台本概要

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タイトル ワタシはここにいる
作者名 凛太郎  (@rin_voifro)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 1人用台本(男1)
時間 40 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 一人朗読用に作りました。男女不問です。
役は3人ありますが、一人で読んでも構いませんし、3人で読んでもいいと思います。
全部やらずに、気に入ったシーンを抜き出してやってもいいと思います。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
10 一般ピーポー。中学高校は美術部
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0: 私:詩乃(しの) 女。人気アイドルになる。 0: ボク:凪(なぎ) 男。一般ピーポー。中学高校は美術部 0: オレ:晶(あきら)女。一般ピーポー。中学高校は陸上部 0: 役は3人ありますが、一人で読んでも構いませんし、3人で読んでもいいと思います。 0: 全部やらずに、気に入ったシーンを抜き出してやってもいいと思います。 0: 0: side-A 【1】 詩乃 0: age-7 詩乃 : 私には気になる子がいる 詩乃 : 二つ下の近所の男の子 詩乃 : でもその子はいつも私の方を見てくれない。 詩乃 : 遊びに誘っても 詩乃 : 君はいつもYouTubeに夢中で 詩乃 : 私との約束は二の次 詩乃 : 詩乃 : もっとこっちを見て欲しいな 詩乃 : もっと一緒に遊びたいな 詩乃 : でも君の笑顔はいつも画面の向こう側だ 詩乃 : 詩乃 : ねぇ どうしたら私の方を見てくれるのかな? 詩乃 : 詩乃 : だから私は君が大好きなYouTubeになるのです。 詩乃 : 君と一緒にやりたい遊びを動画にして 詩乃 : お友達にもパパやママにも手伝ってもらって 詩乃 : 「やってみた系動画」を撮ってみたの 詩乃 : 詩乃 : だからねぇ、こっちを向いてよ! 0: age-14 詩乃 : あの日、君に振り向いて欲しくて撮った動画。 詩乃 : それを見た君はビックリしてたね。 詩乃 : 詩乃 : そして君が画面に向ける笑顔をようやく私も見せてくれた。 詩乃 : 私はそれが嬉しくて嬉しくて、それから何本も動画を撮っては彼に見せた。 詩乃 : 最初は鬼ごっこやかくれんぼの地方バージョン。 詩乃 : そのうち自分でも遊びを考え出して紹介した。 詩乃 : 君はその動画を楽しそうに見てた。 詩乃 : そしてその後は決まって、目をキラキラさせながら必ずこう言うの。 詩乃 : 「ねぇ、一緒に遊ぼうよ」 詩乃 : 詩乃 : 今思えば、あの頃が一番楽しかったな。 詩乃 : でも二つの誤算があった。 詩乃 : 詩乃 : ひとつは、動画がどんどん人気になり、 詩乃 : いつの間にか私はそれなりの数のフォロワーさんを抱える 詩乃 : 新進気鋭の配信者になっていた。 詩乃 : 詩乃 : そしてもう一つは、君が、遠くに引っ越してしまったことだ。 詩乃 : 詩乃 : もう私には配信する意味はなくなってしまった。 詩乃 : だって君が居なくなってしまったのだから。 詩乃 : 詩乃 : でも、それでも、私はあの日見た君の笑顔が忘れられない。 詩乃 : だから、私は今も配信を続けている。 詩乃 : もしかしたら、この画面の向こうに、君がいるかもしれないと 詩乃 : そう信じて。 0: age-17 詩乃 : 君が引っ越してから何年たったのかな。 詩乃 : 君は今どうしてるのかな。 詩乃 : ええと、ああ、もう高校1年生だ。 詩乃 : きっと私よりも背が高くなってて、 詩乃 : 足も早くなってて 私はもう追いつけない。 詩乃 : 顔も凛々しくなってて、 詩乃 : あ、でも君はテレビの画面ばっかり見てたから 詩乃 : メガネは掛けてるかな。 詩乃 : 詩乃 : …近頃じゃ君の顔も声も思い出せなくなっていた。 詩乃 : ねぇ、君はどんな顔をしてたの? 詩乃 : どんな声をしてたの? 詩乃 : 分からない、10年という歳月が君を私の中から消していく。 詩乃 : 詩乃 : …その後も私の人気は衰えなかった。流石に顔出しはまずいと思って 詩乃 : 高校生に上がる時にVTuberに変更した。 話す話題も小さい子どもが楽しむ遊びの話から、ゲームの実況やコスメ・メイクとかになってきた。 詩乃 : 詩乃 : そして顔が見えないからと軽い気持ちで「歌ってみた」のが不味かった。 詩乃 : 詩乃 : 何処かの芸能事務所から声がかかり、 詩乃 : あれよあれよという間に私のデビューが決まってしまった。 詩乃 : 私の気持ちを置き去りにしたまま、話は進んでいく。 詩乃 : 詩乃 : 誰かが私に言う。 詩乃 : これはチャンスなんだよ。 詩乃 : みんながあなたの椅子を狙っているの。 詩乃 : あなたは選ばれたんだから。 詩乃 : 詩乃 : でも、私はそんなの望んでいない。 詩乃 : 私は…彼に、振り向いてもらいたかっただけなのに。 詩乃 : 詩乃 : 初のライブは大成功。 詩乃 : ネットの動画再生回数も上位になり、 詩乃 : 片隅だけど雑誌の記事にもなった。 詩乃 : 詩乃 : あれから10年。もう君から卒業しないといけない時が来たってことなのかな。 詩乃 : 春が来たら、東京に上京して、大学に進学して、芸能活動もあって 詩乃 : きっと忙しくなる。 詩乃 : だから、もう 君とはお別れ。 詩乃 : ありがとう 詩乃 : ずっと私の心にいてくれて。 詩乃 : 私をずっと支えていてくれて。 0: side-B 【1】 凪 0: age-5 凪: ボクには気になる女の子がいる。 凪: 二つ年上の近所のお姉ちゃん 凪: いつもボクを遊びに誘ってくれる 凪: けどボクは恥ずかしくてうまく喋れない 凪: それを誤魔化すように動画ばかり見ていた 凪: 凪: どうやったら、上手く喋れるんだろう。 凪: いつもありがとうって伝えたいのに 凪: 勇気が出ない。 凪: 凪: 今日もお姉さんがやってきた。 凪: ぼくはお姉ちゃんの顔を見るのが恥ずかしくて 凪: いつものように動画を見ていた。 凪: するとお姉ちゃんがちょっと貸してとリモコンを奪う。 凪: 何か見せたい動画があるみたい。 凪: 凪: その動画は3分くらいで、女の子が楽しそうに鬼ごっこをしていた。 凪: その女の子には見覚えがあった。 凪: 「え、あれ、もしかしてお姉ちゃんなの?」 凪: 僕はようやくお姉ちゃんの顔を見て話をすることができた。 0: age-13 凪: 父の転勤が急に決まり、僕はお姉さんにきちんと別れを告げることもできず 凪: 旅立つこととなった。 凪: 凪: 転校した先の小学校では周囲に馴染めず孤立していた。 凪: 既に輪が出来上がっている集団に入っていくというのは、 凪: 大人の世界以上に勇気がいる事だと思う。 凪: 元から引っ込み思案だったせいもあり、なかなか話しかける相手が見つからなかった。 凪: 凪: どうしようかと悩みながら、家で動画を見ていると、 凪: ふと、お姉さんのチャンネルが目にとまった。 凪: 僕が引っ越してから少し時間が経ってたけど、新しい動画が公開され続けていた。 凪: 僕は画面に映るお姉さんから、色んな遊びを教わった。 凪: ろくむしやドロケイ、缶けりにチャンバラ。 凪: 氷鬼の変化系の「レンジでチン。」にアメリカンドッチボール。 凪: 画面のお姉さんは髪が伸びていて、 凪: 僕が最後に見たときよりも少し大人っぽくなっていた。 凪: 動画の最後にお姉さんが笑顔で言う。 凪: 「この動画を見たあなた、クラスのまだ遊んだことない子を誘ってみよう。 凪: きっと楽しいよ!」 凪: 凪: 次の日、僕はクラスの人に話しかけた。 凪: それ以来、僕に話しかけたり遊びに誘ってくれる子が少しづつ増えた。 凪: 凪: 中学に上がる頃には親友も出来た。 凪: ありがとうお姉さん、いつも僕の背中を押してくれて。 凪: 僕、お姉さんと離れたけど、 凪: こうやって画面越しにいつでも会えるね。 0: age-15 凪: こっちに引っ越してきて随分と時がたった気がする。 凪: あの日、僕の背中を押してくれた年上の彼女は 凪: 今もまだ、動画を公開し続けている。 凪: 動画の内容も子供の遊び紹介から 凪: ゲーム実況やおしゃれやドラマといった流行のモノになった。 凪: ゲームの話は一応わかるけど、正直それ以外の部分は半分以上解らなかった。 凪: コスメ?サプリ?ちょっとした暗号のような会話だ。 凪: 少し前に恋とかそういう話題があがった。 凪: その話をする彼女は凄く大人に見えて、知らない人のようだった。 凪: 彼女が伏せた表情をするたび、何故か胸の奥がチリッと傷んだ。 凪: 凪: 僕が高校に進学すると彼女によく似た可愛らしいアバターを纏った。 凪: 十分魅力的な容姿をしていたし、きっとそういったトラブルを防ぐ意味もあるんだろう。 凪: うん、懸命な判断だ。 凪: 凪: ある日、ゲストのVTuberとの絡みで歌を披露した。 凪: 幼い頃、よく歌っていて、凄く上手だなと思った事があるが 凪: あの頃よりももっと上手になっていた。 凪: 凪: その歌がきっかけで新人VTuberのライブに出場する事になったという告知を見た。 凪: 丁度夏休みで部活もないお盆週間だったので、何とはなしに応募したら当選した。 凪: 凪: 数年ぶりに彼女に会えると思い、僕は不思議な高揚感を胸に出かけていった。 凪: 凪: 舞台で歌って踊る彼女に僕は目を奪われた。 凪: 幼少の頃一緒に遊んだ近所のお姉さん、それが今大勢の観客を魅了し、 凪: 大立ち回りをしている。 凪: 凪: 彼女が歌を言の葉を紡ぐたび、歓声が湧き上がる。 凪: それの声を聞くたび、なぜか僕は舞台の上の彼女を見るのが辛くなっていった。 凪: 僕は彼女を見ているのに、彼女は僕の事を見ていない。 凪: 気づいてさえもいない。 凪: その事が、なぜが僕の胸を締め付ける。 凪: 凪: 俯いたまま、「お姉ちゃん、僕はここにいるよ」と呟いた。 凪: 当然彼女に届くはずもなく、一度も視線は交わらないまま、 凪: 僕は会場を後にした。 0: side-C 【1】 晶 0: age-8 晶: オレには気に喰わない奴がいる。 晶: そいつはある日都会の学校から引っ越してきた転校生。 晶: 声も小さいし 体もヒョロヒョロしてたから 晶: もやしって言ったらビックリして泣いた。 晶: 晶: 「アキラ、人をもやし呼ばわりするのは傷つくからやめたほうがいいよ」 晶: と友達に注意された。 晶: 晶: 納得いかん。もやしはウマイし栄養も高い偉い奴だというのに。 晶: というか、そんな事くらいで泣く奴が居るんだと驚いた。 晶: 晶: 授業中も休み時間も給食の時間も 晶: もやしは全然しゃべらない。 何を考えてるか解らなくてイライラする。 晶: 晶: ある日、もやしがオレに話しかけてきた。 晶: 「声が小さくて何言ってるか解らない」 晶: って言うと涙ぐんだが、 晶: 今日はすぐに逃げ出さなかった。 晶: 「こんな遊び知ってる?一緒にやってみない…」 晶: 目に涙をいっぱいに貯めてそう言った。 晶: 晶: 何だ、そんな事を言うためにコイツは 5分も使ったのか。 晶: 世の中には喋るだけで、死ぬほどの勇気を振り絞らないと 晶: いけない奴がいるのかと思った。 晶: 晶: オレが返事を返さないと、転校生は 晶: 迷子の子犬のように小刻みに揺れ始め、 晶: 顔も青くなってきた。 晶: 晶: 「別にかまわないぜ。お前のその遊び、面白いんだろうな?」 晶: 少し焦らしてからそう言うと、今度は無言で力強く頷いた。 晶: 晶: 転校生が提案した遊びはどれもこれも知っているものばかりだが、 晶: 集まった人数や規模、年齢によってよって少しづつルールが 晶: 変更されたり追加されたりしていた。 晶: ルールを組み合わせ、全員が楽しく出来るように 晶: と工夫がされているようだ。 晶: 晶: それからオレたちは一緒に遊ぶようになった。 晶: 時には二人で 晶: 時にはクラスのやつらと 晶: 時には学年全員と。 晶: 晶: オレがメンバーを集め、 晶: 転校生が遊びのルールを説明する。 晶: 大体は声が小さいのでオレが代わりに仕切る事になるのだが。 晶: 晶: 年上 年下 男も女も 集まった奴らはひとしきり遊ぶと 晶: みんな満足そうな顔をして家に帰っていく。 晶: 転校生はその姿を本当に楽しそうに見送る。 晶: 晶: ある日、「お前、本当にいろんな遊び知ってるんだな。」 晶: と感心して言うと 晶: 「うん、僕には遊び方を教えてくれる先生がいるんだ」 晶: と誇らしげに笑った。 晶: オレは「ふーん」と答えた。 0: age-13 晶: その後オレと転校生は放課後いつも日が暮れるまで遊んだ。 晶: 校庭で 公園で 山で 川で 秘密基地で。 晶: 晶: 一緒に山に登って星を見たり肝試ししたり 晶: 川を遡って冒険したり 晶: 秘密基地でドッヂボールの特訓をしたり 晶: 晶: 知らない遊びを教えてくれるあいつと居るのは楽しかった。 晶: 晶: そして6年生の運動会。 晶: オレは学年対抗リレーのアンカーに選ばれた。 晶: 1年生の頃からずっと走りで誰かに一等を譲ったことはない。 晶: 小学生最後の運動会、絶対に負けられない。 晶: 晶: ちょいと腹が痛むが気合でなんとかなるだろう。 晶: 晶: コーナーを回って来た5年生からバトンを受け取る。 晶: オレは水を得た魚のように生き生きと地面を蹴って進む。 晶: 目の前には6人。上等だ、全員まとめてぶち抜いてやる。 晶: 最終アンカーは2周走る。 晶: 最初のコーナーで2人抜き 1周目の終わりで2人抜いた。 晶: 後ふたり、次のコーナーで仕掛ければ十分いける。 晶: 晶: お互いインコースを取ろうと体が近づく。 晶: 前にいた奴が勢いよく腕を振る。 晶: その肘が運悪くみぞおちのあたりにくい込んだ。 晶: 晶: 急な激痛に襲われ、呼吸が止まる。 晶: 速度が弱まり、膝が折れそうになる。 晶: 痛みで視界が滲む。 晶: 晶: 「くそ、あと少しだったってのに」 晶: 完全に心が折れていた。 晶: 晶: 周りの歓声も波が引くように聞こえなくなっていく 晶: 晶: そんな中、 晶: 「頑張れ負けるな!」 晶: 転校生の声だけが妙に頭に響いた。 晶: 晶: 顔を上げると、あいつが 晶: 最終直線手前で叫んでいた。 晶: 晶: 「なんだよ、ちゃんと声出せるじゃん。」 晶: 晶: そんな顔されちゃ、やるしかないよな。 晶: 短く呼吸を入れ、止まりかけていた足を動かし、 晶: 前の二人を追いかけた。 晶: 晶: 「…くそ、あのエルボー野郎の一撃を喰らわなかったら絶対勝ってたのに」 晶: ブツブツと文句を言うと 晶: 「まぁまぁ、2位も凄いって。僕は徒競走ビリだったし」 晶: 転校生が慰めてくる。 晶: やめれ、優しくすんな。泣きそうになる。 晶: 晶: 「クソー、納得いかん。マラソン大会で白黒つけてやる!」 晶: オレはそう言うと転校生を置いて走って帰った。 晶: 晶: 明日は中学校の入学式。 晶: 鏡の前で新しい制服に袖を通す。 晶: うん、ピッタリだ。 晶: 晶: それにしても足元がフワフワして何とも心細い。 晶: 今までヒラヒラした服は一切着てこなかったし 晶: 正直違和感しかないが、制服で選択肢が無いんだから仕方がない。 晶: 晶: 「なんで、ズボンないんだよ。」 晶: 晶: そう悪態をついていると、姉ちゃんに言葉遣いを注意された。 晶: 最近この調子で、お姉様からスカートでの作法や言葉遣いの講習を受けている。 晶: 晶: 「やれやれ。」 晶: 晶: 鏡に映ったスカート姿の自分を見て、そうひとりごちた。 晶: 晶: この姿見たらあいつは驚くだろうか… 晶: 鳩のように目を丸くする姿を想像して「わたし」はニヤっと笑った。 0: side-C 【2】 晶 0: AGE-15 晶: あいつの様子がおかしい。 晶: 夏休みお盆で部活もないので、 晶: なんかどっかのアイドルだかなんだか見に行くって張り切ってたのに、 晶: 帰ってきてから一切その話をしない。 晶: 「何でもない」の一点張りだ。 晶: 晶: 私はそう言うあいつの顔が堪らなく、嫌いだった。 晶: 晶: 町に一件だけあるファストフードの店に呼び出し 晶: 「何があったか言わなくて言いけどさ、せっかくの夏休みそんな暗い顔しててどうすんのさ。 晶: …あーもう、あんた私と付き合いなさいよ!」 晶: ついうっかり堂々と告白していた。 晶: あ、やばい、今絶対顔赤い。 晶: 晶: あいつはキョトンとした顔をしたが、 晶: 私の顔色を見て どういう意味かお察ししたんだろう。 晶: あいつは真剣な顔で何事かと考えている。 晶: 晶: ふざけんなお前、小学生の頃の仕返しか? 晶: もっとパッパと返事しろよ。 晶: こっちは心臓バックバクなんだぞ。 晶: 晶: そして少し間を置いてからOKの返事をもらった。 晶: その言葉を聞いて、私はすぐに背中を向ける。 晶: 彼が心配そうにこちらを覗き込もうとしてくる。 晶: 晶: あ、ダメだ、今絶対顔見せられない。 晶: だって今、私史上 最高に顔蕩(とろけ)けてる。 晶: 晶: それから私たちは夏休みの後半を二人で過ごした。 晶: 今までも一緒に過ごしてきたが、これほど胸が高鳴る夏は初めてだった。 晶: 晶: 夏休み最後の日曜日、私たちは夏祭りに出かけた。 晶: 浴衣を来て、ようやく伸びてきた髪を上の方で結い、 晶: 髪飾りも刺した。 晶: 大分スカートには慣れたが、浴衣は浴衣でなかなかに歩きにくい。 晶: 晶: 祭りなら何度も一緒に行っているが、今回は意味合いがまるで違う。 晶: 「はぐれたら危ない」とあいつが手を繋いでくる。 晶: 少しだけ私よりも大きくて温かい掌。 晶: あれ、私より柔らかくないか? 晶: 私は繋いだ手の感触を思う存分楽しんだ。 晶: 晶: クラスの知り合いに見つかったがもう構わない。 晶: 私は堂々と彼と屋台を回った。 晶: 晶: 祭りも終わりに近づき、打ち上げ花火が上がる時間となった。 晶: 私たちは穴場スポットである秘密基地にきていた。 晶: 晶: 「へへ、やっぱりここからの眺めが一番いいぜ。」 晶: いつの間にか、私は昔の口調に戻っていた。 晶: 彼はうん、そうだね。と少し困ったような顔で笑う。 晶: 晶: 私は…その笑顔が堪らなく嫌いだ。 晶: 晶: 小学生の頃からずっと一緒だったあいつ。 晶: 気が付けば私はいつもあいつの事を目で追っていた。 晶: 晶: あの日、「僕には遊び方を教えてくれる先生がいるんだ」 晶: と誇らしげにあいつは笑った。 晶: 晶: 履き慣れない草履を履いていたせいか、急に鼻緒が切れた 晶: 私は体勢を崩す 晶: それを彼が受け止めてくれる 晶: 意図せず私は彼の腕の中にすっぽりと収まった 晶: 彼の心臓の音が近くに感じられる。 晶: 私の心臓の音を聞かれてないだろうか。 晶: 晶: 私は彼の視線の待つ先へと恐る恐る顔をあげる 晶: すぐ近くに彼の顔がある。 晶: 晶: その瞳に、…私は映っていなかった。 晶: 晶: ああ、分かっていた。解っていたさ。 晶: 最初から 私は彼の 一等賞にはなれないと。 晶: 晶: あいつはいつも、ここにいない誰かを見ていた。 晶: 私はその誰かの事を楽しそうに話す、あいつの笑顔が好きだった。 晶: そして、その笑顔が自分には決して向くことが無いという事も理解(わか)っていた。 晶: 晶: 「おまえ、今誰のことを考えてた?」 晶: ねぇ、私じゃダメなの? 晶: 「おまえ、ここに居るのが、その人だったら良いなって思ったろ」 晶: 髪の毛も伸ばしたし 言葉遣いだって直したんだよ 晶: 「おまえ、私との思い出、本当はその人と作りたかっただろ」 晶: 君が望むなら 私にあげられるもの、全部あげるよ 晶: 「そして、こうして腕の中に居るのが、彼女だったらって思ったろ!」 晶: それでも ダメなの?届かないの? 晶: 「なぁ、言ってみろよ。オレと居るとき、誰のこと考えてたんだよ!」 晶: 君の心にいる人に 私はなれないの? 晶: 晶: 「…ふざけんなよ。お前、いつまでそんな顔してんだよ!」 晶: 気が付くと、私は彼の胸ぐらを掴んでいた 晶: 晶: 「私が惚れたお前はそんな何もかも諦めたような、 晶: 笑ってるんだか泣いてるんだか分からない顔はしていなかった。」 晶: 「いつも誰かを想って、誇らしげに笑ってたお前は何処に行ったんだよ。」 晶: 「たった一回うまくいかなかったくらいで、何もかも諦めちまうような、 晶: その程度の想いだったのかよ このモヤシ野郎! 晶: そんな程度の想いなら とっとと捨てっちまえ!」 晶: 晶: 「違う!」 晶: 彼が本気で私に掛かってくる。 晶: 晶: 「僕は、僕の気持ちはそんな軽いものじゃない! 晶: あの人の存在が 僕をどれだけ救ってくれたと思ってるんだ。 晶: それ以上言うなら、いくらアキラでも許さない。」 晶: 晶: ああ、男の子の目だ。彼が私に初めて本気の感情をぶつけてくる。 晶: 晶: ようやく…私の方を見てくれたんだね。 晶: 晶: 「なんだよ。やれば出来るじゃん転校生。」 晶: 我に返った彼は締め上げていた腕を解いた。 晶: 晶: 「目は醒めた?ならもういいね。私の役目はおしまい。明日からはまた友達に戻りましょう。」 晶: 私は彼に背を向け、そう告げる。そして彼が何か言う前に言葉を続ける。 晶: 「謝ったりしないで。もし…そんなことしてきたら絶対に許さない。」 晶: そう言って私たちは帰路に着いた。 晶: 晶: 沈黙の中、お互い顔も合わせないまま、 晶: いつもの交差点までやってきた。 晶: 晶: 「じゃあ、また明日」と言って彼は歩き出す 晶: ただ一度もこちらを振り向かず、前だけを向いて 晶: 晶: それがとても悲しくて、少しだけ嬉しい。 晶: 晶: 私は彼を見送る。 晶: ああ、どんどん彼の背中が小さくなっていく。 晶: 晶: もう、二度と二人でお出かけは出来ないんだろうな。 晶: もう、二度と手も繋いでもらえないんだろうな。 晶: もう、二度と本気で感情をぶつけ合う事はないんだろうな。 晶: 晶: 私はその小さくなっていく彼の背中をずっと見ていた 晶: 晶: 「もうすぐ夏が終わる」 晶: 涙がひと雫、頬を伝って落ちた。 0: 0: side-A 【2】 詩乃 0: age-17 詩乃 : それは例年よりも寒くまだ雪の残る卒業式の日。 詩乃 : ひとしきり友達や先生との別れも済ませ校門を出ると、 詩乃 :そこに一人の男の子が花束を持って立っていた。 詩乃 : 学ラン姿で髪の毛が少しくせっ毛で黒縁メガネをかけていた。 詩乃 : 詩乃 : ひと目で分かった。夢にまで見たあの子だ。 詩乃 : 胸から熱いものがこみ上げてくる。 詩乃 : 詩乃 : 私は逸る心を抑え、あくまで自然を装って歩く。 詩乃 : 彼がこちらに気がついて、こちらに歩いてくる。 詩乃 : 詩乃 : 予想通り、君はあどけなさを残す顔立ちのまま大きくなったんだね。 詩乃 : 予想外に、背は君の方が高くなったね。もう背伸びしても届かないや。 詩乃 : 詩乃 : 何て声を掛けようか。大事な大事な再会の第一声。 詩乃 : どうしようどうしよう。 詩乃 : 詩乃 : 元気にしてた?動画見てくれてた? 詩乃 : 友達はできたの?好きな人は居るの? 詩乃 : いやいや、まず最初に私のこと覚えてる?…かな。 詩乃 : ってこれ私に会いに来てくれたんだよね。 詩乃 : 詩乃 : ああ、頭の中が真っ白になる。こんなのステージの上でだって経験したことない。 詩乃 : 詩乃 : 目の前に彼が居る。その指先は微かに震えていた。 詩乃 : そっか、君も緊張してるんだね。 詩乃 : 詩乃 : 「あ」-------いに来てくれたんだね。私の動画、君に届いてたかな。」 詩乃 : 詩乃 : という言葉は、私の視界に映った不吉なモノによってかき消された。 詩乃 : ここから30mほど離れた電柱の影にカメラを構えた誰かがいる。 詩乃 : 詩乃 : そのレンズは明らかに私の姿を捉えていた。 詩乃 : 迂闊だった。 詩乃 :最近流行りの駆け出しアイドルの卒業式、 詩乃 : そこに網を張っておけば何か掛かるかも知れない。 詩乃 : 詩乃 : 友情愛情、真実虚偽、何でもいい、売れさえすれば。 詩乃 : そういって彼らは個人の領域に土足で上がり込んでくる。 詩乃 : 本当…心底嫌悪する。 詩乃 : 詩乃 : そして、まんまと私はその標的にされたというわけだ。 詩乃 : 詩乃 : 「あぁ、ファンの子かな。ありがとう、いつも応援していてくれて。 詩乃 : これ、花束? 嬉しいな。でも全部は受け取れないから、一本だけね。」 詩乃 : 詩乃 : そう言って私は花束から一本だけ抜き取った。 詩乃 : 彼が何かを言おうとするが私はそれを許さない。 詩乃 : 詩乃 : 「でも、こんな所まで来たら本当はいけないんだから、今回は特別。 詩乃 : 次はステージで会いましょう。」 詩乃 : 詩乃 : そう言って私は一輪の花を胸ポケットに刺して歩き出す。 詩乃 : 丁度マネージャーが車で待っていてくれたので、 詩乃 : 私は平然と乗り込み、急いでこの場を立ち去った。 詩乃 : 詩乃 : …そう、これで良かった。良かったと思う。 詩乃 : あそこで私が彼に飛びつこうものなら、格好の餌食になっていた。 詩乃 : 私がどうなろうとも構わないけど、彼に迷惑が掛かるのだけは絶対に駄目だ。 詩乃 : 詩乃 : だから、この選択は間違ってなかったはずだ。 詩乃 : 詩乃 : けれど… 詩乃 : 詩乃 : 彼とすれ違う瞬間、私の目に映ったその表情が頭から離れない。 詩乃 : 詩乃 : 傷つけた、彼を傷つけた。 詩乃 : 彼を守る事は出来た。けれど、きっと深く深く傷をつけたに違いない。 詩乃 : 詩乃 : 震える指先を見て、彼の視線を見て ここに来るのに、 詩乃 : どれだけの勇気が必要だったのか痛いほど伝わってきた。 詩乃 : 詩乃 : …その気持ちを私は踏みにじった。 詩乃 : 詩乃 : ねぇ誰か教えて、私は何のためにここにいるの? 詩乃 : 詩乃 : 彼のあんな悲しそうな顔を見るために、この十年頑張ってきたの? 詩乃 : あのときの彼の顔が焼き付いて離れない 詩乃 : 詩乃 : 私は何のために… 詩乃 : 詩乃 : ねぇ、神様。 詩乃 : こんな結末を用意するなんて…酷いよ。 詩乃 : 詩乃 : お前は一生そうやって独りで皆に幸せを配っていなさい。 詩乃 : 誰かに、そう言われた気がした。 詩乃 : 0: age-21 詩乃 : それから私は舞台で芝居でドラマで映画で、沢山の役を演じた。 詩乃 : 無数の男の人と手を繋ぎ、抱き合い、キスをする。 詩乃 : 詩乃 : そのたび、心が悲鳴をあげる 詩乃 : 詩乃 : どうして私は彼でない手を繋いでいるの? 詩乃 :キモチワルイ 詩乃 : 詩乃 : どうして私は彼でない人に抱き締められてるの? 詩乃 :キモチワルイ 詩乃 : 詩乃 : どうして私は彼でない人とキスをしているの? 詩乃 : キモチワルイ 詩乃 : 詩乃 : そんな思いを抱えながら撮った映画は大ヒットとなった。 詩乃 : 世界一ピュアな恋だの、現世に現れたフェアリーだの、さんざん言われた。 詩乃 : 詩乃 : そりゃそうだ、私はずっと彼だけのことを考えて演じているのだから。 詩乃 : 私に握手を求めるファンも、私に気がある素振りの同業者も 詩乃 : 私はお前たちに向けては何一つやってなどいない。 詩乃 : 私は彼に振り向いてもらうためだけにやっているのだ! 詩乃 : 詩乃 : そして、私の心は壊れた。 詩乃 : 詩乃 : 「うっぐ…うぇ…」 詩乃 :毎晩一人の部屋で嘔吐するようになっていった。 詩乃 : 詩乃 : 毎夜私は後悔する。 詩乃 : あの時後先考えず、自分の心に従って彼に抱きつけばよかった。 詩乃 : 彼に迷惑は掛かるかもしれないし、私もアイドルを辞めさせられるかも知れない。 詩乃 : 詩乃 : 「それがどうした!!!」 詩乃 : 詩乃 : 彼が傍にいてくれて、私の事を見てくれるなら 詩乃 : それ以外何も要らない。 詩乃 : でももう、それも失ってしまった。 詩乃 : 素人でもわかる、私は彼を赤の他人として扱ったのだと。 詩乃 : 詩乃 : 大小様々な糸が私に絡みつく。 詩乃 : 私は自由になりたいと藻掻くが、 詩乃 : 動けば動くほど糸は絡まり、私を動けなくする。 詩乃 : 私は彼と繋がっていた糸が切れた音を聞いた…。 詩乃 : 詩乃 : 毎日毎日、黒塗りの影の男の人が私に触れる。 詩乃 :背中に手を回し 愛の言葉を囁いてくる 詩乃 : 詩乃 : 何度それを繰り返したのだろうか 詩乃 : 詩乃 : 気がつけば私はビルの屋上へと足を運んでいた。 詩乃 : 私にはもう続ける動機がない 詩乃 : 詩乃 : 彼の笑顔が見たくてここまでやって来たのに、 詩乃 : 自ら、その糸を切って捨てたのだ。 詩乃 : 詩乃 : 「このままここから飛び降りたら楽になれるのだろうか」 詩乃 : 詩乃 : そんな言葉が頭をよぎる 詩乃 : 詩乃 : だめ、ここで死んだらきっと彼が悲しむ 詩乃 : それに私はまだ、自分の気持ちを一言も彼に伝えてない! 詩乃 : 詩乃 : …ひどい女、こんなときだけ彼を飛ばない理由に引っ張り出して。 詩乃 : 結局、私は一人で死ぬ勇気がないのだ。 詩乃 : 詩乃 : そうして独り、私は泣きながらうずくまる。 0: side-A【If】 詩乃 詩乃 : 気が付くと私は動画の配信をしていた 詩乃 : 彼が近くにいて 一緒に子供向けの遊びを紹介している 詩乃 : どうやら私がメインで彼がアシスタント 詩乃 : 詩乃 : 昔よりしゃべれるようになったけど、 詩乃 : 私が台本にない言葉を投げると 詩乃 : 慌てる様子は昔とちっとも変わってない 詩乃 : 詩乃 : きっとこれは夢だ 夢だと分かっている 詩乃 : 詩乃 : それでも、この時間がもっとずっと続けばいいのに 詩乃 : 詩乃 : そう願う 詩乃 : 詩乃 : そして私は目覚ましの音で今日も起きる 詩乃 : 詩乃 : 夢は叶わない 詩乃 : 奇跡は起きない 詩乃 : 願いは届かない 詩乃 : 目を覚ます時間だと分かっていても 詩乃 : あるはずもない幻影の残滓にしがみつき 詩乃 : そして私はまた微睡む(まどろむ) 詩乃 : 救われない 詩乃 : 報われない 詩乃 : そもそも幸せになる資格もない 詩乃 : だから夢を見る 詩乃 : 夢を見続ける 詩乃 : 詩乃 : おはよう世界 詩乃 : 詩乃 : さようなら世界 0:side-A 【4】 詩乃 詩乃 : そして崩壊が始まる 詩乃 : きっかけは私がそうして道端でうずくまっていたとき、 詩乃 : たまたま共演していた相手役の新人俳優君が 詩乃 : 大丈夫ですか?と私を抱き起こし介抱してくれようとした。 詩乃 : そこをカメラに納められたのだ。 詩乃 : 間の悪いことに、取られた場所も不味かった。 詩乃 : そこはホテル街の一角であった。 詩乃 : そんなところで泣き崩れる女に抱き起こす男。 詩乃 : そんな姿を撮られてはもう、何をいってもどうしようとない。 詩乃 : その姿は週刊紙に取り上げられ大炎上となった。 詩乃 : 魔女だのビッチだのとさんざん叩かれた。 詩乃 : 詩乃 : うるさい、私は最初からあんたたちを相手になんてしていない。 詩乃 : 詩乃 : 私はしばらくの間休養することとなった。 相手の男の子は責任をとらされ、いつの間にか引退させられていた。 詩乃 : こっちはお咎めなしだったたというのに 詩乃 : 詩乃 : つくづく私のいる芸能界というところは恐ろしいと身をもって思いしる。 詩乃 : 詩乃 : もう何もかもが煩わしい マネージゃーの声も ファンの声も 何もかもが煩わしい カット、カットカットカットカット! 詩乃 : 私に繋がっている糸を全て切り捨てて一人になりたい。 詩乃 : 詩乃 : そんなときふと、一本の動画が目に留まる 詩乃 : それはパペット2匹が子供の遊びを紹介するというものだった。 詩乃 : 正直、人形は不細工だし、しゃべりもつっかえつっかえでぎこちない。 詩乃 : 再生回数も2桁で、低評価もほうが高評価を上賜ってる。 詩乃 : それなのに何故か、私はその動画から目が離せない。 詩乃 : 詩乃 : その動画からは「こんなに楽しい事が世の中にはあるんだよ」と、 詩乃 : 見えない誰かに手を差し伸べているようだった。 詩乃 : その思いが、熱意が私の胸を締め付ける。 詩乃 : 詩乃 : それはかつて私が持っていたはずの心 詩乃 :決してなくしてはいけない私の原点 詩乃 : それがそこにはあった。 詩乃 : 詩乃 : 「みんな、今日の遊びは楽しかったかな まだ遊んだことのないクラスのお友達と遊んでみてね。きっと、世界が変わるよ」 詩乃 : 詩乃 : 動画がエンドロールを迎え、やがて画面は黒を写す。 詩乃 : そこには虚ろな目で画面を見つめる私が写っていた。 詩乃 : 目から涙がこぼれ落ち、それは留まる事を忘れ、ただただ雨のように落ち続けた。 詩乃 : 喉の奥から「あ」とも「お」とも解らない嗚咽がもれ、やがて滝のような勢いになった。 詩乃 : 詩乃 : ああ、そうだ。私も最初はそうだった。素人丸出しの酷い動画から始めたんだった。 詩乃 : 初めて動画を撮ったのはいつだっただろうか。 詩乃 : 何故、何のために。。。思い出せない。 詩乃 : でも 詩乃 : 少しだけ覚えている。 詩乃 : 誰か、を喜ばせたくて、ビックリさせたくて。私は動画を撮ったんだ。 詩乃 : 詩乃 : 君は動画を食い入るように見て、終わった後こっちを向いて、 詩乃 : 「今のお姉ちゃんなの?」って聞いてきたんだ。 詩乃 : 目をまん丸くして、頬を赤らめ、か細い声で私にこう言うのだ。 詩乃 : 「一緒に遊ぼう」と。 詩乃 : その顔を覚えている。まるで大輪の花を咲かせたような向日葵の笑顔。 詩乃 : 私はその顔を見るのが好きで、好きで、好きで、、、 詩乃 : 詩乃 : ああ、どうして忘れてしまっていたんだろう。 詩乃 : 私が私で在る為の原点を。 詩乃 : あの子に想いを伝える為に、その為だけに私は、、、私は。 詩乃 : 詩乃 : それから私は動画を何度も何度も見た。 詩乃 : 更新頻度は一週間に一本程度。 詩乃 : 見ては涙を流し、嘔吐し、リピート再生をかけながら寝落ちすることもあった。 詩乃 : 気がつけば私は更新されるのを心待ちにするようになっていた。 詩乃 : 詩乃 : 見るたびに心が痛んだ。 詩乃 : けれどこの痛みは今抱えている痛みとは違う。 詩乃 : 体の奥底、心臓の鼓動の奥深くに沈めた感情という名前の魂が悲鳴をあげているように感じた。 詩乃 : 「動け、動け、動け」 詩乃 : 動かない事に理由をつけ、心を鎖で縛り付け、思考を放棄する時間はもうお仕舞いだ。 詩乃 : だって、もう私は見つけたんだ。思い出したんだ。 詩乃 : この感情を、想いを、胸の中に溢れる魂の叫びを! 詩乃 : 詩乃 : 「私はここにいる。いるんだ。」 詩乃 : 詩乃 : 知らぬ間にそう口に出していた。 詩乃 : その瞬間、撃鉄が落ちるような音が身体の中から聞こえた気がした。 詩乃 : 詩乃 : 何度再生したか解らない動画がエンドロールを迎える。 詩乃 : 画面にはお馴染みの黒の色。 詩乃 : そこには相変わらず泣きはらした酷い顔の女。 詩乃 : そうだ、それでいい。それが今の私なんだ。 詩乃 : でも、それでも、立ち上がろう。 詩乃 : 立って前に進むんだ。 詩乃 : 詩乃 : 「行こう、行こう、私のすべきことを。私の在るべき姿を。取り戻しに行こう」 0:side-B 【2】 凪 凪:あの日、僕に気づかずファンにする対応をした彼女。 凪:でもひとつ、引っ掛かってることがある。 凪:彼女が口を開こうとした瞬間、目線が何処か違うところを向いた。 凪:その瞬間から、急に雰囲気が変わった。 凪:僕に気がつき近づいてきた時と、花を一本だけ持っていった時と… 凪:そこに違和感を感じる。 凪: 凪:…あれは何だったんだろう。 凪:本当は何と言うつもりだったんだろう。 凪: 凪:勿論これは僕だけの一方的な思い込みで 見向きもされなかったショックで、頭がおかしくなってるだけかもしれない。 凪:普通に考えたらそうだろう。 凪: 凪:「お前の勘違いだと。」 凪: 凪:でも僕は、あのとき見た彼女の瞳が忘れられない。 凪: 凪:だから、まだだ。まだ終われない。 凪: あの言葉の先に、何が待っていたのか 凪:それを聞くまでは。確かめるまでは。 凪: 凪:だって、僕は彼女に一言も、想いを告げていないのだから。 0:  凪:という事なんで力を貸して欲しい。 晶:え、すまん、もう一回言ってくれ。え、何、どういうこと? 凪:僕ひとりの力じゃどうしようもないし、晶にこんな事を頼むのは心苦しいんだけど。 晶:そりゃあ、この前盛大にきれいさっぱりオレの事フっておきながら、頼みごとにくるっていうのは、男としてどうなんだ。 凪:そうだよな、虫が良すぎるよね。 晶:と言いたいところだが、いいよ気が済むまで手伝ってやるよ。これも、惚れた弱みだ。 凪:晶……ごめん。 晶:謝んなよバカ。それにお前にはなんつーか、笑顔でいてほしいんだ。それを見られるなら私はそれでいいよ。 凪:ありがとう。僕、君と出会えて本当に良かった。 晶:ったく、そう言うセリフは本当に好きな相手に使えよ…ずるいよ。そんじゃ作戦会議じめようぜ。 0:side-F【完結編-晶】 0:age-xx 晶:「マーなんというか、お前は良くやったよ。 晶:今まで折れもせず、めげもせず、腐らず、ただずっとやるべき事をやってきたんだ。 晶:それが実るかどうか分かんないけどさ。もうここまで来たらとことんやればいいよ。 晶:だってそれがお前だもんな。」 晶: 晶:(私がそう言うと彼は、俯いてしまう。 晶:きっと私を長年振り回したことについて、思う所があるんだろう。) 晶: 晶:(だから私は言葉を続ける。) 晶: 晶:「でも、私が付き合えるのはここまでだ。 晶:悪いんだけどさ、ここから先、私は私の人生を歩んでいく事にするよ。 晶:本当はもっとずっと一緒にいたかったんだけどさ…。」 晶: 晶:(彼が私にとって大切な人であるように) 晶:(私も誰かの大切な人で在りたい) 晶: 晶:「…良いんだよ。これも惚れた弱みだし。それに私が選んだ事でもあるから。 晶:だから、うん、楽しかったよ。オマエと居る時間は楽しかった。」 晶:「そこに後悔はないし、この選択が間違ってるなんて思いたくもない。」 晶: 晶:「だから、ここでサヨナラだ。」 晶: 晶:「…なんて顔してるんだよ。つーかお前がオレをフったんだろうが。 晶:へへ、やったぜ、最後にお前の顔を曇らせてやった。 晶:てことは、オレもそれなりに良い女になったって事か。 晶:いやーこれは自信ついちゃうな。」 晶: 晶:俯く彼の顔を両手で掴み、こちらに向かせる。 晶: 晶:「大丈夫だ。離れていても、オレはちゃんとお前の傍にいるよ。」 晶: 晶:(私はチクリと痛む心を無視して最後の言葉を紡ぐ) 晶: 晶:「じゃ、元気でやれよ。」 晶: 晶:それだけ伝えると、私は彼に背を向けて歩き出す。 晶: 晶:ふいに背中から彼の声が聞こえる。 晶:「アキラ、結婚おめでとう!」 晶: 晶:私は立ち止まり、あの日のようにニカっと笑みを返した。 晶: 晶:もう後ろは振り向かない。 晶: 晶:行こう この気持ちを忘れずに 晶: 晶:行こう 心の赴くままに 晶: 晶:今日のその先にある、明日へと。 晶: 0:side-F【完結編-晶】 完 0:side-F【完結編-詩乃】 0:age-xx 0: 詩乃 : 少しずつ私は活動を再開した。といっても仕事に就ける程心身は回復しておらず、 詩乃 : もっぱらボイストレーニングに歌やダンスの基礎訓練をしていた。 詩乃 : 詩乃 : そんなある日、マネージャーから子供向けの番組紹介の仕事が来ていると連絡が来た。 詩乃 : 大事の後という事で名前は伏せリハビリの感覚でやってみないかという事だった。 詩乃 : 詩乃 : その番組は5分ほどの小さな枠で 子供たちに遊びを紹介するものだった。 詩乃 : サンプルの映像をチェックする。 詩乃 : 姿形は少し違うが、あの時動画で見たパペットのように思えた。 詩乃 : 詩乃 : 「うそ…」 詩乃 : 詩乃 : 私はすぐさまその仕事を引き受ける事にした。 詩乃 : 詩乃 : 数日後、初の打ち合わせとなり久しぶりに私は現場へと足を運んだ。 詩乃 : 周囲の視線が私に刺さるが、もう気にしない。私は堂々と前を向いて歩く。 詩乃 : 詩乃 : 「おはようございます。アシスタントディレクターとしてサポートさせていただきます。 詩乃 : 今日からよろしくお願いします。」 詩乃 : と声をかけられた。 詩乃 : 詩乃 : そこには髪の毛が少しくせっ毛で黒縁メガネの男の子が立っていた。 詩乃 : 詩乃 : 「あのサンプル動画、違ったこの企画は君が作ったの?」とわたしが尋ねると 詩乃 : 凪: 「あ、はい。そうなんです。小さい頃に僕を救ってくれた動画があって 凪: 今度は僕がそれを作って、僕と同じように困ってる子に届けたいんです。 凪: だから、ぼくと一緒に……遊んでくれませんか?」 詩乃 : 詩乃 : 彼は逃げなかった 詩乃 : そして私を追いかけてくれた 詩乃 : 自分なりのペースで 詩乃 : まっすぐこちらを見てくれていた 詩乃 : 詩乃 : もう涙が頬を伝うのを厭わない。 詩乃 : 詩乃 : 「はい、私でよければ、よろこんで」 詩乃 : 詩乃 : 私は満面の笑みでそう彼に返事をした。 詩乃 : 詩乃 : ようやく私は 一番 大切な想いを 告げることができた。 詩乃 : 0:side-F【完結編-詩乃】 完

0: 私:詩乃(しの) 女。人気アイドルになる。 0: ボク:凪(なぎ) 男。一般ピーポー。中学高校は美術部 0: オレ:晶(あきら)女。一般ピーポー。中学高校は陸上部 0: 役は3人ありますが、一人で読んでも構いませんし、3人で読んでもいいと思います。 0: 全部やらずに、気に入ったシーンを抜き出してやってもいいと思います。 0: 0: side-A 【1】 詩乃 0: age-7 詩乃 : 私には気になる子がいる 詩乃 : 二つ下の近所の男の子 詩乃 : でもその子はいつも私の方を見てくれない。 詩乃 : 遊びに誘っても 詩乃 : 君はいつもYouTubeに夢中で 詩乃 : 私との約束は二の次 詩乃 : 詩乃 : もっとこっちを見て欲しいな 詩乃 : もっと一緒に遊びたいな 詩乃 : でも君の笑顔はいつも画面の向こう側だ 詩乃 : 詩乃 : ねぇ どうしたら私の方を見てくれるのかな? 詩乃 : 詩乃 : だから私は君が大好きなYouTubeになるのです。 詩乃 : 君と一緒にやりたい遊びを動画にして 詩乃 : お友達にもパパやママにも手伝ってもらって 詩乃 : 「やってみた系動画」を撮ってみたの 詩乃 : 詩乃 : だからねぇ、こっちを向いてよ! 0: age-14 詩乃 : あの日、君に振り向いて欲しくて撮った動画。 詩乃 : それを見た君はビックリしてたね。 詩乃 : 詩乃 : そして君が画面に向ける笑顔をようやく私も見せてくれた。 詩乃 : 私はそれが嬉しくて嬉しくて、それから何本も動画を撮っては彼に見せた。 詩乃 : 最初は鬼ごっこやかくれんぼの地方バージョン。 詩乃 : そのうち自分でも遊びを考え出して紹介した。 詩乃 : 君はその動画を楽しそうに見てた。 詩乃 : そしてその後は決まって、目をキラキラさせながら必ずこう言うの。 詩乃 : 「ねぇ、一緒に遊ぼうよ」 詩乃 : 詩乃 : 今思えば、あの頃が一番楽しかったな。 詩乃 : でも二つの誤算があった。 詩乃 : 詩乃 : ひとつは、動画がどんどん人気になり、 詩乃 : いつの間にか私はそれなりの数のフォロワーさんを抱える 詩乃 : 新進気鋭の配信者になっていた。 詩乃 : 詩乃 : そしてもう一つは、君が、遠くに引っ越してしまったことだ。 詩乃 : 詩乃 : もう私には配信する意味はなくなってしまった。 詩乃 : だって君が居なくなってしまったのだから。 詩乃 : 詩乃 : でも、それでも、私はあの日見た君の笑顔が忘れられない。 詩乃 : だから、私は今も配信を続けている。 詩乃 : もしかしたら、この画面の向こうに、君がいるかもしれないと 詩乃 : そう信じて。 0: age-17 詩乃 : 君が引っ越してから何年たったのかな。 詩乃 : 君は今どうしてるのかな。 詩乃 : ええと、ああ、もう高校1年生だ。 詩乃 : きっと私よりも背が高くなってて、 詩乃 : 足も早くなってて 私はもう追いつけない。 詩乃 : 顔も凛々しくなってて、 詩乃 : あ、でも君はテレビの画面ばっかり見てたから 詩乃 : メガネは掛けてるかな。 詩乃 : 詩乃 : …近頃じゃ君の顔も声も思い出せなくなっていた。 詩乃 : ねぇ、君はどんな顔をしてたの? 詩乃 : どんな声をしてたの? 詩乃 : 分からない、10年という歳月が君を私の中から消していく。 詩乃 : 詩乃 : …その後も私の人気は衰えなかった。流石に顔出しはまずいと思って 詩乃 : 高校生に上がる時にVTuberに変更した。 話す話題も小さい子どもが楽しむ遊びの話から、ゲームの実況やコスメ・メイクとかになってきた。 詩乃 : 詩乃 : そして顔が見えないからと軽い気持ちで「歌ってみた」のが不味かった。 詩乃 : 詩乃 : 何処かの芸能事務所から声がかかり、 詩乃 : あれよあれよという間に私のデビューが決まってしまった。 詩乃 : 私の気持ちを置き去りにしたまま、話は進んでいく。 詩乃 : 詩乃 : 誰かが私に言う。 詩乃 : これはチャンスなんだよ。 詩乃 : みんながあなたの椅子を狙っているの。 詩乃 : あなたは選ばれたんだから。 詩乃 : 詩乃 : でも、私はそんなの望んでいない。 詩乃 : 私は…彼に、振り向いてもらいたかっただけなのに。 詩乃 : 詩乃 : 初のライブは大成功。 詩乃 : ネットの動画再生回数も上位になり、 詩乃 : 片隅だけど雑誌の記事にもなった。 詩乃 : 詩乃 : あれから10年。もう君から卒業しないといけない時が来たってことなのかな。 詩乃 : 春が来たら、東京に上京して、大学に進学して、芸能活動もあって 詩乃 : きっと忙しくなる。 詩乃 : だから、もう 君とはお別れ。 詩乃 : ありがとう 詩乃 : ずっと私の心にいてくれて。 詩乃 : 私をずっと支えていてくれて。 0: side-B 【1】 凪 0: age-5 凪: ボクには気になる女の子がいる。 凪: 二つ年上の近所のお姉ちゃん 凪: いつもボクを遊びに誘ってくれる 凪: けどボクは恥ずかしくてうまく喋れない 凪: それを誤魔化すように動画ばかり見ていた 凪: 凪: どうやったら、上手く喋れるんだろう。 凪: いつもありがとうって伝えたいのに 凪: 勇気が出ない。 凪: 凪: 今日もお姉さんがやってきた。 凪: ぼくはお姉ちゃんの顔を見るのが恥ずかしくて 凪: いつものように動画を見ていた。 凪: するとお姉ちゃんがちょっと貸してとリモコンを奪う。 凪: 何か見せたい動画があるみたい。 凪: 凪: その動画は3分くらいで、女の子が楽しそうに鬼ごっこをしていた。 凪: その女の子には見覚えがあった。 凪: 「え、あれ、もしかしてお姉ちゃんなの?」 凪: 僕はようやくお姉ちゃんの顔を見て話をすることができた。 0: age-13 凪: 父の転勤が急に決まり、僕はお姉さんにきちんと別れを告げることもできず 凪: 旅立つこととなった。 凪: 凪: 転校した先の小学校では周囲に馴染めず孤立していた。 凪: 既に輪が出来上がっている集団に入っていくというのは、 凪: 大人の世界以上に勇気がいる事だと思う。 凪: 元から引っ込み思案だったせいもあり、なかなか話しかける相手が見つからなかった。 凪: 凪: どうしようかと悩みながら、家で動画を見ていると、 凪: ふと、お姉さんのチャンネルが目にとまった。 凪: 僕が引っ越してから少し時間が経ってたけど、新しい動画が公開され続けていた。 凪: 僕は画面に映るお姉さんから、色んな遊びを教わった。 凪: ろくむしやドロケイ、缶けりにチャンバラ。 凪: 氷鬼の変化系の「レンジでチン。」にアメリカンドッチボール。 凪: 画面のお姉さんは髪が伸びていて、 凪: 僕が最後に見たときよりも少し大人っぽくなっていた。 凪: 動画の最後にお姉さんが笑顔で言う。 凪: 「この動画を見たあなた、クラスのまだ遊んだことない子を誘ってみよう。 凪: きっと楽しいよ!」 凪: 凪: 次の日、僕はクラスの人に話しかけた。 凪: それ以来、僕に話しかけたり遊びに誘ってくれる子が少しづつ増えた。 凪: 凪: 中学に上がる頃には親友も出来た。 凪: ありがとうお姉さん、いつも僕の背中を押してくれて。 凪: 僕、お姉さんと離れたけど、 凪: こうやって画面越しにいつでも会えるね。 0: age-15 凪: こっちに引っ越してきて随分と時がたった気がする。 凪: あの日、僕の背中を押してくれた年上の彼女は 凪: 今もまだ、動画を公開し続けている。 凪: 動画の内容も子供の遊び紹介から 凪: ゲーム実況やおしゃれやドラマといった流行のモノになった。 凪: ゲームの話は一応わかるけど、正直それ以外の部分は半分以上解らなかった。 凪: コスメ?サプリ?ちょっとした暗号のような会話だ。 凪: 少し前に恋とかそういう話題があがった。 凪: その話をする彼女は凄く大人に見えて、知らない人のようだった。 凪: 彼女が伏せた表情をするたび、何故か胸の奥がチリッと傷んだ。 凪: 凪: 僕が高校に進学すると彼女によく似た可愛らしいアバターを纏った。 凪: 十分魅力的な容姿をしていたし、きっとそういったトラブルを防ぐ意味もあるんだろう。 凪: うん、懸命な判断だ。 凪: 凪: ある日、ゲストのVTuberとの絡みで歌を披露した。 凪: 幼い頃、よく歌っていて、凄く上手だなと思った事があるが 凪: あの頃よりももっと上手になっていた。 凪: 凪: その歌がきっかけで新人VTuberのライブに出場する事になったという告知を見た。 凪: 丁度夏休みで部活もないお盆週間だったので、何とはなしに応募したら当選した。 凪: 凪: 数年ぶりに彼女に会えると思い、僕は不思議な高揚感を胸に出かけていった。 凪: 凪: 舞台で歌って踊る彼女に僕は目を奪われた。 凪: 幼少の頃一緒に遊んだ近所のお姉さん、それが今大勢の観客を魅了し、 凪: 大立ち回りをしている。 凪: 凪: 彼女が歌を言の葉を紡ぐたび、歓声が湧き上がる。 凪: それの声を聞くたび、なぜか僕は舞台の上の彼女を見るのが辛くなっていった。 凪: 僕は彼女を見ているのに、彼女は僕の事を見ていない。 凪: 気づいてさえもいない。 凪: その事が、なぜが僕の胸を締め付ける。 凪: 凪: 俯いたまま、「お姉ちゃん、僕はここにいるよ」と呟いた。 凪: 当然彼女に届くはずもなく、一度も視線は交わらないまま、 凪: 僕は会場を後にした。 0: side-C 【1】 晶 0: age-8 晶: オレには気に喰わない奴がいる。 晶: そいつはある日都会の学校から引っ越してきた転校生。 晶: 声も小さいし 体もヒョロヒョロしてたから 晶: もやしって言ったらビックリして泣いた。 晶: 晶: 「アキラ、人をもやし呼ばわりするのは傷つくからやめたほうがいいよ」 晶: と友達に注意された。 晶: 晶: 納得いかん。もやしはウマイし栄養も高い偉い奴だというのに。 晶: というか、そんな事くらいで泣く奴が居るんだと驚いた。 晶: 晶: 授業中も休み時間も給食の時間も 晶: もやしは全然しゃべらない。 何を考えてるか解らなくてイライラする。 晶: 晶: ある日、もやしがオレに話しかけてきた。 晶: 「声が小さくて何言ってるか解らない」 晶: って言うと涙ぐんだが、 晶: 今日はすぐに逃げ出さなかった。 晶: 「こんな遊び知ってる?一緒にやってみない…」 晶: 目に涙をいっぱいに貯めてそう言った。 晶: 晶: 何だ、そんな事を言うためにコイツは 5分も使ったのか。 晶: 世の中には喋るだけで、死ぬほどの勇気を振り絞らないと 晶: いけない奴がいるのかと思った。 晶: 晶: オレが返事を返さないと、転校生は 晶: 迷子の子犬のように小刻みに揺れ始め、 晶: 顔も青くなってきた。 晶: 晶: 「別にかまわないぜ。お前のその遊び、面白いんだろうな?」 晶: 少し焦らしてからそう言うと、今度は無言で力強く頷いた。 晶: 晶: 転校生が提案した遊びはどれもこれも知っているものばかりだが、 晶: 集まった人数や規模、年齢によってよって少しづつルールが 晶: 変更されたり追加されたりしていた。 晶: ルールを組み合わせ、全員が楽しく出来るように 晶: と工夫がされているようだ。 晶: 晶: それからオレたちは一緒に遊ぶようになった。 晶: 時には二人で 晶: 時にはクラスのやつらと 晶: 時には学年全員と。 晶: 晶: オレがメンバーを集め、 晶: 転校生が遊びのルールを説明する。 晶: 大体は声が小さいのでオレが代わりに仕切る事になるのだが。 晶: 晶: 年上 年下 男も女も 集まった奴らはひとしきり遊ぶと 晶: みんな満足そうな顔をして家に帰っていく。 晶: 転校生はその姿を本当に楽しそうに見送る。 晶: 晶: ある日、「お前、本当にいろんな遊び知ってるんだな。」 晶: と感心して言うと 晶: 「うん、僕には遊び方を教えてくれる先生がいるんだ」 晶: と誇らしげに笑った。 晶: オレは「ふーん」と答えた。 0: age-13 晶: その後オレと転校生は放課後いつも日が暮れるまで遊んだ。 晶: 校庭で 公園で 山で 川で 秘密基地で。 晶: 晶: 一緒に山に登って星を見たり肝試ししたり 晶: 川を遡って冒険したり 晶: 秘密基地でドッヂボールの特訓をしたり 晶: 晶: 知らない遊びを教えてくれるあいつと居るのは楽しかった。 晶: 晶: そして6年生の運動会。 晶: オレは学年対抗リレーのアンカーに選ばれた。 晶: 1年生の頃からずっと走りで誰かに一等を譲ったことはない。 晶: 小学生最後の運動会、絶対に負けられない。 晶: 晶: ちょいと腹が痛むが気合でなんとかなるだろう。 晶: 晶: コーナーを回って来た5年生からバトンを受け取る。 晶: オレは水を得た魚のように生き生きと地面を蹴って進む。 晶: 目の前には6人。上等だ、全員まとめてぶち抜いてやる。 晶: 最終アンカーは2周走る。 晶: 最初のコーナーで2人抜き 1周目の終わりで2人抜いた。 晶: 後ふたり、次のコーナーで仕掛ければ十分いける。 晶: 晶: お互いインコースを取ろうと体が近づく。 晶: 前にいた奴が勢いよく腕を振る。 晶: その肘が運悪くみぞおちのあたりにくい込んだ。 晶: 晶: 急な激痛に襲われ、呼吸が止まる。 晶: 速度が弱まり、膝が折れそうになる。 晶: 痛みで視界が滲む。 晶: 晶: 「くそ、あと少しだったってのに」 晶: 完全に心が折れていた。 晶: 晶: 周りの歓声も波が引くように聞こえなくなっていく 晶: 晶: そんな中、 晶: 「頑張れ負けるな!」 晶: 転校生の声だけが妙に頭に響いた。 晶: 晶: 顔を上げると、あいつが 晶: 最終直線手前で叫んでいた。 晶: 晶: 「なんだよ、ちゃんと声出せるじゃん。」 晶: 晶: そんな顔されちゃ、やるしかないよな。 晶: 短く呼吸を入れ、止まりかけていた足を動かし、 晶: 前の二人を追いかけた。 晶: 晶: 「…くそ、あのエルボー野郎の一撃を喰らわなかったら絶対勝ってたのに」 晶: ブツブツと文句を言うと 晶: 「まぁまぁ、2位も凄いって。僕は徒競走ビリだったし」 晶: 転校生が慰めてくる。 晶: やめれ、優しくすんな。泣きそうになる。 晶: 晶: 「クソー、納得いかん。マラソン大会で白黒つけてやる!」 晶: オレはそう言うと転校生を置いて走って帰った。 晶: 晶: 明日は中学校の入学式。 晶: 鏡の前で新しい制服に袖を通す。 晶: うん、ピッタリだ。 晶: 晶: それにしても足元がフワフワして何とも心細い。 晶: 今までヒラヒラした服は一切着てこなかったし 晶: 正直違和感しかないが、制服で選択肢が無いんだから仕方がない。 晶: 晶: 「なんで、ズボンないんだよ。」 晶: 晶: そう悪態をついていると、姉ちゃんに言葉遣いを注意された。 晶: 最近この調子で、お姉様からスカートでの作法や言葉遣いの講習を受けている。 晶: 晶: 「やれやれ。」 晶: 晶: 鏡に映ったスカート姿の自分を見て、そうひとりごちた。 晶: 晶: この姿見たらあいつは驚くだろうか… 晶: 鳩のように目を丸くする姿を想像して「わたし」はニヤっと笑った。 0: side-C 【2】 晶 0: AGE-15 晶: あいつの様子がおかしい。 晶: 夏休みお盆で部活もないので、 晶: なんかどっかのアイドルだかなんだか見に行くって張り切ってたのに、 晶: 帰ってきてから一切その話をしない。 晶: 「何でもない」の一点張りだ。 晶: 晶: 私はそう言うあいつの顔が堪らなく、嫌いだった。 晶: 晶: 町に一件だけあるファストフードの店に呼び出し 晶: 「何があったか言わなくて言いけどさ、せっかくの夏休みそんな暗い顔しててどうすんのさ。 晶: …あーもう、あんた私と付き合いなさいよ!」 晶: ついうっかり堂々と告白していた。 晶: あ、やばい、今絶対顔赤い。 晶: 晶: あいつはキョトンとした顔をしたが、 晶: 私の顔色を見て どういう意味かお察ししたんだろう。 晶: あいつは真剣な顔で何事かと考えている。 晶: 晶: ふざけんなお前、小学生の頃の仕返しか? 晶: もっとパッパと返事しろよ。 晶: こっちは心臓バックバクなんだぞ。 晶: 晶: そして少し間を置いてからOKの返事をもらった。 晶: その言葉を聞いて、私はすぐに背中を向ける。 晶: 彼が心配そうにこちらを覗き込もうとしてくる。 晶: 晶: あ、ダメだ、今絶対顔見せられない。 晶: だって今、私史上 最高に顔蕩(とろけ)けてる。 晶: 晶: それから私たちは夏休みの後半を二人で過ごした。 晶: 今までも一緒に過ごしてきたが、これほど胸が高鳴る夏は初めてだった。 晶: 晶: 夏休み最後の日曜日、私たちは夏祭りに出かけた。 晶: 浴衣を来て、ようやく伸びてきた髪を上の方で結い、 晶: 髪飾りも刺した。 晶: 大分スカートには慣れたが、浴衣は浴衣でなかなかに歩きにくい。 晶: 晶: 祭りなら何度も一緒に行っているが、今回は意味合いがまるで違う。 晶: 「はぐれたら危ない」とあいつが手を繋いでくる。 晶: 少しだけ私よりも大きくて温かい掌。 晶: あれ、私より柔らかくないか? 晶: 私は繋いだ手の感触を思う存分楽しんだ。 晶: 晶: クラスの知り合いに見つかったがもう構わない。 晶: 私は堂々と彼と屋台を回った。 晶: 晶: 祭りも終わりに近づき、打ち上げ花火が上がる時間となった。 晶: 私たちは穴場スポットである秘密基地にきていた。 晶: 晶: 「へへ、やっぱりここからの眺めが一番いいぜ。」 晶: いつの間にか、私は昔の口調に戻っていた。 晶: 彼はうん、そうだね。と少し困ったような顔で笑う。 晶: 晶: 私は…その笑顔が堪らなく嫌いだ。 晶: 晶: 小学生の頃からずっと一緒だったあいつ。 晶: 気が付けば私はいつもあいつの事を目で追っていた。 晶: 晶: あの日、「僕には遊び方を教えてくれる先生がいるんだ」 晶: と誇らしげにあいつは笑った。 晶: 晶: 履き慣れない草履を履いていたせいか、急に鼻緒が切れた 晶: 私は体勢を崩す 晶: それを彼が受け止めてくれる 晶: 意図せず私は彼の腕の中にすっぽりと収まった 晶: 彼の心臓の音が近くに感じられる。 晶: 私の心臓の音を聞かれてないだろうか。 晶: 晶: 私は彼の視線の待つ先へと恐る恐る顔をあげる 晶: すぐ近くに彼の顔がある。 晶: 晶: その瞳に、…私は映っていなかった。 晶: 晶: ああ、分かっていた。解っていたさ。 晶: 最初から 私は彼の 一等賞にはなれないと。 晶: 晶: あいつはいつも、ここにいない誰かを見ていた。 晶: 私はその誰かの事を楽しそうに話す、あいつの笑顔が好きだった。 晶: そして、その笑顔が自分には決して向くことが無いという事も理解(わか)っていた。 晶: 晶: 「おまえ、今誰のことを考えてた?」 晶: ねぇ、私じゃダメなの? 晶: 「おまえ、ここに居るのが、その人だったら良いなって思ったろ」 晶: 髪の毛も伸ばしたし 言葉遣いだって直したんだよ 晶: 「おまえ、私との思い出、本当はその人と作りたかっただろ」 晶: 君が望むなら 私にあげられるもの、全部あげるよ 晶: 「そして、こうして腕の中に居るのが、彼女だったらって思ったろ!」 晶: それでも ダメなの?届かないの? 晶: 「なぁ、言ってみろよ。オレと居るとき、誰のこと考えてたんだよ!」 晶: 君の心にいる人に 私はなれないの? 晶: 晶: 「…ふざけんなよ。お前、いつまでそんな顔してんだよ!」 晶: 気が付くと、私は彼の胸ぐらを掴んでいた 晶: 晶: 「私が惚れたお前はそんな何もかも諦めたような、 晶: 笑ってるんだか泣いてるんだか分からない顔はしていなかった。」 晶: 「いつも誰かを想って、誇らしげに笑ってたお前は何処に行ったんだよ。」 晶: 「たった一回うまくいかなかったくらいで、何もかも諦めちまうような、 晶: その程度の想いだったのかよ このモヤシ野郎! 晶: そんな程度の想いなら とっとと捨てっちまえ!」 晶: 晶: 「違う!」 晶: 彼が本気で私に掛かってくる。 晶: 晶: 「僕は、僕の気持ちはそんな軽いものじゃない! 晶: あの人の存在が 僕をどれだけ救ってくれたと思ってるんだ。 晶: それ以上言うなら、いくらアキラでも許さない。」 晶: 晶: ああ、男の子の目だ。彼が私に初めて本気の感情をぶつけてくる。 晶: 晶: ようやく…私の方を見てくれたんだね。 晶: 晶: 「なんだよ。やれば出来るじゃん転校生。」 晶: 我に返った彼は締め上げていた腕を解いた。 晶: 晶: 「目は醒めた?ならもういいね。私の役目はおしまい。明日からはまた友達に戻りましょう。」 晶: 私は彼に背を向け、そう告げる。そして彼が何か言う前に言葉を続ける。 晶: 「謝ったりしないで。もし…そんなことしてきたら絶対に許さない。」 晶: そう言って私たちは帰路に着いた。 晶: 晶: 沈黙の中、お互い顔も合わせないまま、 晶: いつもの交差点までやってきた。 晶: 晶: 「じゃあ、また明日」と言って彼は歩き出す 晶: ただ一度もこちらを振り向かず、前だけを向いて 晶: 晶: それがとても悲しくて、少しだけ嬉しい。 晶: 晶: 私は彼を見送る。 晶: ああ、どんどん彼の背中が小さくなっていく。 晶: 晶: もう、二度と二人でお出かけは出来ないんだろうな。 晶: もう、二度と手も繋いでもらえないんだろうな。 晶: もう、二度と本気で感情をぶつけ合う事はないんだろうな。 晶: 晶: 私はその小さくなっていく彼の背中をずっと見ていた 晶: 晶: 「もうすぐ夏が終わる」 晶: 涙がひと雫、頬を伝って落ちた。 0: 0: side-A 【2】 詩乃 0: age-17 詩乃 : それは例年よりも寒くまだ雪の残る卒業式の日。 詩乃 : ひとしきり友達や先生との別れも済ませ校門を出ると、 詩乃 :そこに一人の男の子が花束を持って立っていた。 詩乃 : 学ラン姿で髪の毛が少しくせっ毛で黒縁メガネをかけていた。 詩乃 : 詩乃 : ひと目で分かった。夢にまで見たあの子だ。 詩乃 : 胸から熱いものがこみ上げてくる。 詩乃 : 詩乃 : 私は逸る心を抑え、あくまで自然を装って歩く。 詩乃 : 彼がこちらに気がついて、こちらに歩いてくる。 詩乃 : 詩乃 : 予想通り、君はあどけなさを残す顔立ちのまま大きくなったんだね。 詩乃 : 予想外に、背は君の方が高くなったね。もう背伸びしても届かないや。 詩乃 : 詩乃 : 何て声を掛けようか。大事な大事な再会の第一声。 詩乃 : どうしようどうしよう。 詩乃 : 詩乃 : 元気にしてた?動画見てくれてた? 詩乃 : 友達はできたの?好きな人は居るの? 詩乃 : いやいや、まず最初に私のこと覚えてる?…かな。 詩乃 : ってこれ私に会いに来てくれたんだよね。 詩乃 : 詩乃 : ああ、頭の中が真っ白になる。こんなのステージの上でだって経験したことない。 詩乃 : 詩乃 : 目の前に彼が居る。その指先は微かに震えていた。 詩乃 : そっか、君も緊張してるんだね。 詩乃 : 詩乃 : 「あ」-------いに来てくれたんだね。私の動画、君に届いてたかな。」 詩乃 : 詩乃 : という言葉は、私の視界に映った不吉なモノによってかき消された。 詩乃 : ここから30mほど離れた電柱の影にカメラを構えた誰かがいる。 詩乃 : 詩乃 : そのレンズは明らかに私の姿を捉えていた。 詩乃 : 迂闊だった。 詩乃 :最近流行りの駆け出しアイドルの卒業式、 詩乃 : そこに網を張っておけば何か掛かるかも知れない。 詩乃 : 詩乃 : 友情愛情、真実虚偽、何でもいい、売れさえすれば。 詩乃 : そういって彼らは個人の領域に土足で上がり込んでくる。 詩乃 : 本当…心底嫌悪する。 詩乃 : 詩乃 : そして、まんまと私はその標的にされたというわけだ。 詩乃 : 詩乃 : 「あぁ、ファンの子かな。ありがとう、いつも応援していてくれて。 詩乃 : これ、花束? 嬉しいな。でも全部は受け取れないから、一本だけね。」 詩乃 : 詩乃 : そう言って私は花束から一本だけ抜き取った。 詩乃 : 彼が何かを言おうとするが私はそれを許さない。 詩乃 : 詩乃 : 「でも、こんな所まで来たら本当はいけないんだから、今回は特別。 詩乃 : 次はステージで会いましょう。」 詩乃 : 詩乃 : そう言って私は一輪の花を胸ポケットに刺して歩き出す。 詩乃 : 丁度マネージャーが車で待っていてくれたので、 詩乃 : 私は平然と乗り込み、急いでこの場を立ち去った。 詩乃 : 詩乃 : …そう、これで良かった。良かったと思う。 詩乃 : あそこで私が彼に飛びつこうものなら、格好の餌食になっていた。 詩乃 : 私がどうなろうとも構わないけど、彼に迷惑が掛かるのだけは絶対に駄目だ。 詩乃 : 詩乃 : だから、この選択は間違ってなかったはずだ。 詩乃 : 詩乃 : けれど… 詩乃 : 詩乃 : 彼とすれ違う瞬間、私の目に映ったその表情が頭から離れない。 詩乃 : 詩乃 : 傷つけた、彼を傷つけた。 詩乃 : 彼を守る事は出来た。けれど、きっと深く深く傷をつけたに違いない。 詩乃 : 詩乃 : 震える指先を見て、彼の視線を見て ここに来るのに、 詩乃 : どれだけの勇気が必要だったのか痛いほど伝わってきた。 詩乃 : 詩乃 : …その気持ちを私は踏みにじった。 詩乃 : 詩乃 : ねぇ誰か教えて、私は何のためにここにいるの? 詩乃 : 詩乃 : 彼のあんな悲しそうな顔を見るために、この十年頑張ってきたの? 詩乃 : あのときの彼の顔が焼き付いて離れない 詩乃 : 詩乃 : 私は何のために… 詩乃 : 詩乃 : ねぇ、神様。 詩乃 : こんな結末を用意するなんて…酷いよ。 詩乃 : 詩乃 : お前は一生そうやって独りで皆に幸せを配っていなさい。 詩乃 : 誰かに、そう言われた気がした。 詩乃 : 0: age-21 詩乃 : それから私は舞台で芝居でドラマで映画で、沢山の役を演じた。 詩乃 : 無数の男の人と手を繋ぎ、抱き合い、キスをする。 詩乃 : 詩乃 : そのたび、心が悲鳴をあげる 詩乃 : 詩乃 : どうして私は彼でない手を繋いでいるの? 詩乃 :キモチワルイ 詩乃 : 詩乃 : どうして私は彼でない人に抱き締められてるの? 詩乃 :キモチワルイ 詩乃 : 詩乃 : どうして私は彼でない人とキスをしているの? 詩乃 : キモチワルイ 詩乃 : 詩乃 : そんな思いを抱えながら撮った映画は大ヒットとなった。 詩乃 : 世界一ピュアな恋だの、現世に現れたフェアリーだの、さんざん言われた。 詩乃 : 詩乃 : そりゃそうだ、私はずっと彼だけのことを考えて演じているのだから。 詩乃 : 私に握手を求めるファンも、私に気がある素振りの同業者も 詩乃 : 私はお前たちに向けては何一つやってなどいない。 詩乃 : 私は彼に振り向いてもらうためだけにやっているのだ! 詩乃 : 詩乃 : そして、私の心は壊れた。 詩乃 : 詩乃 : 「うっぐ…うぇ…」 詩乃 :毎晩一人の部屋で嘔吐するようになっていった。 詩乃 : 詩乃 : 毎夜私は後悔する。 詩乃 : あの時後先考えず、自分の心に従って彼に抱きつけばよかった。 詩乃 : 彼に迷惑は掛かるかもしれないし、私もアイドルを辞めさせられるかも知れない。 詩乃 : 詩乃 : 「それがどうした!!!」 詩乃 : 詩乃 : 彼が傍にいてくれて、私の事を見てくれるなら 詩乃 : それ以外何も要らない。 詩乃 : でももう、それも失ってしまった。 詩乃 : 素人でもわかる、私は彼を赤の他人として扱ったのだと。 詩乃 : 詩乃 : 大小様々な糸が私に絡みつく。 詩乃 : 私は自由になりたいと藻掻くが、 詩乃 : 動けば動くほど糸は絡まり、私を動けなくする。 詩乃 : 私は彼と繋がっていた糸が切れた音を聞いた…。 詩乃 : 詩乃 : 毎日毎日、黒塗りの影の男の人が私に触れる。 詩乃 :背中に手を回し 愛の言葉を囁いてくる 詩乃 : 詩乃 : 何度それを繰り返したのだろうか 詩乃 : 詩乃 : 気がつけば私はビルの屋上へと足を運んでいた。 詩乃 : 私にはもう続ける動機がない 詩乃 : 詩乃 : 彼の笑顔が見たくてここまでやって来たのに、 詩乃 : 自ら、その糸を切って捨てたのだ。 詩乃 : 詩乃 : 「このままここから飛び降りたら楽になれるのだろうか」 詩乃 : 詩乃 : そんな言葉が頭をよぎる 詩乃 : 詩乃 : だめ、ここで死んだらきっと彼が悲しむ 詩乃 : それに私はまだ、自分の気持ちを一言も彼に伝えてない! 詩乃 : 詩乃 : …ひどい女、こんなときだけ彼を飛ばない理由に引っ張り出して。 詩乃 : 結局、私は一人で死ぬ勇気がないのだ。 詩乃 : 詩乃 : そうして独り、私は泣きながらうずくまる。 0: side-A【If】 詩乃 詩乃 : 気が付くと私は動画の配信をしていた 詩乃 : 彼が近くにいて 一緒に子供向けの遊びを紹介している 詩乃 : どうやら私がメインで彼がアシスタント 詩乃 : 詩乃 : 昔よりしゃべれるようになったけど、 詩乃 : 私が台本にない言葉を投げると 詩乃 : 慌てる様子は昔とちっとも変わってない 詩乃 : 詩乃 : きっとこれは夢だ 夢だと分かっている 詩乃 : 詩乃 : それでも、この時間がもっとずっと続けばいいのに 詩乃 : 詩乃 : そう願う 詩乃 : 詩乃 : そして私は目覚ましの音で今日も起きる 詩乃 : 詩乃 : 夢は叶わない 詩乃 : 奇跡は起きない 詩乃 : 願いは届かない 詩乃 : 目を覚ます時間だと分かっていても 詩乃 : あるはずもない幻影の残滓にしがみつき 詩乃 : そして私はまた微睡む(まどろむ) 詩乃 : 救われない 詩乃 : 報われない 詩乃 : そもそも幸せになる資格もない 詩乃 : だから夢を見る 詩乃 : 夢を見続ける 詩乃 : 詩乃 : おはよう世界 詩乃 : 詩乃 : さようなら世界 0:side-A 【4】 詩乃 詩乃 : そして崩壊が始まる 詩乃 : きっかけは私がそうして道端でうずくまっていたとき、 詩乃 : たまたま共演していた相手役の新人俳優君が 詩乃 : 大丈夫ですか?と私を抱き起こし介抱してくれようとした。 詩乃 : そこをカメラに納められたのだ。 詩乃 : 間の悪いことに、取られた場所も不味かった。 詩乃 : そこはホテル街の一角であった。 詩乃 : そんなところで泣き崩れる女に抱き起こす男。 詩乃 : そんな姿を撮られてはもう、何をいってもどうしようとない。 詩乃 : その姿は週刊紙に取り上げられ大炎上となった。 詩乃 : 魔女だのビッチだのとさんざん叩かれた。 詩乃 : 詩乃 : うるさい、私は最初からあんたたちを相手になんてしていない。 詩乃 : 詩乃 : 私はしばらくの間休養することとなった。 相手の男の子は責任をとらされ、いつの間にか引退させられていた。 詩乃 : こっちはお咎めなしだったたというのに 詩乃 : 詩乃 : つくづく私のいる芸能界というところは恐ろしいと身をもって思いしる。 詩乃 : 詩乃 : もう何もかもが煩わしい マネージゃーの声も ファンの声も 何もかもが煩わしい カット、カットカットカットカット! 詩乃 : 私に繋がっている糸を全て切り捨てて一人になりたい。 詩乃 : 詩乃 : そんなときふと、一本の動画が目に留まる 詩乃 : それはパペット2匹が子供の遊びを紹介するというものだった。 詩乃 : 正直、人形は不細工だし、しゃべりもつっかえつっかえでぎこちない。 詩乃 : 再生回数も2桁で、低評価もほうが高評価を上賜ってる。 詩乃 : それなのに何故か、私はその動画から目が離せない。 詩乃 : 詩乃 : その動画からは「こんなに楽しい事が世の中にはあるんだよ」と、 詩乃 : 見えない誰かに手を差し伸べているようだった。 詩乃 : その思いが、熱意が私の胸を締め付ける。 詩乃 : 詩乃 : それはかつて私が持っていたはずの心 詩乃 :決してなくしてはいけない私の原点 詩乃 : それがそこにはあった。 詩乃 : 詩乃 : 「みんな、今日の遊びは楽しかったかな まだ遊んだことのないクラスのお友達と遊んでみてね。きっと、世界が変わるよ」 詩乃 : 詩乃 : 動画がエンドロールを迎え、やがて画面は黒を写す。 詩乃 : そこには虚ろな目で画面を見つめる私が写っていた。 詩乃 : 目から涙がこぼれ落ち、それは留まる事を忘れ、ただただ雨のように落ち続けた。 詩乃 : 喉の奥から「あ」とも「お」とも解らない嗚咽がもれ、やがて滝のような勢いになった。 詩乃 : 詩乃 : ああ、そうだ。私も最初はそうだった。素人丸出しの酷い動画から始めたんだった。 詩乃 : 初めて動画を撮ったのはいつだっただろうか。 詩乃 : 何故、何のために。。。思い出せない。 詩乃 : でも 詩乃 : 少しだけ覚えている。 詩乃 : 誰か、を喜ばせたくて、ビックリさせたくて。私は動画を撮ったんだ。 詩乃 : 詩乃 : 君は動画を食い入るように見て、終わった後こっちを向いて、 詩乃 : 「今のお姉ちゃんなの?」って聞いてきたんだ。 詩乃 : 目をまん丸くして、頬を赤らめ、か細い声で私にこう言うのだ。 詩乃 : 「一緒に遊ぼう」と。 詩乃 : その顔を覚えている。まるで大輪の花を咲かせたような向日葵の笑顔。 詩乃 : 私はその顔を見るのが好きで、好きで、好きで、、、 詩乃 : 詩乃 : ああ、どうして忘れてしまっていたんだろう。 詩乃 : 私が私で在る為の原点を。 詩乃 : あの子に想いを伝える為に、その為だけに私は、、、私は。 詩乃 : 詩乃 : それから私は動画を何度も何度も見た。 詩乃 : 更新頻度は一週間に一本程度。 詩乃 : 見ては涙を流し、嘔吐し、リピート再生をかけながら寝落ちすることもあった。 詩乃 : 気がつけば私は更新されるのを心待ちにするようになっていた。 詩乃 : 詩乃 : 見るたびに心が痛んだ。 詩乃 : けれどこの痛みは今抱えている痛みとは違う。 詩乃 : 体の奥底、心臓の鼓動の奥深くに沈めた感情という名前の魂が悲鳴をあげているように感じた。 詩乃 : 「動け、動け、動け」 詩乃 : 動かない事に理由をつけ、心を鎖で縛り付け、思考を放棄する時間はもうお仕舞いだ。 詩乃 : だって、もう私は見つけたんだ。思い出したんだ。 詩乃 : この感情を、想いを、胸の中に溢れる魂の叫びを! 詩乃 : 詩乃 : 「私はここにいる。いるんだ。」 詩乃 : 詩乃 : 知らぬ間にそう口に出していた。 詩乃 : その瞬間、撃鉄が落ちるような音が身体の中から聞こえた気がした。 詩乃 : 詩乃 : 何度再生したか解らない動画がエンドロールを迎える。 詩乃 : 画面にはお馴染みの黒の色。 詩乃 : そこには相変わらず泣きはらした酷い顔の女。 詩乃 : そうだ、それでいい。それが今の私なんだ。 詩乃 : でも、それでも、立ち上がろう。 詩乃 : 立って前に進むんだ。 詩乃 : 詩乃 : 「行こう、行こう、私のすべきことを。私の在るべき姿を。取り戻しに行こう」 0:side-B 【2】 凪 凪:あの日、僕に気づかずファンにする対応をした彼女。 凪:でもひとつ、引っ掛かってることがある。 凪:彼女が口を開こうとした瞬間、目線が何処か違うところを向いた。 凪:その瞬間から、急に雰囲気が変わった。 凪:僕に気がつき近づいてきた時と、花を一本だけ持っていった時と… 凪:そこに違和感を感じる。 凪: 凪:…あれは何だったんだろう。 凪:本当は何と言うつもりだったんだろう。 凪: 凪:勿論これは僕だけの一方的な思い込みで 見向きもされなかったショックで、頭がおかしくなってるだけかもしれない。 凪:普通に考えたらそうだろう。 凪: 凪:「お前の勘違いだと。」 凪: 凪:でも僕は、あのとき見た彼女の瞳が忘れられない。 凪: 凪:だから、まだだ。まだ終われない。 凪: あの言葉の先に、何が待っていたのか 凪:それを聞くまでは。確かめるまでは。 凪: 凪:だって、僕は彼女に一言も、想いを告げていないのだから。 0:  凪:という事なんで力を貸して欲しい。 晶:え、すまん、もう一回言ってくれ。え、何、どういうこと? 凪:僕ひとりの力じゃどうしようもないし、晶にこんな事を頼むのは心苦しいんだけど。 晶:そりゃあ、この前盛大にきれいさっぱりオレの事フっておきながら、頼みごとにくるっていうのは、男としてどうなんだ。 凪:そうだよな、虫が良すぎるよね。 晶:と言いたいところだが、いいよ気が済むまで手伝ってやるよ。これも、惚れた弱みだ。 凪:晶……ごめん。 晶:謝んなよバカ。それにお前にはなんつーか、笑顔でいてほしいんだ。それを見られるなら私はそれでいいよ。 凪:ありがとう。僕、君と出会えて本当に良かった。 晶:ったく、そう言うセリフは本当に好きな相手に使えよ…ずるいよ。そんじゃ作戦会議じめようぜ。 0:side-F【完結編-晶】 0:age-xx 晶:「マーなんというか、お前は良くやったよ。 晶:今まで折れもせず、めげもせず、腐らず、ただずっとやるべき事をやってきたんだ。 晶:それが実るかどうか分かんないけどさ。もうここまで来たらとことんやればいいよ。 晶:だってそれがお前だもんな。」 晶: 晶:(私がそう言うと彼は、俯いてしまう。 晶:きっと私を長年振り回したことについて、思う所があるんだろう。) 晶: 晶:(だから私は言葉を続ける。) 晶: 晶:「でも、私が付き合えるのはここまでだ。 晶:悪いんだけどさ、ここから先、私は私の人生を歩んでいく事にするよ。 晶:本当はもっとずっと一緒にいたかったんだけどさ…。」 晶: 晶:(彼が私にとって大切な人であるように) 晶:(私も誰かの大切な人で在りたい) 晶: 晶:「…良いんだよ。これも惚れた弱みだし。それに私が選んだ事でもあるから。 晶:だから、うん、楽しかったよ。オマエと居る時間は楽しかった。」 晶:「そこに後悔はないし、この選択が間違ってるなんて思いたくもない。」 晶: 晶:「だから、ここでサヨナラだ。」 晶: 晶:「…なんて顔してるんだよ。つーかお前がオレをフったんだろうが。 晶:へへ、やったぜ、最後にお前の顔を曇らせてやった。 晶:てことは、オレもそれなりに良い女になったって事か。 晶:いやーこれは自信ついちゃうな。」 晶: 晶:俯く彼の顔を両手で掴み、こちらに向かせる。 晶: 晶:「大丈夫だ。離れていても、オレはちゃんとお前の傍にいるよ。」 晶: 晶:(私はチクリと痛む心を無視して最後の言葉を紡ぐ) 晶: 晶:「じゃ、元気でやれよ。」 晶: 晶:それだけ伝えると、私は彼に背を向けて歩き出す。 晶: 晶:ふいに背中から彼の声が聞こえる。 晶:「アキラ、結婚おめでとう!」 晶: 晶:私は立ち止まり、あの日のようにニカっと笑みを返した。 晶: 晶:もう後ろは振り向かない。 晶: 晶:行こう この気持ちを忘れずに 晶: 晶:行こう 心の赴くままに 晶: 晶:今日のその先にある、明日へと。 晶: 0:side-F【完結編-晶】 完 0:side-F【完結編-詩乃】 0:age-xx 0: 詩乃 : 少しずつ私は活動を再開した。といっても仕事に就ける程心身は回復しておらず、 詩乃 : もっぱらボイストレーニングに歌やダンスの基礎訓練をしていた。 詩乃 : 詩乃 : そんなある日、マネージャーから子供向けの番組紹介の仕事が来ていると連絡が来た。 詩乃 : 大事の後という事で名前は伏せリハビリの感覚でやってみないかという事だった。 詩乃 : 詩乃 : その番組は5分ほどの小さな枠で 子供たちに遊びを紹介するものだった。 詩乃 : サンプルの映像をチェックする。 詩乃 : 姿形は少し違うが、あの時動画で見たパペットのように思えた。 詩乃 : 詩乃 : 「うそ…」 詩乃 : 詩乃 : 私はすぐさまその仕事を引き受ける事にした。 詩乃 : 詩乃 : 数日後、初の打ち合わせとなり久しぶりに私は現場へと足を運んだ。 詩乃 : 周囲の視線が私に刺さるが、もう気にしない。私は堂々と前を向いて歩く。 詩乃 : 詩乃 : 「おはようございます。アシスタントディレクターとしてサポートさせていただきます。 詩乃 : 今日からよろしくお願いします。」 詩乃 : と声をかけられた。 詩乃 : 詩乃 : そこには髪の毛が少しくせっ毛で黒縁メガネの男の子が立っていた。 詩乃 : 詩乃 : 「あのサンプル動画、違ったこの企画は君が作ったの?」とわたしが尋ねると 詩乃 : 凪: 「あ、はい。そうなんです。小さい頃に僕を救ってくれた動画があって 凪: 今度は僕がそれを作って、僕と同じように困ってる子に届けたいんです。 凪: だから、ぼくと一緒に……遊んでくれませんか?」 詩乃 : 詩乃 : 彼は逃げなかった 詩乃 : そして私を追いかけてくれた 詩乃 : 自分なりのペースで 詩乃 : まっすぐこちらを見てくれていた 詩乃 : 詩乃 : もう涙が頬を伝うのを厭わない。 詩乃 : 詩乃 : 「はい、私でよければ、よろこんで」 詩乃 : 詩乃 : 私は満面の笑みでそう彼に返事をした。 詩乃 : 詩乃 : ようやく私は 一番 大切な想いを 告げることができた。 詩乃 : 0:side-F【完結編-詩乃】 完