台本概要

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タイトル 絵描きと花嫁
作者名 砂糖シロ  (@siro0satou)
ジャンル ホラー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 60 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 男女サシ・サスペンスホラー・グロテスクな表現を含む・男女ともに叫びあり
【あらすじ】
舞台は1970年代のアメリカ。
大通りを抜けた街角に、小さなアトリエで花嫁を専門に絵を描いている無名のしがない絵描きがいた。
彼の名はセオドア。セオドアには隠されたもう一つの顔があった。それは…12人もの花嫁を殺害したシリアルキラーとしての顔だ。
今日もまた、彼のもとに一人の美しい花嫁が訪れる。
「…もうすぐだよ、イレーヌ。君の……いや。君と僕の、最高の結婚式の始まりだーーー。」

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
セオドア 217 セオドア・ロンベルト 20代の男性。絵の才能と外見に恵まれた花嫁専門の絵描き。気取った言い回しをよくする。 幼い頃の境遇から、変わった性的嗜好を持ち、これまでに12人もの花嫁たちを殺してきたシリアルキラー。 (終盤に『男』役のセリフ有)
イレーヌ 215 イレーヌ・ビスマルク 20代の女性。美しく、豊かなブロンドヘアーの花嫁。花嫁姿を絵画にしてもらうべくセオドアのもとを訪れる。しかし、本当の姿は偶然セオドアに呼び出された悪魔、ソロモン七十二柱(ななじゅうふたはしら)、序列第五十六位。侯爵、グレモリー。 (終盤に『女』役のセリフ有)
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:絵描きと花嫁 : : セオドア:M(僕はセオドア。この小さなアトリエで花嫁を専門に絵を描いている、無名のしがない絵描きだ。 : セオドア:だけど、僕には才能があった。素晴らしい絵の才能だ。結婚間際の女性が最も美しく輝く瞬間。その限られた一瞬の輝きを、一枚の絵画としておさめる。それが、僕の仕事でもあり、最高の生き甲斐でもあった。) : : 0:アトリエの扉をおずおずと開き、中を覗くイレーヌ イレーヌ:……ごめんください。 セオドア:…っ、客…? イレーヌ:あの……「バンズ・アトリエ」と言うのは、此方で合っているかしら? セオドア:あっ、えっと…うわぁっ!! イレーヌ:きゃあっ! 0:足元のバケツに躓き盛大に転ぶセオドア セオドア:いってててて…。 イレーヌ:…大丈夫ですか? セオドア:ええ。 セオドア:あっ、しまった…バケツの水が……。すみません、手についた絵の具を水で洗い落としていた所だったもので…。 セオドア:服には掛かりませんでしたか? イレーヌ:えぇ、私は平気みたい。だけど、あなたのシャツ、濡れて赤くなってしまっているわ。 セオドア:っ!……あちゃあ…。 セオドア:(軽く咳払い)お気になさらず。…それで?本日は絵のご依頼で? イレーヌ:ええそうっ、そうなの! イレーヌ:私、再来月結婚式を挙げるんです!結婚前に肖像画を描いてもらうのが最近巷で流行っていると聞いて! セオドア:なるほど。 イレーヌ:…ここでそう言った絵を描いてもらえると聞いたのだけれど…。 セオドア:えぇ。あぁ、まずはご結婚おめでとうございます。 セオドア:レディーの仰る通り、此方は「バンズ・アトリエ」で間違いありません。ブライド専門のアトリエで、私(わたくし)は画家のセオドア・ロンベルトと申します。 イレーヌ:あぁ、良かった!こちらで合っていたのね。 0:ノートを捲るセオドア セオドア:……失礼ですがお名前を窺っても? イレーヌ:っ、イレーヌです。イレーヌ・ビスマルク。 セオドア:イレーヌ……。頭文字のイニシアルは「I」ですか?それとも「E」? イレーヌ:「Y」ですわ。 セオドア:…「Y」?…綴りはワイ・アール・イー・エヌ・イー? イレーヌ:えぇ。珍しいでしょう? セオドア:そうですね。…珍しくて、とても美しい名前だ。 イレーヌ:まぁ、お上手ね。 0:ノートを閉じるセオドア セオドア:本来であれば、先に予約を取っていただく決まりなのですが…。 イレーヌ:えっ?そうだったの?ごめんなさい、私ったら…。 セオドア:いえ。結婚式まで猶予も無いようですので、今回は特別にお入れいたします。その代わり…。 イレーヌ:っ!代金の事なら気にしないで?夫がいくらでも出すと言ってくれているから! セオドア:いえいえ、割増しで頂くつもりは毛頭有りません。ただ、他の方に秘密にしていただければ、と。 イレーヌ:……秘密に?…それは、どうして? セオドア:ビスマルク様だけ特別扱いしたと知られれば、他のお客様からの信頼が落ちてしまいかねますので。 イレーヌ:あっ、そうよね!わかりました。勿論、他言いたしませんわ! セオドア:(微笑む) : セオドア:それでは…こちらの椅子へ。 : セオドア:M(イレーヌ・ビスマルク。彼女は最高の被写体だった。 セオドア:白磁の肌に波打つ豊かなブロンドヘアー。最上級のアクアマリンで作られたかの様に美しく輝く瞳。しなやかな曲線を絵描く肢体。熟れたイチゴみたいに瑞々しく形の良い蠱惑的(こわくてき)な唇。そして……「Y」のイニシアル。) : セオドア:M(全てが完璧だった! セオドア:彼女を見た瞬間、雷に打たれたような強い電撃が僕の身体を走った。この女性をモデルに絵を描けば、これまで手掛けたものを遥かに凌ぐ、僕至上最高の芸術作品を生み出せる!そして…、ふふふ。 セオドア:僕の心は喜びに大きく、大きく震えていた。) : イレーヌ:それで、いつから絵を始められたの? セオドア:六歳からです。母がその年の誕生日に十二色入りの絵の具を買ってくれて。 イレーヌ:まぁ、とても素敵なお母さまね! セオドア:えぇ。優しい母でした。 イレーヌ:………もしかして、お母さま……。 セオドア:(悲しく微笑む)……。父が貿易商だったので夫婦で外国に買い付けに行く事も多く。僕が十一歳の夏に、両親が乗っていた飛行機がエンジンの故障で墜落してしまって。 イレーヌ:まぁ…そうだったの……辛い思いをなさったのね。 セオドア:……。 : セオドア:あ、ビスマルク様、そのまま少しだけ顎を引いていただけますか? イレーヌ:えぇ……こうかしら? セオドア:素晴らしい、ありがとうございます。 イレーヌ:……ねぇ、貴方他にご家族は? セオドア:え? イレーヌ:ご結婚はなさっていないの? セオドア:あぁ…はは、恥ずかしながら独り身です。 イレーヌ:そうなの?貴方とってもハンサムだから私てっきり…あぁ、でも良い人はいらっしゃるんでしょう? セオドア:いえ、そちらも残念ながら。 イレーヌ:信じられない!こんな素敵な殿方を放っておくだなんて…。 セオドア:ははは、ありがとうございます。 イレーヌ:…ねぇ、ロンベルトさん。 セオドア:……何か? イレーヌ:貴方さえ良ければ、私がサロンで未婚のお友達にそれとなーく紹介して差し上げましょうか? セオドア:えぇっ!?いやいや僕なんて…。 イレーヌ:だって勿体ないわ、こんな街はずれで一生独り寂しく暮らすだなんて! セオドア:寂しく…ですか。 イレーヌ:えぇ!結婚って貴方が思っている以上に素晴らしいものよ?愛する人が傍に居て、悲しい事も辛い事も分かち合える。勿論、幸せだって。 セオドア:うーん…。 イレーヌ:貴方のご両親だってそうだったでしょう? セオドア:………そうですね。 イレーヌ:ね?そうしましょうよ。貴方程ハンサムだったらきっと立候補するレディーが沢山いるはず! セオドア:………いえ、折角のお申し出ですが、遠慮させていただきます。 イレーヌ:えぇ?どうして?……もしかして、あまり結婚に良いイメージが? セオドア:いえいえ、結婚が素晴らしいって事は勿論知っています。ここに来るお客様を始め、貴女が仰ったようにウチの両親もそうでしたから。 イレーヌ:……それなら、なぜ? セオドア:…ご存じのとおり僕はしがない絵描きです。今はありがたい事にお客様も途切れることなく好きな絵を毎日思う存分描かせて頂いています。 : セオドア:ですが、いつ食うに困る日が来てもおかしくないこの身の上で家庭を持つなんて…そんな無責任な事、僕はしたくありません。 イレーヌ:……。 セオドア:第一、ここ最近は仕事が忙しくてデートをする暇も取れないんです。そんなの、相手のご婦人にも失礼でしょう? イレーヌ:ロンベルトさん…。 セオドア:それに、僕は今の生活で寂しいなんて感じたこと一度もありません。生身の人間ではありませんが、恋人なら沢山いますから。 イレーヌ:…? セオドア:僕にとっては、美しい女性をモデルに描いた作品が恋人なんです。 イレーヌ:まぁっ。うふふふ…貴方って面白い方ね。芸術家に変わった方が多いって言うのは本当だったんだわ。 セオドア:おや、世間では芸術家ってそんな風に言われているんですか? イレーヌ:あっ……ごめんなさい、気を悪くしたかしら? セオドア:いえいえ、それならば僕も立派な芸術家だなと思いまして。 イレーヌ:……ぷっ、ふふふふ……あははははっ。本当ね、貴方は真の芸術家よ。 セオドア:お褒めにあずかり光栄です、お嬢様。 イレーヌ:あはははははは……。 : : 0:数日後 イレーヌ:こんにちわ、ロンベルトさん。 セオドア:やあ、イレーヌさん!散らかっているけど良ければそこに座って! イレーヌ:えぇ。 : イレーヌ:それにしてもすごい散らかり様ね。強盗でも入ったの? セオドア:ははは、本当に恥ずかしい限りだよ。昔っから僕は夢中になるとついつい周りを散らかしてしまう癖があるんだ。それで昔、ヘイビーが喉に布を詰まらせた事があって…。 イレーヌ:ヘイビー? セオドア:あぁ、犬だよ。毛並みの綺麗なゴールデンレトリーバーの女の子さ。 イレーヌ:犬を飼っていたの?すごいわ!私も大きな犬を飼うのが小さな頃からの夢だったの。 セオドア:へぇ!そうなんだね!それじゃあ、いずれ? イレーヌ:(目を伏せて)……いいえ。 セオドア:…?飼わないのかい? イレーヌ:……夫が、犬アレルギーなの。 セオドア:あー……そうか、それじゃあ、難しいね。 イレーヌ:えぇ…。 セオドア:………そうだ、イレーヌさん! イレーヌ:え? セオドア:良ければ犬の絵、描こうか? イレーヌ:え……っ!いいの!? セオドア:あぁ!代金は要らない、僕からの結婚祝いだ。 イレーヌ:ロンベルトさん!嬉しいわ! セオドア:ははっ、喜ぶのは絵を見てからにしてくれ。 : セオドア:あ、そうそう。絵と言えば、君の絵の素描(そびょう)があらかた終わったんだ。 イレーヌ:そびょう? セオドア:炭で描いた下絵、デッサンの事さ。 イレーヌ:まぁっ!私にも見せてくれる? セオドア:あぁ、勿論。 : セオドア:さあ、これだ。 イレーヌ:っ!素敵…まるで鏡を見ている様ね。 セオドア:あはは、それは大袈裟だよ。 セオドア:あとは、コレにウエディングドレスと結婚式で着けるアクセサリーを描き足すだけなんだけど…頼んでいた物は持ってきてくれたかい? イレーヌ:えぇ!……はい、これ。私が着るドレスのカタログ写真。 セオドア:これかぁ…ふぅん。…美しいロングトーンドレスだね。君のエレガントなイメージにピッタリだ。 イレーヌ:うふふ、ありがと。あぁそれと、こっちが当日に着けるアクセサリーよ。 セオドア:うわぁ、こんなに大きなエメラルド見たこと無いよ……色合いが素晴らしいね。 イレーヌ:夫の家に代々伝わる「エジプシャン・エメラルド」って言う貴重な石なんですって。 イレーヌ:かの有名な美女、クレオパトラの瞳をくり抜いて造った宝石とも言われているそうよ。 セオドア:それは…なんとも物騒だね。 イレーヌ:そうね。けれど、そんな言い伝えがあってもおかしくない程、大きくて美しいと思わない? セオドア:あぁ、確かに。じっと見つめていると何だか変な気分になってくる…。 : セオドア:いけない、いけない。魅了される前に君に返すよ。 イレーヌ:ふふっ。用意するものはこれで全部? セオドア:あぁ、完璧だ。さぁ、今夜中には素描を仕上げるぞ! : : セオドア:M(あぁっ、愛らしいイレーヌ。 セオドア:四角い麻布の上に作り上げられていく君は、無機質なキャンバスの上にありながらも星の女神の様に仄かな月明かりに照らされ、まさに壮麗であり優艶(ゆうえん)だ。そしてその美しさは、これから僕の手によって永遠のものとなる。 セオドア:あぁ、イレーヌ…イレーヌ、イレーヌイレーヌイレーヌ! セオドア:君が愛おしい。君が、恋しい。君が………欲しくて堪らない。) : : 0:数日後 イレーヌ:ねぇ、セオドア。 セオドア:ん? イレーヌ:……。 セオドア:どうしたんだい、イレーヌ。 イレーヌ:私最近……どこかおかしい? セオドア:え?……どうしてだい? イレーヌ:主人が…。 0:手を止めてイレーヌに身体を向けるセオドア セオドア:ご主人と何かあった? イレーヌ:………。 セオドア:……聞いて欲しい事があるなら話して?聞くよ。僕で良ければだけど。 イレーヌ:セオドア…。 : イレーヌ:近頃、何だか無性にイライラするの。 セオドア:イライラ? イレーヌ:えぇ…。今までなら、なんにも気にならなかった様な些細な事でも、急に耐えられない程の怒りが湧いてくるのよ。 セオドア:…例えば? イレーヌ:例えば…?……そうね、物の配置が少し違ったり、主人の帰りがいつもより数分遅れたりするだけでどうしようもなくイライラするわ。 セオドア:ふぅん…。 イレーヌ:それに…。 セオドア:それに? イレーヌ:何だか妙に喉がヒリつくし息苦しくなるの。私、どこか病気なのかしら? セオドア:(可笑しそうに)イレーヌ。 イレーヌ:? セオドア:きっとそれは、マリッジブルーだよ。 イレーヌ:マリッジ…ブルー? セオドア:あぁ。僕はブライド専門の画家だからね。君と同じ様な新婦をこれまで何人も見てきた。 セオドア:それは間違いなく、マリッジブルーだ。 イレーヌ:……そう、なのかしら。 セオドア:数週間後に結婚式を控えて忙しいのと、色んな不安を抱えているせいで君の身体が悲鳴をあげているんだよ。 イレーヌ:……。 セオドア:夜はちゃんと眠れているのかい? イレーヌ:……いいえ。 セオドア:食事は?ちゃんと摂ってる? イレーヌ:…吐き気や頭痛がする事もあって…。 セオドア:(溜息)イレーヌ。新婦の一番の仕事が何か、知ってる? イレーヌ:……完璧な式の準備? セオドア:いいや。 イレーヌ:それじゃ…ゲストのおもてなし? セオドア:…違うよ。 : セオドア:「美しくある事」だ。 イレーヌ:え…? セオドア:新婦は美しくなきゃいけない。その日の誰よりもね。 イレーヌ:……。 セオドア:あははっ、「そんなこと?」って顔だね、イレーヌ。 イレーヌ:…だって…。 セオドア:花嫁は、全ての憧れの象徴なんだ。 イレーヌ:あこがれ…。 セオドア:そう。結婚への、花嫁への、家庭を持つことへの。そして、幸せへの、ね。 イレーヌ:……。 セオドア:ふふ。ねぇ、イレーヌ。 イレーヌ:なぁに? セオドア:このままだと僕は、頬がコケて目の下に真っ黒な隈をつくった顔色の悪い、世界一「不幸せそう」な花嫁をこの大きなキャンバスに描く事になるんだけど? イレーヌ:あっ…。 セオドア:君はもしや…ハンサムで天才と謳われた僕の名声を地に落とそうと、商売敵達が送り込んだ彼等の手先だったのかい? イレーヌ:違うわっ! セオドア:本当にー? イレーヌ:本当よ!?私そんなんじゃ… セオドア:ぷっ…くっくっくっく…。 イレーヌ:…セオドア? セオドア:あははははははははっ! イレーヌ:っ!からかったのね、セオドア! セオドア:ひーっひっひっひ……っごめんごめん、イレーヌ! イレーヌ:酷い人!貴方ってば本っ当に酷い人だわ! セオドア:ごめんって、イレーヌ!そんなに叩かないでよ! イレーヌ:もうっ、知らないっ! セオドア:………怒ってる? イレーヌ:ふんっ! セオドア:……お詫びにこれ。君にあげるよ、イレーヌ。 イレーヌ:……? セオドア:布、取ってみて。 イレーヌ:……っ!これっ……犬の、絵? セオドア:あぁ、僕の家族だよ。 イレーヌ:この子が…ヘイビー? セオドア:そう。美人だろ? イレーヌ:ほんとね……綺麗な小麦色の毛並み…。それにこの表情。まるで…生きているみたい。 セオドア:……これで許してくれる? イレーヌ:……ふふっ、仕様(しよう)の無い人。 セオドア:……。 イレーヌ:許すわ。 セオドア:良かったー!一生口をきいてもらえなかったらどうしようかと! イレーヌ:大袈裟ね。一生だなんて。 : イレーヌ:…この絵が完成したらお別れなのに。 セオドア:……そうだね。だけど、完成までまだまだ時間はかかる。それこそ一生とは言わなくても数日はね。その間ずっとだんまりじゃ、お互い困るだろ? イレーヌ:えぇ、そうね。それじゃあ仲直りしましょ。 イレーヌ:それと、私は新婦の務めをしっかりと果たすわ。だから貴方は、最高の絵を仕上げてね。 セオドア:仰せのままに、レディー。 : セオドア:あ、そうだ。この間知り合いに貰った睡眠によく効くお茶があるんだ。良ければ君にも分けてあげるよ。 : : セオドア:(物悲しい鼻歌を歌う)~~~♪ セオドア:綺麗な綺麗な花嫁さん。純白のドレスを着せて豪奢(ごうしゃ)な宝石で飾り、血の様に真っ赤なルージュを塗って、仕上げに美しいブーケを持たせてあげよう。 セオドア:ほうら、これで世界一の花嫁が完成だ。 セオドア:もうすぐ…もうすぐだよ、イレーヌ。君の……いや。君と僕の、最高の結婚式の始まりだ。 : : 0:薄暗い部屋で椅子に拘束されているイレーヌはゆっくりと目を覚ます イレーヌ:………うっ…んん…。 0:椅子に拘束されたまま辺りを見回すイレーヌ イレーヌ:…はっ!……ここはっ!? イレーヌ:っ!?何これ、手錠!?……くっ、外れない…。 イレーヌ:誰か!誰か居ないの!? セオドア:シーーーー。レディーはそんな大声を出しちゃいけないよ。 イレーヌ:っ!!誰!?ここは何処なの!? セオドア:くくくっ…おはよう、イレーヌ。良く眠れたかい? イレーヌ:……その声…まさか、……セオドア…なの? セオドア:せぇーかぁーい。流石賢いイレーヌだ。声だけで僕だとわかるなんて。…いや、もしかして愛の力、かな? イレーヌ:セオドア!貴方、あのお茶…っ!……貴方が私に手錠をかけたの? セオドア:あぁ、そうだよ。残念ながらその手錠は鋼鉄製なんだ。無理に動けば君の美しい肌が傷つきかねない。どうかお願いだから暴れないでくれ。 イレーヌ:……どうしてこんなことを…っ!?…お金?お金が目的なの?それなら…っ! セオドア:(被せて)あぁ、違う、違うよイレーヌ!