台本概要

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タイトル 或る博徒の話
作者名 Oroるん  (@Oro90644720)
ジャンル 時代劇
演者人数 1人用台本(男1)
時間 10 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 或る博徒の話

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
博徒 174 博徒(ばくと)
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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博徒:『むず痒い(むずがゆい)』 博徒:『痒くて(かゆくて)痒くて堪(たま)らねえ』 博徒:『掻き毟(かきむし)らなきゃ気が済まねえ』 博徒:『ガキの頃からそうだった。気に食わない事があると、疼(うず)いてきやがるのさ』 博徒:『だから俺は、ずっと掻き続けてる。でなきゃ・・・治(おさ)まらねえよ』 0:武家屋敷 寝室 博徒:おっと、すまねえ、起こしちまったか?寝ているうちに出て行こうと思ったんだが。 博徒:そんな顔すんなよ。お前の親父さんに見つかったらコトだろ? 博徒:また来るからよ。 博徒:何言ってるんだ?お前を忘れるわけねえだろ。 博徒:俺には、お前だけなんだぜ。 博徒:・・・無理言うなよ。お前と夫婦(めおと)になるなんて、できるわけねえだろ。 博徒:俺たちは、身分が違うんだ。 博徒:お前は、武家の娘で、俺はしがない町大工。 博徒:本当なら、「お前」なんて呼ぶことも許されねえ。 博徒:・・・泣くなよ、俺だって辛いんだ。 博徒:お前と一緒になれるんなら、どんな事だってできるのによ。 博徒:・・・何だって?俺に、攫って(さらって)欲しいだと? 博徒:本気で言ってんのかい? 博徒:・・・わかった。じゃあそうしよう。 博徒:ああ、お前を正真正銘、俺のものにしてやるよ。 博徒:・・・今すぐは無理だ。まずは先立つ(さきだつ)ものがねえとよ。 博徒:必ず銭(ぜに)貯めて、お前を迎えに来る。その時まで、待っていてくれ! 博徒:・・・約束だ。 博徒:『俺は声を殺して泣く彼女を残し、屋敷を密かに抜け出した』 0:屋敷の外 博徒:『この武家娘と逢瀬(おうせ)を重ねるようになって、もうすぐ三月(みつき)になる。』 博徒:『初めて会ったのは、この屋敷の屋根の修繕を請け負った時だった。』 博徒:『見るからに箱入りで、ろくに屋敷の外に出たこともないのだろう。父親以外の男など、見るのも初めて、という様子だった』 博徒:『一目見て分かった。「この娘、俺に惚れちまうな」と』 博徒:『昔から、そういうのは何となく分かっちまうのが、俺の特技だ』 博徒:『程なくして、男女の仲となった。予想通りに』 博徒:『嫁入り前の武家の娘を、小汚ねえ(こぎたねえ)町人が抱く。当然、ばれたらただでは済まない。娘の父親に見つかれば、下手したら斬られてしまうかも』 博徒:『それでも俺は、ここに通うのを辞めなかった。娘は、もう俺無しでは生きていけない程になっている』 博徒:『きっと俺のことを「生涯(しょうがい)ただ一人の相手」とでも想っているのだろう』 博徒:『・・・本当に、可愛い女だ』 博徒:『本当、可愛くて・・・・・・馬鹿な女だ!』 博徒:『初心(うぶ)な女を弄ぶ(もてあそぶ)のはたまんねえなあ!(下品に笑う)』 博徒:さてと・・・ 0:賭場 博徒:来い、来い・・・よっしゃあ! 博徒:『部屋の中に男達の怒号(どごう)が飛び交う。皆が二つのサイコロの行方に、一喜一憂していた』 博徒:へへっ、悪いな。 博徒:『俺は大工の他に、博徒(ばくと)としての顔も持っていた。それも、博打(ばくち)の名人として知られている』 博徒:よし、次は・・・ 博徒:『このちっぽけな二つの犀(さい)が、人を狂わせる。その出目(でめ)で、人生が終わっちまう奴もいる。それでも、誰も辞めようとしねえ』 博徒:『皆酔ってるのさ。この場に漂う(ただよう)熱気と、狂気にな。例え身を滅ぼすことになろうが、構いやしねえ』 博徒:『ま、俺はそんな下手(へた)打たねえけどよ』 博徒:四六(しろく)の丁(ちょう)!ハッハー!今日の俺は止められないぜ! 博徒:『毎日毎日、楽しくってしょうがねえ。金も女も思いのままだ!』 博徒:『・・・そう思っていた』 0:出会い茶屋 博徒:いやあ、楽勝楽勝。今日も大儲けだったぜ。 博徒:あんまり俺が勝ちすぎるもんでよ、壺振りのおっさん顔が真っ青でさ。 博徒:あ、そうだ。これ、あんたに。今日の勝ち分で買ってきたんだ。 博徒:紅(べに)だよ。欲しがってたろ? 博徒:つけてみてくれよ。 博徒:・・・うん、良い色だ。思った通り。 博徒:その唇に、今すぐ吸い付きてえよ。 博徒:なあ、その紅はよう、俺の前でだけ付けるんだ。もちろん、あんたの旦那にも見せちゃ駄目だぜ。 博徒:その紅を付けてる時は、あんたは俺だけのもんだ。 博徒:さあ、こっち来いよ。 博徒:『この女は、さる商人の妾(めかけ)だ。以前は遊女をやっていたが、身請けされ、その商人の愛妾(あいしょう)になっていた』 博徒:『以前は太夫(たゆう)と呼ばれる程の遊女だったらしく、身請けの為に相当な銭を払ったらしい』 博徒:『この女と通じる様になったのは一月(ひとつき)ほど前だ。この出会い茶屋の一室で、毎週決まった日、決まった刻限(こくげん)に落ち合う』 博徒:『こいつを堕とすのは、かなり骨が折れた。元太夫で今は豪商の妾、はっきり言って金銭感覚がとち狂ってやがる』 博徒:『いくら貢いだか覚えちゃいねえ。博打の勝ち一年分くらい注ぎ込んじまった(つぎこんじまった)』 博徒:『そんで毎日通って、おだて倒しの拝み倒しの、本当に大変だった』 博徒:『(下品に笑いながら)まあ、その甲斐はあったけどよ』 博徒:『さすがは元遊女、床(とこ)に入ればそこは夢世界!繰り広げられるは、四十八手(しじゅうはって)を極めし女の、絶技(ぜつぎ)に次ぐ絶技!』 博徒:『俺も今まで色んな女を食ってきたが、こいつは格別さ!毎回毎回「すっからかん」になっちまう』 博徒:『初心(うぶ)な生娘(きむすめ)を汚(けが)していくのも楽しいが、やはり達人の技にゃ敵わねえ』 博徒:『それに、身体だけが目的じゃあねえんだぜ。注ぎ込んだ(つぎこんだ)分は、取り返すのが本物の博徒ってもんよ!』 博徒:そうだ、これ渡しとくぜ。 博徒:・・・何って、この前話したろ。薬だよ、薬。 博徒:・・・まだ迷ってんのか?大丈夫だって!絶対ばれないからよ! 博徒:この薬を、食い物に混ぜときゃそれで終い(しまい)さ。段々弱っていって、二月(ふたつき)もすりゃあの世行きよ。 博徒:みんな病(やまい)で死んだと思っちまう。