台本概要

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タイトル [ひそひそ噺]-絵師乙桐の難儀なあやかし事情-
作者名 瀬川こゆ  (@hiina_segawa)
ジャンル 時代劇
演者人数 5人用台本(男2、女3) ※兼役あり
時間 70 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 あやかし絵師の「乙桐」は、肌寒い時分だと言うのに暑い暑いと喚く「赤眼」を連れて甘味処に向かっていた。
一方その頃とある山で彷徨う幼い姉弟「初」と「すて吉」は、化生と見間違う程に美しい女郎上がりの女「駒草」に遭遇し、偶然にも乙桐達の居る甘味処に赴く事となる。

※実質5人台本ですが一部兼役有の為8人設定になってます。
 前後に分ける場合には、駒草の口上から後半開始推奨。

※上下分けたものと、このシリーズの台本はアルファポリスに優先的に投稿しています。
 【絵師乙桐の難儀なあやかし事情】
 https://www.alphapolis.co.jp/novel/379290313/994792791

非商用時は連絡不要ですが、投げ銭機能のある配信媒体等で記録が残る場合はご一報と、概要欄等にクレジット表記をお願いします。

過度なアドリブ、改変、無許可での男女表記のあるキャラの性別変更は御遠慮ください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
乙桐 187 「おとぎり」おどろおどろしい絵ばかりを描く絵師。30代-40代あたりのそこそこおじさん。大通りを少し逸れた寂れた所にある長屋で赤眼(あかめ)と二人で暮らしてる。乙桐の描く絵はある一定数の条件に当たる人ばかり惹き付ける為、定期的にとある依頼を受けている。
赤眼 85 「あかめ」その名の通り赤い目をした童女。赤い着物を着ている。言葉遣いがかなり訛っている為、濁点つけがち。何が普通で何がおかしいのか、その境目が分からない。どこから来たのか等、乙桐以外は正確に把握していない。「鬼」と言う単語を聞くと様子がおかしくなる。
駒草 148 「こまぐさ」元吉原遊郭の花魁。身請けをされ現在は女郎上がりとして普通に生きている。とある所以で背中に鬼の刺青が彫られており、彫り師は乙桐。元々は乙桐と恋人兼パートナーだったが色々あって別れた。別台本に出てくる泪の姉女郎の為、話し方が泪にそっくりだが真似しているのは泪の方。
166 「うい」貧しい村出身の姉弟の姉の方。弟が頼りないからか大変なきかん坊。怒るとすぐすて吉を叩く。すて吉を連れて村から逃げようと山の中に居た所を偶然居合わせた駒草にとっ捕まった。
すて吉 173 貧しい村出身の姉弟の弟の方。泣きべそっ垂れのビビりで小心者。所謂属性ヘタレ。但し初より遥かに素直。散々な扱いを受けているがお姉ちゃんっ子。初に連れられて村から逃げようと山の中に居た所を偶然居合わせた駒草にとっ捕まった。
6 初・すて吉の父。乙桐兼役推奨。
6 初・すて吉の母。赤眼兼役推奨。
--- 不問 - 名無し。男かも女かも分からないモノ。初に関係しており、とある奴のフリをしている。駒草兼役推奨。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:(吉原内のお稲荷さんの桜を見上げる乙桐とそれを座って見てる駒草) 乙桐:ちっ…… 駒草:に〜いさん 乙桐:あん? 駒草:こんな所でそんな目で、枯れた桜の木なんか見てどうしたんだい? 乙桐:…… 駒草:まぁここは吉原だからねぇ。やる事と言えば一つしかないか 乙桐:…… 駒草:妓(おんな)を買いに来たんだろう?どこの見世かは知らないけれども残念だったねぇ 乙桐:残念? 駒草:兄さん行商人かい?まぁ遊ぶとしてもちぃっとばかし早く来すぎだよぅ?昼見世が開くまでは、まだまだ全然先なんだ 乙桐:ところがどっこい妓(おんな)を買いに来た訳じゃあねぇんだ 駒草:ほぉ 乙桐:お前さんが一体全体どこの見世の妓(おんな)かは知らねぇが、吉原だろうとやる事は一つじゃあねぇよ? 駒草:ふぅん。まぁアタシは無知だからねぇ、世間知らずな女だからさ 乙桐:そうは見えねぇけどな 駒草:そうかい?それはそれは嬉しいねぇ 乙桐:嗚呼 駒草:遊びに来たんじゃあ無いとするのなら、それなら兄さんは何をしに来たのかてんで分からなくなっちまったよぅ 乙桐:そんなに気になる事か? 駒草:意外と、は 乙桐:ほぉ 駒草:わっちは今暇なんだよぅ。兄さんは暇かい? 乙桐:暇と言われれば暇だな 駒草:なら暇潰しに付き合っておくれよぅ 乙桐:潰すにしたって見世が開いていなきゃあ、なんもする事なんざねぇんだろう? 駒草:ただ駄弁るだけでいいよぅ 乙桐:そのぐれぇなら出来そうだな 駒草:あい 乙桐:……お前さんは遊女だろう? 駒草:あい、そうだよぅ 乙桐:見世こそまだまだ開かねぇとして、支度だなんだがあるんじゃあねぇのか? 駒草:あるだろうねぇ 乙桐:他人事か 駒草:せっせと支度したところで、実になる草は一本足りとも生えやしないからさ 乙桐:ほぉ 駒草:どうせ草ならばいっそ、道草を引っこ抜いた方がまだマシさねぇ 乙桐:根無し草は? 駒草:そいつぁ嫌だねぇ 乙桐:そうだな 駒草:兄さんは、 乙桐:あん? 駒草:妓(おんな)を買いに来た訳でもないし、どうにも女衒(ぜげん)の兄さんのようにも見えない 駒草:とするとあれかい? 駒草:もしやもしや兄さんは大変な言葉っ足らずで、わっちが掌の上で転がされているだけで 乙桐:おぅ 駒草:床(とこ)の相手を買いに来たってのは、あながち間違いじゃあなかったりするのかい? 乙桐:と言うと? 駒草:男色の気があるとか 乙桐:ははは!馬鹿言うんじゃあねぇよ。誰が同じ男なんざに狂うものか 乙桐:どうせ嵌め込むならまだ、まだ河岸見世(かしみせ)の鉄砲女郎の方が幾分もマシだ 駒草:おやぁ、外しちまったよぅ 乙桐:元より当てる気なんざ無かろうに 駒草:どうだろうねぇ 乙桐:変わった女も居たもんだな 駒草:わっちみたいのなんざ、この吉原には幾らでも蔓延ってるよぅ 乙桐:それはそれはなんて恐ろしい場所だ。とんだ生き地獄に来ちまったもんだ 駒草:うふふふ 乙桐:ふっ……お前さん名は? 駒草:駒草(こまぐさ) 乙桐:桃色の小草だな 駒草:そうなのかい? 乙桐:知らねぇのか? 駒草:生憎と 乙桐:信濃の方の御嶽(おんたけ)さんに、お前さんの名の元になった小草の逸話があるよ 駒草:聞かせておくれな 乙桐:嗚呼、良いとも。その昔な、 駒草:あい 乙桐:小さな村の「おこま」の娘が大層な病に掛かっちまって、木曽御嶽(きそおんたけ)神社で来る日も来る日も一心に娘の全快を願ったんだ 駒草:ほぉう 乙桐:するとある日「御嶽山(おんたけさん)の頂上にある美しい桃色の小草を娘に飲ませよ」とのお告げを受けた 乙桐:すぐにそのお告げの通りに御嶽山に登り、小草を見付け娘に飲ませたところ 駒草:あい 乙桐:あっちゅう間に娘は全快したそうだ 駒草:その小草が、駒草(こまぐさ)? 乙桐:正確には「オコグサ」いつの間にやら「コマクサ」と呼ばれるようになったらしいがな 駒草:へぇ、とするとわっちは少しばかり濁っちまったんだねぇ 乙桐:多少なりとも濁っていた方が、むしろ人らしくて俺は好きだがな 駒草:そうかい。それならいいよぅ駒草(こまぐさ)で 乙桐:ふっ 駒草:兄さんの名は?なんて言うんだい? 乙桐:俺か?俺は、 乙桐:「乙桐(おとぎり)」 駒草:(以下、駒草モノローグ) 駒草:  駒草:もがけばもがくほど底に沈む 駒草:泥中の蓮(でいちゅうのはす)を夢見たばかりに 駒草:所詮はお前も畜生なのだと 駒草:嘲笑うその面に唾を引っかけてやりたいものだ 駒草:  駒草:あなたは私を引き止めやしないし 駒草:私はあなたを惹く程興味なんざありゃあしない 駒草:それでいいんだ、それでいいのさ 駒草:  駒草:ちくしょうめ 駒草:  0:乙桐の住む長屋にて暑さにやられている赤眼 赤眼:せんせー 乙桐:あん? 赤眼:あっちぃなぁ、朝からお天道様が張り切ってる 赤眼:こうもあくせく働がなきゃいげねぇもんか? 乙桐:嗚呼、確かになぁ 赤眼:お天道様でもか? 乙桐:神も人も関係無かろうよ 赤眼:そう言うもんか? 乙桐:そう言うもんだ 赤眼:ふぅん 乙桐:そんなに言う程暑ちぃか? 赤眼:あちぃよぉ!せんせさには分がんねぇのか? 乙桐:分かんねぇな。少なくともお前さんのようにグズグズ文句ったれる程度ではない 赤眼:せんせは人だからだぁ! 乙桐:お前さんも人だろうに 赤眼:わし人か?せんせ 乙桐:まぁ傍から見りゃあ充分には 赤眼:そうか 赤眼:やっぱあっちぃよぉせんせ 乙桐:あー……うるせぇな 赤眼:うん? 乙桐:今日はまた一体全体どうしたんで?赤眼(あかめ) 乙桐:例え夏だろうが、気候にとやかく文句ったれる奴じゃあないだろう?お前さんは 赤眼:だーで、あっちぃんだもん。なぁ、せんせ 乙桐:おん? 赤眼:冷水(ひやみず)さ飲みてぇ 乙桐:……この時分に居るか?冷水売り。甘酒とか飴湯じゃあ駄目かねぇ?それならば確実なんだが 赤眼:あっちぃ時にあっちぃもん飲んでどうすんだぁ! 赤眼:余計にあっちぐなるだけだぁ! 乙桐:世間様的には芯まで冷える時分だ、ど阿呆 赤眼:せんせさは暑くねぇのか?ずりぃなずりぃな!わしさばっかあっちぃ! 乙桐:あーあーうるせぇうるせぇ!仕様がねぇ、ちょっくら通りまで顔出すぞ 赤眼:わしさも行ぐんけ? 乙桐:当たりめぇだろうが。お前さんの冷水買いに行くんだろうに 乙桐:甘えた事ばかし抜かしてんじゃあねぇぞ 赤眼:わーがったぁ 0:山の中を手繋いで二人で歩く姉弟 すて吉:ねぇちゃ、初(うい)ねぇちゃ。なぁ本当にいいのか? 初:何がじゃ、捨(すて) すて吉:何がってオイラもねぇちゃも村から出ちゃあいけねぇって言われてんのに、こんな所まで来ちまって すて吉:こんままじゃおっかさんに怒られるよぅ、おとっさんにもだ 初:仕様が無いじゃろうて。あん村さいつまでもおったら、いずれオラもおめぇも殺される 初:オラに着いて来ると決めたんはおめぇじゃ、今更怖気付いたってのか すて吉:でんも…… 初:死にてぇなら捨、おめぇ1人で死ね。オラは死にたくねぇ、死にたくねぇから逃げるんじゃ 初:ぴーぴーぴーぴー言うおめぇなんかただの足手まといなんじゃ! すて吉:ごごごめんよぅねぇちゃ!オイラが悪かったよぅ! 初:うるせぇ、だからおめぇは捨なんじゃ!いずれ捨てられる子、捨て子の捨て吉! すて吉:ねぇちゃあ…… 駒草:おやぁ 初:誰じゃっっ?! 駒草:お山の方からわらべの声がするから来てみれば、お前達かい?声の主は すて吉:ねぇちゃ、初ねぇちゃ 初:なんじゃ?捨 すて吉:オイラ聞いた事あるよぅ。お山の奥にすんげぇ綺麗な女の化生(けしょう)が住んでて すて吉:ひとたび出会っちまったら最後、骨まで貪り食われちまうって 初:おめぇまだ化生だ化け物の類を信じてんのか?だから寝小便が治らねぇんじゃ 初:あんなんオラ達子供騙す為の方便でしかないってのに すて吉:だって、だってぇ 駒草:うふふ すて吉:ひぃっっ?! 駒草:嗚呼嗚呼、ごめんよぅ。それにしたって、うふふふ 初:捨 すて吉:なに? 初:オラおめぇみたいに化生なんか信じてねぇけんど、この女はもしかしたらもしかするかもしれねぇ すて吉:だろう?! 駒草:あはははは! 初:っっ?! すて吉:ひゃあっっ!! 駒草:あんれまぁ、そうかい 初:オ、オラ達食っても美味くなんかねぇに決まってる!ほ、他を当たりやがれ! 駒草:わっちはそんなに、そんなにそんなに 駒草:化生に見えちまう程度には、お前達の目にべっぴんに写っているのかい? すて吉:ま……まぁ 初:捨っっ?! すて吉:痛っっ!なんで、なんでぇ!今オイラをぶったんだよぅ初ねぇちゃ! 初:この女が化生かもしれねぇと言い出したのはおめぇのくせして、呑気に鼻の下伸ばしてるからじゃ! すて吉:伸ばしてねぇよぅ! 初:いいやいいや伸ばしてたさ! 駒草:おやめ! 初:っっ?! すて吉:っっ?! 駒草:確かに確かに悪ノリしたのはわっちだけんども、あんま押し合い圧し合いばっかしてるとその内まんまと取っ組み合いが始まっちまうだろう? 初:捨と喧嘩なんかいつもの事じゃ すて吉:初ねぇちゃはすぐオイラをぶつんだ 駒草:あんれまぁそれは酷い姉やだねぇ 初:おめぇが鈍くせぇのが悪ぃんじゃろう!足ばっかり引っ張りよって! すて吉:わざとじゃねぇんだよぅ 初:ふん 駒草:ほらほらぁ落ち着きなぁ。ちょいときかん坊の姉様の方は、初で合っているのかい? 初:なんでオラの名をっっ?! 駒草:そりゃあさっきからなんべんも、お前の弟が「初ねぇちゃ」と呼んでいるからさねぇ 初:おめぇのせいじゃ捨っっ!! すて吉:痛っっ!! 駒草:おやめったら全く!すぐに手を出してはいけないよぅ。お前はこの子の姉様だろう? 初:好きでコイツの姉になったんじゃねぇ 駒草:だとしても、だ 駒草:「あね」は下の子を守りこそすれ、ぶつなんざとんでもない 初:少しばかり上に生まれちまっただけで、大人はみぃんなおんなじ事を言う すて吉:初ねぇちゃ 初:捨、こいつは化生じゃねぇ、人じゃ。喧(やかま)しい村ん奴らとおんなじ人じゃ すて吉:…… 駒草:なんだか野暮な事を言っちまったかい?それならそれなら、すまなかったよぅ 初:ふん 駒草:機嫌取りと言っちゃあ何だけれども、甘味処にでも連れてってやろうかい? すて吉:甘味処?! 初:いらねぇ! すて吉:なんでだ初ねぇちゃ! 初:得体の知れねぇ奴に施されてたまるものか 駒草:施しじゃあないよぅ、強いて言うなら贖罪さ。又はただの綺麗事 初:おめぇの気分が良くなる為だけの事に、どうしてオラ達が付き合わなきゃいけない? 駒草:なぁに、腹は空いているのだろう? 初:空いてねぇ すて吉:オイラは空いているよ初ねぇちゃ、ペコペコだ 初:捨! すて吉:ひぃっっ?! 駒草:どうどう!姉様の方はちぃっとばかしきかん坊ではあるけれども、だからか弟の方は正直者だ 駒草:すて、音はそれだけかい? すて吉:いや、すて吉だよぅ 駒草:あい分かったすて吉、それから初。とりあえずわっちについておいでな 駒草:タダほど怖いものはないとは言うけれども、タダ飯食らいもたまには良いだろう? 駒草:ねぇ? 0:甘味処にて 0:赤眼、駒草を見付ける 赤眼:あー! 乙桐:どうした?赤眼 赤眼:お駒(こま)ん姉さん 乙桐:あん?……おぉ、お駒! 駒草:あんれぇまぁ!オトさんじゃあないかい。偶然偶然 乙桐:へぇ、お前さんいつの間にコブ付きなったんで? 乙桐:それも二人も 駒草:可愛いだろう? 駒草:こっちの姉の方が初、ちぃっとばかしのきかん坊 駒草:こっちの弟がすて吉、泣きべそったれだが素直な子 初:オラも捨もおめぇの子じゃねぇ! 駒草:おやおやぁ、ネタばらしが早すぎるよぅ 乙桐:んで?まぁ本当の所はあれだろう? 乙桐:ややこわらべ、その他ちぃせぇ奴には滅法弱い、お前さんの「いつもの」か 駒草:そんな感じだよぅ。 駒草:これもまた何かの縁だ、相席してもいいかい? 乙桐:おん 赤眼:お駒ん姉さんさはせんせさ隣。そっちのちっせぇ二人はここさ座れ 初:おめぇの方がちっせぇじゃろうて 赤眼:そうかぁ? 初:捨、おめぇが先に座れ すて吉:分かったよぅ初ねぇちゃ 駒草:さてさて、何を頼もうかねぇ。お前達も好きな物を食いな すて吉:いいのか? 駒草:嗚呼 すて吉:どれにすっかなぁ、なぁ初ねぇちゃ 初:……オラはおめぇが迷って選ばなかった方でいい すて吉:オイラが二つも選んでいいって事かい?! 初:……嗚呼 すて吉:うわぁ、どうしようか。オイラ甘味処なんて来るのが初めてだから迷うなぁ 赤眼:饅頭 すて吉:うん? 赤眼:饅頭さ、美味いよ。団子さも良いねぇ すて吉:饅頭と団子か……この汁粉(しるこ)ってのは、 0:  駒草:流石わらしとわらわだねぇ、打ち解けるのが早い早い 乙桐:初だったか姉さんの方は全然に見えるがな 駒草:その内その内 乙桐:そうかい 駒草:ところでオトさん 乙桐:あん? 駒草:珍しくないかい? 駒草:お前様が甘味処になんざ居るのは 乙桐:赤眼の奴があちぃあちぃ煩せぇから仕様がなく、だ 駒草:暑い? 乙桐:嗚呼、暑いんだとよ 駒草:まぁ確かに日頃に比べれば今日は暑い方かもしれないねぇ 乙桐:冷水がいいっつってたんだが、流石にこの時分だ 乙桐:方々探し回ったが冷水売りなんざは流石にな 駒草:それで甘味処に? 乙桐:嗚呼、とりあえず甘ぇもんでも食わせときゃ大人しいからな赤眼は 駒草:ふぅん 乙桐:お前さんは「いつもの」だとして、一体全体どこから連れて来やがったんで? 駒草:お山で拾ったんだよぅ 乙桐:へぇ……また難儀なもんを拾っちまったな 駒草:声を聞いちまったからねぇ 乙桐:つくづくお前さんは面倒事に首を突っ込みたがる奴だ 駒草:うふふふ 乙桐:そういやあ、景安(けいあん)の奴はどうしたんで? 乙桐:アイツが居りゃあこんな事態、黙ってなんざいないだろう? 駒草:さぁねぇ、どっかしら散歩にでも出てるんじゃあないのかい? 乙桐:お前さんを置いて、か? 駒草:そう四六時中べったり引っ付いてるものでも無いよぅ。どっかをほっつき歩いてる事も儘あるさ 乙桐:そこまで自由にさせてるのか 駒草:あんまり縛り付けるのも可哀想だろう? 乙桐:アイツは押し込めるぐれぇが丁度いい 0:  すて吉:えっと……初ねぇちゃ 初:なんじゃ?捨、決まったんか? すて吉:嗚呼、でんも 初:はぁぁ〜……おい、女 駒草:女ってまさかまさかわっちの事かい? 初:おめぇ以外に誰が居る? 初:そっちは男、捨の横のはわらわじゃろうて 駒草:わっちは駒草って言うんだよぅ 初:……呼べってか? 駒草:その方が嬉しいねぇ 初:嫌じゃ、ふん! 初:ほれ捨、後は自分でなんとかしろ すて吉:うぇえ〜 初:またぶたれてぇのか? すて吉:分かったよぅ、えぇっと 駒草:うん? すて吉:オイラ饅頭と……団子がいい 赤眼:お駒ん姉さん、ついでに汁粉も買ってあげてくんろ 駒草:饅頭と団子と汁粉でいいんだねぇ?あい分かったよぅ 0:  乙桐:おい赤眼 赤眼:なした?せんせ 乙桐:暑ぃのはちぃっとばかしは紛れたか? 赤眼:いんや、変わらず変わらずあっちぃものはあっちぃよ 乙桐:そうかい 駒草:そう、言えば 乙桐:あん? 駒草:お前達二人はどうして、あんなお山の奥なんざに居たんだい? すて吉:え…… 初:なんでもねぇ 駒草:なんでもない事ぁないだろう?言いたくないんかえ? 初:……別に すて吉:…… 初:うるせぇこっち見んじゃねぇ捨 すて吉:痛っっ!?でんも、初ねぇちゃ!オイラ達じゃどうしたって無理だよぅ 初:…… 駒草:なんだかのっぴきらない悩みでも抱えているようだねぇ。そうは思わないかい?ねぇ、オトさん 乙桐:はぁ……渡りに船だ。話せる苦労ならば、いっそ近くの知人より遠くの他人 乙桐:赤眼も嫌がっちゃあいねぇみてぇだし、まぁ聞くぐらいは良いだろう 初:……分かった 初:(以下、初モノローグ) 初:  初:オラ達はここより遠く離れた村に住んでいた 初:お世辞にも裕福とは言えねぇ生まれで、それは何もオラ達だけじゃねぇ 初:村全体、人全員 初:飢餓で苦しみ喘いで死ぬなんて、誰にでもある事 初:隣の家の奴が死んだのなら 初:どうか明日の我が身には 初:同じ不幸が降りませぬようにと願うだけ 初:  初:その中でもオラ達は、特に、特に貧しかった 初:  0:ボロボロの小屋の前に座るガリガリの初と捨 すて吉:腹減ったなぁ、初ねぇちゃ 初:オラに言うんじゃねぇ すて吉:最後におまんま食ったのはいつだったっけぇ? 初:知らねぇ、いちいち数えるな阿呆 初:数えたところでなんの腹の足しにもなりゃあしねぇんじゃ すて吉:……なぁ初ねぇちゃ 初:うん? すて吉:しょう吉んとこのややこ覚えてるかい? 初:嗚呼、去年の暮れに産まれた すて吉:オイラこの間しょう吉ん所行ったんだけれども、あのややこ、どこにも居なかったんだ 初:…… すて吉:しょう吉ん奴はやたらと暗い顔をしているし、それからな?初ねぇちゃ すて吉:こんくらいの大きさの木彫りの人形がな、飾ってあったんだ 初:…… すて吉:こぇぇよ初ねぇちゃ。 すて吉:あのややこは、どこに行っちゃったのかとか。考えないようにする程、オイラやっぱり考えちまって、 初:……売られたんじゃろ すて吉:え? 初:江戸とか都とか、どっかもっとここよりずぅっと栄えてる所に養子にでも出たんじゃろう 初:飯も床(とこ)もなんも心配いらねぇとこで、あったかくして育ってるんじゃろうて すて吉:そうなのか? 初:……嗚呼 すて吉:オイラも行きてぇなぁ。腹一杯おまんま食って、そんでふかふかの布団で初ねぇちゃと寝るんだ 初:オラも行くのか? すて吉:当たり前だぁ初ねぇちゃ。オイラ、初ねぇちゃとずっと居たいよ 初:オラは嫌じゃ、おめぇのようにべそっかきの小心者と一緒なんか すて吉:そんなぁ 初:でもまぁそうじゃなぁ…… 初:オラが嫁入りしておめぇがいつまでも一人だった時には、仕様がないから旦那様にコイツも連れてけと言ってやる すて吉:初ねぇちゃ! 初:お山にでも入ろう、少しは腹の足しになる物もあるじゃろう すて吉:うん! 初:(以下、初モノローグ) 初:  初:ひもじい、苦しい 初:それでもどうにかギリギリ生きていく事だけは出来ていた 初:捨の見た木彫りの人形 初:その意味ぐらいオラも捨も分かっていて 初:それでいて、知らんぷりをしてたんだ 初:別に良いだろう? 初:生きていたかったんだ 初:少しでも長く 初:  初:  初:自分達の番が来るまでは 初:  0:真夜中に小声で何か話し合う二人の両親 母:不作…… 父:嗚呼、ここんとこずっと日照りが続いていただろう? 父:隣村じゃあ既に飢饉が始まって、そりゃあもう酷い有様だそうだ 母:直にこの村も餌食に合いそうだねぇ。ただでさえ、食い扶持(ぶち)の一つも儘ならないってのに 父:初が……たら……なぁ 母:アンタそれはもう話さないって決めたじゃあないか 父:嗚呼そうだった 母:すて吉は、 父:うん 母:非力に育っちまって、仕事の一つも満足に出来ない 母:……このまま飢えて飢えて死ぬよりか、いっそ 父:……よせ 母:でもアンタ、このまま飢饉が来ちまったら子供らだけじゃない。アタシらもみんな死んじまう 父:……仕様がねぇってか 0:(寝てるすて吉を起こす初) 初:……て……捨 すて吉:う、うぅん? 初:寝てる場合じゃねぇ、さっさと起きろ すて吉:なんだい?初ねぇちゃぁ 初:逃げるぞ すて吉:へぇ? 初:いいから、早く! すて吉:なんで、 初:もたもたするな!早くしろ! すて吉:わ、分かったよぅ 0:(深夜の山の中を手を繋いで歩く二人) すて吉:ねぇちゃ、初ねぇちゃ。なんでこんな、こんな急に 初:聞いちまったんじゃ すて吉:何を? 初:ここ最近ずっと日照りで隣村に飢饉が訪れた。こん村もそん内来る すて吉:飢饉っっ?! 初:おめぇだって本当は知ってるじゃろう? すて吉:何を? 初:木彫りの人形じゃ! 初:あれは口減らしで殺された子供を供養する為の物じゃ! すて吉:…… 初:オラはまだいい。器量が良くなくても、まだ女衒(ぜげん)に売り払う道がある 初:じゃけれど、おめぇは非力でべそっかきで、薪の一つも満足に拾ってこれねぇ すて吉:…… 初:次の小芥子(こけし)はおめぇじゃ、捨 初:次に口を減らされるのはおめぇなんじゃ、捨 すて吉:ひぃぃ 初:泣くな!泣くぐれぇならもっと早く歩け! 初:なぁ死にたくねぇんじゃろう?おめぇは すて吉:嗚呼 初:ならオイラについてこい! すて吉:うん 0:場面、甘味処に戻る 駒草:口減らし……なんだいそんなに酷い事になっちまってるのかい? 乙桐:そういやぁ最近、雨が降っていなかったな 赤眼:せーんせ 乙桐:あん? 赤眼:口減らしってなんだぁ? 乙桐:あ〜……おめぇさんの居た村では無かったのか? 赤眼:さぁ?あったがもしれねぇし、無がったかもしれねぇよ 乙桐:うぅん 初:そこのちっせぇのは捨よりもちっせぇから、あっても無くても分からんのじゃろうて 乙桐:いや、そう言う訳じゃあねぇんだが…… 乙桐:嗚呼……まぁそう言う事にしておくか 初:? 赤眼:なぁ口減らしってなんだぁ?小芥子(こけし)も 初:……子殺しじゃ すて吉:ねぇちゃ 初:少しでも食い扶持(ぶち)減らす為に、役に立たねぇただ飯食らいの子供を殺すんじゃ 初:小芥子は「子消し」 初:間引かれた子供が成仏出来るように木彫りの人形をそいつと思って祀るんじゃ 赤眼:へぇ 初:捨が口減らしされそうになった。だからオラと捨は逃げてきた 初:分かったか!ちびっ子! 赤眼:分〜がった 初:ふん 駒草:言い難い事を話してくれて有難うねぇ、初 初:捨は多くを知らねぇから、オラが話すしかねぇんじゃ 初:それだけじゃ 駒草:それでも、だよぅ 駒草:いやしかし、どうしようかねぇ?ねぇ、オトさん 乙桐:そうだなぁ すて吉:ねぇちゃ 初:なんじゃ? すて吉:追っかけては来ねぇのかな 初:誰がじゃ すて吉:おっかさんとおっとさん 初:たぶん来ねぇ すて吉:そうか…… 初:殺そうと思ってる子供が逃げたところで、どっかで野垂れ死ぬだけでむしろ都合がいいじゃろうて すて吉:……うん 初:もうここまで逃げて来ちまったんじゃ。どうもこうも出来るものか すて吉:そうだねぇ…… 駒草:とりあえず当面はどうしようか?二人共 すて吉:へぇ? 駒草:わっちんとこはそれはそれは怖い鬼が居るからねぇ 駒草:子供なんざ見ちまった暁には、ペロッとひと飲みで喰っちまうような すて吉:そうなのかっっ?! 初:だから方便じゃろうて、馬鹿 駒草:うふふふふ 駒草:オトさんとこは、 乙桐:赤眼が良いならまぁ 赤眼:わし? 乙桐:おかしくは無いだろう?この二人は。少なくともお前さんにとっては 赤眼:嗚呼、んだ 乙桐:但し狭ぇし、訳の分からねぇ事情を抱えた化け物引き摺って歩く奴らばかりが来るけどな すて吉:化け物っっ?! 乙桐:嗚呼。鬼だ、狐だ、蛇だ、そんなもんがうじゃうじゃと 乙桐:それでもいいなら暫く置いてやってもいい すて吉:どうしよう、初ねぇちゃ 初:…… 乙桐:なんだ? 初:うん……まぁこいつなら良いじゃろう すて吉:え? 初:暫く任せてもいいか? 乙桐:嗚呼 赤眼:いいよぉ。賑やかさなるねぇ、せんせ 乙桐:そうだな 0:  初:(以下、初モノローグ) 初:  初:嗚呼、本当 初:少しくらいは息が出来る 初:あと一歩、立ち止まっても構わないから 初:ゆっくりゆっくり隣を歩けたら 初:後生だからもう少し、それだけじゃ 初:もうちぃっとばかししたら 初:生きて行く方法を考えようか 初:泣きべそっ垂れ 初:おめぇが居なくともオラは生きていける 初:  0:  赤眼:あんれぇ。 乙桐:どうした赤眼? 赤眼:居ないよぉ 駒草:え? 赤眼:初っ子さ、消えちまったぁ すて吉:ねぇちゃ?初ねぇちゃ!! 0:  初:それでもなぁ?捨…… 0:  0:(※前後に分ける場合はここで一旦終了) 0:  駒草:(以下、駒草口上) 駒草:  駒草:迷い迷うは妖道中 駒草:人を仇なす魑魅魍魎 駒草:描き連ねるは絵師の性 駒草:半端者の形は歪む 駒草:果たして見るのか 駒草:それともはたまた見られているのか 駒草:分からないからこそ嗚呼面白い 駒草:  駒草:おいでましたは迷い子の姉弟 駒草:減らす減らさぬ口減らし 駒草:子を消すと書いて小芥子(こけし) 駒草:木彫りの人形やら、嗚呼、怖し怖し 駒草:生き抜く為に繋いだお手手 駒草:引っ張り引かれて山の中 駒草:あやかし絵師の住まう巣に 駒草:押しかけ女房、居候 駒草:ちょいとばかし息をつき 駒草:弟振り返るその先に 駒草:大事な姉様消えちまう 駒草:  駒草:嗚呼、難儀だ難儀だ難儀だよぅ 駒草:  駒草:不憫な姉弟を陥れた 駒草:件のそいつは妖騒動?それとも否や。 駒草:とにもかくにも、あの続き 駒草:  駒草:とくとお聞かせ致しましょう 駒草:  0:  初:(以下、初モノローグ) 初:  初:馬鹿じゃ 初:何が馬鹿だ? 初:私が馬鹿だ 初:阿呆じゃ 初:誰が阿呆だ? 初:私が阿呆だ 初:持てぬ夢ばかり見てしまう 初:手に入るのならば 初:求めたりなんかしなかったのだ 初:  0:(山の中で消えた初を探す一行) 駒草:初〜初どこだい?ねぇ、ちょいと すて吉:ねぇちゃ?!初ねぇちゃ! すて吉:どこ行っちまったんだ!ねぇちゃ! 駒草:これ!そう闇雲に走っちゃあいけないよ、すて吉 駒草:目的も無く走り回っても、迷うだけさねぇ すて吉:でんも…… 乙桐:赤眼 赤眼:なした?せんせ 乙桐:初がどこに行ったか分かるか? 赤眼:さ〜あ〜? すて吉:オイラを置いて、どこ行っちまったんだよねぇちゃ 赤眼:せーんせ 乙桐:うん? 赤眼:あるべきとこさ、帰るんだ 乙桐:何がだ? 赤眼:なーんも、ぜーんぶ 乙桐:ふぅん すて吉:うぇぇ〜ねぇちゃあ〜 駒草:あんれまぁ何も泣く事ぁ無いだろう?ちょいと姉様が居なくなってしまっただけで すて吉:オイラ、生まれてからずっと 駒草:うん? すて吉:初ねぇちゃと離れた事ねぇんだ 駒草:ほぉ すて吉:もしや、もしかしたら すて吉:いつもいつもオイラがべったり引っ付いちまってるから、だからねぇちゃは…… 駒草:否や!とは言えないけれども、そうだろうとも言えないよぅ すて吉:…… 駒草:何か理由があるんだろうよぅ すて吉:ねぇちゃぁ…… 乙桐:うぅむ、さっきのは聞き方がまずかったか 乙桐:おい、赤眼 赤眼:今度はなした?せんせ 乙桐:初はどこに居る? 赤眼:お山んさ中だよぉ 乙桐:ほぉう、山の中か。どうしてそんな所に行っちまってるのか…… 乙桐:いいや、これはまだ知るには早い早い 赤眼:行ぐんけ? 乙桐:嗚呼、おかしいか? 赤眼:いんや?おがしくねぇよ、大丈夫 乙桐:あるべき所に帰る……家?いや、そんな単純な話じゃあねぇだろうな 駒草:オトさん 乙桐:ん?なんだお駒 駒草:どうすれば正解かい? 乙桐:嗚呼 駒草:兎にも角にも初の奴を、見付けない事ぁ話にならない 駒草:そこ迄はわっちも分かっているんだけんど 乙桐:初の場所ならだいたい検討が付いているよ 駒草:おやまぁいつの間に すて吉:ほんとか?!初ねぇちゃどこ行ったか分かるのか? 乙桐:嗚呼 乙桐:とりあえずそこ迄探しに行くとして、その前に、おい、すて吉。 すて吉:なんだ? 乙桐:お前さんは嘯いちゃあいねぇんだな? すて吉:……どう言う事だ? 乙桐:言葉の儘だ。お前さんは嘯いてる訳じゃあねぇんだな? すて吉:よく分かんねぇけんど、オイラ嘘なんか吐いていないよ? 乙桐:分かった、それならいい 乙桐:行くぞ 赤眼:あーい 駒草:あ、ちょいとオトさん。待っておくれな 0:一拍 0:野花が咲く山中で目を覚ます初 初:……花? ---:あ、起きた?おはよう 初:おめぇ誰じゃ? ---:さぁ誰だろうねぇ、キミには誰に見えている? 初:誰でもない、誰にも見えん。なんじゃおめぇ ---:へぇ 初:オラはなんでこんな所に寝かされとるんじゃ ---:分かんない? 初:嗚呼 ---:忘れちゃったのかな? 初:さぁ? ---:ところで調子はどう? 初:目と鼻と口、動くのはそれだけじゃ 初:おめぇオラに何をした? ---:可哀想に 初:…… ---:キミみたいな子をなんて言うか知ってるかい? 初:知らん ---:親不孝者 初:はっ!何が不幸じゃ。オラの方が余程、余程、産まれた時からずっと不幸じゃ ---:あははは、そうだろうねぇ 初:ただでさえひもじいってんのに、捨が産まれてからは散々じゃったわ ---:へぇ 初:……そう言えば捨はどこじゃ? ---:さぁ? 初:アイツはオラが居ねぇとぴーぴーぴーぴー泣くもんじゃから、近くに居れば嫌でも分かる 初:嫌でも、じゃ ---:泣き声?聞こえる? 初:いいや ---:じゃあ近くには居ないみたいだね 初:はぁ……動けるようになったら探しに行くしかないんじゃろうな ---:そうなの? 初:嗚呼 ---:そもそも捨って誰の事? 初:オラの弟じゃ、泣きべそっ垂れの小心者 初:ついでに言えばオラが見てねぇとすぐ迷う ---:うんうん 初:こんなお山ん中、捨一人じゃいつまでもおんなじ所をぐるぐる回るだけじゃ ---:つまりはつまりは、好きなんだね。キミは弟の事がさ 初:好きなもんか!嫌いじゃ捨なんか 初:あいつさえ居なければと、いつもいつも思っている程度には ---:キミは愛が何かを知っているかい? 初:愛?そんなもんオラが知る筈もないじゃろうて ---:へぇ…… ---:でも僕の予想では、キミは愛を知っている筈なんだけどなぁ 0:(場面、初捜索に戻る) すて吉:ねぇちゃ、初ねぇちゃー。なぁ、ほんとにお山ん中に居るんか?初ねぇちゃは 乙桐:嗚呼、だろう?赤眼 赤眼:居るよぉ すて吉:なんで分かるんだ? 赤眼:さーあ?だーでー分がんだもん すて吉:だからなんでって聞いてるのに 乙桐:やめとけ、すて吉。赤眼に「なんで?」は通用しねぇ 乙桐:なんでなんでと聞いてくる割に、こちらのなんで?は、それだけじゃあ理解しねぇんだ すて吉:? 駒草:だけれども大分奥まで来ちまったって言うのに、初の姿はどこにも無いじゃあないかい 駒草:これはこれはすて吉が疑り深くなっちまうのも、まぁ仕様のない話だとは思うよぅ 乙桐:そう言われたところでなぁ 乙桐:赤眼が違ぇと言わねぇんだから、行く以外無いだろうよ 駒草:随分とまぁ信用してるもんだよぅ、たかが女わらわの一人や二人 駒草:大の大人が、そこ迄身を委ねられるものなのかい? 乙桐:そんじょそこらの人様様よりかは、よっぽど赤眼の方が信ずるに値するさ 乙桐:尤も百まで信じている訳じゃあねぇがな 乙桐:赤眼は嘯かねぇだけで、たちは滅法悪ぃ悪ぃ 駒草:ふぅん 赤眼:せーんせ 乙桐:どうした?赤眼 赤眼:あっこー 乙桐:うん? 赤眼:ほらぁ、初っ子さ居たぁ すて吉:どこだ?!初ねぇちゃ!どこに居るんだ?見当たらないよ? 赤眼:だーかーらーあっこー すて吉:??? 乙桐:お駒 駒草:なんだい?オトさん 乙桐:何か見えるか? 駒草:いいや?なぁんにも 乙桐:って事ぁ、つまりはつまりか……ほぉう 赤眼:なして分がらんの?初っ子さあっこさ居るよ? すて吉:どこに居るんだよぅ? すて吉:方々見てるけんど、木と草ばかりで初ねぇちゃは見えないよ? 赤眼:だーかーらー!あっこ!あーそーこー! すて吉:どこだよぅ 乙桐:あーあーうるせぇうるせぇ喧しいったらありゃあしねぇ! 乙桐:赤眼、お前さんもお前さんだ 乙桐:見えねぇつってる奴に、見えねぇもん見せようとしても仕様がねぇだろうが 赤眼:だーでー! 乙桐:なーにがあったかは知らねぇけれども 乙桐:おい、すて、すて吉 すて吉:なんだ? 乙桐:お前さん本当の本当に嘯いてる訳じゃあねぇんだな? すて吉:さっきも言ったよぅ、オイラ嘘なんか吐いてねぇ すて吉:吐く理由がねぇからだ 乙桐:なら見失っちまっただけのようだな すて吉:見失う? 乙桐:お前さんは見失っちまったからなんにも見えねぇ 乙桐:本来見えていた物を、見えないフリしちまった罰だ すて吉:……は? 駒草:嗚呼、そう言う事かい?なーるほどねぇ 駒草:そうと分かっちまったならば、わっちにもちゃあんと見えてきたよぅ 駒草:ねぇ赤眼 赤眼:なした?お駒ん姉さん 駒草:初はあそこに居るので合っているかい? 赤眼:嗚呼、そうだぁ すて吉:みんなしてオイラをからかってんのか? すて吉:指をさしたその先に、初ねぇちゃはどこにも居ねぇのに 赤眼:だーで、それが初っ子さの居る場所だぁ すて吉:えぇ? 駒草:すて、すて吉。たったの今の今言われただろう?オトさんに 駒草:見失っちまっただけだって すて吉:嗚呼 駒草:見失っちまったまんまじゃあいけないよぅ 駒草:ちゃあんと真を見なきゃあ、今に現(うつつ)にさえも帰れなくなっちまうよぅ すて吉:だから、オイラは何を見失っちまってるんだよぅ すて吉:検討も何も思い付かねぇんだよぅ 乙桐:はぁ……ちぃっとばかし酷だが、仕様がねぇか 乙桐:すて吉 すて吉:……なんだ? 0:  0:  乙桐:  乙桐:初が死んだのはいつの事だ? 乙桐:  0:  0:  すて吉:(以下、すて吉モノローグ) すて吉:  すて吉:ねぇちゃ、初ねぇちゃ すて吉:オイラのたった一人のねぇちゃ すて吉:口は悪いしすぐに手は出るし すて吉:乱暴者のきかん坊 すて吉:オイラは鈍臭いせいで すて吉:しょっちゅう初ねぇちゃに叩かれた すて吉:  0:  初:……て……すて…… 初:捨!転んだぐれぇで泣くな! すて吉:でんも、初ねぇちゃ 初:おのこくせしていつまでもうじうじと、おめぇは本当に女々しい奴じゃ 初:痛ぇものは痛ぇ、泣いたところでどうにもならねぇじゃろ すて吉:オイラだって泣きたかないさ すて吉:でんもポロリポロリと、どんだけ袖で拭っても溢れちまうんだよぅ 初:転んでは泣き、腹が減っては泣き 初:まるでややこじゃ、おめぇは すて吉:初ねぇちゃは口から棘を吐く すて吉:チクチクチクチク、オイラ刺されてばっかでこんままじゃ針のむしろになっちまうよぅ 初:オラはおめぇが嫌いなんじゃ、捨 初:いっつもいっつもぴーぴーぴーぴー! 初:自分ばかりが辛いと思い上がって 0:  すて吉:(以下、すて吉モノローグ) すて吉:  すて吉:初ねぇちゃに嫌いと言われた日 すて吉:オイラはそれはもう沢山泣いた すて吉:哀しくて哀しくて仕様が無かった すて吉:それでもオイラには初ねぇちゃしか居なかったし すて吉:初ねぇちゃにはオイラしか居ない すて吉:乱暴者できかん坊で すて吉:口が悪くてすぐに手が出る すて吉:オイラのねぇちゃは強い人 すて吉:ぶつくさ文句を垂れながら すて吉:嫌い嫌いと言いながら すて吉:オイラの手だけは離さなかった すて吉:  すて吉:でんも…… すて吉:  0:回想終わり、場面戻る すて吉:初ねぇちゃはな、 駒草:あい すて吉:女の自分は器量が良くなくても、女衒(ぜげん)に売り払う道があるってよく言ってたんだ 駒草:まぁ……河岸見世(かしみせ)とかもあるからねぇ 駒草:マシかマシでないかと言われれば、どちらでもないとしか返せないけれども すて吉:初ねぇちゃはなんにも出来ねぇオイラよりも、ちぃっとばかりは大事にされている すて吉:「その証拠におめぇよりも、オラは飯を多く食わせて貰っている」って 乙桐:嗚呼 すて吉:「おめぇは腹が減った減ったと煩いから、仕様がねぇからこれでも食ってろ」と偶に、オイラに食い物寄越してきてたんだ 乙桐:良い姉様じゃあねぇか。普通は少しでも多く食いたがるものだろう すて吉:ううん、ううん。それよりも、もっと優しいねぇちゃなんだよぅ、初ねぇちゃは 赤眼:なして? すて吉:……ほんとは初ねぇちゃの分の飯、オイラのよりも少なかったんだ すて吉:大事に育てたところで、所詮は女の手。役に立つには日が足りないって 赤眼:なして、女の手さ役に立たない?せんせ 乙桐:どう仕様もなく非力に見られちまうからだ 赤眼:へぇ すて吉:その僅かばかりの飯を、一時の飢えも凌げねぇぐらいの飯を すて吉:初ねぇちゃは俺に寄越してた すて吉:嘯いて、嘯いて嘯いて すて吉:オイラがそれに気が付いたのは、初ねぇちゃの飢えて弱り切った身体を病魔が蝕んでから大分あとだった 0:  初:(小さく呼吸音) すて吉:ねぇちゃ、初ねぇちゃ。お庄屋さんとこの娘っ子が嫁いだから、お祝いで握り飯が配られたよぅ すて吉:ほら、見てみろねぇちゃ。白いおまんまの握り飯だ 初:……そうじゃなぁ すて吉:オイラお庄屋さんとこで先にたらふく食ってきたから、これはねぇちゃが食っていいんだよ 初:らしくもなく嘘つくな、捨 すて吉:え? 初:おめぇの嘘なんかすぐに分かる 初:そうとでも言えば、オラが食うとでも思ったか? すて吉:そんなんじゃねぇよ 初:それ、おめぇが食え、捨 すて吉:嫌だ!これはねぇちゃの分の握り飯だ! 初:オラは腹減ってねぇんじゃ、本当じゃ。おめぇのように嘯(うそぶ)いていない 初:本当の本当に腹が減ってねぇんじゃ すて吉:じゃあ、初ねぇちゃが腹空かせるまでオイラが大事に取って置くよぅ 初:阿呆、食える時に食っておけ 初:ただでさえおめぇは、腹が減った減ったと日頃から煩いんじゃ すて吉:それは……ごめんよぅ 初:おめぇの腹の虫が収まる方が、静かになって余程良い 初:分かったら食え すて吉:うん…… 0:  初:美味ぇか? すて吉:嗚呼、嗚呼美味ぇよねぇちゃ 初:オラが先か……それとも小芥子(こけし)が先か…… すて吉:なんか言ったか?ねぇちゃ? 初:いいや…… 初:捨、泣きべそっ垂れ。おめぇが居なくともオラは生きていける すて吉:うん 初:けれどもおめぇ、なぁ捨。おめぇはオラが居なきゃ駄目なんだろう? すて吉:うん、当たり前だぁ。オイラ、初ねぇちゃとずっと居たいよ すて吉:ずーっとだ 初:…… すて吉:ねぇちゃ? 初:生きたいか?捨 すて吉:うん 初:オラも生きたい、生きていたい すて吉:生きるんだよねぇちゃ。オイラと一緒にずっと、ずっと 0:  すて吉:(以下、すて吉モノローグ) すて吉:  すて吉:  すて吉:ねぇちゃの小芥子(こけし)は間に合わなかった すて吉:  すて吉:こっそり取っておいた握り飯は すて吉:カピカピに乾いて凄く硬かった すて吉:  すて吉:土の中になんて埋めるものか すて吉:ねぇちゃはもう充分 すて吉:重い物を背負ったんだ すて吉:  すて吉:朝が来る前にねぇちゃを連れて すて吉:お山の上の方に寝かせてきた すて吉:  すて吉:オイラよりも先に産まれた初ねぇちゃ すて吉:それなのに、オイラが軽々背負える程に軽かった すて吉:  すて吉:ひもじい すて吉:  すて吉:ひもじいよぅ すて吉:  すて吉:ひもじいんだ すて吉:  すて吉:腹じゃあない すて吉:ごっそり抜け落ちちまった すて吉:心が酷く、痛くてひもじい すて吉:  すて吉:  すて吉:珍しく花が咲いたその場所に すて吉:いつかねぇちゃに教えようと思っていた すて吉:オイラの秘密の場所に すて吉:ねぇちゃを置いて すて吉:  すて吉:  すて吉: オイラはお山を下りた すて吉:  すて吉:  0:一同の足元で眠っているように見える初の死体 駒草:すて…… 赤眼:見えた? すて吉:うん 赤眼:ずーっと近くさ居たべ?初っ子さ すて吉:うん…………うん 0:  乙桐:初は確かに死んだんだよな? すて吉:嗚呼、そうだよ 乙桐:それなら分からねぇ事が幾つかある 赤眼:なに?せんせ、何が分がらんの? 乙桐:分からねぇのか?そうだよなぁお前さんは 赤眼:なーにが分がらんの?せーんせ、なぁ、せんせ 乙桐:一つ、なんですて吉は初を見失ったのか? 赤眼:嗚呼!なして?なぁ、なして初っ子さ死んじまったん忘れてたんだぁ? すて吉:え…… 乙桐:馬鹿正直に聞くんじゃねぇ阿呆!ちったぁ考えやがれ 赤眼:あい 乙桐:まぁこれは相当悲し過ぎて忘れちまった、としよう。じゃあ次だ、二つ 乙桐:なんでまた死んだ筈の初が、お手手繋いですて吉と二人で山の中を歩いていた? 乙桐:しかも初が見えるのはすて吉だけじゃあねぇ。俺と赤眼それから二人を見付けたお駒 乙桐:少なくともその三人が、初をきちんと見ていた 駒草:確かに確かに、言われてみれば 乙桐:更にすて吉と赤眼は仕様がねぇとして、俺とお駒は初めから初が死人(しびと)だと気が付いていた 乙桐:そうだろう?お駒 駒草:まぁ、そうだねぇ。なんだか難儀なわらべ達だと常々思ってはいたよぅ、初めから すて吉:そうなのか? 駒草:あい。生きているにしてはあんまりにも、生気がごそっと抜け落ちていたからねぇ初は 乙桐:それを踏まえて、三つ。今ここに在る初の死体 乙桐:死後数日にしてはあまりにも、綺麗過ぎやしねぇか? 乙桐:まるでついさっき迄動いていたみてぇに 駒草:つまりは? 乙桐:取り憑いてやがったって事だ。ナニかが、この死人の初にな すて吉:っっ?! 乙桐:なぁ、お前さんは「誰」なんだ?さっきから死んだフリをしているお前さんは? 初:……フリじゃねぇ、正真正銘死んでるんじゃ すて吉:初ねぇちゃ! 初:それから「誰」じゃと聞かれても、オラは「初」じゃとしか言えねぇよ 乙桐:ほぉう 初:おめぇ絵師は絵師でもあやかし絵師か。おめぇにだけは気を付けろと言われたわ 乙桐:「誰」に? 初:さぁ?「誰」でもない「誰」にも見えん奴じゃった 乙桐:それはそれはまた 初:まぁ丁度いい、あやかし絵師。とっととオラを封じてくれ すて吉:ねぇちゃ?!何言ってんだ 初:あん村から出た 初:ちぃっとばかし得体がしれなくとも、まぁまぁ任せられる奴らにも出会えた 初:オラの役目はもう仕舞いじゃ すて吉:やだよぅねぇちゃ 初:そもそも捨、オラは「初」ではあるけれども確かに「初」じゃとは言えんのじゃ すて吉:どう言う事だ? 初:どうもこうもそう言う事じゃ すて吉:分かんねぇよ、初ねぇちゃ。ねぇちゃは死人 すて吉:オイラは確かに思い出したけんど、でんも、それなら今居るねぇちゃは初ねぇちゃじゃねぇなら「誰」なんだよぅ 初:オラにも分からんのじゃ 初:嗚呼もう早くしろ、あやかし絵師。何も抵抗なんぞしていないじゃろう? 初:こうして大人しく封じてくれと言ってんのに 乙桐:お前さんが「誰」かも「何」かも。それを知ってしまうまでは、悪ぃが俺はなあんにも封じれない 初:なんじゃ役立たずか 乙桐:知ってしまうまでは、だ、初 乙桐:しっかしお前さんはきかん坊だからか、妙に堂々としていて潔くてやりにくい 初:逃げ回られるよりかはマシじゃろうて 乙桐:嗚呼そうだ、確かにそうだ 0:  乙桐:赤眼! 赤眼:なんだぁ? 乙桐:判じ絵を作ろう 乙桐:俺の問いとお前の答え。その二つで幾らでも、お前の為に描いてやる 赤眼:いいね、いいねぇ、作ろうせんせ。わしはせんせさが描く絵が大好きなんだぁ 乙桐:描こうじゃないか、お前さんの得手不得手 乙桐:形は?心は?真は?嘘は? 乙桐:知らぬが仏とは言いますが、どうにも興味が引かれちまう すて吉:ねぇちゃ、初ねぇちゃ 初:そこに下がって見ていろ、捨 乙桐:赤眼、これは「初」か? 赤眼:そうだよぉ、せんせ。それは初っ子だぁ。けれどもけれども初っ子であってそうじゃない すて吉:なんだ?初ねぇちゃから色が、色が、 乙桐:赤眼、初は確かに死んだのか? 赤眼:嗚呼、死んだ。けれどもけれども未練があって、そこをまんまと付け込まれた 初:未練、未練か すて吉:いきなり絵なんか描き始めて、オイラ訳分かんねぇよ 初:黙って見てろと言っとるじゃろう捨 すて吉:でんも、 初:オラの言う事を聞いとるんじゃ すて吉:分かったよぅ 乙桐:赤眼、初の未練とはなんだ?何を初は引き摺(ず)っていた? 赤眼:それはねぇ、せんせ 赤眼:  赤眼:「すて吉」だよぉ すて吉:オイラ? 初:そこ迄分かってしまうのか…… 乙桐:やはりな 赤眼:すて吉さは初っ子さが居ねぇと駄目 赤眼:少なくとも信用出来る誰かさに、預ける迄はおちおち眠ってもいられなかった 乙桐:……そうか、やはりやりにくいな 初:オラがやれと言っとるんじゃ。他は気にするんじゃない、あやかし絵師 乙桐:嗚呼、分かった 乙桐:最後だ、赤眼 赤眼:あい 乙桐:初につけ込んだのと、初に取り憑いたモノは同じか? 赤眼:いんや違ぇ、違ぇよせんせ。それはまた別だ 乙桐:そうか、分かった 乙桐:はぁ…………なあ赤眼 赤眼:なんだ?せんせ 乙桐:お前さんが見えてるモノは、この姿で間違いないか? 赤眼:嗚呼そうだよ。そうだよせんせ。それが「初」だ 乙桐:つまり赤眼があちぃあちぃと喚いていたのも、これが出てきて居たからか 赤眼:だーで、あちぃもん、火ぃは 乙桐:それならさっさと仕舞いにしよう。あんまり苦しませたくねぇからな 初:これっぽっちの痛みぐらい、死ぬ程の飢えに比べりゃずぅっとマシじゃ 乙桐:そうかい、優しい子だ、お前さんは本当に 初:……ありがとう 乙桐:手遅れになっちまってすまない 初:いい、ただ誰にも救えないだけだったんじゃ。捨を頼んだよ、あやかし絵師 乙桐:嗚呼、必ず 0:  0:  乙桐:お前さんは「誰」だ?俺達にお前さんは死人に見えた 乙桐:死人の癖して歩き回る。まるで何かに取り憑かれていたように 乙桐:お前さんの姿形は、死人に取り憑くあやかしだ。 乙桐:本来は悪行を積み重ねた奴にのみ取り憑く筈が、優しいこの子に取り憑いた 乙桐:それこそお前さんの優しさなのかい? 初:いいや気紛れと、ただあんまりにも、この娘が哀れで適わなかったからさ 初:オラが優しいのは「初」が優しかったからに他ならねぇよ……きっとな 乙桐:嗚呼、そうだろうとも 乙桐:さぁ姿形だけじゃあ足りねぇな。名を記してやらねぇと、お前さんを表す名を 乙桐:……自分で言うかい?お前の名を 初:いいや?オラはどこ迄も「初」じゃ。 初:あくまで「初」の願いの為に、動いていただけの「初」なんじゃ 乙桐:そうかい すて吉:初ねぇちゃ!オイラずっと一緒に居ようって言ったのに 初:生きたいか?捨 すて吉:え……うん 初:オラも生きたい……生きていたかった すて吉:っっ?! 初:それでもなぁ?捨 初:オラが生きれなくても、おめぇには生きて欲しかったんだ、すて吉 すて吉:初ねぇちゃっっ?! 0:   0:  0:  乙桐:お前さんは「何」だ? 乙桐:お前さんは「死人」だ 乙桐:お前さんは「誰」だ? 乙桐:お前さんは、 乙桐:  乙桐:  乙桐:  乙桐:「火車(かしゃ)」だ 乙桐:  乙桐:  0:一拍 すて吉:ぅぇ……ぅぇぇぇ…… 駒草:もう泣くのはおよし、すて吉。あんまり泣いてばかり居ると、初に怒られてしまうよぅ すて吉:怒られる方がマシだよぅ 駒草:埋めてやろう、今度こそ。土は重たいかもしれないけれども、すぐに還れるようになるんだよぅ すて吉:還る? 駒草:あい、還る。還って廻って、また戻ってくるだろうから すて吉:……分かった 0:  乙桐:はぁ……さて 駒草:オトさん、ちょいと穴を掘るのを手伝っちゃあくれないかい?すてとわっちの二つの手じゃあ、流石に夜まで掛かっちまうからさぁ 乙桐:…… 駒草:オトさん? 乙桐:お駒 駒草:あい? 乙桐:お前さんは「誰」だ? 駒草:何言ってるんだよぅオトさん?わっちはわっちだよぅ? 乙桐:いいや?違う。いつまでお駒のフリをするのか気になって泳がしてはみたものの、ボロが酷すぎてもう見てられねぇ 駒草:…… 乙桐:いいか?お駒は確かに俺を「オトさん」と呼んでいちゃあ居たが、それはてんで昔、過去の事だ 駒草:おやぁ 乙桐:それから、その話し方だ。大方泪(るい)の奴を参考にでもしたのだろう? 乙桐:あいつがお駒を真似た話し方をしてるのは、あの二人をちぃっとでも知ってる奴ならすぐに分かる事 すて吉:なんだ?何を言い合ってるんだ? 赤眼:分がんね 乙桐:お前さんの話し方は、昔のお駒なら自然だが今のお駒には不自然だ 乙桐:そもそもお駒は事情が合って今現在、俺には近付かねぇようにしている 乙桐:見掛けたところで声なんざ掛けねぇ。同席しようなど以ての外だ 駒草:気紛れ起こした、とも思わないのかい? 乙桐:嗚呼、そんな紛れは起きやしねぇんだ。余程でもなきゃあ 駒草:へぇ 乙桐:景安(けいあん)についても、だ 乙桐:どっかしら散歩にでも出てるだ?お駒に限って景安の、居所が分からねぇなんて事は決してねぇ 乙桐:ましてや曖昧に留めて置く事もしねぇ。そんな生半可な気持ち程度で、お駒の奴は景安と連れ立ってなんざいねぇんだ 駒草:昔の女を謀(たばか)るな、と? 乙桐:嗚呼 駒草:そうかいそうかい 駒草:上手く騙せたと思ってたのになぁ、騙されたのはこちら側だったとは 乙桐:お前さんは「誰」だ? 駒草:さぁ誰だろうねぇ、キミには誰に見えている? 乙桐:ちっ、赤眼 赤眼:なした? 乙桐:お駒のフリしたこいつは「誰」だ? 駒草:無駄だよぅ 赤眼:フリ?「誰」?「誰」ってせんせ、お駒ん姉さんだよぉ 乙桐:…………は? 駒草:ほーらねぇ 乙桐:赤眼、お前さん。こいつがお駒に見えているのか? 赤眼:だーで、そう言ってるよ。お駒ん姉さんだ。何かおがしいのか? 乙桐:赤眼の目が効かねぇ? 駒草:残念だったねぇ、あやかし絵師 駒草:アンタはそのモノの正体を、ちゃあんと知らなきゃどうにも出来ない。「天邪鬼」の受け売りさ 駒草:尤も天邪鬼をけしかけたのは、他ならぬ僕なんだけどねぇ 乙桐:…… 駒草:さっき封じられたばっかりの「火車(かしゃ)」もそうだよ? 駒草:可哀想に、弟を守りたい未練を残したまま死んだ子が在ったからさぁ、 0:  初:おめぇは何がしたいんじゃ? ---:僕よりもキミの方がやりたい事があるんじゃない? 初:さっきも言ったじゃろう。やろうにも目と鼻と口しか動かんのじゃ 初:そもそもどうしてまた、死んだ筈のオラが話せている? ---:話せる程度まで死人を動かす事くらいは朝飯前なんだ 初:ふーん ---:話せるだけで、身体を動かせなきゃキミには意味が無いかな? 初:……話せる程度じゃ、すてを連れて逃げられん ---:逃げる?どこに? 初:どこかじゃ 初:次の小芥子(こけし)が作られる前に、捨をどこかに逃がしたいんじゃ ---:どうしてそこまでするの?嫌いなんだろう?キミは、弟が 初:おめぇに教えるものか。ただ、まぁオラは捨が居たから、今迄死なないで居られたんじゃ ---:へぇ 初:どんだけひもじくても、苦しくても。いっそ死んでしまいたいと思っても、じゃ ---:よく分かんないなぁ 初:おめぇの用はそれだけか?それならもう眠らせてくれ ---:いいや 初:うん? ---:もしかしたら僕が探してる事の答えを、キミが持ってるかもしれないから 初:はぁ? ---:手伝ってあげるよ、キミの未練晴らし 初:どうやって、 ---:火車ってあやかしを知ってるかい?死人に取り憑く妖魔だよぉ ---:これの力を借りれば或いはキミはもう一度、動けるのかもしれないのさ 0:  駒草:まぁ結局この子の持ってる答えと僕の求めた答えは違ったけれど すて吉:お前が初ねぇちゃを弄んだのか? 駒草:弄んだなんて酷いなぁ〜。ただ手を貸してあげただけなのにぃ すて吉:初ねぇちゃはオイラの為に死んだ。ずっとずーっとオイラの為に生きていたんだ すて吉:オイラが産まれたその日から、ずっとずーっと! 乙桐:赤眼、すて吉を抑えてろ 赤眼:わーがった すて吉:死んでからもオイラの為に蘇る?死体にあやかしを取り憑かせて迄? すて吉:オイラは嬉しい、嬉しかったよなぁ初ねぇちゃ。でんも、でんもっっ?! 乙桐:すて吉? すて吉:それじゃああんまりじゃないかっっ?! すて吉:初ねぇちゃが死んだ後も、オイラの為に動くだけ。あんまりじゃないかっっ?! すて吉:オイラ分かったんだよぅ。やっとやっと初ねぇちゃは、やっと、やっと、ゆっくり……ちゃんと、 すて吉:ひもじい思いも苦しい思いもしないで、眠れたんだって、眠れてたんだって! すて吉:なのに、なのにお前のせいで、最期の最期でまた苦しんだんだっっ?! 駒草:……それが? すて吉:……はぁ? 駒草:それがなんだって?良いじゃあないか、結局喜んだのに変わりは無いだろう? 駒草:キミは苦しんでいない。初のお陰で小芥子(こけし)から逃げられもした! 駒草:それでいいじゃないか すて吉:このっっ?! 赤眼:せんせ、無理だ!わしだけじゃ無理 乙桐:ちっ、仕様がねぇ。落ち着け、すて吉 すて吉:離せよぅっっ?! 駒草:嗚呼、つまらない 駒草:つまらない つまらない つまらない 駒草:結局知りたいものは見付からなかったし。興醒めだ!僕は一足先に帰るよ 乙桐:待てっっ?! 乙桐:……お前は「誰」だ?! 駒草:さぁ誰だろうねぇ。キミには誰に見えている? 駒草:尤も他ならぬ僕にも僕が分からないんだから、 駒草:  駒草:  駒草:  駒草:キミに分かる筈もないじゃないか 駒草:  駒草:  0:「絵師乙桐の難儀なあやかし事情-ひそひそ噺-」 0: 

0:(吉原内のお稲荷さんの桜を見上げる乙桐とそれを座って見てる駒草) 乙桐:ちっ…… 駒草:に〜いさん 乙桐:あん? 駒草:こんな所でそんな目で、枯れた桜の木なんか見てどうしたんだい? 乙桐:…… 駒草:まぁここは吉原だからねぇ。やる事と言えば一つしかないか 乙桐:…… 駒草:妓(おんな)を買いに来たんだろう?どこの見世かは知らないけれども残念だったねぇ 乙桐:残念? 駒草:兄さん行商人かい?まぁ遊ぶとしてもちぃっとばかし早く来すぎだよぅ?昼見世が開くまでは、まだまだ全然先なんだ 乙桐:ところがどっこい妓(おんな)を買いに来た訳じゃあねぇんだ 駒草:ほぉ 乙桐:お前さんが一体全体どこの見世の妓(おんな)かは知らねぇが、吉原だろうとやる事は一つじゃあねぇよ? 駒草:ふぅん。まぁアタシは無知だからねぇ、世間知らずな女だからさ 乙桐:そうは見えねぇけどな 駒草:そうかい?それはそれは嬉しいねぇ 乙桐:嗚呼 駒草:遊びに来たんじゃあ無いとするのなら、それなら兄さんは何をしに来たのかてんで分からなくなっちまったよぅ 乙桐:そんなに気になる事か? 駒草:意外と、は 乙桐:ほぉ 駒草:わっちは今暇なんだよぅ。兄さんは暇かい? 乙桐:暇と言われれば暇だな 駒草:なら暇潰しに付き合っておくれよぅ 乙桐:潰すにしたって見世が開いていなきゃあ、なんもする事なんざねぇんだろう? 駒草:ただ駄弁るだけでいいよぅ 乙桐:そのぐれぇなら出来そうだな 駒草:あい 乙桐:……お前さんは遊女だろう? 駒草:あい、そうだよぅ 乙桐:見世こそまだまだ開かねぇとして、支度だなんだがあるんじゃあねぇのか? 駒草:あるだろうねぇ 乙桐:他人事か 駒草:せっせと支度したところで、実になる草は一本足りとも生えやしないからさ 乙桐:ほぉ 駒草:どうせ草ならばいっそ、道草を引っこ抜いた方がまだマシさねぇ 乙桐:根無し草は? 駒草:そいつぁ嫌だねぇ 乙桐:そうだな 駒草:兄さんは、 乙桐:あん? 駒草:妓(おんな)を買いに来た訳でもないし、どうにも女衒(ぜげん)の兄さんのようにも見えない 駒草:とするとあれかい? 駒草:もしやもしや兄さんは大変な言葉っ足らずで、わっちが掌の上で転がされているだけで 乙桐:おぅ 駒草:床(とこ)の相手を買いに来たってのは、あながち間違いじゃあなかったりするのかい? 乙桐:と言うと? 駒草:男色の気があるとか 乙桐:ははは!馬鹿言うんじゃあねぇよ。誰が同じ男なんざに狂うものか 乙桐:どうせ嵌め込むならまだ、まだ河岸見世(かしみせ)の鉄砲女郎の方が幾分もマシだ 駒草:おやぁ、外しちまったよぅ 乙桐:元より当てる気なんざ無かろうに 駒草:どうだろうねぇ 乙桐:変わった女も居たもんだな 駒草:わっちみたいのなんざ、この吉原には幾らでも蔓延ってるよぅ 乙桐:それはそれはなんて恐ろしい場所だ。とんだ生き地獄に来ちまったもんだ 駒草:うふふふ 乙桐:ふっ……お前さん名は? 駒草:駒草(こまぐさ) 乙桐:桃色の小草だな 駒草:そうなのかい? 乙桐:知らねぇのか? 駒草:生憎と 乙桐:信濃の方の御嶽(おんたけ)さんに、お前さんの名の元になった小草の逸話があるよ 駒草:聞かせておくれな 乙桐:嗚呼、良いとも。その昔な、 駒草:あい 乙桐:小さな村の「おこま」の娘が大層な病に掛かっちまって、木曽御嶽(きそおんたけ)神社で来る日も来る日も一心に娘の全快を願ったんだ 駒草:ほぉう 乙桐:するとある日「御嶽山(おんたけさん)の頂上にある美しい桃色の小草を娘に飲ませよ」とのお告げを受けた 乙桐:すぐにそのお告げの通りに御嶽山に登り、小草を見付け娘に飲ませたところ 駒草:あい 乙桐:あっちゅう間に娘は全快したそうだ 駒草:その小草が、駒草(こまぐさ)? 乙桐:正確には「オコグサ」いつの間にやら「コマクサ」と呼ばれるようになったらしいがな 駒草:へぇ、とするとわっちは少しばかり濁っちまったんだねぇ 乙桐:多少なりとも濁っていた方が、むしろ人らしくて俺は好きだがな 駒草:そうかい。それならいいよぅ駒草(こまぐさ)で 乙桐:ふっ 駒草:兄さんの名は?なんて言うんだい? 乙桐:俺か?俺は、 乙桐:「乙桐(おとぎり)」 駒草:(以下、駒草モノローグ) 駒草:  駒草:もがけばもがくほど底に沈む 駒草:泥中の蓮(でいちゅうのはす)を夢見たばかりに 駒草:所詮はお前も畜生なのだと 駒草:嘲笑うその面に唾を引っかけてやりたいものだ 駒草:  駒草:あなたは私を引き止めやしないし 駒草:私はあなたを惹く程興味なんざありゃあしない 駒草:それでいいんだ、それでいいのさ 駒草:  駒草:ちくしょうめ 駒草:  0:乙桐の住む長屋にて暑さにやられている赤眼 赤眼:せんせー 乙桐:あん? 赤眼:あっちぃなぁ、朝からお天道様が張り切ってる 赤眼:こうもあくせく働がなきゃいげねぇもんか? 乙桐:嗚呼、確かになぁ 赤眼:お天道様でもか? 乙桐:神も人も関係無かろうよ 赤眼:そう言うもんか? 乙桐:そう言うもんだ 赤眼:ふぅん 乙桐:そんなに言う程暑ちぃか? 赤眼:あちぃよぉ!せんせさには分がんねぇのか? 乙桐:分かんねぇな。少なくともお前さんのようにグズグズ文句ったれる程度ではない 赤眼:せんせは人だからだぁ! 乙桐:お前さんも人だろうに 赤眼:わし人か?せんせ 乙桐:まぁ傍から見りゃあ充分には 赤眼:そうか 赤眼:やっぱあっちぃよぉせんせ 乙桐:あー……うるせぇな 赤眼:うん? 乙桐:今日はまた一体全体どうしたんで?赤眼(あかめ) 乙桐:例え夏だろうが、気候にとやかく文句ったれる奴じゃあないだろう?お前さんは 赤眼:だーで、あっちぃんだもん。なぁ、せんせ 乙桐:おん? 赤眼:冷水(ひやみず)さ飲みてぇ 乙桐:……この時分に居るか?冷水売り。甘酒とか飴湯じゃあ駄目かねぇ?それならば確実なんだが 赤眼:あっちぃ時にあっちぃもん飲んでどうすんだぁ! 赤眼:余計にあっちぐなるだけだぁ! 乙桐:世間様的には芯まで冷える時分だ、ど阿呆 赤眼:せんせさは暑くねぇのか?ずりぃなずりぃな!わしさばっかあっちぃ! 乙桐:あーあーうるせぇうるせぇ!仕様がねぇ、ちょっくら通りまで顔出すぞ 赤眼:わしさも行ぐんけ? 乙桐:当たりめぇだろうが。お前さんの冷水買いに行くんだろうに 乙桐:甘えた事ばかし抜かしてんじゃあねぇぞ 赤眼:わーがったぁ 0:山の中を手繋いで二人で歩く姉弟 すて吉:ねぇちゃ、初(うい)ねぇちゃ。なぁ本当にいいのか? 初:何がじゃ、捨(すて) すて吉:何がってオイラもねぇちゃも村から出ちゃあいけねぇって言われてんのに、こんな所まで来ちまって すて吉:こんままじゃおっかさんに怒られるよぅ、おとっさんにもだ 初:仕様が無いじゃろうて。あん村さいつまでもおったら、いずれオラもおめぇも殺される 初:オラに着いて来ると決めたんはおめぇじゃ、今更怖気付いたってのか すて吉:でんも…… 初:死にてぇなら捨、おめぇ1人で死ね。オラは死にたくねぇ、死にたくねぇから逃げるんじゃ 初:ぴーぴーぴーぴー言うおめぇなんかただの足手まといなんじゃ! すて吉:ごごごめんよぅねぇちゃ!オイラが悪かったよぅ! 初:うるせぇ、だからおめぇは捨なんじゃ!いずれ捨てられる子、捨て子の捨て吉! すて吉:ねぇちゃあ…… 駒草:おやぁ 初:誰じゃっっ?! 駒草:お山の方からわらべの声がするから来てみれば、お前達かい?声の主は すて吉:ねぇちゃ、初ねぇちゃ 初:なんじゃ?捨 すて吉:オイラ聞いた事あるよぅ。お山の奥にすんげぇ綺麗な女の化生(けしょう)が住んでて すて吉:ひとたび出会っちまったら最後、骨まで貪り食われちまうって 初:おめぇまだ化生だ化け物の類を信じてんのか?だから寝小便が治らねぇんじゃ 初:あんなんオラ達子供騙す為の方便でしかないってのに すて吉:だって、だってぇ 駒草:うふふ すて吉:ひぃっっ?! 駒草:嗚呼嗚呼、ごめんよぅ。それにしたって、うふふふ 初:捨 すて吉:なに? 初:オラおめぇみたいに化生なんか信じてねぇけんど、この女はもしかしたらもしかするかもしれねぇ すて吉:だろう?! 駒草:あはははは! 初:っっ?! すて吉:ひゃあっっ!! 駒草:あんれまぁ、そうかい 初:オ、オラ達食っても美味くなんかねぇに決まってる!ほ、他を当たりやがれ! 駒草:わっちはそんなに、そんなにそんなに 駒草:化生に見えちまう程度には、お前達の目にべっぴんに写っているのかい? すて吉:ま……まぁ 初:捨っっ?! すて吉:痛っっ!なんで、なんでぇ!今オイラをぶったんだよぅ初ねぇちゃ! 初:この女が化生かもしれねぇと言い出したのはおめぇのくせして、呑気に鼻の下伸ばしてるからじゃ! すて吉:伸ばしてねぇよぅ! 初:いいやいいや伸ばしてたさ! 駒草:おやめ! 初:っっ?! すて吉:っっ?! 駒草:確かに確かに悪ノリしたのはわっちだけんども、あんま押し合い圧し合いばっかしてるとその内まんまと取っ組み合いが始まっちまうだろう? 初:捨と喧嘩なんかいつもの事じゃ すて吉:初ねぇちゃはすぐオイラをぶつんだ 駒草:あんれまぁそれは酷い姉やだねぇ 初:おめぇが鈍くせぇのが悪ぃんじゃろう!足ばっかり引っ張りよって! すて吉:わざとじゃねぇんだよぅ 初:ふん 駒草:ほらほらぁ落ち着きなぁ。ちょいときかん坊の姉様の方は、初で合っているのかい? 初:なんでオラの名をっっ?! 駒草:そりゃあさっきからなんべんも、お前の弟が「初ねぇちゃ」と呼んでいるからさねぇ 初:おめぇのせいじゃ捨っっ!! すて吉:痛っっ!! 駒草:おやめったら全く!すぐに手を出してはいけないよぅ。お前はこの子の姉様だろう? 初:好きでコイツの姉になったんじゃねぇ 駒草:だとしても、だ 駒草:「あね」は下の子を守りこそすれ、ぶつなんざとんでもない 初:少しばかり上に生まれちまっただけで、大人はみぃんなおんなじ事を言う すて吉:初ねぇちゃ 初:捨、こいつは化生じゃねぇ、人じゃ。喧(やかま)しい村ん奴らとおんなじ人じゃ すて吉:…… 駒草:なんだか野暮な事を言っちまったかい?それならそれなら、すまなかったよぅ 初:ふん 駒草:機嫌取りと言っちゃあ何だけれども、甘味処にでも連れてってやろうかい? すて吉:甘味処?! 初:いらねぇ! すて吉:なんでだ初ねぇちゃ! 初:得体の知れねぇ奴に施されてたまるものか 駒草:施しじゃあないよぅ、強いて言うなら贖罪さ。又はただの綺麗事 初:おめぇの気分が良くなる為だけの事に、どうしてオラ達が付き合わなきゃいけない? 駒草:なぁに、腹は空いているのだろう? 初:空いてねぇ すて吉:オイラは空いているよ初ねぇちゃ、ペコペコだ 初:捨! すて吉:ひぃっっ?! 駒草:どうどう!姉様の方はちぃっとばかしきかん坊ではあるけれども、だからか弟の方は正直者だ 駒草:すて、音はそれだけかい? すて吉:いや、すて吉だよぅ 駒草:あい分かったすて吉、それから初。とりあえずわっちについておいでな 駒草:タダほど怖いものはないとは言うけれども、タダ飯食らいもたまには良いだろう? 駒草:ねぇ? 0:甘味処にて 0:赤眼、駒草を見付ける 赤眼:あー! 乙桐:どうした?赤眼 赤眼:お駒(こま)ん姉さん 乙桐:あん?……おぉ、お駒! 駒草:あんれぇまぁ!オトさんじゃあないかい。偶然偶然 乙桐:へぇ、お前さんいつの間にコブ付きなったんで? 乙桐:それも二人も 駒草:可愛いだろう? 駒草:こっちの姉の方が初、ちぃっとばかしのきかん坊 駒草:こっちの弟がすて吉、泣きべそったれだが素直な子 初:オラも捨もおめぇの子じゃねぇ! 駒草:おやおやぁ、ネタばらしが早すぎるよぅ 乙桐:んで?まぁ本当の所はあれだろう? 乙桐:ややこわらべ、その他ちぃせぇ奴には滅法弱い、お前さんの「いつもの」か 駒草:そんな感じだよぅ。 駒草:これもまた何かの縁だ、相席してもいいかい? 乙桐:おん 赤眼:お駒ん姉さんさはせんせさ隣。そっちのちっせぇ二人はここさ座れ 初:おめぇの方がちっせぇじゃろうて 赤眼:そうかぁ? 初:捨、おめぇが先に座れ すて吉:分かったよぅ初ねぇちゃ 駒草:さてさて、何を頼もうかねぇ。お前達も好きな物を食いな すて吉:いいのか? 駒草:嗚呼 すて吉:どれにすっかなぁ、なぁ初ねぇちゃ 初:……オラはおめぇが迷って選ばなかった方でいい すて吉:オイラが二つも選んでいいって事かい?! 初:……嗚呼 すて吉:うわぁ、どうしようか。オイラ甘味処なんて来るのが初めてだから迷うなぁ 赤眼:饅頭 すて吉:うん? 赤眼:饅頭さ、美味いよ。団子さも良いねぇ すて吉:饅頭と団子か……この汁粉(しるこ)ってのは、 0:  駒草:流石わらしとわらわだねぇ、打ち解けるのが早い早い 乙桐:初だったか姉さんの方は全然に見えるがな 駒草:その内その内 乙桐:そうかい 駒草:ところでオトさん 乙桐:あん? 駒草:珍しくないかい? 駒草:お前様が甘味処になんざ居るのは 乙桐:赤眼の奴があちぃあちぃ煩せぇから仕様がなく、だ 駒草:暑い? 乙桐:嗚呼、暑いんだとよ 駒草:まぁ確かに日頃に比べれば今日は暑い方かもしれないねぇ 乙桐:冷水がいいっつってたんだが、流石にこの時分だ 乙桐:方々探し回ったが冷水売りなんざは流石にな 駒草:それで甘味処に? 乙桐:嗚呼、とりあえず甘ぇもんでも食わせときゃ大人しいからな赤眼は 駒草:ふぅん 乙桐:お前さんは「いつもの」だとして、一体全体どこから連れて来やがったんで? 駒草:お山で拾ったんだよぅ 乙桐:へぇ……また難儀なもんを拾っちまったな 駒草:声を聞いちまったからねぇ 乙桐:つくづくお前さんは面倒事に首を突っ込みたがる奴だ 駒草:うふふふ 乙桐:そういやあ、景安(けいあん)の奴はどうしたんで? 乙桐:アイツが居りゃあこんな事態、黙ってなんざいないだろう? 駒草:さぁねぇ、どっかしら散歩にでも出てるんじゃあないのかい? 乙桐:お前さんを置いて、か? 駒草:そう四六時中べったり引っ付いてるものでも無いよぅ。どっかをほっつき歩いてる事も儘あるさ 乙桐:そこまで自由にさせてるのか 駒草:あんまり縛り付けるのも可哀想だろう? 乙桐:アイツは押し込めるぐれぇが丁度いい 0:  すて吉:えっと……初ねぇちゃ 初:なんじゃ?捨、決まったんか? すて吉:嗚呼、でんも 初:はぁぁ〜……おい、女 駒草:女ってまさかまさかわっちの事かい? 初:おめぇ以外に誰が居る? 初:そっちは男、捨の横のはわらわじゃろうて 駒草:わっちは駒草って言うんだよぅ 初:……呼べってか? 駒草:その方が嬉しいねぇ 初:嫌じゃ、ふん! 初:ほれ捨、後は自分でなんとかしろ すて吉:うぇえ〜 初:またぶたれてぇのか? すて吉:分かったよぅ、えぇっと 駒草:うん? すて吉:オイラ饅頭と……団子がいい 赤眼:お駒ん姉さん、ついでに汁粉も買ってあげてくんろ 駒草:饅頭と団子と汁粉でいいんだねぇ?あい分かったよぅ 0:  乙桐:おい赤眼 赤眼:なした?せんせ 乙桐:暑ぃのはちぃっとばかしは紛れたか? 赤眼:いんや、変わらず変わらずあっちぃものはあっちぃよ 乙桐:そうかい 駒草:そう、言えば 乙桐:あん? 駒草:お前達二人はどうして、あんなお山の奥なんざに居たんだい? すて吉:え…… 初:なんでもねぇ 駒草:なんでもない事ぁないだろう?言いたくないんかえ? 初:……別に すて吉:…… 初:うるせぇこっち見んじゃねぇ捨 すて吉:痛っっ!?でんも、初ねぇちゃ!オイラ達じゃどうしたって無理だよぅ 初:…… 駒草:なんだかのっぴきらない悩みでも抱えているようだねぇ。そうは思わないかい?ねぇ、オトさん 乙桐:はぁ……渡りに船だ。話せる苦労ならば、いっそ近くの知人より遠くの他人 乙桐:赤眼も嫌がっちゃあいねぇみてぇだし、まぁ聞くぐらいは良いだろう 初:……分かった 初:(以下、初モノローグ) 初:  初:オラ達はここより遠く離れた村に住んでいた 初:お世辞にも裕福とは言えねぇ生まれで、それは何もオラ達だけじゃねぇ 初:村全体、人全員 初:飢餓で苦しみ喘いで死ぬなんて、誰にでもある事 初:隣の家の奴が死んだのなら 初:どうか明日の我が身には 初:同じ不幸が降りませぬようにと願うだけ 初:  初:その中でもオラ達は、特に、特に貧しかった 初:  0:ボロボロの小屋の前に座るガリガリの初と捨 すて吉:腹減ったなぁ、初ねぇちゃ 初:オラに言うんじゃねぇ すて吉:最後におまんま食ったのはいつだったっけぇ? 初:知らねぇ、いちいち数えるな阿呆 初:数えたところでなんの腹の足しにもなりゃあしねぇんじゃ すて吉:……なぁ初ねぇちゃ 初:うん? すて吉:しょう吉んとこのややこ覚えてるかい? 初:嗚呼、去年の暮れに産まれた すて吉:オイラこの間しょう吉ん所行ったんだけれども、あのややこ、どこにも居なかったんだ 初:…… すて吉:しょう吉ん奴はやたらと暗い顔をしているし、それからな?初ねぇちゃ すて吉:こんくらいの大きさの木彫りの人形がな、飾ってあったんだ 初:…… すて吉:こぇぇよ初ねぇちゃ。 すて吉:あのややこは、どこに行っちゃったのかとか。考えないようにする程、オイラやっぱり考えちまって、 初:……売られたんじゃろ すて吉:え? 初:江戸とか都とか、どっかもっとここよりずぅっと栄えてる所に養子にでも出たんじゃろう 初:飯も床(とこ)もなんも心配いらねぇとこで、あったかくして育ってるんじゃろうて すて吉:そうなのか? 初:……嗚呼 すて吉:オイラも行きてぇなぁ。腹一杯おまんま食って、そんでふかふかの布団で初ねぇちゃと寝るんだ 初:オラも行くのか? すて吉:当たり前だぁ初ねぇちゃ。オイラ、初ねぇちゃとずっと居たいよ 初:オラは嫌じゃ、おめぇのようにべそっかきの小心者と一緒なんか すて吉:そんなぁ 初:でもまぁそうじゃなぁ…… 初:オラが嫁入りしておめぇがいつまでも一人だった時には、仕様がないから旦那様にコイツも連れてけと言ってやる すて吉:初ねぇちゃ! 初:お山にでも入ろう、少しは腹の足しになる物もあるじゃろう すて吉:うん! 初:(以下、初モノローグ) 初:  初:ひもじい、苦しい 初:それでもどうにかギリギリ生きていく事だけは出来ていた 初:捨の見た木彫りの人形 初:その意味ぐらいオラも捨も分かっていて 初:それでいて、知らんぷりをしてたんだ 初:別に良いだろう? 初:生きていたかったんだ 初:少しでも長く 初:  初:  初:自分達の番が来るまでは 初:  0:真夜中に小声で何か話し合う二人の両親 母:不作…… 父:嗚呼、ここんとこずっと日照りが続いていただろう? 父:隣村じゃあ既に飢饉が始まって、そりゃあもう酷い有様だそうだ 母:直にこの村も餌食に合いそうだねぇ。ただでさえ、食い扶持(ぶち)の一つも儘ならないってのに 父:初が……たら……なぁ 母:アンタそれはもう話さないって決めたじゃあないか 父:嗚呼そうだった 母:すて吉は、 父:うん 母:非力に育っちまって、仕事の一つも満足に出来ない 母:……このまま飢えて飢えて死ぬよりか、いっそ 父:……よせ 母:でもアンタ、このまま飢饉が来ちまったら子供らだけじゃない。アタシらもみんな死んじまう 父:……仕様がねぇってか 0:(寝てるすて吉を起こす初) 初:……て……捨 すて吉:う、うぅん? 初:寝てる場合じゃねぇ、さっさと起きろ すて吉:なんだい?初ねぇちゃぁ 初:逃げるぞ すて吉:へぇ? 初:いいから、早く! すて吉:なんで、 初:もたもたするな!早くしろ! すて吉:わ、分かったよぅ 0:(深夜の山の中を手を繋いで歩く二人) すて吉:ねぇちゃ、初ねぇちゃ。なんでこんな、こんな急に 初:聞いちまったんじゃ すて吉:何を? 初:ここ最近ずっと日照りで隣村に飢饉が訪れた。こん村もそん内来る すて吉:飢饉っっ?! 初:おめぇだって本当は知ってるじゃろう? すて吉:何を? 初:木彫りの人形じゃ! 初:あれは口減らしで殺された子供を供養する為の物じゃ! すて吉:…… 初:オラはまだいい。器量が良くなくても、まだ女衒(ぜげん)に売り払う道がある 初:じゃけれど、おめぇは非力でべそっかきで、薪の一つも満足に拾ってこれねぇ すて吉:…… 初:次の小芥子(こけし)はおめぇじゃ、捨 初:次に口を減らされるのはおめぇなんじゃ、捨 すて吉:ひぃぃ 初:泣くな!泣くぐれぇならもっと早く歩け! 初:なぁ死にたくねぇんじゃろう?おめぇは すて吉:嗚呼 初:ならオイラについてこい! すて吉:うん 0:場面、甘味処に戻る 駒草:口減らし……なんだいそんなに酷い事になっちまってるのかい? 乙桐:そういやぁ最近、雨が降っていなかったな 赤眼:せーんせ 乙桐:あん? 赤眼:口減らしってなんだぁ? 乙桐:あ〜……おめぇさんの居た村では無かったのか? 赤眼:さぁ?あったがもしれねぇし、無がったかもしれねぇよ 乙桐:うぅん 初:そこのちっせぇのは捨よりもちっせぇから、あっても無くても分からんのじゃろうて 乙桐:いや、そう言う訳じゃあねぇんだが…… 乙桐:嗚呼……まぁそう言う事にしておくか 初:? 赤眼:なぁ口減らしってなんだぁ?小芥子(こけし)も 初:……子殺しじゃ すて吉:ねぇちゃ 初:少しでも食い扶持(ぶち)減らす為に、役に立たねぇただ飯食らいの子供を殺すんじゃ 初:小芥子は「子消し」 初:間引かれた子供が成仏出来るように木彫りの人形をそいつと思って祀るんじゃ 赤眼:へぇ 初:捨が口減らしされそうになった。だからオラと捨は逃げてきた 初:分かったか!ちびっ子! 赤眼:分〜がった 初:ふん 駒草:言い難い事を話してくれて有難うねぇ、初 初:捨は多くを知らねぇから、オラが話すしかねぇんじゃ 初:それだけじゃ 駒草:それでも、だよぅ 駒草:いやしかし、どうしようかねぇ?ねぇ、オトさん 乙桐:そうだなぁ すて吉:ねぇちゃ 初:なんじゃ? すて吉:追っかけては来ねぇのかな 初:誰がじゃ すて吉:おっかさんとおっとさん 初:たぶん来ねぇ すて吉:そうか…… 初:殺そうと思ってる子供が逃げたところで、どっかで野垂れ死ぬだけでむしろ都合がいいじゃろうて すて吉:……うん 初:もうここまで逃げて来ちまったんじゃ。どうもこうも出来るものか すて吉:そうだねぇ…… 駒草:とりあえず当面はどうしようか?二人共 すて吉:へぇ? 駒草:わっちんとこはそれはそれは怖い鬼が居るからねぇ 駒草:子供なんざ見ちまった暁には、ペロッとひと飲みで喰っちまうような すて吉:そうなのかっっ?! 初:だから方便じゃろうて、馬鹿 駒草:うふふふふ 駒草:オトさんとこは、 乙桐:赤眼が良いならまぁ 赤眼:わし? 乙桐:おかしくは無いだろう?この二人は。少なくともお前さんにとっては 赤眼:嗚呼、んだ 乙桐:但し狭ぇし、訳の分からねぇ事情を抱えた化け物引き摺って歩く奴らばかりが来るけどな すて吉:化け物っっ?! 乙桐:嗚呼。鬼だ、狐だ、蛇だ、そんなもんがうじゃうじゃと 乙桐:それでもいいなら暫く置いてやってもいい すて吉:どうしよう、初ねぇちゃ 初:…… 乙桐:なんだ? 初:うん……まぁこいつなら良いじゃろう すて吉:え? 初:暫く任せてもいいか? 乙桐:嗚呼 赤眼:いいよぉ。賑やかさなるねぇ、せんせ 乙桐:そうだな 0:  初:(以下、初モノローグ) 初:  初:嗚呼、本当 初:少しくらいは息が出来る 初:あと一歩、立ち止まっても構わないから 初:ゆっくりゆっくり隣を歩けたら 初:後生だからもう少し、それだけじゃ 初:もうちぃっとばかししたら 初:生きて行く方法を考えようか 初:泣きべそっ垂れ 初:おめぇが居なくともオラは生きていける 初:  0:  赤眼:あんれぇ。 乙桐:どうした赤眼? 赤眼:居ないよぉ 駒草:え? 赤眼:初っ子さ、消えちまったぁ すて吉:ねぇちゃ?初ねぇちゃ!! 0:  初:それでもなぁ?捨…… 0:  0:(※前後に分ける場合はここで一旦終了) 0:  駒草:(以下、駒草口上) 駒草:  駒草:迷い迷うは妖道中 駒草:人を仇なす魑魅魍魎 駒草:描き連ねるは絵師の性 駒草:半端者の形は歪む 駒草:果たして見るのか 駒草:それともはたまた見られているのか 駒草:分からないからこそ嗚呼面白い 駒草:  駒草:おいでましたは迷い子の姉弟 駒草:減らす減らさぬ口減らし 駒草:子を消すと書いて小芥子(こけし) 駒草:木彫りの人形やら、嗚呼、怖し怖し 駒草:生き抜く為に繋いだお手手 駒草:引っ張り引かれて山の中 駒草:あやかし絵師の住まう巣に 駒草:押しかけ女房、居候 駒草:ちょいとばかし息をつき 駒草:弟振り返るその先に 駒草:大事な姉様消えちまう 駒草:  駒草:嗚呼、難儀だ難儀だ難儀だよぅ 駒草:  駒草:不憫な姉弟を陥れた 駒草:件のそいつは妖騒動?それとも否や。 駒草:とにもかくにも、あの続き 駒草:  駒草:とくとお聞かせ致しましょう 駒草:  0:  初:(以下、初モノローグ) 初:  初:馬鹿じゃ 初:何が馬鹿だ? 初:私が馬鹿だ 初:阿呆じゃ 初:誰が阿呆だ? 初:私が阿呆だ 初:持てぬ夢ばかり見てしまう 初:手に入るのならば 初:求めたりなんかしなかったのだ 初:  0:(山の中で消えた初を探す一行) 駒草:初〜初どこだい?ねぇ、ちょいと すて吉:ねぇちゃ?!初ねぇちゃ! すて吉:どこ行っちまったんだ!ねぇちゃ! 駒草:これ!そう闇雲に走っちゃあいけないよ、すて吉 駒草:目的も無く走り回っても、迷うだけさねぇ すて吉:でんも…… 乙桐:赤眼 赤眼:なした?せんせ 乙桐:初がどこに行ったか分かるか? 赤眼:さ〜あ〜? すて吉:オイラを置いて、どこ行っちまったんだよねぇちゃ 赤眼:せーんせ 乙桐:うん? 赤眼:あるべきとこさ、帰るんだ 乙桐:何がだ? 赤眼:なーんも、ぜーんぶ 乙桐:ふぅん すて吉:うぇぇ〜ねぇちゃあ〜 駒草:あんれまぁ何も泣く事ぁ無いだろう?ちょいと姉様が居なくなってしまっただけで すて吉:オイラ、生まれてからずっと 駒草:うん? すて吉:初ねぇちゃと離れた事ねぇんだ 駒草:ほぉ すて吉:もしや、もしかしたら すて吉:いつもいつもオイラがべったり引っ付いちまってるから、だからねぇちゃは…… 駒草:否や!とは言えないけれども、そうだろうとも言えないよぅ すて吉:…… 駒草:何か理由があるんだろうよぅ すて吉:ねぇちゃぁ…… 乙桐:うぅむ、さっきのは聞き方がまずかったか 乙桐:おい、赤眼 赤眼:今度はなした?せんせ 乙桐:初はどこに居る? 赤眼:お山んさ中だよぉ 乙桐:ほぉう、山の中か。どうしてそんな所に行っちまってるのか…… 乙桐:いいや、これはまだ知るには早い早い 赤眼:行ぐんけ? 乙桐:嗚呼、おかしいか? 赤眼:いんや?おがしくねぇよ、大丈夫 乙桐:あるべき所に帰る……家?いや、そんな単純な話じゃあねぇだろうな 駒草:オトさん 乙桐:ん?なんだお駒 駒草:どうすれば正解かい? 乙桐:嗚呼 駒草:兎にも角にも初の奴を、見付けない事ぁ話にならない 駒草:そこ迄はわっちも分かっているんだけんど 乙桐:初の場所ならだいたい検討が付いているよ 駒草:おやまぁいつの間に すて吉:ほんとか?!初ねぇちゃどこ行ったか分かるのか? 乙桐:嗚呼 乙桐:とりあえずそこ迄探しに行くとして、その前に、おい、すて吉。 すて吉:なんだ? 乙桐:お前さんは嘯いちゃあいねぇんだな? すて吉:……どう言う事だ? 乙桐:言葉の儘だ。お前さんは嘯いてる訳じゃあねぇんだな? すて吉:よく分かんねぇけんど、オイラ嘘なんか吐いていないよ? 乙桐:分かった、それならいい 乙桐:行くぞ 赤眼:あーい 駒草:あ、ちょいとオトさん。待っておくれな 0:一拍 0:野花が咲く山中で目を覚ます初 初:……花? ---:あ、起きた?おはよう 初:おめぇ誰じゃ? ---:さぁ誰だろうねぇ、キミには誰に見えている? 初:誰でもない、誰にも見えん。なんじゃおめぇ ---:へぇ 初:オラはなんでこんな所に寝かされとるんじゃ ---:分かんない? 初:嗚呼 ---:忘れちゃったのかな? 初:さぁ? ---:ところで調子はどう? 初:目と鼻と口、動くのはそれだけじゃ 初:おめぇオラに何をした? ---:可哀想に 初:…… ---:キミみたいな子をなんて言うか知ってるかい? 初:知らん ---:親不孝者 初:はっ!何が不幸じゃ。オラの方が余程、余程、産まれた時からずっと不幸じゃ ---:あははは、そうだろうねぇ 初:ただでさえひもじいってんのに、捨が産まれてからは散々じゃったわ ---:へぇ 初:……そう言えば捨はどこじゃ? ---:さぁ? 初:アイツはオラが居ねぇとぴーぴーぴーぴー泣くもんじゃから、近くに居れば嫌でも分かる 初:嫌でも、じゃ ---:泣き声?聞こえる? 初:いいや ---:じゃあ近くには居ないみたいだね 初:はぁ……動けるようになったら探しに行くしかないんじゃろうな ---:そうなの? 初:嗚呼 ---:そもそも捨って誰の事? 初:オラの弟じゃ、泣きべそっ垂れの小心者 初:ついでに言えばオラが見てねぇとすぐ迷う ---:うんうん 初:こんなお山ん中、捨一人じゃいつまでもおんなじ所をぐるぐる回るだけじゃ ---:つまりはつまりは、好きなんだね。キミは弟の事がさ 初:好きなもんか!嫌いじゃ捨なんか 初:あいつさえ居なければと、いつもいつも思っている程度には ---:キミは愛が何かを知っているかい? 初:愛?そんなもんオラが知る筈もないじゃろうて ---:へぇ…… ---:でも僕の予想では、キミは愛を知っている筈なんだけどなぁ 0:(場面、初捜索に戻る) すて吉:ねぇちゃ、初ねぇちゃー。なぁ、ほんとにお山ん中に居るんか?初ねぇちゃは 乙桐:嗚呼、だろう?赤眼 赤眼:居るよぉ すて吉:なんで分かるんだ? 赤眼:さーあ?だーでー分がんだもん すて吉:だからなんでって聞いてるのに 乙桐:やめとけ、すて吉。赤眼に「なんで?」は通用しねぇ 乙桐:なんでなんでと聞いてくる割に、こちらのなんで?は、それだけじゃあ理解しねぇんだ すて吉:? 駒草:だけれども大分奥まで来ちまったって言うのに、初の姿はどこにも無いじゃあないかい 駒草:これはこれはすて吉が疑り深くなっちまうのも、まぁ仕様のない話だとは思うよぅ 乙桐:そう言われたところでなぁ 乙桐:赤眼が違ぇと言わねぇんだから、行く以外無いだろうよ 駒草:随分とまぁ信用してるもんだよぅ、たかが女わらわの一人や二人 駒草:大の大人が、そこ迄身を委ねられるものなのかい? 乙桐:そんじょそこらの人様様よりかは、よっぽど赤眼の方が信ずるに値するさ 乙桐:尤も百まで信じている訳じゃあねぇがな 乙桐:赤眼は嘯かねぇだけで、たちは滅法悪ぃ悪ぃ 駒草:ふぅん 赤眼:せーんせ 乙桐:どうした?赤眼 赤眼:あっこー 乙桐:うん? 赤眼:ほらぁ、初っ子さ居たぁ すて吉:どこだ?!初ねぇちゃ!どこに居るんだ?見当たらないよ? 赤眼:だーかーらーあっこー すて吉:??? 乙桐:お駒 駒草:なんだい?オトさん 乙桐:何か見えるか? 駒草:いいや?なぁんにも 乙桐:って事ぁ、つまりはつまりか……ほぉう 赤眼:なして分がらんの?初っ子さあっこさ居るよ? すて吉:どこに居るんだよぅ? すて吉:方々見てるけんど、木と草ばかりで初ねぇちゃは見えないよ? 赤眼:だーかーらー!あっこ!あーそーこー! すて吉:どこだよぅ 乙桐:あーあーうるせぇうるせぇ喧しいったらありゃあしねぇ! 乙桐:赤眼、お前さんもお前さんだ 乙桐:見えねぇつってる奴に、見えねぇもん見せようとしても仕様がねぇだろうが 赤眼:だーでー! 乙桐:なーにがあったかは知らねぇけれども 乙桐:おい、すて、すて吉 すて吉:なんだ? 乙桐:お前さん本当の本当に嘯いてる訳じゃあねぇんだな? すて吉:さっきも言ったよぅ、オイラ嘘なんか吐いてねぇ すて吉:吐く理由がねぇからだ 乙桐:なら見失っちまっただけのようだな すて吉:見失う? 乙桐:お前さんは見失っちまったからなんにも見えねぇ 乙桐:本来見えていた物を、見えないフリしちまった罰だ すて吉:……は? 駒草:嗚呼、そう言う事かい?なーるほどねぇ 駒草:そうと分かっちまったならば、わっちにもちゃあんと見えてきたよぅ 駒草:ねぇ赤眼 赤眼:なした?お駒ん姉さん 駒草:初はあそこに居るので合っているかい? 赤眼:嗚呼、そうだぁ すて吉:みんなしてオイラをからかってんのか? すて吉:指をさしたその先に、初ねぇちゃはどこにも居ねぇのに 赤眼:だーで、それが初っ子さの居る場所だぁ すて吉:えぇ? 駒草:すて、すて吉。たったの今の今言われただろう?オトさんに 駒草:見失っちまっただけだって すて吉:嗚呼 駒草:見失っちまったまんまじゃあいけないよぅ 駒草:ちゃあんと真を見なきゃあ、今に現(うつつ)にさえも帰れなくなっちまうよぅ すて吉:だから、オイラは何を見失っちまってるんだよぅ すて吉:検討も何も思い付かねぇんだよぅ 乙桐:はぁ……ちぃっとばかし酷だが、仕様がねぇか 乙桐:すて吉 すて吉:……なんだ? 0:  0:  乙桐:  乙桐:初が死んだのはいつの事だ? 乙桐:  0:  0:  すて吉:(以下、すて吉モノローグ) すて吉:  すて吉:ねぇちゃ、初ねぇちゃ すて吉:オイラのたった一人のねぇちゃ すて吉:口は悪いしすぐに手は出るし すて吉:乱暴者のきかん坊 すて吉:オイラは鈍臭いせいで すて吉:しょっちゅう初ねぇちゃに叩かれた すて吉:  0:  初:……て……すて…… 初:捨!転んだぐれぇで泣くな! すて吉:でんも、初ねぇちゃ 初:おのこくせしていつまでもうじうじと、おめぇは本当に女々しい奴じゃ 初:痛ぇものは痛ぇ、泣いたところでどうにもならねぇじゃろ すて吉:オイラだって泣きたかないさ すて吉:でんもポロリポロリと、どんだけ袖で拭っても溢れちまうんだよぅ 初:転んでは泣き、腹が減っては泣き 初:まるでややこじゃ、おめぇは すて吉:初ねぇちゃは口から棘を吐く すて吉:チクチクチクチク、オイラ刺されてばっかでこんままじゃ針のむしろになっちまうよぅ 初:オラはおめぇが嫌いなんじゃ、捨 初:いっつもいっつもぴーぴーぴーぴー! 初:自分ばかりが辛いと思い上がって 0:  すて吉:(以下、すて吉モノローグ) すて吉:  すて吉:初ねぇちゃに嫌いと言われた日 すて吉:オイラはそれはもう沢山泣いた すて吉:哀しくて哀しくて仕様が無かった すて吉:それでもオイラには初ねぇちゃしか居なかったし すて吉:初ねぇちゃにはオイラしか居ない すて吉:乱暴者できかん坊で すて吉:口が悪くてすぐに手が出る すて吉:オイラのねぇちゃは強い人 すて吉:ぶつくさ文句を垂れながら すて吉:嫌い嫌いと言いながら すて吉:オイラの手だけは離さなかった すて吉:  すて吉:でんも…… すて吉:  0:回想終わり、場面戻る すて吉:初ねぇちゃはな、 駒草:あい すて吉:女の自分は器量が良くなくても、女衒(ぜげん)に売り払う道があるってよく言ってたんだ 駒草:まぁ……河岸見世(かしみせ)とかもあるからねぇ 駒草:マシかマシでないかと言われれば、どちらでもないとしか返せないけれども すて吉:初ねぇちゃはなんにも出来ねぇオイラよりも、ちぃっとばかりは大事にされている すて吉:「その証拠におめぇよりも、オラは飯を多く食わせて貰っている」って 乙桐:嗚呼 すて吉:「おめぇは腹が減った減ったと煩いから、仕様がねぇからこれでも食ってろ」と偶に、オイラに食い物寄越してきてたんだ 乙桐:良い姉様じゃあねぇか。普通は少しでも多く食いたがるものだろう すて吉:ううん、ううん。それよりも、もっと優しいねぇちゃなんだよぅ、初ねぇちゃは 赤眼:なして? すて吉:……ほんとは初ねぇちゃの分の飯、オイラのよりも少なかったんだ すて吉:大事に育てたところで、所詮は女の手。役に立つには日が足りないって 赤眼:なして、女の手さ役に立たない?せんせ 乙桐:どう仕様もなく非力に見られちまうからだ 赤眼:へぇ すて吉:その僅かばかりの飯を、一時の飢えも凌げねぇぐらいの飯を すて吉:初ねぇちゃは俺に寄越してた すて吉:嘯いて、嘯いて嘯いて すて吉:オイラがそれに気が付いたのは、初ねぇちゃの飢えて弱り切った身体を病魔が蝕んでから大分あとだった 0:  初:(小さく呼吸音) すて吉:ねぇちゃ、初ねぇちゃ。お庄屋さんとこの娘っ子が嫁いだから、お祝いで握り飯が配られたよぅ すて吉:ほら、見てみろねぇちゃ。白いおまんまの握り飯だ 初:……そうじゃなぁ すて吉:オイラお庄屋さんとこで先にたらふく食ってきたから、これはねぇちゃが食っていいんだよ 初:らしくもなく嘘つくな、捨 すて吉:え? 初:おめぇの嘘なんかすぐに分かる 初:そうとでも言えば、オラが食うとでも思ったか? すて吉:そんなんじゃねぇよ 初:それ、おめぇが食え、捨 すて吉:嫌だ!これはねぇちゃの分の握り飯だ! 初:オラは腹減ってねぇんじゃ、本当じゃ。おめぇのように嘯(うそぶ)いていない 初:本当の本当に腹が減ってねぇんじゃ すて吉:じゃあ、初ねぇちゃが腹空かせるまでオイラが大事に取って置くよぅ 初:阿呆、食える時に食っておけ 初:ただでさえおめぇは、腹が減った減ったと日頃から煩いんじゃ すて吉:それは……ごめんよぅ 初:おめぇの腹の虫が収まる方が、静かになって余程良い 初:分かったら食え すて吉:うん…… 0:  初:美味ぇか? すて吉:嗚呼、嗚呼美味ぇよねぇちゃ 初:オラが先か……それとも小芥子(こけし)が先か…… すて吉:なんか言ったか?ねぇちゃ? 初:いいや…… 初:捨、泣きべそっ垂れ。おめぇが居なくともオラは生きていける すて吉:うん 初:けれどもおめぇ、なぁ捨。おめぇはオラが居なきゃ駄目なんだろう? すて吉:うん、当たり前だぁ。オイラ、初ねぇちゃとずっと居たいよ すて吉:ずーっとだ 初:…… すて吉:ねぇちゃ? 初:生きたいか?捨 すて吉:うん 初:オラも生きたい、生きていたい すて吉:生きるんだよねぇちゃ。オイラと一緒にずっと、ずっと 0:  すて吉:(以下、すて吉モノローグ) すて吉:  すて吉:  すて吉:ねぇちゃの小芥子(こけし)は間に合わなかった すて吉:  すて吉:こっそり取っておいた握り飯は すて吉:カピカピに乾いて凄く硬かった すて吉:  すて吉:土の中になんて埋めるものか すて吉:ねぇちゃはもう充分 すて吉:重い物を背負ったんだ すて吉:  すて吉:朝が来る前にねぇちゃを連れて すて吉:お山の上の方に寝かせてきた すて吉:  すて吉:オイラよりも先に産まれた初ねぇちゃ すて吉:それなのに、オイラが軽々背負える程に軽かった すて吉:  すて吉:ひもじい すて吉:  すて吉:ひもじいよぅ すて吉:  すて吉:ひもじいんだ すて吉:  すて吉:腹じゃあない すて吉:ごっそり抜け落ちちまった すて吉:心が酷く、痛くてひもじい すて吉:  すて吉:  すて吉:珍しく花が咲いたその場所に すて吉:いつかねぇちゃに教えようと思っていた すて吉:オイラの秘密の場所に すて吉:ねぇちゃを置いて すて吉:  すて吉:  すて吉: オイラはお山を下りた すて吉:  すて吉:  0:一同の足元で眠っているように見える初の死体 駒草:すて…… 赤眼:見えた? すて吉:うん 赤眼:ずーっと近くさ居たべ?初っ子さ すて吉:うん…………うん 0:  乙桐:初は確かに死んだんだよな? すて吉:嗚呼、そうだよ 乙桐:それなら分からねぇ事が幾つかある 赤眼:なに?せんせ、何が分がらんの? 乙桐:分からねぇのか?そうだよなぁお前さんは 赤眼:なーにが分がらんの?せーんせ、なぁ、せんせ 乙桐:一つ、なんですて吉は初を見失ったのか? 赤眼:嗚呼!なして?なぁ、なして初っ子さ死んじまったん忘れてたんだぁ? すて吉:え…… 乙桐:馬鹿正直に聞くんじゃねぇ阿呆!ちったぁ考えやがれ 赤眼:あい 乙桐:まぁこれは相当悲し過ぎて忘れちまった、としよう。じゃあ次だ、二つ 乙桐:なんでまた死んだ筈の初が、お手手繋いですて吉と二人で山の中を歩いていた? 乙桐:しかも初が見えるのはすて吉だけじゃあねぇ。俺と赤眼それから二人を見付けたお駒 乙桐:少なくともその三人が、初をきちんと見ていた 駒草:確かに確かに、言われてみれば 乙桐:更にすて吉と赤眼は仕様がねぇとして、俺とお駒は初めから初が死人(しびと)だと気が付いていた 乙桐:そうだろう?お駒 駒草:まぁ、そうだねぇ。なんだか難儀なわらべ達だと常々思ってはいたよぅ、初めから すて吉:そうなのか? 駒草:あい。生きているにしてはあんまりにも、生気がごそっと抜け落ちていたからねぇ初は 乙桐:それを踏まえて、三つ。今ここに在る初の死体 乙桐:死後数日にしてはあまりにも、綺麗過ぎやしねぇか? 乙桐:まるでついさっき迄動いていたみてぇに 駒草:つまりは? 乙桐:取り憑いてやがったって事だ。ナニかが、この死人の初にな すて吉:っっ?! 乙桐:なぁ、お前さんは「誰」なんだ?さっきから死んだフリをしているお前さんは? 初:……フリじゃねぇ、正真正銘死んでるんじゃ すて吉:初ねぇちゃ! 初:それから「誰」じゃと聞かれても、オラは「初」じゃとしか言えねぇよ 乙桐:ほぉう 初:おめぇ絵師は絵師でもあやかし絵師か。おめぇにだけは気を付けろと言われたわ 乙桐:「誰」に? 初:さぁ?「誰」でもない「誰」にも見えん奴じゃった 乙桐:それはそれはまた 初:まぁ丁度いい、あやかし絵師。とっととオラを封じてくれ すて吉:ねぇちゃ?!何言ってんだ 初:あん村から出た 初:ちぃっとばかし得体がしれなくとも、まぁまぁ任せられる奴らにも出会えた 初:オラの役目はもう仕舞いじゃ すて吉:やだよぅねぇちゃ 初:そもそも捨、オラは「初」ではあるけれども確かに「初」じゃとは言えんのじゃ すて吉:どう言う事だ? 初:どうもこうもそう言う事じゃ すて吉:分かんねぇよ、初ねぇちゃ。ねぇちゃは死人 すて吉:オイラは確かに思い出したけんど、でんも、それなら今居るねぇちゃは初ねぇちゃじゃねぇなら「誰」なんだよぅ 初:オラにも分からんのじゃ 初:嗚呼もう早くしろ、あやかし絵師。何も抵抗なんぞしていないじゃろう? 初:こうして大人しく封じてくれと言ってんのに 乙桐:お前さんが「誰」かも「何」かも。それを知ってしまうまでは、悪ぃが俺はなあんにも封じれない 初:なんじゃ役立たずか 乙桐:知ってしまうまでは、だ、初 乙桐:しっかしお前さんはきかん坊だからか、妙に堂々としていて潔くてやりにくい 初:逃げ回られるよりかはマシじゃろうて 乙桐:嗚呼そうだ、確かにそうだ 0:  乙桐:赤眼! 赤眼:なんだぁ? 乙桐:判じ絵を作ろう 乙桐:俺の問いとお前の答え。その二つで幾らでも、お前の為に描いてやる 赤眼:いいね、いいねぇ、作ろうせんせ。わしはせんせさが描く絵が大好きなんだぁ 乙桐:描こうじゃないか、お前さんの得手不得手 乙桐:形は?心は?真は?嘘は? 乙桐:知らぬが仏とは言いますが、どうにも興味が引かれちまう すて吉:ねぇちゃ、初ねぇちゃ 初:そこに下がって見ていろ、捨 乙桐:赤眼、これは「初」か? 赤眼:そうだよぉ、せんせ。それは初っ子だぁ。けれどもけれども初っ子であってそうじゃない すて吉:なんだ?初ねぇちゃから色が、色が、 乙桐:赤眼、初は確かに死んだのか? 赤眼:嗚呼、死んだ。けれどもけれども未練があって、そこをまんまと付け込まれた 初:未練、未練か すて吉:いきなり絵なんか描き始めて、オイラ訳分かんねぇよ 初:黙って見てろと言っとるじゃろう捨 すて吉:でんも、 初:オラの言う事を聞いとるんじゃ すて吉:分かったよぅ 乙桐:赤眼、初の未練とはなんだ?何を初は引き摺(ず)っていた? 赤眼:それはねぇ、せんせ 赤眼:  赤眼:「すて吉」だよぉ すて吉:オイラ? 初:そこ迄分かってしまうのか…… 乙桐:やはりな 赤眼:すて吉さは初っ子さが居ねぇと駄目 赤眼:少なくとも信用出来る誰かさに、預ける迄はおちおち眠ってもいられなかった 乙桐:……そうか、やはりやりにくいな 初:オラがやれと言っとるんじゃ。他は気にするんじゃない、あやかし絵師 乙桐:嗚呼、分かった 乙桐:最後だ、赤眼 赤眼:あい 乙桐:初につけ込んだのと、初に取り憑いたモノは同じか? 赤眼:いんや違ぇ、違ぇよせんせ。それはまた別だ 乙桐:そうか、分かった 乙桐:はぁ…………なあ赤眼 赤眼:なんだ?せんせ 乙桐:お前さんが見えてるモノは、この姿で間違いないか? 赤眼:嗚呼そうだよ。そうだよせんせ。それが「初」だ 乙桐:つまり赤眼があちぃあちぃと喚いていたのも、これが出てきて居たからか 赤眼:だーで、あちぃもん、火ぃは 乙桐:それならさっさと仕舞いにしよう。あんまり苦しませたくねぇからな 初:これっぽっちの痛みぐらい、死ぬ程の飢えに比べりゃずぅっとマシじゃ 乙桐:そうかい、優しい子だ、お前さんは本当に 初:……ありがとう 乙桐:手遅れになっちまってすまない 初:いい、ただ誰にも救えないだけだったんじゃ。捨を頼んだよ、あやかし絵師 乙桐:嗚呼、必ず 0:  0:  乙桐:お前さんは「誰」だ?俺達にお前さんは死人に見えた 乙桐:死人の癖して歩き回る。まるで何かに取り憑かれていたように 乙桐:お前さんの姿形は、死人に取り憑くあやかしだ。 乙桐:本来は悪行を積み重ねた奴にのみ取り憑く筈が、優しいこの子に取り憑いた 乙桐:それこそお前さんの優しさなのかい? 初:いいや気紛れと、ただあんまりにも、この娘が哀れで適わなかったからさ 初:オラが優しいのは「初」が優しかったからに他ならねぇよ……きっとな 乙桐:嗚呼、そうだろうとも 乙桐:さぁ姿形だけじゃあ足りねぇな。名を記してやらねぇと、お前さんを表す名を 乙桐:……自分で言うかい?お前の名を 初:いいや?オラはどこ迄も「初」じゃ。 初:あくまで「初」の願いの為に、動いていただけの「初」なんじゃ 乙桐:そうかい すて吉:初ねぇちゃ!オイラずっと一緒に居ようって言ったのに 初:生きたいか?捨 すて吉:え……うん 初:オラも生きたい……生きていたかった すて吉:っっ?! 初:それでもなぁ?捨 初:オラが生きれなくても、おめぇには生きて欲しかったんだ、すて吉 すて吉:初ねぇちゃっっ?! 0:   0:  0:  乙桐:お前さんは「何」だ? 乙桐:お前さんは「死人」だ 乙桐:お前さんは「誰」だ? 乙桐:お前さんは、 乙桐:  乙桐:  乙桐:  乙桐:「火車(かしゃ)」だ 乙桐:  乙桐:  0:一拍 すて吉:ぅぇ……ぅぇぇぇ…… 駒草:もう泣くのはおよし、すて吉。あんまり泣いてばかり居ると、初に怒られてしまうよぅ すて吉:怒られる方がマシだよぅ 駒草:埋めてやろう、今度こそ。土は重たいかもしれないけれども、すぐに還れるようになるんだよぅ すて吉:還る? 駒草:あい、還る。還って廻って、また戻ってくるだろうから すて吉:……分かった 0:  乙桐:はぁ……さて 駒草:オトさん、ちょいと穴を掘るのを手伝っちゃあくれないかい?すてとわっちの二つの手じゃあ、流石に夜まで掛かっちまうからさぁ 乙桐:…… 駒草:オトさん? 乙桐:お駒 駒草:あい? 乙桐:お前さんは「誰」だ? 駒草:何言ってるんだよぅオトさん?わっちはわっちだよぅ? 乙桐:いいや?違う。いつまでお駒のフリをするのか気になって泳がしてはみたものの、ボロが酷すぎてもう見てられねぇ 駒草:…… 乙桐:いいか?お駒は確かに俺を「オトさん」と呼んでいちゃあ居たが、それはてんで昔、過去の事だ 駒草:おやぁ 乙桐:それから、その話し方だ。大方泪(るい)の奴を参考にでもしたのだろう? 乙桐:あいつがお駒を真似た話し方をしてるのは、あの二人をちぃっとでも知ってる奴ならすぐに分かる事 すて吉:なんだ?何を言い合ってるんだ? 赤眼:分がんね 乙桐:お前さんの話し方は、昔のお駒なら自然だが今のお駒には不自然だ 乙桐:そもそもお駒は事情が合って今現在、俺には近付かねぇようにしている 乙桐:見掛けたところで声なんざ掛けねぇ。同席しようなど以ての外だ 駒草:気紛れ起こした、とも思わないのかい? 乙桐:嗚呼、そんな紛れは起きやしねぇんだ。余程でもなきゃあ 駒草:へぇ 乙桐:景安(けいあん)についても、だ 乙桐:どっかしら散歩にでも出てるだ?お駒に限って景安の、居所が分からねぇなんて事は決してねぇ 乙桐:ましてや曖昧に留めて置く事もしねぇ。そんな生半可な気持ち程度で、お駒の奴は景安と連れ立ってなんざいねぇんだ 駒草:昔の女を謀(たばか)るな、と? 乙桐:嗚呼 駒草:そうかいそうかい 駒草:上手く騙せたと思ってたのになぁ、騙されたのはこちら側だったとは 乙桐:お前さんは「誰」だ? 駒草:さぁ誰だろうねぇ、キミには誰に見えている? 乙桐:ちっ、赤眼 赤眼:なした? 乙桐:お駒のフリしたこいつは「誰」だ? 駒草:無駄だよぅ 赤眼:フリ?「誰」?「誰」ってせんせ、お駒ん姉さんだよぉ 乙桐:…………は? 駒草:ほーらねぇ 乙桐:赤眼、お前さん。こいつがお駒に見えているのか? 赤眼:だーで、そう言ってるよ。お駒ん姉さんだ。何かおがしいのか? 乙桐:赤眼の目が効かねぇ? 駒草:残念だったねぇ、あやかし絵師 駒草:アンタはそのモノの正体を、ちゃあんと知らなきゃどうにも出来ない。「天邪鬼」の受け売りさ 駒草:尤も天邪鬼をけしかけたのは、他ならぬ僕なんだけどねぇ 乙桐:…… 駒草:さっき封じられたばっかりの「火車(かしゃ)」もそうだよ? 駒草:可哀想に、弟を守りたい未練を残したまま死んだ子が在ったからさぁ、 0:  初:おめぇは何がしたいんじゃ? ---:僕よりもキミの方がやりたい事があるんじゃない? 初:さっきも言ったじゃろう。やろうにも目と鼻と口しか動かんのじゃ 初:そもそもどうしてまた、死んだ筈のオラが話せている? ---:話せる程度まで死人を動かす事くらいは朝飯前なんだ 初:ふーん ---:話せるだけで、身体を動かせなきゃキミには意味が無いかな? 初:……話せる程度じゃ、すてを連れて逃げられん ---:逃げる?どこに? 初:どこかじゃ 初:次の小芥子(こけし)が作られる前に、捨をどこかに逃がしたいんじゃ ---:どうしてそこまでするの?嫌いなんだろう?キミは、弟が 初:おめぇに教えるものか。ただ、まぁオラは捨が居たから、今迄死なないで居られたんじゃ ---:へぇ 初:どんだけひもじくても、苦しくても。いっそ死んでしまいたいと思っても、じゃ ---:よく分かんないなぁ 初:おめぇの用はそれだけか?それならもう眠らせてくれ ---:いいや 初:うん? ---:もしかしたら僕が探してる事の答えを、キミが持ってるかもしれないから 初:はぁ? ---:手伝ってあげるよ、キミの未練晴らし 初:どうやって、 ---:火車ってあやかしを知ってるかい?死人に取り憑く妖魔だよぉ ---:これの力を借りれば或いはキミはもう一度、動けるのかもしれないのさ 0:  駒草:まぁ結局この子の持ってる答えと僕の求めた答えは違ったけれど すて吉:お前が初ねぇちゃを弄んだのか? 駒草:弄んだなんて酷いなぁ〜。ただ手を貸してあげただけなのにぃ すて吉:初ねぇちゃはオイラの為に死んだ。ずっとずーっとオイラの為に生きていたんだ すて吉:オイラが産まれたその日から、ずっとずーっと! 乙桐:赤眼、すて吉を抑えてろ 赤眼:わーがった すて吉:死んでからもオイラの為に蘇る?死体にあやかしを取り憑かせて迄? すて吉:オイラは嬉しい、嬉しかったよなぁ初ねぇちゃ。でんも、でんもっっ?! 乙桐:すて吉? すて吉:それじゃああんまりじゃないかっっ?! すて吉:初ねぇちゃが死んだ後も、オイラの為に動くだけ。あんまりじゃないかっっ?! すて吉:オイラ分かったんだよぅ。やっとやっと初ねぇちゃは、やっと、やっと、ゆっくり……ちゃんと、 すて吉:ひもじい思いも苦しい思いもしないで、眠れたんだって、眠れてたんだって! すて吉:なのに、なのにお前のせいで、最期の最期でまた苦しんだんだっっ?! 駒草:……それが? すて吉:……はぁ? 駒草:それがなんだって?良いじゃあないか、結局喜んだのに変わりは無いだろう? 駒草:キミは苦しんでいない。初のお陰で小芥子(こけし)から逃げられもした! 駒草:それでいいじゃないか すて吉:このっっ?! 赤眼:せんせ、無理だ!わしだけじゃ無理 乙桐:ちっ、仕様がねぇ。落ち着け、すて吉 すて吉:離せよぅっっ?! 駒草:嗚呼、つまらない 駒草:つまらない つまらない つまらない 駒草:結局知りたいものは見付からなかったし。興醒めだ!僕は一足先に帰るよ 乙桐:待てっっ?! 乙桐:……お前は「誰」だ?! 駒草:さぁ誰だろうねぇ。キミには誰に見えている? 駒草:尤も他ならぬ僕にも僕が分からないんだから、 駒草:  駒草:  駒草:  駒草:キミに分かる筈もないじゃないか 駒草:  駒草:  0:「絵師乙桐の難儀なあやかし事情-ひそひそ噺-」 0: