台本概要
908 views
タイトル | 7days gift for |
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作者名 | みだり |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
サヨナラは言えないから、代わりの言葉を 908 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
◇ | 男 | 311 | ◇:奏 |
◆ | 女 | 315 | ◆:梨咲 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
◆:ほんと、別れの言葉苦手だよね
◇:うるさいなぁ。何となく、こう……引っかかるんだよ
◆:寂しがりめ
◇:良いだろ、別に
◆:まぁ良いけどさ
◇:それに、これだって悪い言葉じゃないんだから
◆:はいはい。じゃあ……
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◆:day 1
◇:「なぁ梨咲、デートしよう」
◆:「何急に。突然過ぎない?」
◇:「いいだろ、たまには」
◆:「普段家でダラダラがモットーのくせに?」
◇:「引きこもりもたまには外に出たくなるんだよ」
◆:「寒さに凍え死んだりしない?」
◇:「なんと真夏の太陽にすら耐えられるんだなぁ」
◆:「嘘つき」
◇:「おい⁉ これでも一応昔は陸上部だぞ!」
◆:「知ってるよ。奏がすぐサボろうとするから、どれだけマネージャーの私は苦労したか……」
◇:「苦労って……嫌がらせのような筋トレをさせられた記憶しかないんだけど?」
◆:「おかげで勝てたじゃん。夏の試合」
◇:「……」
◆:「何ならおかげで私と付き合えたじゃん」
◇:「お前それ、ずっと引っ張るよな」
◆:「え? 勿論」
◇:「清々しい笑顔で言うな!」
◆:「えー、だってさ? 『この試合で勝てたら、俺と付き合ってくれ』って。漫画の読みすぎだからね?」
◇:「そんな漫画みたいな話に乗ったお前が言うな!」
◆:「何、あのタイミングで断わってよかったの?」
◇:「そりゃ、好きじゃなかったら?」
◆:「好きだったし」
◇:「平然と言うな!」
◆:「奏ってほんとウブだよね? もう私たち二十六だよ? 大丈夫?」
◇:「何に対する心配か知らないが、大丈夫だよ」
◆:「ほんとに?」
◇:「保護者かよ」
◆:「彼女だよ」
◇:「知ってるよ」
◆:「で、そんなウブな奏君はどういうデートを提案してくれるんですか」
◇:「バカにしてる?」
◆:「ちょっと?」
◇:「そこは、『そんなことないよ』って言うところじゃないのかよ」
◆:「奏相手にそんな気の遣いかたしてどうするのよ」
◇:「親しき仲にも、だぞ?」
◆:「ねぇ、奏君。今日のデートどうする?」
◇:「……?」
◆:「礼儀とか言うから、付き合いたての時の距離感を演出してみた」
◇:「……そういや君呼びだったっけ」
◆:「そうだよ。何なら最初は小宮君だよ。いつの間にか呼び捨てだったけど」
◇:「懐かしいな」
◆:「高校の時だからねー。早いもので……時の流れは残酷だよ」
◇:「おい、どこ見て言ってんだ!」
◆:「おでこ」
◇:「はっきり言うな!」
◆:「奏が聞いたんじゃんか……」
◇:「オブラートってものを知らないのかよ」
◆:「何、気にしてたの?」
◇:「多少」
◆:「誕生日は育毛剤にしてあげるね」
◇:「お前ほんといい加減にしろよ⁉」
◆:「ちぇー、冗談じゃんかー」
◇:「笑えない冗談だわ。で、話戻すけど。デート。行かない?」
◆:「んー。まぁ、奏がどうしてもって言うなら?」
◇:「どうしても」
◆:「……そんなジッとこっち見ないでよ」
◇:「ちなみに、デートに行くなら……」
◆:「行くなら?」
◇:「どこがいい?」
◆:「……」
◇:「……」
◆:「もしかして何も決めてないの?」
◇:「決めてると思った?」
◆:「あんな熱烈に誘ってきておいて、ノープラン?」
◇:「思い立ったがってやつだよ」
◆:「……ほんと、適当だよね」
◇:「仕方ないだろ。デートしたいって思ったんだから」
◆:「それならもう少し考えてから誘ってよねー。ちょっと期待したじゃんか」
◇:「期待?」
◆:「あ……何でもない」
◇:「……」
◆:「……何」
◇:「二時間後に家出るから。用意しといて」
◆:「そんなにかからないけど。用意するのに」
◇:「いいから。二時間」
◆:「わかったよ、もう。変なところでスイッチ入るんだから」
◇:「彼女に期待されたら仕方ないだろ」
◆:「そういうとこチョロいよね?」
◇:「頼れると言ってくれ」
◆:「せいぜいが可愛げがある、かな。頼れる人はこんな話の前にある程度考えてくれるの」
◇:「それは俺には難しい」
◆:「開き直らないでよ。知ってるけどさ」
◇:「まぁ、せいぜい期待して待ってろ」
◆:「はいはい」
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:
◆:day 2
◇:「今日、何食べたい?」
◆:「奏、病院行こ?」
◇:「おいコラ待て」
◆:「だって、おかしいよ?」
◇:「何もおかしくないだろ!」
◆:「頭おかしいよ?」
◇:「ハッキリ言わなくても伝わってるよ!」
◆:「だって、奏なのに……そんな気の遣い方するなんて……」
◇:「気まぐれに対して反応が酷すぎる」
◆:「だって、奏だよ? 食べたいもの聞いたら、何でもとかふざけた答えしか返さない奏だよ?」
◇:「そこまで言うことか?」
◆:「これがたいしたことじゃないと思うなら、全国の主婦に聞いてみればいいよ。もう原型を留めないくらいボコボコにしてもらえると思うから」
◇:「知らないうちに世界が暴力に支配されてる……」
◆:「で、そんな奏が……何て……?」
◇:「今日は俺が作ろうと思ってるけど、梨咲は何食べたい?」
◆:「世界は明日滅ぶんだね」
◇:「一回ぶん殴っていい?」
◆:「え、いいの?」
◇:「……何が?」
◆:「私に手をあげるってことは、覚悟があるんだね?」
◇:「……やめとこう」
◆:「良かったよ。私もそうなったら最終手段をとらないといけないからね……」
◇:「ねぇ? 意味深な顔やめろ? 怖すぎだろ……」
◆:「あれだよ、必殺『実家に帰らせていただきます』を使うだけだよ」
◇:「やめろ⁉ 親父さんにそれこそぶっ飛ばされる!」
◆:「お父さん怖いよねー……」
◇:「昔っから行くたびに睨まれてるからな俺……」
◆:「ほら、お父さんは娘大好きだから」
◇:「ほんと梨咲のところは仲良いよなー」
◆:「それを言うなら奏だってそうじゃない?」
◇:「あー……」
◆:「結構おじさんと呑みに行ったりしてるよね?」
◇:「まぁなー」
◆:「何でそんなに嫌そうなのよ」
◇:「会うたびに結婚はいつだとか聞かれてみろ、嫌になるから」
◆:「ふーん? 私との結婚は嫌だと?」
◇:「だったら指輪なんて渡してないだろ」
◆:「う、あ……」
◇:「照れるくらいならきいてくるなよ。で、何食べたいんだよ。今日は俺作るから。ゆっくりしてろよ」
◆:「んー……じゃあシチュー」
◇:「了解」
◆:「買い物は?」
◇:「問題ない。家にあるので足りる」
◆:「そっか……」
◇:「何、どうかした?」
◆:「いや、やっぱり奏が変に優しい。と言うか気が利きすぎてる」
◇:「……いつも通りだろ」
◆:「何か隠してない?」
◇:「隠してない」
◆:「本当に?」
◇:「本当に」
◆:「……嘘だね?」
◇:「何だよ、今日はえらく突っかかってくるな」
◆:「だって奏が何か嘘ついてるから。昨日だって急にデートに誘ってくるし」
◇:「別に週末にデート誘って、ご飯作るくらいの気まぐれ起こすのの何がそんなに引っかかるんだよ」
◆:「奏、私たちさ。もう十年だよ?」
◇:「あ? あぁ、そうだな」
◆:「一番傍で見てきたの、私だよ?」
◇:「まぁ、彼女だしな」
◆:「その私の勘が告げている。奏が何か隠し事をしていると」
◇:「……何もないよ」
◆:「私、もしかして何かした?」
◇:「してない」
◆:「じゃあ何でそんなに辛そうな顔してるの?」
◇:「何もないって言ってるだろ!」
◆:「怒ってるじゃんか」
◇:「梨咲がしつこく聞いてくるからだろ」
◆:「……私、出かけてくる」
◇:「はぁ?」
◆:「何か、今の奏と居ると喧嘩しちゃいそうだし」
◇:「……家、いろよ」
◆:「何で」
◇:「何でも」
◆:「やだ」
◇:「いろって言ってるんだよ!」
◆:「か、奏……?」
◇:「……悪い。でも、家に居てくれ。頼むから」
◆:「訳わからないよ。コンビニ行ってくる」
◇:「梨咲!」
◆:「きゃっ……急に腕つか……まないで……」
◇:「梨咲?」
◆:「え……あれ……?」
◇:「おい、どうしたんだよ」
◆:「こんなこと……前にも……」
◇:「ッ⁉ 梨咲、考えなくていい。大丈夫だから」
◆:「その時は……え、だって……」
◇:「梨咲!」
◆:「私……事故……」
◇:「落ち着いてくれ!」
◆:「ねぇ、奏、私……私、これ……記憶……」
◇:「大丈夫だから!」
◆:「……私」
◇:「やめろ! 言うな!」
◆:「そっか……」
◇:「やめてくれ! 考えるな! 大丈夫だから!」
◆:「……とっくに死んでるんだね」
:
:
◇:day 3
◆:「……おはよ」
◇:「あぁ、おはよ」
◆:「えっと、仕事……だよね……?」
◇:「あー、いや……仕事はしばらく休み貰ってる」
◆:「……そう、なんだ。ごめん」
◇:「梨咲のせいじゃ……」
◆:「私のせいでしょ。そこはどう考えても」
◇:「……」
◆:「ねぇ、話したいことがあるの」
◇:「聞きたくない」
◆:「ダメ」
◇:「嫌だ」
◆:「ダメ」
◇:「だって、それ……」
◆:「大丈夫だから」
◇:「大丈夫って何が!」
◆:「話したからって別に今日明日消えるわけじゃないってこと」
◇:「……それでもいつかは消えるってことじゃないか」
◆:「そもそもこの時間が」
◇:「梨咲」
◆:「……何?」
◇:「聞くから。もう少し時間をくれ」
◆:「……そんなに、待てないよ?」
◇:「夜には聞く」
◆:「……分かった」
◇:「……だからさ、今日は旅行しよう」
◆:「へ、あ、旅行?」
◇:「気分、あげに」
◆:「……」
◇:「それに行きたがってただろ。どこか遠出したいって」
◆:「え、あぁ……そうだね」
◇:「どうせ仕事は休みなんだし。今からさ」
◆:「またノープランで?」
◇:「今から行けるとこ探して、予約とるよ。最悪、温泉だけ浸かって車中泊で帰る」
◆:「もう若くないんだから、そんな無茶して身体しんどくない?」
◇:「バカ、こんな無茶をするのが楽しいんだろ」
◆:「んー……そうだね。分かった。行こっか」
:
◇:ぼんやりと車に揺られる梨咲を、ちらりと見やる
◇:生きているようにしか見えない
◇:なのに、梨咲はとっくにこの世にいないと言う
◇:悪い冗談のような
◇:だけど、俺は確かに梨咲を失った
◇:胸に残る痛みは、あの日を忘れさせてはくれなくて
◆:時折、奏の視線を感じる
◆:不思議な時間
◆:目を瞑れば、消えてしまいそうな怖さと
◆:今、奏の隣に座っていられる幸せ
◆:まるで、夢のような
◆:続くわけのない時間に、永遠を望んでしまいそうになる
◇:ごめん
◆:ごめんね
◇:言えもしない言葉を飲みこんで
◆:私たちは、同じ時間を過ごしている
:
◆:「案外どうにかなるものだね」
◇:「まぁ平日だからって言うのはあるんだろうけどな」
◆:「温泉も気持ちよかったし」
◇:「大浴場、ほとんど貸し切りだったしな」
◆:「女性用もそうだったよ。後で貸切風呂もとってるのにね」
◇:「ゆったり入れるのに越したことはないだろ」
◆:「と言うか私、ちゃんと認識されてるんだね」
◇:「それはデートの時もそうだったろ」
◆:「そうだけど……でも、さ。やっぱり不思議だなぁって」
◇:「まぁ、そうだな」
◆:「……覚悟は決まった?」
◇:「そんなの、決まるわけないだろ」
◆:「……そう、だよね」
◇:「でも、聞くよ。聞かなくちゃいけないんだろ」
◆:「……うん」
:
◇:語られる話は、まるで夢物語で
◆:いっそ、全部夢なんじゃないかと思えるけど
◇:七日間の、さよならのための時間
◆:神様が私にくれた、残り時間
◇:突然奪われた時間が、こうして七日間だけでも返ってきたと思えば幸せなのかもしれない
◆:あの日、喧嘩して終わった時間を取り戻せているのだから、これ以上を望むなんて罰当たりなのかもしれない
◇:ずっと傍に、なんてできないから
◆:永遠なんて、どこにもないから
◇:だけど
◆:ねぇ神様
◇:こんな想いをするくらいなら、どうしてもう一度なんて俺たちに与えたんだ
◆:叫びたいほどの想いを噛み殺して
◇:抱きしめた温もりを、どこにも逃がさないようにきつくきつく俺たちは
:
:
◆:day 4
◇:「今日は美味しいもの食べるぞ!」
◆:「……ほんと、何かあるとそれだよね?」
◇:「腹が減るとろくなこと考えないだろ」
◆:「いや、ある意味真理かもしれないけどさ。喧嘩しても仲直りはいつもそれじゃん」
◇:「手軽だし、楽だと思うんだよ」
◆:「楽?」
◇:「腹が満たされたら幸せだし」
◆:「そりゃ、まぁ」
◇:「どれだけ怒っててもさ、美味しいものの前で不機嫌を守り続けるのも難しいだろ?」
◆:「あー、まぁ、確かに?」
◇:「だからさ、仲直りしたいとか、仲良くなりたい時はご飯を食べながらが良いと思うんだよな。心理学的にも正しいらしいぞ? 商談の時にご飯を食べるのはそんな感じの理由らしい」
◆:「……何かすごい一気に怪しくなったけど?」
◇:「俺も聞きかじりだから合ってるかは知らないけどな」
◆:「何それ、台無し」
◇:「それにさ、あと四日だろ?」
◆:「……うん、まぁ……」
◇:「正直さ、今もベッドに引きこもってさ。現実逃避してたいよ。泣いてさ、泣き疲れて寝て、喉壊れるくらい叫んで、また寝て。そんな風にしてたいよ」
◆:「……うん」
◇:「でもさ、俺は梨咲と笑ってたい。泣くのは、後で良いよ。梨咲が隣に居るのに、勿体ないだろ」
◆:「……奏は、強いね」
◇:「ただのやせ我慢だよ。知ってるだろ、俺がすぐ見栄張るのも、強がるのも」
◆:「そう、だね……知ってるよ。誰より知ってる。おばさんにだって負けないくらい、私は奏のこと知ってる」
◇:「だからさ、今日は食べるぞ」
◆:「……分かったよ」
◇:「まぁ、何食べるかは全く考えてないんだけどな」
◆:「もー、ほんと台無し。ちょっと好感度上がったけど下方修正」
◇:「バカお前、冷静に考えろよ?」
◆:「何よ」
◇:「俺がそんな気まで遣えるようになってみろ。モテすぎて困る」
◆:「バカじゃないの?」
◇:「真顔⁉」
◆:「あのね、私高校からずっと奏のこと見てきてるけど」
◇:「お、おう」
◆:「そんなに人気ないよ」
◇:「おい、分かってるけどやめろよ。ボケたんだよ。何で小ボケで心抉られないといけないんだよ」
◆:「何かドヤ顔が腹立ったのと、勘違いは今のうちに正しておいてあげないと」
◇:「容赦なさすぎな……」
◆:「でも、こんな凹んでも美味しいもの食べたらチャラになるから」
◇:「なってたまるか!」
◆:「え、さっきそういう話してなかった?」
◇:「ご飯が何でも解決すると思うなよ」
◆:「美味しいは正義」
◇:「可愛いは正義、みたいに言うな」
◆:「可愛いと美味しいだとどっちが正義なんだろ」
◇:「そりゃ、美味しくて可愛い、じゃね?」
◆:「うーわ、変態……」
◇:「ちょ⁉ そういう意味じゃないからな⁉」
◆:「どういう意味とは言ってませんー。何想像したの、やだ変態」
◇:「理不尽すぎる!」
◆:「そういうところに惚れたんじゃないの?」
◇:「人をドエムみたいに言うな! 俺が惚れたのは、そのくせ変なところで優しいギャップにだ!」
◆:「完全に発想がDVされる人よね? 普段は怖いけど、ふとした優しさに、みたいな」
◇:「自分で言うなよ、怖すぎだろ……」
◆:「で、今日は何食べさせてくれるの? 満足したら優しくしてあげる」
◇:「何この女王様」
◆:「満足できなかったら、地獄に引きずり込む」
◇:「笑えねぇ! 状況考えろよお前!」
◆:「ふふ……ねぇ、懐かしいね。こんなやりとり」
◇:「はぁ……もう若くないんだよ。ツッコミ疲れたわ」
◆:「あの頃は延々ツッコみ続けてたのに……」
◇:「あの頃はどうかしてたんだよ」
◆:「一日漫才してるみたいだったもんね」
◇:「もうあんな体力はない」
◆:「じゃあ、今日は精力を取り戻してもらうために、ステーキ食べよう!」
◇:「ぐッ……」
◆:「脂がしんどいとか聞きません」
◇:「た、食べれるわ。失礼な」
◆:「ほんとに?」
◇:「胃薬は買いたい」
◆:「衰えすぎ」
◇:「うるさい! ほら、決まったら行くぞ!」
◆:「チェックアウトまでまだ余裕あるよ? 予約とかしなくていいの?」
◇:「うっ……」
◆:「ほらほら、しっかりー」
:
◆:空元気だって分かってる
◆:こんな時間を神様が望んだのかどうかは分からないけど
◆:それでも、私たちはこうだったから
◆:いつまでもバカみたいな話をして
◆:子どもみたいに笑って
◆:だから、今日も私は笑うんだ
◇:泣きたくて、叫びたくて、目を逸らしてしまいたいけど
◇:それでも、梨咲が今、隣に居てくれるから
◇:梨咲に笑ってもらうことが、今の俺にできることだから
◇:だから、今日も俺はいつも通りを貫くんだ
:
:
◇:day 5
◆:「懐かしいね、ここ……」
◇:「高三の夏以来だから……だいたい八年ぶりか」
◆:「朝から行きたい場所があるなんて言うから、どこに連れて行かれるのかと思ったけど」
◇:「やっぱりさ、もう一度ここには来ておきたかったんだよ」
◆:「試合シーズン外してるけど、結構人いるね」
◇:「外周がランニングコースにもなってるからな、この競技場」
◆:「そうそう、結構人いるのにさ。遠慮なく告白してくるんだもん。焦ったなぁ」
◇:「もう告白することで頭一杯だったんだよ」
◆:「もっと早く言ってくれれば高校生活もっと青春できたのにね」
◇:「うるさい、ヘタレだったんだよ」
◆:「明らかに好きオーラ出してくるのにね。最後の一線は越えてこないから、私の勘違いかと思ってたよ」
◇:「ずっと好きだったよ」
◆:「……珍しいね」
◇:「ん?」
◆:「そういうこと言うの」
◇:「ノスタルジー的な何かだよ」
◆:「意味わかってる?」
◇:「あんまり」
◆:「最低。実際さ、いつから好きだったの?」
◇:「うぇ……その話するのか?」
◆:「そういう話をしにここに来たんじゃないの?」
◇:「……ここなら多少素直になれるかなとは思った」
◆:「ほらー。じゃあ洗いざらい話してけー?」
◇:「そう、だなー……いつから、だったかな……」
◆:「何、覚えてないの?」
◇:「……覚えてるよ」
◆:「ほんとに?」
◇:「恥ずかしいなって思っただけだ……最初の、夏の試合」
◆:「ん?」
◇:「惚れたタイミング」
◆:「……何かあったっけ?」
◇:「んー、何があったってわけじゃない。むしろ、何もなかった、かな」
◆:「何それ」
◇:「あの日さ、体調も散々で結局タイムもロクでもなくてさ」
◆:「……そうだっけ?」
◇:「そうだよ。本当に全然記憶にないのな」
◆:「その後の記憶が強烈すぎるから。奏の告白とか、奏の事故とか、奏の喧嘩とか」
◇:「ほぼ俺のせいだった……」
◆:「全部奏のせいだよ」
◇:「あー……まぁ、そんなことも……あった。うん」
◆:「誤魔化したね?」
◇:「まぁ、あれだ。そんなわけで散々だったんだよ。その日」
◆:「全然記憶にないけど、うん」
◇:「でな、皆のところに戻るのも嫌でさ。一人で観客席で試合見てたんだけど……」
◆:「思い出した!」
◇:「お?」
◆:「帰ったらスクワット百回ね!」
◇:「思い出してくれて何よりだよ。慰めるでも、励ますでもなく。筋トレの命令だけしたの、梨咲」
◆:「そうそう! 何か一人でぼーっとしてたから。どうしようかなーって思って! 筋トレさせとこうって思ったんだ!」
◇:「あれが笑えたんだよ。人が凹んでるのにさ。どういう声かけだよって」
◆:「ふざけんなってツッコんでた記憶がある」
◇:「そりゃそうだろ。あれがたぶん一番最初。見返してやろうって。それで……」
◆:「それで?」
◇:「……」
◆:「何よ」
◇:「ありがと」
◆:「へ?」
◇:「ずっと言いたかったんだよ」
◆:「どういうこと?」
◇:「梨咲が居たから三年間頑張れた。梨咲が居たから、俺はあれだけやり切れた」
◆:「なるほど。知らないうちに努力の支えになってたんだね」
◇:「それだけじゃない。今までずっとだ。ずっと。梨咲が居てくれたから、いつだって頑張ってこれた」
◆:「……そっか」
◇:「……そうだよ。梨咲が居なきゃ」
◆:「奏」
◇:「……悪い」
◆:「ううん。私こそごめん」
◇:「違う。俺の、せいだ……俺が……」
◆:「奏!」
◇:「……あの日だって俺が」
◆:「違う!」
◇:「違わないだろ……俺がもっとちゃんとしてればよかったんだよ! あの日の喧嘩だって、今まで何回同じこと言われてた! 俺が……!」
◆:「奏、ちゃんと私を見て。私の話を聞いて。奏の悪い癖。勝手に思い込んで、勝手に一人で突っ走って」
◇:「……悪い」
◆:「うん。仕方ないから許してあげる」
◇:「仕方なく、か」
◆:「当然でしょ。往来で突然パニック起こして。私が恥ずかしいよ。何で私死んでまでこんな思いさせられるのよ」
◇:「なっ……お前、死んでまでって……」
◆:「そんな避けても仕方ないよ。私は死んでる。奏と居られるのは後二日。それは変わらないの」
◇:「それは……そうだけど……!」
◆:「それを泣いて終わらせないように、昨日は美味しいもの食べたし。今日は楽しい思い出を振り返りにここに来た。違う?」
◇:「……そう、だな」
◆:「じゃあここで恥ずかしいパニック起こすのは?」
◇:「……違う」
◆:「ここですべきなのは?」
◇:「……楽しい話」
◆:「違う。奏のスベらない話」
◇:「ハードルが急に高い⁉」
◆:「ふふ、そうだよ、奏。奏はそうじゃないと」
◇:「え、あ……」
◆:「もー、昔から私のフォローがないとほんとダメだね」
◇:「だから言ったろ。梨咲がいないと俺はダメ人間だったって」
◆:「そこまで言ってないし、そんなことで胸を張らないでよ」
◇:「なぁ、梨咲」
◆:「ん?」
◇:「一本、走ってきていい?」
◆:「え?」
◇:「いや、外周の。アップコース。中は流石にアレだろうし」
◆:「外周もたいがいだよ」
◇:「ちょっと、スッキリしようかと」
◆:「はぁ……五分以内に戻ってこないと私一人で帰るからね」
◇:「外周だいたい十分だぞ⁉」
◆:「はい、よーいドン」
◇:「この! 絶対待っといてくれよ⁉」
:
◆:ほんと、バカだなぁ……全然しんみりさせてくれないじゃん。どれだけ手がかかるのよ
◆:心配でおちおち死ねないじゃんか……まぁ、死んでるんだけどさ……
◆:あー、死にたくないなぁ
◆:ねぇ、私いなくてほんとに大丈夫かな
◆:奏より後に死ぬ予定だったのに。何してるのかな、私
◆:奏に何してあげられるかな……ねぇ、何を言ってあげれば奏は笑ってくれるかな……
◆:ごめんね……ほんと、ごめんね……私が……
:
:
◆:day 6
◇:「おはよ」
◆:「おはよ。随分辛そうだね」
◇:「うん……身体痛い……」
◆:「バカみたいに走るからだよ。もう歳なんだから考えないと」
◇:「走らせたのは梨咲だろ⁉」
◆:「今日は家でゆっくりしよっか」
◇:「え、でも」
◆:「それはそれで私たちらしいでしょ。いつも家でダラダラしてる方が多かったんだから」
◇:「まぁ、それもそうだけど……」
◆:「ほら、無理せずもう少し横になってなよ」
◇:「いや、梨咲の朝ごはん」
◆:「いいよ。後で私が作ってあげる」
◇:「でも……」
◆:「何、彼女の手料理は食べたくないの?」
◇:「そんなことはないけど」
◆:「私、箸より重いものを持たない女子だった?」
◇:「俺より筋肉系女子だった」
◆:「それは奏が非力だっただけでしょ!」
◇:「それは否めない」
◆:「女子の平均より少し上ではあったけど……」
◇:「少し?」
◆:「何?」
◇:「何でもありません」
◆:「そう……ねぇ」
◇:「ん?」
◆:「このまま少しお話してようよ」
◇:「ベッドからも出ない気か」
◆:「良いじゃん。二人くっついてさ。ベッドでダラダラ。幸せでしょ」
◇:「……そうだな」
◆:「ん? 素直だね。嫌味のひとつでも飛んでくるかと思ったけど」
◇:「いいだろ、たまには。俺も梨咲とくっついてたい」
◆:「そう言われるとすぐ起きようかと思うけど」
◇:「どれだけ天邪鬼なんだよ……」
◆:「冗談だよ」
◇:「それは何よりだよ」
◆:「ねぇ、私たちって仲良いよね」
◇:「十年の付き合いを考えるとそうだろうな。未だに同じベッドだし」
◆:「倦怠期らしい倦怠期もなかったし」
◇:「倦怠期かー……大きい喧嘩は何回かしてるんだけどな。倦怠期があったかと言われると……」
◆:「浮気とかもないでしょ?」
◇:「それはないな」
◆:「別れようと思ったことはあるけどね」
◇:「あー、それはある」
◆:「でも案外、だったね」
◇:「プロポーズもどきもしたくらいだしな」
◆:「自分でしといてもどきって」
◇:「婚約指輪渡してないからアレはもどきだ。せいぜいお気持ち表明くらい?」
◆:「指輪はくれたじゃん」
◇:「安いペアリングな」
◆:「いいんだよ。私は嬉しかったんだから」
◇:「そっか」
◆:「ペアリングとかするタイプじゃないのにさ」
◇:「まぁ、それもそうだけど」
◆:「それが私のためにしてくれて。お互いのイニシャル入っててさ。ちょっと恥ずかしくて、でもすごく嬉しかった」
◇:「本当はもっとちゃんとしたの買いたかったんだけどな」
◆:「ほんと、そういうとこ拘るよね」
◇:「だって一大イベントだろ。プロポーズと結婚は」
◆:「そうだねー……ウェディングドレスとかはやっぱり、夢があるよね」
◇:「梨咲だったら、世界で一番綺麗な花嫁になってたろうな」
◆:「自分の彼女にどれだけ自信があるのよ。流石に怖いんだけど」
◇:「そうか……?」
◆:「そうよ。でも……」
◇:「ん?」
◆:「世界で一番幸せな花嫁にはなれただろうなって思う」
◇:「それは当然だろ。俺が幸せにするって誓うんだから」
◆:「……それを真顔で言うんだもんね……好きとか愛してるは恥ずかしがってろくに言ってくれないくせに」
◇:「あー……」
◆:「感性がちょっとズレてる」
◇:「うるさい」
◆:「あーあ……予定だと、来年には結婚してるつもりだったのになー」
◇:「え」
◆:「どうせ奏に任せると全然話進まないだろうから。私主導でさ」
◇:「全部お見通しだな……」
◆:「そりゃそうでしょ。私も仕事分かって、落ち着いてきたしさ。子どもは二十九くらいかなーとか」
◇:「絶対可愛かったと思うよ」
◆:「奏に似てすごいふてぶてしいかもよ?」
◇:「俺より梨咲に似てほしいな。俺に似るとろくなことがない」
◆:「えー。私は奏のことカッコいいと思ってるけど」
◇:「えぅぇ……」
◆:「どっから何て声出してるのよ……」
◇:「趣味悪いな」
◆:「自分の彼氏なんだから当然でしょ。と言うかさっき世界で一番綺麗な花嫁になれるとか豪語した人に言われたくない」
◇:「それは当然のことだから」
◆:「はぁ……ねぇ、子どもできてもさ、一緒に寝てたかな」
◇:「どうだろうな。子ども挟んで川の字とか憧れるけど」
◆:「奏は子どもより手がかかるからなー。私怒ってばっかりになりそう」
◇:「どうしても子どもに手がかかるから、ちょっと妬くだろうなとは思う」
◆:「自分の子どもに嫉妬しないでよ」
◇:「まぁでも、ひとつ言えるのはさ。男の子でも女の子でも可愛かったろうなとは思う」
◆:「……こんなことになるならさ、いろいろもっと早く動いとけば良かったかなーと思う反面さ」
◇:「うん」
◆:「そしたら今、奏の負担になってただろうから。これで良かったのかなーとか」
◇:「そんなこと」
◆:「うん。考えても仕方ないことなんだけどさ……」
◇:「梨咲……」
◆:「あー、ダメだ……来ない未来の話なんてするものじゃないね。ちょっとダメだ。ごめん、私……」
◇:「梨咲」
◆:「何、普段は空気読めないくせに。黙って抱きしめるのはズルいよ」
◇:「知るか」
◆:「ズルい。バカ……バカ……」
:
◇:こんな時でさえ、声を抑えて泣く梨咲を抱きしめ
◇:自分の間抜けさ加減に歯噛みする
◇:どうして辛いのが自分だけなんて思ったのか
◇:いろんな約束をしてきた
◇:いろんな未来を夢見てきた
◇:なのに、残った時間はたった一日
◇:どうしたら、梨咲は笑ってくれるだろうか
◇:答えなんて、どこにも見当たらなかった
:
:
◆:last day
◇:「起きたら隣居ないからビックリしたぞ」
◆:「ん? あぁ、ごめんね。最後にもう一度だけ、歩きたくてさ」
◇:「何か見たいものでもあったのか?」
◆:「ううん。何だろうな……私はちゃんとここで生きてたんだって、確認したくて」
◇:「そっか……」
◆:「そしたらさ。あの場所に花が飾ってあって……あー、私やっぱり死んでるんだなぁって思ったよ」
◇:「……」
◆:「あれ、お父さん?」
◇:「たぶんな。俺ではない」
◆:「そんな気力なかったもんね」
◇:「今もないよ」
◆:「でもさ、ちゃんと笑ってくれるようになったよ」
◇:「それは今梨咲が居るから」
◆:「大丈夫だよ。奏はちゃんと頑張れるよ」
◇:「信頼が重たい」
◆:「昔からでしょ」
◇:「間違いないな」
◆:「ほら、今だって軽口叩けてるじゃんか」
◇:「……癖だよ」
◆:「奏はさ、優しくて、臆病で、自分勝手で、見栄っ張りで。それに、私の言うことに逆らえないから」
◇:「おい、最後」
◆:「だから、大丈夫だよ」
◇:「自分勝手なのは梨咲も変わらないからな」
◆:「似た者カップルだからね」
◇:「勝手に事故で死ぬし。吐きそうになりながら葬式終えて、立ち直らないとと思ってたら平然と『ただいま』とか言って帰ってくるし。挙句死んでる自覚ないし」
◆:「放っておくと奏が一人で死にそうな顔してたのが悪い。仕方なく来てあげたんでしょ」
◇:「上からだなぁ」
◆:「私だからね」
◇:「挙句、言いたい放題で、大丈夫って」
◆:「だって大丈夫だし」
◇:「どういう根拠だよ」
◆:「いつも通り奏とたくさんバカな話して笑ってさ。思い出話して、いっぱいありがとうも言えたし。未来の話して、たくさんごめんねも言った」
◇:「……まだ、足りないぞ」
◆:「でも、ちゃんと言い残したことは言えたよ。前を向くには、十分すぎるくらい」
◇:「残ってるものだらけだろ。後何万回言う予定だったと思ってるんだよ」
◆:「そうだねー。愛してる百万回計画は未達成だね」
◇:「初耳だぞ、バカ」
◆:「今考えたし」
◇:「やることリストこの場で増やすなよ」
◆:「奏は不器用だから心配ではあるけどさ。大丈夫だよ」
◇:「……なぁ、梨咲」
◆:「んー? どうかした?」
◇:「手、貸してくれよ」
◆:「こんな時にまで何を手伝わせる気だ。ポンコツ彼氏め」
◇:「違うわバカ。いいから、手。左手、ほら」
◆:「もー、強引だなぁ……はい、何?」
◇:「……愛してたよ」
◆:「……バカだなぁ、ホント。しかも敢えてそこ?」
◇:「本当は新しい指輪つくりたかったんだけどな」
◆:「だからって、昔のペアリング探してきたの?」
◇:「おう。あの日外しててくれて良かったよ。引き出しあさって見つけてきた」
◆:「ねぇ、奏が結婚したら不倫だーって化けて出ていい?」
◇:「できるかな、梨咲いがいと」
◆:「どうだろうなぁ。私みたいな物好きはそういないだろうし」
◇:「そこは、別の人と幸せになってねって言うところじゃないのかよ」
◆:「奏の一番は私がいいなぁ」
◇:「一番だろ」
◆:「そうだね。今日は私が一番」
◇:「これからもな」
◆:「好きな人できたらどうする気よ。その人のこと一番に見てあげられないような不義理な男に惚れた覚えはないからね」
◇:「理不尽だな」
◆:「だから好きでしょ?」
◇:「愛してたって言ったろ」
◆:「過去形なのよねー」
◇:「じゃないと梨咲が怒るから」
◆:「良く分かってるね」
◇:「ちゃんと、前向かないと。何回スクワットさせられるか」
◆:「一万回くらいかな」
◇:「できるかバカ」
◆:「ほんと、大事なところだけは外さないね。普段ダメダメなのに」
◇:「だから好きだろ?」
◆:「バカ」
◇:「……なぁ、抱きしめてて良いか?」
◆:「顔見せたくないからって、見栄っ張りめ」
:
◇:伝えたい言葉はたくさんあるはずなのに、どれもこれも喉の奥で引っかかって
◇:どれも結局、言葉にならない
◇:秒針の進む音が、梨咲を奪っていくような気がして
◇:どこにも行けないように、きつくきつく、抱きしめる
:
◆:何も言わずにぎゅっと
◆:言葉にしてほしい気持ちと、言葉にしてしまえばその瞬間に終わりが来てしまうような
◆:まだ、もう少し
◆:あと、もう少し
◆:そんな贅沢は叶わないことを知っているから
◆:ほんの一瞬だけ、唇を重ねて
:
◆:「ねぇ……」
:
◇:重なる「ありがとう」は、二人だけの……
◇:空っぽの腕の中には確かに温もりが残っていた
◆:ほんと、別れの言葉苦手だよね
◇:うるさいなぁ。何となく、こう……引っかかるんだよ
◆:寂しがりめ
◇:良いだろ、別に
◆:まぁ良いけどさ
◇:それに、これだって悪い言葉じゃないんだから
◆:はいはい。じゃあ……
:
:
◆:day 1
◇:「なぁ梨咲、デートしよう」
◆:「何急に。突然過ぎない?」
◇:「いいだろ、たまには」
◆:「普段家でダラダラがモットーのくせに?」
◇:「引きこもりもたまには外に出たくなるんだよ」
◆:「寒さに凍え死んだりしない?」
◇:「なんと真夏の太陽にすら耐えられるんだなぁ」
◆:「嘘つき」
◇:「おい⁉ これでも一応昔は陸上部だぞ!」
◆:「知ってるよ。奏がすぐサボろうとするから、どれだけマネージャーの私は苦労したか……」
◇:「苦労って……嫌がらせのような筋トレをさせられた記憶しかないんだけど?」
◆:「おかげで勝てたじゃん。夏の試合」
◇:「……」
◆:「何ならおかげで私と付き合えたじゃん」
◇:「お前それ、ずっと引っ張るよな」
◆:「え? 勿論」
◇:「清々しい笑顔で言うな!」
◆:「えー、だってさ? 『この試合で勝てたら、俺と付き合ってくれ』って。漫画の読みすぎだからね?」
◇:「そんな漫画みたいな話に乗ったお前が言うな!」
◆:「何、あのタイミングで断わってよかったの?」
◇:「そりゃ、好きじゃなかったら?」
◆:「好きだったし」
◇:「平然と言うな!」
◆:「奏ってほんとウブだよね? もう私たち二十六だよ? 大丈夫?」
◇:「何に対する心配か知らないが、大丈夫だよ」
◆:「ほんとに?」
◇:「保護者かよ」
◆:「彼女だよ」
◇:「知ってるよ」
◆:「で、そんなウブな奏君はどういうデートを提案してくれるんですか」
◇:「バカにしてる?」
◆:「ちょっと?」
◇:「そこは、『そんなことないよ』って言うところじゃないのかよ」
◆:「奏相手にそんな気の遣いかたしてどうするのよ」
◇:「親しき仲にも、だぞ?」
◆:「ねぇ、奏君。今日のデートどうする?」
◇:「……?」
◆:「礼儀とか言うから、付き合いたての時の距離感を演出してみた」
◇:「……そういや君呼びだったっけ」
◆:「そうだよ。何なら最初は小宮君だよ。いつの間にか呼び捨てだったけど」
◇:「懐かしいな」
◆:「高校の時だからねー。早いもので……時の流れは残酷だよ」
◇:「おい、どこ見て言ってんだ!」
◆:「おでこ」
◇:「はっきり言うな!」
◆:「奏が聞いたんじゃんか……」
◇:「オブラートってものを知らないのかよ」
◆:「何、気にしてたの?」
◇:「多少」
◆:「誕生日は育毛剤にしてあげるね」
◇:「お前ほんといい加減にしろよ⁉」
◆:「ちぇー、冗談じゃんかー」
◇:「笑えない冗談だわ。で、話戻すけど。デート。行かない?」
◆:「んー。まぁ、奏がどうしてもって言うなら?」
◇:「どうしても」
◆:「……そんなジッとこっち見ないでよ」
◇:「ちなみに、デートに行くなら……」
◆:「行くなら?」
◇:「どこがいい?」
◆:「……」
◇:「……」
◆:「もしかして何も決めてないの?」
◇:「決めてると思った?」
◆:「あんな熱烈に誘ってきておいて、ノープラン?」
◇:「思い立ったがってやつだよ」
◆:「……ほんと、適当だよね」
◇:「仕方ないだろ。デートしたいって思ったんだから」
◆:「それならもう少し考えてから誘ってよねー。ちょっと期待したじゃんか」
◇:「期待?」
◆:「あ……何でもない」
◇:「……」
◆:「……何」
◇:「二時間後に家出るから。用意しといて」
◆:「そんなにかからないけど。用意するのに」
◇:「いいから。二時間」
◆:「わかったよ、もう。変なところでスイッチ入るんだから」
◇:「彼女に期待されたら仕方ないだろ」
◆:「そういうとこチョロいよね?」
◇:「頼れると言ってくれ」
◆:「せいぜいが可愛げがある、かな。頼れる人はこんな話の前にある程度考えてくれるの」
◇:「それは俺には難しい」
◆:「開き直らないでよ。知ってるけどさ」
◇:「まぁ、せいぜい期待して待ってろ」
◆:「はいはい」
:
:
◆:day 2
◇:「今日、何食べたい?」
◆:「奏、病院行こ?」
◇:「おいコラ待て」
◆:「だって、おかしいよ?」
◇:「何もおかしくないだろ!」
◆:「頭おかしいよ?」
◇:「ハッキリ言わなくても伝わってるよ!」
◆:「だって、奏なのに……そんな気の遣い方するなんて……」
◇:「気まぐれに対して反応が酷すぎる」
◆:「だって、奏だよ? 食べたいもの聞いたら、何でもとかふざけた答えしか返さない奏だよ?」
◇:「そこまで言うことか?」
◆:「これがたいしたことじゃないと思うなら、全国の主婦に聞いてみればいいよ。もう原型を留めないくらいボコボコにしてもらえると思うから」
◇:「知らないうちに世界が暴力に支配されてる……」
◆:「で、そんな奏が……何て……?」
◇:「今日は俺が作ろうと思ってるけど、梨咲は何食べたい?」
◆:「世界は明日滅ぶんだね」
◇:「一回ぶん殴っていい?」
◆:「え、いいの?」
◇:「……何が?」
◆:「私に手をあげるってことは、覚悟があるんだね?」
◇:「……やめとこう」
◆:「良かったよ。私もそうなったら最終手段をとらないといけないからね……」
◇:「ねぇ? 意味深な顔やめろ? 怖すぎだろ……」
◆:「あれだよ、必殺『実家に帰らせていただきます』を使うだけだよ」
◇:「やめろ⁉ 親父さんにそれこそぶっ飛ばされる!」
◆:「お父さん怖いよねー……」
◇:「昔っから行くたびに睨まれてるからな俺……」
◆:「ほら、お父さんは娘大好きだから」
◇:「ほんと梨咲のところは仲良いよなー」
◆:「それを言うなら奏だってそうじゃない?」
◇:「あー……」
◆:「結構おじさんと呑みに行ったりしてるよね?」
◇:「まぁなー」
◆:「何でそんなに嫌そうなのよ」
◇:「会うたびに結婚はいつだとか聞かれてみろ、嫌になるから」
◆:「ふーん? 私との結婚は嫌だと?」
◇:「だったら指輪なんて渡してないだろ」
◆:「う、あ……」
◇:「照れるくらいならきいてくるなよ。で、何食べたいんだよ。今日は俺作るから。ゆっくりしてろよ」
◆:「んー……じゃあシチュー」
◇:「了解」
◆:「買い物は?」
◇:「問題ない。家にあるので足りる」
◆:「そっか……」
◇:「何、どうかした?」
◆:「いや、やっぱり奏が変に優しい。と言うか気が利きすぎてる」
◇:「……いつも通りだろ」
◆:「何か隠してない?」
◇:「隠してない」
◆:「本当に?」
◇:「本当に」
◆:「……嘘だね?」
◇:「何だよ、今日はえらく突っかかってくるな」
◆:「だって奏が何か嘘ついてるから。昨日だって急にデートに誘ってくるし」
◇:「別に週末にデート誘って、ご飯作るくらいの気まぐれ起こすのの何がそんなに引っかかるんだよ」
◆:「奏、私たちさ。もう十年だよ?」
◇:「あ? あぁ、そうだな」
◆:「一番傍で見てきたの、私だよ?」
◇:「まぁ、彼女だしな」
◆:「その私の勘が告げている。奏が何か隠し事をしていると」
◇:「……何もないよ」
◆:「私、もしかして何かした?」
◇:「してない」
◆:「じゃあ何でそんなに辛そうな顔してるの?」
◇:「何もないって言ってるだろ!」
◆:「怒ってるじゃんか」
◇:「梨咲がしつこく聞いてくるからだろ」
◆:「……私、出かけてくる」
◇:「はぁ?」
◆:「何か、今の奏と居ると喧嘩しちゃいそうだし」
◇:「……家、いろよ」
◆:「何で」
◇:「何でも」
◆:「やだ」
◇:「いろって言ってるんだよ!」
◆:「か、奏……?」
◇:「……悪い。でも、家に居てくれ。頼むから」
◆:「訳わからないよ。コンビニ行ってくる」
◇:「梨咲!」
◆:「きゃっ……急に腕つか……まないで……」
◇:「梨咲?」
◆:「え……あれ……?」
◇:「おい、どうしたんだよ」
◆:「こんなこと……前にも……」
◇:「ッ⁉ 梨咲、考えなくていい。大丈夫だから」
◆:「その時は……え、だって……」
◇:「梨咲!」
◆:「私……事故……」
◇:「落ち着いてくれ!」
◆:「ねぇ、奏、私……私、これ……記憶……」
◇:「大丈夫だから!」
◆:「……私」
◇:「やめろ! 言うな!」
◆:「そっか……」
◇:「やめてくれ! 考えるな! 大丈夫だから!」
◆:「……とっくに死んでるんだね」
:
:
◇:day 3
◆:「……おはよ」
◇:「あぁ、おはよ」
◆:「えっと、仕事……だよね……?」
◇:「あー、いや……仕事はしばらく休み貰ってる」
◆:「……そう、なんだ。ごめん」
◇:「梨咲のせいじゃ……」
◆:「私のせいでしょ。そこはどう考えても」
◇:「……」
◆:「ねぇ、話したいことがあるの」
◇:「聞きたくない」
◆:「ダメ」
◇:「嫌だ」
◆:「ダメ」
◇:「だって、それ……」
◆:「大丈夫だから」
◇:「大丈夫って何が!」
◆:「話したからって別に今日明日消えるわけじゃないってこと」
◇:「……それでもいつかは消えるってことじゃないか」
◆:「そもそもこの時間が」
◇:「梨咲」
◆:「……何?」
◇:「聞くから。もう少し時間をくれ」
◆:「……そんなに、待てないよ?」
◇:「夜には聞く」
◆:「……分かった」
◇:「……だからさ、今日は旅行しよう」
◆:「へ、あ、旅行?」
◇:「気分、あげに」
◆:「……」
◇:「それに行きたがってただろ。どこか遠出したいって」
◆:「え、あぁ……そうだね」
◇:「どうせ仕事は休みなんだし。今からさ」
◆:「またノープランで?」
◇:「今から行けるとこ探して、予約とるよ。最悪、温泉だけ浸かって車中泊で帰る」
◆:「もう若くないんだから、そんな無茶して身体しんどくない?」
◇:「バカ、こんな無茶をするのが楽しいんだろ」
◆:「んー……そうだね。分かった。行こっか」
:
◇:ぼんやりと車に揺られる梨咲を、ちらりと見やる
◇:生きているようにしか見えない
◇:なのに、梨咲はとっくにこの世にいないと言う
◇:悪い冗談のような
◇:だけど、俺は確かに梨咲を失った
◇:胸に残る痛みは、あの日を忘れさせてはくれなくて
◆:時折、奏の視線を感じる
◆:不思議な時間
◆:目を瞑れば、消えてしまいそうな怖さと
◆:今、奏の隣に座っていられる幸せ
◆:まるで、夢のような
◆:続くわけのない時間に、永遠を望んでしまいそうになる
◇:ごめん
◆:ごめんね
◇:言えもしない言葉を飲みこんで
◆:私たちは、同じ時間を過ごしている
:
◆:「案外どうにかなるものだね」
◇:「まぁ平日だからって言うのはあるんだろうけどな」
◆:「温泉も気持ちよかったし」
◇:「大浴場、ほとんど貸し切りだったしな」
◆:「女性用もそうだったよ。後で貸切風呂もとってるのにね」
◇:「ゆったり入れるのに越したことはないだろ」
◆:「と言うか私、ちゃんと認識されてるんだね」
◇:「それはデートの時もそうだったろ」
◆:「そうだけど……でも、さ。やっぱり不思議だなぁって」
◇:「まぁ、そうだな」
◆:「……覚悟は決まった?」
◇:「そんなの、決まるわけないだろ」
◆:「……そう、だよね」
◇:「でも、聞くよ。聞かなくちゃいけないんだろ」
◆:「……うん」
:
◇:語られる話は、まるで夢物語で
◆:いっそ、全部夢なんじゃないかと思えるけど
◇:七日間の、さよならのための時間
◆:神様が私にくれた、残り時間
◇:突然奪われた時間が、こうして七日間だけでも返ってきたと思えば幸せなのかもしれない
◆:あの日、喧嘩して終わった時間を取り戻せているのだから、これ以上を望むなんて罰当たりなのかもしれない
◇:ずっと傍に、なんてできないから
◆:永遠なんて、どこにもないから
◇:だけど
◆:ねぇ神様
◇:こんな想いをするくらいなら、どうしてもう一度なんて俺たちに与えたんだ
◆:叫びたいほどの想いを噛み殺して
◇:抱きしめた温もりを、どこにも逃がさないようにきつくきつく俺たちは
:
:
◆:day 4
◇:「今日は美味しいもの食べるぞ!」
◆:「……ほんと、何かあるとそれだよね?」
◇:「腹が減るとろくなこと考えないだろ」
◆:「いや、ある意味真理かもしれないけどさ。喧嘩しても仲直りはいつもそれじゃん」
◇:「手軽だし、楽だと思うんだよ」
◆:「楽?」
◇:「腹が満たされたら幸せだし」
◆:「そりゃ、まぁ」
◇:「どれだけ怒っててもさ、美味しいものの前で不機嫌を守り続けるのも難しいだろ?」
◆:「あー、まぁ、確かに?」
◇:「だからさ、仲直りしたいとか、仲良くなりたい時はご飯を食べながらが良いと思うんだよな。心理学的にも正しいらしいぞ? 商談の時にご飯を食べるのはそんな感じの理由らしい」
◆:「……何かすごい一気に怪しくなったけど?」
◇:「俺も聞きかじりだから合ってるかは知らないけどな」
◆:「何それ、台無し」
◇:「それにさ、あと四日だろ?」
◆:「……うん、まぁ……」
◇:「正直さ、今もベッドに引きこもってさ。現実逃避してたいよ。泣いてさ、泣き疲れて寝て、喉壊れるくらい叫んで、また寝て。そんな風にしてたいよ」
◆:「……うん」
◇:「でもさ、俺は梨咲と笑ってたい。泣くのは、後で良いよ。梨咲が隣に居るのに、勿体ないだろ」
◆:「……奏は、強いね」
◇:「ただのやせ我慢だよ。知ってるだろ、俺がすぐ見栄張るのも、強がるのも」
◆:「そう、だね……知ってるよ。誰より知ってる。おばさんにだって負けないくらい、私は奏のこと知ってる」
◇:「だからさ、今日は食べるぞ」
◆:「……分かったよ」
◇:「まぁ、何食べるかは全く考えてないんだけどな」
◆:「もー、ほんと台無し。ちょっと好感度上がったけど下方修正」
◇:「バカお前、冷静に考えろよ?」
◆:「何よ」
◇:「俺がそんな気まで遣えるようになってみろ。モテすぎて困る」
◆:「バカじゃないの?」
◇:「真顔⁉」
◆:「あのね、私高校からずっと奏のこと見てきてるけど」
◇:「お、おう」
◆:「そんなに人気ないよ」
◇:「おい、分かってるけどやめろよ。ボケたんだよ。何で小ボケで心抉られないといけないんだよ」
◆:「何かドヤ顔が腹立ったのと、勘違いは今のうちに正しておいてあげないと」
◇:「容赦なさすぎな……」
◆:「でも、こんな凹んでも美味しいもの食べたらチャラになるから」
◇:「なってたまるか!」
◆:「え、さっきそういう話してなかった?」
◇:「ご飯が何でも解決すると思うなよ」
◆:「美味しいは正義」
◇:「可愛いは正義、みたいに言うな」
◆:「可愛いと美味しいだとどっちが正義なんだろ」
◇:「そりゃ、美味しくて可愛い、じゃね?」
◆:「うーわ、変態……」
◇:「ちょ⁉ そういう意味じゃないからな⁉」
◆:「どういう意味とは言ってませんー。何想像したの、やだ変態」
◇:「理不尽すぎる!」
◆:「そういうところに惚れたんじゃないの?」
◇:「人をドエムみたいに言うな! 俺が惚れたのは、そのくせ変なところで優しいギャップにだ!」
◆:「完全に発想がDVされる人よね? 普段は怖いけど、ふとした優しさに、みたいな」
◇:「自分で言うなよ、怖すぎだろ……」
◆:「で、今日は何食べさせてくれるの? 満足したら優しくしてあげる」
◇:「何この女王様」
◆:「満足できなかったら、地獄に引きずり込む」
◇:「笑えねぇ! 状況考えろよお前!」
◆:「ふふ……ねぇ、懐かしいね。こんなやりとり」
◇:「はぁ……もう若くないんだよ。ツッコミ疲れたわ」
◆:「あの頃は延々ツッコみ続けてたのに……」
◇:「あの頃はどうかしてたんだよ」
◆:「一日漫才してるみたいだったもんね」
◇:「もうあんな体力はない」
◆:「じゃあ、今日は精力を取り戻してもらうために、ステーキ食べよう!」
◇:「ぐッ……」
◆:「脂がしんどいとか聞きません」
◇:「た、食べれるわ。失礼な」
◆:「ほんとに?」
◇:「胃薬は買いたい」
◆:「衰えすぎ」
◇:「うるさい! ほら、決まったら行くぞ!」
◆:「チェックアウトまでまだ余裕あるよ? 予約とかしなくていいの?」
◇:「うっ……」
◆:「ほらほら、しっかりー」
:
◆:空元気だって分かってる
◆:こんな時間を神様が望んだのかどうかは分からないけど
◆:それでも、私たちはこうだったから
◆:いつまでもバカみたいな話をして
◆:子どもみたいに笑って
◆:だから、今日も私は笑うんだ
◇:泣きたくて、叫びたくて、目を逸らしてしまいたいけど
◇:それでも、梨咲が今、隣に居てくれるから
◇:梨咲に笑ってもらうことが、今の俺にできることだから
◇:だから、今日も俺はいつも通りを貫くんだ
:
:
◇:day 5
◆:「懐かしいね、ここ……」
◇:「高三の夏以来だから……だいたい八年ぶりか」
◆:「朝から行きたい場所があるなんて言うから、どこに連れて行かれるのかと思ったけど」
◇:「やっぱりさ、もう一度ここには来ておきたかったんだよ」
◆:「試合シーズン外してるけど、結構人いるね」
◇:「外周がランニングコースにもなってるからな、この競技場」
◆:「そうそう、結構人いるのにさ。遠慮なく告白してくるんだもん。焦ったなぁ」
◇:「もう告白することで頭一杯だったんだよ」
◆:「もっと早く言ってくれれば高校生活もっと青春できたのにね」
◇:「うるさい、ヘタレだったんだよ」
◆:「明らかに好きオーラ出してくるのにね。最後の一線は越えてこないから、私の勘違いかと思ってたよ」
◇:「ずっと好きだったよ」
◆:「……珍しいね」
◇:「ん?」
◆:「そういうこと言うの」
◇:「ノスタルジー的な何かだよ」
◆:「意味わかってる?」
◇:「あんまり」
◆:「最低。実際さ、いつから好きだったの?」
◇:「うぇ……その話するのか?」
◆:「そういう話をしにここに来たんじゃないの?」
◇:「……ここなら多少素直になれるかなとは思った」
◆:「ほらー。じゃあ洗いざらい話してけー?」
◇:「そう、だなー……いつから、だったかな……」
◆:「何、覚えてないの?」
◇:「……覚えてるよ」
◆:「ほんとに?」
◇:「恥ずかしいなって思っただけだ……最初の、夏の試合」
◆:「ん?」
◇:「惚れたタイミング」
◆:「……何かあったっけ?」
◇:「んー、何があったってわけじゃない。むしろ、何もなかった、かな」
◆:「何それ」
◇:「あの日さ、体調も散々で結局タイムもロクでもなくてさ」
◆:「……そうだっけ?」
◇:「そうだよ。本当に全然記憶にないのな」
◆:「その後の記憶が強烈すぎるから。奏の告白とか、奏の事故とか、奏の喧嘩とか」
◇:「ほぼ俺のせいだった……」
◆:「全部奏のせいだよ」
◇:「あー……まぁ、そんなことも……あった。うん」
◆:「誤魔化したね?」
◇:「まぁ、あれだ。そんなわけで散々だったんだよ。その日」
◆:「全然記憶にないけど、うん」
◇:「でな、皆のところに戻るのも嫌でさ。一人で観客席で試合見てたんだけど……」
◆:「思い出した!」
◇:「お?」
◆:「帰ったらスクワット百回ね!」
◇:「思い出してくれて何よりだよ。慰めるでも、励ますでもなく。筋トレの命令だけしたの、梨咲」
◆:「そうそう! 何か一人でぼーっとしてたから。どうしようかなーって思って! 筋トレさせとこうって思ったんだ!」
◇:「あれが笑えたんだよ。人が凹んでるのにさ。どういう声かけだよって」
◆:「ふざけんなってツッコんでた記憶がある」
◇:「そりゃそうだろ。あれがたぶん一番最初。見返してやろうって。それで……」
◆:「それで?」
◇:「……」
◆:「何よ」
◇:「ありがと」
◆:「へ?」
◇:「ずっと言いたかったんだよ」
◆:「どういうこと?」
◇:「梨咲が居たから三年間頑張れた。梨咲が居たから、俺はあれだけやり切れた」
◆:「なるほど。知らないうちに努力の支えになってたんだね」
◇:「それだけじゃない。今までずっとだ。ずっと。梨咲が居てくれたから、いつだって頑張ってこれた」
◆:「……そっか」
◇:「……そうだよ。梨咲が居なきゃ」
◆:「奏」
◇:「……悪い」
◆:「ううん。私こそごめん」
◇:「違う。俺の、せいだ……俺が……」
◆:「奏!」
◇:「……あの日だって俺が」
◆:「違う!」
◇:「違わないだろ……俺がもっとちゃんとしてればよかったんだよ! あの日の喧嘩だって、今まで何回同じこと言われてた! 俺が……!」
◆:「奏、ちゃんと私を見て。私の話を聞いて。奏の悪い癖。勝手に思い込んで、勝手に一人で突っ走って」
◇:「……悪い」
◆:「うん。仕方ないから許してあげる」
◇:「仕方なく、か」
◆:「当然でしょ。往来で突然パニック起こして。私が恥ずかしいよ。何で私死んでまでこんな思いさせられるのよ」
◇:「なっ……お前、死んでまでって……」
◆:「そんな避けても仕方ないよ。私は死んでる。奏と居られるのは後二日。それは変わらないの」
◇:「それは……そうだけど……!」
◆:「それを泣いて終わらせないように、昨日は美味しいもの食べたし。今日は楽しい思い出を振り返りにここに来た。違う?」
◇:「……そう、だな」
◆:「じゃあここで恥ずかしいパニック起こすのは?」
◇:「……違う」
◆:「ここですべきなのは?」
◇:「……楽しい話」
◆:「違う。奏のスベらない話」
◇:「ハードルが急に高い⁉」
◆:「ふふ、そうだよ、奏。奏はそうじゃないと」
◇:「え、あ……」
◆:「もー、昔から私のフォローがないとほんとダメだね」
◇:「だから言ったろ。梨咲がいないと俺はダメ人間だったって」
◆:「そこまで言ってないし、そんなことで胸を張らないでよ」
◇:「なぁ、梨咲」
◆:「ん?」
◇:「一本、走ってきていい?」
◆:「え?」
◇:「いや、外周の。アップコース。中は流石にアレだろうし」
◆:「外周もたいがいだよ」
◇:「ちょっと、スッキリしようかと」
◆:「はぁ……五分以内に戻ってこないと私一人で帰るからね」
◇:「外周だいたい十分だぞ⁉」
◆:「はい、よーいドン」
◇:「この! 絶対待っといてくれよ⁉」
:
◆:ほんと、バカだなぁ……全然しんみりさせてくれないじゃん。どれだけ手がかかるのよ
◆:心配でおちおち死ねないじゃんか……まぁ、死んでるんだけどさ……
◆:あー、死にたくないなぁ
◆:ねぇ、私いなくてほんとに大丈夫かな
◆:奏より後に死ぬ予定だったのに。何してるのかな、私
◆:奏に何してあげられるかな……ねぇ、何を言ってあげれば奏は笑ってくれるかな……
◆:ごめんね……ほんと、ごめんね……私が……
:
:
◆:day 6
◇:「おはよ」
◆:「おはよ。随分辛そうだね」
◇:「うん……身体痛い……」
◆:「バカみたいに走るからだよ。もう歳なんだから考えないと」
◇:「走らせたのは梨咲だろ⁉」
◆:「今日は家でゆっくりしよっか」
◇:「え、でも」
◆:「それはそれで私たちらしいでしょ。いつも家でダラダラしてる方が多かったんだから」
◇:「まぁ、それもそうだけど……」
◆:「ほら、無理せずもう少し横になってなよ」
◇:「いや、梨咲の朝ごはん」
◆:「いいよ。後で私が作ってあげる」
◇:「でも……」
◆:「何、彼女の手料理は食べたくないの?」
◇:「そんなことはないけど」
◆:「私、箸より重いものを持たない女子だった?」
◇:「俺より筋肉系女子だった」
◆:「それは奏が非力だっただけでしょ!」
◇:「それは否めない」
◆:「女子の平均より少し上ではあったけど……」
◇:「少し?」
◆:「何?」
◇:「何でもありません」
◆:「そう……ねぇ」
◇:「ん?」
◆:「このまま少しお話してようよ」
◇:「ベッドからも出ない気か」
◆:「良いじゃん。二人くっついてさ。ベッドでダラダラ。幸せでしょ」
◇:「……そうだな」
◆:「ん? 素直だね。嫌味のひとつでも飛んでくるかと思ったけど」
◇:「いいだろ、たまには。俺も梨咲とくっついてたい」
◆:「そう言われるとすぐ起きようかと思うけど」
◇:「どれだけ天邪鬼なんだよ……」
◆:「冗談だよ」
◇:「それは何よりだよ」
◆:「ねぇ、私たちって仲良いよね」
◇:「十年の付き合いを考えるとそうだろうな。未だに同じベッドだし」
◆:「倦怠期らしい倦怠期もなかったし」
◇:「倦怠期かー……大きい喧嘩は何回かしてるんだけどな。倦怠期があったかと言われると……」
◆:「浮気とかもないでしょ?」
◇:「それはないな」
◆:「別れようと思ったことはあるけどね」
◇:「あー、それはある」
◆:「でも案外、だったね」
◇:「プロポーズもどきもしたくらいだしな」
◆:「自分でしといてもどきって」
◇:「婚約指輪渡してないからアレはもどきだ。せいぜいお気持ち表明くらい?」
◆:「指輪はくれたじゃん」
◇:「安いペアリングな」
◆:「いいんだよ。私は嬉しかったんだから」
◇:「そっか」
◆:「ペアリングとかするタイプじゃないのにさ」
◇:「まぁ、それもそうだけど」
◆:「それが私のためにしてくれて。お互いのイニシャル入っててさ。ちょっと恥ずかしくて、でもすごく嬉しかった」
◇:「本当はもっとちゃんとしたの買いたかったんだけどな」
◆:「ほんと、そういうとこ拘るよね」
◇:「だって一大イベントだろ。プロポーズと結婚は」
◆:「そうだねー……ウェディングドレスとかはやっぱり、夢があるよね」
◇:「梨咲だったら、世界で一番綺麗な花嫁になってたろうな」
◆:「自分の彼女にどれだけ自信があるのよ。流石に怖いんだけど」
◇:「そうか……?」
◆:「そうよ。でも……」
◇:「ん?」
◆:「世界で一番幸せな花嫁にはなれただろうなって思う」
◇:「それは当然だろ。俺が幸せにするって誓うんだから」
◆:「……それを真顔で言うんだもんね……好きとか愛してるは恥ずかしがってろくに言ってくれないくせに」
◇:「あー……」
◆:「感性がちょっとズレてる」
◇:「うるさい」
◆:「あーあ……予定だと、来年には結婚してるつもりだったのになー」
◇:「え」
◆:「どうせ奏に任せると全然話進まないだろうから。私主導でさ」
◇:「全部お見通しだな……」
◆:「そりゃそうでしょ。私も仕事分かって、落ち着いてきたしさ。子どもは二十九くらいかなーとか」
◇:「絶対可愛かったと思うよ」
◆:「奏に似てすごいふてぶてしいかもよ?」
◇:「俺より梨咲に似てほしいな。俺に似るとろくなことがない」
◆:「えー。私は奏のことカッコいいと思ってるけど」
◇:「えぅぇ……」
◆:「どっから何て声出してるのよ……」
◇:「趣味悪いな」
◆:「自分の彼氏なんだから当然でしょ。と言うかさっき世界で一番綺麗な花嫁になれるとか豪語した人に言われたくない」
◇:「それは当然のことだから」
◆:「はぁ……ねぇ、子どもできてもさ、一緒に寝てたかな」
◇:「どうだろうな。子ども挟んで川の字とか憧れるけど」
◆:「奏は子どもより手がかかるからなー。私怒ってばっかりになりそう」
◇:「どうしても子どもに手がかかるから、ちょっと妬くだろうなとは思う」
◆:「自分の子どもに嫉妬しないでよ」
◇:「まぁでも、ひとつ言えるのはさ。男の子でも女の子でも可愛かったろうなとは思う」
◆:「……こんなことになるならさ、いろいろもっと早く動いとけば良かったかなーと思う反面さ」
◇:「うん」
◆:「そしたら今、奏の負担になってただろうから。これで良かったのかなーとか」
◇:「そんなこと」
◆:「うん。考えても仕方ないことなんだけどさ……」
◇:「梨咲……」
◆:「あー、ダメだ……来ない未来の話なんてするものじゃないね。ちょっとダメだ。ごめん、私……」
◇:「梨咲」
◆:「何、普段は空気読めないくせに。黙って抱きしめるのはズルいよ」
◇:「知るか」
◆:「ズルい。バカ……バカ……」
:
◇:こんな時でさえ、声を抑えて泣く梨咲を抱きしめ
◇:自分の間抜けさ加減に歯噛みする
◇:どうして辛いのが自分だけなんて思ったのか
◇:いろんな約束をしてきた
◇:いろんな未来を夢見てきた
◇:なのに、残った時間はたった一日
◇:どうしたら、梨咲は笑ってくれるだろうか
◇:答えなんて、どこにも見当たらなかった
:
:
◆:last day
◇:「起きたら隣居ないからビックリしたぞ」
◆:「ん? あぁ、ごめんね。最後にもう一度だけ、歩きたくてさ」
◇:「何か見たいものでもあったのか?」
◆:「ううん。何だろうな……私はちゃんとここで生きてたんだって、確認したくて」
◇:「そっか……」
◆:「そしたらさ。あの場所に花が飾ってあって……あー、私やっぱり死んでるんだなぁって思ったよ」
◇:「……」
◆:「あれ、お父さん?」
◇:「たぶんな。俺ではない」
◆:「そんな気力なかったもんね」
◇:「今もないよ」
◆:「でもさ、ちゃんと笑ってくれるようになったよ」
◇:「それは今梨咲が居るから」
◆:「大丈夫だよ。奏はちゃんと頑張れるよ」
◇:「信頼が重たい」
◆:「昔からでしょ」
◇:「間違いないな」
◆:「ほら、今だって軽口叩けてるじゃんか」
◇:「……癖だよ」
◆:「奏はさ、優しくて、臆病で、自分勝手で、見栄っ張りで。それに、私の言うことに逆らえないから」
◇:「おい、最後」
◆:「だから、大丈夫だよ」
◇:「自分勝手なのは梨咲も変わらないからな」
◆:「似た者カップルだからね」
◇:「勝手に事故で死ぬし。吐きそうになりながら葬式終えて、立ち直らないとと思ってたら平然と『ただいま』とか言って帰ってくるし。挙句死んでる自覚ないし」
◆:「放っておくと奏が一人で死にそうな顔してたのが悪い。仕方なく来てあげたんでしょ」
◇:「上からだなぁ」
◆:「私だからね」
◇:「挙句、言いたい放題で、大丈夫って」
◆:「だって大丈夫だし」
◇:「どういう根拠だよ」
◆:「いつも通り奏とたくさんバカな話して笑ってさ。思い出話して、いっぱいありがとうも言えたし。未来の話して、たくさんごめんねも言った」
◇:「……まだ、足りないぞ」
◆:「でも、ちゃんと言い残したことは言えたよ。前を向くには、十分すぎるくらい」
◇:「残ってるものだらけだろ。後何万回言う予定だったと思ってるんだよ」
◆:「そうだねー。愛してる百万回計画は未達成だね」
◇:「初耳だぞ、バカ」
◆:「今考えたし」
◇:「やることリストこの場で増やすなよ」
◆:「奏は不器用だから心配ではあるけどさ。大丈夫だよ」
◇:「……なぁ、梨咲」
◆:「んー? どうかした?」
◇:「手、貸してくれよ」
◆:「こんな時にまで何を手伝わせる気だ。ポンコツ彼氏め」
◇:「違うわバカ。いいから、手。左手、ほら」
◆:「もー、強引だなぁ……はい、何?」
◇:「……愛してたよ」
◆:「……バカだなぁ、ホント。しかも敢えてそこ?」
◇:「本当は新しい指輪つくりたかったんだけどな」
◆:「だからって、昔のペアリング探してきたの?」
◇:「おう。あの日外しててくれて良かったよ。引き出しあさって見つけてきた」
◆:「ねぇ、奏が結婚したら不倫だーって化けて出ていい?」
◇:「できるかな、梨咲いがいと」
◆:「どうだろうなぁ。私みたいな物好きはそういないだろうし」
◇:「そこは、別の人と幸せになってねって言うところじゃないのかよ」
◆:「奏の一番は私がいいなぁ」
◇:「一番だろ」
◆:「そうだね。今日は私が一番」
◇:「これからもな」
◆:「好きな人できたらどうする気よ。その人のこと一番に見てあげられないような不義理な男に惚れた覚えはないからね」
◇:「理不尽だな」
◆:「だから好きでしょ?」
◇:「愛してたって言ったろ」
◆:「過去形なのよねー」
◇:「じゃないと梨咲が怒るから」
◆:「良く分かってるね」
◇:「ちゃんと、前向かないと。何回スクワットさせられるか」
◆:「一万回くらいかな」
◇:「できるかバカ」
◆:「ほんと、大事なところだけは外さないね。普段ダメダメなのに」
◇:「だから好きだろ?」
◆:「バカ」
◇:「……なぁ、抱きしめてて良いか?」
◆:「顔見せたくないからって、見栄っ張りめ」
:
◇:伝えたい言葉はたくさんあるはずなのに、どれもこれも喉の奥で引っかかって
◇:どれも結局、言葉にならない
◇:秒針の進む音が、梨咲を奪っていくような気がして
◇:どこにも行けないように、きつくきつく、抱きしめる
:
◆:何も言わずにぎゅっと
◆:言葉にしてほしい気持ちと、言葉にしてしまえばその瞬間に終わりが来てしまうような
◆:まだ、もう少し
◆:あと、もう少し
◆:そんな贅沢は叶わないことを知っているから
◆:ほんの一瞬だけ、唇を重ねて
:
◆:「ねぇ……」
:
◇:重なる「ありがとう」は、二人だけの……
◇:空っぽの腕の中には確かに温もりが残っていた