台本概要
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タイトル | 赤目オオカミと白ウサギ |
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作者名 | 砂糖シロ (@siro0satou) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 4人用台本(男1、女1、不問2) ※兼役あり |
時間 | 80 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
【あらずじ】 ヨークピークのモノクル通りにある『オウル書店』では日々色んな物語りが一ページ、また一ページと綴られていきます。 今回は、そこで働くオオカミのアカネと、アカネが助けた迷子の子うさぎ、ルリのお話。 辛い過去を背負ったアカネはルリと出会い、今まで気づかなかった人々の愛と温もりを知っていく。 ご使用の際はTwitterでご一報くださると嬉しいです(強制ではありません)。 商用目的の場合は必ずTwitter(@siro0satou)のDMにて作者の了承を得てください。 Skype・discord環境であればぜひ拝聴させて頂けると、今後もさらに意欲が増します! 音声ファイルなども大歓迎です!! 415 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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ナレーション | 不問 | 123 | 童話を読むような感じで優しく読んでください。 |
アカネ | 男 | 147 | (性別転換OK) 年齢:15~19歳 (赤い目の黒髪オオカミ) クールで無気力(根はまじめで、努力家) オウル書店で働いており、書籍専門取扱員の免許を持っている。 ノロイに侵され、7年前に実の親に捨てられた。 心に深い傷をもち、その影響で雨と甘いものが苦手。 |
ルリ | 女 | 81 | (クリハラとルリの母役の兼ね可) 年齢:4~10歳 天真爛漫で人懐っこい白ウサギの子供。 白瑛族(はくえいぞく)の末裔。 一生に一度だけ条件付きで奇跡を起こすことが出来る。 記憶依存症候群で胎児の頃からの記憶がある。 実の両親は死んでおり、孤児院から乳児の時に今の両親に引き取られる。 天真爛漫で人懐こい。 |
オウル | 不問 | 72 | ヨークピークの住人で梟。(見た目は完全に人です) 物腰が穏やかで、家族を大事にしている。 オウル書店の店主で書籍専門取扱員の免許を持っている。 |
クリハラ | 女 | 11 | (ルリが兼ねてもOKです) 年齢:20~歳 リスの医者。オウルの友人。 |
ルリの母 | 女 | 1 | (ルリが兼ねてもOKです) 白瑛族(はくえいぞく)。本当のルリの母親。数年前に亡くなっている。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:赤目オオカミと白ウサギ
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0:(タイトルコール)
アカネ:赤目オオカミと
ルリ:白ウサギ♪
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ナレーション:ここはヨークピークのとある街角。
ナレーション:大きな街路樹に挟まれた、曲がりくねった道の続くこの静かな通りは、専門店が立ち並ぶモノクル通り。
ナレーション:その一角に軒を連ねるのは、ひときわ古い外観の、こじんまりとした落ち着いた雰囲気のこのお店。
ナレーション:吊り看板には、趣のある文字で【オウル書店~書籍専門員がご案内いたします~】と、書かれてありました。
0:ドアベルが鳴る
ナレーション:おや、ドアベルがチリリンと鳴りましたよ。
ナレーション:中から誰か、出てくるようです。
アカネ:(ぶっきらぼうに)ちょっと行ってくる。センセーは店番をお願い。
ナレーション:出てきたのは、赤い目をした狼でした。
オウル:ええ、お願いします。
オウル:あぁそれと、帰りにペイスリー広場のパン屋へ寄ってきてください。
ナレーション:続いて、ドアからひょっこりと顔を覗かせたのは、梟(ふくろう)でした。
アカネ:…また、いつもの?
オウル:はい、お願いします。
オウル:あぁ、アカネ。
オウル:チェルシーさんがいたら、頼まれていた本が届いていますと、伝えてください。
ナレーション:右足を引きずり、手に杖をついたこの梟は名をオウルと言い、この店の持ち主であり、アカネの師でもありました。
アカネ:わかった。じゃ、僕もう行くよ。
オウル:はい、行ってらっしゃい。
オウル:あ!そうそう。
オウル:くれぐれも人通りの多い場所は、充分気を付けるんですよ。
アカネ:(うんざりした様子で)わかってる。いいよ、出てこなくて。
アカネ:またこの間みたいにこけたらどうするの。
ナレーション:ぶっきらぼうなアカネを、オウルは苦笑いで見送ります。
オウル:はいはい、それじゃあ頼みましたよ。
ナレーション:アカネは足早に、店を後にしました。
アカネ:(N)先にコレ、病院に届けて…あ、ついでにインクと新しいスクロールも買わなきゃ。
ナレーション:モノクル通りを抜けて、坂の上のヘーゼルナッツ病院へ向かいます。
ナレーション:通りの先には、中央に大きな噴水のあるペイスリー広場があり、大変にぎわっておりました。
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0:小一時間後
:
ナレーション:用事を終わらせ、一人大通りを歩いていると、どこからか小さな泣き声が…。
ルリ:…ぇーん……。ぇぇー…ん。
アカネ:ん…?子供の…声?
ナレーション:その声は、向こうの薄暗い路地から聞こえてくるようです。
ルリ:えぇーーん、ままぁ。
ルリ:ひっく、ひっく、ままぁぁー。
ナレーション:路地の奥でうずくまり、泣いていたのは、小さな兎の子供でした。
アカネ:(訝し気に)…おい…大丈夫、か?
ルリ:っ!!……わぁああんっ!ままぁああ!
アカネ:うわっ!な、なんだお前!?
ナレーション:子供はアカネに駆け寄り、その足に抱き着いて、わんわんと泣きだしてしまいます。
ナレーション:アカネは、その場であたふたとする事しか出来ません。
ナレーション:しばらくお互いそうしていると、兎の子は次第に落ち着き、やがて泣き止みました。
ナレーション:ですが、アカネの足に抱き着いたまま、中々離れようとはしませんでした。
アカネ:(戸惑いながら)…お、おい!
アカネ:(イライラした様に)あぁー、もー!
ルリ:…ひっく…ひっく…。
アカネ:(溜息)……お前、迷子か?
ルリ:……。
ナレーション:子供はゆっくりと頷きます。
アカネ:…名前は?
ルリ:……る、り。
アカネ:ルリ?聞いたことないな。
アカネ:…住んでるとこは?
ルリ:………。
ナレーション:ルリは黙ったまま、首を横に振ります。
アカネ:(深い溜息)取りあえず、交番でも連れてくか。
アカネ:おい、おまえ…ちょっ、いい加減離れろ。
ルリ:(しぶしぶ離れる)………。
ナレーション:ルリが離れた後のアカネのズボンは、ルリの涙と鼻水でじっとりと濡れていました。
アカネ:うぇ…。
ルリ:…ひっく…ひっく…。
アカネ:…(溜息)ほら、付いて来い。
ナレーション:背を向けて歩き出すアカネに、ルリは急いで涙を拭うと、その小さな足で駆け寄り、ぎゅっとアカネの手を握りました。
アカネ:なっ!?おい、ちょっ…
ナレーション:咄嗟に振りほどこうとしたアカネでしたが、下を向いて必死に涙を堪えるルリに
ナレーション:それ以上は何も言えず、仕方なく、そのまま交番へ向かうのでした。
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0:交番にて
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ナレーション:大通りに出て、数分ほど歩くと、その先に小さな交番があります。
ナレーション:交番には狼狽えた様子の兎の夫婦が立っていました。
ナレーション:奥さんの方は、お腹に赤ちゃんがいるようで、大きなお腹を重たそうに抱えています。
アカネ:…おい、チビ。あれ、お前の親じゃないのか?
ルリ:!!!
ナレーション:二人の姿を目にしたルリが、両親の元へ一目散に駆け出します。
ルリ:ママぁあああ!
ナレーション:意気消沈していた様子の両親は、その声に弾けたように振り返りました。
ルリ:わぁああんっ!ままぁ!
ナレーション:泣きながら駆け寄るルリを、母親はしっかりと受け止め、涙を流して喜ぶのでした。
ナレーション:離れたところで気まずそうにしていたアカネに、父親は何度も何度もお礼を繰り返しますが、アカネはそれを戸惑いがちにあしらって、なんとかその場を離れようとします。
アカネ:(N)別に僕は…何もしてないし…。
アカネ:(N)これ以上…他人と、関わりたくない。
ナレーション:心の中でそう呟きながら、ペイスリー広場に向かおうと足を踏み出した、その時。
ナレーション:突然、後ろの方から…。
ルリ:お兄たーーーん!!
ルリ:おおかみのお兄たーーーん!!
ナレーション:と、自分を呼ぶ、ルリの大きな声が聞こえ。
アカネ:なっ!お、おおかみの、お兄たん!?
ナレーション:驚いて振り返ると、父親に抱きかかえられたルリが、アカネに向かって大きく手を振る姿が見えました。
ルリ:ありがとーーーー!!!
ナレーション:目や鼻は真っ赤でしたが、元気いっぱいに手を振るルリは、とても嬉しそうな顔をしていたのでした。
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0:数日後
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ナレーション:その後、兎の親子は、沢山の野菜と、手作りのキャロットケーキを持って、お店にやってきました。
オウル:んー、このケーキ!
オウル:とっても美味しいですよ。
オウル:アカネも食べませんか?
アカネ:(素っ気なく)いらない。
アカネ:センセー僕が甘いのダメって知ってるだろ。
オウル:このケーキは甘さ控えめですよ?
オウル:それに、ホーランド夫妻が折角アナタにって持ってきてくれたのに私ばかり頂くのは…。
アカネ:別にいいよ。
オウル:ふぅん…勿体ないですねぇ…こんなに美味しいのに…。
ナレーション:うっとりと、紅茶とケーキを楽しむ師を横目に、アカネは疲れた様子で仕事に打ち込むのですが
ナレーション:実はここ数日、アカネには新たな悩みの種が出来たのでした。それは…。
ルリ:お兄ーたんっ。
アカネ:(深い深い溜息)
ナレーション:カウンターから覗くのは、二本の白い小さな耳。
オウル:おやっ?その声はもしや、ルリさんじゃないですか?
ルリ:えへへー!あたりー!
オウル:ほっほぅ、毎日えらいですねー。
オウル:今日もアカネに会いに来たんですか?
ルリ:うんっ!
ナレーション:両親と一緒に来たあの日から、毎日遊びに来るようになったルリ。
オウル:どうやら、懐かれてしまったようですね(笑)。
アカネ:おい、チビ。仕事の邪魔だ。子供は子供と遊べ。
ルリ:やだっ!ルリもお兄たんとおしごとするっ。
アカネ:はぁ?お前は家の手伝いでもしてろよ。
ルリ:やだっ!ごほんのおしごとするっ。
アカネ:(溜息)…お前なぁっ!
オウル:まぁまぁ、いいじゃないですか。
オウル:ルリさんもこっちで一緒にケーキ、食べませんか?
ルリ:ケーキ!?(涎が垂れる)
ルリ:…はっ!ううんっ、ルリはおしごとするから、ケーキはあとでっ!
オウル:おやおや、そうですか(笑)。
オウル:それでは、ルリさんの分は取っておきましょうね。
ルリ:っ!うんっ!!
ナレーション:それまでとても静かだったオウル書店は、ルリが訪れるようになった事で見違えるほど賑やかになったのでした。
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ナレーション:それから数日後。
ルリ:お兄たんっ♪
アカネ:………。(本の整理をしている)
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ナレーション:また別の日。
ルリ:おにーいたんっ♪
アカネ:………っ。(依頼書をまとめている)
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ナレーション:またまた、別の日。
ルリ:おーにーいーたーーんっ♪
アカネ:……ふぐっ!(書き物をしている)
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ナレーション:そして、とうとう、アカネの忍耐力に限界が来てしまいました。
ルリ:おーーにーーいーーた…
アカネ:(ペンを握り折る)お前っっ!!いい加減にしろっ!!!
アカネ:来る日も来る日も毎日っ毎日っ毎日っっ!!
アカネ:仕事の邪魔だって言ってるだろ!?
ルリ:お兄たん…。
アカネ:うるさいっ!!
アカネ:僕はお前の兄じゃない!!
ルリ:でも、ルリ…。
アカネ:やめてくれよ!!なんなんだよ…っ。
アカネ:…僕の事はほっといてくれ!!
ルリ:………。
アカネ:もう……誰とも、関わりたくないんだよ…僕は。
ナレーション:今までどんなに鬱陶しそうにしていても、声を荒げたりはしなかったアカネでしたが、今日はなんだか、いつもと様子が違います。
0:ドアベルが鳴る
ナレーション:出かけていたオウルが、中から聞こえてきた大声に驚いて、急いでドアを開けました。
オウル:アカネ?一体何事です?
ナレーション:慌てて入ってきたオウルと入れ替わるように、ルリは出ていってしまいました。
オウル:あっ、ルリさんっ!?
オウル:…アカネ?一体何があったんです。
アカネ:………何でもない。
オウル:何でもないって…(溜息)。
オウル:一雨きそうなのに…ルリさん、大丈夫でしょうか…?
ナレーション:外は何やら雲行きが怪しくなってきていました。
オウル:(独り言のように)…アカネ…。
オウル:…アナタが、他人と必要以上に関わり合いになろうとしないのは…きっと、わたしのせいですね。
アカネ:………。
ナレーション:静かにドアを閉めて、近くの椅子に腰かけると、オウルは右足を摩りながら寂しそうに呟きました。
ナレーション:黙って折れたペンや、こぼれたインクを片付けるアカネでしたが
ナレーション:その表情は、何かを必死に堪えているようにも見えるのでした。
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0:七年前
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ナレーション:時を遡ること、七年前。
ナレーション:ゴミにまみれ、あちこち汚れた姿の幼いアカネは、衣服とも言えない様なボロ切れ一枚を、その身にまとい
ナレーション:光の届かない路地裏に、力なく座り込んでいました。
ナレーション:ボロ切れから覗くやせ細った身体には、刺青の様な黒い痣が薄く浮かんでおり、窪んだ瞳は赤く澱んでいます。
アカネ:(憔悴しきった様子で)…アンタ、だれ。
オウル:(優しく)私は、オウル。
アカネ:おう、る…?
オウル:ええ、オウルです。アナタ、名前は?
アカネ:……ない。
オウル:そうですか…。
オウル:お腹、すいていませんか?
ナレーション:その問いに、タイミング良く、アカネのお腹の虫が鳴きました。
ナレーション:オウルがクスクスと笑います。
オウル:ウチに来ますか?
オウル:貰い物のパンが沢山あって、一人じゃ食べきれないんです。
アカネ:……でも…。
オウル:食べるのを手伝ってもらえたらありがたいのですが。
ナレーション:差し出した手に、恐る恐る乗せられたその小さな手をそっと握り、オウルはアカネを優しく抱き上げました。
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0:オウル書店にて
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ナレーション:夢中でパンにかぶりつくアカネを、オウルは神妙な面持ちで見つめます。
オウル:(N)この身体の痣は…間違いなく、ノロイ…。
オウル:(N)もう、こんなに全身に広がってしまって…。
ナレーション:『ノロイ』とは突発性の病で、何十年も前に発見されてから、未だに原因も治療方法も解明されておらず、
ナレーション:進行すれば謎の黒い痣が身体を蝕み、周期的な激しい痛みを引き起こします。
ナレーション:発症後間もなく眼球は赤く濁り、あとは失明を待つのみ。。
ナレーション:一度かかれば治ることは絶対になく、必ず一年以内には死に至るといわれている、とても恐ろしい病気なのです。
アカネ:はぐっ…もぐっもぐっ…。
オウル:(N)こんなに小さいのに…なんて惨い…。
オウル:(優しく問う)アナタ、お家は?
アカネ:…おう、ち…ない。
オウル:……。今まで、ずっと一人で居たんですか?
アカネ:…これ、でる前は…お父さん、と…お母さん…と、くらして…た。
オウル:(N)それでは、この子は捨てられたと…?
オウル:(N)何てことを…ノロイは伝染病ではないと言われているのに…。
ナレーション:恐らくアカネの両親は、ノロイにかかり手に余るようになってしまった我が子に対し
ナレーション:育児を放棄して、親自ら実の子を孤児にしてしまうという、悲しい決断を取ってしまったのでしょう。
オウル:…アナタが良ければ、ここで私と暮らしませんか?
アカネ:え……?
オウル:ここなら飢える心配もありませんし、雨風も凌げます。
オウル:それに、丁度助手を探していた所なんです。
アカネ:じょ、しゅ?
オウル:はい。私のお仕事のお手伝いをしてくれる人です。
アカネ:ぼく…に、でき、る…?
オウル:大丈夫、ちゃんと一つ一つ教えますから。
オウル:ね?どうです?
アカネ:……うん。じょしゅ、なる…。
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オウル:(N)この子が我が家にやってきた日、私はこの子狼に、『アカネ』という名前をつけてあげた。
オウル:(N)私の手で風呂に入れ、伸びてほつれ放題の髪を切り、衣服を揃えた。
オウル:(N)日常生活から一般常識、そして自分の持ちうる専門的な知識まで…
オウル:(N)私は全て、惜しみなくアカネに与えた。
オウル:(N)もし私に子供がいたなら、そうしたように。
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ナレーション:そして、出会って三年がたった頃。
アカネ:センセー!受かった!僕受かってた!!!
オウル:ほっほぅ、おめでとうアカネ。
オウル:流石は私の弟子です。
オウル:これで今日からアナタも書籍専門取扱員の一員ですね。
アカネ:うんっ!!これからもっとセンセーの役に立つよ!
オウル:ほっほっほ、頼りにしてますよ。
ナレーション:背も伸び、肉も付き、随分と明るくなったアカネは街の人々とも打ち解け、オウル書店には毎日色んな人が訪ねてくるようになりました。
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ナレーション:しかし、そんな日々も長くは続きませんでした。
アカネ:うっ、うぐぅ…っ。ううぅっ!
ナレーション:奇跡的に三年もの間進行を止めていたノロイが、何故か急速にアカネの身体を蝕み始めたのです。
アカネ:あうぅっ…い、痛いっ!痛い痛い痛いっ!!
オウル:アカネ!?アカネ!!い、今痛み止めを打ちますからね!
アカネ:あああああぁぁぁあっ!!!!
ナレーション:色濃くなった黒い痣が、アカネの皮膚をジリジリと焼きます。
ナレーション:引きつった所は裂け、ミミズ腫れになり、いたる所からじわりと血が滲んでいます。
ナレーション:痛みでのたうち回り、治まれば気を失い、また痛みが出ればのたうち回るのを繰り返し、見る見るうちにアカネはやつれていきました。
アカネ:ううっ…セン、セー…僕……死んじゃう、の?
オウル:いいえ、アカネ…アナタは死にません…絶対に、死なせません!
ナレーション:オウルは、この病を克服できるかもしれない、ある仮説にたどり着いていました。
ナレーション:しかし、それは確証も無ければ、すぐにどうにかできるものでも無かった為、今まで見合わせていたのです。ですが…。
オウル:(N)…もう、一刻の猶予もありません…。
オウル:(N)今すぐに、手術を…っ!
ナレーション:痛みに苦しむ姿に堪えかね、気を失ったアカネを腕に抱き、オウルはヘーゼルナッツ病院に急ぐのでした。
:
オウル:(病院へ駆け込み)っ!ド、ドクター・クリハラッ!!
クリハラ:なっ、オウル!?こんな時間に突然何事!?
オウル:(息を切らせながら)アカネをっ、アカネを助けてくださいっ!
ナレーション:リスのクリハラ医師は、初めて見る友の様子と、その腕の中のアカネを見て、慌てて診察室へ向かいました。
クリハラ:これは…酷い…。
クリハラ:いつから症状が?
オウル:数時間前から、突然痛がり出して、痣も急に濃く…。
クリハラ:と、突然ですって?そんなことが…
オウル:ドクター・クリハラ。お願いします。
オウル:前に言ってた、アレを…!
クリハラ:…はっ!?何を言っているの、あれはただの仮説だって言ったでしょ!
アカネ:…うっ、うああっ!!いたいいたいいたいっ!!
オウル:アカネっ!
オウル:……仮説だろうと何だろうと、構いません。
オウル:わずかでも望みがあるならば、私は!!
クリハラ:…っ、わかった。すぐに、準備を始めましょう。
ナレーション:クリハラは、アカネとオウルを麻酔で眠らせました。
ナレーション:そして、アカネの痣が浮き出た皮膚を切り取り、そこにオウルの右足の皮膚を移植しました。
:
ナレーション:子供の身体で幸いにも範囲が狭かったとは言え、準備も充分で無いまま、広い範囲の皮膚を失ったオウルの右足は
ナレーション:それ以降、元のように動くことは、ありませんでした。
:
:
:
0:現代へ戻る
:
アカネ:僕は…もう、これ以上誰かの犠牲の上に生きるなんて、嫌なんだ。
ナレーション:酷く傷ついた様子で、アカネは力なく呟きました。
オウル:アカネ…。
アカネ:センセーは、あのチビを利用しようとしているんだろ。
オウル:………。
アカネ:……センセーは…ズルいよ。
ナレーション:そう言い残して、アカネは外へ出て行ってしまいました。
ナレーション:いつの間にか外はすっかり暗くなり、ぽつりぽつりと雨が降り出しています。
:
オウル:そう…。私はズルい。そして汚い…。
オウル:あの時、一年を超えても症状が悪化していなかったから、もしかしたらあの子がノロイを克服した初めての症例になるかもしれないと、それ以上踏み出せなかった。
オウル:いや、…踏み出さなかったんだ。
オウル:私は…あの子よりも、自分の実績を取ってしまった…。
ナレーション:オウルは、頭を抱え込みました。
オウル:…もし、あの時あの子にちゃんと説明していれば…。
オウル:…中途半端に手を出して完治も出来ず…いつまでも死の恐怖に怯えながら、生きながらえる苦しみを背負わせることも…なかったのかもしれない。
ナレーション:次第に強くなる雨は、まるで誰かの涙のように、窓を幾筋も流れ落ちていきます。
オウル:……それでも。
オウル:それでも私は、あの子に生きていてもらいたい。
オウル:例えズルくても汚くても。
オウル:ルリさんが、アカネの生きがいになってくれたらと、願わずにはいられないんです…。
:
ナレーション:冷たい雨に打たれ、ずぶぬれになったアカネは、とぼとぼと大通りを歩いていました。
アカネ:(N)……違う。ズルいのはセンセーじゃない、僕だ。
ルリ:「えぇーーん、ままぁ」
アカネ:(N)あの時、あいつに、捨てられた時の僕が、重なって見えた。
アカネ:(N)泣いてるチビを見て、こいつも、捨てられたんだって。
ルリ:「っ!!……わぁああんっ!ままぁああ!」
アカネ:(N)だから…僕だけじゃないって、ほっとした。
アカネ:(N)だけど、違った…。
ルリ:「パパがね、こんど探してほしい本があるって言ってた!」
ルリ:「お兄たんにおねがいするって!」
アカネ:(N)アイツにはちゃんと親が居た。
ルリ:「もうすぐルリ、おねえちゃんになるんだよっ!」
ルリ:「ママのおなかの赤ちゃんが生まれるんだっ♪」
アカネ:(N)心配してくれる。ケーキも焼いてくれる。
アカネ:(N)愛してくれる、親が…。
ルリ:「お兄たん」
アカネ:腹が立った。妬ましかった。
アカネ:(泣きそうに)なんで、僕だけ…って。
ナレーション:大粒の雨が降りそそぐ、暗く、沈んだ空を見上げたアカネの頬を、温かい雫が何度も伝い、濡れた地面に落ちていきます。
アカネ:誰とも関わらなければ、こんな事、思わなくて済んだのに…。
アカネ:汚くて、弱くて、こんなちっぽけな僕を、知らないまま、死ねた、のに…。
ナレーション:アカネの横を、一つの傘の下で仲睦まじく寄り添う恋人達や、お揃いのカッパに身を包んだ親子が、楽しそうに通り過ぎていきました。
アカネ:(静かに涙を流す)…っ、……っ…。
ナレーション:人通りを避けるようにしてアカネは、小さな暗い路地へと重い足を運びます。
アカネ:僕は…何の為に…生まれた、の…。
ルリ:「お兄たん」
アカネ:やめて…。
ルリ:「お兄たん」
アカネ:もう、やめて…。これ以上…見せないで…。
ルリ:「お兄たん」
アカネ:汚い僕も…、幸せそうな誰かも…もう、何も…見たくな、い…。
ナレーション:その言葉に従うかのように、ノロイがアカネ身体を蝕み、その瞳からゆっくりと光を奪い去っていきます。
アカネ:…これ、で…もう…何も、見なくて……す、む…。
ナレーション:悲しく微笑みながら、アカネは安堵の息を漏らしました。
アカネ:(震えながら)寒い…痛い………さみ、し、い…。
ルリ:アカネお兄たん!!
ナレーション:遠くで、ルリの声が聞こえた気がしました。
ナレーション:ですがその声は、赤黒く澱んで完全に光を失った瞳を閉じ、力なく倒れ込むアカネには、届かないのでした。
アカネ:(N)暗い暗い、路地裏。
アカネ:(N)泣いているアイツを、見つけた場所。
ナレーション:奇しくもそこは、昔ボロボロだったアカネが、今と同じように力尽きて座り込んでいた、あの場所だったのです。
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:
:
0:ルリの記憶
:
ルリの母:ールリ…私達は白瑛族(はくえいぞく)の末裔。
ルリの母:ー白瑛族は一生に一度だけ、奇跡を起こすことが出来る。
ルリの母:ーでも、その奇跡には、必ず対価が必要となるの。
ルリの母:ー小さな奇跡には小さな対価、大きな奇跡には大きな対価。
ルリの母:ールリ、覚えていてね。
ルリの母:ー今の自分に払える以上の奇跡は、絶対に起こしてはだめ。
ルリの母:ーもし、それを超えてしまえば…。
:
:
:
0:数時間後
:
アカネ:ー消えて、しまう…。
ナレーション:淡く霞みがかった夢の中で、アカネは優しい声を聞いた気がしました。
ナレーション:今まで感じたこともないような、だけどとても懐かしい気持ちになる、そんな大きな愛情に溢れた柔らかな声。
アカネ:(ゆっくりと目を覚ます)う、うう…ん。…あれ、ここは…?
ナレーション:アカネが目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋のベッドの上でした。
オウル:アカネ!…アカネ?ここが何処だか、わかりますかっ!?
ナレーション:隣から聞えたのは、聞き馴染みのある声。
アカネ:…セン、セー?
ナレーション:アカネは、ぼーっとオウルを見つめます。
ナレーション:その顔を見たオウルは突如驚いて、はっと息をのみました。
オウル:!!アカネ…その目…!
アカネ:(訝し気に)……ん?…目、って?
ナレーション:なんと、それまでノロイの影響で赤く澱んでいたアカネの両目が、本来の色を取り戻し、金色に美しく輝く澄んだ瞳に変わっていたのです。
オウル:アカネ!私が見えますか!?
アカネ:えっ…、見える、けど?
アカネ:(異変に気づいて)………っ!!
オウル:何ですか!?どこか調子悪いですか!?
アカネ:………見える…。
オウル:えっ?
アカネ:はっきり、見える…!
ナレーション:さらに驚いたのは、一度失ったはずの視力が完全に回復していた事。
クリハラ:驚いた…まさか、ノロイが…完治するなんて…。
オウル:ドクター・クリハラ!見てください、私の足。
オウル:手術の痕が、きれいさっぱり無くなっています…。
ナレーション:不自由だったオウルの右足までもが、健康な状態へと戻っていたのです。
クリハラ:…奇跡だわ!こんなことって…!!
クリハラ:ねぇ!一体何があったの!?
オウル:私にもさっぱり…。
オウル:あっ…そう言えばゆうべ、びしょ濡れのアカネを小さな子供が連れてきてくたのですが…
オウル:(躊躇いながら)気づいたら、いなくなっていました…。
クリハラ:子供?アナタ、それ、誰だかわかる?
ナレーション:眉をひそめるクリハラに、アカネ自身も心当たりが見つからず、黙って首を横に振りました。
クリハラ:(溜息)まぁ、君の病気は元々、突然症状が止まったかと思えば、突然進行したりと
クリハラ:なんだか一般的な症例とは違っていたし、初めから奇跡みたいなものだったのかもしれないわね。
アカネ:……き、せき…。
クリハラ:ただ、君の場合、初めての症例で不可思議な点も多いから、まだ完全に安心とは言えないわ。
クリハラ:これからも定期的に診察に来て頂戴ね。
アカネ:…わかった。
クリハラ:何にせよ、無事で良かったわ。
アカネ:………。
ナレーション:全てがとても良い形に変化したことを、大変喜ぶオウルとクリハラでしたが、当のアカネはなんだか腑に落ちない様子です。
アカネ:(N)…僕は、何かとても大切なことを、忘れているような…。
ナレーション:そう。彼らは知らないうちに、自分たちの記憶から、ある一人の存在が丸々消えていることに、微塵も気づかないでいたのでした。
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:
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0:数日後
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ナレーション:それから数日後。
ナレーション:すっかり元気になったアカネは、今日も依頼品の配達にパン屋へのお遣いと、以前と変わらぬ日々を過ごしておりました。
ナレーション:そして、その帰り道での事。
ナレーション:何故だか自然と、通りがかっただけの小さな路地へと、足が向かうのです。
アカネ:…ん?あれは…。
ナレーション:路地の一番奥。
ナレーション:光が差し込むその陽だまりの中で、白い兎の子供が一人で遊んでいました。
アカネ:こんな所に、子供?
アカネ:あっ…もしかして…、捨て子…?
ナレーション:薄汚れた衣服を身にまとい、身体は随分とやせ細っています。
ナレーション:一人静かに遊ぶその子を見ていると、アカネはなんだかとても胸が熱くなり、悲しいような、嬉しいようなよくわからない気持ちになりました。
ナレーション:ためらいがちに近づくと、子供はゆっくり顔を上げます。
ナレーション:白い小さな顔に二つ並んだ青い瞳が、光を受けてキラキラと宝石のように輝きました。
アカネ:……お前…何やってるんだ?こんな所で。
ナレーション:自分を見つめるその瞳に、アカネは居心地の悪さを感じます。
アカネ:(ためらいがちに)えっと……迷子に、なったのか?
ルリ:(寂しそうに)んーん。まいごじゃないよ。
アカネ:名前は?
ルリ:……。(首を振る)
アカネ:住んでるとこは?
ルリ:……。(首を振る)
ナレーション:アカネの質問に、その子供は黙ったまま、静かに首を横に振ります。
アカネ:…名前も家もないって、事か…?
ナレーション:一瞬、目の前の小さな子供が、悲しい記憶の中の小さな自分と重なって見えました。
アカネ:……。おい、チビ。お腹、減ってる?
ルリ:…うん。
アカネ:パン…食べるか?
ルリ:…いいの?
アカネ:ああ、貰いもんだけど、ほら。
ルリ:うわあぁ、うさぎのパンだぁ!
ルリ:ありがとう、あかねお兄たん!
アカネ:…え?
アカネ:なん、で…、僕の名前…。
アカネ:(気づいて)…っは!!!
ナレーション:その時です。
ナレーション:ノロイが消えたあの日から、ずっと靄がかっていたアカネの頭の中を、まるで突風が吹いたかのように、色々な風景が駆け巡っていきました。
:
0:(SE)時計の針を刻む音
:
ルリ:「えぇーーん、ままぁ。ひっく、ひっく、ままぁぁー。」
ルリ:「お兄たーーーん!!おおかみのお兄たーーーん!!ありがとーーーー!!!」
ナレーション:失っていた記憶が、次々と元に戻っていきます。
アカネ:(震える声で)あぁ……お前…っ。
ルリ:「やだっ!ルリもお兄たんとおしごとするっ。」
ルリ:「お兄たーん、あのねあのね、今日ぱん屋さんがね、ルリのパン、作ってくれたのー」
アカネ:そん、な……そんな…っ。
ナレーション:持っていた荷物が手からすべり落ち、アカネの金色の瞳には次から次へと大粒の涙が溢れていきます。
ルリ:「あかねお兄たん、ルリが絶対助けてあげる。だからー…」
アカネ:あ、ああっ!…おもい…だした……。
アカネ:ルリ!お前が、あの日僕を……助けてくれた…っ!
ナレーション:アカネは、ルリを強く抱きしめました。
ナレーション:そして、初めて会った時のルリの様に、その身体にしがみついて泣きじゃくったのです。
アカネ:(号泣)ああああああああっ!!!…っく、…っ、ごめっ…、ごめ、ん、…っふ…。
ナレーション:震えるアカネの背中を、まるで母親のように、ルリは優しく撫でてやります。
ルリ:よしよし、だいじょーぶ、だいじょーぶよ。
アカネ:(泣く)
ナレーション:そう、あの時。
ナレーション:倒れたアカネに駆け寄り、その白瑛族の力をもってノロイを全て消し去ったのも、雨の中小さな体で必死にオウル書店までアカネを運んだのも、全てはこのルリだったのです。
:
0:数十分後
:
ナレーション:ひとしきり泣いた後、すっかり落ち着きを取り戻したアカネと、嬉しそうにウサギパンを握っている、ルリ。
ナレーション:二人はモノクル通りを並んで歩いていました。
アカネ:お前が、白瑛族だったなんて…。
ルリ:ルリがね、まだおなかの中にいたとき、ママがお話してくれたの。
ルリ:ルリたちは『はくえーぞく』だから、一度だけ願いごとがかなうんだよ、って。
アカネ:(N)確か、夢の中の声は…大きな奇跡には大きな対価がいるって…。
ルリ:ルリ、いっしょうけんめいママにお願いしたの!
ルリ:お兄たんをたすけてーっ!って。
ルリ:そしたら、ママの声がきこえたんだっ♪
アカネ:(N)それって、もしかして…夢の中で聞こえた…?
アカネ:…あのさ、自分に、払える対価を超えた奇跡を使うと……消える、っていうの、は…?
ルリ:(悲しそうに笑う)ルリ、最初ママのお話きいたとき、『たいか』ってよくわからなかった。
ルリ:でも、街のみんな、ルリのことおぼえてなくって…。
ルリ:(寂しそうに)すごく、かなしかったから、きっと、これが『たいか』なんだなって、ルリ思ったの。
アカネ:(N)多分、この対価を払うには、ルリは幼すぎたんだ。
アカネ:(N)だから…その不足分として、僕らのルリに関する全ての記憶が、消えてしまった…って事か?
アカネ:…なんっ、で…そこまでして、僕なんか……。
アカネ:だって、それって、あの両親にも…。
ルリ:…あのね。ルリ、赤ちゃんの時『こじいん』にいたの。
アカネ:え…。
ルリ:パパとママ、ずっと赤ちゃんができなくて、だからルリを、『ようし』にしてくれたんだ。
アカネ:………。
ルリ:でもねっ、もうすぐ赤ちゃん生まれるの!
ルリ:だから、パパもママも、ルリがいなくても、もうへーきなのっ。
アカネ:お前…。
ナレーション:にこやかにそう告げるルリに、アカネはそれ以上言葉が出てきません。
アカネ:(N)あんなに仲良かったパン屋のチェルシーさんも交番の警官も、一緒に遊んでいたチビ達でさえも、皆こいつを見ても初対面のように接してた…。
アカネ:(N)この分じゃ、きっとセンセーも…。
ナレーション:沈んだ様子で、アカネはルリを連れて、店に帰ってきました。
アカネ:…ただいま。
ナレーション:アカネはオウルに、半信半疑でルリを会わせてみましたが…。
オウル:おやおや、これはかわいいお客さんですね。アカネのお知合いですか?
ナレーション:と、小さな期待も虚しく、やはり同じように、ルリの事は全く記憶にない様子でした。
アカネ:(N)そんな…。僕は、また、他人の犠牲の上に生きながらえたのか…。
ナレーション:こんなに幼い子供が、自分のせいで知り合いはおろか、家族にまでも忘れ去られたという残酷な仕打ちに、アカネは強く強く胸が痛みました。
:
ルリ:(パンを食べながら)ふんふんふーん♪
アカネ:…センセー。
オウル:何ですか?
アカネ:あのさ…、こいつ、ルリって言うんだけど…。
オウル:ルリさん、ですか。
アカネ:…。
オウル:かわいらしい名前ですね。
アカネ:(溜息)ここに住まわせちゃ、だめ、かな?
オウル:えっ?
ルリ:お兄たん?
アカネ:あ、いや…こいつ行くとこないみたいで…。
ナレーション:オウルは持っていた本を静かに閉じると、椅子から立ち上がり、ルリの前にしゃがみ込みました。
オウル:おや…そうでしたか。
オウル:私は全く構いませんが、ルリさん、アナタは『どうしたい』ですか?
ナレーション:優しく見つめるオウルに、ルリは遠慮がちに答えます。
ルリ:えっと…ルリ、ここにいても、いいの?
ナレーション:オウルはにっこりと微笑みました。
オウル:ええ、モチロン!。
ナレーション:不安げだったルリの表情は、その言葉に一瞬でぱっと明るくなりました。
ナレーション:そして、両手を広げて大喜びです。
ルリ:わぁーいっ!
ルリ:ありがとう、お兄たん!
アカネ:(ぶっきらぼうに)…別に。
ナレーション:部屋中をぴょんぴょんと跳ね回りながらはしゃぐルリに、耳まで赤く染めてぶっきらぼうに呟くアカネ。
ナレーション:その二人を、慈愛に満ちた眼差しで、オウルは優しく見つめました。
ナレーション:こうして、その日からオウル書店に、新しい一員が加わることになりました。
:
0:その夜
:
ナレーション:そして、その夜。
オウル:なるほど、そういう事だったんですか。
オウル:確か…白瑛族というのは、数百年前に絶滅したと聞いたことがありましたが、まさかルリさんがその末裔だったとは。
ナレーション:アカネは、これまでの事を全てオウルに打ち明けました。
アカネ:やっぱりセンセーは、否定も疑ったりもしないんだな。
オウル:そうですねぇ。
オウル:まぁ、この仕事がら、『まず先に疑心を持たない』というのもありますが、何よりアナタのいう事ですから。
アカネ:なんだそれ。
オウル:(楽しそうに笑う)ほっほぅ。
オウル:それにしても、その話から伺うに、恐らくルリさんは、先天性記憶依存症でしょうね。
アカネ:先天性…それって、生まれる前の記憶から、全部覚えてるっていう…?
オウル:ええ、それです。
アカネ:そっか…通りで。
オウル:きっとルリさんは、これまでの事もそうですが、これからの記憶も全て忘れずに、一生抱えて生きていくんでしょうね。
アカネ:(N)それなのに…、親しい人たちの中から自分の存在が消えてしまったなんて…。
アカネ:……。
ナレーション:アカネは、ひどく苦し気な表情でうつむいてしまいます。
ナレーション:そして、そのアカネの様子に、オウルは何かを感じ取るのでした。
オウル:…アカネ、アナタは今でも…。
アカネ:え?
オウル:あぁ、いえ。なんでもありません。
オウル:アナタもそろそろ寝なさい。夜更かしは身体に悪いですから。
ナレーション:オウルはそう言って立ち上がると、ランプの明かりを、そっと吹き消しました。
:
:
:
0:数日後
:
ナレーション:とある昼下がり。
ナレーション:お店の中は、何やら慌ただしい様子ですが…。
ルリ:お兄たん、これはドコにもってくのー?
アカネ:ん…、あー、星詠み辞典か。それならあっちのF5の棚に…。
ナレーション:なるほど、どうやらアカネとルリが本の整理をしているようです。
ナレーション:するとそこに、沢山のスクロールで手の塞がったオウルが、奥の部屋からよたよたとしながら出てきました。
オウル:あぁ、アカネ、ルリ、丁度良かった。
オウル:ちょっとお使いを頼んでもいいですか?
ルリ:うんっ!いいよー!
アカネ:わかった。ルリ、支度するぞ。
ルリ:はぁーいっ!
ナレーション:二人はいつの間にか、すっかり良い相棒になったようです。
ナレーション:オウルも嬉しそうに笑います。
オウル:ふふふ。
:
0:帰り道
:
ナレーション:その帰り道。
ルリ:ふふっ♪
アカネ:なんだよ、気持ち悪い声出して。
ルリ:チェルおばたんに、おまけもらったのー。
アカネ:どうせいつものウサギパンだろ。
ルリ:うんっ!ルリのパン!
アカネ:……あのさ、お前…
ナレーション:アカネが何か言いかけた、その時。
ナレーション:二人のすぐそばを、ホーランド夫妻が通り過ぎていきました。
アカネ:あっ…!
ルリ:……。
ナレーション:その腕には、ここ数日の間に生まれたのでしょう。
ナレーション:小さな小さなホーランド・ドロップの赤ちゃんが、大事そうに抱かれています。
ナレーション:その姿を、ルリは嬉しそうに眺めていました。
アカネ:…ルリ、お前、辛くないの?
ルリ:ん?どうして?
アカネ:だって…あの二人、お前の記憶が…。
ナレーション:その言葉に、ルリは、少し影った笑顔を見せました。
ルリ:んとね、前はすこし、さびしかった。
アカネ:……。
ナレーション:アカネが振り返ると、親子の姿はもう見えなくなっていました。
アカネ:(N)ちょっと前は、あの輪の中にこいつも居たのに…。
アカネ:(N)僕と…出会いさえしなければ…。
ナレーション:そう自分を責めて、アカネはきつく唇を噛みます。
ルリ:でも。
ナレーション:はっと我に返るアカネ。
ナレーション:視線を戻すと、そこには、満面の笑顔で自分を見つめるルリがいました。
ルリ:アカネお兄たんが、ルリのこと思い出してくれた。
アカネ:!
ルリ:ルリの名前も。
ルリ:それに、おうちも見つけてくれた。
ルリ:だから、もうルリさびしくないよ!
アカネ:ル、リ…。
ルリ:もう、おなかぺこぺこで悲しくないし、いっつもあったかいもん!
アカネ:…でも、家族…いなくなって、平気なのか?
ナレーション:その言葉に、ルリはキョトンとした表情になり、不思議そうに首をかしげました。
ルリ:ルリ、家族いなくなってないよ?
アカネ:え?
ルリ:だってアカネお兄たんと、オウルせんせがいるもん!
アカネ:!
ルリ:それに、チェルおばたんとー、クリせんせとー、くまのおまわりさんとー…。
アカネ:(N)家族…こいつにとって、僕が…?
ナレーション:肉親だけが家族ではありません。
ナレーション:信頼、温もり、慈しみ、そして愛情。
ナレーション:それらを分かち合える存在が、家族なのです。
アカネ:(涙が溢れ)…あ…、あぁっ、…そうだったのか。
アカネ:(N)やっと、…わかった。
アカネ:(N)センセーにあの路地裏で、手を差し伸べてもった日。
アカネ:(N)あの時から、センセーはずっと、僕の事を守ってくれてた。
アカネ:(N)だから、例え自分の足が動かなくなっても、僕を助けてくれたんだ…。
ナレーション:両手で顔を覆って泣くアカネを、ルリが心配そうにのぞき込みます。
ルリ:お兄たん?どうして泣いてるの?
ルリ:どこか、いたいの?
アカネ:(N)それにこいつも…。
ナレーション:そう、今はルリも、大切なアカネの家族の一員です。
ナレーション:皆、もう一人ぼっちではありません。
アカネ:そうか…。
アカネ:あぁ……そっか…。
アカネ:僕らは、家族だったんだ…。
アカネ:(N)僕は、ずっと…誰かの犠牲の上に、生きていると、思ってた。
アカネ:(N)…センセー。
アカネ:(N)…ルリ。
アカネ:(N)二人とも、僕のせいで色んな物を失ってしまったんだ、って、そう思い込んでた。
ルリ:「(嬉しそうに)アカネお兄たん♪」
オウル:「(優しく)アカネ。」
アカネ:(N)だけど、そうじゃなかった。
アカネ:(N)僕は…、あの時みたいに、また失うことが、怖くて…。
アカネ:(N)ずっと…見ないふりをしていた…。
ナレーション:アカネが、ずっと犠牲だと思っていたそれは、本当は愛だったのです。
ナレーション:幼い頃に捨てられた心の傷が、他者からの愛を違うように見せてしまっていたのでしょう。
ナレーション:今までアカネの心に深く突き刺さっていた大きな棘が、今、この瞬間。
ナレーション:温かく溶けて、するりと抜け落ちました。
アカネ:(涙を拭って)…ルリ。お前、本は好き?
ルリ:うん!大すきだよ!!
アカネ:そっか…。丁度、助手を探していたんだ。
ルリ:じょ、しゅ?
ナレーション:ポカンとした表情のルリを見て、アカネはたまらず吹き出してしまいます。
アカネ:ぷっ、あははは!そう、僕の仕事の手伝いをしてくれる人の事。
ルリ:ほわぁっ!ルリ、アカネお兄たんのじょしゅになる!
アカネ:(N)あの時、僕はセンセーに救われた。
アカネ:(N)そして、あの日、ルリに助けてもらった。
アカネ:(N)今度は、僕が…。
ナレーション:そう。答えはいつだってシンプル。
ナレーション:貰った愛には愛で、受けた恩には目一杯の感謝で応えれば良いのです。
オウル:おーい、アカネー、ルリー、アナタ達にお客さんですよー!
ルリ:あー!オウルせんせだぁーー!
ルリ:はぁーいっ!アカネお兄たん、行こっ!
ナレーション:オウルの元へ元気よく駆けて行くルリを、アカネは眩しそうに見つめました。
アカネ:(N)あの日、センセーが言いかけた言葉。
オウル:「アカネ、アナタは今でも…。」
アカネ:ううん、僕はもう、生きることを諦めない。
アカネ:それに、寂しくもないよ。
アカネ:ちゃんと…僕にも、家族がいるから。
:
ナレーション:悲しい病で家族を失った赤目の狼は、やがて心優しい梟と出会い、不器用な二人が小さな白兎と出会った事で、本当の絆で結ばれたのです。
ナレーション:こうして、オウル書店に新しい家族が誕生し、これまで以上に奇妙で賑やかでとても楽しい物語が、一ページ、また一ページと日々紡がれていくのでした。
:
アカネ:赤目オオカミと
ルリ:白ウサギ
オウル:おしまい♪
0:赤目オオカミと白ウサギ
:
:
:
0:(タイトルコール)
アカネ:赤目オオカミと
ルリ:白ウサギ♪
:
:
:
ナレーション:ここはヨークピークのとある街角。
ナレーション:大きな街路樹に挟まれた、曲がりくねった道の続くこの静かな通りは、専門店が立ち並ぶモノクル通り。
ナレーション:その一角に軒を連ねるのは、ひときわ古い外観の、こじんまりとした落ち着いた雰囲気のこのお店。
ナレーション:吊り看板には、趣のある文字で【オウル書店~書籍専門員がご案内いたします~】と、書かれてありました。
0:ドアベルが鳴る
ナレーション:おや、ドアベルがチリリンと鳴りましたよ。
ナレーション:中から誰か、出てくるようです。
アカネ:(ぶっきらぼうに)ちょっと行ってくる。センセーは店番をお願い。
ナレーション:出てきたのは、赤い目をした狼でした。
オウル:ええ、お願いします。
オウル:あぁそれと、帰りにペイスリー広場のパン屋へ寄ってきてください。
ナレーション:続いて、ドアからひょっこりと顔を覗かせたのは、梟(ふくろう)でした。
アカネ:…また、いつもの?
オウル:はい、お願いします。
オウル:あぁ、アカネ。
オウル:チェルシーさんがいたら、頼まれていた本が届いていますと、伝えてください。
ナレーション:右足を引きずり、手に杖をついたこの梟は名をオウルと言い、この店の持ち主であり、アカネの師でもありました。
アカネ:わかった。じゃ、僕もう行くよ。
オウル:はい、行ってらっしゃい。
オウル:あ!そうそう。
オウル:くれぐれも人通りの多い場所は、充分気を付けるんですよ。
アカネ:(うんざりした様子で)わかってる。いいよ、出てこなくて。
アカネ:またこの間みたいにこけたらどうするの。
ナレーション:ぶっきらぼうなアカネを、オウルは苦笑いで見送ります。
オウル:はいはい、それじゃあ頼みましたよ。
ナレーション:アカネは足早に、店を後にしました。
アカネ:(N)先にコレ、病院に届けて…あ、ついでにインクと新しいスクロールも買わなきゃ。
ナレーション:モノクル通りを抜けて、坂の上のヘーゼルナッツ病院へ向かいます。
ナレーション:通りの先には、中央に大きな噴水のあるペイスリー広場があり、大変にぎわっておりました。
:
0:小一時間後
:
ナレーション:用事を終わらせ、一人大通りを歩いていると、どこからか小さな泣き声が…。
ルリ:…ぇーん……。ぇぇー…ん。
アカネ:ん…?子供の…声?
ナレーション:その声は、向こうの薄暗い路地から聞こえてくるようです。
ルリ:えぇーーん、ままぁ。
ルリ:ひっく、ひっく、ままぁぁー。
ナレーション:路地の奥でうずくまり、泣いていたのは、小さな兎の子供でした。
アカネ:(訝し気に)…おい…大丈夫、か?
ルリ:っ!!……わぁああんっ!ままぁああ!
アカネ:うわっ!な、なんだお前!?
ナレーション:子供はアカネに駆け寄り、その足に抱き着いて、わんわんと泣きだしてしまいます。
ナレーション:アカネは、その場であたふたとする事しか出来ません。
ナレーション:しばらくお互いそうしていると、兎の子は次第に落ち着き、やがて泣き止みました。
ナレーション:ですが、アカネの足に抱き着いたまま、中々離れようとはしませんでした。
アカネ:(戸惑いながら)…お、おい!
アカネ:(イライラした様に)あぁー、もー!
ルリ:…ひっく…ひっく…。
アカネ:(溜息)……お前、迷子か?
ルリ:……。
ナレーション:子供はゆっくりと頷きます。
アカネ:…名前は?
ルリ:……る、り。
アカネ:ルリ?聞いたことないな。
アカネ:…住んでるとこは?
ルリ:………。
ナレーション:ルリは黙ったまま、首を横に振ります。
アカネ:(深い溜息)取りあえず、交番でも連れてくか。
アカネ:おい、おまえ…ちょっ、いい加減離れろ。
ルリ:(しぶしぶ離れる)………。
ナレーション:ルリが離れた後のアカネのズボンは、ルリの涙と鼻水でじっとりと濡れていました。
アカネ:うぇ…。
ルリ:…ひっく…ひっく…。
アカネ:…(溜息)ほら、付いて来い。
ナレーション:背を向けて歩き出すアカネに、ルリは急いで涙を拭うと、その小さな足で駆け寄り、ぎゅっとアカネの手を握りました。
アカネ:なっ!?おい、ちょっ…
ナレーション:咄嗟に振りほどこうとしたアカネでしたが、下を向いて必死に涙を堪えるルリに
ナレーション:それ以上は何も言えず、仕方なく、そのまま交番へ向かうのでした。
:
0:交番にて
:
ナレーション:大通りに出て、数分ほど歩くと、その先に小さな交番があります。
ナレーション:交番には狼狽えた様子の兎の夫婦が立っていました。
ナレーション:奥さんの方は、お腹に赤ちゃんがいるようで、大きなお腹を重たそうに抱えています。
アカネ:…おい、チビ。あれ、お前の親じゃないのか?
ルリ:!!!
ナレーション:二人の姿を目にしたルリが、両親の元へ一目散に駆け出します。
ルリ:ママぁあああ!
ナレーション:意気消沈していた様子の両親は、その声に弾けたように振り返りました。
ルリ:わぁああんっ!ままぁ!
ナレーション:泣きながら駆け寄るルリを、母親はしっかりと受け止め、涙を流して喜ぶのでした。
ナレーション:離れたところで気まずそうにしていたアカネに、父親は何度も何度もお礼を繰り返しますが、アカネはそれを戸惑いがちにあしらって、なんとかその場を離れようとします。
アカネ:(N)別に僕は…何もしてないし…。
アカネ:(N)これ以上…他人と、関わりたくない。
ナレーション:心の中でそう呟きながら、ペイスリー広場に向かおうと足を踏み出した、その時。
ナレーション:突然、後ろの方から…。
ルリ:お兄たーーーん!!
ルリ:おおかみのお兄たーーーん!!
ナレーション:と、自分を呼ぶ、ルリの大きな声が聞こえ。
アカネ:なっ!お、おおかみの、お兄たん!?
ナレーション:驚いて振り返ると、父親に抱きかかえられたルリが、アカネに向かって大きく手を振る姿が見えました。
ルリ:ありがとーーーー!!!
ナレーション:目や鼻は真っ赤でしたが、元気いっぱいに手を振るルリは、とても嬉しそうな顔をしていたのでした。
:
:
:
0:数日後
:
ナレーション:その後、兎の親子は、沢山の野菜と、手作りのキャロットケーキを持って、お店にやってきました。
オウル:んー、このケーキ!
オウル:とっても美味しいですよ。
オウル:アカネも食べませんか?
アカネ:(素っ気なく)いらない。
アカネ:センセー僕が甘いのダメって知ってるだろ。
オウル:このケーキは甘さ控えめですよ?
オウル:それに、ホーランド夫妻が折角アナタにって持ってきてくれたのに私ばかり頂くのは…。
アカネ:別にいいよ。
オウル:ふぅん…勿体ないですねぇ…こんなに美味しいのに…。
ナレーション:うっとりと、紅茶とケーキを楽しむ師を横目に、アカネは疲れた様子で仕事に打ち込むのですが
ナレーション:実はここ数日、アカネには新たな悩みの種が出来たのでした。それは…。
ルリ:お兄ーたんっ。
アカネ:(深い深い溜息)
ナレーション:カウンターから覗くのは、二本の白い小さな耳。
オウル:おやっ?その声はもしや、ルリさんじゃないですか?
ルリ:えへへー!あたりー!
オウル:ほっほぅ、毎日えらいですねー。
オウル:今日もアカネに会いに来たんですか?
ルリ:うんっ!
ナレーション:両親と一緒に来たあの日から、毎日遊びに来るようになったルリ。
オウル:どうやら、懐かれてしまったようですね(笑)。
アカネ:おい、チビ。仕事の邪魔だ。子供は子供と遊べ。
ルリ:やだっ!ルリもお兄たんとおしごとするっ。
アカネ:はぁ?お前は家の手伝いでもしてろよ。
ルリ:やだっ!ごほんのおしごとするっ。
アカネ:(溜息)…お前なぁっ!
オウル:まぁまぁ、いいじゃないですか。
オウル:ルリさんもこっちで一緒にケーキ、食べませんか?
ルリ:ケーキ!?(涎が垂れる)
ルリ:…はっ!ううんっ、ルリはおしごとするから、ケーキはあとでっ!
オウル:おやおや、そうですか(笑)。
オウル:それでは、ルリさんの分は取っておきましょうね。
ルリ:っ!うんっ!!
ナレーション:それまでとても静かだったオウル書店は、ルリが訪れるようになった事で見違えるほど賑やかになったのでした。
:
ナレーション:それから数日後。
ルリ:お兄たんっ♪
アカネ:………。(本の整理をしている)
:
ナレーション:また別の日。
ルリ:おにーいたんっ♪
アカネ:………っ。(依頼書をまとめている)
:
ナレーション:またまた、別の日。
ルリ:おーにーいーたーーんっ♪
アカネ:……ふぐっ!(書き物をしている)
:
ナレーション:そして、とうとう、アカネの忍耐力に限界が来てしまいました。
ルリ:おーーにーーいーーた…
アカネ:(ペンを握り折る)お前っっ!!いい加減にしろっ!!!
アカネ:来る日も来る日も毎日っ毎日っ毎日っっ!!
アカネ:仕事の邪魔だって言ってるだろ!?
ルリ:お兄たん…。
アカネ:うるさいっ!!
アカネ:僕はお前の兄じゃない!!
ルリ:でも、ルリ…。
アカネ:やめてくれよ!!なんなんだよ…っ。
アカネ:…僕の事はほっといてくれ!!
ルリ:………。
アカネ:もう……誰とも、関わりたくないんだよ…僕は。
ナレーション:今までどんなに鬱陶しそうにしていても、声を荒げたりはしなかったアカネでしたが、今日はなんだか、いつもと様子が違います。
0:ドアベルが鳴る
ナレーション:出かけていたオウルが、中から聞こえてきた大声に驚いて、急いでドアを開けました。
オウル:アカネ?一体何事です?
