台本概要

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タイトル オウル書店のとある一ページ~~奇妙なワタリビト編
作者名 砂糖シロ  (@siro0satou)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(女1、不問1)
時間 60 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 (赤目オオカミと白ウサギのスピンオフ第一弾)
【あらすじ】
ヨークピークのモノクル通りにある『オウル書店』では日々色んな物語りが一ページ、また一ページと綴られていきます。
今回は不思議な街に迷い込んだ一人の少女『ありす』と、オウル書店のマスター『オウル』のお話です。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ありす 89 日本人の少女。 友達の真知子(まちこ)と喧嘩別れをした後、帰りの電車の中で転寝をしてしまい、起きるとヨークピークに居た。 内気で自分に自信がない。
オウル 不問 82 【性別変更OKです!】 動物たちの街、ヨークピークの住人で梟。(見た目は完全に人です) 物腰が穏やかで、家族を大事にしている。 オウル書店の店主で書籍専門取扱員の免許を持っている。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:オウル書店のとある一ページ。~奇妙なワタリビト編 : : : ありす:ここは…どこ? ありす:(N)大きな街路樹が続く、見慣れない街並み。 ありす:(N)まるで、外国の風景画の様な、キレイでお洒落な雰囲気のその場所に、気がつくと私は立っていた。 : 0:(タイトルコール) オウル:オウル書店のとある一ページ。 ありす:奇妙なワタリビト編。 : ありす:「不思議なところ…。これって、夢かな。」 ありす:くねくねと曲がった通りには、色んなお店が建っていて、穏やかな風が焼き立てのパンや、嗅いだこともないような花やスパイスの香りを運んでくるのに、なぜか誰もここを通らない。 ありす:「…あ、コーヒーのいい匂い。夢なのに、匂いはわかるんだ…。」 ありす:ふと鼻をくすぐるのは、香ばしい珈琲の香り。 ありす:キョロキョロと辺りを見回すと、香りの元は案外近くにあった。 ありす:「…『オウル書店』?『書籍専門取扱員がご案内いたします』…。 ありす:本屋さんなのに、コーヒーの匂い…?それに、書籍専門取扱員って?」 ありす:不思議に思いながら、その吊り看板から視線を落とすと、お店の前の立て板に『星降りコーヒーはじめました』と書かれてあった。 ありす:そこは他のお店に比べると、とても時の流れを感じる落ち着いた雰囲気のお店だった。 ありす:だけど、白い壁にダークブラウンのとんがり屋根が魔法使いの帽子のように見えて、お店の雰囲気と合わさるとまるで年老いた魔法使いみたいで。 ありす:「ふふっ、なんか可愛い。」 ありす:私の足は、珈琲の香りに誘われて、自然とオウル書店へ向かっていた。 0:ドアベルが鳴る ありす:ドアを開けると、より強い珈琲の香りが私を迎えてくれた。 ありす:「…お邪魔、しまぁーす…。」 オウル:「おや?お客さんですか。いらっしゃいませ。」 ありす:聞き心地の良い落ち着いた声が、店の奥から聴こえた。 ありす:その人は、白や灰色や焦げ茶色の混じった髪を綺麗にまとめ、スマートにお洒落なスーツを着こなし、右目にモノクルをかけていた。 ありす:両手に白い手袋をして、片手には分厚い本を数冊抱えている。 ありす:(M)わぁ…まるで執事みたい。 オウル:「(独り言)…んん?もしかして…ワタリビト、ですか。これは珍しい。」 ありす:「え?わたり、びと?」 オウル:「あ、いえいえ、失礼しました。私はこの書店の店主でオウルと申します。 オウル:家族には『先生』とか、お客様には『マスター』なんて呼ばれています。」 ありす:「あっ、私はありすです。一ノ瀬、ありす…と言います。」 オウル:「ようこそいらっしゃいませ、ありすさん。ところで、本日は何か本をお探しに?」 ありす:「え…、本?……あ、えっと…私は……。」 オウル:「………?」 0:静思してすぐに微笑むオウル オウル:「ありすさん。」 ありす:「…はい?」 オウル:「良ければここ、座りませんか?」 ありす:マスターはそう言って、私に椅子をすすめた。 ありす:そしてためらいがちに座った私に、ニッコリと笑いかけた。 オウル:「少しお時間を頂いても?」 ありす:「えっ、えぇ…。」 オウル:「最近、喫茶店の真似事の様なものを始めたのですが、ありすさんコーヒーは飲めますか?」 ありす:「…はい。」 オウル:「それは良かった。では、今お入れしますので少々お待ちくださいね。」 ありす:「あっ、でも私…お財布持ってきてなくて…。」 オウル:「ほっほう、お代は結構です。その代わりと言っては何ですが、少し私の話し相手になってもらえませんか?」 ありす:「…え。」 オウル:「コーヒーを飲む間で構いませんので。」 ありす:普段なら、見ず知らずの人と話し込むなんて絶対にしないのに、なぜだかその時は、不思議と言う通りにしたほうが良いような気がした。 ありす:「…わかり、ました。」 オウル:「では、少々お待ちください。」 ありす:マスターは静かに持っていた本をテーブルに置くと、高く本の積まれたカウンターの向こうへと移動した。 ありす:そして、慣れた手つきで珈琲を入れ始める。 ありす:ガラス容器に銀のスプーンが当たる音、サイフォンのフラスコの中で沸騰した気泡がはじける音、紙のページをめくる音、時計の秒針が時を刻む音。 ありす:カチャカチャ、コポコポコポ、かさかさ、カチッコチッカチッコチッ…。 ありす:すべての音が、とても心地よく聞こえた。私は、ゆったりとした気持ちで珈琲が出来るのを待った。 オウル:「お待たせしました。当店自慢の『星降りコーヒー』です。」 ありす:優雅な仕草で目の前に置かれたトレイの上には、カップに注がれた珈琲と、一切れのケーキ。 ありす:「えっ…、あの…。」 オウル:「そちらは、知り合いの奥様に頂いた手作りのキャロットケーキです。とっても美味しいので、ぜひ。」 ありす:「あ…えっと…。」 ありす:甘いものが苦手な私は、キャロットケーキと見つめあう。 ありす:こんな時、はっきり言えたらいいのにと思うのに、実行には移せない自分が本当に情けなくなる。 オウル:「………もしかして、甘いものは苦手でしたか?」 ありす:「えっ、どうして…?」 オウル:「ほっほっほ、いえ、ありすさんが私の家族と同じ表情をしていたものですから、もしやと思いまして。」 ありす:「その人も、甘いものが?」 0:楽しそうに笑うオウル オウル:「えぇ、えぇ、それはもう。私が目の前で食べようものなら、苦虫を噛みつぶしたみたいな顔でこちらを見てくるんです。」 ありす:「そんなに…よっぽど嫌いなんですね(笑)。」 オウル:「ありすさんも、甘いものはいっさいお召し上がりに?」 ありす:「あ、いえ、私はそこまでじゃ…。」 オウル:「でしたら、一口だけでも召し上がってみてください。そのケーキは甘さ控えめに作られているんです。」 ありす:「………。」 ありす:私は言われるがままに、フォークで小さくケーキをすくうと、恐る恐る口に入れた。 ありす:「…!…ほんとだ、美味しい。」 オウル:「お口に合って良かった。」 ありす:「ニンジンの自然な甘みと…あと、これ…少し、ショウガの風味が…?」 オウル:「ええ、そうなんです。お砂糖の代わりにショウガとはちみつで風味付けをしてあるから、とっても食べやすいでしょう?」 ありす:口の中にニンジンとはちみつの甘さが広がって、ショウガの香りが鼻から抜けていく。 ありす:そのケーキはお世辞抜きで美味しかった。 オウル:「ほっほっほ。良ければ、コーヒーもどうぞ。」 ありす:「はい、頂きま…えっ!?何これ!」 ありす:カップの中を見て驚いた。 ありす:黒い珈琲の表面にキラキラと光る粒がいくつも漂っている。 ありす:「あの、すみません…これ。」 ありす:私は、ゴミが浮いてますよと言いかけて続きの言葉を飲み込んだ。流石に言えない…。 オウル:「(柔らかく微笑んで)不思議でしょう、それ。」 ありす:「あ…えっと…。」 オウル:「そのキラキラ光っているの、実は珈琲豆の成分なんです。」 ありす:「…えっ?せい、ぶん?」 オウル:「はい。北の地方で寒い時期に作られた特殊な珈琲豆を使っているんですが、特別な手順で作るとその様に抽出した成分が可視化できるようになるんです。」 ありす:「へぇー…。」 オウル:「コーヒーの中に浮かぶ無数の光の粒が、まるで星空の様でしょ?だから、『星降りコーヒー』って言うんです。」 ありす:(M)そう言われて見ると、本当に星空みたい。 ありす:カップを持ち上げると中の珈琲が揺れて、光の粒が消えたり現れたりする様子が、確かに夜空の流れ星にも見えた。 オウル:「…うちの小さなお姫様が考えたんですよ。」 ありす:「お姫様?」 オウル:「はい、可愛いウサギのお姫様です。」 ありす:「……?」 オウル:「私もこちらに失礼してもよろしいですか?」 ありす:「あっ!も、もちろん、どうぞ。」 オウル:「それでは、お言葉に甘えて…。」 ありす:マスターはもう一脚椅子を持ってくると、私の右斜め向かいにゆっくりと腰を掛けた。 ありす:私は、温かいカップに口をつけて、一口珈琲を飲む。 ありす:「えっ!?」 ありす:すごく美味しい。だけどそれよりも驚いたのが、口に含んで喉を流れていく瞬間の不思議な感覚。 ありす:「これ…コーヒーですよね?」 オウル:「ええ、ただのコーヒーですよ。水と珈琲豆しか使っていないので。」 ありす:いつもは珈琲を飲むと、飲んだ後いつまでも口の中に味や香りが残るのに、この珈琲は喉越しも後味もすごくすっきりとしていて、口の中がさっぱりとした清涼感に満たされた。 オウル:「だた、珈琲豆は特別なものを使っていますがね。」 ありす:そう言ってウインクをして見せるマスター。 ありす:一緒に出されたキャロットケーキととても相性が良くて、私は夢中でケーキと珈琲を楽しんだ。 ありす:気づけば空になっていた、お皿とカップ。 オウル:「コーヒーのおかわりはいかがですか?」 ありす:「…ありがとうございます、頂きます。」 ありす:マスターが熱々のポットから、空になったカップに珈琲を注ぐ。 ありす:光の粒をはらんだ液体がチョロチョロと注ぎ口から流れ出る様子は、本当に星が降っているみたいだった。 ありす:「………。」 ありす:私は、カップの中をゆったりと泳ぐ星々を見つめていた。 ありす:「あの、そう言えば、ここは何処なんですか?」 ありす:そう口にした後、私はすぐに後悔する。 ありす:(M)私のバカ!こんな変なタイミングで、なんで今更な事…。 ありす:(M)マスターに変な人だと思われたらどうしよう…。 ありす:だけど、マスターは全く気にする様子もなく。 オウル:「ここは、ヨークピークのモノクル通りです。」 ありす:聞き馴染みのない地名を口にした。 ありす:「え?