台本概要
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タイトル | 紅灯に秘するは蝶の夢(花魁風台本) |
---|---|
作者名 | レイフロ (@nana75927107) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(女2) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
紅灯に秘するは蝶の夢(こうとうにひするは ちょうのゆめ) 花魁二人の会話劇。年季明けを迎えようとしている姉花魁とそれを慕う妹花魁の秘密の話。 ↓レイフロ作の声劇台本はHPに全作品載っています。 https://reifuro12daihon.amebaownd.com ↓生声劇等でご使用の際の張り付け用 ―――――――― 紅灯に秘するは蝶の夢 作:レイフロ 蒼羽♀: 白糸♀: ―――――――― 411 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
蒼羽 | 女 | 73 | あおはね。吉原の花魁。もうすぐ年季明けを迎えようとしている。才色兼備で、年季明け後は身請けが決まっている。 |
白糸 | 女 | 74 | しらはね。蒼羽の妹花魁で、蒼羽をとても慕っている。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
白糸:蒼羽(あおはね)花魁、ここは冷えるでありんす。そろそろ中に…
蒼羽:白糸(しらいと)、覚えておりんすか?
白糸:どうしたんでありんすか?
蒼羽:ちょうど今みたいに小雪が舞い散る時、水揚げを終えたばかりの白糸が、あちきの布団に、泣きながら潜り込んで来た時のこと。
白糸:あの日は…。
蒼羽:水揚げの後も、白糸は泣きもせず平然としておりんしたから、運命を受け入れたんかと思っとりんしたが…。あん時気づけんかったあちきは、姉失格だったかもしれんなぁ。
白糸:そんなことありんせん!あの時、花魁は疲れていたにも関わらず、何も言わずにずっと抱きしめてくれんした!あの優しさに、どれだけ心が落ち着いたか…!
蒼羽:白糸は北国出身でありんしたから、雪が舞い始めたのをみて、故郷(さと)を思い出したんでありんしょう?そうしたら、張り詰めていた糸が、急に切れてしまったんでありんしょうなぁ。故郷に好きな男でもおりんしたか?
白糸:…もう顔もぼんやりとしか覚えておりんせんけんど、でも…
蒼羽:「声が低くて格好良かった」…でありんしょう?
白糸:ふふ。そうでありんす!あちきは、殿方の渋いお声が好きでありんす。
蒼羽:老齢のご隠居のお相手をした時も、大丈夫だったか聞いたあちきに、白糸は言いんしたな?『お声が好みでありんした!』と。
白糸:目を瞑って声だけ聴いていれば、平気でありんした!
蒼羽:ふふふ。
白糸:花魁、部屋の中からでも雪は見えんす。早く入り…ふ…ふぇっくしゅん!(くしゃみ)
蒼羽:雪国出身の割には、寒さに弱いでありんすなぁ。わかりんした。入りんしょう。
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白糸:早く火鉢(ひばち)に当たってくだしゃんせ。手がこんなに冷たくなっておりんす。
蒼羽:あちきの冷え性は昔からでありんすよ。
白糸:花魁は、もうすぐ年季も明けて、身請けも決まっているのでありんすから、もっと体調に気をつけてくだしゃんせ。
蒼羽:…そうで、ありんすな。
白糸:気が乗らないのでありんすか?藤倉(ふじくら)様は、とても裕福なお大名様でありんしょう?
蒼羽:籠が移るだけでありんすよ。吉原という大きな籠から、個人観賞用の籠へ。
白糸:花魁…。
蒼羽:贅沢な悩みだとわかっているでありんす。衣食住にも困らず…ましてや、不特定多数の相手をしなくていいのでありんすから。
白糸:ん…。
蒼羽:でも、必死に生きているのは何も花魁だけではないのでありんすよ。
白糸:おきちゃもまた、そうだと?
蒼羽:ここへは、性を通して、自分の存在を、自分が生きていることを実感しにくるおきちゃも多いのでありんす。
白糸:おきちゃは、あちきら花魁とは違って自由でありんすに、どうしてわざわざ高い金子(きんす)を払ってまで、存在意義を感じるためにここに来るんでありんしょう?
蒼羽:苦界(くがい)はここだけではない、ということでありんしょう。
白糸:吉原の外も、やはり苦界(くがい)なんでありんしょうか…?
蒼羽:金子(きんす)に困ることがないお方も、心まで豊かとは限らんということでありんすよ。
白糸:でもそれじゃあ、あちきらはここから出ても苦界から苦界へ移動するだけ?そんな夢のない話がありしゃんすか?!
蒼羽:そうとは言っていないでありんす。心の豊かさは場所を選ばない、ということでありんしょう。
白糸:あちきは、花魁には幸せになって欲しいでありんす!場所がどこであれ…!
蒼羽:白糸、こっちに来なんし。
白糸:あい…。
蒼羽:あったかいでありんすなぁ。
白糸:あい。
蒼羽:これから言う話を、秘密に出来ると約束出来んすか?
白糸:…秘密?
蒼羽:あちきと白糸の、二人しか知らない秘密にしんしょう。
白糸:あい!誰にも言わないでありんす!
蒼羽:あちきは必ず、今から言う事を成し遂げんす。だから白糸も、これから先、何があっても諦めてはならんのぇ?
白糸:でもあちきは、花魁ほど強くはないでありんす…。
蒼羽:(少しふざけたように)何を言っているでありんすか!あの色欲(しきよく)の大爺(おおじじい)、稲塚(いなづか)様を手玉に取ったではありんせんか!
白糸:稲塚(いなづか)様も、声だけは渋くて格好良かったのでありんす!
蒼羽:だから無理難題にも答えられたと?
白糸:そうでありんす!
蒼羽:あはは!本当にあんたは、良い性格をしておりんすなぁ。
白糸:笑いごとじゃないでありんすぅ。
蒼羽:心配しなくても、白糸は充分強い心を持っておりんす。あちきがいなくても、大丈夫でありんすよ。
白糸:(拗ねて)それとこれとは別でありんすっ!
蒼羽:ふふ。さ、秘密の話をしんすよ?…これに見覚えがありんすか?
白糸:これは…花魁が大切にしている、鼈甲(べっこう)の玉が付いた簪(かんざし)…。
蒼羽:これはとても特別なものでありんす。
白糸:へぇ。蒼羽花魁のいい人に貰ったんでありんすか?
蒼羽:そんなんじゃありんせん。…白糸は、「伝説の簪職人(かんざししょくにん)」がいるというのを、聞いたことはありんすか?
白糸:あぁ、「これは伝説の簪職人(かんざししょくにん)が作った簪だ!」って言って、高~い簪を売りつけてくる輩(やから)がおりんすが…。あれは商売をするための嘘八百じゃありんせんのか?
蒼羽:あちきは一度だけ、伝説の簪職人本人に会ったことがありんす。
白糸:(大声で)ええええ!?
蒼羽:しぃっ!声が大きい!
白糸:あっと…!で、でも、伝説の簪職人が作るのは、錺簪(かざりかんざし)なんじゃあ?この鼈甲(べっこう)の玉は、透明度が高くて珍しいと思いんすけど、派手さはあんまり…
蒼羽:玉の部分を覗いてみなんせ。
白糸:え?こう?うわっ…うわぁぁぁあああ!
蒼羽:だから声が大きいでありんすっ!
白糸:あっと…!だ、だって、すごくびっくりしんしたぁ!
蒼羽:これで信じんしたか?伝説の簪職人は実在するんでありんすよ。
白糸:(玉を覗きながら)ふぁぁ…この小さな玉の中に、綺麗な模様が沢山…!少し角度を変えただけで、全然違う模様になるでありんすぅぅ
蒼羽:見え方は、百通りあるそうでありんす。
白糸:百?!こんなに小さな玉の中に一体どうやって…!
蒼羽:あちきも初めて見た時に、同じことを言ったでありんす。そしたら、そのお方はこうおっしゃった…。
蒼羽:「この百通りの模様は、今まで自分が旅をして出会った人々の魂の模様。素晴らしいのは細工ではなく、人なのです」、と。
白糸:魂の模様?素敵っ…!
蒼羽:そうでありんしょう?でもあちきは当時、自らの境遇に…吉原の人々に絶望しておりんしたから、素晴らしいのは人なのだと、目を輝かせるそのお方が、何も知らない幼子(おさなご)のようで…。呆(あき)れを通り越して、何だかおかしかったでありんす。
白糸:変わったお人だったのでありんすね。
蒼羽:あちきはその時、久しぶりに笑うことが出来んした。
白糸:久しぶりに?蒼羽花魁の姉さんは、とっても気性の荒いお人だったと聞きんしたが、そんなに厳しかったんでありんすか?他に仲の良い子もいなかったんでありんすか?
蒼羽:いたことはいた…でもおきちゃの無理心中に巻き込まれて、あっけなく死んだのでありんす。
白糸:そうでありんしたか…。
蒼羽:だから、本当に絶望していた…。商売用の作り笑いではなく、自然と口角が上がったことに、自分でも驚いてしまって…笑うと同時に、涙もこぼれてきたのでありんす。
白糸:花魁…。
蒼羽:あのお方は、あちきの嬉しいとも悲しいともつかない感情が落ち着くまで、優しいお顔で見守っていてくださった。あちきの事情など、何も知らんというんに…。
白糸:きっと聞かなくてもわかるんでありんすよ!だってそのお方には、人の魂の模様が見えるんでありんしょう?!
蒼羽:そうかもしれんなぁ。そのお方は、泣き止んだあちきに、その鼈甲(べっこう)の簪を差し出してきんした。
白糸:え?!
蒼羽:「次の作品では、ぜひ貴女の魂の模様も描(えが)かせて欲しい。これはその手付け代わりとして受け取って欲しい」、と。
白糸:わぁ!すごいすごい!素敵でありんす!
蒼羽:そのお方はこれからも、自分が心惹かれる魂の模様を持つ方々を探す旅に出られる、とのことでありんした。
白糸:じゃあ、この模様は今後もっともっと増えていくんでありんすね!そしてその中の一つに、蒼羽花魁の魂の模様も入るなんて…!
蒼羽:…でもあれから、あのお方には一度も会えておりんせん。
白糸:そうでありんしたか。見てみたいでありんす、蒼羽花魁の魂の模様!
蒼羽:前置きが長くなりんしたが、ここからが本題になりんす。
白糸:っと!秘密のお話でありんしたね!
蒼羽:ん。あちきが今回身請けを決めたのには、理由がありんす。
白糸:ふむふむ。
蒼羽:藤倉(ふじくら)様は、あちきに一目ぼれし、自分のところに囲おうとしておいででありんす。だから、あちきはここから出ても、結局籠が移るだけで、あのお方のように自由に旅をすることはかないんせん。
白糸:花魁は、その伝説の簪職人に会いたいんでありんすね…。
蒼羽:そうでありんす。
白糸:うーん…。あっ、はいはい!藤倉様は蒼羽花魁にベタ惚れでありんしたな?
蒼羽:お母さんが言うには、この見世で過去一番の身請け額だそうな…。
白糸:ってことは、花魁にベタ惚れの藤倉様に、「簪が好きだから」と言って、名高い職人を片っ端から屋敷に招いてもらえばいいのではありんせんか?!
蒼羽:ご明察。あちきがあの方を探す方法なんて、それしか思いつかん。そんな我儘は言えるほどに、藤倉様をどっぷり惚れさせるんは、容易なことではありんせんかったが。ふふ。
白糸:わぁぁ、今あちきは興奮しておりんす!これは壮大な計画でありんすよ!
蒼羽:うふふ。白糸なら分かってくれると思いんした。まぁ、あの方は身分を隠しているようでありんしたから、簡単には見つからんかもしれんすが。
白糸:でも、わくわくしんす!だって、蒼羽花魁の魂の模様が入った錺簪(かざりかんざし)が、今も誰かの頭の上で輝いているかもしれん!伝説の職人と一緒に、各地を旅しているかもしれん!絶対にまた会わなきゃダメでありんす!
蒼羽:あちきは、この簪があったから、また人に希望を持つことが出来んした。でなければ、あちきの姉花魁(あねおいらん)のように、あちきも、白糸に対して酷く当たってしまっていたかもしれん。
白糸:じゃあ、あちきも伝説の簪職人に感謝しなくちゃいけないでありんすね!
蒼羽:むしろ甘やかしすぎた感じもありんすが?
白糸:そ、そんなことありんせん!花魁には何度も怒鳴られんした!
蒼羽:それは、白糸が駄々をこねるからでありんしょう?!
白糸:ひぇ!ほら怒ったぁ…!
蒼羽:ふふ。…早く見てみたいでありんす。あちきの魂の模様は、どんな形をしているのでありんしょうか?
白糸:そうでありんすね。簪職人に会ったのは数年前でありんしょう?今なら、模様が百五十くらいに増えているかもしれんすなぁ?
蒼羽:もっとかもしれないでありんすよ?あちきらは、この簪の玉よりもずっとずっと小さく、狭いところで生きているのでありんすから。
白糸:素晴らしい人たちに出会う旅かぁ。あちきもいつか外に出たいでありんす。
蒼羽:白糸…でも外は…
白糸:わかっておりんす。あちきも、元は貧しくて売られてきた身。娑婆(しゃば)が、夢に溢れた世界ではないことくらい、わかっておりんす。
蒼羽:でも、ここで一生を終える気はないんでありんすな?
白糸:そうでありんす!あっ!この簪、返しんす!見せてくれてありがとうございんした!
蒼羽:それは、白糸が持っとりやんせ。
白糸:え?!そんなのだめでありんすよ!伝説の簪職人にまた会えた時は、これを見せてちゃんとお礼を言った方がいいと思いんす!
蒼羽:あのお方は、この簪を「手付け」だとおっしゃった。きっとまた会えた時は、新しい簪を譲ってくださると思いんす。
白糸:でも…。
蒼羽:此処には色んな人が来(き)んす。年季が明けるまで、これまでよりももっと辛いことも起こりんしょう。それらは全て、人が起こすもの。でも絶望する前に、この鼈甲(べっこう)の玉を覗いてみなんせ。あちきは、何度この簪に心を救われたかわかりんせん。
白糸:花魁…。いいのでありんしょうか?あちきも、きっといつかここから出られると、夢見ても…?
蒼羽:いいに決まっとりんす。その頃までに、きっとあちきもあの方に会って、新しい簪を手に入れんしょう。
白糸:(だんだん涙ぐんで)あい…。あちきは、蒼羽花魁の魂の模様が、どんな形なのか、予想するでありんす…!だから、だから…!
蒼羽:約束しんしょう。その答え合わせを、必ず再会して、あちきらですると。
白糸:あい…必ず…!ハッ…!花魁!あちきと指切りしてくんなんし!
蒼羽:ふふ、いいでありんすよ?♪ゆーびきーりげんまん…
白糸:♪嘘いたら針千本飲~ますっ!
蒼羽:ほら、泣いていたら夜の仕事に差し支えんしょう?
白糸:な、泣いてないでありんす!花魁が藤倉(ふじくら)様のところに行っても、絶対にまた会える!寂しくなんかないでありんす!
蒼羽:その意気でありんすよ、白糸。
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蒼羽:そろそろ支度をする時間でありんすよ。あちきは身請けの日までは、もうおきちゃを取りんせんが。
白糸:お母さんが上機嫌でありんした。絶対に客を取らせることがないよう、自ら身請け金とは別に、多分な量の身上がり代を上乗せしてきたって…。本当に藤倉様は、花魁のことを独占したいんでありんすなぁ。
蒼羽:それくらい入れあげてもらわにゃ困るでありんす!
白糸:ふふ。例の目的のためには、藤倉様のお力が必要でありんすもんねぇ。
蒼羽:白糸、悪い顔してるでありんすよ?
白糸:ふっふっふ、蒼羽花魁だって~
0:(二人で笑いあって下さい)
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白糸:蒼羽花魁、では行ってくるでありんす!
蒼羽:ん、お気張りやんせ。その簪、似合っとりんすよ。
白糸:えへへ。…あっ!行く前にひとつ聞いてもいいでありんすか?
蒼羽:なんでありんしょう?
白糸:(小声で)…伝説の簪職人は、渋くて低い声でありんしたか?
蒼羽:もう!あんたって子は!
白糸:うふふ!
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0:了
白糸:蒼羽(あおはね)花魁、ここは冷えるでありんす。そろそろ中に…
蒼羽:白糸(しらいと)、覚えておりんすか?
白糸:どうしたんでありんすか?
蒼羽:ちょうど今みたいに小雪が舞い散る時、水揚げを終えたばかりの白糸が、あちきの布団に、泣きながら潜り込んで来た時のこと。
白糸:あの日は…。
蒼羽:水揚げの後も、白糸は泣きもせず平然としておりんしたから、運命を受け入れたんかと思っとりんしたが…。あん時気づけんかったあちきは、姉失格だったかもしれんなぁ。
白糸:そんなことありんせん!あの時、花魁は疲れていたにも関わらず、何も言わずにずっと抱きしめてくれんした!あの優しさに、どれだけ心が落ち着いたか…!
蒼羽:白糸は北国出身でありんしたから、雪が舞い始めたのをみて、故郷(さと)を思い出したんでありんしょう?そうしたら、張り詰めていた糸が、急に切れてしまったんでありんしょうなぁ。故郷に好きな男でもおりんしたか?
白糸:…もう顔もぼんやりとしか覚えておりんせんけんど、でも…
蒼羽:「声が低くて格好良かった」…でありんしょう?
白糸:ふふ。そうでありんす!あちきは、殿方の渋いお声が好きでありんす。
蒼羽:老齢のご隠居のお相手をした時も、大丈夫だったか聞いたあちきに、白糸は言いんしたな?『お声が好みでありんした!』と。
白糸:目を瞑って声だけ聴いていれば、平気でありんした!
蒼羽:ふふふ。
白糸:花魁、部屋の中からでも雪は見えんす。早く入り…ふ…ふぇっくしゅん!(くしゃみ)
蒼羽:雪国出身の割には、寒さに弱いでありんすなぁ。わかりんした。入りんしょう。
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白糸:早く火鉢(ひばち)に当たってくだしゃんせ。手がこんなに冷たくなっておりんす。
蒼羽:あちきの冷え性は昔からでありんすよ。
白糸:花魁は、もうすぐ年季も明けて、身請けも決まっているのでありんすから、もっと体調に気をつけてくだしゃんせ。
蒼羽:…そうで、ありんすな。
白糸:気が乗らないのでありんすか?藤倉(ふじくら)様は、とても裕福なお大名様でありんしょう?
蒼羽:籠が移るだけでありんすよ。吉原という大きな籠から、個人観賞用の籠へ。
白糸:花魁…。
蒼羽:贅沢な悩みだとわかっているでありんす。衣食住にも困らず…ましてや、不特定多数の相手をしなくていいのでありんすから。
白糸:ん…。
蒼羽:でも、必死に生きているのは何も花魁だけではないのでありんすよ。
白糸:おきちゃもまた、そうだと?
蒼羽:ここへは、性を通して、自分の存在を、自分が生きていることを実感しにくるおきちゃも多いのでありんす。
白糸:おきちゃは、あちきら花魁とは違って自由でありんすに、どうしてわざわざ高い金子(きんす)を払ってまで、存在意義を感じるためにここに来るんでありんしょう?
蒼羽:苦界(くがい)はここだけではない、ということでありんしょう。
白糸:吉原の外も、やはり苦界(くがい)なんでありんしょうか…?
蒼羽:金子(きんす)に困ることがないお方も、心まで豊かとは限らんということでありんすよ。
白糸:でもそれじゃあ、あちきらはここから出ても苦界から苦界へ移動するだけ?そんな夢のない話がありしゃんすか?!
蒼羽:そうとは言っていないでありんす。心の豊かさは場所を選ばない、ということでありんしょう。
白糸:あちきは、花魁には幸せになって欲しいでありんす!場所がどこであれ…!
蒼羽:白糸、こっちに来なんし。
白糸:あい…。
蒼羽:あったかいでありんすなぁ。
白糸:あい。
蒼羽:これから言う話を、秘密に出来ると約束出来んすか?
白糸:…秘密?
蒼羽:あちきと白糸の、二人しか知らない秘密にしんしょう。
白糸:あい!誰にも言わないでありんす!
蒼羽:あちきは必ず、今から言う事を成し遂げんす。だから白糸も、これから先、何があっても諦めてはならんのぇ?
白糸:でもあちきは、花魁ほど強くはないでありんす…。
蒼羽:(少しふざけたように)何を言っているでありんすか!あの色欲(しきよく)の大爺(おおじじい)、稲塚(いなづか)様を手玉に取ったではありんせんか!
白糸:稲塚(いなづか)様も、声だけは渋くて格好良かったのでありんす!
蒼羽:だから無理難題にも答えられたと?
白糸:そうでありんす!
蒼羽:あはは!本当にあんたは、良い性格をしておりんすなぁ。
白糸:笑いごとじゃないでありんすぅ。
蒼羽:心配しなくても、白糸は充分強い心を持っておりんす。あちきがいなくても、大丈夫でありんすよ。
白糸:(拗ねて)それとこれとは別でありんすっ!
蒼羽:ふふ。さ、秘密の話をしんすよ?…これに見覚えがありんすか?
白糸:これは…花魁が大切にしている、鼈甲(べっこう)の玉が付いた簪(かんざし)…。
蒼羽:これはとても特別なものでありんす。
白糸:へぇ。蒼羽花魁のいい人に貰ったんでありんすか?
蒼羽:そんなんじゃありんせん。…白糸は、「伝説の簪職人(かんざししょくにん)」がいるというのを、聞いたことはありんすか?
白糸:あぁ、「これは伝説の簪職人(かんざししょくにん)が作った簪だ!」って言って、高~い簪を売りつけてくる輩(やから)がおりんすが…。あれは商売をするための嘘八百じゃありんせんのか?
蒼羽:あちきは一度だけ、伝説の簪職人本人に会ったことがありんす。
白糸:(大声で)ええええ!?
蒼羽:しぃっ!声が大きい!
白糸:あっと…!で、でも、伝説の簪職人が作るのは、錺簪(かざりかんざし)なんじゃあ?この鼈甲(べっこう)の玉は、透明度が高くて珍しいと思いんすけど、派手さはあんまり…
蒼羽:玉の部分を覗いてみなんせ。
白糸:え?こう?うわっ…うわぁぁぁあああ!
蒼羽:だから声が大きいでありんすっ!
白糸:あっと…!だ、だって、すごくびっくりしんしたぁ!
蒼羽:これで信じんしたか?伝説の簪職人は実在するんでありんすよ。
白糸:(玉を覗きながら)ふぁぁ…この小さな玉の中に、綺麗な模様が沢山…!少し角度を変えただけで、全然違う模様になるでありんすぅぅ
蒼羽:見え方は、百通りあるそうでありんす。
白糸:百?!こんなに小さな玉の中に一体どうやって…!
蒼羽:あちきも初めて見た時に、同じことを言ったでありんす。そしたら、そのお方はこうおっしゃった…。
蒼羽:「この百通りの模様は、今まで自分が旅をして出会った人々の魂の模様。素晴らしいのは細工ではなく、人なのです」、と。
白糸:魂の模様?素敵っ…!
蒼羽:そうでありんしょう?でもあちきは当時、自らの境遇に…吉原の人々に絶望しておりんしたから、素晴らしいのは人なのだと、目を輝かせるそのお方が、何も知らない幼子(おさなご)のようで…。呆(あき)れを通り越して、何だかおかしかったでありんす。
白糸:変わったお人だったのでありんすね。
蒼羽:あちきはその時、久しぶりに笑うことが出来んした。
白糸:久しぶりに?蒼羽花魁の姉さんは、とっても気性の荒いお人だったと聞きんしたが、そんなに厳しかったんでありんすか?他に仲の良い子もいなかったんでありんすか?
蒼羽:いたことはいた…でもおきちゃの無理心中に巻き込まれて、あっけなく死んだのでありんす。
白糸:そうでありんしたか…。
蒼羽:だから、本当に絶望していた…。商売用の作り笑いではなく、自然と口角が上がったことに、自分でも驚いてしまって…笑うと同時に、涙もこぼれてきたのでありんす。
白糸:花魁…。
蒼羽:あのお方は、あちきの嬉しいとも悲しいともつかない感情が落ち着くまで、優しいお顔で見守っていてくださった。あちきの事情など、何も知らんというんに…。
白糸:きっと聞かなくてもわかるんでありんすよ!だってそのお方には、人の魂の模様が見えるんでありんしょう?!
蒼羽:そうかもしれんなぁ。そのお方は、泣き止んだあちきに、その鼈甲(べっこう)の簪を差し出してきんした。
白糸:え?!
蒼羽:「次の作品では、ぜひ貴女の魂の模様も描(えが)かせて欲しい。これはその手付け代わりとして受け取って欲しい」、と。
白糸:わぁ!すごいすごい!素敵でありんす!
蒼羽:そのお方はこれからも、自分が心惹かれる魂の模様を持つ方々を探す旅に出られる、とのことでありんした。
白糸:じゃあ、この模様は今後もっともっと増えていくんでありんすね!そしてその中の一つに、蒼羽花魁の魂の模様も入るなんて…!
蒼羽:…でもあれから、あのお方には一度も会えておりんせん。
白糸:そうでありんしたか。見てみたいでありんす、蒼羽花魁の魂の模様!
蒼羽:前置きが長くなりんしたが、ここからが本題になりんす。
白糸:っと!秘密のお話でありんしたね!
蒼羽:ん。あちきが今回身請けを決めたのには、理由がありんす。
白糸:ふむふむ。
蒼羽:藤倉(ふじくら)様は、あちきに一目ぼれし、自分のところに囲おうとしておいででありんす。だから、あちきはここから出ても、結局籠が移るだけで、あのお方のように自由に旅をすることはかないんせん。
白糸:花魁は、その伝説の簪職人に会いたいんでありんすね…。
蒼羽:そうでありんす。
白糸:うーん…。あっ、はいはい!藤倉様は蒼羽花魁にベタ惚れでありんしたな?
蒼羽:お母さんが言うには、この見世で過去一番の身請け額だそうな…。
白糸:ってことは、花魁にベタ惚れの藤倉様に、「簪が好きだから」と言って、名高い職人を片っ端から屋敷に招いてもらえばいいのではありんせんか?!
蒼羽:ご明察。あちきがあの方を探す方法なんて、それしか思いつかん。そんな我儘は言えるほどに、藤倉様をどっぷり惚れさせるんは、容易なことではありんせんかったが。ふふ。
白糸:わぁぁ、今あちきは興奮しておりんす!これは壮大な計画でありんすよ!
蒼羽:うふふ。白糸なら分かってくれると思いんした。まぁ、あの方は身分を隠しているようでありんしたから、簡単には見つからんかもしれんすが。
白糸:でも、わくわくしんす!だって、蒼羽花魁の魂の模様が入った錺簪(かざりかんざし)が、今も誰かの頭の上で輝いているかもしれん!伝説の職人と一緒に、各地を旅しているかもしれん!絶対にまた会わなきゃダメでありんす!
蒼羽:あちきは、この簪があったから、また人に希望を持つことが出来んした。でなければ、あちきの姉花魁(あねおいらん)のように、あちきも、白糸に対して酷く当たってしまっていたかもしれん。
白糸:じゃあ、あちきも伝説の簪職人に感謝しなくちゃいけないでありんすね!
蒼羽:むしろ甘やかしすぎた感じもありんすが?
白糸:そ、そんなことありんせん!花魁には何度も怒鳴られんした!
蒼羽:それは、白糸が駄々をこねるからでありんしょう?!
白糸:ひぇ!ほら怒ったぁ…!
蒼羽:ふふ。…早く見てみたいでありんす。あちきの魂の模様は、どんな形をしているのでありんしょうか?
白糸:そうでありんすね。簪職人に会ったのは数年前でありんしょう?今なら、模様が百五十くらいに増えているかもしれんすなぁ?
蒼羽:もっとかもしれないでありんすよ?あちきらは、この簪の玉よりもずっとずっと小さく、狭いところで生きているのでありんすから。
白糸:素晴らしい人たちに出会う旅かぁ。あちきもいつか外に出たいでありんす。
蒼羽:白糸…でも外は…
白糸:わかっておりんす。あちきも、元は貧しくて売られてきた身。娑婆(しゃば)が、夢に溢れた世界ではないことくらい、わかっておりんす。
蒼羽:でも、ここで一生を終える気はないんでありんすな?
白糸:そうでありんす!あっ!この簪、返しんす!見せてくれてありがとうございんした!
蒼羽:それは、白糸が持っとりやんせ。
白糸:え?!そんなのだめでありんすよ!伝説の簪職人にまた会えた時は、これを見せてちゃんとお礼を言った方がいいと思いんす!
蒼羽:あのお方は、この簪を「手付け」だとおっしゃった。きっとまた会えた時は、新しい簪を譲ってくださると思いんす。
白糸:でも…。
蒼羽:此処には色んな人が来(き)んす。年季が明けるまで、これまでよりももっと辛いことも起こりんしょう。それらは全て、人が起こすもの。でも絶望する前に、この鼈甲(べっこう)の玉を覗いてみなんせ。あちきは、何度この簪に心を救われたかわかりんせん。
白糸:花魁…。いいのでありんしょうか?あちきも、きっといつかここから出られると、夢見ても…?
蒼羽:いいに決まっとりんす。その頃までに、きっとあちきもあの方に会って、新しい簪を手に入れんしょう。
白糸:(だんだん涙ぐんで)あい…。あちきは、蒼羽花魁の魂の模様が、どんな形なのか、予想するでありんす…!だから、だから…!
蒼羽:約束しんしょう。その答え合わせを、必ず再会して、あちきらですると。
白糸:あい…必ず…!ハッ…!花魁!あちきと指切りしてくんなんし!
蒼羽:ふふ、いいでありんすよ?♪ゆーびきーりげんまん…
白糸:♪嘘いたら針千本飲~ますっ!
蒼羽:ほら、泣いていたら夜の仕事に差し支えんしょう?
白糸:な、泣いてないでありんす!花魁が藤倉(ふじくら)様のところに行っても、絶対にまた会える!寂しくなんかないでありんす!
蒼羽:その意気でありんすよ、白糸。
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蒼羽:そろそろ支度をする時間でありんすよ。あちきは身請けの日までは、もうおきちゃを取りんせんが。
白糸:お母さんが上機嫌でありんした。絶対に客を取らせることがないよう、自ら身請け金とは別に、多分な量の身上がり代を上乗せしてきたって…。本当に藤倉様は、花魁のことを独占したいんでありんすなぁ。
蒼羽:それくらい入れあげてもらわにゃ困るでありんす!
白糸:ふふ。例の目的のためには、藤倉様のお力が必要でありんすもんねぇ。
蒼羽:白糸、悪い顔してるでありんすよ?
白糸:ふっふっふ、蒼羽花魁だって~
0:(二人で笑いあって下さい)
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白糸:蒼羽花魁、では行ってくるでありんす!
蒼羽:ん、お気張りやんせ。その簪、似合っとりんすよ。
白糸:えへへ。…あっ!行く前にひとつ聞いてもいいでありんすか?
蒼羽:なんでありんしょう?
白糸:(小声で)…伝説の簪職人は、渋くて低い声でありんしたか?
蒼羽:もう!あんたって子は!
白糸:うふふ!
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0:了