ナレーション:慌てて入ってきたオウルと入れ替わるように、ルリは出ていってしまいました。
オウル:あっ、ルリさんっ!?
オウル:…アカネ?一体何があったんです。
アカネ:………何でもない。
オウル:何でもないって…(溜息)。
オウル:一雨きそうなのに…ルリさん、大丈夫でしょうか…?
ナレーション:外は何やら雲行きが怪しくなってきていました。
オウル:(独り言のように)…アカネ…。
オウル:…アナタが、他人と必要以上に関わり合いになろうとしないのは…きっと、わたしのせいですね。
アカネ:………。
ナレーション:静かにドアを閉めて、近くの椅子に腰かけると、オウルは右足を摩りながら寂しそうに呟きました。
ナレーション:黙って折れたペンや、こぼれたインクを片付けるアカネでしたが
ナレーション:その表情は、何かを必死に堪えているようにも見えるのでした。
:
:
:
0:七年前
:
ナレーション:時を遡ること、七年前。
ナレーション:ゴミにまみれ、あちこち汚れた姿の幼いアカネは、衣服とも言えない様なボロ切れ一枚を、その身にまとい
ナレーション:光の届かない路地裏に、力なく座り込んでいました。
ナレーション:ボロ切れから覗くやせ細った身体には、刺青の様な黒い痣が薄く浮かんでおり、窪んだ瞳は赤く澱んでいます。
アカネ:(憔悴しきった様子で)…アンタ、だれ。
オウル:(優しく)私は、オウル。
アカネ:おう、る…?
オウル:ええ、オウルです。アナタ、名前は?
アカネ:……ない。
オウル:そうですか…。
オウル:お腹、すいていませんか?
ナレーション:その問いに、タイミング良く、アカネのお腹の虫が鳴きました。
ナレーション:オウルがクスクスと笑います。
オウル:ウチに来ますか?
オウル:貰い物のパンが沢山あって、一人じゃ食べきれないんです。
アカネ:……でも…。
オウル:食べるのを手伝ってもらえたらありがたいのですが。
ナレーション:差し出した手に、恐る恐る乗せられたその小さな手をそっと握り、オウルはアカネを優しく抱き上げました。
:
0:オウル書店にて
:
ナレーション:夢中でパンにかぶりつくアカネを、オウルは神妙な面持ちで見つめます。
オウル:(N)この身体の痣は…間違いなく、ノロイ…。
オウル:(N)もう、こんなに全身に広がってしまって…。
ナレーション:『ノロイ』とは突発性の病で、何十年も前に発見されてから、未だに原因も治療方法も解明されておらず、
ナレーション:進行すれば謎の黒い痣が身体を蝕み、周期的な激しい痛みを引き起こします。
ナレーション:発症後間もなく眼球は赤く濁り、あとは失明を待つのみ。。
ナレーション:一度かかれば治ることは絶対になく、必ず一年以内には死に至るといわれている、とても恐ろしい病気なのです。
アカネ:はぐっ…もぐっもぐっ…。
オウル:(N)こんなに小さいのに…なんて惨い…。
オウル:(優しく問う)アナタ、お家は?
アカネ:…おう、ち…ない。
オウル:……。今まで、ずっと一人で居たんですか?
アカネ:…これ、でる前は…お父さん、と…お母さん…と、くらして…た。
オウル:(N)それでは、この子は捨てられたと…?
オウル:(N)何てことを…ノロイは伝染病ではないと言われているのに…。
ナレーション:恐らくアカネの両親は、ノロイにかかり手に余るようになってしまった我が子に対し
ナレーション:育児を放棄して、親自ら実の子を孤児にしてしまうという、悲しい決断を取ってしまったのでしょう。
オウル:…アナタが良ければ、ここで私と暮らしませんか?
アカネ:え……?
オウル:ここなら飢える心配もありませんし、雨風も凌げます。
オウル:それに、丁度助手を探していた所なんです。
アカネ:じょ、しゅ?
オウル:はい。私のお仕事のお手伝いをしてくれる人です。
アカネ:ぼく…に、でき、る…?
オウル:大丈夫、ちゃんと一つ一つ教えますから。
オウル:ね?どうです?
アカネ:……うん。じょしゅ、なる…。
:
オウル:(N)この子が我が家にやってきた日、私はこの子狼に、『アカネ』という名前をつけてあげた。
オウル:(N)私の手で風呂に入れ、伸びてほつれ放題の髪を切り、衣服を揃えた。
オウル:(N)日常生活から一般常識、そして自分の持ちうる専門的な知識まで…
オウル:(N)私は全て、惜しみなくアカネに与えた。
オウル:(N)もし私に子供がいたなら、そうしたように。
:
ナレーション:そして、出会って三年がたった頃。
アカネ:センセー!受かった!僕受かってた!!!
オウル:ほっほぅ、おめでとうアカネ。
オウル:流石は私の弟子です。
オウル:これで今日からアナタも書籍専門取扱員の一員ですね。
アカネ:うんっ!!これからもっとセンセーの役に立つよ!
オウル:ほっほっほ、頼りにしてますよ。
ナレーション:背も伸び、肉も付き、随分と明るくなったアカネは街の人々とも打ち解け、オウル書店には毎日色んな人が訪ねてくるようになりました。
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ナレーション:しかし、そんな日々も長くは続きませんでした。
アカネ:うっ、うぐぅ…っ。ううぅっ!
ナレーション:奇跡的に三年もの間進行を止めていたノロイが、何故か急速にアカネの身体を蝕み始めたのです。
アカネ:あうぅっ…い、痛いっ!痛い痛い痛いっ!!
オウル:アカネ!?アカネ!!い、今痛み止めを打ちますからね!
アカネ:あああああぁぁぁあっ!!!!
ナレーション:色濃くなった黒い痣が、アカネの皮膚をジリジリと焼きます。
ナレーション:引きつった所は裂け、ミミズ腫れになり、いたる所からじわりと血が滲んでいます。
ナレーション:痛みでのたうち回り、治まれば気を失い、また痛みが出ればのたうち回るのを繰り返し、見る見るうちにアカネはやつれていきました。
アカネ:ううっ…セン、セー…僕……死んじゃう、の?
オウル:いいえ、アカネ…アナタは死にません…絶対に、死なせません!
ナレーション:オウルは、この病を克服できるかもしれない、ある仮説にたどり着いていました。
ナレーション:しかし、それは確証も無ければ、すぐにどうにかできるものでも無かった為、今まで見合わせていたのです。ですが…。
オウル:(N)…もう、一刻の猶予もありません…。
オウル:(N)今すぐに、手術を…っ!
ナレーション:痛みに苦しむ姿に堪えかね、気を失ったアカネを腕に抱き、オウルはヘーゼルナッツ病院に急ぐのでした。
:
オウル:(病院へ駆け込み)っ!ド、ドクター・クリハラッ!!
クリハラ:なっ、オウル!?こんな時間に突然何事!?
オウル:(息を切らせながら)アカネをっ、アカネを助けてくださいっ!
ナレーション:リスのクリハラ医師は、初めて見る友の様子と、その腕の中のアカネを見て、慌てて診察室へ向かいました。
クリハラ:これは…酷い…。
クリハラ:いつから症状が?
オウル:数時間前から、突然痛がり出して、痣も急に濃く…。
クリハラ:と、突然ですって?そんなことが…
オウル:ドクター・クリハラ。お願いします。
オウル:前に言ってた、アレを…!
クリハラ:…はっ!?何を言っているの、あれはただの仮説だって言ったでしょ!
アカネ:…うっ、うああっ!!いたいいたいいたいっ!!
オウル:アカネっ!
オウル:……仮説だろうと何だろうと、構いません。
オウル:わずかでも望みがあるならば、私は!!
クリハラ:…っ、わかった。すぐに、準備を始めましょう。
ナレーション:クリハラは、アカネとオウルを麻酔で眠らせました。
ナレーション:そして、アカネの痣が浮き出た皮膚を切り取り、そこにオウルの右足の皮膚を移植しました。
:
ナレーション:子供の身体で幸いにも範囲が狭かったとは言え、準備も充分で無いまま、広い範囲の皮膚を失ったオウルの右足は
ナレーション:それ以降、元のように動くことは、ありませんでした。
:
:
:
0:現代へ戻る
:
アカネ:僕は…もう、これ以上誰かの犠牲の上に生きるなんて、嫌なんだ。
ナレーション:酷く傷ついた様子で、アカネは力なく呟きました。
オウル:アカネ…。
アカネ:センセーは、あのチビを利用しようとしているんだろ。
オウル:………。
アカネ:……センセーは…ズルいよ。
ナレーション:そう言い残して、アカネは外へ出て行ってしまいました。
ナレーション:いつの間にか外はすっかり暗くなり、ぽつりぽつりと雨が降り出しています。
:
オウル:そう…。私はズルい。そして汚い…。
オウル:あの時、一年を超えても症状が悪化していなかったから、もしかしたらあの子がノロイを克服した初めての症例になるかもしれないと、それ以上踏み出せなかった。
オウル:いや、…踏み出さなかったんだ。
オウル:私は…あの子よりも、自分の実績を取ってしまった…。
ナレーション:オウルは、頭を抱え込みました。
オウル:…もし、あの時あの子にちゃんと説明していれば…。
オウル:…中途半端に手を出して完治も出来ず…いつまでも死の恐怖に怯えながら、生きながらえる苦しみを背負わせることも…なかったのかもしれない。
ナレーション:次第に強くなる雨は、まるで誰かの涙のように、窓を幾筋も流れ落ちていきます。
オウル:……それでも。
オウル:それでも私は、あの子に生きていてもらいたい。
オウル:例えズルくても汚くても。
オウル:ルリさんが、アカネの生きがいになってくれたらと、願わずにはいられないんです…。
:
ナレーション:冷たい雨に打たれ、ずぶぬれになったアカネは、とぼとぼと大通りを歩いていました。
アカネ:(N)……違う。ズルいのはセンセーじゃない、僕だ。
ルリ:「えぇーーん、ままぁ」
アカネ:(N)あの時、あいつに、捨てられた時の僕が、重なって見えた。
アカネ:(N)泣いてるチビを見て、こいつも、捨てられたんだって。
ルリ:「っ!!……わぁああんっ!ままぁああ!」
アカネ:(N)だから…僕だけじゃないって、ほっとした。
アカネ:(N)だけど、違った…。
ルリ:「パパがね、こんど探してほしい本があるって言ってた!」
ルリ:「お兄たんにおねがいするって!」
アカネ:(N)アイツにはちゃんと親が居た。
ルリ:「もうすぐルリ、おねえちゃんになるんだよっ!」
ルリ:「ママのおなかの赤ちゃんが生まれるんだっ♪」
アカネ:(N)心配してくれる。ケーキも焼いてくれる。
アカネ:(N)愛してくれる、親が…。
ルリ:「お兄たん」
アカネ:腹が立った。妬ましかった。
アカネ:(泣きそうに)なんで、僕だけ…って。
ナレーション:大粒の雨が降りそそぐ、暗く、沈んだ空を見上げたアカネの頬を、温かい雫が何度も伝い、濡れた地面に落ちていきます。
アカネ:誰とも関わらなければ、こんな事、思わなくて済んだのに…。
アカネ:汚くて、弱くて、こんなちっぽけな僕を、知らないまま、死ねた、のに…。
ナレーション:アカネの横を、一つの傘の下で仲睦まじく寄り添う恋人達や、お揃いのカッパに身を包んだ親子が、楽しそうに通り過ぎていきました。
アカネ:(静かに涙を流す)…っ、……っ…。
ナレーション:人通りを避けるようにしてアカネは、小さな暗い路地へと重い足を運びます。
アカネ:僕は…何の為に…生まれた、の…。
ルリ:「お兄たん」
アカネ:やめて…。
ルリ:「お兄たん」
アカネ:もう、やめて…。これ以上…見せないで…。
ルリ:「お兄たん」
アカネ:汚い僕も…、幸せそうな誰かも…もう、何も…見たくな、い…。
ナレーション:その言葉に従うかのように、ノロイがアカネ身体を蝕み、その瞳からゆっくりと光を奪い去っていきます。
アカネ:…これ、で…もう…何も、見なくて……す、む…。
ナレーション:悲しく微笑みながら、アカネは安堵の息を漏らしました。
アカネ:(震えながら)寒い…痛い………さみ、し、い…。
ルリ:アカネお兄たん!!
ナレーション:遠くで、ルリの声が聞こえた気がしました。
ナレーション:ですがその声は、赤黒く澱んで完全に光を失った瞳を閉じ、力なく倒れ込むアカネには、届かないのでした。
アカネ:(N)暗い暗い、路地裏。
アカネ:(N)泣いているアイツを、見つけた場所。
ナレーション:奇しくもそこは、昔ボロボロだったアカネが、今と同じように力尽きて座り込んでいた、あの場所だったのです。
:
:
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0:ルリの記憶
:
ルリの母:ールリ…私達は白瑛族(はくえいぞく)の末裔。
ルリの母:ー白瑛族は一生に一度だけ、奇跡を起こすことが出来る。
ルリの母:ーでも、その奇跡には、必ず対価が必要となるの。
ルリの母:ー小さな奇跡には小さな対価、大きな奇跡には大きな対価。
ルリの母:ールリ、覚えていてね。
ルリの母:ー今の自分に払える以上の奇跡は、絶対に起こしてはだめ。
ルリの母:ーもし、それを超えてしまえば…。
:
:
:
0:数時間後
:
アカネ:ー消えて、しまう…。
ナレーション:淡く霞みがかった夢の中で、アカネは優しい声を聞いた気がしました。
ナレーション:今まで感じたこともないような、だけどとても懐かしい気持ちになる、そんな大きな愛情に溢れた柔らかな声。
アカネ:(ゆっくりと目を覚ます)う、うう…ん。…あれ、ここは…?
ナレーション:アカネが目を覚ますと、そこは見慣れた自分の部屋のベッドの上でした。
オウル:アカネ!…アカネ?ここが何処だか、わかりますかっ!?
ナレーション:隣から聞えたのは、聞き馴染みのある声。
アカネ:…セン、セー?
ナレーション:アカネは、ぼーっとオウルを見つめます。
ナレーション:その顔を見たオウルは突如驚いて、はっと息をのみました。
オウル:!!アカネ…その目…!
アカネ:(訝し気に)……ん?…目、って?
ナレーション:なんと、それまでノロイの影響で赤く澱んでいたアカネの両目が、本来の色を取り戻し、金色に美しく輝く澄んだ瞳に変わっていたのです。
オウル:アカネ!私が見えますか!?
アカネ:えっ…、見える、けど?
アカネ:(異変に気づいて)………っ!!
オウル:何ですか!?どこか調子悪いですか!?
アカネ:………見える…。
オウル:えっ?
アカネ:はっきり、見える…!
ナレーション:さらに驚いたのは、一度失ったはずの視力が完全に回復していた事。
クリハラ:驚いた…まさか、ノロイが…完治するなんて…。
オウル:ドクター・クリハラ!見てください、私の足。
オウル:手術の痕が、きれいさっぱり無くなっています…。
ナレーション:不自由だったオウルの右足までもが、健康な状態へと戻っていたのです。
クリハラ:…奇跡だわ!こんなことって…!!
クリハラ:ねぇ!一体何があったの!?
オウル:私にもさっぱり…。
オウル:あっ…そう言えばゆうべ、びしょ濡れのアカネを小さな子供が連れてきてくたのですが…
オウル:(躊躇いながら)気づいたら、いなくなっていました…。
クリハラ:子供?アナタ、それ、誰だかわかる?
ナレーション:眉をひそめるクリハラに、アカネ自身も心当たりが見つからず、黙って首を横に振りました。
クリハラ:(溜息)まぁ、君の病気は元々、突然症状が止まったかと思えば、突然進行したりと
クリハラ:なんだか一般的な症例とは違っていたし、初めから奇跡みたいなものだったのかもしれないわね。
アカネ:……き、せき…。
クリハラ:ただ、君の場合、初めての症例で不可思議な点も多いから、まだ完全に安心とは言えないわ。
クリハラ:これからも定期的に診察に来て頂戴ね。
アカネ:…わかった。
クリハラ:何にせよ、無事で良かったわ。
アカネ:………。
ナレーション:全てがとても良い形に変化したことを、大変喜ぶオウルとクリハラでしたが、当のアカネはなんだか腑に落ちない様子です。
アカネ:(N)…僕は、何かとても大切なことを、忘れているような…。
ナレーション:そう。彼らは知らないうちに、自分たちの記憶から、ある一人の存在が丸々消えていることに、微塵も気づかないでいたのでした。
:
:
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0:数日後
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ナレーション:それから数日後。
ナレーション:すっかり元気になったアカネは、今日も依頼品の配達にパン屋へのお遣いと、以前と変わらぬ日々を過ごしておりました。
ナレーション:そして、その帰り道での事。
ナレーション:何故だか自然と、通りがかっただけの小さな路地へと、足が向かうのです。
アカネ:…ん?あれは…。
ナレーション:路地の一番奥。
ナレーション:光が差し込むその陽だまりの中で、白い兎の子供が一人で遊んでいました。
アカネ:こんな所に、子供?
アカネ:あっ…もしかして…、捨て子…?
ナレーション:薄汚れた衣服を身にまとい、身体は随分とやせ細っています。
ナレーション:一人静かに遊ぶその子を見ていると、アカネはなんだかとても胸が熱くなり、悲しいような、嬉しいようなよくわからない気持ちになりました。
ナレーション:ためらいがちに近づくと、子供はゆっくり顔を上げます。
ナレーション:白い小さな顔に二つ並んだ青い瞳が、光を受けてキラキラと宝石のように輝きました。
アカネ:……お前…何やってるんだ?こんな所で。
ナレーション:自分を見つめるその瞳に、アカネは居心地の悪さを感じます。
アカネ:(ためらいがちに)えっと……迷子に、なったのか?
ルリ:(寂しそうに)んーん。まいごじゃないよ。
アカネ:名前は?
ルリ:……。(首を振る)
アカネ:住んでるとこは?
ルリ:……。(首を振る)
ナレーション:アカネの質問に、その子供は黙ったまま、静かに首を横に振ります。
アカネ:…名前も家もないって、事か…?
ナレーション:一瞬、目の前の小さな子供が、悲しい記憶の中の小さな自分と重なって見えました。
アカネ:……。おい、チビ。お腹、減ってる?
ルリ:…うん。
アカネ:パン…食べるか?
ルリ:…いいの?
アカネ:ああ、貰いもんだけど、ほら。
ルリ:うわあぁ、うさぎのパンだぁ!
ルリ:ありがとう、あかねお兄たん!
アカネ:…え?
アカネ:なん、で…、僕の名前…。
アカネ:(気づいて)…っは!!!
ナレーション:その時です。
ナレーション:ノロイが消えたあの日から、ずっと靄がかっていたアカネの頭の中を、まるで突風が吹いたかのように、色々な風景が駆け巡っていきました。
:
0:(SE)時計の針を刻む音
:
ルリ:「えぇーーん、ままぁ。ひっく、ひっく、ままぁぁー。」
ルリ:「お兄たーーーん!!おおかみのお兄たーーーん!!ありがとーーーー!!!」
ナレーション:失っていた記憶が、次々と元に戻っていきます。
アカネ:(震える声で)あぁ……お前…っ。
ルリ:「やだっ!ルリもお兄たんとおしごとするっ。」
ルリ:「お兄たーん、あのねあのね、今日ぱん屋さんがね、ルリのパン、作ってくれたのー」
アカネ:そん、な……そんな…っ。
ナレーション:持っていた荷物が手からすべり落ち、アカネの金色の瞳には次から次へと大粒の涙が溢れていきます。
ルリ:「あかねお兄たん、ルリが絶対助けてあげる。だからー…」
アカネ:あ、ああっ!…おもい…だした……。
アカネ:ルリ!お前が、あの日僕を……助けてくれた…っ!
ナレーション:アカネは、ルリを強く抱きしめました。
ナレーション:そして、初めて会った時のルリの様に、その身体にしがみついて泣きじゃくったのです。
アカネ:(号泣)ああああああああっ!!!…っく、…っ、ごめっ…、ごめ、ん、…っふ…。
ナレーション:震えるアカネの背中を、まるで母親のように、ルリは優しく撫でてやります。
ルリ:よしよし、だいじょーぶ、だいじょーぶよ。
アカネ:(泣く)
ナレーション:そう、あの時。
ナレーション:倒れたアカネに駆け寄り、その白瑛族の力をもってノロイを全て消し去ったのも、雨の中小さな体で必死にオウル書店までアカネを運んだのも、全てはこのルリだったのです。
:
0:数十分後
:
ナレーション:ひとしきり泣いた後、すっかり落ち着きを取り戻したアカネと、嬉しそうにウサギパンを握っている、ルリ。
ナレーション:二人はモノクル通りを並んで歩いていました。
アカネ:お前が、白瑛族だったなんて…。
ルリ:ルリがね、まだおなかの中にいたとき、ママがお話してくれたの。
ルリ:ルリたちは『はくえーぞく』だから、一度だけ願いごとがかなうんだよ、って。
アカネ:(N)確か、夢の中の声は…大きな奇跡には大きな対価がいるって…。
ルリ:ルリ、いっしょうけんめいママにお願いしたの!
ルリ:お兄たんをたすけてーっ!って。
ルリ:そしたら、ママの声がきこえたんだっ♪
アカネ:(N)それって、もしかして…夢の中で聞こえた…?
アカネ:…あのさ、自分に、払える対価を超えた奇跡を使うと……消える、っていうの、は…?
ルリ:(悲しそうに笑う)ルリ、最初ママのお話きいたとき、『たいか』ってよくわからなかった。
ルリ:でも、街のみんな、ルリのことおぼえてなくって…。
ルリ:(寂しそうに)すごく、かなしかったから、きっと、これが『たいか』なんだなって、ルリ思ったの。
アカネ:(N)多分、この対価を払うには、ルリは幼すぎたんだ。
アカネ:(N)だから…その不足分として、僕らのルリに関する全ての記憶が、消えてしまった…って事か?
アカネ:…なんっ、で…そこまでして、僕なんか……。
アカネ:だって、それって、あの両親にも…。
ルリ:…あのね。ルリ、赤ちゃんの時『こじいん』にいたの。
アカネ:え…。
ルリ:パパとママ、ずっと赤ちゃんができなくて、だからルリを、『ようし』にしてくれたんだ。
アカネ:………。
ルリ:でもねっ、もうすぐ赤ちゃん生まれるの!
ルリ:だから、パパもママも、ルリがいなくても、もうへーきなのっ。
アカネ:お前…。
ナレーション:にこやかにそう告げるルリに、アカネはそれ以上言葉が出てきません。
アカネ:(N)あんなに仲良かったパン屋のチェルシーさんも交番の警官も、一緒に遊んでいたチビ達でさえも、皆こいつを見ても初対面のように接してた…。
アカネ:(N)この分じゃ、きっとセンセーも…。
ナレーション:沈んだ様子で、アカネはルリを連れて、店に帰ってきました。
アカネ:…ただいま。
ナレーション:アカネはオウルに、半信半疑でルリを会わせてみましたが…。
オウル:おやおや、これはかわいいお客さんですね。アカネのお知合いですか?
ナレーション:と、小さな期待も虚しく、やはり同じように、ルリの事は全く記憶にない様子でした。
アカネ:(N)そんな…。僕は、また、他人の犠牲の上に生きながらえたのか…。
ナレーション:こんなに幼い子供が、自分のせいで知り合いはおろか、家族にまでも忘れ去られたという残酷な仕打ちに、アカネは強く強く胸が痛みました。
:
ルリ:(パンを食べながら)ふんふんふーん♪
アカネ:…センセー。
オウル:何ですか?
アカネ:あのさ…、こいつ、ルリって言うんだけど…。
オウル:ルリさん、ですか。
アカネ:…。
オウル:かわいらしい名前ですね。
アカネ:(溜息)ここに住まわせちゃ、だめ、かな?
オウル:えっ?
ルリ:お兄たん?
アカネ:あ、いや…こいつ行くとこないみたいで…。
ナレーション:オウルは持っていた本を静かに閉じると、椅子から立ち上がり、ルリの前にしゃがみ込みました。
オウル:おや…そうでしたか。
オウル:私は全く構いませんが、ルリさん、アナタは『どうしたい』ですか?
ナレーション:優しく見つめるオウルに、ルリは遠慮がちに答えます。
ルリ:えっと…ルリ、ここにいても、いいの?
ナレーション:オウルはにっこりと微笑みました。
オウル:ええ、モチロン!。
ナレーション:不安げだったルリの表情は、その言葉に一瞬でぱっと明るくなりました。
ナレーション:そして、両手を広げて大喜びです。
ルリ:わぁーいっ!
ルリ:ありがとう、お兄たん!
アカネ:(ぶっきらぼうに)…別に。
ナレーション:部屋中をぴょんぴょんと跳ね回りながらはしゃぐルリに、耳まで赤く染めてぶっきらぼうに呟くアカネ。
ナレーション:その二人を、慈愛に満ちた眼差しで、オウルは優しく見つめました。
ナレーション:こうして、その日からオウル書店に、新しい一員が加わることになりました。
:
0:その夜
:
ナレーション:そして、その夜。
オウル:なるほど、そういう事だったんですか。
オウル:確か…白瑛族というのは、数百年前に絶滅したと聞いたことがありましたが、まさかルリさんがその末裔だったとは。
ナレーション:アカネは、これまでの事を全てオウルに打ち明けました。
アカネ:やっぱりセンセーは、否定も疑ったりもしないんだな。
オウル:そうですねぇ。
オウル:まぁ、この仕事がら、『まず先に疑心を持たない』というのもありますが、何よりアナタのいう事ですから。
アカネ:なんだそれ。
オウル:(楽しそうに笑う)ほっほぅ。
オウル:それにしても、その話から伺うに、恐らくルリさんは、先天性記憶依存症でしょうね。
アカネ:先天性…それって、生まれる前の記憶から、全部覚えてるっていう…?
オウル:ええ、それです。
アカネ:そっか…通りで。
オウル:きっとルリさんは、これまでの事もそうですが、これからの記憶も全て忘れずに、一生抱えて生きていくんでしょうね。
アカネ:(N)それなのに…、親しい人たちの中から自分の存在が消えてしまったなんて…。
アカネ:……。
ナレーション:アカネは、ひどく苦し気な表情でうつむいてしまいます。
ナレーション:そして、そのアカネの様子に、オウルは何かを感じ取るのでした。
オウル:…アカネ、アナタは今でも…。
アカネ:え?
オウル:あぁ、いえ。なんでもありません。
オウル:アナタもそろそろ寝なさい。夜更かしは身体に悪いですから。
ナレーション:オウルはそう言って立ち上がると、ランプの明かりを、そっと吹き消しました。
:
:
:
0:数日後
:
ナレーション:とある昼下がり。
ナレーション:お店の中は、何やら慌ただしい様子ですが…。
ルリ:お兄たん、これはドコにもってくのー?
アカネ:ん…、あー、星詠み辞典か。それならあっちのF5の棚に…。
ナレーション:なるほど、どうやらアカネとルリが本の整理をしているようです。
ナレーション:するとそこに、沢山のスクロールで手の塞がったオウルが、奥の部屋からよたよたとしながら出てきました。
オウル:あぁ、アカネ、ルリ、丁度良かった。
オウル:ちょっとお使いを頼んでもいいですか?
ルリ:うんっ!いいよー!
アカネ:わかった。ルリ、支度するぞ。
ルリ:はぁーいっ!
ナレーション:二人はいつの間にか、すっかり良い相棒になったようです。
ナレーション:オウルも嬉しそうに笑います。
オウル:ふふふ。
:
0:帰り道
:
ナレーション:その帰り道。
ルリ:ふふっ♪
アカネ:なんだよ、気持ち悪い声出して。
ルリ:チェルおばたんに、おまけもらったのー。
アカネ:どうせいつものウサギパンだろ。
ルリ:うんっ!ルリのパン!
アカネ:……あのさ、お前…
ナレーション:アカネが何か言いかけた、その時。
ナレーション:二人のすぐそばを、ホーランド夫妻が通り過ぎていきました。
アカネ:あっ…!
ルリ:……。
ナレーション:その腕には、ここ数日の間に生まれたのでしょう。
ナレーション:小さな小さなホーランド・ドロップの赤ちゃんが、大事そうに抱かれています。
ナレーション:その姿を、ルリは嬉しそうに眺めていました。
アカネ:…ルリ、お前、辛くないの?
ルリ:ん?どうして?
アカネ:だって…あの二人、お前の記憶が…。
ナレーション:その言葉に、ルリは、少し影った笑顔を見せました。
ルリ:んとね、前はすこし、さびしかった。
アカネ:……。
ナレーション:アカネが振り返ると、親子の姿はもう見えなくなっていました。
アカネ:(N)ちょっと前は、あの輪の中にこいつも居たのに…。
アカネ:(N)僕と…出会いさえしなければ…。
ナレーション:そう自分を責めて、アカネはきつく唇を噛みます。
ルリ:でも。
ナレーション:はっと我に返るアカネ。
ナレーション:視線を戻すと、そこには、満面の笑顔で自分を見つめるルリがいました。
ルリ:アカネお兄たんが、ルリのこと思い出してくれた。
アカネ:!
ルリ:ルリの名前も。
ルリ:それに、おうちも見つけてくれた。
ルリ:だから、もうルリさびしくないよ!
アカネ:ル、リ…。
ルリ:もう、おなかぺこぺこで悲しくないし、いっつもあったかいもん!
アカネ:…でも、家族…いなくなって、平気なのか?
ナレーション:その言葉に、ルリはキョトンとした表情になり、不思議そうに首をかしげました。
ルリ:ルリ、家族いなくなってないよ?
アカネ:え?
ルリ:だってアカネお兄たんと、オウルせんせがいるもん!
アカネ:!
ルリ:それに、チェルおばたんとー、クリせんせとー、くまのおまわりさんとー…。
アカネ:(N)家族…こいつにとって、僕が…?
ナレーション:肉親だけが家族ではありません。
ナレーション:信頼、温もり、慈しみ、そして愛情。
ナレーション:それらを分かち合える存在が、家族なのです。
アカネ:(涙が溢れ)…あ…、あぁっ、…そうだったのか。
アカネ:(N)やっと、…わかった。
アカネ:(N)センセーにあの路地裏で、手を差し伸べてもった日。
アカネ:(N)あの時から、センセーはずっと、僕の事を守ってくれてた。
アカネ:(N)だから、例え自分の足が動かなくなっても、僕を助けてくれたんだ…。
ナレーション:両手で顔を覆って泣くアカネを、ルリが心配そうにのぞき込みます。
ルリ:お兄たん?どうして泣いてるの?
ルリ:どこか、いたいの?
アカネ:(N)それにこいつも…。
ナレーション:そう、今はルリも、大切なアカネの家族の一員です。
ナレーション:皆、もう一人ぼっちではありません。
アカネ:そうか…。
アカネ:あぁ……そっか…。
アカネ:僕らは、家族だったんだ…。
アカネ:(N)僕は、ずっと…誰かの犠牲の上に、生きていると、思ってた。
アカネ:(N)…センセー。
アカネ:(N)…ルリ。
アカネ:(N)二人とも、僕のせいで色んな物を失ってしまったんだ、って、そう思い込んでた。
ルリ:「(嬉しそうに)アカネお兄たん♪」
オウル:「(優しく)アカネ。」
アカネ:(N)だけど、そうじゃなかった。
アカネ:(N)僕は…、あの時みたいに、また失うことが、怖くて…。
アカネ:(N)ずっと…見ないふりをしていた…。
ナレーション:アカネが、ずっと犠牲だと思っていたそれは、本当は愛だったのです。
ナレーション:幼い頃に捨てられた心の傷が、他者からの愛を違うように見せてしまっていたのでしょう。
ナレーション:今までアカネの心に深く突き刺さっていた大きな棘が、今、この瞬間。
ナレーション:温かく溶けて、するりと抜け落ちました。
アカネ:(涙を拭って)…ルリ。お前、本は好き?
ルリ:うん!大すきだよ!!
アカネ:そっか…。丁度、助手を探していたんだ。
ルリ:じょ、しゅ?
ナレーション:ポカンとした表情のルリを見て、アカネはたまらず吹き出してしまいます。
アカネ:ぷっ、あははは!そう、僕の仕事の手伝いをしてくれる人の事。
ルリ:ほわぁっ!ルリ、アカネお兄たんのじょしゅになる!
アカネ:(N)あの時、僕はセンセーに救われた。
アカネ:(N)そして、あの日、ルリに助けてもらった。
アカネ:(N)今度は、僕が…。
ナレーション:そう。答えはいつだってシンプル。
ナレーション:貰った愛には愛で、受けた恩には目一杯の感謝で応えれば良いのです。
オウル:おーい、アカネー、ルリー、アナタ達にお客さんですよー!
ルリ:あー!オウルせんせだぁーー!
ルリ:はぁーいっ!アカネお兄たん、行こっ!
ナレーション:オウルの元へ元気よく駆けて行くルリを、アカネは眩しそうに見つめました。
アカネ:(N)あの日、センセーが言いかけた言葉。
オウル:「アカネ、アナタは今でも…。」
アカネ:ううん、僕はもう、生きることを諦めない。
アカネ:それに、寂しくもないよ。
アカネ:ちゃんと…僕にも、家族がいるから。
:
ナレーション:悲しい病で家族を失った赤目の狼は、やがて心優しい梟と出会い、不器用な二人が小さな白兎と出会った事で、本当の絆で結ばれたのです。
ナレーション:こうして、オウル書店に新しい家族が誕生し、これまで以上に奇妙で賑やかでとても楽しい物語が、一ページ、また一ページと日々紡がれていくのでした。
:
アカネ:赤目オオカミと
ルリ:白ウサギ
オウル:おしまい♪