台本概要

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タイトル 仕掛屋「竜胆」閻魔帳〜的之参〜 殯(もがり)の笛と、りんの言の葉〈序〉
作者名 にじんすき〜
ジャンル 時代劇
演者人数 4人用台本(男3、女1) ※兼役あり
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ⭐︎こちらは4部構成の第1部となっております⭐︎

「悲しきものに寄り添う」が信条の仕掛屋『竜胆』
 店で預かる「おりん」が可愛くて仕方がないお詠さん。
 言葉を発さない「おりん」を気にかけ、医師に相談することと相成りました。
 その医師から反対に依頼を受ける中で、件(くだん)の「凄い奴」にふたたび…
 さてさてどうなりますやら

仕掛屋『竜胆』閻魔帳 第3作 その1

1)人物の性別変更不可。ただし、演者さまの性別は問いません
2)話の筋は改変のないようにお願いします
3)雰囲気を壊さないアドリブは可です
4)Nは人物ごとに指定していますが、声質は自由です
5)兼役は一応指定していますが、皆様でかえてくださって構いません

25分〜30分ほどで終演すると思います。

〜以下、世界観を補完するためのもの〜

りん:シリーズ〜的之壱〜で詠に斬られた「左馬(さま)」の娘。あの日以来、声が出ない。九歳〜十一歳ほどを想定しています。

新五郎:町火消四十八組の一つ「な組」の頭。左平次を疑い、問題解決のきっかけとなることで、「ね組」も吸収合併。押しも押されぬ親分さんとなる。(シリーズ〜的之壱〜に登場)

ね組の左平次:町火消四十八組一つ「ね組」の頭でありながら、自分で延焼行為を行い、商いにつなげていた、悪徳の者。りんを拐かし、その親である「左馬(さま)」を無体を働かせていた。阿武に斬られている。(シリーズ〜的之壱〜に登場)

左馬:中条流を極めた剣士。とある事情で武士の身分を失い、路頭に迷っていたところを「左平次」に拾われ、娘のおりんを軟禁されることとなる。おりんを形(かた)にとられ、犯罪に身を染めて行くことになる…(シリーズ〜的之壱〜)

朝霞屋嘉兵衛:あさかやかへえ。関八州(かんはっしゅう)の香具師(やし・露店や街頭の商売人、芸人)を束ねる大親分。各地に有能・無能、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の手下(てか)を侍らせ、その情報力と影響力には尋常ならざるものがある。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
39 えい。小間物(こまもの)・荒物(あらもの)、よろず扱う『竜胆庵(りんどうあん)』店主。二十歳そこそこにして、ものぐさ&あんみつクイーン。実は町を荒らす輩はあたしが許さない、を地で行く人物。兼役に「母親」があります。
阿武 31 あんの。年齢不詳。詠に付き随う豪のもの。闇に紛れて行動できる謎の人物。詠の出生の秘密も知っている。第二作でいじられキャラになりつつありましたが、今作は活躍の予感!
常闇の長治 15 とこやみのちょうじ。朝霞屋(あさかや)嘉兵衛(かへえ)が抱える殺し屋。受けた仕事は必ず果たす。あのお詠さんを圧したほどの「凄い奴」。ただし美醜の価値観を優先する場合も。
村田東庵 33 むらたとうあん。長崎にて蘭方(らんぽう)医学を修め、医師としては抜群の腕を持つ。が、とある村落のそばで養生所(診療所のこと)を営む奇特な先生。奥医師(おくいし) 半井(なからい)祐笙(ゆうしょう)から番医師(ばんいし)として殿中(でんちゅう)に仕えるよう誘われているが、断り続けている。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:『殯(もがり)の笛と、りんの言の葉〈序〉』 仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:① 人物の性別変更不可(ただし演者さまの性別は不問です) 仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:② 話の筋の改変は不可。ただし雰囲気のあるアドリブは大歓迎 仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:③ 場面の頭にある〈N〉の声質はご自由にどうぞ。 詠:えい。小間物(こまもの)・荒物(あらもの)、よろず扱う『竜胆庵(りんどうあん)』店主。二十歳そこそこにして、ものぐさ&あんみつクイーン。実は町を荒らす輩はあたしが許さない、を地で行く人物。兼役に「母親」があります。 阿武:あんの。年齢不詳。詠に付き随う豪のもの。闇に紛れて行動できる謎の人物。詠の出生の秘密も知っている。第二作でいじられキャラになりつつありましたが、今作は活躍の予感! りん:シリーズ〜的之壱〜で詠に斬られた「左馬」の娘。あの日以来、声が出ない。九歳〜十一歳ほどを想定しています。(「序」は配役不要) 常闇の長治:とこやみのちょうじ。朝霞屋(あさかや)嘉兵衛(かへえ)が抱える殺し屋。受けた仕事は必ず果たす。あのお詠さんを圧したほどの「凄い奴」。ただし美醜の価値観を優先する場合も。 村田東庵:むらたとうあん。長崎にて蘭方(らんぽう)医学を修め、医師としては抜群の腕を持つ。が、とある村落の近くで養生所(診療所のこと)を営む奇特な先生。奥医師 半井(なからい)祐笙(ゆうしょう)から番医師(ばんいし)として殿中(でんちゅう)に仕えるよう誘われているが、断り続けている。 朝霞屋嘉兵衛:あさかやかへえ。関八州(かんはっしゅう)の香具師(やし・露店や街頭の商売人、芸人)を束ねる大親分。各地に有能・無能、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の手下(てか)を侍らせ、その情報力と影響力には尋常ならざるものがある。(まだ配役不要)    : 0:〈 〉NやM、兼役の指定 0:( )直前の漢字の読みや語意 0:【 】ト書 それっぽくやってくださると幸いです。  : 0:以下、本編です。  : 阿武:〈N〉早春の緩い(ゆるい)陽気に包まれる東庵の養生所(ようじょうしょ)。周囲に幾重にも植わっているエドヒガンザクラの巨木群には、無数のつぼみがつき、ほころびを見せ始めている。満開の時期には人出で賑(にぎ)わう「朧の杜(おぼろのもり)」。そんな名所からほどない場所に東庵が居を構えてからそろそろ二年が経とうとしている。近隣の住人からの信頼も厚い東庵の元を、村の子どもが訪れていた。その手には大事そうに風車が握られ、満面の笑みで彼に礼を述べている。 村田東庵:【笑顔で】そうですか。ちゃんと回るようになったんですね、風車。うまく直せるか心配だったんですが、よかったよかった。私も安心しましたよ。     母親:〈詠兼役〉えれぇ先生さまにわらしのおもちゃなんぞ見てもろうて、ほんに申し訳のねえことです…。それで、先生さまに食べてもらおうと思うて、里でとれた大根と山菜をお持ちしましたんで、へぇ。     阿武:〈N〉土産を渡す母親の傍ら(かたわら)では子どもが嬉しそうに見上げている。     村田東庵:いや、わざわざすみません。…でも、本当に礼の品などお持ちにならないでよいのですよ。私は医師ですからね、「なおす」のが務めです。それにおもちゃの修理は仕事ではありませんし、ね【微笑】。 母親:〈詠兼役〉ほんにありがとうごぜえました。へぇ、このとおりにごぜえます…。…おや、先生さま、お客さまがお見えのようですよ。それじゃあ、わしらはこれで…【頭を下げて出ていく】 村田東庵:こちらこそありがとうございました。何かあればまたおいでください。 0:【入れ替わりに詠がやってくる】   詠:あらぁ、風車かい? く〜るくるくる、く〜るくる♫ ははは、子どもの笑顔は良いものだねぇ。それじゃあね。 詠:【母親とその息子を見送る】 詠:……さてと、東庵先生、先日の文(ふみ)のことでね。ちょいとお時間をいただけますか? 村田東庵:ええ、いいですよ。どうぞおあがりください。  : 阿武:〈N〉詠を居間に導くと、東庵は文箱(ふばこ)から文を取り出してくる。この文は詠が東庵に送ったものであった。  : 村田東庵:それで、おりんさん、でしたか。話すことができない…と。   詠:そうなんですよ。言葉はもちろん、ああとかううとか言うこともない有様で…。あたしゃ、なんとかしてやりたいと思ってんです。 詠:【以下、小声で】それがあたしの務めなんだ… 村田東庵:…確か、おりんさんは…お詠さんが仕事の伝手(つて)で預かっているという娘さんでしたな。   詠:ご公儀(こうぎ・幕府のこと)の手入れを受けた「ね組の左平次(さへいじ)」の屋敷に囚われていたようでねぇ。今はうちで阿武の手ほどきを受けて店の見習いをやってもらってます。   村田東庵:そうですか。とらわれの日々…ですか。そこで酷い目にあっていなければいいのですが…。ともかく日々の活計(たつき)を立てることはできている訳ですね。まあ、お詠さんのところにいるのですから、そもそも大事(だいじ)ないでしょうが。 詠:【カラカラ笑いながら】 詠:りんはね、それはそれはよくやってくれてるんですよぉ。気がつくし、気立もいい。仕事の覚えもいいと阿武(あんの)が褒めているくらいですからねぇ。   村田東庵:ふむ……。おりんさんの日頃の表情などはいかがでしょう。喜怒哀楽を失(な)くしてはおりませんか。言の葉(ことのは)を失った者は、生気が失(う)せることも多いですからね。   詠:いや、東庵先生、おりんはねぇ、そりゃあそりゃあ可愛いんです。あたしと同じで「梅屋」のあんみつが大好きでねぇ! いつも美味しそうにいい顔でにこにこしてくれるんですから。   村田東庵:ほう、そうなのですね。【微笑みつつも思案顔】一言も発さず、かつ、よき笑顔を見せると…。   詠:守ってやりたいねぇ、あのいい顔を…。それでもね、先生。あたしは気になってんですよ…おりんが「笑みしか見せない」ことが、ね。 詠:あたしらと過ごしているから、おりんはずっと笑顔なんだ、なんて考えちまうような間抜けじゃぁないですからね、さすがに…   村田東庵:「笑みしか見せない」、ですか…。ふむ…。  : 常闇の長治:〈N〉ところかわって、こちらは小間物(こまもの)・荒物(あらもの)よろず扱う『竜胆庵(りんどうあん)』。店先では阿武(あんの)の後を追い、「おりん」がくるくると働いている。  : 阿武:これはこれは、毎度ありがとうございます。いつものでございますね。ほら、おりんさん、刻みタバコを三つばかりお渡しして。へぇ、そうなんですよ。うちのおりんもずいぶん仕事が板について参りまして。お客さま方のおかげさまにございます。えぇえぇ、これからもご贔屓(ひいき)に願います。  : 常闇の長治:〈N〉この日もおりんは愛想よく働いているようだ。客を見送りがてら阿武と共に頭を下げている。  : 阿武:さあさあ、おりんさん、そろそろ夕餉(ゆうげ・夕食のこと)の支度をしましょうか。詠さまがお腹を空かせて帰っていらっしゃるでしょうからね(笑)。  : 0:【にこにこおりん】  : 常闇の長治:〈N〉夕餉(ゆうげ)を終え、翌日の荷分けも終わった『竜胆庵』。付近の静けさに溶け込むようにひっそりと火が灯されている。「おりん」が床についた後の居間では、詠と阿武が話をしていた。  : 阿武:それで、東庵先生はどのように仰せでしたかな、詠さま。医師の見立てから何か得るものはございましたか?   詠:そうさねぇ。大方(おおかた)はこちらが考えの通りさ。左平次に囚われていた時も、左馬のおかげで下手な扱いを受けたわけではないようだけどねぇ。いかんせん…   阿武:【詠のセリフ「いかんせん」に続けて】 阿武:「母親」(「父親」想定する台本(男女2パターンあり)で変える)が突然失われてしまったのですから、ね…。健気にみせても、まだ童(わらし)。暮らしもこのように大きく変わってしまいましたし…。   詠:……そうなんだよ。親の庇護(ひご)を受けられないってのはね、あの年頃の子にとっては、どうしたところでつらいだろうからねぇ…。 詠:【遠い目をする】   阿武:【詠の様子を見て】 阿武:……詠女(えいじょ)さま。あれは仕方のないことだったのでございます…【申し訳なさそうに】   詠:阿武、その呼び方はおやめと言っただろ【微笑】。 詠:いいんだよ。あたしにはねぇ、阿武。いつもお前がそばにいるから、ね。   阿武:詠女さま… もったいなきお言葉【悲しさと嬉しさがない混ぜになったように】   詠:あぁぁんんのぉぉぉ?   阿武:え? あぁ、いえいえいえいえ…。 阿武:…ふぅ。【姿勢を正し】詠さま。恐れ多いことにございます。   詠:【微笑】…しかしねぇ。あたしがりんの親を「斬った」ことは紛れもない事実だ。この業(ごう)は背負い(しょい)続けないといけないねぇ。背負い小間物(しょいこまもの)姿に慣れちゃあいても、こういった想いを抱えることにゃぁ、慣れられるもんじゃぁないね。   阿武:いつかは打ち明けなさるのですか? おりんさんに。   詠:そうさねぇ。その時が来たならば、伝えなければならないだろうねぇ。 阿武:おりんさん…。   詠:東庵先生も「親を失い、強い悲しみに襲われたことが、おりんさんの言の葉(ことのは)が生ずるのを妨げている」と仰っていたさ。 詠:それからね、阿武。東庵先生が仰せによれば…  : 村田東庵:〈N〉暗闇に浮かぶ東庵の養生所。背後に見えるは名所となっているエドヒガンザクラの巨木群、「朧の杜(おぼろのもり)」。どれほど明るい月夜でも杜の中から見上げて見れば、霞んで見える月明かり。それほどまでに樹々が生い茂っていることから、いつとなくそう呼ばれるようになった。 村田東庵:〈N〉その漆黒の闇の中、今宵はさらなる黒い影が一つ。一際大きな桜から養生所を覗くのは、朝霞屋嘉兵衛(あさかやかへえ)の懐刀(ふところがたな)、常闇(とこやみ)の長治(ちょうじ)である。  : 常闇の長治:〈M〉ふぅん。ここが村田東庵(むらたとうあん)の養生所(ようじょうしょ)ってやつか。へぇ、簡素なもんだ。俺ぁ(おりゃあ)嫌え(きれぇ)じゃぁねえよ。 常闇の長治:東庵って奴がこの造作(ぞうさく)通りの人間なら… 常闇の長治:はっ、奥医師の権力争いなんぞに靡く(なびく)わきゃあねぇわな。ん? おぉ【嬉しそうに】ありゃあ、あん時の……  : 詠:まったく、こんな夜更けに呼び出されるなんざ、たまったもんじゃないよ。あたしゃ、一日のお勤(つと)めを終えたら、部屋でゆっくりしていたいんだよぉ… 阿武:詠さま、ものぐさぶりもいい加減にしてくださいまし。あの東庵先生からのご用命にございますから。 詠:わかっているよ、阿武【ピシッ】! だからこうやって歩いているんじゃないか。東庵先生には、おりんの話も聞いていただいたし、これからもお世話になるだろうし、頭も上がらないってもんさね。 詠:ん?【と前方の「感じ」をつかむ。すぐに平静を装って】いいから、文句言わずにお歩きよ。    阿武:えぇぇぇ! 先ほどから一つの文句も言ってはおりませぬよ。それは詠さまの方ではございませぬか! そもそも詠さまときたら… 阿武:【何かに勘づくが、すぐ元の調子に戻る】いつもぐうたらぐうたらして。お店(おたな)の掃除の一つも手伝って下さったらよいではありませんかぁ!    詠:〈M〉くっ、帰ったら覚えておおきよ  : 村田東庵:〈N〉さすがは「竜胆」二人である。早々に何者かがいることを掴んでいた。   詠:あたしゃあね、できるもんなら「梅屋」のあんみつの海で寝ていたいくらいなんだ。頼りになるお前がいるのに、わざわざ店先を掃いたりするもんかい。ふふふ。     常闇の長治:〈M〉今宵(こよい)は二人づれか、あの女。なかなかに綺麗ぇな(きれぇな)剣筋(けんすじ)だったなぁ。あんなのがいるんだからなぁ、浮世(うきよ)も捨てたもんじゃねえや。今しばらくお務めを果たしてやろうかと思えるほどにゃぁな…。    阿武:あんみつ床(どこ)で寝てしまったら、それこそ「食っちゃ寝、食っちゃ寝」で、どこの寝太郎かわからなくなってしまいますよ! それにお召し物もべたべたのべったべたになるじゃありませんか。 詠:〈M〉阿武…。間違いなく楽しんでるねぇ【怒】。これを好機とばかりに言いたい放題じゃないか。この気配の主(ぬし)はきっとあいつだよ。わかっているのかねぇ。まぁ、阿武は「この気」を受けるのは初めてだ。よし… 詠:〈以下、セリフ〉いいのかい、阿武。そこまで言うからには「凄いの」を見舞われても文句は言えないよ?   阿武:何ですか? 詠さま。そのようなこと「重々承知」でございますよ。「気」が「透(す)けて見え」ますからなぁ。いやいや、かんべんかんべん、ご勘弁〜。ははは…     詠:少しは静かにおしよ、阿武。今、何時(なんどき)か分かっているのかい。さぁさ、東庵先生のところに着いたよ。 詠:〈以下、M〉さすがだね、阿武。  : 村田東庵:〈N〉前方の尋常ならざる気配に気づきながらも、二人は何食わぬ顔で東庵の養生所に入っていく。それぞれが達人である上に「竜胆」となった二人に敵はなく、また油断もない。  : 常闇の長治:〈M〉ふぅん…東庵のところに入(へぇ)りやがったか。こりゃぁいい、もそっと近くで聞かせてもらうとしようじゃぁねえか。  : 詠:この間はお世話になりましたねぇ、先生。うちで都から仕入れている落雁(らくがん)をお持ちしましたよ。お好きでございましょう? 村田東庵:いや、これはこれは…。私は医師でありながら、甘いものが好きでどうもいけません【苦笑】。ありがたく頂戴しますよ。 阿武:【微笑みながら】それでは先生、こちら、お納めください。先日は詠さまの話を聞いてくださり、ありがとうございました。   村田東庵:そのような箱でいただくと「そちも悪よのう」とか何とか言わなければならないような気になりますね、ははは…。 村田東庵:…それで、おりんさんの様子は、その後いかがですか。 詠:相変わらずですよぉ。嬉しそうに、楽しそうにはしてくれるんですがねぇ。…悲しんだり、涙を見せたりはしないんですよ。   村田東庵:はっきりとお聞きするのですが、おりんさんと、親御さんについての話をすることはあるのですか? 阿武:うちのお店(たな)でよく働いてくれるものですからね、そういった時には「お空から見ていらっしゃいますからね。きっと喜んでくださいますよ」といった声をかけはするんですが。 村田東庵:ということは、お互い「親を亡くしている」という事実を共にしているわけですね。 詠:あえて触れないのも変ですしねぇ。ご公儀からうちで引き取るときに親御さんから託されたという話も伝えていますし、ね。    村田東庵:ん? 託された? 先日は聞きませなんだな。   詠:え? あぁ、おりんの親は「左馬(さま)」ってんですがね。左平次(さへいじ)の雇われ用心棒だったんですよ。おりんを質(しち)にとられ、いろいろと悪さに加担したようなんですが…。    村田東庵:おや、いやにお詳しいですな。お詠さんの「伝手(つて)」はさぞ大きな手をしていらっしゃるようだ。 阿武:ははは。その大きな「伝手」が言われたそうでございますよ。「左馬」という剣士から「娘を、頼れる女性(にょしょう)に預けてもらえないか」とね。〈M〉ふむ…。あの「凄いの」が上から覗いている、か。ここは様子見といくか。ふんっ。【殺気を飛ばし、場の様子、さらに天井の様子を見据える】 常闇の長治:〈M〉ん? ほう、この付き人、気合を飛ばす、か。まったくこいつもおもしれぇ…。はてさて腕前はどの程度かねぇ。 村田東庵:【阿武の様子を見て、視線をお詠に戻す】 村田東庵:それで選ばれたのがお詠さん、という訳ですね。…いや、正直に言えば、そうであるからこそ、この話を聞いていただこうと思ったのです。町の頼み事をたいてい解決してしまうと評判のお詠さんに。 常闇の長治:へぇ…。あいつぁ、訳ありか。ご公儀(こうぎ)ときたもんだ。そりゃそうだよなぁ。俺の技を受け止める奴が、そんじょそこらの町娘なわけがねぇや。ククク…これはいよいよ楽しみじゃねえか。 詠:あれあれ先生、そりゃ買い被り(かいかぶり)ってもんですよぉ。でもね、お世話になってる先生のためってんなら、一肌もふた肌も脱いじまいますよ【カラカラと笑う】   阿武:! 詠さま、脱ぐなどと言わないでくださいまし! 詠:嫌だねぇ、阿武。あたしゃ、力になりたいですよって言っただけじゃぁないか。    阿武:くぅ…それはそうですが……。 村田東庵:【微笑む】…お二人がうらやましくなる時がありますよ。おりんさんもきっと大丈夫でしょう。他ならぬお二人のところにいるのですから。 阿武:ははは…私らなぞ、騒がしいだけかもしれませんが。 阿武:それで、此度(こたび)はどのようなことでお困りなのでございましょう。   村田東庵:実は、かねてより奥医師(おくいし)の代表格、半井(なからい)様から番医師(ばんいし)として出仕(しゅっし)しないかと誘われておりまして… 詠:あぁ、聞いてますよぉ。なんでも最近はお使いの数が多くて、養生所の入口も見えなくなる有様だって、ね。村のおかみさん方が話していましたよ。「先生がいなくなっちまうんじゃないか」って心配そうにねぇ。 村田東庵:いやはや、お恥ずかしい限りです…。私にそのような意志はありませんのでね、お使い殿(どの)には何度もお断りの文(ふみ)をお持ち帰りいただいているのですが。 詠:ふぅん……。少々様子がおかしくなってきたってところですか?   村田東庵:はい。初めは「黄金色(こがねいろ)の重箱」や「千石(せんごく)分の給金」など金子(きんす)で私を誘ってくださっていたのですが…。私があまりに言うことを聞かないものですから、お使いの中に荒っぽい方々が混じるようになりまして【苦笑】 常闇の長治:〈M〉まぁ、なんだ。それで俺がここにいるんだがよぉ…。この男はいけねぇ。「金で釣れる魚」じゃぁねえや…。何か手を打たなきゃぁならねぇなぁ。 阿武:それで、東庵先生。何かひどい扱いを受けてはいらっしゃいませんか? 村田東庵:ええ。今のところは。ただ、先日のお使い殿に、かような文を頂くような塩梅(あんばい)で…【文箱を開けて文を取り出す】 詠:拝読してもいいもんですかね? 村田東庵:はい、ぜひに。 詠:失礼しますよ【詠、文を開いて読んでいく。しばらくして】  : 詠:はぁ…。こりゃあ大変ですねぇ。東庵先生がいなくなっちゃぁ、村の子どもたちに悲しい顔をさせちまうだろうからねぇ。先生、これを阿武に見せてもいいですかね? 村田東庵:かまいません。こちらからもお願いしたい。 阿武:それでは、私も失礼して。【文を開いて読んでいく】うぅん、これは。 常闇の長治:〈M〉嘉兵衛(かへえ)の旦那からは「東庵の仕事ができねぇようにする」と言われちゃいるがねぇ。それにしても…このお付きの男も隙がねえ。ふふふ…嬉しくなってきちまうじゃねえか。さてさて、どうしたもんかねぇ…。 詠:誰が裏で手を引いているか定かじゃぁありませんがね。この村が危ない目に遭っちゃいけませんからねぇ。新五郎の旦那にお願いして、夜回りを出してもらうとしましょうか。 村田東庵:おお、新五郎さんの噂はこの村まで届いていますよ。お忙しいでしょうに、申し訳のないことですが……。此度(こたび)ばかりはお願いできましょうか。 阿武:東庵先生、新五郎さまなら、きっとお引き受けくださいますよ。うちの詠さまから話をしてもらいましょう。 詠:そうさねぇ阿武。さっそく明日にでも出かけてくるよ。「ものぐさ詠さま」はしばらくお休みだ。新五郎の旦那にも、久しくお目にかかってないからねぇ。それはそれで楽しみが増えるってもんさ【少し嬉しそう】 阿武:こほん…詠さま、依頼を忘れることのないように願いますよ。 詠:なにを言ってるんだい阿武。この私がそのようなへまをするとでも思ってんのかい? 村田東庵:ははは。お詠さんの気っ風(きっぷ)の良さはさすがですね。わたしにもそのような力があればよいのですが…。 詠:あれあれ先生まで何ですか。私どももさんざんお世話になってるんですよ。持ちつ持たれつでこの世の中は回ってんですから。遠慮なくお任せくださいな。先生には先生にしかできないお務めがございましょう? 阿武:そうですよ。反対に、先生のお力は私どもでは持ち得ないものにございますからな。…では、そろそろお暇(いとま)するといたしましょうか、詠さま。 阿武:東庵先生、くれぐれもお気をつけくださいましね。 常闇の長治:〈M〉ふむ…。夜回り、か……。新五郎ってな、確か町火消しの棟梁か。町火消しが出張ってきたところで、てえしたことはねぇだろうが…。 常闇の長治:それにしても「お詠」と「阿武」なぁ…。一体(いってぇ)何者(なにもん)だ? まぁ、ここで考えても仕方がねぇ…ここらで朝霞屋の旦那のところに戻るとするか。 詠:〈M〉うん!? 天井の気配が消えたね。  : 詠:それじゃ東庵先生、今宵はこのあたりで失礼いたしますよ。落ち着いたらおりんも直接見ていただこうかね。 村田東庵:ええ、是非とも。この度はご造作(ぞうさ)をお掛けして申し訳ないが…よしなに願います。 詠:はいよ。承りましたよ。【笑顔で】 村田東庵:【見送りながら】 村田東庵:〈M〉誠に気持ちのいいお二人だ。まるでこちらの気持ちまでも明るくしてもらえるような…。 村田東庵:ただそれだけに…「竜胆」…か。【深い思案顔になる東庵】  : 阿武:〈N〉常闇(とこやみ)の長治(ちょうじ)が向かったのは朝霞屋嘉兵衛(あさかやかへえ)の屋敷、奥の間。江戸に留(とど)まらず関八州(かんはっしゅう)にその名を轟かす香具師(やし)の大親分とあって、本丸は何人(なんぴと)たりとも闖入者(ちんにゅうしゃ)を許さない、武骨な構えとなっている。  : 常闇の長治:朝霞屋の旦那、今戻りやした。東庵の話の他にも、ちっとお耳に入れておきてぇことがありまさぁ。  : 阿武:〈N〉床の間には深山幽谷(しんざんゆうこく)の水墨画(すいぼくが)に利休黒(りきゅうぐろ)の一輪挿しと見事に咲いた赤花三叉(あかばなみつまた)。上物(じょうもの)の結城紬(ゆうきつむぎ)に身を包み、髭(ひげ)をしごく嘉兵衛は、さながら神仙(しんせん)のような雰囲気を身に纏(まと)っている。  : 常闇の長治:あの野郎はいけやせんぜ。金で動くような輩(やから)じゃあねぇや。…で、ここからなんですがね、旦那。東庵の周りでちっと凄えのが動き出しやした。先日、甚兵衛(じんべえ)のつまらん仕事で出会した(でくわした)女がいやしたでしょう。あれでさぁ。お付きの男にも興味が湧きやした。「お詠」と「阿武」って名前(なめぇ)のようですが。こいつら、お調べいただけねぇですかい。 常闇の長治:あぁ、それと、東庵の養生所の周辺で町火消(まちびけし)の夜廻(よまわり)が始まりそうですぜぃ。  : 阿武:〈N〉長治の報告をみじろぎもせずに聞く嘉兵衛。うむ、と一つ頷くと長治に配置換えを伝えた。流石に長治の性格をよく知っている。自身を熱くする相手に出会うと、事の前後を見誤りかねない長治を現場から外そうというのであった。  : 常闇の長治:へぇ。了解しやした。駿河屋(するがや)の身を固めやす。ちっと後ろ髪を引かれはしやすが…。仕方ありゃァせんや【苦笑】 常闇の長治:それで代替(だいがえ)は…、はぁ末藏(すえぞう)ですか…。旦那ぁ、あ奴ぁ…。…いえ、早速行ってくるとしやしょう。  : 村田東庵:〈M〉私の引き抜きに端(たん)を発したこの話。何やらきな臭いものになって参りました。咲きごろを迎えたエドヒガンザクラの巨木は、それを知ってか知らずか華やかさを増しておりますが…  : 詠:〈M〉闇夜(やみよ)に散るは花弁(かべん)か人か。落とし穴は気づかぬからこそ落とし穴。あたしは善い人たちを落としにかかるような奴らを許しちゃあおけないねぇ…。  :  : 0:シリーズ初の四部作。その始まりとなる今作をお手に取ってくださりありがとうございました。これからもお付き合い下さると嬉しいです。  :   

仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:『殯(もがり)の笛と、りんの言の葉〈序〉』 仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:① 人物の性別変更不可(ただし演者さまの性別は不問です) 仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:② 話の筋の改変は不可。ただし雰囲気のあるアドリブは大歓迎 仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:③ 場面の頭にある〈N〉の声質はご自由にどうぞ。 詠:えい。小間物(こまもの)・荒物(あらもの)、よろず扱う『竜胆庵(りんどうあん)』店主。二十歳そこそこにして、ものぐさ&あんみつクイーン。実は町を荒らす輩はあたしが許さない、を地で行く人物。兼役に「母親」があります。 阿武:あんの。年齢不詳。詠に付き随う豪のもの。闇に紛れて行動できる謎の人物。詠の出生の秘密も知っている。第二作でいじられキャラになりつつありましたが、今作は活躍の予感! りん:シリーズ〜的之壱〜で詠に斬られた「左馬」の娘。あの日以来、声が出ない。九歳〜十一歳ほどを想定しています。(「序」は配役不要) 常闇の長治:とこやみのちょうじ。朝霞屋(あさかや)嘉兵衛(かへえ)が抱える殺し屋。受けた仕事は必ず果たす。あのお詠さんを圧したほどの「凄い奴」。ただし美醜の価値観を優先する場合も。 村田東庵:むらたとうあん。長崎にて蘭方(らんぽう)医学を修め、医師としては抜群の腕を持つ。が、とある村落の近くで養生所(診療所のこと)を営む奇特な先生。奥医師 半井(なからい)祐笙(ゆうしょう)から番医師(ばんいし)として殿中(でんちゅう)に仕えるよう誘われているが、断り続けている。 朝霞屋嘉兵衛:あさかやかへえ。関八州(かんはっしゅう)の香具師(やし・露店や街頭の商売人、芸人)を束ねる大親分。各地に有能・無能、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の手下(てか)を侍らせ、その情報力と影響力には尋常ならざるものがある。(まだ配役不要)    : 0:〈 〉NやM、兼役の指定 0:( )直前の漢字の読みや語意 0:【 】ト書 それっぽくやってくださると幸いです。  : 0:以下、本編です。  : 阿武:〈N〉早春の緩い(ゆるい)陽気に包まれる東庵の養生所(ようじょうしょ)。周囲に幾重にも植わっているエドヒガンザクラの巨木群には、無数のつぼみがつき、ほころびを見せ始めている。満開の時期には人出で賑(にぎ)わう「朧の杜(おぼろのもり)」。そんな名所からほどない場所に東庵が居を構えてからそろそろ二年が経とうとしている。近隣の住人からの信頼も厚い東庵の元を、村の子どもが訪れていた。その手には大事そうに風車が握られ、満面の笑みで彼に礼を述べている。 村田東庵:【笑顔で】そうですか。ちゃんと回るようになったんですね、風車。うまく直せるか心配だったんですが、よかったよかった。私も安心しましたよ。     母親:〈詠兼役〉えれぇ先生さまにわらしのおもちゃなんぞ見てもろうて、ほんに申し訳のねえことです…。それで、先生さまに食べてもらおうと思うて、里でとれた大根と山菜をお持ちしましたんで、へぇ。     阿武:〈N〉土産を渡す母親の傍ら(かたわら)では子どもが嬉しそうに見上げている。     村田東庵:いや、わざわざすみません。…でも、本当に礼の品などお持ちにならないでよいのですよ。私は医師ですからね、「なおす」のが務めです。それにおもちゃの修理は仕事ではありませんし、ね【微笑】。 母親:〈詠兼役〉ほんにありがとうごぜえました。へぇ、このとおりにごぜえます…。…おや、先生さま、お客さまがお見えのようですよ。それじゃあ、わしらはこれで…【頭を下げて出ていく】 村田東庵:こちらこそありがとうございました。何かあればまたおいでください。 0:【入れ替わりに詠がやってくる】   詠:あらぁ、風車かい? く〜るくるくる、く〜るくる♫ ははは、子どもの笑顔は良いものだねぇ。それじゃあね。 詠:【母親とその息子を見送る】 詠:……さてと、東庵先生、先日の文(ふみ)のことでね。ちょいとお時間をいただけますか? 村田東庵:ええ、いいですよ。どうぞおあがりください。  : 阿武:〈N〉詠を居間に導くと、東庵は文箱(ふばこ)から文を取り出してくる。この文は詠が東庵に送ったものであった。  : 村田東庵:それで、おりんさん、でしたか。話すことができない…と。   詠:そうなんですよ。言葉はもちろん、ああとかううとか言うこともない有様で…。あたしゃ、なんとかしてやりたいと思ってんです。 詠:【以下、小声で】それがあたしの務めなんだ… 村田東庵:…確か、おりんさんは…お詠さんが仕事の伝手(つて)で預かっているという娘さんでしたな。   詠:ご公儀(こうぎ・幕府のこと)の手入れを受けた「ね組の左平次(さへいじ)」の屋敷に囚われていたようでねぇ。今はうちで阿武の手ほどきを受けて店の見習いをやってもらってます。   村田東庵:そうですか。とらわれの日々…ですか。そこで酷い目にあっていなければいいのですが…。ともかく日々の活計(たつき)を立てることはできている訳ですね。まあ、お詠さんのところにいるのですから、そもそも大事(だいじ)ないでしょうが。 詠:【カラカラ笑いながら】 詠:りんはね、それはそれはよくやってくれてるんですよぉ。気がつくし、気立もいい。仕事の覚えもいいと阿武(あんの)が褒めているくらいですからねぇ。   村田東庵:ふむ……。おりんさんの日頃の表情などはいかがでしょう。喜怒哀楽を失(な)くしてはおりませんか。言の葉(ことのは)を失った者は、生気が失(う)せることも多いですからね。   詠:いや、東庵先生、おりんはねぇ、そりゃあそりゃあ可愛いんです。あたしと同じで「梅屋」のあんみつが大好きでねぇ! いつも美味しそうにいい顔でにこにこしてくれるんですから。   村田東庵:ほう、そうなのですね。【微笑みつつも思案顔】一言も発さず、かつ、よき笑顔を見せると…。   詠:守ってやりたいねぇ、あのいい顔を…。それでもね、先生。あたしは気になってんですよ…おりんが「笑みしか見せない」ことが、ね。 詠:あたしらと過ごしているから、おりんはずっと笑顔なんだ、なんて考えちまうような間抜けじゃぁないですからね、さすがに…   村田東庵:「笑みしか見せない」、ですか…。ふむ…。  : 常闇の長治:〈N〉ところかわって、こちらは小間物(こまもの)・荒物(あらもの)よろず扱う『竜胆庵(りんどうあん)』。店先では阿武(あんの)の後を追い、「おりん」がくるくると働いている。  : 阿武:これはこれは、毎度ありがとうございます。いつものでございますね。ほら、おりんさん、刻みタバコを三つばかりお渡しして。へぇ、そうなんですよ。うちのおりんもずいぶん仕事が板について参りまして。お客さま方のおかげさまにございます。えぇえぇ、これからもご贔屓(ひいき)に願います。  : 常闇の長治:〈N〉この日もおりんは愛想よく働いているようだ。客を見送りがてら阿武と共に頭を下げている。  : 阿武:さあさあ、おりんさん、そろそろ夕餉(ゆうげ・夕食のこと)の支度をしましょうか。詠さまがお腹を空かせて帰っていらっしゃるでしょうからね(笑)。  : 0:【にこにこおりん】  : 常闇の長治:〈N〉夕餉(ゆうげ)を終え、翌日の荷分けも終わった『竜胆庵』。付近の静けさに溶け込むようにひっそりと火が灯されている。「おりん」が床についた後の居間では、詠と阿武が話をしていた。  : 阿武:それで、東庵先生はどのように仰せでしたかな、詠さま。医師の見立てから何か得るものはございましたか?   詠:そうさねぇ。大方(おおかた)はこちらが考えの通りさ。左平次に囚われていた時も、左馬のおかげで下手な扱いを受けたわけではないようだけどねぇ。いかんせん…   阿武:【詠のセリフ「いかんせん」に続けて】 阿武:「母親」(「父親」想定する台本(男女2パターンあり)で変える)が突然失われてしまったのですから、ね…。健気にみせても、まだ童(わらし)。暮らしもこのように大きく変わってしまいましたし…。   詠:……そうなんだよ。親の庇護(ひご)を受けられないってのはね、あの年頃の子にとっては、どうしたところでつらいだろうからねぇ…。 詠:【遠い目をする】   阿武:【詠の様子を見て】 阿武:……詠女(えいじょ)さま。あれは仕方のないことだったのでございます…【申し訳なさそうに】   詠:阿武、その呼び方はおやめと言っただろ【微笑】。 詠:いいんだよ。あたしにはねぇ、阿武。いつもお前がそばにいるから、ね。   阿武:詠女さま… もったいなきお言葉【悲しさと嬉しさがない混ぜになったように】   詠:あぁぁんんのぉぉぉ?   阿武:え? あぁ、いえいえいえいえ…。 阿武:…ふぅ。【姿勢を正し】詠さま。恐れ多いことにございます。   詠:【微笑】…しかしねぇ。あたしがりんの親を「斬った」ことは紛れもない事実だ。この業(ごう)は背負い(しょい)続けないといけないねぇ。背負い小間物(しょいこまもの)姿に慣れちゃあいても、こういった想いを抱えることにゃぁ、慣れられるもんじゃぁないね。   阿武:いつかは打ち明けなさるのですか? おりんさんに。   詠:そうさねぇ。その時が来たならば、伝えなければならないだろうねぇ。 阿武:おりんさん…。   詠:東庵先生も「親を失い、強い悲しみに襲われたことが、おりんさんの言の葉(ことのは)が生ずるのを妨げている」と仰っていたさ。 詠:それからね、阿武。東庵先生が仰せによれば…  : 村田東庵:〈N〉暗闇に浮かぶ東庵の養生所。背後に見えるは名所となっているエドヒガンザクラの巨木群、「朧の杜(おぼろのもり)」。どれほど明るい月夜でも杜の中から見上げて見れば、霞んで見える月明かり。それほどまでに樹々が生い茂っていることから、いつとなくそう呼ばれるようになった。 村田東庵:〈N〉その漆黒の闇の中、今宵はさらなる黒い影が一つ。一際大きな桜から養生所を覗くのは、朝霞屋嘉兵衛(あさかやかへえ)の懐刀(ふところがたな)、常闇(とこやみ)の長治(ちょうじ)である。  : 常闇の長治:〈M〉ふぅん。ここが村田東庵(むらたとうあん)の養生所(ようじょうしょ)ってやつか。へぇ、簡素なもんだ。俺ぁ(おりゃあ)嫌え(きれぇ)じゃぁねえよ。 常闇の長治:東庵って奴がこの造作(ぞうさく)通りの人間なら… 常闇の長治:はっ、奥医師の権力争いなんぞに靡く(なびく)わきゃあねぇわな。ん? おぉ【嬉しそうに】ありゃあ、あん時の……  : 詠:まったく、こんな夜更けに呼び出されるなんざ、たまったもんじゃないよ。あたしゃ、一日のお勤(つと)めを終えたら、部屋でゆっくりしていたいんだよぉ… 阿武:詠さま、ものぐさぶりもいい加減にしてくださいまし。あの東庵先生からのご用命にございますから。 詠:わかっているよ、阿武【ピシッ】! だからこうやって歩いているんじゃないか。東庵先生には、おりんの話も聞いていただいたし、これからもお世話になるだろうし、頭も上がらないってもんさね。 詠:ん?【と前方の「感じ」をつかむ。すぐに平静を装って】いいから、文句言わずにお歩きよ。    阿武:えぇぇぇ! 先ほどから一つの文句も言ってはおりませぬよ。それは詠さまの方ではございませぬか! そもそも詠さまときたら… 阿武:【何かに勘づくが、すぐ元の調子に戻る】いつもぐうたらぐうたらして。お店(おたな)の掃除の一つも手伝って下さったらよいではありませんかぁ!    詠:〈M〉くっ、帰ったら覚えておおきよ  : 村田東庵:〈N〉さすがは「竜胆」二人である。早々に何者かがいることを掴んでいた。   詠:あたしゃあね、できるもんなら「梅屋」のあんみつの海で寝ていたいくらいなんだ。頼りになるお前がいるのに、わざわざ店先を掃いたりするもんかい。ふふふ。     常闇の長治:〈M〉今宵(こよい)は二人づれか、あの女。なかなかに綺麗ぇな(きれぇな)剣筋(けんすじ)だったなぁ。あんなのがいるんだからなぁ、浮世(うきよ)も捨てたもんじゃねえや。今しばらくお務めを果たしてやろうかと思えるほどにゃぁな…。    阿武:あんみつ床(どこ)で寝てしまったら、それこそ「食っちゃ寝、食っちゃ寝」で、どこの寝太郎かわからなくなってしまいますよ! それにお召し物もべたべたのべったべたになるじゃありませんか。 詠:〈M〉阿武…。間違いなく楽しんでるねぇ【怒】。これを好機とばかりに言いたい放題じゃないか。この気配の主(ぬし)はきっとあいつだよ。わかっているのかねぇ。まぁ、阿武は「この気」を受けるのは初めてだ。よし… 詠:〈以下、セリフ〉いいのかい、阿武。そこまで言うからには「凄いの」を見舞われても文句は言えないよ?   阿武:何ですか? 詠さま。そのようなこと「重々承知」でございますよ。「気」が「透(す)けて見え」ますからなぁ。いやいや、かんべんかんべん、ご勘弁〜。ははは…     詠:少しは静かにおしよ、阿武。今、何時(なんどき)か分かっているのかい。さぁさ、東庵先生のところに着いたよ。 詠:〈以下、M〉さすがだね、阿武。  : 村田東庵:〈N〉前方の尋常ならざる気配に気づきながらも、二人は何食わぬ顔で東庵の養生所に入っていく。それぞれが達人である上に「竜胆」となった二人に敵はなく、また油断もない。  : 常闇の長治:〈M〉ふぅん…東庵のところに入(へぇ)りやがったか。こりゃぁいい、もそっと近くで聞かせてもらうとしようじゃぁねえか。  : 詠:この間はお世話になりましたねぇ、先生。うちで都から仕入れている落雁(らくがん)をお持ちしましたよ。お好きでございましょう? 村田東庵:いや、これはこれは…。私は医師でありながら、甘いものが好きでどうもいけません【苦笑】。ありがたく頂戴しますよ。 阿武:【微笑みながら】それでは先生、こちら、お納めください。先日は詠さまの話を聞いてくださり、ありがとうございました。   村田東庵:そのような箱でいただくと「そちも悪よのう」とか何とか言わなければならないような気になりますね、ははは…。 村田東庵:…それで、おりんさんの様子は、その後いかがですか。 詠:相変わらずですよぉ。嬉しそうに、楽しそうにはしてくれるんですがねぇ。…悲しんだり、涙を見せたりはしないんですよ。   村田東庵:はっきりとお聞きするのですが、おりんさんと、親御さんについての話をすることはあるのですか? 阿武:うちのお店(たな)でよく働いてくれるものですからね、そういった時には「お空から見ていらっしゃいますからね。きっと喜んでくださいますよ」といった声をかけはするんですが。 村田東庵:ということは、お互い「親を亡くしている」という事実を共にしているわけですね。 詠:あえて触れないのも変ですしねぇ。ご公儀からうちで引き取るときに親御さんから託されたという話も伝えていますし、ね。    村田東庵:ん? 託された? 先日は聞きませなんだな。   詠:え? あぁ、おりんの親は「左馬(さま)」ってんですがね。左平次(さへいじ)の雇われ用心棒だったんですよ。おりんを質(しち)にとられ、いろいろと悪さに加担したようなんですが…。    村田東庵:おや、いやにお詳しいですな。お詠さんの「伝手(つて)」はさぞ大きな手をしていらっしゃるようだ。 阿武:ははは。その大きな「伝手」が言われたそうでございますよ。「左馬」という剣士から「娘を、頼れる女性(にょしょう)に預けてもらえないか」とね。〈M〉ふむ…。あの「凄いの」が上から覗いている、か。ここは様子見といくか。ふんっ。【殺気を飛ばし、場の様子、さらに天井の様子を見据える】 常闇の長治:〈M〉ん? ほう、この付き人、気合を飛ばす、か。まったくこいつもおもしれぇ…。はてさて腕前はどの程度かねぇ。 村田東庵:【阿武の様子を見て、視線をお詠に戻す】 村田東庵:それで選ばれたのがお詠さん、という訳ですね。…いや、正直に言えば、そうであるからこそ、この話を聞いていただこうと思ったのです。町の頼み事をたいてい解決してしまうと評判のお詠さんに。 常闇の長治:へぇ…。あいつぁ、訳ありか。ご公儀(こうぎ)ときたもんだ。そりゃそうだよなぁ。俺の技を受け止める奴が、そんじょそこらの町娘なわけがねぇや。ククク…これはいよいよ楽しみじゃねえか。 詠:あれあれ先生、そりゃ買い被り(かいかぶり)ってもんですよぉ。でもね、お世話になってる先生のためってんなら、一肌もふた肌も脱いじまいますよ【カラカラと笑う】   阿武:! 詠さま、脱ぐなどと言わないでくださいまし! 詠:嫌だねぇ、阿武。あたしゃ、力になりたいですよって言っただけじゃぁないか。    阿武:くぅ…それはそうですが……。 村田東庵:【微笑む】…お二人がうらやましくなる時がありますよ。おりんさんもきっと大丈夫でしょう。他ならぬお二人のところにいるのですから。 阿武:ははは…私らなぞ、騒がしいだけかもしれませんが。 阿武:それで、此度(こたび)はどのようなことでお困りなのでございましょう。   村田東庵:実は、かねてより奥医師(おくいし)の代表格、半井(なからい)様から番医師(ばんいし)として出仕(しゅっし)しないかと誘われておりまして… 詠:あぁ、聞いてますよぉ。なんでも最近はお使いの数が多くて、養生所の入口も見えなくなる有様だって、ね。村のおかみさん方が話していましたよ。「先生がいなくなっちまうんじゃないか」って心配そうにねぇ。 村田東庵:いやはや、お恥ずかしい限りです…。私にそのような意志はありませんのでね、お使い殿(どの)には何度もお断りの文(ふみ)をお持ち帰りいただいているのですが。 詠:ふぅん……。少々様子がおかしくなってきたってところですか?   村田東庵:はい。初めは「黄金色(こがねいろ)の重箱」や「千石(せんごく)分の給金」など金子(きんす)で私を誘ってくださっていたのですが…。私があまりに言うことを聞かないものですから、お使いの中に荒っぽい方々が混じるようになりまして【苦笑】 常闇の長治:〈M〉まぁ、なんだ。それで俺がここにいるんだがよぉ…。この男はいけねぇ。「金で釣れる魚」じゃぁねえや…。何か手を打たなきゃぁならねぇなぁ。 阿武:それで、東庵先生。何かひどい扱いを受けてはいらっしゃいませんか? 村田東庵:ええ。今のところは。ただ、先日のお使い殿に、かような文を頂くような塩梅(あんばい)で…【文箱を開けて文を取り出す】 詠:拝読してもいいもんですかね? 村田東庵:はい、ぜひに。 詠:失礼しますよ【詠、文を開いて読んでいく。しばらくして】  : 詠:はぁ…。こりゃあ大変ですねぇ。東庵先生がいなくなっちゃぁ、村の子どもたちに悲しい顔をさせちまうだろうからねぇ。先生、これを阿武に見せてもいいですかね? 村田東庵:かまいません。こちらからもお願いしたい。 阿武:それでは、私も失礼して。【文を開いて読んでいく】うぅん、これは。 常闇の長治:〈M〉嘉兵衛(かへえ)の旦那からは「東庵の仕事ができねぇようにする」と言われちゃいるがねぇ。それにしても…このお付きの男も隙がねえ。ふふふ…嬉しくなってきちまうじゃねえか。さてさて、どうしたもんかねぇ…。 詠:誰が裏で手を引いているか定かじゃぁありませんがね。この村が危ない目に遭っちゃいけませんからねぇ。新五郎の旦那にお願いして、夜回りを出してもらうとしましょうか。 村田東庵:おお、新五郎さんの噂はこの村まで届いていますよ。お忙しいでしょうに、申し訳のないことですが……。此度(こたび)ばかりはお願いできましょうか。 阿武:東庵先生、新五郎さまなら、きっとお引き受けくださいますよ。うちの詠さまから話をしてもらいましょう。 詠:そうさねぇ阿武。さっそく明日にでも出かけてくるよ。「ものぐさ詠さま」はしばらくお休みだ。新五郎の旦那にも、久しくお目にかかってないからねぇ。それはそれで楽しみが増えるってもんさ【少し嬉しそう】 阿武:こほん…詠さま、依頼を忘れることのないように願いますよ。 詠:なにを言ってるんだい阿武。この私がそのようなへまをするとでも思ってんのかい? 村田東庵:ははは。お詠さんの気っ風(きっぷ)の良さはさすがですね。わたしにもそのような力があればよいのですが…。 詠:あれあれ先生まで何ですか。私どももさんざんお世話になってるんですよ。持ちつ持たれつでこの世の中は回ってんですから。遠慮なくお任せくださいな。先生には先生にしかできないお務めがございましょう? 阿武:そうですよ。反対に、先生のお力は私どもでは持ち得ないものにございますからな。…では、そろそろお暇(いとま)するといたしましょうか、詠さま。 阿武:東庵先生、くれぐれもお気をつけくださいましね。 常闇の長治:〈M〉ふむ…。夜回り、か……。新五郎ってな、確か町火消しの棟梁か。町火消しが出張ってきたところで、てえしたことはねぇだろうが…。 常闇の長治:それにしても「お詠」と「阿武」なぁ…。一体(いってぇ)何者(なにもん)だ? まぁ、ここで考えても仕方がねぇ…ここらで朝霞屋の旦那のところに戻るとするか。 詠:〈M〉うん!? 天井の気配が消えたね。  : 詠:それじゃ東庵先生、今宵はこのあたりで失礼いたしますよ。落ち着いたらおりんも直接見ていただこうかね。 村田東庵:ええ、是非とも。この度はご造作(ぞうさ)をお掛けして申し訳ないが…よしなに願います。 詠:はいよ。承りましたよ。【笑顔で】 村田東庵:【見送りながら】 村田東庵:〈M〉誠に気持ちのいいお二人だ。まるでこちらの気持ちまでも明るくしてもらえるような…。 村田東庵:ただそれだけに…「竜胆」…か。【深い思案顔になる東庵】  : 阿武:〈N〉常闇(とこやみ)の長治(ちょうじ)が向かったのは朝霞屋嘉兵衛(あさかやかへえ)の屋敷、奥の間。江戸に留(とど)まらず関八州(かんはっしゅう)にその名を轟かす香具師(やし)の大親分とあって、本丸は何人(なんぴと)たりとも闖入者(ちんにゅうしゃ)を許さない、武骨な構えとなっている。  : 常闇の長治:朝霞屋の旦那、今戻りやした。東庵の話の他にも、ちっとお耳に入れておきてぇことがありまさぁ。  : 阿武:〈N〉床の間には深山幽谷(しんざんゆうこく)の水墨画(すいぼくが)に利休黒(りきゅうぐろ)の一輪挿しと見事に咲いた赤花三叉(あかばなみつまた)。上物(じょうもの)の結城紬(ゆうきつむぎ)に身を包み、髭(ひげ)をしごく嘉兵衛は、さながら神仙(しんせん)のような雰囲気を身に纏(まと)っている。  : 常闇の長治:あの野郎はいけやせんぜ。金で動くような輩(やから)じゃあねぇや。…で、ここからなんですがね、旦那。東庵の周りでちっと凄えのが動き出しやした。先日、甚兵衛(じんべえ)のつまらん仕事で出会した(でくわした)女がいやしたでしょう。あれでさぁ。お付きの男にも興味が湧きやした。「お詠」と「阿武」って名前(なめぇ)のようですが。こいつら、お調べいただけねぇですかい。 常闇の長治:あぁ、それと、東庵の養生所の周辺で町火消(まちびけし)の夜廻(よまわり)が始まりそうですぜぃ。  : 阿武:〈N〉長治の報告をみじろぎもせずに聞く嘉兵衛。うむ、と一つ頷くと長治に配置換えを伝えた。流石に長治の性格をよく知っている。自身を熱くする相手に出会うと、事の前後を見誤りかねない長治を現場から外そうというのであった。  : 常闇の長治:へぇ。了解しやした。駿河屋(するがや)の身を固めやす。ちっと後ろ髪を引かれはしやすが…。仕方ありゃァせんや【苦笑】 常闇の長治:それで代替(だいがえ)は…、はぁ末藏(すえぞう)ですか…。旦那ぁ、あ奴ぁ…。…いえ、早速行ってくるとしやしょう。  : 村田東庵:〈M〉私の引き抜きに端(たん)を発したこの話。何やらきな臭いものになって参りました。咲きごろを迎えたエドヒガンザクラの巨木は、それを知ってか知らずか華やかさを増しておりますが…  : 詠:〈M〉闇夜(やみよ)に散るは花弁(かべん)か人か。落とし穴は気づかぬからこそ落とし穴。あたしは善い人たちを落としにかかるような奴らを許しちゃあおけないねぇ…。  :  : 0:シリーズ初の四部作。その始まりとなる今作をお手に取ってくださりありがとうございました。これからもお付き合い下さると嬉しいです。  :