台本概要
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タイトル | りんご飴 |
---|---|
作者名 | 栞星-Kanra- |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 3人用台本(男1、女2) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
稲ノ森(いなのもり)家の長女と次女の物語。 仲の良かった姉妹は、家の騒動に巻き込まれ――。 『姉妹の話』、『繰り返される悪しき風習』の二つの結末が準備されていますので、演者様間で決めてから上演ください。 性別変更:姉妹を兄弟に、鬼を女性に変更する、男性2:女性1のみ可。 誤字、脱字等ありましたら、アメブロ『星空想ノ森』までご連絡をお願いいたします。 読んでみて、演じてみての感想もいただけると嬉しいです。 930 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
春香 | 女 | 49 | 姉の稲ノ森 春香(いなのもり はるか)、屋台の人B、村人A |
夏美 | 女 | 48 | 妹の稲ノ森 夏美(いなのもり なつみ)、屋台の人A、村人B |
九条 | 男 | 37 | 鬼の九条 一哉(くじょう かずや)、お世話係の斎藤(さいとう) |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:キャラクター名の変更、および、一人称、語尾等の変更は、演者様間でお話の上、ご自由に楽しんでいただければと思います。
0:なお、世界観、内容が変わるほどの変更やアドリブは、ご遠慮ください。
0:
0:姉妹の一人称「私」は、「わたくし」と読んだ方が雰囲気が出ると思います。
0:
0:この物語は、結末が2つ用意されています。
0:『姉妹の話』とするか、『繰り返される悪しき風習』として演じるかを演者様間で決めてから、上演ください。
0:
0:(役紹介)
0:【春香】姉の稲ノ森 春香(いなのもり はるか)、屋台の人B、村人A
0:【夏美】妹の稲ノ森 夏美(いなのもり なつみ)、屋台の人A、村人B
0:【九条】鬼の九条 一哉(くじょう かずや)、お世話係の斎藤(さいとう)
0:
:
:――(上演開始)――
:
:
夏美:(屋台の人A)「さぁさ、金魚すくいに、ヨーヨー釣り! 遊んでいかないかい?」
春香:(屋台の人B)「甘くておいしい、りんご飴はいかがかなー?」
九条:(斎藤)「賑わっていますね。 春香お嬢様も一緒に来られたら良かったのですが……」
夏美:「一緒に行きましょう! って言ったのだけれど、お稽古があるからダメって言われちゃったの。 あっ、ねぇねぇ、斎藤! りんご飴! あれなら、お姉さまに持って帰ってあげられるかしら」
九条:(斎藤)「そうですね。 ぜひ、そういたしましょう」
夏美:「あっ、こっちのりんご飴、小さくてかわいい!」
春香:(屋台の人B)「かわいいだろう。 そっちのは、姫(ひめ)りんごって言うんだよ」
夏美:「そうなのですね。 では、大きいのと、こっちの小さい……姫りんご飴を1つずつ、いただけるかしら」
春香:(屋台の人B)「おっ、2つも買ってくれるのかい」
夏美:「はい! お姉さまにも差し上げるの」
春香:(屋台の人B)「ほー、お姉ちゃん思いな、優しい妹さんだ」
夏美:「ううん。 お姉さまが優しいだけです」
九条:(斎藤)「それでは、2ついただけますか」
春香:(屋台の人B)「ほい、まいどありっ」
:
:
:(夏美、斎藤 帰宅)
:
:
夏美:「ただいまー」
九条:(斎藤)「ただいま戻りました」
春香:「……」
夏美:「あっ、お姉さま! お稽古終わられたの? あのね、あのね、見て! ほら、りんご飴! お姉さまと一緒に食べようと思って」
春香:「……嬉しそうね」
夏美:「はい! 花火も見てきたの。 お姉さまも、花火はご覧になった? すっごく綺麗で大きくて――」
春香:「(夏美の言葉に被せて)いいわね、夏美は。 私は来る日も来る日もお稽古ばかり……。長女だから仕方ないのだけれど……少しくらい休みたいわ……」
夏美:「お姉さま、大丈夫? ねぇ、泣かないで? 私にできることがあったら、言ってくださいね? 何でもしますから」
春香:「……夏美が変わってくれたらいいのに」
夏美:「えっ?」
春香:「無理な話よね……だって、私が長女なんだもの」
夏美:「お、お姉さま……? あっ、りんご飴! これを食べて、少しでも元気になって? 甘いからきっと元気になれーー」
春香:「(夏美の言葉に被せて)いらないっ!」
夏美:「あっ、りんご飴……。 お姉さま、ひどい! 私、お姉さまと一緒に食べようと思って……っく。 うわーん」
九条:(斎藤)「春香お嬢様、さすがにやりすぎですよ」
春香:「泣かないで、頭に響く……。斎藤、あなた、お世話係でしょう。 夏美を早く泣き止ませてちょうだい」
九条:(斎藤)「ですが、夏美お嬢様は――」
春香:「私は稲ノ森(いなのもり)家の長女です。 私の言うことが聞けないのですか?」
九条:(斎藤)「……承知いたしました」
:
:
:(少し間を置く)
:
:
夏美:私たちは、仲の良い姉妹として有名だった。
春香:稲ノ森家のお嬢様たちは、華のように明るく、周囲の者を笑顔にさせてくれると。
九条:(斎藤)長女である春香お嬢様の後ろを、トテトテと付いていく次女の夏美お嬢様。
夏美:私が転んで、泣いてしまったときは、お姉さまは必ず戻ってきて、抱きしめて頭を撫でてくれた。
春香:すると、さっきまで泣いていたのが嘘であるかのように、にこにことした笑顔を返してくれることが、嬉しかった。
:
:
春香:それなのに。
夏美:それなのに。
九条:(斎藤)稲ノ森家の経済状況が陰りを見せ始めたのです。そのときから、春香お嬢様は変わってしまわれた。
春香:よい縁談が持ち込まれるようにと、両親は私に色々なお稽古をつけ始めました。毎日、毎日、違う先生がいらっしゃる。休む暇もない。
夏美:お姉さまと毎日のように遊んでいた日々は、急にパタリとなくなってしまった。顔を合わせることができるのは、お食事のときだけ。それも、ほんの少しの間。
九条:(斎藤)春香お嬢様の精神状態が日に日に悪くなっていくのは、お嬢様のお付きの者以外でも感じられるほどでした。
九条:しかし、けれども、私共には口出しできぬこと。ただただ、見守ることしかできませんでした。
:
春香:そんな日々が繰り返され
夏美:そんな日々を送り続け
九条:(斎藤)起こってしまった、りんご飴事件。 夏美お嬢様もお心を痛めることとなり、お二方のお心はさらに遠く
春香:離れてしまった
夏美:壁ができてしまった
:
春香:それから少しして、私は高熱を出してしまいました。
春香:今までの溜まっていた疲れからなのか、なかなか熱が下がらず、いつも通り動けるようになるまでには、三週間ほどかかってしまいました。
夏美:「お姉さま、大丈夫?」
春香:いつもなら、風邪をうつすといけないからと、どれだけ止めても部屋に来る夏美が、今回は一度も姿を見せてはくれませんでした。
春香:「あんなことをしてしまったんですもの……。 当然よね」
:
:
夏美:お姉さまが熱を出して倒れられたと聞かされた。
夏美:母様が、お姉さまの代わりに稽古を受けるようにと言ってこられた。
春香:「……夏美が変わってくれたらいいのに」
夏美:チャンスだわ! これで、お姉さまが少しは休めるかもしれない。
夏美:そう思って、必死で頑張った。
夏美:……頑張りすぎてしまった。
夏美:お稽古の先生方からの高評価。
夏美:誰が見ても一目瞭然の、お姉さまの状態。
夏美:つい先ほどまでお姉さまのいた場所に、私が据えられるのは、自然な流れだった。
:
:
:(少し間を置く)
:
:
夏美:私は、お姉さまが幼い頃からしてきたことを、凝縮してこなさなければならなくなった。
夏美:文字通り、遊ぶ時間、睡眠時間、食事時間を削って。
夏美:稽古を行う離れに移動する時間すら惜しくなった私は、離れに部屋を移すことにした。
:
春香:母様から、夏美が離れに部屋を移したことを聞かされました。
春香:理由は……出来の悪い姉と顔を合わせたくないから、だと。
春香:体調が戻っても、なかなか再開されない、お稽古。
春香:先生方が今までと変わらず、離れに行かれるのを見て、夏美が教わっているのだと知りました。
春香:「大丈夫かしら」
春香:でも、顔も合わせたくない相手である私が行っても迷惑なだけだろうと、心の中で心配するだけでいたのです。
:
夏美:体調がよくなったはずなのに、お姉さまは私に逢いには来てくれない。
夏美:お姉さまの代わりに、こんなにも頑張っているのに……耐えているのに。
夏美:稽古をしていないなら、私に逢いに来てくれる時間くらい、あるはずなのに……なんで来てくれないの?
