台本概要

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タイトル ※朗読風[よるべのはな]
作者名 瀬川こゆ  (@hiina_segawa)
ジャンル 時代劇
演者人数 1人用台本(不問1) ※兼役あり
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 今から語るのはこの身に起きた摩訶不思議。
それから言い知れぬ、悔やむばかりの戯言で御座います。
例えるのならばこう言いましょう。
【後の祭り】と。

※朗読風単独台本です。

非商用時は連絡不要ですが、投げ銭機能のある配信媒体等で記録が残る場合はご一報と、概要欄等にクレジット表記をお願いします。

過度なアドリブ、改変、無許可での男女表記のあるキャラの性別変更は御遠慮ください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
不問 - 朗読風なので性別不問にしてますが、語り手はよる加(女)です。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:   :「いやぁ参った参った参ってしまいましたよ。ねぇ、よる加さん」  :男が何かを話しかけてくる度に、私はこっそり眉根を寄せておりました。  :雨に濡れるよりも、もっとずぅっとただ隣を歩き続ける方が辛い、と。  :お世辞にも良いとは思えぬ答えを、  :まるで「それ、これがお前への対応として正しいものなのだ」とでも言うように返すのです。  :嗤って下さい、幾許(いくばく)も。  :そうすれば安心して、私は厭な女になれましょう。  :   :今から語るのはこの身に起きた摩訶不思議。  :それから言い知れぬ、悔やむばかりの戯言(たわごと)で御座います。  :例えるのならばこう言いましょう。  :【後の祭り】と。  :   :早い内に嫁に貰われた方がいいと、  :私が半ば強引にこの男と婚姻を交わしたのは遂、先日の事でした。  :見合いの席で現れた男は、それはもう達者に口の回る男で御座いました。  :何がおかしいのかベラベラと聞いてもいない事を一人で話しては、  :申し訳程度に時々此方(こちら)を見やる。  :甲斐性がないとは言いませんが、ただあまりにも私と合わなかったのです。  :この男の妻になってからと言うものの、  :私は男をただの一度も愛した事など無いのですが、  :それをきっと知る由もない愚かな男なのでした。  :   :男の話に大抵は一言。  :一言では済まぬ時には、二言か三言か。  :その程度しか返していないのに、これが果たして会話をしていると言えるものでしょうか?  :   :男に嫁いでからしばらくしても、私はとんと家事の一切をしませんでした。  :妻としてはあまりにどう仕様もない。  :その自覚はとっくに持っておりました。  :良き妻は旦那様第一に働くもの。  :幼き時分より、母に口を酸っぱくして言い聞かされた事では御座いますが、  :生憎と私はその躾に従える程、従順な娘では無かったようです。  :けれども運がいいのか悪いのか。  :その男は使い切れぬ程の銭を持っておりました。  :日がな一日私が何もしなくても、家の用事全てにおいて誰かしら女中や奉公人に任せても尚こと足りる程度には。  :   :何故、私だったのだろうか?  :もう少し、向いた相手が居ただろうに。  :そう考えこそはすれ、いつもヘラりヘラりと笑う男の顔に、私は答えなど見い出せないのです。  :   :私達は、本当の意味の夫婦(めおと)ではありませんでした。  :それと言うのも私が、夜伽をどうにも嫌がっていると男に気付かれてしまったからです。  :私の許可をなくして、男が肌に触れる事は一切御座いません。  :あまりの仕打ちに時々は、私の方から触れても構わないと言う旨を、  :「貴方は私に触れる大義名分をお持ちじゃあないですか」と、そう伝えてはみるのですが、  :どうにも男はその度に「自分を安売りするな」とやんわり叱ってくるのでした。  :   :可笑しな話ですが、私は男の妻ではありましたが、男と共に寝た事は御座いません。  :添い寝程度も致した事がありません。  :そもそも寝屋(ねや)が分かれておりました。  :男の部屋の丁度反対側に、私の部屋の障子がぴっちりと閉まっていたのです。  :私が妙に気を使いたがる男の所業に、是も非も唱えなかったのがいけなかったのでしょう。  :   :いっそお前はなんて仕様のない阿呆なのだと指をさして笑ってでもしてくれれば、  :まだ、まだ心根はすっきりしたのかもしれません。  :悪いモノへ、悪いモノへ。  :振り切れる事が出来たのでしょうか。  :中途半端に歩み寄り、けれども差し出された手には触れない。  :私はそう言う人間でした。  :この男の目の中に入ってしまったその日から、そう言う人間になってしまったのです。  :   :だからでしょう。  :やがて罰は下るものです。  :   :地獄に堕ちてしまえ。  :堕チロ、堕チロ、堕チロ。  :嗚呼ほら、鬼の手が伸びてくる。  :   :   :ある日の事です。  :不意に目を覚ましますと、私はいつの間にか素知らぬ見世物小屋のような場所に佇んでおりました。  :確かに寝巻きに着替えて床(とこ)についた筈でしたが、  :気が付けば着物を纏い、丁度見世物がよく見える位置に立っていたので御座います。  :今自分は何とも珍妙な夢を見ていると、不思議とそう分かりはしましたが、  :未だかつてその様な可笑しな夢等見た事の無い私は、ほんの少しばかり震えてすらいたのかもしれません。  :   :「紳士淑女の皆々様。今宵お会い出来た事は最上級の喜び。どうぞ心ゆくまでお楽しみください」  :   :伴天連(ばてれん)を思わせる、私には馴染みの全く無い着物を着た方が、よく通る声でそう申しました。  :私はと言えば、夢とは分かっているものの、理解の追い付かない頭を回しておりました。  :「いったい此処は何処かしらん?」  :そう言った独り言を言う前に、ふと、肩を誰かに叩かれたのです。  :私は思わず大きな声を出すところでしたが、音は少しも漏れる事は御座いませんでした。  :と言うのも私の口を、私よりもひと回り大きい手が塞いでいたからです。  :肩を叩いたのも、私の口を塞いだのも。  :それは同じ手の主でした。  :   :「なんだってまた、よる加さんがこんな所に居るのですか?」  :   :心底驚いたように私を覗き込んで来たのは、よくよく知った男の目で御座いました。  :不本意にもほぅっと、安心してしまう自分がおりました。  :それを決して男には悟られぬように振る舞う私は、なんて意固地な人間だった事でしょう。  :   :「ところでよる加さん。「ちけっと」はお持ちで?」  :「ちけっと、ですか?」  :「えぇ、このぐらいの大きさの、紙だとは思うのですが」  :   :男にそう聞かれ私が徐(おもむろ)にごそりごそりと袂(たもと)を探れば、手のひら程度の大きさの紙片が見付かりました。  :其方を摘んで男に見せてみたところ、らしくもない難しい顔で男は「困った困った」と仕切りに連呼致します。  :   :「278番」  :   :私の袂に入っていた「ちけっと」なるものに、記されていた文字だそうです。  :これがいったい何を表しているのか、私にはてんで見当がつきませんでしたが、  :どうやらこの「ちけっと」の持ち主を呼ぶ、名称替わりになるようで御座いました。  :曰く、此処に招かれてしまった以上、戻る事は不可能なのだと。  :もしやもしやあまり宜しくない場所なのでしょうか?と、そう男に問いてみたところ、  :やはり非常に難しい表情ばかりが返ってくるだけで、  :結局詳しい話については、男はあまり話したがらないようでした。  :   :そうこうしている内に始まった見世物は、客の手を借りる趣向の元、行なわれるようで。  :呼ばれた97番の方は、恐る恐る舞台の上に立ちました。  :いつの間にやら大きな大きな箱を一つ、これみよがしに見せ付けた後、  :見世物小屋の店主と思しき方は、  :この箱にはなんの代わり映えも無い旨を、仰々しく又は多少に派手に語ります。  :店主はやがて、97番の方に箱の中へ入るように促し始めました。  :私は何だかえも言われぬ不安に襲われましたが、  :それを吐き出せる程にまで確証めいた事を持ってはいなかったのです。  :   :「さァ97番さん。  :箱の中から聞こえておりますか?  :今からあなたが仕出かした罪を述べますねぇ。  :おやおや、ほぉほぉ、ふぅむふむ。  :女人を二人手篭(てご)めにした、と。  :更に更に、口封じの為として彼女達の家屋に火を付けた!  :なんて惨憺(さんたん)!惨憺たる!  :非常に罪深いあなたには、炎に包まれて頂きましょうねェ」  :   :店主がそう言い終わると同時に、箱に火が付けられました。  :ゴォゴォとあっちゅう間に燃え上がる炎に巻かれた箱と共に、  :97番の「ちけっと」を持った方も又、同じ様に焼かれていったのでしょう。  :呻きの様なはたまた叫びのような。  :何とも言葉に表しにくい、ただひたすらに苦悶を浮かべる声だけが、  :炎の上がるパチパチとした音に混じって響いているのです。  :とてもとても見て等はいられませんでした。  :恐ろしくて恐ろしくて仕様が無いのに、舞台上の店主はニタニタと、愉快そうに嗤っておりました。  :そんな光景を見せまいとしたのでしょう。  :すぐに私の目に男の手が覆いかぶさりました。  :視界を無くしてしまうと尚、肉を焦げ付かされる苦痛な声音が耳に纒わり付きましたが、  :何故だか私はその音を、聞いていなくてはいけないと思っていたのです。  :   :「ちけっと」を持った人々は、次々に呼ばれてはありとあらゆる方法で殺されていきました。  :首を括られたり、水に沈められたり、毒を飲まされたり、刃物で真っ二つにされたり。  :もう何度目かも分からぬあまりに凄惨な見世物の末、  :私が「その事に」気付いてしまうのは、至って普通の流れだったのでしょう。  :   :これは断罪の儀式めいたもので、此処はとても此の世などでは無いのだと。  :此処に招かれた者は皆、罪人。  :誰かしら一人以上を、殺してしまった人しか居ないのだと。  :そして又、今目の前で行なわれている残虐な所業は、  :全て招かれた者達が過去に誰かに課した責め苦でしかなかったのだと。  :ともすれば、私が招かれた理由も又アレしかないのだと。  :そう気付いてしまうのも仕様がなかったのです。  :   :「なんて、なんて恐ろしい、恐ろしくて堪りません」  :「大丈夫、大丈夫ですよ、よる加さん」  :「私も火に炙られてしまうのでしょうか?それともあの方の様に吊るされてしまうのでしょうか?」  :「させません。僕が居るってのに、貴女をそんな目に等合わせやしませんよ。えぇ、絶対に」  :   :怯え震える私へと、男はなるべく優しく話してくれました。  :私はと言えば、とっくに。  :自分が裁かれる罪の理由へと辿り着いておりました。  :   :私には身に覚えがあるのです。  :そしてそれを出来る事ならば、見せしめの様に晒されてしまう前に自分の口で男に伝えなければいけない。  :どうにもそんな衝動に駆られ、  :恐る恐る吐いた言葉を、男は「分かりました」と言って頷き、耳を貸して下さりました。  :   :覚えの深い、私の罪とは。  :それは、それはそれは。  :私は……親殺しの娘であったので御座います。  :   :母の頭を石で砕き、父の首を鎌で裂きました。  :物心つく頃には既に雁字搦め。  :道端を歩く畜生共の方が、いっそ私よりも随分と自由であったのでしょう。  :やれ「なるべく銭を持った男の嫁になりなさい」殴られ蹴られ、  :遠くなり掛ける意識を繋げ、ぶつかった言葉さえもまだまとわりつく。  :搾り取ったそのあぶく銭は、どうせ母の着物か父の酒代に消えてしまうのに。  :   :逃げる為ならば何でも良かったのです。  :だから私はこの男の妻になりました。  :まさか家を出る娘に迄、執着をする筈も無いだろうと。  :甘い私は男に嫁ぐ三日前になってようやっと初めて、  :鬼は決して手を離してくれやしないのだと知りました。  :執念深い、妬み深い。  :嗚呼執拗(しつこ)い、五月蝿いなぁ。  :だから人の皮を被った鬼なのだ。  :私を何度殺そうとも、まだまだ足りぬとでも言うのですか。  :阿鼻(あび)に堕ちた者達ですら、鬼は「生きよ」と騙るのに。  :私は、私は。  :「生きよ」の一言ですら、私を産み落とした者達に言われた事が無いだなんて。  :生まれた場所が地獄な以上、どう足掻いてもどこに居ても、地獄の住人は地獄のまま。  :   :そして私は鬼を殺した罪により、本物の地獄に堕とされてしまうのでした。  :   :手を掛けるのはあっちゅう間。  :痛みも苦しみもずっと思い描いた事など無いと言うのに。  :同じ目に合うのかも知れぬと思えば、怖くて怖くて仕様がない。  :   :そんな自分本意な考えしか持てぬからこそ、私もまた鬼を殺せる鬼でしかないのです。  :   :暫し言葉を詰まらせた男はやがて、  :   :「……知っておりました」  :   :と、そう呟きました。  :どうにも憐れむ目をした彼は、やはりただただ優しげに物を吐くのです。  :男は全てを知っておりました。  :私が鬼の抜け殻を川にドボンと捨て去る様を、そっと覗き見ていたと申すのです。  :又、その哀れな私がどうか他者に見付からぬ様にと、あれやこれや手をこまねいたとまで白状したのです。  :男がどうしてそこ迄するのか。  :いえ、どうしてそこ迄してくれるのか。  :苦しそうに「人の生き死にを隠蔽する手伝いをしてしまった」と吐き出す癖に、嗚呼どうして。  :そうさせるだけの理由が私にあるのだと男はそう伝えて来ましたが、  :続きを聞く前に「278番」私の数が呼ばれてしまいました。  :   :どう仕様も無く不甲斐ない対応をした。  :最期くらい礼の一つでも言っておかなければ、私は地獄にすら居場所が無くなる。  :覚悟を決めて立ち上がろうとした時、私よりも先に男が座るのを止めました。  :   :「これから何があっても僕の事は全くの他人。  :知らんぷりをしなさい。いいですね?  :嗚呼それと、家に帰ったら僕の部屋の箪笥(たんす)の一番下の左奥。  :その中にある物を読んでくれると嬉しいです」  :   :そこから先は、正にトントン拍子。  :私が口を挟む隙も与えぬまま、あれよあれよと言う間に、私の罪は男がした事に成り代わりました。  :罪人は私。  :真に迷い込んだのは男だけ。  :一つ空いてしまった現世への帰り道を、手にする資格があるのは男だけ。  :それなのに。  :それなのに、それなのに、それなのに。  :黒い靄(もや)が私を囲みます。  :きっとそれに飲まれてしまったら最後、二度とこの摩訶不思議な見世物小屋には戻れない。  :つまりは、つまりは……。  :男ともこれっきりと言う訳なのです。  :伸ばした手の先は無慈悲に霞み、ようやっと吐き出した、  :   :「皐月様っっ!!」  :   :口にするにはなんて簡単な男の名は、  :   :「嗚呼初めて呼んでくれましたねぇ」  :   :随分と嬉しそうな男の声と共に、無様に消えて行くのでした。  :   :   :気が付けば私は、自室の布団に寝転んでおりました。  :どうかどうかただの夢であれと、慌てて駆け付けたあの人の部屋はもぬけの殻。  :本来寝ている筈の主人が居なくなった布団だけが、  :ただ寂しくぽつねんと敷かれているだけでした。  :しばらくゼィゼィと肩を揺らしてから、私はふと、あの人の箪笥(たんす)の一番下の左奥。  :その中にある物を読めと言われた事を思い出しました。  :   :入っていたのは手紙。  :あの人が恐らく書いたであろう文字が幾つも並んだ物で、  :ひたすらただひたすらに、初めの出会い、見合いの事。  :あの人の仕事について。  :そんな内容が徒然(つれづれ)と、おびただしい文字となってそこに在りました。  :綴られた言葉を読み進め、頭が理解をし始めると、ぎゅうっと眉間に皺が寄る。  :目の奥が熱い、どう仕様もなく。  :それを気が付かまいとする程に、やはり私の眉間の皺は濃くなっていくばかり。  :   :「愛しております。  :僕の生涯の全てが、ただ貴女だけを愛しておりました」  :   :そう書かれ締められた、私の知らないあの人の残像。  :   :「阿呆は私です、無様なのも。  :けれども馬鹿は貴方です、お前様。  :どうしてこの様な愚鈍な妻を、後生大事になさったのですか。  :中途半端に歩み寄り、けれども差し出された手には触れない。  :そんな薄情な妻など、ひと思いに捨ててしまえば良かったじゃあないですか!  :見て下さいませ、聞いて下さいませ、お前様。  :こうして、こうしてこうして泣く資格も無いと言うのに、堪え切る事さえ出来やしません。  :お前様、お前様。  :きっと気付かぬ内に私は、どう仕様も無い私は、お前様の事を愛してしまっていたのでしょう!」  :   :   :地獄は有るのです。  :あの世にも、この世にも。  :私は確かにその二つを知ってしまっていて、  :片方は己で、片方はあの人の手に寄って逃れて参りました。  :犯した罪は帰って来るとは言いますが、  :傍から見れば私程、なんの償いもしない恥知らずは居ないのでしょう。  :どうにも畜生な私は、花のフリをした蜘蛛。  :掛かるばかりの獲物を食べては、悠々自適に笑うのです。  :それが唯一、己を愛してくれる者だったとも知らずに。  :思えば少ない私の言葉に耳を傾けてくれたのも、  :ただどう仕様も無く幸せだと笑ってくれたのも、  :あの人以外、私には居なかったと言うのに。  :この世の地獄に生まれ、あの世の地獄に行き、そしてもう二度と戻れない。  :持っていた極楽の面影を想い続ける生き地獄。  :   :嗚呼、難儀だ難儀だ難儀だよぅ。  :   :純粋なのは悪い事  :人の心に寄り添おうとしないから  :無知なのは悪い事  :自分の頭に周りを合わせてしまうから  :素直なのは悪い事  :使う言葉を選ばなくなるし  :愛されるのは悪い事  :その優しさに胡座(あぐら)を掻いて嗤うのを  :常としてしまうから  :これは後の祭り  :後の祭り  :後の祭り  :後の祭り  :夜が明けようが嗚呼  :なんてどう仕様もない女の話でしょう  : 

0:   :「いやぁ参った参った参ってしまいましたよ。ねぇ、よる加さん」  :男が何かを話しかけてくる度に、私はこっそり眉根を寄せておりました。  :雨に濡れるよりも、もっとずぅっとただ隣を歩き続ける方が辛い、と。  :お世辞にも良いとは思えぬ答えを、  :まるで「それ、これがお前への対応として正しいものなのだ」とでも言うように返すのです。  :嗤って下さい、幾許(いくばく)も。  :そうすれば安心して、私は厭な女になれましょう。  :   :今から語るのはこの身に起きた摩訶不思議。  :それから言い知れぬ、悔やむばかりの戯言(たわごと)で御座います。  :例えるのならばこう言いましょう。  :【後の祭り】と。  :   :早い内に嫁に貰われた方がいいと、  :私が半ば強引にこの男と婚姻を交わしたのは遂、先日の事でした。  :見合いの席で現れた男は、それはもう達者に口の回る男で御座いました。  :何がおかしいのかベラベラと聞いてもいない事を一人で話しては、  :申し訳程度に時々此方(こちら)を見やる。  :甲斐性がないとは言いませんが、ただあまりにも私と合わなかったのです。  :この男の妻になってからと言うものの、  :私は男をただの一度も愛した事など無いのですが、  :それをきっと知る由もない愚かな男なのでした。  :   :男の話に大抵は一言。  :一言では済まぬ時には、二言か三言か。  :その程度しか返していないのに、これが果たして会話をしていると言えるものでしょうか?  :   :男に嫁いでからしばらくしても、私はとんと家事の一切をしませんでした。  :妻としてはあまりにどう仕様もない。  :その自覚はとっくに持っておりました。  :良き妻は旦那様第一に働くもの。  :幼き時分より、母に口を酸っぱくして言い聞かされた事では御座いますが、  :生憎と私はその躾に従える程、従順な娘では無かったようです。  :けれども運がいいのか悪いのか。  :その男は使い切れぬ程の銭を持っておりました。  :日がな一日私が何もしなくても、家の用事全てにおいて誰かしら女中や奉公人に任せても尚こと足りる程度には。  :   :何故、私だったのだろうか?  :もう少し、向いた相手が居ただろうに。  :そう考えこそはすれ、いつもヘラりヘラりと笑う男の顔に、私は答えなど見い出せないのです。  :   :私達は、本当の意味の夫婦(めおと)ではありませんでした。  :それと言うのも私が、夜伽をどうにも嫌がっていると男に気付かれてしまったからです。  :私の許可をなくして、男が肌に触れる事は一切御座いません。  :あまりの仕打ちに時々は、私の方から触れても構わないと言う旨を、  :「貴方は私に触れる大義名分をお持ちじゃあないですか」と、そう伝えてはみるのですが、  :どうにも男はその度に「自分を安売りするな」とやんわり叱ってくるのでした。  :   :可笑しな話ですが、私は男の妻ではありましたが、男と共に寝た事は御座いません。  :添い寝程度も致した事がありません。  :そもそも寝屋(ねや)が分かれておりました。  :男の部屋の丁度反対側に、私の部屋の障子がぴっちりと閉まっていたのです。  :私が妙に気を使いたがる男の所業に、是も非も唱えなかったのがいけなかったのでしょう。  :   :いっそお前はなんて仕様のない阿呆なのだと指をさして笑ってでもしてくれれば、  :まだ、まだ心根はすっきりしたのかもしれません。  :悪いモノへ、悪いモノへ。  :振り切れる事が出来たのでしょうか。  :中途半端に歩み寄り、けれども差し出された手には触れない。  :私はそう言う人間でした。  :この男の目の中に入ってしまったその日から、そう言う人間になってしまったのです。  :   :だからでしょう。  :やがて罰は下るものです。  :   :地獄に堕ちてしまえ。  :堕チロ、堕チロ、堕チロ。  :嗚呼ほら、鬼の手が伸びてくる。  :   :   :ある日の事です。  :不意に目を覚ましますと、私はいつの間にか素知らぬ見世物小屋のような場所に佇んでおりました。  :確かに寝巻きに着替えて床(とこ)についた筈でしたが、  :気が付けば着物を纏い、丁度見世物がよく見える位置に立っていたので御座います。  :今自分は何とも珍妙な夢を見ていると、不思議とそう分かりはしましたが、  :未だかつてその様な可笑しな夢等見た事の無い私は、ほんの少しばかり震えてすらいたのかもしれません。  :   :「紳士淑女の皆々様。今宵お会い出来た事は最上級の喜び。どうぞ心ゆくまでお楽しみください」  :   :伴天連(ばてれん)を思わせる、私には馴染みの全く無い着物を着た方が、よく通る声でそう申しました。  :私はと言えば、夢とは分かっているものの、理解の追い付かない頭を回しておりました。  :「いったい此処は何処かしらん?」  :そう言った独り言を言う前に、ふと、肩を誰かに叩かれたのです。  :私は思わず大きな声を出すところでしたが、音は少しも漏れる事は御座いませんでした。  :と言うのも私の口を、私よりもひと回り大きい手が塞いでいたからです。  :肩を叩いたのも、私の口を塞いだのも。  :それは同じ手の主でした。  :   :「なんだってまた、よる加さんがこんな所に居るのですか?」  :   :心底驚いたように私を覗き込んで来たのは、よくよく知った男の目で御座いました。  :不本意にもほぅっと、安心してしまう自分がおりました。  :それを決して男には悟られぬように振る舞う私は、なんて意固地な人間だった事でしょう。  :   :「ところでよる加さん。「ちけっと」はお持ちで?」  :「ちけっと、ですか?」  :「えぇ、このぐらいの大きさの、紙だとは思うのですが」  :   :男にそう聞かれ私が徐(おもむろ)にごそりごそりと袂(たもと)を探れば、手のひら程度の大きさの紙片が見付かりました。  :其方を摘んで男に見せてみたところ、らしくもない難しい顔で男は「困った困った」と仕切りに連呼致します。  :   :「278番」  :   :私の袂に入っていた「ちけっと」なるものに、記されていた文字だそうです。  :これがいったい何を表しているのか、私にはてんで見当がつきませんでしたが、  :どうやらこの「ちけっと」の持ち主を呼ぶ、名称替わりになるようで御座いました。  :曰く、此処に招かれてしまった以上、戻る事は不可能なのだと。  :もしやもしやあまり宜しくない場所なのでしょうか?と、そう男に問いてみたところ、  :やはり非常に難しい表情ばかりが返ってくるだけで、  :結局詳しい話については、男はあまり話したがらないようでした。  :   :そうこうしている内に始まった見世物は、客の手を借りる趣向の元、行なわれるようで。  :呼ばれた97番の方は、恐る恐る舞台の上に立ちました。  :いつの間にやら大きな大きな箱を一つ、これみよがしに見せ付けた後、  :見世物小屋の店主と思しき方は、  :この箱にはなんの代わり映えも無い旨を、仰々しく又は多少に派手に語ります。  :店主はやがて、97番の方に箱の中へ入るように促し始めました。  :私は何だかえも言われぬ不安に襲われましたが、  :それを吐き出せる程にまで確証めいた事を持ってはいなかったのです。  :   :「さァ97番さん。  :箱の中から聞こえておりますか?  :今からあなたが仕出かした罪を述べますねぇ。  :おやおや、ほぉほぉ、ふぅむふむ。  :女人を二人手篭(てご)めにした、と。  :更に更に、口封じの為として彼女達の家屋に火を付けた!  :なんて惨憺(さんたん)!惨憺たる!  :非常に罪深いあなたには、炎に包まれて頂きましょうねェ」  :   :店主がそう言い終わると同時に、箱に火が付けられました。  :ゴォゴォとあっちゅう間に燃え上がる炎に巻かれた箱と共に、  :97番の「ちけっと」を持った方も又、同じ様に焼かれていったのでしょう。  :呻きの様なはたまた叫びのような。  :何とも言葉に表しにくい、ただひたすらに苦悶を浮かべる声だけが、  :炎の上がるパチパチとした音に混じって響いているのです。  :とてもとても見て等はいられませんでした。  :恐ろしくて恐ろしくて仕様が無いのに、舞台上の店主はニタニタと、愉快そうに嗤っておりました。  :そんな光景を見せまいとしたのでしょう。  :すぐに私の目に男の手が覆いかぶさりました。  :視界を無くしてしまうと尚、肉を焦げ付かされる苦痛な声音が耳に纒わり付きましたが、  :何故だか私はその音を、聞いていなくてはいけないと思っていたのです。  :   :「ちけっと」を持った人々は、次々に呼ばれてはありとあらゆる方法で殺されていきました。  :首を括られたり、水に沈められたり、毒を飲まされたり、刃物で真っ二つにされたり。  :もう何度目かも分からぬあまりに凄惨な見世物の末、  :私が「その事に」気付いてしまうのは、至って普通の流れだったのでしょう。  :   :これは断罪の儀式めいたもので、此処はとても此の世などでは無いのだと。  :此処に招かれた者は皆、罪人。  :誰かしら一人以上を、殺してしまった人しか居ないのだと。  :そして又、今目の前で行なわれている残虐な所業は、  :全て招かれた者達が過去に誰かに課した責め苦でしかなかったのだと。  :ともすれば、私が招かれた理由も又アレしかないのだと。  :そう気付いてしまうのも仕様がなかったのです。  :   :「なんて、なんて恐ろしい、恐ろしくて堪りません」  :「大丈夫、大丈夫ですよ、よる加さん」  :「私も火に炙られてしまうのでしょうか?それともあの方の様に吊るされてしまうのでしょうか?」  :「させません。僕が居るってのに、貴女をそんな目に等合わせやしませんよ。えぇ、絶対に」  :   :怯え震える私へと、男はなるべく優しく話してくれました。  :私はと言えば、とっくに。  :自分が裁かれる罪の理由へと辿り着いておりました。  :   :私には身に覚えがあるのです。  :そしてそれを出来る事ならば、見せしめの様に晒されてしまう前に自分の口で男に伝えなければいけない。  :どうにもそんな衝動に駆られ、  :恐る恐る吐いた言葉を、男は「分かりました」と言って頷き、耳を貸して下さりました。  :   :覚えの深い、私の罪とは。  :それは、それはそれは。  :私は……親殺しの娘であったので御座います。  :   :母の頭を石で砕き、父の首を鎌で裂きました。  :物心つく頃には既に雁字搦め。  :道端を歩く畜生共の方が、いっそ私よりも随分と自由であったのでしょう。  :やれ「なるべく銭を持った男の嫁になりなさい」殴られ蹴られ、  :遠くなり掛ける意識を繋げ、ぶつかった言葉さえもまだまとわりつく。  :搾り取ったそのあぶく銭は、どうせ母の着物か父の酒代に消えてしまうのに。  :   :逃げる為ならば何でも良かったのです。  :だから私はこの男の妻になりました。  :まさか家を出る娘に迄、執着をする筈も無いだろうと。  :甘い私は男に嫁ぐ三日前になってようやっと初めて、  :鬼は決して手を離してくれやしないのだと知りました。  :執念深い、妬み深い。  :嗚呼執拗(しつこ)い、五月蝿いなぁ。  :だから人の皮を被った鬼なのだ。  :私を何度殺そうとも、まだまだ足りぬとでも言うのですか。  :阿鼻(あび)に堕ちた者達ですら、鬼は「生きよ」と騙るのに。  :私は、私は。  :「生きよ」の一言ですら、私を産み落とした者達に言われた事が無いだなんて。  :生まれた場所が地獄な以上、どう足掻いてもどこに居ても、地獄の住人は地獄のまま。  :   :そして私は鬼を殺した罪により、本物の地獄に堕とされてしまうのでした。  :   :手を掛けるのはあっちゅう間。  :痛みも苦しみもずっと思い描いた事など無いと言うのに。  :同じ目に合うのかも知れぬと思えば、怖くて怖くて仕様がない。  :   :そんな自分本意な考えしか持てぬからこそ、私もまた鬼を殺せる鬼でしかないのです。  :   :暫し言葉を詰まらせた男はやがて、  :   :「……知っておりました」  :   :と、そう呟きました。  :どうにも憐れむ目をした彼は、やはりただただ優しげに物を吐くのです。  :男は全てを知っておりました。  :私が鬼の抜け殻を川にドボンと捨て去る様を、そっと覗き見ていたと申すのです。  :又、その哀れな私がどうか他者に見付からぬ様にと、あれやこれや手をこまねいたとまで白状したのです。  :男がどうしてそこ迄するのか。  :いえ、どうしてそこ迄してくれるのか。  :苦しそうに「人の生き死にを隠蔽する手伝いをしてしまった」と吐き出す癖に、嗚呼どうして。  :そうさせるだけの理由が私にあるのだと男はそう伝えて来ましたが、  :続きを聞く前に「278番」私の数が呼ばれてしまいました。  :   :どう仕様も無く不甲斐ない対応をした。  :最期くらい礼の一つでも言っておかなければ、私は地獄にすら居場所が無くなる。  :覚悟を決めて立ち上がろうとした時、私よりも先に男が座るのを止めました。  :   :「これから何があっても僕の事は全くの他人。  :知らんぷりをしなさい。いいですね?  :嗚呼それと、家に帰ったら僕の部屋の箪笥(たんす)の一番下の左奥。  :その中にある物を読んでくれると嬉しいです」  :   :そこから先は、正にトントン拍子。  :私が口を挟む隙も与えぬまま、あれよあれよと言う間に、私の罪は男がした事に成り代わりました。  :罪人は私。  :真に迷い込んだのは男だけ。  :一つ空いてしまった現世への帰り道を、手にする資格があるのは男だけ。  :それなのに。  :それなのに、それなのに、それなのに。  :黒い靄(もや)が私を囲みます。  :きっとそれに飲まれてしまったら最後、二度とこの摩訶不思議な見世物小屋には戻れない。  :つまりは、つまりは……。  :男ともこれっきりと言う訳なのです。  :伸ばした手の先は無慈悲に霞み、ようやっと吐き出した、  :   :「皐月様っっ!!」  :   :口にするにはなんて簡単な男の名は、  :   :「嗚呼初めて呼んでくれましたねぇ」  :   :随分と嬉しそうな男の声と共に、無様に消えて行くのでした。  :   :   :気が付けば私は、自室の布団に寝転んでおりました。  :どうかどうかただの夢であれと、慌てて駆け付けたあの人の部屋はもぬけの殻。  :本来寝ている筈の主人が居なくなった布団だけが、  :ただ寂しくぽつねんと敷かれているだけでした。  :しばらくゼィゼィと肩を揺らしてから、私はふと、あの人の箪笥(たんす)の一番下の左奥。  :その中にある物を読めと言われた事を思い出しました。  :   :入っていたのは手紙。  :あの人が恐らく書いたであろう文字が幾つも並んだ物で、  :ひたすらただひたすらに、初めの出会い、見合いの事。  :あの人の仕事について。  :そんな内容が徒然(つれづれ)と、おびただしい文字となってそこに在りました。  :綴られた言葉を読み進め、頭が理解をし始めると、ぎゅうっと眉間に皺が寄る。  :目の奥が熱い、どう仕様もなく。  :それを気が付かまいとする程に、やはり私の眉間の皺は濃くなっていくばかり。  :   :「愛しております。  :僕の生涯の全てが、ただ貴女だけを愛しておりました」  :   :そう書かれ締められた、私の知らないあの人の残像。  :   :「阿呆は私です、無様なのも。  :けれども馬鹿は貴方です、お前様。  :どうしてこの様な愚鈍な妻を、後生大事になさったのですか。  :中途半端に歩み寄り、けれども差し出された手には触れない。  :そんな薄情な妻など、ひと思いに捨ててしまえば良かったじゃあないですか!  :見て下さいませ、聞いて下さいませ、お前様。  :こうして、こうしてこうして泣く資格も無いと言うのに、堪え切る事さえ出来やしません。  :お前様、お前様。  :きっと気付かぬ内に私は、どう仕様も無い私は、お前様の事を愛してしまっていたのでしょう!」  :   :   :地獄は有るのです。  :あの世にも、この世にも。  :私は確かにその二つを知ってしまっていて、  :片方は己で、片方はあの人の手に寄って逃れて参りました。  :犯した罪は帰って来るとは言いますが、  :傍から見れば私程、なんの償いもしない恥知らずは居ないのでしょう。  :どうにも畜生な私は、花のフリをした蜘蛛。  :掛かるばかりの獲物を食べては、悠々自適に笑うのです。  :それが唯一、己を愛してくれる者だったとも知らずに。  :思えば少ない私の言葉に耳を傾けてくれたのも、  :ただどう仕様も無く幸せだと笑ってくれたのも、  :あの人以外、私には居なかったと言うのに。  :この世の地獄に生まれ、あの世の地獄に行き、そしてもう二度と戻れない。  :持っていた極楽の面影を想い続ける生き地獄。  :   :嗚呼、難儀だ難儀だ難儀だよぅ。  :   :純粋なのは悪い事  :人の心に寄り添おうとしないから  :無知なのは悪い事  :自分の頭に周りを合わせてしまうから  :素直なのは悪い事  :使う言葉を選ばなくなるし  :愛されるのは悪い事  :その優しさに胡座(あぐら)を掻いて嗤うのを  :常としてしまうから  :これは後の祭り  :後の祭り  :後の祭り  :後の祭り  :夜が明けようが嗚呼  :なんてどう仕様もない女の話でしょう  :