台本概要
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タイトル | 想いは届かない |
---|---|
作者名 | 風音万愛 (@sosaku_senden) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 5人用台本(男2、女1、不問2) ※兼役あり |
時間 | 80 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
※当作品にはBL表現、暴力的な表現があります。苦手な方は回れ右 ※兼役があります(兼ね役の配役は登場人物一覧へ)。兼役なしでやりたい場合もご自由に。 結婚式を挙げたばかりの二園寺夫妻。ずっと一緒にいようと誓ったが、その一か月後に夫である湊人が行方不明になる。 失踪事件と踏んだ大樟と呉山は、それぞれの証言をもとに捜査を進めるがーー。 566 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
湊人 | 男 | 100 | 二園寺湊人(におんじ・みなと) ※兼役あり(店長、隣人、店員) |
由比 | 女 | 154 | 二園寺由比(におんじ・ゆい) ※兼役あり(レジ担当、大家) |
真山 | 男 | 169 | 真山秀実(まやま・ひでみ) ※兼役あり(フロアスタッフ、タクシー運転手、住人) |
大樟 | 不問 | 168 | 読み方は「おこのぎ」 刑事 |
呉山 | 不問 | 139 | 読み方は「くれやま」 刑事 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:結婚式の披露宴後
0:招待客を見送る湊人と由比
由比:「(女友達に対して)
由比: 今日は来てくれてありがとう!
由比: え? 綺麗だったなんて、そんなことないよ~!」
湊人:「(会社の同僚に対して)
湊人: 今日はありがとう! 気をつけて帰ってね!
湊人: え? お幸せにって……ありがと(照)」
真山:「湊人」
湊人:「秀実! 今日は来てくれてありがとう!」
真山:「ううん。友人代表スピーチ、読めてよかったよ」
湊人:「こっちこそ! 秀実に頼んでよかった!」
真山:「……お幸せに」
湊人:「うん! ありがとう!(照笑)」
0:真山、帰る
由比:「お見送りはこれで全員かな?」
湊人:「そうみたいだね」
由比:「なんだか、準備に時間がかかったわりに本番は一瞬だったね」
湊人:「ふふっ。そうだね。……ねぇ、由比」
由比:「ん?」
湊人:「式が始まってから今まで、バタバタしてて言えなかったんだけど……」
由比:「?」
湊人:「……綺麗だよ。ウエディングドレスも、そのドレスも」
由比:「ひゃっ!? ……あ、ありがとう。湊人も……、その……、……かっこよかった」
湊人:「なっ……!? なんか、恥ずかしいな……」
由比:「褒め返し」
湊人:「由比には敵わないや(笑)」
湊人:「……あのさ」
由比:「うん」
湊人:「これからもずっと、一緒にいようね」
由比:「ふふっ。もちろん!」
0:ふたり、笑いあう
湊人:このときの僕たちは多分
湊人:世界の誰よりも幸せで
由比:誰よりも祝福されていて
由比:誰よりも輝いていて
湊人:この先、何があったって
湊人:同じ歩幅で歩いて
由比:同じ景色を見て
湊人:ずっと隣で笑い合っていられると
由比:そう信じていた
0:
由比:湊人が消息を絶ったのは
由比:あれから一か月後のことだった
:
0:間
:
0:由比の家
0:インターフォンを鳴らす刑事ふたり
由比:『……はい。どちらさまでしょうか』
0:警察手帳を開いてインターフォンのカメラに近づけるふたり
大樟:「警視庁の大樟と申します」
呉山:「同じく警視庁の呉山です」
0:ドアが開く
由比:「お待ちしておりました……。中にどうぞ」
大樟:「失礼いたします」
呉山:「失礼いたします」
0:三人、リビングへ
由比:「そちらへおかけください。今、お茶の準備を……」
大樟:「いえ、お構いなく。それよりも……旦那様について、お話を聞かせていただけますか?」
由比:「……はい」
大樟:「呉山」
呉山:「はい」
0:呉山、ふところからメモ帳を取り出す
呉山:「まず、先日提出していただいた捜索届をもとに、旦那様の情報の確認をさせていただきます」
由比:「はい」
呉山:「二園寺湊人さん、二十八歳。一九九三年八月二日生まれ、血液型はО型。身長一七三センチ、体重五八キロ、失踪当日の服装はスーツ……ここまではお間違いないでしょうか?」
由比:「ええ、合っています」
呉山:「身体的特徴について、写真のご提示までありがとうございました」
由比:「いえ……。夫が一刻も早く見つかるのなら、なんでもします」
大樟:「……それでは、奥様。旦那様を最後に見たときの出来事について、詳しくお聞かせ願えませんか?」
由比:「はい……。私が最後に夫を見たのは、三日前の朝です……」
0:
由比:夫は株式会社ネージュで営業職をしていまして
由比:仕事の日は大体、朝の八時ごろに家を出て夜の七時ごろに帰ってきます
由比:この日も、いつも通りの時間に家を出たんです
0:
湊人:「それじゃあ、行ってくるね」
由比:「うん。気をつけてね」
湊人:「あ、今日は燃えるごみの日だよね? 出すものある?」
由比:「あぁ……、あとで出そうと思ってたけど」
湊人:「ついでに出してくるよ」
由比:「そう? ありがとう」
0:由比、湊人にごみ袋をわたす
由比:「じゃあ、お願いね」
湊人:「うん。……あ、ちょっと忘れ物」
由比:「ん?」
0:湊人、由比を抱きしめる
湊人:「行ってきます」
由比:「……うん。行ってらっしゃい」
0:
呉山:「……それが、旦那様を見た最後の姿だったんですね」
大樟:「ちなみに最近、旦那様の身に『失踪しうる要因になりそうな』出来事があったり、悩みを抱えていたりはしませんでしたか?」
由比:「……私の感じる限りだと、そういうのは全然」
大樟:「失礼ですが……恨みを抱えていそうな人物に心当たりは?」
由比:「ありません! たまに会社の同僚や後輩を家に連れてくることがありましたが、みなさん、夫を慕っている様子でした!」
大樟:「そうですか……。奥様から見て、旦那様はどのような人物でしたか?」
由比:「とても優しい人です。たまに一人で抱え込んで、無理をするところはありますが……そういったところを含めて支えたいと、心から思える人です」
大樟:「……」
呉山:「捜索願の、旦那様が行きそうな場所の欄に『本屋』とありますが……ほかに心当たりはありませんか?」
由比:「……あの人は基本的にインドア派なので。あまり遊び歩いたりしないんです」
呉山:「居酒屋とかにも行かれないのですか?」
由比:「夫は下戸なので。会社の飲み会には時々行っていますが、それ以外では全然」
大樟:「つまり……普段から飲み歩いたり、朝帰りをすることはなかった、と?」
由比:「ええ。会社の飲み会がある日は介抱のために朝帰りすることもありましたが……そういうときは、必ず連絡をくれました」
大樟:「その日は、一切連絡がなかったのですか?」
由比:「あ、いえ……。確か、夕方の……六時ごろに……」
:
0:
:
0:スマフォが鳴り、電話に出る由比
由比:「もしもし」
湊人:『あー、もしもし』
由比:「どうしたの?」
湊人:『えっと……もう晩ご飯、作っちゃった?』
由比:「これからだけど……もしかして、今日はいらない?」
湊人:『あー、うん。秀実……友達とばったり会っちゃってさ』
由比:「ひでみ……? ……あー、もしかして、真山秀実さん? 友人代表スピーチ読んでた」
湊人:『そうそう! せっかくだから、一緒にご飯でもどうって話になって』
由比:「そっかぁ。楽しんでおいで」
湊人:『うん! ありがとう!』
由比:「でも、明日も仕事なんだから遅くなりすぎないようにね」
湊人:『はぁい』
0:
由比:「だけど、朝になっても夫が帰ってくることはありませんでした……」
呉山:「そのあと、旦那様から連絡は……」
由比:「一切ありません。夫の会社から電話があって、出社していないことを知りました」
呉山:「それで、捜索願を……」
大樟:「……つまり、その『真山秀実』が、旦那様と最後に会った人物である可能性が高いということですね。奥様との面識は?」
由比:「直接的には、ほとんどありません。結婚式で挨拶をしたくらいです」
大樟:「その人の住所や身体的特徴が分かるものはありますか?」
由比:「住所は……招待状を書いたときのリストがあるので、その中にあると思います。見た目は……、あ、そうだ。DVDがあります。披露宴の様子を撮影したものが」
大樟:「……見せていただくことは可能ですか?」
由比:「はい」
0:招待客のリストを提示する
0:DVDを再生する
由比:「あ……、この人です」
:
真山:『湊人くん、由比さん。ご結婚、おめでとうございます。ただいまご紹介に預かりました、真山秀実と申します。湊人くんとは中学時代からの友人でして。このような場ではありますが、いつものように「湊人」と呼ばせて頂こうと思います』
:
大樟:「……なるほど。写真はありますか?」
由比:「多分、アルバムに……あ、ありました」
大樟:「この写真と住所、複製させていただいても?」
由比:「かまいませんが……」
大樟:「ありがとうございます。……呉山」
呉山:「はい!」
0:リストに書いてある真山の住所をメモする
0:アルバムにある真山の写真をスマフォで撮る
大樟:「二園寺さん。貴重なお話をありがとうございました」
呉山:「ありがとうございました! では、我々はそろそろ」
由比:「あの」
大樟:「……なんでしょう」
由比:「見つかりますよね……?」
呉山:「……っ!」
由比:「まだ、結婚して一年ほどしか経ってないんです。式は先月挙げたばかりで……。なのに……、こんなことって……」
呉山:「奥様……。大丈夫です! 我々が、必ず(見つけ出します!)」
大樟:「(セリフにかぶせて)二園寺さん」
由比:「……はい」
大樟:「失踪事件において、失踪者が見つかった例は確かにあります。しかし、その八十パーセントは一週間以内に発見されています」
呉山:「……先輩?」
由比:「それは、つまり……?」
大樟:「日数が長引けば長引くほど、生存している可能性は低い……ということです」
由比:「……そう、なんですか」
大樟:「もちろん、我々は全力で旦那様を捜索するつもりです。ですが……最悪の事態も、想定に入れておいてください」
由比:「っ!」
呉山:「ちょっと、先輩!」
大樟:「行くぞ、呉山」
呉山:「え、あ、はい! お邪魔しました! これにて、失礼します!」
0:敬礼をして由比の家を出るふたり
0:呆然とひとり取り残される由比
:
0:間
:
呉山:「先輩! なんであんなこと言ったんですか!」
大樟:「『あんなこと』とは?」
呉山:「旦那さんがいなくなって、一番不安なのは奥さんなんですよ!? なのに、あんな現実を突きつけるようなこと……!」
大樟:「希望を持たせるだけじゃ、いけないんだよ」
呉山:「え……?」
大樟:「そりゃぁ私だって、旦那さんを見つけて無事に奥さんのもとへ返したいさ。だが……失踪者が亡くなった状態で発見された事例を、我々は何回見てきた?」
呉山:「そ、それは……」
大樟:「それに……失踪者の捜索に我々が動く意味が、分からないわけではないだろう?」
呉山:「うぅ……」
大樟:「希望を持たせた分……いざそうなったときに絶望するのは、あの奥さんだ」
呉山:「……」
大樟:「とはいえ、もちろん生きて返すに越したことはない。時間がない……全力で見つけ出すぞ、呉山!」
呉山:「……! はい、先輩!!」
大樟:「そうとなれば早速、さっき教わった住所を調べてくれ」
呉山:「真山秀実に話を聞きに行くんですね!」
大樟:「ああ。この失踪事件の、重要参考人になりえる人物だからな」
:
0:少し間
:
0:真山の住むアパート
0:呼び鈴を鳴らす刑事ふたり
真山:「……どちらさまでしょうか?」
大樟:「警視庁の者です」
真山:「……警察?」
呉山:「お話を伺いたいことがありまして。少々、お時間をいただけませんか?」
0:ドアが開く
大樟:「真山秀実さんですね?」
真山:「ええ、そうですが」
大樟:「申し遅れました。警視庁の大樟という者です」
呉山:「同じく、警視庁の呉山です」
0:警察手帳を見せるふたり
真山:「……立ち話もあれですし。中へどうぞ」
大樟:「……では、失礼いたします」
呉山:「失礼します」
:
0:真山の部屋
0:リビングにて、椅子に腰かける刑事たち
0:テーブルにコーヒーを並べる真山
真山:「どうぞ、粗茶ですが」
大樟:「いえ、お構いなく」
真山:「それで、訊きたいことというのは?」
呉山:「二園寺湊人さんという方を、ご存知ですね?」
真山:「……ええ。私の友人ですが。どうかしたんですか」
呉山:「三日前から、行方不明になっていまして」
真山:「……湊人が?」
大樟:「……あまり驚かれないのですね」
真山:「……すみません。感情を表に出すのが苦手でして。周りには『何を考えているのかよく分からない』って言われます」
呉山:「あぁ。そういう方、いますよね」
真山:「実際には、すごく驚いています。正直、信じられない……。それで、どうして私に話を?」
大樟:「三日前……湊人さんが失踪した当日、あなたは彼に会っているそうですね?」
真山:「ええ」
大樟:「そのときのことを、詳しく聞かせていただけませんか?」
真山:「分かりました。……とはいえ、こういったことは初めてでして。どこからお話すればいいですか?」
呉山:「では、まずはあなたと湊人さんの関係性について教えていただけますか?」
真山:「私と湊人は中学時代からの友人です」
呉山:「長い付き合いなんですね。真山さんから見て、湊人さんはどういう人物ですか?」
真山:「お人好しで、朗らかな人でした。こんな自分にも、気さくに話しかけてくれて……」
大樟:「湊人さんとは、中学時代から今まで、ずっと交流があったのですか?」
真山:「高校を卒業するまでは、よく一緒に遊んだりしていたんですけどね」
真山:「お互い、別の大学に進学しましたし、それからは会える頻度も少なくなって……社会人になってからは尚更です。住む場所さえ離れてしまいましたから」
大樟:「……? 湊人さんの住所とあなたの住所、そこまで離れていないように見受けられますが」
真山:「数か月前に、転勤をきっかけに引っ越してきたんです」
呉山:「なるほど」
大樟:「では、引っ越ししてからは頻繁に会っていたんですか?」
真山:「……いえ。そういうわけにもいかないですよ。湊人は結婚してるんですから。LINEでのやりとりはありましたが、直接会ったのは結婚式で久々です」
大樟:「なるほど、分かりました」
大樟:「では次に……湊人さんはあなたに『ばったり会った』と言っていたそうなのですが、そのときのことを詳しくお聞かせ願いたい」
真山:「『ばったり』……。そうですね。あれは、まさしくそうだった……」
0:
湊人:「……あれ? もしかして、秀実?」
0:
真山:その日、湊人に会ったのは仕事中のことでした
真山:株式会社ネージュは、うちの取引先でして
真山:そこに営業に行っていたときに、話しかけられたんです
0:
湊人:「へぇ! 秀実が働いてるのって、日並(ひなみ)商事だったんだね!」
真山:「びっくりしたよ。まさか湊人が株式会社ネージュで働いてるなんて」
湊人:「お互い、仕事のことは詳しく教えてなかったもんね」
真山:「もしかしたら、仕事で会うことが多くなるかもしれないな」
湊人:「一緒に仕事できたらいいね! そのときはよろしく!」
真山:「ああ。よろしく」
湊人:「あ! 忙しいところに話しかけちゃってごめんね! お互い、午後も乗り切ろう!」
0:
真山:そう言って、湊人は仕事に戻っていきました
真山:その後、私も仕事に戻ったんですが……
真山:正直、ずっと悶々としていました
真山:結婚式以来、せっかく再会できたのに、次に会えるのはいつになるか分からない
真山:だから……仕事が終わったとき、私は勇気を出してメッセージを送ったんです
真山:
真山:『仕事、もう終わった? よかったら、このあとご飯でもどう?』
0:
真山:「これが、そのときに送ったメッセージです」
0:真山、スマフォの画面を見せる
大樟:「……メッセージを送ったのが十八時、か」
呉山:「その後の返事から、合流したのが十八時半……それ以降はどこに?」
真山:「居酒屋です」
大樟:「そこには何時までいましたか?」
真山:「夜の九時ごろです。そのあとは真っ直ぐ家に帰りました」
大樟:「それを証明できる人は?」
真山:「証明できる人はいませんが……そうだ、レシートがあります。ちょっと待っててくださいね」
0:真山、財布を取り出しレシートを探す
真山:「あった……。これです」
呉山:「……確かに、時間は二十一時ですね」
大樟:「こちら、参考資料としていただいても?」
真山:「え? ……ええ。構いません」
大樟:「ご協力、ありがとうございます」
呉山:「帰宅後、湊人さんと連絡などは……」
真山:「いえ……」
呉山:「そうですか……」
真山:「私から話せるのは、これくらいです」
大樟:「分かりました。お時間頂き、感謝します。我々はこれで」
呉山:「……あの」
真山:「はい?」
呉山:「すみませんが……お手洗いをお借りしてもいいですか?」
大樟:「呉山、お前なぁ……」
真山:「ええ、どうぞ」
呉山:「ありがとうございます。ええと、場所は……こっちですかね?」
0:立ち上がり、別室の引き戸に手をかけようとする呉山
0:あわてて立ち上がり、止める真山
0:バン! と大きな音が鳴る
呉山:「っ!(ビクッ)」
真山:「あっ……。すみません」
呉山:「い、いえ……。こちらこそ、すみません」
真山:「お手洗いはこちらです」
呉山:「あぁ……、すみません。ありがとうございます」
0:呉山をお手洗いまで案内して戻ってくる真山
大樟:「申し訳ありませんね、うちの部下が……」
真山:「いえ……。案内しなかった私の責任でもあります」
大樟:「いえいえ、そんなことは……ん?」
0:足元に何かが触れたのに気づき、拾う大樟
大樟:「……? 真山さん、何か持病でもお持ちで?」
真山:「はい?」
大樟:「失礼、錠剤の包装シートが落ちていたものでして」
真山:「……あとで捨てておきますね」
真山:「持病なんて、大したものじゃないですよ。ただ、睡眠薬なしでは眠れないってだけです」
大樟:「不眠症ですか……、大変ですね」
呉山:「お待たせしました」
大樟:「では、我々はそろそろ、おいとまさせていただきます。……行くぞ、呉山」
呉山:「はい! では、お邪魔しました!」
0:敬礼をして真山の家を出る刑事ふたり
:
大樟:「……呉山。どう思った?」
呉山:「どうって……、何がです?」
大樟:「真山の人物像について、だ」
呉山:「うーん、そうですね……なんか、つかみにくいと言いますか。『何を考えているか分からない』って言われると言ってましたが、まさしくそうだと思います」
大樟:「だが……嘘をついているようにも見えなかった」
呉山:「ええ。あーあ、どうしましょう。二十一時ごろに解散したとして、そのあと湊人さんの身に何かあったんだとしたら……今のところ、手掛かりはゼロですよ」
大樟:「そうだな。『解散したあと』について、手掛かりはない」
呉山:「と、言いますと……あ、そうか!」
大樟:「ああ。まずは真山と湊人さんが行った居酒屋に話を聞きに行くぞ」
呉山:「そうですね!」
:
0:少し間
:
0:真山の家
0:出したコーヒーを下げる真山
真山:「やっと帰ったか……」
真山:「……あの刑事たち。コーヒー、一口も飲まなかったな。……くそっ」
0:流しにコーヒーを捨てる真山
真山:「……それにしても、この部屋を見られそうになったときは、どうなるかと思った」
0:
真山:「っ!! あぁ……! 袋が、破れて……!」
真山:「っ、痛っ!! くっそ……。手袋、手袋……」
0:
真山:「ごめんな……。火傷、痛かったよな……」
0:
真山:「絶対、誰にも見つけさせない……。俺が守ってやるからな……」
真山:「だから、ずっと一緒だぞ――湊人」
:
0:間
:
0:居酒屋にて
大樟:「開店前にお時間をいただき、ありがとうございます。警視庁の大樟と申します」
呉山:「同じく、警視庁の呉山です」
0:店長に警察手帳を見せる刑事ふたり
湊人:(店長)
湊人:「どうも、ご丁寧に」
大樟:「では、お時間もないことでしょうし、単刀直入に伺います」
大樟:「三日前の十八時半から二十一時ごろの間、この写真の二人組が来店しませんでしたか?」
0:真山と湊人の写真を見せる大樟
湊人:(店長)
湊人:「そうは言ってもねぇ……。その時間帯は一番込み合うし、客の顔までは覚えてないよ」
呉山:「覚えている特徴とかもないですか?」
湊人:(店長)
湊人:「うーん……。私は基本的に厨房にいるんだ。クレームが入ったときに、謝罪でフロアに出ることはあるが……少なくとも、私の記憶にはないねぇ」
呉山:「そうですか……」
湊人:(店長)
湊人:「おーい、君!」
真山:(フロアスタッフ)
真山:「はい!」
湊人:(店長)
湊人:「この写真の客に見覚えあるか?」
真山:(フロアスタッフ)
真山:「うーん……? いや、さすがにそこまでは覚えてませんって。何人の客を見てると思ってるんですか」
湊人:(店長)
湊人:「だよなぁ」
大樟:「(……収穫なし、か)」
湊人:(店長)
湊人:「君はどうだ? 確か、その日はレジ担当だっただろう?」
由比:(レジ担当)
由比:「……あ。この人」
大樟:「!!」
呉山:「見覚えがありますか!?」
由比:(レジ担当)
由比:「あ、でも、大したことじゃないんですけど……」
大樟:「些細なことで構いません。あなたから見た、この二人の様子を教えていただけますか?」
由比:(レジ担当)
由比:「えっと……。本当に大したことなくて。確か……こっちのお客様が、お連れの方を介抱していたってだけの話なんですけど……」
呉山:「……え?」
由比:(レジ担当)
由比:「だから私、お会計が終わった後に『タクシー呼びましょうか?』って言ったんです。でも『もう呼んであるからいいです』って……」
大樟:「どこのタクシー会社だったか、分かりますか?」
由比:(レジ担当)
由比:「いえ、そこまでは……」
真山:(フロアスタッフ)
真山:「あ、それなら。『ライトタクシー』じゃないですか?」
由比:(レジ担当)
由比:「え、なんで分かるんですか」
真山:(フロアスタッフ)
真山:「テーブルを片付けてたとき、窓の外がちらっと見えたんだよ。そのときに『ライトタクシー』が停まってるのを見た」
呉山:「え、ちょっと待ってください」
大樟:「(セリフにかぶせて)
大樟: お時間のない中、貴重なお話をくださりありがとうございました」
呉山:「先輩!?」
大樟:「ほら、行くぞ」
呉山:「ちょ、待ってくださいよぉ!!」
:
0:間
:
呉山:「先輩! なんでもっと話を聞かなかったんですか!? あの証言はおかしいです!」
大樟:「……言ってみろ」
呉山:「レジを担当していたという、あの方。真山の写真を指していました。しかし、湊人さんが介抱される側だというのは、おかしな話です!」
大樟:「そうだな。『湊人さんは下戸で、人前で酒類を飲まないようにしている』……この情報を知っている我々からすれば、違和感しかない」
呉山:「なら……!」
大樟:「いい着眼点だ、呉山。それは認めるよ。だが……一つの証言だけに囚われてはいけない」
呉山:「と、言いますと?」
大樟:「真山と湊人さんがいた時間帯は忙しかったんだ。客の出入りも多かっただろう。しかも三日前の記憶だ。曖昧になっていてもおかしくはない」
呉山:「あの証言に、信憑性はないってことですか?」
大樟:「それを確かめるために、更なる証言を得に行くんだろうが」
呉山:「あっ……! タクシー会社ですね!」
大樟:「ああ。早いところ、行くぞ!」
:
0:間
:
0:タクシー会社
真山:(タクシー運転手)
真山:「確かに、その日のその時間は客を二人、乗せたよ」
呉山:「本当ですか!?」
大樟:「どこまで乗せたか、覚えていますか?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「営業日誌に記載があるはずだ。ちょっと待っててな……。お、あったあった」
0:運転手、営業日誌を見せる
呉山:「出発地点が居酒屋、到着地点が……モーソン、カザネ支店?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「あぁー、実は……内緒にしてほしいんだけどよ」
呉山:「?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「お客さんにはモーソンまででいいって言われてたんだが……、お連れさんが酔って寝ていたみたいでよ。料金はいいから家の前まで送るって言っちまったんだ」
大樟:「それで、どこまで送りましたか」
真山:(タクシー運転手)
真山:「地図で言うなら……この辺りのアパートだったかな」
呉山:「(ここは……、真山の住むアパート……)」
真山:(タクシーの運転手)
真山:「降ろしたはいいものの、ちょっと心配で……二人が家に入るまで見届けたんだ」
大樟:「介抱していた人物は、この写真のうちのどちらだったか、覚えていますか?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「いや……、顔までは。いろんなお客さんを乗せてるし、何より夜で暗かったしなぁ」
大樟:「……」
呉山:「よく思い出してみてください! 何か、印象的な特徴などはありませんでしたか?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「うーん……。どっちかというと……、こっちの兄ちゃんだった気がするけどなぁ」
0:運転手、真山の写真を指さす
呉山:「え……? こっちの人物でしたか!?」
大樟:「あの。重ねて質問よろしいですか?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「なんだ?」
大樟:「家に入っていくのを見届けたんですよね? そのとき、変わった様子や印象的な行動はありませんでしたか?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「? いや、特になかったけど」
大樟:「一部始終を説明できますか?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「説明も何も……普通に家に入っていっただけだったよ。強いて言うなら、階段を上るのが大変そうだったか?」
大樟:「……なるほど。貴重なお話、ありがとうございました。ご協力、感謝いたします」
:
0:少し間
:
呉山:「結局、あの店員も運転手も、真山の写真を指さしてましたね……」
大樟:「そうだな」
呉山:「やはり三日も前の記憶となると、曖昧になるもんなんでしょうか……。これじゃ、参考になるかどうかも分かりませんね……」
大樟:「いいや。あの二人の証言は合っている」
呉山:「え? どういうことですか?」
大樟:「仮に介抱していたのが湊人さんだとしよう。ならば、なぜ自分の家ではなく、わざわざ真山の家に送ろうとしたんだ?」
呉山:「それは……居酒屋からなら、真山の家の方が近かったからではないでしょうか?」
呉山:「先月挙げた結婚式に真山も招待したと言っていましたし。住所を把握していてもおかしくはありません」
呉山:「LINEなどのメッセージに履歴が残っていたとしたら、運転手に説明するのも難しくないでしょうし」
大樟:「なら、なぜ真っ直ぐにその住所を伝えず、わざわざ最寄で停めようとしたんだ?」
呉山:「あ……」
大樟:「湊人さんはあまり遊び歩くような人物ではなく、そのうえ真山とも頻繁には会っていなかったという。住所を知っていても、実際に行くのはほとんど初めてだっただろう」
大樟:「なのに、どうして周辺に何があるか把握できていた? 知らないであろう道から、どうやって家に着こうとした?」
呉山:「地図アプリで検索すればたどり着けるのではないでしょうか?」
大樟:「寝ている男を担ぎながら、か?」
大樟:「それなら住所を伝えてアパートの前まで送ってもらった方が早いだろう」
呉山:「確かに……」
大樟:「それに、……あの運転手の証言」
呉山:「?」
大樟:「二人は『普通に家に入っていった』って言ってたな」
呉山:「はい。変わった様子はなかった、と」
大樟:「おかしいとは思わなかったか?」
呉山:「……?」
大樟:「仮に、お前が私を介抱したとしよう。酔って寝ている私を、家まで連れて帰ってくれた」
呉山:「は、はい」
大樟:「さすがに外に放置するわけにもいかない。鍵を開けて家に入れなければならない――そんなとき、お前ならどうする?」
呉山:「そりゃあ、鍵を探します。『先輩、すみませんっ!』とか言いながら、ポケットや鞄の中を……あ!!」
大樟:「気づいたか」
呉山:「もし介抱したのが湊人さんなら、その様子を運転手が見ていたなら……鍵を探している光景が目に入ったはず!」
大樟:「ああ。『印象に残らない』方がおかしいんだ。だったら、なぜ印象に残らなかったか」
呉山:「文字通り『普通に鍵を開けて家に入った』から……!」
大樟:「それができるのは、家主である真山だけだ」
呉山:「待ってください! だとしても、おかしいです!」
大樟:「ああ。そうなると、酔って寝ていたのが湊人さんだということになる」
呉山:「居酒屋のレシートには、酒類とソフトドリンクを頼んだ形跡があります。人前で飲まないようにしている湊人さんが、お酒を頼んだとは考えにくい……」
大樟:「あとは……真山の証言だ」
呉山:「嘘を言っているようには感じませんでしたが……」
大樟:「……してやられたな」
大樟:「確かに嘘は言っていない……が、本当のことも言っていない」
呉山:「と、言いますと?」
大樟:「あいつは、こう言っていたな」
:
真山:『そのあとは真っ直ぐ家に帰りました』
:
呉山:「あ……! 『帰宅した』とは言っても……『解散した』とは言っていない!」
大樟:「ああ。我々は『真っ直ぐ帰った』と聞いて、無意識に『そこで解散した』と思い込んでしまっていたんだ」
呉山:「となると……。真山は、湊人さんを家に連れ帰ったことを『意図的に隠した』ってことですか……?」
大樟:「そうなるな。どうやら、奴を重要参考人と断定してよさそうだ」
呉山:「ええ。……湊人さん、無事でしょうか」
大樟:「……っ。現状では、何とも言えない。だが、真山について洗う必要があるのは確かだ」
呉山:「一番身近なのは……アパートの住人でしょうか?」
大樟:「だな。当日やその前後に、何かを目撃している可能性はある。だが……聞き込みをするには、もう遅い時間だろう」
大樟:「明日、真山の近辺を洗うぞ! 呉山!」
呉山:「はい、先輩!」
:
0:間
:
由比:一人で眠るには広すぎるベッドの上
由比:玄関の鍵が開く音に目を覚ます
由比:今すぐに駆け出したいのに、目が開かない。身体が動かない
由比:
由比:「みな、と……? かえ、った、の……?」
由比:
由比:かすれた声を絞り出すと、寝室のドアが開いた
:
湊人:「由比」
:
由比:そこにいたのは、まぎれもなく湊人で
由比:駆け寄って抱きしめたいのに、やはり身体は動かなくて
由比:彼はゆっくりこちらに歩み寄ると、私の頭を優しく撫でる
:
湊人:「……由比」