……よーく、ぴーく?」 オウル:「ええ。」 ありす:「それは…都内ですか?」 オウル:「ふむ……。 オウル:(微笑んで)失礼、それを答える前に、先に私から質問をしてもよろしいですか?」 ありす:「あ、はい…。」 オウル:「ありすさんはどうやってこの書店へ?」 ありす:「えっと…それが、よくわからなくて…。」 オウル:「おや。」 ありす:「私、確かさっきまで電車に乗っていたはずなんです。」 オウル:「電車…ですか。」 ありす:「だけど、気が付いたら、このお店の向かいに立っていて…。」 オウル:「なるほど。」 ありす:「…これは、夢、なんですか?」 オウル:「……そうですね、もしかしたら夢かもしれない。」 ありす:「やっぱり…。」 オウル:「……ありすさん、本はお好きですか?」 ありす:「えっ?…え、ええ。好きです。」 オウル:「ほっほう、それは良いですね。どんな本を読まれるんですか?」 ありす:「えーっと…最近読んだのは…。」 ありす:私は夢中で話した。 オウル:「ほっほっほ、そうですか、そんなことが。」 ありす:私の話を聞いて驚いたり、楽しそうに笑うマスター。 ありす:マスターとこの空間の穏やかな雰囲気に流され、『星降り珈琲』を飲んで不思議とすっきりした口からは、どんどんと言葉が溢れた。 ありす:本の話に始まって、幼い時の話に家族の事、普段の生活についてや近頃あった面白い話、そして……友達の事。 ありす:「私、あまり自分の気持ちを伝えるのが得意じゃなくて、いつも相手に合わせる事が多いんです。 ありす:学芸会の劇で役を選ぶことになった時も、本当はやりたい役があったけど、結局残り物のネズミ役になったり。 ありす:前に付き合ってた恋人と映画を見に行った時も、恐いの大嫌いなのに言えなくて、彼の好きなホラー映画を見ることに…でも、そのあと喧嘩になって、結局別れちゃいました…。」 オウル:「………。」 ありす:「今日も…。友達とちょっとしたことで口論になって…。」 ありす:そう、たまたま話の流れで友達の真知子と好きな人が一緒だった事を知って、私は身を引こうとした。 ありす:『応援する、頑張って、きっと大丈夫』そう言った私に、怒った真知子はお揃いで買ったスマホケースを投げつけた。 ありす:(M)なんで…?じゃあどうすれば良かったの?…譲る事以外に、良い打開策なんてあった? ありす:………私には、わからなかった。 オウル:「ふぅん…そうだったんですね。」 ありす:「(自嘲気味に)…友達に言われました。『あんたって、自分がないね。まるで機械と喋ってるみたい』って。」 オウル:「おや…。」 ありす:「………譲る事って、そんなに悪い事ですか?」 オウル:「………。」 ありす:「自己主張が強い同士だったら、すぐ喧嘩になるじゃないですか。人とぶつかるより、穏便に済ませたほうがみんな楽でしょ?」 オウル:「………。」 ありす:「…みんな、自分の意見が通った方が、嬉しいじゃない。」 オウル:「…確かに、やりたい事や欲しい物が全部自分の思い通りの世界は、楽しいでしょうね。」 ありす:「そうでしょ?」 オウル:「ですが、ありすさん、あなたはどうでしたか?」 ありす:「え?…私?」 オウル:「えぇ。あなたです。」 ありす:「…私は、…大抵いつも相手に譲ってきたから…。」 オウル:「そう、そこです。」 ありす:「え?」 オウル:「譲ってきたってことは、自分の希望通りにならない事も多かったでしょう?」 ありす:「…………はい。」 オウル:「辛かったですか?」 ありす:「え?」 オウル:「思い通りにならない日々はつまらなかったですか?」 ありす:「…それは……。」 オウル:「相手が喜ぶ姿を見て、悔しい気持ちになりましたか?」 ありす:「…………そんなこと、ないです。 ありす:…元彼が楽しそうに映画の話しているのを聞くの、好きでした。」 ありす:ホラー映画を観た後、入ったカフェで彼は好きなシーンについて、すごく楽しそうに語っていた。 ありす:恐くてあまり観れなかった私が、話について行けていない事に気づいて、『苦手だったら言ってくれれば良かったのに』って悲しそうな顔をするまでは…。 オウル:「……。」  ありす:「…クラスメートと一緒に劇したのも、楽しかったです。」 オウル:「(頷く)」 ありす:本当は、魔法使いのおばあさんがしたかったけど、残り物のネズミ役でたまたま一緒だった同級生とは、その時以来ずっと親友だ。 ありす:「真知子がお揃いのスマホケースにしようって言った時、ピンク色を選んで嬉しそうにしているのを見て、私もすごく嬉しかった。」 ありす:そのネズミ役だった親友は、今日私が『好きなほうを選んでいいよ』って言ったら、少し嫌そうな表情をしていた…。 ありす:(M)どうして…あんな顔を…? 0:微笑むオウル オウル:「…ありすさんは、周りの皆さんの事をきっと大切に思ってらっしゃるんですねぇ。」 ありす:「え、どうして…?」 オウル:「ふふふ。だって、好きな相手が喜ぶ姿を見ることって、とっても幸せですよね。」 ありす:「………。」 ありす:確かに、私にとって今では当たり前になった『譲る事』。 ありす:昔、一度だけ強く自己主張した事がある。 ありす:結局それは争いを招き、喧嘩へと発展し、最終的に仲間外れと言う形で私の心に傷を残した。 ありす:それからは、言って嫌われるくらいなら相手に合わせたほうが良いと、『譲る事』を覚えた。 ありす:でも、それで周りが喜んでくれるなら、私も嬉しかった。 ありす:(M)だけど、本当にみんな、喜んでくれてた…? オウル:「私には可愛い弟子と、その弟子の弟子がいるんです。」 ありす:「…弟子の、弟子?」 オウル:「はい。二人ともとっても可愛いんです。」 ありす:そう言ってマスターは右足をさすった。 ありす:「足…痛むんですか?」 オウル:「え…、あぁ…いえいえ、つい癖で。痛みは無いので大丈夫ですよ。」 ありす:「そうなんですね。」 オウル:「…昔、その弟子を助けようとして、自分を顧みずに無茶をした事がありましてね。」 ありす:「え…。マスターが?」 オウル:「はい。あの子が助かるならと思ってやった事なんですが、そのせいで……逆に消えない傷をあの子の心に作ってしまいました。」 ありす:「………。」 オウル:「そして、その傷が少しでも癒えればと、弟子の弟子、つまり先程言ったウサギのお姫様なのですが、(溜息)小さなあの子にも随分と無茶をさせてしまった…。 オウル:私は、とても愚かでした。弟子を思うあまり、周りが見えておらず、自分が行った行動にさえ正当性を見いだせずに、自己嫌悪に陥るばかりで。」 ありす:(M)自分の行動に正当性が見いだせずに自己嫌悪…まるで、私みたい。 オウル:「あの頃は罪悪感に頭がいっぱいで、あの子たちの気持ちを考えてあげられていませんでした。」 ありす:(M)相手の…気持ち。 オウル:「施すばかりが優しさではないのだと、頼ることも甘えることも大事なのだと気づくまで……私はとても長い時間を要しました。」 ありす:(M)頼る…。甘える…? オウル:「人と関わるという事は、支えあう事なんだと、あの子たちが教えてくれたんです。」 ありす:「支え…あう…。」 オウル:「えぇ…。」 ありす:衝突を避けたくて不快にさせたくなくて、そして喜んでほしくて自分の意思を殺していた。でも、それは本当に相手の為だったのか。 ありす:違う。全部自分の為だ。 ありす:確かに相手の気持ちを尊重する事は優しさだと思う。そんな気持ちが全くないわけじゃない。 ありす:だけど、それは向こうも一緒だったんじゃないのか。 ありす:私が同じ立場だったら、好きな人に苦手なものを我慢させてまで好きな映画を観たい?大切な親友に譲ってもらってまで好きな彼を手に入れたい? ありす:……嫌だ。『そんなの』全然嬉しくない。何も楽しくない! ありす:「私も…間違ってました。」 オウル:「ん…?」 ありす:「今まで我慢することが相手の為だって、自分を犠牲にして喜ばせられるならそれが一番だって思ってました。」 ありす:「だけど、それって相手の気持ちを考えてやってたことじゃなかったんです。 ありす:だって、もし同じ状況で毎回そんな風にされたらって考えたら、正直良い気持ちはしないなって思いました。」 オウル:「ふむ…。」 ありす:「マスターのさっきの言葉。」 オウル:「ん?」 ありす:「『施すばかりが優しさではない、頼ることも甘えることも大事』って言葉、とても胸に刺さりました。」 0:微笑むオウル ありす:「ありがとうございます、マスター。」 オウル:「ほっほ、私は何も。ただ、珍しいコーヒーと美味しいキャロットケーキをお出ししただけです。」 ありす:「ふふふ。ご馳走様でした。すごく美味しかったです。」 オウル:「お気に召していただけて、何より。 オウル:おや、話に夢中になっていたらすっかりコーヒーが冷めてしまいましたね。入れなおしましょうか?」 ありす:「あ、いえ。大丈夫です。私、猫舌なので、本当はこのくらいが丁度いいんです♪」 オウル:「おやおや、そうでしたか。」 ありす:沢山喋って喉が渇いていた私は、冷めて飲みやすくなった珈琲をぐっと一息に飲んだ。 ありす:気持ちの良い喉越し。そして爽やかな後味。もやもやと沈んでいた心もパッと澄み渡った気がした。 ありす:「おいしい。」 ありす:するりと言葉がこぼれる。 オウル:「それは良かった。」 ありす:「あの、マスター」 ありす:そう言いかけたとき、ふいにめまいの様な、強い眠気の様な感覚が私を襲った。 ありす:「うっ…なに、これ……。」 ありす:目も開けていられない程の怠さに、思わずテーブルに突っ伏してしまう。 ありす:いつの間にか綺麗に片づけられたテーブル。 ありす:遠くでカチャカチャ、コポコポコポ、かさかさ、カチッコチッカチッコチッと、穏やかな音が聴こえる。 ありす:そして、ゆっくりと意識がまどろみ始めた時。 オウル:「本日はご来店、まことにありがとうございました。 オウル:これは私、書籍専門取扱員からのサービスです。 オウル:ぜひ、またのお越しを、心よりお待ち申し上げております。」 ありす:マスターのそんな声が聞こえた、気がした。 : : : 0:五秒間を開けて : ありす:「んっ…、ここは…?」 ありす:気が付くと、そこは電車の中だった。 ありす:車内アナウンスが流れる。 ありす:どうやらもうすぐ私の降りる駅のようだ。 ありす:「…ん?何、この本…。」 ありす:私の膝の上に、深緑色の革表紙の本が一冊乗っていた。 ありす:「こんな本…買ったっけ?」 ありす:不思議に思ってその本を手に取る。タイトルは『赤目オオカミと白ウサギ』。 ありす:ふと、本から良い香りがした。 ありす:顔に近づけると、香ばしくてどこか清涼感のある珈琲の香りだった。 ありす:「いい匂い…。」 ありす:急に美味しい珈琲と甘すぎないケーキが食べたくなった。 ありす:私は電車を降りて、家と真逆の洋菓子店に向かった。 店員:「いらっしゃいませ。」 ありす:「あの、甘さ控えめのケーキありますか?」 店員:「それでしたら、こちらはいかかでしょう? 店員:砂糖不使用の、はちみつを使ったクルミのパウンドケーキになります。 店員:有塩バターを使っているので、少し塩味が効いていて食べやすいかと。」 ありす:「あ、じゃあそれ下さい。」 店員:「かしこまりました。」 ありす:ケーキを包んでもらって、私は外に出た。 ありす:その時、スマホが鳴る。 ありす:画面には『真知子』と出ている。 ありす:私は、電話に出た。 ありす:「もしもし?………うん、大丈夫。もう電車降りたよ。 ありす:えっ?………ううん、私こそ、ごめんね。 ありす:あのね、話したいことが沢山あるんだ。………今? ありす:えっと、駅降りて反対側のケーキ屋さん。………うん。 ありす:良かったら、今から家来ない?………ほんと? ありす:じゃあ、美味しいコーヒーとケーキ準備して待ってる。」 : : : オウル:オウル書店のとある一ページ。 ありす:奇妙なワタリビト編、おしまい。

0:オウル書店のとある一ページ。~奇妙なワタリビト編 : : : ありす:ここは…どこ? ありす:(N)大きな街路樹が続く、見慣れない街並み。 ありす:(N)まるで、外国の風景画の様な、キレイでお洒落な雰囲気のその場所に、気がつくと私は立っていた。 : 0:(タイトルコール) オウル:オウル書店のとある一ページ。 ありす:奇妙なワタリビト編。 : ありす:「不思議なところ…。これって、夢かな。」 ありす:くねくねと曲がった通りには、色んなお店が建っていて、穏やかな風が焼き立てのパンや、嗅いだこともないような花やスパイスの香りを運んでくるのに、なぜか誰もここを通らない。 ありす:「…あ、コーヒーのいい匂い。夢なのに、匂いはわかるんだ…。」 ありす:ふと鼻をくすぐるのは、香ばしい珈琲の香り。 ありす:キョロキョロと辺りを見回すと、香りの元は案外近くにあった。 ありす:「…『オウル書店』?『書籍専門取扱員がご案内いたします』…。 ありす:本屋さんなのに、コーヒーの匂い…?それに、書籍専門取扱員って?」 ありす:不思議に思いながら、その吊り看板から視線を落とすと、お店の前の立て板に『星降りコーヒーはじめました』と書かれてあった。 ありす:そこは他のお店に比べると、とても時の流れを感じる落ち着いた雰囲気のお店だった。 ありす:だけど、白い壁にダークブラウンのとんがり屋根が魔法使いの帽子のように見えて、お店の雰囲気と合わさるとまるで年老いた魔法使いみたいで。 ありす:「ふふっ、なんか可愛い。」 ありす:私の足は、珈琲の香りに誘われて、自然とオウル書店へ向かっていた。 0:ドアベルが鳴る ありす:ドアを開けると、より強い珈琲の香りが私を迎えてくれた。 ありす:「…お邪魔、しまぁーす…。」 オウル:「おや?お客さんですか。いらっしゃいませ。」 ありす:聞き心地の良い落ち着いた声が、店の奥から聴こえた。 ありす:その人は、白や灰色や焦げ茶色の混じった髪を綺麗にまとめ、スマートにお洒落なスーツを着こなし、右目にモノクルをかけていた。 ありす:両手に白い手袋をして、片手には分厚い本を数冊抱えている。 ありす:(M)わぁ…まるで執事みたい。 オウル:「(独り言)…んん?もしかして…ワタリビト、ですか。これは珍しい。」 ありす:「え?わたり、びと?」 オウル:「あ、いえいえ、失礼しました。私はこの書店の店主でオウルと申します。 オウル:家族には『先生』とか、お客様には『マスター』なんて呼ばれています。」 ありす:「あっ、私はありすです。一ノ瀬、ありす…と言います。」 オウル:「ようこそいらっしゃいませ、ありすさん。ところで、本日は何か本をお探しに?」 ありす:「え…、本?……あ、えっと…私は……。」 オウル:「………?」 0:静思してすぐに微笑むオウル オウル:「ありすさん。」 ありす:「…はい?」 オウル:「良ければここ、座りませんか?」 ありす:マスターはそう言って、私に椅子をすすめた。 ありす:そしてためらいがちに座った私に、ニッコリと笑いかけた。 オウル:「少しお時間を頂いても?」 ありす:「えっ、えぇ…。」 オウル:「最近、喫茶店の真似事の様なものを始めたのですが、ありすさんコーヒーは飲めますか?」 ありす:「…はい。」 オウル:「それは良かった。では、今お入れしますので少々お待ちくださいね。」 ありす:「あっ、でも私…お財布持ってきてなくて…。」 オウル:「ほっほう、お代は結構です。その代わりと言っては何ですが、少し私の話し相手になってもらえませんか?」 ありす:「…え。」 オウル:「コーヒーを飲む間で構いませんので。」 ありす:普段なら、見ず知らずの人と話し込むなんて絶対にしないのに、なぜだかその時は、不思議と言う通りにしたほうが良いような気がした。 ありす:「…わかり、ました。」 オウル:「では、少々お待ちください。」 ありす:マスターは静かに持っていた本をテーブルに置くと、高く本の積まれたカウンターの向こうへと移動した。 ありす:そして、慣れた手つきで珈琲を入れ始める。 ありす:ガラス容器に銀のスプーンが当たる音、サイフォンのフラスコの中で沸騰した気泡がはじける音、紙のページをめくる音、時計の秒針が時を刻む音。 ありす:カチャカチャ、コポコポコポ、かさかさ、カチッコチッカチッコチッ…。 ありす:すべての音が、とても心地よく聞こえた。私は、ゆったりとした気持ちで珈琲が出来るのを待った。 オウル:「お待たせしました。当店自慢の『星降りコーヒー』です。」 ありす:優雅な仕草で目の前に置かれたトレイの上には、カップに注がれた珈琲と、一切れのケーキ。 ありす:「えっ…、あの…。」 オウル:「そちらは、知り合いの奥様に頂いた手作りのキャロットケーキです。とっても美味しいので、ぜひ。」 ありす:「あ…えっと…。」 ありす:甘いものが苦手な私は、キャロットケーキと見つめあう。 ありす:こんな時、はっきり言えたらいいのにと思うのに、実行には移せない自分が本当に情けなくなる。 オウル:「………もしかして、甘いものは苦手でしたか?」 ありす:「えっ、どうして…?」 オウル:「ほっほっほ、いえ、ありすさんが私の家族と同じ表情をしていたものですから、もしやと思いまして。」 ありす:「その人も、甘いものが?」 0:楽しそうに笑うオウル オウル:「えぇ、えぇ、それはもう。私が目の前で食べようものなら、苦虫を噛みつぶしたみたいな顔でこちらを見てくるんです。」 ありす:「そんなに…よっぽど嫌いなんですね(笑)。」 オウル:「ありすさんも、甘いものはいっさいお召し上がりに?」 ありす:「あ、いえ、私はそこまでじゃ…。」 オウル:「でしたら、一口だけでも召し上がってみてください。そのケーキは甘さ控えめに作られているんです。」 ありす:「………。」 ありす:私は言われるがままに、フォークで小さくケーキをすくうと、恐る恐る口に入れた。 ありす:「…!…ほんとだ、美味しい。」 オウル:「お口に合って良かった。」 ありす:「ニンジンの自然な甘みと…あと、これ…少し、ショウガの風味が…?」 オウル:「ええ、そうなんです。お砂糖の代わりにショウガとはちみつで風味付けをしてあるから、とっても食べやすいでしょう?」 ありす:口の中にニンジンとはちみつの甘さが広がって、ショウガの香りが鼻から抜けていく。 ありす:そのケーキはお世辞抜きで美味しかった。 オウル:「ほっほっほ。良ければ、コーヒーもどうぞ。」 ありす:「はい、頂きま…えっ!?何これ!」 ありす:カップの中を見て驚いた。 ありす:黒い珈琲の表面にキラキラと光る粒がいくつも漂っている。 ありす:「あの、すみません…これ。」 ありす:私は、ゴミが浮いてますよと言いかけて続きの言葉を飲み込んだ。流石に言えない…。 オウル:「(柔らかく微笑んで)不思議でしょう、それ。」 ありす:「あ…えっと…。」 オウル:「そのキラキラ光っているの、実は珈琲豆の成分なんです。」 ありす:「…えっ?せい、ぶん?」 オウル:「はい。北の地方で寒い時期に作られた特殊な珈琲豆を使っているんですが、特別な手順で作るとその様に抽出した成分が可視化できるようになるんです。」 ありす:「へぇー…。」 オウル:「コーヒーの中に浮かぶ無数の光の粒が、まるで星空の様でしょ?だから、『星降りコーヒー』って言うんです。」 ありす:(M)そう言われて見ると、本当に星空みたい。 ありす:カップを持ち上げると中の珈琲が揺れて、光の粒が消えたり現れたりする様子が、確かに夜空の流れ星にも見えた。 オウル:「…うちの小さなお姫様が考えたんですよ。」 ありす:「お姫様?」 オウル:「はい、可愛いウサギのお姫様です。」 ありす:「……?」 オウル:「私もこちらに失礼してもよろしいですか?」 ありす:「あっ!も、もちろん、どうぞ。」 オウル:「それでは、お言葉に甘えて…。」 ありす:マスターはもう一脚椅子を持ってくると、私の右斜め向かいにゆっくりと腰を掛けた。 ありす:私は、温かいカップに口をつけて、一口珈琲を飲む。 ありす:「えっ!?」 ありす:すごく美味しい。だけどそれよりも驚いたのが、口に含んで喉を流れていく瞬間の不思議な感覚。 ありす:「これ…コーヒーですよね?」 オウル:「ええ、ただのコーヒーですよ。水と珈琲豆しか使っていないので。」 ありす:いつもは珈琲を飲むと、飲んだ後いつまでも口の中に味や香りが残るのに、この珈琲は喉越しも後味もすごくすっきりとしていて、口の中がさっぱりとした清涼感に満たされた。 オウル:「だた、珈琲豆は特別なものを使っていますがね。」 ありす:そう言ってウインクをして見せるマスター。 ありす:一緒に出されたキャロットケーキととても相性が良くて、私は夢中でケーキと珈琲を楽しんだ。 ありす:気づけば空になっていた、お皿とカップ。 オウル:「コーヒーのおかわりはいかがですか?」 ありす:「…ありがとうございます、頂きます。」 ありす:マスターが熱々のポットから、空になったカップに珈琲を注ぐ。 ありす:光の粒をはらんだ液体がチョロチョロと注ぎ口から流れ出る様子は、本当に星が降っているみたいだった。 ありす:「………。」 ありす:私は、カップの中をゆったりと泳ぐ星々を見つめていた。 ありす:「あの、そう言えば、ここは何処なんですか?」 ありす:そう口にした後、私はすぐに後悔する。 ありす:(M)私のバカ!こんな変なタイミングで、なんで今更な事…。 ありす:(M)マスターに変な人だと思われたらどうしよう…。 ありす:だけど、マスターは全く気にする様子もなく。 オウル:「ここは、ヨークピークのモノクル通りです。」 ありす:聞き馴染みのない地名を口にした。 ありす:「え?……よーく、ぴーく?」 オウル:「ええ。」 ありす:「それは…都内ですか?」 オウル:「ふむ……。 オウル:(微笑んで)失礼、それを答える前に、先に私から質問をしてもよろしいですか?」 ありす:「あ、はい…。」 オウル:「ありすさんはどうやってこの書店へ?」 ありす:「えっと…それが、よくわからなくて…。」 オウル:「おや。」 ありす:「私、確かさっきまで電車に乗っていたはずなんです。」 オウル:「電車…ですか。」 ありす:「だけど、気が付いたら、このお店の向かいに立っていて…。」 オウル:「なるほど。」 ありす:「…これは、夢、なんですか?」 オウル:「……そうですね、もしかしたら夢かもしれない。」 ありす:「やっぱり…。」 オウル:「……ありすさん、本はお好きですか?」 ありす:「えっ?…え、ええ。好きです。」 オウル:「ほっほう、それは良いですね。どんな本を読まれるんですか?」 ありす:「えーっと…最近読んだのは…。」 ありす:私は夢中で話した。 オウル:「ほっほっほ、そうですか、そんなことが。」 ありす:私の話を聞いて驚いたり、楽しそうに笑うマスター。 ありす:マスターとこの空間の穏やかな雰囲気に流され、『星降り珈琲』を飲んで不思議とすっきりした口からは、どんどんと言葉が溢れた。 ありす:本の話に始まって、幼い時の話に家族の事、普段の生活についてや近頃あった面白い話、そして……友達の事。 ありす:「私、あまり自分の気持ちを伝えるのが得意じゃなくて、いつも相手に合わせる事が多いんです。 ありす:学芸会の劇で役を選ぶことになった時も、本当はやりたい役があったけど、結局残り物のネズミ役になったり。 ありす:前に付き合ってた恋人と映画を見に行った時も、恐いの大嫌いなのに言えなくて、彼の好きなホラー映画を見ることに…でも、そのあと喧嘩になって、結局別れちゃいました…。」 オウル:「………。」 ありす:「今日も…。友達とちょっとしたことで口論になって…。」 ありす:そう、たまたま話の流れで友達の真知子と好きな人が一緒だった事を知って、私は身を引こうとした。 ありす:『応援する、頑張って、きっと大丈夫』そう言った私に、怒った真知子はお揃いで買ったスマホケースを投げつけた。 ありす:(M)なんで…?じゃあどうすれば良かったの?…譲る事以外に、良い打開策なんてあった? ありす:………私には、わからなかった。 オウル:「ふぅん…そうだったんですね。」 ありす:「(自嘲気味に)…友達に言われました。『あんたって、自分がないね。まるで機械と喋ってるみたい』って。」 オウル:「おや…。」 ありす:「………譲る事って、そんなに悪い事ですか?」 オウル:「………。」 ありす:「自己主張が強い同士だったら、すぐ喧嘩になるじゃないですか。人とぶつかるより、穏便に済ませたほうがみんな楽でしょ?」 オウル:「………。」 ありす:「…みんな、自分の意見が通った方が、嬉しいじゃない。」 オウル:「…確かに、やりたい事や欲しい物が全部自分の思い通りの世界は、楽しいでしょうね。」 ありす:「そうでしょ?」 オウル:「ですが、ありすさん、あなたはどうでしたか?」 ありす:「え?…私?」 オウル:「えぇ。あなたです。」 ありす:「…私は、…大抵いつも相手に譲ってきたから…。」 オウル:「そう、そこです。」 ありす:「え?」 オウル:「譲ってきたってことは、自分の希望通りにならない事も多かったでしょう?」 ありす:「…………はい。」 オウル:「辛かったですか?」 ありす:「え?」 オウル:「思い通りにならない日々はつまらなかったですか?」 ありす:「…それは……。」 オウル:「相手が喜ぶ姿を見て、悔しい気持ちになりましたか?」 ありす:「…………そんなこと、ないです。 ありす:…元彼が楽しそうに映画の話しているのを聞くの、好きでした。」 ありす:ホラー映画を観た後、入ったカフェで彼は好きなシーンについて、すごく楽しそうに語っていた。 ありす:恐くてあまり観れなかった私が、話について行けていない事に気づいて、『苦手だったら言ってくれれば良かったのに』って悲しそうな顔をするまでは…。 オウル:「……。」  ありす:「…クラスメートと一緒に劇したのも、楽しかったです。」 オウル:「(頷く)」 ありす:本当は、魔法使いのおばあさんがしたかったけど、残り物のネズミ役でたまたま一緒だった同級生とは、その時以来ずっと親友だ。 ありす:「真知子がお揃いのスマホケースにしようって言った時、ピンク色を選んで嬉しそうにしているのを見て、私もすごく嬉しかった。」 ありす:そのネズミ役だった親友は、今日私が『好きなほうを選んでいいよ』って言ったら、少し嫌そうな表情をしていた…。 ありす:(M)どうして…あんな顔を…? 0:微笑むオウル オウル:「…ありすさんは、周りの皆さんの事をきっと大切に思ってらっしゃるんですねぇ。」 ありす:「え、どうして…?」 オウル:「ふふふ。だって、好きな相手が喜ぶ姿を見ることって、とっても幸せですよね。」 ありす:「………。」 ありす:確かに、私にとって今では当たり前になった『譲る事』。 ありす:昔、一度だけ強く自己主張した事がある。 ありす:結局それは争いを招き、喧嘩へと発展し、最終的に仲間外れと言う形で私の心に傷を残した。 ありす:それからは、言って嫌われるくらいなら相手に合わせたほうが良いと、『譲る事』を覚えた。 ありす:でも、それで周りが喜んでくれるなら、私も嬉しかった。 ありす:(M)だけど、本当にみんな、喜んでくれてた…? オウル:「私には可愛い弟子と、その弟子の弟子がいるんです。」 ありす:「…弟子の、弟子?」 オウル:「はい。二人ともとっても可愛いんです。」 ありす:そう言ってマスターは右足をさすった。 ありす:「足…痛むんですか?」 オウル:「え…、あぁ…いえいえ、つい癖で。痛みは無いので大丈夫ですよ。」 ありす:「そうなんですね。」 オウル:「…昔、その弟子を助けようとして、自分を顧みずに無茶をした事がありましてね。」 ありす:「え…。マスターが?」 オウル:「はい。あの子が助かるならと思ってやった事なんですが、そのせいで……逆に消えない傷をあの子の心に作ってしまいました。」 ありす:「………。」 オウル:「そして、その傷が少しでも癒えればと、弟子の弟子、つまり先程言ったウサギのお姫様なのですが、(溜息)小さなあの子にも随分と無茶をさせてしまった…。 オウル:私は、とても愚かでした。弟子を思うあまり、周りが見えておらず、自分が行った行動にさえ正当性を見いだせずに、自己嫌悪に陥るばかりで。」 ありす:(M)自分の行動に正当性が見いだせずに自己嫌悪…まるで、私みたい。 オウル:「あの頃は罪悪感に頭がいっぱいで、あの子たちの気持ちを考えてあげられていませんでした。」 ありす:(M)相手の…気持ち。 オウル:「施すばかりが優しさではないのだと、頼ることも甘えることも大事なのだと気づくまで……私はとても長い時間を要しました。」 ありす:(M)頼る…。甘える…? オウル:「人と関わるという事は、支えあう事なんだと、あの子たちが教えてくれたんです。」 ありす:「支え…あう…。」 オウル:「えぇ…。」 ありす:衝突を避けたくて不快にさせたくなくて、そして喜んでほしくて自分の意思を殺していた。でも、それは本当に相手の為だったのか。 ありす:違う。全部自分の為だ。 ありす:確かに相手の気持ちを尊重する事は優しさだと思う。そんな気持ちが全くないわけじゃない。 ありす:だけど、それは向こうも一緒だったんじゃないのか。 ありす:私が同じ立場だったら、好きな人に苦手なものを我慢させてまで好きな映画を観たい?大切な親友に譲ってもらってまで好きな彼を手に入れたい? ありす:……嫌だ。『そんなの』全然嬉しくない。何も楽しくない! ありす:「私も…間違ってました。」 オウル:「ん…?」 ありす:「今まで我慢することが相手の為だって、自分を犠牲にして喜ばせられるならそれが一番だって思ってました。」 ありす:「だけど、それって相手の気持ちを考えてやってたことじゃなかったんです。 ありす:だって、もし同じ状況で毎回そんな風にされたらって考えたら、正直良い気持ちはしないなって思いました。」 オウル:「ふむ…。」 ありす:「マスターのさっきの言葉。」 オウル:「ん?」 ありす:「『施すばかりが優しさではない、頼ることも甘えることも大事』って言葉、とても胸に刺さりました。」 0:微笑むオウル ありす:「ありがとうございます、マスター。」 オウル:「ほっほ、私は何も。ただ、珍しいコーヒーと美味しいキャロットケーキをお出ししただけです。」 ありす:「ふふふ。ご馳走様でした。すごく美味しかったです。」 オウル:「お気に召していただけて、何より。 オウル:おや、話に夢中になっていたらすっかりコーヒーが冷めてしまいましたね。入れなおしましょうか?」 ありす:「あ、いえ。大丈夫です。私、猫舌なので、本当はこのくらいが丁度いいんです♪」 オウル:「おやおや、そうでしたか。」 ありす:沢山喋って喉が渇いていた私は、冷めて飲みやすくなった珈琲をぐっと一息に飲んだ。 ありす:気持ちの良い喉越し。そして爽やかな後味。もやもやと沈んでいた心もパッと澄み渡った気がした。 ありす:「おいしい。」 ありす:するりと言葉がこぼれる。 オウル:「それは良かった。」 ありす:「あの、マスター」 ありす:そう言いかけたとき、ふいにめまいの様な、強い眠気の様な感覚が私を襲った。 ありす:「うっ…なに、これ……。」 ありす:目も開けていられない程の怠さに、思わずテーブルに突っ伏してしまう。 ありす:いつの間にか綺麗に片づけられたテーブル。 ありす:遠くでカチャカチャ、コポコポコポ、かさかさ、カチッコチッカチッコチッと、穏やかな音が聴こえる。 ありす:そして、ゆっくりと意識がまどろみ始めた時。 オウル:「本日はご来店、まことにありがとうございました。 オウル:これは私、書籍専門取扱員からのサービスです。 オウル:ぜひ、またのお越しを、心よりお待ち申し上げております。」 ありす:マスターのそんな声が聞こえた、気がした。 : : : 0:五秒間を開けて : ありす:「んっ…、ここは…?」 ありす:気が付くと、そこは電車の中だった。 ありす:車内アナウンスが流れる。 ありす:どうやらもうすぐ私の降りる駅のようだ。 ありす:「…ん?何、この本…。」 ありす:私の膝の上に、深緑色の革表紙の本が一冊乗っていた。 ありす:「こんな本…買ったっけ?」 ありす:不思議に思ってその本を手に取る。タイトルは『赤目オオカミと白ウサギ』。 ありす:ふと、本から良い香りがした。 ありす:顔に近づけると、香ばしくてどこか清涼感のある珈琲の香りだった。 ありす:「いい匂い…。」 ありす:急に美味しい珈琲と甘すぎないケーキが食べたくなった。 ありす:私は電車を降りて、家と真逆の洋菓子店に向かった。 店員:「いらっしゃいませ。」 ありす:「あの、甘さ控えめのケーキありますか?」 店員:「それでしたら、こちらはいかかでしょう? 店員:砂糖不使用の、はちみつを使ったクルミのパウンドケーキになります。 店員:有塩バターを使っているので、少し塩味が効いていて食べやすいかと。」 ありす:「あ、じゃあそれ下さい。」 店員:「かしこまりました。」 ありす:ケーキを包んでもらって、私は外に出た。 ありす:その時、スマホが鳴る。 ありす:画面には『真知子』と出ている。 ありす:私は、電話に出た。 ありす:「もしもし?………うん、大丈夫。もう電車降りたよ。 ありす:えっ?………ううん、私こそ、ごめんね。 ありす:あのね、話したいことが沢山あるんだ。………今? ありす:えっと、駅降りて反対側のケーキ屋さん。………うん。 ありす:良かったら、今から家来ない?………ほんと? ありす:じゃあ、美味しいコーヒーとケーキ準備して待ってる。」 : : : オウル:オウル書店のとある一ページ。 ありす:奇妙なワタリビト編、おしまい。