:「あ、でも切れ長だけど垂れ目なんすよね。意外」
寿真:「君も、まつ毛がとても長いんだな。女性的で、少し意外性がある」
侑介:「へへ、人の目、こんなに見ることないですよね」
寿真:「…そうだな」
侑介:「………」
寿真:「……侑介」
侑介:「なんすか?」
寿真:「…いいや、君のコマンドは、優しくて心地いいなと、思っただけだ」
侑介:「………」
0:(短い間)
侑介:「んっ…(寿真の口にキスを落とす)」
寿真:「…っ……?!」
侑介:「…………(数秒後、ゆっくりと離れる)」
寿真:「ッ…………」
侑介:「……え?」
寿真:「え…?」
侑介:「おおお俺今何しました?!!?!」
寿真:「何って……キス…」
侑介:「(かぶせて)わー!わー!!言わないで!言わないでください!!」
寿真:「聞いたのはそっちじゃないか…!」
侑介:「いやそうなんですけど!!そう、なんですよね……俺、なんで今……キスなんて…えぇ……?」
寿真:「………」
侑介:「…すみません急に。全然そんな、おれ……」
寿真:「侑介」
侑介:「…はい?」
寿真:「恥ずかしいのか?」
侑介:「……恥ずかしいに決まってんじゃないですかぁ…!」
寿真:「…なら、俺にもさせればいい。そうすれば羞恥も半分だろう」
侑介:「…え?」
寿真:「(M)ああ、俺は何を言っているんだ?」
寿真:「させられるだろう、君なら、俺に」
寿真:「(M)これはコマンドが欲しいだけ。それだけだ。そういうことにしておこう」
侑介:「……『kiss』俺にキスしてください、寿真さん」
寿真:「…んっ」
侑介:「……」
寿真:「………ああ、恥ずかしいな」
侑介:「…わかります……」
寿真:「…でもこれで、半分だな」
侑介:「はい…。寿真さん、今の、色は?」
寿真:「…Yellow、だが…これは手放し難い、心地の良い色だ」
侑介:「……良かった」
侑介:「(M)その後は、不思議と何も話さなかった。まるであのキスのせいで口が縫い付けられたように、お互い何も。その後はただ、俺の『stroke』のコマンドの元、寿真さんが俺の頭を撫でているだけだった」
0:(長い間)
侑介:「昨日は本当に申し訳ございませんでした…」
同僚:「気にしないで!もう元気だから!冴島くんは…平気?」
侑介:「あ、うん…これからはちゃんと、気をつけます」
同僚:「ふふ、よろしくお願いしますよ〜?なんて、本当に気にしてないから、気負いすぎないでね」
侑介:「(N)次の日。俺はGlareを使ってしまった同僚に丁重に謝罪をし、また多忙な一日が始まった。その日のうちに上司には自分のダイナミクス性のことを話し、2日後に急遽休みをもらえることになった。岸田さんの言った通り、有給消化はなかった」
0:(短い間)
侑介:「あ、岸田さん!」
寿真:「…冴島くんも一服か」
侑介:「はい、とりあえずひと段落着いたんで」
寿真:「この激務も、そろそろしまいだ。最後に1つ、気合いを入れるとしよう」
侑介:「そうっすね。…それにしても」
寿真:「なんだ?」
侑介:「岸田さんも吸うんすね、煙草。ちょっと意外」
寿真:「俺からすると、君が吸うのも少し意外だな。酒の方が勝手なイメージだった」
侑介:「偏見ってアテになんないもんですね」
寿真:「そうだな。特に趣向においては、分かりそうもない」
侑介:「ですねぇ…」
寿真:「………」
侑介:「………」
寿真:「君に、謝らなければいけないことがある」
侑介:「え?…なんすか?」
寿真:「以前の私は君に対して、少々不真面目な部下だという評価をしていた」
侑介:「あ〜まぁ…そう思われてもおかしくない、のかも」
寿真:「君が先程、再提出してくれた資料を見させてもらった」
侑介:「ああ、はい」
寿真:「クライアントの目線に合わせた内容の選択、うちの会社の売りも伝わる言葉の選び方、そしてそれらを分かりやすく見せる画面の使い方…荒削りで論点にブレがあるのは確かだが、全体として非常に出来の良いものだった」
侑介:「ほ、本当ですか…!」
寿真:「ああ。しかし私は全体には目を向けず、ただ"不真面目な部下のため"をと、細かい修正点ばかり辿ろうとしてしまった。上司として恥ずかしい」
侑介:「……岸田さん」
寿真「君が私の添削に対して"早すぎる"と評価したのも納得だ。私はあの時君の言う通り、"早さ"しか求められていなかったんだろう」
侑介:「……でも嬉しいっす。しっかり見てもらえて。確かに最後のまとめはごちゃっとしちゃったんですけど、俺的には頑張れたなって思ってたんで」
寿真:「その自信を危うく潰しかけてしまった。申し訳ないことをしたよ。…見かけだけで判断するのは、やはり罪深い」
侑介:「それはまあ…お互い様ですから」
寿真:「…そうか」
侑介:「今となっては、岸田さんはかっこいい上司で、頼れる先輩です」
寿真:「…君の目にそう映れているなら、幸せだ」
侑介:「へへっ」
寿真:「………」
侑介:「……あの」
寿真:「なんだ?」
侑介:「その、頼れる先輩に、折り入ってワガママ…なんすけど」
寿真:「…ああ」
侑介:「…また、コマンドの相手になってもらっても…いいっすか?」
寿真:「ッ……ああ」
侑介:「……今度はもしかしたら、もうちょい先行きたいとか言い出すかもしれませんけど…」
寿真:「……」
侑介:「それでも、いいですか?」
寿真:「………」
侑介:「………」
寿真:「………」
侑介:「『Say』返事、ください」
寿真:「ッ…会社でコマンドを使うな…!」
侑介:「これだけ、聞かせてほしいんです」
寿真:「………」
侑介:「…『Say』、寿真さん」
寿真:「…………ああ、構わない」
侑介:「…ありがとうございます、また頼らせてもらいますね」
寿真:「まったく…頼るという言葉も、使いようだな」
侑介:「(M)俺は、甘いフレーバーを口に運ぶその人を見ながら、気づかぬうちにふつふつと、またこの人の人間らしい、色んな顔が見てみたいと、思ってしまっている」