由比:「み、なと……。おかえり……」
湊人:「……ただいま」
:
由比:彼は泣きそうな表情(かお)で微笑むと
由比:額にそっと口づけてささやいた
:
※:口づける部位は好きに変更していただいてかまいません
湊人:「……愛してるよ、由比」
0:
由比:「――っ!(目を覚ます)」
由比:
由比:夢に出てきたのと同じ、見慣れた部屋
由比:そこには誰もいなくて
由比:部屋のどこを探しても……湊人はいなくて
由比:
由比:あれから何度、夢を見ては絶望したことだろう
:
湊人:『これからもずっと、一緒にいようね』
:
由比:「お願い、湊人……。無事でいて……」
由比:「私たち、約束したじゃない……。ねぇ、湊人……、お願い……」
由比:
由比:
由比:「帰ってきて……」
:
0:長めの間
:
0:街中で湊人捜索のためのビラを配っている由比
由比:「夫が行方不明なんです! 些細なことで構いません、目撃情報などありましたら教えてください!」
0:行きかう人々に渡そうとしても素通りされてしまう
由比:「夫を捜しています! お願いします! ご協力を……きゃっ!!」
0:通行人にぶつかり転ぶ由比
0:ビラを落とし、地面にばらまいてしまう
由比:「うっ……。うぅ……」
0:泣きそうになりながらビラを拾う由比
0:そこに歩み寄り、ビラを拾う真山
由比:「……あ。あなたは、……真山、さん?」
真山:「このビラ、半分いただきますね」
由比:「え……?」
0:拾ったビラを配り始める真山
真山:「行方不明になった友人を捜しています! この人を捜しています! ご協力をよろしくお願いします!!」
由比:「真山さん……。ありがとうございます……!」
由比:「夫を探しています! ご協力をよろしくお願いします!」
:
0:少し間
:
真山:「ふぅ……。少しでも配り終えられてよかったですね」
由比:「真山さんが手伝ってくださったおかげです」
真山:「いえいえ。僕としても、湊人くんには一刻も早く見つかってほしいので……」
由比:「本当に……、ありがとうございます……」
真山:「……奥さん。あまり気負わないでくださいね」
由比:「……」
真山:「そうだ。あの喫茶店で、お茶でもいかがでしょう?」
由比:「すみません。ゆっくりしていられる気分じゃなくて……」
真山:「気持ちは分かりますが、少しは休憩もしないと。……湊人くんが戻ってきたときに、あなたがそんな疲れ切った顔でどうするんです」
由比:「……私、そんな顔してます?」
真山:「……ええ。なので、行きましょう」
由比:「は、はい……」
0:喫茶店へ向かう二人
:
0:間
:
0:真山の住むアパート
0:真山の部屋の隣人を訪ねる刑事ふたり
0:呼び鈴を鳴らす
湊人:(隣人)
湊人:「はぁーい」
0:ドアが開く
湊人:(隣人)
湊人:「どちらさまですか?」
大樟:「突然の訪問、すみません。警視庁の大樟と申します」
呉山:「同じく警視庁の呉山です」
0:警察手帳を見せる刑事ふたり
湊人:(隣人)
湊人:「え、警察……? 俺、何もしてないですけど」
呉山:「いやいや! あなたを逮捕しにきた、とかじゃないですよ!」
湊人:(隣人)
湊人:「え?」
大樟:「お隣に住んでいる真山秀実さんについて、何かご存知ですか?」
湊人:(隣人)
湊人:「隣……? いや、ご近所付き合いとかはないし、話したこともないので、なんとも……」
大樟:「数か月前に引っ越してきたそうですが、挨拶とかもありませんでしたか?」
湊人:(隣人)
湊人:「ないです、そんなん。たまに顔を合わせたら会釈をする程度で」
呉山:「そうですか……」
湊人:(隣人)
湊人:「あの……。何かあったんですか」
大樟:「……守秘義務がありますので、詳しくは言えませんが。我々はとある失踪事件について捜査しておりまして」
湊人:(隣人)
湊人:「失踪、事件……」
大樟:「失踪者と関係の深い人物について、聞き込みを行っているのです」
湊人:(隣人)
湊人:「それって……、その人がいなくなったのって、いつのことですか……?」
呉山:「四日前です」
湊人:(隣人)
湊人:「四日、前……。ま、まさか、な……」
呉山:「何か、ご存じなのですか!?」
湊人:(隣人)
湊人:「いや、俺の気のせいかもしれないし、よく覚えてないし……」
大樟:「些細なことで構いません。教えていただけますか?」
湊人:(隣人)
湊人:「……本当に、曖昧にしか言えないんですけど。隣から、大きな物音が聞こえたんです」
呉山:「物音?」
湊人:(隣人)
湊人:「俺、そのとき寝てたんですけど、その音で目が覚めて……。何かを落とした? みたいな大きな音がして……そのあとは静かになったから、また寝たんですけど」
大樟:「それは、何時ごろのことですか?」
湊人:(隣人)
湊人:「確か……朝の四時前だったと思います。日付が変わってるから、正確には三日前になるのかな……?」
大樟:「(湊人さんが失踪した日と重なっている……!)」
呉山:「そのほかに、見たものや聞いたものはありますか!?」
湊人:(隣人)
湊人:「いや……。ほかには何も」
呉山:「そうですか……」
大樟:「貴重なお話をありがとうございました」
0:
0:大家さん宅
由比:(大家さん)
由比:「二階の真山さん? さぁねぇ、あまりお話したことはないから……」
呉山:「そうですか……」
由比:(大家さん)
由比:「たまに顔を合わせたときに会釈をする程度よ」
大樟:「(交友関係は軽薄か……)」
呉山:「四日前から今日(こんにち)まで、すれ違ったり顔を合わせたりも全くありませんでしたか?」
由比:(大家さん)
由比:「あぁ。そういえば……」
呉山:「何か、思い出したことが?」
由比:(大家さん)
由比:「三日前の午前中だったかしらねぇ。真山さんが、大きなクーラーボックスを持って家に入るのを見たわ」
大樟:「クーラーボックス? どれくらいの大きさだったか、覚えてますか?」
由比:(大家さん)
由比:「確か……、このくらいの……(手でサイズを示す)」
由比:「大きくて、横に四角いやつだったわ」
呉山:「ずいぶん大型のクーラーボックスですね」
由比:(大家さん)
由比:「釣りかキャンプでもするつもりだったのかしら?」
真山:(住人)
真山:「あの~」
由比:(大家さん)
由比:「あらぁ! こんにちは!」
呉山:「あなたは……?」
真山:(住人)
真山:「このアパートに住んでる者っす。今の話、ちょっと聞こえちゃいまして」
大樟:「ということは、あなたも真山秀実さんについて、ご存じなことが?」
真山:(住人)
真山:「真山秀実さんって、あの部屋の人ですか?」
0:住人、真山の部屋を指さす
呉山:「ええ、そうです」
真山:(住人)
真山:「なんか、あの部屋に荷物がいっぱい運ばれてたんですよね~。二階だし、重そうな荷物だし。宅配の人、大変そうだったなぁ」
大樟:「それは、何時ごろのことですか?」
真山:(住人)
真山:「夕方の四時ごろかなぁ?」
呉山:「荷物の中身までは……分からないですよね」
真山:(住人)
真山:「さすがに、そこまではなぁ」
大樟:「では、どこの運送会社だったかは覚えていますか?」
真山:(住人)
真山:「確か、クロイヌナデシコだったと思う」
呉山:「ほかに覚えていることは?」
真山:(住人)
真山:「俺は、それくらいかな」
由比:(大家さん)
由比:「私も、それくらいね」
大樟:「分かりました。ご協力、感謝いたします」
0:
呉山:「大きな物音、クーラーボックス、重そうな荷物……」
大樟:「……」
呉山:「少しずつ、核心に迫っている気がします。……もしかしたら、湊人さんは」
大樟:「(セリフをさえぎるように)
大樟: 荷物の中身がなんだったか調べないことには、決めつけるにはまだ早い」
呉山:「……っ、……はい」
大樟:「私は運送会社に問い合わせてみる。お前は、近くのホームセンターへ行き、証言のウラを取ってきてくれ」
呉山:「分かりました!」
大樟:「(頼む……! 杞憂であってくれ……!)」
:
0:間
:
0:喫茶店に入る由比と真山
0:ドアのベルが鳴る
湊人:(店員)
湊人:「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」
真山:「はい」
湊人:(店員)
湊人:「空いてる席へどうぞ」
真山:「この辺りでいいですか?」
由比:「ええ、どこでも」
0:席に座る由比と真山
湊人:(店員)
湊人:「お冷を失礼いたします(二人の前に水の入ったグラスを置く)」
湊人:「ご注文がお決まりでしたら、お呼びください」
真山:「では、コーヒーをひとつ」
由比:「私も、同じものを」
湊人:(店員)
湊人:「かしこまりました。コーヒーを二つ、ですね。少々お待ちくださいませ」
0:店員、立ち去る
0:しばらく沈黙
由比:「……あの」
真山:「はい」
由比:「結婚式、来てくださってましたよね」
真山:「あぁ、はい。……覚えていてくださっていたんですね」
由比:「古い友人だと、夫から聞いていましたので」
真山:「……そうですか。……あれから、一か月経ったんですね」
由比:「……」
真山:「まだこれからだっていうときに……こんなことになるなんて」
由比:「……ええ。でも私は、夫が生きて帰ってくると信じています」
真山:「……」
由比:「あの」
真山:「はい」
由比:「あの日の夜、夫に会っていたんですよね?」
真山:「……はい」
由比:「あの人、何か言っていませんでしたか?」
真山:「何か、といいますのは……?」
湊人:(店員)
湊人:「お待たせいたしました。コーヒーでございます」
真山:「あぁ、どうも」
0:店員、二人の前にコーヒーを置く
湊人:(店員)
湊人:「失礼いたします。ごゆっくりどうぞ」
由比:「ありがとうございます」
0:店員、立ち去る
真山:「それで、さっきの質問のことなんですが」
由比:「警察の方が来られたときに訊かれたんです。『失踪しうる要因になるような出来事や悩みは抱えてなかったか』と」
真山:「ええ」
由比:「私が知る限りでは特にそういったことはなくて」
真山:「最近、夫婦喧嘩をしたりとかはなかったんですか?」
由比:「喧嘩なんてしたことありません」
真山:「……そうですか」
由比:「それに、あの人……すぐに一人で抱え込もうとするから。仕事のこととかも、あまり話してくれなくて」
真山:「なるほど」
由比:「真山さんにしか話していないこともあるんじゃないかと思いまして。……何か、仕事のことや人間関係について」
真山:「……いや。僕の記憶には、ないですね」
由比:「……そうですか」
真山:「もっとも、あのときはお互いに酔っていましたし、何を話したかほとんど覚えていないんですけどね。ははは……」
由比:「……『お互いに酔ってた』?」
真山:「?」
由比:「夫が、お酒を飲んだんですか?」
真山:「……何か?」
由比:「ありえません」
真山:「……」
由比:「夫は下戸なんです。人前でお酒を飲むなんて、ありえない」
真山:「……下戸だって、たまには飲みたくなることもあるでしょう。それよりも、……奥さん」
由比:「?」
真山:「女性にこのようなことを指摘するのは不躾かもしれませんが」
由比:「……何か、ついてます?」
真山:「化粧、落ちてますよ」
由比:「……え?」
真山:「直してきたらどうですか?」
由比:「は、はぁ……。では少し……」
真山:「ええ」
:
0:少し間
:
由比:「(少し直してきたけど……言うほど崩れていたかしら?)」
0:席に戻る由比
由比:「お待たせしました」
真山:「いいえ、全然」
0:コーヒーをひとくちすする真山
由比:「……あら?」
真山:「? どうかしましたか?」
由比:「その手の傷は……火傷ですか?」
真山:「え……?」
由比:「あ、すみません。目に入ったものでして」
真山:「……コーヒー、冷めますよ」
由比:「え? あ、はい……」
0:コーヒーを飲もうとする由比
0:カップごと落とし、コーヒーが服にかかる
由比:「きゃっ!」
真山:「……チッ(聞こえるか聞こえないかくらいの舌打ち)」
真山:「大丈夫ですか!?」
由比:「はい……」
真山:「服が濡れてしまいましたね……」
由比:「このくらい、平気です」
真山:「でも、このあともビラ配りするんでしょう? さすがにそのままでは……」
真山:「もしよろしければ、僕の家で洗いましょうか?」
由比:「……え?」
真山:「乾くまでは別の服を貸します」
由比:「……。……ありがとうございます。では、お言葉にあまえて」
真山:「そしたら、出ましょうか」
由比:「ええ」
0:お会計を済ませ、喫茶店を出るふたり
湊人:(店員)
湊人:「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
:
0:間
:
大樟:「貴重なお話をありがとうございました。ご協力、感謝いたします」
0:クロイヌナデシコ運送会社をあとにする大樟
0:呉山に電話をかける
呉山:『もしもし、呉山です』
大樟:「呉山。そっちの状況はどうだ?」
呉山:『ウラ、取れました。アパートの最寄りにあるホームセンター・ナカムラで、真山がクーラーボックスと耐熱用手袋を購入している姿が防犯カメラに映っていました』
大樟:「そうか」
呉山:『また、店員の一人から証言を得まして。ドライアイスを購入できる場所を尋ねられ、ホームセンターから少し離れた場所にある氷販売店を案内したそうです』
大樟:「そこでのウラも取れたか?」
呉山:『はい。ドライアイスを購入し、クーラーボックスに詰めている真山が、防犯カメラに』
大樟:「……ドライアイス、か」
呉山:『先輩はどうでしたか? ……荷物の中身は』
大樟:「ドライアイスだった。当日便で大量に注文していたようだ」
呉山:『クーラーボックスにドライアイス……。先輩、これって……』
大樟:「とりあえず、合流するぞ」
呉山:『わ、分かりました! 私がそちらへ向かいます!』
大樟:「ああ」
0:電話を切る
大樟:「くそっ……!! くそがっ……!!」
0:握りこぶしで近くにあった塀を殴る
大樟:「数々の証言、行動……これらの情報から、真山が犯人なのは確かだ。湊人さんは……、おそらく、もう……」
0:悔しさと怒りに歯を食いしばる大樟
大樟:「だが、揃っているのはあくまで状況証拠でしかない……。物的証拠がなければ……。何か、何か決定的な証拠はないか……?」
0:大樟のスマフォが鳴る
大樟:「……なんだ? 電話? ……非通知?」
0:少しためらい、電話に出る大樟
大樟:「もしもし」
湊人:『……』
大樟:「……もしもし? どなたさん?」
湊人:『日名並(ひななみ)二丁目、十番地』
大樟:「!?」
湊人:『サンハイツ・カザネ……二〇三号室』
大樟:「それは、真山の住所……!? もしもし、あなたは――」
湊人:『妻を、助けてください』
:
大樟:最後まで名前を告げなかったその人は
大樟:それだけ言い残し、電話を切った
大樟:
大樟:「――っ!!」
:
0:再び呉山に電話をかける大樟
呉山:『もしもし。先輩、どうしました?』
大樟:「合流場所を変更する!」
呉山:『はい!?』
大樟:「真山のアパート前に、今すぐ来い! 銃の所持も使用も、許可する!!」
:
0:間
:
0:真山の部屋にて
真山:「どうぞ、狭いところですが」
由比:「お邪魔します」
真山:「拭くものと着替えを用意しますので、座ってお待ちください」
由比:「ありがとうございます」
0:真山、別室へ
由比:「……」
由比:
由比:座っているように言われたものの、私はそんな気になれず、うろうろと歩き回っていた
由比:生活感のない部屋を見回しながら、やはり先程の違和感が拭えなかった
:
真山:『お互いに酔っていましたし――』
真山:『下戸だって、たまには飲みたくなることもあるでしょう』
:
由比:そうかもしれないけど……でも
由比:あの湊人がお酒を飲むなんて、想像ができない――
