台本概要

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タイトル 声の異相
作者名 孫我(そが)  (@manndamudamu)
ジャンル その他
演者人数 3人用台本(男1、女1、不問1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ある日戸部は、人間の言葉が分からなくなった。

【使用に関して】
・周りが困らない程度のアドリブや語尾の変更OK
・学者に関しては性別不問です。
・作者への連絡は基本不要ですが、youtubeやアーカイブが残るモノに関しては報告いただけると助かります。(聴きに行きます)

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
戸部 54 どこにでもいる普通の男
京子 42 戸部の妻
学者 不問 41 施設の学者
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
戸部:一番初めは妻の言葉が分からなくなった。朝起きてコーヒーを飲んでいると雑音が鼓膜を震わせた。程なくしてそれは、妻から発せられたものだと分かった。 戸部:次は職場の人間の言葉が分からなくなった。その次は町ゆく人の言葉が。その次は電車のアナウンスが。 戸部:聞えてはいる、ただ、分からない。何を言っているのか、何を言いたいのか、何もわからなくなってしまった。 戸部:そして、気が付くと俺は、世界中の人間の言葉が、分からなくなっていた。 戸部: : 0:施設 : 戸部:先生、俺はどうなってしまったんですか。一体、何が原因でこんな・・・。 学者:・・・。 戸部:ちょっと、先生、黙ってないで何とか言ってくださいよ!人と会話ができなくなってもうひと月になる。あんたたち、俺の体は十分調べたんですよね!?いい加減、薬とか手術とか、なんでもいいから早く治してくださいよこれ! 学者:戸部さん、落ち着いてください。私たちも、できる限りのことは・・・。 戸部:どうやったらこの状況で落ち着いてられるんですか!こっちはねえ・・・! 学者:戸部さん!お願いします。あなたの不安な気持ちはよくわかりますから。 戸部:だったら・・・ 学者:今回のことは極めて稀な例です。私達もあなたを救いたいと心の底から思っている。しかし、慎重にならざるを得ないことはどうか理解して頂きたい。 戸部:・・・ああ、くそっ。分かってますよ。 学者:すみません、もう少し辛抱してください。まあでも、あなたと会話できる人間が現れて、少しは気も楽になったんじゃないですか。 戸部:・・・まあ、それはそうですけど。ったくなんなんだよこれ・・・。そうだ、妻は?妻は元気ですか? 学者:はい、初めは動揺されていましたが、今は元気に過ごされてるようですよ。 戸部:そうですか。それならよかった。 学者:・・・。 戸部:先生? 学者:実は、これから戸部さんに大事なお話があります。今回の症状の原因に関わるお話です。 戸部:え、なんですか突然。あ、もしかして何か解決の手立てが見つかったとか。 学者:それは・・・まだわかりません。ですが、何かしらの関係性はあるかと。 戸部:そうなんですか。まあ、何でもいいです、少しでも前に進めるなら。 学者:ありがとうございます。では、お話の前に少し準備がありますので、数分離席しますね。少しだけ待って頂いてもよろしいですか。 戸部:わかりました。なるべく早くお願いしますね。 学者:勿論です。それでは失礼します。 : 0:間 : 学者:いかがですか。心の準備は。 京子:正直、まだちょっと怖いです・・・。あの、あの人はどんな様子だったんでしょうか? 学者:先程までかなり興奮されてましたが、今は比較的落ち着いています。今なら冷静にお話しすることも可能でしょう。 京子:そうですか・・・。 学者:別に無理はしなくてもいいんですよ。彼と話さない、という選択肢もあります。 京子:いえ、それはしたくないんです。そこは、ちゃんとしておきたいというか・・・。 学者:・・・わかりました。では、これからのことを説明しますね。 京子:お願いします。 : 0:間 : 学者:お待たせしました。 戸部:いえ、ぜんぜん・・・。あ、き、きょうこ!先生、妻を、妻を連れてきてくれたんですか!?ああ、京子、久しぶり。会いたかったよ。 京子:・・・久しぶり、戸部さん。 戸部:え・・・、う、うそだろ。京子の言葉が分かる!京子!わかる!お前の言葉が分かるぞ! 京子:ええ、私も今は戸部さんの言葉、分かるよ。 戸部:ああ、よかった。先生、本当にありがとうございます!解決の糸口が見つかったんですね! 学者:いえ、そういうわけでは・・・。 戸部:え、でも、こうして妻の言葉が分かるようになってるし、着実によくなってるんじゃないんですか?治療された覚えはないですけど。 京子:戸部さん・・・。 戸部:お、なんだ京子?ってかさっきから、戸部さん戸部さんって、どうしたんだよ。いつもみたいに名前で呼んでくれよ。 京子:・・・今日は戸部さんに話があってきました。 戸部:お。おう、なんだよ。そんな畏まって。 京子:・・・離婚、してください。 : 0:間 : 戸部:は? 京子:・・・私と離婚してください。 戸部:は?お前、何言ってんの、こんな時に。そんな冗談笑える精神状況じゃないんだけど。 京子:冗談じゃ、ないです。 戸部:じゃあなんだってんだよ!!!あ!?これが冗談じゃなったらなんなんだよ!!病に苦しんでる夫を見捨てるような真似して、お前には人の心がないのか!? 京子:・・・っ。 学者:戸部さん、落ち着いてください。 戸部:うるせえ!部外者は黙ってろ!おい、京子!なんでだよ、なんでこんな・・・。 戸部:ああくそ、なんだよこのガラス!!いつもいつもうざってえなあ!おい!他の奴らも聞いてんだろ!!早くここから出してくれ!! : 0:戸部、ガラスをたたく。二人と戸部の間には無機質で透明な壁が立っていたのだ。 : 学者:あなたがいつもそんなだから、このガラスが必要なんです。冷静になってください。 戸部:くそっ舐めやがって・・・。 京子:・・・。 戸部:・・・先生、妻と直接話がしたいんです。ここから出してください。 学者:それはできません。 戸部:・・・もう正直きついんですよ。こんな部屋に閉じ込められるの。これじゃ患者ってより、モルモットだ。 学者:申し訳ありません。 戸部:・・・先生、出してくださいよ。 学者:すみません。 戸部:出せ。 学者:できません。 戸部:出せって言ってんだろ!!! 京子:いいかげんにして!!!! : 0:戸部は京子の剣幕に驚く : 戸部:!? 京子:・・・あなたのそういう所よ。 戸部:え? 京子:あなたのそういう、すぐカッとなる所とか、相手の話を聞かない所とか、もう全部が嫌になったの! 戸部:だからって、こんな状況で・・・。 京子:それだけじゃない。 戸部:あ? 京子:・・・暴力振るう所、とか。 戸部:・・・。 京子:・・・もう、私、耐えられない。 : 0:間(京子はすすり泣いてもいい) : 戸部:・・・なるほど、そういうことか 学者:戸部さん、京子さんからすべて聞きました。あなたは常日頃から、京子さんに暴力を振るっていたそうですね。 戸部:・・・いえ、そんなことはしていません。 学者:本当ですか? 戸部:ええ。 学者:じゃあ、京子さんの体の痣。あれはなんですか。 戸部:さあ、なんか、転んだりしちゃったんじゃないですか? 京子:・・・嘘ばっかり。 戸部:あ? 京子:嘘ばっかり!!あんたは、ちょっと自分の気に入らないことがあるとすぐ暴力振るってきて!私が嫌がっても絶対にやめなかった!話なんて一つも聞いてくれなかった! 戸部:・・・そんなことない。 京子:じゃあ、あの地獄のような日々はなんだったの!毎日怒鳴られて、殴られて、蹴られて!!あんたなんか人間じゃない!人間なら他の人間にあんなひどい事絶対できない!! 戸部:ギャーギャーうるせえな!このガラスがなきゃ何も言えない弱虫のクズがよお! : 0:ちょっとの間 : 学者:戸部さん、私は今のあなたの態度を見て確信しました。京子さんは日常的に、あなたからDV被害を受けていた。 戸部:・・・ああ、そーですか。んで、なんでしたっけ。あー離婚ですか。まあ、俺、同意なんてしませんけどね。 学者:・・・そこで、ここからが本題です、戸部さん。あなたのその、人の言葉が分からなくなる現象の正体がわかりました。 戸部:へー、一体なんだっていうんですか? 学者:これは、あなたがただ周りの言葉を理解できなくなったんじゃない、 :あなたとあなた以外の人間の間に声の「異相」が起きてしまったからなんです。 : : 0:数分前 : : 京子:あの、つまり、どういうことですか? 