台本概要
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タイトル | 仕掛屋「竜胆」閻魔帳〜的之参〜 殯(もがり)の笛と、りんの言の葉〈破〉 |
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作者名 | にじんすき〜 |
ジャンル | 時代劇 |
演者人数 | 5人用台本(男3、女2) ※兼役あり |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
⭐︎こちらは4部構成の第2部となっております⭐︎ 「悲しきものに寄り添う」が信条の仕掛屋『竜胆』 東庵を巡る争いに巻き込まれるお詠と阿武、そしておりん。 「黒脛巾(くろはばき)」一味が大掛かりな計画を展開し、彼らを飲み込もうとしている。 さてさてどうなりますやら 仕掛屋『竜胆』閻魔帳 第3作 その2 1)人物の性別変更不可。ただし、演者さまの性別は問いません 2)話の筋は改変のないようにお願いします 3)雰囲気を壊さないアドリブは可です 4)Nは人物ごとに指定していますが、声質は自由です 5)兼役は一応指定していますが、皆様でかえてくださって構いません 30分〜35分ほどで終演すると思います。 〜以下、世界観を補完するためのもの〜 りん:シリーズ〜的之壱〜で詠に斬られた「左馬(さま)」の娘。あの日以来、声が出ない。九歳〜十一歳ほどを想定しています。 左馬:中条流を極めた剣士。とある事情で武士の身分を失い、路頭に迷っていたところを「左平次」に拾われ、娘のおりんを軟禁されることとなる。おりんを形(かた)にとられ、犯罪に身を染めて行くことになる…(シリーズ〜的之壱〜) 朝霞屋嘉兵衛:あさかやかへえ。関八州(かんはっしゅう)の香具師(やし・露店や街頭の商売人、芸人)を束ねる大親分。各地に有能・無能、玉石混淆(ぎょくせきこんこう)の手下(てか)を侍らせ、その情報力と影響力には尋常ならざるものがある。 「黒脛巾」… くろはばき。元々は伊達政宗が創設したと言われる忍者集団。 黒革の脛巾(脚半(きゃはん)・脛当て)を装着したことからこのように呼び習わされる 諜報活動を得意とし、撹乱などの任にあたっていた。 「下り物(くだりもの)」… 上方(かみがた:大阪・京都)から運ばれた物 江戸時代(特に初期〜中頃まで)はさまざまな品物において上方産の品質が高かった。 そのため、「下り物」として江戸では重宝され、高値で売れた(京の西陣織、灘の酒など) 「上方から入ったものでない=下らない」から転じて、 「つまらない」を「下らない」と言うようになったそうな。 348 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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詠 | 女 | 27 | えい。小間物(こまもの)・荒物(あらもの)、よろず扱う『竜胆庵(りんどうあん)』店主。二十歳そこそこにして、ものぐさ&あんみつクイーン。実は「町を荒らす輩はあたしが許さない」を地で行く人物。兼役に「母親」があります。 |
阿武 | 男 | 23 | あんの。年齢不詳。詠に付き随う豪のもの。闇に紛れて行動できる謎の人物。詠の出生の秘密も知っている。兼役に「野伏(のぶせり)」「政(まさ)」があります。 |
村田東庵 | 男 | 36 | むらたとうあん。長崎にて蘭方(らんぽう)医学を修め、医師としては抜群の腕を持つ。が、とある村落の近くで養生所(診療所のこと)を営む奇特な先生。奥医師(おくいし)半井(なからい)祐笙(ゆうしょう)から番医師(ばんいし)として殿中(でんちゅう)に仕えるよう誘われているが、断り続けている。 |
末藏 | 男 | 21 | 黒脛巾(くろはばき)の末藏(すえぞう)。朝霞屋嘉兵衛(あさかやかへえ)が抱える裏の仕事集団の中では初位(そい・最下位)に位置する。「黒脛巾」と名乗ってはいるが、本人はおろか、先祖にも忍びの本職はいない。単に憧れているだけ。今回大事件を起こすが… 兼役に「重(しげ)」があります。 |
片栗 | 女 | 27 | 末藏の配下で組頭(くみがしら)。女盗賊でありながら、情報収集と地理の把握に秀でる。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:『殯(もがり)の笛と、りんの言の葉〈破〉』
仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:① 人物の性別変更不可(ただし演者さまの性別は不問です)
仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:② 話の筋の改変は不可。ただし雰囲気のあるアドリブは大歓迎
仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:③ 場面の頭にある〈N〉の声質はご自由にどうぞ。
詠:えい。小間物(こまもの)・荒物(あらもの)、よろず扱う『竜胆庵(りんどうあん)』店主。二十歳そこそこにして、ものぐさ&あんみつクイーン。実は「町を荒らす輩はあたしが許さない」を地で行く人物。兼役に「母親」があります。
阿武:あんの。年齢不詳。詠に付き随う豪のもの。闇に紛れて行動できる謎の人物。詠の出生の秘密も知っている。兼役に「野伏(のぶせり)」「政(まさ)」があります。
りん:シリーズ〜的之壱〜で詠に斬られた「左馬」の娘。あの日以来、声が出ない。九〜十一歳ほどを想定しています。(喋らないため配役は不要)
村田東庵:むらたとうあん。長崎にて蘭方(らんぽう)医学を修め、医師としては抜群の腕を持つ。が、とある村落の近くで養生所(診療所のこと)を営む奇特な先生。奥医師(おくいし)半井(なからい)祐笙(ゆうしょう)から番医師(ばんいし)として殿中(でんちゅう)に仕えるよう誘われているが、断り続けている。
黒脛巾の末藏:くろはばきのすえぞう。朝霞屋嘉兵衛(あさかやかへえ)が抱える裏の仕事集団の中では初位(そい・最下位)に位置する。「黒脛巾」と名乗ってはいるが、本人はおろか、先祖にも忍びの本職はいない。単に憧れているだけ。今回大事件を起こすが…。兼役に「重(しげ)」があります。
片栗:かたくり。末藏の配下で組頭(くみがしら)。女盗賊でありながら、情報収集と地理の把握に秀でる。
野伏:〈阿武兼役〉のぶせり。末藏の配下で組頭。本草学(ほんぞうがく)を修め、その知識と技術で末藏を助けている。
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0:〈 〉NやM、兼役の指定
0:( )直前の漢字の読みや語意
0:【 】ト書 それっぽくやってくださると幸いです。
:
0:以下、本編です。
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片栗:〈N〉ここは上州の町外れにある寺院あと。荒れ寺を改修した根城で一人気を吐いているのは黒脛巾(くろはばき)の末藏(すえぞう)である。忍びに憧れ、二十人ほどの手下(てか)を率いている、朝霞屋嘉兵衛(あさかやかへえ)が抱える頭目(とうもく)の一人であった。
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末藏:おい、オメェら。朝霞屋の旦那からのお達しだぁ。儂ら(わしら)の力をとっくと見ていただこうじゃぁねえか。こたびは東庵(とうあん)という医者の周りをめちゃめちゃにしてやるのよ。ポッキリと心(しん)を折ってやりテェなぁ。野伏(のぶせり)ぃぃ、オメエは「いつもの」をこの壺一つ、用意しときな。