由比:
由比:悶々と思考を巡らせていた、そのときだった
:
湊人:「……ろ」
由比:「……え?」
湊人:「に……ろ……」
:
由比:かすかに、声がした
由比:それをたどる。閉ざされた引き戸の前に立つ
由比:
由比:「ここから……、声が聞こえる……?」
由比:
由比:その引き戸に手をかけた瞬間だった
:
湊人:「来るな、由比!! 逃げろ!!」
由比:「!!」
由比:
由比:はっきりと、聞こえた
由比:まぎれもなく――湊人の声だ
由比:
由比:「そこに、いるの……?」
0:引き戸を開ける由比
由比:殺風景な畳の部屋
由比:不自然に積み上げられた荷物
由比:私は導かれるように、押入れへと進む
0:押入れを開ける由比
由比:下の段に、大型のクーラーボックスが置いてあった
由比:それをおそるおそる開ける
由比:
由比:「……っ!」
由比:
由比:いた
由比:湊人が、いた
由比:
由比:「こんなところに……、いたのね……」
由比:
由比:彼の身体には、ところどころ火傷の跡がついていて
由比:首には青黒く痛々しい痣が刻まれていて
由比:
由比:眠っているような表情をしているのに
由比:
由比:触れると――冷たかった
:
0:由比の背後で「ガタン!」と大きな音が鳴る
0:振り向くと、ひも状のものを持った真山が迫ってきている
由比:「っ!!」
0:ひもは避けたが、足がもつれて立ち上がれず、その場で転ぶ由比
0:積み上げられた荷物が崩れる
0:馬乗りになり、由比の首を絞める真山
※:首の絞められ方はセリフ通りじゃなくて構いません。思った通りにやってください
由比:「がはっ……!! あ、ぁ……」
真山:「よくないですねぇ……。人んちを勝手にあさるのは」
由比:「が……、あ、ぐっ……」
真山:「本当は殺すつもりなかったんですけどねぇ……。あなたが悪いんですよ? 余計なことに気づくから」
由比:「ぅ……、ぅぅっ……」
真山:「あの睡眠薬入りのコーヒーを飲んでさえくれれば、もっと楽に逝かせてあげられたんですけど……残念でしたね」
由比:「……に、した、の」
真山:「……はい?」
由比:「みな、と、に……、なに、したの……」
真山:「あぁ……。ふふっ」
真山:
真山:「気持ちよかったですよ――あなたの旦那さん」
:
由比:「あ、あぁぁ……、あああぁぁぁああぁぁぁああ!!!」
:
0:由比、手の届く位置にあった物をにぎり、真山の頭を殴る
真山:「ぐあっ!!」
0:ひるんだ隙に真山を突き飛ばす由比
0:馬乗りになり、足で真山の手を踏んで拘束
0:真山の首を絞める
真山:「がぁっ……!」
由比:「ああぁあぁぁぁぁぁああああぁぁぁ!!!(言葉にならない叫び声)」
真山:「ぐぅっ……、あ……」
由比:「許さない、許さない許さない許さない許さない許さない!! あんただけは!! 絶対に――!!」
0:突入し、銃を構える大樟と呉山
大樟:「警察だ!! 動くな!!」
呉山:「お、奥さん!! 何やってるんですか!!」
0:羽交い絞めにし、真山と由比を引き離す呉山
真山:「(はげしく咳き込む)」
由比:「離して!! こいつは!! こいつだけは! 私の手で殺すの!!」
呉山:「そんなことして! 旦那さんが喜ぶと思いますか!!」
0:暴れる由比
0:部屋の状況と開かれたクーラーボックスの中身を見てすべてを察する大樟
大樟:「詳しい話は署で聞かせてもらう。……真山秀実」
真山:「……」
大樟:「お前を、殺人の容疑で拘束する」
0:真山に手錠をかけ、連行する大樟
由比:「待って!! 待ちなさいよ!!」
呉山:「奥さん!! 落ち着いてください!!」
0:大樟と真山が部屋から去る
0:その場で泣き崩れる由比
由比:「いや……、いや……。返して……、返してよ……」
由比:
由比:「湊人を返してよぉぉぉぉぉぉ!!!」
:
0:間
:
呉山:その後、真山秀実は拘置所へ送検された
呉山:司法解剖の結果、以下のことが分かった
呉山:二園寺湊人の死因は、首を絞められたことによる窒息であること
呉山:手首に切り傷があったが、それは死後につけられたものであること――体内の血液の量が著しく少なかったことから、遺体の腐敗を防ぐために血抜きをしたものと考えられる
呉山:残った血液を採取し検査したところ、睡眠薬が検出された
呉山:また、身体についていた火傷の跡は、クーラーボックスに詰められていたドライアイスによるもので、真山の手についているものと同じものであった
呉山:さらに、遺体に付着していたDNAが真山のものと一致
呉山:体液が下腹部に多く付着していたことから、被害者は性暴行の末に殺害されたと推測された
0:
大樟:そして、取り調べにて
大樟:真山はすべての罪を認めた
:
0:間
:
0:取調室にて
0:尋問する大樟と、調書を取る呉山
真山:「はい。二園寺湊人を殺したのは私です。そのあと、二園寺由比を殺そうとしました」
大樟:「……動機は」
真山:「どっちから説明すればいいですか」
大樟:「……じゃあ、まず、湊人さんを殺した理由はなんだ?」
真山:「……」
大樟:「中学時代からの……親友じゃなかったのか」
真山:「……親友だなんて思ったこと、一度もないですよ」
大樟:「……なんだって?」
真山:「だって私は――湊人のことが、ずっと好きだったんです」
呉山:「……っ!」
大樟:「それは、恋愛感情という意味か?」
真山:「ええ、そうです」
真山:「湊人は……『何を考えているのかよく分からない』って、誰からも避けられていた私の、唯一の理解者でした。気がつけば、彼の優しさに惹かれていた……」
大樟:「……湊人さんは、それを知っていたのか」
真山:「いえ。男同士ですし、私自身がこの気持ちをひた隠しにしていたから。知らなかったと思いますよ、あのときまでは」
大樟:「……あのとき?」
真山:「大学が離れて、住む場所が離れて。社会人になって、湊人に彼女ができて」
真山:「一年前……結婚した、籍を入れたって嬉しそうに報告してきたときに、吹っ切れたと思ったんですけどね……」
真山:「会ってしまえば……無理だった」
大樟:「……詳しく聞かせてもらおうか」
0:
真山:四日前……。偶然会社で会って、飲みに行こうって誘って、最初はそれで満足だったんです
真山:奥さんといるはずの時間を、自分に充ててくれている。それだけで贅沢だって、それ以上望んじゃいけないって
真山:でも、時間が経つにつれて……湊人を帰したくないって思いが募った
真山:だから……湊人がお手洗いに席を立った隙に、彼が飲んでいたソフトドリンクに睡眠薬を仕込んだんです
0:
真山:家に連れて帰って、眠っている湊人を見ていました
真山:このときほど、不眠症でよかったと思った日はありません
真山:この可愛い寝顔を、ずっと見ていられる。ひとり占めできている
真山:一晩だけでいい。この寝顔を、見ているだけでいい
真山:そう思っていたはずなのに――
真山:
真山:魔が差してしまった
真山:
0:
真山:気がつけば服を脱がしていました
真山:寝ている人間の服を脱がすのって、案外大変なんですよ?
真山:でも……無我夢中でした
真山:この細い身体をめちゃくちゃに抱いてやりたい
真山:全部、俺で染め上げたい
真山:頭の中は、それでいっぱいでした
真山:
真山:寝ている間のことなら、きっとバレることはない
真山:湊人が起きないのをいいことに、好き勝手やっていました
真山:だけど――
0:
真山:「(脱がした上半身に舌を這わせる)」
湊人:「ん……、んぅ……」
真山:「(這わせた舌が、下の方へ)」
湊人:「ん、ひぃ……、あっ……」
湊人:「……え?(目を覚ます)」
真山:「!!」
湊人:「秀実……? なに、これ……? なに(してんの)」
真山:「(セリフをさえぎるように無理やり口づける)」
湊人:「んっ! んんっ……!」
0:湊人、抵抗し真山を引きはがす
湊人:「っはぁ……! ……ねぇ。これ、何の冗談?」
真山:「……」
湊人:「なんで、僕も秀実も裸なの……? ここはどこ……?」
真山:「……」
湊人:「とりあえず……そこ、どいてよ」
真山:「いやだ。……っ」
湊人:「う、あぁっ……!」
真山:「力抜いて、湊人」
湊人:「痛い、痛いっ……!!」
真山:「大丈夫、大丈夫だから……俺と、ひとつになろう?」
湊人:「やだ……、やめてよぉ……! あぁぁ、あぁぁぁああ!!(喘ぎより悲鳴に近い感じで)」
0:
真山:泣き叫ぶ湊人を組み敷くのに、罪悪感はありました
真山:けど、それ以上に
真山:
真山:ひどく満たされた
真山:
真山:俺が侵しているのは、きっと誰も……あの嫁でさえ触れたことのない聖域だ
真山:俺が、俺だけが触れることを許されたんだ!
真山:
真山:いっそ――このまま寝取ってしまおう
真山:
真山:あのとき、湊人の中に何度『俺』を注いだことか
真山:あぁ、今思い出しても……これまでの人生の何よりも
真山:
真山:幸せな時間でした
:
0:
:
真山:「はぁ……、はぁ……」
湊人:「うっ……。うぅっ……(泣いている)」
真山:「最高だった……。湊人も、そう思うだろ?」
湊人:「(軽く鼻をすする)」
湊人:「なんで、こんなこと……」
真山:「……分からない?」
湊人:「……分かんないよ」
真山:「……好きだからだよ」
湊人:「え……?」
真山:「ずっと、ずっと好きだった……。ずっと、お前とこうしたかったんだ……」
湊人:「(軽く鼻をすすり、涙をぬぐう)」
湊人:「……そう」
0:湊人、そそくさと服を着る
真山:「湊人……? どうしたの……?」
湊人:「帰る」
真山:「え……」
湊人:「やりたいことができて満足したでしょ。……もう、僕に会えると思わないで」
真山:「待って!!」
0:立ち上がった湊人の手をつかんで引き留める真山
湊人:「……離して」
真山:「いやだ」
湊人:「頼むから、家に帰らせて」
湊人:
湊人:
湊人:「妻が待ってるんだ」
0:
真山:嫌でも思い知らされました
真山:身体は奪えても――
真山:心までは奪えないんだ、と
真山:
真山:そのとき、俺の中で
真山:
真山:何かが切れる音がした
:
0:
:
0:真山、湊人の手を引っ張り転ばせる
0:そこに馬乗りになり、湊人の首を絞める
※:首の絞められ方はセリフ通りじゃなくて構いません。思ったようにやってください
湊人:「があっ……! あ……、ぁ……」
真山:「なんで……、なんで俺を見てくれないんだよ……! こんなに……、こんなに好きなのに!!」
湊人:「あ……、が……」
真山:「ずっと見てきたのに!! 俺の方が!! 湊人のことを見てきたのに!!」
真山:
真山:「ずっと好きだったのに!!」
:
湊人:「ゅ……、ぃ……。……」
:
0:
:
真山:光の消えた瞳から、一筋の涙がこぼれた
真山:抵抗していた身体から力が抜け、呼吸が止まる
:
0:
:
真山:「ころ、した……? 俺が……、俺が……?」
真山:「あぁぁ……、ああああ……。……はは。はは、はははは」
真山:
真山:「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
真山:
真山:「違う! 違う違う違う違う!! 俺が! あいつから!! あの嫁から寝取ってやったんだ!! 身体も!! 心も!!」
真山:「湊人は俺のものだ!! これで全部!! 俺のものだ!!」
0:ひとしきり笑ったあと、湊人に覆いかぶさるように抱きしめる真山
真山:「もう二度と、離さないからな……湊人」
:
0:
:
呉山:「お前!!」
0:真山の胸ぐらをつかむ呉山
呉山:「自分が何をしたか、分かってるのか!?」
大樟:「落ち着け!! お前は調書を取るんだ」
呉山:「……はい」
0:再び調書を取る呉山
大樟:「……そのあと、どうした?」
真山:「湊人が腐らないように風呂場で血を抜けるだけ抜きました。そしてドライアイスとクーラーボックスを買い、冷やしました」
大樟:「火傷の跡は……ドライアイスの扱いでも間違えたか」
真山:「ドライアイスを包んでいた袋がね……破れてたんですよ。湊人が火傷しちゃって。慌ててドライアイスを取ろうとして、自分も火傷しました」
大樟:「そこまでして、遺体の保存にこだわった理由はなんだ?」
真山:「腐っちゃったら湊人が湊人じゃなくなっちゃうでしょ?」
大樟:「……湊人さん殺害の動機は分かった。なら、由比さんを殺そうとした理由はなんだ?」
真山:「殺すつもりはありませんでした。近づいたのだって……優越感に浸りたいだけだった。あいつの知らない湊人の居場所を、俺は知ってるんですから」
真山:「でも、話しているうちに勘ぐられて、怪しまれて……こいつは消そうって思った。……いや。本当は、それ以上に――」
真山:
真山:「あいつが、憎かった」
:
大樟:「……」
呉山:「……」
真山:「刑事さんに分かりますか? ずっと恋焦がれてきた人が、ぽっと出の女に、いとも簡単に取られた俺の気持ちが……。俺は、ずっと伝えられなかったのに……」
真山:「あいつから湊人を寝取って、奪って……やっと、ずっと一緒にいられると思ったのに……。なのに、なのに……!!」
真山:
真山:「どいつもこいつも……、邪魔しやがってえぇぇぇぇぇぇ!!」
0:
呉山:この取調べから数日後。家宅捜索により、真山の住むアパートの浴室や浴槽から大量のルミノール反応が検出された
呉山:これまでの証言や押収された証拠から、警察は正式に真山秀実を犯人と断定。逮捕に至った
呉山:
呉山:また、二園寺由比が真山を絞首したことについて
呉山:正当防衛だと思われたが、身を守るための行為としては過剰であるとされ、認められず
呉山:さらに、それが殺意を以ての行動だったと本人が認めたことにより、殺人未遂罪として起訴された
呉山:しかし、夫を殺害された被害者であること、それによる憎悪から衝動的に起こした行動であり、計画性のない犯行であったことから情状酌量の余地があると看做(みな)され、執行猶予が与えられた
呉山:よって彼女は今、釈放されている
0:
大樟:「(深いため息)」
呉山:「……嫌な事件でしたね」
大樟:「まったくだ」
呉山:「……由比さんは、これからどうなるんでしょうか」
大樟:「そこまでは我々の仕事ではない。……前を向いて生きてくれるよう、願うしかないだろう」
呉山:「そうですね……。それにしても、先輩」
大樟:「なんだ?」
呉山:「あのとき、どうして合流場所を真山の住むアパートに変えたんですか?」
大樟:「あぁ。匿名で電話があったんだ。あのアパートの住所だけ告げてすぐに切れたんだけどな」
呉山:「匿名、ですか……。どうして署にではなく、先輩の携帯に?」
大樟:「さぁな」
大樟:
大樟:「それにしても……あの電話は、いったい誰からだったんだろうか?」
:
0:間
:
由比:「どうして……? どうして、いつも縄が切れるの……?」
0:リビングに座り込む由比
0:手には切れた縄、そばには倒された椅子
由比:「どうして……、また失敗しちゃうの……?」
0:嗚咽を漏らす由比のそばに立つ湊人
湊人:「由比……。また、死のうとしているんだね……」
0:由比を抱きしめる湊人
0:由比にはその姿は見えていないし、声も聞こえていない
由比:「何回首を吊っても、何回飛び降りようとしても……、いつもいつも、邪魔される……」
湊人:「何回邪魔しても……君は、死のうとする」
由比:「死にたいのに……」
湊人:「ダメだよ」
由比:「湊人のところに、いきたいのに……」
湊人:「君はまだ、こっちに来ちゃいけない」
由比:「あなたがいないなら……、生きてる意味なんてないの」
湊人:「僕がいなくても……、君には幸せでいてほしい」
由比:「ねぇ、お願いだから――」
湊人:「どうか、お願いだから――」
:
由比:「死なせて……」(できれば同時に)
湊人:「生きて」(できれば同時に)
:
0:結婚式の披露宴後
0:招待客を見送る湊人と由比
由比:「(女友達に対して)
由比: 今日は来てくれてありがとう!
由比: え? 綺麗だったなんて、そんなことないよ~!」
湊人:「(会社の同僚に対して)
湊人: 今日はありがとう! 気をつけて帰ってね!
湊人: え? お幸せにって……ありがと(照)」
真山:「湊人」
湊人:「秀実! 今日は来てくれてありがとう!」
真山:「ううん。友人代表スピーチ、読めてよかったよ」
湊人:「こっちこそ! 秀実に頼んでよかった!」
真山:「……お幸せに」
湊人:「うん! ありがとう!(照笑)」
0:真山、帰る
由比:「お見送りはこれで全員かな?」
湊人:「そうみたいだね」
由比:「なんだか、準備に時間がかかったわりに本番は一瞬だったね」
湊人:「ふふっ。そうだね。……ねぇ、由比」
由比:「ん?」
湊人:「式が始まってから今まで、バタバタしてて言えなかったんだけど……」
由比:「?」
湊人:「……綺麗だよ。ウエディングドレスも、そのドレスも」
由比:「ひゃっ!? ……あ、ありがとう。湊人も……、その……、……かっこよかった」
湊人:「なっ……!? なんか、恥ずかしいな……」
由比:「褒め返し」
湊人:「由比には敵わないや(笑)」
湊人:「……あのさ」
由比:「うん」
湊人:「これからもずっと、一緒にいようね」
由比:「ふふっ。もちろん!」
0:ふたり、笑いあう
湊人:このときの僕たちは多分
湊人:世界の誰よりも幸せで
由比:誰よりも祝福されていて
由比:誰よりも輝いていて
湊人:この先、何があったって
湊人:同じ歩幅で歩いて
由比:同じ景色を見て
湊人:ずっと隣で笑い合っていられると
由比:そう信じていた
0:
由比:湊人が消息を絶ったのは
由比:あれから一か月後のことだった
:
0:間
:
0:由比の家
0:インターフォンを鳴らす刑事ふたり
由比:『……はい。どちらさまでしょうか』
0:警察手帳を開いてインターフォンのカメラに近づけるふたり
大樟:「警視庁の大樟と申します」
呉山:「同じく警視庁の呉山です」
0:ドアが開く
由比:「お待ちしておりました……。中にどうぞ」
大樟:「失礼いたします」
呉山:「失礼いたします」
0:三人、リビングへ
由比:「そちらへおかけください。今、お茶の準備を……」
大樟:「いえ、お構いなく。それよりも……旦那様について、お話を聞かせていただけますか?」
由比:「……はい」
大樟:「呉山」
呉山:「はい」
0:呉山、ふところからメモ帳を取り出す
呉山:「まず、先日提出していただいた捜索届をもとに、旦那様の情報の確認をさせていただきます」
由比:「はい」
呉山:「二園寺湊人さん、二十八歳。一九九三年八月二日生まれ、血液型はО型。身長一七三センチ、体重五八キロ、失踪当日の服装はスーツ……ここまではお間違いないでしょうか?」
由比:「ええ、合っています」
呉山:「身体的特徴について、写真のご提示までありがとうございました」
由比:「いえ……。夫が一刻も早く見つかるのなら、なんでもします」
大樟:「……それでは、奥様。旦那様を最後に見たときの出来事について、詳しくお聞かせ願えませんか?」
由比:「はい……。私が最後に夫を見たのは、三日前の朝です……」
0:
由比:夫は株式会社ネージュで営業職をしていまして
由比:仕事の日は大体、朝の八時ごろに家を出て夜の七時ごろに帰ってきます
由比:この日も、いつも通りの時間に家を出たんです
0:
湊人:「それじゃあ、行ってくるね」
由比:「うん。気をつけてね」
湊人:「あ、今日は燃えるごみの日だよね? 出すものある?」
由比:「あぁ……、あとで出そうと思ってたけど」
湊人:「ついでに出してくるよ」
由比:「そう? ありがとう」
0:由比、湊人にごみ袋をわたす
由比:「じゃあ、お願いね」
湊人:「うん。……あ、ちょっと忘れ物」
由比:「ん?」
0:湊人、由比を抱きしめる
湊人:「行ってきます」
由比:「……うん。行ってらっしゃい」
0:
呉山:「……それが、旦那様を見た最後の姿だったんですね」
大樟:「ちなみに最近、旦那様の身に『失踪しうる要因になりそうな』出来事があったり、悩みを抱えていたりはしませんでしたか?」
由比:「……私の感じる限りだと、そういうのは全然」
大樟:「失礼ですが……恨みを抱えていそうな人物に心当たりは?」
由比:「ありません! たまに会社の同僚や後輩を家に連れてくることがありましたが、みなさん、夫を慕っている様子でした!」
大樟:「そうですか……。奥様から見て、旦那様はどのような人物でしたか?」
由比:「とても優しい人です。たまに一人で抱え込んで、無理をするところはありますが……そういったところを含めて支えたいと、心から思える人です」
大樟:「……」
呉山:「捜索願の、旦那様が行きそうな場所の欄に『本屋』とありますが……ほかに心当たりはありませんか?」
由比:「……あの人は基本的にインドア派なので。あまり遊び歩いたりしないんです」
呉山:「居酒屋とかにも行かれないのですか?」
由比:「夫は下戸なので。会社の飲み会には時々行っていますが、それ以外では全然」
大樟:「つまり……普段から飲み歩いたり、朝帰りをすることはなかった、と?」
由比:「ええ。会社の飲み会がある日は介抱のために朝帰りすることもありましたが……そういうときは、必ず連絡をくれました」
大樟:「その日は、一切連絡がなかったのですか?」
由比:「あ、いえ……。確か、夕方の……六時ごろに……」
:
0:
:
0:スマフォが鳴り、電話に出る由比
由比:「もしもし」
湊人:『あー、もしもし』
由比:「どうしたの?」
湊人:『えっと……もう晩ご飯、作っちゃった?』
由比:「これからだけど……もしかして、今日はいらない?」
湊人:『あー、うん。秀実……友達とばったり会っちゃってさ』
由比:「ひでみ……? ……あー、もしかして、真山秀実さん? 友人代表スピーチ読んでた」
湊人:『そうそう! せっかくだから、一緒にご飯でもどうって話になって』
由比:「そっかぁ。楽しんでおいで」
湊人:『うん! ありがとう!』
由比:「でも、明日も仕事なんだから遅くなりすぎないようにね」
湊人:『はぁい』
0:
由比:「だけど、朝になっても夫が帰ってくることはありませんでした……」
呉山:「そのあと、旦那様から連絡は……」
由比:「一切ありません。夫の会社から電話があって、出社していないことを知りました」
呉山:「それで、捜索願を……」
大樟:「……つまり、その『真山秀実』が、旦那様と最後に会った人物である可能性が高いということですね。奥様との面識は?」
由比:「直接的には、ほとんどありません。結婚式で挨拶をしたくらいです」
大樟:「その人の住所や身体的特徴が分かるものはありますか?」
由比:「住所は……招待状を書いたときのリストがあるので、その中にあると思います。見た目は……、あ、そうだ。DVDがあります。披露宴の様子を撮影したものが」
大樟:「……見せていただくことは可能ですか?」
由比:「はい」
0:招待客のリストを提示する
0:DVDを再生する
由比:「あ……、この人です」
:
真山:『湊人くん、由比さん。ご結婚、おめでとうございます。ただいまご紹介に預かりました、真山秀実と申します。湊人くんとは中学時代からの友人でして。このような場ではありますが、いつものように「湊人」と呼ばせて頂こうと思います』
:
大樟:「……なるほど。写真はありますか?」
由比:「多分、アルバムに……あ、ありました」
大樟:「この写真と住所、複製させていただいても?」
由比:「かまいませんが……」
大樟:「ありがとうございます。……呉山」
呉山:「はい!」
0:リストに書いてある真山の住所をメモする
0:アルバムにある真山の写真をスマフォで撮る
大樟:「二園寺さん。貴重なお話をありがとうございました」
呉山:「ありがとうございました! では、我々はそろそろ」
由比:「あの」
大樟:「……なんでしょう」
由比:「見つかりますよね……?」
呉山:「……っ!」
由比:「まだ、結婚して一年ほどしか経ってないんです。式は先月挙げたばかりで……。なのに……、こんなことって……」
呉山:「奥様……。大丈夫です! 我々が、必ず(見つけ出します!)」
大樟:「(セリフにかぶせて)二園寺さん」
由比:「……はい」
大樟:「失踪事件において、失踪者が見つかった例は確かにあります。しかし、その八十パーセントは一週間以内に発見されています」
呉山:「……先輩?」
由比:「それは、つまり……?」
大樟:「日数が長引けば長引くほど、生存している可能性は低い……ということです」
由比:「……そう、なんですか」
大樟:「もちろん、我々は全力で旦那様を捜索するつもりです。ですが……最悪の事態も、想定に入れておいてください」
由比:「っ!」
呉山:「ちょっと、先輩!」
大樟:「行くぞ、呉山」
呉山:「え、あ、はい! お邪魔しました! これにて、失礼します!」
0:敬礼をして由比の家を出るふたり
0:呆然とひとり取り残される由比
:
0:間
:
呉山:「先輩! なんであんなこと言ったんですか!」
大樟:「『あんなこと』とは?」
呉山:「旦那さんがいなくなって、一番不安なのは奥さんなんですよ!? なのに、あんな現実を突きつけるようなこと……!」
大樟:「希望を持たせるだけじゃ、いけないんだよ」
呉山:「え……?」
大樟:「そりゃぁ私だって、旦那さんを見つけて無事に奥さんのもとへ返したいさ。だが……失踪者が亡くなった状態で発見された事例を、我々は何回見てきた?」
呉山:「そ、それは……」
大樟:「それに……失踪者の捜索に我々が動く意味が、分からないわけではないだろう?」
呉山:「うぅ……」
大樟:「希望を持たせた分……いざそうなったときに絶望するのは、あの奥さんだ」
呉山:「……」
大樟:「とはいえ、もちろん生きて返すに越したことはない。時間がない……全力で見つけ出すぞ、呉山!」
呉山:「……! はい、先輩!!」
大樟:「そうとなれば早速、さっき教わった住所を調べてくれ」
呉山:「真山秀実に話を聞きに行くんですね!」
大樟:「ああ。この失踪事件の、重要参考人になりえる人物だからな」
:
0:少し間
:
0:真山の住むアパート
0:呼び鈴を鳴らす刑事ふたり
真山:「……どちらさまでしょうか?」
大樟:「警視庁の者です」
真山:「……警察?」
呉山:「お話を伺いたいことがありまして。少々、お時間をいただけませんか?」
0:ドアが開く
大樟:「真山秀実さんですね?」
真山:「ええ、そうですが」
大樟:「申し遅れました。警視庁の大樟という者です」
呉山:「同じく、警視庁の呉山です」
0:警察手帳を見せるふたり
真山:「……立ち話もあれですし。中へどうぞ」
大樟:「……では、失礼いたします」
呉山:「失礼します」
:
0:真山の部屋
0:リビングにて、椅子に腰かける刑事たち
0:テーブルにコーヒーを並べる真山
真山:「どうぞ、粗茶ですが」
大樟:「いえ、お構いなく」
真山:「それで、訊きたいことというのは?」
呉山:「二園寺湊人さんという方を、ご存知ですね?」
真山:「……ええ。私の友人ですが。どうかしたんですか」
呉山:「三日前から、行方不明になっていまして」
真山:「……湊人が?」
大樟:「……あまり驚かれないのですね」
真山:「……すみません。感情を表に出すのが苦手でして。周りには『何を考えているのかよく分からない』って言われます」
呉山:「あぁ。そういう方、いますよね」
真山:「実際には、すごく驚いています。正直、信じられない……。それで、どうして私に話を?」
大樟:「三日前……湊人さんが失踪した当日、あなたは彼に会っているそうですね?」
真山:「ええ」
大樟:「そのときのことを、詳しく聞かせていただけませんか?」
真山:「分かりました。……とはいえ、こういったことは初めてでして。どこからお話すればいいですか?」
呉山:「では、まずはあなたと湊人さんの関係性について教えていただけますか?」
真山:「私と湊人は中学時代からの友人です」
呉山:「長い付き合いなんですね。真山さんから見て、湊人さんはどういう人物ですか?」
真山:「お人好しで、朗らかな人でした。こんな自分にも、気さくに話しかけてくれて……」
大樟:「湊人さんとは、中学時代から今まで、ずっと交流があったのですか?」
真山:「高校を卒業するまでは、よく一緒に遊んだりしていたんですけどね」
真山:「お互い、別の大学に進学しましたし、それからは会える頻度も少なくなって……社会人になってからは尚更です。住む場所さえ離れてしまいましたから」
大樟:「……? 湊人さんの住所とあなたの住所、そこまで離れていないように見受けられますが」
真山:「数か月前に、転勤をきっかけに引っ越してきたんです」
呉山:「なるほど」
大樟:「では、引っ越ししてからは頻繁に会っていたんですか?」
真山:「……いえ。そういうわけにもいかないですよ。湊人は結婚してるんですから。LINEでのやりとりはありましたが、直接会ったのは結婚式で久々です」
大樟:「なるほど、分かりました」
大樟:「では次に……湊人さんはあなたに『ばったり会った』と言っていたそうなのですが、そのときのことを詳しくお聞かせ願いたい」
真山:「『ばったり』……。そうですね。あれは、まさしくそうだった……」
0:
湊人:「……あれ? もしかして、秀実?」
0:
真山:その日、湊人に会ったのは仕事中のことでした
真山:株式会社ネージュは、うちの取引先でして
真山:そこに営業に行っていたときに、話しかけられたんです
0:
湊人:「へぇ! 秀実が働いてるのって、日並(ひなみ)商事だったんだね!」
真山:「びっくりしたよ。まさか湊人が株式会社ネージュで働いてるなんて」
湊人:「お互い、仕事のことは詳しく教えてなかったもんね」
真山:「もしかしたら、仕事で会うことが多くなるかもしれないな」
湊人:「一緒に仕事できたらいいね! そのときはよろしく!」
真山:「ああ。よろしく」
湊人:「あ! 忙しいところに話しかけちゃってごめんね! お互い、午後も乗り切ろう!」
0:
真山:そう言って、湊人は仕事に戻っていきました
真山:その後、私も仕事に戻ったんですが……
真山:正直、ずっと悶々としていました
真山:結婚式以来、せっかく再会できたのに、次に会えるのはいつになるか分からない
真山:だから……仕事が終わったとき、私は勇気を出してメッセージを送ったんです
真山:
真山:『仕事、もう終わった? よかったら、このあとご飯でもどう?』
0:
真山:「これが、そのときに送ったメッセージです」
0:真山、スマフォの画面を見せる
大樟:「……メッセージを送ったのが十八時、か」
呉山:「その後の返事から、合流したのが十八時半……それ以降はどこに?」
真山:「居酒屋です」
大樟:「そこには何時までいましたか?」
真山:「夜の九時ごろです。そのあとは真っ直ぐ家に帰りました」
大樟:「それを証明できる人は?」
真山:「証明できる人はいませんが……そうだ、レシートがあります。ちょっと待っててくださいね」
0:真山、財布を取り出しレシートを探す
真山:「あった……。これです」
呉山:「……確かに、時間は二十一時ですね」
大樟:「こちら、参考資料としていただいても?」
真山:「え? ……ええ。構いません」
大樟:「ご協力、ありがとうございます」
呉山:「帰宅後、湊人さんと連絡などは……」
真山:「いえ……」
呉山:「そうですか……」
真山:「私から話せるのは、これくらいです」
大樟:「分かりました。お時間頂き、感謝します。我々はこれで」
