台本概要

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タイトル そして秒針は今、刻まれた
作者名 のぼライズ  (@tomisan5012_2)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 強欲過ぎた、何もかも手に入れたかった。

いつかのメジャーデビューを夢見てたバンドマンの「かおる」、それを支え続けた「かおり」。
2人で喧嘩した大雨降る夜、彼女は不慮の事故でこの世を去った。
ポカンと空く隣の存在。過去に戸惑い続け、止まったままの秒針。
だが隣に空いた空虚な存在は、意外な形で埋まった。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
かおり 55 かおるの恋人。 バンドマンとしてメジャーデビューを目指す彼の姿を、誰よりも楽しみにしながら支える。
かおる 60 かおりの彼氏。 強欲のあまり彼女を振り回し、最悪な結末を迎えてしまう。 ※かなりセリフ多め
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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かおる:「いつか俺、このバンドで、このステージでメジャーデビューするんだ。そして、デビューして初めてのライブの先頭の席に…かおりを招待してやるよ!」 かおり:「素敵ね、かおるくん!私いつでも、その日が来るまでずっと待ってるから!たとえ、おばあちゃんになっても!」 かおる:「なっ!?…さては、本気にしてないな?」 かおり:「あれ、バレた?」 かおる:「かおりがおばあちゃんになってたら、俺はおじいちゃんになってて、ギターの弦もよぼよぼで弾けなくなっちゃうぜ?」 かおり:「あら?夢は魂と同じく歳を取らないんじゃなくて?」 かおる:「あっ、それ俺の歌の歌詞じゃんか!」 かおり:「あら、バレた?」 かおる:「もぉ…笑えてくるわ、あはは」 かおり:「はははっ」 0:  かおる:(テンション落としてタイトルコール)『そして秒針は今、刻まれた』 0:  かおる:(N)あれから2年… かおる:(N)俺の中では未だにプツンと糸が切れたままだった。 かおる:(N)そうあの時、俺が… 0:  かおり:「え、新しいギターを買いたいって…」 かおる:「うん…今弾いてるギターじゃ、満足に俺の弾きたい曲が弾けないんだよぉ…」 かおり:「だからって…私が今、通勤の足にしてる車を売って欲しいだなんて…あの車はかおるくんとの思い出も詰まってる車だよ…?」 かおる:「あぁ…でも、今が踏ん張り時なんだ。前のライブでも、他からの事務所の人からも声を掛けてくれる頻度だって増えてるんだ。ここで選択を誤っちゃいけない気がするんだ…」 かおり:「じゃあ、「事務所の人に声を掛けられたいが為に新しいギターを買う」のと「私達の関係」は…どっちを選んだら、誤ってるの?」 かおる:「……」 かおり:「ねぇ、かおるくん?」 かおる:「……」 かおり:「黙ってないで答えてよ…」 かおる:「……」 かおり:「かおるくん!」 かおる:「…さい」 かおり:「…え?」 かおる:「うるさいうるさいうるさいっ!…今のオンボロのギターじゃ、俺の表現したい曲が弾けないって言ってるんだよ!このままオンボロのギターで弾き続けろってか?足を止めてくれたはずであろう事務所の人は?離れて居なくなるんだよ!新しいギターを買えば…足を止めてくれる事務所の人達に声を掛けられ、メジャーデビュー出来る可能性があるんだ…そうすれば、念願のメジャーデビューを果たし、初ライブの前列に座れるんだ…ぞ…?」 かおり:「その未知の栄光は、思い出を売ってまで手に入れたいの?」 かおる:「売るんじゃない、犠牲にするんだ…一時的に…」 かおり:「苦しい言い訳ね…さよなら、もういい」 かおる:「なっ…かおり!」 かおり:「着いてこないで!」 かおる:「出ていくまでもないだろ!」 かおる:(N)かおりが逃げる背中を俺は、必死で追い掛けた かおる:(N)強欲過ぎた、何もかも手に入れたかったんだ かおる:(N)何もかも…この手で… かおる:(N)大雨の中、かおりは反対車線へ渡り、立ち止まりこっちを向いた かおり:「私の思い出なんかより…私と居るより、バンド仲間の人と居た方が楽しいんでしょ?」 かおる:「確かに楽しいけど…かおりと一緒に居る時の方も…楽しい」 かおり:「じゃあ…どっちか選んでよ!」 かおる:「え…」 かおり:「私と、バンド…」 かおる:「そんな…」 かおり:「選んでよ…お願い…」 かおる:(N)かおりは多分、自分の中で掛けて欲しい言葉は決まっていたはず… かおる:(N)でも、見つけられなかった かおる:「ギターは…諦める…」 かおり:「選んで欲しかった…」 かおる:(N)その時、1台のふらついた車が歩行道路へ突っ込んだ かおる:(N)気付いた時には突っ込む寸前で、俺は咄嗟に声にならない声で、かおりに叫んだ かおる:「危ない!!」 0:  かおる:(N)あれから2年… かおる:(N)あれ以来、夢も希望も何もかも無くし、もぬけの殻になってしまった。今はバンドを辞めタクシー会社に就職した。朝昼晩ずっと同じ市街地をぐるぐると…。特に楽しい訳では無いが、やり甲斐も何も無い。何も欲しがる事なく平凡な毎日をひたすら繰り返すのが、俺には向いてるんだろな… かおる:「どうぞ、どちらまで…?」 かおり:「……」 かおる:(N)夜更けに多い変な客の1人だ。全身白のワンピースにショートカット、顔はずっと俯いたままだが…この人は何で、濡れているんだ?今日は降水確率0の良い天気だったはずだぞ…? かおる:「あの…どちらまで?」 かおり:「…ウエノ海岸まで」 かおる:「え?あっ…分かりました」 かおる:(N)海岸?こんな時間の海岸に何があると? かおる:(N)いやでも、あそこの海岸は… かおる:「お客さん、あの海岸に何か用ですか?」 かおり:「……」 かおる:(N)だんまりか。それにしてもこの人、何で濡れてるんだ?…そういや、あの日の天気は…ひどい大雨だったな。 0:かおる、過去の事が脳裏によぎる かおり:「いや、着いてこないで!」 かおり:「選んで欲しかった…」 0:  かおる:(N)未だに脳裏をよぎる…車に突っ込まれる寸前のかおりの最期に見せた血の気の引いた表情… かおる:「ウエノ海岸、お客さん…着きました…よ…?」 かおる:(N)後ろを振り向くと、後部座席には誰も居ない。唯一ここに居たと証明出来るのは、座っていたであろう濡れた座席のシート… かおる:「チッ…無賃乗車か…」 かおる:(N)とことん付いてないぜ…まったく… かおる:(N)でも、この海岸はどこか懐かしい気がする… 0:  かおり:「見て見てぇ!」 かおる:「?…新しく服買ったのか?」 かおり:「どぉ?似合ってる?」 かおる:「うん!似合ってる」 かおり:「だろうと思った!」 かおる:「やけに自信あるなぁ…」 かおり:「そ・れ・は…何ででしょおぉか!」 かおる:「え、ちゃんと理由あるのかよ!」 かおり:「あるよぉ!」 かおる:「じゃあ何だよぉ!」 かおり:「うん、答えはねぇ…かおるくんの顔が赤いからでしたぁ!」 かおる:「えぇ?」 かおり:「顔に書いた様に照れてるもん!照れてる照れてるぅ」 かおる:「なっ…うぅん…」 かおり:「ふふふ…」 かおる:(N)そういや…かおりも、最期に着ていたのは白いワンピースだったな…いや、偶然だろ… 0:  かおる:「今日はお客さん少ないな…」 かおる:(N)俺が背伸びをした時、後ろのドアをノックする音がした。そう、何時ぞやの例の濡れた白いワンピースの女性だ。 かおる:「お客さん…あなた前回、無賃乗車しましたよね?あの、これは立派な犯ざ(いですよ!)」 かおり:「(遮るように)よこがわ喫茶」 かおる:「え、なに?」 かおり:「よこがわ喫茶まで…」 かおる:「バカ言わないでください、こっからその喫茶店までは片道1時間も掛かるし、料金もそれとなく掛かります。それに前回、料金を踏み倒されたお客さんを乗せる訳には…」 かおり:「行って欲しいの」 かおる:「…仮に今頃行ったって、既に閉店時間を迎えてますよ」 かおり:「お願い…行って欲しいの」 かおる:「(ため息)…誰か、連れの方や待ち合わせ相手の方がいらっしゃるんですか?」 かおり:「ライブをしてるとこなの、私の愛する人が…」 かおる:(N)いや…確かに喫茶店なのにライブステージはある。だが、前の店主が1年ほど前に亡くなって、新しくその息子さんが引き継いだと同時に、そのライブステージは撤去されているはず…この人は何を言っているんだ? かおる:(N)なんで…こんな偶然が重なるんだよ… かおる:(N)よこがわ喫茶だって、ライブステージも無くなっている。ウエノ海岸も1年半前に埋め立ての工事が始まってる…もう、かおりとの思い出の場所も何もかも…何もかも…失いつつあるんだ… かおる:「何で…何もかも無くなっちまうんだよ…」 かおり:「運転手…さん?」 かおる:「埋め立て工事の始まってる、あなたが前回行きたいって言ってたウエノ海岸はね、当時の彼女と初デートで来て、彼女は…こう言ったんですよ…ここで…」 かおり:「ここで野外ライブやったら楽しそうじゃん…って?」 かおる:「よこがわ喫茶だってそう…今は撤去されたライブステージに俺が立ったら、彼女が観客誰も居ないステージの最前列に颯爽と来て…」 かおり:「へへっ、かおるくんのライブ見放題だ…って?」 かおる:(N)あれ、この人…何でかおりが発した言葉を知ってるんだ…? かおり:「楽しかったなぁ」 かおる:「え?お…お客さん?」 かおり:「たった1回きりだったけど、かおるくんとタクシードライブ出来て嬉しかった。そうなんだ…あの海岸、埋め立てられるんだね」 かおる:「……」 かおり:「野外ライブ…出来なくなっちゃうね」 かおる:「あぁ…」 かおる:(N)目頭がとても熱い…かおりは亡くなったんだ。ここに居るはずがない。 かおる:(N)でも…でも今は、後部座席に座っている人がかおりだと…信じたい。 かおる:(N)目に溜まった水は、とても温かい…。ふと上げたあの笑った顔、やっぱり… かおり:「かおるくん…私、思うんだ…」 かおり:「あの時…何ですんなりと、ギター買ってあげられなかったんだろね…」 かおる:「バカぁ…思い出の方が大切に決まってるだろぉ…」 かおり:「おや…あの時と立場が逆だね」 かおる:「ごめん、ごめんね…俺が…俺がこういう人間だったから…」 かおり:「ずっと見てて思ってたけど、そういう湿っぽいかおるくんはかおるくんじゃないよ!」 かおる:「…見てたのか?」 かおり:「どーせ、「かおりが死んだのは俺のせいだぁ」なーんて自分を責め続けてたんでしょ?」 かおる:「……」 かおり:「そう思ってても、遅いっつーの」 かおる:「…ごめんな」 かおり:「まぁ私は死んじゃったけどさ…ずっと、ずーっと、かおるくんの最前列にいるよ?」 かおる:「…ん?あれ、そしたら俺の目の前に居る事になるじゃんかよ」 かおり:「うん、やっと…笑ってくれたね!私は、笑うかおるくんが好きです!」 かおる:「…俺も、いろんな表情をするかおりが…好きです!」 かおり:「あっ、ずるーい!」 かおる:「よし、ではお客さん?シートベルトを」 かおり:「あら?賃金を持っていないお客様はタクシーを走らせたくないのでは?」 かおる:「いいえ?よこがわ喫茶まで、連れて行きますよ?」 かおり:「あっ、悪い顔してるぅ!」 かおる:(N)それから道中、かおりの好きな俺の歌を一緒に歌いながら目的地へと車を走らせた。 かおる:(N)こんな楽しい感情は久しぶりだ。 かおる:(N)まるで蜘蛛の巣が張るぐらい、長い年月が経って錆びて閉ざされた扉が開かれたような気分だった。 かおる:「さぁ、着きましたよ?よこがわきっ…さ…あれ?」 かおる:(N)後ろを振り向いた時、かおりの姿は無く、ただ座っていたであろうところが濡れていた。 かおる:「いやぁ…まぁた、無賃乗車やられたなぁ」 かおる:(N)いつもは舌打ちを打ちたくなるが、今日のはとても…清々しく良い気分だった。 かおる:(N)目頭がとても熱く、溢れんばかりに湧いてくる感情を必死で下唇を噛み、堪える。 かおる:(N)じゃないとまた、俺の最前列で… かおり:「わぁ、またかおるくんが泣いてるぅ!泣いてるぅ!」 かおる:(N)…と、ブーイングの嵐になりそーだ! 0:  かおる:「身体は衰えても、夢と俺の魂は歳を取らないのだ!」 かおる:(N)あれから俺はタクシー会社を辞め、再び新たなバンドを組んだ。 かおる:(N)かおりが口ずさんでいた言葉…まぁ俺の歌の一部分だけど。まぁかおりが好きだった歌詞を胸に、メジャーデビューの夢を果たす。 かおる:(N)この夢はいつだって衰えない、二度と。 0:  かおり:かおるくんの2年間止まっていた秒針は今… かおる:刻一刻と、刻み始めた。

かおる:「いつか俺、このバンドで、このステージでメジャーデビューするんだ。そして、デビューして初めてのライブの先頭の席に…かおりを招待してやるよ!」 かおり:「素敵ね、かおるくん!私いつでも、その日が来るまでずっと待ってるから!たとえ、おばあちゃんになっても!」 かおる:「なっ!?…さては、本気にしてないな?」 かおり:「あれ、バレた?」 かおる:「かおりがおばあちゃんになってたら、俺はおじいちゃんになってて、ギターの弦もよぼよぼで弾けなくなっちゃうぜ?」 かおり:「あら?夢は魂と同じく歳を取らないんじゃなくて?」 かおる:「あっ、それ俺の歌の歌詞じゃんか!」 かおり:「あら、バレた?」 かおる:「もぉ…笑えてくるわ、あはは」 かおり:「はははっ」 0:  かおる:(テンション落としてタイトルコール)『そして秒針は今、刻まれた』 0:  かおる:(N)あれから2年… かおる:(N)俺の中では未だにプツンと糸が切れたままだった。 かおる:(N)そうあの時、俺が… 0:  かおり:「え、新しいギターを買いたいって…」 かおる:「うん…今弾いてるギターじゃ、満足に俺の弾きたい曲が弾けないんだよぉ…」 かおり:「だからって…私が今、通勤の足にしてる車を売って欲しいだなんて…あの車はかおるくんとの思い出も詰まってる車だよ…?」 かおる:「あぁ…でも、今が踏ん張り時なんだ。前のライブでも、他からの事務所の人からも声を掛けてくれる頻度だって増えてるんだ。ここで選択を誤っちゃいけない気がするんだ…」 かおり:「じゃあ、「事務所の人に声を掛けられたいが為に新しいギターを買う」のと「私達の関係」は…どっちを選んだら、誤ってるの?」 かおる:「……」 かおり:「ねぇ、かおるくん?」 かおる:「……」 かおり:「黙ってないで答えてよ…」 かおる:「……」 かおり:「かおるくん!」 かおる:「…さい」 かおり:「…え?」 かおる:「うるさいうるさいうるさいっ!…今のオンボロのギターじゃ、俺の表現したい曲が弾けないって言ってるんだよ!このままオンボロのギターで弾き続けろってか?足を止めてくれたはずであろう事務所の人は?離れて居なくなるんだよ!新しいギターを買えば…足を止めてくれる事務所の人達に声を掛けられ、メジャーデビュー出来る可能性があるんだ…そうすれば、念願のメジャーデビューを果たし、初ライブの前列に座れるんだ…ぞ…?」 かおり:「その未知の栄光は、思い出を売ってまで手に入れたいの?」 かおる:「売るんじゃない、犠牲にするんだ…一時的に…」 かおり:「苦しい言い訳ね…さよなら、もういい」 かおる:「なっ…かおり!」 かおり:「着いてこないで!」 かおる:「出ていくまでもないだろ!」 かおる:(N)かおりが逃げる背中を俺は、必死で追い掛けた かおる:(N)強欲過ぎた、何もかも手に入れたかったんだ かおる:(N)何もかも…この手で… かおる:(N)大雨の中、かおりは反対車線へ渡り、立ち止まりこっちを向いた かおり:「私の思い出なんかより…私と居るより、バンド仲間の人と居た方が楽しいんでしょ?」 かおる:「確かに楽しいけど…かおりと一緒に居る時の方も…楽しい」 かおり:「じゃあ…どっちか選んでよ!」 かおる:「え…」 かおり:「私と、バンド…」 かおる:「そんな…」 かおり:「選んでよ…お願い…」 かおる:(N)かおりは多分、自分の中で掛けて欲しい言葉は決まっていたはず… かおる:(N)でも、見つけられなかった かおる:「ギターは…諦める…」 かおり:「選んで欲しかった…」 かおる:(N)その時、1台のふらついた車が歩行道路へ突っ込んだ かおる:(N)気付いた時には突っ込む寸前で、俺は咄嗟に声にならない声で、かおりに叫んだ かおる:「危ない!!」 0:  かおる:(N)あれから2年… かおる:(N)あれ以来、夢も希望も何もかも無くし、もぬけの殻になってしまった。今はバンドを辞めタクシー会社に就職した。朝昼晩ずっと同じ市街地をぐるぐると…。特に楽しい訳では無いが、やり甲斐も何も無い。何も欲しがる事なく平凡な毎日をひたすら繰り返すのが、俺には向いてるんだろな… かおる:「どうぞ、どちらまで…?」 かおり:「……」 かおる:(N)夜更けに多い変な客の1人だ。全身白のワンピースにショートカット、顔はずっと俯いたままだが…この人は何で、濡れているんだ?今日は降水確率0の良い天気だったはずだぞ…? かおる:「あの…どちらまで?」 かおり:「…ウエノ海岸まで」 かおる:「え?あっ…分かりました」 かおる:(N)海岸?こんな時間の海岸に何があると? かおる:(N)いやでも、あそこの海岸は… かおる:「お客さん、あの海岸に何か用ですか?」 かおり:「……」 かおる:(N)だんまりか。それにしてもこの人、何で濡れてるんだ?…そういや、あの日の天気は…ひどい大雨だったな。 0:かおる、過去の事が脳裏によぎる かおり:「いや、着いてこないで!」 かおり:「選んで欲しかった…」 0:  かおる:(N)未だに脳裏をよぎる…車に突っ込まれる寸前のかおりの最期に見せた血の気の引いた表情… かおる:「ウエノ海岸、お客さん…着きました…よ…?」 かおる:(N)後ろを振り向くと、後部座席には誰も居ない。唯一ここに居たと証明出来るのは、座っていたであろう濡れた座席のシート… かおる:「チッ…無賃乗車か…」 かおる:(N)とことん付いてないぜ…まったく… かおる:(N)でも、この海岸はどこか懐かしい気がする… 0:  かおり:「見て見てぇ!」 かおる:「?…新しく服買ったのか?」 かおり:「どぉ?似合ってる?」 かおる:「うん!似合ってる」 かおり:「だろうと思った!」 かおる:「やけに自信あるなぁ…」 かおり:「そ・れ・は…何ででしょおぉか!」 かおる:「え、ちゃんと理由あるのかよ!」 かおり:「あるよぉ!」 かおる:「じゃあ何だよぉ!」 かおり:「うん、答えはねぇ…かおるくんの顔が赤いからでしたぁ!」 かおる:「えぇ?」 かおり:「顔に書いた様に照れてるもん!照れてる照れてるぅ」 かおる:「なっ…うぅん…」 かおり:「ふふふ…」 かおる:(N)そういや…かおりも、最期に着ていたのは白いワンピースだったな…いや、偶然だろ… 0:  かおる:「今日はお客さん少ないな…」 かおる:(N)俺が背伸びをした時、後ろのドアをノックする音がした。そう、何時ぞやの例の濡れた白いワンピースの女性だ。 かおる:「お客さん…あなた前回、無賃乗車しましたよね?あの、これは立派な犯ざ(いですよ!)」 かおり:「(遮るように)よこがわ喫茶」 かおる:「え、なに?」 かおり:「よこがわ喫茶まで…」 かおる:「バカ言わないでください、こっからその喫茶店までは片道1時間も掛かるし、料金もそれとなく掛かります。それに前回、料金を踏み倒されたお客さんを乗せる訳には…」 かおり:「行って欲しいの」 かおる:「…仮に今頃行ったって、既に閉店時間を迎えてますよ」 かおり:「お願い…行って欲しいの」 かおる:「(ため息)…誰か、連れの方や待ち合わせ相手の方がいらっしゃるんですか?」 かおり:「ライブをしてるとこなの、私の愛する人が…」 かおる:(N)いや…確かに喫茶店なのにライブステージはある。だが、前の店主が1年ほど前に亡くなって、新しくその息子さんが引き継いだと同時に、そのライブステージは撤去されているはず…この人は何を言っているんだ? かおる:(N)なんで…こんな偶然が重なるんだよ… かおる:(N)よこがわ喫茶だって、ライブステージも無くなっている。ウエノ海岸も1年半前に埋め立ての工事が始まってる…もう、かおりとの思い出の場所も何もかも…何もかも…失いつつあるんだ… かおる:「何で…何もかも無くなっちまうんだよ…」 かおり:「運転手…さん?」 かおる:「埋め立て工事の始まってる、あなたが前回行きたいって言ってたウエノ海岸はね、当時の彼女と初デートで来て、彼女は…こう言ったんですよ…ここで…」 かおり:「ここで野外ライブやったら楽しそうじゃん…って?」 かおる:「よこがわ喫茶だってそう…今は撤去されたライブステージに俺が立ったら、彼女が観客誰も居ないステージの最前列に颯爽と来て…」 かおり:「へへっ、かおるくんのライブ見放題だ…って?」 かおる:(N)あれ、この人…何でかおりが発した言葉を知ってるんだ…? かおり:「楽しかったなぁ」 かおる:「え?お…お客さん?」 かおり:「たった1回きりだったけど、かおるくんとタクシードライブ出来て嬉しかった。そうなんだ…あの海岸、埋め立てられるんだね」 かおる:「……」 かおり:「野外ライブ…出来なくなっちゃうね」 かおる:「あぁ…」 かおる:(N)目頭がとても熱い…かおりは亡くなったんだ。ここに居るはずがない。 かおる:(N)でも…でも今は、後部座席に座っている人がかおりだと…信じたい。 かおる:(N)目に溜まった水は、とても温かい…。ふと上げたあの笑った顔、やっぱり… かおり:「かおるくん…私、思うんだ…」 かおり:「あの時…何ですんなりと、ギター買ってあげられなかったんだろね…」 かおる:「バカぁ…思い出の方が大切に決まってるだろぉ…」 かおり:「おや…あの時と立場が逆だね」 かおる:「ごめん、ごめんね…俺が…俺がこういう人間だったから…」 かおり:「ずっと見てて思ってたけど、そういう湿っぽいかおるくんはかおるくんじゃないよ!」 かおる:「…見てたのか?」 かおり:「どーせ、「かおりが死んだのは俺のせいだぁ」なーんて自分を責め続けてたんでしょ?」 かおる:「……」 かおり:「そう思ってても、遅いっつーの」 かおる:「…ごめんな」 かおり:「まぁ私は死んじゃったけどさ…ずっと、ずーっと、かおるくんの最前列にいるよ?」 かおる:「…ん?あれ、そしたら俺の目の前に居る事になるじゃんかよ」 かおり:「うん、やっと…笑ってくれたね!私は、笑うかおるくんが好きです!」 かおる:「…俺も、いろんな表情をするかおりが…好きです!」 かおり:「あっ、ずるーい!」 かおる:「よし、ではお客さん?シートベルトを」 かおり:「あら?賃金を持っていないお客様はタクシーを走らせたくないのでは?」 かおる:「いいえ?よこがわ喫茶まで、連れて行きますよ?」 かおり:「あっ、悪い顔してるぅ!」 かおる:(N)それから道中、かおりの好きな俺の歌を一緒に歌いながら目的地へと車を走らせた。 かおる:(N)こんな楽しい感情は久しぶりだ。 かおる:(N)まるで蜘蛛の巣が張るぐらい、長い年月が経って錆びて閉ざされた扉が開かれたような気分だった。 かおる:「さぁ、着きましたよ?よこがわきっ…さ…あれ?」 かおる:(N)後ろを振り向いた時、かおりの姿は無く、ただ座っていたであろうところが濡れていた。 かおる:「いやぁ…まぁた、無賃乗車やられたなぁ」 かおる:(N)いつもは舌打ちを打ちたくなるが、今日のはとても…清々しく良い気分だった。 かおる:(N)目頭がとても熱く、溢れんばかりに湧いてくる感情を必死で下唇を噛み、堪える。 かおる:(N)じゃないとまた、俺の最前列で… かおり:「わぁ、またかおるくんが泣いてるぅ!泣いてるぅ!」 かおる:(N)…と、ブーイングの嵐になりそーだ! 0:  かおる:「身体は衰えても、夢と俺の魂は歳を取らないのだ!」 かおる:(N)あれから俺はタクシー会社を辞め、再び新たなバンドを組んだ。 かおる:(N)かおりが口ずさんでいた言葉…まぁ俺の歌の一部分だけど。まぁかおりが好きだった歌詞を胸に、メジャーデビューの夢を果たす。 かおる:(N)この夢はいつだって衰えない、二度と。 0:  かおり:かおるくんの2年間止まっていた秒針は今… かおる:刻一刻と、刻み始めた。