野伏:〈阿武兼役〉へえ、すぐに。たんまりと用意しときまさぁ。二、三借りやすぜ。
末藏:おぉう連れてけ。任せたゼェ。それから片栗(かたくり)ぃ、オメエは儂らが動き易いように、東庵が住まいの周囲をさぐっておけぃ。
片栗:お任せあれ、お頭。まるッと良いようにしておきますよ。あそこにゃぁ「朧の杜(おぼろのもり)」がありますからねぇ。使えるところもそこかしこにあるでしょうよ。
末藏:いつもながら頼もしいことよ。ヘッヘッヘ…。いいかぁぁ! 儂ら黒脛巾(くろはばき)が動き出すなぁ、次に月が満ちた日の夜明け。三々五々(さんさんごご)に旅姿で街道を下るゼェ。
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片栗:〈N〉黒い謀(はかりごと)が着々と進んでいることなどつゆ知らぬ村の衆。こちらはいつも通りの一日を過ごしている。うららかな日差し溢れる養生所には、いつものこの二人に加え、おりんの姿もあった。
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阿武:東庵先生、よい出物がありましたので、お持ちしましたよ。出羽(でわ)は秋田から東廻り(ひがしまわり)に運ばれた「雲平(うんぺい)」にございます。近頃は陸奥(みちのく)の産物も西廻りで大坂(おおさか)に行きますからね。上物(じょうもの)は「下り物(くだりもの)」になってまして…
詠:これ、阿武! 東庵先生に余計な講釈を垂れてないで、早くお渡しよ。あたしも先生も、甘いものにゃ目がないんだからね、いらない時間をかけたかないんだ。早速召し上がっていただこうじゃぁないか。
阿武:それもそうでございますね。いやいや、仕事柄、どうしても熱くなってしまいまして…いや、お恥ずかしいことで。
詠:ほんとはねぇ、先生も「梅屋」にお連れして「あんみつ」をご一緒したいところなんだがねぇ【カラカラと笑う】
阿武:詠さま、東庵先生が養生所を空けられる訳がありませんでしょう…
詠:わかってるよぉ。まったく、阿武は無粋(ぶすい)だねぇ。
村田東庵:おりんさん、お初にお目にかかりますね。私は村田東庵(むらたとうあん)と申します。お詠さんと阿武さんにはいつもよくしていただいています。
片栗:〈N〉詠と阿武のやりとり見て笑っていたおりんは、東庵の挨拶を受けて礼儀正しく頭を下げた。詠と阿武はその様子を見て目を細めている。
村田東庵:あぁ、聞いた通りだ。おりんさんは、よい顔で笑うのですね。
詠:そうなんですよ、東庵先生。よく言うじゃございませんか、「目の中に入れても痛くない」って。
詠:あたしは「子どもが目の中に入るもんじゃぁないよ」なんて斜(しゃ)に構えていた時期もあったんですがね…
阿武:詠さま…
詠:今じゃ、世の方々がそう言われる気持ちが分かるってんですかねぇ。とにかく、うちのおりんは可愛いんですよ!
片栗:〈N〉詠の話を聞いたおりんは、赤くなって俯いてしまった。
村田東庵:ははは、確かにそのようだ。ひとまずお上がりください。そのまま話を続けて、おりんさんが真っ赤っかになったら大変ですからね。
村田東庵:ささ、今、茶を用意いたしますので。あぁ、おりんさんも熱いお茶で大丈夫ですか?
片栗:〈N〉その問いかけに、こっくりとうなずくおりんの様子を、東庵は見るともなく見ている。
阿武:さぁさぁ、お集まりの皆々さま、秋田の逸品、私が封を開いてもよろしいですかな?
村田東庵:それでは、せっかくの頂戴もの、皆でいただきましょうか。
詠:本当ですか。そりゃ嬉しいねぇ。実はねぇ、今回の仕入れはその箱限りでねぇ。ご相伴(しょうばん)に預かりたいなぁなんて思っていたんですよ。ねぇ、おりん。
片栗:〈N〉昨夜(さくや)、「竜胆庵(りんどうあん)」にて手土産を選んでいる際の詠と阿武のやり取りを思い出し、おりんは苦笑している。
阿武:なんですか、詠さま! そのようにはしたない… あぁ、いつの間にこのような質(たち)に育ってしまわれたのか…。
詠:あれあれ、阿武? あたしの「お目付け役」は誰だったかねぇ…?
阿武:昨夜(ゆうべ)も申しましたでしょう。東庵先生に直接ねだるようなことがあってはなりませんよ、と! そもそも、おりんさんの育ちにもよくないではありませんか!
片栗:〈N〉目の前で繰り広げられる「いつも」の姿をにこにこしながら見ていたおりんだが、ハッとして東庵に目を向ける。…そう、ここは東庵の養生所なのであった。
村田東庵:はっはっはっは…。いやいや、よいのですよ。ははは…。お詠さんも阿武さんも楽しい方ですねぇ。…ねぇ、おりんさん。
片栗:〈N〉心配そうに詠たちと東庵を見比べていたおりんだが、東庵の言葉を聞いて、破顔一笑(はがんいっしょう)、満面の笑みを浮かべて頷いた。東庵もまた、おりんを見て微笑んでいる。
村田東庵:私ひとりですべて頂いたのでは申し訳ありませんからね。小皿もお持ちしました。余興に、この薬包紙(やくほうし)を敷紙(しきがみ)代わりにこうやって、次にこうして、ほっと。
末藏:〈N〉東庵が紙を折るその手元を興味深そうに眺めるおりん。その目は生き生きとしている。先ほどから何かを試すようにおりんの様子を伺う東庵の顔にも笑顔が広がる。
詠:なるほど、綺麗な手先に手捌き(てさばき)ですねぇ。
阿武:見事なものですなぁ、詠さま。ねぇ、おりんさんもそう思いませんか。
村田東庵:実は薬包紙の包み方にも流派がありましてね。長崎で学んだ折りに、蘭方(らんぽう)の折り方もいろいろと身につけました。これは薬包ではないので、独自の折り方ですが。
詠:おりんはこれが好きかい? 東庵先生に習ってみるかねぇ。そうだ! おりんがうまくできるようになったら、「竜胆庵(りんどうあん)」でも敷紙(しきがみ)を扱うとするかね。
末藏:〈N〉思わぬ話の成り行きに思わず目を丸くするおりん。しかしその顔が、一層情感豊かな笑みをたたえるのを、東庵の目は見逃さない。
阿武:おぉ、それはようございますな。おりんさんにもそろそろ仕事を一つお任せしても良き頃かと思いまする。ふさわしき紙の仕入れは私にお任せを…って…あぁっ、詠さま、おりんさん、大切なことを忘れてはおりませんか!?
0:【三人して東庵に視線を向けている】
詠:えへへ…先生、失礼しました。つい、いつもの調子でやっちまって。その、先生のご都合も考えず…
村田東庵:ははは…。誠に愉快なことです。皆様を見ていると「否とよ(いなとよ)」とは言えないではありませんか。診療を終えた夕刻からであればおりんさんをお預かりいたしましょう。
詠:それはありがたい! よかったねぇ、おりん。
阿武:さぁさ、おりんさん。東庵先生のお皿に「雲平(うんぺい)」を置いて差し上げて。
村田東庵:これはどうもありがとう。皆さまも、お茶が冷めないうちにお上がりください。
詠:うふふ。これだよこれ、この姿。もこもこした造り(つくり)からは思いもよらない、深い味わい……。あぁぁ楽しみだねぇ。
阿武:詠さま! …もう、詠さまこそ勢いがついたら止まりやしないじゃないですか。
村田東庵:ははは…。おりんさんの件ですがね、只(ただ)で、というわけには参りませんよ。おりんさんには当養生所の薬包紙を折るお手伝いをしていただきましょう。お代官にも薬を納めていますし、働きぶりはきっちり見させていただきますからね。
阿武:おぉ、願ってもないことにございます…誠にありがたいことで…。では道中の供(とも)は私が、私が用向きの際は、新五郎さまのところにお願いするといたしましょう。
村田東庵:若いお人に、新しい芽がほころぶのを見るのはとても幸せなことですからね。私も精を出すとしましょう。【笑顔】
村田東庵:いや、それにしてもこの「雲平(うんぺい)」という干菓子(ひがし)は美味しいものですね!