夏美:きっと、ようやく解放されたから、自由な時間を満喫していて、私のことなんて忘れているのでしょうね。
夏美:ひどい……!
:
:
九条:(斎藤)時間の経過と共に、
春香:私と夏美との間の溝は……ますます広がっていく
夏美:ますます深くなっていく
:
:
:(少し間を置く)
:
:
春香:「あっ」
夏美:「あっ」
春香:歳月が経ち、夏美も結婚ができる歳になりました。
夏美:いつもは離れで過ごしているけれど、縁談相手との顔合わせともなると、母屋で、となり、こちらに来てみると、
春香:「……久しぶりね。 大きくなって。 ……元気にしていたの?」
夏美:「久しぶり、お姉さま。 えぇ、お姉さまの代わりの稽古がとてもとても大変でしたわ。 早々に縁談をまとめて、こんな家から出て行きたいものです」
春香:「そう……よね。 ごめんなさい」
夏美:「いいえ、謝らないでください、お姉さま。 名家として名高い、九条家からの縁談がいただけたのですもの。 お姉さま、邪魔だけはなさらないでくださいね?」
:
:
春香:久しぶりの夏美との会話。
春香:返される言葉から、それだけ夏美を傷つけてしまったのだと、今になって後悔しても遅かったのです。
:
:
:(少し間を置く)
:
:
夏美:「稲ノ森家の次女、夏美でございます」
九条:「これは綺麗なお嬢さんだ。 でも、お姉さんより先に縁談を受けてしまって良いのですか?」
夏美:「えぇ。 私は、姉の春香よりも才能があるようで。 九条様ほどのお方には是非、妹の私を、とのことでございます」
九条:「なるほど、そうですか。 私としても、お姉さんよりも夏美さんの方が嬉しい」
夏美:「本当ですか? もったいないお言葉でございます」
:
:
春香:顔合わせだけのはずが、急遽、九条様がお泊りになることとなりました。
春香:「はぁ。 久しぶりに夏美が同じ屋根の下にいるのに、ゆっくりとお話すらできないだなんて」
:
:
夏美:「でも、姉ではなく、私をお気に召してくださるなんて、本当に光栄です」
九条:「いや、私にとっては、君のほうが良く目に映ったんだ」
夏美:「ありがとうございます」
九条:「しかし……もったいないな」
夏美:「もったいない? 何がでしょうか?」
九条:「この家だからこそ、より濃いのだろう? 我が家に来てもらってからと思っていたのだが」
夏美:「あの……九条様? 申し訳ございません。 何をおっしゃられているのか――」
九条:「りんご飴」
夏美:「えっ?!」
九条:「お姉さんのことを恨んでいるのだろう?」
夏美:「……何を言っておられるのですか、九条様? 私が姉のことを恨んでいるだなんて。 それに、りんご飴とはーー」
九条:「君に花嫁修業をすべて押し付け、自由に羽を伸ばしてきたお姉さんのことを恨んでいるのだろう?」
夏美:「なんで、そのことをっ!」
九条:「会いにも来ない、謝りにも来ない。 そんなお姉さんが妬ましいかい?」
夏美:「九条様? 一体、どのようなつもりでそのようなことを――」
九条:「恨み、妬みの感情が強いほど、喰ったときに美味しいからだよ」
夏美:「えっ、なっ――! その角(つの)! まさか、鬼?!」
九条:「いかにも。 九条家は、代々、鬼の家系だよ。 まぁ、知らないのも無理はない。 知ってしまった者は、生きてはいないからね」
夏美:「こんなにも頑張って、我慢をしてきて。 それなのに、鬼に嫁ぐだなんて。 そんなの、絶対に嫌です」
九条:「嫁ぐというより、喰われる、が正しいのだが、ね」
夏美:「九条様、この縁談はなかったことにしてくださいませ。 誰か、誰かいない――あっ、ぐ」
九条:「大声を出さないでくれるかな、騒がしい。 はぁ、うっかり殺してしまったではないか。 まぁ、元々そのつもりで帰らなかったのだが。 さて、と。 では、いただくとしようか」
:
:
春香:……夏美の声が聞こえた、ような気がした。
春香:違和感。 どんどんと早くなる鼓動。 急激に不安に襲われる。
春香:夏美を探しに行こう。 顔を見れば、きっと安心できる。
春香:「何か言われるかもしれないけど、それは仕方のないことですもの」
:
:
春香:夏美は、部屋にはおりませんでした。
春香:と、なると、客間の九条様のところでしょうか。
:
:
春香:「九条様、失礼いたします。 姉の春香でございます」
九条:「あぁ、どうかしましたか?」
春香:「いえ。 夏美を探しておりまして……。 こちらには、いないでしょうか?」
九条:「あぁ、いるよ。 開けて入ってきてもらって構わない」
春香:「かしこまりました。 それでは、失礼いたします。 っ!」
:
春香:目に飛び込んできたのは、薄暗い部屋の中。
春香:ゆらゆらと揺れるロウソクの炎によって、照らされた夏美は。
春香:……真っ赤に染まっていた。 まるで……りんご飴のように。
春香:「っ! ……いやーっ!」
九条:「いやぁ、お姉さん。 あなたのお陰で、妹さんは……そう、とても美味しかった」
春香:「……?」
九条:「りんご飴」
春香:「……えっ?」
九条:「りんご飴。 そう、あの日からあなた方の関係は崩れていったのですね。 いえ、言葉を間違えました。 あなたが、壊した」
春香:「っ!」
九条:「妹さんは、あなたに逢いに来て欲しかったみたいですよ。 稽古を一手に引き受けたのも、あなたから好かれたい一心だったからのようです」
春香:「でも、夏美は、私のことを嫌って――」
九条:「あなたは、母親の言うことを鵜呑みにした。 嫌ったのは、あなたがいつまで経っても逢いに行かなかったからです。 積り積もった期待が、いつしか恨みに変わってしまった」
春香:「そんなっ、じゃあ――」
九条:「本来なら、我が家で、と思っていたのですが、あなたと離れると恨みが薄くなってしまいそうだった。 だから、今日、この家でいただくことにしたのです」
春香:「いただくって……夏美を返して!」
九条:「突き放したのは、あなたなのに、ですか? まぁ、器には興味がありませんので、お返ししますよ」
春香:「っ! 夏美っ、夏美っ!」
春香:久しぶりに抱きしめた夏美は、あのときとは違って、泣いても、笑顔を見せてもくれなかった。
:
:――(『姉妹の話』と、される場合は、このままお進みください)――
:
:
:(幼少期 回想)
:
:
夏美:「あっ、お姉さま! お稽古終わったの? あのね、あのね、見て! ほら、りんご飴! お姉さまと一緒に食べようと思って」
春香:「嬉しいわ、ありがとう、夏美。 そうね、一緒に食べましょ」
春香:そう言って、りんご飴を受け取っていれば良かった。
:
:
:(現在 回想)
:
:
春香:「……久しぶりね。 大きくなって。 ……元気にしていたの?」
夏美:「っ! なんで? なんで逢いに来てくれなかったの? お姉さまがちょっとでも楽ができるならって、頑張っていたのよ? なのに、なんで、なんでっ!」
夏美:そう言って、泣きつけば良かった。
:
:
夏美:お姉さまに抱きしめられて、頭を撫でてもらう。
夏美:すごく懐かしい。
夏美:温かく、帰りたかったその場所で、私はこの世に別れを告げた。
:
:
:――(『姉妹の話』と、される場合は、ここで上演終了となります)――
:――(『繰り返される悪しき風習』と、される場合は、このままお進みください)――
:
:
春香:九条家から、口止め料とばかりに多額のお金を貰い、結果として稲ノ森家は元通り、裕福になった。
春香:夏美が急にいなくなったことに気付く者もいたが、縁談相手に見初められて、急遽、あちらの家で暮らすことになった、と、嘘をついて、やり過ごした。
:
春香:でも、そんなことで得たお金で、家が立て直せるはずがない。
春香:そんな、私の心と、私の妹の命を引き換えにして得たお金で。
:
:
九条:稲ノ森家は没落。
九条:後(のち)に、村の者たちの間では、妹の夏美が既に亡くなっていたこと、家の存続のために子供たちが犠牲となっていたことが、どこからともなく伝わった。
九条:村人たちは、姉妹の墓を建てて、こんなことが二度と起こらないようにと、祈った。
九条:そう、子供たちが犠牲になることが、二度とないように、と。
:
:
九条:しかし、人とは愚かな生き物。
九条:また、同じ過ちを繰り返す。 そう、繰り返さずにはいられない生き物なのです。
:
:
春香:(村人A)「ねぇ、聞いた? 二宮さんのところ、双子だったんですって」
夏美:(村人B)「まぁ、それは、おめでたい!」
春香:(村人A)「ねぇー。 でも、双子だったら、どちらに家を継がせるのかしら」
夏美:(村人B)「そうよね。 歳が離れているなら、わかりやすいのだけれど」
九条:「それならば……競わせればよいのです。 せっかくの双子なのですから」
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:――(『繰り返される悪しき風習』と、される場合は、ここで上演終了となります)――
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0:キャラクター名の変更、および、一人称、語尾等の変更は、演者様間でお話の上、ご自由に楽しんでいただければと思います。
0:なお、世界観、内容が変わるほどの変更やアドリブは、ご遠慮ください。
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0:姉妹の一人称「私」は、「わたくし」と読んだ方が雰囲気が出ると思います。
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0:この物語は、結末が2つ用意されています。
0:『姉妹の話』とするか、『繰り返される悪しき風習』として演じるかを演者様間で決めてから、上演ください。
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0:(役紹介)
0:【春香】姉の稲ノ森 春香(いなのもり はるか)、屋台の人B、村人A
0:【夏美】妹の稲ノ森 夏美(いなのもり なつみ)、屋台の人A、村人B
0:【九条】鬼の九条 一哉(くじょう かずや)、お世話係の斎藤(さいとう)
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:――(上演開始)――
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夏美:(屋台の人A)「さぁさ、金魚すくいに、ヨーヨー釣り! 遊んでいかないかい?」
春香:(屋台の人B)「甘くておいしい、りんご飴はいかがかなー?」
九条:(斎藤)「賑わっていますね。 春香お嬢様も一緒に来られたら良かったのですが……」
夏美:「一緒に行きましょう! って言ったのだけれど、お稽古があるからダメって言われちゃったの。 あっ、ねぇねぇ、斎藤! りんご飴! あれなら、お姉さまに持って帰ってあげられるかしら」
九条:(斎藤)「そうですね。 ぜひ、そういたしましょう」
夏美:「あっ、こっちのりんご飴、小さくてかわいい!」
春香:(屋台の人B)「かわいいだろう。 そっちのは、姫(ひめ)りんごって言うんだよ」
夏美:「そうなのですね。 では、大きいのと、こっちの小さい……姫りんご飴を1つずつ、いただけるかしら」
春香:(屋台の人B)「おっ、2つも買ってくれるのかい」
夏美:「はい! お姉さまにも差し上げるの」
春香:(屋台の人B)「ほー、お姉ちゃん思いな、優しい妹さんだ」
夏美:「ううん。 お姉さまが優しいだけです」
九条:(斎藤)「それでは、2ついただけますか」
春香:(屋台の人B)「ほい、まいどありっ」
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:(夏美、斎藤 帰宅)
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夏美:「ただいまー」
九条:(斎藤)「ただいま戻りました」
春香:「……」
夏美:「あっ、お姉さま! お稽古終わられたの? あのね、あのね、見て! ほら、りんご飴! お姉さまと一緒に食べようと思って」
春香:「……嬉しそうね」
夏美:「はい! 花火も見てきたの。 お姉さまも、花火はご覧になった? すっごく綺麗で大きくて――」
春香:「(夏美の言葉に被せて)いいわね、夏美は。 私は来る日も来る日もお稽古ばかり……。長女だから仕方ないのだけれど……少しくらい休みたいわ……」
夏美:「お姉さま、大丈夫? ねぇ、泣かないで? 私にできることがあったら、言ってくださいね? 何でもしますから」
春香:「……夏美が変わってくれたらいいのに」
夏美:「えっ?」
春香:「無理な話よね……だって、私が長女なんだもの」
夏美:「お、お姉さま……? あっ、りんご飴! これを食べて、少しでも元気になって? 甘いからきっと元気になれーー」
春香:「(夏美の言葉に被せて)いらないっ!」
夏美:「あっ、りんご飴……。 お姉さま、ひどい! 私、お姉さまと一緒に食べようと思って……っく。 うわーん」
九条:(斎藤)「春香お嬢様、さすがにやりすぎですよ」
春香:「泣かないで、頭に響く……。斎藤、あなた、お世話係でしょう。 夏美を早く泣き止ませてちょうだい」
九条:(斎藤)「ですが、夏美お嬢様は――」
春香:「私は稲ノ森(いなのもり)家の長女です。 私の言うことが聞けないのですか?」
九条:(斎藤)「……承知いたしました」
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夏美:私たちは、仲の良い姉妹として有名だった。
春香:稲ノ森家のお嬢様たちは、華のように明るく、周囲の者を笑顔にさせてくれると。
九条:(斎藤)長女である春香お嬢様の後ろを、トテトテと付いていく次女の夏美お嬢様。
夏美:私が転んで、泣いてしまったときは、お姉さまは必ず戻ってきて、抱きしめて頭を撫でてくれた。
春香:すると、さっきまで泣いていたのが嘘であるかのように、にこにことした笑顔を返してくれることが、嬉しかった。
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春香:それなのに。
夏美:それなのに。
九条:(斎藤)稲ノ森家の経済状況が陰りを見せ始めたのです。そのときから、春香お嬢様は変わってしまわれた。
春香:よい縁談が持ち込まれるようにと、両親は私に色々なお稽古をつけ始めました。毎日、毎日、違う先生がいらっしゃる。休む暇もない。
夏美:お姉さまと毎日のように遊んでいた日々は、急にパタリとなくなってしまった。顔を合わせることができるのは、お食事のときだけ。それも、ほんの少しの間。
九条:(斎藤)春香お嬢様の精神状態が日に日に悪くなっていくのは、お嬢様のお付きの者以外でも感じられるほどでした。
九条:しかし、けれども、私共には口出しできぬこと。ただただ、見守ることしかできませんでした。
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春香:そんな日々が繰り返され
夏美:そんな日々を送り続け
九条:(斎藤)起こってしまった、りんご飴事件。 夏美お嬢様もお心を痛めることとなり、お二方のお心はさらに遠く
春香:離れてしまった
夏美:壁ができてしまった
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春香:それから少しして、私は高熱を出してしまいました。
春香:今までの溜まっていた疲れからなのか、なかなか熱が下がらず、いつも通り動けるようになるまでには、三週間ほどかかってしまいました。
夏美:「お姉さま、大丈夫?」
春香:いつもなら、風邪をうつすといけないからと、どれだけ止めても部屋に来る夏美が、今回は一度も姿を見せてはくれませんでした。
春香:「あんなことをしてしまったんですもの……。 当然よね」
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夏美:お姉さまが熱を出して倒れられたと聞かされた。
夏美:母様が、お姉さまの代わりに稽古を受けるようにと言ってこられた。
春香:「……夏美が変わってくれたらいいのに」
夏美:チャンスだわ! これで、お姉さまが少しは休めるかもしれない。
夏美:そう思って、必死で頑張った。
夏美:……頑張りすぎてしまった。
夏美:お稽古の先生方からの高評価。
夏美:誰が見ても一目瞭然の、お姉さまの状態。
夏美:つい先ほどまでお姉さまのいた場所に、私が据えられるのは、自然な流れだった。
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:(少し間を置く)
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夏美:私は、お姉さまが幼い頃からしてきたことを、凝縮してこなさなければならなくなった。
夏美:文字通り、遊ぶ時間、睡眠時間、食事時間を削って。
夏美:稽古を行う離れに移動する時間すら惜しくなった私は、離れに部屋を移すことにした。
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春香:母様から、夏美が離れに部屋を移したことを聞かされました。
春香:理由は……出来の悪い姉と顔を合わせたくないから、だと。
春香:体調が戻っても、なかなか再開されない、お稽古。
春香:先生方が今までと変わらず、離れに行かれるのを見て、夏美が教わっているのだと知りました。
春香:「大丈夫かしら」
春香:でも、顔も合わせたくない相手である私が行っても迷惑なだけだろうと、心の中で心配するだけでいたのです。
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夏美:体調がよくなったはずなのに、お姉さまは私に逢いには来てくれない。
夏美:お姉さまの代わりに、こんなにも頑張っているのに……耐えているのに。
夏美:稽古をしていないなら、私に逢いに来てくれる時間くらい、あるはずなのに……なんで来てくれないの?
夏美:きっと、ようやく解放されたから、自由な時間を満喫していて、私のことなんて忘れているのでしょうね。
夏美:ひどい……!
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九条:(斎藤)時間の経過と共に、
春香:私と夏美との間の溝は……ますます広がっていく
夏美:ますます深くなっていく
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:(少し間を置く)
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春香:「あっ」
夏美:「あっ」
春香:歳月が経ち、夏美も結婚ができる歳になりました。
夏美:いつもは離れで過ごしているけれど、縁談相手との顔合わせともなると、母屋で、となり、こちらに来てみると、
春香:「……久しぶりね。 大きくなって。 ……元気にしていたの?」
夏美:「久しぶり、お姉さま。 えぇ、お姉さまの代わりの稽古がとてもとても大変でしたわ。 早々に縁談をまとめて、こんな家から出て行きたいものです」
春香:「そう……よね。 ごめんなさい」
夏美:「いいえ、謝らないでください、お姉さま。 名家として名高い、九条家からの縁談がいただけたのですもの。 お姉さま、邪魔だけはなさらないでくださいね?」
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春香:久しぶりの夏美との会話。
春香:返される言葉から、それだけ夏美を傷つけてしまったのだと、今になって後悔しても遅かったのです。
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夏美:「稲ノ森家の次女、夏美でございます」
九条:「これは綺麗なお嬢さんだ。 でも、お姉さんより先に縁談を受けてしまって良いのですか?」
夏美:「えぇ。 私は、姉の春香よりも才能があるようで。 九条様ほどのお方には是非、妹の私を、とのことでございます」
九条:「なるほど、そうですか。 私としても、お姉さんよりも夏美さんの方が嬉しい」
夏美:「本当ですか? もったいないお言葉でございます」
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春香:顔合わせだけのはずが、急遽、九条様がお泊りになることとなりました。
春香:「はぁ。 久しぶりに夏美が同じ屋根の下にいるのに、ゆっくりとお話すらできないだなんて」
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夏美:「でも、姉ではなく、私をお気に召してくださるなんて、本当に光栄です」
九条:「いや、私にとっては、君のほうが良く目に映ったんだ」
夏美:「ありがとうございます」
九条:「しかし……もったいないな」
夏美:「もったいない? 何がでしょうか?」
九条:「この家だからこそ、より濃いのだろう? 我が家に来てもらってからと思っていたのだが」
夏美:「あの……九条様? 申し訳ございません。 何をおっしゃられているのか――」
九条:「りんご飴」
夏美:「えっ?!」
九条:「お姉さんのことを恨んでいるのだろう?」
夏美:「……何を言っておられるのですか、九条様? 私が姉のことを恨んでいるだなんて。 それに、りんご飴とはーー」
九条:「君に花嫁修業をすべて押し付け、自由に羽を伸ばしてきたお姉さんのことを恨んでいるのだろう?」
夏美:「なんで、そのことをっ!」
九条:「会いにも来ない、謝りにも来ない。 そんなお姉さんが妬ましいかい?」
夏美:「九条様? 一体、どのようなつもりでそのようなことを――」
九条:「恨み、妬みの感情が強いほど、喰ったときに美味しいからだよ」
夏美:「えっ、なっ――! その角(つの)! まさか、鬼?!」
九条:「いかにも。 九条家は、代々、鬼の家系だよ。 まぁ、知らないのも無理はない。 知ってしまった者は、生きてはいないからね」
夏美:「こんなにも頑張って、我慢をしてきて。 それなのに、鬼に嫁ぐだなんて。 そんなの、絶対に嫌です」
九条:「嫁ぐというより、喰われる、が正しいのだが、ね」
夏美:「九条様、この縁談はなかったことにしてくださいませ。 誰か、誰かいない――あっ、ぐ」
九条:「大声を出さないでくれるかな、騒がしい。 はぁ、うっかり殺してしまったではないか。 まぁ、元々そのつもりで帰らなかったのだが。 さて、と。 では、いただくとしようか」
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春香:……夏美の声が聞こえた、ような気がした。
春香:違和感。 どんどんと早くなる鼓動。 急激に不安に襲われる。
春香:夏美を探しに行こう。 顔を見れば、きっと安心できる。
春香:「何か言われるかもしれないけど、それは仕方のないことですもの」
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春香:夏美は、部屋にはおりませんでした。
春香:と、なると、客間の九条様のところでしょうか。
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春香:「九条様、失礼いたします。 姉の春香でございます」
九条:「あぁ、どうかしましたか?」
春香:「いえ。 夏美を探しておりまして……。 こちらには、いないでしょうか?」
九条:「あぁ、いるよ。 開けて入ってきてもらって構わない」
春香:「かしこまりました。 それでは、失礼いたします。 っ!」
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春香:目に飛び込んできたのは、薄暗い部屋の中。
春香:ゆらゆらと揺れるロウソクの炎によって、照らされた夏美は。
春香:……真っ赤に染まっていた。 まるで……りんご飴のように。
春香:「っ! ……いやーっ!」
九条:「いやぁ、お姉さん。 あなたのお陰で、妹さんは……そう、とても美味しかった」
春香:「……?」
九条:「りんご飴」
春香:「……えっ?」
九条:「りんご飴。 そう、あの日からあなた方の関係は崩れていったのですね。 いえ、言葉を間違えました。 あなたが、壊した」
春香:「っ!」
九条:「妹さんは、あなたに逢いに来て欲しかったみたいですよ。 稽古を一手に引き受けたのも、あなたから好かれたい一心だったからのようです」
春香:「でも、夏美は、私のことを嫌って――」
九条:「あなたは、母親の言うことを鵜呑みにした。 嫌ったのは、あなたがいつまで経っても逢いに行かなかったからです。 積り積もった期待が、いつしか恨みに変わってしまった」
春香:「そんなっ、じゃあ――」
九条:「本来なら、我が家で、と思っていたのですが、あなたと離れると恨みが薄くなってしまいそうだった。 だから、今日、この家でいただくことにしたのです」
春香:「いただくって……夏美を返して!」
九条:「突き放したのは、あなたなのに、ですか? まぁ、器には興味がありませんので、お返ししますよ」
春香:「っ! 夏美っ、夏美っ!」
春香:久しぶりに抱きしめた夏美は、あのときとは違って、泣いても、笑顔を見せてもくれなかった。
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:――(『姉妹の話』と、される場合は、このままお進みください)――
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:(幼少期 回想)
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夏美:「あっ、お姉さま! お稽古終わったの? あのね、あのね、見て! ほら、りんご飴! お姉さまと一緒に食べようと思って」
春香:「嬉しいわ、ありがとう、夏美。 そうね、一緒に食べましょ」
春香:そう言って、りんご飴を受け取っていれば良かった。
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:(現在 回想)
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春香:「……久しぶりね。 大きくなって。 ……元気にしていたの?」
夏美:「っ! なんで? なんで逢いに来てくれなかったの? お姉さまがちょっとでも楽ができるならって、頑張っていたのよ? なのに、なんで、なんでっ!」
夏美:そう言って、泣きつけば良かった。
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夏美:お姉さまに抱きしめられて、頭を撫でてもらう。
夏美:すごく懐かしい。
夏美:温かく、帰りたかったその場所で、私はこの世に別れを告げた。
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:――(『姉妹の話』と、される場合は、ここで上演終了となります)――
:――(『繰り返される悪しき風習』と、される場合は、このままお進みください)――
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春香:九条家から、口止め料とばかりに多額のお金を貰い、結果として稲ノ森家は元通り、裕福になった。
春香:夏美が急にいなくなったことに気付く者もいたが、縁談相手に見初められて、急遽、あちらの家で暮らすことになった、と、嘘をついて、やり過ごした。
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春香:でも、そんなことで得たお金で、家が立て直せるはずがない。
春香:そんな、私の心と、私の妹の命を引き換えにして得たお金で。
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九条:稲ノ森家は没落。
九条:後(のち)に、村の者たちの間では、妹の夏美が既に亡くなっていたこと、家の存続のために子供たちが犠牲となっていたことが、どこからともなく伝わった。
九条:村人たちは、姉妹の墓を建てて、こんなことが二度と起こらないようにと、祈った。
九条:そう、子供たちが犠牲になることが、二度とないように、と。
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九条:しかし、人とは愚かな生き物。
九条:また、同じ過ちを繰り返す。 そう、繰り返さずにはいられない生き物なのです。
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春香:(村人A)「ねぇ、聞いた? 二宮さんのところ、双子だったんですって」
夏美:(村人B)「まぁ、それは、おめでたい!」
春香:(村人A)「ねぇー。 でも、双子だったら、どちらに家を継がせるのかしら」
夏美:(村人B)「そうよね。 歳が離れているなら、わかりやすいのだけれど」
九条:「それならば……競わせればよいのです。 せっかくの双子なのですから」
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:――(『繰り返される悪しき風習』と、される場合は、ここで上演終了となります)――
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