台本概要
85 views
タイトル | ドリーマー(後編) |
---|---|
作者名 | なおと(ばあばら) (@babara19851985) |
ジャンル | ミステリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
このシナリオは、「ドリーマー(前編)」の続編です。 バレバレな感もありますが、前編で登場した「富山絹江」の正体を解き明かしていくお話。 85 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
北村国彦 | 男 | - | きたむらくにひこ。富山絹江を殺害した男。 |
富山絹江/鵺 | 女 | - | 富山絹江(とみやまきぬえ)…国彦の前に現れた謎の女性。 鵺(ぬえ)…自分のことを醜いと思っている女性。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
鵺(M):私の名前は、鵺。
鵺(M):誰が見ても、醜い化け物。
鵺(M):だから私は、迫害される。
鵺(M):友達も、先生も、親でさえも、誰も私を大切にしてくれない。
鵺(M):ああ…どこかに…私のこの醜い容姿を…。
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0:(夕暮れ時の喫茶店。北村国彦はコーヒーを飲んでいた)
国彦(M):行き慣れた喫茶店。僕はテーブルの上のコーヒーに手を伸ばした。
国彦(M):手が震えている。コーヒーカップとソーサーが、かちゃかちゃと音を立てる。
国彦(M):安物のカフェインの味を舌の上に乗せ、気持ちを落ち着けるように、ゆっくりそれを嚥下していく。
国彦(M):気を紛らせようと、意味もなくスマホを取り出し、画面を眺める。
国彦(M):僕の脳内は、昨晩の出来事を反芻していた。
国彦(M):掌に残る生々しい感触。
国彦(M):人間の気道を閉める感触。
国彦(M):じたばたと暴れていたが、徐々に体全体から力が抜け、『生命』が『物体』になっていく感触。
国彦(M):人を…殺した感触。
国彦(M):ルポライターの仕事を始めてから、殺人現場に居合わせることも数回あった。そこには、すでに『物体』になり果ててしまった元人間が転がっていた。しかし…。
国彦(M):僕は昨晩、この手で『生命』を『物体』にしてしまった。『物体』になる瞬間をこの目で見てしまったのだ。
国彦(M):いや…そもそも『あれ』は『生命』と呼んで良いものなのだろうか。
国彦(M):わからない。わからない…。
0:
絹江:「嘘ね」
0:
国彦(M):恐る恐る、視線を上げる。
国彦(M):目の前には、昨晩私が殺したはずの女。
国彦(M):富山絹江が座っていた。
国彦(M):絶叫と胃液が喉奥から溢れそうになったが、掌で口元を覆い、何とか堪えた。
0:
国彦:「富山…絹江。…何でここにいるんだ?」
絹江:「そんなの…もうわかってるくせに」
0:
国彦(M):富山絹江は伏し目がちに、ぽつりと呟いた。
国彦(M):その様子は…何だかひどく寂しそうだった。
絹江:「もう気づいてしまったんでしょう?私の正体に」
国彦(M):そうだ…。
国彦(M):そうだった…。
国彦(M):僕は、富山絹江の正体に気づいた。
国彦(M):気づいてしまった。
国彦(M):それは僕にとって、受け入れがたいものだった。
国彦(M):だから僕は、
国彦(M):恐怖の感情に衝き動かされるがままに、
国彦(M):彼女を殺害した。
国彦(M):…恐怖?いや、違う。これは…。
国彦(M):富山絹江に対する、
国彦(M):畏怖だ。
国彦:「富山絹江。そう…あんたは、富山絹江だ」
絹江:「ええ。そうよ」
国彦:「…………でも、なぜ僕は、その名前を知っているんだろう?」
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0:(間)
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絹江:「そう。私は、富山絹江」
国彦(M):僕はぼんやりと窓の外を見やる。雨が降り出したようだ。通りを行きかう人々がだんだんと傘をさし出している。
国彦:「そう…富山絹江」
国彦(M):雨雲から降り注ぐ雨滴によって、徐々に僕の思考は、冷たく、研ぎ澄まされていく。
国彦:「君は、富山絹江だ」
国彦(M):雨足は徐々に強くなっていき、店内にいても雨粒が地面を叩く音が聞こえてくる。
国彦(M):大丈夫。僕はもう…耐えられる。
国彦:「僕の記憶が確かなら、僕と君との出会いは、深夜の公衆電話だった」
絹江:「ええ、そうね」
国彦:「僕はあの時、妻に帰りが遅くなるということを伝えるために、公衆電話を探していた」
国彦(M):公衆電話…。僕はテーブルの上に置いたスマホに視線を落とす。あの出会いは…『いつ』のことだったのだろう。
国彦:「電話ボックスを見つけ、それに近づいていくと、君が電話ボックスの中にいた」
絹江:「ええ、そうだったわね」
国彦:「…おかしいんだ。僕が電話ボックスの存在を認識するタイミングと、君の存在を認識するタイミングが。
国彦:どう思い返しても、僕は先に電話ボックスを見つけ、その後に電話ボックスの中にいる君を見つけている。まるで、電話ボックスに近づいた途端、君が現れたようだった」
絹江:「ええ、あなたの『視点』では、そうだったのかもね」
国彦:「そして、電話ボックスから出てきた君は、僕に問いかけた」
0:
絹江:「私、キレイ?」
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国彦:「それから二度目の君との出会いは、僕が高校生の頃だ」
絹江:「そうだったわね」
国彦:「校門から、教室に近づいてくる君を、僕は認識した。その時、思ったんだ。『富山絹江がいる』と」
絹江:「…そう」
国彦:「これも変だ。矛盾しているんだ…。
国彦:僕は一度目の出会いで、君の名前なんて聞いちゃいないのに、僕は…教室にいた僕は、君が富山絹江であることを確信していた」
絹江:「…ええ、言ってないわ。その名前は、私があなたに、植え付けたものだから」
国彦:「そうか。君は、そういうことができるんだね」
絹江:「ええ」
国彦:「矛盾は、まだある。
国彦:一度目の出会いの時、僕は勤め先からの帰り道、妻に電話をかけようとしていたんだ。
国彦:なのになぜ、二度目の出会いの記憶が、『教室から窓の外を眺める学生』になっているのか」
絹江:「時間が不可逆とは限らないわ。この世界ではね」
国彦:「『この世界』?そうか、君はある程度、世界自体に干渉することができる存在なんだったね。だから教室で、僕と君が会話をしていても、誰も見向きもしなかった」
絹江:「でも勘違いしないで。この世界の事象全てを、私が統御できるわけじゃない。
絹江:私は…意識的にこの世界に干渉しているわけじゃないの。ここは…」
国彦:「(言葉を遮って)待って。もう少し…ゆっくり理解させてくれ」
国彦(M):危うく…また恐怖心が再発しそうになった。
絹江:「ふふ…ほらね?」
国彦(M):富山絹江は自嘲気味に笑った。ふわりとした、凄絶さで。
絹江:「今、私はあなたを、統御できていないでしょう?」
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国彦:「教室を出て、校内を君と歩いたね」
絹江:「ええ、楽しいデートだったわ。『北村先生』」
国彦:「…そうだ。僕は気が付いたら、生徒から教師になっていた」
絹江:「時間の流れは不可逆でないと同時に、一定だとも限らないわ。
絹江:きっと、あなた自身に流れた時間と、あなたの周りの世界に流れた時間に相違があったのね」
国彦:「…『きっと』?『きっと』って何だ?君がコントロールした時間の流れじゃないのか?」
絹江:「だから言ってるでしょ。全てを統御できているわけではないの」
国彦:「そうか。君が世界に干渉できる度合いには、限りがあるということなのかな」
絹江:「限り、だなんて。そんなはっきりとした線引きがあるものではないわ」
国彦:「でも…!でも…僕の考えが間違っていなければ、この世界は…」
絹江:「……」
国彦:「『僕』が主体ではない」
絹江:「……」
国彦:「『僕』は…『僕』の人生を歩んでいない」
絹江:「……」
国彦:「…主体は君だ。富山絹江。
国彦:僕の人生は、君のものなんだろ?」
絹江:「……」
国彦:「僕は君の傀儡で、僕という存在は…」
絹江:「……」
国彦:「君が造ったんだろう?」
絹江:「……………………そうよ」
国彦:「(発狂を堪えるために唇を嚙みしめる)」
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絹江:「…大丈夫?」
国彦:「……あぁ、昨晩と違って、心の準備ができていたからね。それでもちょっと…いや、かなり…」
国彦(M):眩暈を感じた僕は、窓の外を見やる。
絹江:「ごめんなさい。まさか気づくなんて思わなかったの」
国彦(M):雨足はどんどん強くなっていく。
絹江:「あなたが予想した通り、あなたと、あなたの周りの世界は、」
国彦(M):窓に雨滴が激しく叩きつけられている。景色は何も見えなくなっていた。
国彦(M):いや、そもそも、『景色』なんて存在していたのだろうか。
絹江:「全て、私が造ったの」
国彦:「………………なぜ」
国彦(M):僕はやっとのことで、声帯を震わせ、疑問を口にする。
国彦(M):いや、この苦しさだって、全部、架空なのだ。
国彦:「……君はなぜ、この世界を造ったの?」
絹江:「あら、そこは気付いてなかったの?」
国彦(M):富山絹江は、薄く笑う。
絹江:「意外と、女心がわかってないのね」
国彦(M):瞬間、僕の脳内で、富山絹江の音声が再生された。
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絹江:「私、キレイ?」
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国彦:「……あぁ、そういうことか」
絹江:「私は、美しくなりたかった」
国彦:「君は、君のいる世界では美しくないのかい?」
絹江:「えぇ、そうよ。醜い、化け物扱いだわ」
国彦:「そう…。何だか、そちらの世界の君を見るのが怖いな」
絹江:「…?どういうこと?」
国彦:「だって、そちらの世界の君は、僕が今見ている君とは異なる…その…醜い容姿をしているんだろ?」
絹江:「……ふふ。ふふふふふふふふふふふ。あははははははははははははははははははははははははは」
国彦:「何がおかしいんだい?」
絹江:「(笑いが収まって)…そうよね。そう思うわよね。
絹江:でも、そうじゃない。
絹江:私の容姿は何一つ変わらないわ。
絹江:この世界でも、『あちら』の世界でも、私は全く同じ容姿をしているのよ」
国彦:「それじゃあ、君は自分を卑下し過ぎているだけだ。君はその…とても、キレイだ」
絹江:「……違うの。それは、あなたが、そう思い込んでるだけなの」
国彦:「…それは、どういう…」
絹江:「もう時間よ。
絹江:見て、窓の外を。
絹江:もう何もなくなっている。雨が全てを飲み込んでしまった。
絹江:そして、もうじき…あなたも」
国彦:「…え?」
絹江:「もう起きなくちゃいけない。目覚めなくちゃいけない」
国彦:「…ちょっと待ってくれ!まだ話は終わっていない!」
絹江:「運が良ければ、またどこかで会いましょう。北村国彦さん…。また、私が運良くこの世界を造れたら」
国彦:「…待って!」
絹江:「さようなら」
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鵺(M):私はゆっくりと瞼を上げる。
鵺(M):時刻は朝六時。仕事に行くには、まだかなり早い時刻だ。
鵺(M):それでも私は起き上がり、歯を磨くために洗面所に向かった。
鵺(M):何だかもう一度眠るのが怖かったのだ。
鵺(M):ひどく、物悲しい気持ちだった。
鵺(M):大切な人との、辛い別れ。
鵺(M):そんな『夢』でも見ていたと言うのだろうか?
鵺:「大切な人…かぁ」
鵺(M):口に出して笑いそうになってしまった。
鵺(M):私にそんな人、いるはずがない。
鵺(M):誰も私を大切だと思ってないもの。だから私も、誰かを大切に思うなんて、ありえない。
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鵺(M):私の名前は、鵺。
鵺(M):誰が見ても、醜い化け物。
鵺(M):だから私は、迫害される。
鵺(M):友達も、先生も、親でさえも、誰も私を大切に思っていない。
鵺(M):だから私は…。
鵺:「『夢』、見てたのかなぁ」
鵺(M):私が美しくいられる世界を。私のことを『キレイ』と言ってくれる存在を。
鵺(M):私は、夢見たのかもしれない。
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鵺(M):でもそんなの、まやかしだ。
鵺(M):いくら夢の中で、私が『キレイ』であろうと、現実の世界での私は…。
鵺(M):私は、洗面所で鏡を見つめた。
鵺(M):学生の頃から、うんざりするくらい何度も見てきた自分の顔。
鵺(M):不登校の原因になった、私の醜い姿。
0:
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国彦(M):長い、黒髪。
鵺(M):どうして…私の頭皮からは、こんな黒い繊維が伸びているのだろう。
国彦(M):艶々と、優美に風に流れる。
鵺(M):どうして皆のように、頭皮がクレンスメシスで覆われていないのだろう。
0:
国彦(M):高く整った鼻筋。
鵺(M):どうして私の鼻腔は、顔の中心に無様に貼りついているのだろう。
国彦(M):それは、まるで大理石のように美しい。
鵺(M):どうして皆のように、顎関節から必要に応じて体外に現れる仕組みになっていないのだろう。血晶アルデノ運動をするのに、邪魔になるだけだ。
0:
国彦(M):厚くぽってりとした唇。
鵺(M):どうして私の口は、開口しないと食物を摂取できないのだろう。
国彦(M):艶めかしく、僕を誘惑する。
鵺(M):どうして皆のように、唇でリプロミルドを生成できないのだろう。そのせいで、人前で食事をする時、いつも恥ずかしい思いをしてきた。
0:
国彦(M):血管が浮き出るほど白く、陶器のような肌。
鵺(M):どうして私の体は、ドクター達が『皮膚』と呼んでいる物質に覆われているのだろう。
国彦(M):儚く、今にも消えてしまいそうな灯のように…。
鵺(M):どうして皆のように、臓器が一目で見えないようになっているのだろう。『皮膚』を切開しない限り、私の臓器が外気に晒されることはない。
0:
国彦(M):そして、吸い込まれそうな、漆黒の瞳。
鵺(M):どうして私の眼球は、二つしかないのだろう。
鵺(M):どうして皆のように、体中が『目』で覆われていないのだろうか。
鵺(M):どうして…どうして…。
鵺:「どうして………私だけ、皆と違うの?」
0:(鵺、最初はすすり泣く程度。しかし、涙が頬を流れたことをきっかけに、堰を切ったように嗚咽する。絶望的な気持ちに苛まれ、これ以上泣き続けても、詮無いことだと自らを奮い立たせ、涙を抑えようとするが、嗚咽が止むことはない。しばし、むせび泣き続けてから、しゃくりあげるような断続的な嗚咽になる)
鵺:「(文字は泣き方の一例なので、沿わなくて大丈夫です。自由に泣いて下さい)う…うぅぅぅ…。うぅぅぅうううう……!うぅぅぅうううう…!!うぅぅぅうううう…!!うぅぅぅうううう…!!うあ…うあああ……!はぁ…は…うぐ…え……えぇぇ……ああああ……!あああああああああああ…!!ひぃ……ひひ……ひひぃい……!はぐぇ……はぐぇぇ………ふぅ…ふぅうううう……!うぅぅぅうううう…!!はぁ…はぁ…はぁあああああ……!えぐぁ…えぐう……ひっ…ひっ…ひぃ…ひひひぃぃぃぃいいいん…。ふぇっく…ふへぇぇぇ…えええええええええ…!!えええええええええええええええええええええ!!!!いひぃ…ひぃ…ひしゅ……しゅうううう…。ひっぐ……ひっ…!…ひっ。ひっ…!……何で…何で…私だけぇ…!何で…私…。もう嫌だ…!嫌だよぉぉぉぉおおおおおおおお…!」
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国彦(M):泣かないで。
国彦(M):君が望めば、また僕らはきっと出逢えるから。
国彦(M):君が夢見た、『地球』という架空の星で。
国彦(M):僕はいつでも、そこにいる。
国彦(M):だから、泣かないで。
鵺:「(嗚咽を噛み殺して)……………………私……キレイ?」
国彦:「あぁ。キレイだよ……」
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鵺(M):私の名前は、鵺。
鵺(M):誰が見ても、醜い化け物。
鵺(M):だから私は、迫害される。
鵺(M):友達も、先生も、親でさえも、誰も私を大切にしてくれない。
鵺(M):ああ…どこかに…私のこの醜い容姿を…。
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0:(夕暮れ時の喫茶店。北村国彦はコーヒーを飲んでいた)
国彦(M):行き慣れた喫茶店。僕はテーブルの上のコーヒーに手を伸ばした。
国彦(M):手が震えている。コーヒーカップとソーサーが、かちゃかちゃと音を立てる。
国彦(M):安物のカフェインの味を舌の上に乗せ、気持ちを落ち着けるように、ゆっくりそれを嚥下していく。
国彦(M):気を紛らせようと、意味もなくスマホを取り出し、画面を眺める。
国彦(M):僕の脳内は、昨晩の出来事を反芻していた。
国彦(M):掌に残る生々しい感触。
国彦(M):人間の気道を閉める感触。
国彦(M):じたばたと暴れていたが、徐々に体全体から力が抜け、『生命』が『物体』になっていく感触。
国彦(M):人を…殺した感触。
国彦(M):ルポライターの仕事を始めてから、殺人現場に居合わせることも数回あった。そこには、すでに『物体』になり果ててしまった元人間が転がっていた。しかし…。
国彦(M):僕は昨晩、この手で『生命』を『物体』にしてしまった。『物体』になる瞬間をこの目で見てしまったのだ。
国彦(M):いや…そもそも『あれ』は『生命』と呼んで良いものなのだろうか。
国彦(M):わからない。わからない…。
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絹江:「嘘ね」
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国彦(M):恐る恐る、視線を上げる。
国彦(M):目の前には、昨晩私が殺したはずの女。
国彦(M):富山絹江が座っていた。
国彦(M):絶叫と胃液が喉奥から溢れそうになったが、掌で口元を覆い、何とか堪えた。
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国彦:「富山…絹江。…何でここにいるんだ?」
絹江:「そんなの…もうわかってるくせに」
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国彦(M):富山絹江は伏し目がちに、ぽつりと呟いた。
国彦(M):その様子は…何だかひどく寂しそうだった。
絹江:「もう気づいてしまったんでしょう?私の正体に」
国彦(M):そうだ…。
国彦(M):そうだった…。
国彦(M):僕は、富山絹江の正体に気づいた。
国彦(M):気づいてしまった。
国彦(M):それは僕にとって、受け入れがたいものだった。
国彦(M):だから僕は、
国彦(M):恐怖の感情に衝き動かされるがままに、
国彦(M):彼女を殺害した。
国彦(M):…恐怖?いや、違う。これは…。
国彦(M):富山絹江に対する、
国彦(M):畏怖だ。
国彦:「富山絹江。そう…あんたは、富山絹江だ」
絹江:「ええ。そうよ」
国彦:「…………でも、なぜ僕は、その名前を知っているんだろう?」
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絹江:「そう。私は、富山絹江」
国彦(M):僕はぼんやりと窓の外を見やる。雨が降り出したようだ。通りを行きかう人々がだんだんと傘をさし出している。
国彦:「そう…富山絹江」
国彦(M):雨雲から降り注ぐ雨滴によって、徐々に僕の思考は、冷たく、研ぎ澄まされていく。
国彦:「君は、富山絹江だ」
国彦(M):雨足は徐々に強くなっていき、店内にいても雨粒が地面を叩く音が聞こえてくる。
国彦(M):大丈夫。僕はもう…耐えられる。
国彦:「僕の記憶が確かなら、僕と君との出会いは、深夜の公衆電話だった」
絹江:「ええ、そうね」
国彦:「僕はあの時、妻に帰りが遅くなるということを伝えるために、公衆電話を探していた」
国彦(M):公衆電話…。僕はテーブルの上に置いたスマホに視線を落とす。あの出会いは…『いつ』のことだったのだろう。
国彦:「電話ボックスを見つけ、それに近づいていくと、君が電話ボックスの中にいた」
絹江:「ええ、そうだったわね」
国彦:「…おかしいんだ。僕が電話ボックスの存在を認識するタイミングと、君の存在を認識するタイミングが。
国彦:どう思い返しても、僕は先に電話ボックスを見つけ、その後に電話ボックスの中にいる君を見つけている。まるで、電話ボックスに近づいた途端、君が現れたようだった」
絹江:「ええ、あなたの『視点』では、そうだったのかもね」
国彦:「そして、電話ボックスから出てきた君は、僕に問いかけた」
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絹江:「私、キレイ?」
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国彦:「それから二度目の君との出会いは、僕が高校生の頃だ」
絹江:「そうだったわね」
国彦:「校門から、教室に近づいてくる君を、僕は認識した。その時、思ったんだ。『富山絹江がいる』と」
絹江:「…そう」
国彦:「これも変だ。矛盾しているんだ…。
国彦:僕は一度目の出会いで、君の名前なんて聞いちゃいないのに、僕は…教室にいた僕は、君が富山絹江であることを確信していた」
絹江:「…ええ、言ってないわ。その名前は、私があなたに、植え付けたものだから」
国彦:「そうか。君は、そういうことができるんだね」
絹江:「ええ」
国彦:「矛盾は、まだある。
国彦:一度目の出会いの時、僕は勤め先からの帰り道、妻に電話をかけようとしていたんだ。
国彦:なのになぜ、二度目の出会いの記憶が、『教室から窓の外を眺める学生』になっているのか」
絹江:「時間が不可逆とは限らないわ。この世界ではね」
国彦:「『この世界』?そうか、君はある程度、世界自体に干渉することができる存在なんだったね。だから教室で、僕と君が会話をしていても、誰も見向きもしなかった」
絹江:「でも勘違いしないで。この世界の事象全てを、私が統御できるわけじゃない。
絹江:私は…意識的にこの世界に干渉しているわけじゃないの。ここは…」
国彦:「(言葉を遮って)待って。もう少し…ゆっくり理解させてくれ」
国彦(M):危うく…また恐怖心が再発しそうになった。
絹江:「ふふ…ほらね?」
国彦(M):富山絹江は自嘲気味に笑った。ふわりとした、凄絶さで。
絹江:「今、私はあなたを、統御できていないでしょう?」
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国彦:「教室を出て、校内を君と歩いたね」
絹江:「ええ、楽しいデートだったわ。『北村先生』」
国彦:「…そうだ。僕は気が付いたら、生徒から教師になっていた」
絹江:「時間の流れは不可逆でないと同時に、一定だとも限らないわ。
絹江:きっと、あなた自身に流れた時間と、あなたの周りの世界に流れた時間に相違があったのね」
国彦:「…『きっと』?『きっと』って何だ?君がコントロールした時間の流れじゃないのか?」
絹江:「だから言ってるでしょ。全てを統御できているわけではないの」
国彦:「そうか。君が世界に干渉できる度合いには、限りがあるということなのかな」
絹江:「限り、だなんて。そんなはっきりとした線引きがあるものではないわ」
国彦:「でも…!でも…僕の考えが間違っていなければ、この世界は…」
絹江:「……」
国彦:「『僕』が主体ではない」
絹江:「……」
国彦:「『僕』は…『僕』の人生を歩んでいない」
絹江:「……」
国彦:「…主体は君だ。富山絹江。
国彦:僕の人生は、君のものなんだろ?」
絹江:「……」
国彦:「僕は君の傀儡で、僕という存在は…」
絹江:「……」
国彦:「君が造ったんだろう?」
絹江:「……………………そうよ」
国彦:「(発狂を堪えるために唇を嚙みしめる)」
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絹江:「…大丈夫?」
国彦:「……あぁ、昨晩と違って、心の準備ができていたからね。それでもちょっと…いや、かなり…」
国彦(M):眩暈を感じた僕は、窓の外を見やる。
絹江:「ごめんなさい。まさか気づくなんて思わなかったの」
国彦(M):雨足はどんどん強くなっていく。
絹江:「あなたが予想した通り、あなたと、あなたの周りの世界は、」
国彦(M):窓に雨滴が激しく叩きつけられている。景色は何も見えなくなっていた。
国彦(M):いや、そもそも、『景色』なんて存在していたのだろうか。
絹江:「全て、私が造ったの」
国彦:「………………なぜ」
国彦(M):僕はやっとのことで、声帯を震わせ、疑問を口にする。
国彦(M):いや、この苦しさだって、全部、架空なのだ。
国彦:「……君はなぜ、この世界を造ったの?」
絹江:「あら、そこは気付いてなかったの?」
国彦(M):富山絹江は、薄く笑う。
絹江:「意外と、女心がわかってないのね」
国彦(M):瞬間、僕の脳内で、富山絹江の音声が再生された。
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絹江:「私、キレイ?」
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国彦:「……あぁ、そういうことか」
絹江:「私は、美しくなりたかった」
国彦:「君は、君のいる世界では美しくないのかい?」
絹江:「えぇ、そうよ。醜い、化け物扱いだわ」
国彦:「そう…。何だか、そちらの世界の君を見るのが怖いな」
絹江:「…?どういうこと?」
国彦:「だって、そちらの世界の君は、僕が今見ている君とは異なる…その…醜い容姿をしているんだろ?」
絹江:「……ふふ。ふふふふふふふふふふふ。あははははははははははははははははははははははははは」
国彦:「何がおかしいんだい?」
絹江:「(笑いが収まって)…そうよね。そう思うわよね。
絹江:でも、そうじゃない。
絹江:私の容姿は何一つ変わらないわ。
絹江:この世界でも、『あちら』の世界でも、私は全く同じ容姿をしているのよ」
国彦:「それじゃあ、君は自分を卑下し過ぎているだけだ。君はその…とても、キレイだ」
絹江:「……違うの。それは、あなたが、そう思い込んでるだけなの」
国彦:「…それは、どういう…」
絹江:「もう時間よ。
絹江:見て、窓の外を。
絹江:もう何もなくなっている。雨が全てを飲み込んでしまった。
絹江:そして、もうじき…あなたも」
国彦:「…え?」
絹江:「もう起きなくちゃいけない。目覚めなくちゃいけない」
国彦:「…ちょっと待ってくれ!まだ話は終わっていない!」
絹江:「運が良ければ、またどこかで会いましょう。北村国彦さん…。また、私が運良くこの世界を造れたら」
国彦:「…待って!」
絹江:「さようなら」
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鵺(M):私はゆっくりと瞼を上げる。
鵺(M):時刻は朝六時。仕事に行くには、まだかなり早い時刻だ。
鵺(M):それでも私は起き上がり、歯を磨くために洗面所に向かった。
鵺(M):何だかもう一度眠るのが怖かったのだ。
鵺(M):ひどく、物悲しい気持ちだった。
鵺(M):大切な人との、辛い別れ。
鵺(M):そんな『夢』でも見ていたと言うのだろうか?
鵺:「大切な人…かぁ」
鵺(M):口に出して笑いそうになってしまった。
鵺(M):私にそんな人、いるはずがない。
鵺(M):誰も私を大切だと思ってないもの。だから私も、誰かを大切に思うなんて、ありえない。
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鵺(M):私の名前は、鵺。
鵺(M):誰が見ても、醜い化け物。
鵺(M):だから私は、迫害される。
鵺(M):友達も、先生も、親でさえも、誰も私を大切に思っていない。
鵺(M):だから私は…。
鵺:「『夢』、見てたのかなぁ」
鵺(M):私が美しくいられる世界を。私のことを『キレイ』と言ってくれる存在を。
鵺(M):私は、夢見たのかもしれない。
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鵺(M):でもそんなの、まやかしだ。
鵺(M):いくら夢の中で、私が『キレイ』であろうと、現実の世界での私は…。
鵺(M):私は、洗面所で鏡を見つめた。
鵺(M):学生の頃から、うんざりするくらい何度も見てきた自分の顔。
鵺(M):不登校の原因になった、私の醜い姿。
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国彦(M):長い、黒髪。
鵺(M):どうして…私の頭皮からは、こんな黒い繊維が伸びているのだろう。
国彦(M):艶々と、優美に風に流れる。
鵺(M):どうして皆のように、頭皮がクレンスメシスで覆われていないのだろう。
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国彦(M):高く整った鼻筋。
鵺(M):どうして私の鼻腔は、顔の中心に無様に貼りついているのだろう。
国彦(M):それは、まるで大理石のように美しい。
鵺(M):どうして皆のように、顎関節から必要に応じて体外に現れる仕組みになっていないのだろう。血晶アルデノ運動をするのに、邪魔になるだけだ。
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国彦(M):厚くぽってりとした唇。
鵺(M):どうして私の口は、開口しないと食物を摂取できないのだろう。
国彦(M):艶めかしく、僕を誘惑する。
鵺(M):どうして皆のように、唇でリプロミルドを生成できないのだろう。そのせいで、人前で食事をする時、いつも恥ずかしい思いをしてきた。
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国彦(M):血管が浮き出るほど白く、陶器のような肌。
鵺(M):どうして私の体は、ドクター達が『皮膚』と呼んでいる物質に覆われているのだろう。
国彦(M):儚く、今にも消えてしまいそうな灯のように…。
鵺(M):どうして皆のように、臓器が一目で見えないようになっているのだろう。『皮膚』を切開しない限り、私の臓器が外気に晒されることはない。
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国彦(M):そして、吸い込まれそうな、漆黒の瞳。
鵺(M):どうして私の眼球は、二つしかないのだろう。
鵺(M):どうして皆のように、体中が『目』で覆われていないのだろうか。
鵺(M):どうして…どうして…。
鵺:「どうして………私だけ、皆と違うの?」
0:(鵺、最初はすすり泣く程度。しかし、涙が頬を流れたことをきっかけに、堰を切ったように嗚咽する。絶望的な気持ちに苛まれ、これ以上泣き続けても、詮無いことだと自らを奮い立たせ、涙を抑えようとするが、嗚咽が止むことはない。しばし、むせび泣き続けてから、しゃくりあげるような断続的な嗚咽になる)
鵺:「(文字は泣き方の一例なので、沿わなくて大丈夫です。自由に泣いて下さい)う…うぅぅぅ…。うぅぅぅうううう……!うぅぅぅうううう…!!うぅぅぅうううう…!!うぅぅぅうううう…!!うあ…うあああ……!はぁ…は…うぐ…え……えぇぇ……ああああ……!あああああああああああ…!!ひぃ……ひひ……ひひぃい……!はぐぇ……はぐぇぇ………ふぅ…ふぅうううう……!うぅぅぅうううう…!!はぁ…はぁ…はぁあああああ……!えぐぁ…えぐう……ひっ…ひっ…ひぃ…ひひひぃぃぃぃいいいん…。ふぇっく…ふへぇぇぇ…えええええええええ…!!えええええええええええええええええええええ!!!!いひぃ…ひぃ…ひしゅ……しゅうううう…。ひっぐ……ひっ…!…ひっ。ひっ…!……何で…何で…私だけぇ…!何で…私…。もう嫌だ…!嫌だよぉぉぉぉおおおおおおおお…!」
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0:(間)
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国彦(M):泣かないで。
国彦(M):君が望めば、また僕らはきっと出逢えるから。
国彦(M):君が夢見た、『地球』という架空の星で。
国彦(M):僕はいつでも、そこにいる。
国彦(M):だから、泣かないで。
鵺:「(嗚咽を噛み殺して)……………………私……キレイ?」
国彦:「あぁ。キレイだよ……」
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