台本概要
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タイトル | 陽炎のラジオ |
---|---|
作者名 | 天使レイ(あまつかれい) (@Lay869) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
陽炎がゆらゆらと揺れる夏の山奥。 1人のサラリーマンは綺麗な女性と出会います。 彼女の思い出は悲しく、そして美しかった―ー。 夏にぴったりなシナリオです。 舞台は現代です。 ラブストーリーではありませんが男女の掛け合いとなります。 ほんの少しファンタジー要素と爽やかなホラー要素があります。 語尾の改変やアドリブは自由です。 許可を取る必要はありません。 演者様の性別も問いません。 どこかで演じていただけるときは教えていただけると大歓喜します。 また、商用利用する場合はイラストなどのお手伝いもできますので、ぜひご連絡ください。 よろしくお願いいたします。 387 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
日向陽太 | 男 | 78 | サラリーマン。立松(たてまつ)建設で働いている。 元気、純粋 |
支天摩利 | 女 | 51 | 白いワンピースを身にまとった儚げな女性。 優しい、健気 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
日向陽太:(M)蝉の鳴き声が聞こえる。
日向陽太:(M)草木が揺れて陽が差し込む。
日向陽太:(M)目を細めて仰ぎ見た空は高く青い。
日向陽太:(M)白い入道雲が、これでもかと夏を主張していた。
:
日向陽太:あちぃー。
:
日向陽太:(M)ワイシャツの袖(そで)をまくり、首元を緩(ゆる)める。
:
日向陽太:ったく、こんな山ん中に本当に家なんかあるのかよ。
:
日向陽太:(M)土の斜面を登って行く。
日向陽太:(M)この場に不釣り合いな、黒い革の靴が軋(きし)む。
:
日向陽太:ぁっ・・・ってぇ!
0:陽太が転ぶ
日向陽太:いててて・・・。くそぅ。
日向陽太:あっ、うわぁ、最悪。(ため息)
:
日向陽太:(M)鞄の中身が地面にぶち撒(ま)けられたのを見て、ため息をつく。
:
日向陽太:ああ、もうっ・・・。
0:書類をかき集める
支天摩利:大丈夫ですか?
:
日向陽太:(M)急に日差しが陰(かげ)り、目の前がかすかに暗くなる。
:
日向陽太:えっ?
:
日向陽太:(M)顔を上げると、そこには白いワンピースを身にまとった綺麗な女性がいた。
:
日向陽太:あっ・・・。
:
日向陽太:(M)見惚(みと)れていると再び声をかけられる。
:
支天摩利:大丈夫、ですか?
日向陽太:あっ、はい!
日向陽太:あはは、ちょっと、つまずいてしまって。
支天摩利:あら、大変。服も汚れてしまっているわ。
日向陽太:え。あ、本当だ。
0:服を払いながら
日向陽太:すみません、みっともないところをお見せしてしまって。
支天摩利:いいえ、どうか気にしないで。
:
日向陽太:(M)本当に美しい人だ。
日向陽太:(M)でも、どうしてこんなところにいるんだろう?
:
支天摩利:ところで、あなたはどうして、こんなところを、そんな格好で歩いてらっしゃるの?
日向陽太:あ、ああ。えっと。
日向陽太:この先にある家の状況を見に来たんですが
日向陽太:途中から道が、細く急になって、車で進めなくなってしまい・・・。
支天摩利:ああ!それは大変だったでしょう。
日向陽太:あはは。はい。
支天摩利:あと少しで家に着くわ。
支天摩利:お茶をお出ししますから、あとちょっと、頑張ってください。
日向陽太:え?・・・あなたはあの家の方で?
:
日向陽太:(M)おかしいな、あそこにはもう誰も住んでいないはずじゃ・・・。
:
支天摩利:ふふふ。はい!
:
日向陽太:(M)キラキラと眩しい彼女の笑顔を見て、僕は一瞬、時が止まったような気がした。
日向陽太:(M)些細(ささい)な違和感なんて、気にならなくなってしまった。
日向陽太:(M)彼女に誘(いざな)われて道を進む。
日向陽太:(M)相変わらず強い日差しが、僕を照りつけ
日向陽太:(M)陽炎がゆらゆらと揺れていた。
:
0:家の中
支天摩利:はい、麦茶。どうぞ。
日向陽太:ありがとうございます!
0:麦茶を飲む
日向陽太:ぷはぁーっ!生き返る!
支天摩利:ふふ、良かった。
日向陽太:家の状態は悪いと思っていたんですが、片付いていて驚きました。
日向陽太:あなたが手入れを?
支天摩利:はい。
日向陽太:へぇ〜。綺麗にされていますね。
支天摩利:ふふ、掃除は得意なんです。
日向陽太:良いお嫁さんになれそうですね。
支天摩利:ありがとうございます。
:
日向陽太:(M)そう言った彼女の顔が一瞬暗くなった気がした。
:
支天摩利:そうだ、あなたお名前は?
日向陽太:あ!申し遅れました!
日向陽太:私、立松建設の日向と申します!
支天摩利:あら、そんなに硬っ苦しくなくていいですよ。
支天摩利:んー?そうだ、下の名前はなんておっしゃるの?
日向陽太:よ、陽太と言います。
支天摩利:とても明るくて良い名前ね、陽太さん。
支天摩利:私は摩利。支天摩利。
日向陽太:支天さん。
支天摩利:私のことも、名前で呼んでください。
日向陽太:えっ、ですが。
支天摩利:そのほうが親(した)しみやすいでしょう?
日向陽太:は、はぁ。では、摩利さん。
支天摩利:なんでしょうか?
日向陽太:あなたはここに1人で住んでらっしゃるのですか?
支天摩利:いいえ。私はここに忘れ物を取りに来たの。
日向陽太:忘れ物、ですか?
支天摩利:はい。私は昔、ここに住んでいたんです。
日向陽太:そうだったんですか!
支天摩利:ええ、やっと、やっと帰って来れたんです。
:
日向陽太:(M)そう呟(つぶや)く彼女の横顔は、少し寂(さび)しげだった。
日向陽太:(M)彼女にそんな顔をして欲しくなくて話題を変える。
:
日向陽太:そ、そうだ!忘れ物って何ですか?
支天摩利:え?ああ、今持ってきますね。
:
日向陽太:(M)そう言って彼女が席を立つ。
日向陽太:(M)網戸から吹き込んでくる風が優しく頬を撫(な)でる。
日向陽太:(M)蝉の鳴き声がさっきよりも大きくなった気がした。
:
日向陽太:(M)しばらくして、彼女が忘れ物を持って帰ってきた。
:
日向陽太:それは・・・ラジオですか?
支天摩利:はい。
:
日向陽太:(M)彼女が持ってきたのは、古い手回し発電式のラジオだった。
:
支天摩利:父の形見で、私の思い出なんです。
日向陽太:それはそれは。大事なものなんですね。
支天摩利:ええ。
日向陽太:まだ、音は出るんですか?
支天摩利:出ますよ。聴いてみますか?
日向陽太:お願いします!
:
日向陽太:(M)彼女がラジオの電源を入れ、つまみを回す。
日向陽太:(M)しばらくザーという音が続いた。
:
支天摩利:あれは、そう、今日みたいによく晴れた日で。
:
日向陽太:(M)彼女がそう呟く。
日向陽太:(M)周波数が合ったのだろうか、ラジオの音がクリアになった。
日向陽太:(M)そこから聴こえてきたのは蝉の鳴き声だった。
:
日向陽太:これ、どこの局の放送でしょうか?
日向陽太:蝉の声しかしない・・・。
支天摩利:(さえぎって)しっ。静かに。
:
日向陽太:(M)しばらくすると、蝉の鳴き声に混じって女の子のはしゃぐ声が聴こえてきた。
日向陽太:(M)とても嬉しそうな声。
日向陽太:(M)何か良いことでもあったのだろうか?
日向陽太:(M)女の子に呼ばれて、彼女の両親と思われる声が返事をする。
日向陽太:(M)とても仲の良い、幸せそうな家族の声がラジオから聴こえてくる。
:
日向陽太:摩利さん、これは・・・。
日向陽太:何かの、ドラマでしょうか?
支天摩利:いいえ。
日向陽太:じゃあCMかなー?それにしては長いか。
支天摩利:これは、私の思い出です。
:
日向陽太:(M)彼女の頬を一筋(ひとすじ)の涙が伝(つた)い、陽の光に照らされて輝いた。
日向陽太:(M)そのあまりの美しさに僕は息を呑(の)む。
:
支天摩利:あら、すみません。みっともないところを。
日向陽太:そんなことありません!
日向陽太:これは、一体?
支天摩利:このラジオは、私がここで過ごした間の思い出を聴かせてくれるんです。
支天摩利:もう記憶も朧(おぼろ)げな、幸せだった幼い頃の思い出を。
日向陽太:さっきのが、摩利さんの、思い出?
支天摩利:ええ。
支天摩利:私も今思い出したんですが
支天摩利:あれは新しく買ってもらった服を初めて着た時の思い出でした。
支天摩利:私の家はこんな辺鄙(へんぴ)な所にありますし、裕福な家庭でもありませんでした。
支天摩利:だから、まさか服を買ってもらえると思わなくて。
支天摩利:とても、嬉しかった。
:
日向陽太:(M)摩利さんは時々、幸せそうな顔の中に憂(うれ)いを見せる。
日向陽太:(M)僕はその理由を知りたくなってしまった。
:
日向陽太:ま、摩利さん。あなたは、どうして時々、哀(かな)しい顔をするのですか?
支天摩利:私、そんな顔してました?
日向陽太:ええ。幸せそうなのに、どこか寂(さび)しそうで。
支天摩利:あらあら、恥ずかしい。
支天摩利:うん・・・。
支天摩利:そうね。お話ししましょう。
:
日向陽太:(M)そう言うと、彼女はポツリポツリと話し始めた。
:
支天摩利:私はこの家で生まれ、育ちました。
支天摩利:小学校へ行く歳になると、町の親戚の家に居候(いそうろう)させてもらって
支天摩利:休みの日の度(たび)に、ここへ帰ってきていました。
支天摩利:そして
:
日向陽太:(M)摩利さんが息を呑む。
:
支天摩利:そして、あの日がやってきました。
支天摩利:空が赤く燃えて、あちらこちらから煙が上がりました。
支天摩利:町が空襲(くうしゅう)を受けたのです。
支天摩利:私はその時、親戚の家にいました。
支天摩利:叔父さんは私を連れて一緒に逃げてくれて・・・
支天摩利:それから・・・
:
日向陽太:(M)摩利さんの口が微(かす)かに震える。
:
日向陽太:大丈夫ですか?
日向陽太:無理しないで下さい。
支天摩利:はい、ありがとうございます。
支天摩利:それから、色々ありまして。
支天摩利:叔父さん達と離れたところで仕事に明け暮れ
支天摩利:ボロボロになった私を拾って下さった方と婚約(こんやく)をしました。
支天摩利:しかし、彼は戦地から戻って来ませんでした。
支天摩利:そして私は・・・。
0:間
支天摩利:ついに、この家に戻ってくることはできなかったんです。
支天摩利:2度と、お父さんとお母さんに会うことはできなかった。
支天摩利:あの、ささやかだけど幸せな日々は戻って来なかった。
日向陽太:摩利さん・・・。
支天摩利:私にはどうしようもなく悲しい思い出が多くて。
支天摩利:でも、それだけを抱(かか)えていくのは辛くて。
支天摩利:だから、この家で過ごした思い出を取りに来たんです。
:
支天摩利:こんなお話をしてしまってすみません。
日向陽太:いえ、お1人で抱(かか)えるのは、あまりにも酷(こく)だ。
日向陽太:あなたのお話、聴けてよかったです。
支天摩利:そう言ってくれて、ありがとう。
支天摩利:本当はラジオを持ったら、すぐにここを発(た)とうと思ってたんです。
支天摩利:でも・・・。
日向陽太:でも?
支天摩利:でも、できなかった。
支天摩利:ここを住めるようにしておけば、また、笑い合える日が来るんじゃないかって。
支天摩利:そう考えてしまって。
日向陽太:摩利さん。
日向陽太:大変申し上げにくいのですが・・・。
支天摩利:はい。もう、そんな日々も終わりの時なんですね?
日向陽太:・・・はい。
支天摩利:私は大丈夫です。続けて下さい。
日向陽太:はい、この家は、近々解体される予定になっています。
日向陽太:鉄道の新規ルートにこの場所が入っていまして・・・。
支天摩利:ここらへんは全て切り拓(ひら)かれてしまうのね。
日向陽太:は、はい・・・。
支天摩利:あなたはその下見にいらしたのね?
日向陽太:その通りです。
日向陽太:すみません。
支天摩利:謝らないでください。
日向陽太:だって!この家はあなたのものだ!
支天摩利:ありがとう。
支天摩利:でもいいの、来るべき時が来ただけよ。
支天摩利:話を聞いてくれて本当にありがとう。
支天摩利:私、誰かに聞いて欲しかったんだと思うの。
日向陽太:っ・・・。
支天摩利:でも1番聴いて欲しかったのは、私が幸せに生きた証よ。
支天摩利:だから。
:
日向陽太:(M)摩利さんがラジオのつまみを回す。
日向陽太:(M)ラジオから涼しげな風鈴の音が聴こえてきて
日向陽太:(M)何でもない、家族の1日の会話が紡(つむ)がれていく。
日向陽太:(M)その未来に待ち受ける困難なんて知りもしないで、少女は笑う。
日向陽太:(M)僕の頬を一筋(ひとすじ)の涙が伝(つた)った。
日向陽太:(M)涙は一度流れてしまうと、次々と、とめどなく溢(あふ)れた。
0:陽太が泣く
日向陽太:(M)ラジオの音は次第に小さくなり、やがて、消えた。
:
日向陽太:摩利さん・・・、あれ?
:
日向陽太:(M)そこに摩利さんは居なかった。
日向陽太:(M)思い出のラジオもなかった。
日向陽太:(M)外の蝉の声はやみ、部屋は静寂(せいじゃく)に包まれていた。
:
日向陽太:帰ろう、か。
日向陽太:摩利さん、どうか、安らかに。
:
日向陽太:(M)外へ出ると、鈴虫がリンリンと鳴き始めた。
日向陽太:(M)涼しい風が頬を撫(な)でる。
日向陽太:(M)あんなに僕を照りつけていた陽は沈み
日向陽太:(M)陽炎は姿を消した。
:
0:完
日向陽太:(M)蝉の鳴き声が聞こえる。
日向陽太:(M)草木が揺れて陽が差し込む。
日向陽太:(M)目を細めて仰ぎ見た空は高く青い。
日向陽太:(M)白い入道雲が、これでもかと夏を主張していた。
:
日向陽太:あちぃー。
:
日向陽太:(M)ワイシャツの袖(そで)をまくり、首元を緩(ゆる)める。
:
日向陽太:ったく、こんな山ん中に本当に家なんかあるのかよ。
:
日向陽太:(M)土の斜面を登って行く。
日向陽太:(M)この場に不釣り合いな、黒い革の靴が軋(きし)む。
:
日向陽太:ぁっ・・・ってぇ!
0:陽太が転ぶ
日向陽太:いててて・・・。くそぅ。
日向陽太:あっ、うわぁ、最悪。(ため息)
:
日向陽太:(M)鞄の中身が地面にぶち撒(ま)けられたのを見て、ため息をつく。
:
日向陽太:ああ、もうっ・・・。
0:書類をかき集める
支天摩利:大丈夫ですか?
:
日向陽太:(M)急に日差しが陰(かげ)り、目の前がかすかに暗くなる。
:
日向陽太:えっ?
:
日向陽太:(M)顔を上げると、そこには白いワンピースを身にまとった綺麗な女性がいた。
:
日向陽太:あっ・・・。
:
日向陽太:(M)見惚(みと)れていると再び声をかけられる。
:
支天摩利:大丈夫、ですか?
日向陽太:あっ、はい!
日向陽太:あはは、ちょっと、つまずいてしまって。
支天摩利:あら、大変。服も汚れてしまっているわ。
日向陽太:え。あ、本当だ。
0:服を払いながら
日向陽太:すみません、みっともないところをお見せしてしまって。
支天摩利:いいえ、どうか気にしないで。
:
日向陽太:(M)本当に美しい人だ。
日向陽太:(M)でも、どうしてこんなところにいるんだろう?
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支天摩利:ところで、あなたはどうして、こんなところを、そんな格好で歩いてらっしゃるの?
日向陽太:あ、ああ。えっと。
日向陽太:この先にある家の状況を見に来たんですが
日向陽太:途中から道が、細く急になって、車で進めなくなってしまい・・・。
支天摩利:ああ!それは大変だったでしょう。
日向陽太:あはは。はい。
支天摩利:あと少しで家に着くわ。
支天摩利:お茶をお出ししますから、あとちょっと、頑張ってください。
日向陽太:え?・・・あなたはあの家の方で?
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日向陽太:(M)おかしいな、あそこにはもう誰も住んでいないはずじゃ・・・。
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支天摩利:ふふふ。はい!
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日向陽太:(M)キラキラと眩しい彼女の笑顔を見て、僕は一瞬、時が止まったような気がした。
日向陽太:(M)些細(ささい)な違和感なんて、気にならなくなってしまった。
日向陽太:(M)彼女に誘(いざな)われて道を進む。
日向陽太:(M)相変わらず強い日差しが、僕を照りつけ
日向陽太:(M)陽炎がゆらゆらと揺れていた。
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0:家の中
支天摩利:はい、麦茶。どうぞ。
日向陽太:ありがとうございます!
0:麦茶を飲む
日向陽太:ぷはぁーっ!生き返る!
支天摩利:ふふ、良かった。
日向陽太:家の状態は悪いと思っていたんですが、片付いていて驚きました。
日向陽太:あなたが手入れを?
支天摩利:はい。
日向陽太:へぇ〜。綺麗にされていますね。
支天摩利:ふふ、掃除は得意なんです。
日向陽太:良いお嫁さんになれそうですね。
支天摩利:ありがとうございます。
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日向陽太:(M)そう言った彼女の顔が一瞬暗くなった気がした。
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支天摩利:そうだ、あなたお名前は?
日向陽太:あ!申し遅れました!
日向陽太:私、立松建設の日向と申します!
支天摩利:あら、そんなに硬っ苦しくなくていいですよ。
支天摩利:んー?そうだ、下の名前はなんておっしゃるの?
日向陽太:よ、陽太と言います。
支天摩利:とても明るくて良い名前ね、陽太さん。
支天摩利:私は摩利。支天摩利。
日向陽太:支天さん。
支天摩利:私のことも、名前で呼んでください。
日向陽太:えっ、ですが。
支天摩利:そのほうが親(した)しみやすいでしょう?
日向陽太:は、はぁ。では、摩利さん。
支天摩利:なんでしょうか?
日向陽太:あなたはここに1人で住んでらっしゃるのですか?
支天摩利:いいえ。私はここに忘れ物を取りに来たの。
日向陽太:忘れ物、ですか?
支天摩利:はい。私は昔、ここに住んでいたんです。
日向陽太:そうだったんですか!
支天摩利:ええ、やっと、やっと帰って来れたんです。
:
日向陽太:(M)そう呟(つぶや)く彼女の横顔は、少し寂(さび)しげだった。
日向陽太:(M)彼女にそんな顔をして欲しくなくて話題を変える。
:
日向陽太:そ、そうだ!忘れ物って何ですか?
支天摩利:え?ああ、今持ってきますね。
:
日向陽太:(M)そう言って彼女が席を立つ。
日向陽太:(M)網戸から吹き込んでくる風が優しく頬を撫(な)でる。
日向陽太:(M)蝉の鳴き声がさっきよりも大きくなった気がした。
:
日向陽太:(M)しばらくして、彼女が忘れ物を持って帰ってきた。
:
日向陽太:それは・・・ラジオですか?
支天摩利:はい。
:
日向陽太:(M)彼女が持ってきたのは、古い手回し発電式のラジオだった。
:
支天摩利:父の形見で、私の思い出なんです。
日向陽太:それはそれは。大事なものなんですね。
支天摩利:ええ。
日向陽太:まだ、音は出るんですか?
支天摩利:出ますよ。聴いてみますか?
日向陽太:お願いします!
:
日向陽太:(M)彼女がラジオの電源を入れ、つまみを回す。
日向陽太:(M)しばらくザーという音が続いた。
:
支天摩利:あれは、そう、今日みたいによく晴れた日で。
:
日向陽太:(M)彼女がそう呟く。
日向陽太:(M)周波数が合ったのだろうか、ラジオの音がクリアになった。
日向陽太:(M)そこから聴こえてきたのは蝉の鳴き声だった。
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日向陽太:これ、どこの局の放送でしょうか?
日向陽太:蝉の声しかしない・・・。
支天摩利:(さえぎって)しっ。静かに。
:
日向陽太:(M)しばらくすると、蝉の鳴き声に混じって女の子のはしゃぐ声が聴こえてきた。
日向陽太:(M)とても嬉しそうな声。
日向陽太:(M)何か良いことでもあったのだろうか?
日向陽太:(M)女の子に呼ばれて、彼女の両親と思われる声が返事をする。
日向陽太:(M)とても仲の良い、幸せそうな家族の声がラジオから聴こえてくる。
:
日向陽太:摩利さん、これは・・・。
日向陽太:何かの、ドラマでしょうか?
支天摩利:いいえ。
日向陽太:じゃあCMかなー?それにしては長いか。
支天摩利:これは、私の思い出です。
:
日向陽太:(M)彼女の頬を一筋(ひとすじ)の涙が伝(つた)い、陽の光に照らされて輝いた。
日向陽太:(M)そのあまりの美しさに僕は息を呑(の)む。
:
支天摩利:あら、すみません。みっともないところを。
日向陽太:そんなことありません!
日向陽太:これは、一体?
支天摩利:このラジオは、私がここで過ごした間の思い出を聴かせてくれるんです。
支天摩利:もう記憶も朧(おぼろ)げな、幸せだった幼い頃の思い出を。
日向陽太:さっきのが、摩利さんの、思い出?
支天摩利:ええ。
支天摩利:私も今思い出したんですが
支天摩利:あれは新しく買ってもらった服を初めて着た時の思い出でした。
支天摩利:私の家はこんな辺鄙(へんぴ)な所にありますし、裕福な家庭でもありませんでした。
支天摩利:だから、まさか服を買ってもらえると思わなくて。
支天摩利:とても、嬉しかった。
:
日向陽太:(M)摩利さんは時々、幸せそうな顔の中に憂(うれ)いを見せる。
日向陽太:(M)僕はその理由を知りたくなってしまった。
:
日向陽太:ま、摩利さん。あなたは、どうして時々、哀(かな)しい顔をするのですか?
支天摩利:私、そんな顔してました?
日向陽太:ええ。幸せそうなのに、どこか寂(さび)しそうで。
支天摩利:あらあら、恥ずかしい。
支天摩利:うん・・・。
支天摩利:そうね。お話ししましょう。
:
日向陽太:(M)そう言うと、彼女はポツリポツリと話し始めた。
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支天摩利:私はこの家で生まれ、育ちました。
支天摩利:小学校へ行く歳になると、町の親戚の家に居候(いそうろう)させてもらって
支天摩利:休みの日の度(たび)に、ここへ帰ってきていました。
支天摩利:そして
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日向陽太:(M)摩利さんが息を呑む。
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支天摩利:そして、あの日がやってきました。
支天摩利:空が赤く燃えて、あちらこちらから煙が上がりました。
支天摩利:町が空襲(くうしゅう)を受けたのです。
支天摩利:私はその時、親戚の家にいました。
支天摩利:叔父さんは私を連れて一緒に逃げてくれて・・・
支天摩利:それから・・・
:
日向陽太:(M)摩利さんの口が微(かす)かに震える。
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日向陽太:大丈夫ですか?
日向陽太:無理しないで下さい。
支天摩利:はい、ありがとうございます。
支天摩利:それから、色々ありまして。
支天摩利:叔父さん達と離れたところで仕事に明け暮れ
支天摩利:ボロボロになった私を拾って下さった方と婚約(こんやく)をしました。
支天摩利:しかし、彼は戦地から戻って来ませんでした。
支天摩利:そして私は・・・。
0:間
支天摩利:ついに、この家に戻ってくることはできなかったんです。
支天摩利:2度と、お父さんとお母さんに会うことはできなかった。
支天摩利:あの、ささやかだけど幸せな日々は戻って来なかった。
日向陽太:摩利さん・・・。
支天摩利:私にはどうしようもなく悲しい思い出が多くて。
支天摩利:でも、それだけを抱(かか)えていくのは辛くて。
支天摩利:だから、この家で過ごした思い出を取りに来たんです。
:
支天摩利:こんなお話をしてしまってすみません。
日向陽太:いえ、お1人で抱(かか)えるのは、あまりにも酷(こく)だ。
日向陽太:あなたのお話、聴けてよかったです。
支天摩利:そう言ってくれて、ありがとう。
支天摩利:本当はラジオを持ったら、すぐにここを発(た)とうと思ってたんです。
支天摩利:でも・・・。
日向陽太:でも?
支天摩利:でも、できなかった。
支天摩利:ここを住めるようにしておけば、また、笑い合える日が来るんじゃないかって。
支天摩利:そう考えてしまって。
日向陽太:摩利さん。
日向陽太:大変申し上げにくいのですが・・・。
支天摩利:はい。もう、そんな日々も終わりの時なんですね?
日向陽太:・・・はい。
支天摩利:私は大丈夫です。続けて下さい。
日向陽太:はい、この家は、近々解体される予定になっています。
日向陽太:鉄道の新規ルートにこの場所が入っていまして・・・。
支天摩利:ここらへんは全て切り拓(ひら)かれてしまうのね。
日向陽太:は、はい・・・。
支天摩利:あなたはその下見にいらしたのね?
日向陽太:その通りです。
日向陽太:すみません。
支天摩利:謝らないでください。
日向陽太:だって!この家はあなたのものだ!
支天摩利:ありがとう。
支天摩利:でもいいの、来るべき時が来ただけよ。
支天摩利:話を聞いてくれて本当にありがとう。
支天摩利:私、誰かに聞いて欲しかったんだと思うの。
日向陽太:っ・・・。
支天摩利:でも1番聴いて欲しかったのは、私が幸せに生きた証よ。
支天摩利:だから。
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日向陽太:(M)摩利さんがラジオのつまみを回す。
日向陽太:(M)ラジオから涼しげな風鈴の音が聴こえてきて
日向陽太:(M)何でもない、家族の1日の会話が紡(つむ)がれていく。
日向陽太:(M)その未来に待ち受ける困難なんて知りもしないで、少女は笑う。
日向陽太:(M)僕の頬を一筋(ひとすじ)の涙が伝(つた)った。
日向陽太:(M)涙は一度流れてしまうと、次々と、とめどなく溢(あふ)れた。
0:陽太が泣く
日向陽太:(M)ラジオの音は次第に小さくなり、やがて、消えた。
:
日向陽太:摩利さん・・・、あれ?
:
日向陽太:(M)そこに摩利さんは居なかった。
日向陽太:(M)思い出のラジオもなかった。
日向陽太:(M)外の蝉の声はやみ、部屋は静寂(せいじゃく)に包まれていた。
:
日向陽太:帰ろう、か。
日向陽太:摩利さん、どうか、安らかに。
:
日向陽太:(M)外へ出ると、鈴虫がリンリンと鳴き始めた。
日向陽太:(M)涼しい風が頬を撫(な)でる。
日向陽太:(M)あんなに僕を照りつけていた陽は沈み
日向陽太:(M)陽炎は姿を消した。
:
0:完