村田東庵:【お茶を飲む】うん。茶にもよく合います。
阿武:そうでございましょう。落雁(らくがん)もところにより風味が異なりますがね、実は「雲平(うんぺい)」もそうでございまして。よそとは異なり、この秋田の「雲平」はゴマが練られているのですよ。寒梅粉(かんばいこ)の力でしょう、口に入れてパリッと割りますよね。それを噛むごとに、もちもちとしたよい食感にかわっていくのがまた…
詠:これ、阿武。お前は、また商い魂(あきないだましい)に火をつけているじゃぁないか。
詠:甘いものを語るのはあたしの十八番(じゅうはちばん)ってもんだよ。口の減らない番頭だね、まったく。
阿武:あぁ…あはははは…
村田東庵:いや、私も商売柄でしょうか、そのものの理(ことわり)や由来を聞くのは好きなのです。より深くわかるような気がしましてね。出羽(でわ)はまだ訪れたことがありませんし…。阿武さん、よろしければ、もう少しお聞かせくださいますまいか。
阿武:結構でございますとも! そもそもこの「雲平」でございますが…
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片栗:〈N〉このころ黒脛巾の末藏一味の根城では、片栗(かたくり)の調べについて吟味(ぎんみ)が行われていた。「養生所の茶会」とは正反対の雰囲気で悪巧み(わるだくみ)が進んでいる。東庵の足元には、じりじりと「その時」が迫りつつあったのである。
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末藏:おい、片栗(かたくり)ぃぃ。「朧の杜(おぼろのもり)」の奥にあるこの池はどこまで水を流してんだ?
片栗:はい。この池は「不及池(およばずがいけ)」と言いまして結構な広さにございますよ。付近の田畑(でんぱた)は、みなここの水を引いておりますね。「朧の杜」の入り口付近にあるのが、東庵の養生所です。
末藏:ほう…そうけぃそうけぃ。で、こっちの村ん中にゃあ、幾つの井戸があるんでぇ?
片栗:村の真ん中に名主(なぬし)の住まいがありますが、まずここに一つ。それからこの、「朧の杜(おぼろのもり)」に抜ける出口付近にも一つ。これは野良仕事でも使っているようです。最後にこの辺り、住まいが集まるところに一つ。これが住人の暮らしを支えるものとなっていますねぇ。
末藏:ふぅん、三つってことだなぁ。すべてをつぶすとその後がめんどくせぇ。儂(わし)らが飲むわけにもいかなくなるしなぁ。おい、野伏(のぶせり)ぃぃ。おめえはどう思うよ。
野伏:〈阿武兼役〉へえ。ここは池の用水に近けぇ(ちけぇ)辺りと、村の出口辺りの井戸に流すといたしやすか。それでも東庵の養生所を東西から挟む一里ほどにはしっかりした効き目がありやすぜ。何、人死(ひとじに)ゃあ、ありゃせんでしょう。
末藏:そうだなぁ。あのへんも当然、朝霞屋の旦那の縄張りだしなぁ。できるだけ人死(ひとじに)は避けなきゃならねえやなぁ。儂らぁ、東庵があすこを離れるようにするだけでいいんだからなぁ…ぐふふぅ
片栗:これだけの広さに累(るい)がおよびゃぁ、もはや「不及」(およばず)じゃぁございませんねぇ。ふふふ。さすがの東庵も打つ手に困るでしょうよ。
野伏:〈阿武兼役〉さようです。薄暗がりに紛れて事を運ぶのは、あっしらが得手(えて)にて。何も問題はありませんや。
末藏:それはそうだがのぉ、念には念を入れようや。実はなぁ、朝霞屋の旦那から覚書(おぼえがき)が届いてんのよ。「お詠(おえい)」という小娘と「阿武(あんの)」という男に気をつけろとよ。
片栗:ほほほ…小娘ごときに何ができましょうや。
末藏:おい、片栗(かたくり)ぃぃ。儂ゃぁ(わしゃぁ)どう言うた? 「朝霞屋の旦那からの覚書」と、そう言うたぁぁぁ。朝霞屋の旦那は、無駄を言われりゃしねぇのよ。
片栗:…はい…失礼しました。
野伏:〈阿武兼役〉であれば、それらは真(まこと)の話にちげぇねぇ、と…。して、その者は如何(いか)ような力を持ってんで?
末藏:それがなあ、大問題よ。刀を握らせりゃあ、常闇の長治(とこやみのちょうじ)と渡り合うって言うじゃぁねえか。それだけを聞きゃぁ、確かに眉唾(まゆつば)もんだがヨォ。こりゃぁ「朝霞屋の旦那の覚書」なのよ。そしてなぁ、ここにゃぁもう一つ書いてある。
片栗:うく…小娘が長治(ちょうじ)の旦那と張り合うと…。にわかには信じられませんが…。それでもう一つはどのような…
末藏:ヘッヘッヘ…。その小娘の家にいる「りん」なる子童(こわらわ)を引っさらってこいとよ。どうにもその「詠(えい)」ってなあ、公儀(こうぎ・幕府のこと)につながるんだと。
野伏:〈阿武兼役〉公儀ですと? その小娘が…ですか?
末藏:世の中ぁ広ぇからなぁ。儂らにゃあ預かり知らねぇこともあるわさ。ヘッヘッヘ。もっとも朝霞屋の旦那もあっちの偉いさんにゃぁ、随分とお顔が広くていらっしゃるがなぁ…
片栗:話の出どころが、あちらさんとこちらで同じなんてことがありゃあ、お笑い種(わらいぐさ)ですねぇ。
末藏:さぁな。儂らにとっちゃ、どうでもいいのよ。大事ななぁ、儂らが黒脛巾(くろはばき)として動けるところがあるかどうかでぇ。…おい、片栗(かたくり)ぃ。その「りん」って童(わらし)ゃぁ、日を空けず東庵の元を訪れちゃぁ、宵の五つ(よいのいつつ•午後八時)ごろにゃぁ帰る(けえる)んだと。あとでちぃっと様子を見てこいや。
片栗:時間が決まっているってのは、また、やりやすい仕事ですねぇ。へえ。行って参りましょう。
末藏:よぉぉぉし! 準備万端整えてぇぇ、まん丸お月さんが出るのを待つとしようや。この仕事(やま)を片付けりゃな、朝霞屋の旦那の覚えも良くなるってもんよ。ぐわぁはっはっはっは…
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詠:〈N〉時を遡ること少し。養生所でひとしきり歓談を楽しんだ東庵とお詠たち。空になった「雲平(うんぺい)」同様、曇りのない顔で穏やかに流れる時間を楽しんでいた。
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村田東庵:ところで、お詠さん、おりんさんにお話ししてもよろしいですかな。隠し事なく、詳らかに(つまびらかに)。
詠:えっ、そう、ですか…【少し不安そうに】
村田東庵:心配なさることはありません。私は、ここまでみなさんを見て、そう確信しております。おりんさんにも聞いてもらった方がよろしいでしょう。
片栗:〈N〉急に自分の話題をふられ、一瞬身を固くしたおりんであったが、それでも笑顔を絶やそうとしない。
阿武:詠さま。ここは東庵先生にお任せいたしましょう。それと、おりんさん、ご案じなさいますな。出ていってもらう、とか、どこかに預ける、とか、そういった話ではございませんよ。ははは、もしそうなら、手習いの話が出るはずがないでしょう?
