台本概要

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タイトル [おいてけぼり]-絵師乙桐の難儀なあやかし事情-
作者名 瀬川こゆ  (@@hiina_segawa)
ジャンル 時代劇
演者人数 5人用台本(男4、女1) ※兼役あり
時間 60 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 「乙桐」の住む長屋に「泪」に連れられて来た男「景安」。
「赤眼」は彼を鬼と呼び、らしくもなく怯えていた。
そんな景安は乙桐に用があるらしく、曰く「とある海辺の村に変わった土座衛門が流れ着くらしい」と。
噂の審議を確かめる為、件の村に訪れた一行は、そこで網師の青年「戎」に出会い……。

※実質5人台本ですが一部兼役有の為6人設定になってます。
 前後に分ける場合には、泪の口上から後半開始推奨。

※上下分けたものと、このシリーズの台本はアルファポリスに優先的に投稿しています。
 【絵師乙桐の難儀なあやかし事情】
 https://www.alphapolis.co.jp/novel/379290313/994792791

非商用時は連絡不要ですが、投げ銭機能のある配信媒体等で記録が残る場合はご一報と、概要欄等にクレジット表記をお願いします。

過度なアドリブ、改変、無許可での男女表記のあるキャラの性別変更は御遠慮ください。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
乙桐 155 「おとぎり」おどろおどろしい絵ばかりを描く絵師の男。大通りを少し逸れた寂れた所にある長屋で赤眼(あかめ)と二人で暮らしてる。乙桐の描く絵はある一定数の条件に当たる人ばかり惹き付ける為、定期的にとある依頼を受けている。
赤眼 206 「あかめ」その名の通り赤い目をした童女。赤い着物を着ている。言葉遣いがかなり訛っている為、濁点つけがち。何が普通で何がおかしいのか、その境目が分からない。どこから来たのか等、乙桐以外は正確に把握していない。「鬼」と言う単語を聞くと様子がおかしくなる。
192 「るい」女の着物を着て言葉回しも女性寄りな男。とある事情で吉原遊郭の大見世で性別を隠して花魁をやっている。中身と性格はがっつり男。吉原の大門を抜ける時は男の姿に戻る為、出入りし放題好き勝手やっている。ついでに年季もなければ借金もないので何故吉原に居るのかは誰も知らない。
景安 184 「けいあん」京訛り気味の色男。とある事情で駒草を身請けし基本は行動を共にしている。乙桐、赤眼(特に赤眼)と因縁があり、赤眼には「鬼」と呼ばれて嫌われているほぼ唯一の存在。
179 「かい」乙桐御一行が噂の審議を確かめる為に訪れた海に居た漁夫の青年。
村人 13 酔っ払いの村人※景安の方が兼ね役推奨。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
戎:(以下、戎モノローグ) 戎:  戎:一つ数えて木を挟み 戎:二つ数えて覗き込む 戎:三つ数えて語りかけ 戎:四つ数えて返された 戎:万歳万歳 戎:嗚呼目出度(めでた)いなぁ 戎:  戎:五つ数えて見開く目 戎:六つ数えて四肢いらず 戎:七つ数えて慄いて 戎:八つ数えてさめざめと泣いた 戎:九つ数えて腹を括り 戎:もう一度初めからと十番目 戎:  戎:そうですか 戎:  戎:そうですか 戎:  戎:そうなんですか 戎:  戎:嗚呼、そうですか 戎:  戎:だーるまさんがこーろんだ 戎:  0:(一拍) 泪:嗚呼頗る良い天気じゃあないかい 泪:こんな日は何をしようか迷っちまうねぇ 景安:おっと……堪忍え 泪:アタシの方こそぶつかっちまってすまなかったよ 景安:構しまへん。お互い様っちゅう事で、ほなまた 泪:……ちょいと待ちな兄さん 景安:……へぇ? 泪:アタシはうっかりでねぇ 泪:それはもううっかり過ぎて、よくよぉく色々と忘れちまうのだけれども 景安:へぇ、それはまた難儀やなぁ 泪:兄さんとは何処かで、会った覚えがあるんだよ 景安:……他人の空似ちゃいます? 泪:いいや?そんなさも色男を装った、胡散臭い奴がぁ二人と居てたまるものかい 景安:…… 0:(一拍)  赤眼:せんせ、何さしてんだ? 乙桐:おん?嗚呼、瓦版(かわらばん)を読んでいた 赤眼:瓦版?なして? 乙桐:俺は常々「そう言う事」に関して言やぁ、向こうさんの方から飛び込んでくるまで関わらねぇつもりなんだが 赤眼:あい 乙桐:それでも全国津々浦々、難儀な事にゃあちぃっとばかし興味があるんだよ 赤眼:だから瓦版さ読んでたのか? 乙桐:嗚呼、そう言う事だ 乙桐:尤も江戸の町以上の事ぁ、滅多な事でもなけりゃあ載ってなんざいないがね 赤眼:ふぅん 乙桐:丁度いい、赤眼。お前さんも文字の読み書きの手習いとしてでも、 0:(赤眼、何かに気付いたようにはっとする) 赤眼:っっ?! 乙桐:……どうした? 赤眼:鬼だ、鬼、鬼が来る 乙桐:はぁ? 0:(景安、泪の騒ぐ声が戸越しに聞こえている) 景安:痛い痛い痛い痛い!あんさんちょいと乱暴過ぎやしまへん?! 泪:いいから、さっさと来るんだよ! 景安:せやから痛い、痛うどす! 景安:さっきから何遍(なんべん)も何遍も言うてはりますよってからに?! 泪:首根っこ掴まれたぐらいで、アンタに痛いもくそも無いだろう? 景安:首根っこちゃいますって?! 景安:あんさんが今鷲掴んどるんは耳!うちの耳であらします! 泪:嗚呼そうかい 泪:アタシの中ではたった今から、「首根っこ」と書いて「アンタの耳」と読むようになったんだよ 景安:そんなけったいな理由、通ずると思てはります?! 泪:はいはい通ずる通ずりはりますよ〜って 泪:(景安投げる)よっと 景安:あいたっっ?! 泪:ちょいと邪魔をするよ乙桐 乙桐:もーちったぁ、静かにご登場出来ねぇのかお前さんは 泪:おや、聞こえていたのかい? 乙桐:逆にあそこまで大騒ぎをしておいて、聞こえてねぇと思う方がどうかしているだろう 泪:そいつぁはすまなかったよ先生 乙桐:んで、なんだ?どうにもきな臭ぇ予感しかしねぇんだが 泪:いやさねぇ、お天道様がそれはもう燦々としているからさ、ちょいとばかし町にでも繰り出そうと思ってねぇ 乙桐:相っ変わらず自由気ままに出入りしているんだな、あの天下の吉原の大門(おおもん)を 泪:まぁねぇ、それでふらふらほっつき歩いていたのだけれども 泪:そうしたらさ、待ちな 景安:痛っっ?!踏まんでもえぇやないどすか?! 泪:アンタがこそこそ逃げようとするからだよ!ここまで来ちまったんだ、諦めな 景安:へぇへぇまぁまぁ、用がある言うたらあるさかい、都合がええ言うたらええとでも思てはりまひょ 乙桐:はぁ……やはり居たか景安 泪:そう言う事だい 乙桐:とりあえず入れ 乙桐:玄関口でぎゃいぎゃい喚くなんざ、近所迷惑にも程がある 泪:あい分かった、分かったよ 0:(一拍) 景安:はぁ、耳取れるか思た 乙桐:取れても平気だろうがお前さんは 景安:さっきからあんさんら、うちをなんだと思うてはります?! 乙桐:ど阿呆 泪:胡散臭い男 景安:酷すぎやあらしまへん?! 泪:あーあー五月蝿い五月蝿い!!駒(こま)姐さんはどうしてまた、こんな男に身請けられたんだか全く 景安:そりゃあうちの愛い人は、見る目が頗るあったんでっしゃろ、あんさんらと違うてな! 乙桐:お駒の奴の目は節穴だな、多分 泪:そうさねぇ 泪:かつての間夫(まぶ)は乙桐先生、今の旦那さんはこの御人(おひと) 泪:見る目がないを通り越していっそなぁんにも見えちゃあいない!我が姉女郎ながら、節穴が一番しっくりくるねぇ 乙桐:今さり気なく俺も馬鹿にしただろう?泪 泪:おや、ばれちまった 泪:ところで赤眼はどこに居るんだい?赤いべべ着た可愛い赤眼 乙桐:赤眼?嗚呼多分そこに居ねぇか? 泪:そこって、もしやもしかして乙桐ちょいと 乙桐:あん? 泪:この見るからにとっ散らかった布団の山をさして、まさかまさか「そこ」と言っているのかい? 乙桐:嗚呼、嘘だと思うのなら捲ってみやがれ、奥の方に居やがるぞ 泪:はぁ、そうかい? 0:(一拍)  泪:赤眼〜 赤眼:っっ?! 泪:おやまぁほんとのほんとに居たよ! 乙桐:だからそう言っただろうが 泪:なんだいなんだい赤眼?どうしてまたそんな所に潜っているんだい?隠れん坊かい? 赤眼:鬼さが来た! 泪:鬼ぃ?違うよぅ赤眼、アタシだよ泪さね。「かやっ子さ姉さま」 赤眼:かやっ子さ姉さまが鬼さ連れて来たっっ!鬼ん遣いだっっ! 泪:鬼の遣いってまた随分な言い草じゃあないかい 赤眼:なして鬼さ連れて来たぁ! 泪:はいはいごめんよ、アタシが悪かった!アンタは景安の事が大嫌いなのを、忘れたアタシが悪かったよ 赤眼:鬼ん遣いだぁ……かやっ子さ姉さまもそん内喰われんだ 泪:アタシが景安にかい? 赤眼:嗚呼 泪:安心おし。喰われる前に喰ってやるよこんな奴 景安:聞きはりました?乙桐はん。こん人今うちの事「こんな奴」言いはりましたえ? 乙桐:ど阿呆ないし、ど畜生じゃあねぇだけまだ優しい方だろう 景安:うちが何したって言うんやろか? 乙桐:そいつぁもう頭から爪の先まで色々とやらかしただろうが、お前さんはよ 景安:はて、なんの事やら?記憶にあらしまへんえ 乙桐:そうかい、一発殴りゃあ思い出すかい? 景安:嗚呼嗚呼覚えてはります!はりますよってからに 乙桐:(鼻で笑う) 景安:血の気が多い連中しかおらへんのとちゃいます? 泪:ほら、出ておいでな赤眼。赤いべべ着た可愛い赤眼 赤眼:やんだ! 泪:抱っこしててあげるから。アタシが景安なんざに、アンタを指一本足りとも触れさせやしないからさ 赤眼:ぅぅぅ〜 泪:仕様がない……よし、引っ張り出すか 赤眼:っっ?!なにさするんだ、かやっ子さ姉さま! 赤眼:なして?なして?こん酷い事さする?! 泪:よいしょっっっと……はぁ捕まえたよ、赤眼。これでもう逃げも隠れも出来ないさねぇ 赤眼:離してくんろ! 泪:だーめ駄目 赤眼:ぅぅぅ〜 景安:へぇ?あんさんえろう可愛らしくなられはりましたなぁ 赤眼:鬼っっ?! 泪:あっちへお行きな馬鹿野郎!せっかく無理くりにでも出てきたんだから、アンタが近付いても嫌がるだけさねぇ! 景安:へぇへぇ立つ瀬がないとはこう言う事でっしゃろか 赤眼:なして?せんせ。なして、こん鬼さ入れた? 乙桐:こいつはもう描き終わってる奴だ。なまじっか簡単に前の様には動けまいて 赤眼:鬼さは鬼だ! 泪:アタシは全くてんで何も知らないのだけれども、景安? 景安:へぇ? 泪:アンタ一体全体赤眼に何したんだい? 泪:この子はそれはもう何があっても無か笑うかの二つしかないってのに、怯え喚くなんざアンタの前だけさねぇ 景安:へぇ、何をしたかと言われても、何もしてぬと言う以外あらしまへんえ 泪:何もしていない事ぁないだろう?常々日頃から何があっても澄まし顔。大人ですら怖がる事柄が起きても動じない 泪:その赤眼がこんなにまでなっちまってるんだから、アンタが何かしたに決まっているんだよ、嗚呼そうだ 景安:そやかて、知らんものは知らんさかい。まぁまぁ忘れてしもうたが正しいかもどすけど 乙桐:ほぉう忘れた、と 景安:嗚呼嗚呼でも、そのちまっこいのの中なら、痛っっ?! 景安:今うちを殴ったんはあんさんどすか?乙桐はん! 乙桐:悪ぃ悪ぃ手が滑った 景安:あんさん程怖い御人、うち知りまへんえ 乙桐:まぁその調子で恐れでもしてくれや。その方が都合がいいったらありゃあしねぇからな 泪:……中? 乙桐:気にするな泪、ただの景安の戯言(たわごと)だ 泪:はぁ? 0:(一拍) 乙桐:んで、お前さん達二人。一体全体何の用で? 泪:アタシはこのぼんくらとっ捕まえて連れて来ただけで、他に用は無いさね 乙桐:嗚呼そうかい 景安:ぼんくらってほんまに言いたい放題どすなぁ、あんさんら 泪:ぼんくらをぼんくらって言って何が悪いんだい? 景安:へぇへぇ 乙桐:お前さんは? 景安:うち? 乙桐:嗚呼 景安:うちはご存知の通り、こん乱暴者に耳引っ掴まれて引き摺られて来ただけやさかい 乙桐:用があると言えばあるっつってただろうが 景安:嗚呼、確かに 景安:まぁまぁうち一人でも片付きそうな些細な事柄やけれども。ほな乙桐はんの手ぇ使わして貰いまひょか 乙桐:(ため息) 赤眼:……た? 泪:なんだい?赤眼 赤眼:お駒ん姉さんさどこだ? 泪:嗚呼そうだねぇ、アタシも思っていたんだよ 泪:駒姐さん抜きで景安がふらふら歩いているなんざ、また良からぬ事でも考えているんじゃあないか?ってねぇ 赤眼:まさか喰ったんか?!お駒ん姉さんさ喰ったんか?! 景安:喰らうわけあらしまへんやろ!わざわざうちが愛い人喰らう理由があらしまへん 赤眼:理由さも無く人っ子さ喰う奴だお前は! 景安:あんさんにだけは言われとうないわ! 赤眼:わしは人っ子さ喰った事ねぇよ! 景安:へぇへぇそう言う事にしときまひょ~ 景安:(小声)なんや乙桐はん?「これ」ちぃっとばかし引っ張られ過ぎとちゃいます? 乙桐:仕様がねぇ。そもそも赤眼がこうなったんはお前さんが百悪い 乙桐:赤眼に文句っ垂れる資格も筋合いも、景安お前さんには無ぇ 景安:へぇ、そうどすか 赤眼:ひっっ?! 泪:触んじゃあないよ馬鹿たれ! 景安:痛っっ?!うちまだ触うてはりまへんえ! 泪:触ろうとしたじゃあないかい!同罪だよ! 赤眼:わしも喰われんだぁ! 泪:よーしよし赤眼、赤いべべ着た可愛い赤眼。アタシが居るよ、大丈夫さねぇ。 景安:あんさん過保護っちゅう言葉知ってはります? 泪:いーからあっちにお行きって!しっ! 景安:うちは畜生と同じやろか? 乙桐:畜生じゃあねぇ、ど畜生だ 景安:へぇへぇ。 乙桐:んで、お前さんが赤眼にちょっかい掛けるからてんで話が進みやがらねぇ。 乙桐:お駒と離れてる訳も込みでさっさと話やがれ 景安:へぇへぇ、分かりました 戎:(以下、戎モノローグ)  戎:  戎:引いては戻り、また引いては戻る 戎:海は色んなものを連れて来る 戎:良いものも、悪いものも 戎:飲まれたら最後、戻って来るのは容易ではない 戎:  戎:それを分かって海に出る人 戎:待つのはいつだって置いてけぼりだ 戎:  戎:土左衛門が掛かったと 戎:その度に見に行っては肩を落とす 戎:人々に囲まれたその死体の顔が 戎:そうじゃあないと落胆する 戎:来る日も来る日も 戎:流れ着くのは君じゃあない 戎:  戎:おいてけ、おいてけ 戎:さ迷っているのは誰なのか? 戎:終わらない航海は何処へ行くのか? 戎:底ありの柄杓(ひしゃく)くらい 戎:  戎:幾らでも渡してやると言っているだろうに 戎:  0:(一拍)  乙桐:土左衛門? 景安:へぇそうどす、土左衛門。ここ最近そん村周辺の海に、土左衛門が流れて来るんやと 赤眼:かやっ子さ姉さま、土左衛門ってなんだ? 泪:うぅん……なんて言おうかねぇ。おぼれ死にした仏さんの事だよ 赤眼:おぼれ死に? 泪:人はそもそも海で長く生きられるようには出来ていないから、波に飲まれると運が悪ければ死んじまうんだよ 泪:赤眼は海を知っているかい? 赤眼:いんや 乙桐:海が近ぇなら土左衛門の一人や二人、別におかしい事ぁねぇだろう? 景安:普通の土左衛門やったら別になんもおかしい事はあらしまへん 景安:どうにも妙ちきりんな有様ばかりなんどすえ 乙桐:妙? 景安:水にずっと浸かっとった割には綺麗やのに、どっかしら身体の一部があらへんのやと 乙桐:魚にでも食われたんだろう? 景安:例えば右腕だけをどすか?刃物で切り落としたみたいに、えらい綺麗に右腕だけを食べる。他の部分は全く手ぇ付けんといて 景安:そないな事魚に出来るとでも? 乙桐:なら人斬りに殺された後に捨てられた 景安:言い忘れてはりましたけど、着物はこれも全くの無傷。もしも辻斬りやらで殺されはってたら着物も切れとるっちゅう話なんえ 乙桐:嗚呼、確かに 景安:それに身体の一部だけ切り落とす意味も分からしまへん 景安:ただ殺すなら分うても、腕やら足やらわざわざ持ち去る意味があらしまへん 乙桐:ほぉう 景安:これ、ほんまはうちの愛い人に来た話なんどすけど、あん人は今南海道に用があって向うてるさかい。代わりに探ってこい言われたんどす 景安:それがうちが一人でおる訳どすえ、分からはりました? 乙桐:なる程ねぇ 景安:ちゅう訳で乙桐はん、うちと一緒にちょいと行きまへんえ? 乙桐:何処に? 景安:海に 0:(間) 赤眼:でっけぇなぁ 泪:そうだねぇ 赤眼:かやっ子さ姉さま、これ全部水なんか? 泪:うぅん、水、まぁ確かに水ではあるけれども 赤眼:? 泪:ちょいと試しに舐めてご覧 赤眼:こん水さを? 泪:あい 赤眼:……しょっぺぇ 泪:だろう?塩が混じっているんだよ、海の水にはね 赤眼:へぇ 0:(一拍)  景安:乙桐はん。なんで泪はんもおるんどす? 乙桐:お前さんが嫌だから泪が来なきゃあ行かねぇと、赤眼の奴が駄々こねた結果だ 景安:別にうちと乙桐はんの二人で良かったんどすえ? 乙桐:お前さんと二人で仲良く物見遊山なんざ死んでも御免だね 景安:へぇ、そうどすか。つれないわぁ 泪:忘八(ぼうはち)の野郎を言いくるめるのは、なかなか骨が折れたけれどねぇ 乙桐:一日空けるのは、流石のお前さんも難しかったかい? 泪:そりゃあねぇ 泪:まぁ弱みの一つや二つ、三つや四つ幾らでも握っているから、最後には忘八の方がお手上げになったけれども 景安:やーだやだ怖い御人(おひと)がここにも一人 泪:かやも連れて来たかったねぇ。あの子も海なんざ見た事ないだろうからさ 赤眼:かやっ子さ元気か? 泪:嗚呼、頗る 泪:相も変わらず喧嘩っ早いから、気に食わない事をされるものならやられた以上にやり返しちまって、それはもう禿(かむろ)達をうわぁんうわぁんと泣かせているよ? 赤眼:わし、かやっ子さにとっちめられた事ねぇよぉ? 泪:そりゃあ赤眼はあの子に手を出さないからさ! 泪:可愛い赤眼、アンタは自分で思うよりもずぅっと賢い子だからねぇ。あの子の逆鱗には決して触れやしないんだよ 赤眼:そうか 泪:逆鱗に触れられない龍なんざ、そうホイホイと理由も無く怒りはしないだろう?そう言う話さねぇ 赤眼:へぇ 0:(一拍) 景安:さてさてとりあえずどこから行きまひょか? 乙桐:嗚呼、おっとこいつぁ丁度いい所に。おい泪 泪:はぁ……あい分かった、分かったよ。声を掛けりゃあいいんだろう? 泪:全くアタシばっかり扱き使うんだからこの人は 乙桐:お前さんばっかりじゃあねぇよ? 泪:あいあいそうさね、そうさねぇ。そう言う事にしておいてあげようじゃあないかい 泪:アタシは優しいからねぇ、感謝するんだよ?先生先生、乙桐先生? 乙桐:善処しようじゃあないか 0:(一拍) 泪:ねぇちょいと、ちょいとったらそこの兄さん? 戎:?……誰?おたく 泪:アタシら物見遊山も兼ねて旅をしている者なんだけれども 戎:はぁ、物見遊山?こんな何も無い所によくもまぁ 泪:海があるじゃあないかい 戎:逆に言えば海しか無いのさ 泪:ほぉう、確かに確かに。兄さんここいらの人かい? 戎:まぁ一応 泪:そうかいそれは都合がいいねぇ 戎:都合がいい? 景安:あんさん土左衛門について知ってはります? 泪:ちょいと景安!いきなり聞くのは失礼じゃあないか全く! 景安:うち回りくどいの好かんさかい 泪:常日頃から回りくどい言い回しばかりしているのはどこのどいつだい?え?手鏡でも持ってきてあげようかい? 景安:うちはうち、他所様(よそさま)は他所様や 泪:はぁ……。 戎:物見遊山っつってたが、おたくら土左衛門でも拝みに来たのかい? 景安:そんな訳あらしまへんやろ 戎:なら、なんで? 景安:うちがそれをあんさんに説明するっちゅう義理があるんどす? 景安:えぇから、はよ土左衛門について教え、 泪:よっと 景安:あいたっっ?!何しはるんえ?! 泪:人に物聞く礼儀の一つも覚えていないのかいアンタは! 景安:そやからうち回りくどいん好かん言いはりましたえ! 泪:くどいくどくない以前の問題さね! 乙桐:だぁぁ喧しい!ちぃっとは赤眼を見習わねぇか?! 乙桐:あそこで大人しく縮こまって震えているじゃあねぇか 泪:ちょいとなんで置いて行ってるんだい!んもうっっ!嗚呼嗚呼もう可哀想に、あんなに遠くに離れちまって 泪:ほら!おいで、こっちへおいでな赤眼。もう一回抱っこしてあげよう、ねぇ? 赤眼:せんせさ鬼に謀(たばか)れたぁ。そん鬼と仲良しこよし 赤眼:わし、置いてった。せんせさも鬼だぁ! 乙桐:あーあーすまねぇすまねぇ、堪忍しやがれ 赤眼:やんだ! 泪:ちょいと迎えに行ってくるから、後頼んだよ? 乙桐:あの感じの赤眼は本気で逃げ回るから、お前さん一応覚悟しておけ 泪:アタシを誰だと思っているんだい?アタシは通り文句が月下の芙蓉(ふよう) 泪:なまじっかな性分で女郎なんざやっていないよ 乙桐:つまりは? 泪:体力には自信があるって事さね 泪:そーれ赤眼!鬼ごっこだよー!アタシが鬼さねー! 赤眼:止めてくんろ!かやっ子さ姉さまぁ! 0:(一拍) 乙桐:これでちぃっとは静かになるだろう 景安:へぇ、そうどすなぁ 乙桐:さてお前さんすまなかったな、泪の阿呆と景安の馬鹿が大騒ぎしちまって 戎:はぁ?おたくら本当に何しに此処に来たんだよ? 景安:そやから物見遊山ちゅうて言いはりましたえ 戎:土左衛門探しの物見遊山だろ? 景安:ちゃいますて! 乙桐:別に探しちゃあ居ねぇが 戎:おん 乙桐:ただちぃっとばかし妙な噂が、この耳に届いちまったもんでな 戎:嗚呼そう言う事 乙桐:嗚呼 戎:だとしたらまぁ、俺に聞くのは当たりかもしれねぇしハズレかもしれねぇなぁ 景安:あんさん随分きっかいな言い回ししはりますなぁ? 戎:まぁ、ねぇ 乙桐:訳を聞かせてくれるか? 戎:訳も何も他所もんなんだ、俺 景安:他所もん? 戎:おん、俺は元々この土地の人間じゃあない 戎:この村は狭いから、その分、他所もんには厳しいんだ 乙桐:ほぉう 景安:あんさんどっから来はりましたの? 戎:さぁ? 景安:さぁ?って 戎:分かんねぇんだよ 戎:嗚呼そうそう、丁度この辺。この辺に引っかかって居たんだとよ 乙桐:お前さんが? 戎:おん、捨て子だろうな。対して珍しい話でも無い 景安:へぇ 戎:まぁそんなんだから、俺が知る事しか分からねぇし知らねぇ事を村の奴らに聞く事も出来ねぇ 戎:そう言う意味で、当たりかもしれねぇしハズレかもしれねぇっつったんだ 乙桐:そうかい 戎:おたくらこそ何処から来たんで? 乙桐:江戸だ 戎:へぇ江戸にまで届いちまってんのか、あの話 景安:まだ方方には伝わってまへんけどなぁ 戎:それでも一部には伝わってんだろう? 景安:へぇ、まぁ 戎:……そうか、江戸か 景安:どうかしはりま、 泪:(被せて)捕まえた! 赤眼:離してくんろ! 泪:別に良いじゃあないかい?え?アタシが居ると言っているだろう? 赤眼:そん鬼さがかやっ子さ姉さまに手ぇでも出してみろ。わしがかやっ子さに嫌われんだ! 泪:手なんざ出されないし、出されても負けやしない 泪:万一何かあったとしても、そんな事でかやが赤眼を嫌う筈が無いだろう? 赤眼:だーで 泪:それとも何かい?ちょいと突つけばあっちゅう間に解けちまう 泪:その程度なのかい?アンタとかやの縁(えにし)はさ 赤眼:違ぇよ 泪:じゃあ何も問題ないだろう? 赤眼:うんー 泪:こう言うところはアンタ、まだまだややこだねぇ、赤眼 赤眼:わーしややこじゃねぇよ 泪:ややこも赤眼も皆同じ。可愛いから同じでいいんさねぇ 赤眼:……あい 泪:いい子いい子 泪:さてと、何か分かったかい?土左衛門 乙桐:それを聞こうとした矢先に、お前さんと赤眼がまた騒ぎ出して丁度中断したところだ 泪:あらやだ、そいつぁ悪かったねぇ 景安:他所もんなんどすって 泪:誰が? 景安:こん人 戎:…… 泪:なんだいなんだい、これだから迫っ苦しい村は嫌なんだよ。やれ他所もんだそうじゃあないだ 泪:同じ人でしかありゃあしないってのに、ねぇ? 戎:はぁ? 泪:で、この兄さんの名は? 乙桐:知らん 景安:へぇ同じく 泪:はぁ?!全くこの男共はどう仕様もない! 泪:すまないねぇ兄さん。この分じゃあこの人達、アンタにきちんと名乗ってすらいないのだろう? 戎:まぁ? 泪:アタシは泪。この小さくてプルプル震えてる子が赤眼 戎:赤眼? 泪:赤眼、ちょいと兄さんに目を見せておやり 赤眼:なして? 泪:いいから 赤眼:わーがった 戎:おぉ 泪:ね?この子目が赤いだろう?だから赤眼って言うんだい 戎:夕暮れ時の空みてぇな目だな 赤眼:空? 戎:おん 泪:おやまぁ、いいじゃあないかその例え。気に入ったよ 戎:そりゃあ良かった 泪:んで、こっちの唐変木が景安。まぁどう仕様もない奴だから無視していいよ 景安:もう言いたいだけ言わせとく事にしまひょ 泪:最後に、この無愛想なのが、 乙桐:乙桐だ、名乗り遅れてすまない 戎:いいや、大丈夫だよ 泪:さて、改めて兄さんの名は? 戎:俺は戎(かい) 戎:あそこに見える小屋があるだろう?そこに住んでいる網師(もうし)だよ 赤眼:もうし? 戎:漁夫の事だ。おたくら暇かい? 泪:あい、まぁ暇と言えば暇だよ 戎:丁度いい、なら手伝ってくれ。あそこに仕掛けた網をそろそろ引き上げようと思ってたんだ 景安:ややわぁ、なんでうちらがそないな事せんなあかんの? 戎:いいだろう? 戎:網を引き上げてる合間に、おたくらが知りたがってる土左衛門について話してやるし 戎:どうせその分じゃあおたくら、今晩の宿も何も決めていないだろう? 乙桐:嗚呼、まぁな 戎:この辺の宿屋は期待すんな、大概ぼったくられるか殺されちまう 戎:狭いが俺の小屋に泊めてやるから、悪い話じゃあ無いだろう? 泪:そうさねぇ 戎:じゃあ決まりだ 0:(一拍)  赤眼:なぁ? 戎:うん? 赤眼:なして網さ使うんだぁ? 戎:釣りよかぁ大量に取れやすいからだよ 赤眼:へぇ 戎:網を使って漁をするから俺は網師(もうし)っつうんだ 赤眼:なして? 戎:おたく文字読める子? 赤眼:読めんべ 0:戎、浜辺に文字を書く 戎:分かった。戎:網師(もうし)っつーのは、こう、網師(あみし)って書くんだ 戎:網を使った漁師、だから網師(もうし) 赤眼:わーがった 0:(一拍) 乙桐:ほぉう 泪:どうしたんだい? 乙桐:赤眼が懐いてやがる 泪:嗚呼、本当だ 乙桐:へぇ、そうかい 泪:景安のせいで怯えっぱなしだったけれども、戎の奴と出会えたのはいい縁って事かねぇ 景安:向こうさんが勝手に嫌うとるだけで、うちは悪ないどすえ 泪:そう思ってるのはアンタだけだよ 景安:へぇへぇ、そうどすか。早う愛い人んとこ戻りたいわぁ 戎:そんで、おたくらが知りたがってる土左衛門っつーのはあれだろ?身体の一部が妙に綺麗に切り取られてるっつーやつ 乙桐:嗚呼そうだ。お前さんは実際に見た事があるか? 戎:そりゃあ何遍も 泪:噂通りの仏さんなのかい? 戎:まぁなぁ。とてもじゃあねぇが、あれは魚の仕業には思えねぇよ 赤眼:なして?なして、魚さの仕業じゃねぇの? 戎:え……おい話していいのか? 乙桐:嗚呼。 戎:分かった。 戎:普通の土左衛門が魚の餌食になる場合、まず初めに狙う箇所があるんだよ 戎:ところがどっこい俺が見てきた噂の土左衛門には、その部分がきちんと綺麗に残っていたんだ 赤眼:どこさが残ってたんだぁ? 戎:目だよ、目 戎:長時間水に浸かって柔らかくなっているならまだしも、そうじゃあないならまず目を食われる 赤眼:なして? 戎:柔らかいから食いやすいんだよ 赤眼:へぇ 戎:俺が見た限り死んだばかりの土座衛門に見えたけど、話を聞く限りじゃあ少なくともひと月は経っているんだと 戎:それなのに、海に長時間流されていたとは思えねぇ程綺麗だし。着物だって湯灌場買い(ゆかんばがい)が殆ど手直しせずに、ちゃちゃっと洗えばすぐ売れる程 戎:ただ一つ、 景安:身体ん一部があらへんのやろ? 戎:おん。それから、これは恐らくそっち迄、まだ行っていないだろうけど、 乙桐:嗚呼 戎:流れ着くんじゃあねぇ、引っかかるんだ 泪:何に? 戎:網にだよ 戎:俺が知る限りでは、流れ着いたのはたったの一体だけだ 戎:尤も死んじゃあ居ないがね 乙桐:つまりは流れ着いたのはお前さんだけって事か 戎:嗚呼、そう言う事だ 戎:それからこの周辺では、夜になると度々こんな声が聞こえるんだよ 赤眼:どんなだ? 戎:「おいてけ」 戎:この辺じゃあ妖だなんだ、人じゃない者の仕業じゃあないかって騒がれてるよ 乙桐:ほぉう、成程成程 戎:っっと、やけに重いな 景安:なんか引っかかってるのとちゃいます? 戎:かもな、もう近いし見てくるよ 戎:…… 景安:どうかしはりました? 戎:おたくなんて言ったっけ?景安? 景安:へぇ 戎:景安の言う通り、引っかかっていたよ、ほら 赤眼:なんだぁ? 0:(一拍) 戎:これが噂の土左衛門だ 0:(間)  景安:へぇ、ほんまにえろう綺麗な土左衛門どすなぁ 乙桐:死後数日、いや数時間にも思えねぇ 戎:言っただろう?死んだばかりに見えるんだと 泪:着物も全くの無傷じゃあないかい 泪:確かにこの有様じゃあ、湯灌場買い(ゆかんばがい)が手間いらずなのも頷けるよ 戎:はぁ、よりによって俺の網に掛かるとは、面倒臭いなぁ 赤眼:面倒?なして? 戎:村の連中に言わなきゃあなんねぇだろ?嫌なんだよなぁ 赤眼:なして?村さ人、なしてやんだ? 戎:他所もん嫌いの堅物共の巣窟だからだよ 0:(一拍) 泪:おやおやぁ、あんれまぁ 乙桐:どうした?泪 泪:いやさねぇ?本当の本当に身体の一部が無いのか、ちょいと探ってみたのだけれども 景安:どうどした? 泪:確かに確かに無かったよ、この仏さんには、ほら 泪:左足が無い 景安:へぇ、ほんまに 景安:ちゅう事は愛い人んとこ来た話は、嘘でも方便でも無かったんどすか 景安:それが分からはっただけでも収穫どすえ。これでうち、愛い人に怒られへんで済みますなぁ 戎:…… 泪:戎?どうしたんだい? 戎:嗚呼、いや、何も 戎:とりあえず日も暮れちまうから、村の連中に報告すんのは明日にするよ 乙桐:嗚呼、分かった 0:(間) 戎:(以下、戎モノローグ) 戎:  戎:ゆらゆら、揺れる 戎:風に合わせて 戎:ゆらゆら、ゆらゆら 戎:その度に写し取られた自分も揺れた 戎:  戎:波打って、歪んで 戎:潜ったその瞬間だけは 戎:いつ迄もこのまま生きられる気がしていたのに 戎:  戎:やがて空気を欲した身体は 戎:水の外へ出ようと藻掻いたんだ 戎:  戎:そうですか 戎:そうですか 戎:そうなんですか 戎:嗚呼、そうですか 戎:  戎:そもそも潜るその前に 戎:大きく息を吸い込んだのは自分だろう? 戎:  0:  0:(※前後に分ける場合はここで一旦終了) 0:  泪:(以下、泪口上) 泪:  泪:迷い迷うは妖道中 泪:人を仇なす魑魅魍魎 泪:描き連ねるは絵師の性 泪:半端者の形は歪む 泪:果たして見るのか 泪:それともはたまた見られているのか 泪:分からないからこそ嗚呼面白い 泪:  泪:おいでましたは唐変木の色男 泪:オイラの姐さんにとっ捕まって 泪:文句垂れ垂れ絵師の住処 泪:色男が持ってきた 泪:妙な有様の土左衛門の話 泪:死んだばかりの形(なり)をして 泪:その実、月日は流れる流れる 泪:  泪:足りないのは腕か足? 泪:苦労知らずの湯灌場買い(ゆかんばがい) 泪:それは果たして真(まこと)かしらん? 泪:参りましたは海辺の村 泪:流れ着いて引っかかる 泪:申した申すか網師(もうし)の男 泪:どうやら他所もんどうした事か 泪:掛かる掛かるは、水死体 泪:  泪:嗚呼、難儀だ難儀だ難儀だよぅ 泪:  泪:江戸まで届いた奇妙な土左衛門 泪:件のそいつは妖の仕業?それとも否や。 泪:とにもかくにも、あの続き 泪:  泪:とくとお聞かせ致しましょう 泪:  0:(戎の小屋) 赤眼:えべっさん? 戎:そう、えべっさん 赤眼:なんだぁ?そん、えべっさんさ 戎:神様 赤眼:神様ぁ? 戎:この辺りはえべっさん信仰が多いから、なんかあればすぐに「えべっさんがぁ、えべっさんがぁ」ってうるせぇんだ 赤眼:へぇー 戎:分かった? 赤眼:んだ、わーがった 0:(一拍) 泪:(初めだけ少し小声で)ちょいと乙桐 乙桐:おん? 泪:えべっさんってなんだい? 景安:恵比寿どすえ、恵比寿神 泪:ほぉん、恵比寿神。と言うとあれかい?七福神の 乙桐:嗚呼そうだ 乙桐:海に近ぇ村に恵比寿信仰があるのは、まぁおかしな事ぁねぇわな 景安:へぇ、ほんまに 泪:どうしてまた恵比寿信仰が多いんだい? 景安:ややわぁこん人は 景安:あんさん曲がりなりにも吉原の女郎なんやさかい、恵比寿神くらい知っといてもええと思うわぁ 泪:うちは七福神は七福神でも、弁財天なんだよ弁財天! 泪:芸事を司る神様だぁ。アタシらにぴったりじゃあないかい、え? 景安:芸事っちゅうても根本は商売人でっしゃろ? 景安:あんさんら女郎やってからに、色を買い色を売る 景安:売りもんが己の身になられはっとるだけで、商いな事には変わりはありまへんえ 泪:まぁ、そう言われちまうとそうだけれども 景安:ややわぁ、これだから狐の尻尾ばかり有難う人らは 景安:お稲荷はんお稲荷はん、嗚呼なんや急に寒うなってきはりましたなぁ? 泪:なんだって?! 景安:嗚呼嗚呼怖い怖い。今のあんさん、玉藻の前言い張っても宜しいんとちゃいます? 泪:どうにも景安アンタ。一度とっちめられなきゃあ分からないみたいだねぇ? 景安:うち褒めたんどすえ?何も野狐とは言うてはりまへんやろ? 景安:嗚呼そや!狐ならええ奴っちゃあ、おりましたなぁ 泪:なんだい? 景安:管狐(くだぎつね) 景安:どや?あんさんにおあつらえ向きやろ?使役されとるだけの野狐(やこ)、 泪:(被せる)嗚呼嗚呼いいだろう景安!ちょいと表に出な! 景安:へぇへぇ 乙桐:はぁ……落ち着け二人共 乙桐:泪、お前さんは景安なんざの安い挑発に乗るんじゃあねぇ 泪:アタシはふらふら江戸の町をほっつき歩いてはいるけれども、アンタ達みたいに方方に迄はなかなか流石に行けないんだよ 乙桐:分かっているさ。常日頃狭い檻の中にいる割には、お前さんは色々と物事を知っている方だ 泪:そうかい 乙桐:嗚呼、お前さんの姉女郎はお駒(こま)なんだ 乙桐:あの女の下に居た奴が、馬鹿にも阿呆にもなるまいて 泪:ならいいんだけれども 乙桐:それから景安 景安:へぇ? 乙桐:お前さんもお前さんだ。ちぃっとばかしぼろを見付けたからと、鬼の首取ったみてぇに騒ぐんじゃあねぇ 景安:へぇ、鬼の首どすか。けったいな事言いはりますなぁ、乙桐はん 乙桐:それこそ、おあつらえ向きだろう? 景安:へぇ、そうどすなぁ 景安:まぁそやかて、うち今迄散々言われたさかい、ちょいとは寝首かいても許される思うんどすけど? 乙桐:お前さんは諸々やらかした後だ 乙桐:散々人を馬鹿にし尽くした後で、それがいざ己に返って来ても文句は言えねぇ立場だろうが 景安:そやけど 乙桐:やった事が簡単に許されると思うんじゃあねぇ 乙桐:お前さんのはただの身から出た錆だ 乙桐:それに対して痛くも痒くもねぇんだろう?本当は 乙桐:痛がっているフリをしているだけで 景安:へぇ、まぁ。虫けらに何と言いはられようが、別にっちゅう話ではあるんやけど 乙桐:そうさなぁ、お前さんはそう言う奴だよ 景安:へぇ 乙桐:だからって大袈裟に振舞って面白がるのも大概にしておけ 乙桐:そんなんだからお前さんは、泪に胡散臭ぇと言われちまうんだ 景安:へぇ、分かりました 乙桐:嗚呼 0:(一拍) 赤眼:なぁ? 戎:うん? 赤眼:そんえべっさんさは、何さ神様なんだぁ? 戎:嗚呼えっと、主には漁の神様だな 戎:右手に釣竿、左脇に鯛。それから嗚呼、商売繁盛と縁結びの神様でもあるよ 赤眼:そうなんか 戎:おん 赤眼:なして縁結び?漁さ神様だべ? 戎:まぁそりゃあ、えべっさんが誕生する迄に遡るんだが 赤眼:あい、教えてくんろ 戎:これは明日な? 赤眼:なして!教えてくんろ!戎 戎:長ぇから!そろそろ口が疲れたんだ 赤眼:嗚呼!そんなら仕様がねぇ 赤眼:わーがったぁ 戎:御免な 赤眼:いーよぉ、明日さ教えてくんろ 戎:嗚呼 戎:さてそろそろ寝てもいいかい? 泪:いいけれども、随分早いんだねぇ? 戎:網師(もうし)は早寝早起きなんだ 戎:それにあんまり長く起きてると聞こえちまうかもしれないしな 泪:え?嗚呼「おいてけ」かい? 戎:嗚呼そうだ 泪:それは嫌さねぇ、不気味ったらありゃあしない 泪:それに偶には、夜に寝るのも良いのかもしれないし 戎:うん? 泪:こちらの話さね 0:(一拍) 0:(泪、寝言) 泪:嗚呼違うよかや、そいつぁそこに 泪:あい、そうだよ上出来だ 泪:そんな力いっぱい弾かなくたって 0:(そっと小屋を出て行く戎) 戎:……早くしねぇと 0:  景安:(小声)大岩んとこおるやさかい 景安:来てな 0:(間) 乙桐:……ほぉう、これはこれは又 0:(間) 0:(戎、海に浸かった左足をぼーっと見ている) 戎:嗚呼……これもそろそろ仕舞いかなぁ 赤眼:戎 戎:っっ?! 赤眼:何さしてんだ? 戎:あ、嗚呼……赤眼?だったか? 赤眼:あい 戎:驚いたよ、おたく気配ねぇんだな 赤眼:んだ、無がった? 戎:嗚呼、ちっとも 赤眼:そうか 戎:子供はとっくのとんまに寝る時間だろう? 戎:おたくの方こそ、なんで又こんな夜更けに起きてんだよ 赤眼:うーん 戎:寝れなかった? 赤眼:んだ 戎:そう。ごめんなぁ、あの小屋ちぃっとばかし臭うだろう? 赤眼:におう? 戎:魚だ貝だの匂いがこびり付いちまってて生臭ぇんだ 赤眼:嗚呼、気にさなんねぇよ 戎:さて、と。こんなもんでいいかねぇ? 赤眼:戎、何さしてんだ?なぁ? 戎:嗚呼そうだな、答えていなかった 赤眼:あい、なして? 戎:夜の内に仕掛けてんだ 赤眼:なんを? 戎:網 戎:こうして夜に仕掛けていれば、朝には何かが掛かってる 赤眼:土左衛門さか? 戎:そう連続で土左衛門が引っかかんのは、ちぃっとばかし嫌だなぁ 赤眼:ふぅん 戎:さっき掛かった奴ですら、置き場がねぇから小屋の横に寝かせてんのに 赤眼:んだ、戎 赤眼:あれさ、おがしいんか? 戎:何が? 赤眼:土左衛門さ 赤眼:せんせさも、かやっ子さ姉さまも。そんから……あん鬼さも、みぃんなおがしいっつってんべ 戎:…… 赤眼:わーしさはな?なんがおがしいんか分かんねぇんだ 赤眼:そんがさ、おがしいさ言われる事さあんべ 戎:だから聞いてばかり? 赤眼:あい。わしさはねぇ、戎 戎:うん 赤眼:わしさは半端もんだで。せんせさは偶にそう言うんだ 戎:半端者か 赤眼:戎さ他所もんだぁ 戎:おん 赤眼:わしさ半端もん、なぁ 戎:似てるっつー事? 赤眼:あい、おんなしだで 戎:はは、そうだなぁ…… 戎:ちぃっと待ってろ赤眼、そっち戻るから 赤眼:あい、わーがった  0:(一拍)  戎:…… 赤眼:戎?なした? 戎:いや、今日は聞こえねぇなぁって 赤眼:「おいてけ」? 戎:おん 赤眼:なんさ「おいてけ」だべ? 戎:……知らねぇ 赤眼:そうか 0:(一拍) 戎:えべっさん 赤眼:? 戎:海が近ぇ村には、えべっさん信仰が多いって、赤眼の、 赤眼:せんせ? 戎:先生? 赤眼:あい、せんせ 戎:先生、先生か。まぁいい、その先生が言っていただろう? 赤眼:んだ、言ってたなぁ 戎:だから大概えべっさん信仰のある村には、どっかしら近くに祠があんだよ 戎:その祠の御神体が何か、赤眼、おたくは知ってるかい? 赤眼:いんや、知らねぇ 戎:引いては戻りまた引いては戻る 戎:海は色んなものを連れて来る 戎:良いものも、悪いものも 赤眼:あい 戎:流木だとか、石だとか 戎:えべっさん信仰のある所では、そんな些細なもんすら神様になれんだ 赤眼:そうなんか? 戎:おん……あの土左衛門だって流れ着いた場所がここじゃあなきゃ 戎:別の所なら……神様になれたかもしれねぇんだよ 赤眼:人さは人。死ねば神様になれんのか? 戎:さぁ?流れ次第だよ、それは 赤眼:ふぅん 戎:なぁ、この海の先には何があると思う?赤眼 赤眼:わーがんねぇ。わし海さ見たのも初めてだで 赤眼:戎は?なんがあるさ思う? 戎:神様が住む都 赤眼:へぇ 戎:俺一回だけ見た事があんだ 戎:金糸(きんし)みてぇな髪の、多分本物のえべっさん 赤眼:神様さだった? 戎:さぁ?俺には神様に見えたけど 戎:でも、ただの土左衛門かもしれねぇな…… 0:(一拍) 0:(泪を叩き起す乙桐) 乙桐:……い……おい 泪:(寝息) 乙桐:おい、いい加減起きやがれってんだ泪! 泪:っっは?!なんだいなんだい乙桐?!一体全体どうしたって言うんだい?え? 泪:こんな夜更けに起こしやがって 乙桐:よくもまぁ呑気に寝ていられるなぁお前さんはよ 泪:なんだって? 乙桐:戎が居ねぇ 泪:おやまぁ、本当だよ 乙桐:そんで赤眼と景安も居ねぇ 泪:まさかまさかアタシはアンタと二人で仲良しこよし、おねんねしちまってたって言うのかい? 乙桐:気になるところはそこじゃあねぇだろうがど阿呆! 泪:冗談だよ、叩き起こされちまった意趣返しさねぇ 乙桐:その意趣返しとやらは後で幾らでも受けてやるから、今はさっさと起きて身なりを整えやがれ 泪:あい分かった、分かったよ 0:(一拍) 0:(夜道をふらふら歩く酔っ払いの村人) 村人:古池や〜蛙飛び込む水の音〜ってねぇ。いやぁ飲んじまったなぁ〜、ついついくぃ〜っとねぇ 戎:随分ご機嫌だなぁ 村人:あん?……てめぇ戎じゃねぇか 戎:嗚呼、他所もんの戎さ 戎:久しぶり、とでも言っておこうか? 村人:てっきり死んじまったとばかりに、 戎:それが生きてんだ 戎:おたくらにやたらめったらやられちまったけど、残念ながら生きちまったんだよなぁ 戎:嗚呼、旦那は俺を刺したっけ?それとも頭を石で殴ったっけ? 戎:確認するかい?どちらも残っているよ 村人:いい!んな、気味悪ぃもんなんか見るか 戎:嗚呼そう 戎:ところで旦那、足元も覚束ねぇぐらいに呑んだくれて 戎:何だったっけ?嗚呼、千鳥足? 戎:随分とまぁ呑気過ぎて羨ましいよ、酒なんかに飲まれてさ 村人:てめぇに会っちまった瞬間から、酔いなんざとっくのとんまに覚めちまったわ 村人:さっさとどっかしらに行きやがれ、化け物が! 戎:嗚呼そう、そうですか 戎:他所もんとは世間話もしたくねぇ、と 戎:じゃあもういいさ、本題だ 村人:あん? 戎:その足は、おたくに必要かい? 0:(村人の左足がごとりと音を鳴らして落ちる) 村人:はぁ?って、なっっ?! 戎:左足のが掛かっちまったから新しいのと交換しねぇと、なぁ? 村人:俺の足?!足がっっ?! 0:(戎、左足を拾う) 戎:ちぃっとばかし無骨だが、まぁいいだろうよ。どうせこれもその内使えなくなる 村人:かかか返しやがれ、俺の足! 戎:ほら俺、他所もんだからさ。何も持ってねぇからさ? 戎:羨ましいんだよ、だから足くらいくれても良いだろう?なぁ 0:(戎、村人の襟首掴んで引き摺る) 戎:よっと 村人:っっ?!なんだっっ?! 戎:引いては戻り 戎:また引いては戻る 戎:海は色んなものを連れて来る 戎:良いものも、悪いものも 戎:飲まれたら最後 戎:戻って来るのは容易ではない 戎:それを分かって海に出る人 戎:待つのはいつだって、置いてけぼりだ 村人:はぁあ?てめぇ何を、ま、待て待て待て! 村人:刺したのは悪かった!除け者にしたのも! 戎:海に還って流れ着いて、 村人:おい!戎!っっ、 0:(戎、村人を海に投げ捨てる) 戎:神様になれるといいなぁ? 村人:やめろ……俺の足、それは俺の足だ 村人:俺の……てけ……おいてけ! 村人:おいてけおいてけ、おいてけ、俺の足ぃぃ! 戎:(以下、戎モノローグ) 戎:  戎:たった一度だけ見た人が居る 戎:  戎:金糸みてぇな長い髪 戎:  戎:嘘みてぇに白い肌 戎:  戎:けれど潮に浸かったその皮膚は 戎:  戎:まぁるく膨らんでうねっていた 戎:  戎:俺は爪弾きで、他所もんで 戎:  戎:満足に生きる事すら叶わなくて 戎:  戎:どこに行っても居場所なんかねぇのに 戎:  戎:「元居た場所に帰れ」なんて言われても 戎:  戎:そもそも元すら分かんなかった 戎:  戎:いっそ化け物で居てほしかった 戎:  戎:「海から化け物が流れ着いた」って 戎:  戎:そうすれば綺麗な物の仲間になれた気がしたからだ 戎:  戎:けれど 戎:  戎:  戎:俺はその日から「  」になりたかったんだ 戎:  0:(真夜中の山で赤眼を探す泪) 泪:赤眼ー!どこだい?どこに居るんだい?返事をしておくれな! 乙桐:(ブツブツ言う)土左衛門……おいてけ……身体の一部がねぇ 泪:ちょいと先生アンタもきちんと探さないかい?! 乙桐:あ?嗚呼、赤眼は存外近くに居やがるぜ 泪:どうして分かるんだい? 乙桐:そうなる様にしているからだ 泪:はぁ?景安の馬鹿たれ一人が居ないのはいいけれども、赤眼と一緒に居ないのなら何かがあるって事だろう? 泪:あの子は景安が怖いんだ。アンタはよくよぉく知っているだろう? 乙桐:単に引っ張られて怯えてるだけであって、赤眼と景安はとんとんだ 乙桐:いや、もしやもしかしたら。今は赤眼のが上かもしれねぇがな 泪:ちょいと何言ってるんだい乙桐。そんな訳が、 赤眼:せんせ?かやっ子さ姉さま? 乙桐:嗚呼そこに居たか 0:(赤眼に抱き着く泪) 泪:赤眼ー!方方探したんだよ? 泪:何も言わずにほっつき歩いて、アタシを心配させるんじゃあないよ全く! 赤眼:あいー、ごーめんかやっ子さ姉さま 泪:嫌だよこの子は全くもう!呑気にぼけーっとしちまって! 泪:はぁ……怪我は無いかい? 赤眼:無ぇよ 泪:景安の馬鹿たれに何かされたんじゃあないのかい? 赤眼:鬼さが?なして? 泪:一緒に居たんだろう? 赤眼:わーし、あん鬼さと一緒じゃねぇよ 泪:おや、そうなのかい? 赤眼:んだ戎さには会ったけんども、あん鬼さは知らねぇ 乙桐:ほぉう。おい、赤眼 赤眼:なした?せんせ 乙桐:戎はどこに居る? 赤眼:あっこー 乙桐:山? 赤眼:あい 乙桐:まぁいい次だ赤眼 乙桐:それなら景安はどこに居る? 赤眼:せんせさとかやっ子さ姉さまの後ろだで 泪:っっ?! 景安:へぇ?あんさんらどないしたん? 泪:この馬鹿野郎が!驚かせるんじゃあないよ全く! 景安:別に脅かすつもりは無かったんどすけど…… 乙桐:景安、お前さんどこで何していやがったんで? 景安:ただの野暮用どす。ちょいと野暮があったさかい済ましとりました 乙桐:ほぉん、お前さんが野暮ねぇ? 景安:ややわぁ、あんさんまーたなんか疑うてんのやろ? 景安:うちかて当分は悪さするつもりがあらへんのどすえ?少しは信じとうおくれやす 泪:はいはいそうですかーって、そう簡単には信じられる奴じゃあないだろう?アンタはさ 泪:信用なんざ塵すらも無い、胡散臭い色男こそがアンタだろう? 景安:へぇ、まぁ?随分な言い草や思いますけど 景安:信用云々どうかは置いとって、今回はほんまなんどす 景安:ほんまになんも悪さっちゅうのはしてまへんえ 乙桐:そうかい 景安:分うてくれはりました? 乙桐:一応はな 景安:へぇ、おおきに 泪:嗚呼嗚呼、来るんじゃあなかったよ 泪:心臓が幾つあっても足りやしないんだから全く 乙桐:おぅ、良いじゃあねぇか 乙桐:この機会に化け猫でも目指しやがれ、なぁ泪 泪:い・や・さ・ね! 泪:アタシは妖道中に首突っ込んでも、自分が妖になる気なんざほんの少しも無いんだよ! 乙桐:嗚呼そうかい、難儀な野郎はこれだから 泪:だからアンタの方がずぅっと難儀じゃあないかい 乙桐:ははっっ、さて、とりあえず戎んとこ行くぞ 景安:嗚呼、そや 泪:なんだい?景安 景安:あん人ん所行く前に、いっぺんあの小屋戻りまひょ 泪:どうして又そんな回り道をしなきゃあいけないんだい? 景安:崩れはりよったさかい 乙桐:何が? 景安:そやから、土左衛門どす  0:(一拍) 0:(泪、腐乱した土左衛門を見て顔を顰める) 泪:うっっ?!なんだいなんだいどうしちまったんだいこの有様は?! 泪:さっき迄そりゃあもう綺麗な仏さんだっただろう?ねぇ? 乙桐:こいつぁ又、辛うじて人の形を保っている程度じゃあねぇか、ふぅむ 泪:土左衛門とは名ばかりだと思っていたのに 泪:なかなかどうして、これじゃあ正真正銘の土左衛門じゃあないかい 乙桐:おい、景安 景安:へぇ 乙桐:いきなりこうなったんで? 景安:へぇ、いきなりどす 景安:いきなり音立てたか思たら、見る見る内に崩れはったえ 乙桐:……ちぃっとばかし出遅れたな 乙桐:おい赤眼 赤眼:あい?なした?せんせ 乙桐:戎はまだ彼処(あそこ)に居るか? 赤眼:んだ、居んべー 乙桐:分かった 0:(赤眼、何かに気が付いて振り返る) 赤眼:……「おいてけ」? 泪:え? 赤眼:かやっ子さ姉さま、あっこー 赤眼:あっこさ「おいてけ」だぁ 泪:あそこって……戎?あの子あんな所で何をして、っっ?! 景安:へぇ随分とまぁ雑な事しはりますなぁ、あん人 0:(戎、ぼそぼそ言う) 戎:一つ数えて木を挟み 戎:二つ数えて覗き込む 戎:三つ数えて語りかけ 戎:四つ数えて返された 戎:万歳万歳、嗚呼目出度(めでた)いなぁ 戎:……目出度いなぁ 赤眼:戎 戎:……先寝てろっつったのに 戎:よりにもよって、全員連れて来ちまったのか、赤眼 泪:ああアタシは見たよ!見ちまったよ戎アンタ 泪:たったの今の今、アンタここから人を突き落としただろう? 戎:嗚呼、うん 泪:うんって、誤魔化しもしないのかい?! 戎:別に、神様になれんじゃねぇかなぁって 景安:へぇ?神様? 戎:ほら海にさえ還せば、神様になれんじゃねぇかなぁって 戎:……まぁ無理だったけど。今回も海の藻屑増やしただけだ 泪:そんなの当たり前だろう?人様様がそう簡単に神になんざなれやしないんだ 戎:なら、到底人じゃねぇ見た目の奴は? 泪:はぁ? 0:(戎、手を広げて赤眼に来いと促す) 戎:……赤眼 赤眼:そっちさ行ぐんけ? 戎:おん 赤眼:わーがった 泪:ちょ、行くんじゃあないよ赤眼! 赤眼:だいじょーぶ 泪:え、えぇ? 0:(戎、赤眼を抱き締めたまま) 戎:なぁ赤眼、達磨(だるま)って知ってるか? 赤眼:片目さ塗るやつか? 戎:違ぇ、人の達磨の方だ 赤眼:わがんね、教えてくんろ 景安:手ぇと足ぃがあらへん人の事やろ? 戎:嗚呼、そうだ、その通り 景安:まさかまさかあんさん、自分が達磨っちゅうて言いはります? 戎:その通りだよ景安 戎:俺は達磨だった 乙桐:ほぉう 戎:母が父に話しかけたから失敗しちまったと嘆かれて、その後やり直そうと流された 戎:「お前は失敗作だからいらない」のだと 乙桐:伊邪那美(いざなみ)、伊邪那岐(いざなぎ)か 泪:い、いざ? 乙桐:なんでぃお前さん泪。古事記は読んだ事がねぇんで? 泪:古事記かい?そりゃあ確か昔むかぁしにちらっと読んだっきりだったかと 泪:どんな話なんだい? 乙桐:まぁなんつーか、身も蓋もねぇ話だな 乙桐:作って失敗ならそれで仕舞いな、お前さんが嫌いそうな話だ 泪:嗚呼、何となく分かったよ 戎:俺はな神様になれる筈なんだ、でも足りない物が多過ぎる 戎:手に入れようと伸ばす手がそもそも俺には無いものだったから 赤眼:無いから盗った? 戎:おん 赤眼:そんは仕様がないねぇ 戎:だって海迄行けば神様になれると思ったんだ 戎:じゃなきゃあどうすれば恵比寿になれんだよ 戎:昔たったの一度だけ見た人が居るんだ、言っただろう赤眼 赤眼:金糸さみてぇな髪さ人? 戎:そうだ 戎:でも本当はな?赤眼 戎:髪以外はな、ただの土左衛門だったんだ 赤眼:神様さなかったんけ? 戎:あんなおぞましい臭いのする奴が 戎:神様な訳ねぇだろ…… 戎:あんなぶくぶく爛(ただ)れて膨らんだ奴が 戎:神様な訳がねぇ……訳がねぇのに 赤眼:あい 戎:それなのに村人達は、有難がってあの祠に祀ったんだ 赤眼:えべっさん? 戎:嗚呼「えべっさんだぁ、えべっさんが御越し下すった」って 戎:「ありがてぇありがてぇ、海から神様が御越し下すった」って 乙桐:金糸みてぇな髪だとすれば、そいつぁ又、大層神懸(がか)って見えたんだろう 乙桐:例えお前さんの目には、ただの土左衛門に見えたとしても 戎:そんな事で、たかがその程度で、「はい、そうですか」とでも言えってかっっ?! 赤眼:戎 戎:ふざけんじゃねぇよ! 戎:俺には散々化け物だって言い放った奴らが! 戎:散々、散々痛めつけてきやがった奴らが! 戎:たかが土左衛門すら神様になれるのに、それなら俺は何なんだよ! 戎:  戎:……なぁ何が違うんだ? 戎:まさかまさか生きてるか死んでるか、たったその程度の違いだとでも言うのか?なぁ 赤眼:さーあ、わしさにはわがんねぇよ戎 赤眼:生ぎでも死んでも、わしさどうでもいいんだで 泪:アンタちょいと何言ってるんだい赤眼、どうでもいいだなんて 景安:あんさんは生きるのが誉れかもしれまへんけど 景安:此の世に居るだけが生きるっちゅう話なら、うちかてどうでもいいどす 泪:はぁ? 景安:そん人も言うたやろう?「たったその程度」って 景安:そう言う意味ではそん人の方がずぅっと、うちらに近いかもしれまへんなぁ? 景安:まぁ歪んではりますし、わざわざ神様になりたがるなんてけったいな事は思いまへんけど 戎:悪いかよ 景安:いいえ?うち、あんさん考え方は嫌いじゃあないどすえ 景安:あんさん訳ぇ為に人殺しが手段なら、それもしゃーなし。やろう? 戎:変わった奴だな、おたくも……赤眼も 景安:へぇ、よぉ言われます 戎:……ただの屍ですら神様になれんなら、俺が一番神様になれる筈だろう? 戎:確かに手も足も無かったけどさ、どっちが偉いとかも思わねぇけどさ 戎:なら、どうして俺は生きてんだ。そこに訳も無いのか 泪:戎…… 戎:ただ生きてるだけで理由も無いのは、耐えられねぇんだ俺は 戎:だから神様になるしかなくて、でも、それなら 戎:あとどれくらい、あとどれくらい生きりゃあ俺は正真正銘の神様になれるんだ? 乙桐:…… 戎:死ねば恵比寿になれるとして、確実でもなきゃあ二の足ばかりを踏んでいた 戎:所詮人から奪ったこの四肢 戎:少しずつ、少しずつ。奪った箇所から腐り落ちた 戎:それはお前のもんじゃあねぇんだと、まるで奪った奴等が言っているみたいに 戎:不思議と次を見つける迄死体は腐らなかった 戎:おたくらが知りたがっていた、それこそあの土左衛門の謎の全てさ 戎:「おいてけ」「おいてけ」 戎:嗚呼そうだよ、あの声は 戎:  戎:  戎:  戎:俺に手足を返せと宣う、死者の声だ 戎:  乙桐:赤眼 赤眼:あい 乙桐:判じ絵を作ろう。俺の問いとお前の答え。その二つで幾らでも、お前の為に描いてやる 赤眼:わーがった 乙桐:嫌か? 赤眼:いんや? 乙桐:そうかい 0:(一拍) 戎:嗚呼、なんだこれ。知らねぇなぁ 赤眼:なぁわしさ居んべ、戎。神様じゃあねぇけんど 戎:神様に縋って居られるなら、元より成ろうとなんかしてないさ 赤眼:んだ、いいか?怖くねぇべ、眠るだけ。わーがった? 戎:……分かった 0:  乙桐:描こうじゃないか、お前さんの得手不得手。形は?心は?真は?嘘は? 乙桐:知らぬが仏とは言いますが、どうにも興味が引かれちまう 0:   景安:嗚呼なんや久しぶりどすなぁ?これ 泪:黙りな景安 景安:そやかて、疼いて疼いて仕様がらあらへんのどす 泪:はぁ?疼く? 景安:乙桐はんに描かれた日っちゅうのは、そう簡単には忘れられへんのや 泪:後にも先にもアタシが知っている限りでは、描かれたくせに出てきてんのはアンタだけさねぇ 景安:節穴 泪:今なんか言ったかい? 景安:さーあ、なんでっしゃろ?  0:  乙桐:赤眼、戎は「何」だ? 赤眼:だーるまさんがーこーろんだ 乙桐:ふっ、確かに確かに 乙桐:それならば赤眼、戎は「何処」から来た? 赤眼:神さ都(みやこ)、海ん向こうさ在る神さ居る都 戎:赤眼? 赤眼:そんでいいんだで、戎さはねぇ。なぁ 戎:……ありがとな 乙桐:赤眼、戎は「神」か? 赤眼:いずれはねぇ。戎が一番、一番えべっさんさ 乙桐:赤眼、戎は何故「恵比寿」なんだ? 赤眼:それはねぇ、せんせ 0:(一拍)  赤眼:「戎の名」さにあるんだよ 戎:俺の名? 赤眼:んだ、名。戎はえべっさん。そう初めから、名さが表してた 戎:名が表す?俺が恵比寿だと? 赤眼:せーんせ 乙桐:どうした? 赤眼:字ぃさ書いてくんろ。わし読めさしても書げねぇから 乙桐:おん、分かった 0:(一拍) 赤眼:見ーで、戎 戎:……っっ?! 泪:「えべっさん」は「恵比寿さん」 景安:「恵比寿」は「えびす」 乙桐:「戎(かい)」は「戎(えびす)」 戎:は、はは、はははははは! 赤眼:なぁ、えべっさんだべ 戎:嗚呼、嗚呼そうだなぁ 戎:そりゃあ初めから「えびす」だったらなれねぇよなぁ……そうだよなぁ 乙桐:赤眼 赤眼:なんだ?せんせ 乙桐:お前さんが見えてるモノは、この姿で間違いないか? 赤眼:嗚呼、そうだよ。そうだよ、せんせ 赤眼:それが「恵比寿」で「戎(かい)」なんだ 0:(一拍) 乙桐:お前さんは「誰」だ?神に成りたがるお前さん 乙桐:来る日も来る日も殺しては、自分に足りないものを補おうとした 乙桐:お前さんの姿形は、神が失敗作と呼んだ成れの果て 乙桐:伊邪那美(いざなみ)が語り、伊邪那岐(いざなぎ)が受けた 乙桐:手順がたったの一つ違っただけで、流されちまった神の子だ 戎:赤眼、俺は神様で合っているか? 赤眼:あい、神様だ。初めから、ずぅっと戎は神様だ 戎:そう……それならいいんだ 戎:それなら……それなら 0:(一拍) 乙桐:お前さんは「何」だ? 乙桐:お前さんは「達磨」だ 乙桐:お前さんは「誰」だ? 乙桐:お前さんは、 乙桐:  乙桐:  乙桐:  乙桐:「水蛭子(ひるこ)」だ 乙桐:  0:(間)  景安:まぁ自死ぃ選ばんかったあたりは、こん人ちゃあんと分こうてはったんやろうなぁ 泪:どう言う事だい? 景安:問答無用で地獄行きやからどす 景安:まぁ神ん道ぃと仏ん教えやったら土台が違うどすから、倣(なろ)うたのかは分かりまへんけど 泪:神と仏の違い? 景安:ややわぁ!あんさん神ん道ぃと仏ん教えの違いも知らへんの? 景安:弁才天はどこのもんどす?お稲荷はんは? 景安:知っとるんは閨事(ねやごと)ばかり 景安:あんさんうちよりも罰当たりやわぁ 泪:嗚呼そうかい、アタシは罰当たりでいいさね 泪:罰なんざ怖がってて吉原で生きていけるものか 景安:へぇへぇ 景安:嗚呼、これうち愛い人になんて言わはりまひょ? 泪:起きた事その儘に話せばいいだけだろう? 景安:「あんさん下におった奴っちゃあ、随分とまぁ無知どすなぁ駒草(こまぐさ)はん」と? 泪:アンタはとことんこのアタシに喧嘩を売りたいようだねぇ?え? 景安:嗚呼、怖い怖い 景安:まぁこれでようやっと帰れますからに 泪:そういやぁ駒(こま)姐さんは、どうしてまた南海道になんざ行ってるんだい? 景安:そんなんお遍路(へんろ)はんに決まっとります 泪:お遍路さん?!駒姐さんがかい?! 景安:へぇあんさん、お遍路はんは分かるんどすか……けったいな人やわぁ 泪:お遍路さんなんざ、どれだけ掛かるものか 泪:当分は、駒姐さんには会えそうにも無いようだ 景安:まぁ流石にきっちり全部は回らへんと思いますけど 景安:中々に、飽きっぽくて雑な所があるやろう?あん人 泪:それについては、ちぃっとも否やと言えないのが悔しいったらないねぇ 乙桐:お駒がお遍路ねぇ、どう言う風の吹き回しなのか 景安:乙桐はんのせいどすえ? 乙桐:ほぉう? 景安:あん餓鬼、愛い人に押し付けたんはあんさんやないどすか 景安:姉(ねえ)やの事引き摺っとるのか知りませんけど、お陰様でいっぺん祓い直しや!なったんどす 乙桐:嗚呼、すて吉の事か 景安:うち虫けらは虫けらでも、餓鬼はえろう好かんさかい 景安:あんさんかて知っとるやろう? 乙桐:仕様が無ぇだろう 乙桐:お駒は、ややこわらべが好きなんでぃ 乙桐:お前さんが我慢するしかねぇんだ 景安:ややわぁ、開き直り 景安:こないなけったいな話があるんでっしゃろか?やってられへんわぁ 0:  泪:(小声)ちょいと、やるじゃあないか乙桐アンタ 乙桐:おん、そうかい? 泪:あい、その調子でこれからも頼むよ 乙桐:おん 0:(間) 0:(夜の海) 0:(大岩の前で対面して話す二人) 赤眼:…… 景安:こっちや、こっち 赤眼:わしさに何さ用だ? 景安:ややわぁそん話し方ぁ 景安:何もあんさん、四六時中引っ張られとる訳じゃあらしまへんのやろ? 赤眼:さーあ? 景安:うち、あんさん夜は比較的動けはると思っとるんどすけど、気の所為やろか? 赤眼:はぁ…………なんじゃ? 景安:やっぱしそっちの方がうちは好きやさかい 赤眼:其方(そなた)に好かれたところで嬉しゅうないわ 景安:つれないわぁ 景安:これでもうち、あんさんに惚れ込んどるんどすけど? 赤眼:昔の話じゃろうて 赤眼:今は人の子如きに陥落しおってからに。情けのぅ話じゃ 景安:そやかて、あんさんも同じやろう? 赤眼:乙桐の事を言うておるのかえ? 景安:へぇ 赤眼:ははっっ……まぁそう思うておれ 景安:へぇ、そうしときます 景安:嗚呼そやあんさん、うちに御褒美あらへんの? 赤眼:御褒美?わしが? 景安:へぇ 赤眼:其方(そなた)に? 景安:へぇ、そうどす、御褒美 赤眼:何故じゃ? 景安:何故って、うちあんさんの為になかなか気張りはったと思うんどすけど? 赤眼:何をじゃ? 景安:あんさんの事戻したったやろう?わざわざ己が身ぃ捧げて迄 赤眼:頼んでおらぬし、そも戻ったとも言えぬじゃろう 景安:そうやねぇ……うちがもう少し分うてはったら、こうはならんかったさかい 景安:えろう悔やみますなぁ 赤眼:悔いとる奴が褒美を強請るんかえ 景安:「惚れた腫れた方の負けやから、図々しく強請るな」やろう? 赤眼:そう言う事じゃ 景安:ふふっっ 赤眼:胡散臭い男、ど畜生、ぼんくら 景安:嗚呼それ、うち散々な言われようだと思いまへん? 赤眼:いいや?理(り)にかなっとると思うのぅ 景安:そうどす? 赤眼:そこに浮気もんも付ければ上出来じゃろう 景安:浮気もん?うちが? 赤眼:あい 景安:うちのどこが浮気もんなんどすえ? 赤眼:駒草を愛い人と言うとる割には、わしに惚れ込んどるやら戯けた事を申しているからのぅ 景安:おんなし言葉でも意味は違うさかい 赤眼:そうかえ? 景安:駒草への愛いは可愛らしいの愛い 景安:ほんまもんの愛しいは、今も昔もあんさんにだけや 赤眼:物は言いようじゃのぅ 景安:あんさんうちが、ほんまのほんまに虫けら如きに靡くとでも思うてはります? 赤眼:いいや、遊びの先じゃろうて其方(そなた)がしておるのは 景安:へぇ、そうどす。ほんまに好きなんはあんさんだけ 赤眼:ならば潔く諦めるんじゃのぅ 景安:何故や? 赤眼:「赤眼」が其方(そなた)を嫌うておるからじゃ。無視は出来まいて 赤眼:其方と「赤眼」は相性が悪い、わしも勿論の事じゃがな 景安:へぇ、赤眼……邪魔どすなぁ 赤眼:あい、でも使えはするからのぅ 赤眼:今は未だ、手を出すまいな 景安:うち、あんさんの事しか考えてないさかい 景安:うっかり手ぇ滑りはっても堪忍してなぁ? 赤眼:「道端に這いずる虫ケラ一匹踏み潰した人に「何故殺した?」と聞く訳がない」じゃったか? 景安:ややわぁ残ってはりますの?それ? 赤眼:僅かにじゃがの、器には染み付く物じゃ 景安:なぁ、あんさんは分うてくらはるやろ? 赤眼:嗚呼とは言わぬが、否やとも言わぬよ 景安:それでこそ、うちの愛い人やわぁ 赤眼:して、わしをわざわざ呼び出して迄、一体全体何の用じゃ? 景安:嗚呼、忠告しときまひょ、思いまして 赤眼:忠告? 景安:誰かがあんさんの事狙っとりますえ 景安:乙桐の方かも知れないどすけど 赤眼:形は? 景安:さぁ?どっち付かず、言えばいいんやろか 景安:誰にも見えんかったが正しいかもどすなぁ 赤眼:嗚呼、彼奴(きゃつ)か 景安:会いはったんえ? 赤眼:一度だけ、のぅ 赤眼:小賢しくも駒草のフリをしておったわ 景安:へぇ、駒草の。嗚呼、すて吉の件どすか? 赤眼:あい 景安:赤眼にも見えへんのどす? 赤眼:あい、全く 赤眼:赤眼を欺ける奴なんぞ、初めて会ったからのぅ 景安:へぇ……なんやけったいな奴っちゃあ出てきはったなぁ 赤眼:面白いのぅ、楽しゅうて仕様が無いわ 景安:そうどすか、あんさんはそうやって面白がっとき 景安:そん方が、あんさんらしくて好きや 赤眼:まぁわしか乙桐かそれとも赤眼のどれかを狙っておるのならば、其方(そなた)に害は無いじゃろうて 赤眼:ちょっかいさえ出さねば、の話じゃがの 景安:へぇ、肝に銘じときます 景安:あんさんも安生しぃや、 景安:  景安:  景安:  景安:「紫雲英(げんげ)」 景安:  景安:   0:「絵師乙桐の難儀なあやかし事情-おいてけぼり-」 0: 

戎:(以下、戎モノローグ) 戎:  戎:一つ数えて木を挟み 戎:二つ数えて覗き込む 戎:三つ数えて語りかけ 戎:四つ数えて返された 戎:万歳万歳 戎:嗚呼目出度(めでた)いなぁ 戎:  戎:五つ数えて見開く目 戎:六つ数えて四肢いらず 戎:七つ数えて慄いて 戎:八つ数えてさめざめと泣いた 戎:九つ数えて腹を括り 戎:もう一度初めからと十番目 戎:  戎:そうですか 戎:  戎:そうですか 戎:  戎:そうなんですか 戎:  戎:嗚呼、そうですか 戎:  戎:だーるまさんがこーろんだ 戎:  0:(一拍) 泪:嗚呼頗る良い天気じゃあないかい 泪:こんな日は何をしようか迷っちまうねぇ 景安:おっと……堪忍え 泪:アタシの方こそぶつかっちまってすまなかったよ 景安:構しまへん。お互い様っちゅう事で、ほなまた 泪:……ちょいと待ちな兄さん 景安:……へぇ? 泪:アタシはうっかりでねぇ 泪:それはもううっかり過ぎて、よくよぉく色々と忘れちまうのだけれども 景安:へぇ、それはまた難儀やなぁ 泪:兄さんとは何処かで、会った覚えがあるんだよ 景安:……他人の空似ちゃいます? 泪:いいや?そんなさも色男を装った、胡散臭い奴がぁ二人と居てたまるものかい 景安:…… 0:(一拍)  赤眼:せんせ、何さしてんだ? 乙桐:おん?嗚呼、瓦版(かわらばん)を読んでいた 赤眼:瓦版?なして? 乙桐:俺は常々「そう言う事」に関して言やぁ、向こうさんの方から飛び込んでくるまで関わらねぇつもりなんだが 赤眼:あい 乙桐:それでも全国津々浦々、難儀な事にゃあちぃっとばかし興味があるんだよ 赤眼:だから瓦版さ読んでたのか? 乙桐:嗚呼、そう言う事だ 乙桐:尤も江戸の町以上の事ぁ、滅多な事でもなけりゃあ載ってなんざいないがね 赤眼:ふぅん 乙桐:丁度いい、赤眼。お前さんも文字の読み書きの手習いとしてでも、 0:(赤眼、何かに気付いたようにはっとする) 赤眼:っっ?! 乙桐:……どうした? 赤眼:鬼だ、鬼、鬼が来る 乙桐:はぁ? 0:(景安、泪の騒ぐ声が戸越しに聞こえている) 景安:痛い痛い痛い痛い!あんさんちょいと乱暴過ぎやしまへん?! 泪:いいから、さっさと来るんだよ! 景安:せやから痛い、痛うどす! 景安:さっきから何遍(なんべん)も何遍も言うてはりますよってからに?! 泪:首根っこ掴まれたぐらいで、アンタに痛いもくそも無いだろう? 景安:首根っこちゃいますって?! 景安:あんさんが今鷲掴んどるんは耳!うちの耳であらします! 泪:嗚呼そうかい 泪:アタシの中ではたった今から、「首根っこ」と書いて「アンタの耳」と読むようになったんだよ 景安:そんなけったいな理由、通ずると思てはります?! 泪:はいはい通ずる通ずりはりますよ〜って 泪:(景安投げる)よっと 景安:あいたっっ?! 泪:ちょいと邪魔をするよ乙桐 乙桐:もーちったぁ、静かにご登場出来ねぇのかお前さんは 泪:おや、聞こえていたのかい? 乙桐:逆にあそこまで大騒ぎをしておいて、聞こえてねぇと思う方がどうかしているだろう 泪:そいつぁはすまなかったよ先生 乙桐:んで、なんだ?どうにもきな臭ぇ予感しかしねぇんだが 泪:いやさねぇ、お天道様がそれはもう燦々としているからさ、ちょいとばかし町にでも繰り出そうと思ってねぇ 乙桐:相っ変わらず自由気ままに出入りしているんだな、あの天下の吉原の大門(おおもん)を 泪:まぁねぇ、それでふらふらほっつき歩いていたのだけれども 泪:そうしたらさ、待ちな 景安:痛っっ?!踏まんでもえぇやないどすか?! 泪:アンタがこそこそ逃げようとするからだよ!ここまで来ちまったんだ、諦めな 景安:へぇへぇまぁまぁ、用がある言うたらあるさかい、都合がええ言うたらええとでも思てはりまひょ 乙桐:はぁ……やはり居たか景安 泪:そう言う事だい 乙桐:とりあえず入れ 乙桐:玄関口でぎゃいぎゃい喚くなんざ、近所迷惑にも程がある 泪:あい分かった、分かったよ 0:(一拍) 景安:はぁ、耳取れるか思た 乙桐:取れても平気だろうがお前さんは 景安:さっきからあんさんら、うちをなんだと思うてはります?! 乙桐:ど阿呆 泪:胡散臭い男 景安:酷すぎやあらしまへん?! 泪:あーあー五月蝿い五月蝿い!!駒(こま)姐さんはどうしてまた、こんな男に身請けられたんだか全く 景安:そりゃあうちの愛い人は、見る目が頗るあったんでっしゃろ、あんさんらと違うてな! 乙桐:お駒の奴の目は節穴だな、多分 泪:そうさねぇ 泪:かつての間夫(まぶ)は乙桐先生、今の旦那さんはこの御人(おひと) 泪:見る目がないを通り越していっそなぁんにも見えちゃあいない!我が姉女郎ながら、節穴が一番しっくりくるねぇ 乙桐:今さり気なく俺も馬鹿にしただろう?泪 泪:おや、ばれちまった 泪:ところで赤眼はどこに居るんだい?赤いべべ着た可愛い赤眼 乙桐:赤眼?嗚呼多分そこに居ねぇか? 泪:そこって、もしやもしかして乙桐ちょいと 乙桐:あん? 泪:この見るからにとっ散らかった布団の山をさして、まさかまさか「そこ」と言っているのかい? 乙桐:嗚呼、嘘だと思うのなら捲ってみやがれ、奥の方に居やがるぞ 泪:はぁ、そうかい? 0:(一拍)  泪:赤眼〜 赤眼:っっ?! 泪:おやまぁほんとのほんとに居たよ! 乙桐:だからそう言っただろうが 泪:なんだいなんだい赤眼?どうしてまたそんな所に潜っているんだい?隠れん坊かい? 赤眼:鬼さが来た! 泪:鬼ぃ?違うよぅ赤眼、アタシだよ泪さね。「かやっ子さ姉さま」 赤眼:かやっ子さ姉さまが鬼さ連れて来たっっ!鬼ん遣いだっっ! 泪:鬼の遣いってまた随分な言い草じゃあないかい 赤眼:なして鬼さ連れて来たぁ! 泪:はいはいごめんよ、アタシが悪かった!アンタは景安の事が大嫌いなのを、忘れたアタシが悪かったよ 赤眼:鬼ん遣いだぁ……かやっ子さ姉さまもそん内喰われんだ 泪:アタシが景安にかい? 赤眼:嗚呼 泪:安心おし。喰われる前に喰ってやるよこんな奴 景安:聞きはりました?乙桐はん。こん人今うちの事「こんな奴」言いはりましたえ? 乙桐:ど阿呆ないし、ど畜生じゃあねぇだけまだ優しい方だろう 景安:うちが何したって言うんやろか? 乙桐:そいつぁもう頭から爪の先まで色々とやらかしただろうが、お前さんはよ 景安:はて、なんの事やら?記憶にあらしまへんえ 乙桐:そうかい、一発殴りゃあ思い出すかい? 景安:嗚呼嗚呼覚えてはります!はりますよってからに 乙桐:(鼻で笑う) 景安:血の気が多い連中しかおらへんのとちゃいます? 泪:ほら、出ておいでな赤眼。赤いべべ着た可愛い赤眼 赤眼:やんだ! 泪:抱っこしててあげるから。アタシが景安なんざに、アンタを指一本足りとも触れさせやしないからさ 赤眼:ぅぅぅ〜 泪:仕様がない……よし、引っ張り出すか 赤眼:っっ?!なにさするんだ、かやっ子さ姉さま! 赤眼:なして?なして?こん酷い事さする?! 泪:よいしょっっっと……はぁ捕まえたよ、赤眼。これでもう逃げも隠れも出来ないさねぇ 赤眼:離してくんろ! 泪:だーめ駄目 赤眼:ぅぅぅ〜 景安:へぇ?あんさんえろう可愛らしくなられはりましたなぁ 赤眼:鬼っっ?! 泪:あっちへお行きな馬鹿野郎!せっかく無理くりにでも出てきたんだから、アンタが近付いても嫌がるだけさねぇ! 景安:へぇへぇ立つ瀬がないとはこう言う事でっしゃろか 赤眼:なして?せんせ。なして、こん鬼さ入れた? 乙桐:こいつはもう描き終わってる奴だ。なまじっか簡単に前の様には動けまいて 赤眼:鬼さは鬼だ! 泪:アタシは全くてんで何も知らないのだけれども、景安? 景安:へぇ? 泪:アンタ一体全体赤眼に何したんだい? 泪:この子はそれはもう何があっても無か笑うかの二つしかないってのに、怯え喚くなんざアンタの前だけさねぇ 景安:へぇ、何をしたかと言われても、何もしてぬと言う以外あらしまへんえ 泪:何もしていない事ぁないだろう?常々日頃から何があっても澄まし顔。大人ですら怖がる事柄が起きても動じない 泪:その赤眼がこんなにまでなっちまってるんだから、アンタが何かしたに決まっているんだよ、嗚呼そうだ 景安:そやかて、知らんものは知らんさかい。まぁまぁ忘れてしもうたが正しいかもどすけど 乙桐:ほぉう忘れた、と 景安:嗚呼嗚呼でも、そのちまっこいのの中なら、痛っっ?! 景安:今うちを殴ったんはあんさんどすか?乙桐はん! 乙桐:悪ぃ悪ぃ手が滑った 景安:あんさん程怖い御人、うち知りまへんえ 乙桐:まぁその調子で恐れでもしてくれや。その方が都合がいいったらありゃあしねぇからな 泪:……中? 乙桐:気にするな泪、ただの景安の戯言(たわごと)だ 泪:はぁ? 0:(一拍) 乙桐:んで、お前さん達二人。一体全体何の用で? 泪:アタシはこのぼんくらとっ捕まえて連れて来ただけで、他に用は無いさね 乙桐:嗚呼そうかい 景安:ぼんくらってほんまに言いたい放題どすなぁ、あんさんら 泪:ぼんくらをぼんくらって言って何が悪いんだい? 景安:へぇへぇ 乙桐:お前さんは? 景安:うち? 乙桐:嗚呼 景安:うちはご存知の通り、こん乱暴者に耳引っ掴まれて引き摺られて来ただけやさかい 乙桐:用があると言えばあるっつってただろうが 景安:嗚呼、確かに 景安:まぁまぁうち一人でも片付きそうな些細な事柄やけれども。ほな乙桐はんの手ぇ使わして貰いまひょか 乙桐:(ため息) 赤眼:……た? 泪:なんだい?赤眼 赤眼:お駒ん姉さんさどこだ? 泪:嗚呼そうだねぇ、アタシも思っていたんだよ 泪:駒姐さん抜きで景安がふらふら歩いているなんざ、また良からぬ事でも考えているんじゃあないか?ってねぇ 赤眼:まさか喰ったんか?!お駒ん姉さんさ喰ったんか?! 景安:喰らうわけあらしまへんやろ!わざわざうちが愛い人喰らう理由があらしまへん 赤眼:理由さも無く人っ子さ喰う奴だお前は! 景安:あんさんにだけは言われとうないわ! 赤眼:わしは人っ子さ喰った事ねぇよ! 景安:へぇへぇそう言う事にしときまひょ~ 景安:(小声)なんや乙桐はん?「これ」ちぃっとばかし引っ張られ過ぎとちゃいます? 乙桐:仕様がねぇ。そもそも赤眼がこうなったんはお前さんが百悪い 乙桐:赤眼に文句っ垂れる資格も筋合いも、景安お前さんには無ぇ 景安:へぇ、そうどすか 赤眼:ひっっ?! 泪:触んじゃあないよ馬鹿たれ! 景安:痛っっ?!うちまだ触うてはりまへんえ! 泪:触ろうとしたじゃあないかい!同罪だよ! 赤眼:わしも喰われんだぁ! 泪:よーしよし赤眼、赤いべべ着た可愛い赤眼。アタシが居るよ、大丈夫さねぇ。 景安:あんさん過保護っちゅう言葉知ってはります? 泪:いーからあっちにお行きって!しっ! 景安:うちは畜生と同じやろか? 乙桐:畜生じゃあねぇ、ど畜生だ 景安:へぇへぇ。 乙桐:んで、お前さんが赤眼にちょっかい掛けるからてんで話が進みやがらねぇ。 乙桐:お駒と離れてる訳も込みでさっさと話やがれ 景安:へぇへぇ、分かりました 戎:(以下、戎モノローグ)  戎:  戎:引いては戻り、また引いては戻る 戎:海は色んなものを連れて来る 戎:良いものも、悪いものも 戎:飲まれたら最後、戻って来るのは容易ではない 戎:  戎:それを分かって海に出る人 戎:待つのはいつだって置いてけぼりだ 戎:  戎:土左衛門が掛かったと 戎:その度に見に行っては肩を落とす 戎:人々に囲まれたその死体の顔が 戎:そうじゃあないと落胆する 戎:来る日も来る日も 戎:流れ着くのは君じゃあない 戎:  戎:おいてけ、おいてけ 戎:さ迷っているのは誰なのか? 戎:終わらない航海は何処へ行くのか? 戎:底ありの柄杓(ひしゃく)くらい 戎:  戎:幾らでも渡してやると言っているだろうに 戎:  0:(一拍)  乙桐:土左衛門? 景安:へぇそうどす、土左衛門。ここ最近そん村周辺の海に、土左衛門が流れて来るんやと 赤眼:かやっ子さ姉さま、土左衛門ってなんだ? 泪:うぅん……なんて言おうかねぇ。おぼれ死にした仏さんの事だよ 赤眼:おぼれ死に? 泪:人はそもそも海で長く生きられるようには出来ていないから、波に飲まれると運が悪ければ死んじまうんだよ 泪:赤眼は海を知っているかい? 赤眼:いんや 乙桐:海が近ぇなら土左衛門の一人や二人、別におかしい事ぁねぇだろう? 景安:普通の土左衛門やったら別になんもおかしい事はあらしまへん 景安:どうにも妙ちきりんな有様ばかりなんどすえ 乙桐:妙? 景安:水にずっと浸かっとった割には綺麗やのに、どっかしら身体の一部があらへんのやと 乙桐:魚にでも食われたんだろう? 景安:例えば右腕だけをどすか?刃物で切り落としたみたいに、えらい綺麗に右腕だけを食べる。他の部分は全く手ぇ付けんといて 景安:そないな事魚に出来るとでも? 乙桐:なら人斬りに殺された後に捨てられた 景安:言い忘れてはりましたけど、着物はこれも全くの無傷。もしも辻斬りやらで殺されはってたら着物も切れとるっちゅう話なんえ 乙桐:嗚呼、確かに 景安:それに身体の一部だけ切り落とす意味も分からしまへん 景安:ただ殺すなら分うても、腕やら足やらわざわざ持ち去る意味があらしまへん 乙桐:ほぉう 景安:これ、ほんまはうちの愛い人に来た話なんどすけど、あん人は今南海道に用があって向うてるさかい。代わりに探ってこい言われたんどす 景安:それがうちが一人でおる訳どすえ、分からはりました? 乙桐:なる程ねぇ 景安:ちゅう訳で乙桐はん、うちと一緒にちょいと行きまへんえ? 乙桐:何処に? 景安:海に 0:(間) 赤眼:でっけぇなぁ 泪:そうだねぇ 赤眼:かやっ子さ姉さま、これ全部水なんか? 泪:うぅん、水、まぁ確かに水ではあるけれども 赤眼:? 泪:ちょいと試しに舐めてご覧 赤眼:こん水さを? 泪:あい 赤眼:……しょっぺぇ 泪:だろう?塩が混じっているんだよ、海の水にはね 赤眼:へぇ 0:(一拍)  景安:乙桐はん。なんで泪はんもおるんどす? 乙桐:お前さんが嫌だから泪が来なきゃあ行かねぇと、赤眼の奴が駄々こねた結果だ 景安:別にうちと乙桐はんの二人で良かったんどすえ? 乙桐:お前さんと二人で仲良く物見遊山なんざ死んでも御免だね 景安:へぇ、そうどすか。つれないわぁ 泪:忘八(ぼうはち)の野郎を言いくるめるのは、なかなか骨が折れたけれどねぇ 乙桐:一日空けるのは、流石のお前さんも難しかったかい? 泪:そりゃあねぇ 泪:まぁ弱みの一つや二つ、三つや四つ幾らでも握っているから、最後には忘八の方がお手上げになったけれども 景安:やーだやだ怖い御人(おひと)がここにも一人 泪:かやも連れて来たかったねぇ。あの子も海なんざ見た事ないだろうからさ 赤眼:かやっ子さ元気か? 泪:嗚呼、頗る 泪:相も変わらず喧嘩っ早いから、気に食わない事をされるものならやられた以上にやり返しちまって、それはもう禿(かむろ)達をうわぁんうわぁんと泣かせているよ? 赤眼:わし、かやっ子さにとっちめられた事ねぇよぉ? 泪:そりゃあ赤眼はあの子に手を出さないからさ! 泪:可愛い赤眼、アンタは自分で思うよりもずぅっと賢い子だからねぇ。あの子の逆鱗には決して触れやしないんだよ 赤眼:そうか 泪:逆鱗に触れられない龍なんざ、そうホイホイと理由も無く怒りはしないだろう?そう言う話さねぇ 赤眼:へぇ 0:(一拍) 景安:さてさてとりあえずどこから行きまひょか? 乙桐:嗚呼、おっとこいつぁ丁度いい所に。おい泪 泪:はぁ……あい分かった、分かったよ。声を掛けりゃあいいんだろう? 泪:全くアタシばっかり扱き使うんだからこの人は 乙桐:お前さんばっかりじゃあねぇよ? 泪:あいあいそうさね、そうさねぇ。そう言う事にしておいてあげようじゃあないかい 泪:アタシは優しいからねぇ、感謝するんだよ?先生先生、乙桐先生? 乙桐:善処しようじゃあないか 0:(一拍) 泪:ねぇちょいと、ちょいとったらそこの兄さん? 戎:?……誰?おたく 泪:アタシら物見遊山も兼ねて旅をしている者なんだけれども 戎:はぁ、物見遊山?こんな何も無い所によくもまぁ 泪:海があるじゃあないかい 戎:逆に言えば海しか無いのさ 泪:ほぉう、確かに確かに。兄さんここいらの人かい? 戎:まぁ一応 泪:そうかいそれは都合がいいねぇ 戎:都合がいい? 景安:あんさん土左衛門について知ってはります? 泪:ちょいと景安!いきなり聞くのは失礼じゃあないか全く! 景安:うち回りくどいの好かんさかい 泪:常日頃から回りくどい言い回しばかりしているのはどこのどいつだい?え?手鏡でも持ってきてあげようかい? 景安:うちはうち、他所様(よそさま)は他所様や 泪:はぁ……。 戎:物見遊山っつってたが、おたくら土左衛門でも拝みに来たのかい? 景安:そんな訳あらしまへんやろ 戎:なら、なんで? 景安:うちがそれをあんさんに説明するっちゅう義理があるんどす? 景安:えぇから、はよ土左衛門について教え、 泪:よっと 景安:あいたっっ?!何しはるんえ?! 泪:人に物聞く礼儀の一つも覚えていないのかいアンタは! 景安:そやからうち回りくどいん好かん言いはりましたえ! 泪:くどいくどくない以前の問題さね! 乙桐:だぁぁ喧しい!ちぃっとは赤眼を見習わねぇか?! 乙桐:あそこで大人しく縮こまって震えているじゃあねぇか 泪:ちょいとなんで置いて行ってるんだい!んもうっっ!嗚呼嗚呼もう可哀想に、あんなに遠くに離れちまって 泪:ほら!おいで、こっちへおいでな赤眼。もう一回抱っこしてあげよう、ねぇ? 赤眼:せんせさ鬼に謀(たばか)れたぁ。そん鬼と仲良しこよし 赤眼:わし、置いてった。せんせさも鬼だぁ! 乙桐:あーあーすまねぇすまねぇ、堪忍しやがれ 赤眼:やんだ! 泪:ちょいと迎えに行ってくるから、後頼んだよ? 乙桐:あの感じの赤眼は本気で逃げ回るから、お前さん一応覚悟しておけ 泪:アタシを誰だと思っているんだい?アタシは通り文句が月下の芙蓉(ふよう) 泪:なまじっかな性分で女郎なんざやっていないよ 乙桐:つまりは? 泪:体力には自信があるって事さね 泪:そーれ赤眼!鬼ごっこだよー!アタシが鬼さねー! 赤眼:止めてくんろ!かやっ子さ姉さまぁ! 0:(一拍) 乙桐:これでちぃっとは静かになるだろう 景安:へぇ、そうどすなぁ 乙桐:さてお前さんすまなかったな、泪の阿呆と景安の馬鹿が大騒ぎしちまって 戎:はぁ?おたくら本当に何しに此処に来たんだよ? 景安:そやから物見遊山ちゅうて言いはりましたえ 戎:土左衛門探しの物見遊山だろ? 景安:ちゃいますて! 乙桐:別に探しちゃあ居ねぇが 戎:おん 乙桐:ただちぃっとばかし妙な噂が、この耳に届いちまったもんでな 戎:嗚呼そう言う事 乙桐:嗚呼 戎:だとしたらまぁ、俺に聞くのは当たりかもしれねぇしハズレかもしれねぇなぁ 景安:あんさん随分きっかいな言い回ししはりますなぁ? 戎:まぁ、ねぇ 乙桐:訳を聞かせてくれるか? 戎:訳も何も他所もんなんだ、俺 景安:他所もん? 戎:おん、俺は元々この土地の人間じゃあない 戎:この村は狭いから、その分、他所もんには厳しいんだ 乙桐:ほぉう 景安:あんさんどっから来はりましたの? 戎:さぁ? 景安:さぁ?って 戎:分かんねぇんだよ 戎:嗚呼そうそう、丁度この辺。この辺に引っかかって居たんだとよ 乙桐:お前さんが? 戎:おん、捨て子だろうな。対して珍しい話でも無い 景安:へぇ 戎:まぁそんなんだから、俺が知る事しか分からねぇし知らねぇ事を村の奴らに聞く事も出来ねぇ 戎:そう言う意味で、当たりかもしれねぇしハズレかもしれねぇっつったんだ 乙桐:そうかい 戎:おたくらこそ何処から来たんで? 乙桐:江戸だ 戎:へぇ江戸にまで届いちまってんのか、あの話 景安:まだ方方には伝わってまへんけどなぁ 戎:それでも一部には伝わってんだろう? 景安:へぇ、まぁ 戎:……そうか、江戸か 景安:どうかしはりま、 泪:(被せて)捕まえた! 赤眼:離してくんろ! 泪:別に良いじゃあないかい?え?アタシが居ると言っているだろう? 赤眼:そん鬼さがかやっ子さ姉さまに手ぇでも出してみろ。わしがかやっ子さに嫌われんだ! 泪:手なんざ出されないし、出されても負けやしない 泪:万一何かあったとしても、そんな事でかやが赤眼を嫌う筈が無いだろう? 赤眼:だーで 泪:それとも何かい?ちょいと突つけばあっちゅう間に解けちまう 泪:その程度なのかい?アンタとかやの縁(えにし)はさ 赤眼:違ぇよ 泪:じゃあ何も問題ないだろう? 赤眼:うんー 泪:こう言うところはアンタ、まだまだややこだねぇ、赤眼 赤眼:わーしややこじゃねぇよ 泪:ややこも赤眼も皆同じ。可愛いから同じでいいんさねぇ 赤眼:……あい 泪:いい子いい子 泪:さてと、何か分かったかい?土左衛門 乙桐:それを聞こうとした矢先に、お前さんと赤眼がまた騒ぎ出して丁度中断したところだ 泪:あらやだ、そいつぁ悪かったねぇ 景安:他所もんなんどすって 泪:誰が? 景安:こん人 戎:…… 泪:なんだいなんだい、これだから迫っ苦しい村は嫌なんだよ。やれ他所もんだそうじゃあないだ 泪:同じ人でしかありゃあしないってのに、ねぇ? 戎:はぁ? 泪:で、この兄さんの名は? 乙桐:知らん 景安:へぇ同じく 泪:はぁ?!全くこの男共はどう仕様もない! 泪:すまないねぇ兄さん。この分じゃあこの人達、アンタにきちんと名乗ってすらいないのだろう? 戎:まぁ? 泪:アタシは泪。この小さくてプルプル震えてる子が赤眼 戎:赤眼? 泪:赤眼、ちょいと兄さんに目を見せておやり 赤眼:なして? 泪:いいから 赤眼:わーがった 戎:おぉ 泪:ね?この子目が赤いだろう?だから赤眼って言うんだい 戎:夕暮れ時の空みてぇな目だな 赤眼:空? 戎:おん 泪:おやまぁ、いいじゃあないかその例え。気に入ったよ 戎:そりゃあ良かった 泪:んで、こっちの唐変木が景安。まぁどう仕様もない奴だから無視していいよ 景安:もう言いたいだけ言わせとく事にしまひょ 泪:最後に、この無愛想なのが、 乙桐:乙桐だ、名乗り遅れてすまない 戎:いいや、大丈夫だよ 泪:さて、改めて兄さんの名は? 戎:俺は戎(かい) 戎:あそこに見える小屋があるだろう?そこに住んでいる網師(もうし)だよ 赤眼:もうし? 戎:漁夫の事だ。おたくら暇かい? 泪:あい、まぁ暇と言えば暇だよ 戎:丁度いい、なら手伝ってくれ。あそこに仕掛けた網をそろそろ引き上げようと思ってたんだ 景安:ややわぁ、なんでうちらがそないな事せんなあかんの? 戎:いいだろう? 戎:網を引き上げてる合間に、おたくらが知りたがってる土左衛門について話してやるし 戎:どうせその分じゃあおたくら、今晩の宿も何も決めていないだろう? 乙桐:嗚呼、まぁな 戎:この辺の宿屋は期待すんな、大概ぼったくられるか殺されちまう 戎:狭いが俺の小屋に泊めてやるから、悪い話じゃあ無いだろう? 泪:そうさねぇ 戎:じゃあ決まりだ 0:(一拍)  赤眼:なぁ? 戎:うん? 赤眼:なして網さ使うんだぁ? 戎:釣りよかぁ大量に取れやすいからだよ 赤眼:へぇ 戎:網を使って漁をするから俺は網師(もうし)っつうんだ 赤眼:なして? 戎:おたく文字読める子? 赤眼:読めんべ 0:戎、浜辺に文字を書く 戎:分かった。戎:網師(もうし)っつーのは、こう、網師(あみし)って書くんだ 戎:網を使った漁師、だから網師(もうし) 赤眼:わーがった 0:(一拍) 乙桐:ほぉう 泪:どうしたんだい? 乙桐:赤眼が懐いてやがる 泪:嗚呼、本当だ 乙桐:へぇ、そうかい 泪:景安のせいで怯えっぱなしだったけれども、戎の奴と出会えたのはいい縁って事かねぇ 景安:向こうさんが勝手に嫌うとるだけで、うちは悪ないどすえ 泪:そう思ってるのはアンタだけだよ 景安:へぇへぇ、そうどすか。早う愛い人んとこ戻りたいわぁ 戎:そんで、おたくらが知りたがってる土左衛門っつーのはあれだろ?身体の一部が妙に綺麗に切り取られてるっつーやつ 乙桐:嗚呼そうだ。お前さんは実際に見た事があるか? 戎:そりゃあ何遍も 泪:噂通りの仏さんなのかい? 戎:まぁなぁ。とてもじゃあねぇが、あれは魚の仕業には思えねぇよ 赤眼:なして?なして、魚さの仕業じゃねぇの? 戎:え……おい話していいのか? 乙桐:嗚呼。 戎:分かった。 戎:普通の土左衛門が魚の餌食になる場合、まず初めに狙う箇所があるんだよ 戎:ところがどっこい俺が見てきた噂の土左衛門には、その部分がきちんと綺麗に残っていたんだ 赤眼:どこさが残ってたんだぁ? 戎:目だよ、目 戎:長時間水に浸かって柔らかくなっているならまだしも、そうじゃあないならまず目を食われる 赤眼:なして? 戎:柔らかいから食いやすいんだよ 赤眼:へぇ 戎:俺が見た限り死んだばかりの土座衛門に見えたけど、話を聞く限りじゃあ少なくともひと月は経っているんだと 戎:それなのに、海に長時間流されていたとは思えねぇ程綺麗だし。着物だって湯灌場買い(ゆかんばがい)が殆ど手直しせずに、ちゃちゃっと洗えばすぐ売れる程 戎:ただ一つ、 景安:身体ん一部があらへんのやろ? 戎:おん。それから、これは恐らくそっち迄、まだ行っていないだろうけど、 乙桐:嗚呼 戎:流れ着くんじゃあねぇ、引っかかるんだ 泪:何に? 戎:網にだよ 戎:俺が知る限りでは、流れ着いたのはたったの一体だけだ 戎:尤も死んじゃあ居ないがね 乙桐:つまりは流れ着いたのはお前さんだけって事か 戎:嗚呼、そう言う事だ 戎:それからこの周辺では、夜になると度々こんな声が聞こえるんだよ 赤眼:どんなだ? 戎:「おいてけ」 戎:この辺じゃあ妖だなんだ、人じゃない者の仕業じゃあないかって騒がれてるよ 乙桐:ほぉう、成程成程 戎:っっと、やけに重いな 景安:なんか引っかかってるのとちゃいます? 戎:かもな、もう近いし見てくるよ 戎:…… 景安:どうかしはりました? 戎:おたくなんて言ったっけ?景安? 景安:へぇ 戎:景安の言う通り、引っかかっていたよ、ほら 赤眼:なんだぁ? 0:(一拍) 戎:これが噂の土左衛門だ 0:(間)  景安:へぇ、ほんまにえろう綺麗な土左衛門どすなぁ 乙桐:死後数日、いや数時間にも思えねぇ 戎:言っただろう?死んだばかりに見えるんだと 泪:着物も全くの無傷じゃあないかい 泪:確かにこの有様じゃあ、湯灌場買い(ゆかんばがい)が手間いらずなのも頷けるよ 戎:はぁ、よりによって俺の網に掛かるとは、面倒臭いなぁ 赤眼:面倒?なして? 戎:村の連中に言わなきゃあなんねぇだろ?嫌なんだよなぁ 赤眼:なして?村さ人、なしてやんだ? 戎:他所もん嫌いの堅物共の巣窟だからだよ 0:(一拍) 泪:おやおやぁ、あんれまぁ 乙桐:どうした?泪 泪:いやさねぇ?本当の本当に身体の一部が無いのか、ちょいと探ってみたのだけれども 景安:どうどした? 泪:確かに確かに無かったよ、この仏さんには、ほら 泪:左足が無い 景安:へぇ、ほんまに 景安:ちゅう事は愛い人んとこ来た話は、嘘でも方便でも無かったんどすか 景安:それが分からはっただけでも収穫どすえ。これでうち、愛い人に怒られへんで済みますなぁ 戎:…… 泪:戎?どうしたんだい? 戎:嗚呼、いや、何も 戎:とりあえず日も暮れちまうから、村の連中に報告すんのは明日にするよ 乙桐:嗚呼、分かった 0:(間) 戎:(以下、戎モノローグ) 戎:  戎:ゆらゆら、揺れる 戎:風に合わせて 戎:ゆらゆら、ゆらゆら 戎:その度に写し取られた自分も揺れた 戎:  戎:波打って、歪んで 戎:潜ったその瞬間だけは 戎:いつ迄もこのまま生きられる気がしていたのに 戎:  戎:やがて空気を欲した身体は 戎:水の外へ出ようと藻掻いたんだ 戎:  戎:そうですか 戎:そうですか 戎:そうなんですか 戎:嗚呼、そうですか 戎:  戎:そもそも潜るその前に 戎:大きく息を吸い込んだのは自分だろう? 戎:  0:  0:(※前後に分ける場合はここで一旦終了) 0:  泪:(以下、泪口上) 泪:  泪:迷い迷うは妖道中 泪:人を仇なす魑魅魍魎 泪:描き連ねるは絵師の性 泪:半端者の形は歪む 泪:果たして見るのか 泪:それともはたまた見られているのか 泪:分からないからこそ嗚呼面白い 泪:  泪:おいでましたは唐変木の色男 泪:オイラの姐さんにとっ捕まって 泪:文句垂れ垂れ絵師の住処 泪:色男が持ってきた 泪:妙な有様の土左衛門の話 泪:死んだばかりの形(なり)をして 泪:その実、月日は流れる流れる 泪:  泪:足りないのは腕か足? 泪:苦労知らずの湯灌場買い(ゆかんばがい) 泪:それは果たして真(まこと)かしらん? 泪:参りましたは海辺の村 泪:流れ着いて引っかかる 泪:申した申すか網師(もうし)の男 泪:どうやら他所もんどうした事か 泪:掛かる掛かるは、水死体 泪:  泪:嗚呼、難儀だ難儀だ難儀だよぅ 泪:  泪:江戸まで届いた奇妙な土左衛門 泪:件のそいつは妖の仕業?それとも否や。 泪:とにもかくにも、あの続き 泪:  泪:とくとお聞かせ致しましょう 泪:  0:(戎の小屋) 赤眼:えべっさん? 戎:そう、えべっさん 赤眼:なんだぁ?そん、えべっさんさ 戎:神様 赤眼:神様ぁ? 戎:この辺りはえべっさん信仰が多いから、なんかあればすぐに「えべっさんがぁ、えべっさんがぁ」ってうるせぇんだ 赤眼:へぇー 戎:分かった? 赤眼:んだ、わーがった 0:(一拍) 泪:(初めだけ少し小声で)ちょいと乙桐 乙桐:おん? 泪:えべっさんってなんだい? 景安:恵比寿どすえ、恵比寿神 泪:ほぉん、恵比寿神。と言うとあれかい?七福神の 乙桐:嗚呼そうだ 乙桐:海に近ぇ村に恵比寿信仰があるのは、まぁおかしな事ぁねぇわな 景安:へぇ、ほんまに 泪:どうしてまた恵比寿信仰が多いんだい? 景安:ややわぁこん人は 景安:あんさん曲がりなりにも吉原の女郎なんやさかい、恵比寿神くらい知っといてもええと思うわぁ 泪:うちは七福神は七福神でも、弁財天なんだよ弁財天! 泪:芸事を司る神様だぁ。アタシらにぴったりじゃあないかい、え? 景安:芸事っちゅうても根本は商売人でっしゃろ? 景安:あんさんら女郎やってからに、色を買い色を売る 景安:売りもんが己の身になられはっとるだけで、商いな事には変わりはありまへんえ 泪:まぁ、そう言われちまうとそうだけれども 景安:ややわぁ、これだから狐の尻尾ばかり有難う人らは 景安:お稲荷はんお稲荷はん、嗚呼なんや急に寒うなってきはりましたなぁ? 泪:なんだって?! 景安:嗚呼嗚呼怖い怖い。今のあんさん、玉藻の前言い張っても宜しいんとちゃいます? 泪:どうにも景安アンタ。一度とっちめられなきゃあ分からないみたいだねぇ? 景安:うち褒めたんどすえ?何も野狐とは言うてはりまへんやろ? 景安:嗚呼そや!狐ならええ奴っちゃあ、おりましたなぁ 泪:なんだい? 景安:管狐(くだぎつね) 景安:どや?あんさんにおあつらえ向きやろ?使役されとるだけの野狐(やこ)、 泪:(被せる)嗚呼嗚呼いいだろう景安!ちょいと表に出な! 景安:へぇへぇ 乙桐:はぁ……落ち着け二人共 乙桐:泪、お前さんは景安なんざの安い挑発に乗るんじゃあねぇ 泪:アタシはふらふら江戸の町をほっつき歩いてはいるけれども、アンタ達みたいに方方に迄はなかなか流石に行けないんだよ 乙桐:分かっているさ。常日頃狭い檻の中にいる割には、お前さんは色々と物事を知っている方だ 泪:そうかい 乙桐:嗚呼、お前さんの姉女郎はお駒(こま)なんだ 乙桐:あの女の下に居た奴が、馬鹿にも阿呆にもなるまいて 泪:ならいいんだけれども 乙桐:それから景安 景安:へぇ? 乙桐:お前さんもお前さんだ。ちぃっとばかしぼろを見付けたからと、鬼の首取ったみてぇに騒ぐんじゃあねぇ 景安:へぇ、鬼の首どすか。けったいな事言いはりますなぁ、乙桐はん 乙桐:それこそ、おあつらえ向きだろう? 景安:へぇ、そうどすなぁ 景安:まぁそやかて、うち今迄散々言われたさかい、ちょいとは寝首かいても許される思うんどすけど? 乙桐:お前さんは諸々やらかした後だ 乙桐:散々人を馬鹿にし尽くした後で、それがいざ己に返って来ても文句は言えねぇ立場だろうが 景安:そやけど 乙桐:やった事が簡単に許されると思うんじゃあねぇ 乙桐:お前さんのはただの身から出た錆だ 乙桐:それに対して痛くも痒くもねぇんだろう?本当は 乙桐:痛がっているフリをしているだけで 景安:へぇ、まぁ。虫けらに何と言いはられようが、別にっちゅう話ではあるんやけど 乙桐:そうさなぁ、お前さんはそう言う奴だよ 景安:へぇ 乙桐:だからって大袈裟に振舞って面白がるのも大概にしておけ 乙桐:そんなんだからお前さんは、泪に胡散臭ぇと言われちまうんだ 景安:へぇ、分かりました 乙桐:嗚呼 0:(一拍) 赤眼:なぁ? 戎:うん? 赤眼:そんえべっさんさは、何さ神様なんだぁ? 戎:嗚呼えっと、主には漁の神様だな 戎:右手に釣竿、左脇に鯛。それから嗚呼、商売繁盛と縁結びの神様でもあるよ 赤眼:そうなんか 戎:おん 赤眼:なして縁結び?漁さ神様だべ? 戎:まぁそりゃあ、えべっさんが誕生する迄に遡るんだが 赤眼:あい、教えてくんろ 戎:これは明日な? 赤眼:なして!教えてくんろ!戎 戎:長ぇから!そろそろ口が疲れたんだ 赤眼:嗚呼!そんなら仕様がねぇ 赤眼:わーがったぁ 戎:御免な 赤眼:いーよぉ、明日さ教えてくんろ 戎:嗚呼 戎:さてそろそろ寝てもいいかい? 泪:いいけれども、随分早いんだねぇ? 戎:網師(もうし)は早寝早起きなんだ 戎:それにあんまり長く起きてると聞こえちまうかもしれないしな 泪:え?嗚呼「おいてけ」かい? 戎:嗚呼そうだ 泪:それは嫌さねぇ、不気味ったらありゃあしない 泪:それに偶には、夜に寝るのも良いのかもしれないし 戎:うん? 泪:こちらの話さね 0:(一拍) 0:(泪、寝言) 泪:嗚呼違うよかや、そいつぁそこに 泪:あい、そうだよ上出来だ 泪:そんな力いっぱい弾かなくたって 0:(そっと小屋を出て行く戎) 戎:……早くしねぇと 0:  景安:(小声)大岩んとこおるやさかい 景安:来てな 0:(間) 乙桐:……ほぉう、これはこれは又 0:(間) 0:(戎、海に浸かった左足をぼーっと見ている) 戎:嗚呼……これもそろそろ仕舞いかなぁ 赤眼:戎 戎:っっ?! 赤眼:何さしてんだ? 戎:あ、嗚呼……赤眼?だったか? 赤眼:あい 戎:驚いたよ、おたく気配ねぇんだな 赤眼:んだ、無がった? 戎:嗚呼、ちっとも 赤眼:そうか 戎:子供はとっくのとんまに寝る時間だろう? 戎:おたくの方こそ、なんで又こんな夜更けに起きてんだよ 赤眼:うーん 戎:寝れなかった? 赤眼:んだ 戎:そう。ごめんなぁ、あの小屋ちぃっとばかし臭うだろう? 赤眼:におう? 戎:魚だ貝だの匂いがこびり付いちまってて生臭ぇんだ 赤眼:嗚呼、気にさなんねぇよ 戎:さて、と。こんなもんでいいかねぇ? 赤眼:戎、何さしてんだ?なぁ? 戎:嗚呼そうだな、答えていなかった 赤眼:あい、なして? 戎:夜の内に仕掛けてんだ 赤眼:なんを? 戎:網 戎:こうして夜に仕掛けていれば、朝には何かが掛かってる 赤眼:土左衛門さか? 戎:そう連続で土左衛門が引っかかんのは、ちぃっとばかし嫌だなぁ 赤眼:ふぅん 戎:さっき掛かった奴ですら、置き場がねぇから小屋の横に寝かせてんのに 赤眼:んだ、戎 赤眼:あれさ、おがしいんか? 戎:何が? 赤眼:土左衛門さ 赤眼:せんせさも、かやっ子さ姉さまも。そんから……あん鬼さも、みぃんなおがしいっつってんべ 戎:…… 赤眼:わーしさはな?なんがおがしいんか分かんねぇんだ 赤眼:そんがさ、おがしいさ言われる事さあんべ 戎:だから聞いてばかり? 赤眼:あい。わしさはねぇ、戎 戎:うん 赤眼:わしさは半端もんだで。せんせさは偶にそう言うんだ 戎:半端者か 赤眼:戎さ他所もんだぁ 戎:おん 赤眼:わしさ半端もん、なぁ 戎:似てるっつー事? 赤眼:あい、おんなしだで 戎:はは、そうだなぁ…… 戎:ちぃっと待ってろ赤眼、そっち戻るから 赤眼:あい、わーがった  0:(一拍)  戎:…… 赤眼:戎?なした? 戎:いや、今日は聞こえねぇなぁって 赤眼:「おいてけ」? 戎:おん 赤眼:なんさ「おいてけ」だべ? 戎:……知らねぇ 赤眼:そうか 0:(一拍) 戎:えべっさん 赤眼:? 戎:海が近ぇ村には、えべっさん信仰が多いって、赤眼の、 赤眼:せんせ? 戎:先生? 赤眼:あい、せんせ 戎:先生、先生か。まぁいい、その先生が言っていただろう? 赤眼:んだ、言ってたなぁ 戎:だから大概えべっさん信仰のある村には、どっかしら近くに祠があんだよ 戎:その祠の御神体が何か、赤眼、おたくは知ってるかい? 赤眼:いんや、知らねぇ 戎:引いては戻りまた引いては戻る 戎:海は色んなものを連れて来る 戎:良いものも、悪いものも 赤眼:あい 戎:流木だとか、石だとか 戎:えべっさん信仰のある所では、そんな些細なもんすら神様になれんだ 赤眼:そうなんか? 戎:おん……あの土左衛門だって流れ着いた場所がここじゃあなきゃ 戎:別の所なら……神様になれたかもしれねぇんだよ 赤眼:人さは人。死ねば神様になれんのか? 戎:さぁ?流れ次第だよ、それは 赤眼:ふぅん 戎:なぁ、この海の先には何があると思う?赤眼 赤眼:わーがんねぇ。わし海さ見たのも初めてだで 赤眼:戎は?なんがあるさ思う? 戎:神様が住む都 赤眼:へぇ 戎:俺一回だけ見た事があんだ 戎:金糸(きんし)みてぇな髪の、多分本物のえべっさん 赤眼:神様さだった? 戎:さぁ?俺には神様に見えたけど 戎:でも、ただの土左衛門かもしれねぇな…… 0:(一拍) 0:(泪を叩き起す乙桐) 乙桐:……い……おい 泪:(寝息) 乙桐:おい、いい加減起きやがれってんだ泪! 泪:っっは?!なんだいなんだい乙桐?!一体全体どうしたって言うんだい?え? 泪:こんな夜更けに起こしやがって 乙桐:よくもまぁ呑気に寝ていられるなぁお前さんはよ 泪:なんだって? 乙桐:戎が居ねぇ 泪:おやまぁ、本当だよ 乙桐:そんで赤眼と景安も居ねぇ 泪:まさかまさかアタシはアンタと二人で仲良しこよし、おねんねしちまってたって言うのかい? 乙桐:気になるところはそこじゃあねぇだろうがど阿呆! 泪:冗談だよ、叩き起こされちまった意趣返しさねぇ 乙桐:その意趣返しとやらは後で幾らでも受けてやるから、今はさっさと起きて身なりを整えやがれ 泪:あい分かった、分かったよ 0:(一拍) 0:(夜道をふらふら歩く酔っ払いの村人) 村人:古池や〜蛙飛び込む水の音〜ってねぇ。いやぁ飲んじまったなぁ〜、ついついくぃ〜っとねぇ 戎:随分ご機嫌だなぁ 村人:あん?……てめぇ戎じゃねぇか 戎:嗚呼、他所もんの戎さ 戎:久しぶり、とでも言っておこうか? 村人:てっきり死んじまったとばかりに、 戎:それが生きてんだ 戎:おたくらにやたらめったらやられちまったけど、残念ながら生きちまったんだよなぁ 戎:嗚呼、旦那は俺を刺したっけ?それとも頭を石で殴ったっけ? 戎:確認するかい?どちらも残っているよ 村人:いい!んな、気味悪ぃもんなんか見るか 戎:嗚呼そう 戎:ところで旦那、足元も覚束ねぇぐらいに呑んだくれて 戎:何だったっけ?嗚呼、千鳥足? 戎:随分とまぁ呑気過ぎて羨ましいよ、酒なんかに飲まれてさ 村人:てめぇに会っちまった瞬間から、酔いなんざとっくのとんまに覚めちまったわ 村人:さっさとどっかしらに行きやがれ、化け物が! 戎:嗚呼そう、そうですか 戎:他所もんとは世間話もしたくねぇ、と 戎:じゃあもういいさ、本題だ 村人:あん? 戎:その足は、おたくに必要かい? 0:(村人の左足がごとりと音を鳴らして落ちる) 村人:はぁ?って、なっっ?! 戎:左足のが掛かっちまったから新しいのと交換しねぇと、なぁ? 村人:俺の足?!足がっっ?! 0:(戎、左足を拾う) 戎:ちぃっとばかし無骨だが、まぁいいだろうよ。どうせこれもその内使えなくなる 村人:かかか返しやがれ、俺の足! 戎:ほら俺、他所もんだからさ。何も持ってねぇからさ? 戎:羨ましいんだよ、だから足くらいくれても良いだろう?なぁ 0:(戎、村人の襟首掴んで引き摺る) 戎:よっと 村人:っっ?!なんだっっ?! 戎:引いては戻り 戎:また引いては戻る 戎:海は色んなものを連れて来る 戎:良いものも、悪いものも 戎:飲まれたら最後 戎:戻って来るのは容易ではない 戎:それを分かって海に出る人 戎:待つのはいつだって、置いてけぼりだ 村人:はぁあ?てめぇ何を、ま、待て待て待て! 村人:刺したのは悪かった!除け者にしたのも! 戎:海に還って流れ着いて、 村人:おい!戎!っっ、 0:(戎、村人を海に投げ捨てる) 戎:神様になれるといいなぁ? 村人:やめろ……俺の足、それは俺の足だ 村人:俺の……てけ……おいてけ! 村人:おいてけおいてけ、おいてけ、俺の足ぃぃ! 戎:(以下、戎モノローグ) 戎:  戎:たった一度だけ見た人が居る 戎:  戎:金糸みてぇな長い髪 戎:  戎:嘘みてぇに白い肌 戎:  戎:けれど潮に浸かったその皮膚は 戎:  戎:まぁるく膨らんでうねっていた 戎:  戎:俺は爪弾きで、他所もんで 戎:  戎:満足に生きる事すら叶わなくて 戎:  戎:どこに行っても居場所なんかねぇのに 戎:  戎:「元居た場所に帰れ」なんて言われても 戎:  戎:そもそも元すら分かんなかった 戎:  戎:いっそ化け物で居てほしかった 戎:  戎:「海から化け物が流れ着いた」って 戎:  戎:そうすれば綺麗な物の仲間になれた気がしたからだ 戎:  戎:けれど 戎:  戎:  戎:俺はその日から「  」になりたかったんだ 戎:  0:(真夜中の山で赤眼を探す泪) 泪:赤眼ー!どこだい?どこに居るんだい?返事をしておくれな! 乙桐:(ブツブツ言う)土左衛門……おいてけ……身体の一部がねぇ 泪:ちょいと先生アンタもきちんと探さないかい?! 乙桐:あ?嗚呼、赤眼は存外近くに居やがるぜ 泪:どうして分かるんだい? 乙桐:そうなる様にしているからだ 泪:はぁ?景安の馬鹿たれ一人が居ないのはいいけれども、赤眼と一緒に居ないのなら何かがあるって事だろう? 泪:あの子は景安が怖いんだ。アンタはよくよぉく知っているだろう? 乙桐:単に引っ張られて怯えてるだけであって、赤眼と景安はとんとんだ 乙桐:いや、もしやもしかしたら。今は赤眼のが上かもしれねぇがな 泪:ちょいと何言ってるんだい乙桐。そんな訳が、 赤眼:せんせ?かやっ子さ姉さま? 乙桐:嗚呼そこに居たか 0:(赤眼に抱き着く泪) 泪:赤眼ー!方方探したんだよ? 泪:何も言わずにほっつき歩いて、アタシを心配させるんじゃあないよ全く! 赤眼:あいー、ごーめんかやっ子さ姉さま 泪:嫌だよこの子は全くもう!呑気にぼけーっとしちまって! 泪:はぁ……怪我は無いかい? 赤眼:無ぇよ 泪:景安の馬鹿たれに何かされたんじゃあないのかい? 赤眼:鬼さが?なして? 泪:一緒に居たんだろう? 赤眼:わーし、あん鬼さと一緒じゃねぇよ 泪:おや、そうなのかい? 赤眼:んだ戎さには会ったけんども、あん鬼さは知らねぇ 乙桐:ほぉう。おい、赤眼 赤眼:なした?せんせ 乙桐:戎はどこに居る? 赤眼:あっこー 乙桐:山? 赤眼:あい 乙桐:まぁいい次だ赤眼 乙桐:それなら景安はどこに居る? 赤眼:せんせさとかやっ子さ姉さまの後ろだで 泪:っっ?! 景安:へぇ?あんさんらどないしたん? 泪:この馬鹿野郎が!驚かせるんじゃあないよ全く! 景安:別に脅かすつもりは無かったんどすけど…… 乙桐:景安、お前さんどこで何していやがったんで? 景安:ただの野暮用どす。ちょいと野暮があったさかい済ましとりました 乙桐:ほぉん、お前さんが野暮ねぇ? 景安:ややわぁ、あんさんまーたなんか疑うてんのやろ? 景安:うちかて当分は悪さするつもりがあらへんのどすえ?少しは信じとうおくれやす 泪:はいはいそうですかーって、そう簡単には信じられる奴じゃあないだろう?アンタはさ 泪:信用なんざ塵すらも無い、胡散臭い色男こそがアンタだろう? 景安:へぇ、まぁ?随分な言い草や思いますけど 景安:信用云々どうかは置いとって、今回はほんまなんどす 景安:ほんまになんも悪さっちゅうのはしてまへんえ 乙桐:そうかい 景安:分うてくれはりました? 乙桐:一応はな 景安:へぇ、おおきに 泪:嗚呼嗚呼、来るんじゃあなかったよ 泪:心臓が幾つあっても足りやしないんだから全く 乙桐:おぅ、良いじゃあねぇか 乙桐:この機会に化け猫でも目指しやがれ、なぁ泪 泪:い・や・さ・ね! 泪:アタシは妖道中に首突っ込んでも、自分が妖になる気なんざほんの少しも無いんだよ! 乙桐:嗚呼そうかい、難儀な野郎はこれだから 泪:だからアンタの方がずぅっと難儀じゃあないかい 乙桐:ははっっ、さて、とりあえず戎んとこ行くぞ 景安:嗚呼、そや 泪:なんだい?景安 景安:あん人ん所行く前に、いっぺんあの小屋戻りまひょ 泪:どうして又そんな回り道をしなきゃあいけないんだい? 景安:崩れはりよったさかい 乙桐:何が? 景安:そやから、土左衛門どす  0:(一拍) 0:(泪、腐乱した土左衛門を見て顔を顰める) 泪:うっっ?!なんだいなんだいどうしちまったんだいこの有様は?! 泪:さっき迄そりゃあもう綺麗な仏さんだっただろう?ねぇ? 乙桐:こいつぁ又、辛うじて人の形を保っている程度じゃあねぇか、ふぅむ 泪:土左衛門とは名ばかりだと思っていたのに 泪:なかなかどうして、これじゃあ正真正銘の土左衛門じゃあないかい 乙桐:おい、景安 景安:へぇ 乙桐:いきなりこうなったんで? 景安:へぇ、いきなりどす 景安:いきなり音立てたか思たら、見る見る内に崩れはったえ 乙桐:……ちぃっとばかし出遅れたな 乙桐:おい赤眼 赤眼:あい?なした?せんせ 乙桐:戎はまだ彼処(あそこ)に居るか? 赤眼:んだ、居んべー 乙桐:分かった 0:(赤眼、何かに気が付いて振り返る) 赤眼:……「おいてけ」? 泪:え? 赤眼:かやっ子さ姉さま、あっこー 赤眼:あっこさ「おいてけ」だぁ 泪:あそこって……戎?あの子あんな所で何をして、っっ?! 景安:へぇ随分とまぁ雑な事しはりますなぁ、あん人 0:(戎、ぼそぼそ言う) 戎:一つ数えて木を挟み 戎:二つ数えて覗き込む 戎:三つ数えて語りかけ 戎:四つ数えて返された 戎:万歳万歳、嗚呼目出度(めでた)いなぁ 戎:……目出度いなぁ 赤眼:戎 戎:……先寝てろっつったのに 戎:よりにもよって、全員連れて来ちまったのか、赤眼 泪:ああアタシは見たよ!見ちまったよ戎アンタ 泪:たったの今の今、アンタここから人を突き落としただろう? 戎:嗚呼、うん 泪:うんって、誤魔化しもしないのかい?! 戎:別に、神様になれんじゃねぇかなぁって 景安:へぇ?神様? 戎:ほら海にさえ還せば、神様になれんじゃねぇかなぁって 戎:……まぁ無理だったけど。今回も海の藻屑増やしただけだ 泪:そんなの当たり前だろう?人様様がそう簡単に神になんざなれやしないんだ 戎:なら、到底人じゃねぇ見た目の奴は? 泪:はぁ? 0:(戎、手を広げて赤眼に来いと促す) 戎:……赤眼 赤眼:そっちさ行ぐんけ? 戎:おん 赤眼:わーがった 泪:ちょ、行くんじゃあないよ赤眼! 赤眼:だいじょーぶ 泪:え、えぇ? 0:(戎、赤眼を抱き締めたまま) 戎:なぁ赤眼、達磨(だるま)って知ってるか? 赤眼:片目さ塗るやつか? 戎:違ぇ、人の達磨の方だ 赤眼:わがんね、教えてくんろ 景安:手ぇと足ぃがあらへん人の事やろ? 戎:嗚呼、そうだ、その通り 景安:まさかまさかあんさん、自分が達磨っちゅうて言いはります? 戎:その通りだよ景安 戎:俺は達磨だった 乙桐:ほぉう 戎:母が父に話しかけたから失敗しちまったと嘆かれて、その後やり直そうと流された 戎:「お前は失敗作だからいらない」のだと 乙桐:伊邪那美(いざなみ)、伊邪那岐(いざなぎ)か 泪:い、いざ? 乙桐:なんでぃお前さん泪。古事記は読んだ事がねぇんで? 泪:古事記かい?そりゃあ確か昔むかぁしにちらっと読んだっきりだったかと 泪:どんな話なんだい? 乙桐:まぁなんつーか、身も蓋もねぇ話だな 乙桐:作って失敗ならそれで仕舞いな、お前さんが嫌いそうな話だ 泪:嗚呼、何となく分かったよ 戎:俺はな神様になれる筈なんだ、でも足りない物が多過ぎる 戎:手に入れようと伸ばす手がそもそも俺には無いものだったから 赤眼:無いから盗った? 戎:おん 赤眼:そんは仕様がないねぇ 戎:だって海迄行けば神様になれると思ったんだ 戎:じゃなきゃあどうすれば恵比寿になれんだよ 戎:昔たったの一度だけ見た人が居るんだ、言っただろう赤眼 赤眼:金糸さみてぇな髪さ人? 戎:そうだ 戎:でも本当はな?赤眼 戎:髪以外はな、ただの土左衛門だったんだ 赤眼:神様さなかったんけ? 戎:あんなおぞましい臭いのする奴が 戎:神様な訳ねぇだろ…… 戎:あんなぶくぶく爛(ただ)れて膨らんだ奴が 戎:神様な訳がねぇ……訳がねぇのに 赤眼:あい 戎:それなのに村人達は、有難がってあの祠に祀ったんだ 赤眼:えべっさん? 戎:嗚呼「えべっさんだぁ、えべっさんが御越し下すった」って 戎:「ありがてぇありがてぇ、海から神様が御越し下すった」って 乙桐:金糸みてぇな髪だとすれば、そいつぁ又、大層神懸(がか)って見えたんだろう 乙桐:例えお前さんの目には、ただの土左衛門に見えたとしても 戎:そんな事で、たかがその程度で、「はい、そうですか」とでも言えってかっっ?! 赤眼:戎 戎:ふざけんじゃねぇよ! 戎:俺には散々化け物だって言い放った奴らが! 戎:散々、散々痛めつけてきやがった奴らが! 戎:たかが土左衛門すら神様になれるのに、それなら俺は何なんだよ! 戎:  戎:……なぁ何が違うんだ? 戎:まさかまさか生きてるか死んでるか、たったその程度の違いだとでも言うのか?なぁ 赤眼:さーあ、わしさにはわがんねぇよ戎 赤眼:生ぎでも死んでも、わしさどうでもいいんだで 泪:アンタちょいと何言ってるんだい赤眼、どうでもいいだなんて 景安:あんさんは生きるのが誉れかもしれまへんけど 景安:此の世に居るだけが生きるっちゅう話なら、うちかてどうでもいいどす 泪:はぁ? 景安:そん人も言うたやろう?「たったその程度」って 景安:そう言う意味ではそん人の方がずぅっと、うちらに近いかもしれまへんなぁ? 景安:まぁ歪んではりますし、わざわざ神様になりたがるなんてけったいな事は思いまへんけど 戎:悪いかよ 景安:いいえ?うち、あんさん考え方は嫌いじゃあないどすえ 景安:あんさん訳ぇ為に人殺しが手段なら、それもしゃーなし。やろう? 戎:変わった奴だな、おたくも……赤眼も 景安:へぇ、よぉ言われます 戎:……ただの屍ですら神様になれんなら、俺が一番神様になれる筈だろう? 戎:確かに手も足も無かったけどさ、どっちが偉いとかも思わねぇけどさ 戎:なら、どうして俺は生きてんだ。そこに訳も無いのか 泪:戎…… 戎:ただ生きてるだけで理由も無いのは、耐えられねぇんだ俺は 戎:だから神様になるしかなくて、でも、それなら 戎:あとどれくらい、あとどれくらい生きりゃあ俺は正真正銘の神様になれるんだ? 乙桐:…… 戎:死ねば恵比寿になれるとして、確実でもなきゃあ二の足ばかりを踏んでいた 戎:所詮人から奪ったこの四肢 戎:少しずつ、少しずつ。奪った箇所から腐り落ちた 戎:それはお前のもんじゃあねぇんだと、まるで奪った奴等が言っているみたいに 戎:不思議と次を見つける迄死体は腐らなかった 戎:おたくらが知りたがっていた、それこそあの土左衛門の謎の全てさ 戎:「おいてけ」「おいてけ」 戎:嗚呼そうだよ、あの声は 戎:  戎:  戎:  戎:俺に手足を返せと宣う、死者の声だ 戎:  乙桐:赤眼 赤眼:あい 乙桐:判じ絵を作ろう。俺の問いとお前の答え。その二つで幾らでも、お前の為に描いてやる 赤眼:わーがった 乙桐:嫌か? 赤眼:いんや? 乙桐:そうかい 0:(一拍) 戎:嗚呼、なんだこれ。知らねぇなぁ 赤眼:なぁわしさ居んべ、戎。神様じゃあねぇけんど 戎:神様に縋って居られるなら、元より成ろうとなんかしてないさ 赤眼:んだ、いいか?怖くねぇべ、眠るだけ。わーがった? 戎:……分かった 0:  乙桐:描こうじゃないか、お前さんの得手不得手。形は?心は?真は?嘘は? 乙桐:知らぬが仏とは言いますが、どうにも興味が引かれちまう 0:   景安:嗚呼なんや久しぶりどすなぁ?これ 泪:黙りな景安 景安:そやかて、疼いて疼いて仕様がらあらへんのどす 泪:はぁ?疼く? 景安:乙桐はんに描かれた日っちゅうのは、そう簡単には忘れられへんのや 泪:後にも先にもアタシが知っている限りでは、描かれたくせに出てきてんのはアンタだけさねぇ 景安:節穴 泪:今なんか言ったかい? 景安:さーあ、なんでっしゃろ?  0:  乙桐:赤眼、戎は「何」だ? 赤眼:だーるまさんがーこーろんだ 乙桐:ふっ、確かに確かに 乙桐:それならば赤眼、戎は「何処」から来た? 赤眼:神さ都(みやこ)、海ん向こうさ在る神さ居る都 戎:赤眼? 赤眼:そんでいいんだで、戎さはねぇ。なぁ 戎:……ありがとな 乙桐:赤眼、戎は「神」か? 赤眼:いずれはねぇ。戎が一番、一番えべっさんさ 乙桐:赤眼、戎は何故「恵比寿」なんだ? 赤眼:それはねぇ、せんせ 0:(一拍)  赤眼:「戎の名」さにあるんだよ 戎:俺の名? 赤眼:んだ、名。戎はえべっさん。そう初めから、名さが表してた 戎:名が表す?俺が恵比寿だと? 赤眼:せーんせ 乙桐:どうした? 赤眼:字ぃさ書いてくんろ。わし読めさしても書げねぇから 乙桐:おん、分かった 0:(一拍) 赤眼:見ーで、戎 戎:……っっ?! 泪:「えべっさん」は「恵比寿さん」 景安:「恵比寿」は「えびす」 乙桐:「戎(かい)」は「戎(えびす)」 戎:は、はは、はははははは! 赤眼:なぁ、えべっさんだべ 戎:嗚呼、嗚呼そうだなぁ 戎:そりゃあ初めから「えびす」だったらなれねぇよなぁ……そうだよなぁ 乙桐:赤眼 赤眼:なんだ?せんせ 乙桐:お前さんが見えてるモノは、この姿で間違いないか? 赤眼:嗚呼、そうだよ。そうだよ、せんせ 赤眼:それが「恵比寿」で「戎(かい)」なんだ 0:(一拍) 乙桐:お前さんは「誰」だ?神に成りたがるお前さん 乙桐:来る日も来る日も殺しては、自分に足りないものを補おうとした 乙桐:お前さんの姿形は、神が失敗作と呼んだ成れの果て 乙桐:伊邪那美(いざなみ)が語り、伊邪那岐(いざなぎ)が受けた 乙桐:手順がたったの一つ違っただけで、流されちまった神の子だ 戎:赤眼、俺は神様で合っているか? 赤眼:あい、神様だ。初めから、ずぅっと戎は神様だ 戎:そう……それならいいんだ 戎:それなら……それなら 0:(一拍) 乙桐:お前さんは「何」だ? 乙桐:お前さんは「達磨」だ 乙桐:お前さんは「誰」だ? 乙桐:お前さんは、 乙桐:  乙桐:  乙桐:  乙桐:「水蛭子(ひるこ)」だ 乙桐:  0:(間)  景安:まぁ自死ぃ選ばんかったあたりは、こん人ちゃあんと分こうてはったんやろうなぁ 泪:どう言う事だい? 景安:問答無用で地獄行きやからどす 景安:まぁ神ん道ぃと仏ん教えやったら土台が違うどすから、倣(なろ)うたのかは分かりまへんけど 泪:神と仏の違い? 景安:ややわぁ!あんさん神ん道ぃと仏ん教えの違いも知らへんの? 景安:弁才天はどこのもんどす?お稲荷はんは? 景安:知っとるんは閨事(ねやごと)ばかり 景安:あんさんうちよりも罰当たりやわぁ 泪:嗚呼そうかい、アタシは罰当たりでいいさね 泪:罰なんざ怖がってて吉原で生きていけるものか 景安:へぇへぇ 景安:嗚呼、これうち愛い人になんて言わはりまひょ? 泪:起きた事その儘に話せばいいだけだろう? 景安:「あんさん下におった奴っちゃあ、随分とまぁ無知どすなぁ駒草(こまぐさ)はん」と? 泪:アンタはとことんこのアタシに喧嘩を売りたいようだねぇ?え? 景安:嗚呼、怖い怖い 景安:まぁこれでようやっと帰れますからに 泪:そういやぁ駒(こま)姐さんは、どうしてまた南海道になんざ行ってるんだい? 景安:そんなんお遍路(へんろ)はんに決まっとります 泪:お遍路さん?!駒姐さんがかい?! 景安:へぇあんさん、お遍路はんは分かるんどすか……けったいな人やわぁ 泪:お遍路さんなんざ、どれだけ掛かるものか 泪:当分は、駒姐さんには会えそうにも無いようだ 景安:まぁ流石にきっちり全部は回らへんと思いますけど 景安:中々に、飽きっぽくて雑な所があるやろう?あん人 泪:それについては、ちぃっとも否やと言えないのが悔しいったらないねぇ 乙桐:お駒がお遍路ねぇ、どう言う風の吹き回しなのか 景安:乙桐はんのせいどすえ? 乙桐:ほぉう? 景安:あん餓鬼、愛い人に押し付けたんはあんさんやないどすか 景安:姉(ねえ)やの事引き摺っとるのか知りませんけど、お陰様でいっぺん祓い直しや!なったんどす 乙桐:嗚呼、すて吉の事か 景安:うち虫けらは虫けらでも、餓鬼はえろう好かんさかい 景安:あんさんかて知っとるやろう? 乙桐:仕様が無ぇだろう 乙桐:お駒は、ややこわらべが好きなんでぃ 乙桐:お前さんが我慢するしかねぇんだ 景安:ややわぁ、開き直り 景安:こないなけったいな話があるんでっしゃろか?やってられへんわぁ 0:  泪:(小声)ちょいと、やるじゃあないか乙桐アンタ 乙桐:おん、そうかい? 泪:あい、その調子でこれからも頼むよ 乙桐:おん 0:(間) 0:(夜の海) 0:(大岩の前で対面して話す二人) 赤眼:…… 景安:こっちや、こっち 赤眼:わしさに何さ用だ? 景安:ややわぁそん話し方ぁ 景安:何もあんさん、四六時中引っ張られとる訳じゃあらしまへんのやろ? 赤眼:さーあ? 景安:うち、あんさん夜は比較的動けはると思っとるんどすけど、気の所為やろか? 赤眼:はぁ…………なんじゃ? 景安:やっぱしそっちの方がうちは好きやさかい 赤眼:其方(そなた)に好かれたところで嬉しゅうないわ 景安:つれないわぁ 景安:これでもうち、あんさんに惚れ込んどるんどすけど? 赤眼:昔の話じゃろうて 赤眼:今は人の子如きに陥落しおってからに。情けのぅ話じゃ 景安:そやかて、あんさんも同じやろう? 赤眼:乙桐の事を言うておるのかえ? 景安:へぇ 赤眼:ははっっ……まぁそう思うておれ 景安:へぇ、そうしときます 景安:嗚呼そやあんさん、うちに御褒美あらへんの? 赤眼:御褒美?わしが? 景安:へぇ 赤眼:其方(そなた)に? 景安:へぇ、そうどす、御褒美 赤眼:何故じゃ? 景安:何故って、うちあんさんの為になかなか気張りはったと思うんどすけど? 赤眼:何をじゃ? 景安:あんさんの事戻したったやろう?わざわざ己が身ぃ捧げて迄 赤眼:頼んでおらぬし、そも戻ったとも言えぬじゃろう 景安:そうやねぇ……うちがもう少し分うてはったら、こうはならんかったさかい 景安:えろう悔やみますなぁ 赤眼:悔いとる奴が褒美を強請るんかえ 景安:「惚れた腫れた方の負けやから、図々しく強請るな」やろう? 赤眼:そう言う事じゃ 景安:ふふっっ 赤眼:胡散臭い男、ど畜生、ぼんくら 景安:嗚呼それ、うち散々な言われようだと思いまへん? 赤眼:いいや?理(り)にかなっとると思うのぅ 景安:そうどす? 赤眼:そこに浮気もんも付ければ上出来じゃろう 景安:浮気もん?うちが? 赤眼:あい 景安:うちのどこが浮気もんなんどすえ? 赤眼:駒草を愛い人と言うとる割には、わしに惚れ込んどるやら戯けた事を申しているからのぅ 景安:おんなし言葉でも意味は違うさかい 赤眼:そうかえ? 景安:駒草への愛いは可愛らしいの愛い 景安:ほんまもんの愛しいは、今も昔もあんさんにだけや 赤眼:物は言いようじゃのぅ 景安:あんさんうちが、ほんまのほんまに虫けら如きに靡くとでも思うてはります? 赤眼:いいや、遊びの先じゃろうて其方(そなた)がしておるのは 景安:へぇ、そうどす。ほんまに好きなんはあんさんだけ 赤眼:ならば潔く諦めるんじゃのぅ 景安:何故や? 赤眼:「赤眼」が其方(そなた)を嫌うておるからじゃ。無視は出来まいて 赤眼:其方と「赤眼」は相性が悪い、わしも勿論の事じゃがな 景安:へぇ、赤眼……邪魔どすなぁ 赤眼:あい、でも使えはするからのぅ 赤眼:今は未だ、手を出すまいな 景安:うち、あんさんの事しか考えてないさかい 景安:うっかり手ぇ滑りはっても堪忍してなぁ? 赤眼:「道端に這いずる虫ケラ一匹踏み潰した人に「何故殺した?」と聞く訳がない」じゃったか? 景安:ややわぁ残ってはりますの?それ? 赤眼:僅かにじゃがの、器には染み付く物じゃ 景安:なぁ、あんさんは分うてくらはるやろ? 赤眼:嗚呼とは言わぬが、否やとも言わぬよ 景安:それでこそ、うちの愛い人やわぁ 赤眼:して、わしをわざわざ呼び出して迄、一体全体何の用じゃ? 景安:嗚呼、忠告しときまひょ、思いまして 赤眼:忠告? 景安:誰かがあんさんの事狙っとりますえ 景安:乙桐の方かも知れないどすけど 赤眼:形は? 景安:さぁ?どっち付かず、言えばいいんやろか 景安:誰にも見えんかったが正しいかもどすなぁ 赤眼:嗚呼、彼奴(きゃつ)か 景安:会いはったんえ? 赤眼:一度だけ、のぅ 赤眼:小賢しくも駒草のフリをしておったわ 景安:へぇ、駒草の。嗚呼、すて吉の件どすか? 赤眼:あい 景安:赤眼にも見えへんのどす? 赤眼:あい、全く 赤眼:赤眼を欺ける奴なんぞ、初めて会ったからのぅ 景安:へぇ……なんやけったいな奴っちゃあ出てきはったなぁ 赤眼:面白いのぅ、楽しゅうて仕様が無いわ 景安:そうどすか、あんさんはそうやって面白がっとき 景安:そん方が、あんさんらしくて好きや 赤眼:まぁわしか乙桐かそれとも赤眼のどれかを狙っておるのならば、其方(そなた)に害は無いじゃろうて 赤眼:ちょっかいさえ出さねば、の話じゃがの 景安:へぇ、肝に銘じときます 景安:あんさんも安生しぃや、 景安:  景安:  景安:  景安:「紫雲英(げんげ)」 景安:  景安:   0:「絵師乙桐の難儀なあやかし事情-おいてけぼり-」 0: