台本概要
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タイトル | 朗読屋シリーズ「囚われし者」 |
---|---|
作者名 | 月儚(つくも)レイ (@rose_moon44) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 1人用台本(不問1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
「おや?いらっしゃいませ。ふふ、私はしがない朗読屋。ここへ訪れたお客様にぴったりのお話をご用意して、お導きさせていただいております…あなた様には、こちらなどいかかでしょうか」 本を朗読するような、不思議な世界観の1人読み、朗読台本になります。 性別は不問なので、性別を気にせずどなたでもお手にとっていただけると嬉しいです。 朗読の際のお時間のほうは10分前後ほどかと思います。 こちらのシリーズは朗読屋シリーズとして書かせていただいているので、ぜひ他の作品も読んでいただければと思います。 ご利用の報告は強制ではありませんが、ご連絡いただけますと非常に嬉しいです。 84 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
朗読屋 | 不問 | - | 主人公、語り手。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
(語り口調):
0:
0:
0:おや、ようこそお越しくださいました。
0:ここへお越しになられたということは…何かお話をご所望ですね?
0:ふふ…あなた様がここへ来ることは既に存じておりました…。
0:あなた様にぴったりの本も…ほら、このように。
0:何故そんなことが出来るのか…ですか。
0:それは…ふふ、あなた様が私を求めたから…ということにしておきましょう。
0:さて…そのようなことも全てを忘れて、しばし本の世界へと酔いしれてくださいな。
0:早速お導きさせていただきますから。
0:では…どうぞ、安らかなひとときを…。
0:
(朗読口調):
0:
0:
0:「囚われし者」
0:
0:
0:とある街に、不思議な噂話が流れておりました。
0:
0:「森の奥に佇む、名のある貴族の館。
0:そこには美しく、麗しい令嬢とその家族が住んでいた。
0:しかしそのあまりにも美しい容姿と心は悪魔にさえ見初められてしまい、悪魔は館ごと令嬢を奪ってしまった。
0:不死の呪いをかけられ、令嬢は死することも逃げることもできず永遠に囚われ…
0:毎夜、館からは令嬢の奏でる哀しいピアノの旋律が響いているという。
0:我こそは、と剣を取った戦士も貴族も、未だ帰った者はなく…。
0:今日も令嬢は哀しみと絶望の旋律を奏でながら、悪魔の巣窟(そうくつ)と化した館で救いを待っている…」と。
0:
0:そのような館などありはしなかったという者。
0:館はあったが、すでに朽ち果てていたという者。
0:知り合いが挑み、そして帰らぬ人となったという者。
0:噂の真偽は様々でした。
0:
0:しかし、とある旅の剣士がこの噂話に興味を示しました。
0:数多(あまた)の悪魔、魔物の類(たぐい)を討伐して来た自分ならば、きっと令嬢を救い出せる。
0:腕におぼえのあった旅の剣士は意気揚々と準備をすすめます。
0:町人達が止めるのも聞かず、日が落ちるまで待機し、そしてただ一人で森へと向かいました。
0:
0:夜の森は、昼の険しさよりも更に人を拒むかのような漆黒に包まれていました。
0:剣士の視界を支えるのは、手に持つランプの淡い炎の灯りだけ。
0:静寂と漆黒が支配する森を、旅慣れた剣士はどんどん奥へと進んで行きました。
0:
0:かなり深くまで来たところで剣士は1つ、違和感をおぼえました。
0:それはあまりに静かなこと…。
0:このような漆黒に包まれた森には魔物が巣食うもの。
0:しかし魔物はおろか、獣の気配すら感じず森はただただ静寂が支配しているのです。
0:そして進めど進めど、例のピアノの音も聞こえず、館も見当たりません。
0:
0:やはりただの噂話だったのだろうか…
0:
0:剣士は一度腰を降ろし、一息つきながら辺りを見渡しました。
0:周囲に広がるのは、依然として漆黒の闇だけ。
0:引き返そうかとも思うも、それでは勇んで出てきたことに恰好がつかない。
0:日が昇るまでは散策を続けようと決意しました。
0:
0:そして、再び進もうと立ち上がった時…
0:剣士の耳に何かの音が入り込んできました。
0:
0:音…?音色……これは、ピアノの…?
