台本概要

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タイトル 想いは届けども
作者名 風音万愛  (@sosaku_senden)
ジャンル その他
演者人数 5人用台本(男1、女2、不問2) ※兼役あり
時間 80 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ※GL描写、暴力的なシーン、グロテスクな描写があります。苦手な方は回れ右
※兼役があります(配役は登場人物一覧へ)。兼役なしでやりたい方もご自由に

結婚式を挙げたばかりの二園寺夫妻。しかし一か月後、妻の由比が行方不明になる。
様々な証言をもとに捜索をする大樟と呉山だが……

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
湊人 176 二園寺湊人(におんじ・みなと) ※レジ担当、大家と兼役
由比 116 二園寺由比(におんじ・ゆい) ※リーダー、隣人、店員と兼役
久宮 189 久宮真子(ひさみや・まこ) ※フロアスタッフ、タクシー運転手、住人と兼役
大樟 不問 178 読み方は「おこのぎ」 刑事
呉山 不問 150 読み方は「くれやま」 刑事
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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0:結婚式の披露宴後 0:招待客を見送る湊人と由比 : 由比:「(女友達に対して) 由比: 今日は来てくれてありがとう! 由比: え? 綺麗だったなんて、そんなことないよ~!」 湊人:「(会社の同僚に対して) 湊人: 今日はありがとう! 気をつけて帰ってね! 湊人: え? お幸せにって……ありがと(照)」 久宮:「由比」 由比:「真子! 今日は来てくれてありがとう!」 久宮:「ううん。友人代表スピーチ、読めてよかった」 由比:「こっちこそ! 真子に頼んでよかった!」 久宮:「……お幸せに」 由比:「うん! ありがとう!(照笑)」 : 0:久宮、帰る : 由比:「お見送りはこれで全員かな?」 湊人:「そうみたいだね」 由比:「なんだか、準備に時間がかかったわりに本番は一瞬だったね」 湊人:「ふふっ。そうだね。……ねぇ、由比」 由比:「ん?」 湊人:「式が始まってから今まで、バタバタしてて言えなかったんだけど……」 由比:「?」 湊人:「……綺麗だよ。ウエディングドレスも、そのドレスも」 由比:「ひゃっ!? ……あ、ありがとう。湊人も……、その……、……かっこよかった」 湊人:「なっ……!? なんか、恥ずかしいな……」 由比:「褒め返し」 湊人:「由比には敵わないや(笑)」 由比:「……ねぇ」 湊人:「うん?」 由比:「これからもずっと、一緒にいようね」 湊人:「(微笑む)もちろん!」 : 0:ふたり、笑いあう : 湊人:このときの僕たちは多分 湊人:世界の誰よりも幸せで 由比:誰よりも祝福されていて 由比:誰よりも輝いていて 湊人:この先、何があったって 由比:同じ歩幅で歩いて 湊人:共に手を取り合って 由比:時にはぶつかり合いながら 湊人:ずっと隣で笑い合っていられると 由比:そんな日々が当たり前に続くと 湊人:そう信じていた : 0: : 湊人:由比が消息を絶ったのは 湊人:あれから一か月後のことだった : 0:間 : 0:湊人の家 0:インターフォンを鳴らす刑事ふたり : 湊人:『……はい。どちらさまでしょうか』 : 0:警察手帳を開いてインターフォンのカメラに近づけるふたり : 大樟:「警視庁の大樟と申します」 呉山:「同じく警視庁の呉山です」 : 0:ドアが開く : 湊人:「お待ちしてました……。中にどうぞ」 大樟:「失礼いたします」 呉山:「失礼いたします」 : 0:三人、リビングへ : 湊人:「そちらへおかけください。今、お茶の準備を……」 大樟:「いえ、お構いなく。それよりも……奥様について、お話を聞かせていただけますか?」 湊人:「……はい」 大樟:「呉山」 呉山:「はい」 : 0:呉山、ふところからメモ帳を取り出す : 呉山:「まず、先日提出していただいた捜索届をもとに、奥様の情報の確認をさせていただきます」 湊人:「はい」 呉山:「二園寺由比さん、二十六歳。一九九五年十月二十日生まれ、血液型はA型。身長一六〇センチ、体重五十三キロ、失踪当日の服装はスーツ……ここまではお間違いないでしょうか?」 湊人:「ええ、合っています」 呉山:「身体的特徴について、写真のご提示までありがとうございました」 湊人:「いえ……。妻が一刻も早く見つかるのなら、なんでもします」 大樟:「……それでは、旦那様。奥様を最後に見たときの出来事について、詳しくお聞かせ願えませんか?」 湊人:「はい……。私が最後に妻を見たのは、三日前の朝です……」 : 0: : 湊人:妻と私は株式会社ネージュで働いておりまして 湊人:いつも同じ時間……大体八時ごろに家を出て、妻は夕方五時半ごろ、私は夜の七時ごろに帰宅します 湊人:ですが、その日はシフトの関係で私だけ仕事が休みでして 湊人:朝は妻を見送ったんです : 0: : 由比:「それじゃあ、行ってくるね」 湊人:「うん。気をつけてね」 由比:「あ、今日の夕飯なんだけど……」 湊人:「あぁ、作っとくよ」 由比:「えっ? でも」 湊人:「いいの。今日は僕が休みなんだから、これくらいはさせて?」 由比:「ありがとう。じゃあ、お願いね」 湊人:「うん」 由比:「あ。ちょっと忘れ物」 湊人:「ん?」 : 0:由比、湊人を抱きしめる : 由比:「行ってきます」 湊人:「……うん。行ってらっしゃい」 : 0: : 呉山:「……それが、奥様を見た最後の姿だったんですね」 大樟:「ちなみに最近、奥様の身に『失踪しうる要因になりそうな』出来事があったり、悩みを抱えていたりはしませんでしたか?」 湊人:「……私の感じる限りだと、そういうのは全然」 大樟:「失礼ですが……恨みを抱えていそうな人物に心当たりは?」 湊人:「ありません! 由比は先輩にも可愛がられているし、同僚や後輩にも慕われているんです!」 大樟:「そうですか……。旦那様から見て、奥様はどのような人物でしたか?」 湊人:「しっかり者で、とても優しい人です。たまに一人で抱え込んで、無理をするところはありますが……そういったところを含めて支えたいと、心から思える人です」 大樟:「……」 呉山:「捜索願の、奥様が行きそうな場所の欄に『本屋』とありますが……ほかに心当たりはありませんか?」 湊人:「……彼女は基本的にインドア派なので。あまり遊び歩いたりしないんです」 呉山:「たとえば、ご友人と出かけたりだとかもありませんでしたか?」 湊人:「ないことはなかったですけど……、それでも、夜はなかったですね」 大樟:「つまり……奥様が遊びに行かれるのは昼だった、と?」 湊人:「ええ。たまに上司や先輩の誘いを断れなくて飲みに行くことはありましたが、そういうときは必ず連絡をくれました」 大樟:「その日は、一切連絡がなかったのですか?」 湊人:「あ、いえ……。確か、夕方の……五時すぎに……」 : 0: : 0:スマフォが鳴り、電話に出る湊人 : 湊人:「もしもし」 由比:『あー、もしもし』 湊人:「どうしたの?」 由比:『えっと……もう晩ご飯、作っちゃった?』 湊人:「これからだけど……もしかして、今日はいらない?」 由比:『あー、うん。真子……友達とばったり会っちゃって』 湊人:「まこ……? ……あー、もしかして、久宮真子さん? 友人代表スピーチ読んでた」 由比:『そうそう! せっかくだから、久しぶりに飲みにでも行かないかって話になって』 湊人:「そっかぁ。楽しんでおいで」 由比:『うん! ありがとう!』 湊人:「でも、飲みすぎないようにね」 由比:『私はザルだから大丈夫だよ』 湊人:「それでも、だよ。明日も仕事なんだから」 由比:『はぁい』 : 0: : 大樟:「奥さんは、お酒に強いのですか?」 湊人:「はい。下戸な僕とは真逆で……一緒に飲みに行った上司が妻を酔いつぶそうとして、逆に酔いつぶれたくらいで……」 呉山:「それは、すごいですね……」 大樟:「これまでに、奥さんが朝帰りをしたことは?」 湊人:「ありません。介抱やらなんやらで遅くなっても、必ず帰ってきてくれました!」 湊人:「だけど、朝になっても妻は……」 呉山:「そのあと、奥様から連絡は……」 湊人:「一切ありません。電話をかけてみたんですけど出なくて……会社に行っても、出社していないって」 呉山:「それで、捜索願を……」 大樟:「……つまり、その『久宮真子』が、奥様と最後に会った人物である可能性が高いということですね。旦那様との面識は?」 湊人:「直接的には、ほとんどありません。結婚式で挨拶をしたくらいです」 大樟:「その人の住所や身体的特徴が分かるものはありますか?」 湊人:「住所は……招待状を書いたときのリストがあるので、その中にあると思います。見た目は……、あ、そうだ。DVDがあります。披露宴の様子を撮影したものが」 大樟:「……見せていただくことは可能ですか?」 湊人:「はい」 : 0:招待客のリストを提示する 0:DVDを再生する : 湊人:「あ……、この人です」 : 久宮:『湊人さん、由比さん。ご結婚、おめでとうございます! 私は、新婦の中学時代からの友人で久宮真子と申します。ご指名により、僭越(せんえつ)ながら友人代表としてお祝いの言葉を述べさせていただきます』 久宮:『また、新婦のことは普段から「由比」と呼んでいるので、本日も親しみを込めてそのように呼ばせて頂きたいと思います』 : 大樟:「……なるほど。写真はありますか?」 湊人:「多分、アルバムに……あ、ありました」 大樟:「この写真と住所、複製させていただいても?」 湊人:「かまいませんが……」 大樟:「ありがとうございます。……呉山」 呉山:「はい!」 : 0:リストに書いてある久宮の住所をメモする 0:アルバムにある久宮の写真をスマフォで撮る : 大樟:「二園寺さん。貴重なお話をありがとうございました」 呉山:「ありがとうございました! では、我々はそろそろ」 湊人:「あの」 大樟:「……なんでしょう」 湊人:「見つかりますよね……?」 呉山:「……っ!」 湊人:「まだ、結婚して一年ほどしか経ってないんです。式は先月挙げたばかりで……。なのに……、こんなことって……」 呉山:「旦那様……。大丈夫です! 我々が、必ず(見つけ出します!)」 大樟:「(セリフにかぶせて)二園寺さん」 湊人:「……はい」 大樟:「失踪事件において、失踪者が見つかった例は確かにあります。しかし、その八十パーセントは一週間以内に発見されています」 呉山:「……先輩?」 湊人:「それは、つまり……?」 大樟:「日数が長引けば長引くほど、生存している可能性は低い……ということです」 湊人:「……そう、なんですか」 大樟:「もちろん、我々は全力で奥様を捜索するつもりです。ですが……最悪の事態も、想定に入れておいてください」 湊人:「っ!」 呉山:「ちょっと、先輩!」 大樟:「行くぞ、呉山」 呉山:「え、あ、はい! お邪魔しました! これにて、失礼します!」 : 0:敬礼をして湊人の家を出るふたり 0:呆然とひとり取り残される湊人 : : 0:間 : : 呉山:「先輩! なんであんなこと言ったんですか!」 大樟:「『あんなこと』とは?」 呉山:「奥さんがいなくなって、一番不安なのは旦那さんなんですよ!? なのに、あんな現実を突きつけるようなこと……!」 大樟:「希望を持たせるだけじゃ、いけないんだよ」 呉山:「え……?」 大樟:「そりゃぁ私だって、奥さんを見つけて無事に旦那さんのもとへ返したいさ。だが……失踪者が亡くなった状態で発見された事例を、我々は何回見てきた?」 呉山:「そ、それは……」 大樟:「それに……失踪者の捜索に我々が動く意味が、分からないわけではないだろう?」 呉山:「うぅ……」 大樟:「希望を持たせた分……いざそうなったときに絶望するのは、あの旦那さんだ」 呉山:「……」 大樟:「とはいえ、もちろん生きて返すに越したことはない。時間がない……全力で見つけ出すぞ、呉山!」 呉山:「……! はい、先輩!!」 大樟:「そうとなれば早速、さっき教わった住所を調べてくれ」 呉山:「久宮真子に話を聞きに行くんですね!」 大樟:「ああ。この失踪事件の、重要参考人になりえる人物だからな」 : 0:少し間 : : 0:久宮の住むアパート 0:呼び鈴を鳴らす刑事ふたり : 久宮:「……どちらさまでしょうか?」 大樟:「警視庁の者です」 久宮:「……警察?」 呉山:「お話を伺いたいことがありまして。少々、お時間をいただけませんか?」 : 0:ドアが開く : 大樟:「久宮真子さんですね?」 久宮:「ええ、そうですが」 大樟:「申し遅れました。警視庁の大樟という者です」 呉山:「同じく、警視庁の呉山です」 : 0:警察手帳を見せるふたり : 久宮:「……立ち話もあれですし。中へどうぞ」 大樟:「……では、失礼いたします」 呉山:「失礼します」 : : 0:久宮の部屋 0:リビングにて、椅子に腰かける刑事たち 0:テーブルにコーヒーを並べる久宮 : 久宮:「どうぞ、粗茶ですが」 大樟:「いえ、お構いなく」 久宮:「それで、訊きたいことというのは?」 呉山:「二園寺由比さんという方を、ご存知ですね?」 久宮:「ええ。私の友人ですが。どうかしたんですか」 呉山:「三日前から、行方不明になっていまして」 久宮:「由比が!?」 大樟:「はい」 久宮:「そんな……。それで、どうして私に話を?」 大樟:「三日前……由比さんが失踪した当日、あなたは彼女に会っているそうですね?」 久宮:「え、ええ」 大樟:「そのときのことを、詳しく聞かせていただけませんか?」 久宮:「分かりました。どこからお話すればいいですか? こういったことは初めてでして……」 呉山:「では、まずはあなたと由比さんの関係性について教えていただけますか?」 久宮:「私と由比は中学時代からの友人です」 呉山:「長い付き合いなんですね。久宮さんから見て、由比さんはどういう人物ですか?」 久宮:「あっさりとしていて、優しい人でした。誰にでも平等で、分け隔てなく接してくれて……」 大樟:「由比さんとは、中学時代から今まで、ずっと交流があったのですか?」 久宮:「高校を卒業するまでは、よく一緒に遊んだりしていたんですけどね」 久宮:「お互い、別の大学に進学しましたし、それからは会える頻度も少なくなって……社会人になってからは尚更です。住む場所さえ離れてしまいましたから」 大樟:「……? 由比さんの住所とあなたの住所、そこまで離れていないように見受けられますが」 久宮:「数か月前に、転勤をきっかけに引っ越してきたんです」 呉山:「なるほど」 大樟:「では、引っ越ししてからは頻繁に会っていたんですか?」 久宮:「いえいえ、そういうわけにもいかないですよ。由比は結婚してるんですから。LINEでのやりとりはありましたが、直接会ったのは結婚式で久々です」 大樟:「なるほど、分かりました」 大樟:「では次に……由比さんはあなたに『ばったり会った』と言っていたそうなのですが、そのときのことを詳しくお聞かせ願いたい」 久宮:「『ばったり』……。そうですね。あれは、まさしくそうだった……」 : 0: : 由比:「……あれ? もしかして、真子?」 : 0: : 久宮:その日、由比に会ったのは仕事中のことでした 久宮:株式会社ネージュは、うちの取引先でして 久宮:そこに営業に行っていたときに、話しかけられたんです : 0: : 由比:「へぇ、真子って日並(ひなみ)商事の営業部だったのね」 久宮:「びっくりしたわよ。まさか由比が株式会社ネージュで受付してるなんて」 由比:「お互い、仕事のことは詳しく教えてなかったもんね」 久宮:「今後は、仕事で会うことが多くなるかもしれないわね」 由比:「そうね。旦那が営業部だから、もしかしたら一緒に仕事することもあるかも。そのときは、よろしくね」 久宮:「……ええ。旦那さんにも、よろしく伝えておいて」 由比:「うん。……あ! 忙しいところに話しかけちゃってごめんね! お互い、午後も乗り切ろう!」 : 0: : 久宮:そう言って、私たちは仕事に戻ったんですが…… 久宮:正直、ずっと悶々としていました 久宮:結婚式以来、せっかく再会できたのに、次に会えるのはいつになるか分からない 久宮:だから……仕事が終わったとき、私は勇気を出してメッセージを送ったんです 久宮: 久宮:『仕事、もう終わった? よかったら、このあと飲みにでも行かない?』 : 0: : 久宮:「これが、そのときに送ったメッセージです」 : 0:久宮、スマフォの画面を見せる : 大樟:「……メッセージを送ったのが十八時、か」 呉山:「その後の返事から、合流したのが十八時半……それ以降はどこに?」 久宮:「居酒屋です」 大樟:「そこには何時までいましたか?」 久宮:「夜の九時ごろです。そのあとは真っ直ぐ家に帰りました」 大樟:「それを証明できる人は?」 久宮:「証明できる人はいませんが……そうだ、レシートがあります。