片栗:〈N〉おりんは、阿武をまっすぐに見つめると微笑み、そして頷いた。
村田東庵:おりんさん。実は、先日お詠さんから文(ふみ)をいただきましてね。そこにはこう書かれておりました。「私は大切なものをなくしてしまいました」とね。「誰かが失った」ではなく、「私が失くした」とあったのです。
詠:いや、ちょっと先生、文の中身を明かすのはあんまりじゃ…
村田東庵:お詠さん。非礼の段、平にご容赦ください。ただね、このようなことは実直に伝える方がよいのです。想いの丈(たけ)をね。
詠:あぁ分かりましたよ。先生、お願いします。
村田東庵:えぇ。それで、おりんさん。お詠さんが「なくされた」というものが何だかお分かりですか? …それはあなたの「言の葉(ことのは)」なのです。
片栗:〈N〉屈託なく見せてはいても、やはり気にしてはいたのだろう。おりんの笑みが少し翳(かげ)りを見せた。
詠:おりん。うちに来てもらう時に話をしたね。お前をあたしらに任せようってのは偉いお役人さまから来た話さ。ただ、その時にゃぁね、おりんが話せないたぁどこに書かれていなかったんだよ。…もちろん「左馬(さま)」の言葉にもね。
阿武:だからね、おりんさん。私らは、あなたが「もともと話せなかった人だ」とは思っていないんです。お屋敷であなたを見た時、すでに話せなかったのか、それともうちに来る際に話せなくなったのか。
村田東庵:〈M〉このお二人は信頼に足るだろうが…。やはり、そうであったか…京(みやこ)で私が祖父から聞いたのは…
詠:東庵先生、あたしゃぁね、おりんが立派になるまではうちで預かってやりたいって思ってんですよ。おりんが嫌でなけりゃあね…
詠:〈以下、M〉だれあろう左馬のためにもね。
村田東庵:おりんさん、お詠さんは、ああおっしゃっていますよ。あなたはどうですか? お詠さんたちと一緒にいたいですか?
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末藏:〈N〉お詠を見つめ、阿武を見て、視線を東庵に戻したおりん。うっすらと瞳に涙を浮かべつつ、うなずいた。そのまま声を絞り出そうとするも、おりんの口から漏(も)れるのはただの吐息(といき)。しかし、その吐息に熱と思いが込められていることは、確かに伝わっていた。
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詠:【おもむろにおりんに近づき抱きしめる】
詠:おりん、あんたの涙、初めて見た気がするよ。辛い思いをさせてすまないね。…無理をするこたぁないんだよ。無理をね。
末藏:〈N〉そうじゃあないと否定するように、おりんはゆっくりとかぶりをふった。お詠の背中に回した手を、遠慮がちに結んでいく。
村田東庵:おりんさんは、お詠さん、阿武さんと一緒にいたいんだね?
末藏:〈N〉おりんは小さく、それでも力強くうなずく。おりんの思いを感じ取った詠は、その抱きしめる手にやんわりと力を込めた。
村田東庵:そうですか【笑顔】。お詠さん、阿武さん、それでよろしいですね。
阿武:もちろんでございますとも…。
村田東庵:私はお詠さんにこう話しました。「言の葉を失った者はまた、生気(せいき)を失くすことも多いのですよ」と。すると、お詠さんはこう言われるのですよ。「おりんは、それはそれは可愛いんだ」と。「よく笑うし、仕事もできる。阿武さんも出来を認めている」とね。ねぇ、お詠さん、間違い無いですね?
詠:ええ、そうです。東庵先生。おりんとは方々(ほうぼう)共にしたけどね、よくできた娘ですよ。。
詠:ただねぇ、おりん。あたしは気がかりだったのさ。お前が言葉を発しないことよりも、ずっとニコニコしていることの方がね。それで東庵先生に話を聞いてもらっていたんだよ。
阿武:おりんさん。あなたは本当によく働いておくれです。それなのに、こそこそとこんな真似をして申し訳ありません。
阿武:ただね、詠さまは心の底からおりんさんを愛い(うい)と思っていらっしゃいます。そこは信じてくださいましな。
詠:阿武…。それはお前もだろう?
詠:なぁ、おりん、悲しい時は悲しいと私たちに伝えておくれでないかい。楽しい時は楽しい。寂しい時は寂しい。辛い時は辛いと言うのさ。それを強いて抑えることほどしんどいことはないんだよ…
片栗:〈N〉おりんに語りかけつつも、お詠はどこか自分の深いところを見つめている
村田東庵:そうです。おりんさん。お詠さんの言われる通りですよ。ただね、お詠さん、阿武さん。そしておりんさん。
村田東庵:声を出さなければ、話をしなければ、と焦る必要はないのですよ、決して。
阿武:とおっしゃいますと…
村田東庵:みなさんのお姿を見ていますとね、形は違っても一つの家となっておりますよ。
村田東庵:それに何より、おりんさんの胸の内には、確かな生気が宿っています。
村田東庵:「言の葉(ことのは)」はね、無理に、それこそ放り出す(ひりだす)ようにして内から外へ出すものではないのですよ。
阿武:東庵先生… そうなのですね。
村田東庵:そうです。人に気持ちを伝えるために大切なのは「言の葉」があることではありません。もしそうであれば、生まれた頃から話をできない人たちが困るでしょう。
詠:それは…、確かにそうだねぇ。
村田東庵:何より大事なのはね、お互いを思う心です。これは片側からしか見えません。相手にそれを強いることはできないのです。見えるのは己の心だけ。そうでしょう?
詠:己の心ですら見えないこともありますしねぇ…。
村田東庵:えぇ。でもね、見えずとも感じられることはあるでしょう。今のお詠さんたちの姿がそうですよ。春が来たとは言え、日が暮れると冷えますね。でも…お二人は温かいのではないですか?
詠:そうだねぇ。そのとおりだねぇ。温かい。おりんはとても温かいよ。ほんと、守ってやりたいねぇ…
村田東庵:ふふ…お詠さん、先日、お話ししましたよね。生気がありさえすれば、胸の内に温もりが宿ってさえいれば…
詠:…生気が失せていなければ、いつか言の葉は戻る。言の葉は胸の内にこもるもの。自分が何より必要だと思うのであれば、自(おの)ずと生まれるものである……東庵先生からはそう伺いましたよ。
阿武:そうですね。あの晩、私も詠さまからそう聞かされております。
村田東庵:だからね、おりんさん。焦る必要はありませんよ。おりんさんが拒むのでなければ、きっと大丈夫。「言の葉」はあなたに戻ります。だから安心なさい。そしてね、さっそく明日の夕刻(ゆうこく)から訪ねておいで。
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末藏:〈N〉まだ全てを打ち明けたわけではないものの、お互いの気持ちを再度確認できたお詠とおりん。阿武と東庵に見守られながら、抱擁が伝える温もりに身を委ねて夜は更けていく。空に浮かぶ弓張月(ゆみはりづき)は明暗を半々に湛え(たたえ)、浮世の衆生(しゅじょう)を照らしている。その明かりは東庵の養生所も柔らかく包み込んでいるのであった。
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片栗:〈N〉おりんが養生所通いを始めてから今日で丸七日。昨夜からの満ちたる月が明るく照らすその道は、おりんの行方を示しているのであろうか。好事、魔多し。…この日の早朝、根城を発った黒脛巾(くろはばき)の末藏一味がその仕上げの時を待っていたのである。
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村田東庵:そうですそうです。これはすごい。おりんさんは器用にこなしますね。教えた型をもう身につけんばかりではないですか。ははは。阿武さんも褒めるはずだ。
村田東庵:あとは…と。そうですね、この手箱の薬包紙(やくほうし)を折り終えたら、今宵は終わりにしましょうか。…どれ、私も参加いたしましょう。
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片栗:〈N〉手早く折り上げた薬包紙を見ながら上機嫌のおりんと東庵。二人は迎えの町火消(まちびけし)、「重(しげ)」と「政(まさ)」を待っていた。
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重:〈末藏兼役〉お待たせ致しやした! 今宵もいい月ですゼェ。
政:〈阿武兼役〉おりんさん「竜胆庵」まで一緒に帰り(けえり)やしょうや!