学者:京子さん、「逆位相」という言葉をご存じですか。 京子:いいえ・・・。 学者:そもそも、私達が普段発している声は、簡単に言うと、空気中を波状に振動させ相手に届いています。 学者:「逆位相」とはその波形が逆の形になり、音が消えたり不明瞭になることをいいます。 京子:・・・。 学者:と言っても分からないですよね。まあ、要は、戸部さんの声は今、普通の人が発する音の波の形と大きく異なってしまっているんです。 京子:なるほど・・・。でも、そんなことありえるんですか。 学者:自然界ではありえないことではありません。例えば、クジラですね。ある研究団体が、他のクジラには聞こえない声で鳴くクジラを発見したという事例があります。まあでも、クジラに関しては周波数の問題なので少し話は違うかもしれませんが、とにかく、同じ種族で伝わらない声を発する個体が現れるというのはあり得る話ではあります。 京子:じゃあ、あの人は今、人に伝わらない声を発していると? 学者:そうなりますね。逆にいえば、彼に私達の声も届きません。彼が使っている言葉の波形はもうすでに私達のそれとは大きく異なっています。今までに類を見ないことです。私はこの現象を「声の異相」と呼ぶことにしました。 京子:声の異相・・・。 学者:はい。京子さん、これを。 京子:これは? 学者:インターカムです。これを着ければ、彼の声が分かります。私たちの声も彼に伝わります。これを開発するのに1か月かかりました。 京子:こんなの1か月でできるものなんですね。 学者:今回の件、実をいうと原因はすぐにわかっていたんです。ただ、何故そうなってしまったのかが分からなかった。 京子:もしかして、それで私の・・・。 学者:はい、あなたの話で分かったんです。彼はもう人じゃない。あなたのあの発言は、真実だったんです。 : : 0:今に戻る : : 京子:私ずっと怖かった。エスカレートする暴力、遠慮のない暴言。あなたがどんどん人じゃなくなってくみたいで。私、怖くて怖くて。そしてある時、あなたが何を言ってるのか分からなくなった。あなたも私が何を言っているのか分からないみたいだった。でも正直何とも思わなかったわ。だって、こうなる前から、私達はお互いにお互いの声が届いてなかったんだもの。 京子:・・・その時、私、直感的に思ったの。ああ、この人はついに人じゃなくなったんだって。 戸部:う、嘘だ!そんな、そんなバカげた話、現実で起きるわけない!! 学者:ええ、私もそう思います。しかし今、目の前で実際にそれは起こっている。 学者:あなたの、心ない今までの言動が、あなたを「人でなし」に変えてしまったんです。 戸部:じゃ、じゃあ、俺は今なんなんだ?人じゃなかったらなんなんだよ! 京子:さあ、なんなんだろうね 戸部:っ。・・・嘘だろ。なんでこんな。 京子:・・・。 戸部:・・・なあ、京子、頼むよ。もうひどいことしないからさ。許してくれよ・・・。 京子:え? 戸部:俺が悪かった。俺、お前の声がまた聞えるようになって思ったんだ。俺はやっぱりお前のことを愛しているって。 京子:・・・よくそんなことが言えるね。私、あなたを絶対許さない。それに私が許したところで、あなたはなにか変われるの? 戸部:は?いや、だから、もうひどいことしないって。変わるよ、優しい俺にきっと変わってみせる。 京子:そうじゃなくて、私が許したら、あなたはその何かよく分からないモノから変わることができるの? 戸部:それってどういう・・・ 学者:まず、無理でしょうね。これは、私達周りの人間がどうこうという話ではありません。戸部さんの「異相」は内因的なことが原因だと思われます。京子さんが許そうと許すまいと、この症状が解消される可能性は低いでしょう。 戸部:・・・なんでだよ。なんで俺なんだよ!!口が悪いやつなんてそこら中にたくさんいる!!DVやってるやつだって他にいくらでもいるだろ!!なのに、なんで俺だけ、なんで俺だけこんな目に合うんだよ!! 京子:・・・ 戸部:なあ、京子、見捨てないでくれ。いつか必ず変わる。だから、俺の声が届くまで待っててくれ、な? 京子:・・・今、このインターカムがなければ、あなたの声は私には届かない。 戸部:ん?あ、ああ、そうだな。先生にも感謝だ。 京子:でも・・・ 戸部:ん? 京子:これがあっても、あなたの声は、もう私には届かない。 戸部:きょ、うこ?ちょ、ちょっと待って、京子!もう少し!もう少し話を・・・。 : 0:京子はインターカムを外す。すると、先程まで人の声をなしていた戸部の声は人の声をなさなくなる。 : 京子:さようなら : : : 学者:最後の言葉を、果たして彼は理解できたのだろうか。私はそっとインターカムを外し、机の上に置いた。長時間装着していたせいか、少し耳が痛い。 :まだ仕事は残っている。これから今までのことを報告書にまとめなくては。そう考えていた私に、ガラスの向こう側で、人の形をした何かが猛獣のように叫んでいた。 0: 0: 0:終

戸部:一番初めは妻の言葉が分からなくなった。朝起きてコーヒーを飲んでいると雑音が鼓膜を震わせた。程なくしてそれは、妻から発せられたものだと分かった。 戸部:次は職場の人間の言葉が分からなくなった。その次は町ゆく人の言葉が。その次は電車のアナウンスが。 戸部:聞えてはいる、ただ、分からない。何を言っているのか、何を言いたいのか、何もわからなくなってしまった。 戸部:そして、気が付くと俺は、世界中の人間の言葉が、分からなくなっていた。 戸部: : 0:施設 : 戸部:先生、俺はどうなってしまったんですか。一体、何が原因でこんな・・・。 学者:・・・。 戸部:ちょっと、先生、黙ってないで何とか言ってくださいよ!人と会話ができなくなってもうひと月になる。あんたたち、俺の体は十分調べたんですよね!?いい加減、薬とか手術とか、なんでもいいから早く治してくださいよこれ! 学者:戸部さん、落ち着いてください。私たちも、できる限りのことは・・・。 戸部:どうやったらこの状況で落ち着いてられるんですか!こっちはねえ・・・! 学者:戸部さん!お願いします。あなたの不安な気持ちはよくわかりますから。 戸部:だったら・・・ 学者:今回のことは極めて稀な例です。私達もあなたを救いたいと心の底から思っている。しかし、慎重にならざるを得ないことはどうか理解して頂きたい。 戸部:・・・ああ、くそっ。分かってますよ。 学者:すみません、もう少し辛抱してください。まあでも、あなたと会話できる人間が現れて、少しは気も楽になったんじゃないですか。 戸部:・・・まあ、それはそうですけど。ったくなんなんだよこれ・・・。そうだ、妻は?妻は元気ですか? 学者:はい、初めは動揺されていましたが、今は元気に過ごされてるようですよ。 戸部:そうですか。それならよかった。 学者:・・・。 戸部:先生? 学者:実は、これから戸部さんに大事なお話があります。今回の症状の原因に関わるお話です。 戸部:え、なんですか突然。あ、もしかして何か解決の手立てが見つかったとか。 学者:それは・・・まだわかりません。ですが、何かしらの関係性はあるかと。 戸部:そうなんですか。まあ、何でもいいです、少しでも前に進めるなら。 学者:ありがとうございます。では、お話の前に少し準備がありますので、数分離席しますね。少しだけ待って頂いてもよろしいですか。 戸部:わかりました。なるべく早くお願いしますね。 学者:勿論です。それでは失礼します。 : 0:間 : 学者:いかがですか。心の準備は。 京子:正直、まだちょっと怖いです・・・。あの、あの人はどんな様子だったんでしょうか? 学者:先程までかなり興奮されてましたが、今は比較的落ち着いています。今なら冷静にお話しすることも可能でしょう。 京子:そうですか・・・。 学者:別に無理はしなくてもいいんですよ。彼と話さない、という選択肢もあります。 京子:いえ、それはしたくないんです。そこは、ちゃんとしておきたいというか・・・。 学者:・・・わかりました。では、これからのことを説明しますね。 京子:お願いします。 : 0:間 : 学者:お待たせしました。 戸部:いえ、ぜんぜん・・・。あ、き、きょうこ!先生、妻を、妻を連れてきてくれたんですか!?ああ、京子、久しぶり。会いたかったよ。 京子:・・・久しぶり、戸部さん。 戸部:え・・・、う、うそだろ。京子の言葉が分かる!京子!わかる!お前の言葉が分かるぞ! 京子:ええ、私も今は戸部さんの言葉、分かるよ。 戸部:ああ、よかった。先生、本当にありがとうございます!解決の糸口が見つかったんですね! 学者:いえ、そういうわけでは・・・。 戸部:え、でも、こうして妻の言葉が分かるようになってるし、着実によくなってるんじゃないんですか?治療された覚えはないですけど。 京子:戸部さん・・・。 戸部:お、なんだ京子?ってかさっきから、戸部さん戸部さんって、どうしたんだよ。いつもみたいに名前で呼んでくれよ。 京子:・・・今日は戸部さんに話があってきました。 戸部:お。おう、なんだよ。そんな畏まって。 京子:・・・離婚、してください。 : 0:間 : 戸部:は? 京子:・・・私と離婚してください。 戸部:は?お前、何言ってんの、こんな時に。そんな冗談笑える精神状況じゃないんだけど。 京子:冗談じゃ、ないです。 戸部:じゃあなんだってんだよ!!!あ!?これが冗談じゃなったらなんなんだよ!!病に苦しんでる夫を見捨てるような真似して、お前には人の心がないのか!? 京子:・・・っ。 学者:戸部さん、落ち着いてください。 戸部:うるせえ!部外者は黙ってろ!おい、京子!なんでだよ、なんでこんな・・・。 戸部:ああくそ、なんだよこのガラス!!いつもいつもうざってえなあ!おい!他の奴らも聞いてんだろ!!早くここから出してくれ!! : 0:戸部、ガラスをたたく。二人と戸部の間には無機質で透明な壁が立っていたのだ。 : 学者:あなたがいつもそんなだから、このガラスが必要なんです。冷静になってください。 戸部:くそっ舐めやがって・・・。 京子:・・・。 戸部:・・・先生、妻と直接話がしたいんです。ここから出してください。 学者:それはできません。 戸部:・・・もう正直きついんですよ。こんな部屋に閉じ込められるの。これじゃ患者ってより、モルモットだ。 学者:申し訳ありません。 戸部:・・・先生、出してくださいよ。 学者:すみません。 戸部:出せ。 学者:できません。 戸部:出せって言ってんだろ!!! 京子:いいかげんにして!!!! : 0:戸部は京子の剣幕に驚く : 戸部:!? 京子:・・・あなたのそういう所よ。 戸部:え? 京子:あなたのそういう、すぐカッとなる所とか、相手の話を聞かない所とか、もう全部が嫌になったの! 戸部:だからって、こんな状況で・・・。 京子:それだけじゃない。 戸部:あ? 京子:・・・暴力振るう所、とか。 戸部:・・・。 京子:・・・もう、私、耐えられない。 : 0:間(京子はすすり泣いてもいい) : 戸部:・・・なるほど、そういうことか 学者:戸部さん、京子さんからすべて聞きました。あなたは常日頃から、京子さんに暴力を振るっていたそうですね。 戸部:・・・いえ、そんなことはしていません。 学者:本当ですか? 戸部:ええ。 学者:じゃあ、京子さんの体の痣。あれはなんですか。 戸部:さあ、なんか、転んだりしちゃったんじゃないですか? 京子:・・・嘘ばっかり。 戸部:あ? 京子:嘘ばっかり!!あんたは、ちょっと自分の気に入らないことがあるとすぐ暴力振るってきて!私が嫌がっても絶対にやめなかった!話なんて一つも聞いてくれなかった! 戸部:・・・そんなことない。 京子:じゃあ、あの地獄のような日々はなんだったの!毎日怒鳴られて、殴られて、蹴られて!!あんたなんか人間じゃない!人間なら他の人間にあんなひどい事絶対できない!! 戸部:ギャーギャーうるせえな!このガラスがなきゃ何も言えない弱虫のクズがよお! : 0:ちょっとの間 : 学者:戸部さん、私は今のあなたの態度を見て確信しました。京子さんは日常的に、あなたからDV被害を受けていた。 戸部:・・・ああ、そーですか。んで、なんでしたっけ。あー離婚ですか。まあ、俺、同意なんてしませんけどね。 学者:・・・そこで、ここからが本題です、戸部さん。あなたのその、人の言葉が分からなくなる現象の正体がわかりました。 戸部:へー、一体なんだっていうんですか? 学者:これは、あなたがただ周りの言葉を理解できなくなったんじゃない、 :あなたとあなた以外の人間の間に声の「異相」が起きてしまったからなんです。 : : 0:数分前 : : 京子:あの、つまり、どういうことですか? 学者:京子さん、「逆位相」という言葉をご存じですか。 京子:いいえ・・・。 学者:そもそも、私達が普段発している声は、簡単に言うと、空気中を波状に振動させ相手に届いています。 学者:「逆位相」とはその波形が逆の形になり、音が消えたり不明瞭になることをいいます。 京子:・・・。 学者:と言っても分からないですよね。まあ、要は、戸部さんの声は今、普通の人が発する音の波の形と大きく異なってしまっているんです。 京子:なるほど・・・。でも、そんなことありえるんですか。 学者:自然界ではありえないことではありません。例えば、クジラですね。ある研究団体が、他のクジラには聞こえない声で鳴くクジラを発見したという事例があります。まあでも、クジラに関しては周波数の問題なので少し話は違うかもしれませんが、とにかく、同じ種族で伝わらない声を発する個体が現れるというのはあり得る話ではあります。 京子:じゃあ、あの人は今、人に伝わらない声を発していると? 学者:そうなりますね。逆にいえば、彼に私達の声も届きません。彼が使っている言葉の波形はもうすでに私達のそれとは大きく異なっています。今までに類を見ないことです。私はこの現象を「声の異相」と呼ぶことにしました。 京子:声の異相・・・。 学者:はい。京子さん、これを。 京子:これは? 学者:インターカムです。これを着ければ、彼の声が分かります。私たちの声も彼に伝わります。これを開発するのに1か月かかりました。 京子:こんなの1か月でできるものなんですね。 学者:今回の件、実をいうと原因はすぐにわかっていたんです。ただ、何故そうなってしまったのかが分からなかった。 京子:もしかして、それで私の・・・。 学者:はい、あなたの話で分かったんです。彼はもう人じゃない。あなたのあの発言は、真実だったんです。 : : 0:今に戻る : : 京子:私ずっと怖かった。エスカレートする暴力、遠慮のない暴言。あなたがどんどん人じゃなくなってくみたいで。私、怖くて怖くて。そしてある時、あなたが何を言ってるのか分からなくなった。あなたも私が何を言っているのか分からないみたいだった。でも正直何とも思わなかったわ。だって、こうなる前から、私達はお互いにお互いの声が届いてなかったんだもの。 京子:・・・その時、私、直感的に思ったの。ああ、この人はついに人じゃなくなったんだって。 戸部:う、嘘だ!そんな、そんなバカげた話、現実で起きるわけない!! 学者:ええ、私もそう思います。しかし今、目の前で実際にそれは起こっている。 学者:あなたの、心ない今までの言動が、あなたを「人でなし」に変えてしまったんです。 戸部:じゃ、じゃあ、俺は今なんなんだ?人じゃなかったらなんなんだよ! 京子:さあ、なんなんだろうね 戸部:っ。・・・嘘だろ。なんでこんな。 京子:・・・。 戸部:・・・なあ、京子、頼むよ。もうひどいことしないからさ。許してくれよ・・・。 京子:え? 戸部:俺が悪かった。俺、お前の声がまた聞えるようになって思ったんだ。俺はやっぱりお前のことを愛しているって。 京子:・・・よくそんなことが言えるね。私、あなたを絶対許さない。それに私が許したところで、あなたはなにか変われるの? 戸部:は?いや、だから、もうひどいことしないって。変わるよ、優しい俺にきっと変わってみせる。 京子:そうじゃなくて、私が許したら、あなたはその何かよく分からないモノから変わることができるの? 戸部:それってどういう・・・ 学者:まず、無理でしょうね。これは、私達周りの人間がどうこうという話ではありません。戸部さんの「異相」は内因的なことが原因だと思われます。京子さんが許そうと許すまいと、この症状が解消される可能性は低いでしょう。 戸部:・・・なんでだよ。なんで俺なんだよ!!口が悪いやつなんてそこら中にたくさんいる!!DVやってるやつだって他にいくらでもいるだろ!!なのに、なんで俺だけ、なんで俺だけこんな目に合うんだよ!! 京子:・・・ 戸部:なあ、京子、見捨てないでくれ。いつか必ず変わる。だから、俺の声が届くまで待っててくれ、な? 京子:・・・今、このインターカムがなければ、あなたの声は私には届かない。 戸部:ん?あ、ああ、そうだな。先生にも感謝だ。 京子:でも・・・ 戸部:ん? 京子:これがあっても、あなたの声は、もう私には届かない。 戸部:きょ、うこ?ちょ、ちょっと待って、京子!もう少し!もう少し話を・・・。 : 0:京子はインターカムを外す。すると、先程まで人の声をなしていた戸部の声は人の声をなさなくなる。 : 京子:さようなら : : : 学者:最後の言葉を、果たして彼は理解できたのだろうか。私はそっとインターカムを外し、机の上に置いた。長時間装着していたせいか、少し耳が痛い。 :まだ仕事は残っている。これから今までのことを報告書にまとめなくては。そう考えていた私に、ガラスの向こう側で、人の形をした何かが猛獣のように叫んでいた。 0: 0: 0:終