ちょっと待っててくださいね」 : 0:久宮、財布を取り出しレシートを探す : 久宮:「あった……。これです」 呉山:「……確かに、時間は二十一時ですね」 大樟:「こちら、参考資料としていただいても?」 久宮:「ええ。かまいません」 大樟:「ご協力、ありがとうございます」 呉山:「帰宅後、由比さんと連絡などは……」 久宮:「いえ……」 呉山:「そうですか……」 久宮:「私から話せるのは、これくらいです」 大樟:「分かりました。お時間頂き、感謝します。我々はこれで」 呉山:「……あの」 久宮:「はい?」 呉山:「すみませんが……お手洗いをお借りしてもいいですか?」 大樟:「呉山、お前なぁ……」 久宮:「ええ、どうぞ」 呉山:「ありがとうございます。ええと、場所は……こっちですかね?」 : 0:立ち上がり、別室の引き戸に手をかけようとする呉山 0:あわてて立ち上がり、止める久宮 0:バン! と大きな音が鳴る : 呉山:「っ!(ビクッ)」 久宮:「あっ……。すみません」 呉山:「い、いえ……。こちらこそ、すみません」 久宮:「お手洗いはこちらです」 呉山:「あぁ……、すみません。ありがとうございます」 : 0:呉山をお手洗いまで案内して戻ってくる久宮 0:足取りは少しふらついている : 大樟:「申し訳ありませんね、うちの部下が……」 久宮:「いえ。案内しなかったのは私ですし」 大樟:「いえいえ、そんなことは。ところで、久宮さん」 久宮:「はい」 大樟:「その……、大丈夫ですか?」 久宮:「はい?」 大樟:「なんだか、足元がおぼつかないようですが」 久宮:「……ああ、大丈夫ですよ。ただの寝不足です。薬が効いていないのかな」 大樟:「薬?」 久宮:「睡眠薬なしでは眠れなくて」 大樟:「不眠症ですか……、大変ですね」 呉山:「お待たせしました」 大樟:「では、我々はそろそろ、おいとまさせていただきます。……行くぞ、呉山」 呉山:「はい! では、お邪魔しました!」 : 0:敬礼をして久宮の家を出る刑事ふたり : : 大樟:「……呉山。どう思った?」 呉山:「どうって……、何がです?」 大樟:「久宮の人物像について、だ」 呉山:「うーん、そうですね……。明るそうに見えますが……なんか、つかみにくいと言いますか」 大樟:「だが……嘘をついているようにも見えなかった」 呉山:「ええ。あーあ、どうしましょう。二十一時ごろに解散したとして、そのあと由比さんの身に何かあったんだとしたら……今のところ、手掛かりはゼロですよ」 大樟:「そうだな。『解散したあと』について、手掛かりはない」 呉山:「と、言いますと……あ、そうか!」 大樟:「ああ。まずは久宮と由比さんが行った居酒屋に話を聞きに行くぞ」 呉山:「そうですね!」 : 0:少し間 : 0:久宮の家 0:出したコーヒーを下げる久宮 : 久宮:「やっと帰ったわね……」 久宮:「……あの刑事たち。コーヒー、一口も飲んでないじゃない」 : 0:舌打ちしながら流しにコーヒーを捨てる久宮 : 0: 0: : 久宮:「……それにしても、この部屋を見られそうになったときは、どうなるかと思ったわ」 : 0: : 久宮:「お待たせぇ……。えへへ。やっとこの時間が来たわ……」 久宮:「っ、痛っ!! あぁ……、私としたことが……、手ぇ切っちゃった。……まぁ、いいや」 : 0: : 久宮:「ごめんね……。痛いわよね……。ごめん、ごめんね……」 : 0: : 久宮:「でも、これで……私たちはひとつになれる」 久宮:「だから、ずっと一緒よ――由比」 : 0:間 : 0:居酒屋にて : 大樟:「開店前にお時間をいただき、ありがとうございます。警視庁の大樟と申します」 呉山:「同じく、警視庁の呉山です」 : 0:リーダーに警察手帳を見せる刑事ふたり : 由比:(リーダー) 由比:「どうも、ご丁寧に」 呉山:「まず確認ですが」 呉山:「三日前。店長は休みで、その日は総括リーダーであるあなたが店を回していた……ということで、お間違いありませんか?」 由比:(リーダー) 由比:「はい。間違いないです」 大樟:「では、お時間もないことでしょうし、単刀直入に伺います」 大樟:「三日前の十八時半から二十一時ごろの間、この写真の二人組が来店しませんでしたか?」 : 0:久宮と由比の写真を見せる大樟 : 由比:(リーダー) 由比:「そうは言いましても……。その時間帯は一番込み合うし、お客様の顔までは覚えてませんよ」 呉山:「覚えている特徴とかもないですか?」 由比:(リーダー) 由比:「うーん……。私は基本的に厨房にいまして。クレームが入ったときに、謝罪でフロアに出ることはありますが……少なくとも、私の記憶にはありませんね」 呉山:「そうですか……」 由比:(リーダー) 由比:「あ! ちょっと、あなた」 久宮:(フロアスタッフ) 久宮:「はい!」 由比:(リーダー) 由比:「この写真のお客様に見覚えある?」 久宮:(フロアスタッフ) 久宮:「うーん……? いや、さすがにそこまでは覚えてませんって。何人の客を見てると思ってるんですか」 由比:(リーダー) 由比:「こら。『客』じゃなくて『お客様』」 久宮:(フロアスタッフ) 久宮:「んひぃ、すみませんっ」 大樟:「(……収穫なし、か)」 由比:(リーダー) 由比:「あなたはどう? 確か、その日はレジ担当だったんじゃなかったっけ?」 湊人:(レジ担当) 湊人:「……あ。この人」 大樟:「!!」 呉山:「見覚えがありますか!?」 湊人:(レジ担当) 湊人:「あ、でも、大したことじゃないんですけど……」 大樟:「些細なことで構いません。あなたから見た、この二人の様子を教えていただけますか?」 湊人:(レジ担当) 湊人:「えっと……。本当に大したことなくて。確か……こっちのお客様が、お連れの方を介抱していたってだけの話なんですけど……」 呉山:「……え?」 湊人:(レジ担当) 湊人:「だから僕、お会計が終わった後に『タクシー呼びましょうか?』って言ったんです。でも『もう呼んであるからいいです』って……」 大樟:「どこのタクシー会社だったか、分かりますか?」 湊人:(レジ担当) 湊人:「いえ、そこまでは……」 久宮:(フロアスタッフ) 久宮:「あ、それなら。『ライトタクシー』じゃないですか?」 湊人:(レジ担当) 湊人:「え、なんで分かるんですか」 久宮:(フロアスタッフ) 久宮:「テーブルを片付けてたとき、窓の外がちらっと見えたのよ。そのときに『ライトタクシー』が停まってるのを見た」 呉山:「え、ちょっと待ってください」 大樟:「(セリフにかぶせて) 大樟: お時間のない中、貴重なお話をくださりありがとうございました」 呉山:「先輩!?」 大樟:「ほら、行くぞ」 呉山:「ちょ、待ってくださいよぉ!!」 : 0:間 : 呉山:「先輩! なんでもっと話を聞かなかったんですか!? あの証言はおかしいです!」 大樟:「……言ってみろ」 呉山:「レジを担当していたという、あの方。久宮の写真を指していました。しかし、由比さんが介抱される側だというのは、おかしな話です!」 大樟:「そうだな。『由比さんはお酒に強く、介抱されるよりもする側』……この情報を知っている我々からすれば、違和感しかない」 呉山:「なら……!」 大樟:「いい着眼点だ、呉山。それは認めるよ。だが……一つの証言だけに囚われてはいけない」 呉山:「と、言いますと?」 大樟:「久宮と由比さんがいた時間帯は忙しかったんだ。客の出入りも多かっただろう。しかも三日前の記憶だ。曖昧になっていてもおかしくはない」 呉山:「あの証言に、信憑性はないってことですか?」 大樟:「それを確かめるために、更なる証言を得に行くんだろうが」 呉山:「あっ……! タクシー会社ですね!」 大樟:「ああ。早いところ、行くぞ!」 : 0:間 : 0:タクシー会社 : 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「確かに、その日のその時間はお客様を二人、乗せましたね」 呉山:「本当ですか!?」 大樟:「どこまで乗せたか、覚えていますか?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「営業日誌に記載があるはずですので、少々お待ちくださいね。……あ。ありました」 : 0:運転手、営業日誌を見せる : 呉山:「出発地点が居酒屋、到着地点が……モーソン、カザネ支店?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「あの、実は……内緒にしてほしいんですけど」 呉山:「?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「お客様にはモーソンまででいいって言われたのですが……、お連れ様が酔って寝ていたみたいでして。料金はいいので家の前まで送るって言ってしまったんですよ」 大樟:「それで、どこまで送りましたか」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「地図で言うなら……この辺りのアパートでしたかね」 呉山:「(ここは……、久宮の住むアパート……)」 久宮:(タクシーの運転手) 久宮:「降ろしたあと、少し心配になって……。タクシーを停めて、部屋の前まで連れて行くのを手伝ったんですよ」 大樟:「介抱していた人物は、この写真のうちのどちらだったか、覚えていますか?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「いえ……、顔までは。いろんなお客様を乗せてますし、夜で暗かったので……」 大樟:「……」 呉山:「よく思い出してみてください! 何か、印象的な特徴などはありませんでしたか?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「ええと……。どっちかというと……、こっちの方だったような……」 : 0:運転手、久宮の写真を指さす : 呉山:「え……? こっちの人物でしたか!?」 大樟:「あの。重ねていくつか質問よろしいですか?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「なんでしょうか?」 大樟:「部屋の前まで見届けたんですよね? そのとき、変わった様子や印象的な行動はありませんでしたか?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「? いえ、特にありませんでしたが」 大樟:「一部始終を説明できますか?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「説明も何も……普通に家に入っていっただけでしたよ」 大樟:「……なるほど。貴重なお話、ありがとうございました。ご協力、感謝いたします」 : 0:少し間 : 呉山:「結局、あの店員も運転手も、久宮の写真を指さしてましたね……」 大樟:「そうだな」 呉山:「やはり三日も前の記憶となると、曖昧になるもんなんでしょうか……。これじゃ、参考になるかどうかも分かりませんね……」 大樟:「いいや。あの二人の証言は合っている」 呉山:「え? どういうことですか?」 大樟:「仮に介抱していたのが由比さんだとしよう。ならば、なぜ自分の家ではなく、わざわざ久宮の家に送ろうとしたんだ?」 呉山:「それは……居酒屋からなら、久宮の家の方が近かったからではないでしょうか?」 呉山:「先月挙げた結婚式に久宮も招待したと言っていましたし。住所を把握していてもおかしくはありません」 呉山:「LINEなどのメッセージに履歴が残っていたとしたら、運転手に説明するのも難しくないでしょうし」 大樟:「なら、なぜ真っ直ぐにその住所を伝えず、わざわざ最寄で停めようとしたんだ?」 呉山:「あ……」 大樟:「由比さんはあまり遊び歩くような人物ではなく、そのうえ久宮とも頻繁には会っていなかったという。住所を知っていても、実際に行くのはほとんど初めてだっただろう」 大樟:「なのに、どうして周辺に何があるか把握できていた? 知らないであろう道から、どうやって家に着こうとした?」 呉山:「地図アプリで検索すればたどり着けるのではないでしょうか?」 大樟:「女性の力で、寝ている人間を担ぎながら、か?」 大樟:「それなら住所を伝えてアパートの前まで送ってもらった方が早いだろう」 呉山:「確かに……」 大樟:「それに、……あの運転手の証言」 呉山:「?」 大樟:「二人は『普通に家に入っていった』って言ってたな」 呉山:「はい。変わった様子はなかった、と」 大樟:「おかしいとは思わなかったか?」 呉山:「……?」 大樟:「仮に、お前が私を介抱したとしよう。酔って寝ている私を、家まで連れて帰ってくれた」 呉山:「は、はい」 大樟:「さすがに外に放置するわけにもいかない。鍵を開けて家に入れなければならない――そんなとき、お前ならどうする?」 呉山:「そりゃあ、鍵を探します。『先輩、すみませんっ!』とか言いながら、ポケットや鞄の中を……あ!!」 大樟:「気づいたか」 呉山:「もし介抱したのが由比さんなら、その様子を運転手が見ていたなら……鍵を探している光景が目に入ったはず!」 大樟:「ああ。『印象に残らない』方がおかしいんだ。だったら、なぜ印象に残らなかったか」 呉山:「文字通り『普通に鍵を開けて家に入った』から……!」 大樟:「それができるのは、家主である久宮だけだ」 呉山:「待ってください! だとしても、おかしいです!」 大樟:「ああ。そうなると、酔って寝ていたのが由比さんだということになる」 呉山:「居酒屋のレシートには酒類を頼んだ形跡がありますが、量はそこまで多くないように見受けられます。お酒に強い由比さんが、この程度で寝るほど酔うとは考えにくい……」 大樟:「あとは……久宮の証言だ」 呉山:「嘘を言っているようには感じませんでしたが……」 大樟:「……してやられたな」 大樟:「確かに嘘は言っていない……が、本当のことも言っていない」 呉山:「と、言いますと?」 大樟:「あいつは、こう言っていたな」 : 久宮:『そのあとは真っ直ぐ家に帰りました』 : 呉山:「あ……! 『帰宅した』とは言っても……『解散した』とは言っていない!」 大樟:「ああ。我々は『真っ直ぐ帰った』と聞いて、無意識に『そこで解散した』と思い込んでしまっていたんだ」 呉山:「となると……。久宮は、由比さんを家に連れ帰ったことを『意図的に隠した』ってことですか……?」 大樟:「そうなるな。どうやら、奴を重要参考人と断定してよさそうだ」 呉山:「ええ。……由比さん、無事でしょうか」 大樟:「……っ。現状では、何とも言えない。だが、久宮について洗う必要があるのは確かだ」 呉山:「一番身近なのは……アパートの住人でしょうか?」 大樟:「だな。当日やその前後に、何かを目撃している可能性はある。だが……聞き込みをするには、もう遅い時間だろう」 大樟:「明日、久宮の近辺を洗うぞ! 呉山!」 呉山:「はい、先輩!」 : 0:間 : 湊人:一人で眠るには広すぎるベッドの上 湊人:玄関の鍵が開く音に目を覚ます 湊人:今すぐに駆け出したいのに、目が開かない。身体が動かない 湊人: 湊人:「ゆ、い……? かえ、った、の……?」 湊人: 湊人:かすれた声を絞り出すと、寝室のドアが開いた : 由比:「湊人」 : 湊人:そこにいたのは、まぎれもなく由比で 湊人:駆け寄って抱きしめたいのに、やはり身体は動かなくて 湊人:彼女はゆっくりこちらに歩み寄ると、僕の頭を優しく撫でる : 由比:「……湊人」 湊人:「ゆ、い……。おかえり……」 由比:「……ただいま」 : 湊人:彼女は泣きそうな表情(かお)で微笑むと 湊人:頬にそっと口づけてささやいた ※:口づける部位は好きに変更していただいてかまいません : 由比:「湊人。……愛してる」 : 0: : 湊人:「――っ!(目を覚ます)」 湊人: 湊人:夢に出てきたのと同じ、見慣れた部屋 湊人:そこには誰もいなくて 湊人:部屋のどこを探しても……由比はいなくて 湊人: 湊人:あれから何度、夢を見ては絶望したことだろう : 由比:『これからもずっと、一緒にいようね』 : 湊人:「お願いだよ、由比……。無事でいてくれ……」 湊人:「僕たち、約束したじゃないか……。なぁ、由比……。お願いだから……」 湊人: 湊人: 湊人:「帰ってきてくれよ……」 : 0:長い間 : 0:街中で由比捜索のためのビラを配っている湊人 : 湊人:「妻が行方不明なんです! 些細なことで構いません、目撃情報などありましたら教えてください!」 : 0:行きかう人々に渡そうとしても素通りされてしまう : 湊人:「妻を捜しています! お願いします! ご協力を……!!」 : 0:通行人、ビラを受け取った直後に目の前で捨てる : 湊人:「っ! うぅ……」 : 0:ビラを握りしめ、泣きそうになる湊人 0:そこに歩み寄る久宮 : 久宮:「あの……」 湊人:「……あ。あなたは、……久宮、さん?」 久宮:「そのビラ、半分いただけますか?」 湊人:「え……? はい……」 : 0:受け取ったビラを配り始める久宮 : 久宮:「行方不明になった友人を捜しています! この人を捜しています! ご協力をよろしくお願いします!!」 