金なんてどうでも良い!そんな俗物的なもの、僕は興味ない! イレーヌ:!?……それじゃあ…。はっ!もしかして…エジプシャン・エメラルド…? セオドア:(深い溜め息)……がっかりだよ、イレーヌ。あんな石っころになんの価値があるって言うんだ。ふんっ、小石集めは五歳で卒業したよ。 イレーヌ:……だったら…何が目的…? セオドア:君さ。 イレーヌ:……え…私? セオドア:そうさ君だよ!美しいイレーヌ! イレーヌ:っ…。 セオドア:顔、声、髪、身体、……におい…。 イレーヌ:ひっ!! セオドア:完っ璧だぁ!君は全てが完璧なんだ!!! セオドア:僕の追い求めていた美の全てが凝縮されてできた存在!それが君だよっ、イレーヌ! : セオドア:どんな肉塊から生まれればそんなに美しく仕上がるんだ!どんな環境で育てばそれ程まで美しくなれる!?君には一体…、一体どれ程美しく甘い血が流れている…?僕に教えてくれないか、イレーヌ。 イレーヌ:やめて…、お願い、セオドア…。 セオドア:ああぁぁああぁああっ!君の声はまるで神が与えたもうた媚薬のようだよ!君のその声を聞く度に果てそうになるのを、僕がこれまで幾度となく我慢していた事に君は気づいていたかい!?あぁ、もはや形容しがたい! イレーヌ:……貴方…本当に、セオドアなの? セオドア:あぁ、そうだよ。幸運にも君と数日間、同じ部屋で同じ空気を吸った画家のセオドアさ。 イレーヌ:……。 セオドア:はっ、僕はねぇ、これまで画家として何人もの女性を手掛けてきた。 セオドア:結婚を前にした女性は実に良い…。幸せへの期待に輝きが溢れ、美しさが何倍にも増す。 : セオドア:…中でも特に最高だったのが…ベナ、エマ、アリア、ウルスラ、ティアナ、イザベラ、フランチェスカ、ユリス、リンジー、ローレン、アビゲイル、ディーン。 セオドア:彼女達は本当に美しかった。 イレーヌ:……アビ、ゲイル…?……もしかして、アビゲイル・ローハンの、事…? セオドア:おや…知り合いだった? イレーヌ:友人よ…貴方の事を教えてくれたのも、彼女だったわ。 セオドア:そうだったんだね!なぁんだ、先に言ってくれれば二人にサービスしてあげたのにぃ! セオドア:…ま、今となってはそのサービスも、君にしかしてあげられないんだけどね。ふっ、残念だよ。 イレーヌ:アビィの事、何か知ってるの!?彼女、数か月前に行方不明になったの! セオドア:それはそれは…。結婚が嫌で逃げ出したのかな? イレーヌ:そんなはずないわ!彼女、ダニエルと結婚するのずっと楽しみにしていたのよ!逃げるだなんてっ… セオドア:………くっくっくっく…。 イレーヌ:…?………セオドア? セオドア:………ふふふっ、そう言えば、紹介してなかったね。 0:後ろのカーテンを開けるセオドア、そこにはズラリを並ぶ十二枚の絵画がある イレーヌ:……何これ…。新婦達の、絵? セオドア:紹介しよう、このキャンバスに絵描かれた十二人の美しい貴婦人たちが、前に言った僕の恋人達さ。 イレーヌ:右から二番目の絵…もしかして、アビィ?……何…?これどういう事…。 セオドア:(被せて)あぁ、どうか勘違いしないで。これは彼女たちに依頼された絵画ではない。僕が僕の為に絵描いた作品さ! イレーヌ:っ!待って!……左の二枚目と五枚目、それに七枚目と八枚目の女性、見覚えあるわ! セオドア:……。 イレーヌ:……まさか。 セオドア:ふふ…。 イレーヌ:…ウソ…ウソ、なん、で…。 セオドア:ふふふふふふふふ…。 イレーヌ:皆…行方不明になってる女性ばかり………。 セオドア:あははははははっ!惜しいなぁ…行方不明者はその五人だけじゃない。 イレーヌ:…っ、貴方…まさか…! セオドア:そうっ!この美しい貴婦人たちは十二人みぃーーんな、もうこの世には居ない。 イレーヌ:っ!!貴方が殺したの!? セオドア:チッチッチッ、そんな俗物的な言い回し君には似合わないよ。 : セオドア:彼女たちはねぇ、僕が手掛け、そして僕に手を掛けられた女神たちだ! イレーヌ:っ…酷いわ…セオドア…。 セオドア:酷い?…よくわからないなぁ…どうして酷いんだい? イレーヌ:だって!貴方は…十二名もの命と人生を奪ったのよ!! イレーヌ:…それだけじゃない、彼女達を愛していた婚約者や家族からも大切な人を奪った! セオドア:うーん…だけど僕は彼女たちを救ったんだよ? イレーヌ:救った…? セオドア:そうさ。放っておけば着々と老いる。綺麗な花が数日後には枯れて散るように、綺麗な女性たちも朽ちて死ぬ頃にはしわくちゃの婆さんになってしまう。そうなる前に一番幸せで美しい時を切り取り、こうして芸術作品として永遠に残してあげた! セオドア:僕は奪ったんじゃない、永遠の美を与えてやったんだ! イレーヌ:なんて身勝手な…。 セオドア:老いからも生からも救った。それに、これからは僕が愛してあげるんだ。婚約者や家族以上にね。 イレーヌ:誰がそれを望んだと言うの…。 セオドア:僕さ。 イレーヌ:……。 セオドア:さぁ、イレーヌ。君の番だよ。 イレーヌ:…いや…来ないで。 セオドア:その美しい容姿に、「Y」のイニシアル。本当に君は完璧だ!まるで神が僕に与えたもうた天使だ! イレーヌ:なぜ…。 セオドア:あぁ、イニシアルにこだわる理由が知りたいのかい?それはねぇ、十二人の花嫁の頭文字を合わせれば、すぐにわかる♪ イレーヌ:かしら、もじ…? イレーヌ:…B、E、A、U、T………「美しい」…? セオドア:ふふふふ…。 イレーヌ:…最後がディーン。Dの後にYを入れると…「美しい貴婦人」…? セオドア:ほうら!完璧だろう!?最高の芸術にはミステリアスな暗号もなっくっちゃあねぇ! 0:涙を流すイレーヌ イレーヌ:……そんな…事の、為に…? セオドア:あぁ、どうして泣くんだい、イレーヌ? イレーヌ:来ないで! セオドア:悲しいのかい?…あぁ、勘違いしてるんだね?でも安心して、イレーヌ。 イレーヌ:来ないでったら! セオドア:君は十三番目の花嫁だけど、モチロン本妻にしてあげる。 イレーヌ:やめて!お願い! セオドア:だから彼女達に嫉妬する事はないよ。彼女達も愛していたけれど、これから僕が愛すのは、最後の花嫁の君だけだから。 イレーヌ:助けて!誰かぁっ!! セオドア:美しいイレーヌ。準備は整ったよ。さぁ、僕達の結婚式を挙げよう。 イレーヌ:いやぁああああああっ! : : 0:一転して、意識を失ったセオドアが椅子に拘束されている セオドア:………っ。 セオドア:…っ!?…何だこれは!?…なぜ僕が拘束されている!? イレーヌ:おはよう、セオドア。よく眠れた? セオドア:なっ!?イレーヌ!?どうして…っ。 イレーヌ:どうして?……あぁ、「どうして君が生きているんだ?」かしら? セオドア:……。 イレーヌ:うふふ、不思議そうね。……教えて欲しい? セオドア:……夢か? イレーヌ:夢…ねぇ。……んふふ、夢かもしれないわね。 : イレーヌ:ねぇセオドア、このドレスどう?貴方が似合うと言ってくれたウエディングドレス、着てみたの。 イレーヌ:似合っているかしら? セオドア:あ、あぁ。美しいよ、イレーヌ。…だけど君は、何だか先程とは別人みたいだ。 イレーヌ:あらぁ、貴方にそれを言われるなんて、なんだか滑稽だわ。(クスクス) セオドア:なぁ、イレーヌ、この手錠を外してくれないか?冷たくて重いし、手首に食い込んで…。 イレーヌ:えぇ、いいわよ。あたしもその気持ちよくわかるもの。だって…これ見て。 セオドア:ひぃっ!!手首が千切れて…っ! イレーヌ:貴方が椅子に縛り付けたままひどい事するから、あたしの腕、こんなになっちゃった…。 イレーヌ:貴方ってほんと、酷い人だわ。 セオドア:…こんなの、夢だよな…じゃなきゃ死体が動くなんて有り得ない…。 イレーヌ:……。 : イレーヌ:ねぇ、セオドア。一体どれが本当の貴方なの? セオドア:どれって…。 イレーヌ:優しい絵描きさん?それとも、意地悪なハンサムさん? セオドア:っ…はは…。 イレーヌ:それとも…親殺しの殺人鬼かしら? セオドア:なっ!?なぜそれを!?…調べたのか? イレーヌ:調べた…そうねぇ、「調べた」とも言うかしら。 セオドア:どうやって調べた!?俺の犯罪歴は全て消えているはずだぞ!? イレーヌ:書類は消せても…貴方の記憶は消せないわ。 セオドア:…は? イレーヌ:ちょっと頭の中を覗かせて貰ったのよ。パックリと開いて、ね。 セオドア:…一体何を言っているんだ…。 イレーヌ:あら、丁度そこに鏡があるわ。今の自分の姿、見てみたら? 0:セオドアは月明かりに照らされた自分の姿を見る セオドア:……? セオドア:っ!!! セオドア:うわぁあああああああああっ!!!何だこれ!!頭が!!俺の頭が!!! イレーヌ:ふふふ、だから言ったじゃない。「頭を開いて覗いた」って。 セオドア:たっ、助けて!助けてくれえええ!!! イレーヌ:あら、これは夢なんでしょう?だったら平気じゃない。 セオドア:ひぃ…ゆ、ゆめ…?…そ、そうだよな…頭開かれて…痛くないはずが…。そうだこれは夢だ!は、はは…はははは。 イレーヌ:……。 0:ここから本性を出すセオドア イレーヌ:貴方、随分ひどい事やって来たのね。それに、あたしに教えてくれた事はぜーんぶ嘘だった。 セオドア:ふんっ、信じる方が悪い。それに俺の人生だ。どう言おうが俺の勝手だろ。 イレーヌ:ふふっ、そうね。嘘は大したことではないわ。 