まさか毒を盛られたなんて誰も思わねえさ。 博徒:これで邪魔な本妻(ほんさい)が居なくなりゃ、あんたはもう妾じゃねえ!大商人の正式な女房だ! 博徒:旦那の財布の紐を握るのはアンタだ!今以上に豪勢な暮らしができるってもんよ! 博徒:それでよ、二人で楽しもうぜ。なっ? 博徒:・・・アンタも心配症だな。面倒になりそうなら、旦那も殺(や)っちまえば良いじゃねえか。もう気持ちはとっくに切れてんだろ? 博徒:俺の言う通りにしときゃよ、何もかも上手く行くんだ。心配はいらねえよ。 0:博徒の家の前 博徒:『それは自分の長屋に帰り着いた時だった』 博徒:ん?・・・お、お前!ここで何してんだ!? 博徒:『長屋の前で、例の武家娘が俺を待っていた』 博徒:こんな夜更けに、屋敷を抜け出してきたのか? 博徒:・・・とにかく、中に入んな。 博徒:『これは流石に驚いた。どうしても俺に会いたくなり、居ても立ってもいられなくなったらしい』 博徒:『まさか、こいつがここまでするとは・・・正直、鬱陶しい(うっとうしい)』 博徒:『まあでも・・・』 博徒:ほら、こっち来いよ。 博徒:『せっかく来たんだし、とりあえず可愛がってやったけどよ』 博徒:あんまり無茶するんじゃねえぜ。もちろん、会いに来てくれたのは嬉しいけどよ。 博徒:『正直言って、こいつには飽きてきた所だった。何かと言うと「お慕い申しております」だの「私(わたくし)の心は貴方様のものです」だの、気持ちばかり押し売りしてきやがる』 博徒:『俺が「迎えに行く」って言ったのを真に受けてるんだろうか?本気のわけ無えのによ』 博徒:そろそろ帰んな(けえんな) 博徒:『・・・そろそろ捨てるか。これ以上入れ込まれても(いれこまれても)面倒臭いしな』 博徒:『新しい女が欲しくなったら、また見つけりゃ良い。俺なら簡単な話だ』 博徒:『・・・へえ、罪悪感?何だそりゃ?』 0:賭場 博徒:(舌打ち) 博徒:『その日は、珍しく負けが続いた』 博徒:『賽の出目(でめ)が、ことごとく逆をつく。こんなことは初めてだ』 博徒:くそっ! 博徒:『俺が苛(いら)ついている様子を見て、壺振りが一瞬にやついた』 博徒:・・・おい、何笑ってやがる。俺が負けるのがそんなに面白えか? 博徒:・・・てめえ、ちょっと賽を見せな。 博徒:良いからよこせ!(賽を奪い取る) 博徒:(賽を噛み砕く)あっ!この賽、石が入ってるじゃねえか! 博徒:とぼけんじゃねえ!この賽が何よりの証(あかし)だ!(賽を投げつける) 博徒:おい皆の衆(みなのしゅう)!こいつらイカサマでよお、俺たちからむしり取る腹づもりだったんだぜ! 博徒:舐めた真似しやがって・・・みんな、やっちまえ!! 博徒:『大乱闘になった』 博徒:おらあっ!(壺振りを殴り飛ばす) 博徒:『腕っ節(うでっぷし)には自信がある。それに相手がヤクザ者(もの)でも、数じゃこっちの方が圧倒的に有利だ』  博徒:・・・そろそろ良いか。 博徒:『俺は適当に付き合った後、こっそりと乱闘の輪から抜け出した』 0:街中 博徒:『袖(そで)に隠しておいた二つの賽を取り出す』 博徒:『こっちが本物の賽だ。あの仕込み賽はいざと言う時の為に用意しておいだ物だった』 博徒:『奴らから賽を奪った時に、すり替えておいた。俺の負けを帳消しにする為に』 博徒:『奴らはイカサマなどしていない、俺のツキが無かっただけだ』 博徒:『まあ、俺から言わせれば、騙される奴が悪いけどな』 博徒:『・・・しかし、この手は二度は使えない。通う賭場(とば)も変えた方が良いだろう』 博徒:(舌打ち)面倒臭え。 博徒:『俺は二つの賽を、川に投げ込んだ』 0:出会い茶屋 博徒:『俺はいつもの出会い茶屋に来ていた』 博徒:『あの時の負けは上手く有耶無耶(うやむや)にできた。でもそれは「勝ち」じゃねえ』 博徒:『・・・むず痒い。痒くて痒くて堪らねえ。早くあちこち掻きむしりてえ。』 博徒:『早くこの痒みを鎮め(しずめ)よう。あの女はその為にいるんだ』 博徒:(部屋の障子を開け)悪い!待たせちまった・・・か? 博徒:『そこに広がっていたのは、想像もしない光景だった』 博徒:お前・・・何してんだ? 博徒:『そこに居たのは、例の武家娘だ。そしてその足元には・・・太夫が倒れていた』 博徒:『その首筋から、おびただしい量の血が、流れ出ていた』 博徒:・・・お前がやったのか? 博徒:『娘の震える手には短刀が握られている。恐らくは、俺と太夫が密通(みっつう)している事を知り、嫉妬に駆られて殺(や)っちまったんだろう。』 博徒:っ! 博徒:『そして当然の如く、刃(やいば)は俺へと向けられた』 博徒:ま、待ってくれ!違うんだ!これには理由(わけ)があんだよ! 博徒:・・・確かに、俺はこの女と体を重ねた。でも、好きでやったことじゃねえ!俺が想っているのはお前だけさ! 博徒:実はよ、俺、こいつの旦那から借金してたんだ。何とか返そうとはしたんだが、上手くいかなくて・・・ 博徒:そんな時、この女が言い寄ってきたんだ。「あたしの言う事を聞いてくれたら、旦那に執(と)りなしてやる」ってよ。 博徒:この女、俺のことを気に入ってたみたいで、そのまま無理矢理・・・ 博徒:俺は言ったんだ!「心に決めた人がいるからできねえ」って!でも聞き入れてもらえなくて(泣き始める) 博徒:信じてくれ、俺が想ってんのはお前だけだ!俺には、お前しか居ねえんだ! 博徒:『娘に、微かな(かすかな)動揺が見られた。』 博徒:(今だ!) 博徒:『俺はその隙を見逃さず短刀を奪い取り』 博徒:おらっ! 博徒:『娘の胸に、短刀を突き刺した』 博徒:『娘は驚いて、目を見開いていた』 博徒:お前が悪いんだぜ。嫉妬に狂って馬鹿な真似するからよ。 博徒:他の女と通じてたのが許せなかったのか?俺を自分だけのものだと思ってたのか? 博徒:馬鹿な女だ。ちょっと遊んでやっただけなのによ。 博徒:弄ばれた(もてあそばれた)なんて思うのは大間違いだぜ。お互い楽しんだじゃねえか。 博徒:冥土の土産に一つ教えてやる。俺はな・・・ 博徒:お前の事なんて、これっぽっちも想って無かったんだよ!(狂ったように笑う)  博徒:『娘の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。』 博徒:『そして、その瞳はやがて、動かなくなった』 博徒:(ため息)まったく、面倒なことしてくれたもんだぜ。 博徒:『俺は短刀の柄(え)を娘の手に握らせた』 博徒:これで良し、と。 博徒:お前は嫉妬に狂って太夫を殺し、その後自ら命を絶った。 博徒:俺には一切関係無え。その筋書きで頼むぜ。 博徒:・・・なんて、死人に言っても仕方ねえか(静かに笑う) 0:数日後 博徒:『武家娘が、商家の女房を刺し殺した話は、ちょっとした騒ぎにはなった。が、俺の所まで詮議(せんぎ)が及ぶ事はなかった』 博徒:『それは目論見(もくろみ)通りだったが・・・都合良く抱ける女を二人失ったという事実は変わらない』 博徒:『・・・疼いて(うずいて)きやがる。痒くて痒くて堪らねえ』 博徒:『そんな時だった』 博徒:? 博徒:『俺の前で、女が一人倒れ込んだ』 博徒:おいアンタ!大丈夫か!? 博徒:『俺は女を抱き起こした』 博徒:っ! 博徒:『・・・なかなか、良い女じゃねえか。多少土臭いけどな』 博徒:(舌なめずりする) 博徒:『おっと、いけねえいけねえ』 博徒:『・・・よだれが止まらねえよ』 0:完

博徒:『むず痒い(むずがゆい)』 博徒:『痒くて(かゆくて)痒くて堪(たま)らねえ』 博徒:『掻き毟(かきむし)らなきゃ気が済まねえ』 博徒:『ガキの頃からそうだった。気に食わない事があると、疼(うず)いてきやがるのさ』 博徒:『だから俺は、ずっと掻き続けてる。でなきゃ・・・治(おさ)まらねえよ』 0:武家屋敷 寝室 博徒:おっと、すまねえ、起こしちまったか?寝ているうちに出て行こうと思ったんだが。 博徒:そんな顔すんなよ。お前の親父さんに見つかったらコトだろ? 博徒:また来るからよ。 博徒:何言ってるんだ?お前を忘れるわけねえだろ。 博徒:俺には、お前だけなんだぜ。 博徒:・・・無理言うなよ。お前と夫婦(めおと)になるなんて、できるわけねえだろ。 博徒:俺たちは、身分が違うんだ。 博徒:お前は、武家の娘で、俺はしがない町大工。 博徒:本当なら、「お前」なんて呼ぶことも許されねえ。 博徒:・・・泣くなよ、俺だって辛いんだ。 博徒:お前と一緒になれるんなら、どんな事だってできるのによ。 博徒:・・・何だって?俺に、攫って(さらって)欲しいだと? 博徒:本気で言ってんのかい? 博徒:・・・わかった。じゃあそうしよう。 博徒:ああ、お前を正真正銘、俺のものにしてやるよ。 博徒:・・・今すぐは無理だ。まずは先立つ(さきだつ)ものがねえとよ。 博徒:必ず銭(ぜに)貯めて、お前を迎えに来る。その時まで、待っていてくれ! 博徒:・・・約束だ。 博徒:『俺は声を殺して泣く彼女を残し、屋敷を密かに抜け出した』 0:屋敷の外 博徒:『この武家娘と逢瀬(おうせ)を重ねるようになって、もうすぐ三月(みつき)になる。』 博徒:『初めて会ったのは、この屋敷の屋根の修繕を請け負った時だった。』 博徒:『見るからに箱入りで、ろくに屋敷の外に出たこともないのだろう。父親以外の男など、見るのも初めて、という様子だった』 博徒:『一目見て分かった。「この娘、俺に惚れちまうな」と』 博徒:『昔から、そういうのは何となく分かっちまうのが、俺の特技だ』 博徒:『程なくして、男女の仲となった。予想通りに』 博徒:『嫁入り前の武家の娘を、小汚ねえ(こぎたねえ)町人が抱く。当然、ばれたらただでは済まない。娘の父親に見つかれば、下手したら斬られてしまうかも』 博徒:『それでも俺は、ここに通うのを辞めなかった。娘は、もう俺無しでは生きていけない程になっている』 博徒:『きっと俺のことを「生涯(しょうがい)ただ一人の相手」とでも想っているのだろう』 博徒:『・・・本当に、可愛い女だ』 博徒:『本当、可愛くて・・・・・・馬鹿な女だ!』 博徒:『初心(うぶ)な女を弄ぶ(もてあそぶ)のはたまんねえなあ!(下品に笑う)』 博徒:さてと・・・ 0:賭場 博徒:来い、来い・・・よっしゃあ! 博徒:『部屋の中に男達の怒号(どごう)が飛び交う。皆が二つのサイコロの行方に、一喜一憂していた』 博徒:へへっ、悪いな。 博徒:『俺は大工の他に、博徒(ばくと)としての顔も持っていた。それも、博打(ばくち)の名人として知られている』 博徒:よし、次は・・・ 博徒:『このちっぽけな二つの犀(さい)が、人を狂わせる。その出目(でめ)で、人生が終わっちまう奴もいる。それでも、誰も辞めようとしねえ』 博徒:『皆酔ってるのさ。この場に漂う(ただよう)熱気と、狂気にな。例え身を滅ぼすことになろうが、構いやしねえ』 博徒:『ま、俺はそんな下手(へた)打たねえけどよ』 博徒:四六(しろく)の丁(ちょう)!ハッハー!今日の俺は止められないぜ! 博徒:『毎日毎日、楽しくってしょうがねえ。金も女も思いのままだ!』 博徒:『・・・そう思っていた』 0:出会い茶屋 博徒:いやあ、楽勝楽勝。今日も大儲けだったぜ。 博徒:あんまり俺が勝ちすぎるもんでよ、壺振りのおっさん顔が真っ青でさ。 博徒:あ、そうだ。これ、あんたに。今日の勝ち分で買ってきたんだ。 博徒:紅(べに)だよ。欲しがってたろ? 博徒:つけてみてくれよ。 博徒:・・・うん、良い色だ。思った通り。 博徒:その唇に、今すぐ吸い付きてえよ。 博徒:なあ、その紅はよう、俺の前でだけ付けるんだ。もちろん、あんたの旦那にも見せちゃ駄目だぜ。 博徒:その紅を付けてる時は、あんたは俺だけのもんだ。 博徒:さあ、こっち来いよ。 博徒:『この女は、さる商人の妾(めかけ)だ。以前は遊女をやっていたが、身請けされ、その商人の愛妾(あいしょう)になっていた』 博徒:『以前は太夫(たゆう)と呼ばれる程の遊女だったらしく、身請けの為に相当な銭を払ったらしい』 博徒:『この女と通じる様になったのは一月(ひとつき)ほど前だ。この出会い茶屋の一室で、毎週決まった日、決まった刻限(こくげん)に落ち合う』 博徒:『こいつを堕とすのは、かなり骨が折れた。元太夫で今は豪商の妾、はっきり言って金銭感覚がとち狂ってやがる』 博徒:『いくら貢いだか覚えちゃいねえ。博打の勝ち一年分くらい注ぎ込んじまった(つぎこんじまった)』 博徒:『そんで毎日通って、おだて倒しの拝み倒しの、本当に大変だった』 博徒:『(下品に笑いながら)まあ、その甲斐はあったけどよ』 博徒:『さすがは元遊女、床(とこ)に入ればそこは夢世界!繰り広げられるは、四十八手(しじゅうはって)を極めし女の、絶技(ぜつぎ)に次ぐ絶技!』 博徒:『俺も今まで色んな女を食ってきたが、こいつは格別さ!毎回毎回「すっからかん」になっちまう』 博徒:『初心(うぶ)な生娘(きむすめ)を汚(けが)していくのも楽しいが、やはり達人の技にゃ敵わねえ』 博徒:『それに、身体だけが目的じゃあねえんだぜ。注ぎ込んだ(つぎこんだ)分は、取り返すのが本物の博徒ってもんよ!』 博徒:そうだ、これ渡しとくぜ。 博徒:・・・何って、この前話したろ。薬だよ、薬。 博徒:・・・まだ迷ってんのか?大丈夫だって!絶対ばれないからよ! 博徒:この薬を、食い物に混ぜときゃそれで終い(しまい)さ。段々弱っていって、二月(ふたつき)もすりゃあの世行きよ。 博徒:みんな病(やまい)で死んだと思っちまう。まさか毒を盛られたなんて誰も思わねえさ。 博徒:これで邪魔な本妻(ほんさい)が居なくなりゃ、あんたはもう妾じゃねえ!大商人の正式な女房だ! 博徒:旦那の財布の紐を握るのはアンタだ!今以上に豪勢な暮らしができるってもんよ! 博徒:それでよ、二人で楽しもうぜ。なっ? 博徒:・・・アンタも心配症だな。面倒になりそうなら、旦那も殺(や)っちまえば良いじゃねえか。もう気持ちはとっくに切れてんだろ? 博徒:俺の言う通りにしときゃよ、何もかも上手く行くんだ。心配はいらねえよ。 0:博徒の家の前 博徒:『それは自分の長屋に帰り着いた時だった』 博徒:ん?・・・お、お前!ここで何してんだ!? 博徒:『長屋の前で、例の武家娘が俺を待っていた』 博徒:こんな夜更けに、屋敷を抜け出してきたのか? 博徒:・・・とにかく、中に入んな。 博徒:『これは流石に驚いた。どうしても俺に会いたくなり、居ても立ってもいられなくなったらしい』 博徒:『まさか、こいつがここまでするとは・・・正直、鬱陶しい(うっとうしい)』 博徒:『まあでも・・・』 博徒:ほら、こっち来いよ。 博徒:『せっかく来たんだし、とりあえず可愛がってやったけどよ』 博徒:あんまり無茶するんじゃねえぜ。もちろん、会いに来てくれたのは嬉しいけどよ。 博徒:『正直言って、こいつには飽きてきた所だった。何かと言うと「お慕い申しております」だの「私(わたくし)の心は貴方様のものです」だの、気持ちばかり押し売りしてきやがる』 博徒:『俺が「迎えに行く」って言ったのを真に受けてるんだろうか?本気のわけ無えのによ』 博徒:そろそろ帰んな(けえんな) 博徒:『・・・そろそろ捨てるか。これ以上入れ込まれても(いれこまれても)面倒臭いしな』 博徒:『新しい女が欲しくなったら、また見つけりゃ良い。俺なら簡単な話だ』 博徒:『・・・へえ、罪悪感?何だそりゃ?』 0:賭場 博徒:(舌打ち) 博徒:『その日は、珍しく負けが続いた』 博徒:『賽の出目(でめ)が、ことごとく逆をつく。こんなことは初めてだ』 博徒:くそっ! 博徒:『俺が苛(いら)ついている様子を見て、壺振りが一瞬にやついた』 博徒:・・・おい、何笑ってやがる。俺が負けるのがそんなに面白えか? 博徒:・・・てめえ、ちょっと賽を見せな。 博徒:良いからよこせ!(賽を奪い取る) 博徒:(賽を噛み砕く)あっ!この賽、石が入ってるじゃねえか! 博徒:とぼけんじゃねえ!この賽が何よりの証(あかし)だ!(賽を投げつける) 博徒:おい皆の衆(みなのしゅう)!こいつらイカサマでよお、俺たちからむしり取る腹づもりだったんだぜ! 博徒:舐めた真似しやがって・・・みんな、やっちまえ!! 博徒:『大乱闘になった』 博徒:おらあっ!(壺振りを殴り飛ばす) 博徒:『腕っ節(うでっぷし)には自信がある。それに相手がヤクザ者(もの)でも、数じゃこっちの方が圧倒的に有利だ』  博徒:・・・そろそろ良いか。 博徒:『俺は適当に付き合った後、こっそりと乱闘の輪から抜け出した』 0:街中 博徒:『袖(そで)に隠しておいた二つの賽を取り出す』 博徒:『こっちが本物の賽だ。あの仕込み賽はいざと言う時の為に用意しておいだ物だった』 博徒:『奴らから賽を奪った時に、すり替えておいた。俺の負けを帳消しにする為に』 博徒:『奴らはイカサマなどしていない、俺のツキが無かっただけだ』 博徒:『まあ、俺から言わせれば、騙される奴が悪いけどな』 博徒:『・・・しかし、この手は二度は使えない。通う賭場(とば)も変えた方が良いだろう』 博徒:(舌打ち)面倒臭え。 博徒:『俺は二つの賽を、川に投げ込んだ』 0:出会い茶屋 博徒:『俺はいつもの出会い茶屋に来ていた』 博徒:『あの時の負けは上手く有耶無耶(うやむや)にできた。でもそれは「勝ち」じゃねえ』 博徒:『・・・むず痒い。痒くて痒くて堪らねえ。早くあちこち掻きむしりてえ。』 博徒:『早くこの痒みを鎮め(しずめ)よう。あの女はその為にいるんだ』 博徒:(部屋の障子を開け)悪い!待たせちまった・・・か? 博徒:『そこに広がっていたのは、想像もしない光景だった』 博徒:お前・・・何してんだ? 博徒:『そこに居たのは、例の武家娘だ。そしてその足元には・・・太夫が倒れていた』 博徒:『その首筋から、おびただしい量の血が、流れ出ていた』 博徒:・・・お前がやったのか? 博徒:『娘の震える手には短刀が握られている。恐らくは、俺と太夫が密通(みっつう)している事を知り、嫉妬に駆られて殺(や)っちまったんだろう。』 博徒:っ! 博徒:『そして当然の如く、刃(やいば)は俺へと向けられた』 博徒:ま、待ってくれ!違うんだ!これには理由(わけ)があんだよ! 博徒:・・・確かに、俺はこの女と体を重ねた。でも、好きでやったことじゃねえ!俺が想っているのはお前だけさ! 博徒:実はよ、俺、こいつの旦那から借金してたんだ。何とか返そうとはしたんだが、上手くいかなくて・・・ 博徒:そんな時、この女が言い寄ってきたんだ。「あたしの言う事を聞いてくれたら、旦那に執(と)りなしてやる」ってよ。 博徒:この女、俺のことを気に入ってたみたいで、そのまま無理矢理・・・ 博徒:俺は言ったんだ!「心に決めた人がいるからできねえ」って!でも聞き入れてもらえなくて(泣き始める) 博徒:信じてくれ、俺が想ってんのはお前だけだ!俺には、お前しか居ねえんだ! 博徒:『娘に、微かな(かすかな)動揺が見られた。』 博徒:(今だ!) 博徒:『俺はその隙を見逃さず短刀を奪い取り』 博徒:おらっ! 博徒:『娘の胸に、短刀を突き刺した』 博徒:『娘は驚いて、目を見開いていた』 博徒:お前が悪いんだぜ。嫉妬に狂って馬鹿な真似するからよ。 博徒:他の女と通じてたのが許せなかったのか?俺を自分だけのものだと思ってたのか? 博徒:馬鹿な女だ。ちょっと遊んでやっただけなのによ。 博徒:弄ばれた(もてあそばれた)なんて思うのは大間違いだぜ。お互い楽しんだじゃねえか。 博徒:冥土の土産に一つ教えてやる。俺はな・・・ 博徒:お前の事なんて、これっぽっちも想って無かったんだよ!(狂ったように笑う)  博徒:『娘の目から一筋の涙がこぼれ落ちた。』 博徒:『そして、その瞳はやがて、動かなくなった』 博徒:(ため息)まったく、面倒なことしてくれたもんだぜ。 博徒:『俺は短刀の柄(え)を娘の手に握らせた』 博徒:これで良し、と。 博徒:お前は嫉妬に狂って太夫を殺し、その後自ら命を絶った。 博徒:俺には一切関係無え。その筋書きで頼むぜ。 博徒:・・・なんて、死人に言っても仕方ねえか(静かに笑う) 0:数日後 博徒:『武家娘が、商家の女房を刺し殺した話は、ちょっとした騒ぎにはなった。が、俺の所まで詮議(せんぎ)が及ぶ事はなかった』 博徒:『それは目論見(もくろみ)通りだったが・・・都合良く抱ける女を二人失ったという事実は変わらない』 博徒:『・・・疼いて(うずいて)きやがる。痒くて痒くて堪らねえ』 博徒:『そんな時だった』 博徒:? 博徒:『俺の前で、女が一人倒れ込んだ』 博徒:おいアンタ!大丈夫か!? 博徒:『俺は女を抱き起こした』 博徒:っ! 博徒:『・・・なかなか、良い女じゃねえか。多少土臭いけどな』 博徒:(舌なめずりする) 博徒:『おっと、いけねえいけねえ』 博徒:『・・・よだれが止まらねえよ』 0:完