湊人:「久宮さん……。ありがとうございます……!」 湊人:「妻を探しています! ご協力をよろしくお願いします!」 : 0:少し間 : 久宮:「ふぅ……。少しでも配り終えられてよかったですね」 湊人:「久宮さんが手伝ってくださったおかげです」 久宮:「いえいえ。私としても、由比さんには一刻も早く見つかってほしいので……」 湊人:「本当に……、ありがとうございます……」 久宮:「……あの。あまり気負わないでくださいね」 湊人:「……」 久宮:「そうだ。あの喫茶店で、お茶でもしません?」 湊人:「すみません。ゆっくりしていられる気分じゃなくて……」 久宮:「気持ちは分かりますが、少しは休憩もしないと。……由比さんが戻ってきたときに、あなたがそんな疲れ切った顔でどうするんですか」 湊人:「……僕、そんな顔してます?」 久宮:「ええ。なので、行きましょう」 湊人:「は、はい……」 : 0:喫茶店へ向かう二人 : : 0:間 : : 0:久宮の住むアパート 0:久宮の部屋の隣人を訪ねる刑事ふたり 0:呼び鈴を鳴らす : 由比:(隣人) 由比:「はぁーい」 : 0:ドアが開く : 由比:(隣人) 由比:「どちらさまですか?」 大樟:「突然の訪問、すみません。警視庁の大樟と申します」 呉山:「同じく警視庁の呉山です」 : 0:警察手帳を見せる刑事ふたり : 由比:(隣人) 由比:「え、警察……? あたし、何もしてないですけど」 呉山:「いやいや! あなたを逮捕しにきた、とかじゃないですよ!」 由比:(隣人) 由比:「はぁ?」 大樟:「お隣に住んでいる久宮真子さんについて、何かご存知ですか?」 由比:(隣人) 由比:「隣? あぁ、うるさいんですよ、最近」 呉山:「うるさい?」 由比:(隣人) 由比:「なんか、大声で笑ったり泣きわめいたりしてて。時間帯関係なくそれだから、思わず壁ドンしたことがあって」 呉山:「あぁ、あのキュンと来ない方の壁ドンですね」 大樟:「数か月前に引っ越してきたそうですが、そのときから?」 由比:(隣人) 由比:「いや、本当にここ最近からですよ。昨日や一昨日くらいから?」 呉山:「ちなみに、久宮さんとの直接的な交流とかは?」 由比:(隣人) 由比:「ないです、そんなん。たまに顔を合わせたら会釈をする程度で」 呉山:「そうですか」 由比:(隣人) 由比:「あの。何かあったんですか?」 大樟:「……守秘義務がありますので、詳しくは言えませんが。我々はとある失踪事件について捜査しておりまして」 由比:(隣人) 由比:「失踪事件?」 大樟:「失踪者と関係の深い人物について、聞き込みを行っているのです」 由比:(隣人) 由比:「その人がいなくなったのって、いつのことですか?」 呉山:「四日前です」 由比:(隣人) 由比:「四日前……。あれは関係あるのかな……」 呉山:「何か、ご存じなのですか!?」 由比:(隣人) 由比:「いや、あたしの気のせいかもしれないし、よく覚えてないし……」 大樟:「些細なことで構いません。教えていただけますか?」 由比:(隣人) 由比:「……本当に、曖昧にしか言えないんですけど。隣から、大きな物音が聞こえたんです」 呉山:「物音?」 由比:(隣人) 由比:「あたし、そのとき寝てたんですけど、その音で目が覚めて……。何かを落とした? みたいな大きな音がして……そのあとは静かになったから、また寝たんですけど」 大樟:「それは、何時ごろのことですか?」 由比:(隣人) 由比:「確か……朝の四時前だったと思います。日付が変わってるから、正確には三日前になるのかな……?」 大樟:「(由比さんが失踪した日と重なっている……!)」 呉山:「そのほかに、見たものや聞いたものはありますか!?」 由比:(隣人) 由比:「いや……。ほかには何も」 呉山:「そうですか……」 大樟:「貴重なお話をありがとうございました」 : 0: : 0:大家さん宅 : 湊人:(大家さん) 湊人:「二階の久宮さん? さぁ、あまりお話したことはないからなぁ……」 呉山:「そうですか……」 湊人:(大家さん) 湊人:「たまに顔を合わせたときに会釈をする程度だよ」 大樟:「(交友関係は軽薄か……)」 呉山:「四日前から今日(こんにち)まで、すれ違ったり顔を合わせたりも全くありませんでしたか?」 湊人:(大家さん) 湊人:「あぁ。そういえば……」 呉山:「何か、思い出したことが?」 湊人:(大家さん) 湊人:「三日前の午前中だったかなぁ。久宮さんが、大きなクーラーボックスを持って歩いているのを見たよ」 大樟:「クーラーボックス? どれくらいの大きさだったか、覚えてますか?」 湊人:(大家さん) 湊人:「確か……、このくらいの……(手でサイズを示す)」 湊人:「大きくて、横に四角いやつだったなぁ」 呉山:「ずいぶん大型のクーラーボックスですね」 湊人:(大家さん) 湊人:「そうなんだよ。重そうによたよたと歩いていたから、運ぶの手伝おうかって声をかけたんだが、怒られてしまってね」 大樟:「怒られた?」 湊人:(大家さん) 湊人:「なんて言ったのかは聞き取れなかったが、とにかく怒鳴られたよ。余計なお世話だったかねぇ?」 久宮:(住人) 久宮:「あの~」 湊人:(大家さん) 湊人:「おや! こんにちは!」 呉山:「あなたは……?」 久宮:(住人) 久宮:「このアパートに住んでる者です。今の話、ちょっと聞こえちゃいまして」 大樟:「ということは、あなたも久宮真子さんについて、ご存じなことが?」 久宮:(住人) 久宮:「久宮真子さんって、あの部屋の人ですか?」 : 0:住人、久宮の部屋を指さす : 呉山:「ええ、そうです」 久宮:(住人) 久宮:「なんか、あの部屋に荷物がいっぱい運ばれてたんですよね。二階だし、重そうな荷物だし。宅配の人、大変そうでした」 大樟:「それは、何時ごろのことですか?」 久宮:(住人) 久宮:「夕方の四時ごろでしたかねぇ?」 呉山:「荷物の中身までは……分からないですよね」 久宮:(住人) 久宮:「さすがに、そこまでは……」 大樟:「では、どこの運送会社だったかは覚えていますか?」 久宮:(住人) 久宮:「確か、カザネコヤマトだったかと」 呉山:「ほかに覚えていることは?」 久宮:(住人) 久宮:「私は、それくらいですかね」 湊人:(大家さん) 湊人:「私も、それくらいだねぇ」 大樟:「分かりました。ご協力、感謝いたします」 : 0: : 呉山:「大きな物音、クーラーボックス、重そうな荷物……」 大樟:「……」 呉山:「少しずつ、核心に迫っている気がします。……もしかしたら、由比さんは」 大樟:「(セリフをさえぎるように) 大樟: 荷物の中身がなんだったか調べないことには、決めつけるにはまだ早い」 呉山:「……っ、……はい」 大樟:「私は運送会社に問い合わせてみる。お前は、近くのホームセンターへ行き、証言のウラを取ってきてくれ」 呉山:「分かりました!」 大樟:「(頼む……! 杞憂であってくれ……!)」 : : 0:間 : : 0:喫茶店に入る湊人と久宮 0:ドアのベルが鳴る : 由比:(店員) 由比:「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」 久宮:「はい」 由比:(店員) 由比:「空いてる席へどうぞ」 久宮:「この辺りでいいですか?」 湊人:「ええ、どこでも」 : 0:席に座る湊人と久宮 : 由比:(店員) 由比:「お冷を失礼いたします(二人の前に水の入ったグラスを置く)」 由比:「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」 久宮:「じゃあ、コーヒーをひとつ」 湊人:「私も、同じものを」 由比:(店員) 由比:「かしこまりました。コーヒーを二つ、ですね。少々お待ちくださいませ」 : 0:店員、立ち去る 0:しばらく沈黙 : 湊人:「……あの」 久宮:「はい」 湊人:「体調が悪い中、手伝ってくださって本当にありがとうございました」 久宮:「体調……? 別に悪くないですけど」 湊人:「え、そうなんですか? すみません。ふらふらしている様子だったので、てっきり……」 久宮:「ご心配ありがとうございます。でも、ただの寝不足なので」 湊人:「そうでしたか。すみません……」 久宮:「いえいえ」 湊人:「……」 久宮:「……」 湊人:「……そういえば。結婚式、来てくださってましたよね」 久宮:「あぁ、はい。覚えていてくださっていたんですね」 湊人:「古い友人だと、妻から聞いていましたので」 久宮:「そうですか。……あれから、一か月経ったんですね」 湊人:「……」 久宮:「まだこれからだっていうときに……こんなことになるなんて」 湊人:「……ええ。でも私は、妻が生きて帰ってくると信じています」 久宮:「……」 湊人:「あの」 久宮:「はい」 湊人:「あの日の夜、妻に会っていたんですよね?」 久宮:「ええ」 湊人:「由比、何か言っていませんでしたか?」 久宮:「何か、といいますのは……?」 由比:(店員) 由比:「お待たせいたしました。コーヒーでございます」 久宮:「あぁ、どうも」 : 0:店員、二人の前にコーヒーを置く : 由比:(店員) 由比:「失礼いたします。ごゆっくりどうぞ」 湊人:「ありがとうございます」 : 0:店員、立ち去る : 久宮:「それで、さっきの質問のことなんですが」 湊人:「警察の方が来られたときに訊かれたんです。『失踪しうる要因になるような出来事や悩みは抱えてなかったか』と」 久宮:「ええ」 湊人:「私が知る限りでは特にそういったことはなくて」 久宮:「最近、夫婦喧嘩をしたりとかはなかったんですか?」 湊人:「喧嘩なんてしたことありません」 久宮:「……そうなんですか」 湊人:「それに……由比はなんでも背負い込もうとするから。大丈夫じゃなくても『大丈夫』って笑うんです」 久宮:「確かに、あの子そういうところありますよね」 湊人:「ええ。なので、久宮さんにしか話していないこともあるんじゃないかと思いまして。……何か、仕事のことや人間関係について」 久宮:「……いえ。私の記憶には、ないですね」 湊人:「……そうですか」 久宮:「もっとも、あのときはお互いに泥酔していましたし、何を話したかほとんど覚えていないんですけどね。ははは……」 湊人:「……『お互いに泥酔していた』?」 久宮:「?」 湊人:「そんなにたくさん、お酒飲んだんですか?」 久宮:「言うほどたくさんは飲んでないかもしれませんが」 湊人:「だったら、ありえません」 久宮:「……」 湊人:「妻はお酒に強いんです。少量で泥酔するなんて、ありえない」 久宮:「どれだけお酒が強い人だって、酔うときは酔いますよ。それよりも……旦那さん」 湊人:「?」 久宮:「服、汚れてますよ」 湊人:「え??」 久宮:「ほら、襟のところ」 湊人:「……? どこですか?」 久宮:「鏡で見てきたらどうですか?」 湊人:「は、はぁ……。では少し……」 久宮:「ええ」 : 0:少し間 : 湊人:「(鏡で見てきたけど……汚れなんてついてたかな?)」 : 0:席に戻る湊人 : 湊人:「お待たせしました」 久宮:「いいえ、全然」 : 0:コーヒーをひとくちすする久宮 : 湊人:「……あ」 久宮:「? どうかしましたか?」 湊人:「その手の包帯……どうしたんですか?」 久宮:「え……?」 湊人:「すみません。目に入ったものでして」 久宮:「……コーヒー、冷めますよ」 湊人:「え? あ、はい……」 : 0:コーヒーを飲もうとする湊人 0:カップごと落とし、コーヒーが服にかかる : 湊人:「熱っっ!」 久宮:「……チッ(聞こえるか聞こえないかくらいの舌打ち)」 久宮:「大丈夫ですか!?」 湊人:「はい……」 久宮:「服が濡れてしまいましたね……」 湊人:「このくらい、平気です」 久宮:「でも、このあともビラ配りするんでしょう? さすがにそのままでは……」 久宮:「もしよろしければ、私の家で洗いましょうか?」 湊人:「……え?」 久宮:「火傷だってしてるかもしれないですし」 湊人:「……。……ありがとうございます。では、お言葉にあまえて」 久宮:「そしたら、出ましょうか」 湊人:「ええ」 : 0:お会計を済ませ、喫茶店を出るふたり : 由比:(店員) 由比:「ありがとうございました。またお越しくださいませ」 : : 0:間 : : 大樟:「貴重なお話をありがとうございました。ご協力、感謝いたします」 : 0:カザネコヤマト運送会社をあとにする大樟 0:呉山に電話をかける : 呉山:『もしもし、呉山です』 大樟:「呉山。そっちの状況はどうだ?」 呉山:『ウラ、取れました。アパートの最寄りにあるホームセンター・ナカムラで、久宮がクーラーボックスと耐熱用手袋、牛刀を購入している姿が防犯カメラに映っていました』 大樟:「そうか」 呉山:『また、店員の一人から証言を得まして。ドライアイスを購入できる場所を尋ねられ、ホームセンターから少し離れた場所にある氷販売店を案内したそうです』 大樟:「そこでのウラも取れたか?」 呉山:『はい。ドライアイスを購入し、クーラーボックスに詰めている久宮が、防犯カメラに』 大樟:「……ドライアイス、か」 呉山:『その映像のどれも、足取りはおぼつかない様子でした』 大樟:「……そうか」 呉山:『先輩はどうでしたか? ……荷物の中身は』 大樟:「ドライアイスだった。当日便で大量に注文していたようだ」 呉山:『クーラーボックスにドライアイス……。先輩、これって……』 大樟:「とりあえず、合流するぞ」 呉山:『わ、分かりました! 私がそちらへ向かいます!』 大樟:「ああ」 : 0:電話を切る : 大樟:「くそっ……!! くそがっ……!!」 : 0:握りこぶしで近くにあった塀を殴る : 大樟:「数々の証言、行動……これらの情報から、久宮が犯人なのは確かだ。由比さんは……、おそらく、もう……」 : 0:悔しさと怒りに歯を食いしばる大樟 : 大樟:「だが、揃っているのはあくまで状況証拠でしかない……。物的証拠がなければ……。何か、何か決定的な証拠はないか……?」 : 0:大樟のスマフォが鳴る : 大樟:「……なんだ? 電話? ……非通知?」 : 0:少しためらい、電話に出る大樟 : 大樟:「もしもし」 由比:『……』 大樟:「……もしもし? どなたさん?」 由比:『日名並(ひななみ)二丁目、十番地』 大樟:「!?」 由比:『サンハイツ・カザネ……二〇三号室』 大樟:「それは、久宮の住所……!? もしもし、あなたは――」 由比:『夫を、助けてください』 : 大樟:最後まで名前を告げなかったその人は 大樟:それだけ言い残し、電話を切った 大樟: 大樟:「――っ!!」 : 0:再び呉山に電話をかける大樟 : 呉山:『もしもし。先輩、どうしました?』 大樟:「合流場所を変更する!」 呉山:『はい!?』 大樟:「久宮のアパート前に、今すぐ来い! 銃の所持も使用も、許可する!!」 : : 0:間 : : 0:久宮の部屋にて : 久宮:「どうぞ、狭いところですが」 湊人:「お邪魔します」 久宮:「拭くものを用意しますので、座ってお待ちください」 湊人:「ありがとうございます」 : 0:久宮、別室へ : 湊人:「……」 湊人: 湊人:座っているように言われたものの、そんな気になれず、うろうろと歩き回っていた 湊人:生活感のない部屋を見回しながら、やはり先程の違和感が拭えなかった : 久宮:『お互いに泥酔していましたし――』 久宮:『どれだけお酒が強い人でも、酔うときは酔いますよ』 : 湊人:そうかもしれないけど……でも 湊人:あの由比が泥酔するなんて、想像ができない―― 湊人: 湊人:悶々と思考を巡らせていた、そのときだった : 由比:「……て」 湊人:「……え?」 由比:「に……て……」 : 湊人:かすかに、声がした 湊人:それをたどる。閉ざされた引き戸の前に立つ 湊人: 湊人:「ここから……、声が聞こえる……?」 湊人: 湊人:その引き戸に手をかけた瞬間だった : 由比:「来ちゃだめ、湊人!! 逃げて!!」 湊人:「!!」 湊人: 湊人:はっきりと、聞こえた 湊人:まぎれもなく――由比の声だ 湊人: 湊人:「そこに、いるの……?」 : 0:引き戸を開ける湊人 : 湊人:殺風景な畳の部屋 湊人:不自然に積み上げられた荷物 湊人:かすかな鉄のにおい 湊人:僕は導かれるように、押入れへと進む : 0:押入れを開ける湊人 : 湊人:下の段に、大型のクーラーボックスが置いてあった 湊人:それをおそるおそる開ける 湊人: 湊人:「……っ!」 湊人: 湊人:いた 湊人:由比が、いた 湊人: 湊人: 湊人:彼女の首には青黒く痛々しい痣が刻まれていて 湊人:身体はところどころ肉が削がれて骨がむき出しになっていた 湊人: 湊人:「なんて……、ひどい……」 湊人: 湊人:なんで、なんで 湊人:なんで、なんで、なんでなんで 湊人:由比が、こんな目に―― : : 0:湊人の背後で「ガタン!」と大きな音が鳴る 0:振り向くと、包丁を持った久宮が迫ってきている : 湊人:「っ!!」 : 0:包丁を振り下ろす久宮 0:久宮の手をつかんで受け止める湊人 : 湊人:「くっ……!! う、ぅ……」 久宮:「よくないですねぇ……。人んちを勝手にあさるのは」 湊人:「ぐっ……」 久宮:「本当は殺すつもりなかったんですけどねぇ。あなたが悪いんですよ? 余計なことに気づくから」 湊人:「ふーっ、ふーっ……」 久宮:「あの睡眠薬入りのコーヒーを飲んでさえくれれば、もっと楽に逝かせてあげられたんだけど……残念でしたぁ」 湊人:「なにを、した」 久宮:「はぁ?」 湊人:「由比に、なにをした……」 久宮:「あぁ……。ふふっ」 久宮: 久宮:「おいしかったわよ――あなたの奥さん」 : 湊人:「あ、あぁぁ……、あああぁぁぁああぁぁぁああ!!!」 : 0:湊人、久宮の脇腹を蹴る : 久宮:「ぐはぁっ!!」 : 0:転ばされる久宮、その隙に包丁を奪う湊人 : 湊人:「ああぁあぁぁぁぁぁああああぁぁぁ!!!(言葉にならない叫び声)」 : 0:首をつかんで壁に押し付けながら奪った包丁で久宮の腹部を刺す : 久宮:「あ、があっ……!」 湊人:「殺す……!! 殺す、殺す殺す殺す殺す殺す!! お前だけは!! 絶対に――!!」 : 0:刺した包丁を何度も抜き刺しする湊人 : 久宮:「うぅ、ああぁぁあぁ!!」 湊人:「楽に死ねると思うなよ……? 由比の分……、いや、それ以上に……!!」 : 0:包丁を抜く : 湊人:「苦しんで、苦しんで、苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで死ねぇ!!」 : 0:血の付いた包丁を振り上げる 0:銃声がし、包丁が弾き飛ばされる : 湊人:「っ!!」 大樟:「警察だ!! 動くな!!」 呉山:「旦那さん!! 何やってるんですか!!」 : 0:羽交い絞めにし、久宮と湊人を引き離す呉山 : 久宮:「(痛みに悶える)」 湊人:「離せ!! こいつは!! こいつだけは! この手で殺すんだ!!」 呉山:「そんなことして! 奥さんが喜ぶと思いますか!!」 : 0:暴れる湊人 0:部屋の状況と開かれたクーラーボックスの中身を見てすべてを察する大樟 : 大樟:「詳しい話は署で聞かせてもらう。……久宮真子」 久宮:「……」 大樟:「お前を、殺人及び遺体損壊の容疑で拘束する」 : 0:久宮に手錠をかけ、連行する大樟 : 湊人:「おい、待て!! 待てよ!!」 呉山:「旦那さん!! 落ち着いてください!!」 : 0:大樟と久宮が部屋から去る 0:その場で泣き崩れる湊人 : 湊人:「ふざけんなよ……、なぁ……。返せ……、返せよ……!」 湊人: 湊人:「由比を返せぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 : : 0: : : 0:間 : : 呉山:その後、久宮真子は拘置所へ送検された 呉山:司法解剖の結果、以下のことが分かった 呉山:二園寺由比の死因は、首を絞められたことによる窒息であること 呉山:手首に切り傷があったが、それは死後につけられたものであること――体内の血液の量が著しく少なかったことから、遺体の腐敗を防ぐために血抜きをしたものと考えられる 呉山:残った血液を採取し検査したところ、睡眠薬が検出された 呉山:また遺体が数か所にわたって削がれており、その証拠として牛刀を押収――そこから二園寺由比と久宮真子のDNAが検出された 呉山:久宮の手に切り傷があったことから、使用した際に誤って切ったものと思われる 呉山: 呉山:削がれた肉片は、未だに見つかっていない : 0: : 大樟:拘束した際に刺し傷による怪我を負っていたが、一命は取り留めた 大樟:そして、治療後の取り調べにて 大樟:久宮はすべての罪を認めた : : : 0:取調室にて 0:尋問する大樟と、調書を取る呉山 : 久宮:「はい。二園寺由比を殺したのは私です。そのあと、二園寺湊人を殺そうとしました」 大樟:「……動機は」 久宮:「どっちから説明すればいいですか」 大樟:「……じゃあ、まず、由比さんを殺した理由はなんだ?」 久宮:「……」 大樟:「中学時代からの……親友じゃなかったのか」 久宮:「……親友だなんて思ったこと、一度もありません」 大樟:「……なんだって?」 久宮:「だって私は――由比のことが、ずっと好きだったんですもの」 呉山:「……っ!」 大樟:「それは、恋愛感情という意味か?」 久宮:「ええ、そうです」 久宮:「由比は……落ちこぼれだった私を唯一肯定してくれた人なんです。気がつけば、彼女の優しさに惹かれていた……」 大樟:「……由比さんは、それを知っていたのか」 久宮:「いえ。女同士ですし、私自身がこの気持ちをひた隠しにしていたから。知らなかったと思いますよ、あのときまでは」 大樟:「……あのとき?」 久宮:「大学が離れて、住む場所が離れて。社会人になって、由比に彼氏ができて」 久宮:「一年前……結婚した、籍を入れたって嬉しそうに報告してきたときに、吹っ切れたと思ったんですけどね……」 久宮:「会ってしまえば……無理だった」 大樟:「……詳しく聞かせてもらおうか」 : 0: : 久宮:四日前……。偶然会社で会って、飲みに行こうって誘って、最初はそれで満足だったんです 久宮:旦那さんといるはずの時間を、自分に充ててくれている。それだけで贅沢だって、それ以上望んじゃいけないって 久宮:でも、時間が経つにつれて……由比を帰したくないって思いが募った 久宮:だから……由比がお手洗いに席を立った隙に、彼女が食べていたおつまみに睡眠薬を仕込んだんです : 0: : 久宮:家に連れて帰って、眠っている由比を見ていました 久宮:このときほど、不眠症でよかったと思った日はありません 久宮:この可愛い寝顔を、ずっと見ていられる。ひとり占めできている 久宮:一晩だけでいい。この寝顔を、見ているだけでいい 久宮:そう思っていたはずなのに―― 久宮: 久宮:魔が差してしまった 久宮: : 0: : 久宮:気がつけば服を脱がしていました 久宮:寝ている人間の服を脱がすのって、案外大変なんですよ? 久宮:でも……無我夢中でした 久宮:この細い身体をめちゃくちゃに抱いてやりたい 久宮:全部、私で染め上げたい 久宮:頭の中は、それでいっぱいでした 久宮: 久宮:寝ている間のことなら、きっとバレることはない 久宮:由比が起きないのをいいことに、好き勝手やっていました 久宮:だけど―― : 0: : 久宮:「(脱がした上半身に舌を這わせる)」 由比:「ん……、んぅ……」 久宮:「(這わせた舌が、下の方へ)」 由比:「ん、ひぃ……、あっ……」 由比:「……え?(目を覚ます)」 久宮:「!!」 由比:「真子……? なに、これ……? なに(してんの)」 久宮:「(セリフをさえぎるように無理やり口づける)」 由比:「んっ! んんっ……!」 : 0:由比、抵抗し久宮を引きはがす : 由比:「っはぁ……! ……ねぇ。これ、何の冗談?」 久宮:「……」 由比:「なんで、私も真子も裸なの……? ここはどこ……?」 久宮:「……」 由比:「とりあえず……そこ、どいて?」 久宮:「いや。……っ」 由比:「う、あぁっ……! 痛い、痛いっ……!!」 久宮:「痛い? そんなわけないでしょ?」 由比:「ひぃっ……!」 久宮:「何度も何度も拡げられて慣れてるんでしょ? 旦那の形になっちゃってるんでしょ?」 由比:「あぁぁっ……!!」 久宮:「私が全部、上書きしてあげる。由比の身体から……あの男を消してあげる!!」 由比:「いや……、やめて……! ぅあぁぁ、あぁぁぁああ!!(喘ぎより悲鳴に近い感じで)」 : 0: : 久宮:それから、由比を犯し続けました 久宮:外側も、内側も 久宮: 久宮:だけど……満たされることはなかった 久宮: 久宮:どれだけ抱いても、あいつの面影が邪魔をした 久宮: 久宮:もし男だったら 久宮:由比とひとつになれた 久宮:私で満たせた 久宮:上書きできた 久宮: 久宮:自分の性別を恨みながら 久宮:彼女の泣き声を聴いていました : : 0: : 久宮:「……」 由比:「うっ……。うぅっ……(泣いている)」 久宮:「……泣かないでよ、由比」 由比:「(軽く鼻をすする)」 由比:「なんで、こんなこと……」 久宮:「……分からない?」 由比:「……分かんないよ」 久宮:「……好きだからよ」 由比:「え……?」 久宮:「ずっと、ずっと好きだったの……。ずっと、あなたとこうしたかった……」 由比:「(軽く鼻をすすり、涙をぬぐう)」 由比:「……そう」 : 0:由比、そそくさと服を着る : 久宮:「由比……? どうしたの……?」 由比:「帰る」 久宮:「え……」 由比:「やりたいことができて満足したでしょ。……もう、私に会えると思わないで」 久宮:「待って!!」 : 0:立ち上がった由比の手をつかんで引き留める久宮 : 由比:「……離して」 久宮:「いや」 由比:「お願いだから、家に帰らせて」 由比: 由比: 由比:「旦那が待ってるの」 : : 0: : 久宮:嫌でも思い知らされました 久宮:所詮、私では―― 久宮:身体も心も奪えないんだ、と 久宮: 久宮:そのとき、私の中で 久宮: 久宮:何かが切れる音がした : : 0: : 0:久宮、由比の手を引っ張り転ばせる 0:そこに馬乗りになり、由比の首を絞める : ※:首の絞められ方はセリフ通りじゃなくて構いません。思ったようにやってください : 由比:「があっ……! あ……、ぁ……」 久宮:「なんで……、なんで私を見てくれないの……! こんなに……、こんなに好きなのに!!」 由比:「あ……、が……」 久宮:「ずっと見てきたのに!! 私の方が!! 由比のことを見てきたのに!!」 久宮: 久宮:「ずっと好きだったのに!!」 : 由比:「み……な、と……。……」 : 0: : 久宮:光の消えた瞳から、一筋の涙がこぼれた 久宮:抵抗していた身体から力が抜け、呼吸が止まる : 0: : 久宮:「ころ、した……? 私が……、私が……?」 久宮:「あぁぁ……、ああああ……。……はは。はは、はははは」 久宮: 久宮:「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」 久宮: 久宮:「違う! 違う違う違う違う!! 私が! あいつから!! あの男から寝取ってやったの!! 身体も!! 心も!!」 久宮:「由比は私のもの!! これで全部!! 私のものよ!!」 : 0:ひとしきり笑ったあと、由比に覆いかぶさるように抱きしめる久宮 : 久宮:「もう二度と、離さないからね……由比」 : : 0: : : 大樟:「……そのあと、どうした?」 久宮:「由比が腐らないように風呂場で血を抜けるだけ抜いたわ。そしてドライアイスとクーラーボックスを買って保存した」 大樟:「遺体の一部が損壊している。それが未だに見つからないんだが……どこにやった?」 久宮:「心残りがあったの」 大樟:「……心残り、だと?」 久宮:「私は結局、由比とひとつになれなかった。そりゃそうよね。それに必要な『モノ』が私にはついていないんだもの」 大樟:「何が言いたい」 久宮:「でも……血抜きをしているときに思いついたの――本当の意味で、由比とひとつになれる方法を」 大樟:「……まさか」 久宮:「食べたわ」 呉山:「っ!」 久宮:「由比を噛むたびに、飲み込むたびに……、思い出を振り返ってるみたいで楽しかったぁ……」 呉山:「(荒い息遣い)」 久宮:「由比が私の中に入ってきて……初めて満たされたの」 呉山:「お前……、お前ぇ!!」 : 0:久宮の胸ぐらをつかむ呉山 : 大樟:「呉山!」 呉山:「自分が……! 自分が何をしたか、分かってるのか!?」 大樟:「落ち着け!! お前は調書を取るんだ!」 呉山:「ですが!!」 久宮:「仕方ないじゃない……」 呉山:「あ!?」 久宮:「こんな形でしか愛せなかったんだから仕方ないじゃない!!」 呉山:「……っ」 : 0:呉山、ゆっくりと胸ぐらを離す : 久宮:「由比……、由比、ごめんね……。こうすることしか、できなかった……。ごめん、ごめんなさい……、ごめんなさい……」 大樟:「……」 呉山:「……」 久宮:「でも……楽しかったねぇ」 : 0:ここから、久宮の呂律が回らなくなる : 久宮:「いろんなことをして、いろんな話して、楽しかった……。今まで、楽しかった……」 久宮:「思い出が、いっぱいだねぇ……、由比。由比、由比……由比、由比由比由比由比由比……」 久宮: 久宮:「うぅぅ……、うぅあああぁぁああぁぁあああああぁぁぁあああぁぁああああああぁぁあああああぁあああああああぁぁぁぁあああああああ!! ゆい!! ゆい、ゆいぃぃぃ!! ああああああ、ああああああああああ!!」 : 0:急に泣きやむ久宮 : 久宮:「……あ、れ?」 大樟:「……どうした?」 久宮:「あれ……? あれ? あれ?? 思い、出せない……。ゆい……、ゆい……?」 久宮:「ねぇ……、ちょうだい。ゆいを、ちょうだい」 呉山:「なにを、言っている……?」 久宮:「ゆいを、たべさせて」 呉山:「っ!?」 久宮:「たべなきゃ、たべなきゃ、たべなきゃ。ゆいとの思い出が……、きえちゃう」 大樟:「おい!!」 久宮:「いや……、いや! ゆい、消えないで……! いや!! ゆい、消えちゃ、やだ!」 久宮:「ゆい、ゆい……、ゆい!!」 久宮: 久宮: 久宮:「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 : : 0: : 大樟:久宮は狂ったように叫び続けた 大樟:まともな会話ができる状態ではなく、これ以上の取り調べは不可能であると判断 大樟:そのまま医療刑務所へと搬送された 大樟:情緒不安定、回らない呂律 大樟:重度の歩行障害や、異常なまでの身体の不随(ふずい)運動 大樟:これらの症状や検査の結果から 大樟:『クールー病』――人肉を喰らったことによる感染症と診断された : 呉山:この取調べから数日後。家宅捜索により、久宮の住むアパートの浴室や浴槽から大量のルミノール反応が検出された 呉山:これまでの証言や押収された証拠から、警察は正式に久宮真子を犯人と断定。逮捕に至った 呉山:しかし、それから一か月もしないうちに容態が急変 呉山:判決を待たずして、息を引き取った 呉山: 呉山:また、二園寺湊人が久宮を刺した件について 呉山:正当防衛だと思われたが、身を守るための行為としては過剰であるとされ、認められず 呉山:さらに、それが殺意を以ての行動だったと本人が認めたことにより、殺人未遂罪として起訴された 呉山:しかし、妻を殺害された被害者であること、それによる憎悪から衝動的に起こした行動であり、計画性のない犯行であったことから情状酌量の余地があると看做(みな)され、執行猶予が与えられた 呉山:よって彼は今、釈放されている : 0: : 大樟:「(深いため息)」 呉山:「……胸糞悪い事件でしたね」 大樟:「まったくだ」 呉山:「……湊人さんは、これからどうなるんでしょうか」 大樟:「そこまでは我々の仕事ではない。……前を向いて生きてくれるよう、願うしかないだろう」 呉山:「そうですね……。それにしても、先輩」 大樟:「なんだ?」 呉山:「あのとき、どうして合流場所を久宮の住むアパートに変えたんですか?」 大樟:「あぁ。匿名で電話があったんだ。あのアパートの住所だけ告げてすぐに切れたんだけどな」 呉山:「匿名、ですか……。どうして署にではなく、先輩の携帯に?」 大樟:「さぁな」 大樟: 大樟:「それにしても……あの電話は、いったい誰からだったんだろうか?」 : : 0:間 : : 0:とある廃ビルの屋上で夕日を眺める湊人 : 湊人:「きれいな夕焼けだな……」 : 0:湊人、握りしめた手を広げる 0:手のひらには由比の結婚指輪 : 由比:「そうだね……」 : 0:湊人の隣に立つ由比 0:湊人にはその姿は見えないし声も聞こえていない : 湊人:「ねぇ、由比……。覚えてるかな。プロポーズした、あの日」 由比:「うん。あのときも、こんな夕焼けだった……」 湊人:「指輪渡すタイミングとか、なに言おうかとか、いろいろ考えててさ……」 由比:「夜景の見えるレストラン、予約してくれてたんだよね」 湊人:「緊張して、そわそわしてて……。そんなときに、由比が言ったんだ」 由比:「うん。よく覚えてる」 : 湊人:「『これからも、同じ景色を見てくれますか?』」 : 由比:「『これからも、同じ景色を見てくれますか?』」 : ※:できれば同時に。セリフをわけていただいても大丈夫です : 湊人:「……あのとき、僕も同じこと言おうとしてたんだ」 湊人:「なのに……先に言っちゃうんだもんなぁ」 由比:「ごめんって。夕日がきれいすぎて……湊人への想いも、あふれちゃったの」 : : 湊人:「……これからも、一緒にいられるって、思ってたのになぁ」 由比:「……うん」 湊人:「子どもとかできて、家族が増えてさ……。一緒に成長を見守って、独立したら、また二人になって……」 由比:「……うん」 湊人:「孫ができて、おじいちゃんおばあちゃんになって……。しわしわの手、繋いでさ」 由比:「……うん」 湊人:「そんな日々を……、由比と、過ごしたかった……」 : 0:湊人、指輪を握りしめる : 湊人:「ごめんな……。ひとりにして、ごめんなぁ……」 由比:「私こそ、ごめんね……。湊人を、置いていっちゃったね……」 湊人:「(嗚咽を漏らしながら泣いている)」 由比:「でもね。湊人には、私がいなくても幸せでいてほしいの。別の人と結ばれたっていい。ちゃんと笑って、私の分まで生きて(ほしい)」 湊人:「(握りしめていた指輪を口に入れ飲み込む)」 由比:「!?」 湊人:「……これで、由比と一緒に逝ける」 由比:「湊人……?」 湊人:「もう、ひとりになんてさせないから」 : 0:柵を乗り越えて屋上の縁に立つ湊人 : 由比:「やめて……! だめ!!」 湊人:「あと少しだけ、待っててね」 由比:「湊人!!」 : 湊人:重力に身を委ねた瞬間、声が聞こえた 湊人:同時に、何かが手に触れる 湊人:思わず振り返った視界がとらえたのは 湊人:泣きそうな表情(かお)で手を伸ばす由比の姿だった 湊人: 湊人:あぁ。なんだ 湊人:そこに、いたんだね : 0:微笑む湊人 : 湊人:「ずっと一緒だよ……由比」 ※:お好きなセリフに変えていただいてもいいです : 0:穏やかな表情を浮かべながら落ちていく :

0:結婚式の披露宴後 0:招待客を見送る湊人と由比 : 由比:「(女友達に対して) 由比: 今日は来てくれてありがとう! 由比: え? 綺麗だったなんて、そんなことないよ~!」 湊人:「(会社の同僚に対して) 湊人: 今日はありがとう! 気をつけて帰ってね! 湊人: え? お幸せにって……ありがと(照)」 久宮:「由比」 由比:「真子! 今日は来てくれてありがとう!」 久宮:「ううん。友人代表スピーチ、読めてよかった」 由比:「こっちこそ! 真子に頼んでよかった!」 久宮:「……お幸せに」 由比:「うん! ありがとう!(照笑)」 : 0:久宮、帰る : 由比:「お見送りはこれで全員かな?」 湊人:「そうみたいだね」 由比:「なんだか、準備に時間がかかったわりに本番は一瞬だったね」 湊人:「ふふっ。そうだね。……ねぇ、由比」 由比:「ん?」 湊人:「式が始まってから今まで、バタバタしてて言えなかったんだけど……」 由比:「?」 湊人:「……綺麗だよ。ウエディングドレスも、そのドレスも」 由比:「ひゃっ!? ……あ、ありがとう。湊人も……、その……、……かっこよかった」 湊人:「なっ……!? なんか、恥ずかしいな……」 由比:「褒め返し」 湊人:「由比には敵わないや(笑)」 由比:「……ねぇ」 湊人:「うん?」 由比:「これからもずっと、一緒にいようね」 湊人:「(微笑む)もちろん!」 : 0:ふたり、笑いあう : 湊人:このときの僕たちは多分 湊人:世界の誰よりも幸せで 由比:誰よりも祝福されていて 由比:誰よりも輝いていて 湊人:この先、何があったって 由比:同じ歩幅で歩いて 湊人:共に手を取り合って 由比:時にはぶつかり合いながら 湊人:ずっと隣で笑い合っていられると 由比:そんな日々が当たり前に続くと 湊人:そう信じていた : 0: : 湊人:由比が消息を絶ったのは 湊人:あれから一か月後のことだった : 0:間 : 0:湊人の家 0:インターフォンを鳴らす刑事ふたり : 湊人:『……はい。どちらさまでしょうか』 : 0:警察手帳を開いてインターフォンのカメラに近づけるふたり : 大樟:「警視庁の大樟と申します」 呉山:「同じく警視庁の呉山です」 : 0:ドアが開く : 湊人:「お待ちしてました……。中にどうぞ」 大樟:「失礼いたします」 呉山:「失礼いたします」 : 0:三人、リビングへ : 湊人:「そちらへおかけください。今、お茶の準備を……」 大樟:「いえ、お構いなく。それよりも……奥様について、お話を聞かせていただけますか?」 湊人:「……はい」 大樟:「呉山」 呉山:「はい」 : 0:呉山、ふところからメモ帳を取り出す : 呉山:「まず、先日提出していただいた捜索届をもとに、奥様の情報の確認をさせていただきます」 湊人:「はい」 呉山:「二園寺由比さん、二十六歳。一九九五年十月二十日生まれ、血液型はA型。身長一六〇センチ、体重五十三キロ、失踪当日の服装はスーツ……ここまではお間違いないでしょうか?」 湊人:「ええ、合っています」 呉山:「身体的特徴について、写真のご提示までありがとうございました」 湊人:「いえ……。妻が一刻も早く見つかるのなら、なんでもします」 大樟:「……それでは、旦那様。奥様を最後に見たときの出来事について、詳しくお聞かせ願えませんか?」 湊人:「はい……。私が最後に妻を見たのは、三日前の朝です……」 : 0: : 湊人:妻と私は株式会社ネージュで働いておりまして 湊人:いつも同じ時間……大体八時ごろに家を出て、妻は夕方五時半ごろ、私は夜の七時ごろに帰宅します 湊人:ですが、その日はシフトの関係で私だけ仕事が休みでして 湊人:朝は妻を見送ったんです : 0: : 由比:「それじゃあ、行ってくるね」 湊人:「うん。気をつけてね」 由比:「あ、今日の夕飯なんだけど……」 湊人:「あぁ、作っとくよ」 由比:「えっ? でも」 湊人:「いいの。今日は僕が休みなんだから、これくらいはさせて?」 由比:「ありがとう。じゃあ、お願いね」 湊人:「うん」 由比:「あ。ちょっと忘れ物」 湊人:「ん?」 : 0:由比、湊人を抱きしめる : 由比:「行ってきます」 湊人:「……うん。行ってらっしゃい」 : 0: : 呉山:「……それが、奥様を見た最後の姿だったんですね」 大樟:「ちなみに最近、奥様の身に『失踪しうる要因になりそうな』出来事があったり、悩みを抱えていたりはしませんでしたか?」 湊人:「……私の感じる限りだと、そういうのは全然」 大樟:「失礼ですが……恨みを抱えていそうな人物に心当たりは?」 湊人:「ありません! 由比は先輩にも可愛がられているし、同僚や後輩にも慕われているんです!」 大樟:「そうですか……。旦那様から見て、奥様はどのような人物でしたか?」 湊人:「しっかり者で、とても優しい人です。たまに一人で抱え込んで、無理をするところはありますが……そういったところを含めて支えたいと、心から思える人です」 大樟:「……」 呉山:「捜索願の、奥様が行きそうな場所の欄に『本屋』とありますが……ほかに心当たりはありませんか?」 湊人:「……彼女は基本的にインドア派なので。あまり遊び歩いたりしないんです」 呉山:「たとえば、ご友人と出かけたりだとかもありませんでしたか?」 湊人:「ないことはなかったですけど……、それでも、夜はなかったですね」 大樟:「つまり……奥様が遊びに行かれるのは昼だった、と?」 湊人:「ええ。たまに上司や先輩の誘いを断れなくて飲みに行くことはありましたが、そういうときは必ず連絡をくれました」 大樟:「その日は、一切連絡がなかったのですか?」 湊人:「あ、いえ……。確か、夕方の……五時すぎに……」 : 0: : 0:スマフォが鳴り、電話に出る湊人 : 湊人:「もしもし」 由比:『あー、もしもし』 湊人:「どうしたの?」 由比:『えっと……もう晩ご飯、作っちゃった?』 湊人:「これからだけど……もしかして、今日はいらない?」 由比:『あー、うん。真子……友達とばったり会っちゃって』 湊人:「まこ……? ……あー、もしかして、久宮真子さん? 友人代表スピーチ読んでた」 由比:『そうそう! せっかくだから、久しぶりに飲みにでも行かないかって話になって』 湊人:「そっかぁ。楽しんでおいで」 由比:『うん! ありがとう!』 湊人:「でも、飲みすぎないようにね」 由比:『私はザルだから大丈夫だよ』 湊人:「それでも、だよ。明日も仕事なんだから」 由比:『はぁい』 : 0: : 大樟:「奥さんは、お酒に強いのですか?」 湊人:「はい。下戸な僕とは真逆で……一緒に飲みに行った上司が妻を酔いつぶそうとして、逆に酔いつぶれたくらいで……」 呉山:「それは、すごいですね……」 大樟:「これまでに、奥さんが朝帰りをしたことは?」 湊人:「ありません。介抱やらなんやらで遅くなっても、必ず帰ってきてくれました!」 湊人:「だけど、朝になっても妻は……」 呉山:「そのあと、奥様から連絡は……」 湊人:「一切ありません。電話をかけてみたんですけど出なくて……会社に行っても、出社していないって」 呉山:「それで、捜索願を……」 大樟:「……つまり、その『久宮真子』が、奥様と最後に会った人物である可能性が高いということですね。旦那様との面識は?」 湊人:「直接的には、ほとんどありません。結婚式で挨拶をしたくらいです」 大樟:「その人の住所や身体的特徴が分かるものはありますか?」 湊人:「住所は……招待状を書いたときのリストがあるので、その中にあると思います。見た目は……、あ、そうだ。DVDがあります。披露宴の様子を撮影したものが」 大樟:「……見せていただくことは可能ですか?」 湊人:「はい」 : 0:招待客のリストを提示する 0:DVDを再生する : 湊人:「あ……、この人です」 : 久宮:『湊人さん、由比さん。ご結婚、おめでとうございます! 私は、新婦の中学時代からの友人で久宮真子と申します。ご指名により、僭越(せんえつ)ながら友人代表としてお祝いの言葉を述べさせていただきます』 久宮:『また、新婦のことは普段から「由比」と呼んでいるので、本日も親しみを込めてそのように呼ばせて頂きたいと思います』 : 大樟:「……なるほど。写真はありますか?」 湊人:「多分、アルバムに……あ、ありました」 大樟:「この写真と住所、複製させていただいても?」 湊人:「かまいませんが……」 大樟:「ありがとうございます。……呉山」 呉山:「はい!」 : 0:リストに書いてある久宮の住所をメモする 0:アルバムにある久宮の写真をスマフォで撮る : 大樟:「二園寺さん。貴重なお話をありがとうございました」 呉山:「ありがとうございました! では、我々はそろそろ」 湊人:「あの」 大樟:「……なんでしょう」 湊人:「見つかりますよね……?」 呉山:「……っ!」 湊人:「まだ、結婚して一年ほどしか経ってないんです。式は先月挙げたばかりで……。なのに……、こんなことって……」 呉山:「旦那様……。大丈夫です! 我々が、必ず(見つけ出します!)」 大樟:「(セリフにかぶせて)二園寺さん」 湊人:「……はい」 大樟:「失踪事件において、失踪者が見つかった例は確かにあります。しかし、その八十パーセントは一週間以内に発見されています」 呉山:「……先輩?」 湊人:「それは、つまり……?」 大樟:「日数が長引けば長引くほど、生存している可能性は低い……ということです」 湊人:「……そう、なんですか」 大樟:「もちろん、我々は全力で奥様を捜索するつもりです。ですが……最悪の事態も、想定に入れておいてください」 湊人:「っ!」 呉山:「ちょっと、先輩!」 大樟:「行くぞ、呉山」 呉山:「え、あ、はい! お邪魔しました! これにて、失礼します!」 : 0:敬礼をして湊人の家を出るふたり 0:呆然とひとり取り残される湊人 : : 0:間 : : 呉山:「先輩! なんであんなこと言ったんですか!」 大樟:「『あんなこと』とは?」 呉山:「奥さんがいなくなって、一番不安なのは旦那さんなんですよ!? なのに、あんな現実を突きつけるようなこと……!」 大樟:「希望を持たせるだけじゃ、いけないんだよ」 呉山:「え……?」 大樟:「そりゃぁ私だって、奥さんを見つけて無事に旦那さんのもとへ返したいさ。だが……失踪者が亡くなった状態で発見された事例を、我々は何回見てきた?」 呉山:「そ、それは……」 大樟:「それに……失踪者の捜索に我々が動く意味が、分からないわけではないだろう?」 呉山:「うぅ……」 大樟:「希望を持たせた分……いざそうなったときに絶望するのは、あの旦那さんだ」 呉山:「……」 大樟:「とはいえ、もちろん生きて返すに越したことはない。時間がない……全力で見つけ出すぞ、呉山!」 呉山:「……! はい、先輩!!」 大樟:「そうとなれば早速、さっき教わった住所を調べてくれ」 呉山:「久宮真子に話を聞きに行くんですね!」 大樟:「ああ。この失踪事件の、重要参考人になりえる人物だからな」 : 0:少し間 : : 0:久宮の住むアパート 0:呼び鈴を鳴らす刑事ふたり : 久宮:「……どちらさまでしょうか?」 大樟:「警視庁の者です」 久宮:「……警察?」 呉山:「お話を伺いたいことがありまして。少々、お時間をいただけませんか?」 : 0:ドアが開く : 大樟:「久宮真子さんですね?」 久宮:「ええ、そうですが」 大樟:「申し遅れました。警視庁の大樟という者です」 呉山:「同じく、警視庁の呉山です」 : 0:警察手帳を見せるふたり : 久宮:「……立ち話もあれですし。中へどうぞ」 大樟:「……では、失礼いたします」 呉山:「失礼します」 : : 0:久宮の部屋 0:リビングにて、椅子に腰かける刑事たち 0:テーブルにコーヒーを並べる久宮 : 久宮:「どうぞ、粗茶ですが」 大樟:「いえ、お構いなく」 久宮:「それで、訊きたいことというのは?」 呉山:「二園寺由比さんという方を、ご存知ですね?」 久宮:「ええ。私の友人ですが。どうかしたんですか」 呉山:「三日前から、行方不明になっていまして」 久宮:「由比が!?」 大樟:「はい」 久宮:「そんな……。それで、どうして私に話を?」 大樟:「三日前……由比さんが失踪した当日、あなたは彼女に会っているそうですね?」 久宮:「え、ええ」 大樟:「そのときのことを、詳しく聞かせていただけませんか?」 久宮:「分かりました。どこからお話すればいいですか? こういったことは初めてでして……」 呉山:「では、まずはあなたと由比さんの関係性について教えていただけますか?」 久宮:「私と由比は中学時代からの友人です」 呉山:「長い付き合いなんですね。久宮さんから見て、由比さんはどういう人物ですか?」 久宮:「あっさりとしていて、優しい人でした。誰にでも平等で、分け隔てなく接してくれて……」 大樟:「由比さんとは、中学時代から今まで、ずっと交流があったのですか?」 久宮:「高校を卒業するまでは、よく一緒に遊んだりしていたんですけどね」 久宮:「お互い、別の大学に進学しましたし、それからは会える頻度も少なくなって……社会人になってからは尚更です。住む場所さえ離れてしまいましたから」 大樟:「……? 由比さんの住所とあなたの住所、そこまで離れていないように見受けられますが」 久宮:「数か月前に、転勤をきっかけに引っ越してきたんです」 呉山:「なるほど」 大樟:「では、引っ越ししてからは頻繁に会っていたんですか?」 久宮:「いえいえ、そういうわけにもいかないですよ。由比は結婚してるんですから。LINEでのやりとりはありましたが、直接会ったのは結婚式で久々です」 大樟:「なるほど、分かりました」 大樟:「では次に……由比さんはあなたに『ばったり会った』と言っていたそうなのですが、そのときのことを詳しくお聞かせ願いたい」 久宮:「『ばったり』……。そうですね。あれは、まさしくそうだった……」 : 0: : 由比:「……あれ? もしかして、真子?」 : 0: : 久宮:その日、由比に会ったのは仕事中のことでした 久宮:株式会社ネージュは、うちの取引先でして 久宮:そこに営業に行っていたときに、話しかけられたんです : 0: : 由比:「へぇ、真子って日並(ひなみ)商事の営業部だったのね」 久宮:「びっくりしたわよ。まさか由比が株式会社ネージュで受付してるなんて」 由比:「お互い、仕事のことは詳しく教えてなかったもんね」 久宮:「今後は、仕事で会うことが多くなるかもしれないわね」 由比:「そうね。旦那が営業部だから、もしかしたら一緒に仕事することもあるかも。そのときは、よろしくね」 久宮:「……ええ。旦那さんにも、よろしく伝えておいて」 由比:「うん。……あ! 忙しいところに話しかけちゃってごめんね! お互い、午後も乗り切ろう!」 : 0: : 久宮:そう言って、私たちは仕事に戻ったんですが…… 久宮:正直、ずっと悶々としていました 久宮:結婚式以来、せっかく再会できたのに、次に会えるのはいつになるか分からない 久宮:だから……仕事が終わったとき、私は勇気を出してメッセージを送ったんです 久宮: 久宮:『仕事、もう終わった? よかったら、このあと飲みにでも行かない?』 : 0: : 久宮:「これが、そのときに送ったメッセージです」 : 0:久宮、スマフォの画面を見せる : 大樟:「……メッセージを送ったのが十八時、か」 呉山:「その後の返事から、合流したのが十八時半……それ以降はどこに?」 久宮:「居酒屋です」 大樟:「そこには何時までいましたか?」 久宮:「夜の九時ごろです。そのあとは真っ直ぐ家に帰りました」 大樟:「それを証明できる人は?」 久宮:「証明できる人はいませんが……そうだ、レシートがあります。ちょっと待っててくださいね」 : 0:久宮、財布を取り出しレシートを探す : 久宮:「あった……。これです」 呉山:「……確かに、時間は二十一時ですね」 大樟:「こちら、参考資料としていただいても?」 久宮:「ええ。かまいません」 大樟:「ご協力、ありがとうございます」 呉山:「帰宅後、由比さんと連絡などは……」 久宮:「いえ……」 呉山:「そうですか……」 久宮:「私から話せるのは、これくらいです」 大樟:「分かりました。お時間頂き、感謝します。我々はこれで」 呉山:「……あの」 久宮:「はい?」 呉山:「すみませんが……お手洗いをお借りしてもいいですか?」 大樟:「呉山、お前なぁ……」 久宮:「ええ、どうぞ」 呉山:「ありがとうございます。ええと、場所は……こっちですかね?」 : 0:立ち上がり、別室の引き戸に手をかけようとする呉山 0:あわてて立ち上がり、止める久宮 0:バン! と大きな音が鳴る : 呉山:「っ!(ビクッ)」 久宮:「あっ……。すみません」 呉山:「い、いえ……。こちらこそ、すみません」 久宮:「お手洗いはこちらです」 呉山:「あぁ……、すみません。ありがとうございます」 : 0:呉山をお手洗いまで案内して戻ってくる久宮 0:足取りは少しふらついている : 大樟:「申し訳ありませんね、うちの部下が……」 久宮:「いえ。案内しなかったのは私ですし」 大樟:「いえいえ、そんなことは。ところで、久宮さん」 久宮:「はい」 大樟:「その……、大丈夫ですか?」 久宮:「はい?」 大樟:「なんだか、足元がおぼつかないようですが」 久宮:「……ああ、大丈夫ですよ。ただの寝不足です。薬が効いていないのかな」 大樟:「薬?」 久宮:「睡眠薬なしでは眠れなくて」 大樟:「不眠症ですか……、大変ですね」 呉山:「お待たせしました」 大樟:「では、我々はそろそろ、おいとまさせていただきます。……行くぞ、呉山」 呉山:「はい! では、お邪魔しました!」 : 0:敬礼をして久宮の家を出る刑事ふたり : : 大樟:「……呉山。どう思った?」 呉山:「どうって……、何がです?」 大樟:「久宮の人物像について、だ」 呉山:「うーん、そうですね……。明るそうに見えますが……なんか、つかみにくいと言いますか」 大樟:「だが……嘘をついているようにも見えなかった」 呉山:「ええ。あーあ、どうしましょう。二十一時ごろに解散したとして、そのあと由比さんの身に何かあったんだとしたら……今のところ、手掛かりはゼロですよ」 大樟:「そうだな。『解散したあと』について、手掛かりはない」 呉山:「と、言いますと……あ、そうか!」 大樟:「ああ。まずは久宮と由比さんが行った居酒屋に話を聞きに行くぞ」 呉山:「そうですね!」 : 0:少し間 : 0:久宮の家 0:出したコーヒーを下げる久宮 : 久宮:「やっと帰ったわね……」 久宮:「……あの刑事たち。コーヒー、一口も飲んでないじゃない」 : 0:舌打ちしながら流しにコーヒーを捨てる久宮 : 0: 0: : 久宮:「……それにしても、この部屋を見られそうになったときは、どうなるかと思ったわ」 : 0: : 久宮:「お待たせぇ……。えへへ。やっとこの時間が来たわ……」 久宮:「っ、痛っ!! あぁ……、私としたことが……、手ぇ切っちゃった。……まぁ、いいや」 : 0: : 久宮:「ごめんね……。痛いわよね……。ごめん、ごめんね……」 : 0: : 久宮:「でも、これで……私たちはひとつになれる」 久宮:「だから、ずっと一緒よ――由比」 : 0:間 : 0:居酒屋にて : 大樟:「開店前にお時間をいただき、ありがとうございます。警視庁の大樟と申します」 呉山:「同じく、警視庁の呉山です」 : 0:リーダーに警察手帳を見せる刑事ふたり : 由比:(リーダー) 由比:「どうも、ご丁寧に」 呉山:「まず確認ですが」 呉山:「三日前。店長は休みで、その日は総括リーダーであるあなたが店を回していた……ということで、お間違いありませんか?」 由比:(リーダー) 由比:「はい。間違いないです」 大樟:「では、お時間もないことでしょうし、単刀直入に伺います」 大樟:「三日前の十八時半から二十一時ごろの間、この写真の二人組が来店しませんでしたか?」 : 0:久宮と由比の写真を見せる大樟 : 由比:(リーダー) 由比:「そうは言いましても……。その時間帯は一番込み合うし、お客様の顔までは覚えてませんよ」 呉山:「覚えている特徴とかもないですか?」 由比:(リーダー) 由比:「うーん……。私は基本的に厨房にいまして。クレームが入ったときに、謝罪でフロアに出ることはありますが……少なくとも、私の記憶にはありませんね」 呉山:「そうですか……」 由比:(リーダー) 由比:「あ! ちょっと、あなた」 久宮:(フロアスタッフ) 久宮:「はい!」 由比:(リーダー) 由比:「この写真のお客様に見覚えある?」 久宮:(フロアスタッフ) 久宮:「うーん……? いや、さすがにそこまでは覚えてませんって。何人の客を見てると思ってるんですか」 由比:(リーダー) 由比:「こら。『客』じゃなくて『お客様』」 久宮:(フロアスタッフ) 久宮:「んひぃ、すみませんっ」 大樟:「(……収穫なし、か)」 由比:(リーダー) 由比:「あなたはどう? 確か、その日はレジ担当だったんじゃなかったっけ?」 湊人:(レジ担当) 湊人:「……あ。この人」 大樟:「!!」 呉山:「見覚えがありますか!?」 湊人:(レジ担当) 湊人:「あ、でも、大したことじゃないんですけど……」 大樟:「些細なことで構いません。あなたから見た、この二人の様子を教えていただけますか?」 湊人:(レジ担当) 湊人:「えっと……。本当に大したことなくて。確か……こっちのお客様が、お連れの方を介抱していたってだけの話なんですけど……」 呉山:「……え?」 湊人:(レジ担当) 湊人:「だから僕、お会計が終わった後に『タクシー呼びましょうか?』って言ったんです。でも『もう呼んであるからいいです』って……」 大樟:「どこのタクシー会社だったか、分かりますか?」 湊人:(レジ担当) 湊人:「いえ、そこまでは……」 久宮:(フロアスタッフ) 久宮:「あ、それなら。『ライトタクシー』じゃないですか?」 湊人:(レジ担当) 湊人:「え、なんで分かるんですか」 久宮:(フロアスタッフ) 久宮:「テーブルを片付けてたとき、窓の外がちらっと見えたのよ。そのときに『ライトタクシー』が停まってるのを見た」 呉山:「え、ちょっと待ってください」 大樟:「(セリフにかぶせて) 大樟: お時間のない中、貴重なお話をくださりありがとうございました」 呉山:「先輩!?」 大樟:「ほら、行くぞ」 呉山:「ちょ、待ってくださいよぉ!!」 : 0:間 : 呉山:「先輩! なんでもっと話を聞かなかったんですか!? あの証言はおかしいです!」 大樟:「……言ってみろ」 呉山:「レジを担当していたという、あの方。久宮の写真を指していました。しかし、由比さんが介抱される側だというのは、おかしな話です!」 大樟:「そうだな。『由比さんはお酒に強く、介抱されるよりもする側』……この情報を知っている我々からすれば、違和感しかない」 呉山:「なら……!」 大樟:「いい着眼点だ、呉山。それは認めるよ。だが……一つの証言だけに囚われてはいけない」 呉山:「と、言いますと?」 大樟:「久宮と由比さんがいた時間帯は忙しかったんだ。客の出入りも多かっただろう。しかも三日前の記憶だ。曖昧になっていてもおかしくはない」 呉山:「あの証言に、信憑性はないってことですか?」 大樟:「それを確かめるために、更なる証言を得に行くんだろうが」 呉山:「あっ……! タクシー会社ですね!」 大樟:「ああ。早いところ、行くぞ!」 : 0:間 : 0:タクシー会社 : 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「確かに、その日のその時間はお客様を二人、乗せましたね」 呉山:「本当ですか!?」 大樟:「どこまで乗せたか、覚えていますか?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「営業日誌に記載があるはずですので、少々お待ちくださいね。……あ。ありました」 : 0:運転手、営業日誌を見せる : 呉山:「出発地点が居酒屋、到着地点が……モーソン、カザネ支店?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「あの、実は……内緒にしてほしいんですけど」 呉山:「?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「お客様にはモーソンまででいいって言われたのですが……、お連れ様が酔って寝ていたみたいでして。料金はいいので家の前まで送るって言ってしまったんですよ」 大樟:「それで、どこまで送りましたか」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「地図で言うなら……この辺りのアパートでしたかね」 呉山:「(ここは……、久宮の住むアパート……)」 久宮:(タクシーの運転手) 久宮:「降ろしたあと、少し心配になって……。タクシーを停めて、部屋の前まで連れて行くのを手伝ったんですよ」 大樟:「介抱していた人物は、この写真のうちのどちらだったか、覚えていますか?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「いえ……、顔までは。いろんなお客様を乗せてますし、夜で暗かったので……」 大樟:「……」 呉山:「よく思い出してみてください! 何か、印象的な特徴などはありませんでしたか?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「ええと……。どっちかというと……、こっちの方だったような……」 : 0:運転手、久宮の写真を指さす : 呉山:「え……? こっちの人物でしたか!?」 大樟:「あの。重ねていくつか質問よろしいですか?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「なんでしょうか?」 大樟:「部屋の前まで見届けたんですよね? そのとき、変わった様子や印象的な行動はありませんでしたか?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「? いえ、特にありませんでしたが」 大樟:「一部始終を説明できますか?」 久宮:(タクシー運転手) 久宮:「説明も何も……普通に家に入っていっただけでしたよ」 大樟:「……なるほど。貴重なお話、ありがとうございました。ご協力、感謝いたします」 : 0:少し間 : 呉山:「結局、あの店員も運転手も、久宮の写真を指さしてましたね……」 大樟:「そうだな」 呉山:「やはり三日も前の記憶となると、曖昧になるもんなんでしょうか……。これじゃ、参考になるかどうかも分かりませんね……」 大樟:「いいや。あの二人の証言は合っている」 呉山:「え? どういうことですか?」 大樟:「仮に介抱していたのが由比さんだとしよう。ならば、なぜ自分の家ではなく、わざわざ久宮の家に送ろうとしたんだ?」 呉山:「それは……居酒屋からなら、久宮の家の方が近かったからではないでしょうか?」 呉山:「先月挙げた結婚式に久宮も招待したと言っていましたし。住所を把握していてもおかしくはありません」 呉山:「LINEなどのメッセージに履歴が残っていたとしたら、運転手に説明するのも難しくないでしょうし」 大樟:「なら、なぜ真っ直ぐにその住所を伝えず、わざわざ最寄で停めようとしたんだ?」 呉山:「あ……」 大樟:「由比さんはあまり遊び歩くような人物ではなく、そのうえ久宮とも頻繁には会っていなかったという。住所を知っていても、実際に行くのはほとんど初めてだっただろう」 大樟:「なのに、どうして周辺に何があるか把握できていた? 知らないであろう道から、どうやって家に着こうとした?」 呉山:「地図アプリで検索すればたどり着けるのではないでしょうか?」 大樟:「女性の力で、寝ている人間を担ぎながら、か?」 大樟:「それなら住所を伝えてアパートの前まで送ってもらった方が早いだろう」 呉山:「確かに……」 大樟:「それに、……あの運転手の証言」 呉山:「?」 大樟:「二人は『普通に家に入っていった』って言ってたな」 呉山:「はい。変わった様子はなかった、と」 大樟:「おかしいとは思わなかったか?」 呉山:「……?」 大樟:「仮に、お前が私を介抱したとしよう。酔って寝ている私を、家まで連れて帰ってくれた」 呉山:「は、はい」 大樟:「さすがに外に放置するわけにもいかない。鍵を開けて家に入れなければならない――そんなとき、お前ならどうする?」 呉山:「そりゃあ、鍵を探します。『先輩、すみませんっ!』とか言いながら、ポケットや鞄の中を……あ!!」 大樟:「気づいたか」 呉山:「もし介抱したのが由比さんなら、その様子を運転手が見ていたなら……鍵を探している光景が目に入ったはず!」 大樟:「ああ。『印象に残らない』方がおかしいんだ。だったら、なぜ印象に残らなかったか」 呉山:「文字通り『普通に鍵を開けて家に入った』から……!」 大樟:「それができるのは、家主である久宮だけだ」 呉山:「待ってください! だとしても、おかしいです!」 大樟:「ああ。そうなると、酔って寝ていたのが由比さんだということになる」 呉山:「居酒屋のレシートには酒類を頼んだ形跡がありますが、量はそこまで多くないように見受けられます。お酒に強い由比さんが、この程度で寝るほど酔うとは考えにくい……」 大樟:「あとは……久宮の証言だ」 呉山:「嘘を言っているようには感じませんでしたが……」 大樟:「……してやられたな」 大樟:「確かに嘘は言っていない……が、本当のことも言っていない」 呉山:「と、言いますと?」 大樟:「あいつは、こう言っていたな」 : 久宮:『そのあとは真っ直ぐ家に帰りました』 : 呉山:「あ……! 『帰宅した』とは言っても……『解散した』とは言っていない!」 大樟:「ああ。我々は『真っ直ぐ帰った』と聞いて、無意識に『そこで解散した』と思い込んでしまっていたんだ」 呉山:「となると……。久宮は、由比さんを家に連れ帰ったことを『意図的に隠した』ってことですか……?」 大樟:「そうなるな。どうやら、奴を重要参考人と断定してよさそうだ」 呉山:「ええ。……由比さん、無事でしょうか」 大樟:「……っ。現状では、何とも言えない。だが、久宮について洗う必要があるのは確かだ」 呉山:「一番身近なのは……アパートの住人でしょうか?」 大樟:「だな。当日やその前後に、何かを目撃している可能性はある。だが……聞き込みをするには、もう遅い時間だろう」 大樟:「明日、久宮の近辺を洗うぞ! 呉山!」 呉山:「はい、先輩!」 : 0:間 : 湊人:一人で眠るには広すぎるベッドの上 湊人:玄関の鍵が開く音に目を覚ます 湊人:今すぐに駆け出したいのに、目が開かない。身体が動かない 湊人: 湊人:「ゆ、い……? かえ、った、の……?」 湊人: 湊人:かすれた声を絞り出すと、寝室のドアが開いた : 由比:「湊人」 : 湊人:そこにいたのは、まぎれもなく由比で 湊人:駆け寄って抱きしめたいのに、やはり身体は動かなくて 湊人:彼女はゆっくりこちらに歩み寄ると、僕の頭を優しく撫でる : 由比:「……湊人」 湊人:「ゆ、い……。おかえり……」 由比:「……ただいま」 : 湊人:彼女は泣きそうな表情(かお)で微笑むと 湊人:頬にそっと口づけてささやいた ※:口づける部位は好きに変更していただいてかまいません : 由比:「湊人。……愛してる」 : 0: : 湊人:「――っ!(目を覚ます)」 湊人: 湊人:夢に出てきたのと同じ、見慣れた部屋 湊人:そこには誰もいなくて 湊人:部屋のどこを探しても……由比はいなくて 湊人: 湊人:あれから何度、夢を見ては絶望したことだろう : 由比:『これからもずっと、一緒にいようね』 : 湊人:「お願いだよ、由比……。無事でいてくれ……」 湊人:「僕たち、約束したじゃないか……。なぁ、由比……。お願いだから……」 湊人: 湊人: 湊人:「帰ってきてくれよ……」 : 0:長い間 : 0:街中で由比捜索のためのビラを配っている湊人 : 湊人:「妻が行方不明なんです! 些細なことで構いません、目撃情報などありましたら教えてください!」 : 0:行きかう人々に渡そうとしても素通りされてしまう : 湊人:「妻を捜しています! お願いします! ご協力を……!!」 : 0:通行人、ビラを受け取った直後に目の前で捨てる : 湊人:「っ! うぅ……」 : 0:ビラを握りしめ、泣きそうになる湊人 0:そこに歩み寄る久宮 : 久宮:「あの……」 湊人:「……あ。あなたは、……久宮、さん?」 久宮:「そのビラ、半分いただけますか?」 湊人:「え……? はい……」 : 0:受け取ったビラを配り始める久宮 : 久宮:「行方不明になった友人を捜しています! この人を捜しています! ご協力をよろしくお願いします!!」 湊人:「久宮さん……。ありがとうございます……!」 湊人:「妻を探しています! ご協力をよろしくお願いします!」 : 0:少し間 : 久宮:「ふぅ……。少しでも配り終えられてよかったですね」 湊人:「久宮さんが手伝ってくださったおかげです」 久宮:「いえいえ。私としても、由比さんには一刻も早く見つかってほしいので……」 湊人:「本当に……、ありがとうございます……」 久宮:「……あの。あまり気負わないでくださいね」 湊人:「……」 久宮:「そうだ。あの喫茶店で、お茶でもしません?」 湊人:「すみません。ゆっくりしていられる気分じゃなくて……」 久宮:「気持ちは分かりますが、少しは休憩もしないと。