0:うっとりと匂いを嗅ぐような仕草をするイレーヌ イレーヌ:…それに、ようやく貴方の本当の姿が見れそうであたし今、とってもワクワクしてる♪ 0:ぽつぽつと自白していくセオドア セオドア:………。あぁ、そうさ。君に言った事は全部嘘だ。俺に親父は居ない。貿易商どころか、おふくろがどこぞの馬とこさえた只の私生児だよ。 イレーヌ:そうみたいね。 セオドア:……そんな俺を、おふくろの父親は事あるごとに殴った。 イレーヌ:あら、可哀想。 セオドア:ジジイに言いなりのおふくろも、その母親でさえ…ガキの俺を守っちゃあくれなかった。食事もまともに与えられず、俺は毎日町中でゴミを漁っていた。町の連中には乞食扱いさ。 イレーヌ:……。 セオドア:そんな肥溜めみたいな生活に鬱憤(うっぷん)がたまっていた俺は、六つの時におふくろの姉貴を殺した。口ん中に布詰めて窒息死させてやったのよ。へへっ、あの女、漏らしながら泣いて俺に縋った。助けてくれってよ…。 イレーヌ:だけど貴方は助けなかった。…彼女が、ヘイビーね。くれた絵の通り、綺麗な小麦色の金髪だわ。 セオドア:……十一の時、ちょっとしたことでブチ切れて殴りかかって来た糞ジジイに俺はその場にあった灰皿を投げつけた。はっ、呆気なく死んだよ。それを見てゴキブリの様に逃げ惑うおふくろをフォークでめった刺しにし、ボケたババアを水桶で溺死させてやった……俺はその時、初めて自由を手に入れたんだ。 イレーヌ:そこまでなら、ありきたりな悲劇で終わるのにね…。 : イレーヌ:それをきっかけに殺人に対しての道徳心がバカになった貴方は、その後も次々と殺人を犯した。結婚目前の美しい女性達とそれ以前の犯行を含めれば…その数、三十人以上…。 イレーヌ:…良くもここまでやったものだわ。 セオドア:……。 イレーヌ:ねぇ、セオドア。貴方、悪魔って信じる? セオドア:悪魔だぁ?けっ、何を突然言うかと思えば…。 : セオドア:だけど、そうさな…昔の俺にとっちゃ、あの糞みたいな家族こそが悪魔だったよ。まぁ今となりゃ、よっぽど俺の方が悪魔らしいけどな。 イレーヌ:あら、自覚あるのね。 セオドア:ほっとけ。 イレーヌ:だけど、本物の悪魔はそんな生ぬるい物じゃなくてよ?ハンサムさん。 セオドア:はぁ? イレーヌ:ソロモンの七十二柱(ななじゅうふたはしら)ってご存じ? セオドア:…いや? イレーヌ:西南アジアにあるイスラエルの王「ソロモン」が使役したと言われている、七十二の悪魔の総称よ。悪魔たちは地獄に置いて各爵位を持ち、それぞれが異なった役割と異なった姿かたちを持っている。 セオドア:何だよ、急に…。 イレーヌ:ある者は獅子の身体にロバの頭、そしてまたある者は醜い老婆の姿をしている。特殊な魔方陣と方法を用いて召喚され、召喚されれば呼び出した主の為、良くも悪くもその願いを叶えるのよ。 セオドア:ははっ、まさか俺を生贄に、夢の中でその悪魔召喚の儀式でもおっぱじめようってのか、イレーヌ。 セオドア:絶世の美女かと思いきや…はっ、とんだイカレ女だぜ。 イレーヌ:残念だけど、不正解よ。ミスターセオドア。 セオドア:あ? イレーヌ:これから召喚するのではなく、もう召喚されている。 セオドア:……何? イレーヌ:この図形に見覚えは無いかしら? セオドア:あぁ……?…いや。 イレーヌ:あら、セオドア。大事な恋人の事はちゃんと知っておかなきゃダメじゃない。 セオドア:…何の話だ? イレーヌ:貴方の一番目の花嫁、ベナ。貴方が描いた彼女の絵。胸元を良く見てごらんなさい。 セオドア:……ベナが大事にしていたネックレス…? イレーヌ:そう。ベナ・ハミルトンの一家は代々続くサタニズム、つまり悪魔崇拝の家系なのよ。 セオドア:……。 イレーヌ:彼女が着けているネックレス。あれは悪魔召喚に使う魔方陣を模したアクセサリー。 セオドア:はぁっ? イレーヌ:この魔方陣に捧げるは大量の血肉と、十二の生贄。…あら、貴方の花嫁と頭数が一緒ね。素敵な偶然♪ セオドア:……。 イレーヌ:あたしの記憶が正しければ貴方と初めて会った日。セオドア、貴方赤い絵の具を水で洗い落としていたと言っていたわね。…だけど、それってちょっとおかしくないかしら? セオドア:……。 イレーヌ:貴方が書くのは油絵。油絵の絵の具は、水でなく専用の洗浄液、もしくは石鹸を使って落とすはず。…違う? セオドア:ははは…笑えるな。絵については素人だと思っていたのに。夢の中の君はまるで凄腕の探偵みたいだ。 イレーヌ:ほんと、笑えるわね。 : イレーヌ:古の魔方陣の前に偶然捧げられた生贄と、その血により遂行された召喚の儀式。 セオドア:(怯える)っ!?お、おい…お前の目、いつから赤く…? イレーヌ:その偶然の産物から呼び出されたるは、正真正銘本物の悪魔。 イレーヌ:(妖しく悶える)…んっ…んんっ………はぁ…。 0:ゆっくりとイレーヌの頭から双角が現れ肌が浅黒く変化していく セオドア:なっ…嘘、だろ……何だよその角…。それに…千切れた腕が元に戻っただと!? イレーヌ:ソロモン七十二柱(ななじゅうふたはしら)、序列第五十六位。侯爵、グレモリー。 セオドア:あ、あぁぁ…。 : イレーヌ:んふふ、初めて見る悪魔の感想は? イレーヌ:あぁ、勿論結婚の話は嘘よ。素性を偽っていた事について謝罪が欲しければ謝るわ。けれど…「自分の人生をどう言おうが勝手」だったわよね? セオドア:……は、はは、はははは…お、面白い夢だな…。 イレーヌ:この期に及んでまぁだ夢を見ているつもり?…んふふふふ、貴方って意外とおバカさんなのね。あぁ、それとも、やっぱり痛覚が無いと現実味って無くなる物なのかしら? セオドア:な、何の話だ…。 イレーヌ:それなら貴方の痛み、返してあげる。 セオドア:何?…っぐ、ぐああぁあああ頭がああああっ!!頭がぁああああ!! イレーヌ:あははははははははっ! セオドア:何でだ!!!夢だって、言った……のにっ、ぐああああっ! イレーヌ:くははははっ、「信じる方が悪い」、そうでしょ?セオドア。 イレーヌ:あたしはねぇ、過去や未来を知りそして嘘を見破る力を持つと言われている。 イレーヌ:まぁ実際にはこうやって、物理的に頭を切り裂いて直接詠み取っているだけなんだけど。 セオドア:くっそぉ……あぁ…痛ぇ…痛ぇよ…。 イレーヌ:モチロン、貴方の嘘もぜーんぶお見通しよ。貴方の絵の具で中毒症状を起こしかけていたあたしに真面目な顔して「マリッジブルー」だなんて、ほんと笑いを堪えるの大変だったわぁ。 セオドア:た、助けて…頭が…頭が…。 イレーヌ:ねぇ、ハンサムさん。痛みってすごいわよねぇ…。それだけで生きてるって実感できるんだもの。 セオドア:はぁ…はぁ…。 イレーヌ:痛みってどんな感じ?苦しいの?熱いの?それとも冷たい?痺れる?…教えてよ、セ・オ・ド・ア…。 セオドア:ぐぅうう…。 イレーヌ:悪魔って痛覚が無いのよ、知ってた?例え腕をちぎられても、なぁーんにも感じないの。 イレーヌ:貴方はどうかしら? 0:手錠が変形し、セオドアの手首が締め上げられる セオドア:ああああああっ腕が千切れるっ!くそっ、やめろ!やめてくれぇっ!! イレーヌ:場所によって痛みって変わるの?ねぇ、答えて。 セオドア:ああああっ、痛い痛い痛い痛い痛いっ!!! イレーヌ:あん、「痛い」だけじゃわからないわ。もっと詳しく…あ、そぉーだ。直接貴方の頭に聞けばいいのよ、ね? セオドア:ひっ、…寄るな!寄るなこの化物!! イレーヌ:あら、失礼ね。化物じゃなくて、悪魔よ。 0:セオドアの脳に爪を立てるイレーヌ セオドア:あっがぁああああ…。 イレーヌ:ふむふむ……なるほど、痛みにも鋭いとか鈍いとかあるのね。 セオドア:や……めろ……。たの…む。脳み、そ…を…かき混ぜ…る…。 イレーヌ:……やめて欲しい? セオドア:や、め、て……。 イレーヌ:うふふふふふぅ、いやぁよ。 セオドア:う…うぅ……いっそ…ころ、し、て…。 イレーヌ:貴方にとって、死は「救い」だと言ったわね。 : イレーヌ:罪もない女の命いくつも奪った罪人が自分だけ易々と救われたいだなんて、まさか本気で思っているわけじゃあ無いわよね? セオドア:うっ…ふぐっ……。 イレーヌ:泣かないで、セオドア。まだあたし、貴方の望みを叶えていないの。 セオドア:……ゴロ…ジ…デ……。 イレーヌ:いいえ、そうじゃない。それじゃないはずよ。 セオドア:あ…あぁあ…あ…。 イレーヌ:貴方の望み、それは……あたしと結婚すること、でしょう? : イレーヌ:…良いわ。返事は勿論「イエス」よ! イレーヌ:永久によろしくね、あたしの可愛い旦那様♪ イレーヌ:んふふふフフ……クはハハハハハ!!アーッはハハハははハハハハハ!!! : : 男:なぁおい、聞いたか。そこの通りに住んでいた絵描きが一週間前に失踪したって。 男:しかもそいつのアトリエから、十数もの女の死体が見つかったってよ…。 女:うっそ、それマジ? 男:あぁ。死体はみんな揃いも揃ってその絵描きに肖像画を依頼してた客だったらしいぜ。どれも行方不明になってた女ばっかで、そん中に最近ニュースになってた偉い教授の恋人も居たってよ。 女:あぁ、そのニュースならアタシも見たよ!バーモント大学の教授でしょ?失踪したのって、確かその婚約者の…ディーン・パットソンだっけ? 男:ああそれそれ!全員むごたらしく首切られて白いドレス着せられてたって。 女:なぁにそれ、ウエディングドレスってこと?死体と結婚でもするつもりだったわけぇ?うげぇ…。 男:さぁな。……っつーか近所にそんな殺人鬼が住んでたなんてよ。おちおち散歩も出来やしねぇ。 女:あーあ、早く捕まってくんないかな。怖くて表歩けないじゃない…。 男:なー。 女:…あ、ねぇ。その絵描き、何て名前なの? 男:あー、なんつったっけ………確か、「セオドア・バンディ」…。 : : イレーヌ:愚かなセオドア。愛に飢えたセオドア。 イレーヌ:貴方を愛し、貴方の歪んだ愛を受け入れましょう。貴方の吐いた嘘さえも、小鳥の心臓の様に小さく脈動し、あたしの欠けた心をそっと潤し満たしてくれる。 : イレーヌ:可愛いセオドア。愛しいセオドア。 イレーヌ:さあ…、貴方の世界に光は要らない。醜い世界を映すその汚く濁った瞳を放り捨てて、美しい地獄で、永遠の痛みと共に生きましょう。 イレーヌ:あたしは貴方の、花嫁…。共に痛みも、苦しみも、全ての感覚を分かち合って、生きて逝きマしょう? 0:胸にセオドアを抱いて、静かに妖しく笑うイレーヌ : 0:【終劇】

