台本概要
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タイトル | さくらとまちぼうけ |
---|---|
作者名 | 常波 静 (@nami_voiconne) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 1人用台本(不問1) |
時間 | 10 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
戦争の最中もずっと人々を見て、感情を受け取って、愛してきた。そんな桜のお話。
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キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
さくら | 不問 | 6 | 桜の木。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
さくら:私は桜。ずっとずっと、神社にいます。
さくら:長い時間を生きてきました。たくさんの人々を見てきました。
さくら:そんな私の話を、少しだけ。聞いて下さい。
0:
0:
さくら:今から八十年以上前のことです。
さくら:その頃は私も今より元気で、太陽に向かって背伸びをして、大きく広げた枝に若々しい葉っぱをつけていました。
さくら:神社にはいろんな人が来ました。
さくら:いつも六時きっかりに境内を掃除している宮司さん。
さくら:毎日お参りにやってくるおばあさん。
さくら:かくれんぼをして遊んでいる子どもたち。
さくら:小さな赤ちゃんを抱いて散歩にくる若いお母さん。
さくら:ここへやってくる理由は十人十色でしたが、私はそんな人達を見ているのが好きでした。
さくら:そこへ、ひとりの男の人がやって来ました。白いシャツにベージュのズボンを履いていました。
さくら:男の人は周りを少し見渡すと、私の根本に寝っ転がって目を閉じました。
さくら:気持ちよさそうにしているので、私はそっと日陰になるように彼の真上に枝を伸ばしました。
さくら:しばらくすると、そこへ女の人がやってきました。セーラー服を着て、髪はお下げにしています。
さくら:女の人は男の人を見つけると、呆れた顔で声をかけました。
さくら:男の人は目を開けると、あくびをして面倒くさそうに立ち上がりました。
さくら:二人は最初何やら言い合っていましたが、すぐにそれは笑いに変わりました。
さくら:私はあんな風に表情をコロコロと変えることはできませんし、誰かと話すことも叶いません。
さくら:ほんのちょっとだけ。羨ましい。なんて思ってしまいました。
さくら:二人はひとしきり話した後、一緒に帰って行きました。
さくら:夕日が落ちてきて、二人が歩く石段は輝く金色に染め上げられていました。
0:
0:
さくら:二人はたまにこの神社へ来てくれました。
さくら:ある日は待ち合わせに使ったり。
さくら:ある日はお参りをしたり。
さくら:ある日は学校の帰りに寄り道に来て話したり。
さくら:いつも二人は楽しそうでした。
さくら:そしてふとしたときに、恥ずかしそうに目をそらしていました。
さくら:けれども、段々と空気は暗くなってきました。
さくら:空が暗いというわけじゃありません。
さくら:来る人の顔も、声も、服も。
さくら:人々のまとっている空気そのものが暗くなっていました。
さくら:みんな、男の人は国民服を着て、女の人はもんぺを着ていました。
さくら:私にはその服が、とてもとても重く見えました。
さくら:あの二人も、そんな格好をしていました。
さくら:男の人の手には赤い紙が握られていました。
さくら:泣き崩れる女の人に向かって、男の人は一言、
さくら:「待ってて」
さくら:と言いました。
さくら:私もそれを見て、泣きたくなってきました。
さくら:けれども、声を上げることも涙を流すこともできませんでした。
さくら:その代わりに、桜の花びらが散っていきました。
0:
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さくら:女の人は毎日欠かさず神社へやって来ました。
さくら:必ず何分もかけてお参りをして、それからこの木の下で三時間は待っていました。
さくら:彼が帰ってくることはありませんでした。
さくら:そうしている間にも戦争は酷くなっていきました。
さくら:毎日のようにサイレンが鳴り響きました。
さくら:神社に来る人はほとんどいなくなりました。
さくら:たまに来た人はみんな涙を流していました。
さくら:そんな中でも女の人は毎日神社に来ていました。
さくら:その日も、そうでした。
0:
0:
さくら:桜の木の下で待っていると、突然サイレンが鳴り響きました。
さくら:飛行機が大きな音を立ててたくさん飛んできて、黒い塊をこれでもかというくらい落としていきました。
さくら:境内から出た火は広がって、私のところへやってきました。
さくら:女の人は逃げようとしていましたが、転んで足を挫いてしまいました。
さくら:爆弾はちょうど女の人の真上に落ちようとしていました。
さくら:私は力を振り絞って、女の人を覆うように必死に枝を伸ばしました。
さくら:あつい。アツい。暑い。熱い。
さくら:私は燃えていました。枝のつま先から根っこまで、全てが熱くなって、行き場のない何かがくすぶっていました。
さくら:これは。そうだ。感情です。人の感情というものです。
さくら:たくさんの感情を詰め込んで、人々は互いに落としているのです。
さくら:なんと重たくて、なんと冷たくて、なんと熱いのでしょうか。
さくら:私は人の感情というものに憧れていました。
さくら:けれども、感情というものがこんなに苦しいものがとは思いもしなかったのです。
さくら:人に感情なんてなければ。植物のようにただ生えているだけだったなら。こんなに苦しむことはなかったでしょうか。
さくら:戦争なんて起こすことは、なかったのでしょうか。
さくら:そうかもしれません。
さくら:けれども、そんなものはきっと人間とは言えません。
さくら:燃えろ。燃えろ……燃えろっ……燃えろっ!!
さくら:すべて、私が受け止めてみせます。
さくら:だから、持っている感情をすべてぶつけてください。
さくら:苦しみも悲しみも恐怖も嫉妬も全て受け入れて、向き合ってこそ。人間なのです。
さくら:女の人は呆然としていました。私は身を燃やしながら叫びました。
さくら:「逃げてッ!!」
さくら:女の人はハッとしたように立ち上がって、去っていきます。
さくら:立ち去る直前に女の人は言いました。
さくら:「ありがとう」
さくら:私は初めて人に感謝されて、少し照れくさい気持ちになりました。
0:
0:
さくら:燃えた私は切り倒されて、ただの切り株になってしまいました。
さくら:意識も朦朧としていて、生きているのか死んでいるのかも曖昧になってきています。
さくら:それでも彼女は毎日来てくれます。
さくら:愛する人を待ち続けています。
さくら:八十年の間、待ち続けています。
さくら:きっと明日も明後日も、彼女は待ち続けるのでしょう。
さくら:私には、彼女の心の傷を埋めることはできません。
さくら:彼の代わりになることもできません。
さくら:それでも、一緒に待つことはできます。
さくら:彼女が流してきた涙を受け止めて、また大きな木へと成長していくことができます。
さくら:誰もが笑っていて、そこに桜が咲き乱れる日を。願うことができます。
さくら:たとえ感情に押しつぶされることがあっても、また前を向いて歩いていける。
さくら:そんな強い人間という生き物を、私はずっと愛しています。
さくら:「どうぞ、お座り」
さくら:私が彼女の方へ向くと、彼女は細くなった足でゆっくりと曲がった腰をおろしました。
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0:《終》
さくら:私は桜。ずっとずっと、神社にいます。
さくら:長い時間を生きてきました。たくさんの人々を見てきました。
さくら:そんな私の話を、少しだけ。聞いて下さい。
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さくら:今から八十年以上前のことです。
さくら:その頃は私も今より元気で、太陽に向かって背伸びをして、大きく広げた枝に若々しい葉っぱをつけていました。
さくら:神社にはいろんな人が来ました。
さくら:いつも六時きっかりに境内を掃除している宮司さん。
さくら:毎日お参りにやってくるおばあさん。
さくら:かくれんぼをして遊んでいる子どもたち。
さくら:小さな赤ちゃんを抱いて散歩にくる若いお母さん。
さくら:ここへやってくる理由は十人十色でしたが、私はそんな人達を見ているのが好きでした。
さくら:そこへ、ひとりの男の人がやって来ました。白いシャツにベージュのズボンを履いていました。
さくら:男の人は周りを少し見渡すと、私の根本に寝っ転がって目を閉じました。
さくら:気持ちよさそうにしているので、私はそっと日陰になるように彼の真上に枝を伸ばしました。
さくら:しばらくすると、そこへ女の人がやってきました。セーラー服を着て、髪はお下げにしています。
さくら:女の人は男の人を見つけると、呆れた顔で声をかけました。
さくら:男の人は目を開けると、あくびをして面倒くさそうに立ち上がりました。
さくら:二人は最初何やら言い合っていましたが、すぐにそれは笑いに変わりました。
さくら:私はあんな風に表情をコロコロと変えることはできませんし、誰かと話すことも叶いません。
さくら:ほんのちょっとだけ。羨ましい。なんて思ってしまいました。
さくら:二人はひとしきり話した後、一緒に帰って行きました。
さくら:夕日が落ちてきて、二人が歩く石段は輝く金色に染め上げられていました。
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さくら:二人はたまにこの神社へ来てくれました。
さくら:ある日は待ち合わせに使ったり。
さくら:ある日はお参りをしたり。
さくら:ある日は学校の帰りに寄り道に来て話したり。
さくら:いつも二人は楽しそうでした。
さくら:そしてふとしたときに、恥ずかしそうに目をそらしていました。
さくら:けれども、段々と空気は暗くなってきました。
さくら:空が暗いというわけじゃありません。
さくら:来る人の顔も、声も、服も。
さくら:人々のまとっている空気そのものが暗くなっていました。
さくら:みんな、男の人は国民服を着て、女の人はもんぺを着ていました。
さくら:私にはその服が、とてもとても重く見えました。
さくら:あの二人も、そんな格好をしていました。
さくら:男の人の手には赤い紙が握られていました。
さくら:泣き崩れる女の人に向かって、男の人は一言、
さくら:「待ってて」
さくら:と言いました。
さくら:私もそれを見て、泣きたくなってきました。
さくら:けれども、声を上げることも涙を流すこともできませんでした。
さくら:その代わりに、桜の花びらが散っていきました。
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さくら:女の人は毎日欠かさず神社へやって来ました。
さくら:必ず何分もかけてお参りをして、それからこの木の下で三時間は待っていました。
さくら:彼が帰ってくることはありませんでした。
さくら:そうしている間にも戦争は酷くなっていきました。
さくら:毎日のようにサイレンが鳴り響きました。
さくら:神社に来る人はほとんどいなくなりました。
さくら:たまに来た人はみんな涙を流していました。
さくら:そんな中でも女の人は毎日神社に来ていました。
さくら:その日も、そうでした。
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さくら:桜の木の下で待っていると、突然サイレンが鳴り響きました。
さくら:飛行機が大きな音を立ててたくさん飛んできて、黒い塊をこれでもかというくらい落としていきました。
さくら:境内から出た火は広がって、私のところへやってきました。
さくら:女の人は逃げようとしていましたが、転んで足を挫いてしまいました。
さくら:爆弾はちょうど女の人の真上に落ちようとしていました。
さくら:私は力を振り絞って、女の人を覆うように必死に枝を伸ばしました。
さくら:あつい。アツい。暑い。熱い。
さくら:私は燃えていました。枝のつま先から根っこまで、全てが熱くなって、行き場のない何かがくすぶっていました。
さくら:これは。そうだ。感情です。人の感情というものです。
さくら:たくさんの感情を詰め込んで、人々は互いに落としているのです。
さくら:なんと重たくて、なんと冷たくて、なんと熱いのでしょうか。
さくら:私は人の感情というものに憧れていました。
さくら:けれども、感情というものがこんなに苦しいものがとは思いもしなかったのです。
さくら:人に感情なんてなければ。植物のようにただ生えているだけだったなら。こんなに苦しむことはなかったでしょうか。
さくら:戦争なんて起こすことは、なかったのでしょうか。
さくら:そうかもしれません。
さくら:けれども、そんなものはきっと人間とは言えません。
さくら:燃えろ。燃えろ……燃えろっ……燃えろっ!!
さくら:すべて、私が受け止めてみせます。
さくら:だから、持っている感情をすべてぶつけてください。
さくら:苦しみも悲しみも恐怖も嫉妬も全て受け入れて、向き合ってこそ。人間なのです。
さくら:女の人は呆然としていました。私は身を燃やしながら叫びました。
さくら:「逃げてッ!!」
さくら:女の人はハッとしたように立ち上がって、去っていきます。
さくら:立ち去る直前に女の人は言いました。
さくら:「ありがとう」
さくら:私は初めて人に感謝されて、少し照れくさい気持ちになりました。
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さくら:燃えた私は切り倒されて、ただの切り株になってしまいました。
さくら:意識も朦朧としていて、生きているのか死んでいるのかも曖昧になってきています。
さくら:それでも彼女は毎日来てくれます。
さくら:愛する人を待ち続けています。
さくら:八十年の間、待ち続けています。
さくら:きっと明日も明後日も、彼女は待ち続けるのでしょう。
さくら:私には、彼女の心の傷を埋めることはできません。
さくら:彼の代わりになることもできません。
さくら:それでも、一緒に待つことはできます。
さくら:彼女が流してきた涙を受け止めて、また大きな木へと成長していくことができます。
さくら:誰もが笑っていて、そこに桜が咲き乱れる日を。願うことができます。
さくら:たとえ感情に押しつぶされることがあっても、また前を向いて歩いていける。
さくら:そんな強い人間という生き物を、私はずっと愛しています。
さくら:「どうぞ、お座り」
さくら:私が彼女の方へ向くと、彼女は細くなった足でゆっくりと曲がった腰をおろしました。
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0:《終》