台本概要

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タイトル [アトノマツリ]
作者名 瀬川こゆ  (@hiina_segawa)
ジャンル ホラー
演者人数 3人用台本(男1、女1、不問1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 早い内に嫁に貰われた方がいいと、半ば強引に嫁がされた「よる加」は、自身の旦那となった「皐月」に対して、ぞんざいな対応をし続けてしまっていた。
ある日、床について目を開けると見知らぬ見世物小屋に居た彼女は、そこで追って来た皐月と共に、酷く凄惨な殺戮劇を見る事になる。

※単独台本「よるべのはな」の3人台本版です。
 元が朗読風台本なので、長台詞が大量に出て来ます。ご注意を。

非商用時は連絡不要ですが、投げ銭機能のある配信媒体等で記録が残る場合はご一報と、概要欄等にクレジット表記をお願いします。

過度なアドリブ、改変、無許可での男女表記のあるキャラの性別変更は御遠慮ください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
よる加 91 「よるか」皐月の妻。嫁いだは良いものの、どうにも合わないと感じるせいで皐月に対しての対応が冷たい。※他二人程の長台詞は無い分、合間合間に語りが入るので結局長い。叫び有。
皐月 90 「さつき」よる加の旦那。見合いの席でよる加に出会い、とんとん拍子で嫁に迎えた男。※終盤に恐ろしく長台詞があるのでちょっと苦しい時限爆弾式。
支配人 不問 17 よる加の夢の中に出て来た劇場の支配人。※出番が少ない分、台詞一つ一つを長くしたせいで一回一回がしんどい仕様。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
よる加:(以下、よる加語り) よる加:   よる加:純粋なのは悪い事 よる加:人の心に寄り添おうとしないから よる加:無知なのは悪い事 よる加:自分の頭に周りを合わせてしまうから よる加:素直なのは悪い事 よる加:使う言葉を選ばなくなるし よる加:愛されるのは悪い事 よる加:その優しさに胡座(あぐら)を掻いて嗤うのを よる加:常としてしまうから 0:一拍 皐月:いやぁ参った参った参ってしまいましたよ。 皐月:ねぇ、よる加さん。 よる加:えぇ……はい。 皐月:こんなにも悪天候になると知っていたのならば、雨傘の一つでも持ち歩いたものでしょうに。 皐月:こればっかりは僕の予測があまりに不足だったのでしょう。 皐月:貴女を雨に濡らしたくなどなかったと言うのに。 よる加:別に気になどしておりませんわ。 皐月:そうですか? 皐月:それならば良かったですよ。 よる加:はい。 皐月:然れどこの雨の中、貴女をずぶ濡れにさせるのは……。 皐月:と言う訳でよる加さん。 よる加:はい? 皐月:ここは一つ茶屋にでも雨宿りと致しませんか? 皐月:この通りをちょいと行った先に、団子が売りの店があるそうなんですよ。 よる加:茶屋ですか……。 皐月:あ、嗚呼!違いますよ、よる加さん! 皐月:普通の当たり前の平々凡々なただの茶屋ですよ? 皐月:待合茶屋(まちあいぢゃや)なんかではございません! 皐月:まぁ一度は貴女と行ってみたいと思っているのは、嘘ではありませんが……。 よる加:別に普通の茶屋であれば構いません。 よる加:それに疚(やま)しい事をしたところで、私に手を出す大義名分を貴方はお持ちじゃあないですか。 皐月:まぁそれは確かにそうですが……。 皐月:それでもね?よる加さん。 皐月:僕は極力貴女が望むまいとする事をしたくないのです。 よる加:はぁ……? 皐月:女々しい男だと指を刺されようが、こればっかりはどうしても。 よる加:茶屋に行くんじゃあないのですか? よる加:行くのであればさっさと参りましょう。 皐月:あ……そうですねぇ。 よる加:はい。 皐月:えぇっと……うぅ〜ん、まぁ、うん……。 皐月:行きましょうか? よる加:この通りの先でよろしいので? 皐月:嗚呼、そうです。 皐月:あ、そうだなるべく!なるべくねぇ。 皐月:貴女は屋根の下を歩いてくださいね? 皐月:僕は濡れ鼠なっても構いやしませんが、貴女をそんな惨めな目になど合わせたくはないので。 よる加:そうですか。 皐月:えぇ。 よる加:(以下、よる加語り) よる加:  よる加:早い内に嫁に貰われた方がいいと、 よる加:私が半ば強引にこの男と婚姻を交わしたのは遂、先日の事でした。 よる加:見合いの席で現れた男は、それはもう達者に口の回る男で御座いました。 よる加:何がおかしいのかベラベラと聞いてもいない事を一人で話しては、 よる加:申し訳程度に時々此方(こちら)を見やる。 よる加:甲斐性がないとは言いませんが、ただあまりにも私と合わなかったのです。 よる加:この男の妻になってからと言うものの、 よる加:私は男をただの一度も愛した事など無いのですが、 よる加:それをきっと知る由もない愚かな男なのでした。 0:  皐月:ただ今帰りましたよ。 よる加:おかえりなさいませ。 皐月:嗚呼、良いですねぇ。 よる加:はい? 皐月:いやぁ、ねぇ? 皐月:やはり帰りを待つ妻が居ると家の中も明るくなると言うか。 皐月:それが他でもないよる加さんなのですから。 皐月:きっと僕が見えていないだけで、今この家全体に花が咲いているのでしょうね。 よる加:おかしな事をおっしゃるんですね。 皐月:そうでしょうか? よる加:晩のご飯の支度は済んでおります。 皐月:やや!もしやよる加さんが用意してくれたので? よる加:いえ、私は並べただけにございます。 よる加:作り手は女中の誰かだったかと。 皐月:並べただけでも嬉しいものですよ。 よる加:はあ……。 皐月:そうだ!出来ればですが、よる加さんもご一緒に、 よる加:(被せて)申し訳ありませんが、私は先に湯浴みをさせて頂きますので。 皐月:あ、嗚呼、そうでしたか。 皐月:ゆっくり温まってください。 よる加:はい、そうさせて頂きます。 0:  よる加:(以下、よる加語り) よる加:  よる加:妻としてはあまりにどう仕様もない。 よる加:その自覚はとっくに持っておりました。 よる加:良き妻は旦那様第一に働くもの。 よる加:幼き時分より、母に口を酸っぱくして言い聞かされた事では御座いますが、 よる加:生憎と私はその躾に従える程、従順な娘では無かったようです。 よる加:けれども運がいいのか悪いのか。 よる加:その男は使い切れぬ程の銭を持っておりました。 よる加:日がな一日私が何もしなくても、家の用事全てにおいて誰かしら女中や奉公人に任せても尚こと足りる程度には。 よる加:  よる加:何故、私だったのだろうか? よる加:もう少し、向いた相手が居ただろうに。 よる加:そう考えこそはすれ、いつもヘラりヘラりと笑う男の顔に、私は答えなど見い出せないのです。 よる加:  0:   皐月:寝ないのですか? よる加:もう少ししたら、と。 皐月:嗚呼そうでしたか。 よる加:……夜這いですか? 皐月:よばっっ?!まさかまさかそんな訳! 皐月:……いやまぁ下心が無いとは言えませんが。 よる加:別にいいですよ。 よる加:この家に嫁いでから、私は妻としてほんの少しも働いてなどいないのですから。 よる加:せめて最低限、それくらいの役目程度は、 皐月:(被せて)よる加さん。 よる加:はい? 皐月:自分を安売りしてはいけませんよ。 皐月:貴女はそんな無鉄砲に買い叩かれても良い人では無いのです。 よる加:はぁ? 皐月:いやぁ、ねぇ。 皐月:仮にもよる加さんと夫婦(めおと)になった僕が言うのも何なんですが、それでもやはり、ねぇ。 よる加:でも跡取りだなんだかが必要でしょう? 皐月:それはまぁその内、ですよ。 皐月:僕はねぇ別に後の世にそれ程執着はしていないので。 皐月:変な話、僕とよる加さん。 皐月:その二人が幸せであるのならば、それで充分だと思っているのですよ。 よる加:はぁ……。 皐月:貴女も面倒な男の妻になったものです。 よる加:人の事は言えません。 皐月:よる加さんは面倒ではありませんよ? よる加:そうですか。 皐月:はい。 よる加:まぁそれならば、抱くだ抱かないだの意思が無いのでしたら、どうしてこんな夜更けにこの部屋に? 皐月:それは明かりが見えたので、まだ起きているのだろうか?と。 よる加:様子を見に来た、と? 皐月:えぇ、それからついでに。 皐月:もし、まだよる加さんが起きているようであれば、僕の晩酌の相手にでもなって頂けないかなぁっと。 よる加:はぁ……。 皐月:やはり駄目でしょうか? よる加:……。 よる加:今日はもうそろそろ寝ようと思ってしまっていたので……。 皐月:嗚呼、それは残念だ。 皐月:長話に付き合わせてしまって申し訳ない。 よる加:(小声で)明日、ならば。 皐月:はい?何か言いましたか? よる加:……。 よる加:いいえ、何でも。 皐月:……。 皐月:おやすみなさい。 0:  よる加:(以下、よる加語り) よる加:  よる加:いっそお前はなんて仕様のない阿呆なのだと指をさして笑ってでもしてくれれば、 よる加:まだ、まだ心根はすっきりしたのかもしれません。 よる加:悪いモノへ、悪いモノへ。 よる加:振り切れる事が出来たのでしょうか。 よる加:中途半端に歩み寄り、けれども差し出された手には触れない。 よる加:私はそう言う人間でした。 よる加:この男の目の中に入ってしまったその日から、そう言う人間になってしまったのです。 よる加:  よる加:だからでしょう。 よる加:やがて罰は下るものです。 よる加:  よる加:地獄に堕ちてしまえ。 よる加:堕チロ、堕チロ、堕チロ。 よる加:嗚呼ほら、鬼の手が伸びてくる。 よる加:  0:   よる加:……っっ?!……? よる加:ここ……は……。 支配人:紳士淑女の皆々様。 支配人:今宵お会い出来た事は最上級の喜び。 支配人:どうぞ心ゆくまでお楽しみください。 よる加:見世物小屋?どうして……。 皐月:よる加さん。 よる加:っっ?! 皐月:おっと、嗚呼、嗚呼、大きな声は出さないで。 皐月:いいですか?手を離しますよ?1.2.3 よる加:ふはっ! 皐月:落ち着きましたか? よる加:えぇ、まぁ、一応。 皐月:それは良かったです。 よる加:どうして貴方がここに? 皐月:それは僕も聞きたいところですよ。 皐月:なんだってまた、よる加さんがこんな所に居るのですか? よる加:さぁ、さっぱり。 よる加:気が付いたらここにおりまして。 皐月:と言うと迷い込まされてしまいましたか。 皐月:ふぅむ、困りましたねぇ。 よる加:あの、ここが何処かご存知なんですか? 皐月:う〜〜ん知ってはいますが、まぁ知っていないとも言えまして……。 よる加:どう言う事ですか? 皐月:話半分に「存在は知っていた」程度の曖昧な場所なんです。 皐月:実際に来るのは僕も初めてなので、故にあやふやな事しか言えなくて、ですねぇ。 よる加:はぁ……? 皐月:しかし困りましたねぇ本当に困った。 皐月:ところでよる加さん。 よる加:はい? 皐月:「ちけっと」はお持ちで? よる加:ちけっと、ですか? 皐月:えぇ、このぐらいの大きさの、紙だとは思うのですが。 よる加:紙……あ……これ、でしょうか? 皐月:おやぁ持ってしまっていましたか。 皐月:278番、いやはや実に困りました。 よる加:えっと、 皐月:どうも迷い込まされたのは僕だけで、よる加さんは招待されたようですねぇ。 よる加:私が招かれた?この見世物小屋に? 皐月:えぇ、恐らく。 皐月:しかしどうしてまたよる加さんが……。 皐月:大した罪人でも無いでしょうに。 よる加:罪人、ですか? 皐月:嗚呼!いえ、まぁ……。 皐月:ふぅむ……とりあえず座りましょうか? 皐月:招かれてしまっている以上、戻る事は不可能でしょうから。 よる加:そうなのですか? 皐月:えぇ……この催しを見つつ、よる加さんの番が来るまでの間に色々と考えます。 よる加:もしや、あまり宜しくない場所なのでしょうか? 皐月:まぁ、一概に言ってしまえばそうなります。 よる加:はぁ……。 皐月:そもそも劇場なんて、些(いささ)か時代を先送りにしてやいませんか? 皐月:全く、あちら側の考える事は理解が出来ない。 よる加:劇場? 皐月:まぁ大きい見世物小屋のようなものです。 皐月:ちょっとまぁ色々と違いますがね。 よる加:はぁ……。 皐月:何やら始まるようですし、精々観させて頂きましょう。 0:  支配人:まず始めにお呼び致しますのは、番号97番の方! 支配人:嗚呼そうです、あなたですよ。 支配人:どうぞ壇上へ。 支配人:嗚呼嗚呼、履き物は脱がなくて結構! 支配人:土足でそのまま、えぇ、そのままそのまま。 支配人:そちらにお立ちください。 支配人:嗚呼何もしなくて結構! 支配人:立ってるだけ、えぇそうです。 支配人:(咳払い) 支配人:此方に大きな箱が御座います。 支配人:大きさばかりが辺鄙(へんぴ)な物で、後はてんで代わり映えのない、ただの箱で御座いますよ。 支配人:試しに蓋を開けましょう。 支配人:3.2.1で開けますね? 支配人:そォれ3.2.1! 支配人:はい、どうでしょう? 支配人:何も入っておりません〜。 支配人:えぇ、だから「ただの箱」なので御座います。 支配人:さぁ、97番のあなた。 支配人:この中へ、えぇそうです箱の中です。 支配人:何も無い事はこの会場の全ての方がご覧になりました。 支配人:ですから安心して、さァ、さァさァ。 支配人:扉を閉めますよ? 支配人:何があってもごちゃごちゃと叫んではいけません。 支配人:出せ出せと中から叩いてもいけませんよ。 支配人:え?いやァ比喩ですよ。 支配人:何かがある筈もないでしょう? 支配人:何も無いのはたった今!その目でご覧になられた筈だ。 支配人:さァさァお早く。 支配人:それではこの箱を閉めまして、鍵をかけてしまいましょう、えぇひと思いに! 支配人:  よる加:何が起こるのでしょうか? 皐月:さぁ?視覚的にどう仕様も無い時は、僕の手が貴女の目を隠すでしょうが、それは許してくださいね? よる加:え……えぇ、分かりました。 よる加:  支配人:さァ97番さん。 支配人:箱の中から聞こえておりますか? 支配人:今からあなたが仕出かした罪を述べますねぇ。 支配人:おやおや、ほぉほぉ、ふぅむふむ。 支配人:女人を二人手篭(てご)めにした、と。 支配人:更に更に、口封じの為として彼女達の家屋に火を付けた! 支配人:なんて惨憺(さんたん)!惨憺たる! 支配人:非常に罪深いあなたには、炎に包まれて頂きましょうねェ。 支配人:そォれ燃えろ!燃えろ、燃えろ! 支配人:よく燃えていますでしょう? 支配人:あははははは! 支配人:  よる加:ひぃっっ?! 皐月:いやはや一発目からなんて凄惨(せいさん)な。 皐月:よる加さん、失礼しますね? 皐月:目を隠します。耳は塞ぎますか? 皐月:それ程恐ろしい音は無いようですが。 よる加:大丈夫です、目だけで、はい。 皐月:分かりました。  支配人:さァさァお次は114番さん! 支配人:おやおやァ、逃げてはいけませんよ? 支配人:どっちみちその扉はあなたの為には開きません。 支配人:大人しく此方(こちら)へ。 支配人:ワタクシだって別に別に、手荒な真似などしたくはないのですよ。 支配人:まァしたくはないと言うだけで、出来ると言うのはお忘れなく。 支配人:ワタクシが強硬手段に手を出す前に。 支配人:はい、そうですそうです。 支配人:それでは此方(こちら)へ。 支配人:あなたはそうですねぇ、ふぅむふむふむ。 支配人:宙ぶらりんに吊るしてさしあげましょうか! 支配人:何?何も罪は犯していない筈だ? 支配人:そんな筈は御座いません! 支配人:あなたはご友人を言葉でだまくらかし、多くの銭を掠め盗りました。 支配人:哀れご友人は悲観の末に、首を括って てるてる坊主! 支配人:なんて惨憺(さんたん)!惨憺たる! 支配人:ご友人と同じ景色をお見せ致しましょう。 支配人:そォれ吊るせ!吊るせ、吊るせ! 支配人:あーした天気になァれ! 支配人:あははははは! 支配人:   よる加:なんて、なんて恐ろしい、恐ろしくて堪りません。 皐月:大丈夫、大丈夫ですよ、よる加さん。 よる加:私も火に炙られてしまうのでしょうか? よる加:それともあの方の様に吊るされてしまうのでしょうか? 皐月:させません。僕が居るってのに、貴女をそんな目に等合わせやしませんよ。えぇ、絶対に。  支配人:犯した罪は返って来るのです。 支配人:人を呪わば穴二つ! 支配人:因果応報、今宵此方(こちら)にお招きさせて頂いた皆々様! 支配人:あなたも、あなたも、えぇあなたも。 支配人:勿論そこのあなたもですよ! 支配人:逃げられると思ってはいけません。 支配人:犯した数多なる罪、罪、罪。 支配人:その身を持って贖罪(しょくざい)するまで、えぇ決して逃がしやしませんよ! 支配人:さァさァお次はどなたですかなァ?! 支配人:   よる加:……。 皐月:よる加さん? よる加:どうして私が此処にと貴方は仰いましたが。 皐月:えぇ。 よる加:私には身に覚えがあるのです。 よる加:あの方が言うように、己に返ってきそうな罪が。 皐月:……そうですか。 よる加:白状しても宜しいでしょうか? よる加:何もせぬ、どう仕様も無い妻の分際で有りながら、あまりに大層な要求だとは思いますが。 よる加:それでもあの場で見せしめの様に晒されてしまう前に、せめて貴方にはこの口で伝えたいのです。 皐月:……分かりました。 よる加:私は…………親を殺しました。 よる加:親殺しの薄情な娘なのです。 よる加:母の頭を石で砕き、父の首を鎌で裂きました。 よる加:そして、そしてそして。 よる加:魂の抜け落ちた身体を二つ。 よる加:ふた晩掛けて一人ずつ、夜更けの川に捨てたのです。 よる加:万に一つも浮かび上がってくるなと、そう怨念めいた目でしばらく見つめておりました。 よる加:私の罪は、きっとこれなので御座います。 皐月:……。 よる加:手を掛けるのはあっちゅう間。 よる加:痛みも苦しみもずっと思い描いた事など無いと言うのに。 よる加:同じ目に合うのかも知れぬと思えば、怖くて怖くて仕様がありません。 皐月:よる加さん。 よる加:……はい。 皐月:……知っておりました。 よる加:え? 皐月:貴女が両親を殺し、言葉通り水に流した事。 皐月:それも二人を手に掛けたのは、あの家で僕と共に住み始める三日前の事だと言うのも。 皐月:全部、全て、知っておりました。 よる加:どうして……。 皐月:僕は見ていたのです。 皐月:貴女が涙を堪えて夜の川に、死体を背負って向かう姿を。 皐月:……出来るだけ誰にも邪魔されぬように、バレぬように、僕は裏で色々手を回してしまいました。 よる加:なんて事を……。 皐月:お節介でしょう? 皐月:ましてや人の生き死にを隠蔽する手伝いをしてしまった。 皐月:頼まれてもいないのに。 よる加:妻……だからですか? よる加:罪人の妻は外聞(がいぶん)が悪い、と。 皐月:いいえ、貴女が妻であろうとそうでなかろうと、きっと僕は同じ事をしましたよ。 皐月:そうしたい理由があるのです。 皐月:こと、貴女に関してだけは。 よる加:……。  支配人:さァ大分(だいぶん)少なくなりました! 支配人:客足が遠のくとは少し違いましょうか? 支配人:仕舞いまでどんどん行きますよ! 支配人:さァさァお次は、お次はお次は。 支配人:278番さん! 支配人:そちらのあなたですかね? 支配人:此方(こちら)へ、さァさァどうぞ、此方へ此方へ。 支配人:  よる加:呼ばれましたね……行って参ります。 よる加:その……今迄……。 皐月:(小声)よる加さん。 よる加:はい? 皐月:(小声)これから何があっても僕の事は全くの他人。 皐月:知らんぷりをしなさい。いいですね? よる加:え……? 皐月:(小声)嗚呼それと、家に帰ったら僕の部屋の箪笥(たんす)の一番下の左奥。 皐月:その中にある物を読んでくれると嬉しいです。 よる加:どう言う事、 皐月:(被せて)いやぁ参りました参りました! 皐月:ちょいと宜しいですかな? 支配人:はいはい、どうぞ何なりと。 皐月:いやあ面目ない、実はですねぇ。 皐月:先程席に座る前。 皐月:此方(こちら)のお嬢さんとぶつかってしまいまして、どうやらその拍子に僕の「ちけっと」がお嬢さんの方に紛れ込んでしまったようなんですよぉ。 支配人:おやおやァそれはそれは。 支配人:大変なトラブルが起きてしまったようですねェ。 皐月:僕の犯した罪とやら、もしやお嬢さんの名にすり変わってやいやしませんか? 支配人:え?嗚呼嗚呼、それは大丈夫ですよ。 支配人:此方(こちら)には犯した罪だけが記されるので、誰が!何を!犯したかについて等!細やかな事は書かれてはいないのです。 支配人:どうしてそんな曖昧かって? 支配人:そりゃあ勿論チケットを持ってる事が、一番の証拠になるからです! 皐月:嗚呼嗚呼それなら良かった安心しましたよ。 皐月:僕はそれがずっとずぅっと心配で、うっかり名乗り出るのが遅れてしまい、いやぁ面目ない次第。 支配人:えぇ、えぇ、分かりますよ。 支配人:犯した罪が跳ね返って来るなんて、そんなものを見せられたらそりゃあ足が竦(すく)むものです! 支配人:人間は自分に都合のいい感情をお持ちなものですから。 支配人:けれどもけれども念の為。 支配人:犯した罪に自覚はお有りで? 皐月:えぇ、勿論。 支配人:それは良かった!良かったですとも! 支配人:確認がてら、ちょいと教えて頂いても? 支配人:なァに、裁かれるべきか否か、知りたいだけなのです。 支配人:犯した罪は自分がよくよく知っておりましょう? 支配人:さァ教えてください、さァさァさァ。 皐月:僕はですね。 支配人:はいはい。 皐月:親をねぇ、殺してしまったんですよ。 皐月:母の頭を石で砕き、父の首を鎌で裂きました。 皐月:その後物言わぬ二人分の身体をねぇ、ふた晩掛けて夜更けの川に捨てたんですよ。 支配人:ふぅむ、ふむふむ。 支配人:なんて惨憺(さんたん)!惨憺たる! 支配人:親殺しとは罪深い。 支配人:う〜むどうやら合っているようですねェ。 支配人:対象も手段もその後も、全て全て完璧に合っておりますよ! 支配人:しかし何とも豪快な方だ。 支配人:そのままにしておけば良いものを。 支配人:其方(そちら)のお嬢さんに擦(なす)り付けてしまえば良いものを! 支配人:潔くも名乗り出るとは、いやはやこれは敬服敬服。 皐月:何の罪も無いお嬢さんに、押し付けるにはあまりに忍びない罪でしょう? 皐月:僕だってそこ迄、難儀じゃあ有りませんよ。 支配人:そうでしたか、そうでしたか。 皐月:嗚呼ところで此方(こちら)のお嬢さん。 皐月:話を聞く限りどうやら迷い込んでしまっただけの様でして。 支配人:おやァ?!なんとまァそうですか。 支配人:チケットはお持ちでない、と? よる加:え、あ、 皐月:(被せて)えぇそうです持っていないようなんです。 皐月:持っていないからこそ此方(こちら)のお嬢さんは、僕の「ちけっと」を自分の物だと錯覚してしまい、律儀に犯してもいない罪の番が来るのを、ここまで待ってしまったのでしょう。 皐月:可哀想な事をしました。 支配人:嗚呼嗚呼そうですか、そうでしたか。 支配人:それは本当にお嬢さん。 支配人:いや、お嬢様とお呼びしましょう。 支配人:手違いを犯したのは此方側です。 支配人:うら若きお嬢様に、なんとまァ凄惨(せいさん)なものをお見せしてしまいました! 支配人:実に実に、申し訳ない。 支配人:早急に元の世界へお送り致しましょう。 支配人:誰かー誰かー! 支配人:おひとり様のお帰りですよー! よる加:ちが、 皐月:よる加さん……左様なら。 よる加:ちが、待って!待ってください! よる加:いや!待って! よる加:違うの、その方、その方は! よる加:嗚呼待って待って帰さないで! よる加:違うの、あなた、お前様っっ?! よる加:皐月(さつき)様っっ!! 皐月:っっ、嗚呼初めて呼んでくれましたねぇ。 よる加:待って、待って、待ってぇえええええっっ!! 支配人:それではまたいずれ時が経つ頃にでも。 支配人:再びお会い出来ぬ事を祈っておりますよ、お嬢様。 支配人:さァさァ気を取り直して、親殺しの278番さん! 支配人:あなたには〜、 0:間 0:  よる加:っっ?!は……はぁ……はぁ……。 よる加:お前様?! よる加:何処?何処ですか?皐月(さつき)様?! 0:  よる加:(以下、よる加語り) よる加:  よる加:気が付けば私は、自室の布団に寝転んでおりました。 よる加:どうかどうかただの夢であれと、慌てて駆け付けたあの人の部屋はもぬけの殻。 よる加:本来寝ている筈の主人が居なくなった布団だけが、 よる加:ただ寂しくぽつねんと敷かれているだけでした。 よる加:しばらくゼィゼィと肩を揺らしてから、私はふと、あの人の箪笥(たんす)の一番下の左奥。 よる加:その中にある物を読めと言われた事を思い出しました。 よる加:  皐月:[よる加さんへ] よる加:入っていたのは手紙。 よる加:あの人が恐らく書いたであろう、文字が幾つも並んだ物でした。 皐月:(以降、皐月の手紙) 皐月:  皐月:[よる加さんへ 皐月:傍に居るのだから口で言えと、そう笑われてしまいそうですが。 皐月:僕はお喋り過ぎて、口を開くとどうにも下らない事ばかりを吐いてしまいます。 皐月:だから思い切って手紙と言う手段を頼ってみても良いのでは無いかと思い、認(したた)める次第で御座います。 皐月:  皐月:僕はね、よる加さん。 皐月:貴女が恐らく言わまいとしている事の全てを知っています。 皐月:どうしてあの様な事を仕出かしてしまったのかも、憶測ですが分かっているつもりです。 皐月:  皐月:世の中には時に、鬼のような者が居ます。 皐月:それは知人であったり、友人であったり。 皐月:名も知らぬ他人であったり、そして、実の親である事も。 皐月:鬼の腹に生まれてきてしまった。 皐月:さぞや苦しい思いをした事でしょう。 皐月:どう仕様もなくて、手に掛けるしか無いとしても、世間は咎人(とがびと)だと指を差すのです。 皐月:だからこそ、僕だけは貴女が罪人なんかでは無いのだと断言致しましょう。 皐月:  皐月:僕達はあの見合いの席が初めてだと思っていますか?実は違うのです。 皐月:随分前に貴女と僕は出会っているのですよ。 皐月:と言っても一言二言言葉を交わした程度ですが。 皐月:夏の時分(じぶん)にお天道様にやられて、情けなくも道にへたり込んだ阿呆を覚えていますか? 皐月:貴女が冷水(ひやみず)と濡れた手拭いを差し出した阿呆の事です。 皐月:あれはね、よる加さん。 皐月:僕だったんですよ。 皐月:あの時から僕は貴女に参ってしまいまして、もう一度何処かしらで会えやしないかとずっと思っておりました。 皐月:だから見合いにと縁談を持ち込まれ、その相手が貴女であったと知った時。 皐月:僕はね、そりゃあもう嬉しかったんですよ。 皐月:ましてや貴女は断る事無く僕に嫁いでくれましてね、それだけで一生分の運を使い果たしたと思ったものです。 皐月:  皐月:僕は銭こそ持っていますが、あまり気持ちの宜しくない仕事をしています。 皐月:簡単に言ってしまえば、此の世ならざる者の相手をしております。 皐月:やれ恨みだ辛みだそんな事ばかりです。 皐月:そんな者達と接してしまっているからか、どうにも僕は人と言うモノが汚く見えて仕様がなかったんですよ。] 皐月:  よる加:(以下、よる加語り) よる加:  よる加:綴られた言葉を読み進め、頭が理解をし始めると、ぎゅうっと眉間に皺が寄る。 よる加:目の奥が熱い、どう仕様もなく。 よる加:それを気が付かまいとする程に、やはり私の眉間の皺は濃くなっていくばかり。 よる加:ひたすらただひたすらに、初めの出会い、見合いの事。 よる加:あの人の仕事について。 よる加:そんな内容が徒然(つれづれ)と、おびただしい文字となってそこに在りました。 よる加:  皐月:(以降、皐月の手紙続き) 皐月:  皐月:[つい先日「僕とよる加さん。その二人が幸せであるのならば、それで充分だと思っている」と僕は貴女にそう言いましたが、 皐月:実はですね、それは少しばかり違ったんですよ。 皐月:嘯(うそぶ)いた訳では御座いません。 皐月:ただ流石にこればっかりは口にしてしまうと、どうも貴女に引かれてしまうのでは無いかと思いまして。 皐月:端的に言えば、僕は臆病風を拗らせたんです。 皐月:  皐月:僕はね、貴女が好きだ。 皐月:それこそどんな目にあっても構わない程度に。 皐月:だからあの時本当に言いたかった事は、 皐月:「貴女が幸せならば、僕はどうなろうとそれで充分なんだ」だったのですよ。 皐月:  皐月:貴女が僕を煙たがっていたのは知っていました。 皐月:僕の我儘に、よる加さん。 皐月:貴女を付き合わせてしまってる事も。 皐月:  皐月:それでもね、好きだったんです。 皐月:仕事柄、どうしても人の醜さの結果論ばかりを見てしまう僕にとって、貴女は唯一の安らぎでした。 皐月:  皐月:この先自分を汚いだなんだと思ってはいけませんよ。 皐月:少なくとも僕の中で、貴女は何よりも美しい。 皐月:どうかそれを、忘れないでいてください。 皐月:惨めったらしくも貴女に焦がれた男が居た事を、どうかどうか胸の内のどこかに仕舞っておいてください。 皐月:  皐月:僕はこれから、地獄に連れて行かれそうになっている貴女を迎えに行こうかと思います。 皐月:僕が罪だと思っていなくても、世間の道理は罪だと判断するようですねぇ。 皐月:世知辛いものですよ、本当に。 皐月:  皐月:貴女が先程まで居た場所は、あれは一種の地獄の審判なのです。 皐月:怖い思いをしたでしょう? 皐月:みすみす大切な貴女を連れて行かれてしまった無様な僕に、貴女が呆れていなければ良いのですが……。 皐月:  皐月:よる加さん、愛しております。 皐月:僕の生涯の全てが、ただ貴女だけを愛しておりました。 皐月:  皐月:長くなりましたが、それではどうかお元気で。] 皐月:  よる加:阿呆は私です、無様なのも。 よる加:けれども馬鹿は貴方です、お前様。 よる加:どうしてこの様な愚鈍な妻を、後生大事になさったのですか。 よる加:中途半端に歩み寄り、けれども差し出された手には触れない。 よる加:そんな薄情な妻など、ひと思いに捨ててしまえば良かったじゃあないですか! よる加:見て下さいませ、聞いて下さいませ、お前様。 よる加:こうして、こうしてこうして泣く資格も無いと言うのに、堪え切る事さえ出来やしません。 よる加:お前様、お前様。 よる加:きっと気付かぬ内に私は、どう仕様も無い私は、お前様の事を愛してしまっていたのでしょう! よる加:  0:間 0:   よる加:(以下、よる加語り) よる加:   よる加:純粋なのは悪い事 よる加:人の心に寄り添おうとしないから よる加:無知なのは悪い事 よる加:自分の頭に周りを合わせてしまうから よる加:素直なのは悪い事 よる加:使う言葉を選ばなくなるし よる加:愛されるのは悪い事 よる加:その優しさに胡座(あぐら)を掻いて嗤うのを よる加:常としてしまうから よる加:  よる加:これは後の祭り よる加:後の祭り よる加:後の祭り よる加:後の祭り よる加:夜が明けようが嗚呼 よる加:  よる加:  よる加:なんてどう仕様もない女の話でしょう よる加: 

よる加:(以下、よる加語り) よる加:   よる加:純粋なのは悪い事 よる加:人の心に寄り添おうとしないから よる加:無知なのは悪い事 よる加:自分の頭に周りを合わせてしまうから よる加:素直なのは悪い事 よる加:使う言葉を選ばなくなるし よる加:愛されるのは悪い事 よる加:その優しさに胡座(あぐら)を掻いて嗤うのを よる加:常としてしまうから 0:一拍 皐月:いやぁ参った参った参ってしまいましたよ。 皐月:ねぇ、よる加さん。 よる加:えぇ……はい。 皐月:こんなにも悪天候になると知っていたのならば、雨傘の一つでも持ち歩いたものでしょうに。 皐月:こればっかりは僕の予測があまりに不足だったのでしょう。 皐月:貴女を雨に濡らしたくなどなかったと言うのに。 よる加:別に気になどしておりませんわ。 皐月:そうですか? 皐月:それならば良かったですよ。 よる加:はい。 皐月:然れどこの雨の中、貴女をずぶ濡れにさせるのは……。 皐月:と言う訳でよる加さん。 よる加:はい? 皐月:ここは一つ茶屋にでも雨宿りと致しませんか? 皐月:この通りをちょいと行った先に、団子が売りの店があるそうなんですよ。 よる加:茶屋ですか……。 皐月:あ、嗚呼!違いますよ、よる加さん! 皐月:普通の当たり前の平々凡々なただの茶屋ですよ? 皐月:待合茶屋(まちあいぢゃや)なんかではございません! 皐月:まぁ一度は貴女と行ってみたいと思っているのは、嘘ではありませんが……。 よる加:別に普通の茶屋であれば構いません。 よる加:それに疚(やま)しい事をしたところで、私に手を出す大義名分を貴方はお持ちじゃあないですか。 皐月:まぁそれは確かにそうですが……。 皐月:それでもね?よる加さん。 皐月:僕は極力貴女が望むまいとする事をしたくないのです。 よる加:はぁ……? 皐月:女々しい男だと指を刺されようが、こればっかりはどうしても。 よる加:茶屋に行くんじゃあないのですか? よる加:行くのであればさっさと参りましょう。 皐月:あ……そうですねぇ。 よる加:はい。 皐月:えぇっと……うぅ〜ん、まぁ、うん……。 皐月:行きましょうか? よる加:この通りの先でよろしいので? 皐月:嗚呼、そうです。 皐月:あ、そうだなるべく!なるべくねぇ。 皐月:貴女は屋根の下を歩いてくださいね? 皐月:僕は濡れ鼠なっても構いやしませんが、貴女をそんな惨めな目になど合わせたくはないので。 よる加:そうですか。 皐月:えぇ。 よる加:(以下、よる加語り) よる加:  よる加:早い内に嫁に貰われた方がいいと、 よる加:私が半ば強引にこの男と婚姻を交わしたのは遂、先日の事でした。 よる加:見合いの席で現れた男は、それはもう達者に口の回る男で御座いました。 よる加:何がおかしいのかベラベラと聞いてもいない事を一人で話しては、 よる加:申し訳程度に時々此方(こちら)を見やる。 よる加:甲斐性がないとは言いませんが、ただあまりにも私と合わなかったのです。 よる加:この男の妻になってからと言うものの、 よる加:私は男をただの一度も愛した事など無いのですが、 よる加:それをきっと知る由もない愚かな男なのでした。 0:  皐月:ただ今帰りましたよ。 よる加:おかえりなさいませ。 皐月:嗚呼、良いですねぇ。 よる加:はい? 皐月:いやぁ、ねぇ? 皐月:やはり帰りを待つ妻が居ると家の中も明るくなると言うか。 皐月:それが他でもないよる加さんなのですから。 皐月:きっと僕が見えていないだけで、今この家全体に花が咲いているのでしょうね。 よる加:おかしな事をおっしゃるんですね。 皐月:そうでしょうか? よる加:晩のご飯の支度は済んでおります。 皐月:やや!もしやよる加さんが用意してくれたので? よる加:いえ、私は並べただけにございます。 よる加:作り手は女中の誰かだったかと。 皐月:並べただけでも嬉しいものですよ。 よる加:はあ……。 皐月:そうだ!出来ればですが、よる加さんもご一緒に、 よる加:(被せて)申し訳ありませんが、私は先に湯浴みをさせて頂きますので。 皐月:あ、嗚呼、そうでしたか。 皐月:ゆっくり温まってください。 よる加:はい、そうさせて頂きます。 0:  よる加:(以下、よる加語り) よる加:  よる加:妻としてはあまりにどう仕様もない。 よる加:その自覚はとっくに持っておりました。 よる加:良き妻は旦那様第一に働くもの。 よる加:幼き時分より、母に口を酸っぱくして言い聞かされた事では御座いますが、 よる加:生憎と私はその躾に従える程、従順な娘では無かったようです。 よる加:けれども運がいいのか悪いのか。 よる加:その男は使い切れぬ程の銭を持っておりました。 よる加:日がな一日私が何もしなくても、家の用事全てにおいて誰かしら女中や奉公人に任せても尚こと足りる程度には。 よる加:  よる加:何故、私だったのだろうか? よる加:もう少し、向いた相手が居ただろうに。 よる加:そう考えこそはすれ、いつもヘラりヘラりと笑う男の顔に、私は答えなど見い出せないのです。 よる加:  0:   皐月:寝ないのですか? よる加:もう少ししたら、と。 皐月:嗚呼そうでしたか。 よる加:……夜這いですか? 皐月:よばっっ?!まさかまさかそんな訳! 皐月:……いやまぁ下心が無いとは言えませんが。 よる加:別にいいですよ。 よる加:この家に嫁いでから、私は妻としてほんの少しも働いてなどいないのですから。 よる加:せめて最低限、それくらいの役目程度は、 皐月:(被せて)よる加さん。 よる加:はい? 皐月:自分を安売りしてはいけませんよ。 皐月:貴女はそんな無鉄砲に買い叩かれても良い人では無いのです。 よる加:はぁ? 皐月:いやぁ、ねぇ。 皐月:仮にもよる加さんと夫婦(めおと)になった僕が言うのも何なんですが、それでもやはり、ねぇ。 よる加:でも跡取りだなんだかが必要でしょう? 皐月:それはまぁその内、ですよ。 皐月:僕はねぇ別に後の世にそれ程執着はしていないので。 皐月:変な話、僕とよる加さん。 皐月:その二人が幸せであるのならば、それで充分だと思っているのですよ。 よる加:はぁ……。 皐月:貴女も面倒な男の妻になったものです。 よる加:人の事は言えません。 皐月:よる加さんは面倒ではありませんよ? よる加:そうですか。 皐月:はい。 よる加:まぁそれならば、抱くだ抱かないだの意思が無いのでしたら、どうしてこんな夜更けにこの部屋に? 皐月:それは明かりが見えたので、まだ起きているのだろうか?と。 よる加:様子を見に来た、と? 皐月:えぇ、それからついでに。 皐月:もし、まだよる加さんが起きているようであれば、僕の晩酌の相手にでもなって頂けないかなぁっと。 よる加:はぁ……。 皐月:やはり駄目でしょうか? よる加:……。 よる加:今日はもうそろそろ寝ようと思ってしまっていたので……。 皐月:嗚呼、それは残念だ。 皐月:長話に付き合わせてしまって申し訳ない。 よる加:(小声で)明日、ならば。 皐月:はい?何か言いましたか? よる加:……。 よる加:いいえ、何でも。 皐月:……。 皐月:おやすみなさい。 0:  よる加:(以下、よる加語り) よる加:  よる加:いっそお前はなんて仕様のない阿呆なのだと指をさして笑ってでもしてくれれば、 よる加:まだ、まだ心根はすっきりしたのかもしれません。 よる加:悪いモノへ、悪いモノへ。 よる加:振り切れる事が出来たのでしょうか。 よる加:中途半端に歩み寄り、けれども差し出された手には触れない。 よる加:私はそう言う人間でした。 よる加:この男の目の中に入ってしまったその日から、そう言う人間になってしまったのです。 よる加:  よる加:だからでしょう。 よる加:やがて罰は下るものです。 よる加:  よる加:地獄に堕ちてしまえ。 よる加:堕チロ、堕チロ、堕チロ。 よる加:嗚呼ほら、鬼の手が伸びてくる。 よる加:  0:   よる加:……っっ?!……? よる加:ここ……は……。 支配人:紳士淑女の皆々様。 支配人:今宵お会い出来た事は最上級の喜び。 支配人:どうぞ心ゆくまでお楽しみください。 よる加:見世物小屋?どうして……。 皐月:よる加さん。 よる加:っっ?! 皐月:おっと、嗚呼、嗚呼、大きな声は出さないで。 皐月:いいですか?手を離しますよ?1.2.3 よる加:ふはっ! 皐月:落ち着きましたか? よる加:えぇ、まぁ、一応。 皐月:それは良かったです。 よる加:どうして貴方がここに? 皐月:それは僕も聞きたいところですよ。 皐月:なんだってまた、よる加さんがこんな所に居るのですか? よる加:さぁ、さっぱり。 よる加:気が付いたらここにおりまして。 皐月:と言うと迷い込まされてしまいましたか。 皐月:ふぅむ、困りましたねぇ。 よる加:あの、ここが何処かご存知なんですか? 皐月:う〜〜ん知ってはいますが、まぁ知っていないとも言えまして……。 よる加:どう言う事ですか? 皐月:話半分に「存在は知っていた」程度の曖昧な場所なんです。 皐月:実際に来るのは僕も初めてなので、故にあやふやな事しか言えなくて、ですねぇ。 よる加:はぁ……? 皐月:しかし困りましたねぇ本当に困った。 皐月:ところでよる加さん。 よる加:はい? 皐月:「ちけっと」はお持ちで? よる加:ちけっと、ですか? 皐月:えぇ、このぐらいの大きさの、紙だとは思うのですが。 よる加:紙……あ……これ、でしょうか? 皐月:おやぁ持ってしまっていましたか。 皐月:278番、いやはや実に困りました。 よる加:えっと、 皐月:どうも迷い込まされたのは僕だけで、よる加さんは招待されたようですねぇ。 よる加:私が招かれた?この見世物小屋に? 皐月:えぇ、恐らく。 皐月:しかしどうしてまたよる加さんが……。 皐月:大した罪人でも無いでしょうに。 よる加:罪人、ですか? 皐月:嗚呼!いえ、まぁ……。 皐月:ふぅむ……とりあえず座りましょうか? 皐月:招かれてしまっている以上、戻る事は不可能でしょうから。 よる加:そうなのですか? 皐月:えぇ……この催しを見つつ、よる加さんの番が来るまでの間に色々と考えます。 よる加:もしや、あまり宜しくない場所なのでしょうか? 皐月:まぁ、一概に言ってしまえばそうなります。 よる加:はぁ……。 皐月:そもそも劇場なんて、些(いささ)か時代を先送りにしてやいませんか? 皐月:全く、あちら側の考える事は理解が出来ない。 よる加:劇場? 皐月:まぁ大きい見世物小屋のようなものです。 皐月:ちょっとまぁ色々と違いますがね。 よる加:はぁ……。 皐月:何やら始まるようですし、精々観させて頂きましょう。 0:  支配人:まず始めにお呼び致しますのは、番号97番の方! 支配人:嗚呼そうです、あなたですよ。 支配人:どうぞ壇上へ。 支配人:嗚呼嗚呼、履き物は脱がなくて結構! 支配人:土足でそのまま、えぇ、そのままそのまま。 支配人:そちらにお立ちください。 支配人:嗚呼何もしなくて結構! 支配人:立ってるだけ、えぇそうです。 支配人:(咳払い) 支配人:此方に大きな箱が御座います。 支配人:大きさばかりが辺鄙(へんぴ)な物で、後はてんで代わり映えのない、ただの箱で御座いますよ。 支配人:試しに蓋を開けましょう。 支配人:3.2.1で開けますね? 支配人:そォれ3.2.1! 支配人:はい、どうでしょう? 支配人:何も入っておりません〜。 支配人:えぇ、だから「ただの箱」なので御座います。 支配人:さぁ、97番のあなた。 支配人:この中へ、えぇそうです箱の中です。 支配人:何も無い事はこの会場の全ての方がご覧になりました。 支配人:ですから安心して、さァ、さァさァ。 支配人:扉を閉めますよ? 支配人:何があってもごちゃごちゃと叫んではいけません。 支配人:出せ出せと中から叩いてもいけませんよ。 支配人:え?いやァ比喩ですよ。 支配人:何かがある筈もないでしょう? 支配人:何も無いのはたった今!その目でご覧になられた筈だ。 支配人:さァさァお早く。 支配人:それではこの箱を閉めまして、鍵をかけてしまいましょう、えぇひと思いに! 支配人:  よる加:何が起こるのでしょうか? 皐月:さぁ?視覚的にどう仕様も無い時は、僕の手が貴女の目を隠すでしょうが、それは許してくださいね? よる加:え……えぇ、分かりました。 よる加:  支配人:さァ97番さん。 支配人:箱の中から聞こえておりますか? 支配人:今からあなたが仕出かした罪を述べますねぇ。 支配人:おやおや、ほぉほぉ、ふぅむふむ。 支配人:女人を二人手篭(てご)めにした、と。 支配人:更に更に、口封じの為として彼女達の家屋に火を付けた! 支配人:なんて惨憺(さんたん)!惨憺たる! 支配人:非常に罪深いあなたには、炎に包まれて頂きましょうねェ。 支配人:そォれ燃えろ!燃えろ、燃えろ! 支配人:よく燃えていますでしょう? 支配人:あははははは! 支配人:  よる加:ひぃっっ?! 皐月:いやはや一発目からなんて凄惨(せいさん)な。 皐月:よる加さん、失礼しますね? 皐月:目を隠します。耳は塞ぎますか? 皐月:それ程恐ろしい音は無いようですが。 よる加:大丈夫です、目だけで、はい。 皐月:分かりました。  支配人:さァさァお次は114番さん! 支配人:おやおやァ、逃げてはいけませんよ? 支配人:どっちみちその扉はあなたの為には開きません。 支配人:大人しく此方(こちら)へ。 支配人:ワタクシだって別に別に、手荒な真似などしたくはないのですよ。 支配人:まァしたくはないと言うだけで、出来ると言うのはお忘れなく。 支配人:ワタクシが強硬手段に手を出す前に。 支配人:はい、そうですそうです。 支配人:それでは此方(こちら)へ。 支配人:あなたはそうですねぇ、ふぅむふむふむ。 支配人:宙ぶらりんに吊るしてさしあげましょうか! 支配人:何?何も罪は犯していない筈だ? 支配人:そんな筈は御座いません! 支配人:あなたはご友人を言葉でだまくらかし、多くの銭を掠め盗りました。 支配人:哀れご友人は悲観の末に、首を括って てるてる坊主! 支配人:なんて惨憺(さんたん)!惨憺たる! 支配人:ご友人と同じ景色をお見せ致しましょう。 支配人:そォれ吊るせ!吊るせ、吊るせ! 支配人:あーした天気になァれ! 支配人:あははははは! 支配人:   よる加:なんて、なんて恐ろしい、恐ろしくて堪りません。 皐月:大丈夫、大丈夫ですよ、よる加さん。 よる加:私も火に炙られてしまうのでしょうか? よる加:それともあの方の様に吊るされてしまうのでしょうか? 皐月:させません。僕が居るってのに、貴女をそんな目に等合わせやしませんよ。えぇ、絶対に。  支配人:犯した罪は返って来るのです。 支配人:人を呪わば穴二つ! 支配人:因果応報、今宵此方(こちら)にお招きさせて頂いた皆々様! 支配人:あなたも、あなたも、えぇあなたも。 支配人:勿論そこのあなたもですよ! 支配人:逃げられると思ってはいけません。 支配人:犯した数多なる罪、罪、罪。 支配人:その身を持って贖罪(しょくざい)するまで、えぇ決して逃がしやしませんよ! 支配人:さァさァお次はどなたですかなァ?! 支配人:   よる加:……。 皐月:よる加さん? よる加:どうして私が此処にと貴方は仰いましたが。 皐月:えぇ。 よる加:私には身に覚えがあるのです。 よる加:あの方が言うように、己に返ってきそうな罪が。 皐月:……そうですか。 よる加:白状しても宜しいでしょうか? よる加:何もせぬ、どう仕様も無い妻の分際で有りながら、あまりに大層な要求だとは思いますが。 よる加:それでもあの場で見せしめの様に晒されてしまう前に、せめて貴方にはこの口で伝えたいのです。 皐月:……分かりました。 よる加:私は…………親を殺しました。 よる加:親殺しの薄情な娘なのです。 よる加:母の頭を石で砕き、父の首を鎌で裂きました。 よる加:そして、そしてそして。 よる加:魂の抜け落ちた身体を二つ。 よる加:ふた晩掛けて一人ずつ、夜更けの川に捨てたのです。 よる加:万に一つも浮かび上がってくるなと、そう怨念めいた目でしばらく見つめておりました。 よる加:私の罪は、きっとこれなので御座います。 皐月:……。 よる加:手を掛けるのはあっちゅう間。 よる加:痛みも苦しみもずっと思い描いた事など無いと言うのに。 よる加:同じ目に合うのかも知れぬと思えば、怖くて怖くて仕様がありません。 皐月:よる加さん。 よる加:……はい。 皐月:……知っておりました。 よる加:え? 皐月:貴女が両親を殺し、言葉通り水に流した事。 皐月:それも二人を手に掛けたのは、あの家で僕と共に住み始める三日前の事だと言うのも。 皐月:全部、全て、知っておりました。 よる加:どうして……。 皐月:僕は見ていたのです。 皐月:貴女が涙を堪えて夜の川に、死体を背負って向かう姿を。 皐月:……出来るだけ誰にも邪魔されぬように、バレぬように、僕は裏で色々手を回してしまいました。 よる加:なんて事を……。 皐月:お節介でしょう? 皐月:ましてや人の生き死にを隠蔽する手伝いをしてしまった。 皐月:頼まれてもいないのに。 よる加:妻……だからですか? よる加:罪人の妻は外聞(がいぶん)が悪い、と。 皐月:いいえ、貴女が妻であろうとそうでなかろうと、きっと僕は同じ事をしましたよ。 皐月:そうしたい理由があるのです。 皐月:こと、貴女に関してだけは。 よる加:……。  支配人:さァ大分(だいぶん)少なくなりました! 支配人:客足が遠のくとは少し違いましょうか? 支配人:仕舞いまでどんどん行きますよ! 支配人:さァさァお次は、お次はお次は。 支配人:278番さん! 支配人:そちらのあなたですかね? 支配人:此方(こちら)へ、さァさァどうぞ、此方へ此方へ。 支配人:  よる加:呼ばれましたね……行って参ります。 よる加:その……今迄……。 皐月:(小声)よる加さん。 よる加:はい? 皐月:(小声)これから何があっても僕の事は全くの他人。 皐月:知らんぷりをしなさい。いいですね? よる加:え……? 皐月:(小声)嗚呼それと、家に帰ったら僕の部屋の箪笥(たんす)の一番下の左奥。 皐月:その中にある物を読んでくれると嬉しいです。 よる加:どう言う事、 皐月:(被せて)いやぁ参りました参りました! 皐月:ちょいと宜しいですかな? 支配人:はいはい、どうぞ何なりと。 皐月:いやあ面目ない、実はですねぇ。 皐月:先程席に座る前。 皐月:此方(こちら)のお嬢さんとぶつかってしまいまして、どうやらその拍子に僕の「ちけっと」がお嬢さんの方に紛れ込んでしまったようなんですよぉ。 支配人:おやおやァそれはそれは。 支配人:大変なトラブルが起きてしまったようですねェ。 皐月:僕の犯した罪とやら、もしやお嬢さんの名にすり変わってやいやしませんか? 支配人:え?嗚呼嗚呼、それは大丈夫ですよ。 支配人:此方(こちら)には犯した罪だけが記されるので、誰が!何を!犯したかについて等!細やかな事は書かれてはいないのです。 支配人:どうしてそんな曖昧かって? 支配人:そりゃあ勿論チケットを持ってる事が、一番の証拠になるからです! 皐月:嗚呼嗚呼それなら良かった安心しましたよ。 皐月:僕はそれがずっとずぅっと心配で、うっかり名乗り出るのが遅れてしまい、いやぁ面目ない次第。 支配人:えぇ、えぇ、分かりますよ。 支配人:犯した罪が跳ね返って来るなんて、そんなものを見せられたらそりゃあ足が竦(すく)むものです! 支配人:人間は自分に都合のいい感情をお持ちなものですから。 支配人:けれどもけれども念の為。 支配人:犯した罪に自覚はお有りで? 皐月:えぇ、勿論。 支配人:それは良かった!良かったですとも! 支配人:確認がてら、ちょいと教えて頂いても? 支配人:なァに、裁かれるべきか否か、知りたいだけなのです。 支配人:犯した罪は自分がよくよく知っておりましょう? 支配人:さァ教えてください、さァさァさァ。 皐月:僕はですね。 支配人:はいはい。 皐月:親をねぇ、殺してしまったんですよ。 皐月:母の頭を石で砕き、父の首を鎌で裂きました。 皐月:その後物言わぬ二人分の身体をねぇ、ふた晩掛けて夜更けの川に捨てたんですよ。 支配人:ふぅむ、ふむふむ。 支配人:なんて惨憺(さんたん)!惨憺たる! 支配人:親殺しとは罪深い。 支配人:う〜むどうやら合っているようですねェ。 支配人:対象も手段もその後も、全て全て完璧に合っておりますよ! 支配人:しかし何とも豪快な方だ。 支配人:そのままにしておけば良いものを。 支配人:其方(そちら)のお嬢さんに擦(なす)り付けてしまえば良いものを! 支配人:潔くも名乗り出るとは、いやはやこれは敬服敬服。 皐月:何の罪も無いお嬢さんに、押し付けるにはあまりに忍びない罪でしょう? 皐月:僕だってそこ迄、難儀じゃあ有りませんよ。 支配人:そうでしたか、そうでしたか。 皐月:嗚呼ところで此方(こちら)のお嬢さん。 皐月:話を聞く限りどうやら迷い込んでしまっただけの様でして。 支配人:おやァ?!なんとまァそうですか。 支配人:チケットはお持ちでない、と? よる加:え、あ、 皐月:(被せて)えぇそうです持っていないようなんです。 皐月:持っていないからこそ此方(こちら)のお嬢さんは、僕の「ちけっと」を自分の物だと錯覚してしまい、律儀に犯してもいない罪の番が来るのを、ここまで待ってしまったのでしょう。 皐月:可哀想な事をしました。 支配人:嗚呼嗚呼そうですか、そうでしたか。 支配人:それは本当にお嬢さん。 支配人:いや、お嬢様とお呼びしましょう。 支配人:手違いを犯したのは此方側です。 支配人:うら若きお嬢様に、なんとまァ凄惨(せいさん)なものをお見せしてしまいました! 支配人:実に実に、申し訳ない。 支配人:早急に元の世界へお送り致しましょう。 支配人:誰かー誰かー! 支配人:おひとり様のお帰りですよー! よる加:ちが、 皐月:よる加さん……左様なら。 よる加:ちが、待って!待ってください! よる加:いや!待って! よる加:違うの、その方、その方は! よる加:嗚呼待って待って帰さないで! よる加:違うの、あなた、お前様っっ?! よる加:皐月(さつき)様っっ!! 皐月:っっ、嗚呼初めて呼んでくれましたねぇ。 よる加:待って、待って、待ってぇえええええっっ!! 支配人:それではまたいずれ時が経つ頃にでも。 支配人:再びお会い出来ぬ事を祈っておりますよ、お嬢様。 支配人:さァさァ気を取り直して、親殺しの278番さん! 支配人:あなたには〜、 0:間 0:  よる加:っっ?!は……はぁ……はぁ……。 よる加:お前様?! よる加:何処?何処ですか?皐月(さつき)様?! 0:  よる加:(以下、よる加語り) よる加:  よる加:気が付けば私は、自室の布団に寝転んでおりました。 よる加:どうかどうかただの夢であれと、慌てて駆け付けたあの人の部屋はもぬけの殻。 よる加:本来寝ている筈の主人が居なくなった布団だけが、 よる加:ただ寂しくぽつねんと敷かれているだけでした。 よる加:しばらくゼィゼィと肩を揺らしてから、私はふと、あの人の箪笥(たんす)の一番下の左奥。 よる加:その中にある物を読めと言われた事を思い出しました。 よる加:  皐月:[よる加さんへ] よる加:入っていたのは手紙。 よる加:あの人が恐らく書いたであろう、文字が幾つも並んだ物でした。 皐月:(以降、皐月の手紙) 皐月:  皐月:[よる加さんへ 皐月:傍に居るのだから口で言えと、そう笑われてしまいそうですが。 皐月:僕はお喋り過ぎて、口を開くとどうにも下らない事ばかりを吐いてしまいます。 皐月:だから思い切って手紙と言う手段を頼ってみても良いのでは無いかと思い、認(したた)める次第で御座います。 皐月:  皐月:僕はね、よる加さん。 皐月:貴女が恐らく言わまいとしている事の全てを知っています。 皐月:どうしてあの様な事を仕出かしてしまったのかも、憶測ですが分かっているつもりです。 皐月:  皐月:世の中には時に、鬼のような者が居ます。 皐月:それは知人であったり、友人であったり。 皐月:名も知らぬ他人であったり、そして、実の親である事も。 皐月:鬼の腹に生まれてきてしまった。 皐月:さぞや苦しい思いをした事でしょう。 皐月:どう仕様もなくて、手に掛けるしか無いとしても、世間は咎人(とがびと)だと指を差すのです。 皐月:だからこそ、僕だけは貴女が罪人なんかでは無いのだと断言致しましょう。 皐月:  皐月:僕達はあの見合いの席が初めてだと思っていますか?実は違うのです。 皐月:随分前に貴女と僕は出会っているのですよ。 皐月:と言っても一言二言言葉を交わした程度ですが。 皐月:夏の時分(じぶん)にお天道様にやられて、情けなくも道にへたり込んだ阿呆を覚えていますか? 皐月:貴女が冷水(ひやみず)と濡れた手拭いを差し出した阿呆の事です。 皐月:あれはね、よる加さん。 皐月:僕だったんですよ。 皐月:あの時から僕は貴女に参ってしまいまして、もう一度何処かしらで会えやしないかとずっと思っておりました。 皐月:だから見合いにと縁談を持ち込まれ、その相手が貴女であったと知った時。 皐月:僕はね、そりゃあもう嬉しかったんですよ。 皐月:ましてや貴女は断る事無く僕に嫁いでくれましてね、それだけで一生分の運を使い果たしたと思ったものです。 皐月:  皐月:僕は銭こそ持っていますが、あまり気持ちの宜しくない仕事をしています。 皐月:簡単に言ってしまえば、此の世ならざる者の相手をしております。 皐月:やれ恨みだ辛みだそんな事ばかりです。 皐月:そんな者達と接してしまっているからか、どうにも僕は人と言うモノが汚く見えて仕様がなかったんですよ。] 皐月:  よる加:(以下、よる加語り) よる加:  よる加:綴られた言葉を読み進め、頭が理解をし始めると、ぎゅうっと眉間に皺が寄る。 よる加:目の奥が熱い、どう仕様もなく。 よる加:それを気が付かまいとする程に、やはり私の眉間の皺は濃くなっていくばかり。 よる加:ひたすらただひたすらに、初めの出会い、見合いの事。 よる加:あの人の仕事について。 よる加:そんな内容が徒然(つれづれ)と、おびただしい文字となってそこに在りました。 よる加:  皐月:(以降、皐月の手紙続き) 皐月:  皐月:[つい先日「僕とよる加さん。その二人が幸せであるのならば、それで充分だと思っている」と僕は貴女にそう言いましたが、 皐月:実はですね、それは少しばかり違ったんですよ。 皐月:嘯(うそぶ)いた訳では御座いません。 皐月:ただ流石にこればっかりは口にしてしまうと、どうも貴女に引かれてしまうのでは無いかと思いまして。 皐月:端的に言えば、僕は臆病風を拗らせたんです。 皐月:  皐月:僕はね、貴女が好きだ。 皐月:それこそどんな目にあっても構わない程度に。 皐月:だからあの時本当に言いたかった事は、 皐月:「貴女が幸せならば、僕はどうなろうとそれで充分なんだ」だったのですよ。 皐月:  皐月:貴女が僕を煙たがっていたのは知っていました。 皐月:僕の我儘に、よる加さん。 皐月:貴女を付き合わせてしまってる事も。 皐月:  皐月:それでもね、好きだったんです。 皐月:仕事柄、どうしても人の醜さの結果論ばかりを見てしまう僕にとって、貴女は唯一の安らぎでした。 皐月:  皐月:この先自分を汚いだなんだと思ってはいけませんよ。 皐月:少なくとも僕の中で、貴女は何よりも美しい。 皐月:どうかそれを、忘れないでいてください。 皐月:惨めったらしくも貴女に焦がれた男が居た事を、どうかどうか胸の内のどこかに仕舞っておいてください。 皐月:  皐月:僕はこれから、地獄に連れて行かれそうになっている貴女を迎えに行こうかと思います。 皐月:僕が罪だと思っていなくても、世間の道理は罪だと判断するようですねぇ。 皐月:世知辛いものですよ、本当に。 皐月:  皐月:貴女が先程まで居た場所は、あれは一種の地獄の審判なのです。 皐月:怖い思いをしたでしょう? 皐月:みすみす大切な貴女を連れて行かれてしまった無様な僕に、貴女が呆れていなければ良いのですが……。 皐月:  皐月:よる加さん、愛しております。 皐月:僕の生涯の全てが、ただ貴女だけを愛しておりました。 皐月:  皐月:長くなりましたが、それではどうかお元気で。] 皐月:  よる加:阿呆は私です、無様なのも。 よる加:けれども馬鹿は貴方です、お前様。 よる加:どうしてこの様な愚鈍な妻を、後生大事になさったのですか。 よる加:中途半端に歩み寄り、けれども差し出された手には触れない。 よる加:そんな薄情な妻など、ひと思いに捨ててしまえば良かったじゃあないですか! よる加:見て下さいませ、聞いて下さいませ、お前様。 よる加:こうして、こうしてこうして泣く資格も無いと言うのに、堪え切る事さえ出来やしません。 よる加:お前様、お前様。 よる加:きっと気付かぬ内に私は、どう仕様も無い私は、お前様の事を愛してしまっていたのでしょう! よる加:  0:間 0:   よる加:(以下、よる加語り) よる加:   よる加:純粋なのは悪い事 よる加:人の心に寄り添おうとしないから よる加:無知なのは悪い事 よる加:自分の頭に周りを合わせてしまうから よる加:素直なのは悪い事 よる加:使う言葉を選ばなくなるし よる加:愛されるのは悪い事 よる加:その優しさに胡座(あぐら)を掻いて嗤うのを よる加:常としてしまうから よる加:  よる加:これは後の祭り よる加:後の祭り よる加:後の祭り よる加:後の祭り よる加:夜が明けようが嗚呼 よる加:  よる加:  よる加:なんてどう仕様もない女の話でしょう よる加: