台本概要

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タイトル Dear my Amnesia
作者名 不尽子(つきぬこ)  (@tsukinuko)
ジャンル ファンタジー
演者人数 3人用台本(男2、女1)
時間 30 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 天使に淘汰され教会に逃げ込んだ悪魔ヴィギルが、正体を隠しながら健忘症のシスターと最強の祓魔師と暮らすお話。
noteとpixivに上げた小説の紹介シナリオです。良ければそちらもお願いします。
読んでいただく際には聞きに行きたいのでご一報下さると幸いです(強制ではありません)。

小説
note版→https://note.com/tsukinuko/m/m75e2d3452497
pixiv版→https://www.pixiv.net/novel/series/10318155

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
オフィーリア 60 フィリー。健忘症のシスター。悪魔に狙われるため教会から出られない。普段は優しいがたまに悪戯好き。
ヴィギル 68 ギール。臆病な悪魔。主食は人間だが自分から食べた事は無い。教会ではシスターに変装している。
トーム 29 オフィーリアの兄。神父兼最強の祓魔師。兄バカ。何故かヴィギルの正体には気付いていない。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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ヴィギル:(N)天使と悪魔が争っていた時代。 ヴィギル:戦況は天使側の有利。否、天使側の完全勝利だった。 ヴィギル:人間の血を啜(すす)り、性を貪(むさぼ)り、魂を喰らう悪魔の存在を、天使達は決して許しはしなかった。 0:ドアをノックする音 オフィーリア:「ギールさん、入るよー?」 0:ドアを開ける音 オフィーリア:「おはよう、ギールさん!」 ヴィギル:「…おはよう」 オフィーリア:「朝ご飯、もう出来てるよ。ほら着替えて着替えて!」 ヴィギル:「…やっぱり、アレに着替えないといけないのか?」 オフィーリア:「今更男でしたー、なんて言えないよ!悪魔だってバレないにしても、お兄ちゃん過保護だからこの教会を追い出されちゃうよ?」 ヴィギル:「……それは、困るな…」 ヴィギル:(N)彼女の名はオフィーリア。俺が悪魔である事を知りながら、こうして教会に匿ってくれた優しいシスターだ。 ヴィギル:…とは言っても、問題は彼女の兄の方なんだが…。 0:  オフィーリア:「お兄ちゃん、ギールさん起こしてきたよー!」 トーム:「(にこやか)ああ、ギールさん、おはようございます。」 ヴィギル:「(ビビってる)っ……」 ヴィギル:(N)オフィーリアの兄トーム。この教会の神父であり、悪魔からも恐れられている最強の祓魔師(ふつまし)。 ヴィギル:だがどういう訳か俺が悪魔だと気付いてないし、瀕死の状態だった俺に会わせないよう必死に匿う妹を見て、何故か俺を女だと勘違いした。 ヴィギル:それを利用しようという事で、俺はこうしてシスター服を着せられている訳だが、こいつの前で一言でも話せば、すぐに俺が男だとバレてしまう。 ヴィギル:だからこの男と話す時は、オフィーリアから貰ったノートで筆談をする以外の手段が無い。 トーム:「では、神に感謝を。アーメン」 オフィーリア:「アーメン!いただきます!」 ヴィギル:「……」 ヴィギル:(N)本当ならオフィーリアに迷惑をかけないよう、すぐに出て行くのが筋なのだろう。 ヴィギル:だが何処で俺の正体がバレるか分からない現状、教会から出ようものならすぐに殺される可能性もある。 ヴィギル:臆病な俺は、主食の人間を襲う勇気も、自ら死を選ぶ勇気も無いのだ。 ヴィギル:だが、この教会に留まっている理由はもう一つある。 トーム:「そうだ、今日は大事な話をしないといけないんだ」 オフィーリア:「大事なお話?どうしたの?」 トーム:「今日はナイツェルは来られない。この付近に悪魔が出現したようだ」 ヴィギル:「っ!?ゲホ、ゲホッ!」 オフィーリア:「わ、ギールさん大丈夫!?」 ヴィギル:(N)心臓が跳ね返りそうになる。まさか、とうとう俺の存在がバレたのか!? ヴィギル:因みにナイツェルとは、この兄妹の妹分であり、この付近を巡回して教会を守っている幼い天使だ。 ヴィギル:あの戦争には加担していないし、そもそも戦意の無い悪魔や、そんな悪魔を匿おうとする人間にも容赦しない天使の方針に、疑問を持っている。 ヴィギル:俺の事がバレればオフィーリアが天使に処罰される事を知っているから、俺の正体については黙ってくれている。 ヴィギル:そう、黙ってくれているはずなんだ。そうであってくれないと、今日が俺の命日になってしまう…! トーム:「そういう事だから、今日はミサも開かないし、兄ちゃんも一日この教会に居る事に決めた」 ヴィギル:「……!!!」 ヴィギル:(N)最悪だ。最悪だ。最悪だ! ヴィギル:ただでさえこの男と居ると、いつ正体がバレるか気が気じゃないのに、一日中教会に居るつもりなのか!? ヴィギル:俺は慌ててノートに筆を走らせ、「町の悪魔祓いの仕事はいいのですか?」と書いて見せた。 トーム:「それは…確かにまだ沢山依頼はありますし、悪魔達が人間界に逃げ込んでいる以上、今日また新たな被害は増えているでしょうが…」 オフィーリア:「ダメだよ!私が教会から出なきゃいいんだし、お兄ちゃんは困ってる人を助けなきゃ!」 トーム:「考えてもみろ!この付近は千年樹様のご加護で、弱い悪魔は簡単に近付けないようになっているんだぞ!? トーム:その結界を通り抜けてきたって事は、少なくともそいつは中級悪魔だ!教会にだって入って来るかも知れないんだぞ!」 オフィーリア:「その為のナイちゃんでしょ!この付近の祓魔師(ふつまし)はお兄ちゃんしか居ないんだから、私達みたいな人を増やしてもいいの!?」 トーム:「うっ…だ、だがフィリー、お前にもしもの事があったら…!」 ヴィギル:「……」 ヴィギル:(N)この男の気持ちは分からなくもない。この兄妹の両親は、悪魔の餌食にされて殺されてしまったそうだ。 ヴィギル:故に悪魔に対する恨みは人一倍だが、それよりもたった一人の肉親を失いたくないという気持ちの方が強いのだろう。 ヴィギル:最強と謳(うた)われている事もあって、悪魔達からも強く恨まれている。そんな奴にとって妹のオフィーリアは恰好(かっこう)の的でしかない。 ヴィギル:加えて彼女には兄のような力は全く無いし、健忘症(けんぼうしょう)という瘤(こぶ)付きだ。心配する気持ちも勿論分かる。 ヴィギル:こいつが居れば、オフィーリアも寂しい思いをする事は無いのだろうが…出来ればいつも通り仕事に出て欲しいものだ。 オフィーリア:「大丈夫だよ、私にはギールさんが居るもん!」 トーム:「ギ、ギールさん!?彼女は人間の女性だろう!?祓魔師(ふつまし)でもないのに、悪魔に対抗出来る訳がないだろう!」 オフィーリア:「お兄ちゃん、知らないの?ギールさんすっごく強いんだよ!悪魔なんてイチコロだよ!」 ヴィギル:「……!?」 ヴィギル:(N)オフィーリア、俺がいつそんな事を言った!?隠し事をし過ぎて、嘘を吐く事を躊躇(ためら)わなくなってきてないか!? ヴィギル:確かに俺は上級悪魔で、父親は今は亡き魔王だが、自分から人間を食べた事は無いんだぞ!? トーム:「…確かに、ギールさんからは普通の人間にはないような気配を感じるが…」 オフィーリア:「すっごい力持ちなんだよ!重い物を運ぶ時とか、いつも私に代わってやってくれるもん!」 ヴィギル:(N)それぐらいなら大体の男は出来る!その程度でこの男が信用する訳……。 トーム:「そうか…いや、しかし…それだとギールさんに危害が及ぶ可能性が…」 ヴィギル:(N)嘘だろ!?こいつはいつも腕力で悪魔を祓っているのか!?物理攻撃でやられる程悪魔は弱くないぞ!? ヴィギル:待ってくれ、待ってくれ。俺はどうすればいいんだ!? ヴィギル:このまま祓魔師(ふつまし)が出て行ってくれれば安心だが、万が一俺が彼女を守り切れなかった場合、どちらにしろ終わりじゃないか!? ヴィギル:と言うか、何故オフィーリアまで兄を追い出そうとしているんだ!?出て行った後はいつも寂しそうな顔をしていたじゃないか! ヴィギル:もしかしたら、俺を気遣ってこいつを町に向かわせようとしてくれているのか?なら俺はそれに乗った方が良いのか…!? ヴィギル:どうする?どうすればいい?オフィーリアの為に此処に居てもらうか、町の為に外へ出てもらうか…!! トーム:「…フィリー、ギールさんが頭を抱えているぞ。困ってるんじゃないのか?」 オフィーリア:「大丈夫だよギールさん、自信を持って!」 ヴィギル:(N)「自信とかそういう話じゃない!」と、俺はノートに書いて見せた。 トーム:「(溜息)…決まりだな。町の方々には悪いが、この付近に現れた悪魔を祓うまで待っていてもらおう」 ヴィギル:「……!!」 ヴィギル:(N)しまった。ついオフィーリアの気遣いを無碍(むげ)にしてしまった。 ヴィギル:ちらと彼女の顔を見ると、オフィーリアは笑顔を強張(こわば)らせて固まっている。 ヴィギル:…仕方がない。恩人を危険に晒す訳にもいかないし、俺が部屋から出ないようにすればいいだけだ。 ヴィギル:諦めたその時、祓魔師(ふつまし)の様子が突然変わった。 トーム:「っ…!せ、千年樹様…!?」 ヴィギル:(N)どうやら、この付近の守り神らしき存在かつ、この兄妹の母代わりからのテレパシーが来たようだ。 ヴィギル:俺は一度も会った事はないが、森の大木から離れたところは誰も見た事が無いというのに、今みたいに俺達の様子を見る事が出来るそうだ。 トーム:「あ、いえ…はい。いや、しかし……うぅ、分かりました……」 オフィーリア:「千年樹様、なんて?」 トーム:「(がっくり)……己の使命を果たせ、と…」 オフィーリア:「もう、だから言ったのに」 ヴィギル:(N)…彼の様子からして、相当怒られたのだろう。同情はするが内心ほっとした。 0: トーム:「じゃあ、兄ちゃん行ってくるから、戸締りは頼んだぞ。あと、料理以外で火は使わない事。 トーム:身体が冷えるなら毛布にしっかりくるまってなさい。それと、客人でもなるべく男は入れないように! トーム:ギールさんも良いですね!?」 オフィーリア:「もう、分かったってば!行ってらっしゃい!」 ヴィギル:(N)毎度毎度、何故俺にまでそんな事を言うんだろう…。 0:トームが教会から出て行く。 オフィーリア:「ふぅ…やっと普通に話せるね」 ヴィギル:「…さっきはすまなかった。俺の為に兄さんを行かせようとしてくれていたのに…」 オフィーリア:「え?…ふふっ、違うよ。お兄ちゃんが一日中家に居たら、ゆっくり過ごせそうにないもん」 ヴィギル:「え…?」 オフィーリア:「確かに最初は寂しかったけど、今はギールさんも居てくれるから大丈夫だよ! オフィーリア:ギールさんは、お兄ちゃんみたいにうるさくないし!」 ヴィギル:「(ちょっと引いてる)……君も大概、兄さんに冷たいな…」 オフィーリア:「違いますー!お兄ちゃんが妹離れしてないだけですー!」 0:オフィーリアが不機嫌そうにヴィギルを睨むが、やがて一緒に笑い合う。 オフィーリア:「ギールさん、今日も聞かせて。昨日はどんな事があったの?誰が教会に来て、どんなお話をしたの?」 ヴィギル:「ああ、聞かせよう。俺はその為に此処に居る」 ヴィギル:(N)俺が教会を出ないもう一つの理由は、このオフィーリアの為だ。 ヴィギル:彼女に救われたこの命を、彼女の備忘録(びぼうろく)として捧げる事に決めた。 ヴィギル:オフィーリアは健忘症(けんぼうしょう)で、会った人間や起こった出来事を、綺麗に忘れてしまう事がある。 ヴィギル:その話をしても全く思い出せず、たまにミサに訪れた客人と話が嚙み合わなくて苦労している。 ヴィギル:俺の使っているノートも、元々は彼女が日記をつける為に兄に買ってもらったものらしいが、書いた日記を何処にしまったかをいつも忘れるから諦めてしまったそうだ。 ヴィギル:だから俺が証人となって、彼女の傍で見聞きしたもの全てを、こうして聞かせるのが俺の使命になった。 ヴィギル:魔王だった父も死に、俺達悪魔にもう未来は無い。ならば、後悔の無いように生きようと決めたんだ。 0:  オフィーリア:「…そんな事があったんだ。うーん、憶えてない…」 ヴィギル:「大丈夫だ。何度忘れても、俺が全部話すから」 オフィーリア:「ありがとう、ギールさん。…本当にごめんね」 ヴィギル:「何故謝るんだ?悪いのは君じゃなくて、君の病(やまい)だろう?」 オフィーリア:「…えへへ、ギールさんが来てくれて、本当に良かった」 ヴィギル:「え、きゅ、急にどうしたんだ?俺はただ、君に恩返しを…」 オフィーリア:「うふふ、なーいしょっ!」 ヴィギル:「…?」 オフィーリア:「ねぇ、ギールさんにもお兄さんと弟さんが居るんだよね?」 ヴィギル:「え?あ、あぁ…。こんな状況だ。生きているかどうかも正直分からないが…」 オフィーリア:「きっと生きてるよ!人間を襲わないギールさんが生きてたんだもん!それに、ギールさんは魔王の子なんでしょ?」 ヴィギル:「う…あんまり父の話は……(何者かの気配に気付く)!!」 オフィーリア:「ならお兄さんも弟さんもきっと」 ヴィギル:「(遮る)待て、何か来る!」 オフィーリア:「え?お客さん?」 ヴィギル:「いや、この気配は…悪魔だ!」 オフィーリア:「え…!?」 ヴィギル:「それもかなり腹を空かせている…鉢合わせでもしたら危険だ。玄関を閉めるぞ!」 オフィーリア:「う、うん!」 0:  0:二人は玄関に向かい、閂をかける。 0:  オフィーリア:「これでもう、大丈夫?」 ヴィギル:「いや、これはただの時間稼ぎだ。人間のフリをして戸を叩いてくるだろうが、絶対に返事をするなよ」 オフィーリア:「でもその悪魔って、ギールさんの兄弟じゃないの?」 ヴィギル:「あり得ないな。確かに上級悪魔ではあるだろうが、あの二人の方がもっと強い」 オフィーリア:「は、話し合いで何とかならないかな…?」 ヴィギル:「(叱るように)オフィーリア、君は悪魔が人間の何を食べるのか知らないのか?」 オフィーリア:「し、知ってるよ!えっと、人間の願いを叶える代わりに魂を食べちゃう契約型と、人間の血を吸う吸血型と…(ここから恥ずかしそうに)…えっと…」 ヴィギル:「人間の性を食らう淫魔型」 オフィーリア:「うぅっ……」 ヴィギル:「さっきも言ったが、奴はかなり腹を空かせている。話し合いなんてする間も与えずに襲って来るぞ。 ヴィギル:そしてもしそいつが淫魔型なら…君は生涯屈辱を背負い続ける羽目になる。最悪の場合死に至るぞ。まぁ、これはどのタイプにも言えた事だが」 オフィーリア:「(怯え)ギールさん……」 ヴィギル:「…奴はまだ俺達には気付いていない。教会を見つけて餌があると思って来たようだ。奥へ行こう。なるべく音を立てないように」 オフィーリア:「うん……」 ヴィギル:「…大丈夫だ。出来損ないでも、俺も魔王の子なんだ。いざとなったら、その力で追い払ってやる」 オフィーリア:「……うん」 0:  オフィーリア:(N)いつもお兄ちゃんに怯えて、気まずそうに目を逸らしてばかりのギールさんが、この時は凄く頼もしく見えた。 オフィーリア:怖がる私の手を引いて、教会の奥へと足早に進んでいく。まだ外に出られた頃、お祭りに連れて行ってもらった数少ない記憶を思い出す。 オフィーリア:ミサの時よりもずっと人が多くて、怖がっていた私をお兄ちゃんが優しく手を引いてくれていた。 オフィーリア:あの時のお祭りなんかよりもよっぽど怖い事が起こっているのに、その手を握っていると何故だかすごく安心した。 ヴィギル:「よし、この部屋なら玄関から一番遠い。あとは静かに君の兄さんか妹を待つだけだ」 オフィーリア:「諦めてくれると良いんだけど…」 0:玄関のドアが破壊された音がする オフィーリア:「きゃっ!?」 ヴィギル:「…諦めてくれなかったな」 0:教会内を駆け回る足音が響く ヴィギル:「このままだとまずいな…(辺りを見渡す)あのクローゼットに隠れるぞ!」 オフィーリア:「う、うん!」 0:小さなクローゼットに二人で入る。 ヴィギル:「…オフィーリア、苦しくないか?」 オフィーリア:「へ、平気…」 オフィーリア:(N)確かにクローゼットは思ったより小さくて、そこに二人も入ったものだから少し狭い。 オフィーリア:でも今はその狭さが、私の恐怖を和(やわ)らげてくれている。そんな気がした。 ヴィギル:「!近付いてきた!」 オフィーリア:「むぐっ!?」 オフィーリア:(N)ギールさんが咄嗟(とっさ)に私の口を塞ぐ。そして顔を近付けて、その手に力を入れる。 オフィーリア:私の傍で、私の事を必死に守ろうとしてくれている。 ヴィギル:「…?オフィーリア…?」 オフィーリア:(N)私はギールさんに一層身体をくっつけて、その身を彼に預けた。 オフィーリア:すると彼の心音が、どくどくと鼓動を早める。それは、今の状況が怖いから?それとも……。 0:二人の居る部屋のドアが乱暴に開かれる。 ヴィギル:「っ……!!」 ヴィギル:(N)とうとう来た。上級悪魔だ。かなり息が荒い。恐らく極限状態なんだろう。 ヴィギル:俺達はただ気配を消して、部屋を歩き回るそいつが去るのを待った。 ヴィギル:どうやら俺達が奴の存在に気付いて、既に隠れているとは考えなかったようだ。 ヴィギル:加えて、この部屋の窓を予め開けておいている。そこから逃げたと勘違いしてくれる事を願うばかりだ。 ヴィギル:足音が遠のいていく。上手くいったようだ。安心したのも束(つか)の間(ま)、上からぽとりと鼠が落ちて来た。 オフィーリア:「ひっ……!(慌てて口を塞ぐ)」 ヴィギル:(N)そして悪魔がまだ去ってない内に、オフィーリアが一瞬だけ声を上げてしまった。 ヴィギル:悪魔の足音がぴたりと止まり、こちらに向かって走って来る。 ヴィギル:俺は覚悟を決めてオフィーリアを後ろへやり、力を開放しようとしたその時―― トーム:「おい、此処に立ち入りして良いのは人間だけだぞ」 ヴィギル:(N)待っていたはずなのに、俺はその声を聞いて心の底から恐怖した。 ヴィギル:開きかけたクローゼットから覗き込むと、そこには最強の祓魔師(ふつまし)が鬼の形相(ぎょうそう)で侵入してきた悪魔を睨んでいた。 トーム:「俺の居る教会だと知ってて入ったのか?それとも、俺の事など知らない間抜けか? トーム:まぁ、どちらでもいいさ。随分腹を空かせているようだが、すぐにその空腹から解放してやろう」 ヴィギル:(N)悪魔の表情が絶望に歪む。対峙しようとした奴が言う事じゃないんだろうが、心底同情する。 トーム:「悔い改めよ!≪神聖な裁き≫(セイクレッド・サンクション)!!」 ヴィギル:(N)祓魔師(ふつまし)がそう唱えると、クローゼットの隙間から眩(まばゆ)い光が目を突き刺した。 ヴィギル:耐え切れずに目を瞑っている内に、上級悪魔の断末魔が耳を劈(つんざ)く。 ヴィギル:このまま自分も同じ目に遭わされるか。そんな不安が過(よぎ)って身の毛がよだつ。 ヴィギル:蹲(うずくま)って震えていると、悪魔の断末魔が小さくなって消えていった。 0:  オフィーリア:「……お、お兄ちゃん…?」 トーム:「!?フィリー!!」 0:トームが慌ててクローゼットを開け、オフィーリアを抱き締める。 トーム:「こんな所に隠れてたのか!怖かっただろう、兄ちゃんが来たからもう大丈夫だ!」 オフィーリア:「(泣き始める)うん、うん…!」 ヴィギル:(N)涙ながらに抱き合う兄妹を見て、俺はこの隙に離れようと考えた。 ヴィギル:上級悪魔ですら、最強の祓魔師(ふつまし)の前ではあのザマなんだ。出来る事なら距離を取っておきたい。 ヴィギル:そっとクローゼットから出て、気付かれない内に自室へと戻った――。 0:  ヴィギル:(N)それから少し時間が経って、俺の部屋をノックする音が聞こえた。 ヴィギル:オフィーリアが来たのだろうと思い、そのまま彼女が入って来るのを待った。 ヴィギル:が、いくら待っても入って来ない。ノックの音が続くばかりだ。 ヴィギル:妙に思ってドアを開けて、俺は驚きのあまり声を上げそうになった。 トーム:「すいませんギールさん、少しいいですか?」 ヴィギル:「っ……」 ヴィギル:(N)祓魔師(ふつまし)だ。俺の部屋に来る事などそう無いのに、今日は本当に厄日だ。 ヴィギル:上級悪魔に見つかりそうになった時に力を開放しようとしたから、とうとう俺の正体もバレたのか…!? トーム:「さっきの事で、お礼が言いたかったんです」 ヴィギル:「……?」 ヴィギル:(N)また別の意味で声が出そうになった。礼だと?俺は何も、この男の手伝いをした記憶は無いが…。 トーム:「壊された玄関に閂(かんぬき)がしてありました。あの部屋の窓も、貴女が開けていたものでしょう? トーム:貴女も十分に怖かったでしょうに、妹を守って下さって、本当にありがとうございます」 ヴィギル:(N)そう言って、祓魔師(ふつまし)は悪魔である俺に深々と頭を下げた。 ヴィギル:未だに分からない。こんな優秀な祓魔師(ふつまし)が、何故俺の正体には気付いていないのか。 ヴィギル:敢えて俺を泳がせているのか?人間を襲わない悪魔には寛容なのか? ヴィギル:考えたところで答えなど出る訳もなく、俺は彼と同様に頭(こうべ)を垂れるしかなかった。 トーム:「…それと、もう一つ。…もしフィリーがその時の事を忘れていても、何も言わないであげて下さい」 ヴィギル:「…?」 トーム:「あの子もとても怖い思いをしました。教会に居れば安全だからと外に出ないようにしているのに、あんな事が起こってはあの子も不安でしょう。 トーム:無論、千年樹様には結界を強めてもらうようお願いをしておきますが、それでも今後同じ事が起こらないとは断言出来ないので…」 ヴィギル:「っ……」 トーム:「だから、無理なお願いなのは百も承知なのですが…出来ればギールさんにも、忘れていただきたいのです」 ヴィギル:「……」 ヴィギル:(N)俺は何も返せなかった。だが祓魔師(ふつまし)もこちらを気遣ってくれたのか、俺の返答を待とうとはしなかった。 トーム:「では、私はこれで。おやすみなさい」 ヴィギル:(N)そう言って帰っていく祓魔師(ふつまし)を見送って、俺はドアを閉めた。 0:  ヴィギル:(N)少ししてから、またノックが来た。今度こそオフィーリアだった。 オフィーリア:「ギールさん、入るよー?」 ヴィギル:(N)いつも通りそう言って、ドアを開けて入って来る。 ヴィギル:「オフィーリア、大丈夫か?」 オフィーリア:「え、何が?大丈夫だよ?」 ヴィギル:「その、ほら…悪魔が入って来ただろう?」 オフィーリア:「え!?この教会に!?いつ!?」 ヴィギル:「えっ……」 ヴィギル:(N)俺は困惑を隠せなかった。いつも記憶が無くなっているのは、朝起きた時だったのに。 ヴィギル:とにかくいつも通り話そうとして、さっきの祓魔師(ふつまし)の言葉を思い出した。 ヴィギル:不安にさせるだけの記憶なら、話さない方が良いのかも知れない。 ヴィギル:言葉に困って言い淀んでいると、オフィーリアが俺の顔を両手で挟んだ。 オフィーリア:「ギールさん、私の備忘録(びぼうろく)になってくれるんでしょ?話してよ」 ヴィギル:「だ、だが…君を怖がらせてしまう」 オフィーリア:「いいから、話して。ギールさんが居てくれるんだもん。怖くないよ」 ヴィギル:「……」 ヴィギル:(N)彼女の真っすぐな目で見つめられて、俺は押し負けてしまった。 ヴィギル:上級悪魔がこの教会に近付いてきた事、閂(かんぬき)をかけたが破壊された事、 ヴィギル:奥の部屋に隠れたが追い詰められ、すんでの所で祓魔師(ふつまし)に助けられた事、今日起こった全ての出来事を話した。 オフィーリア:「…あの閂(かんぬき)、突風で壊されたんじゃなかったんだ…」 ヴィギル:「…君の兄さんが、そう言ったのか?」 オフィーリア:「……うん」 ヴィギル:(N)オフィーリアが哀しそうに俯く。妹の為とは言え、嘘は所詮嘘だ。 ヴィギル:かける言葉が見つからないまま黙っていると、オフィーリアが俺の胸に飛びついた。 ヴィギル:「え、オ、オフィーリアッ!?」 オフィーリア:「…大丈夫、怖いんじゃないの。大丈夫だから…」 ヴィギル:(N)オフィーリアの声が震え始める。きっと泣いているのを、俺に悟られたくないのだろう。 ヴィギル:結局俺はかける言葉を見つけられないまま、震える彼女の背中を撫でるしか出来なかった。 オフィーリア:「いつもそう…。お兄ちゃんは私の為って言って、私を置いていくの。ナイちゃんも、千年樹様も…! オフィーリア:いつもそうやって、私を独りぼっちにするの。寒いよ。寂しいよ……」 ヴィギル:(N)耐え切れなくなって、俺は彼女を抱き締めた。その程度で彼女の心が埋まるとも思えなかったが、せめて彼女の心を温めてやりたかった。 オフィーリア:「…ギールさん、お願い。私を置いて行かないで…ずっと傍に居てよ……」 ヴィギル:「…分かってる、大丈夫だ。俺は君の備忘録(びぼうろく)。命の限り、君の傍に居る事を誓うよ」 ヴィギル:(N)何て悲しいのだろう。兄も妹も母親も彼女を愛しているというのに、誰一人、彼女の傍に居てやれない。 ヴィギル:せめて俺は、そのいずれにもなってやれない俺だけは、彼女の傍で一緒に笑ってやらなければ。 ヴィギル:  ヴィギル:例え俺の同胞が、俺の兄弟が、敵に回ったとしても…、俺はオフィーリアの備忘録(びぼうろく)であり続ける。

ヴィギル:(N)天使と悪魔が争っていた時代。 ヴィギル:戦況は天使側の有利。否、天使側の完全勝利だった。 ヴィギル:人間の血を啜(すす)り、性を貪(むさぼ)り、魂を喰らう悪魔の存在を、天使達は決して許しはしなかった。 0:ドアをノックする音 オフィーリア:「ギールさん、入るよー?」 0:ドアを開ける音 オフィーリア:「おはよう、ギールさん!」 ヴィギル:「…おはよう」 オフィーリア:「朝ご飯、もう出来てるよ。ほら着替えて着替えて!」 ヴィギル:「…やっぱり、アレに着替えないといけないのか?」 オフィーリア:「今更男でしたー、なんて言えないよ!悪魔だってバレないにしても、お兄ちゃん過保護だからこの教会を追い出されちゃうよ?」 ヴィギル:「……それは、困るな…」 ヴィギル:(N)彼女の名はオフィーリア。俺が悪魔である事を知りながら、こうして教会に匿ってくれた優しいシスターだ。 ヴィギル:…とは言っても、問題は彼女の兄の方なんだが…。 0:  オフィーリア:「お兄ちゃん、ギールさん起こしてきたよー!」 トーム:「(にこやか)ああ、ギールさん、おはようございます。」 ヴィギル:「(ビビってる)っ……」 ヴィギル:(N)オフィーリアの兄トーム。この教会の神父であり、悪魔からも恐れられている最強の祓魔師(ふつまし)。 ヴィギル:だがどういう訳か俺が悪魔だと気付いてないし、瀕死の状態だった俺に会わせないよう必死に匿う妹を見て、何故か俺を女だと勘違いした。 ヴィギル:それを利用しようという事で、俺はこうしてシスター服を着せられている訳だが、こいつの前で一言でも話せば、すぐに俺が男だとバレてしまう。 ヴィギル:だからこの男と話す時は、オフィーリアから貰ったノートで筆談をする以外の手段が無い。 トーム:「では、神に感謝を。アーメン」 オフィーリア:「アーメン!いただきます!」 ヴィギル:「……」 ヴィギル:(N)本当ならオフィーリアに迷惑をかけないよう、すぐに出て行くのが筋なのだろう。 ヴィギル:だが何処で俺の正体がバレるか分からない現状、教会から出ようものならすぐに殺される可能性もある。 ヴィギル:臆病な俺は、主食の人間を襲う勇気も、自ら死を選ぶ勇気も無いのだ。 ヴィギル:だが、この教会に留まっている理由はもう一つある。 トーム:「そうだ、今日は大事な話をしないといけないんだ」 オフィーリア:「大事なお話?どうしたの?」 トーム:「今日はナイツェルは来られない。この付近に悪魔が出現したようだ」 ヴィギル:「っ!?ゲホ、ゲホッ!」 オフィーリア:「わ、ギールさん大丈夫!?」 ヴィギル:(N)心臓が跳ね返りそうになる。まさか、とうとう俺の存在がバレたのか!? ヴィギル:因みにナイツェルとは、この兄妹の妹分であり、この付近を巡回して教会を守っている幼い天使だ。 ヴィギル:あの戦争には加担していないし、そもそも戦意の無い悪魔や、そんな悪魔を匿おうとする人間にも容赦しない天使の方針に、疑問を持っている。 ヴィギル:俺の事がバレればオフィーリアが天使に処罰される事を知っているから、俺の正体については黙ってくれている。 ヴィギル:そう、黙ってくれているはずなんだ。そうであってくれないと、今日が俺の命日になってしまう…! トーム:「そういう事だから、今日はミサも開かないし、兄ちゃんも一日この教会に居る事に決めた」 ヴィギル:「……!!!」 ヴィギル:(N)最悪だ。最悪だ。最悪だ! ヴィギル:ただでさえこの男と居ると、いつ正体がバレるか気が気じゃないのに、一日中教会に居るつもりなのか!? ヴィギル:俺は慌ててノートに筆を走らせ、「町の悪魔祓いの仕事はいいのですか?」と書いて見せた。 トーム:「それは…確かにまだ沢山依頼はありますし、悪魔達が人間界に逃げ込んでいる以上、今日また新たな被害は増えているでしょうが…」 オフィーリア:「ダメだよ!私が教会から出なきゃいいんだし、お兄ちゃんは困ってる人を助けなきゃ!」 トーム:「考えてもみろ!この付近は千年樹様のご加護で、弱い悪魔は簡単に近付けないようになっているんだぞ!? トーム:その結界を通り抜けてきたって事は、少なくともそいつは中級悪魔だ!教会にだって入って来るかも知れないんだぞ!」 オフィーリア:「その為のナイちゃんでしょ!この付近の祓魔師(ふつまし)はお兄ちゃんしか居ないんだから、私達みたいな人を増やしてもいいの!?」 トーム:「うっ…だ、だがフィリー、お前にもしもの事があったら…!」 ヴィギル:「……」 ヴィギル:(N)この男の気持ちは分からなくもない。この兄妹の両親は、悪魔の餌食にされて殺されてしまったそうだ。 ヴィギル:故に悪魔に対する恨みは人一倍だが、それよりもたった一人の肉親を失いたくないという気持ちの方が強いのだろう。 ヴィギル:最強と謳(うた)われている事もあって、悪魔達からも強く恨まれている。そんな奴にとって妹のオフィーリアは恰好(かっこう)の的でしかない。 ヴィギル:加えて彼女には兄のような力は全く無いし、健忘症(けんぼうしょう)という瘤(こぶ)付きだ。心配する気持ちも勿論分かる。 ヴィギル:こいつが居れば、オフィーリアも寂しい思いをする事は無いのだろうが…出来ればいつも通り仕事に出て欲しいものだ。 オフィーリア:「大丈夫だよ、私にはギールさんが居るもん!」 トーム:「ギ、ギールさん!?彼女は人間の女性だろう!?祓魔師(ふつまし)でもないのに、悪魔に対抗出来る訳がないだろう!」 オフィーリア:「お兄ちゃん、知らないの?ギールさんすっごく強いんだよ!悪魔なんてイチコロだよ!」 ヴィギル:「……!?」 ヴィギル:(N)オフィーリア、俺がいつそんな事を言った!?隠し事をし過ぎて、嘘を吐く事を躊躇(ためら)わなくなってきてないか!? ヴィギル:確かに俺は上級悪魔で、父親は今は亡き魔王だが、自分から人間を食べた事は無いんだぞ!? トーム:「…確かに、ギールさんからは普通の人間にはないような気配を感じるが…」 オフィーリア:「すっごい力持ちなんだよ!重い物を運ぶ時とか、いつも私に代わってやってくれるもん!」 ヴィギル:(N)それぐらいなら大体の男は出来る!その程度でこの男が信用する訳……。 トーム:「そうか…いや、しかし…それだとギールさんに危害が及ぶ可能性が…」 ヴィギル:(N)嘘だろ!?こいつはいつも腕力で悪魔を祓っているのか!?物理攻撃でやられる程悪魔は弱くないぞ!? ヴィギル:待ってくれ、待ってくれ。俺はどうすればいいんだ!? ヴィギル:このまま祓魔師(ふつまし)が出て行ってくれれば安心だが、万が一俺が彼女を守り切れなかった場合、どちらにしろ終わりじゃないか!? ヴィギル:と言うか、何故オフィーリアまで兄を追い出そうとしているんだ!?出て行った後はいつも寂しそうな顔をしていたじゃないか! ヴィギル:もしかしたら、俺を気遣ってこいつを町に向かわせようとしてくれているのか?なら俺はそれに乗った方が良いのか…!? ヴィギル:どうする?どうすればいい?オフィーリアの為に此処に居てもらうか、町の為に外へ出てもらうか…!! トーム:「…フィリー、ギールさんが頭を抱えているぞ。困ってるんじゃないのか?」 オフィーリア:「大丈夫だよギールさん、自信を持って!」 ヴィギル:(N)「自信とかそういう話じゃない!」と、俺はノートに書いて見せた。 トーム:「(溜息)…決まりだな。町の方々には悪いが、この付近に現れた悪魔を祓うまで待っていてもらおう」 ヴィギル:「……!!」 ヴィギル:(N)しまった。ついオフィーリアの気遣いを無碍(むげ)にしてしまった。 ヴィギル:ちらと彼女の顔を見ると、オフィーリアは笑顔を強張(こわば)らせて固まっている。 ヴィギル:…仕方がない。恩人を危険に晒す訳にもいかないし、俺が部屋から出ないようにすればいいだけだ。 ヴィギル:諦めたその時、祓魔師(ふつまし)の様子が突然変わった。 トーム:「っ…!せ、千年樹様…!?」 ヴィギル:(N)どうやら、この付近の守り神らしき存在かつ、この兄妹の母代わりからのテレパシーが来たようだ。 ヴィギル:俺は一度も会った事はないが、森の大木から離れたところは誰も見た事が無いというのに、今みたいに俺達の様子を見る事が出来るそうだ。 トーム:「あ、いえ…はい。いや、しかし……うぅ、分かりました……」 オフィーリア:「千年樹様、なんて?」 トーム:「(がっくり)……己の使命を果たせ、と…」 オフィーリア:「もう、だから言ったのに」 ヴィギル:(N)…彼の様子からして、相当怒られたのだろう。同情はするが内心ほっとした。 0: トーム:「じゃあ、兄ちゃん行ってくるから、戸締りは頼んだぞ。あと、料理以外で火は使わない事。 トーム:身体が冷えるなら毛布にしっかりくるまってなさい。それと、客人でもなるべく男は入れないように! トーム:ギールさんも良いですね!?」 オフィーリア:「もう、分かったってば!行ってらっしゃい!」 ヴィギル:(N)毎度毎度、何故俺にまでそんな事を言うんだろう…。 0:トームが教会から出て行く。 オフィーリア:「ふぅ…やっと普通に話せるね」 ヴィギル:「…さっきはすまなかった。俺の為に兄さんを行かせようとしてくれていたのに…」 オフィーリア:「え?…ふふっ、違うよ。お兄ちゃんが一日中家に居たら、ゆっくり過ごせそうにないもん」 ヴィギル:「え…?」 オフィーリア:「確かに最初は寂しかったけど、今はギールさんも居てくれるから大丈夫だよ! オフィーリア:ギールさんは、お兄ちゃんみたいにうるさくないし!」 ヴィギル:「(ちょっと引いてる)……君も大概、兄さんに冷たいな…」 オフィーリア:「違いますー!お兄ちゃんが妹離れしてないだけですー!」 0:オフィーリアが不機嫌そうにヴィギルを睨むが、やがて一緒に笑い合う。 オフィーリア:「ギールさん、今日も聞かせて。昨日はどんな事があったの?誰が教会に来て、どんなお話をしたの?」 ヴィギル:「ああ、聞かせよう。俺はその為に此処に居る」 ヴィギル:(N)俺が教会を出ないもう一つの理由は、このオフィーリアの為だ。 ヴィギル:彼女に救われたこの命を、彼女の備忘録(びぼうろく)として捧げる事に決めた。 ヴィギル:オフィーリアは健忘症(けんぼうしょう)で、会った人間や起こった出来事を、綺麗に忘れてしまう事がある。 ヴィギル:その話をしても全く思い出せず、たまにミサに訪れた客人と話が嚙み合わなくて苦労している。 ヴィギル:俺の使っているノートも、元々は彼女が日記をつける為に兄に買ってもらったものらしいが、書いた日記を何処にしまったかをいつも忘れるから諦めてしまったそうだ。 ヴィギル:だから俺が証人となって、彼女の傍で見聞きしたもの全てを、こうして聞かせるのが俺の使命になった。 ヴィギル:魔王だった父も死に、俺達悪魔にもう未来は無い。ならば、後悔の無いように生きようと決めたんだ。 0:  オフィーリア:「…そんな事があったんだ。うーん、憶えてない…」 ヴィギル:「大丈夫だ。何度忘れても、俺が全部話すから」 オフィーリア:「ありがとう、ギールさん。…本当にごめんね」 ヴィギル:「何故謝るんだ?悪いのは君じゃなくて、君の病(やまい)だろう?」 オフィーリア:「…えへへ、ギールさんが来てくれて、本当に良かった」 ヴィギル:「え、きゅ、急にどうしたんだ?俺はただ、君に恩返しを…」 オフィーリア:「うふふ、なーいしょっ!」 ヴィギル:「…?」 オフィーリア:「ねぇ、ギールさんにもお兄さんと弟さんが居るんだよね?」 ヴィギル:「え?あ、あぁ…。こんな状況だ。生きているかどうかも正直分からないが…」 オフィーリア:「きっと生きてるよ!人間を襲わないギールさんが生きてたんだもん!それに、ギールさんは魔王の子なんでしょ?」 ヴィギル:「う…あんまり父の話は……(何者かの気配に気付く)!!」 オフィーリア:「ならお兄さんも弟さんもきっと」 ヴィギル:「(遮る)待て、何か来る!」 オフィーリア:「え?お客さん?」 ヴィギル:「いや、この気配は…悪魔だ!」 オフィーリア:「え…!?」 ヴィギル:「それもかなり腹を空かせている…鉢合わせでもしたら危険だ。玄関を閉めるぞ!」 オフィーリア:「う、うん!」 0:  0:二人は玄関に向かい、閂をかける。 0:  オフィーリア:「これでもう、大丈夫?」 ヴィギル:「いや、これはただの時間稼ぎだ。人間のフリをして戸を叩いてくるだろうが、絶対に返事をするなよ」 オフィーリア:「でもその悪魔って、ギールさんの兄弟じゃないの?」 ヴィギル:「あり得ないな。確かに上級悪魔ではあるだろうが、あの二人の方がもっと強い」 オフィーリア:「は、話し合いで何とかならないかな…?」 ヴィギル:「(叱るように)オフィーリア、君は悪魔が人間の何を食べるのか知らないのか?」 オフィーリア:「し、知ってるよ!えっと、人間の願いを叶える代わりに魂を食べちゃう契約型と、人間の血を吸う吸血型と…(ここから恥ずかしそうに)…えっと…」 ヴィギル:「人間の性を食らう淫魔型」 オフィーリア:「うぅっ……」 ヴィギル:「さっきも言ったが、奴はかなり腹を空かせている。話し合いなんてする間も与えずに襲って来るぞ。 ヴィギル:そしてもしそいつが淫魔型なら…君は生涯屈辱を背負い続ける羽目になる。最悪の場合死に至るぞ。まぁ、これはどのタイプにも言えた事だが」 オフィーリア:「(怯え)ギールさん……」 ヴィギル:「…奴はまだ俺達には気付いていない。教会を見つけて餌があると思って来たようだ。奥へ行こう。なるべく音を立てないように」 オフィーリア:「うん……」 ヴィギル:「…大丈夫だ。出来損ないでも、俺も魔王の子なんだ。いざとなったら、その力で追い払ってやる」 オフィーリア:「……うん」 0:  オフィーリア:(N)いつもお兄ちゃんに怯えて、気まずそうに目を逸らしてばかりのギールさんが、この時は凄く頼もしく見えた。 オフィーリア:怖がる私の手を引いて、教会の奥へと足早に進んでいく。まだ外に出られた頃、お祭りに連れて行ってもらった数少ない記憶を思い出す。 オフィーリア:ミサの時よりもずっと人が多くて、怖がっていた私をお兄ちゃんが優しく手を引いてくれていた。 オフィーリア:あの時のお祭りなんかよりもよっぽど怖い事が起こっているのに、その手を握っていると何故だかすごく安心した。 ヴィギル:「よし、この部屋なら玄関から一番遠い。あとは静かに君の兄さんか妹を待つだけだ」 オフィーリア:「諦めてくれると良いんだけど…」 0:玄関のドアが破壊された音がする オフィーリア:「きゃっ!?」 ヴィギル:「…諦めてくれなかったな」 0:教会内を駆け回る足音が響く ヴィギル:「このままだとまずいな…(辺りを見渡す)あのクローゼットに隠れるぞ!」 オフィーリア:「う、うん!」 0:小さなクローゼットに二人で入る。 ヴィギル:「…オフィーリア、苦しくないか?」 オフィーリア:「へ、平気…」 オフィーリア:(N)確かにクローゼットは思ったより小さくて、そこに二人も入ったものだから少し狭い。 オフィーリア:でも今はその狭さが、私の恐怖を和(やわ)らげてくれている。そんな気がした。 ヴィギル:「!近付いてきた!」 オフィーリア:「むぐっ!?」 オフィーリア:(N)ギールさんが咄嗟(とっさ)に私の口を塞ぐ。そして顔を近付けて、その手に力を入れる。 オフィーリア:私の傍で、私の事を必死に守ろうとしてくれている。 ヴィギル:「…?オフィーリア…?」 オフィーリア:(N)私はギールさんに一層身体をくっつけて、その身を彼に預けた。 オフィーリア:すると彼の心音が、どくどくと鼓動を早める。それは、今の状況が怖いから?それとも……。 0:二人の居る部屋のドアが乱暴に開かれる。 ヴィギル:「っ……!!」 ヴィギル:(N)とうとう来た。上級悪魔だ。かなり息が荒い。恐らく極限状態なんだろう。 ヴィギル:俺達はただ気配を消して、部屋を歩き回るそいつが去るのを待った。 ヴィギル:どうやら俺達が奴の存在に気付いて、既に隠れているとは考えなかったようだ。 ヴィギル:加えて、この部屋の窓を予め開けておいている。そこから逃げたと勘違いしてくれる事を願うばかりだ。 ヴィギル:足音が遠のいていく。上手くいったようだ。安心したのも束(つか)の間(ま)、上からぽとりと鼠が落ちて来た。 オフィーリア:「ひっ……!(慌てて口を塞ぐ)」 ヴィギル:(N)そして悪魔がまだ去ってない内に、オフィーリアが一瞬だけ声を上げてしまった。 ヴィギル:悪魔の足音がぴたりと止まり、こちらに向かって走って来る。 ヴィギル:俺は覚悟を決めてオフィーリアを後ろへやり、力を開放しようとしたその時―― トーム:「おい、此処に立ち入りして良いのは人間だけだぞ」 ヴィギル:(N)待っていたはずなのに、俺はその声を聞いて心の底から恐怖した。 ヴィギル:開きかけたクローゼットから覗き込むと、そこには最強の祓魔師(ふつまし)が鬼の形相(ぎょうそう)で侵入してきた悪魔を睨んでいた。 トーム:「俺の居る教会だと知ってて入ったのか?それとも、俺の事など知らない間抜けか? トーム:まぁ、どちらでもいいさ。随分腹を空かせているようだが、すぐにその空腹から解放してやろう」 ヴィギル:(N)悪魔の表情が絶望に歪む。対峙しようとした奴が言う事じゃないんだろうが、心底同情する。 トーム:「悔い改めよ!≪神聖な裁き≫(セイクレッド・サンクション)!!」 ヴィギル:(N)祓魔師(ふつまし)がそう唱えると、クローゼットの隙間から眩(まばゆ)い光が目を突き刺した。 ヴィギル:耐え切れずに目を瞑っている内に、上級悪魔の断末魔が耳を劈(つんざ)く。 ヴィギル:このまま自分も同じ目に遭わされるか。そんな不安が過(よぎ)って身の毛がよだつ。 ヴィギル:蹲(うずくま)って震えていると、悪魔の断末魔が小さくなって消えていった。 0:  オフィーリア:「……お、お兄ちゃん…?」 トーム:「!?フィリー!!」 0:トームが慌ててクローゼットを開け、オフィーリアを抱き締める。 トーム:「こんな所に隠れてたのか!怖かっただろう、兄ちゃんが来たからもう大丈夫だ!」 オフィーリア:「(泣き始める)うん、うん…!」 ヴィギル:(N)涙ながらに抱き合う兄妹を見て、俺はこの隙に離れようと考えた。 ヴィギル:上級悪魔ですら、最強の祓魔師(ふつまし)の前ではあのザマなんだ。出来る事なら距離を取っておきたい。 ヴィギル:そっとクローゼットから出て、気付かれない内に自室へと戻った――。 0:  ヴィギル:(N)それから少し時間が経って、俺の部屋をノックする音が聞こえた。 ヴィギル:オフィーリアが来たのだろうと思い、そのまま彼女が入って来るのを待った。 ヴィギル:が、いくら待っても入って来ない。ノックの音が続くばかりだ。 ヴィギル:妙に思ってドアを開けて、俺は驚きのあまり声を上げそうになった。 トーム:「すいませんギールさん、少しいいですか?」 ヴィギル:「っ……」 ヴィギル:(N)祓魔師(ふつまし)だ。俺の部屋に来る事などそう無いのに、今日は本当に厄日だ。 ヴィギル:上級悪魔に見つかりそうになった時に力を開放しようとしたから、とうとう俺の正体もバレたのか…!? トーム:「さっきの事で、お礼が言いたかったんです」 ヴィギル:「……?」 ヴィギル:(N)また別の意味で声が出そうになった。礼だと?俺は何も、この男の手伝いをした記憶は無いが…。 トーム:「壊された玄関に閂(かんぬき)がしてありました。あの部屋の窓も、貴女が開けていたものでしょう? トーム:貴女も十分に怖かったでしょうに、妹を守って下さって、本当にありがとうございます」 ヴィギル:(N)そう言って、祓魔師(ふつまし)は悪魔である俺に深々と頭を下げた。 ヴィギル:未だに分からない。こんな優秀な祓魔師(ふつまし)が、何故俺の正体には気付いていないのか。 ヴィギル:敢えて俺を泳がせているのか?人間を襲わない悪魔には寛容なのか? ヴィギル:考えたところで答えなど出る訳もなく、俺は彼と同様に頭(こうべ)を垂れるしかなかった。 トーム:「…それと、もう一つ。…もしフィリーがその時の事を忘れていても、何も言わないであげて下さい」 ヴィギル:「…?」 トーム:「あの子もとても怖い思いをしました。教会に居れば安全だからと外に出ないようにしているのに、あんな事が起こってはあの子も不安でしょう。 トーム:無論、千年樹様には結界を強めてもらうようお願いをしておきますが、それでも今後同じ事が起こらないとは断言出来ないので…」 ヴィギル:「っ……」 トーム:「だから、無理なお願いなのは百も承知なのですが…出来ればギールさんにも、忘れていただきたいのです」 ヴィギル:「……」 ヴィギル:(N)俺は何も返せなかった。だが祓魔師(ふつまし)もこちらを気遣ってくれたのか、俺の返答を待とうとはしなかった。 トーム:「では、私はこれで。おやすみなさい」 ヴィギル:(N)そう言って帰っていく祓魔師(ふつまし)を見送って、俺はドアを閉めた。 0:  ヴィギル:(N)少ししてから、またノックが来た。今度こそオフィーリアだった。 オフィーリア:「ギールさん、入るよー?」 ヴィギル:(N)いつも通りそう言って、ドアを開けて入って来る。 ヴィギル:「オフィーリア、大丈夫か?」 オフィーリア:「え、何が?大丈夫だよ?」 ヴィギル:「その、ほら…悪魔が入って来ただろう?」 オフィーリア:「え!?この教会に!?いつ!?」 ヴィギル:「えっ……」 ヴィギル:(N)俺は困惑を隠せなかった。いつも記憶が無くなっているのは、朝起きた時だったのに。 ヴィギル:とにかくいつも通り話そうとして、さっきの祓魔師(ふつまし)の言葉を思い出した。 ヴィギル:不安にさせるだけの記憶なら、話さない方が良いのかも知れない。 ヴィギル:言葉に困って言い淀んでいると、オフィーリアが俺の顔を両手で挟んだ。 オフィーリア:「ギールさん、私の備忘録(びぼうろく)になってくれるんでしょ?話してよ」 ヴィギル:「だ、だが…君を怖がらせてしまう」 オフィーリア:「いいから、話して。ギールさんが居てくれるんだもん。怖くないよ」 ヴィギル:「……」 ヴィギル:(N)彼女の真っすぐな目で見つめられて、俺は押し負けてしまった。 ヴィギル:上級悪魔がこの教会に近付いてきた事、閂(かんぬき)をかけたが破壊された事、 ヴィギル:奥の部屋に隠れたが追い詰められ、すんでの所で祓魔師(ふつまし)に助けられた事、今日起こった全ての出来事を話した。 オフィーリア:「…あの閂(かんぬき)、突風で壊されたんじゃなかったんだ…」 ヴィギル:「…君の兄さんが、そう言ったのか?」 オフィーリア:「……うん」 ヴィギル:(N)オフィーリアが哀しそうに俯く。妹の為とは言え、嘘は所詮嘘だ。 ヴィギル:かける言葉が見つからないまま黙っていると、オフィーリアが俺の胸に飛びついた。 ヴィギル:「え、オ、オフィーリアッ!?」 オフィーリア:「…大丈夫、怖いんじゃないの。大丈夫だから…」 ヴィギル:(N)オフィーリアの声が震え始める。きっと泣いているのを、俺に悟られたくないのだろう。 ヴィギル:結局俺はかける言葉を見つけられないまま、震える彼女の背中を撫でるしか出来なかった。 オフィーリア:「いつもそう…。お兄ちゃんは私の為って言って、私を置いていくの。ナイちゃんも、千年樹様も…! オフィーリア:いつもそうやって、私を独りぼっちにするの。寒いよ。寂しいよ……」 ヴィギル:(N)耐え切れなくなって、俺は彼女を抱き締めた。その程度で彼女の心が埋まるとも思えなかったが、せめて彼女の心を温めてやりたかった。 オフィーリア:「…ギールさん、お願い。私を置いて行かないで…ずっと傍に居てよ……」 ヴィギル:「…分かってる、大丈夫だ。俺は君の備忘録(びぼうろく)。命の限り、君の傍に居る事を誓うよ」 ヴィギル:(N)何て悲しいのだろう。兄も妹も母親も彼女を愛しているというのに、誰一人、彼女の傍に居てやれない。 ヴィギル:せめて俺は、そのいずれにもなってやれない俺だけは、彼女の傍で一緒に笑ってやらなければ。 ヴィギル:  ヴィギル:例え俺の同胞が、俺の兄弟が、敵に回ったとしても…、俺はオフィーリアの備忘録(びぼうろく)であり続ける。