……由比さんが戻ってきたときに、あなたがそんな疲れ切った顔でどうするんですか」 湊人:「……僕、そんな顔してます?」 久宮:「ええ。なので、行きましょう」 湊人:「は、はい……」 : 0:喫茶店へ向かう二人 : : 0:間 : : 0:久宮の住むアパート 0:久宮の部屋の隣人を訪ねる刑事ふたり 0:呼び鈴を鳴らす : 由比:(隣人) 由比:「はぁーい」 : 0:ドアが開く : 由比:(隣人) 由比:「どちらさまですか?」 大樟:「突然の訪問、すみません。警視庁の大樟と申します」 呉山:「同じく警視庁の呉山です」 : 0:警察手帳を見せる刑事ふたり : 由比:(隣人) 由比:「え、警察……? あたし、何もしてないですけど」 呉山:「いやいや! あなたを逮捕しにきた、とかじゃないですよ!」 由比:(隣人) 由比:「はぁ?」 大樟:「お隣に住んでいる久宮真子さんについて、何かご存知ですか?」 由比:(隣人) 由比:「隣? あぁ、うるさいんですよ、最近」 呉山:「うるさい?」 由比:(隣人) 由比:「なんか、大声で笑ったり泣きわめいたりしてて。時間帯関係なくそれだから、思わず壁ドンしたことがあって」 呉山:「あぁ、あのキュンと来ない方の壁ドンですね」 大樟:「数か月前に引っ越してきたそうですが、そのときから?」 由比:(隣人) 由比:「いや、本当にここ最近からですよ。昨日や一昨日くらいから?」 呉山:「ちなみに、久宮さんとの直接的な交流とかは?」 由比:(隣人) 由比:「ないです、そんなん。たまに顔を合わせたら会釈をする程度で」 呉山:「そうですか」 由比:(隣人) 由比:「あの。何かあったんですか?」 大樟:「……守秘義務がありますので、詳しくは言えませんが。我々はとある失踪事件について捜査しておりまして」 由比:(隣人) 由比:「失踪事件?」 大樟:「失踪者と関係の深い人物について、聞き込みを行っているのです」 由比:(隣人) 由比:「その人がいなくなったのって、いつのことですか?」 呉山:「四日前です」 由比:(隣人) 由比:「四日前……。あれは関係あるのかな……」 呉山:「何か、ご存じなのですか!?」 由比:(隣人) 由比:「いや、あたしの気のせいかもしれないし、よく覚えてないし……」 大樟:「些細なことで構いません。教えていただけますか?」 由比:(隣人) 由比:「……本当に、曖昧にしか言えないんですけど。隣から、大きな物音が聞こえたんです」 呉山:「物音?」 由比:(隣人) 由比:「あたし、そのとき寝てたんですけど、その音で目が覚めて……。何かを落とした? みたいな大きな音がして……そのあとは静かになったから、また寝たんですけど」 大樟:「それは、何時ごろのことですか?」 由比:(隣人) 由比:「確か……朝の四時前だったと思います。日付が変わってるから、正確には三日前になるのかな……?」 大樟:「(由比さんが失踪した日と重なっている……!)」 呉山:「そのほかに、見たものや聞いたものはありますか!?」 由比:(隣人) 由比:「いや……。ほかには何も」 呉山:「そうですか……」 大樟:「貴重なお話をありがとうございました」 : 0: : 0:大家さん宅 : 湊人:(大家さん) 湊人:「二階の久宮さん? さぁ、あまりお話したことはないからなぁ……」 呉山:「そうですか……」 湊人:(大家さん) 湊人:「たまに顔を合わせたときに会釈をする程度だよ」 大樟:「(交友関係は軽薄か……)」 呉山:「四日前から今日(こんにち)まで、すれ違ったり顔を合わせたりも全くありませんでしたか?」 湊人:(大家さん) 湊人:「あぁ。そういえば……」 呉山:「何か、思い出したことが?」 湊人:(大家さん) 湊人:「三日前の午前中だったかなぁ。久宮さんが、大きなクーラーボックスを持って歩いているのを見たよ」 大樟:「クーラーボックス? どれくらいの大きさだったか、覚えてますか?」 湊人:(大家さん) 湊人:「確か……、このくらいの……(手でサイズを示す)」 湊人:「大きくて、横に四角いやつだったなぁ」 呉山:「ずいぶん大型のクーラーボックスですね」 湊人:(大家さん) 湊人:「そうなんだよ。重そうによたよたと歩いていたから、運ぶの手伝おうかって声をかけたんだが、怒られてしまってね」 大樟:「怒られた?」 湊人:(大家さん) 湊人:「なんて言ったのかは聞き取れなかったが、とにかく怒鳴られたよ。余計なお世話だったかねぇ?」 久宮:(住人) 久宮:「あの~」 湊人:(大家さん) 湊人:「おや! こんにちは!」 呉山:「あなたは……?」 久宮:(住人) 久宮:「このアパートに住んでる者です。今の話、ちょっと聞こえちゃいまして」 大樟:「ということは、あなたも久宮真子さんについて、ご存じなことが?」 久宮:(住人) 久宮:「久宮真子さんって、あの部屋の人ですか?」 : 0:住人、久宮の部屋を指さす : 呉山:「ええ、そうです」 久宮:(住人) 久宮:「なんか、あの部屋に荷物がいっぱい運ばれてたんですよね。二階だし、重そうな荷物だし。宅配の人、大変そうでした」 大樟:「それは、何時ごろのことですか?」 久宮:(住人) 久宮:「夕方の四時ごろでしたかねぇ?」 呉山:「荷物の中身までは……分からないですよね」 久宮:(住人) 久宮:「さすがに、そこまでは……」 大樟:「では、どこの運送会社だったかは覚えていますか?」 久宮:(住人) 久宮:「確か、カザネコヤマトだったかと」 呉山:「ほかに覚えていることは?」 久宮:(住人) 久宮:「私は、それくらいですかね」 湊人:(大家さん) 湊人:「私も、それくらいだねぇ」 大樟:「分かりました。ご協力、感謝いたします」 : 0: : 呉山:「大きな物音、クーラーボックス、重そうな荷物……」 大樟:「……」 呉山:「少しずつ、核心に迫っている気がします。……もしかしたら、由比さんは」 大樟:「(セリフをさえぎるように) 大樟: 荷物の中身がなんだったか調べないことには、決めつけるにはまだ早い」 呉山:「……っ、……はい」 大樟:「私は運送会社に問い合わせてみる。お前は、近くのホームセンターへ行き、証言のウラを取ってきてくれ」 呉山:「分かりました!」 大樟:「(頼む……! 杞憂であってくれ……!)」 : : 0:間 : : 0:喫茶店に入る湊人と久宮 0:ドアのベルが鳴る : 由比:(店員) 由比:「いらっしゃいませ。二名様でしょうか?」 久宮:「はい」 由比:(店員) 由比:「空いてる席へどうぞ」 久宮:「この辺りでいいですか?」 湊人:「ええ、どこでも」 : 0:席に座る湊人と久宮 : 由比:(店員) 由比:「お冷を失礼いたします(二人の前に水の入ったグラスを置く)」 由比:「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」 久宮:「じゃあ、コーヒーをひとつ」 湊人:「私も、同じものを」 由比:(店員) 由比:「かしこまりました。コーヒーを二つ、ですね。少々お待ちくださいませ」 : 0:店員、立ち去る 0:しばらく沈黙 : 湊人:「……あの」 久宮:「はい」 湊人:「体調が悪い中、手伝ってくださって本当にありがとうございました」 久宮:「体調……? 別に悪くないですけど」 湊人:「え、そうなんですか? すみません。ふらふらしている様子だったので、てっきり……」 久宮:「ご心配ありがとうございます。でも、ただの寝不足なので」 湊人:「そうでしたか。すみません……」 久宮:「いえいえ」 湊人:「……」 久宮:「……」 湊人:「……そういえば。結婚式、来てくださってましたよね」 久宮:「あぁ、はい。覚えていてくださっていたんですね」 湊人:「古い友人だと、妻から聞いていましたので」 久宮:「そうですか。……あれから、一か月経ったんですね」 湊人:「……」 久宮:「まだこれからだっていうときに……こんなことになるなんて」 湊人:「……ええ。でも私は、妻が生きて帰ってくると信じています」 久宮:「……」 湊人:「あの」 久宮:「はい」 湊人:「あの日の夜、妻に会っていたんですよね?」 久宮:「ええ」 湊人:「由比、何か言っていませんでしたか?」 久宮:「何か、といいますのは……?」 由比:(店員) 由比:「お待たせいたしました。コーヒーでございます」 久宮:「あぁ、どうも」 : 0:店員、二人の前にコーヒーを置く : 由比:(店員) 由比:「失礼いたします。ごゆっくりどうぞ」 湊人:「ありがとうございます」 : 0:店員、立ち去る : 久宮:「それで、さっきの質問のことなんですが」 湊人:「警察の方が来られたときに訊かれたんです。『失踪しうる要因になるような出来事や悩みは抱えてなかったか』と」 久宮:「ええ」 湊人:「私が知る限りでは特にそういったことはなくて」 久宮:「最近、夫婦喧嘩をしたりとかはなかったんですか?」 湊人:「喧嘩なんてしたことありません」 久宮:「……そうなんですか」 湊人:「それに……由比はなんでも背負い込もうとするから。大丈夫じゃなくても『大丈夫』って笑うんです」 久宮:「確かに、あの子そういうところありますよね」 湊人:「ええ。なので、久宮さんにしか話していないこともあるんじゃないかと思いまして。……何か、仕事のことや人間関係について」 久宮:「……いえ。私の記憶には、ないですね」 湊人:「……そうですか」 久宮:「もっとも、あのときはお互いに泥酔していましたし、何を話したかほとんど覚えていないんですけどね。ははは……」 湊人:「……『お互いに泥酔していた』?」 久宮:「?」 湊人:「そんなにたくさん、お酒飲んだんですか?」 久宮:「言うほどたくさんは飲んでないかもしれませんが」 湊人:「だったら、ありえません」 久宮:「……」 湊人:「妻はお酒に強いんです。少量で泥酔するなんて、ありえない」 久宮:「どれだけお酒が強い人だって、酔うときは酔いますよ。それよりも……旦那さん」 湊人:「?」 久宮:「服、汚れてますよ」 湊人:「え??」 久宮:「ほら、襟のところ」 湊人:「……? どこですか?」 久宮:「鏡で見てきたらどうですか?」 湊人:「は、はぁ……。では少し……」 久宮:「ええ」 : 0:少し間 : 湊人:「(鏡で見てきたけど……汚れなんてついてたかな?)」 : 0:席に戻る湊人 : 湊人:「お待たせしました」 久宮:「いいえ、全然」 : 0:コーヒーをひとくちすする久宮 : 湊人:「……あ」 久宮:「? どうかしましたか?」 湊人:「その手の包帯……どうしたんですか?」 久宮:「え……?」 湊人:「すみません。目に入ったものでして」 久宮:「……コーヒー、冷めますよ」 湊人:「え? あ、はい……」 : 0:コーヒーを飲もうとする湊人 0:カップごと落とし、コーヒーが服にかかる : 湊人:「熱っっ!」 久宮:「……チッ(聞こえるか聞こえないかくらいの舌打ち)」 久宮:「大丈夫ですか!?」 湊人:「はい……」 久宮:「服が濡れてしまいましたね……」 湊人:「このくらい、平気です」 久宮:「でも、このあともビラ配りするんでしょう? さすがにそのままでは……」 久宮:「もしよろしければ、私の家で洗いましょうか?」 湊人:「……え?」 久宮:「火傷だってしてるかもしれないですし」 湊人:「……。……ありがとうございます。では、お言葉にあまえて」 久宮:「そしたら、出ましょうか」 湊人:「ええ」 : 0:お会計を済ませ、喫茶店を出るふたり : 由比:(店員) 由比:「ありがとうございました。またお越しくださいませ」 : : 0:間 : : 大樟:「貴重なお話をありがとうございました。ご協力、感謝いたします」 : 0:カザネコヤマト運送会社をあとにする大樟 0:呉山に電話をかける : 呉山:『もしもし、呉山です』 大樟:「呉山。そっちの状況はどうだ?」 呉山:『ウラ、取れました。アパートの最寄りにあるホームセンター・ナカムラで、久宮がクーラーボックスと耐熱用手袋、牛刀を購入している姿が防犯カメラに映っていました』 大樟:「そうか」 呉山:『また、店員の一人から証言を得まして。ドライアイスを購入できる場所を尋ねられ、ホームセンターから少し離れた場所にある氷販売店を案内したそうです』 大樟:「そこでのウラも取れたか?」 呉山:『はい。ドライアイスを購入し、クーラーボックスに詰めている久宮が、防犯カメラに』 大樟:「……ドライアイス、か」 呉山:『その映像のどれも、足取りはおぼつかない様子でした』 大樟:「……そうか」 呉山:『先輩はどうでしたか? ……荷物の中身は』 大樟:「ドライアイスだった。当日便で大量に注文していたようだ」 呉山:『クーラーボックスにドライアイス……。先輩、これって……』 大樟:「とりあえず、合流するぞ」 呉山:『わ、分かりました! 私がそちらへ向かいます!』 大樟:「ああ」 : 0:電話を切る : 大樟:「くそっ……!! くそがっ……!!」 : 0:握りこぶしで近くにあった塀を殴る : 大樟:「数々の証言、行動……これらの情報から、久宮が犯人なのは確かだ。由比さんは……、おそらく、もう……」 : 0:悔しさと怒りに歯を食いしばる大樟 : 大樟:「だが、揃っているのはあくまで状況証拠でしかない……。物的証拠がなければ……。何か、何か決定的な証拠はないか……?」 : 0:大樟のスマフォが鳴る : 大樟:「……なんだ? 電話? ……非通知?」 : 0:少しためらい、電話に出る大樟 : 大樟:「もしもし」 由比:『……』 大樟:「……もしもし? どなたさん?」 由比:『日名並(ひななみ)二丁目、十番地』 大樟:「!?」 由比:『サンハイツ・カザネ……二〇三号室』 大樟:「それは、久宮の住所……!? もしもし、あなたは――」 由比:『夫を、助けてください』 : 大樟:最後まで名前を告げなかったその人は 大樟:それだけ言い残し、電話を切った 大樟: 大樟:「――っ!!」 : 0:再び呉山に電話をかける大樟 : 呉山:『もしもし。先輩、どうしました?』 大樟:「合流場所を変更する!」 呉山:『はい!?』 大樟:「久宮のアパート前に、今すぐ来い! 銃の所持も使用も、許可する!!」 : : 0:間 : : 0:久宮の部屋にて : 久宮:「どうぞ、狭いところですが」 湊人:「お邪魔します」 久宮:「拭くものを用意しますので、座ってお待ちください」 湊人:「ありがとうございます」 : 0:久宮、別室へ : 湊人:「……」 湊人: 湊人:座っているように言われたものの、そんな気になれず、うろうろと歩き回っていた 湊人:生活感のない部屋を見回しながら、やはり先程の違和感が拭えなかった : 久宮:『お互いに泥酔していましたし――』 久宮:『どれだけお酒が強い人でも、酔うときは酔いますよ』 : 湊人:そうかもしれないけど……でも 湊人:あの由比が泥酔するなんて、想像ができない―― 湊人: 湊人:悶々と思考を巡らせていた、そのときだった : 由比:「……て」 湊人:「……え?」 由比:「に……て……」 : 湊人:かすかに、声がした 湊人:それをたどる。閉ざされた引き戸の前に立つ 湊人: 湊人:「ここから……、声が聞こえる……?」 湊人: 湊人:その引き戸に手をかけた瞬間だった : 由比:「来ちゃだめ、湊人!! 逃げて!!」 湊人:「!!」 湊人: 湊人:はっきりと、聞こえた 湊人:まぎれもなく――由比の声だ 湊人: 湊人:「そこに、いるの……?」 : 0:引き戸を開ける湊人 : 湊人:殺風景な畳の部屋 湊人:不自然に積み上げられた荷物 湊人:かすかな鉄のにおい 湊人:僕は導かれるように、押入れへと進む : 0:押入れを開ける湊人 : 湊人:下の段に、大型のクーラーボックスが置いてあった 湊人:それをおそるおそる開ける 湊人: 湊人:「……っ!」 湊人: 湊人:いた 湊人:由比が、いた 湊人: 湊人: 湊人:彼女の首には青黒く痛々しい痣が刻まれていて 湊人:身体はところどころ肉が削がれて骨がむき出しになっていた 湊人: 湊人:「なんて……、ひどい……」 湊人: 湊人:なんで、なんで 湊人:なんで、なんで、なんでなんで 湊人:由比が、こんな目に―― : : 0:湊人の背後で「ガタン!」と大きな音が鳴る 0:振り向くと、包丁を持った久宮が迫ってきている : 湊人:「っ!!」 : 0:包丁を振り下ろす久宮 0:久宮の手をつかんで受け止める湊人 : 湊人:「くっ……!! う、ぅ……」 久宮:「よくないですねぇ……。人んちを勝手にあさるのは」 湊人:「ぐっ……」 久宮:「本当は殺すつもりなかったんですけどねぇ。あなたが悪いんですよ? 余計なことに気づくから」 湊人:「ふーっ、ふーっ……」 久宮:「あの睡眠薬入りのコーヒーを飲んでさえくれれば、もっと楽に逝かせてあげられたんだけど……残念でしたぁ」 湊人:「なにを、した」 久宮:「はぁ?」 湊人:「由比に、なにをした……」 久宮:「あぁ……。ふふっ」 久宮: 久宮:「おいしかったわよ――あなたの奥さん」 : 湊人:「あ、あぁぁ……、あああぁぁぁああぁぁぁああ!!!」 : 0:湊人、久宮の脇腹を蹴る : 久宮:「ぐはぁっ!!」 : 0:転ばされる久宮、その隙に包丁を奪う湊人 : 湊人:「ああぁあぁぁぁぁぁああああぁぁぁ!!!(言葉にならない叫び声)」 : 0:首をつかんで壁に押し付けながら奪った包丁で久宮の腹部を刺す : 久宮:「あ、があっ……!」 湊人:「殺す……!! 殺す、殺す殺す殺す殺す殺す!! お前だけは!! 絶対に――!!」 : 0:刺した包丁を何度も抜き刺しする湊人 : 久宮:「うぅ、ああぁぁあぁ!!」 湊人:「楽に死ねると思うなよ……? 由比の分……、いや、それ以上に……!!」 : 0:包丁を抜く : 湊人:「苦しんで、苦しんで、苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで死ねぇ!!」 : 0:血の付いた包丁を振り上げる 0:銃声がし、包丁が弾き飛ばされる : 湊人:「っ!!」 大樟:「警察だ!! 動くな!!」 呉山:「旦那さん!! 何やってるんですか!!」 : 0:羽交い絞めにし、久宮と湊人を引き離す呉山 : 久宮:「(痛みに悶える)」 湊人:「離せ!! こいつは!! こいつだけは! この手で殺すんだ!!」 呉山:「そんなことして! 奥さんが喜ぶと思いますか!!」 : 0:暴れる湊人 0:部屋の状況と開かれたクーラーボックスの中身を見てすべてを察する大樟 : 大樟:「詳しい話は署で聞かせてもらう。……久宮真子」 久宮:「……」 大樟:「お前を、殺人及び遺体損壊の容疑で拘束する」 : 0:久宮に手錠をかけ、連行する大樟 : 湊人:「おい、待て!! 待てよ!!」 呉山:「旦那さん!! 落ち着いてください!!」 : 0:大樟と久宮が部屋から去る 0:その場で泣き崩れる湊人 : 湊人:「ふざけんなよ……、なぁ……。返せ……、返せよ……!」 湊人: 湊人:「由比を返せぇぇぇぇぇぇぇ!!!」 : : 0: : : 0:間 : : 呉山:その後、久宮真子は拘置所へ送検された 呉山:司法解剖の結果、以下のことが分かった 呉山:二園寺由比の死因は、首を絞められたことによる窒息であること 呉山:手首に切り傷があったが、それは死後につけられたものであること――体内の血液の量が著しく少なかったことから、遺体の腐敗を防ぐために血抜きをしたものと考えられる 呉山:残った血液を採取し検査したところ、睡眠薬が検出された 呉山:また遺体が数か所にわたって削がれており、その証拠として牛刀を押収――そこから二園寺由比と久宮真子のDNAが検出された 呉山:久宮の手に切り傷があったことから、使用した際に誤って切ったものと思われる 呉山: 呉山:削がれた肉片は、未だに見つかっていない : 0: : 大樟:拘束した際に刺し傷による怪我を負っていたが、一命は取り留めた 大樟:そして、治療後の取り調べにて 大樟:久宮はすべての罪を認めた : : : 0:取調室にて 0:尋問する大樟と、調書を取る呉山 : 久宮:「はい。二園寺由比を殺したのは私です。そのあと、二園寺湊人を殺そうとしました」 大樟:「……動機は」 久宮:「どっちから説明すればいいですか」 大樟:「……じゃあ、まず、由比さんを殺した理由はなんだ?」 久宮:「……」 大樟:「中学時代からの……親友じゃなかったのか」 久宮:「……親友だなんて思ったこと、一度もありません」 大樟:「……なんだって?」 久宮:「だって私は――由比のことが、ずっと好きだったんですもの」 呉山:「……っ!」 大樟:「それは、恋愛感情という意味か?」 久宮:「ええ、そうです」 久宮:「由比は……落ちこぼれだった私を唯一肯定してくれた人なんです。気がつけば、彼女の優しさに惹かれていた……」 大樟:「……由比さんは、それを知っていたのか」 久宮:「いえ。女同士ですし、私自身がこの気持ちをひた隠しにしていたから。知らなかったと思いますよ、あのときまでは」 大樟:「……あのとき?」 久宮:「大学が離れて、住む場所が離れて。社会人になって、由比に彼氏ができて」 久宮:「一年前……結婚した、籍を入れたって嬉しそうに報告してきたときに、吹っ切れたと思ったんですけどね……」 久宮:「会ってしまえば……無理だった」 大樟:「……詳しく聞かせてもらおうか」 : 0: : 久宮:四日前……。偶然会社で会って、飲みに行こうって誘って、最初はそれで満足だったんです 久宮:旦那さんといるはずの時間を、自分に充ててくれている。それだけで贅沢だって、それ以上望んじゃいけないって 久宮:でも、時間が経つにつれて……由比を帰したくないって思いが募った 久宮:だから……由比がお手洗いに席を立った隙に、彼女が食べていたおつまみに睡眠薬を仕込んだんです : 0: : 久宮:家に連れて帰って、眠っている由比を見ていました 久宮:このときほど、不眠症でよかったと思った日はありません 久宮:この可愛い寝顔を、ずっと見ていられる。ひとり占めできている 久宮:一晩だけでいい。この寝顔を、見ているだけでいい 久宮:そう思っていたはずなのに―― 久宮: 久宮:魔が差してしまった 久宮: : 0: : 久宮:気がつけば服を脱がしていました 久宮:寝ている人間の服を脱がすのって、案外大変なんですよ? 久宮:でも……無我夢中でした 久宮:この細い身体をめちゃくちゃに抱いてやりたい 久宮:全部、私で染め上げたい 久宮:頭の中は、それでいっぱいでした 久宮: 久宮:寝ている間のことなら、きっとバレることはない 久宮:由比が起きないのをいいことに、好き勝手やっていました 久宮:だけど―― : 0: : 久宮:「(脱がした上半身に舌を這わせる)」 由比:「ん……、んぅ……」 久宮:「(這わせた舌が、下の方へ)」 由比:「ん、ひぃ……、あっ……」 由比:「……え?(目を覚ます)」 久宮:「!!」 由比:「真子……? なに、これ……? なに(してんの)」 久宮:「(セリフをさえぎるように無理やり口づける)」 由比:「んっ! んんっ……!」 : 0:由比、抵抗し久宮を引きはがす : 由比:「っはぁ……! ……ねぇ。これ、何の冗談?」 久宮:「……」 由比:「なんで、私も真子も裸なの……? ここはどこ……?」 久宮:「……」 由比:「とりあえず……そこ、どいて?」 久宮:「いや。……っ」 由比:「う、あぁっ……! 痛い、痛いっ……!!」 久宮:「痛い? そんなわけないでしょ?」 由比:「ひぃっ……!」 久宮:「何度も何度も拡げられて慣れてるんでしょ? 旦那の形になっちゃってるんでしょ?」 由比:「あぁぁっ……!!」 久宮:「私が全部、上書きしてあげる。由比の身体から……あの男を消してあげる!!」 由比:「いや……、やめて……! ぅあぁぁ、あぁぁぁああ!!(喘ぎより悲鳴に近い感じで)」 : 0: : 久宮:それから、由比を犯し続けました 久宮:外側も、内側も 久宮: 久宮:だけど……満たされることはなかった 久宮: 久宮:どれだけ抱いても、あいつの面影が邪魔をした 久宮: 久宮:もし男だったら 久宮:由比とひとつになれた 久宮:私で満たせた 久宮:上書きできた 久宮: 久宮:自分の性別を恨みながら 久宮:彼女の泣き声を聴いていました : : 0: : 久宮:「……」 由比:「うっ……。うぅっ……(泣いている)」 久宮:「……泣かないでよ、由比」 由比:「(軽く鼻をすする)」 由比:「なんで、こんなこと……」 久宮:「……分からない?」 由比:「……分かんないよ」 久宮:「……好きだからよ」 由比:「え……?」 久宮:「ずっと、ずっと好きだったの……。ずっと、あなたとこうしたかった……」 由比:「(軽く鼻をすすり、涙をぬぐう)」 由比:「……そう」 : 0:由比、そそくさと服を着る : 久宮:「由比……? どうしたの……?」 由比:「帰る」 久宮:「え……」 由比:「やりたいことができて満足したでしょ。……もう、私に会えると思わないで」 久宮:「待って!!」 : 0:立ち上がった由比の手をつかんで引き留める久宮 : 由比:「……離して」 久宮:「いや」 由比:「お願いだから、家に帰らせて」 由比: 由比: 由比:「旦那が待ってるの」 : : 0: : 久宮:嫌でも思い知らされました 久宮:所詮、私では―― 久宮:身体も心も奪えないんだ、と 久宮: 久宮:そのとき、私の中で 久宮: 久宮:何かが切れる音がした : : 0: : 0:久宮、由比の手を引っ張り転ばせる 0:そこに馬乗りになり、由比の首を絞める : ※:首の絞められ方はセリフ通りじゃなくて構いません。思ったようにやってください : 由比:「があっ……! あ……、ぁ……」 久宮:「なんで……、なんで私を見てくれないの……! こんなに……、こんなに好きなのに!!」 由比:「あ……、が……」 久宮:「ずっと見てきたのに!! 私の方が!! 由比のことを見てきたのに!!」 久宮: 久宮:「ずっと好きだったのに!!」 : 由比:「み……な、と……。……」 : 0: : 久宮:光の消えた瞳から、一筋の涙がこぼれた 久宮:抵抗していた身体から力が抜け、呼吸が止まる : 0: : 久宮:「ころ、した……? 私が……、私が……?」 久宮:「あぁぁ……、ああああ……。……はは。はは、はははは」 久宮: 久宮:「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!」 久宮: 久宮:「違う! 違う違う違う違う!! 私が! あいつから!! あの男から寝取ってやったの!! 身体も!! 心も!!」 久宮:「由比は私のもの!! これで全部!! 私のものよ!!」 : 0:ひとしきり笑ったあと、由比に覆いかぶさるように抱きしめる久宮 : 久宮:「もう二度と、離さないからね……由比」 : : 0: : : 大樟:「……そのあと、どうした?」 久宮:「由比が腐らないように風呂場で血を抜けるだけ抜いたわ。そしてドライアイスとクーラーボックスを買って保存した」 大樟:「遺体の一部が損壊している。それが未だに見つからないんだが……どこにやった?」 久宮:「心残りがあったの」 大樟:「……心残り、だと?」 久宮:「私は結局、由比とひとつになれなかった。そりゃそうよね。それに必要な『モノ』が私にはついていないんだもの」 大樟:「何が言いたい」 久宮:「でも……血抜きをしているときに思いついたの――本当の意味で、由比とひとつになれる方法を」 大樟:「……まさか」 久宮:「食べたわ」 呉山:「っ!」 久宮:「由比を噛むたびに、飲み込むたびに……、思い出を振り返ってるみたいで楽しかったぁ……」 呉山:「(荒い息遣い)」 久宮:「由比が私の中に入ってきて……初めて満たされたの」 呉山:「お前……、お前ぇ!!」 : 0:久宮の胸ぐらをつかむ呉山 : 大樟:「呉山!」 呉山:「自分が……! 自分が何をしたか、分かってるのか!?」 大樟:「落ち着け!! お前は調書を取るんだ!」 呉山:「ですが!!」 久宮:「仕方ないじゃない……」 呉山:「あ!?」 久宮:「こんな形でしか愛せなかったんだから仕方ないじゃない!!」 呉山:「……っ」 : 0:呉山、ゆっくりと胸ぐらを離す : 久宮:「由比……、由比、ごめんね……。こうすることしか、できなかった……。ごめん、ごめんなさい……、ごめんなさい……」 大樟:「……」 呉山:「……」 久宮:「でも……楽しかったねぇ」 : 0:ここから、久宮の呂律が回らなくなる : 久宮:「いろんなことをして、いろんな話して、楽しかった……。今まで、楽しかった……」 久宮:「思い出が、いっぱいだねぇ……、由比。由比、由比……由比、由比由比由比由比由比……」 久宮: 久宮:「うぅぅ……、うぅあああぁぁああぁぁあああああぁぁぁあああぁぁああああああぁぁあああああぁあああああああぁぁぁぁあああああああ!! ゆい!! ゆい、ゆいぃぃぃ!! ああああああ、ああああああああああ!!」 : 0:急に泣きやむ久宮 : 久宮:「……あ、れ?」 大樟:「……どうした?」 久宮:「あれ……? あれ? あれ?? 思い、出せない……。ゆい……、ゆい……?」 久宮:「ねぇ……、ちょうだい。ゆいを、ちょうだい」 呉山:「なにを、言っている……?」 久宮:「ゆいを、たべさせて」 呉山:「っ!?」 久宮:「たべなきゃ、たべなきゃ、たべなきゃ。ゆいとの思い出が……、きえちゃう」 大樟:「おい!!」 久宮:「いや……、いや! ゆい、消えないで……! いや!! ゆい、消えちゃ、やだ!」 久宮:「ゆい、ゆい……、ゆい!!」 久宮: 久宮: 久宮:「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 : : 0: : 大樟:久宮は狂ったように叫び続けた 大樟:まともな会話ができる状態ではなく、これ以上の取り調べは不可能であると判断 大樟:そのまま医療刑務所へと搬送された 大樟:情緒不安定、回らない呂律 大樟:重度の歩行障害や、異常なまでの身体の不随(ふずい)運動 大樟:これらの症状や検査の結果から 大樟:『クールー病』――人肉を喰らったことによる感染症と診断された : 呉山:この取調べから数日後。家宅捜索により、久宮の住むアパートの浴室や浴槽から大量のルミノール反応が検出された 呉山:これまでの証言や押収された証拠から、警察は正式に久宮真子を犯人と断定。逮捕に至った 呉山:しかし、それから一か月もしないうちに容態が急変 呉山:判決を待たずして、息を引き取った 呉山: 呉山:また、二園寺湊人が久宮を刺した件について 呉山:正当防衛だと思われたが、身を守るための行為としては過剰であるとされ、認められず 呉山:さらに、それが殺意を以ての行動だったと本人が認めたことにより、殺人未遂罪として起訴された 呉山:しかし、妻を殺害された被害者であること、それによる憎悪から衝動的に起こした行動であり、計画性のない犯行であったことから情状酌量の余地があると看做(みな)され、執行猶予が与えられた 呉山:よって彼は今、釈放されている : 0: : 大樟:「(深いため息)」 呉山:「……胸糞悪い事件でしたね」 大樟:「まったくだ」 呉山:「……湊人さんは、これからどうなるんでしょうか」 大樟:「そこまでは我々の仕事ではない。……前を向いて生きてくれるよう、願うしかないだろう」 呉山:「そうですね……。それにしても、先輩」 大樟:「なんだ?」 呉山:「あのとき、どうして合流場所を久宮の住むアパートに変えたんですか?」 大樟:「あぁ。匿名で電話があったんだ。あのアパートの住所だけ告げてすぐに切れたんだけどな」 呉山:「匿名、ですか……。どうして署にではなく、先輩の携帯に?」 大樟:「さぁな」 大樟: 大樟:「それにしても……あの電話は、いったい誰からだったんだろうか?」 : : 0:間 : : 0:とある廃ビルの屋上で夕日を眺める湊人 : 湊人:「きれいな夕焼けだな……」 : 0:湊人、握りしめた手を広げる 0:手のひらには由比の結婚指輪 : 由比:「そうだね……」 : 0:湊人の隣に立つ由比 0:湊人にはその姿は見えないし声も聞こえていない : 湊人:「ねぇ、由比……。覚えてるかな。プロポーズした、あの日」 由比:「うん。あのときも、こんな夕焼けだった……」 湊人:「指輪渡すタイミングとか、なに言おうかとか、いろいろ考えててさ……」 由比:「夜景の見えるレストラン、予約してくれてたんだよね」 湊人:「緊張して、そわそわしてて……。そんなときに、由比が言ったんだ」 由比:「うん。よく覚えてる」 : 湊人:「『これからも、同じ景色を見てくれますか?』」 : 由比:「『これからも、同じ景色を見てくれますか?』」 : ※:できれば同時に。セリフをわけていただいても大丈夫です : 湊人:「……あのとき、僕も同じこと言おうとしてたんだ」 湊人:「なのに……先に言っちゃうんだもんなぁ」 由比:「ごめんって。夕日がきれいすぎて……湊人への想いも、あふれちゃったの」 : : 湊人:「……これからも、一緒にいられるって、思ってたのになぁ」 由比:「……うん」 湊人:「子どもとかできて、家族が増えてさ……。一緒に成長を見守って、独立したら、また二人になって……」 由比:「……うん」 湊人:「孫ができて、おじいちゃんおばあちゃんになって……。しわしわの手、繋いでさ」 由比:「……うん」 湊人:「そんな日々を……、由比と、過ごしたかった……」 : 0:湊人、指輪を握りしめる : 湊人:「ごめんな……。ひとりにして、ごめんなぁ……」 由比:「私こそ、ごめんね……。湊人を、置いていっちゃったね……」 湊人:「(嗚咽を漏らしながら泣いている)」 由比:「でもね。湊人には、私がいなくても幸せでいてほしいの。別の人と結ばれたっていい。ちゃんと笑って、私の分まで生きて(ほしい)」 湊人:「(握りしめていた指輪を口に入れ飲み込む)」 由比:「!?」 湊人:「……これで、由比と一緒に逝ける」 由比:「湊人……?」 湊人:「もう、ひとりになんてさせないから」 : 0:柵を乗り越えて屋上の縁に立つ湊人 : 由比:「やめて……! だめ!!」 湊人:「あと少しだけ、待っててね」 由比:「湊人!!」 : 湊人:重力に身を委ねた瞬間、声が聞こえた 湊人:同時に、何かが手に触れる 湊人:思わず振り返った視界がとらえたのは 湊人:泣きそうな表情(かお)で手を伸ばす由比の姿だった 湊人: 湊人:あぁ。なんだ 湊人:そこに、いたんだね : 0:微笑む湊人 : 湊人:「ずっと一緒だよ……由比」 ※:お好きなセリフに変えていただいてもいいです : 0:穏やかな表情を浮かべながら落ちていく :