0:
0:うっすらと、風にのるかのように美しい旋律が聞こえてきます。
0:
0:これだ…!
0:
0:興奮気味に周囲を見渡し、剣士はピアノの音色のするほうへと急ぎました。
0:
0:噂話は本当だったんだ…。
0:
0:胸を熱くしながら、ピアノの音色を頼りにどんどん足を早めます。
0:最初に聴いた時よりも、音色がはっきりと聞こえてくる。
0:哀しくもあり、美しくもある綺麗な旋律…。
0:音色の出どころが確実に近づいてきているのがわかります。
0:
0:どれほど歩いたでしょうか。
0:ようやく開けた場所に出て景色が変わったのと同時に、剣士の少し先に大きな館が見えました。
0:
0:たぎる胸を抑えつつ、館へと慎重に近づいてゆきます。
0:悪魔の巣窟と化しているならば、敵は何体いるかもわからない。
0:周囲を入念に警戒しつつ、剣士は館の入り口へと向かいました。
0:
0:目の前に広がるのは外観からもその美しさがわかる立派な館。
0:長い年月、人の手が入っていないとは思えない程にその館は美しい姿をしていました。
0:そして依然として周囲には何の気配もなく、耳に入るのはあのピアノの旋律だけ。
0:
0:剣士はランプが照らす豪奢(ごうしゃ)な扉の前へと立ちました。
0:固唾(かたず)をのみながらその重々しい扉に手をやります。
0:
0:ギィィィィ……
0:
0:重たい音と共に館は剣士を迎え入れました。
0:
0:ランプで辺りを照らすと、外観と同じく美しいままの内装の様子が広がっています。
0:もう炎を灯してはいない、綺麗な燭台(しょくだい)。
0:厳格な初老の男性と、美しい女性二人を描いた肖像画。
0:床に広がる、踏むのをためらってしまうような綺麗なカーペット。
0:そこは、今も麗しい貴族の一家が暮らしているようにしか見えない光景でした。
0:
0:剣士はそのあまりに見事な内装に見惚れつつも、はっと気を取り直し周囲を警戒しました。
0:やはり、なんの気配も感じることはできません。
0:
0:廊下を少し歩くと、すぐに大きな広間へと出ました。
0:天井からは大きなシャンデリアが下がっており、二階へと続く階段も広がっています。
0:豪華な花瓶に入った花も、不思議なことに枯れておらず美しく咲いたままでした。
0:
0:ピアノはどうやら、上の階から聴こえてきているようでした。
0:音を追い、更に警戒を強めながら大きな階段をのぼってゆく剣士。
0:壁にはこの館の代々の主と思われる肖像画や、名工の芸術品と思われる美しい絵画がかけられています。
0:
0:階段を昇りきると、長く大きな廊下が広がっていました。
0:窓から射す月明りのおかげで、うっすらと周囲が照らされています。
0:そしてピアノの音はこの廊下の一番奥の部屋から奏でられていることに気付きました。
0:
0:剣士は、月明りとランプを頼りにゆっくりと影の先にある部屋へ向かいます。
0:
0:ギッ…ギッ…
0:
0:床の軋む音が緊張感を煽ります。
0:とくに奇妙なことは、ついにここまで気配はおろか、何者にも出くわさなかったこと。
0:このピアノの音が罠という可能性も有り得ます。
0:しかし剣士はどうにもこのピアノの音が気になり、確かめたくて仕方がなかったのです。
0:
0:長い、長い廊下をすすむとついに行き止まり…
0:ピアノの音色が聞こえる部屋の前へとたどり着きました。
0:間違いなく、音色はこの先から聴こえてくる。
0:
0:呼吸を整えてランプを腰に掛けると剣へ手をやり、構えながら扉を開きました。
0:
0:ギィィ…
0:
0:剣士の目に映ったのは…
0:
0:青白い月光に照らされ、優雅にピアノを奏でる美しい女性の姿でした。
0:まるで絵画を見ているかのような…いいえ、今まで剣士が目にしたどの芸術品よりも美しい光景がそこに広がっていたのです。
0:剣士は茫然(ぼうぜん)としてしまい、戦意すら忘れてその光景に釘付けになり…思わず呟きました。
0:
0:美しい……。
0:
0:すると、その女性はピアノを弾いたまま剣士のほうを見て、薄く微笑みました。
0:
0:花のように可憐でもあり、哀しくもあり…そしてどこか恐ろしささえ感じる、あまりにも綺麗な微笑み。
0:全てを奪われてしまうような、美しすぎるその瞳と目が合います。
0:その瞬間、剣士は全てを悟りました。
0:
0:あぁ…この娘こそが、魔性の者…悪魔なのだと。
0:
0:しかし、身体は動きません。
0:動かしたくなかったのです。
0:
0:この美しい光景を、ただただ眺めていたい…
0:この瞬間、この場所にずっと存在していたい…
0:
0:ピアノの音色が、より大きく聴こえてきた気がします。
0:自分の身体が、まるで自分のものではないような感覚に襲われだしました。
0:視界がぼんやりとぼやけて、思考も遠くなってきました。
0:
0:あぁ…取り込まれる……
0:
0:剣士はそう、確信しました。
0:それでも抵抗をする気は一切起きません。
0:
0:この光景の一部になれるのなら…
0:永遠にこの場にいられるのならば…
0:
0:
0:悪くは…ない…。
0:
0:
0:…とある街に、不思議な噂話が流れていました。
0:森の奥の館に囚われた令嬢のお話。
0:今宵も美しいピアノの音色を奏で、救いを待っている。
0:帰ってきた者は、誰もいない。
0:
0:いつ、誰が流したのかわからない不思議な噂話が今日も街のどこかで流れています。
0:そして、剣を取る勇敢な者がまた1人……。
0:
0:
(語り口調):
0:
0:
0:ご清聴、ありがとうございました。
0:お楽しみいただけましたでしょうか…?
0:
0:魔性や悪魔というものは、いつ、どこで、どのような形で存在しているのか…
0:必ずしも異形や恐怖であるとは限りません。
0:
0:さて…あなた様は目の前に広がる美しい光景が魔性だったとして…
0:果たして逃げ出すことができますでしょうか…
0:拒み、壊すことができますでしょうか…
0:もしも、この場、この私が魔性だとしたら…?
0:
0:ふふ、冗談ですよ。
0:私はしがないただの朗読屋…あなたを導くだけの存在でございます。
0:またお目にかかれる日を楽しみにお待ちしていますとも…。
0:
0:それでは…ご機嫌麗しゅう…ふふふふふ…。
0:
0:
0:(終)
(語り口調):
0:
0:
0:おや、ようこそお越しくださいました。
0:ここへお越しになられたということは…何かお話をご所望ですね?
0:ふふ…あなた様がここへ来ることは既に存じておりました…。
0:あなた様にぴったりの本も…ほら、このように。
0:何故そんなことが出来るのか…ですか。
0:それは…ふふ、あなた様が私を求めたから…ということにしておきましょう。
0:さて…そのようなことも全てを忘れて、しばし本の世界へと酔いしれてくださいな。
0:早速お導きさせていただきますから。
0:では…どうぞ、安らかなひとときを…。
0:
(朗読口調):
0:
0:
0:「囚われし者」
0:
0:
0:とある街に、不思議な噂話が流れておりました。
0:
0:「森の奥に佇む、名のある貴族の館。
0:そこには美しく、麗しい令嬢とその家族が住んでいた。
0:しかしそのあまりにも美しい容姿と心は悪魔にさえ見初められてしまい、悪魔は館ごと令嬢を奪ってしまった。
0:不死の呪いをかけられ、令嬢は死することも逃げることもできず永遠に囚われ…
0:毎夜、館からは令嬢の奏でる哀しいピアノの旋律が響いているという。
0:我こそは、と剣を取った戦士も貴族も、未だ帰った者はなく…。
0:今日も令嬢は哀しみと絶望の旋律を奏でながら、悪魔の巣窟(そうくつ)と化した館で救いを待っている…」と。
0:
0:そのような館などありはしなかったという者。
0:館はあったが、すでに朽ち果てていたという者。
0:知り合いが挑み、そして帰らぬ人となったという者。
0:噂の真偽は様々でした。
0:
0:しかし、とある旅の剣士がこの噂話に興味を示しました。
0:数多(あまた)の悪魔、魔物の類(たぐい)を討伐して来た自分ならば、きっと令嬢を救い出せる。
0:腕におぼえのあった旅の剣士は意気揚々と準備をすすめます。
0:町人達が止めるのも聞かず、日が落ちるまで待機し、そしてただ一人で森へと向かいました。
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0:夜の森は、昼の険しさよりも更に人を拒むかのような漆黒に包まれていました。
0:剣士の視界を支えるのは、手に持つランプの淡い炎の灯りだけ。
0:静寂と漆黒が支配する森を、旅慣れた剣士はどんどん奥へと進んで行きました。
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0:かなり深くまで来たところで剣士は1つ、違和感をおぼえました。
0:それはあまりに静かなこと…。
0:このような漆黒に包まれた森には魔物が巣食うもの。
0:しかし魔物はおろか、獣の気配すら感じず森はただただ静寂が支配しているのです。
0:そして進めど進めど、例のピアノの音も聞こえず、館も見当たりません。
0:
0:やはりただの噂話だったのだろうか…
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0:剣士は一度腰を降ろし、一息つきながら辺りを見渡しました。
0:周囲に広がるのは、依然として漆黒の闇だけ。
0:引き返そうかとも思うも、それでは勇んで出てきたことに恰好がつかない。
0:日が昇るまでは散策を続けようと決意しました。
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0:そして、再び進もうと立ち上がった時…
0:剣士の耳に何かの音が入り込んできました。
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0:音…?音色……これは、ピアノの…?
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0:うっすらと、風にのるかのように美しい旋律が聞こえてきます。
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0:これだ…!
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0:興奮気味に周囲を見渡し、剣士はピアノの音色のするほうへと急ぎました。
0:
0:噂話は本当だったんだ…。
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0:胸を熱くしながら、ピアノの音色を頼りにどんどん足を早めます。
0:最初に聴いた時よりも、音色がはっきりと聞こえてくる。
0:哀しくもあり、美しくもある綺麗な旋律…。
0:音色の出どころが確実に近づいてきているのがわかります。
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0:どれほど歩いたでしょうか。
0:ようやく開けた場所に出て景色が変わったのと同時に、剣士の少し先に大きな館が見えました。
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0:たぎる胸を抑えつつ、館へと慎重に近づいてゆきます。
0:悪魔の巣窟と化しているならば、敵は何体いるかもわからない。
0:周囲を入念に警戒しつつ、剣士は館の入り口へと向かいました。
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0:目の前に広がるのは外観からもその美しさがわかる立派な館。
0:長い年月、人の手が入っていないとは思えない程にその館は美しい姿をしていました。
0:そして依然として周囲には何の気配もなく、耳に入るのはあのピアノの旋律だけ。
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0:剣士はランプが照らす豪奢(ごうしゃ)な扉の前へと立ちました。
0:固唾(かたず)をのみながらその重々しい扉に手をやります。
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0:ギィィィィ……
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0:重たい音と共に館は剣士を迎え入れました。
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0:ランプで辺りを照らすと、外観と同じく美しいままの内装の様子が広がっています。
0:もう炎を灯してはいない、綺麗な燭台(しょくだい)。
0:厳格な初老の男性と、美しい女性二人を描いた肖像画。
0:床に広がる、踏むのをためらってしまうような綺麗なカーペット。
0:そこは、今も麗しい貴族の一家が暮らしているようにしか見えない光景でした。
0:
0:剣士はそのあまりに見事な内装に見惚れつつも、はっと気を取り直し周囲を警戒しました。
0:やはり、なんの気配も感じることはできません。
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0:廊下を少し歩くと、すぐに大きな広間へと出ました。
0:天井からは大きなシャンデリアが下がっており、二階へと続く階段も広がっています。
0:豪華な花瓶に入った花も、不思議なことに枯れておらず美しく咲いたままでした。
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0:ピアノはどうやら、上の階から聴こえてきているようでした。
0:音を追い、更に警戒を強めながら大きな階段をのぼってゆく剣士。
0:壁にはこの館の代々の主と思われる肖像画や、名工の芸術品と思われる美しい絵画がかけられています。
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0:階段を昇りきると、長く大きな廊下が広がっていました。
0:窓から射す月明りのおかげで、うっすらと周囲が照らされています。
0:そしてピアノの音はこの廊下の一番奥の部屋から奏でられていることに気付きました。
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0:剣士は、月明りとランプを頼りにゆっくりと影の先にある部屋へ向かいます。
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0:ギッ…ギッ…
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0:床の軋む音が緊張感を煽ります。
0:とくに奇妙なことは、ついにここまで気配はおろか、何者にも出くわさなかったこと。
0:このピアノの音が罠という可能性も有り得ます。
0:しかし剣士はどうにもこのピアノの音が気になり、確かめたくて仕方がなかったのです。
0:
0:長い、長い廊下をすすむとついに行き止まり…
0:ピアノの音色が聞こえる部屋の前へとたどり着きました。
0:間違いなく、音色はこの先から聴こえてくる。
0:
0:呼吸を整えてランプを腰に掛けると剣へ手をやり、構えながら扉を開きました。
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0:ギィィ…
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0:剣士の目に映ったのは…
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0:青白い月光に照らされ、優雅にピアノを奏でる美しい女性の姿でした。
0:まるで絵画を見ているかのような…いいえ、今まで剣士が目にしたどの芸術品よりも美しい光景がそこに広がっていたのです。
0:剣士は茫然(ぼうぜん)としてしまい、戦意すら忘れてその光景に釘付けになり…思わず呟きました。
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0:美しい……。
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0:すると、その女性はピアノを弾いたまま剣士のほうを見て、薄く微笑みました。
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0:花のように可憐でもあり、哀しくもあり…そしてどこか恐ろしささえ感じる、あまりにも綺麗な微笑み。
0:全てを奪われてしまうような、美しすぎるその瞳と目が合います。
0:その瞬間、剣士は全てを悟りました。
0:
0:あぁ…この娘こそが、魔性の者…悪魔なのだと。
0:
0:しかし、身体は動きません。
0:動かしたくなかったのです。
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0:この美しい光景を、ただただ眺めていたい…
0:この瞬間、この場所にずっと存在していたい…
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0:ピアノの音色が、より大きく聴こえてきた気がします。
0:自分の身体が、まるで自分のものではないような感覚に襲われだしました。
0:視界がぼんやりとぼやけて、思考も遠くなってきました。
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0:あぁ…取り込まれる……
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0:剣士はそう、確信しました。
0:それでも抵抗をする気は一切起きません。
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0:この光景の一部になれるのなら…
0:永遠にこの場にいられるのならば…
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0:悪くは…ない…。
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0:…とある街に、不思議な噂話が流れていました。
0:森の奥の館に囚われた令嬢のお話。
0:今宵も美しいピアノの音色を奏で、救いを待っている。
0:帰ってきた者は、誰もいない。
0:
0:いつ、誰が流したのかわからない不思議な噂話が今日も街のどこかで流れています。
0:そして、剣を取る勇敢な者がまた1人……。
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(語り口調):
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0:ご清聴、ありがとうございました。
0:お楽しみいただけましたでしょうか…?
0:
0:魔性や悪魔というものは、いつ、どこで、どのような形で存在しているのか…
0:必ずしも異形や恐怖であるとは限りません。
0:
0:さて…あなた様は目の前に広がる美しい光景が魔性だったとして…
0:果たして逃げ出すことができますでしょうか…
0:拒み、壊すことができますでしょうか…
0:もしも、この場、この私が魔性だとしたら…?
0:
0:ふふ、冗談ですよ。
0:私はしがないただの朗読屋…あなたを導くだけの存在でございます。
0:またお目にかかれる日を楽しみにお待ちしていますとも…。
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0:それでは…ご機嫌麗しゅう…ふふふふふ…。
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0:(終)