呉山:「……あの」
真山:「はい?」
呉山:「すみませんが……お手洗いをお借りしてもいいですか?」
大樟:「呉山、お前なぁ……」
真山:「ええ、どうぞ」
呉山:「ありがとうございます。ええと、場所は……こっちですかね?」
0:立ち上がり、別室の引き戸に手をかけようとする呉山
0:あわてて立ち上がり、止める真山
0:バン! と大きな音が鳴る
呉山:「っ!(ビクッ)」
真山:「あっ……。すみません」
呉山:「い、いえ……。こちらこそ、すみません」
真山:「お手洗いはこちらです」
呉山:「あぁ……、すみません。ありがとうございます」
0:呉山をお手洗いまで案内して戻ってくる真山
大樟:「申し訳ありませんね、うちの部下が……」
真山:「いえ……。案内しなかった私の責任でもあります」
大樟:「いえいえ、そんなことは……ん?」
0:足元に何かが触れたのに気づき、拾う大樟
大樟:「……? 真山さん、何か持病でもお持ちで?」
真山:「はい?」
大樟:「失礼、錠剤の包装シートが落ちていたものでして」
真山:「……あとで捨てておきますね」
真山:「持病なんて、大したものじゃないですよ。ただ、睡眠薬なしでは眠れないってだけです」
大樟:「不眠症ですか……、大変ですね」
呉山:「お待たせしました」
大樟:「では、我々はそろそろ、おいとまさせていただきます。……行くぞ、呉山」
呉山:「はい! では、お邪魔しました!」
0:敬礼をして真山の家を出る刑事ふたり
:
大樟:「……呉山。どう思った?」
呉山:「どうって……、何がです?」
大樟:「真山の人物像について、だ」
呉山:「うーん、そうですね……なんか、つかみにくいと言いますか。『何を考えているか分からない』って言われると言ってましたが、まさしくそうだと思います」
大樟:「だが……嘘をついているようにも見えなかった」
呉山:「ええ。あーあ、どうしましょう。二十一時ごろに解散したとして、そのあと湊人さんの身に何かあったんだとしたら……今のところ、手掛かりはゼロですよ」
大樟:「そうだな。『解散したあと』について、手掛かりはない」
呉山:「と、言いますと……あ、そうか!」
大樟:「ああ。まずは真山と湊人さんが行った居酒屋に話を聞きに行くぞ」
呉山:「そうですね!」
:
0:少し間
:
0:真山の家
0:出したコーヒーを下げる真山
真山:「やっと帰ったか……」
真山:「……あの刑事たち。コーヒー、一口も飲まなかったな。……くそっ」
0:流しにコーヒーを捨てる真山
真山:「……それにしても、この部屋を見られそうになったときは、どうなるかと思った」
0:
真山:「っ!! あぁ……! 袋が、破れて……!」
真山:「っ、痛っ!! くっそ……。手袋、手袋……」
0:
真山:「ごめんな……。火傷、痛かったよな……」
0:
真山:「絶対、誰にも見つけさせない……。俺が守ってやるからな……」
真山:「だから、ずっと一緒だぞ――湊人」
:
0:間
:
0:居酒屋にて
大樟:「開店前にお時間をいただき、ありがとうございます。警視庁の大樟と申します」
呉山:「同じく、警視庁の呉山です」
0:店長に警察手帳を見せる刑事ふたり
湊人:(店長)
湊人:「どうも、ご丁寧に」
大樟:「では、お時間もないことでしょうし、単刀直入に伺います」
大樟:「三日前の十八時半から二十一時ごろの間、この写真の二人組が来店しませんでしたか?」
0:真山と湊人の写真を見せる大樟
湊人:(店長)
湊人:「そうは言ってもねぇ……。その時間帯は一番込み合うし、客の顔までは覚えてないよ」
呉山:「覚えている特徴とかもないですか?」
湊人:(店長)
湊人:「うーん……。私は基本的に厨房にいるんだ。クレームが入ったときに、謝罪でフロアに出ることはあるが……少なくとも、私の記憶にはないねぇ」
呉山:「そうですか……」
湊人:(店長)
湊人:「おーい、君!」
真山:(フロアスタッフ)
真山:「はい!」
湊人:(店長)
湊人:「この写真の客に見覚えあるか?」
真山:(フロアスタッフ)
真山:「うーん……? いや、さすがにそこまでは覚えてませんって。何人の客を見てると思ってるんですか」
湊人:(店長)
湊人:「だよなぁ」
大樟:「(……収穫なし、か)」
湊人:(店長)
湊人:「君はどうだ? 確か、その日はレジ担当だっただろう?」
由比:(レジ担当)
由比:「……あ。この人」
大樟:「!!」
呉山:「見覚えがありますか!?」
由比:(レジ担当)
由比:「あ、でも、大したことじゃないんですけど……」
大樟:「些細なことで構いません。あなたから見た、この二人の様子を教えていただけますか?」
由比:(レジ担当)
由比:「えっと……。本当に大したことなくて。確か……こっちのお客様が、お連れの方を介抱していたってだけの話なんですけど……」
呉山:「……え?」
由比:(レジ担当)
由比:「だから私、お会計が終わった後に『タクシー呼びましょうか?』って言ったんです。でも『もう呼んであるからいいです』って……」
大樟:「どこのタクシー会社だったか、分かりますか?」
由比:(レジ担当)
由比:「いえ、そこまでは……」
真山:(フロアスタッフ)
真山:「あ、それなら。『ライトタクシー』じゃないですか?」
由比:(レジ担当)
由比:「え、なんで分かるんですか」
真山:(フロアスタッフ)
真山:「テーブルを片付けてたとき、窓の外がちらっと見えたんだよ。そのときに『ライトタクシー』が停まってるのを見た」
呉山:「え、ちょっと待ってください」
大樟:「(セリフにかぶせて)
大樟: お時間のない中、貴重なお話をくださりありがとうございました」
呉山:「先輩!?」
大樟:「ほら、行くぞ」
呉山:「ちょ、待ってくださいよぉ!!」
:
0:間
:
呉山:「先輩! なんでもっと話を聞かなかったんですか!? あの証言はおかしいです!」
大樟:「……言ってみろ」
呉山:「レジを担当していたという、あの方。真山の写真を指していました。しかし、湊人さんが介抱される側だというのは、おかしな話です!」
大樟:「そうだな。『湊人さんは下戸で、人前で酒類を飲まないようにしている』……この情報を知っている我々からすれば、違和感しかない」
呉山:「なら……!」
大樟:「いい着眼点だ、呉山。それは認めるよ。だが……一つの証言だけに囚われてはいけない」
呉山:「と、言いますと?」
大樟:「真山と湊人さんがいた時間帯は忙しかったんだ。客の出入りも多かっただろう。しかも三日前の記憶だ。曖昧になっていてもおかしくはない」
呉山:「あの証言に、信憑性はないってことですか?」
大樟:「それを確かめるために、更なる証言を得に行くんだろうが」
呉山:「あっ……! タクシー会社ですね!」
大樟:「ああ。早いところ、行くぞ!」
:
0:間
:
0:タクシー会社
真山:(タクシー運転手)
真山:「確かに、その日のその時間は客を二人、乗せたよ」
呉山:「本当ですか!?」
大樟:「どこまで乗せたか、覚えていますか?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「営業日誌に記載があるはずだ。ちょっと待っててな……。お、あったあった」
0:運転手、営業日誌を見せる
呉山:「出発地点が居酒屋、到着地点が……モーソン、カザネ支店?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「あぁー、実は……内緒にしてほしいんだけどよ」
呉山:「?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「お客さんにはモーソンまででいいって言われてたんだが……、お連れさんが酔って寝ていたみたいでよ。料金はいいから家の前まで送るって言っちまったんだ」
大樟:「それで、どこまで送りましたか」
真山:(タクシー運転手)
真山:「地図で言うなら……この辺りのアパートだったかな」
呉山:「(ここは……、真山の住むアパート……)」
真山:(タクシーの運転手)
真山:「降ろしたはいいものの、ちょっと心配で……二人が家に入るまで見届けたんだ」
大樟:「介抱していた人物は、この写真のうちのどちらだったか、覚えていますか?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「いや……、顔までは。いろんなお客さんを乗せてるし、何より夜で暗かったしなぁ」
大樟:「……」
呉山:「よく思い出してみてください! 何か、印象的な特徴などはありませんでしたか?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「うーん……。どっちかというと……、こっちの兄ちゃんだった気がするけどなぁ」
0:運転手、真山の写真を指さす
呉山:「え……? こっちの人物でしたか!?」
大樟:「あの。重ねて質問よろしいですか?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「なんだ?」
大樟:「家に入っていくのを見届けたんですよね? そのとき、変わった様子や印象的な行動はありませんでしたか?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「? いや、特になかったけど」
大樟:「一部始終を説明できますか?」
真山:(タクシー運転手)
真山:「説明も何も……普通に家に入っていっただけだったよ。強いて言うなら、階段を上るのが大変そうだったか?」
大樟:「……なるほど。貴重なお話、ありがとうございました。ご協力、感謝いたします」
:
0:少し間
:
呉山:「結局、あの店員も運転手も、真山の写真を指さしてましたね……」
大樟:「そうだな」
呉山:「やはり三日も前の記憶となると、曖昧になるもんなんでしょうか……。これじゃ、参考になるかどうかも分かりませんね……」
大樟:「いいや。あの二人の証言は合っている」
呉山:「え? どういうことですか?」
大樟:「仮に介抱していたのが湊人さんだとしよう。ならば、なぜ自分の家ではなく、わざわざ真山の家に送ろうとしたんだ?」
呉山:「それは……居酒屋からなら、真山の家の方が近かったからではないでしょうか?」
呉山:「先月挙げた結婚式に真山も招待したと言っていましたし。住所を把握していてもおかしくはありません」
呉山:「LINEなどのメッセージに履歴が残っていたとしたら、運転手に説明するのも難しくないでしょうし」
大樟:「なら、なぜ真っ直ぐにその住所を伝えず、わざわざ最寄で停めようとしたんだ?」
呉山:「あ……」
大樟:「湊人さんはあまり遊び歩くような人物ではなく、そのうえ真山とも頻繁には会っていなかったという。住所を知っていても、実際に行くのはほとんど初めてだっただろう」
大樟:「なのに、どうして周辺に何があるか把握できていた? 知らないであろう道から、どうやって家に着こうとした?」
呉山:「地図アプリで検索すればたどり着けるのではないでしょうか?」
大樟:「寝ている男を担ぎながら、か?」
大樟:「それなら住所を伝えてアパートの前まで送ってもらった方が早いだろう」
呉山:「確かに……」
大樟:「それに、……あの運転手の証言」
呉山:「?」
大樟:「二人は『普通に家に入っていった』って言ってたな」
呉山:「はい。変わった様子はなかった、と」
大樟:「おかしいとは思わなかったか?」
呉山:「……?」
大樟:「仮に、お前が私を介抱したとしよう。酔って寝ている私を、家まで連れて帰ってくれた」
呉山:「は、はい」
大樟:「さすがに外に放置するわけにもいかない。鍵を開けて家に入れなければならない――そんなとき、お前ならどうする?」
呉山:「そりゃあ、鍵を探します。『先輩、すみませんっ!』とか言いながら、ポケットや鞄の中を……あ!!」
大樟:「気づいたか」
呉山:「もし介抱したのが湊人さんなら、その様子を運転手が見ていたなら……鍵を探している光景が目に入ったはず!」
大樟:「ああ。『印象に残らない』方がおかしいんだ。だったら、なぜ印象に残らなかったか」
呉山:「文字通り『普通に鍵を開けて家に入った』から……!」
大樟:「それができるのは、家主である真山だけだ」
呉山:「待ってください! だとしても、おかしいです!」
大樟:「ああ。そうなると、酔って寝ていたのが湊人さんだということになる」
呉山:「居酒屋のレシートには、酒類とソフトドリンクを頼んだ形跡があります。人前で飲まないようにしている湊人さんが、お酒を頼んだとは考えにくい……」
大樟:「あとは……真山の証言だ」
呉山:「嘘を言っているようには感じませんでしたが……」
大樟:「……してやられたな」
大樟:「確かに嘘は言っていない……が、本当のことも言っていない」
呉山:「と、言いますと?」
大樟:「あいつは、こう言っていたな」
:
真山:『そのあとは真っ直ぐ家に帰りました』
:
呉山:「あ……! 『帰宅した』とは言っても……『解散した』とは言っていない!」
大樟:「ああ。我々は『真っ直ぐ帰った』と聞いて、無意識に『そこで解散した』と思い込んでしまっていたんだ」
呉山:「となると……。真山は、湊人さんを家に連れ帰ったことを『意図的に隠した』ってことですか……?」
大樟:「そうなるな。どうやら、奴を重要参考人と断定してよさそうだ」
呉山:「ええ。……湊人さん、無事でしょうか」
大樟:「……っ。現状では、何とも言えない。だが、真山について洗う必要があるのは確かだ」
呉山:「一番身近なのは……アパートの住人でしょうか?」
大樟:「だな。当日やその前後に、何かを目撃している可能性はある。だが……聞き込みをするには、もう遅い時間だろう」
大樟:「明日、真山の近辺を洗うぞ! 呉山!」
呉山:「はい、先輩!」
:
0:間
:
由比:一人で眠るには広すぎるベッドの上
由比:玄関の鍵が開く音に目を覚ます
由比:今すぐに駆け出したいのに、目が開かない。身体が動かない
由比:
由比:「みな、と……? かえ、った、の……?」
由比:
由比:かすれた声を絞り出すと、寝室のドアが開いた
:
湊人:「由比」
:
由比:そこにいたのは、まぎれもなく湊人で
由比:駆け寄って抱きしめたいのに、やはり身体は動かなくて
由比:彼はゆっくりこちらに歩み寄ると、私の頭を優しく撫でる
:
湊人:「……由比」
由比:「み、なと……。おかえり……」
湊人:「……ただいま」
:
由比:彼は泣きそうな表情(かお)で微笑むと
由比:額にそっと口づけてささやいた
:
※:口づける部位は好きに変更していただいてかまいません
湊人:「……愛してるよ、由比」
0:
由比:「――っ!(目を覚ます)」
由比:
由比:夢に出てきたのと同じ、見慣れた部屋
由比:そこには誰もいなくて
由比:部屋のどこを探しても……湊人はいなくて
由比:
由比:あれから何度、夢を見ては絶望したことだろう
:
湊人:『これからもずっと、一緒にいようね』
:
由比:「お願い、湊人……。無事でいて……」
由比:「私たち、約束したじゃない……。ねぇ、湊人……、お願い……」
由比:
由比:
由比:「帰ってきて……」
:
0:長めの間
:
0:街中で湊人捜索のためのビラを配っている由比
由比:「夫が行方不明なんです! 些細なことで構いません、目撃情報などありましたら教えてください!」
0:行きかう人々に渡そうとしても素通りされてしまう
由比:「夫を捜しています! お願いします! ご協力を……きゃっ!!」
0:通行人にぶつかり転ぶ由比
0:ビラを落とし、地面にばらまいてしまう
由比:「うっ……。うぅ……」
0:泣きそうになりながらビラを拾う由比
0:そこに歩み寄り、ビラを拾う真山
由比:「……あ。あなたは、……真山、さん?」
真山:「このビラ、半分いただきますね」
由比:「え……?」
0:拾ったビラを配り始める真山
真山:「行方不明になった友人を捜しています! この人を捜しています! ご協力をよろしくお願いします!!」
由比:「真山さん……。ありがとうございます……!」
由比:「夫を探しています! ご協力をよろしくお願いします!」
:
0:少し間
:
真山:「ふぅ……。少しでも配り終えられてよかったですね」
由比:「真山さんが手伝ってくださったおかげです」
真山:「いえいえ。僕としても、湊人くんには一刻も早く見つかってほしいので……」
由比:「本当に……、ありがとうございます……」
真山:「……奥さん。あまり気負わないでくださいね」
由比:「……」
真山:「そうだ。あの喫茶店で、お茶でもいかがでしょう?」
由比:「すみません。ゆっくりしていられる気分じゃなくて……」
真山:「気持ちは分かりますが、少しは休憩もしないと。……湊人くんが戻ってきたときに、あなたがそんな疲れ切った顔でどうするんです」
由比:「……私、そんな顔してます?」
真山:「……ええ。なので、行きましょう」
由比:「は、はい……」
0:喫茶店へ向かう二人
:
0:間
:
0:真山の住むアパート
0:真山の部屋の隣人を訪ねる刑事ふたり
0:呼び鈴を鳴らす
湊人:(隣人)
湊人:「はぁーい」
0:ドアが開く
湊人:(隣人)
湊人:「どちらさまですか?」
大樟:「突然の訪問、すみません。警視庁の大樟と申します」
呉山:「同じく警視庁の呉山です」
0:警察手帳を見せる刑事ふたり
湊人:(隣人)
湊人:「え、警察……? 俺、何もしてないですけど」
呉山:「いやいや! あなたを逮捕しにきた、とかじゃないですよ!」
湊人:(隣人)
湊人:「え?」
大樟:「お隣に住んでいる真山秀実さんについて、何かご存知ですか?」
湊人:(隣人)
湊人:「隣……? いや、ご近所付き合いとかはないし、話したこともないので、なんとも……」
大樟:「数か月前に引っ越してきたそうですが、挨拶とかもありませんでしたか?」
湊人:(隣人)
湊人:「ないです、そんなん。たまに顔を合わせたら会釈をする程度で」
呉山:「そうですか……」
湊人:(隣人)
湊人:「あの……。何かあったんですか」
大樟:「……守秘義務がありますので、詳しくは言えませんが。我々はとある失踪事件について捜査しておりまして」
湊人:(隣人)
湊人:「失踪、事件……」
大樟:「失踪者と関係の深い人物について、聞き込みを行っているのです」
湊人:(隣人)
湊人:「それって……、その人がいなくなったのって、いつのことですか……?」
呉山:「四日前です」
湊人:(隣人)
湊人:「四日、前……。ま、まさか、な……」
呉山:「何か、ご存じなのですか!?」
湊人:(隣人)
湊人:「いや、俺の気のせいかもしれないし、よく覚えてないし……」
大樟:「些細なことで構いません。教えていただけますか?」
湊人:(隣人)
湊人:「……本当に、曖昧にしか言えないんですけど。隣から、大きな物音が聞こえたんです」
呉山:「物音?」
湊人:(隣人)
湊人:「俺、そのとき寝てたんですけど、その音で目が覚めて……。何かを落とした? みたいな大きな音がして……そのあとは静かになったから、また寝たんですけど」
大樟:「それは、何時ごろのことですか?」
湊人:(隣人)
湊人:「確か……朝の四時前だったと思います。日付が変わってるから、正確には三日前になるのかな……?」
大樟:「(湊人さんが失踪した日と重なっている……!)」
呉山:「そのほかに、見たものや聞いたものはありますか!?」
湊人:(隣人)
湊人:「いや……。ほかには何も」
呉山:「そうですか……」
大樟:「貴重なお話をありがとうございました」
0:
0:大家さん宅
由比:(大家さん)
由比:「二階の真山さん? さぁねぇ、あまりお話したことはないから……」
呉山:「そうですか……」
由比:(大家さん)
由比:「たまに顔を合わせたときに会釈をする程度よ」
大樟:「(交友関係は軽薄か……)」
呉山:「四日前から今日(こんにち)まで、すれ違ったり顔を合わせたりも全くありませんでしたか?」
由比:(大家さん)
由比:「あぁ。そういえば……」
呉山:「何か、思い出したことが?」
由比:(大家さん)
由比:「三日前の午前中だったかしらねぇ。真山さんが、大きなクーラーボックスを持って家に入るのを見たわ」
大樟:「クーラーボックス? どれくらいの大きさだったか、覚えてますか?」
由比:(大家さん)
由比:「確か……、このくらいの……(手でサイズを示す)」
由比:「大きくて、横に四角いやつだったわ」
呉山:「ずいぶん大型のクーラーボックスですね」
由比:(大家さん)
由比:「釣りかキャンプでもするつもりだったのかしら?」
真山:(住人)
真山:「あの~」
由比:(大家さん)
由比:「あらぁ! こんにちは!」
呉山:「あなたは……?」
真山:(住人)
真山:「このアパートに住んでる者っす。今の話、ちょっと聞こえちゃいまして」
大樟:「ということは、あなたも真山秀実さんについて、ご存じなことが?」
真山:(住人)
真山:「真山秀実さんって、あの部屋の人ですか?」
0:住人、真山の部屋を指さす
呉山:「ええ、そうです」
真山:(住人)
真山:「なんか、あの部屋に荷物がいっぱい運ばれてたんですよね~。二階だし、重そうな荷物だし。宅配の人、大変そうだったなぁ」
大樟:「それは、何時ごろのことですか?」
真山:(住人)
真山:「夕方の四時ごろかなぁ?」
呉山:「荷物の中身までは……分からないですよね」
真山:(住人)
真山:「さすがに、そこまではなぁ」
大樟:「では、どこの運送会社だったかは覚えていますか?」
真山:(住人)
真山:「確か、クロイヌナデシコだったと思う」
呉山:「ほかに覚えていることは?」
真山:(住人)
真山:「俺は、それくらいかな」
由比:(大家さん)
由比:「私も、それくらいね」
大樟:「分かりました。ご協力、感謝いたします」
0:
呉山:「大きな物音、クーラーボックス、重そうな荷物……」
大樟:「……」
呉山:「少しずつ、核心に迫っている気がします。……もしかしたら、湊人さんは」
大樟:「(セリフをさえぎるように)
大樟: 荷物の中身がなんだったか調べないことには、決めつけるにはまだ早い」
呉山:「……っ、……はい」
大樟:「私は運送会社に問い合わせてみる。お前は、近くのホームセンターへ行き、証言のウラを取ってきてくれ」
呉山:「分かりました!」
大樟:「(頼む……! 杞憂であってくれ……!)」
:
0:間
:
0:喫茶店に入る由比と真山
0:ドアのベルが鳴る
湊人:(店員)
湊人:「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」
真山:「はい」
湊人:(店員)
湊人:「空いてる席へどうぞ」
真山:「この辺りでいいですか?」
由比:「ええ、どこでも」
0:席に座る由比と真山
湊人:(店員)
湊人:「お冷を失礼いたします(二人の前に水の入ったグラスを置く)」
湊人:「ご注文がお決まりでしたら、お呼びください」
真山:「では、コーヒーをひとつ」
由比:「私も、同じものを」
湊人:(店員)
湊人:「かしこまりました。コーヒーを二つ、ですね。少々お待ちくださいませ」
0:店員、立ち去る
0:しばらく沈黙
由比:「……あの」
真山:「はい」
由比:「結婚式、来てくださってましたよね」
真山:「あぁ、はい。……覚えていてくださっていたんですね」
由比:「古い友人だと、夫から聞いていましたので」
真山:「……そうですか。……あれから、一か月経ったんですね」
由比:「……」
真山:「まだこれからだっていうときに……こんなことになるなんて」
由比:「……ええ。でも私は、夫が生きて帰ってくると信じています」
真山:「……」
由比:「あの」
真山:「はい」
由比:「あの日の夜、夫に会っていたんですよね?」
真山:「……はい」
由比:「あの人、何か言っていませんでしたか?」
真山:「何か、といいますのは……?」
湊人:(店員)
湊人:「お待たせいたしました。コーヒーでございます」
真山:「あぁ、どうも」
0:店員、二人の前にコーヒーを置く
湊人:(店員)
湊人:「失礼いたします。ごゆっくりどうぞ」
由比:「ありがとうございます」
0:店員、立ち去る
真山:「それで、さっきの質問のことなんですが」
由比:「警察の方が来られたときに訊かれたんです。『失踪しうる要因になるような出来事や悩みは抱えてなかったか』と」
真山:「ええ」
由比:「私が知る限りでは特にそういったことはなくて」
真山:「最近、夫婦喧嘩をしたりとかはなかったんですか?」
由比:「喧嘩なんてしたことありません」
真山:「……そうですか」
由比:「それに、あの人……すぐに一人で抱え込もうとするから。仕事のこととかも、あまり話してくれなくて」
真山:「なるほど」
由比:「真山さんにしか話していないこともあるんじゃないかと思いまして。……何か、仕事のことや人間関係について」
真山:「……いや。僕の記憶には、ないですね」
由比:「……そうですか」
真山:「もっとも、あのときはお互いに酔っていましたし、何を話したかほとんど覚えていないんですけどね。ははは……」
由比:「……『お互いに酔ってた』?」
真山:「?」
由比:「夫が、お酒を飲んだんですか?」
真山:「……何か?」
由比:「ありえません」
真山:「……」
由比:「夫は下戸なんです。人前でお酒を飲むなんて、ありえない」
真山:「……下戸だって、たまには飲みたくなることもあるでしょう。それよりも、……奥さん」
由比:「?」
真山:「女性にこのようなことを指摘するのは不躾かもしれませんが」
由比:「……何か、ついてます?」
真山:「化粧、落ちてますよ」
由比:「……え?」
真山:「直してきたらどうですか?」
由比:「は、はぁ……。では少し……」
真山:「ええ」
:
0:少し間
:
由比:「(少し直してきたけど……言うほど崩れていたかしら?)」
0:席に戻る由比
由比:「お待たせしました」
真山:「いいえ、全然」
0:コーヒーをひとくちすする真山
由比:「……あら?」
真山:「? どうかしましたか?」
由比:「その手の傷は……火傷ですか?」
真山:「え……?」
由比:「あ、すみません。目に入ったものでして」
真山:「……コーヒー、冷めますよ」
由比:「え? あ、はい……」
0:コーヒーを飲もうとする由比
0:カップごと落とし、コーヒーが服にかかる
由比:「きゃっ!」
真山:「……チッ(聞こえるか聞こえないかくらいの舌打ち)」
真山:「大丈夫ですか!?」
由比:「はい……」
真山:「服が濡れてしまいましたね……」
由比:「このくらい、平気です」
真山:「でも、このあともビラ配りするんでしょう? さすがにそのままでは……」
真山:「もしよろしければ、僕の家で洗いましょうか?」
由比:「……え?」
真山:「乾くまでは別の服を貸します」
由比:「……。……ありがとうございます。では、お言葉にあまえて」
真山:「そしたら、出ましょうか」
由比:「ええ」
0:お会計を済ませ、喫茶店を出るふたり
湊人:(店員)
湊人:「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
:
0:間
:
大樟:「貴重なお話をありがとうございました。ご協力、感謝いたします」
0:クロイヌナデシコ運送会社をあとにする大樟
0:呉山に電話をかける
呉山:『もしもし、呉山です』
大樟:「呉山。そっちの状況はどうだ?」
呉山:『ウラ、取れました。アパートの最寄りにあるホームセンター・ナカムラで、真山がクーラーボックスと耐熱用手袋を購入している姿が防犯カメラに映っていました』
大樟:「そうか」
呉山:『また、店員の一人から証言を得まして。ドライアイスを購入できる場所を尋ねられ、ホームセンターから少し離れた場所にある氷販売店を案内したそうです』
大樟:「そこでのウラも取れたか?」
呉山:『はい。ドライアイスを購入し、クーラーボックスに詰めている真山が、防犯カメラに』
大樟:「……ドライアイス、か」
呉山:『先輩はどうでしたか? ……荷物の中身は』
大樟:「ドライアイスだった。当日便で大量に注文していたようだ」
呉山:『クーラーボックスにドライアイス……。先輩、これって……』
大樟:「とりあえず、合流するぞ」
呉山:『わ、分かりました! 私がそちらへ向かいます!』
大樟:「ああ」
0:電話を切る
大樟:「くそっ……!! くそがっ……!!」
0:握りこぶしで近くにあった塀を殴る
大樟:「数々の証言、行動……これらの情報から、真山が犯人なのは確かだ。湊人さんは……、おそらく、もう……」
0:悔しさと怒りに歯を食いしばる大樟
大樟:「だが、揃っているのはあくまで状況証拠でしかない……。物的証拠がなければ……。何か、何か決定的な証拠はないか……?」
0:大樟のスマフォが鳴る
大樟:「……なんだ? 電話? ……非通知?」
0:少しためらい、電話に出る大樟
大樟:「もしもし」
湊人:『……』
大樟:「……もしもし? どなたさん?」
湊人:『日名並(ひななみ)二丁目、十番地』
大樟:「!?」
湊人:『サンハイツ・カザネ……二〇三号室』
大樟:「それは、真山の住所……!? もしもし、あなたは――」
湊人:『妻を、助けてください』
:
大樟:最後まで名前を告げなかったその人は
大樟:それだけ言い残し、電話を切った
大樟:
大樟:「――っ!!」
:
0:再び呉山に電話をかける大樟
呉山:『もしもし。先輩、どうしました?』
大樟:「合流場所を変更する!」
呉山:『はい!?』
大樟:「真山のアパート前に、今すぐ来い! 銃の所持も使用も、許可する!!」
:
0:間
:
0:真山の部屋にて
真山:「どうぞ、狭いところですが」
由比:「お邪魔します」
真山:「拭くものと着替えを用意しますので、座ってお待ちください」
由比:「ありがとうございます」
0:真山、別室へ
由比:「……」
由比:
由比:座っているように言われたものの、私はそんな気になれず、うろうろと歩き回っていた
由比:生活感のない部屋を見回しながら、やはり先程の違和感が拭えなかった
:
真山:『お互いに酔っていましたし――』
真山:『下戸だって、たまには飲みたくなることもあるでしょう』
:
由比:そうかもしれないけど……でも
由比:あの湊人がお酒を飲むなんて、想像ができない――
由比:
由比:悶々と思考を巡らせていた、そのときだった
:
湊人:「……ろ」
由比:「……え?」
湊人:「に……ろ……」
:
由比:かすかに、声がした
由比:それをたどる。閉ざされた引き戸の前に立つ
由比:
由比:「ここから……、声が聞こえる……?」
由比:
由比:その引き戸に手をかけた瞬間だった
:
湊人:「来るな、由比!! 逃げろ!!」
由比:「!!」
由比:
由比:はっきりと、聞こえた
由比:まぎれもなく――湊人の声だ
由比:
由比:「そこに、いるの……?」
0:引き戸を開ける由比
由比:殺風景な畳の部屋
由比:不自然に積み上げられた荷物
由比:私は導かれるように、押入れへと進む
0:押入れを開ける由比
由比:下の段に、大型のクーラーボックスが置いてあった
由比:それをおそるおそる開ける
由比:
由比:「……っ!」
由比:
由比:いた
由比:湊人が、いた
由比:
由比:「こんなところに……、いたのね……」
由比:
由比:彼の身体には、ところどころ火傷の跡がついていて
由比:首には青黒く痛々しい痣が刻まれていて
由比:
由比:眠っているような表情をしているのに
由比:
由比:触れると――冷たかった
:
0:由比の背後で「ガタン!」と大きな音が鳴る
0:振り向くと、ひも状のものを持った真山が迫ってきている
由比:「っ!!」
0:ひもは避けたが、足がもつれて立ち上がれず、その場で転ぶ由比
0:積み上げられた荷物が崩れる
0:馬乗りになり、由比の首を絞める真山
※:首の絞められ方はセリフ通りじゃなくて構いません。思った通りにやってください
由比:「がはっ……!! あ、ぁ……」
真山:「よくないですねぇ……。人んちを勝手にあさるのは」
由比:「が……、あ、ぐっ……」
真山:「本当は殺すつもりなかったんですけどねぇ……。あなたが悪いんですよ? 余計なことに気づくから」
由比:「ぅ……、ぅぅっ……」
真山:「あの睡眠薬入りのコーヒーを飲んでさえくれれば、もっと楽に逝かせてあげられたんですけど……残念でしたね」
由比:「……に、した、の」
真山:「……はい?」
由比:「みな、と、に……、なに、したの……」
真山:「あぁ……。ふふっ」
真山:
真山:「気持ちよかったですよ――あなたの旦那さん」
:
由比:「あ、あぁぁ……、あああぁぁぁああぁぁぁああ!!!」
:
0:由比、手の届く位置にあった物をにぎり、真山の頭を殴る
真山:「ぐあっ!!」
0:ひるんだ隙に真山を突き飛ばす由比
0:馬乗りになり、足で真山の手を踏んで拘束
0:真山の首を絞める
真山:「がぁっ……!」
由比:「ああぁあぁぁぁぁぁああああぁぁぁ!!!(言葉にならない叫び声)」
真山:「ぐぅっ……、あ……」
由比:「許さない、許さない許さない許さない許さない許さない!! あんただけは!! 絶対に――!!」
0:突入し、銃を構える大樟と呉山
大樟:「警察だ!! 動くな!!」
呉山:「お、奥さん!! 何やってるんですか!!」
0:羽交い絞めにし、真山と由比を引き離す呉山
真山:「(はげしく咳き込む)」
由比:「離して!! こいつは!! こいつだけは! 私の手で殺すの!!」
呉山:「そんなことして! 旦那さんが喜ぶと思いますか!!」
0:暴れる由比
0:部屋の状況と開かれたクーラーボックスの中身を見てすべてを察する大樟
大樟:「詳しい話は署で聞かせてもらう。……真山秀実」
真山:「……」
大樟:「お前を、殺人の容疑で拘束する」
0:真山に手錠をかけ、連行する大樟
由比:「待って!! 待ちなさいよ!!」
呉山:「奥さん!! 落ち着いてください!!」
0:大樟と真山が部屋から去る
0:その場で泣き崩れる由比
由比:「いや……、いや……。返して……、返してよ……」
由比:
由比:「湊人を返してよぉぉぉぉぉぉ!!!」
:
0:間
:
呉山:その後、真山秀実は拘置所へ送検された
呉山:司法解剖の結果、以下のことが分かった
呉山:二園寺湊人の死因は、首を絞められたことによる窒息であること
呉山:手首に切り傷があったが、それは死後につけられたものであること――体内の血液の量が著しく少なかったことから、遺体の腐敗を防ぐために血抜きをしたものと考えられる
呉山:残った血液を採取し検査したところ、睡眠薬が検出された
呉山:また、身体についていた火傷の跡は、クーラーボックスに詰められていたドライアイスによるもので、真山の手についているものと同じものであった
呉山:さらに、遺体に付着していたDNAが真山のものと一致
呉山:体液が下腹部に多く付着していたことから、被害者は性暴行の末に殺害されたと推測された
0:
大樟:そして、取り調べにて
大樟:真山はすべての罪を認めた
:
0:間
:
0:取調室にて
0:尋問する大樟と、調書を取る呉山
真山:「はい。二園寺湊人を殺したのは私です。そのあと、二園寺由比を殺そうとしました」
大樟:「……動機は」
真山:「どっちから説明すればいいですか」
大樟:「……じゃあ、まず、湊人さんを殺した理由はなんだ?」
真山:「……」
大樟:「中学時代からの……親友じゃなかったのか」
真山:「……親友だなんて思ったこと、一度もないですよ」
大樟:「……なんだって?」
真山:「だって私は――湊人のことが、ずっと好きだったんです」
呉山:「……っ!」
大樟:「それは、恋愛感情という意味か?」
真山:「ええ、そうです」
真山:「湊人は……『何を考えているのかよく分からない』って、誰からも避けられていた私の、唯一の理解者でした。気がつけば、彼の優しさに惹かれていた……」
大樟:「……湊人さんは、それを知っていたのか」
真山:「いえ。男同士ですし、私自身がこの気持ちをひた隠しにしていたから。知らなかったと思いますよ、あのときまでは」
大樟:「……あのとき?」
真山:「大学が離れて、住む場所が離れて。社会人になって、湊人に彼女ができて」
真山:「一年前……結婚した、籍を入れたって嬉しそうに報告してきたときに、吹っ切れたと思ったんですけどね……」
真山:「会ってしまえば……無理だった」
大樟:「……詳しく聞かせてもらおうか」
0:
真山:四日前……。偶然会社で会って、飲みに行こうって誘って、最初はそれで満足だったんです
真山:奥さんといるはずの時間を、自分に充ててくれている。それだけで贅沢だって、それ以上望んじゃいけないって
真山:でも、時間が経つにつれて……湊人を帰したくないって思いが募った
真山:だから……湊人がお手洗いに席を立った隙に、彼が飲んでいたソフトドリンクに睡眠薬を仕込んだんです
0:
真山:家に連れて帰って、眠っている湊人を見ていました
真山:このときほど、不眠症でよかったと思った日はありません
真山:この可愛い寝顔を、ずっと見ていられる。ひとり占めできている
真山:一晩だけでいい。この寝顔を、見ているだけでいい
真山:そう思っていたはずなのに――
真山:
真山:魔が差してしまった
真山:
0:
真山:気がつけば服を脱がしていました
真山:寝ている人間の服を脱がすのって、案外大変なんですよ?
真山:でも……無我夢中でした
真山:この細い身体をめちゃくちゃに抱いてやりたい
真山:全部、俺で染め上げたい
真山:頭の中は、それでいっぱいでした
真山:
真山:寝ている間のことなら、きっとバレることはない
真山:湊人が起きないのをいいことに、好き勝手やっていました
真山:だけど――
0:
真山:「(脱がした上半身に舌を這わせる)」
湊人:「ん……、んぅ……」
真山:「(這わせた舌が、下の方へ)」
湊人:「ん、ひぃ……、あっ……」
湊人:「……え?(目を覚ます)」
真山:「!!」
湊人:「秀実……? なに、これ……? なに(してんの)」
真山:「(セリフをさえぎるように無理やり口づける)」
湊人:「んっ! んんっ……!」
0:湊人、抵抗し真山を引きはがす
湊人:「っはぁ……! ……ねぇ。これ、何の冗談?」
真山:「……」
湊人:「なんで、僕も秀実も裸なの……? ここはどこ……?」
真山:「……」
湊人:「とりあえず……そこ、どいてよ」
真山:「いやだ。……っ」
湊人:「う、あぁっ……!」
真山:「力抜いて、湊人」
湊人:「痛い、痛いっ……!!」
真山:「大丈夫、大丈夫だから……俺と、ひとつになろう?」
湊人:「やだ……、やめてよぉ……! あぁぁ、あぁぁぁああ!!(喘ぎより悲鳴に近い感じで)」
0:
真山:泣き叫ぶ湊人を組み敷くのに、罪悪感はありました
真山:けど、それ以上に
真山:
真山:ひどく満たされた
真山:
真山:俺が侵しているのは、きっと誰も……あの嫁でさえ触れたことのない聖域だ
真山:俺が、俺だけが触れることを許されたんだ!
真山:
真山:いっそ――このまま寝取ってしまおう
真山:
真山:あのとき、湊人の中に何度『俺』を注いだことか
真山:あぁ、今思い出しても……これまでの人生の何よりも
真山:
真山:幸せな時間でした
:
0:
:
真山:「はぁ……、はぁ……」
湊人:「うっ……。うぅっ……(泣いている)」
真山:「最高だった……。湊人も、そう思うだろ?」
湊人:「(軽く鼻をすする)」
湊人:「なんで、こんなこと……」
真山:「……分からない?」
湊人:「……分かんないよ」
真山:「……好きだからだよ」
湊人:「え……?」
真山:「ずっと、ずっと好きだった……。ずっと、お前とこうしたかったんだ……」
湊人:「(軽く鼻をすすり、涙をぬぐう)」
湊人:「……そう」
0:湊人、そそくさと服を着る
真山:「湊人……? どうしたの……?」
湊人:「帰る」
真山:「え……」
湊人:「やりたいことができて満足したでしょ。……もう、僕に会えると思わないで」
真山:「待って!!」
0:立ち上がった湊人の手をつかんで引き留める真山
湊人:「……離して」
真山:「いやだ」
湊人:「頼むから、家に帰らせて」
湊人:
湊人:
湊人:「妻が待ってるんだ」
0:
真山:嫌でも思い知らされました
真山:身体は奪えても――
真山:心までは奪えないんだ、と
真山:
真山:そのとき、俺の中で
真山:
真山:何かが切れる音がした
:
0:
:
0:真山、湊人の手を引っ張り転ばせる
0:そこに馬乗りになり、湊人の首を絞める
※:首の絞められ方はセリフ通りじゃなくて構いません。思ったようにやってください
湊人:「があっ……! あ……、ぁ……」
真山:「なんで……、なんで俺を見てくれないんだよ……! こんなに……、こんなに好きなのに!!」
湊人:「あ……、が……」
真山:「ずっと見てきたのに!! 俺の方が!! 湊人のことを見てきたのに!!」
真山:
真山:「ずっと好きだったのに!!」
:
湊人:「ゅ……、ぃ……。……」
:
0:
:
真山:光の消えた瞳から、一筋の涙がこぼれた
真山:抵抗していた身体から力が抜け、呼吸が止まる
:
0:
:
真山:「ころ、した……? 俺が……、俺が……?」
真山:「あぁぁ……、ああああ……。……はは。はは、はははは」
真山:
真山:「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」
真山:
真山:「違う! 違う違う違う違う!! 俺が! あいつから!! あの嫁から寝取ってやったんだ!! 身体も!! 心も!!」
真山:「湊人は俺のものだ!! これで全部!! 俺のものだ!!」
0:ひとしきり笑ったあと、湊人に覆いかぶさるように抱きしめる真山
真山:「もう二度と、離さないからな……湊人」
:
0:
:
呉山:「お前!!」
0:真山の胸ぐらをつかむ呉山
呉山:「自分が何をしたか、分かってるのか!?」
大樟:「落ち着け!! お前は調書を取るんだ」
呉山:「……はい」
0:再び調書を取る呉山
大樟:「……そのあと、どうした?」
真山:「湊人が腐らないように風呂場で血を抜けるだけ抜きました。そしてドライアイスとクーラーボックスを買い、冷やしました」
大樟:「火傷の跡は……ドライアイスの扱いでも間違えたか」
真山:「ドライアイスを包んでいた袋がね……破れてたんですよ。湊人が火傷しちゃって。慌ててドライアイスを取ろうとして、自分も火傷しました」
大樟:「そこまでして、遺体の保存にこだわった理由はなんだ?」
真山:「腐っちゃったら湊人が湊人じゃなくなっちゃうでしょ?」
大樟:「……湊人さん殺害の動機は分かった。なら、由比さんを殺そうとした理由はなんだ?」
真山:「殺すつもりはありませんでした。近づいたのだって……優越感に浸りたいだけだった。あいつの知らない湊人の居場所を、俺は知ってるんですから」
真山:「でも、話しているうちに勘ぐられて、怪しまれて……こいつは消そうって思った。……いや。本当は、それ以上に――」
真山:
真山:「あいつが、憎かった」
:
大樟:「……」
呉山:「……」
真山:「刑事さんに分かりますか? ずっと恋焦がれてきた人が、ぽっと出の女に、いとも簡単に取られた俺の気持ちが……。俺は、ずっと伝えられなかったのに……」
真山:「あいつから湊人を寝取って、奪って……やっと、ずっと一緒にいられると思ったのに……。なのに、なのに……!!」
真山:
真山:「どいつもこいつも……、邪魔しやがってえぇぇぇぇぇぇ!!」
0:
呉山:この取調べから数日後。家宅捜索により、真山の住むアパートの浴室や浴槽から大量のルミノール反応が検出された
呉山:これまでの証言や押収された証拠から、警察は正式に真山秀実を犯人と断定。逮捕に至った
呉山:
呉山:また、二園寺由比が真山を絞首したことについて
呉山:正当防衛だと思われたが、身を守るための行為としては過剰であるとされ、認められず
呉山:さらに、それが殺意を以ての行動だったと本人が認めたことにより、殺人未遂罪として起訴された
呉山:しかし、夫を殺害された被害者であること、それによる憎悪から衝動的に起こした行動であり、計画性のない犯行であったことから情状酌量の余地があると看做(みな)され、執行猶予が与えられた
呉山:よって彼女は今、釈放されている
0:
大樟:「(深いため息)」
呉山:「……嫌な事件でしたね」
大樟:「まったくだ」
呉山:「……由比さんは、これからどうなるんでしょうか」
大樟:「そこまでは我々の仕事ではない。……前を向いて生きてくれるよう、願うしかないだろう」
呉山:「そうですね……。それにしても、先輩」
大樟:「なんだ?」
呉山:「あのとき、どうして合流場所を真山の住むアパートに変えたんですか?」
大樟:「あぁ。匿名で電話があったんだ。あのアパートの住所だけ告げてすぐに切れたんだけどな」
呉山:「匿名、ですか……。どうして署にではなく、先輩の携帯に?」
大樟:「さぁな」
大樟:
大樟:「それにしても……あの電話は、いったい誰からだったんだろうか?」
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0:間
:
由比:「どうして……? どうして、いつも縄が切れるの……?」
0:リビングに座り込む由比
0:手には切れた縄、そばには倒された椅子
由比:「どうして……、また失敗しちゃうの……?」
0:嗚咽を漏らす由比のそばに立つ湊人
湊人:「由比……。また、死のうとしているんだね……」
0:由比を抱きしめる湊人
0:由比にはその姿は見えていないし、声も聞こえていない
由比:「何回首を吊っても、何回飛び降りようとしても……、いつもいつも、邪魔される……」
湊人:「何回邪魔しても……君は、死のうとする」
由比:「死にたいのに……」
湊人:「ダメだよ」
由比:「湊人のところに、いきたいのに……」
湊人:「君はまだ、こっちに来ちゃいけない」
由比:「あなたがいないなら……、生きてる意味なんてないの」
湊人:「僕がいなくても……、君には幸せでいてほしい」
由比:「ねぇ、お願いだから――」
湊人:「どうか、お願いだから――」
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由比:「死なせて……」(できれば同時に)
湊人:「生きて」(できれば同時に)
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