台本概要

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タイトル 狂人達の円舞曲
作者名 不尽子(つきぬこ)  (@tsukinuko)
ジャンル その他
演者人数 7人用台本(男2、女3、不問2)
時間 70 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 死刑囚の辞書に「普通」など無い。ただ円舞曲(ワルツ)を踊るだけ。
ご使用の際は聴きに行きたいのでご報告いただけると幸いです(強制ではありません)。

兼役を行う場合は緋華と栄子、人見と看守をオススメします(こちらも強制ではありません)。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
234 橋垣恵(はしがき めぐみ)。死刑囚。妹を残し家族を皆殺しにした容疑。
来津 102 来津輝人(くるつ てるひと)。死刑囚。百人殺しの麻薬中毒者。いつもニヤニヤしている。
伊了 116 伊了学(いりょう まなぶ)。死刑囚。人の苦しむ顔や絶望の顔を好む変態闇医者。
人見 不問 77 人見錦(ひとみ にしき)。死刑囚。重度の二重人格者。片や温厚な世話焼きだが、片や狂暴な暴力団の頭領。
緋華 55 萬洲緋華(ばんしゅう ひはな)。死刑囚。無差別殺人を犯した少女。IQがかなり低い。
看守 不問 47 監獄の看守。犯罪者を強く恨んでいる。
栄子 31 橋垣栄子(はしがき えいこ)。恵の妹。一人生き残るが記憶を失くした。難病持ち。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
栄子:(回想)「姉さん、私…『普通』になりたい」 恵:(N)あの子がそう言う度に、私はいつも考えた。『普通』って何なんだろうって――。 0:監獄へ恵が看守に連れられる。 看守:「法改正により、精神疾患を持っていようが、未成年だろうが、一定数の殺人を犯した者は例外なく死刑となった。 看守:そして罪人ごときに税を使わないように、判決が下された一週間以内に刑が執行される事となった。」 恵:「……」 看守:「私としては理解に苦しむ。この国の処刑法は絞首(こうしゅ)刑だが、人殺しなどもっと苦しんで死ぬべきだろう。 看守:特に、貴様のような成人した健常者はな!!」 0:看守が監獄の中へ恵を突き飛ばす。 恵:「っ…!」 看守:「此処が貴様の牢だ。お前の死刑は三日後、こいつらと同時に執行される。短い余生だ、精々仲良く過ごす事だな!!」 恵:「……」 0:看守が退場する。 来津:「くひ、くひひひひ…!」 恵:「!」 来津:「よぉ嬢ちゃん、あんたぁ何やらかしたんだぁ?殺人かぁ?密売かぁ?それともテロ行為かぁ!?(高笑い)」 恵:「…貴方に、関係ありませんよね?」 伊了:「冷たいなぁ、僕らはこれから一生を共に終える仲じゃないか」 人見:「ちょっと、怖がらせるのはやめなさい」 緋華:「いっしょーをともにおえる?それってしあわせ?」 恵:「……貴方達は…?」 来津:「おいおい、俺を知らねぇたぁ世間知らずにも程があるぜぇ?」 伊了:「本当だよ。来津君はともかく、僕は知ってるでしょ?」 恵:「来津…!?貴方まさか、指名手配犯の…!!」 来津:「おうよぉ、俺様はかつて百人もの人を殺した麻薬常習犯、来津輝人(くるつ てるひと)様だぁ!(高笑い)」 恵:「っ…!!(怯え始める)」 伊了:「(うっとり)うわぁいいねぇその顔、たまんないや…」 恵:「わっ…あれ、貴方何処かで…?」 伊了:「そりゃあね、僕は世界的にも有名な天才医学者なんだから」 恵:「やっぱり、伊了学(いりょう まなぶ)先生!?」 伊了:「フルネームで呼ばないでよ恥ずかしい」 恵:「どうして先生がここに…!?」 来津:「くひひ、知らねぇのかぁ嬢ちゃん?そいつぁ闇医者だったんだよぉ」 恵:「……え?」 伊了:「何時の頃からだったかなぁ、人の怯える顔や悲しむ顔を見るのが好きになってきたんだ。 伊了:だからわざと病気をほっといたり、オペを失敗させたりして人が苦しんだり悲しんだりするのを楽しんでたんだ」 恵:「先生が、そんな人だったなんて…」 伊了:「(興奮気味に)ちょ、待ってよその顔反則だってぇ…」 緋華:「おぺ?それってうれしい?」 恵:「え、子供…?何でこんな所に…貴女は?」 緋華:「ヒハナ。ヒ色のおハナでヒハナ。ヒ色って、すごくキレーなアカ色なの!」 恵:「緋華ちゃん…どうして、こんな所に?」 緋華:「わかんない。おハナをいっぱいさかせたら、ここにつれてこられちゃった」 恵:「お花…?」 来津:「くひひ、本っ当にこいつぁなんにも覚えねぇなぁ」 伊了:「だからね緋華ちゃん、そのお花は「血」っていうんだよ?」 恵:「血…!?何で、何でそれを花だなんてっ…!」 人見:「しょうがないよ。この子は虐待されてたんだから」 恵:「え…?」 伊了:「ちょっとあの子の脳のデータを見させてもらったけど、ありゃダメだね。 伊了:親に相当な力で何回も叩かれたせいか、脳細胞がほとんど死んでた」 来津:「つまりそいつぁ、何も分からねぇし何も覚えられねぇ訳だぁ」 緋華:「うん。おとーさんもおかーさんも、まいにちいっぱいヒハナをたたいた。 緋華:でもこのまえね、ヒハナのあたまにキレーなアカいお花がさいたの!おとーさんもおかーさんも、きっとそれがみたかったのね!」 恵:「(震えた声で)違う…」 緋華:「でもイタイのはイヤだから、とがったギン色のキレーなナイフでおかーさんをさしてみたの! 緋華:そしたら、ヒハナのあたまでさいたのよりずっとおっきくてキレーなおハナがいーっぱいさいたの!」 来津:「尖ったナイフなんざ家にあるかよぉ、包丁だろうがぁ?」 伊了:「来津君、言っても無駄だって」 緋華:「そしたらおかーさんね、おメメがまっシロになってたおれちゃった。きっとうれしすぎてキゼツしちゃったのね」 恵:「っ……(怯えて言葉が出ない)」 伊了:「それで、緋華ちゃんはそのお花をもっと咲かせたくなって」 来津:「お父さんや近所の人もみぃーんな殺しちまったら、怖ぁいお巡りさんが来てここに連れて来られたんだよなぁ?」 0:来津と伊了がバカにしたように笑い出す。 人見:「いいかげんにしなさい!どうせ死ぬからって好き放題言って!これ以上この子を怖がらせたら、承知しないから!!」 来津:「(ニヤニヤ)うぉ~、おっかねぇおっかねぇ」 伊了:「(ニヤニヤ)この人を怒らせたら、それこそ死んじゃうよ」 人見:「全くもう…。大丈夫?ごめんね、怖い思いさせちゃって…」 恵:「あ、いえ…あの…(涙が出て来る)」 人見:「大丈夫。大丈夫だから…」 恵:「うっ…ぐすっ…(人見に泣きつく)」 人見に抱き締められ、恵がわんわん泣き出す。 伊了:「(真剣に)…そろそろ、ヤバいかな?」 来津:「(真剣に)嬢ちゃん、悪い事ぁ言わねぇ、そいつから離れな」 恵:「え…?(突然髪を掴まれる)痛っ!!」 人見:「(人が変わったように)ギャーギャー喧しいんじゃ小娘。ちぃとは静かに出来んのか?あぁ?」 恵:「痛いっ…何?何が…」 来津:「くひひ、それ見ろぉ、言わんこっちゃねぇ」 伊了:「そんなに泣きついたりするから覚醒しちゃったじゃない、人見錦(ひとみ にしき)さんのもう一つの人格がさぁ…!」 恵:「…人見、錦!?」 人見:「「さん」をつけろやこんガキャア!!(恵を殴る)」 恵:「っ!!」 緋華:「おねーちゃん!」 伊了:「…どうする?僕としてはこの状況、最高だから見てたいんだけど…」 来津:「看守が来ても面倒臭ぇ。止めるっきゃねぇだろぉ」 伊了:「(残念そうに)だよねぇ…」 恵:「嘘でしょ…こんな、こんな優しい人が…暴力団の頭領、人見錦……!?」 人見:「「さん」をつけろ言うたやろが、なめとんかクソガキ!!(また殴ろうとする)」 恵:「っ!!(身を守る)」 伊了:「(人見の拳を受け止める)はいはい、そこまでですよお頭(かしら)」 人見:「なんやおどれ、邪魔するんか?」 来津:「くひひ、落ち着けよぉオカシラぁ、あんたぁそれでも一団の頭領かぁ?たかが小娘に手ぇ出すなんざ、落ちたもんだなぁ?」 人見:「あぁ!?喧嘩売っとんのか――」 0:突然人見が片膝をついて頭を抱える。 恵:「え、何…?」 来津:「こいつぁなぁ、重度の二重人格ってぇやつさぁ」 恵:「え…!?」 伊了:「さっき君に優しくしてた方は、その自覚があるみたいなんだけどね。こっちは見た限り無さそうだ。 伊了:まぁ元々、あっちの人格が受けるストレスからこの狂暴な人格が出て来るみたいだけど」 恵:「スト、レス…」 緋華:「おっきいおねーちゃん、だいじょーぶ?」 人見:「…大丈夫。ごめんね、私まで怖がらせちゃって…」 恵:「……」 伊了:「さてと、お嬢さんも立てる――(恵に手を伸ばすが、弾かれる)」 恵:「…触らないで下さい。一人で、大丈夫ですから…」 伊了:「……そう」 0:暫く沈黙が続く 緋華:「ねぇ、おねーちゃんはおなまえなんてゆーの?」 恵:「…私?」 来津:「そう言やぁ嬢ちゃん、俺達にゃ色々聞いといてそっちは名乗りもしねぇのかよぉ?」 伊了:「名前だけじゃなくて、どうしてここに来たのかも気になるね」 恵:「…私は――」 看守:「(遮る)囚人番号318番!」 恵:「!」 看守:「橋垣恵(はしがき めぐみ)は、お前だな?」 恵:「…はい」 看守:「お前と話がしたいという奴がいる、さっさと来い!」 恵:「っ……」 0:恵が看守に連れて行かれる。 緋華:「おねーちゃん、いっちゃった…」 人見:「恵ちゃん、って言ってたね…。あれ、伊了さんどうしたの?」 伊了:「…橋垣?橋垣…」 来津:「くひひ、何でぇ、てめぇの患者かぁ?」 伊了:「…患者?そうか、あの子は…!」 0:面会所へ連れられ、恵が栄子を見て駆け寄る。 恵:「栄子!?栄子、無事だったのね!?」 栄子:「(少し怯え)あ、あの…貴女が私のお姉さん…なんですよね?」 恵:「え?」 栄子:「…ごめんなさい。何も…、何も憶えてないんです…」 恵:「…そう」 0:少し間。 栄子:「…あの」 恵:「ん?」 栄子:「どうして、私だけを生かしたんですか?」 恵:「……」 栄子:「どうして、家族は皆殺して…私だけ殺さなかったんですか!?」 恵:「(暫く黙りこんで)…貴女は、何も悪くなかったから」 栄子:「え?」 恵:「ごめんね、貴女の人生を滅茶苦茶にして」 栄子:「……」 看守:「時間だ」 0:看守が恵を連れて、監獄へ戻ろうとする 栄子:「待って…待って下さい!本当に、貴女が私の家族を殺したんですか…!?」 恵:「……」 栄子:「貴女が人を殺すようには思えない…!どうして私達の家族をっ…、私達の間に何があったんですか!?」 看守:「妹さん、お気持ちは分かります。ですが――」 恵:「(遮る)栄子、人間なんて、そんなものだよ」 栄子:「……」 0:恵と看守が面会室を去る。 0:場面は再び監獄。恵が看守に連れられて戻って来る。 看守:「さっさと戻れ!」 恵:「……(何も言わずに牢に入る)」 看守:「家族は選べないものだな。こんな最低な姉じゃなければ、妹さんも幸せだったろうに!」 0:そのまま看守が退場する。 緋華:「おねーちゃん、おかえりなさい!」 恵:「…ただいま」 伊了:「…栄子ちゃんが来たの?」 恵:「…!憶えてて、下さったんですね…」 伊了:「そりゃあ、彼女の病気は前例が無かったからね」 人見:「妹さん、病気なの?」 