0:絵描きと花嫁 : : セオドア:M(僕はセオドア。この小さなアトリエで花嫁を専門に絵を描いている、無名のしがない絵描きだ。 : セオドア:だけど、僕には才能があった。素晴らしい絵の才能だ。結婚間際の女性が最も美しく輝く瞬間。その限られた一瞬の輝きを、一枚の絵画としておさめる。それが、僕の仕事でもあり、最高の生き甲斐でもあった。) : : 0:アトリエの扉をおずおずと開き、中を覗くイレーヌ イレーヌ:……ごめんください。 セオドア:…っ、客…? イレーヌ:あの……「バンズ・アトリエ」と言うのは、此方で合っているかしら? セオドア:あっ、えっと…うわぁっ!! イレーヌ:きゃあっ! 0:足元のバケツに躓き盛大に転ぶセオドア セオドア:いってててて…。 イレーヌ:…大丈夫ですか? セオドア:ええ。 セオドア:あっ、しまった…バケツの水が……。すみません、手についた絵の具を水で洗い落としていた所だったもので…。 セオドア:服には掛かりませんでしたか? イレーヌ:えぇ、私は平気みたい。だけど、あなたのシャツ、濡れて赤くなってしまっているわ。 セオドア:っ!……あちゃあ…。 セオドア:(軽く咳払い)お気になさらず。…それで?本日は絵のご依頼で? イレーヌ:ええそうっ、そうなの! イレーヌ:私、再来月結婚式を挙げるんです!結婚前に肖像画を描いてもらうのが最近巷で流行っていると聞いて! セオドア:なるほど。 イレーヌ:…ここでそう言った絵を描いてもらえると聞いたのだけれど…。 セオドア:えぇ。あぁ、まずはご結婚おめでとうございます。 セオドア:レディーの仰る通り、此方は「バンズ・アトリエ」で間違いありません。ブライド専門のアトリエで、私(わたくし)は画家のセオドア・ロンベルトと申します。 イレーヌ:あぁ、良かった!こちらで合っていたのね。 0:ノートを捲るセオドア セオドア:……失礼ですがお名前を窺っても? イレーヌ:っ、イレーヌです。イレーヌ・ビスマルク。 セオドア:イレーヌ……。頭文字のイニシアルは「I」ですか?それとも「E」? イレーヌ:「Y」ですわ。 セオドア:…「Y」?…綴りはワイ・アール・イー・エヌ・イー? イレーヌ:えぇ。珍しいでしょう? セオドア:そうですね。…珍しくて、とても美しい名前だ。 イレーヌ:まぁ、お上手ね。 0:ノートを閉じるセオドア セオドア:本来であれば、先に予約を取っていただく決まりなのですが…。 イレーヌ:えっ?そうだったの?ごめんなさい、私ったら…。 セオドア:いえ。結婚式まで猶予も無いようですので、今回は特別にお入れいたします。その代わり…。 イレーヌ:っ!代金の事なら気にしないで?夫がいくらでも出すと言ってくれているから! セオドア:いえいえ、割増しで頂くつもりは毛頭有りません。ただ、他の方に秘密にしていただければ、と。 イレーヌ:……秘密に?…それは、どうして? セオドア:ビスマルク様だけ特別扱いしたと知られれば、他のお客様からの信頼が落ちてしまいかねますので。 イレーヌ:あっ、そうよね!わかりました。勿論、他言いたしませんわ! セオドア:(微笑む) : セオドア:それでは…こちらの椅子へ。 : セオドア:M(イレーヌ・ビスマルク。彼女は最高の被写体だった。 セオドア:白磁の肌に波打つ豊かなブロンドヘアー。最上級のアクアマリンで作られたかの様に美しく輝く瞳。しなやかな曲線を絵描く肢体。熟れたイチゴみたいに瑞々しく形の良い蠱惑的(こわくてき)な唇。そして……「Y」のイニシアル。) : セオドア:M(全てが完璧だった! セオドア:彼女を見た瞬間、雷に打たれたような強い電撃が僕の身体を走った。この女性をモデルに絵を描けば、これまで手掛けたものを遥かに凌ぐ、僕至上最高の芸術作品を生み出せる!そして…、ふふふ。 セオドア:僕の心は喜びに大きく、大きく震えていた。) : イレーヌ:それで、いつから絵を始められたの? セオドア:六歳からです。母がその年の誕生日に十二色入りの絵の具を買ってくれて。 イレーヌ:まぁ、とても素敵なお母さまね! セオドア:えぇ。優しい母でした。 イレーヌ:………もしかして、お母さま……。 セオドア:(悲しく微笑む)……。父が貿易商だったので夫婦で外国に買い付けに行く事も多く。僕が十一歳の夏に、両親が乗っていた飛行機がエンジンの故障で墜落してしまって。 イレーヌ:まぁ…そうだったの……辛い思いをなさったのね。 セオドア:……。 : セオドア:あ、ビスマルク様、そのまま少しだけ顎を引いていただけますか? イレーヌ:えぇ……こうかしら? セオドア:素晴らしい、ありがとうございます。 イレーヌ:……ねぇ、貴方他にご家族は? セオドア:え? イレーヌ:ご結婚はなさっていないの? セオドア:あぁ…はは、恥ずかしながら独り身です。 イレーヌ:そうなの?貴方とってもハンサムだから私てっきり…あぁ、でも良い人はいらっしゃるんでしょう? セオドア:いえ、そちらも残念ながら。 イレーヌ:信じられない!こんな素敵な殿方を放っておくだなんて…。 セオドア:ははは、ありがとうございます。 イレーヌ:…ねぇ、ロンベルトさん。 セオドア:……何か? イレーヌ:貴方さえ良ければ、私がサロンで未婚のお友達にそれとなーく紹介して差し上げましょうか? セオドア:えぇっ!?いやいや僕なんて…。 イレーヌ:だって勿体ないわ、こんな街はずれで一生独り寂しく暮らすだなんて! セオドア:寂しく…ですか。 イレーヌ:えぇ!結婚って貴方が思っている以上に素晴らしいものよ?愛する人が傍に居て、悲しい事も辛い事も分かち合える。勿論、幸せだって。 セオドア:うーん…。 イレーヌ:貴方のご両親だってそうだったでしょう? セオドア:………そうですね。 イレーヌ:ね?そうしましょうよ。貴方程ハンサムだったらきっと立候補するレディーが沢山いるはず! セオドア:………いえ、折角のお申し出ですが、遠慮させていただきます。 イレーヌ:えぇ?どうして?……もしかして、あまり結婚に良いイメージが? セオドア:いえいえ、結婚が素晴らしいって事は勿論知っています。ここに来るお客様を始め、貴女が仰ったようにウチの両親もそうでしたから。 イレーヌ:……それなら、なぜ? セオドア:…ご存じのとおり僕はしがない絵描きです。今はありがたい事にお客様も途切れることなく好きな絵を毎日思う存分描かせて頂いています。 : セオドア:ですが、いつ食うに困る日が来てもおかしくないこの身の上で家庭を持つなんて…そんな無責任な事、僕はしたくありません。 イレーヌ:……。 セオドア:第一、ここ最近は仕事が忙しくてデートをする暇も取れないんです。そんなの、相手のご婦人にも失礼でしょう? イレーヌ:ロンベルトさん…。 セオドア:それに、僕は今の生活で寂しいなんて感じたこと一度もありません。生身の人間ではありませんが、恋人なら沢山いますから。 イレーヌ:…? セオドア:僕にとっては、美しい女性をモデルに描いた作品が恋人なんです。 イレーヌ:まぁっ。うふふふ…貴方って面白い方ね。芸術家に変わった方が多いって言うのは本当だったんだわ。 セオドア:おや、世間では芸術家ってそんな風に言われているんですか? イレーヌ:あっ……ごめんなさい、気を悪くしたかしら? セオドア:いえいえ、それならば僕も立派な芸術家だなと思いまして。 イレーヌ:……ぷっ、ふふふふ……あははははっ。本当ね、貴方は真の芸術家よ。 セオドア:お褒めにあずかり光栄です、お嬢様。 イレーヌ:あはははははは……。 : : 0:数日後 イレーヌ:こんにちわ、ロンベルトさん。 セオドア:やあ、イレーヌさん!散らかっているけど良ければそこに座って! イレーヌ:えぇ。 : イレーヌ:それにしてもすごい散らかり様ね。強盗でも入ったの? セオドア:ははは、本当に恥ずかしい限りだよ。昔っから僕は夢中になるとついつい周りを散らかしてしまう癖があるんだ。それで昔、ヘイビーが喉に布を詰まらせた事があって…。 イレーヌ:ヘイビー? セオドア:あぁ、犬だよ。毛並みの綺麗なゴールデンレトリーバーの女の子さ。 イレーヌ:犬を飼っていたの?すごいわ!私も大きな犬を飼うのが小さな頃からの夢だったの。 セオドア:へぇ!そうなんだね!それじゃあ、いずれ? イレーヌ:(目を伏せて)……いいえ。 セオドア:…?飼わないのかい? イレーヌ:……夫が、犬アレルギーなの。 セオドア:あー……そうか、それじゃあ、難しいね。 イレーヌ:えぇ…。 セオドア:………そうだ、イレーヌさん! イレーヌ:え? セオドア:良ければ犬の絵、描こうか? イレーヌ:え……っ!いいの!? セオドア:あぁ!代金は要らない、僕からの結婚祝いだ。 イレーヌ:ロンベルトさん!嬉しいわ! セオドア:ははっ、喜ぶのは絵を見てからにしてくれ。 : セオドア:あ、そうそう。絵と言えば、君の絵の素描(そびょう)があらかた終わったんだ。 イレーヌ:そびょう? セオドア:炭で描いた下絵、デッサンの事さ。 イレーヌ:まぁっ!私にも見せてくれる? セオドア:あぁ、勿論。 : セオドア:さあ、これだ。 イレーヌ:っ!素敵…まるで鏡を見ている様ね。 セオドア:あはは、それは大袈裟だよ。 セオドア:あとは、コレにウエディングドレスと結婚式で着けるアクセサリーを描き足すだけなんだけど…頼んでいた物は持ってきてくれたかい? イレーヌ:えぇ!……はい、これ。私が着るドレスのカタログ写真。 セオドア:これかぁ…ふぅん。…美しいロングトーンドレスだね。君のエレガントなイメージにピッタリだ。 イレーヌ:うふふ、ありがと。あぁそれと、こっちが当日に着けるアクセサリーよ。 セオドア:うわぁ、こんなに大きなエメラルド見たこと無いよ……色合いが素晴らしいね。 イレーヌ:夫の家に代々伝わる「エジプシャン・エメラルド」って言う貴重な石なんですって。 イレーヌ:かの有名な美女、クレオパトラの瞳をくり抜いて造った宝石とも言われているそうよ。 セオドア:それは…なんとも物騒だね。 イレーヌ:そうね。けれど、そんな言い伝えがあってもおかしくない程、大きくて美しいと思わない? セオドア:あぁ、確かに。じっと見つめていると何だか変な気分になってくる…。 : セオドア:いけない、いけない。魅了される前に君に返すよ。 イレーヌ:ふふっ。用意するものはこれで全部? セオドア:あぁ、完璧だ。さぁ、今夜中には素描を仕上げるぞ! : : セオドア:M(あぁっ、愛らしいイレーヌ。 セオドア:四角い麻布の上に作り上げられていく君は、無機質なキャンバスの上にありながらも星の女神の様に仄かな月明かりに照らされ、まさに壮麗であり優艶(ゆうえん)だ。そしてその美しさは、これから僕の手によって永遠のものとなる。 セオドア:あぁ、イレーヌ…イレーヌ、イレーヌイレーヌイレーヌ! セオドア:君が愛おしい。君が、恋しい。君が………欲しくて堪らない。) : : 0:数日後 イレーヌ:ねぇ、セオドア。 セオドア:ん? イレーヌ:……。 セオドア:どうしたんだい、イレーヌ。 イレーヌ:私最近……どこかおかしい? セオドア:え?……どうしてだい? イレーヌ:主人が…。 0:手を止めてイレーヌに身体を向けるセオドア セオドア:ご主人と何かあった? イレーヌ:………。 セオドア:……聞いて欲しい事があるなら話して?聞くよ。僕で良ければだけど。 イレーヌ:セオドア…。 : イレーヌ:近頃、何だか無性にイライラするの。 セオドア:イライラ? イレーヌ:えぇ…。今までなら、なんにも気にならなかった様な些細な事でも、急に耐えられない程の怒りが湧いてくるのよ。 セオドア:…例えば? イレーヌ:例えば…?……そうね、物の配置が少し違ったり、主人の帰りがいつもより数分遅れたりするだけでどうしようもなくイライラするわ。 セオドア:ふぅん…。 イレーヌ:それに…。 セオドア:それに? イレーヌ:何だか妙に喉がヒリつくし息苦しくなるの。私、どこか病気なのかしら? セオドア:(可笑しそうに)イレーヌ。 イレーヌ:? セオドア:きっとそれは、マリッジブルーだよ。 イレーヌ:マリッジ…ブルー? セオドア:あぁ。僕はブライド専門の画家だからね。君と同じ様な新婦をこれまで何人も見てきた。 セオドア:それは間違いなく、マリッジブルーだ。 イレーヌ:……そう、なのかしら。 セオドア:数週間後に結婚式を控えて忙しいのと、色んな不安を抱えているせいで君の身体が悲鳴をあげているんだよ。 イレーヌ:……。 セオドア:夜はちゃんと眠れているのかい? イレーヌ:……いいえ。 セオドア:食事は?ちゃんと摂ってる? イレーヌ:…吐き気や頭痛がする事もあって…。 セオドア:(溜息)イレーヌ。新婦の一番の仕事が何か、知ってる? イレーヌ:……完璧な式の準備? セオドア:いいや。 イレーヌ:それじゃ…ゲストのおもてなし? セオドア:…違うよ。 : セオドア:「美しくある事」だ。 イレーヌ:え…? セオドア:新婦は美しくなきゃいけない。その日の誰よりもね。 イレーヌ:……。 セオドア:あははっ、「そんなこと?」って顔だね、イレーヌ。 イレーヌ:…だって…。 セオドア:花嫁は、全ての憧れの象徴なんだ。 イレーヌ:あこがれ…。 セオドア:そう。結婚への、花嫁への、家庭を持つことへの。そして、幸せへの、ね。 イレーヌ:……。 セオドア:ふふ。ねぇ、イレーヌ。 イレーヌ:なぁに? セオドア:このままだと僕は、頬がコケて目の下に真っ黒な隈をつくった顔色の悪い、世界一「不幸せそう」な花嫁をこの大きなキャンバスに描く事になるんだけど? イレーヌ:あっ…。 セオドア:君はもしや…ハンサムで天才と謳われた僕の名声を地に落とそうと、商売敵達が送り込んだ彼等の手先だったのかい? イレーヌ:違うわっ! セオドア:本当にー? イレーヌ:本当よ!?私そんなんじゃ… セオドア:ぷっ…くっくっくっく…。 イレーヌ:…セオドア? セオドア:あははははははははっ! イレーヌ:っ!からかったのね、セオドア! セオドア:ひーっひっひっひ……っごめんごめん、イレーヌ! イレーヌ:酷い人!貴方ってば本っ当に酷い人だわ! セオドア:ごめんって、イレーヌ!そんなに叩かないでよ! イレーヌ:もうっ、知らないっ! セオドア:………怒ってる? イレーヌ:ふんっ! セオドア:……お詫びにこれ。君にあげるよ、イレーヌ。 イレーヌ:……? セオドア:布、取ってみて。 イレーヌ:……っ!これっ……犬の、絵? セオドア:あぁ、僕の家族だよ。 イレーヌ:この子が…ヘイビー? セオドア:そう。美人だろ? イレーヌ:ほんとね……綺麗な小麦色の毛並み…。それにこの表情。まるで…生きているみたい。 セオドア:……これで許してくれる? イレーヌ:……ふふっ、仕様(しよう)の無い人。 セオドア:……。 イレーヌ:許すわ。 セオドア:良かったー!一生口をきいてもらえなかったらどうしようかと! イレーヌ:大袈裟ね。一生だなんて。 : イレーヌ:…この絵が完成したらお別れなのに。 セオドア:……そうだね。だけど、完成までまだまだ時間はかかる。それこそ一生とは言わなくても数日はね。その間ずっとだんまりじゃ、お互い困るだろ? イレーヌ:えぇ、そうね。それじゃあ仲直りしましょ。 イレーヌ:それと、私は新婦の務めをしっかりと果たすわ。だから貴方は、最高の絵を仕上げてね。 セオドア:仰せのままに、レディー。 : セオドア:あ、そうだ。この間知り合いに貰った睡眠によく効くお茶があるんだ。良ければ君にも分けてあげるよ。 : : セオドア:(物悲しい鼻歌を歌う)~~~♪ セオドア:綺麗な綺麗な花嫁さん。純白のドレスを着せて豪奢(ごうしゃ)な宝石で飾り、血の様に真っ赤なルージュを塗って、仕上げに美しいブーケを持たせてあげよう。 セオドア:ほうら、これで世界一の花嫁が完成だ。 セオドア:もうすぐ…もうすぐだよ、イレーヌ。君の……いや。君と僕の、最高の結婚式の始まりだ。 : : 0:薄暗い部屋で椅子に拘束されているイレーヌはゆっくりと目を覚ます イレーヌ:………うっ…んん…。 0:椅子に拘束されたまま辺りを見回すイレーヌ イレーヌ:…はっ!……ここはっ!? イレーヌ:っ!?何これ、手錠!?……くっ、外れない…。 イレーヌ:誰か!誰か居ないの!? セオドア:シーーーー。レディーはそんな大声を出しちゃいけないよ。 イレーヌ:っ!!誰!?ここは何処なの!? セオドア:くくくっ…おはよう、イレーヌ。良く眠れたかい? イレーヌ:……その声…まさか、……セオドア…なの? セオドア:せぇーかぁーい。流石賢いイレーヌだ。声だけで僕だとわかるなんて。…いや、もしかして愛の力、かな? イレーヌ:セオドア!貴方、あのお茶…っ!……貴方が私に手錠をかけたの? セオドア:あぁ、そうだよ。残念ながらその手錠は鋼鉄製なんだ。無理に動けば君の美しい肌が傷つきかねない。どうかお願いだから暴れないでくれ。 イレーヌ:……どうしてこんなことを…っ!?…お金?お金が目的なの?それなら…っ! セオドア:(被せて)あぁ、違う、違うよイレーヌ!金なんてどうでも良い!そんな俗物的なもの、僕は興味ない! イレーヌ:!?……それじゃあ…。はっ!もしかして…エジプシャン・エメラルド…? セオドア:(深い溜め息)……がっかりだよ、イレーヌ。あんな石っころになんの価値があるって言うんだ。ふんっ、小石集めは五歳で卒業したよ。 イレーヌ:……だったら…何が目的…? セオドア:君さ。 イレーヌ:……え…私? セオドア:そうさ君だよ!美しいイレーヌ! イレーヌ:っ…。 セオドア:顔、声、髪、身体、……におい…。 イレーヌ:ひっ!! セオドア:完っ璧だぁ!君は全てが完璧なんだ!!! セオドア:僕の追い求めていた美の全てが凝縮されてできた存在!それが君だよっ、イレーヌ! : セオドア:どんな肉塊から生まれればそんなに美しく仕上がるんだ!どんな環境で育てばそれ程まで美しくなれる!?君には一体…、一体どれ程美しく甘い血が流れている…?僕に教えてくれないか、イレーヌ。 イレーヌ:やめて…、お願い、セオドア…。 セオドア:ああぁぁああぁああっ!君の声はまるで神が与えたもうた媚薬のようだよ!君のその声を聞く度に果てそうになるのを、僕がこれまで幾度となく我慢していた事に君は気づいていたかい!?あぁ、もはや形容しがたい! イレーヌ:……貴方…本当に、セオドアなの? セオドア:あぁ、そうだよ。幸運にも君と数日間、同じ部屋で同じ空気を吸った画家のセオドアさ。 イレーヌ:……。 セオドア:はっ、僕はねぇ、これまで画家として何人もの女性を手掛けてきた。 セオドア:結婚を前にした女性は実に良い…。幸せへの期待に輝きが溢れ、美しさが何倍にも増す。 : セオドア:…中でも特に最高だったのが…ベナ、エマ、アリア、ウルスラ、ティアナ、イザベラ、フランチェスカ、ユリス、リンジー、ローレン、アビゲイル、ディーン。 セオドア:彼女達は本当に美しかった。 イレーヌ:……アビ、ゲイル…?……もしかして、アビゲイル・ローハンの、事…? セオドア:おや…知り合いだった? イレーヌ:友人よ…貴方の事を教えてくれたのも、彼女だったわ。 セオドア:そうだったんだね!なぁんだ、先に言ってくれれば二人にサービスしてあげたのにぃ! セオドア:…ま、今となってはそのサービスも、君にしかしてあげられないんだけどね。ふっ、残念だよ。 イレーヌ:アビィの事、何か知ってるの!?彼女、数か月前に行方不明になったの! セオドア:それはそれは…。結婚が嫌で逃げ出したのかな? イレーヌ:そんなはずないわ!彼女、ダニエルと結婚するのずっと楽しみにしていたのよ!逃げるだなんてっ… セオドア:………くっくっくっく…。 イレーヌ:…?………セオドア? セオドア:………ふふふっ、そう言えば、紹介してなかったね。 0:後ろのカーテンを開けるセオドア、そこにはズラリを並ぶ十二枚の絵画がある イレーヌ:……何これ…。新婦達の、絵? セオドア:紹介しよう、このキャンバスに絵描かれた十二人の美しい貴婦人たちが、前に言った僕の恋人達さ。 イレーヌ:右から二番目の絵…もしかして、アビィ?……何…?これどういう事…。 セオドア:(被せて)あぁ、どうか勘違いしないで。これは彼女たちに依頼された絵画ではない。僕が僕の為に絵描いた作品さ! イレーヌ:っ!待って!……左の二枚目と五枚目、それに七枚目と八枚目の女性、見覚えあるわ! セオドア:……。 イレーヌ:……まさか。 セオドア:ふふ…。 イレーヌ:…ウソ…ウソ、なん、で…。 セオドア:ふふふふふふふふ…。 イレーヌ:皆…行方不明になってる女性ばかり………。 セオドア:あははははははっ!惜しいなぁ…行方不明者はその五人だけじゃない。 イレーヌ:…っ、貴方…まさか…! セオドア:そうっ!この美しい貴婦人たちは十二人みぃーーんな、もうこの世には居ない。 イレーヌ:っ!!貴方が殺したの!? セオドア:チッチッチッ、そんな俗物的な言い回し君には似合わないよ。 : セオドア:彼女たちはねぇ、僕が手掛け、そして僕に手を掛けられた女神たちだ! イレーヌ:っ…酷いわ…セオドア…。 セオドア:酷い?…よくわからないなぁ…どうして酷いんだい? イレーヌ:だって!貴方は…十二名もの命と人生を奪ったのよ!! イレーヌ:…それだけじゃない、彼女達を愛していた婚約者や家族からも大切な人を奪った! セオドア:うーん…だけど僕は彼女たちを救ったんだよ? イレーヌ:救った…? セオドア:そうさ。放っておけば着々と老いる。綺麗な花が数日後には枯れて散るように、綺麗な女性たちも朽ちて死ぬ頃にはしわくちゃの婆さんになってしまう。そうなる前に一番幸せで美しい時を切り取り、こうして芸術作品として永遠に残してあげた! セオドア:僕は奪ったんじゃない、永遠の美を与えてやったんだ! イレーヌ:なんて身勝手な…。 セオドア:老いからも生からも救った。それに、これからは僕が愛してあげるんだ。婚約者や家族以上にね。 イレーヌ:誰がそれを望んだと言うの…。 セオドア:僕さ。 イレーヌ:……。 セオドア:さぁ、イレーヌ。君の番だよ。 イレーヌ:…いや…来ないで。 セオドア:その美しい容姿に、「Y」のイニシアル。本当に君は完璧だ!まるで神が僕に与えたもうた天使だ! イレーヌ:なぜ…。 セオドア:あぁ、イニシアルにこだわる理由が知りたいのかい?それはねぇ、十二人の花嫁の頭文字を合わせれば、すぐにわかる♪ イレーヌ:かしら、もじ…? イレーヌ:…B、E、A、U、T………「美しい」…? セオドア:ふふふふ…。 イレーヌ:…最後がディーン。Dの後にYを入れると…「美しい貴婦人」…? セオドア:ほうら!完璧だろう!?最高の芸術にはミステリアスな暗号もなっくっちゃあねぇ! 0:涙を流すイレーヌ イレーヌ:……そんな…事の、為に…? セオドア:あぁ、どうして泣くんだい、イレーヌ? イレーヌ:来ないで! セオドア:悲しいのかい?…あぁ、勘違いしてるんだね?でも安心して、イレーヌ。 イレーヌ:来ないでったら! セオドア:君は十三番目の花嫁だけど、モチロン本妻にしてあげる。 イレーヌ:やめて!お願い! セオドア:だから彼女達に嫉妬する事はないよ。彼女達も愛していたけれど、これから僕が愛すのは、最後の花嫁の君だけだから。 イレーヌ:助けて!誰かぁっ!! セオドア:美しいイレーヌ。準備は整ったよ。さぁ、僕達の結婚式を挙げよう。 イレーヌ:いやぁああああああっ! : : 0:一転して、意識を失ったセオドアが椅子に拘束されている セオドア:………っ。 セオドア:…っ!?…何だこれは!?…なぜ僕が拘束されている!? イレーヌ:おはよう、セオドア。よく眠れた? セオドア:なっ!?イレーヌ!?どうして…っ。 イレーヌ:どうして?……あぁ、「どうして君が生きているんだ?」かしら? セオドア:……。 イレーヌ:うふふ、不思議そうね。……教えて欲しい? セオドア:……夢か? イレーヌ:夢…ねぇ。……んふふ、夢かもしれないわね。 : イレーヌ:ねぇセオドア、このドレスどう?貴方が似合うと言ってくれたウエディングドレス、着てみたの。 イレーヌ:似合っているかしら? セオドア:あ、あぁ。美しいよ、イレーヌ。…だけど君は、何だか先程とは別人みたいだ。 イレーヌ:あらぁ、貴方にそれを言われるなんて、なんだか滑稽だわ。(クスクス) セオドア:なぁ、イレーヌ、この手錠を外してくれないか?冷たくて重いし、手首に食い込んで…。 イレーヌ:えぇ、いいわよ。あたしもその気持ちよくわかるもの。だって…これ見て。 セオドア:ひぃっ!!手首が千切れて…っ! イレーヌ:貴方が椅子に縛り付けたままひどい事するから、あたしの腕、こんなになっちゃった…。 イレーヌ:貴方ってほんと、酷い人だわ。 セオドア:…こんなの、夢だよな…じゃなきゃ死体が動くなんて有り得ない…。 イレーヌ:……。 : イレーヌ:ねぇ、セオドア。一体どれが本当の貴方なの? セオドア:どれって…。 イレーヌ:優しい絵描きさん?それとも、意地悪なハンサムさん? セオドア:っ…はは…。 イレーヌ:それとも…親殺しの殺人鬼かしら? セオドア:なっ!?なぜそれを!?…調べたのか? イレーヌ:調べた…そうねぇ、「調べた」とも言うかしら。 セオドア:どうやって調べた!?俺の犯罪歴は全て消えているはずだぞ!? イレーヌ:書類は消せても…貴方の記憶は消せないわ。 セオドア:…は? イレーヌ:ちょっと頭の中を覗かせて貰ったのよ。パックリと開いて、ね。 セオドア:…一体何を言っているんだ…。 イレーヌ:あら、丁度そこに鏡があるわ。今の自分の姿、見てみたら? 0:セオドアは月明かりに照らされた自分の姿を見る セオドア:……? セオドア:っ!!! セオドア:うわぁあああああああああっ!!!何だこれ!!頭が!!俺の頭が!!! イレーヌ:ふふふ、だから言ったじゃない。「頭を開いて覗いた」って。 セオドア:たっ、助けて!助けてくれえええ!!! イレーヌ:あら、これは夢なんでしょう?だったら平気じゃない。 セオドア:ひぃ…ゆ、ゆめ…?…そ、そうだよな…頭開かれて…痛くないはずが…。そうだこれは夢だ!は、はは…はははは。 イレーヌ:……。 0:ここから本性を出すセオドア イレーヌ:貴方、随分ひどい事やって来たのね。それに、あたしに教えてくれた事はぜーんぶ嘘だった。 セオドア:ふんっ、信じる方が悪い。それに俺の人生だ。どう言おうが俺の勝手だろ。 イレーヌ:ふふっ、そうね。嘘は大したことではないわ。 0:うっとりと匂いを嗅ぐような仕草をするイレーヌ イレーヌ:…それに、ようやく貴方の本当の姿が見れそうであたし今、とってもワクワクしてる♪ 0:ぽつぽつと自白していくセオドア セオドア:………。あぁ、そうさ。君に言った事は全部嘘だ。俺に親父は居ない。貿易商どころか、おふくろがどこぞの馬とこさえた只の私生児だよ。 イレーヌ:そうみたいね。 セオドア:……そんな俺を、おふくろの父親は事あるごとに殴った。 イレーヌ:あら、可哀想。 セオドア:ジジイに言いなりのおふくろも、その母親でさえ…ガキの俺を守っちゃあくれなかった。食事もまともに与えられず、俺は毎日町中でゴミを漁っていた。町の連中には乞食扱いさ。 イレーヌ:……。 セオドア:そんな肥溜めみたいな生活に鬱憤(うっぷん)がたまっていた俺は、六つの時におふくろの姉貴を殺した。口ん中に布詰めて窒息死させてやったのよ。へへっ、あの女、漏らしながら泣いて俺に縋った。助けてくれってよ…。 イレーヌ:だけど貴方は助けなかった。…彼女が、ヘイビーね。くれた絵の通り、綺麗な小麦色の金髪だわ。 セオドア:……十一の時、ちょっとしたことでブチ切れて殴りかかって来た糞ジジイに俺はその場にあった灰皿を投げつけた。はっ、呆気なく死んだよ。それを見てゴキブリの様に逃げ惑うおふくろをフォークでめった刺しにし、ボケたババアを水桶で溺死させてやった……俺はその時、初めて自由を手に入れたんだ。 イレーヌ:そこまでなら、ありきたりな悲劇で終わるのにね…。 : イレーヌ:それをきっかけに殺人に対しての道徳心がバカになった貴方は、その後も次々と殺人を犯した。結婚目前の美しい女性達とそれ以前の犯行を含めれば…その数、三十人以上…。 イレーヌ:…良くもここまでやったものだわ。 セオドア:……。 イレーヌ:ねぇ、セオドア。貴方、悪魔って信じる? セオドア:悪魔だぁ?けっ、何を突然言うかと思えば…。 : セオドア:だけど、そうさな…昔の俺にとっちゃ、あの糞みたいな家族こそが悪魔だったよ。まぁ今となりゃ、よっぽど俺の方が悪魔らしいけどな。 イレーヌ:あら、自覚あるのね。 セオドア:ほっとけ。 イレーヌ:だけど、本物の悪魔はそんな生ぬるい物じゃなくてよ?ハンサムさん。 セオドア:はぁ? イレーヌ:ソロモンの七十二柱(ななじゅうふたはしら)ってご存じ? セオドア:…いや? イレーヌ:西南アジアにあるイスラエルの王「ソロモン」が使役したと言われている、七十二の悪魔の総称よ。悪魔たちは地獄に置いて各爵位を持ち、それぞれが異なった役割と異なった姿かたちを持っている。 セオドア:何だよ、急に…。 イレーヌ:ある者は獅子の身体にロバの頭、そしてまたある者は醜い老婆の姿をしている。特殊な魔方陣と方法を用いて召喚され、召喚されれば呼び出した主の為、良くも悪くもその願いを叶えるのよ。 セオドア:ははっ、まさか俺を生贄に、夢の中でその悪魔召喚の儀式でもおっぱじめようってのか、イレーヌ。 セオドア:絶世の美女かと思いきや…はっ、とんだイカレ女だぜ。 イレーヌ:残念だけど、不正解よ。ミスターセオドア。 セオドア:あ? イレーヌ:これから召喚するのではなく、もう召喚されている。 セオドア:……何? イレーヌ:この図形に見覚えは無いかしら? セオドア:あぁ……?…いや。 イレーヌ:あら、セオドア。大事な恋人の事はちゃんと知っておかなきゃダメじゃない。 セオドア:…何の話だ? イレーヌ:貴方の一番目の花嫁、ベナ。貴方が描いた彼女の絵。胸元を良く見てごらんなさい。 セオドア:……ベナが大事にしていたネックレス…? イレーヌ:そう。ベナ・ハミルトンの一家は代々続くサタニズム、つまり悪魔崇拝の家系なのよ。 セオドア:……。 イレーヌ:彼女が着けているネックレス。あれは悪魔召喚に使う魔方陣を模したアクセサリー。 セオドア:はぁっ? イレーヌ:この魔方陣に捧げるは大量の血肉と、十二の生贄。…あら、貴方の花嫁と頭数が一緒ね。素敵な偶然♪ セオドア:……。 イレーヌ:あたしの記憶が正しければ貴方と初めて会った日。セオドア、貴方赤い絵の具を水で洗い落としていたと言っていたわね。…だけど、それってちょっとおかしくないかしら? セオドア:……。 イレーヌ:貴方が書くのは油絵。油絵の絵の具は、水でなく専用の洗浄液、もしくは石鹸を使って落とすはず。…違う? セオドア:ははは…笑えるな。絵については素人だと思っていたのに。夢の中の君はまるで凄腕の探偵みたいだ。 イレーヌ:ほんと、笑えるわね。 : イレーヌ:古の魔方陣の前に偶然捧げられた生贄と、その血により遂行された召喚の儀式。 セオドア:(怯える)っ!?お、おい…お前の目、いつから赤く…? イレーヌ:その偶然の産物から呼び出されたるは、正真正銘本物の悪魔。 イレーヌ:(妖しく悶える)…んっ…んんっ………はぁ…。 0:ゆっくりとイレーヌの頭から双角が現れ肌が浅黒く変化していく セオドア:なっ…嘘、だろ……何だよその角…。それに…千切れた腕が元に戻っただと!? イレーヌ:ソロモン七十二柱(ななじゅうふたはしら)、序列第五十六位。侯爵、グレモリー。 セオドア:あ、あぁぁ…。 : イレーヌ:んふふ、初めて見る悪魔の感想は? イレーヌ:あぁ、勿論結婚の話は嘘よ。素性を偽っていた事について謝罪が欲しければ謝るわ。けれど…「自分の人生をどう言おうが勝手」だったわよね? セオドア:……は、はは、はははは…お、面白い夢だな…。 イレーヌ:この期に及んでまぁだ夢を見ているつもり?…んふふふふ、貴方って意外とおバカさんなのね。あぁ、それとも、やっぱり痛覚が無いと現実味って無くなる物なのかしら? セオドア:な、何の話だ…。 イレーヌ:それなら貴方の痛み、返してあげる。 セオドア:何?…っぐ、ぐああぁあああ頭がああああっ!!頭がぁああああ!! イレーヌ:あははははははははっ! セオドア:何でだ!!!夢だって、言った……のにっ、ぐああああっ! イレーヌ:くははははっ、「信じる方が悪い」、そうでしょ?セオドア。 イレーヌ:あたしはねぇ、過去や未来を知りそして嘘を見破る力を持つと言われている。 イレーヌ:まぁ実際にはこうやって、物理的に頭を切り裂いて直接詠み取っているだけなんだけど。 セオドア:くっそぉ……あぁ…痛ぇ…痛ぇよ…。 イレーヌ:モチロン、貴方の嘘もぜーんぶお見通しよ。貴方の絵の具で中毒症状を起こしかけていたあたしに真面目な顔して「マリッジブルー」だなんて、ほんと笑いを堪えるの大変だったわぁ。 セオドア:た、助けて…頭が…頭が…。 イレーヌ:ねぇ、ハンサムさん。痛みってすごいわよねぇ…。それだけで生きてるって実感できるんだもの。 セオドア:はぁ…はぁ…。 イレーヌ:痛みってどんな感じ?苦しいの?熱いの?それとも冷たい?痺れる?…教えてよ、セ・オ・ド・ア…。 セオドア:ぐぅうう…。 イレーヌ:悪魔って痛覚が無いのよ、知ってた?例え腕をちぎられても、なぁーんにも感じないの。 イレーヌ:貴方はどうかしら? 0:手錠が変形し、セオドアの手首が締め上げられる セオドア:ああああああっ腕が千切れるっ!くそっ、やめろ!やめてくれぇっ!! イレーヌ:場所によって痛みって変わるの?ねぇ、答えて。 セオドア:ああああっ、痛い痛い痛い痛い痛いっ!!! イレーヌ:あん、「痛い」だけじゃわからないわ。もっと詳しく…あ、そぉーだ。直接貴方の頭に聞けばいいのよ、ね? セオドア:ひっ、…寄るな!寄るなこの化物!! イレーヌ:あら、失礼ね。化物じゃなくて、悪魔よ。 0:セオドアの脳に爪を立てるイレーヌ セオドア:あっがぁああああ…。 イレーヌ:ふむふむ……なるほど、痛みにも鋭いとか鈍いとかあるのね。 セオドア:や……めろ……。たの…む。脳み、そ…を…かき混ぜ…る…。 イレーヌ:……やめて欲しい? セオドア:や、め、て……。 イレーヌ:うふふふふふぅ、いやぁよ。 セオドア:う…うぅ……いっそ…ころ、し、て…。 イレーヌ:貴方にとって、死は「救い」だと言ったわね。 : イレーヌ:罪もない女の命いくつも奪った罪人が自分だけ易々と救われたいだなんて、まさか本気で思っているわけじゃあ無いわよね? セオドア:うっ…ふぐっ……。 イレーヌ:泣かないで、セオドア。まだあたし、貴方の望みを叶えていないの。 セオドア:……ゴロ…ジ…デ……。 イレーヌ:いいえ、そうじゃない。それじゃないはずよ。 セオドア:あ…あぁあ…あ…。 イレーヌ:貴方の望み、それは……あたしと結婚すること、でしょう? : イレーヌ:…良いわ。返事は勿論「イエス」よ! イレーヌ:永久によろしくね、あたしの可愛い旦那様♪ イレーヌ:んふふふフフ……クはハハハハハ!!アーッはハハハははハハハハハ!!! : : 男:なぁおい、聞いたか。そこの通りに住んでいた絵描きが一週間前に失踪したって。 男:しかもそいつのアトリエから、十数もの女の死体が見つかったってよ…。 女:うっそ、それマジ? 男:あぁ。死体はみんな揃いも揃ってその絵描きに肖像画を依頼してた客だったらしいぜ。どれも行方不明になってた女ばっかで、そん中に最近ニュースになってた偉い教授の恋人も居たってよ。 女:あぁ、そのニュースならアタシも見たよ!バーモント大学の教授でしょ?失踪したのって、確かその婚約者の…ディーン・パットソンだっけ? 男:ああそれそれ!全員むごたらしく首切られて白いドレス着せられてたって。 女:なぁにそれ、ウエディングドレスってこと?死体と結婚でもするつもりだったわけぇ?うげぇ…。 男:さぁな。……っつーか近所にそんな殺人鬼が住んでたなんてよ。おちおち散歩も出来やしねぇ。 女:あーあ、早く捕まってくんないかな。怖くて表歩けないじゃない…。 男:なー。 女:…あ、ねぇ。その絵描き、何て名前なの? 男:あー、なんつったっけ………確か、「セオドア・バンディ」…。 : : イレーヌ:愚かなセオドア。愛に飢えたセオドア。 イレーヌ:貴方を愛し、貴方の歪んだ愛を受け入れましょう。貴方の吐いた嘘さえも、小鳥の心臓の様に小さく脈動し、あたしの欠けた心をそっと潤し満たしてくれる。 : イレーヌ:可愛いセオドア。愛しいセオドア。 イレーヌ:さあ…、貴方の世界に光は要らない。醜い世界を映すその汚く濁った瞳を放り捨てて、美しい地獄で、永遠の痛みと共に生きましょう。 イレーヌ:あたしは貴方の、花嫁…。共に痛みも、苦しみも、全ての感覚を分かち合って、生きて逝きマしょう? 0:胸にセオドアを抱いて、静かに妖しく笑うイレーヌ : 0:【終劇】