村田東庵:あぁ、こんばんは。重さんに政さん。今日もよろしくお願いします。
重:〈末藏兼役〉へぇ! お任せくだせえ。
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片栗:〈N〉重、政と連れ立って「竜胆庵(りんどうあん)」に帰ろうとしたその矢先、血相を変えて養生所に飛び込んで来た者があった。村の者が急を告げるために駆けて来たのである。
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母親:〈詠兼役〉【息せき切って駆け込んでくる】先生さま、先生さまぁぁぁ!!! 村の衆が、村の衆がてえへんなんですぅぅ…はぁ、はぁ…
村田東庵:あ、これはおかみさん!? どうされました!? 重さん、先にひとっ走り、お詠さんと阿武さんを呼んで来てはくださいませんか。できるだけ急いで!
重:〈末藏兼役〉がってんでぇっ!
村田東庵:政さんは、おりんさんをお願いします。おりんさん、いいかい、気をつけて帰るんだよ。それから、おかみさん、ゆっくり息を吸って、それから吐いて。ここに水がありますからね、一息ついたら話してください。
母親:〈詠兼役〉【深呼吸をして、水を飲む】ありがとうごぜえます。…先生さま、うちの子も村の衆も、泡を吹いたり熱を出したり、ただごとではないのでごぜえます…あぁぁ…
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村田東庵:〈M〉ついに来たか…。お詠さん、阿武さん。何とぞお早く…。
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村田東庵:おかみさん、来たばかりですまないですが、すぐに村に向かいましょう!
母親:〈詠兼役〉ありがとうごぜぇます…うちらにゃあもう何がなんだか…
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片栗:〈N〉一見安らぐ風凪(かぜな)ぐ夜も、それは嵐の前の静けさに過ぎない。一転、風雲急を告げ、野分(のわき・台風)の目となる東庵の養生所。これから「竜胆(りんどう)」と「黒脛巾(くろはばき)」の、そして東庵と村の衆の、長い戦いの夜が始まろうとしていた…。
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0:これにて終演です。この本を手に取ってくださりありがとうございました!
0:引き続きお楽しみいただければ嬉しいです。よろしくお願いいたします。
仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:『殯(もがり)の笛と、りんの言の葉〈破〉』
仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:① 人物の性別変更不可(ただし演者さまの性別は不問です)
仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:② 話の筋の改変は不可。ただし雰囲気のあるアドリブは大歓迎
仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:③ 場面の頭にある〈N〉の声質はご自由にどうぞ。
詠:えい。小間物(こまもの)・荒物(あらもの)、よろず扱う『竜胆庵(りんどうあん)』店主。二十歳そこそこにして、ものぐさ&あんみつクイーン。実は「町を荒らす輩はあたしが許さない」を地で行く人物。兼役に「母親」があります。
阿武:あんの。年齢不詳。詠に付き随う豪のもの。闇に紛れて行動できる謎の人物。詠の出生の秘密も知っている。兼役に「野伏(のぶせり)」「政(まさ)」があります。
りん:シリーズ〜的之壱〜で詠に斬られた「左馬」の娘。あの日以来、声が出ない。九〜十一歳ほどを想定しています。(喋らないため配役は不要)
村田東庵:むらたとうあん。長崎にて蘭方(らんぽう)医学を修め、医師としては抜群の腕を持つ。が、とある村落の近くで養生所(診療所のこと)を営む奇特な先生。奥医師(おくいし)半井(なからい)祐笙(ゆうしょう)から番医師(ばんいし)として殿中(でんちゅう)に仕えるよう誘われているが、断り続けている。
黒脛巾の末藏:くろはばきのすえぞう。朝霞屋嘉兵衛(あさかやかへえ)が抱える裏の仕事集団の中では初位(そい・最下位)に位置する。「黒脛巾」と名乗ってはいるが、本人はおろか、先祖にも忍びの本職はいない。単に憧れているだけ。今回大事件を起こすが…。兼役に「重(しげ)」があります。
片栗:かたくり。末藏の配下で組頭(くみがしら)。女盗賊でありながら、情報収集と地理の把握に秀でる。
野伏:〈阿武兼役〉のぶせり。末藏の配下で組頭。本草学(ほんぞうがく)を修め、その知識と技術で末藏を助けている。
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0:〈 〉NやM、兼役の指定
0:( )直前の漢字の読みや語意
0:【 】ト書 それっぽくやってくださると幸いです。
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0:以下、本編です。
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片栗:〈N〉ここは上州の町外れにある寺院あと。荒れ寺を改修した根城で一人気を吐いているのは黒脛巾(くろはばき)の末藏(すえぞう)である。忍びに憧れ、二十人ほどの手下(てか)を率いている、朝霞屋嘉兵衛(あさかやかへえ)が抱える頭目(とうもく)の一人であった。
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末藏:おい、オメェら。朝霞屋の旦那からのお達しだぁ。儂ら(わしら)の力をとっくと見ていただこうじゃぁねえか。こたびは東庵(とうあん)という医者の周りをめちゃめちゃにしてやるのよ。ポッキリと心(しん)を折ってやりテェなぁ。野伏(のぶせり)ぃぃ、オメエは「いつもの」をこの壺一つ、用意しときな。
野伏:〈阿武兼役〉へえ、すぐに。たんまりと用意しときまさぁ。二、三借りやすぜ。
末藏:おぉう連れてけ。任せたゼェ。それから片栗(かたくり)ぃ、オメエは儂らが動き易いように、東庵が住まいの周囲をさぐっておけぃ。
片栗:お任せあれ、お頭。まるッと良いようにしておきますよ。あそこにゃぁ「朧の杜(おぼろのもり)」がありますからねぇ。使えるところもそこかしこにあるでしょうよ。
末藏:いつもながら頼もしいことよ。ヘッヘッヘ…。いいかぁぁ! 儂ら黒脛巾(くろはばき)が動き出すなぁ、次に月が満ちた日の夜明け。三々五々(さんさんごご)に旅姿で街道を下るゼェ。
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片栗:〈N〉黒い謀(はかりごと)が着々と進んでいることなどつゆ知らぬ村の衆。こちらはいつも通りの一日を過ごしている。うららかな日差し溢れる養生所には、いつものこの二人に加え、おりんの姿もあった。
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阿武:東庵先生、よい出物がありましたので、お持ちしましたよ。出羽(でわ)は秋田から東廻り(ひがしまわり)に運ばれた「雲平(うんぺい)」にございます。近頃は陸奥(みちのく)の産物も西廻りで大坂(おおさか)に行きますからね。上物(じょうもの)は「下り物(くだりもの)」になってまして…
詠:これ、阿武! 東庵先生に余計な講釈を垂れてないで、早くお渡しよ。あたしも先生も、甘いものにゃ目がないんだからね、いらない時間をかけたかないんだ。早速召し上がっていただこうじゃぁないか。
阿武:それもそうでございますね。いやいや、仕事柄、どうしても熱くなってしまいまして…いや、お恥ずかしいことで。
詠:ほんとはねぇ、先生も「梅屋」にお連れして「あんみつ」をご一緒したいところなんだがねぇ【カラカラと笑う】
阿武:詠さま、東庵先生が養生所を空けられる訳がありませんでしょう…
詠:わかってるよぉ。まったく、阿武は無粋(ぶすい)だねぇ。
村田東庵:おりんさん、お初にお目にかかりますね。私は村田東庵(むらたとうあん)と申します。お詠さんと阿武さんにはいつもよくしていただいています。
片栗:〈N〉詠と阿武のやりとり見て笑っていたおりんは、東庵の挨拶を受けて礼儀正しく頭を下げた。詠と阿武はその様子を見て目を細めている。
村田東庵:あぁ、聞いた通りだ。おりんさんは、よい顔で笑うのですね。
詠:そうなんですよ、東庵先生。よく言うじゃございませんか、「目の中に入れても痛くない」って。
詠:あたしは「子どもが目の中に入るもんじゃぁないよ」なんて斜(しゃ)に構えていた時期もあったんですがね…
阿武:詠さま…
詠:今じゃ、世の方々がそう言われる気持ちが分かるってんですかねぇ。とにかく、うちのおりんは可愛いんですよ!
片栗:〈N〉詠の話を聞いたおりんは、赤くなって俯いてしまった。
村田東庵:ははは、確かにそのようだ。ひとまずお上がりください。そのまま話を続けて、おりんさんが真っ赤っかになったら大変ですからね。
村田東庵:ささ、今、茶を用意いたしますので。あぁ、おりんさんも熱いお茶で大丈夫ですか?
片栗:〈N〉その問いかけに、こっくりとうなずくおりんの様子を、東庵は見るともなく見ている。
阿武:さぁさぁ、お集まりの皆々さま、秋田の逸品、私が封を開いてもよろしいですかな?
村田東庵:それでは、せっかくの頂戴もの、皆でいただきましょうか。
詠:本当ですか。そりゃ嬉しいねぇ。実はねぇ、今回の仕入れはその箱限りでねぇ。ご相伴(しょうばん)に預かりたいなぁなんて思っていたんですよ。ねぇ、おりん。
片栗:〈N〉昨夜(さくや)、「竜胆庵(りんどうあん)」にて手土産を選んでいる際の詠と阿武のやり取りを思い出し、おりんは苦笑している。
阿武:なんですか、詠さま! そのようにはしたない… あぁ、いつの間にこのような質(たち)に育ってしまわれたのか…。
詠:あれあれ、阿武? あたしの「お目付け役」は誰だったかねぇ…?
阿武:昨夜(ゆうべ)も申しましたでしょう。東庵先生に直接ねだるようなことがあってはなりませんよ、と! そもそも、おりんさんの育ちにもよくないではありませんか!
片栗:〈N〉目の前で繰り広げられる「いつも」の姿をにこにこしながら見ていたおりんだが、ハッとして東庵に目を向ける。…そう、ここは東庵の養生所なのであった。
村田東庵:はっはっはっは…。いやいや、よいのですよ。ははは…。お詠さんも阿武さんも楽しい方ですねぇ。…ねぇ、おりんさん。
片栗:〈N〉心配そうに詠たちと東庵を見比べていたおりんだが、東庵の言葉を聞いて、破顔一笑(はがんいっしょう)、満面の笑みを浮かべて頷いた。東庵もまた、おりんを見て微笑んでいる。
村田東庵:私ひとりですべて頂いたのでは申し訳ありませんからね。小皿もお持ちしました。余興に、この薬包紙(やくほうし)を敷紙(しきがみ)代わりにこうやって、次にこうして、ほっと。
末藏:〈N〉東庵が紙を折るその手元を興味深そうに眺めるおりん。その目は生き生きとしている。先ほどから何かを試すようにおりんの様子を伺う東庵の顔にも笑顔が広がる。
詠:なるほど、綺麗な手先に手捌き(てさばき)ですねぇ。
阿武:見事なものですなぁ、詠さま。ねぇ、おりんさんもそう思いませんか。
村田東庵:実は薬包紙の包み方にも流派がありましてね。長崎で学んだ折りに、蘭方(らんぽう)の折り方もいろいろと身につけました。これは薬包ではないので、独自の折り方ですが。
詠:おりんはこれが好きかい? 東庵先生に習ってみるかねぇ。そうだ! おりんがうまくできるようになったら、「竜胆庵(りんどうあん)」でも敷紙(しきがみ)を扱うとするかね。
末藏:〈N〉思わぬ話の成り行きに思わず目を丸くするおりん。しかしその顔が、一層情感豊かな笑みをたたえるのを、東庵の目は見逃さない。
阿武:おぉ、それはようございますな。おりんさんにもそろそろ仕事を一つお任せしても良き頃かと思いまする。ふさわしき紙の仕入れは私にお任せを…って…あぁっ、詠さま、おりんさん、大切なことを忘れてはおりませんか!?
0:【三人して東庵に視線を向けている】
詠:えへへ…先生、失礼しました。つい、いつもの調子でやっちまって。その、先生のご都合も考えず…
村田東庵:ははは…。誠に愉快なことです。皆様を見ていると「否とよ(いなとよ)」とは言えないではありませんか。診療を終えた夕刻からであればおりんさんをお預かりいたしましょう。
詠:それはありがたい! よかったねぇ、おりん。
阿武:さぁさ、おりんさん。東庵先生のお皿に「雲平(うんぺい)」を置いて差し上げて。
村田東庵:これはどうもありがとう。皆さまも、お茶が冷めないうちにお上がりください。
詠:うふふ。これだよこれ、この姿。もこもこした造り(つくり)からは思いもよらない、深い味わい……。あぁぁ楽しみだねぇ。
阿武:詠さま! …もう、詠さまこそ勢いがついたら止まりやしないじゃないですか。
村田東庵:ははは…。おりんさんの件ですがね、只(ただ)で、というわけには参りませんよ。おりんさんには当養生所の薬包紙を折るお手伝いをしていただきましょう。お代官にも薬を納めていますし、働きぶりはきっちり見させていただきますからね。
阿武:おぉ、願ってもないことにございます…誠にありがたいことで…。では道中の供(とも)は私が、私が用向きの際は、新五郎さまのところにお願いするといたしましょう。
村田東庵:若いお人に、新しい芽がほころぶのを見るのはとても幸せなことですからね。私も精を出すとしましょう。【笑顔】
村田東庵:いや、それにしてもこの「雲平(うんぺい)」という干菓子(ひがし)は美味しいものですね!
村田東庵:【お茶を飲む】うん。茶にもよく合います。
阿武:そうでございましょう。落雁(らくがん)もところにより風味が異なりますがね、実は「雲平(うんぺい)」もそうでございまして。よそとは異なり、この秋田の「雲平」はゴマが練られているのですよ。寒梅粉(かんばいこ)の力でしょう、口に入れてパリッと割りますよね。それを噛むごとに、もちもちとしたよい食感にかわっていくのがまた…
詠:これ、阿武。お前は、また商い魂(あきないだましい)に火をつけているじゃぁないか。
詠:甘いものを語るのはあたしの十八番(じゅうはちばん)ってもんだよ。口の減らない番頭だね、まったく。
阿武:あぁ…あはははは…
村田東庵:いや、私も商売柄でしょうか、そのものの理(ことわり)や由来を聞くのは好きなのです。より深くわかるような気がしましてね。出羽(でわ)はまだ訪れたことがありませんし…。阿武さん、よろしければ、もう少しお聞かせくださいますまいか。
阿武:結構でございますとも! そもそもこの「雲平」でございますが…
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片栗:〈N〉このころ黒脛巾の末藏一味の根城では、片栗(かたくり)の調べについて吟味(ぎんみ)が行われていた。「養生所の茶会」とは正反対の雰囲気で悪巧み(わるだくみ)が進んでいる。東庵の足元には、じりじりと「その時」が迫りつつあったのである。
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末藏:おい、片栗(かたくり)ぃぃ。「朧の杜(おぼろのもり)」の奥にあるこの池はどこまで水を流してんだ?
片栗:はい。この池は「不及池(およばずがいけ)」と言いまして結構な広さにございますよ。付近の田畑(でんぱた)は、みなここの水を引いておりますね。「朧の杜」の入り口付近にあるのが、東庵の養生所です。
末藏:ほう…そうけぃそうけぃ。で、こっちの村ん中にゃあ、幾つの井戸があるんでぇ?
片栗:村の真ん中に名主(なぬし)の住まいがありますが、まずここに一つ。それからこの、「朧の杜(おぼろのもり)」に抜ける出口付近にも一つ。これは野良仕事でも使っているようです。最後にこの辺り、住まいが集まるところに一つ。これが住人の暮らしを支えるものとなっていますねぇ。
末藏:ふぅん、三つってことだなぁ。すべてをつぶすとその後がめんどくせぇ。儂(わし)らが飲むわけにもいかなくなるしなぁ。おい、野伏(のぶせり)ぃぃ。おめえはどう思うよ。
野伏:〈阿武兼役〉へえ。ここは池の用水に近けぇ(ちけぇ)辺りと、村の出口辺りの井戸に流すといたしやすか。それでも東庵の養生所を東西から挟む一里ほどにはしっかりした効き目がありやすぜ。何、人死(ひとじに)ゃあ、ありゃせんでしょう。
末藏:そうだなぁ。あのへんも当然、朝霞屋の旦那の縄張りだしなぁ。できるだけ人死(ひとじに)は避けなきゃならねえやなぁ。儂らぁ、東庵があすこを離れるようにするだけでいいんだからなぁ…ぐふふぅ
片栗:これだけの広さに累(るい)がおよびゃぁ、もはや「不及」(およばず)じゃぁございませんねぇ。ふふふ。さすがの東庵も打つ手に困るでしょうよ。
野伏:〈阿武兼役〉さようです。薄暗がりに紛れて事を運ぶのは、あっしらが得手(えて)にて。何も問題はありませんや。
末藏:それはそうだがのぉ、念には念を入れようや。実はなぁ、朝霞屋の旦那から覚書(おぼえがき)が届いてんのよ。「お詠(おえい)」という小娘と「阿武(あんの)」という男に気をつけろとよ。
片栗:ほほほ…小娘ごときに何ができましょうや。
末藏:おい、片栗(かたくり)ぃぃ。儂ゃぁ(わしゃぁ)どう言うた? 「朝霞屋の旦那からの覚書」と、そう言うたぁぁぁ。朝霞屋の旦那は、無駄を言われりゃしねぇのよ。
片栗:…はい…失礼しました。
野伏:〈阿武兼役〉であれば、それらは真(まこと)の話にちげぇねぇ、と…。して、その者は如何(いか)ような力を持ってんで?
末藏:それがなあ、大問題よ。刀を握らせりゃあ、常闇の長治(とこやみのちょうじ)と渡り合うって言うじゃぁねえか。それだけを聞きゃぁ、確かに眉唾(まゆつば)もんだがヨォ。こりゃぁ「朝霞屋の旦那の覚書」なのよ。そしてなぁ、ここにゃぁもう一つ書いてある。
片栗:うく…小娘が長治(ちょうじ)の旦那と張り合うと…。にわかには信じられませんが…。それでもう一つはどのような…
末藏:ヘッヘッヘ…。その小娘の家にいる「りん」なる子童(こわらわ)を引っさらってこいとよ。どうにもその「詠(えい)」ってなあ、公儀(こうぎ・幕府のこと)につながるんだと。
野伏:〈阿武兼役〉公儀ですと? その小娘が…ですか?
末藏:世の中ぁ広ぇからなぁ。儂らにゃあ預かり知らねぇこともあるわさ。ヘッヘッヘ。もっとも朝霞屋の旦那もあっちの偉いさんにゃぁ、随分とお顔が広くていらっしゃるがなぁ…
片栗:話の出どころが、あちらさんとこちらで同じなんてことがありゃあ、お笑い種(わらいぐさ)ですねぇ。
末藏:さぁな。儂らにとっちゃ、どうでもいいのよ。大事ななぁ、儂らが黒脛巾(くろはばき)として動けるところがあるかどうかでぇ。…おい、片栗(かたくり)ぃ。その「りん」って童(わらし)ゃぁ、日を空けず東庵の元を訪れちゃぁ、宵の五つ(よいのいつつ•午後八時)ごろにゃぁ帰る(けえる)んだと。あとでちぃっと様子を見てこいや。
片栗:時間が決まっているってのは、また、やりやすい仕事ですねぇ。へえ。行って参りましょう。
末藏:よぉぉぉし! 準備万端整えてぇぇ、まん丸お月さんが出るのを待つとしようや。この仕事(やま)を片付けりゃな、朝霞屋の旦那の覚えも良くなるってもんよ。ぐわぁはっはっはっは…
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詠:〈N〉時を遡ること少し。養生所でひとしきり歓談を楽しんだ東庵とお詠たち。空になった「雲平(うんぺい)」同様、曇りのない顔で穏やかに流れる時間を楽しんでいた。
:
村田東庵:ところで、お詠さん、おりんさんにお話ししてもよろしいですかな。隠し事なく、詳らかに(つまびらかに)。
詠:えっ、そう、ですか…【少し不安そうに】
村田東庵:心配なさることはありません。私は、ここまでみなさんを見て、そう確信しております。おりんさんにも聞いてもらった方がよろしいでしょう。
片栗:〈N〉急に自分の話題をふられ、一瞬身を固くしたおりんであったが、それでも笑顔を絶やそうとしない。
阿武:詠さま。ここは東庵先生にお任せいたしましょう。それと、おりんさん、ご案じなさいますな。出ていってもらう、とか、どこかに預ける、とか、そういった話ではございませんよ。ははは、もしそうなら、手習いの話が出るはずがないでしょう?
片栗:〈N〉おりんは、阿武をまっすぐに見つめると微笑み、そして頷いた。
村田東庵:おりんさん。実は、先日お詠さんから文(ふみ)をいただきましてね。そこにはこう書かれておりました。「私は大切なものをなくしてしまいました」とね。「誰かが失った」ではなく、「私が失くした」とあったのです。
詠:いや、ちょっと先生、文の中身を明かすのはあんまりじゃ…
村田東庵:お詠さん。非礼の段、平にご容赦ください。ただね、このようなことは実直に伝える方がよいのです。想いの丈(たけ)をね。
詠:あぁ分かりましたよ。先生、お願いします。
村田東庵:えぇ。それで、おりんさん。お詠さんが「なくされた」というものが何だかお分かりですか? …それはあなたの「言の葉(ことのは)」なのです。
片栗:〈N〉屈託なく見せてはいても、やはり気にしてはいたのだろう。おりんの笑みが少し翳(かげ)りを見せた。
詠:おりん。うちに来てもらう時に話をしたね。お前をあたしらに任せようってのは偉いお役人さまから来た話さ。ただ、その時にゃぁね、おりんが話せないたぁどこに書かれていなかったんだよ。…もちろん「左馬(さま)」の言葉にもね。
阿武:だからね、おりんさん。私らは、あなたが「もともと話せなかった人だ」とは思っていないんです。お屋敷であなたを見た時、すでに話せなかったのか、それともうちに来る際に話せなくなったのか。
村田東庵:〈M〉このお二人は信頼に足るだろうが…。やはり、そうであったか…京(みやこ)で私が祖父から聞いたのは…
詠:東庵先生、あたしゃぁね、おりんが立派になるまではうちで預かってやりたいって思ってんですよ。おりんが嫌でなけりゃあね…
詠:〈以下、M〉だれあろう左馬のためにもね。
村田東庵:おりんさん、お詠さんは、ああおっしゃっていますよ。あなたはどうですか? お詠さんたちと一緒にいたいですか?
:
末藏:〈N〉お詠を見つめ、阿武を見て、視線を東庵に戻したおりん。うっすらと瞳に涙を浮かべつつ、うなずいた。そのまま声を絞り出そうとするも、おりんの口から漏(も)れるのはただの吐息(といき)。しかし、その吐息に熱と思いが込められていることは、確かに伝わっていた。
:
詠:【おもむろにおりんに近づき抱きしめる】
詠:おりん、あんたの涙、初めて見た気がするよ。辛い思いをさせてすまないね。…無理をするこたぁないんだよ。無理をね。
末藏:〈N〉そうじゃあないと否定するように、おりんはゆっくりとかぶりをふった。お詠の背中に回した手を、遠慮がちに結んでいく。
村田東庵:おりんさんは、お詠さん、阿武さんと一緒にいたいんだね?
末藏:〈N〉おりんは小さく、それでも力強くうなずく。おりんの思いを感じ取った詠は、その抱きしめる手にやんわりと力を込めた。
村田東庵:そうですか【笑顔】。お詠さん、阿武さん、それでよろしいですね。
阿武:もちろんでございますとも…。
村田東庵:私はお詠さんにこう話しました。「言の葉を失った者はまた、生気(せいき)を失くすことも多いのですよ」と。すると、お詠さんはこう言われるのですよ。「おりんは、それはそれは可愛いんだ」と。「よく笑うし、仕事もできる。阿武さんも出来を認めている」とね。ねぇ、お詠さん、間違い無いですね?
詠:ええ、そうです。東庵先生。おりんとは方々(ほうぼう)共にしたけどね、よくできた娘ですよ。。
詠:ただねぇ、おりん。あたしは気がかりだったのさ。お前が言葉を発しないことよりも、ずっとニコニコしていることの方がね。それで東庵先生に話を聞いてもらっていたんだよ。
阿武:おりんさん。あなたは本当によく働いておくれです。それなのに、こそこそとこんな真似をして申し訳ありません。
阿武:ただね、詠さまは心の底からおりんさんを愛い(うい)と思っていらっしゃいます。そこは信じてくださいましな。
詠:阿武…。それはお前もだろう?
詠:なぁ、おりん、悲しい時は悲しいと私たちに伝えておくれでないかい。楽しい時は楽しい。寂しい時は寂しい。辛い時は辛いと言うのさ。それを強いて抑えることほどしんどいことはないんだよ…
片栗:〈N〉おりんに語りかけつつも、お詠はどこか自分の深いところを見つめている
村田東庵:そうです。おりんさん。お詠さんの言われる通りですよ。ただね、お詠さん、阿武さん。そしておりんさん。
村田東庵:声を出さなければ、話をしなければ、と焦る必要はないのですよ、決して。
阿武:とおっしゃいますと…
村田東庵:みなさんのお姿を見ていますとね、形は違っても一つの家となっておりますよ。
村田東庵:それに何より、おりんさんの胸の内には、確かな生気が宿っています。
村田東庵:「言の葉(ことのは)」はね、無理に、それこそ放り出す(ひりだす)ようにして内から外へ出すものではないのですよ。
阿武:東庵先生… そうなのですね。
村田東庵:そうです。人に気持ちを伝えるために大切なのは「言の葉」があることではありません。もしそうであれば、生まれた頃から話をできない人たちが困るでしょう。
詠:それは…、確かにそうだねぇ。
村田東庵:何より大事なのはね、お互いを思う心です。これは片側からしか見えません。相手にそれを強いることはできないのです。見えるのは己の心だけ。そうでしょう?
詠:己の心ですら見えないこともありますしねぇ…。
村田東庵:えぇ。でもね、見えずとも感じられることはあるでしょう。今のお詠さんたちの姿がそうですよ。春が来たとは言え、日が暮れると冷えますね。でも…お二人は温かいのではないですか?
詠:そうだねぇ。そのとおりだねぇ。温かい。おりんはとても温かいよ。ほんと、守ってやりたいねぇ…
村田東庵:ふふ…お詠さん、先日、お話ししましたよね。生気がありさえすれば、胸の内に温もりが宿ってさえいれば…
詠:…生気が失せていなければ、いつか言の葉は戻る。言の葉は胸の内にこもるもの。自分が何より必要だと思うのであれば、自(おの)ずと生まれるものである……東庵先生からはそう伺いましたよ。
阿武:そうですね。あの晩、私も詠さまからそう聞かされております。
村田東庵:だからね、おりんさん。焦る必要はありませんよ。おりんさんが拒むのでなければ、きっと大丈夫。「言の葉」はあなたに戻ります。だから安心なさい。そしてね、さっそく明日の夕刻(ゆうこく)から訪ねておいで。
:
末藏:〈N〉まだ全てを打ち明けたわけではないものの、お互いの気持ちを再度確認できたお詠とおりん。阿武と東庵に見守られながら、抱擁が伝える温もりに身を委ねて夜は更けていく。空に浮かぶ弓張月(ゆみはりづき)は明暗を半々に湛え(たたえ)、浮世の衆生(しゅじょう)を照らしている。その明かりは東庵の養生所も柔らかく包み込んでいるのであった。
:
片栗:〈N〉おりんが養生所通いを始めてから今日で丸七日。昨夜からの満ちたる月が明るく照らすその道は、おりんの行方を示しているのであろうか。好事、魔多し。…この日の早朝、根城を発った黒脛巾(くろはばき)の末藏一味がその仕上げの時を待っていたのである。
:
村田東庵:そうですそうです。これはすごい。おりんさんは器用にこなしますね。教えた型をもう身につけんばかりではないですか。ははは。阿武さんも褒めるはずだ。
村田東庵:あとは…と。そうですね、この手箱の薬包紙(やくほうし)を折り終えたら、今宵は終わりにしましょうか。…どれ、私も参加いたしましょう。
:
片栗:〈N〉手早く折り上げた薬包紙を見ながら上機嫌のおりんと東庵。二人は迎えの町火消(まちびけし)、「重(しげ)」と「政(まさ)」を待っていた。
:
重:〈末藏兼役〉お待たせ致しやした! 今宵もいい月ですゼェ。
政:〈阿武兼役〉おりんさん「竜胆庵」まで一緒に帰り(けえり)やしょうや!
村田東庵:あぁ、こんばんは。重さんに政さん。今日もよろしくお願いします。
重:〈末藏兼役〉へぇ! お任せくだせえ。
:
片栗:〈N〉重、政と連れ立って「竜胆庵(りんどうあん)」に帰ろうとしたその矢先、血相を変えて養生所に飛び込んで来た者があった。村の者が急を告げるために駆けて来たのである。
:_
母親:〈詠兼役〉【息せき切って駆け込んでくる】先生さま、先生さまぁぁぁ!!! 村の衆が、村の衆がてえへんなんですぅぅ…はぁ、はぁ…
村田東庵:あ、これはおかみさん!? どうされました!? 重さん、先にひとっ走り、お詠さんと阿武さんを呼んで来てはくださいませんか。できるだけ急いで!
重:〈末藏兼役〉がってんでぇっ!
村田東庵:政さんは、おりんさんをお願いします。おりんさん、いいかい、気をつけて帰るんだよ。それから、おかみさん、ゆっくり息を吸って、それから吐いて。ここに水がありますからね、一息ついたら話してください。
母親:〈詠兼役〉【深呼吸をして、水を飲む】ありがとうごぜえます。…先生さま、うちの子も村の衆も、泡を吹いたり熱を出したり、ただごとではないのでごぜえます…あぁぁ…
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村田東庵:〈M〉ついに来たか…。お詠さん、阿武さん。何とぞお早く…。
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村田東庵:おかみさん、来たばかりですまないですが、すぐに村に向かいましょう!
母親:〈詠兼役〉ありがとうごぜぇます…うちらにゃあもう何がなんだか…
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片栗:〈N〉一見安らぐ風凪(かぜな)ぐ夜も、それは嵐の前の静けさに過ぎない。一転、風雲急を告げ、野分(のわき・台風)の目となる東庵の養生所。これから「竜胆(りんどう)」と「黒脛巾(くろはばき)」の、そして東庵と村の衆の、長い戦いの夜が始まろうとしていた…。
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0:これにて終演です。この本を手に取ってくださりありがとうございました!
0:引き続きお楽しみいただければ嬉しいです。よろしくお願いいたします。