来津:「くひひ、こんな奴に診(み)られちまうたぁ、妹さんも気の毒だなぁ?」 伊了:「失礼だなぁ、これでも僕は医者だよ?異例の病気にかかった患者は、全力で治療させてもらったさ。 伊了:…まぁ彼女の場合は途中で居なくなっちゃって、探してる間に逮捕されちゃったんだけど」 恵:「…!!」 緋華:「いなくなっちゃったの?どーして?」 来津:「こいつが闇医者だって事に気付いて、逃げたんだろぉ?」 伊了:「んー…そうかなぁ?」 人見:「恵ちゃん、妹さんはどんな病気だったの?」 恵:「…栄子は……」 伊了:「脳の一部に異常があって、時折周りの物が認識出来ずに攻撃的になる。僕も何度か、発症時に居合わせて酷い目に遭ったよ」 恵:「……ごめんなさい」 伊了:「何で恵ちゃんが謝るの。医者なんてそんなもんだよ。まぁだから僕は、人の苦しむ顔や悲しむ顔が好きになっちゃったんだけどね★」 人見:「攻撃的に…私の二重人格と似たようなもの?」 伊了:「あれは人格なんて呼べるレベルじゃないよ。会話出来るだけ、人見さんのがまだまし」 緋華:「いじょー…こーげき…。うーん、わかんない…」 恵:「…分からなくていいよ」 緋華:「えー!?ひどい!」 来津:「くひひ、分からねぇ方が幸せだっつってんだよぉ」 伊了:「…で、恵ちゃん?君はどうしてこんな所へ来たのかな?」 恵:「……」 人見:「やめてあげなよ、言いたくない事だってあるじゃない」 来津:「何言ってんだぁ、俺達ゃちゃんと嬢ちゃんに話したんだぜぇ?なのにこいつぁ――」 恵:「(遮る)栄子以外の家族を、殺しました」 0:間 恵:「だって皆、酷いんだもの。栄子ばっかり除(の)け者にして、邪魔者扱いして…「あんな子産むんじゃなかった」とかまで言われて…! 恵:栄子だって、好きであんな風に生まれてきた訳じゃないのにっ…!!」 伊了:「…だから、殺した?」 恵:「だって、あまりにも可哀想だもの。あのまま帰って来ても、きっと栄子に居場所なんか無い。 恵:…だからさっき、栄子から記憶が無くなったって聞いて、ちょっと安心しちゃいました」 人見:「恵ちゃん…」 恵:「もう寝ましょう。あんまり遅くまで起きてたら、またあの看守に怒鳴られちゃう」 来津:「くひひ、そいつぁ願い下げだなぁ」 緋華:「おやすみなさーい」 0:深夜。恵がふと目を覚ますと、人見が寝ないまま座っている。 恵:「…あれ、人見さん?」 人見:「あぁ?」 恵:「!」 人見:「何や小娘、人の顔見るなり」 恵:「あ、ご、ごめんなさいっ…!」 人見:「(溜息)喧しい。黙ってはよ寝ろ」 恵:「……?えっと…暴力団のお頭(かしら)さん、ですよね…?」 人見:「何やおどれ、俺がアホみたいに暴れたから頭(かしら)んなったと思っとんのか?」 恵:「い、いえ…すいません…」 人見:「はん、人殺しのクセしおって、腑抜けたやっちゃ」 恵:「……」 人見:「お前の思うとる事、当てたろか?」 恵:「えっ…」 人見:「優しい方の人見さんやったら良かったのに、やろ?」 恵:「…!!」 人見:「気付いとらんと思ったか?残念やったな、俺はこいつの為に生まれたんや。自分抑えつけて、人のええようにこき使われるこいつの為にな!」 恵:「人見さんの、為に…?」 人見:「こいつぁ生まれた時から、人のええ奴でな。いっつも自分の事より、他人の事を優先しよんねや。自分の欲望とか、そんなんは全部心ん中に抑えつけてな」 恵:「…確かに、優しい方の人見さんは…そんな感じがします」 人見:「せやから、そこに付け込む奴もぎょうさんおった。金絡みもありゃあ、腹立つ事あったから殴らせろなんざ言うてきた奴もおった。 人見:俺はそんな奴らをぶっ殺してきた。家族であれ、親友であれ、俺の部下であれ……。裁判の時かて、俺が出て滅茶苦茶にしたろうって思っとった。けど、こいつが必死に止めよった」 恵:「……」 人見:「そん時あいつはこう言うた。「これ以上、私の人生を壊さないで」って」 恵:「…!」 人見:「何やその顔、笑うとこやろが?こいつの為に生まれたってのに、俺はこいつの邪魔でしかなかった。ははっ、何ちゅうコントや」 恵:「それは……」 人見:「こいつは俺が憎うて憎うてしゃあないやろ。俺の所為でこれから死ぬんやからな」 恵:「…私にはあの人見さんが、貴方の事をそんなに嫌ってるようには見えませんでした」 人見:「はぁ?何や、慰めのつもりか?」 恵:「だって貴方が居なかったら、人見さんはどうなってました?」 人見:「んな事知るかいな。他人の良いように使われて、ボロ雑巾みたいに捨てられとったんとちゃうか?」 恵:「でも、そうはならなかった」 人見:「……」 恵:「確かに、やり方は良くなかったと思います。でも貴方が居たお陰で、周りの人も人見さんの優しさを利用しようとか、考えなくなったんじゃないですか?」 人見:「…まぁ、そういう奴は減ったな」 恵:「なら、邪魔だなんて思ってませんよ。逆に感謝してるんじゃないですか?」 人見:「おどれに何が分かんねん」 恵:「分かりますよ、あっちの人見さんが凄く優しい人って事ぐらい」 人見:「……」 恵:「…あの?」 人見:「(クソデカ溜息)」 恵:「ひっ!?」 人見:「アホらし。もう寝るわ。お前もはよ寝ろ」 恵:「あ、はい……。おやすみなさい……」 0:恵が眠りに落ちる。 人見:「(ボソッと)……こいつ、ほんまに人殺しかいな」 0:翌朝 看守:「起床時間だ、起きろ!!」 緋華:「ん~…おはよぉ…」 来津:「(欠伸しながら)ったく、どうせ死ぬんだから自由に寝させて欲しいもんだぜぇ」 看守:「ふん、死ねば永遠に寝ていられるぞ」 伊了:「はは、違いないや」 人見:「恵ちゃん、起きて」 恵:「んん……?」 看守:「囚人番号318番、また妹さんがお見えだ」 恵:「栄子が…?」 伊了:「あのー看守さん、一応僕その妹さんの主治医だったんだけど、彼女の病状どうなってんの?」 看守:「教えたところで、もうすぐ死ぬお前に何が出来る?」 伊了:「だから、元主治医として気になるんだってば。他の看守さんは教えてくれたんだから、あんたも教えてよ」 看守:「ふん、貴様も馬鹿な奴だな。大人しく医者として過ごしていれば良かったものを」 伊了:「っ…!!(怒)」 看守:「何だその反抗的な目は?反論出来るなら言ってみろ。医者の皮を被った大罪人が!」 伊了:「(怒りを抑えてる)……」 恵:「先生…?」 緋華:「はんこーてきってなーに?たいざいにんってなーに?」 看守:「っ…お前達のような、人殺し共の事だ!ほら、さっさと来い!」 恵:「あっ……」 0:恵が看守に連れられて牢屋を出る。 人見:「…事実とは言え、酷い言い草だね」 来津:「くひひ、まぁどんな理由があったにせよ、殺す理由にゃならねぇからなぁ」 伊了:「……」 緋華:「せんせー、だいじょーぶ?」 伊了:「…大丈夫だよ」 人見:「…そう言えば妹さん、今日はどうしたんだろうねぇ」 来津:「そりゃあ人殺したぁ言え、今はもうあの嬢ちゃんしか家族は居ねぇんだ。気持ちは分からなくもねぇよぉ」 人見:「そっか…」 0:場面は面会室へ。 恵:「栄子、今日はどうしたの?」 栄子:「…すいません。まだ何も思い出せてなくて…」 恵:「(苦笑)思い出さなくていいよ」 栄子:「だって、本当に貴女が人を殺すようには思えなくて…!」 恵:「…やっぱり私、腑抜けてる?」 栄子:「え?」 恵:「今ね、同じ牢屋に凄く優しい人が居るんだ」 栄子:「な、何の話ですか…?」 恵:「でもその人、すっごく怖い暴力団の頭領だった」 栄子:「え……!?」 恵:「だから、ね?人間なんてそんなもの」 栄子:「姉、さん…」 恵:「ちょっとは思い出せてるじゃない。あんたはいつも、私の事「姉さん」って呼んでたんだよ?」 栄子:「あ……」 看守:「時間だ」 恵:「じゃあ、私行かなきゃ」 栄子:「待って…待って!姉さん!!」 0:深夜。恵が寝ないで座っている。 伊了:「…恵ちゃん、寝ないの?」 恵:「あ、先生…」 伊了:「…栄子ちゃんの事?」 恵:「……」 伊了:「…まぁ、心配だよね」 恵:「(苦笑)あはは…」 0:二人共暫く黙り込む 恵:「…あの」 伊了:「ん?」 恵:「先生はもしかして…、医者になるのが嫌だったんですか?」 伊了:「(図星)え、ど、どうしたの?藪(やぶ)から棒に」 恵:「いえ、今朝の事が気になって…」 伊了:「(暫く黙り込み、溜息)…確かに、医者になりたかったって言えば、嘘になるかな」 恵:「なら、どうして…」 伊了:「僕は物心ついた時から、そりゃあ優秀な頭脳を持ってたらしいよ。学校のテストだってオール100点!」 恵:「す、凄い…」 伊了:「そんな僕の将来の夢は……大工さん!」 恵:「へぇ~!」 伊了:「(きょとん)…あれ、驚かないの?」 恵:「(きょとん)え、何でですか?」 0:間 伊了:「(堰を切ったように)あっはははははははは!!」 恵:「え、な、何で笑うんですか!?」 伊了:「(笑いながら)ごめんごめん、そんな反応されたの初めてだからさ」 恵:「ど、どういう事ですか?」 伊了:「友達や学校の先生に言ったら、みぃーんな口を揃えてこう言ったんだ。「そんな頭脳があるのに」って」 恵:「え、か、関係無くないですか?大工も立派な職業ですよ?」 伊了:「ぶふっ……あははははははは!!」 恵:「だから何で笑うんですか!」 伊了:「(笑いながら)ごめんごめん、怒らないでよ。そんな事言ってくれる子、誰も居なかったからさぁ」 恵:「え…!?」 伊了:「大工になる為にさ、めちゃくちゃ体力つけようと頑張ったんだよ?みぃーんな「宝の持ち腐れだ」ってバカにしたけどね。 伊了:親も周りに言われて恥ずかしくなったのかな。「医者にならなきゃ許さない」って言われちゃった」 恵:「そんな…!」 伊了:「最初はそんなの聞かなかったよ、僕の人生は僕が決める事だと思ってたから。 伊了:そしたらとうとう親父に殴られちゃって、「言う事聞かないなら出て行け」って言われちゃってさ」 恵:「酷い…」 伊了:「流石に追い出されたら行く当てが無いよ。親族も友達も皆「親が正しい」って言うんだもん。 伊了:隠れてバイトした事もあったけど、すぐにバレて辞めさせられた挙句に貯めた金も取られちゃって…」 恵:「……」 伊了:「結局、僕は医者になるしかなかった。まぁ楽しい訳無いよね。嫌でも人の内臓や死に顔を見なきゃいけないんだから。 伊了:だから僕、必死に慣れようと思って、この仕事の愉(たの)しみを見つけたんだ」 恵:「愉(たの)しみ、って…!」 伊了:「そう、苦しんだり悲しんだりする人の顔を見る事!いやぁー自分でもビックリしたよ!嫌な事を楽しいって思えるのが、こんなに簡単だったなんてさ!」 恵:「っ……」 伊了:「あー待って待ってそんな顔しないで発情しちゃう。…恵ちゃんの言いたい事分かるよ?僕だって、誰彼構わず見殺しにした訳じゃないから。栄子ちゃんがいい例だろう?」 恵:「え…?」 伊了:「患者の中にね、居たのさ。親と友達が何人かね。当然、僕はそいつらに適切な処置をしなかった。それでみぃーんなお陀仏さ」 恵:「…!!」 伊了:「今朝の看守の言葉にはムカついたけど、僕はこれでもスッキリしてるんだよ?僕の夢を嘲笑(あざわら)って踏みにじった奴らに、復讐が出来たんだからさ! 伊了:どうせ地獄に堕ちるんだから、道連れにしてやらなきゃフェアじゃないじゃん?あははは!」 恵:「……」 伊了:「?恵ちゃん?」 恵:「(泣いている)どうして…?」 伊了:「(ぽかん)…恵ちゃん?」 恵:「先生はただ、夢を持って頑張ってた。それだけだったのに…!」 伊了:「え…?」 恵:「先生が人を殺さないで生きる道は、ちゃんとあったはずなのにっ…!!」 伊了:「…僕のために、泣いてくれてるの?」 恵:「だってあんまりです!これじゃあまるで、先生が夢を見る事自体が罪だったようなものじゃないですか!!」 伊了:「っ……」 恵:「…私は、先生の事を尊敬しています。例え犯罪者でも」 伊了:「…え?」 恵:「先生は栄子の事を、しっかり診(み)て下さってましたから」 伊了:「(少し焦って)い、いやいや、僕闇医者だよ?人殺しなんだよ?尊敬してるって、恵ちゃん大丈夫?」 恵:「……」 伊了:「昨日も言ったじゃん、栄子ちゃんを診(み)たのは異例の病気だったから!闇医者が他人を労(いた)わったりする訳無いだろ!?」 恵:「先生」 伊了:「な、何で怒った顔してんの?僕が犯罪者だから?闇医者だから?あはは、やっぱりそうだよね? 伊了:(段々早口に)人間なんて嘘吐きで胡麻ばっかりスッて本当はそんな事思ってもないクセにどうせ本当はイカれてるだの狂ってるだの僕を見下して」 恵:「先生!」 伊了:「っ!(我に返る)あれ、僕…」 恵:「先生は、優しい人です。だからもう、自分に嘘を吐かないで下さい…!」 伊了:「僕、は……」 0:少し間 伊了:「…ごめん」 恵:「え?」 伊了:「栄子ちゃん、治してあげられなくて…」 恵:「先生…」 伊了:「あ、あれ?何言ってんだろ僕。闇医者のクセに…馬鹿みたい。はは、あははっ!(暫く空笑いした後、啜り泣きに変わる)」 恵:「……」 0:翌朝 看守:「おい、起きろ!!」 人見:「あぁ…!?まだそんな時間ちゃうやろが…!」 来津:「くひひ、やれやれ、死刑囚も楽じゃねぇなぁ」 緋華:「ん~、ねむいよぉ~…」 看守:「囚人番号318番!」 恵:「…私?また栄子が来たんですか?」 看守:「違う。その妹さんが突然姿を眩ました」 恵:「え…!?」 看守:「部屋は窓が開けられた状態だった。五階だったから逃げたとも考えにくい。誘拐の線が濃厚だろう」 伊了:「…病院から居なくなった時と、同じだね」 恵:「栄子を探して!すぐに見つけて!お願いだから……!!」 看守:「うるさい!頼まれなくても既に捜査中だ!…まぁ、明日までに見つかればいいな」 恵:「っ…栄子……」 来津:「……」 緋華:「おねーちゃんのいもーとさん、どこいっちゃったの?」 人見:「チッ、めんどい事になりそうやなぁ…」 伊了:「そうだね…。大丈夫?恵ちゃん」 恵:「栄子…」 伊了:「…あー、ヤバい」 来津:「ん?」 伊了:「僕、ちょっとトイレ…」 人見:「おいコラァ!?ただでさえくっせぇトイレにまぁた変なニオイ増やす気とちゃうやろなぁ!いてこましたるぞワレェ!!」 伊了:「だぁーしまった今はお頭(かしら)だった!普通に!普通にトイレですってば!」 来津:「…くひひ、笑えねぇ冗談だなぁ」 緋華:「ねーおねーちゃん、だいじょーぶ?」 恵:「……」 0:深夜。恵が眠れないで座っている。 来津:「嬢ちゃん、寝れねぇのか?」 恵:「来津さん…」 来津:「妹さん、見つかりゃいいなぁ」 恵:「……」 来津:「くひひ、嬢ちゃん見てたら、姉貴の事思い出すぜぇ」 恵:「来津さんの、お姉さん…?」 来津:「聞きてぇかぁ?俺ぁ筋金入りのシスコンだぜぇ?」 恵:「…どんな人、なんですか?」 来津:「んーとよぉ、まず美人だろぉ?そんでもってかなり優しくてぇ?頭脳明晰でリーダーシップもある人なんだぁ」 恵:「良いお姉さん、なんですね…」 来津:「それに比べて俺ぁ酷ぇツラで、頭も無きゃそんなカリスマ性も無くてよぉ。親によく言われたもんだぜぇ、「何でお前があいつの弟なんだ」ってよぉ」 恵:「え!?ひ、酷い…」 来津:「おう、だから俺ぁあいつらが大っ嫌いだった。けど姉貴は、そんな俺にも優しくしてくれたんだぁ。「貴方は私の自慢の弟よ」ってよぉ…」 恵:「……」 来津:「だから俺ぁ姉貴の為なら何でもやった。姉貴の事しか考えなかった。親の言葉に従うなんざ真っ平だったが、姉貴の言う事なら何でも聞いた」 恵:「…!ま、まさか、百人殺しも…!?」 来津:「(慌てて)馬っ鹿、姉貴がんな事言うかぁ!…ま、姉貴の為って言やそうだけどなぁ」 恵:「来津さん…」 来津:「いつの事だったか、姉貴がある集団にレイプされかけた」 恵:「え…!?」 来津:「途中でサツが駆け込んで来たから無事だったものの、そいつらを捕まえるまではいかなくってなぁ。 来津:…けどある日俺ぁ聞いちまったんだぁ、そいつらがまた姉貴を狙う為に作戦を練ってたのをよぉ。 来津:ムカついてムカついて、ブチギレちまってなぁ。気付きゃあその裏路地は血の海だった。俺の最初の殺人さぁ」 恵:「そんな…」 来津:「けど俺ぁ気付いた、これじゃあ姉貴に迷惑かけちまうってなぁ。だから俺は家に帰らねぇまま名を変え顔を変え、ヤクもキメて今の来津輝人様の出来上がりって訳だぁ」 恵:「…でも、どうして関係無い人達まで…」 来津:「あぁ、そいつ等半グレの集団でよぉ。俺ぁ姉貴を襲った奴さえ消せりゃ良かったんだが、どっから探り当てたのかお礼参りしに来た連中がわんさか出たんだぁ。 来津:…で、そいつ等残らずぶっ殺したら、気付きゃ百人殺しの指名手配犯よぉ!」 恵:「…じゃあ、来津さんはずっと…狂ってるフリを?」 来津:「くひひ、フリって何だよぉ?元からイカれてんだろうがぁ?今まで親からも世間からも散々煙たがられてきたんだぁ、ようやくこの世ともおサラバよぉ」 恵:「…貴方の、お姉さんは?」 来津:「?」 恵:「来津さんのお姉さんも、貴方を煙たがってたんですか?」 来津:「…嬢ちゃん、俺ぁ人殺しだぜ?流石の姉貴も、そんな奴ぁ見捨てるだろ」 恵:「貴方がそんなに大好きになる程、お姉さんに愛されていたのにですか?」 来津:「っ…」 恵:「無かった事にしないで下さい。お姉さんもきっと、貴方が居なくて悲しんでる…。来津さんは、お姉さんの傍に居てあげるべきです!」 来津:「わぁったわぁった、落ち着けよ嬢ちゃん。忘れちゃいねーか?俺達ゃ明日にゃ死ぬんだぜ?」 恵:「あ…ご、ごめんなさい…」 来津:「(溜息)…くひひ、人を愛するって、難しいなぁ…」 恵:「……」 来津:「…なぁ、嬢ちゃん」 恵:「?はい」 来津:「最初に会った時から気になってたんだが、あんたの家族を殺したのは――」 栄子:「(遮る)姉さん」 恵:「え、栄子…!?」 来津:「…!?」 栄子:「…姉さん、姉さん…」 恵:「栄子、どうして此処に…心配したんだよ!?」 0:全員が目を覚ます。 伊了:「…あれ、栄子ちゃん?」 緋華:「こんにちは、ヒハナです!」 人見:「何で此処に…看守は何してるの?」 恵:「看守…そうだ!看守さんを呼ぶから、ちょっと待ってて――」 来津:「(遮る)離れろ嬢ちゃん!!(恵を突き飛ばす)」 恵:「きゃっ!!」 来津:「ぐっ…!」 恵:「痛…来津さん?何、で…!?(来津が栄子に刺されているのを見てしまう)」 来津:「…あ、がっ……」 緋華:「あ!おハナだ!!」 人見:「っ!緋華ちゃん、見ちゃダメ!」 緋華:「えー、なんで?」 恵:「え、栄子…?何を…」 栄子:「姉さん、姉さん姉さん姉さん姉さんねえさんねえさんねえさんネエサンネエサンネエサン」 伊了:「まずいっ…!檻から離れろ!刺されるぞ!!」 来津:「うっ……」 人見:「来津さん、しっかりして!」 緋華:「ねぇおねーちゃん、みえないよー」 伊了:「おい百人殺し!この程度で死にゃしないだろ!?自分で、動けっ…!!(来津を引きずる)」 来津:「……」 人見:「とりあえず、檻に入っては来られないはず…」 緋華:「ねー、なんでみせてくれないのー?」 栄子:「ウゥゥゥウウウ…ウウウウウ!!!」 0:正気を失った栄子が檻を破壊し始める。 人見:「嘘、でしょ…檻が……」 伊了:「忘れてたよ…あれが発症したら、身体能力が異常に上昇するんだ…!!」 恵:「栄子、やめて!やめなさい!!」 人見:「恵ちゃん!」 伊了:「離れろって!殺されたいのか!?」 恵:「栄子、私よ!姉さんよ!分かるでしょ!?」 栄子:「……姉、さん?」 恵:「そう、姉さん!会いに来てくれたんだよね?私嬉しいよ。でも、警察の人達が心配してるから…!」 栄子:「ねえ…さん……」 恵:「病院にも、ちゃんと連れて行ってもらえると思うから!私はもう、傍に居てあげられないけどっ……(栄子に刺される)」 伊了:「っ……!!」 人見:「恵ちゃん!!」 緋華:「おねーちゃん?どーしたのー?」 恵:「……栄、子……」 栄子:「ねーさん、ねーさんネーサンネーサンネーサンネエエエサアアアアアアアアアア!!!!」 人見:「恵ちゃん!恵ちゃんしっかりして!!」 伊了:「おい、誰か!看守、何してんだ!!」 緋華:「うー、うるさーい…」 恵:「栄子…栄、子……」 0:周囲の騒めきの中、恵の意識が途切れる。 0:目を覚ますと、そこは病室の天井。 恵:「あれ……此処、病院…?」 緋華:「あ、おねーちゃんおはよー!」 恵:「…お、はよ…。あれ?緋華ちゃん?」 緋華:「うん、ヒハナだよ!」 恵:「何で、緋華ちゃんまで…!ど、何処か怪我したの!?大丈夫!?」 来津:「落ち着け嬢ちゃん、そいつぁ釈放されたんだぁ」 恵:「く、来津さん!?無事だったんですね!」 来津:「無事じゃねーよ超痛ぇ…くひひ、死刑執行までに死ぬ事すら許されねぇたぁなぁ…」 恵:「…ごめんなさい」 緋華:「いたいのいたいの、とんでいけー!」 来津:「(溜息)…こいつぁいいよなぁ、バカでよぉ」 恵:「…あの、どうして緋華ちゃんが釈放に…?」 看守:「萬洲緋華(ばんしゅう ひはな)の釈放を希望する署名が受理された」 恵:「!」 看守:「親から虐待を受けていた事は勿論、殺された近隣住民も全員それを黙認していたらしい。 看守:同情した者達の署名を受けて、死刑判決は取り下げられた。保護観察は必須と判断されたがな」 恵:「…じゃあ、貴方は緋華ちゃんについて此処まで…?」 看守:「それもあるが…橋垣恵、お前の無罪が証明された」 恵:「え…?」 看守:「昨夜の事件で看守全員が橋垣栄子を取り押さえたところ、奴の記憶が戻った」 恵:「…!!」 看守:「妹を庇っていたとはな。最低な姉と罵(ののし)った事は取り消そう。だが貴様にも虚偽罪がある。それは改めて償ってもらうぞ!」 恵:「…栄子、栄子は…どうなるんですか!?」 看守:「…お前が被ろうとしていた刑が、執行される」 恵:「っ!待って、待って!あの子は病気なんです!本当は、本当は優しい子なんです!!だから、殺さないで――」 看守:「(遮る)病気なら人殺しが許されるのか!!」 恵:「っ…!」 看守:「その病気の所為で、あそこに居た看守達が何人も殺されたんだぞ! 看守:加害者側の弁明はいつもそうだ。本当は優しいから、本当は良い子だから、本当はそんな事しないから! 看守:お前達の言う「本当」とは何だ!?人を殺したという「事実」から、目を背ける為の方便か!!」 恵:「あ…あ……」 看守:「(咳払い)…失礼、此処は病院だったな。少しこの場を離れるが、脱走なんて考えない方がいいぞ。病院とは言え、此処は警察の管轄下だからな」 0:看守が病室を出る。 恵:「あ、あぁ……」 緋華:「おねーちゃん、なんでないてるの?どこかいたいの?」 来津:「…やっぱりなぁ。おかしいと思ったぜぇ」 恵:「栄子…栄子が…殺されちゃう……」 来津:「そう焦らなくたってよぉ、ありゃもう長かねぇだろぉ」 恵:「っ…!」 来津:「医者じゃねぇ俺でも分かる。あんな馬鹿力、何のペナルティも無しに出せるかってのぉ。 来津:どうせ病気で苦しむぐれぇなら、サクッと逝っちまった方が妹さんにとっても幸せなんじゃねぇかぁ?」 恵:「……」 緋華:「おじさん!おねーちゃんをイジメちゃダメ!」 来津:「イジメてねーよ、大人の話にガキがつっかかんな」 緋華:「ガキじゃないもん、ヒハナだもん!」 来津:「わぁったわぁったよ、うるせぇなぁ」 恵:「…私」 来津:「ん?」 恵:「分かってたんです…あの子がもう、長くない事くらい…。でも、だからこそ、精一杯生きて欲しくて…!」 来津:「…そいつぁエゴってもんだぜ」 恵:「分かってますよそんな事!…でも、あんな病気だからこそ…生まれてきて良かったって、あの子には思って欲しかった…!」 来津:「…!」 恵:「栄子だって、なりたくてなった訳じゃないのに、好きであんな風に生まれた訳じゃないのにっ…それじゃああの子は、何の為に生まれて来たんですか!!」 来津:「……」 緋華:「おねーちゃん、いたいの?だいじょーぶ?」 恵:「…私、私はっ……」 来津:「(長い溜息)……しゃーねぇーなぁ…」 恵:「…え?」 来津:「痛み止めは、っと…こいつかぁ」 恵:「来津さん…?」 来津:「(薬を飲む)……よし、嬢ちゃんも飲んどけぇ」 恵:「あ、はい…。(薬を飲む)…あの、何を?」 来津:「ん?此処を出て、妹さんを迎えに行くんだよぉ」 恵:「で、でも、どうやって…此処、警察病院ですよ?見張りだって沢山居るだろうし…」 来津:「(ニヤリ)壁にもかぁ?」 恵:「…は?」 来津:「どーするよチビ、一緒に来るかぁ?」 緋華:「チビじゃないもん、ヒハナだもん!」 来津:「おーし、じゃああんたぁ留守番だなぁ」 緋華:「ヤだ!おるすばんヤだ!いっしょにいく!」 恵:「え、壁って?あの…?」 来津:「(窓を開ける)んー…見た限り此処は五階だなぁ」 恵:「え、ご、五階!?あ、あの…(来津に担がれる)うひゃっ!?」 来津:「くひゃはは!てめぇらしっかりつかまっとけぇ!なぁに、嬢ちゃんの妹さんが飛び降りて無事だったんだぁ。俺様がやっても問題ねぇよぉ!」 恵:「あります!問題大アリです!は、放してぇ!!」 0:騒ぎを聞きつけて看守が戻って来る。 看守:「貴様、一体何をしている!?」 来津:「ぃよう看守様ぁ!悪ぃが此処の嬢ちゃん達はいただいてくぜぇ!!」 看守:「(銃を構える)そこを動くな!傷口を増やす事になるぞ!」 来津:「やれるもんならやってみなぁ?嬢ちゃん達に当たったら、無罪なのに死んじまうかもなぁ!」 看守:「くっ……!」 来津:「くひひ、んじゃ、あーばよっ」 恵:「え、嘘でしょ!?ちょっと!!」 0:恵と緋華を担いだ来津が、窓から飛び降りる。恵の悲鳴と、来津と緋華の楽しそうな笑い声が遠ざかっていく。 看守:「っ…!警備隊を集めろ!脱走だ!!」 0:場面は牢獄。伊了と人見が座って呆然としている。 人見:「…随分、静かになっちゃったね」 伊了:「本当だよ。あんなごたごたがあったから、僕等の死刑は延期にしてもらえたけど…何か複雑だよ」 人見:「恵ちゃんに来津さん、大丈夫かしら…。緋華ちゃんも、ちゃんと更生出来ればいいんだけど…」 伊了:「僕等が心配したって意味無いってば。あーぁ、それにしても、ちょっとだけ栄子ちゃんが羨ましいよ」 人見:「え…何言ってるの?病気でああなってるの、先生も知ってるでしょ?」 伊了:「だって、もし栄子ちゃん側だったらさ?恵ちゃんは勿論、来津君や人見さんの良い顔が見れむぐっ!?(突然口を押さえられる)」 人見:「おどれええ度胸しとるやないかワレ、死刑なる前にぶっ殺したろか!?あぁ!?」 伊了:「お、お頭(かしら)…最近よく出て来るね?」 来津:「よぉセンセ、楽しそうだなぁ」 伊了:「えっ…来津君!?」 人見:「何やワレ、生きとったんか」 恵:「せ、先生ぇ…」 伊了:「恵ちゃんまで…って!!」 人見:「おどれ等、えらい血ぃ出とるやないか!!」 来津:「いやぁー、痛み止め飲んどきゃ何とかなるかと思ったんだがなぁ。この通りバックリ傷開いちまったぁ」 伊了:「無茶したねぇ…。恵ちゃんは大丈夫?」 恵:「(やつれてる)私は、大丈夫です…。この血も来津さんのだから……」 緋華:「おねーちゃん、まだこのメカクシとっちゃダメ?」 恵:「ダメ。絶対ダメ」 来津:「んな訳で、ほい」 伊了:「え?何?針と糸?」 来津:「あんた医者だろぉ?鍵開けっから縫ってくれよぉ」 人見:「鍵?どないしたんやそれ」 来津:「くひひ、此処の看守達はおねんねの時間だぁ」 人見:「ほーん?優秀なやっちゃ。脱獄するんやったら、俺んとこ来るか?」 来津:「悪ぃがお断りしとくぜぇ。俺様ぁ一匹狼気取っててぇからよ」 伊了:「(溜息)しょうがないなぁ…場所が場所だから、出来栄えは期待しないでよ?」 来津:「おう。嬢ちゃんもやっとくかぁ?」 恵:「…いいです」 緋華:「なにするのー?ヒハナもやるー!」 恵:「やらなくていい。やらなくていいから」 人見:「…妹は奥の牢に運ばれとったで」 恵:「!」 伊了:「ちょっとだけあの子の顔が見えたけど、もうあれは持たないね。明日まで生きてたら良い方じゃないかな」 来津:「いで、いででっ!おい、もっと優しくしろよぉ!」 伊了:「麻酔持って来なかった君が悪いよー」 恵:「栄子…」 伊了:「よし、終わり。さ、行こう」 来津:「ってぇ…クソ医者がよぉ」 伊了:「うるさいよヤク中」 人見:「喧しい。ほれ、こっちや」 緋華:「ねー、もうこれとっていいー?」 恵:「もうちょっとだけ待って」 0:栄子の牢獄へ着く。 恵:「っ!栄子、栄子!」 栄子:「……姉、さん?」 恵:「うん、姉さんだよ!一人にしてごめんね?」 栄子:「ごめんなさい…私…」 恵:「え?」 栄子:「私、ずっと姉さんに迷惑かけてた…。何度も姉さんを傷付けて、私の所為で死刑判決まで受けてっ…!」 恵:「違う、違うよ!貴女は何も悪くない!貴女の所為じゃない!!」 栄子:「いいの…。こんな私でも、姉さんが傍に居てくれたから…生きてていいんだって思えたから…」 恵:「…!」 栄子:「姉さん、私の姉さんになってくれて…ありがとう。大好き――」 恵:「……栄子?」 0:もう栄子は動かない。 恵:「栄子…栄子…!っ…私も……妹になってくれてありがとう…生まれてきてくれて、ありがとう……大好きだよ…!!」 0:暫く啜り泣き、恵は立ち上がって来津達の所へ戻る。 伊了:「おかえり、恵ちゃん」 恵:「…先生、栄子が……」 伊了:「…そう」 来津:「…で、妹さん何だってぇ?」 恵:「…私の妹で、良かったって…」 来津:「くひひ、そうかい」 緋華:「じゃあヒハナも、おねーちゃんのいもーとになる!」 恵:「…ありがとう、緋華ちゃん」 人見:「んな事出来るんか?」 伊了:「…まぁ色々手続きはありそうだけど、いけるんじゃない?」 看守:「動くな!!」 0:振り向くと、看守を筆頭に他の警備隊が銃を向けている。 看守:「死刑囚は大人しく牢に戻れ!後の二人は、現行犯逮捕だ!」 来津:「おーおー、おっかねぇ」 人見:「何や、公僕(こうぼく)共の銃はえらい安っぽいなぁ」 伊了:「丁度良かった。えーっと、17時49分かな?死刑囚の橋垣栄子が、息を引き取ったよ」 看守:「何…?」 伊了:「あ、僕等がやったんじゃないからね?他の医師からも確認取れると思うけど、病死だよ」 看守:「っ…貴様等には関係の無い事だ。早く牢に戻れ!」 来津:「それなんだけどよぉ、俺ら嬢ちゃんを待ってる間ちぃと話し合ってたんだぁ」 看守:「は…?」 来津:「殺りてぇ奴ぁ全員殺った。もう自分の人生に悔いなんざ無ぇと思ってたぁ」 人見:「せやけどなぁ、まだ守りたいもんがある。死んだらそんなん出来へんからな」 伊了:「やりたくても出来なかった事もある。殺した奴の邪魔さえ無けりゃ、出来た筈だった事がね」 看守:「貴様等、一体何の話を…?」 緋華:「ねーねー、そのオモチャかっこいい!ヒハナもそれであそびたい!」 看守:「っ!?おい、触るな!これはオモチャじゃない!」 緋華:「みんなであそぼ!ヒハナ、たのしいのだいすき!」 恵:「病気なら、人殺しが許されるのか。そう言いましたよね?」 看守:「!」 恵:「…なら、そうしないと幸せになれなかった人は、殺してもいいんですか?」 看守:「はぁ…!?」 来津:「くひ、くひゃははは!嬢ちゃんもとんだイカレになっちまったもんだなぁ!」 0:来津が閃光弾を投げつける 看守:「しまっ――」 0:閃光弾が爆発する。 緋華:「わぁ!まぶしい!」 恵:「っ!」 看守:「くっ…!(目が慣れる)…居ない!探せ!相手は死刑囚だ!最悪撃ち殺しても構わん!!」 0:看守達がバタバタと監獄内を探し回る。 0:場面は外。 伊了:「…はい、縫合完了」 恵:「いったぁ…」 伊了:「文句なら、麻酔も一緒に持って来なかった来津君に言って欲しいなぁ」 来津:「おいおい、まぁだその話すんのかよぉ?」 緋華:「ねー、まだー?」 人見:「はいはい、もう見てもいいよ」 緋華:「あ、おねーちゃんとおじさんのふく、クロくなってるー!」 恵:「(ボソッと)良かった…服に染みた血は認識されないんだ…」 人見:「……何か、大変な事になっちゃったけど…私達これからどうするの?」 来津:「…まぁ、暫くはバラバラに行動した方が良さそうだなぁ?」 緋華:「えー!?ヤだー!」 伊了:「じゃあ、整形手術も一緒にやる?病院まで案内しようか?」 人見:「(溜息)もう、此処までくればどうにでもなれだね」 緋華:「せーけー?それっておいしい?」 伊了:「あ、緋華ちゃんはしなくていいよ。もう死刑囚じゃないんだし」 恵:「あの、私は…?」 伊了:「ん?どっちでもいいよ。恵ちゃんには良いモノ沢山見せてもらったし、サービスしちゃう★」 来津:「おいおい、俺等は有料かよぉ?」 伊了:「当たり前だろ?医者だって商売なんだから」 来津:「くひひ、とんでもねぇクソ医者だなぁ」 人見:「何でもいいよ。とりあえず、戸籍も新しいのを作る必要あるかなぁ?今の名前はもう名乗れないし」 恵:「…え、人見さん、今お頭(かしら)なんですか?」 人見:「何言ってるの。人格がどうであれ、暴力団の頭領はこの私だよ?」 伊了:「…わお」 来津:「くひひ、分かっちゃいたが、こっちのオカシラも相当なイカレだったってぇ訳だぁ」 人見:「そんな態度でいいの?あんた達の分の戸籍、作ってやらないよ?」 伊了:「お頭(かしら)、お世話になります!」 来津:「良い薬のルート、知ってるぜオカシラぁ!」 人見:「全くもう…で、恵ちゃんはどうするの?」 恵:「え……」 緋華:「ヒハナ、おねーちゃんといっしょがいい!おねーちゃんのいもーとになる!」 恵:「……」 人見:「緋華ちゃんはこう言ってるけど?」 恵:「…そう、ですね。でも、私は一回戻ります」 伊了:「あれ、いいの?死刑にならないとは言え、多分実刑判決だよ?」 恵:「でも、栄子の遺骨を回収したいし…釈放された頃には、きっと緋華ちゃんも引き取ってあげられると思うから」 人見:「…そう」 来津:「んじゃ、嬢ちゃん達たぁここでお別れだなぁ。くひひ、精々楽しく生きろよぉ!」 伊了:「具合が悪くなったら、いつでもうちにおいで」 人見:「釈放後の事は、私が面倒見てあげるからね」 恵:「…ありがとうございました」 緋華:「バイバーイ!」 0:来津、伊了、人見が去る。 緋華:「おねーちゃん、どこいくの?」 恵:「うーんそうだなぁ…。戻る前に、一旦お姉ちゃんの家に来る?ホットケーキ焼いてあげるよ」 緋華:「ほっとけーき?ってなに?」 恵:「丸くてあったかくて、甘ーいお菓子」 緋華:「おかし!?ヒハナおかしだーいすき!」 恵:「あとね、ジャムもあるよ。ホットケーキの上に乗せて、お花畑みたいに出来るよ!」 緋華:「おハナばたけ?やったー!ヒハナおハナばたけもだーいすき!」 0:恵と緋華が笑い合いながら、手を繋いで歩いていく。 恵:(N)きっと、この世に「普通」なんて無い。だから彼等は、今日も笑いながら踊り続けるんだろう。 恵:(N)そして私もいつか、いや、きっともう既に、彼等と同じ円舞曲(ワルツ)の舞台に立っているんだ。

栄子:(回想)「姉さん、私…『普通』になりたい」 恵:(N)あの子がそう言う度に、私はいつも考えた。『普通』って何なんだろうって――。 0:監獄へ恵が看守に連れられる。 看守:「法改正により、精神疾患を持っていようが、未成年だろうが、一定数の殺人を犯した者は例外なく死刑となった。 看守:そして罪人ごときに税を使わないように、判決が下された一週間以内に刑が執行される事となった。」 恵:「……」 看守:「私としては理解に苦しむ。この国の処刑法は絞首(こうしゅ)刑だが、人殺しなどもっと苦しんで死ぬべきだろう。 看守:特に、貴様のような成人した健常者はな!!」 0:看守が監獄の中へ恵を突き飛ばす。 恵:「っ…!」 看守:「此処が貴様の牢だ。お前の死刑は三日後、こいつらと同時に執行される。短い余生だ、精々仲良く過ごす事だな!!」 恵:「……」 0:看守が退場する。 来津:「くひ、くひひひひ…!」 恵:「!」 来津:「よぉ嬢ちゃん、あんたぁ何やらかしたんだぁ?殺人かぁ?密売かぁ?それともテロ行為かぁ!?(高笑い)」 恵:「…貴方に、関係ありませんよね?」 伊了:「冷たいなぁ、僕らはこれから一生を共に終える仲じゃないか」 人見:「ちょっと、怖がらせるのはやめなさい」 緋華:「いっしょーをともにおえる?それってしあわせ?」 恵:「……貴方達は…?」 来津:「おいおい、俺を知らねぇたぁ世間知らずにも程があるぜぇ?」 伊了:「本当だよ。来津君はともかく、僕は知ってるでしょ?」 恵:「来津…!?貴方まさか、指名手配犯の…!!」 来津:「おうよぉ、俺様はかつて百人もの人を殺した麻薬常習犯、来津輝人(くるつ てるひと)様だぁ!(高笑い)」 恵:「っ…!!(怯え始める)」 伊了:「(うっとり)うわぁいいねぇその顔、たまんないや…」 恵:「わっ…あれ、貴方何処かで…?」 伊了:「そりゃあね、僕は世界的にも有名な天才医学者なんだから」 恵:「やっぱり、伊了学(いりょう まなぶ)先生!?」 伊了:「フルネームで呼ばないでよ恥ずかしい」 恵:「どうして先生がここに…!?」 来津:「くひひ、知らねぇのかぁ嬢ちゃん?そいつぁ闇医者だったんだよぉ」 恵:「……え?」 伊了:「何時の頃からだったかなぁ、人の怯える顔や悲しむ顔を見るのが好きになってきたんだ。 伊了:だからわざと病気をほっといたり、オペを失敗させたりして人が苦しんだり悲しんだりするのを楽しんでたんだ」 恵:「先生が、そんな人だったなんて…」 伊了:「(興奮気味に)ちょ、待ってよその顔反則だってぇ…」 緋華:「おぺ?それってうれしい?」 恵:「え、子供…?何でこんな所に…貴女は?」 緋華:「ヒハナ。ヒ色のおハナでヒハナ。ヒ色って、すごくキレーなアカ色なの!」 恵:「緋華ちゃん…どうして、こんな所に?」 緋華:「わかんない。おハナをいっぱいさかせたら、ここにつれてこられちゃった」 恵:「お花…?」 来津:「くひひ、本っ当にこいつぁなんにも覚えねぇなぁ」 伊了:「だからね緋華ちゃん、そのお花は「血」っていうんだよ?」 恵:「血…!?何で、何でそれを花だなんてっ…!」 人見:「しょうがないよ。この子は虐待されてたんだから」 恵:「え…?」 伊了:「ちょっとあの子の脳のデータを見させてもらったけど、ありゃダメだね。 伊了:親に相当な力で何回も叩かれたせいか、脳細胞がほとんど死んでた」 来津:「つまりそいつぁ、何も分からねぇし何も覚えられねぇ訳だぁ」 緋華:「うん。おとーさんもおかーさんも、まいにちいっぱいヒハナをたたいた。 緋華:でもこのまえね、ヒハナのあたまにキレーなアカいお花がさいたの!おとーさんもおかーさんも、きっとそれがみたかったのね!」 恵:「(震えた声で)違う…」 緋華:「でもイタイのはイヤだから、とがったギン色のキレーなナイフでおかーさんをさしてみたの! 緋華:そしたら、ヒハナのあたまでさいたのよりずっとおっきくてキレーなおハナがいーっぱいさいたの!」 来津:「尖ったナイフなんざ家にあるかよぉ、包丁だろうがぁ?」 伊了:「来津君、言っても無駄だって」 緋華:「そしたらおかーさんね、おメメがまっシロになってたおれちゃった。きっとうれしすぎてキゼツしちゃったのね」 恵:「っ……(怯えて言葉が出ない)」 伊了:「それで、緋華ちゃんはそのお花をもっと咲かせたくなって」 来津:「お父さんや近所の人もみぃーんな殺しちまったら、怖ぁいお巡りさんが来てここに連れて来られたんだよなぁ?」 0:来津と伊了がバカにしたように笑い出す。 人見:「いいかげんにしなさい!どうせ死ぬからって好き放題言って!これ以上この子を怖がらせたら、承知しないから!!」 来津:「(ニヤニヤ)うぉ~、おっかねぇおっかねぇ」 伊了:「(ニヤニヤ)この人を怒らせたら、それこそ死んじゃうよ」 人見:「全くもう…。大丈夫?ごめんね、怖い思いさせちゃって…」 恵:「あ、いえ…あの…(涙が出て来る)」 人見:「大丈夫。大丈夫だから…」 恵:「うっ…ぐすっ…(人見に泣きつく)」 人見に抱き締められ、恵がわんわん泣き出す。 伊了:「(真剣に)…そろそろ、ヤバいかな?」 来津:「(真剣に)嬢ちゃん、悪い事ぁ言わねぇ、そいつから離れな」 恵:「え…?(突然髪を掴まれる)痛っ!!」 人見:「(人が変わったように)ギャーギャー喧しいんじゃ小娘。ちぃとは静かに出来んのか?あぁ?」 恵:「痛いっ…何?何が…」 来津:「くひひ、それ見ろぉ、言わんこっちゃねぇ」 伊了:「そんなに泣きついたりするから覚醒しちゃったじゃない、人見錦(ひとみ にしき)さんのもう一つの人格がさぁ…!」 恵:「…人見、錦!?」 人見:「「さん」をつけろやこんガキャア!!(恵を殴る)」 恵:「っ!!」 緋華:「おねーちゃん!」 伊了:「…どうする?僕としてはこの状況、最高だから見てたいんだけど…」 来津:「看守が来ても面倒臭ぇ。止めるっきゃねぇだろぉ」 伊了:「(残念そうに)だよねぇ…」 恵:「嘘でしょ…こんな、こんな優しい人が…暴力団の頭領、人見錦……!?」 人見:「「さん」をつけろ言うたやろが、なめとんかクソガキ!!(また殴ろうとする)」 恵:「っ!!(身を守る)」 伊了:「(人見の拳を受け止める)はいはい、そこまでですよお頭(かしら)」 人見:「なんやおどれ、邪魔するんか?」 来津:「くひひ、落ち着けよぉオカシラぁ、あんたぁそれでも一団の頭領かぁ?たかが小娘に手ぇ出すなんざ、落ちたもんだなぁ?」 人見:「あぁ!?喧嘩売っとんのか――」 0:突然人見が片膝をついて頭を抱える。 恵:「え、何…?」 来津:「こいつぁなぁ、重度の二重人格ってぇやつさぁ」 恵:「え…!?」 伊了:「さっき君に優しくしてた方は、その自覚があるみたいなんだけどね。こっちは見た限り無さそうだ。 伊了:まぁ元々、あっちの人格が受けるストレスからこの狂暴な人格が出て来るみたいだけど」 恵:「スト、レス…」 緋華:「おっきいおねーちゃん、だいじょーぶ?」 人見:「…大丈夫。ごめんね、私まで怖がらせちゃって…」 恵:「……」 伊了:「さてと、お嬢さんも立てる――(恵に手を伸ばすが、弾かれる)」 恵:「…触らないで下さい。一人で、大丈夫ですから…」 伊了:「……そう」 0:暫く沈黙が続く 緋華:「ねぇ、おねーちゃんはおなまえなんてゆーの?」 恵:「…私?」 来津:「そう言やぁ嬢ちゃん、俺達にゃ色々聞いといてそっちは名乗りもしねぇのかよぉ?」 伊了:「名前だけじゃなくて、どうしてここに来たのかも気になるね」 恵:「…私は――」 看守:「(遮る)囚人番号318番!」 恵:「!」 看守:「橋垣恵(はしがき めぐみ)は、お前だな?」 恵:「…はい」 看守:「お前と話がしたいという奴がいる、さっさと来い!」 恵:「っ……」 0:恵が看守に連れて行かれる。 緋華:「おねーちゃん、いっちゃった…」 人見:「恵ちゃん、って言ってたね…。あれ、伊了さんどうしたの?」 伊了:「…橋垣?橋垣…」 来津:「くひひ、何でぇ、てめぇの患者かぁ?」 伊了:「…患者?そうか、あの子は…!」 0:面会所へ連れられ、恵が栄子を見て駆け寄る。 恵:「栄子!?栄子、無事だったのね!?」 栄子:「(少し怯え)あ、あの…貴女が私のお姉さん…なんですよね?」 恵:「え?」 栄子:「…ごめんなさい。何も…、何も憶えてないんです…」 恵:「…そう」 0:少し間。 栄子:「…あの」 恵:「ん?」 栄子:「どうして、私だけを生かしたんですか?」 恵:「……」 栄子:「どうして、家族は皆殺して…私だけ殺さなかったんですか!?」 恵:「(暫く黙りこんで)…貴女は、何も悪くなかったから」 栄子:「え?」 恵:「ごめんね、貴女の人生を滅茶苦茶にして」 栄子:「……」 看守:「時間だ」 0:看守が恵を連れて、監獄へ戻ろうとする 栄子:「待って…待って下さい!本当に、貴女が私の家族を殺したんですか…!?」 恵:「……」 栄子:「貴女が人を殺すようには思えない…!どうして私達の家族をっ…、私達の間に何があったんですか!?」 看守:「妹さん、お気持ちは分かります。ですが――」 恵:「(遮る)栄子、人間なんて、そんなものだよ」 栄子:「……」 0:恵と看守が面会室を去る。 0:場面は再び監獄。恵が看守に連れられて戻って来る。 看守:「さっさと戻れ!」 恵:「……(何も言わずに牢に入る)」 看守:「家族は選べないものだな。こんな最低な姉じゃなければ、妹さんも幸せだったろうに!」 0:そのまま看守が退場する。 緋華:「おねーちゃん、おかえりなさい!」 恵:「…ただいま」 伊了:「…栄子ちゃんが来たの?」 恵:「…!憶えてて、下さったんですね…」 伊了:「そりゃあ、彼女の病気は前例が無かったからね」 人見:「妹さん、病気なの?」 来津:「くひひ、こんな奴に診(み)られちまうたぁ、妹さんも気の毒だなぁ?」 伊了:「失礼だなぁ、これでも僕は医者だよ?異例の病気にかかった患者は、全力で治療させてもらったさ。 伊了:…まぁ彼女の場合は途中で居なくなっちゃって、探してる間に逮捕されちゃったんだけど」 恵:「…!!」 緋華:「いなくなっちゃったの?どーして?」 来津:「こいつが闇医者だって事に気付いて、逃げたんだろぉ?」 伊了:「んー…そうかなぁ?」 人見:「恵ちゃん、妹さんはどんな病気だったの?」 恵:「…栄子は……」 伊了:「脳の一部に異常があって、時折周りの物が認識出来ずに攻撃的になる。僕も何度か、発症時に居合わせて酷い目に遭ったよ」 恵:「……ごめんなさい」 伊了:「何で恵ちゃんが謝るの。医者なんてそんなもんだよ。まぁだから僕は、人の苦しむ顔や悲しむ顔が好きになっちゃったんだけどね★」 人見:「攻撃的に…私の二重人格と似たようなもの?」 伊了:「あれは人格なんて呼べるレベルじゃないよ。会話出来るだけ、人見さんのがまだまし」 緋華:「いじょー…こーげき…。うーん、わかんない…」 恵:「…分からなくていいよ」 緋華:「えー!?ひどい!」 来津:「くひひ、分からねぇ方が幸せだっつってんだよぉ」 伊了:「…で、恵ちゃん?君はどうしてこんな所へ来たのかな?」 恵:「……」 人見:「やめてあげなよ、言いたくない事だってあるじゃない」 来津:「何言ってんだぁ、俺達ゃちゃんと嬢ちゃんに話したんだぜぇ?なのにこいつぁ――」 恵:「(遮る)栄子以外の家族を、殺しました」 0:間 恵:「だって皆、酷いんだもの。栄子ばっかり除(の)け者にして、邪魔者扱いして…「あんな子産むんじゃなかった」とかまで言われて…! 恵:栄子だって、好きであんな風に生まれてきた訳じゃないのにっ…!!」 伊了:「…だから、殺した?」 恵:「だって、あまりにも可哀想だもの。あのまま帰って来ても、きっと栄子に居場所なんか無い。 恵:…だからさっき、栄子から記憶が無くなったって聞いて、ちょっと安心しちゃいました」 人見:「恵ちゃん…」 恵:「もう寝ましょう。あんまり遅くまで起きてたら、またあの看守に怒鳴られちゃう」 来津:「くひひ、そいつぁ願い下げだなぁ」 緋華:「おやすみなさーい」 0:深夜。恵がふと目を覚ますと、人見が寝ないまま座っている。 恵:「…あれ、人見さん?」 人見:「あぁ?」 恵:「!」 人見:「何や小娘、人の顔見るなり」 恵:「あ、ご、ごめんなさいっ…!」 人見:「(溜息)喧しい。黙ってはよ寝ろ」 恵:「……?えっと…暴力団のお頭(かしら)さん、ですよね…?」 人見:「何やおどれ、俺がアホみたいに暴れたから頭(かしら)んなったと思っとんのか?」 恵:「い、いえ…すいません…」 人見:「はん、人殺しのクセしおって、腑抜けたやっちゃ」 恵:「……」 人見:「お前の思うとる事、当てたろか?」 恵:「えっ…」 人見:「優しい方の人見さんやったら良かったのに、やろ?」 恵:「…!!」 人見:「気付いとらんと思ったか?残念やったな、俺はこいつの為に生まれたんや。自分抑えつけて、人のええようにこき使われるこいつの為にな!」 恵:「人見さんの、為に…?」 人見:「こいつぁ生まれた時から、人のええ奴でな。いっつも自分の事より、他人の事を優先しよんねや。自分の欲望とか、そんなんは全部心ん中に抑えつけてな」 恵:「…確かに、優しい方の人見さんは…そんな感じがします」 人見:「せやから、そこに付け込む奴もぎょうさんおった。金絡みもありゃあ、腹立つ事あったから殴らせろなんざ言うてきた奴もおった。 人見:俺はそんな奴らをぶっ殺してきた。家族であれ、親友であれ、俺の部下であれ……。裁判の時かて、俺が出て滅茶苦茶にしたろうって思っとった。けど、こいつが必死に止めよった」 恵:「……」 人見:「そん時あいつはこう言うた。「これ以上、私の人生を壊さないで」って」 恵:「…!」 人見:「何やその顔、笑うとこやろが?こいつの為に生まれたってのに、俺はこいつの邪魔でしかなかった。ははっ、何ちゅうコントや」 恵:「それは……」 人見:「こいつは俺が憎うて憎うてしゃあないやろ。俺の所為でこれから死ぬんやからな」 恵:「…私にはあの人見さんが、貴方の事をそんなに嫌ってるようには見えませんでした」 人見:「はぁ?何や、慰めのつもりか?」 恵:「だって貴方が居なかったら、人見さんはどうなってました?」 人見:「んな事知るかいな。他人の良いように使われて、ボロ雑巾みたいに捨てられとったんとちゃうか?」 恵:「でも、そうはならなかった」 人見:「……」 恵:「確かに、やり方は良くなかったと思います。でも貴方が居たお陰で、周りの人も人見さんの優しさを利用しようとか、考えなくなったんじゃないですか?」 人見:「…まぁ、そういう奴は減ったな」 恵:「なら、邪魔だなんて思ってませんよ。逆に感謝してるんじゃないですか?」 人見:「おどれに何が分かんねん」 恵:「分かりますよ、あっちの人見さんが凄く優しい人って事ぐらい」 人見:「……」 恵:「…あの?」 人見:「(クソデカ溜息)」 恵:「ひっ!?」 人見:「アホらし。もう寝るわ。お前もはよ寝ろ」 恵:「あ、はい……。おやすみなさい……」 0:恵が眠りに落ちる。 人見:「(ボソッと)……こいつ、ほんまに人殺しかいな」 0:翌朝 看守:「起床時間だ、起きろ!!」 緋華:「ん~…おはよぉ…」 来津:「(欠伸しながら)ったく、どうせ死ぬんだから自由に寝させて欲しいもんだぜぇ」 看守:「ふん、死ねば永遠に寝ていられるぞ」 伊了:「はは、違いないや」 人見:「恵ちゃん、起きて」 恵:「んん……?」 看守:「囚人番号318番、また妹さんがお見えだ」 恵:「栄子が…?」 伊了:「あのー看守さん、一応僕その妹さんの主治医だったんだけど、彼女の病状どうなってんの?」 看守:「教えたところで、もうすぐ死ぬお前に何が出来る?」 伊了:「だから、元主治医として気になるんだってば。他の看守さんは教えてくれたんだから、あんたも教えてよ」 看守:「ふん、貴様も馬鹿な奴だな。大人しく医者として過ごしていれば良かったものを」 伊了:「っ…!!(怒)」 看守:「何だその反抗的な目は?反論出来るなら言ってみろ。医者の皮を被った大罪人が!」 伊了:「(怒りを抑えてる)……」 恵:「先生…?」 緋華:「はんこーてきってなーに?たいざいにんってなーに?」 看守:「っ…お前達のような、人殺し共の事だ!ほら、さっさと来い!」 恵:「あっ……」 0:恵が看守に連れられて牢屋を出る。 人見:「…事実とは言え、酷い言い草だね」 来津:「くひひ、まぁどんな理由があったにせよ、殺す理由にゃならねぇからなぁ」 伊了:「……」 緋華:「せんせー、だいじょーぶ?」 伊了:「…大丈夫だよ」 人見:「…そう言えば妹さん、今日はどうしたんだろうねぇ」 来津:「そりゃあ人殺したぁ言え、今はもうあの嬢ちゃんしか家族は居ねぇんだ。気持ちは分からなくもねぇよぉ」 人見:「そっか…」 0:場面は面会室へ。 恵:「栄子、今日はどうしたの?」 栄子:「…すいません。まだ何も思い出せてなくて…」 恵:「(苦笑)思い出さなくていいよ」 栄子:「だって、本当に貴女が人を殺すようには思えなくて…!」 恵:「…やっぱり私、腑抜けてる?」 栄子:「え?」 恵:「今ね、同じ牢屋に凄く優しい人が居るんだ」 栄子:「な、何の話ですか…?」 恵:「でもその人、すっごく怖い暴力団の頭領だった」 栄子:「え……!?」 恵:「だから、ね?人間なんてそんなもの」 栄子:「姉、さん…」 恵:「ちょっとは思い出せてるじゃない。あんたはいつも、私の事「姉さん」って呼んでたんだよ?」 栄子:「あ……」 看守:「時間だ」 恵:「じゃあ、私行かなきゃ」 栄子:「待って…待って!姉さん!!」 0:深夜。恵が寝ないで座っている。 伊了:「…恵ちゃん、寝ないの?」 恵:「あ、先生…」 伊了:「…栄子ちゃんの事?」 恵:「……」 伊了:「…まぁ、心配だよね」 恵:「(苦笑)あはは…」 0:二人共暫く黙り込む 恵:「…あの」 伊了:「ん?」 恵:「先生はもしかして…、医者になるのが嫌だったんですか?」 伊了:「(図星)え、ど、どうしたの?藪(やぶ)から棒に」 恵:「いえ、今朝の事が気になって…」 伊了:「(暫く黙り込み、溜息)…確かに、医者になりたかったって言えば、嘘になるかな」 恵:「なら、どうして…」 伊了:「僕は物心ついた時から、そりゃあ優秀な頭脳を持ってたらしいよ。学校のテストだってオール100点!」 恵:「す、凄い…」 伊了:「そんな僕の将来の夢は……大工さん!」 恵:「へぇ~!」 伊了:「(きょとん)…あれ、驚かないの?」 恵:「(きょとん)え、何でですか?」 0:間 伊了:「(堰を切ったように)あっはははははははは!!」 恵:「え、な、何で笑うんですか!?」 伊了:「(笑いながら)ごめんごめん、そんな反応されたの初めてだからさ」 恵:「ど、どういう事ですか?」 伊了:「友達や学校の先生に言ったら、みぃーんな口を揃えてこう言ったんだ。「そんな頭脳があるのに」って」 恵:「え、か、関係無くないですか?大工も立派な職業ですよ?」 伊了:「ぶふっ……あははははははは!!」 恵:「だから何で笑うんですか!」 伊了:「(笑いながら)ごめんごめん、怒らないでよ。そんな事言ってくれる子、誰も居なかったからさぁ」 恵:「え…!?」 伊了:「大工になる為にさ、めちゃくちゃ体力つけようと頑張ったんだよ?みぃーんな「宝の持ち腐れだ」ってバカにしたけどね。 伊了:親も周りに言われて恥ずかしくなったのかな。「医者にならなきゃ許さない」って言われちゃった」 恵:「そんな…!」 伊了:「最初はそんなの聞かなかったよ、僕の人生は僕が決める事だと思ってたから。 伊了:そしたらとうとう親父に殴られちゃって、「言う事聞かないなら出て行け」って言われちゃってさ」 恵:「酷い…」 伊了:「流石に追い出されたら行く当てが無いよ。親族も友達も皆「親が正しい」って言うんだもん。 伊了:隠れてバイトした事もあったけど、すぐにバレて辞めさせられた挙句に貯めた金も取られちゃって…」 恵:「……」 伊了:「結局、僕は医者になるしかなかった。まぁ楽しい訳無いよね。嫌でも人の内臓や死に顔を見なきゃいけないんだから。 伊了:だから僕、必死に慣れようと思って、この仕事の愉(たの)しみを見つけたんだ」 恵:「愉(たの)しみ、って…!」 伊了:「そう、苦しんだり悲しんだりする人の顔を見る事!いやぁー自分でもビックリしたよ!嫌な事を楽しいって思えるのが、こんなに簡単だったなんてさ!」 恵:「っ……」 伊了:「あー待って待ってそんな顔しないで発情しちゃう。…恵ちゃんの言いたい事分かるよ?僕だって、誰彼構わず見殺しにした訳じゃないから。栄子ちゃんがいい例だろう?」 恵:「え…?」 伊了:「患者の中にね、居たのさ。親と友達が何人かね。当然、僕はそいつらに適切な処置をしなかった。それでみぃーんなお陀仏さ」 恵:「…!!」 伊了:「今朝の看守の言葉にはムカついたけど、僕はこれでもスッキリしてるんだよ?僕の夢を嘲笑(あざわら)って踏みにじった奴らに、復讐が出来たんだからさ! 伊了:どうせ地獄に堕ちるんだから、道連れにしてやらなきゃフェアじゃないじゃん?あははは!」 恵:「……」 伊了:「?恵ちゃん?」 恵:「(泣いている)どうして…?」 伊了:「(ぽかん)…恵ちゃん?」 恵:「先生はただ、夢を持って頑張ってた。それだけだったのに…!」 伊了:「え…?」 恵:「先生が人を殺さないで生きる道は、ちゃんとあったはずなのにっ…!!」 伊了:「…僕のために、泣いてくれてるの?」 恵:「だってあんまりです!これじゃあまるで、先生が夢を見る事自体が罪だったようなものじゃないですか!!」 伊了:「っ……」 恵:「…私は、先生の事を尊敬しています。例え犯罪者でも」 伊了:「…え?」 恵:「先生は栄子の事を、しっかり診(み)て下さってましたから」 伊了:「(少し焦って)い、いやいや、僕闇医者だよ?人殺しなんだよ?尊敬してるって、恵ちゃん大丈夫?」 恵:「……」 伊了:「昨日も言ったじゃん、栄子ちゃんを診(み)たのは異例の病気だったから!闇医者が他人を労(いた)わったりする訳無いだろ!?」 恵:「先生」 伊了:「な、何で怒った顔してんの?僕が犯罪者だから?闇医者だから?あはは、やっぱりそうだよね? 伊了:(段々早口に)人間なんて嘘吐きで胡麻ばっかりスッて本当はそんな事思ってもないクセにどうせ本当はイカれてるだの狂ってるだの僕を見下して」 恵:「先生!」 伊了:「っ!(我に返る)あれ、僕…」 恵:「先生は、優しい人です。だからもう、自分に嘘を吐かないで下さい…!」 伊了:「僕、は……」 0:少し間 伊了:「…ごめん」 恵:「え?」 伊了:「栄子ちゃん、治してあげられなくて…」 恵:「先生…」 伊了:「あ、あれ?何言ってんだろ僕。闇医者のクセに…馬鹿みたい。はは、あははっ!(暫く空笑いした後、啜り泣きに変わる)」 恵:「……」 0:翌朝 看守:「おい、起きろ!!」 人見:「あぁ…!?まだそんな時間ちゃうやろが…!」 来津:「くひひ、やれやれ、死刑囚も楽じゃねぇなぁ」 緋華:「ん~、ねむいよぉ~…」 看守:「囚人番号318番!」 恵:「…私?また栄子が来たんですか?」 看守:「違う。その妹さんが突然姿を眩ました」 恵:「え…!?」 看守:「部屋は窓が開けられた状態だった。五階だったから逃げたとも考えにくい。誘拐の線が濃厚だろう」 伊了:「…病院から居なくなった時と、同じだね」 恵:「栄子を探して!すぐに見つけて!お願いだから……!!」 看守:「うるさい!頼まれなくても既に捜査中だ!…まぁ、明日までに見つかればいいな」 恵:「っ…栄子……」 来津:「……」 緋華:「おねーちゃんのいもーとさん、どこいっちゃったの?」 人見:「チッ、めんどい事になりそうやなぁ…」 伊了:「そうだね…。大丈夫?恵ちゃん」 恵:「栄子…」 伊了:「…あー、ヤバい」 来津:「ん?」 伊了:「僕、ちょっとトイレ…」 人見:「おいコラァ!?ただでさえくっせぇトイレにまぁた変なニオイ増やす気とちゃうやろなぁ!いてこましたるぞワレェ!!」 伊了:「だぁーしまった今はお頭(かしら)だった!普通に!普通にトイレですってば!」 来津:「…くひひ、笑えねぇ冗談だなぁ」 緋華:「ねーおねーちゃん、だいじょーぶ?」 恵:「……」 0:深夜。恵が眠れないで座っている。 来津:「嬢ちゃん、寝れねぇのか?」 恵:「来津さん…」 来津:「妹さん、見つかりゃいいなぁ」 恵:「……」 来津:「くひひ、嬢ちゃん見てたら、姉貴の事思い出すぜぇ」 恵:「来津さんの、お姉さん…?」 来津:「聞きてぇかぁ?俺ぁ筋金入りのシスコンだぜぇ?」 恵:「…どんな人、なんですか?」 来津:「んーとよぉ、まず美人だろぉ?そんでもってかなり優しくてぇ?頭脳明晰でリーダーシップもある人なんだぁ」 恵:「良いお姉さん、なんですね…」 来津:「それに比べて俺ぁ酷ぇツラで、頭も無きゃそんなカリスマ性も無くてよぉ。親によく言われたもんだぜぇ、「何でお前があいつの弟なんだ」ってよぉ」 恵:「え!?ひ、酷い…」 来津:「おう、だから俺ぁあいつらが大っ嫌いだった。けど姉貴は、そんな俺にも優しくしてくれたんだぁ。「貴方は私の自慢の弟よ」ってよぉ…」 恵:「……」 来津:「だから俺ぁ姉貴の為なら何でもやった。姉貴の事しか考えなかった。親の言葉に従うなんざ真っ平だったが、姉貴の言う事なら何でも聞いた」 恵:「…!ま、まさか、百人殺しも…!?」 来津:「(慌てて)馬っ鹿、姉貴がんな事言うかぁ!…ま、姉貴の為って言やそうだけどなぁ」 恵:「来津さん…」 来津:「いつの事だったか、姉貴がある集団にレイプされかけた」 恵:「え…!?」 来津:「途中でサツが駆け込んで来たから無事だったものの、そいつらを捕まえるまではいかなくってなぁ。 来津:…けどある日俺ぁ聞いちまったんだぁ、そいつらがまた姉貴を狙う為に作戦を練ってたのをよぉ。 来津:ムカついてムカついて、ブチギレちまってなぁ。気付きゃあその裏路地は血の海だった。俺の最初の殺人さぁ」 恵:「そんな…」 来津:「けど俺ぁ気付いた、これじゃあ姉貴に迷惑かけちまうってなぁ。だから俺は家に帰らねぇまま名を変え顔を変え、ヤクもキメて今の来津輝人様の出来上がりって訳だぁ」 恵:「…でも、どうして関係無い人達まで…」 来津:「あぁ、そいつ等半グレの集団でよぉ。俺ぁ姉貴を襲った奴さえ消せりゃ良かったんだが、どっから探り当てたのかお礼参りしに来た連中がわんさか出たんだぁ。 来津:…で、そいつ等残らずぶっ殺したら、気付きゃ百人殺しの指名手配犯よぉ!」 恵:「…じゃあ、来津さんはずっと…狂ってるフリを?」 来津:「くひひ、フリって何だよぉ?元からイカれてんだろうがぁ?今まで親からも世間からも散々煙たがられてきたんだぁ、ようやくこの世ともおサラバよぉ」 恵:「…貴方の、お姉さんは?」 来津:「?」 恵:「来津さんのお姉さんも、貴方を煙たがってたんですか?」 来津:「…嬢ちゃん、俺ぁ人殺しだぜ?流石の姉貴も、そんな奴ぁ見捨てるだろ」 恵:「貴方がそんなに大好きになる程、お姉さんに愛されていたのにですか?」 来津:「っ…」 恵:「無かった事にしないで下さい。お姉さんもきっと、貴方が居なくて悲しんでる…。来津さんは、お姉さんの傍に居てあげるべきです!」 来津:「わぁったわぁった、落ち着けよ嬢ちゃん。忘れちゃいねーか?俺達ゃ明日にゃ死ぬんだぜ?」 恵:「あ…ご、ごめんなさい…」 来津:「(溜息)…くひひ、人を愛するって、難しいなぁ…」 恵:「……」 来津:「…なぁ、嬢ちゃん」 恵:「?はい」 来津:「最初に会った時から気になってたんだが、あんたの家族を殺したのは――」 栄子:「(遮る)姉さん」 恵:「え、栄子…!?」 来津:「…!?」 栄子:「…姉さん、姉さん…」 恵:「栄子、どうして此処に…心配したんだよ!?」 0:全員が目を覚ます。 伊了:「…あれ、栄子ちゃん?」 緋華:「こんにちは、ヒハナです!」 人見:「何で此処に…看守は何してるの?」 恵:「看守…そうだ!看守さんを呼ぶから、ちょっと待ってて――」 来津:「(遮る)離れろ嬢ちゃん!!(恵を突き飛ばす)」 恵:「きゃっ!!」 来津:「ぐっ…!」 恵:「痛…来津さん?何、で…!?(来津が栄子に刺されているのを見てしまう)」 来津:「…あ、がっ……」 緋華:「あ!おハナだ!!」 人見:「っ!緋華ちゃん、見ちゃダメ!」 緋華:「えー、なんで?」 恵:「え、栄子…?何を…」 栄子:「姉さん、姉さん姉さん姉さん姉さんねえさんねえさんねえさんネエサンネエサンネエサン」 伊了:「まずいっ…!檻から離れろ!刺されるぞ!!」 来津:「うっ……」 人見:「来津さん、しっかりして!」 緋華:「ねぇおねーちゃん、みえないよー」 伊了:「おい百人殺し!この程度で死にゃしないだろ!?自分で、動けっ…!!(来津を引きずる)」 来津:「……」 人見:「とりあえず、檻に入っては来られないはず…」 緋華:「ねー、なんでみせてくれないのー?」 栄子:「ウゥゥゥウウウ…ウウウウウ!!!」 0:正気を失った栄子が檻を破壊し始める。 人見:「嘘、でしょ…檻が……」 伊了:「忘れてたよ…あれが発症したら、身体能力が異常に上昇するんだ…!!」 恵:「栄子、やめて!やめなさい!!」 人見:「恵ちゃん!」 伊了:「離れろって!殺されたいのか!?」 恵:「栄子、私よ!姉さんよ!分かるでしょ!?」 栄子:「……姉、さん?」 恵:「そう、姉さん!会いに来てくれたんだよね?私嬉しいよ。でも、警察の人達が心配してるから…!」 栄子:「ねえ…さん……」 恵:「病院にも、ちゃんと連れて行ってもらえると思うから!私はもう、傍に居てあげられないけどっ……(栄子に刺される)」 伊了:「っ……!!」 人見:「恵ちゃん!!」 緋華:「おねーちゃん?どーしたのー?」 恵:「……栄、子……」 栄子:「ねーさん、ねーさんネーサンネーサンネーサンネエエエサアアアアアアアアアア!!!!」 人見:「恵ちゃん!恵ちゃんしっかりして!!」 伊了:「おい、誰か!看守、何してんだ!!」 緋華:「うー、うるさーい…」 恵:「栄子…栄、子……」 0:周囲の騒めきの中、恵の意識が途切れる。 0:目を覚ますと、そこは病室の天井。 恵:「あれ……此処、病院…?」 緋華:「あ、おねーちゃんおはよー!」 恵:「…お、はよ…。あれ?緋華ちゃん?」 緋華:「うん、ヒハナだよ!」 恵:「何で、緋華ちゃんまで…!ど、何処か怪我したの!?大丈夫!?」 来津:「落ち着け嬢ちゃん、そいつぁ釈放されたんだぁ」 恵:「く、来津さん!?無事だったんですね!」 来津:「無事じゃねーよ超痛ぇ…くひひ、死刑執行までに死ぬ事すら許されねぇたぁなぁ…」 恵:「…ごめんなさい」 緋華:「いたいのいたいの、とんでいけー!」 来津:「(溜息)…こいつぁいいよなぁ、バカでよぉ」 恵:「…あの、どうして緋華ちゃんが釈放に…?」 看守:「萬洲緋華(ばんしゅう ひはな)の釈放を希望する署名が受理された」 恵:「!」 看守:「親から虐待を受けていた事は勿論、殺された近隣住民も全員それを黙認していたらしい。 看守:同情した者達の署名を受けて、死刑判決は取り下げられた。保護観察は必須と判断されたがな」 恵:「…じゃあ、貴方は緋華ちゃんについて此処まで…?」 看守:「それもあるが…橋垣恵、お前の無罪が証明された」 恵:「え…?」 看守:「昨夜の事件で看守全員が橋垣栄子を取り押さえたところ、奴の記憶が戻った」 恵:「…!!」 看守:「妹を庇っていたとはな。最低な姉と罵(ののし)った事は取り消そう。だが貴様にも虚偽罪がある。それは改めて償ってもらうぞ!」 恵:「…栄子、栄子は…どうなるんですか!?」 看守:「…お前が被ろうとしていた刑が、執行される」 恵:「っ!待って、待って!あの子は病気なんです!本当は、本当は優しい子なんです!!だから、殺さないで――」 看守:「(遮る)病気なら人殺しが許されるのか!!」 恵:「っ…!」 看守:「その病気の所為で、あそこに居た看守達が何人も殺されたんだぞ! 看守:加害者側の弁明はいつもそうだ。本当は優しいから、本当は良い子だから、本当はそんな事しないから! 看守:お前達の言う「本当」とは何だ!?人を殺したという「事実」から、目を背ける為の方便か!!」 恵:「あ…あ……」 看守:「(咳払い)…失礼、此処は病院だったな。少しこの場を離れるが、脱走なんて考えない方がいいぞ。病院とは言え、此処は警察の管轄下だからな」 0:看守が病室を出る。 恵:「あ、あぁ……」 緋華:「おねーちゃん、なんでないてるの?どこかいたいの?」 来津:「…やっぱりなぁ。おかしいと思ったぜぇ」 恵:「栄子…栄子が…殺されちゃう……」 来津:「そう焦らなくたってよぉ、ありゃもう長かねぇだろぉ」 恵:「っ…!」 来津:「医者じゃねぇ俺でも分かる。あんな馬鹿力、何のペナルティも無しに出せるかってのぉ。 来津:どうせ病気で苦しむぐれぇなら、サクッと逝っちまった方が妹さんにとっても幸せなんじゃねぇかぁ?」 恵:「……」 緋華:「おじさん!おねーちゃんをイジメちゃダメ!」 来津:「イジメてねーよ、大人の話にガキがつっかかんな」 緋華:「ガキじゃないもん、ヒハナだもん!」 来津:「わぁったわぁったよ、うるせぇなぁ」 恵:「…私」 来津:「ん?」 恵:「分かってたんです…あの子がもう、長くない事くらい…。でも、だからこそ、精一杯生きて欲しくて…!」 来津:「…そいつぁエゴってもんだぜ」 恵:「分かってますよそんな事!…でも、あんな病気だからこそ…生まれてきて良かったって、あの子には思って欲しかった…!」 来津:「…!」 恵:「栄子だって、なりたくてなった訳じゃないのに、好きであんな風に生まれた訳じゃないのにっ…それじゃああの子は、何の為に生まれて来たんですか!!」 来津:「……」 緋華:「おねーちゃん、いたいの?だいじょーぶ?」 恵:「…私、私はっ……」 来津:「(長い溜息)……しゃーねぇーなぁ…」 恵:「…え?」 来津:「痛み止めは、っと…こいつかぁ」 恵:「来津さん…?」 来津:「(薬を飲む)……よし、嬢ちゃんも飲んどけぇ」 恵:「あ、はい…。(薬を飲む)…あの、何を?」 来津:「ん?此処を出て、妹さんを迎えに行くんだよぉ」 恵:「で、でも、どうやって…此処、警察病院ですよ?見張りだって沢山居るだろうし…」 来津:「(ニヤリ)壁にもかぁ?」 恵:「…は?」 来津:「どーするよチビ、一緒に来るかぁ?」 緋華:「チビじゃないもん、ヒハナだもん!」 来津:「おーし、じゃああんたぁ留守番だなぁ」 緋華:「ヤだ!おるすばんヤだ!いっしょにいく!」 恵:「え、壁って?あの…?」 来津:「(窓を開ける)んー…見た限り此処は五階だなぁ」 恵:「え、ご、五階!?あ、あの…(来津に担がれる)うひゃっ!?」 来津:「くひゃはは!てめぇらしっかりつかまっとけぇ!なぁに、嬢ちゃんの妹さんが飛び降りて無事だったんだぁ。俺様がやっても問題ねぇよぉ!」 恵:「あります!問題大アリです!は、放してぇ!!」 0:騒ぎを聞きつけて看守が戻って来る。 看守:「貴様、一体何をしている!?」 来津:「ぃよう看守様ぁ!悪ぃが此処の嬢ちゃん達はいただいてくぜぇ!!」 看守:「(銃を構える)そこを動くな!傷口を増やす事になるぞ!」 来津:「やれるもんならやってみなぁ?嬢ちゃん達に当たったら、無罪なのに死んじまうかもなぁ!」 看守:「くっ……!」 来津:「くひひ、んじゃ、あーばよっ」 恵:「え、嘘でしょ!?ちょっと!!」 0:恵と緋華を担いだ来津が、窓から飛び降りる。恵の悲鳴と、来津と緋華の楽しそうな笑い声が遠ざかっていく。 看守:「っ…!警備隊を集めろ!脱走だ!!」 0:場面は牢獄。伊了と人見が座って呆然としている。 人見:「…随分、静かになっちゃったね」 伊了:「本当だよ。あんなごたごたがあったから、僕等の死刑は延期にしてもらえたけど…何か複雑だよ」 人見:「恵ちゃんに来津さん、大丈夫かしら…。緋華ちゃんも、ちゃんと更生出来ればいいんだけど…」 伊了:「僕等が心配したって意味無いってば。あーぁ、それにしても、ちょっとだけ栄子ちゃんが羨ましいよ」 人見:「え…何言ってるの?病気でああなってるの、先生も知ってるでしょ?」 伊了:「だって、もし栄子ちゃん側だったらさ?恵ちゃんは勿論、来津君や人見さんの良い顔が見れむぐっ!?(突然口を押さえられる)」 人見:「おどれええ度胸しとるやないかワレ、死刑なる前にぶっ殺したろか!?あぁ!?」 伊了:「お、お頭(かしら)…最近よく出て来るね?」 来津:「よぉセンセ、楽しそうだなぁ」 伊了:「えっ…来津君!?」 人見:「何やワレ、生きとったんか」 恵:「せ、先生ぇ…」 伊了:「恵ちゃんまで…って!!」 人見:「おどれ等、えらい血ぃ出とるやないか!!」 来津:「いやぁー、痛み止め飲んどきゃ何とかなるかと思ったんだがなぁ。この通りバックリ傷開いちまったぁ」 伊了:「無茶したねぇ…。恵ちゃんは大丈夫?」 恵:「(やつれてる)私は、大丈夫です…。この血も来津さんのだから……」 緋華:「おねーちゃん、まだこのメカクシとっちゃダメ?」 恵:「ダメ。絶対ダメ」 来津:「んな訳で、ほい」 伊了:「え?何?針と糸?」 来津:「あんた医者だろぉ?鍵開けっから縫ってくれよぉ」 人見:「鍵?どないしたんやそれ」 来津:「くひひ、此処の看守達はおねんねの時間だぁ」 人見:「ほーん?優秀なやっちゃ。脱獄するんやったら、俺んとこ来るか?」 来津:「悪ぃがお断りしとくぜぇ。俺様ぁ一匹狼気取っててぇからよ」 伊了:「(溜息)しょうがないなぁ…場所が場所だから、出来栄えは期待しないでよ?」 来津:「おう。嬢ちゃんもやっとくかぁ?」 恵:「…いいです」 緋華:「なにするのー?ヒハナもやるー!」 恵:「やらなくていい。やらなくていいから」 人見:「…妹は奥の牢に運ばれとったで」 恵:「!」 伊了:「ちょっとだけあの子の顔が見えたけど、もうあれは持たないね。明日まで生きてたら良い方じゃないかな」 来津:「いで、いででっ!おい、もっと優しくしろよぉ!」 伊了:「麻酔持って来なかった君が悪いよー」 恵:「栄子…」 伊了:「よし、終わり。さ、行こう」 来津:「ってぇ…クソ医者がよぉ」 伊了:「うるさいよヤク中」 人見:「喧しい。ほれ、こっちや」 緋華:「ねー、もうこれとっていいー?」 恵:「もうちょっとだけ待って」 0:栄子の牢獄へ着く。 恵:「っ!栄子、栄子!」 栄子:「……姉、さん?」 恵:「うん、姉さんだよ!一人にしてごめんね?」 栄子:「ごめんなさい…私…」 恵:「え?」 栄子:「私、ずっと姉さんに迷惑かけてた…。何度も姉さんを傷付けて、私の所為で死刑判決まで受けてっ…!」 恵:「違う、違うよ!貴女は何も悪くない!貴女の所為じゃない!!」 栄子:「いいの…。こんな私でも、姉さんが傍に居てくれたから…生きてていいんだって思えたから…」 恵:「…!」 栄子:「姉さん、私の姉さんになってくれて…ありがとう。大好き――」 恵:「……栄子?」 0:もう栄子は動かない。 恵:「栄子…栄子…!っ…私も……妹になってくれてありがとう…生まれてきてくれて、ありがとう……大好きだよ…!!」 0:暫く啜り泣き、恵は立ち上がって来津達の所へ戻る。 伊了:「おかえり、恵ちゃん」 恵:「…先生、栄子が……」 伊了:「…そう」 来津:「…で、妹さん何だってぇ?」 恵:「…私の妹で、良かったって…」 来津:「くひひ、そうかい」 緋華:「じゃあヒハナも、おねーちゃんのいもーとになる!」 恵:「…ありがとう、緋華ちゃん」 人見:「んな事出来るんか?」 伊了:「…まぁ色々手続きはありそうだけど、いけるんじゃない?」 看守:「動くな!!」 0:振り向くと、看守を筆頭に他の警備隊が銃を向けている。 看守:「死刑囚は大人しく牢に戻れ!後の二人は、現行犯逮捕だ!」 来津:「おーおー、おっかねぇ」 人見:「何や、公僕(こうぼく)共の銃はえらい安っぽいなぁ」 伊了:「丁度良かった。えーっと、17時49分かな?死刑囚の橋垣栄子が、息を引き取ったよ」 看守:「何…?」 伊了:「あ、僕等がやったんじゃないからね?他の医師からも確認取れると思うけど、病死だよ」 看守:「っ…貴様等には関係の無い事だ。早く牢に戻れ!」 来津:「それなんだけどよぉ、俺ら嬢ちゃんを待ってる間ちぃと話し合ってたんだぁ」 看守:「は…?」 来津:「殺りてぇ奴ぁ全員殺った。もう自分の人生に悔いなんざ無ぇと思ってたぁ」 人見:「せやけどなぁ、まだ守りたいもんがある。死んだらそんなん出来へんからな」 伊了:「やりたくても出来なかった事もある。殺した奴の邪魔さえ無けりゃ、出来た筈だった事がね」 看守:「貴様等、一体何の話を…?」 緋華:「ねーねー、そのオモチャかっこいい!ヒハナもそれであそびたい!」 看守:「っ!?おい、触るな!これはオモチャじゃない!」 緋華:「みんなであそぼ!ヒハナ、たのしいのだいすき!」 恵:「病気なら、人殺しが許されるのか。そう言いましたよね?」 看守:「!」 恵:「…なら、そうしないと幸せになれなかった人は、殺してもいいんですか?」 看守:「はぁ…!?」 来津:「くひ、くひゃははは!嬢ちゃんもとんだイカレになっちまったもんだなぁ!」 0:来津が閃光弾を投げつける 看守:「しまっ――」 0:閃光弾が爆発する。 緋華:「わぁ!まぶしい!」 恵:「っ!」 看守:「くっ…!(目が慣れる)…居ない!探せ!相手は死刑囚だ!最悪撃ち殺しても構わん!!」 0:看守達がバタバタと監獄内を探し回る。 0:場面は外。 伊了:「…はい、縫合完了」 恵:「いったぁ…」 伊了:「文句なら、麻酔も一緒に持って来なかった来津君に言って欲しいなぁ」 来津:「おいおい、まぁだその話すんのかよぉ?」 緋華:「ねー、まだー?」 人見:「はいはい、もう見てもいいよ」 緋華:「あ、おねーちゃんとおじさんのふく、クロくなってるー!」 恵:「(ボソッと)良かった…服に染みた血は認識されないんだ…」 人見:「……何か、大変な事になっちゃったけど…私達これからどうするの?」 来津:「…まぁ、暫くはバラバラに行動した方が良さそうだなぁ?」 緋華:「えー!?ヤだー!」 伊了:「じゃあ、整形手術も一緒にやる?病院まで案内しようか?」 人見:「(溜息)もう、此処までくればどうにでもなれだね」 緋華:「せーけー?それっておいしい?」 伊了:「あ、緋華ちゃんはしなくていいよ。もう死刑囚じゃないんだし」 恵:「あの、私は…?」 伊了:「ん?どっちでもいいよ。恵ちゃんには良いモノ沢山見せてもらったし、サービスしちゃう★」 来津:「おいおい、俺等は有料かよぉ?」 伊了:「当たり前だろ?医者だって商売なんだから」 来津:「くひひ、とんでもねぇクソ医者だなぁ」 人見:「何でもいいよ。とりあえず、戸籍も新しいのを作る必要あるかなぁ?今の名前はもう名乗れないし」 恵:「…え、人見さん、今お頭(かしら)なんですか?」 人見:「何言ってるの。人格がどうであれ、暴力団の頭領はこの私だよ?」 伊了:「…わお」 来津:「くひひ、分かっちゃいたが、こっちのオカシラも相当なイカレだったってぇ訳だぁ」 人見:「そんな態度でいいの?あんた達の分の戸籍、作ってやらないよ?」 伊了:「お頭(かしら)、お世話になります!」 来津:「良い薬のルート、知ってるぜオカシラぁ!」 人見:「全くもう…で、恵ちゃんはどうするの?」 恵:「え……」 緋華:「ヒハナ、おねーちゃんといっしょがいい!おねーちゃんのいもーとになる!」 恵:「……」 人見:「緋華ちゃんはこう言ってるけど?」 恵:「…そう、ですね。でも、私は一回戻ります」 伊了:「あれ、いいの?死刑にならないとは言え、多分実刑判決だよ?」 恵:「でも、栄子の遺骨を回収したいし…釈放された頃には、きっと緋華ちゃんも引き取ってあげられると思うから」 人見:「…そう」 来津:「んじゃ、嬢ちゃん達たぁここでお別れだなぁ。くひひ、精々楽しく生きろよぉ!」 伊了:「具合が悪くなったら、いつでもうちにおいで」 人見:「釈放後の事は、私が面倒見てあげるからね」 恵:「…ありがとうございました」 緋華:「バイバーイ!」 0:来津、伊了、人見が去る。 緋華:「おねーちゃん、どこいくの?」 恵:「うーんそうだなぁ…。戻る前に、一旦お姉ちゃんの家に来る?ホットケーキ焼いてあげるよ」 緋華:「ほっとけーき?ってなに?」 恵:「丸くてあったかくて、甘ーいお菓子」 緋華:「おかし!?ヒハナおかしだーいすき!」 恵:「あとね、ジャムもあるよ。ホットケーキの上に乗せて、お花畑みたいに出来るよ!」 緋華:「おハナばたけ?やったー!ヒハナおハナばたけもだーいすき!」 0:恵と緋華が笑い合いながら、手を繋いで歩いていく。 恵:(N)きっと、この世に「普通」なんて無い。だから彼等は、今日も笑いながら踊り続けるんだろう。 恵:(N)そして私もいつか、いや、きっともう既に、彼等と同じ円舞曲(ワルツ)の舞台に立っているんだ。