台本概要

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タイトル 仕掛屋「竜胆」閻魔帳〜的之参〜 殯(もがり)の笛と、りんの言の葉〈急〉
作者名 にじんすき〜
ジャンル 時代劇
演者人数 6人用台本(男3、女3)
時間 50 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明  ⭐︎こちらは4部構成の第3部となっております⭐︎
※作中に「おりん」の読みで「母親(または父親)」と出て参ります。
 的之壱の「左馬」に男性ver.と女性ver.があった名残です。通常は「母親」でお通しください。

「悲しきものに寄り添う」が信条の仕掛屋『竜胆』
 東庵を巡る争いに巻き込まれる中でついに
 「黒脛巾(くろはばき)」の作戦が展開され、
 大混乱に陥る無辜の民… おりんも何者かに攫われて…
 さてさてどうなりますやら


仕掛屋『竜胆』閻魔帳 第3作 その3

1)人物の性別変更不可。ただし、演者さまの性別は問いません
2)話の筋は改変のないようにお願いします
3)雰囲気を壊さないアドリブは可です
4)Nは人物ごとに指定していますが、声質は自由です
5)兼役は一応指定していますが、皆様でかえてくださって構いません

50分ほどで終演すると思います。

〜以下、世界観を補完するためのもの〜

新五郎:町火消四十八組の一つ「な組」の頭。左平次を疑い、問題解決のきっかけとなることで、「ね組」も吸収合併。押しも押されぬ親分さんとなる。(シリーズ〜的之壱〜に登場)

ね組の左平次:町火消四十八組一つ「ね組」の頭でありながら、自分で延焼行為を行い、商いにつなげていた、悪徳の者。りんを拐かし、その親である「左馬(さま)」を無体を働かせていた。阿武に斬られている。(シリーズ〜的之壱〜に登場)

左馬:中条流を極めた剣士。とある事情で武士の身分を失い、路頭に迷っていたところを「左平次」に拾われ、娘のおりんを軟禁されることとなる。おりんを形(かた)にとられ、犯罪に身を染めて行くことになる…(シリーズ〜的之壱〜に登場)

「黒脛巾」… くろはばき。元々は伊達政宗が創設したと言われる忍者集団。
 黒革の脛巾(脚半(きゃはん)・脛当て)を装着したことからこのように呼び習わされる
 諜報活動を得意とし、撹乱などの任にあたっていた。

◼️日本三大毒草
① ドクウツギ(作品内未登場)
 近畿以北に自生。落葉低木でテカテカした葉を持つ。
 赤い実をつけ、キイチゴと間違われやすいが、猛毒をもつ。
 毒にあたると、痙攣→麻痺、そして呼吸停止となることも

② トリカブト(作品内未登場)
 数種類ある中で、エゾトリカブトが最も強い毒を持つと言われる。
 この種のアルカロイドは4mg程度で致死量となる。
 また、現在のところ、解毒薬は、ない。

③ ドクゼリ(作品内で使用)
 日本〜ユーラシアに広く自生。
 水辺によく生え、セリとの誤認が多い。
 この毒は皮膚からも吸収され、
 嘔吐、腹痛、下痢、動悸、目眩などをひきおこす。

⭐︎番外編⭐︎ドクニンジン(作品内で使用)
 ヨーロッパや北アフリカ原産のセリに似た植物。
 かの有名なソクラテスの処刑にも用いられたと言われる。
 嘔吐や下痢を引き起こし、
 ひどいときは呼吸困難から死に至ることもある。

「本草学」(ほんぞうがく)
 中国由来の学問。
 薬用となる動植物を研究する。
 作中では、野伏がこれを修め、毒物を運用した。


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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
67 えい。小間物(こまもの)・荒物(あらもの)、よろず扱う『竜胆庵(りんどうあん)』店主。今回はさすがのものぐさクイーンも鳴りを潜める!? 愛しいものを守るため、熱く冷たく駆け巡る。兼役に「母親」があります。
阿武 46 あんの。年齢不詳。詠に付き随う豪のもの。闇に紛れて行動できる謎の人物。詠の出生の秘密も知っている。今回は再び冷徹な一面を見せる。兼役に「野伏」があります。
りん 39 りん。シリーズ〜的之壱〜で詠に斬られた「左馬(さま)」の娘。あの日以来、声が出ない。九歳〜十一歳ほどを想定しています。今作でやっと…
村田東庵 36 むらたとうあん。長崎にて蘭方(らんぽう)医学を修め、医師としては抜群の腕を持つ。が、とある村落の近くで養生所(診療所のこと)を営む奇特な先生。奥医師 半井(なからい)祐笙(ゆうしょう)から番医師として殿中に仕えるよう誘われているが、断り続けている。兼役に「政」があります。
末藏 26 黒脛巾の末藏(くろはばきのすえぞう)。朝霞屋嘉兵衛(あさかやかへえ)が抱える裏の仕事集団の中では初位(そい・最下位)に位置する。「黒脛巾」と名乗ってはいるが、本人はおろか、先祖にも忍びの本職はいない。単に憧れているだけ。今回大事件を起こすが… 兼役に「重」があります
片栗 29 かたくり。末藏の配下で組頭。女盗賊でありながら、情報収集と地理の把握に秀でる。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:『殯(もがり)の笛と、りんの言の葉〈急〉』 仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:① 人物の性別変更不可(ただし演者さまの性別は不問です) 仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:② 話の筋の改変は不可。ただし雰囲気のあるアドリブは大歓迎 仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:③ 場面の頭にある〈N〉の声質はご自由にどうぞ。 詠:詠(えい)。小間物(こまもの)・荒物(あらもの)、よろず扱う『竜胆庵(りんどうあん)』店主。今回はさすがのものぐさクイーンも鳴りを潜める!? 愛しいものを守るため、熱く冷たく駆け巡る。兼役に「母親」があります。 阿武:阿武(あんの)。年齢不詳。詠に付き随う豪のもの。闇に紛れて行動できる謎の人物。詠の出生の秘密も知っている。今回は冷徹な一面を再び見せる。兼役に「野伏」があります。 りん:シリーズ〜的之壱〜で詠に斬られた「左馬(さま)」の娘。あの日以来、声が出ない。九歳〜十一歳ほどを想定しています。今作でやっと… 村田東庵:村田東庵(むらたとうあん)。長崎にて蘭方(らんぽう)医学を修め、医師としては抜群の腕を持つ。が、とある村落の近くで養生所(診療所のこと)を営む奇特な先生。奥医師 半井(なからい)祐笙(ゆうしょう)から番医師として殿中に仕えるよう誘われているが、断り続けている。兼役に「政(まさ)」 黒脛巾の末藏:くろはばきのすえぞう。朝霞屋嘉兵衛(あさかやかへえ)が抱える裏の仕事集団の中では初位(そい・最下位)に位置する。「黒脛巾」と名乗ってはいるが、本人はおろか、先祖にも忍びの本職はいない。単に憧れているだけ。今回大事件を起こすが…。兼役に「重(しげ)」があります 片栗:かたくり。末藏の配下で組頭。女盗賊でありながら、情報収集と地理の把握に秀でる。 野伏:〈阿武兼役〉のぶせり。末藏の配下で組頭。本草学(ほんぞうがく)を修め、その知識と技術で末藏を助けている。  : 0:〈 〉NやM、兼役の指定 0:( )直前の漢字の読みや語意 0:【 】ト書 それっぽくやってくださると幸いです。  : 0:以下、本編です。  : りん:〈N〉一日の商いを終えた「竜胆庵(りんどうあん)」。居間では遅めの夕餉(ゆうげ)を調えてお詠(えい)がおりんの帰りを待っている。そのとき軒先(のきさき)に聞こえてきたのは、待ち人、おりんではなく、阿武(あんの)の声だった。阿武は今朝から仕入れに出ていて、今「竜胆庵」に戻ったのである。 阿武:いやぁ、詠さま。今日は良い品を見つけてきましたよ〜。 阿武:おりんさんが敷紙(しきがみ)を扱う日を考えて、紙について方々に聞いておいたんですがね。軍道紙(ぐんどうし)という紙を漉く(すく)職人に話を聞くことができましたよ。 詠:【あきれ気味に】あれあれ、阿武。何とも気が早いことだよ。 詠:おりんが東庵先生のところに手習いに出かけてたった七日じゃぁないか。東庵先生に認めていただいて、売り物にすることを許されるにゃぁ、まだまだ時間がかかるだろうよ。 阿武:うぅ…それはまぁそうですがね。分かっちゃいますがね、やっぱりうれしいじゃないですか。何かしないではいられない、と言いますか…ははは。 阿武:じきに夜五つ(よるいつつ・午後八時ごろ)、おりんさん、そろそろ帰ってきますね。 重:〈末藏兼役〉【ずっと駆けてきたために息があがっている】 重:はぁ、はぁ、お詠さん、阿武さん、いらっしゃいやすか…ゼェゼェ。 詠:何だい、どうしたんだい? いいから落ち着いて何があったか言ってごらん。 詠:阿武、水を持ってきておやり。重(しげ)さんはゆっくり息をしてねぇ。 阿武:かしこまりました、詠さま。 重:〈末藏兼役〉すぅぅぅ〜〜。はぁぁぁ〜。いや、こうしちゃぁいられねえんでさ。 重:あぁ、かっちけねぇです…【水を差し出され、飲む】 重:ぐっくっく…【飲み干して】ぷわぁ…。ありがとうごぜえます。 重:いや、実は、東庵先生のところに村のおかみさんがいらっしゃいやしてね。 重:村の衆が泡を吹いたり、熱を出したり… とにかく、尋常じゃあねぇ様子だってんです。 阿武:なるほど、それで東庵先生に言われて、こちらに走ってきたのですね。 重:〈末藏兼役〉へぇ、その通りで。あっしは村の様子を見ていねぇんで、お伝えできるなぁ、これくれぇのもんで。 詠:それじゃあ、おりんは政(まさ)さんと一緒ってことかい。 重:〈末藏兼役〉へぇ。おりんさんは、政の野郎が供をして、こちらに向かっているはずでさぁ。…それでそのぉ、お二人にはできるだけ早くお出まし願いてぇと東庵先生が…。 詠:分かった、「泡に熱」…だね。よし、すぐに向かおうじゃないか。阿武、固め、小ぶりの握り飯だよ。道中、駆けながら腹ごしらえだ。あたしゃ、ちっと用意をしてくるよ。 詠:薬籠(やくろう)は任せておくれな。 阿武:はい。他は万事手筈(ばんじてはず)を調えて、裏口で待っております。あぁ、重(しげ)さん。申し訳ありませんがね、ここで政さんとおりんさんを待っていてくださいませんか。 重:〈末藏兼役〉合点でさぁ。 詠:おりんと政さんが戻ったらね、ここの夕餉は食べといておくれね。 詠:あとね、あたしらは裏から出るからね、こちらにお出でじゃぁないよ。いいね。    : りん:〈N〉迅速に準備を終えた「竜胆」の二人。仕掛の際とは異なる鈍色(にびいろ・濃い灰色)の装束(しょうぞく)に身を包み、一路、渦中(かちゅう)の村へと急いでいる。今宵は十六夜(いざよい)とあって、隠密行動には適さない。しかし、一刻を争う今は、それも天佑(てんゆう)とばかりに速度を上げていく。この二人、走る速さもただ事ではない。  : 詠:しかし阿武、これだけ明るい夜に攻めてくるなんざ、向こうも隠すつもりはさらさらないようだねぇ。 阿武:まったくですな。やり易くもある反面、こちらを知られることも覚悟しておきましょう。 詠:来るかねぇ、あの凄い奴は…。 阿武:私もあの者の感じは気になります。東庵先生のところでは、分かっていてこちらに窺わせていたようにも思いますしね。 詠:おまえ、あの晩、天井に殺気を飛ばしただろう【笑う】 詠:東庵先生に対して遠慮ってものはないのかい? 阿武:詠さまこそ! 阿武:…しかし、あやつの気が揺らぐことはありませなんだ。 阿武:詠さまがおっしゃる通りの遣い手(つかいて)でしょうな。 阿武:それよりも… 詠:あぁ、東庵先生だろう。あのお人も計り知れないところがあるねぇ。あのときゃ、明らかにお前の殺気に気づいていたね。事が終わったら、腹を割って話してみるとするかねぇ。 阿武:そうですね。東庵先生は信頼できるお人だと思いますよ。 阿武:【前方にある影を見つける】ん! 詠さま…、この先に誰ぞ倒れておりまする。 詠:あぁ、そのようだ。…急ごうか。なんだか胸騒ぎがするんだ…。  : りん:〈N〉満月に照らされながらも、なお暗い「朧の杜(おぼろのもり)」。その奥にある「不及池(およばずがいけ)」には黒脛巾の末藏(くろはばきのすえぞう)が陣を敷いていた。  : 末藏:おうおう、おめえら、ご苦労だったなぁ。野伏(のぶせり)ぃ、おめぇの流した毒はよぉく効いているようじゃぁねえか。村は大混乱(でぇこんらん)だって報せがへえってるぜぇ。 野伏:〈阿武兼役〉へぇ。手抜かりなく井戸と水路に毒袋を浸(つ)けまして、へい。狙い通り東庵も村まで出張っていますなぁ。奴ぁどうします? ちっと痛ぇ目に合わせてやりますかい? 末藏:そうよなぁ…こちらとしちゃぁ、東庵の野郎に出ていってもらうだけでええんだ。ひとまずは、仕掛に気を入れるとしようや。   野伏:〈阿武兼役〉承知いたしやした。 片栗:お頭、ただいま戻りました。まったくこんなに簡単な仕事もないですねぇ。首尾よく童(わらし)を手に入れました。今は縄で巻いて、手下(てか)に預けてますよ。 末藏:ほう! そうけぇそうけぇ。それは重畳(ちょうじょう・この上なくよい結果だ)。おぃ、時に片栗(かたくり)ぃ。小娘に騒がれでもして誰かにつけられちゃあいねぇだろうなぁ。 片栗:それがねぇ、お頭。あの娘(むすめ)は不思議と声ひとつ上げやしないんですよ。声が出せないのかもしれませんねぇ…。まぁ、こちらにとっても好都合ってもんですよ。一緒にいた親父(おやじ)は道端に伸びてますがね、何があったか分かっちゃいないでしょう。ふふふ。 野伏:〈阿武兼役〉ここまでは「朝霞屋(あさかや)の旦那の覚書(おぼえがき)」の通りですな…。 片栗:そうだね。野伏(のぶせり)、お互い上々で良かったよ。さて、と。お頭「詠(えい)」と「阿武(あんの)」でしたか。その二人はこちらに来ますかねぇ…。わたしらでとっ捕まえてやりましょうな。 末藏:女童(めわらわ)がこちらの手にある以上、必ず来やがらぁ。いいかぁ、常闇(とこやみ)の長治(ちょうじ)とやり合うと思って、手抜かりなく備えをしておけよぉ。野伏、片栗、手下(てか)を率いて配置(へぇち)につけぃ! 野伏:〈阿武兼役〉へぇ! 頭ぁ、この上ねぇ夜にしやしょうや。 片栗:ふふふ。お頭、事がうまく運んだあかつきにゃ、うまいものをたんまり食わせてくださいよ。 末藏:へっへっへ…あぁ、任せなぁ。おめえらも頼んだぜ。 末藏:おぉい、誰ぞいるかぁぁ。この床几(しょうぎ)に儂(わし)くれぇの木偶(でく)を座らせぇ。 末藏:それから陣幕(じんまく)の内側に篝火(かがりび)を二つ焚(た)いておけぇぃ。ぐはは…。 末藏:ここに寄ってきた鼠(ねずみ)は退治て(たいじて)やらねばならねぇやなぁ… ぐはははは、がっはっはっはっはっは…  : りん:〈N〉同刻のお詠(えい)と阿武(あんの)。 りん:胸の奥底でぐっと鎌首をもたげる不安を抑えて人影に近づくと、それはどうにも見知った形(なり)をしていた。 りん:事態が悪い方向へ舵を切ったことを知り、焦燥感が募らせる。が、しかし、さすがはお詠と阿武であった。   : 阿武:…詠さま。あれは政さんでございますね…。 詠:あぁ…。しかも動いちゃいないようだ。…こりゃぁ参ったね… 詠:【走ってその場に到着する】政さん! 政さんっ!!  詠:…よかった。息はあるようだよ。 阿武:ひとまずはようございました。…しかし、ここに政さんしかいないということは… 詠:あぁ、そうだね。これはいやが上にも一大事だ。 詠:【政に気合を入れるお詠】ふっ! …まずは…政さんに話を聞いてみようじゃぁないか。 政:〈東庵兼役〉うぅ…あぁ…あん? ここは…? 政:【はっとして】お詠さん! 阿武さん!! 詠:あぁ、政さん。大きな怪我はないようだからね、安心おしよ。 政:〈東庵兼役〉あぁぁぁ! お詠さん、まったく面目ねぇ! おりんさんが、おりんさんが… 詠:政さん、ゆっくり、ゆぅぅっくりでいいんだよ。まずは落ち着きな。 詠:…そいで、何があったか話しておくれでないかい?  詠:覚えていることをなるべく詳しくね。 政:〈東庵兼役〉へぇ…、ありゃぁたしか……  : 0:ーーー以下は政の回想シーンです  : 政:〈東庵兼役〉おりんさん、東庵先生も村の衆もてぇへんだ。はようお詠さんと阿武さんがとこへけぇりやしょうね。 片栗:ちょいとそこのお前さん、こっちを向いておくれでないかい? 政:〈東庵兼役〉ん? 何でぇ、おめえは、ぐっ…。 政:【鳩尾(みぞおち)に当身を入れられて倒れる】 片栗:わたしらはこの子にちょいと用があるのでね、悪いがお連れするとするよ。なに、お前さんの命までいただこうとは思っちゃいないわさ…ふふ。 片栗:おい、お前、この子を担ぎな。さっさと戻るよ【朧の杜に戻る片栗の一団】 政:〈東庵兼役〉ま、ま、待ちやが…【気を失う政】  : 詠:そうかい。「用がある」…確かにそう言ったんだね、その女は。 政:〈東庵兼役〉へえ。お詠さん、おりゃぁ、ほんとにどう責めを負やぁいいか… 詠:いいかい、政さん、この世にはね、どうしようもないことってのがあるのさ。【微笑む】 詠:「竜胆庵」に重さんがいるからね、うちで、飯をとって家に帰っておくれな。 阿武:そうですよ、政さん。まぁ、事が済んだら、おりんさんの送迎にこき使わせていただくとしますかね。ははは… 詠:あぁそうだ…。言うなったって言っちまうだろうから、先に伝えておこうかね。 詠:新五郎の旦那には「いつかの通り、ひとつお詠さんに任せておくれな」と言付けを頼むよ。 詠:で、どうだい? 歩けるかい? 政:〈東庵兼役〉へぇ…かっちけねぇ(「かたじけない」の意) 詠:おりんはあたしらが迎えてくるよ。必ずね…  : 末藏:〈N〉二人の温かい言葉と気遣いに見送られ、「竜胆庵(りんどうあん)」へと向かう政。自分の不甲斐なさと申し訳のなさを抱え、涙を滲ませ走って消えた。  : 阿武:詠さま、これはまさしく… 詠:あぁ、明らかにあたしらを誘い出すために動いているねぇ、あちらさんは。 阿武:おりんさんの草履の跡は、これより先にはございませぬ。 阿武:なれば、敵は東庵先生を狙った者どもと同じかと… 詠:ありがとうよ、阿武。きっとそうだろうさ。 詠:ちょっかいをかけていい相手とそうでない相手の見分けがつかないようじゃ、長生きはできないってことを教えてやらなきゃいけないねぇ。 阿武:えぇ。詠さま、うちの「宝」に手を出したこと、骨の髄まで後悔の念を染み渡らせてやりましょう…。 詠:気持ちは焦るがね。まずは手前の村で東庵先生に様子を聞こうじゃないか… 阿武:それがようございます。この薬籠(やくろう)も届けねばなりますまい。  : 村田東庵:〈N〉心は千々(ちぢ)に乱れんばかりの竜胆(りんどう)二人。 村田東庵:しかし、何度も虎口(ここう・大きな危険)を脱した二人とあって、目的を確実に遂行するための方策がその身にしっかと備わっている。 村田東庵:波打つ熱の裏側で、悪を許さぬ氷の刃(やいば)がゆらめいていた。  : 0:【場面転換】  : 片栗:〈N〉この時代、農村の夜は早い。一家の働き手は、とっぷりと日が暮れたなら、そのほとんどが寝床に入っている。わずかに火を灯し、内職に励む母親たちを除き、夢を見る間もなく深い眠りに落ちているのである。 片栗:しかし、その夜(よ)は、月も眠らず煌々(こうこう)と村を照らし続けている。その青白さを顔に映したかのように、寝ているはずの家族がうめき、苦しみ出したのであった。  : 村田東庵:おかみさん、すると村の様子はこのようだったのですね。「夜、あちらこちらで吐いた者がいる」。また「熱を出したり、泡を吹いたりして、苦しみ出した者もいる」。そして、とりわけ「村の西寄りで暮らしたり、朧の杜(おぼろのもり)の側(そば)で野良仕事をしている家のものが苦しんでいる」と。 母親:〈詠兼役〉へぇ、その通りでさぁ。…ただ、うちらぁ先生さまのようには、ものごとがわかりませんから…   村田東庵:いいえ。それだけ分かれば打つ手も見えて参ります。おかみさんのぼん(息子)の様子も早く見て差し上げなければ…さて、村につきました。おかみさん、元気な方々でお湯を沸かしてください。それから手拭いをありったけ集めて。 母親:〈詠兼役〉わかりました、先生さまの言われる通りに。 村田東庵:みなさん、東庵が参りました! お体のことはお任せください! 村田東庵:だから落ち着いて! ぴんとしている方々、こちらでお手伝い願えますか! 村田東庵:あぁ、あなた。名主(なぬし・村の代表)がお元気ならお出まし願ってください。 母親:〈詠兼役〉先生さま、湯が沸きまして… 村田東庵:それはありがたい! では集めた手拭いを大鍋一つ分、煮出してください。 村田東庵:それから、井戸の水を少しずつ汲んで来てください。村にある井戸すべてからね。 母親:〈詠兼役〉へぇ、すぐに。 村田東庵:わたしは先におかみさんのところへ行って、ぼんを見ておきますから。 村田東庵:あぁ、おかみさん、井戸の水は、どれがどこのか分かるようにするのを忘れずに! 村田東庵:【言いながら、かけていく東庵】 母親:〈詠兼役〉へえ!   : 片栗:〈N〉筵(むしろ)に寝かされ、うなされているぼんの元に辿り着くと、枕元に嘔吐(もど)した跡がある。 片栗:東庵は皿を取り出すと板切れでそれを集め、懐から取り出した紙片(しへん)を差した。一寸ほどのその紙はすぐに色を変えた。それを見た東庵は眉をしかめるも、どこかほっとしている。  : 村田東庵:〈M〉よかった。確かに毒物には違いないが、これなら余程でなければ死にはしない。 村田東庵:ひとつめの関(せき)は越えたか…。ふぅ… あのお二人もそろそろお出で下さるだろうか。 母親:〈詠兼役〉先生さま、わしんとこの子はどうでしょうか【心配そうに】 村田東庵:あぁ、おかみさん。お心を安らかに。水に中(あた)ったのです。で、…その水ですが… 母親:〈詠兼役〉へぇ、村には三つ井戸がごぜぇまして、茶碗に汲ませてめえりやした。【三つの茶碗を置く】 母親:左のが村の端(はし)ので。こちらが名主(なぬし)さまのそばの井戸。 母親:右に置いたのが先生さまのおところに出る道の、手前にある井戸の水でごぜえますだ。 村田東庵:おぉ、ありがとうございます。  : 片栗:〈N〉再度紙片を取り出し、三つの茶碗に浸けていく東庵。見ると右端の茶碗だけが先ほどの紙片のように色を変えている…。そこへ村の名主(なぬし)がやってきた。危急に駆けつけた東庵に礼を述べ、善後策を尋ねている。村のおかみさん連中も集まってきた。その様子を見て思案顔になる東庵…。東庵もまた、頭の中で敵と戦っているのであった。  : 村田東庵:それでは名主さま、いま申しました通りにお願いします。体の良くないものは名主さまのお宅の土間(どま)と板間(いたま)に寝かせてあげてください。それからおかみさん、熱を出したりしているのは、旦那さん方が多くはないですか? 母親:〈詠兼役〉へぇ、その通りです。 村田東庵:【はっとして】誰か、田んぼの用水からも水を汲んで来てはもらえませんか! 詠:【駆けてくる】せんせぇ〜! 東庵先生、東庵先生はいなさるかねぇ〜! 村田東庵:あぁ、お詠さん…。わたしはここにおりまする〜〜! 詠:あぁぁ〜、よかったよぉ、東庵先生っ。それでここはどの様な状況ですかね? 片栗:〈N〉東庵は駆けつけた詠と阿武の服装に目を遣る。その手には明らかにそれと分かる薬箱を携えている二人を見ても、東庵は何も尋ねない。   村田東庵:村はこの通りの有様です。どうやら毒を入れられてしまったようなのです。 村田東庵:ただし附子(ぶし・トリカブトの猛毒)ではない。何事もなければ、薬湯で症状は治(おさま)りましょう。 阿武:それはよかった。手前どもの方でも「宝」が奪われましてね。 阿武:今から形(カタ)を取り立てに行って参りますよ。 村田東庵:何ですって!? お詠さん、阿武さん、それでは… 詠:【東庵を制して】いやいや東庵先生、前にも申しましたでしょう。 詠:先生には先生にしかできないお務めがありますよってね。 阿武:そうでございます…。村のみなさんも、先生が頼みなのですから。 詠:今は、この人たちのためにも気を漫ろ(そぞろ)にしちゃなりませんよ。 村田東庵:はい。そうでした…。その通りですね、わたしは己(おの)が務めに向き合いましょう。それで、お詠さん阿武さん。村の井戸なのですが…  : 片栗:〈N〉折よく戻った青年が用水の水を東庵に手渡す。そこに浸けた件(くだん)の紙片は先ほどまでとは違う色に染まっていく。 片栗:「ここも毒されたか…」苦虫を噛み潰したようになりながらも「附子(ぶし)ではありません」と告げつつ、東庵は村の井戸の位置と「不及池(およばずがいけ)」の用水についてお詠と阿武に伝えた。 片栗:その範囲は東庵の養生所を挟んで東西一里(いちり・日本里は約4キロ)ほど。否が応(いやがおう)でも東庵の顔に翳り(かげり)が見える…  : 詠:【小声で】すると何かい? 何者かが、井戸と用水に毒を入れたってんだね。 詠:附子(ぶし)じゃないってことは……ん。毒ゼリかねぇ。 村田東庵:!? お詠さん、あなたは一体… いえ、今はそのような時ではない。 村田東庵:そうです。一つはその毒ゼリ。もう一つはそれに似て非なるもの「毒人参」です。 阿武:毒人参ですと?【付近を慮り大きな声ではない】 詠:おや、阿武。何か知っているのかい? あたしゃ初耳だよ… 阿武:東庵先生、それは舶来(はくらい・海外の産物)ではないですか。 村田東庵:そうです…もはや何を聞いても驚きませんよ。 村田東庵:附子(ぶし)ではないにせよ、こちらは少し厄介なものでしてね。 村田東庵:【戸口から村に目を遣る】 詠:阿武、薬籠(やくろう)を先生に。【渡したのを見て】うん。 詠:…先生、ここにね、うちにある「十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)」「柴胡剤(さいこざい)」「黄連解毒湯(おうれんげどくとう)」をありったけ持って来たからね。使っておくんなさいね。 村田東庵:そ、それは!? 【かぶりをふる東庵】 村田東庵:いや、恩に着ます。お詠さん、阿武さん。ありがとう…。 阿武:先生、思うところは後日にしましょう。今は…ね。 阿武:【村の人を振り向いて】先生からお聞きの通り、水に中(あた)ったようです。 阿武:今から先生がお薬湯(やくとう)を用意してくださいますからね。もう大丈夫ですよ。 阿武:ちょいと苦いですが、しっかり飲ませてくださいね。 村田東庵:…えぇ、そうですね。 村田東庵:【吹っ切れた様子で】みなさん、お薬湯を作りに行きましょう。 村田東庵:飲むと下痢と嘔吐を催しますが、それでいいですからね。私を信じて! 村田東庵:安心してどんどん出してください! 体から、悪いものも一緒に出て行きますからね。 詠:〈M〉よし。先生はもう大丈夫だね。 詠:〈以下、セリフ〉では先生。わたしらはきっちり取り立ててきますからね。 阿武:申し訳ありませんが、東庵先生、あとはお願いいたします。 阿武:【雰囲気を変えて】 阿武:〈以下、M〉村の衆に、我らが宝。その苦しみを彼奴(きゃつ)らにも味わわせてやろう…。己(おの)が所業、とくと省みるがよい。  : りん:〈N〉もはや人目も気にならず、手にした頭巾(ずきん)で顔隠し、得物(えもの・得意とする武器)の柄(つか)に手を乗せて、直走(ひたはし)りに走って向かうは敵がうごめく「朧の杜(おぼろのもり)」。 りん:早春の月夜に散るは、ヒガンザクラの花びらか、はたまた悪の徒花(あだばな)か。竜胆二人の緊張と集中は、もはや猛禽のそれである。  : 野伏:〈阿武兼役〉お頭、ついに奴(やっこ)さんらが参(めえ)ったようですぜぇ。すげぇ勢いでこちらに向かっているとのことで。まずはあっちら野伏組(のぶせりぐみ)が手前に潜んで仕掛るとしまさぁ。 末藏:おぉう。おめえに任せたぁ。儂(わし)ゃあ片栗のところでコレに火をつけ、「その時」を待つとするかぁ。いいぃか、野伏(のぶせり)ぃ、常闇の長治(とこやみのちょうじ)を相手にすると思えぇ。気ぃぃ抜くんじゃぁねぇゼェ。 野伏:〈阿武兼役〉わかってまさぁ。…お頭、ご武運を。 末藏:へっ、おめぇもなぁ。  : りん〈N〉こちらは片栗組の持ち場。おりんを繋いだ縄を手にした片栗が、一際大きなエドヒガンザクラの樹上に立っていた。  : 片栗:ふぅん。やっぱりお前、喋れないんだねぇ。不憫(ふびん)なこった。ちっとこいつで試してやろうじゃな・い・かっ。  : りん:〈N〉そう言いながら、おりんの細腕に小さな針を突き立てる片栗。それでもおりんはうめき声一つ立てず、涙も見せない。  : 片栗:ほぅ。お前は筋金入りだねぇ。ふぅん、それなら、その猿轡(さるぐつわ)外してやろうじゃないかぇ。お前がいつ泣き立ててくれるか。ふふふ…あぁ楽しみだねぇ。早く泣かせてみたいねぇ。ふはははははっ…  : りん:〈N〉すっと外される猿轡(さるぐつわ)。音を立てない片栗の所作(しょさ)同様に、おりんも微動だにしていない。その瞳(め)に宿るものは生気なのか、それとも諦観(ていかん)なのか。背後から照らす月明かりの陰になり、おりんの顔は伺えない。  : 末藏:おぉう、片栗(かたくり)ぃぃ。その童(わらし)が例の娘(むすめ)かい。 末藏:ヨォしぃぃぃ。早速「これ」の的にしてくれようじゃぁねえかぁぁぁ。げっへっへっへぇ…。【遠町筒(とおまちづつ・遠距離用の火縄銃)を構える】  : りん:〈N〉わが身に狙いを立てられても、りんが声を出すことはない。また、唇を食いしばるでもない姿を見て、末藏は手にした遠町筒(とおまちづつ)を下にさげた。  : 末藏:チッ、なんでぇ。喋れねぇってなぁ間違いじゃぁねえんだなぁ。へっへ…。まぁ、それならそれで静かでええわい。   片栗:そうみたいですねぇ。わたしもさっき針を立ててみたんですがね。この通り、うんともすんとも言いやしませんでしたよ。 末藏:何? 針ぃぃ。まったく可哀想(かええそう)なことをしくさるわ。ぐわっはっは…。 末藏:片栗ぃ。儂(わし)ゃぁ、向けぇの樹から、獲物を待つとすらぁな。 末藏:いつも通り、一発で仕留めるぜぇ、「こいつ」でよぉぉぉ。 片栗:わかりました。うちの手下(てか)は下に潜ませておきましょう。 片栗:こちらも抜かりなくやりますよ。 末藏:あぁぁ、任せたぜぇ、片栗(かたくり)ぃぃ。ぐぁっはっはっは…  : りん:〈N〉こちらは「朧の杜(おぼろのもり)」手前の用水路。大きな石二つの間に、これ見よがしに入れられた樽(たる)がある。竜胆二人は遠目にそれを見つけるも、すぐには近づくことはなく、まずは反対側の樹の裏に身を隠した。  : 詠:どうだい、阿武。どれくらいの数を感じる? 阿武:そうですねぇ、詠さま。ひぃ、ふぅ、みぃ…ふむ。六つですな。 詠:おっ、阿武。あたりだねぇ。 阿武:さすがは詠さま。わたしは里にいる頃から詠さまには敵いませなんだからなぁ。 詠:ふふふ。そうだねぇ、阿武。望ましくはないけどね、あの頃にちょいと戻るとするかねぇ。ここはお前に任せて、あたしゃぁ、先を急ごうか。 阿武:えぇ、そうなさいまし。私も修羅(しゅら)の道に舞い戻るといたしましょう。  : りん:〈N〉詠が進むのを見送った阿武。おもむろに懐(ふところ)から小さな火薬玉を取り出すと火をつけ、樽を見つけたあたりに勢いよく転がした。  : 阿武:〈M〉さてさて…何が釣れるか。こやつらには、もはや慈悲は必要ない…。  : りん:〈N〉シュオォォォという音と共に閃光を迸(ほとばし)らせる火薬玉。 りん:付近を照らす光の中に、阿武は目ざとく揺らぎを見つけていた。 りん:「竜胆の防人(さきもり)」に捉えられた獲物が逃げ切ることは、決してない。 阿武:こっちだ【斬りかかる】…。 阿武:〈以下、M〉まずは一匹。…次は右手、三間(さんけん・一間は1.8mほど)先にひとり…いや、ふたりか。 りん:〈N〉阿武の動きに敵が合わせてくることはなかった。月明かりに照らされぬようにしながらも、その動きは迅速そのものである。阿武の刀は的確に相手の玉の緒を断っていた。 阿武:…ふむ、これで三匹。…あとは左手、十間(じっけん)向こう、か。  : りん:〈N〉次々に斬り伏せられる仲間に気づき、やっとその他の取り巻きにも動揺が見られる。侮り(あなどり)はせぬまでも、やはり多勢に無勢。数に勝る者たちはどこか緩みがちである。 りん:阿武が苦無(くない)を二本投げると、すぐに二つの影が倒れた。阿武の判断に誤りはなく、その手に一切のためらいもない。  : 阿武:【相手の後ろにすっと降り立つ】…おい。お前が最後の一人のようだ。運がよかったな。番所で洗いざらい吐いてもらうぞ。ふんっ。  : りん:〈N〉阿武は相手を気絶させると手早く縄でくくりつけ、茂みに隠すと音もなく駆け出した。  : 詠:〈M〉さてと、こっちも樹の上や獣道(けものみち)の奥に気配があるねぇ。近いところから順に相手をしてやるとするかね…  : りん:〈N〉お詠が付近の相手を片づけている間(ま)にすっと近づくものがいた。今回の毒水(どくみず)騒ぎを仕組み、実行した野伏(のぶせり)その人である。  : 野伏:〈阿武兼役〉〈M〉見ぃつけたっとくらぁ。あの小娘が常闇(とこやみ)の旦那と同じ腕、ねぇ。そう言われてもこの目で見るまで半ば信じられなかったが…。ここまで早くうちのもんがやられるとなりゃぁ、考えを改めにゃあなるめぇな…。 詠:〈M〉この気配…。随分と低いところに殺気が広がっているねぇ。ふぅん。変わったのがいるもんだ。ただねぇ、一人でこれだけ気を撒き散らしちゃぁ、うぶなやつしか誤魔化せないだろうさ。 野伏:〈阿武兼役〉〈M〉あっしがねぇ、なんで「のぶせり」なのか教えてやろうじゃねえか… 詠:〈M〉うん? 動いたね。いいよ、相手をしてやるよっ。  : りん:〈N〉地を走る気配に合わせて放たれる三つの飛び苦無(くない)。敵が漏らす殺気を追尾するかのように、地を走る野伏目掛けて飛んでいく。  : 野伏:〈阿武兼役〉〈M〉おっと、飛び道具たぁ、甘く見られたもんだ。こんなもんでやられる野伏じゃぁねえや。  : りん:〈N〉進んでは止まり、止まっては飛び移る野伏。詠の苦無(くない)は虚しく空(くう)を突いた。  : 野伏:〈阿武兼役〉〈M〉まずはひとぉぉつ。よっと。  : りん:〈N〉詠の苦無は二つめ、三つめと野伏の移動先を見越したかのように飛んでいく。  : 野伏:〈阿武兼役〉〈M〉ほう。どうしてどうして、奴の飛び道具もなかなかだぁ。 野伏:あっしの地走り(じばしり)に合わせて投げてくるたぁなぁ。 野伏:でもなぁ、飛び道具じゃあっしは仕留められねぇよ…。ほらよっと。 野伏:…ん? 奴の気配が、ど、ど、どこにもねえ… りん:〈N〉野伏が己の業(わざ)に酔っている間(ま)に、距離を詰めた詠が上から見下ろしている。   詠:なぁ…お前かい? 毒をまいたのは?   野伏:〈阿武兼役〉んあ? へへへ…そうよ。あっしの仕事ヨォ。 野伏:どうでぇ。なかなかによい効き目だろう?    詠:ふぅん、おまえ、隠そうともしないんだねぇ。 野伏:〈阿武兼役〉そりゃぁ、おめぇ、仕事は誰かに誇りてぇじゃないか…。   詠:誇る? …おまえは何か履き違えちゃいないかい? …ふんっ   野伏:〈阿武兼役〉ぐわぁぁぁぁ……。  : りん:〈N〉仰ぎ見る野伏(のぶせり)が次に見たものは、生き物のように襲いかかる詠の刀だった。野伏は詠が投げた苦無にそこまで誘(いざな)われていたのである。それに気づかぬ程度の力では、もとよりお詠に敵うはずもない。  : 詠:〈M〉ふんっ、たわいもない。しかし、毒の利用に変則的な身のこなし…。 詠:こいつら忍び崩れかねぇ…。それにしちゃぁ、詰めが甘い、か。  : 村田東庵:〈N〉先を急ぐ詠だが、まだ呼吸ひとつ乱してはいない。目の前に広がる「不及池(およばずがいけ)」の向かいには篝火(かがりび)が焚(た)かれた陣幕があった。  : 詠:〈M〉へぇ、ここに陣を張るってかい? こりゃもう合戦(かっせん)もどきだねえ。 詠:もっとも相手をとっちめるのに、闇討(やみうち)も合戦もないがね。…ん? 幕に書いてあるのは何だろうか…。 阿武:詠さま、お待たせしました。水路の樽は回収しておきましたよ。一舐め(ひとなめ)しましたがね、どうやら毒人参の水を作って少しずつ樽から流れ出るように細工したようですな。 詠:そうかい、ありがとうよ。でねぇ、阿武。あの陣幕はなんだと思う? 阿武:ん、何やら書いてありますなぁ…ほう「黒脛巾(くろはばき)」ですか。なんとなんと。 詠:ふぅ。さっきねぇ、ちょいと動きのかわった毒使いを仕留めておいたがね。忍び崩れかと思ったが、どうやら思い過ごしのようだよ。 阿武:違いありませんな。真(まこと)の忍びなら、あのように大書(たいしょ)するはずがない…【苦笑】 詠:ありゃぁ、きっと罠(わな)だろうねぇ。ま、いいさ。飛んで火にいるなんとやら、だ。蝶にでもなって、ちょいと行ってくるとしようかね。 阿武:詠さま、向こうからきな臭い気配がします。お気をつけくださいましよ。 詠:なんだい、阿武? 今宵はやけに過保護だねぇ。ははは。 詠:…この分なら、きっとおりんもあの辺りだね。…早くおりんを迎えてやろうじゃないか。 阿武:はい、そういたしましょう。私は三十間(さんじっけん)ほど手前で様子を見ておきます。 阿武:頃合いを見ておりんさんに近づきますゆえ、お任せあれ。 詠:あぁ、うちの宝、頼んだよ。  : 村田東庵:〈N〉抜き身の得物(えもの)を右手に握り、陣幕に近づいたお詠。篝火(かがりび)に浮き上がる影はゆらめきはしても、大きな動きを見せることはない…。つまらぬ仕掛けだ、とばかりに一瞥(いちべつ)をくれると、お詠はやおら向き直り、大きな声を上げたのである。  : 詠:【緊迫感はない。平常のように】 詠:おぉぉ〜〜〜〜い、おりぃぃぃぃいぃん! お詠さんが迎えに来たよぉ。どこだぁぁぁい? 末藏:〈M〉ひっひっひぃぃぃ。獲物(えもの)がかかった、かかったわいぃぃ。そのように目立つところに立ちゃぁがってぇ…。狙ってくださいと言わんばかりじゃぁねぇか。 詠:おりぃぃん! お詠さんだよぉぉ! 片栗:おいおい小娘。お前の迎えの女、気は確かかい? あんなに大声を上げちまってさぁ。わたしら皆に襲って欲しいのかねぇ。はっ【冷笑】どうかしてるよ。 末藏:〈M〉そうだそうだ。そのまままっすぐ歩きやがれぇ。地獄の一丁目まで、たったの五歩よぉぉぉ。 詠:うちで美味しいごはんが待ってるよぉぉ。あたしと一緒に帰ろうじゃぁないか。 詠:…ん? あぁそうかい、大事なことを忘れていたねぇ。 片栗:ははは… やはりあいつぁ、どうかしているね。戦いの場で素人丸出しじゃぁないか…。 片栗:何だぃ? 大事なこと? この期に及んでなんだってんだ…。 末藏:〈M〉ひとぉぉつ。ふたぁぁつぅぅ。みぃぃぃっつぅぅ。そうよ、そうよ、そのまま足を進めりゃぁええのよ。儂(わし)が一息に仕留めてやらぁぁな。 詠:さっさとうちに帰って、湯浴み(ゆあみ)をするよ。軽く食べたら一眠り。 詠:ふふふ…それでねぇ、明日は「梅屋」に行こうじゃあないか。どうだい、おりぃぃん! 片栗:ん? 「梅屋」? あいつは何を言ってんだい? まったく狂ってると言うしかないねぇ…。 片栗:何だい、小娘。何を笑ってんだ? あんたらは、今、置かれている状況って奴がわかっているのかぃ!  : りん:〈N〉おりんは思った。自分は一人だが、孤独ではない。目の前にお詠がいる。きっと近くに阿武も来ているだろう。見上げればまんまるお月さんが、こちらを見ていた。「朧の杜」で、ここまで綺麗に月が見えるのも珍しい。 りん:おりんは考えた。これまで流れに身を任せ続けてきた自分の身の上を。親の足枷となり、今また、お詠を危険な目に合わせてしまっている…。 りん:幼いながらも、左平次と左馬の関係が歪(いびつ)だったことは分かっていた。それはなぜだったのか。なぜ、そうなってしまったのか。…そう。それは、自分がいたからだ。母親(または父親)を苦しませたのは私だ。自分は、求めてはいけない人間なのだ。求めれば母親(または、父親)が追い込まれてしまう。…これまで何度も何度も繰り返した自問自答が、此処でも脳裏を過(よ)ぎっていく…。  : 末藏:〈M〉ぐへへ…よぉぉっつっぅう。ほれほれほれぇ…あと一歩。あと一歩でええのよ。早く足を踏み出しやがれぇぇ。  : りん:〈N〉自分は、存在してはいけないのかもしれない。いれば、誰かを苦しめることになるのだから。…行き着いた答えと、自分を求めるお詠の声の間で、気持ちがせめぎ合う。  : 片栗:残念だったねぇ、小娘。迎えの女はここに来られゃぁしないよ。あの女のところに、蝋燭(ろうそく)を置いた石が見えるだろう。あそこが黄泉(よみ)の出入口。あの女こそ常世(とこよ)からの迎えに連れていかれるのさ…ふふふ。  : りん:〈N〉今の暮らしは仮初(かりそめ)のもの。いくらよくしてもらおうが、いくら楽しみなことが起ころうが、それはきっと自分のものになってはくれないのだ。…だから、顔で笑って心は抑えた。得ようとしてはならない。心まで浮かれてはならない。そうしなければ、そう考えなければ、それを失う辛さに耐えられるはずがないのだから。 りん:母親(または、父親)を亡くしたと聞いたとき、浮世も色を失った。その後しばらくの間の記憶もない。…でも一つだけ、この身に染みて覚えていることがあった。それは、温もり。…自分を暗い淵の底から抱き上げてくれるかのような、そんな温もり。  : 片栗:あれあれ…篝火(かがりび)を焚(た)いた陣幕なんぞにその身を映してちゃあ、命がいくつあっても足りないよ。はぁああ、傑作だねぇ。  : りん:〈N〉その「温もり」が何なのか、どこから来たのか、今ならはっきりと分かる。この前、東庵先生のところで、もう一度それに包まれたから。 りん:りんは思う。「お詠さんを死なせてはいけない」  : 片栗:あぁ、そうだ。あの女が倒れたら、お前も後を追わせてやるからねぇ…。まぁ安心おしよ。ふふふ…。  : りん:〈N〉おりんが再び月を見上げたとき、耳の奥に懐かしい声が聞こえた気がした。「本当はどうしたいんだい、お前は?」おりんははっとする。 りん:「わたしはお詠さんが好きだ、阿武さんが好きだ、東庵先生が、新五郎さんが、重さんに、政さんも。政さんは苦しんでいるだろうな。わたしがさらわれてしまったから。みんなでここから帰らなきゃ…」おりんの心の臓(しんのぞう)がトクトクトクと鼓動を早めていく。  : 詠:おりぃぃぃん。心配おしでないよぉ。なんたって、お詠さんのお迎えだからねぇ。 詠:そのうち、歌舞伎の演目にでもなっちまうかもしれないよぉ。ははははは…  : りん:〈N〉自分は左平次の屋敷に囚われていた。それがこのような暮らしをするようになるなど、想像できただろうか。確かに親は喪(うしな)った。わが身を顧みず、自分のために尽くしてくれた親心。それを亡くしてからは、胸にうつろなものが広がった…。 りん:でも今はどうか? 今日の今まで、私を私でいさせてくれたものは何なのか?   : 片栗:…歌舞伎だって? …はぁぁ。ありゃだめだ。命の遣り取り(やりとり)ってもんがわかっちゃないね。馬鹿だよ、馬鹿だ。…そう考えりゃ、お前もやっぱり不憫なのかもねぇ…  : りん:〈N〉おりんはそっと胸に意識を寄せてみる…自分の真ん中にあるものはなんだ。自分のこれからを照らすものはなんだ。わたしはどうしたい…… そうだ、わたしは!  : 末藏:〈M〉いつぅぅつぅぅ! 〈以下、セリフ〉ギャハハあぁぁぁ! かかったなぁぁ、女ぁぁぁぁ! りん:来ちゃだめぇぇぇぇ!  : 村田東庵:〈N〉タァァァァァン…… 耳をつんざく射撃音が止むと、あたりに静寂(しじま)が広がっていく。その間際、どさっと倒れる音が聞こえた。  : りん:お詠さぁん! いやぁぁぁぁぁぁ!!   片栗:何だい!? …お前、声を出せたのかい? まったくびっくりだよ。 阿武:ほう、驚かせてしまったかい? …それは悪かったね。 片栗:んっ? だれだぃ…ぐ【不意に現れた阿武に当身を入れられ意識を失う】 りん:あ、ん、の、さん??? 阿武:おりんさん、よく頑張りましたね。お迎えに上がりましたよ。 阿武:いやはや、またもや怖い思いをさせてしまいましたね…。申し訳ありません。 りん:阿武さん… お詠さんが、お詠さんがぁぁ…  : 村田東庵:〈N〉阿武は当身を食らわせた片栗を縄で手早く縛ると、肩を震わせるおりんをそっと抱き寄せた。  : 阿武:おりんさん、うちの詠さまはね、それはそれは美しく、そして、こわぁぁいお人なんですよ。 阿武:ははは。それはそれは怖いんだ。特に悪ぅぅいお人にとっては、ね。 末藏:ぐわははは! とった。とれたじゃぁねえか、なんだ大したことのねぇ。 末藏:おぉぉいいぃ、片栗(かたくり)ぃぃ、死に様を見てこぉぉいぃ。 末藏:んぁ?…おぉい、片栗ぃぃ……なんでぇ、どうしたってんでぇ…   阿武:詠さま、そろそろ、ようございますよ!  :  村田東庵:〈N〉おりんの無事を確かめた、遠慮斟酌(えんりょしんしゃく)のないお詠の業(わざ)が末藏をすでに捉えている。  : 末藏:どこでぇ、あいつぁどこにいった? 確かに倒れやがったのよ。儂(わし)がコイツで外すわけがねえや。この儂が… 詠:一体、誰を探してんだい?  末藏:何ぃっ!? お、お前(めぇ)は…。くぅっ! 末藏:【刀を抜いて構える】 末藏:よ、よ、よぉぉし、もう一回、殺してやろうじゃぁねぇかぁぁ!   詠:元気がいいのは結構だがね。こちらの気配も読めないようじゃぁ、とてもじゃないが、成れやしないよ。ふん。 詠:【背後から刀をあてがう】   末藏:ぐっ、刀ぁ… な、成れねぇって、何のことだぁ? 詠:大方、忍びに恋焦がれてんだろう? だめだね、あんたは見込みなし。 詠:「黒脛巾(くろはばき)」なんてご大層な名を騙(かた)ってんじゃあないよ。 末藏:くっ、うるせえや…。お、おめぇに何が分かるってんだ【怒】? 詠:分かるつもりはさらさらないね。喉(のど)に刃を突きつけられて、それだけ喋れるなら、まぁいいさ。三途の川の渡賃(わたしちん)くらいは出るだろうよ。 末藏:けぇっ。さっさとやりやがれぇ! 詠:なぁ、あんたは一体どこの手のものだい? 末藏:はっ知らねえな。 詠:ふぅん。ま、いいよ。一味の者から聞くとするさね。さて、と。あんたは苦界(くがい)に送り込んでやるとしようか。せいぜい、あの世で「黒脛巾(くろはばき)」に詫びてきな…【刀を一振り】 末藏:あぁぁ…成りたかった…ぜぇ…ぐふ…【息絶える】  : 村田東庵:〈N〉真一文字に振るわれた、お詠の刀は三途の川への橋渡し。哀れ末藏、忍べど忍べず冥土の飛脚に追い立てられて、未練を供に、黄泉路(よみじ)へ向かう。  : 阿武:詠さま、よくぞご無事で。おりんさんもここにいなさいますよ。 阿武:さぁさ、おりんさん、お行きなさい、お行きなさい。 りん:お、え、い、さん……。おえ、いさん、お詠さん、お詠さぁぁぁん! りん:【駆け寄るおりん】 詠:おりん!! さっきは助かったよぉ。ありがとうね。 詠:でも、悪かったねぇ、ごめんよ。私らのせいで、何度も何度も恐ろしい思いをさせちまって…ねぇ。   りん:ぐずっ…ひぐっ… わ、わたっ、わたしのほうこそ、ごっ、ごめ、ごめんなさぁぁぁい。   阿武:何を言ってるんですか、おりんさん。 詠:そうだよ、おりん。あたしらぁ、みんなで背負っていこうじゃないか。みんなで、ね。  : 村田東庵:〈N〉やはり責められはしなかった。それどころか、こんな自分を受け入れてくれた。ふとすれば、飛んで消えてしまいそうな自分を、ここで、また抱き留めてくれた…。 村田東庵:もうだめだ、もう堪(こら)えきれない…。おりんはしゃにむに、お詠に抱きついた。力強く、力強く。もう離してくれるなと祈るように…  : りん:……うっ、ぐっ…うわぁ、うわぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっんんんんっっ!  : 片栗:〈N〉おりんの涙と泣き声は、嬉し涙か安堵の声か。これまで抱えた借財分(しゃくざいぶん)も払っちまえと言うように、お詠の胸に顔を埋(うず)めて泣き続ける。お詠は何も言わず、ただ、おりんを抱きしめ、優しく頭を撫でるのであった。  : 阿武:おりんさん、よかったねぇ…【涙声】 阿武:…詠さま、私は先に、番所に行ってお役人を呼んで参ります。詠さまは、おりんさんと東庵先生のところへ戻っておいてくださいましね。 詠:あぁ。頼んだよ、阿武。  : 片栗:〈N〉村では、東庵を中心に元気なものが夜通し働いていた。東庵たちの戦いもまた佳境を迎えている。お詠の持ち込んだ薬湯も何とか行き渡り、幾分(いくぶん)落ち着きを取り戻している様子である。そこへお詠とおりんが戻ってきた。  : 詠:さぁさ、おりん、東庵先生のお手伝いだ! 言うことをよく聞いて、しっかりお師匠(ししょ)さんのために働くんだよ、いいね。 りん:はいっ! お詠さん。東庵先生、なんでもやります。何からやればいいですか? 村田東庵:!? お、お、おりんさんっ!?  詠:東庵先生ぇ…? お・つ・と・め。   村田東庵:【はっとして】そ、それでは、この薬湯を名主さまのところに届けてください。先ほど東庵が伝えた分だと。土間に寝ている人たちに飲ませる分だ、とね。 りん:はいっ! すぐに行って参ります。 …お薬湯(やくとう)…土間の人…お薬湯…土間の人… りん:【ぶつぶつ言いながら出ていくおりん】 詠:ぷっ、はははっ。いいねえ、おりんは可愛いねぇ…。 詠:さてと、東庵先生、あたしゃぁ何をすればいいのかねぇ?   村田東庵:「ものぐさ」で名を馳せたお詠さんが手伝ってくださるなら百人力ですよ【笑う】 村田東庵:それではこちらの薬剤をそこの薬研(やげん)で… ってお詠さん、どうしました? 詠:ははは、いやね、冗談が言えるようなら、もう大丈夫だと思ってね。【カラカラと笑う】 詠:こちらはひとまず片付きましたからね。朝までは村のために尽くしましょうよ。 詠:…先生の話は、ここが明けてからで良さそうですよ、どうやらね。 村田東庵:お詠さん… 本当、あなたには敵いませんね。私のことまで覚えておいでとは… 村田東庵:よしっ、疲れなんてどこかに飛びましたよ。  詠:あれあれ、先生。まさか、この程度で疲れちまったのかい?   村田東庵:え、いやですねぇ。言葉の綾(あや)じゃあないですか。【照れ笑い】   詠:はいはい。ふふふ。あ、先生、名主(なぬし)さまがお見えですよ!    : 村田東庵:〈M〉黒脛巾(くろはばき)一味は番所から駆けつけた役人に引っ立てられ、怪我人・死人は台車で運ばれることとなりました。井戸の毒袋と用水の毒樽(どくだる)はご公儀に回収され、調べを受ける手筈(てはず)となっております。 村田東庵:生き残った者からどのような話が飛び出すか。そして、何より、このような大事件を引き起こしてしまった責任を、私はどう請け負うべきか…。空は晴れても、胸の内は暗いままだったのでございます。  : 片栗:〈N〉事件から三日後の夕刻。阿武に連れられたおりんが東庵の養生所を訪れてきた。   阿武:ごめんくださいまし。本日から、またおりんさんをお願いいたししますね。あのようなことの後でお疲れでございましょうが…、ここは一つ、よしなに願います。 りん:東庵先生、大変なことの後なのにごめんなさい。でも、よろしくお願いします。 りん:【礼儀正しくお辞儀をするおりん】   村田東庵:えぇ、それはかまいません。お役人からのお呼び出しにも、まだ時がかかりそうですしね。 村田東庵:ただ、これもいつまで続けていられるか… 阿武:その件でございますがね、先生。うちの詠さまが、東庵先生とお話ししたいと、そう申しておるのでございます。 阿武:いかがでしょう。今宵、おりんさんが帰る際、一緒にお出まし願えませんでしょうか。 村田東庵:実は私の方でもお詠さんと阿武さんに聞いていただきたいことがございました…。こちらこそ願ってもない機会を頂戴できてありがたいことです。 阿武:ははは、それはようございました。それでは先生の分も夕餉(ゆうげ)をお作りしてお待ちしておりますよ。 阿武:先生とは一度、腹を割って話してみたいと、詠さまと話しておりましたのでね… 村田東庵:腹を割って…【阿武をまっすぐに見据えて、笑顔になる】 村田東庵:えぇ、ご造作(ぞうさ)をおかけして申し訳ないが…よろしくお願いします。   阿武:それでは、おりんさん、またお迎えに上がりますから、しっかり習って、先生のお手伝いをしてくださいましね。   りん:はい! がんばりますっ【ニコニコ】  : 詠:〈M〉東庵先生を取り巻く事件のあらましと、そも東庵先生とは何者なのか。私たちのもう一つの顔を、動じながらも受け入れたのはどうしてか。という二つの疑問。 詠:おりんを通して培った信頼と感謝に嘘偽りはないけれど、ね…。ここらで一度洗いざらい聞いてみるとしようかねぇ。 詠:ははは。まぁ、得体の知れないのはこっちも同じだろうさ。 詠:さぁさ、夕餉(ゆうげ)の仕度をしようかね。  : 片栗:〈N〉「黒脛巾の末藏(くろはばきのすえぞう)」一味を捕らえたものの、その吟味はすぐには始まらないようだ。次第にその身を細めていくお月さんはやわらかく道を照らしているが、裏でうごめく何者かの姿はまだ浮かび上がってこない。  :  : 0:作者も思わぬ長編振りにお付き合いくださりありがとうございました! 0:楽しんでいただけたら幸甚に存じます。

仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:『殯(もがり)の笛と、りんの言の葉〈急〉』 仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:① 人物の性別変更不可(ただし演者さまの性別は不問です) 仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:② 話の筋の改変は不可。ただし雰囲気のあるアドリブは大歓迎 仕掛屋『竜胆』閻魔帳〜的之参〜:③ 場面の頭にある〈N〉の声質はご自由にどうぞ。 詠:詠(えい)。小間物(こまもの)・荒物(あらもの)、よろず扱う『竜胆庵(りんどうあん)』店主。今回はさすがのものぐさクイーンも鳴りを潜める!? 愛しいものを守るため、熱く冷たく駆け巡る。兼役に「母親」があります。 阿武:阿武(あんの)。年齢不詳。詠に付き随う豪のもの。闇に紛れて行動できる謎の人物。詠の出生の秘密も知っている。今回は冷徹な一面を再び見せる。兼役に「野伏」があります。 りん:シリーズ〜的之壱〜で詠に斬られた「左馬(さま)」の娘。あの日以来、声が出ない。九歳〜十一歳ほどを想定しています。今作でやっと… 村田東庵:村田東庵(むらたとうあん)。長崎にて蘭方(らんぽう)医学を修め、医師としては抜群の腕を持つ。が、とある村落の近くで養生所(診療所のこと)を営む奇特な先生。奥医師 半井(なからい)祐笙(ゆうしょう)から番医師として殿中に仕えるよう誘われているが、断り続けている。兼役に「政(まさ)」 黒脛巾の末藏:くろはばきのすえぞう。朝霞屋嘉兵衛(あさかやかへえ)が抱える裏の仕事集団の中では初位(そい・最下位)に位置する。「黒脛巾」と名乗ってはいるが、本人はおろか、先祖にも忍びの本職はいない。単に憧れているだけ。今回大事件を起こすが…。兼役に「重(しげ)」があります 片栗:かたくり。末藏の配下で組頭。女盗賊でありながら、情報収集と地理の把握に秀でる。 野伏:〈阿武兼役〉のぶせり。末藏の配下で組頭。本草学(ほんぞうがく)を修め、その知識と技術で末藏を助けている。  : 0:〈 〉NやM、兼役の指定 0:( )直前の漢字の読みや語意 0:【 】ト書 それっぽくやってくださると幸いです。  : 0:以下、本編です。  : りん:〈N〉一日の商いを終えた「竜胆庵(りんどうあん)」。居間では遅めの夕餉(ゆうげ)を調えてお詠(えい)がおりんの帰りを待っている。そのとき軒先(のきさき)に聞こえてきたのは、待ち人、おりんではなく、阿武(あんの)の声だった。阿武は今朝から仕入れに出ていて、今「竜胆庵」に戻ったのである。 阿武:いやぁ、詠さま。今日は良い品を見つけてきましたよ〜。 阿武:おりんさんが敷紙(しきがみ)を扱う日を考えて、紙について方々に聞いておいたんですがね。軍道紙(ぐんどうし)という紙を漉く(すく)職人に話を聞くことができましたよ。 詠:【あきれ気味に】あれあれ、阿武。何とも気が早いことだよ。 詠:おりんが東庵先生のところに手習いに出かけてたった七日じゃぁないか。東庵先生に認めていただいて、売り物にすることを許されるにゃぁ、まだまだ時間がかかるだろうよ。 阿武:うぅ…それはまぁそうですがね。分かっちゃいますがね、やっぱりうれしいじゃないですか。何かしないではいられない、と言いますか…ははは。 阿武:じきに夜五つ(よるいつつ・午後八時ごろ)、おりんさん、そろそろ帰ってきますね。 重:〈末藏兼役〉【ずっと駆けてきたために息があがっている】 重:はぁ、はぁ、お詠さん、阿武さん、いらっしゃいやすか…ゼェゼェ。 詠:何だい、どうしたんだい? いいから落ち着いて何があったか言ってごらん。 詠:阿武、水を持ってきておやり。重(しげ)さんはゆっくり息をしてねぇ。 阿武:かしこまりました、詠さま。 重:〈末藏兼役〉すぅぅぅ〜〜。はぁぁぁ〜。いや、こうしちゃぁいられねえんでさ。 重:あぁ、かっちけねぇです…【水を差し出され、飲む】 重:ぐっくっく…【飲み干して】ぷわぁ…。ありがとうごぜえます。 重:いや、実は、東庵先生のところに村のおかみさんがいらっしゃいやしてね。 重:村の衆が泡を吹いたり、熱を出したり… とにかく、尋常じゃあねぇ様子だってんです。 阿武:なるほど、それで東庵先生に言われて、こちらに走ってきたのですね。 重:〈末藏兼役〉へぇ、その通りで。あっしは村の様子を見ていねぇんで、お伝えできるなぁ、これくれぇのもんで。 詠:それじゃあ、おりんは政(まさ)さんと一緒ってことかい。 重:〈末藏兼役〉へぇ。おりんさんは、政の野郎が供をして、こちらに向かっているはずでさぁ。…それでそのぉ、お二人にはできるだけ早くお出まし願いてぇと東庵先生が…。 詠:分かった、「泡に熱」…だね。よし、すぐに向かおうじゃないか。阿武、固め、小ぶりの握り飯だよ。道中、駆けながら腹ごしらえだ。あたしゃ、ちっと用意をしてくるよ。 詠:薬籠(やくろう)は任せておくれな。 阿武:はい。他は万事手筈(ばんじてはず)を調えて、裏口で待っております。あぁ、重(しげ)さん。申し訳ありませんがね、ここで政さんとおりんさんを待っていてくださいませんか。 重:〈末藏兼役〉合点でさぁ。 詠:おりんと政さんが戻ったらね、ここの夕餉は食べといておくれね。 詠:あとね、あたしらは裏から出るからね、こちらにお出でじゃぁないよ。いいね。    : りん:〈N〉迅速に準備を終えた「竜胆」の二人。仕掛の際とは異なる鈍色(にびいろ・濃い灰色)の装束(しょうぞく)に身を包み、一路、渦中(かちゅう)の村へと急いでいる。今宵は十六夜(いざよい)とあって、隠密行動には適さない。しかし、一刻を争う今は、それも天佑(てんゆう)とばかりに速度を上げていく。この二人、走る速さもただ事ではない。  : 詠:しかし阿武、これだけ明るい夜に攻めてくるなんざ、向こうも隠すつもりはさらさらないようだねぇ。 阿武:まったくですな。やり易くもある反面、こちらを知られることも覚悟しておきましょう。 詠:来るかねぇ、あの凄い奴は…。 阿武:私もあの者の感じは気になります。東庵先生のところでは、分かっていてこちらに窺わせていたようにも思いますしね。 詠:おまえ、あの晩、天井に殺気を飛ばしただろう【笑う】 詠:東庵先生に対して遠慮ってものはないのかい? 阿武:詠さまこそ! 阿武:…しかし、あやつの気が揺らぐことはありませなんだ。 阿武:詠さまがおっしゃる通りの遣い手(つかいて)でしょうな。 阿武:それよりも… 詠:あぁ、東庵先生だろう。あのお人も計り知れないところがあるねぇ。あのときゃ、明らかにお前の殺気に気づいていたね。事が終わったら、腹を割って話してみるとするかねぇ。 阿武:そうですね。東庵先生は信頼できるお人だと思いますよ。 阿武:【前方にある影を見つける】ん! 詠さま…、この先に誰ぞ倒れておりまする。 詠:あぁ、そのようだ。…急ごうか。なんだか胸騒ぎがするんだ…。  : りん:〈N〉満月に照らされながらも、なお暗い「朧の杜(おぼろのもり)」。その奥にある「不及池(およばずがいけ)」には黒脛巾の末藏(くろはばきのすえぞう)が陣を敷いていた。  : 末藏:おうおう、おめえら、ご苦労だったなぁ。野伏(のぶせり)ぃ、おめぇの流した毒はよぉく効いているようじゃぁねえか。村は大混乱(でぇこんらん)だって報せがへえってるぜぇ。 野伏:〈阿武兼役〉へぇ。手抜かりなく井戸と水路に毒袋を浸(つ)けまして、へい。狙い通り東庵も村まで出張っていますなぁ。奴ぁどうします? ちっと痛ぇ目に合わせてやりますかい? 末藏:そうよなぁ…こちらとしちゃぁ、東庵の野郎に出ていってもらうだけでええんだ。ひとまずは、仕掛に気を入れるとしようや。   野伏:〈阿武兼役〉承知いたしやした。 片栗:お頭、ただいま戻りました。まったくこんなに簡単な仕事もないですねぇ。首尾よく童(わらし)を手に入れました。今は縄で巻いて、手下(てか)に預けてますよ。 末藏:ほう! そうけぇそうけぇ。それは重畳(ちょうじょう・この上なくよい結果だ)。おぃ、時に片栗(かたくり)ぃ。小娘に騒がれでもして誰かにつけられちゃあいねぇだろうなぁ。 片栗:それがねぇ、お頭。あの娘(むすめ)は不思議と声ひとつ上げやしないんですよ。声が出せないのかもしれませんねぇ…。まぁ、こちらにとっても好都合ってもんですよ。一緒にいた親父(おやじ)は道端に伸びてますがね、何があったか分かっちゃいないでしょう。ふふふ。 野伏:〈阿武兼役〉ここまでは「朝霞屋(あさかや)の旦那の覚書(おぼえがき)」の通りですな…。 片栗:そうだね。野伏(のぶせり)、お互い上々で良かったよ。さて、と。お頭「詠(えい)」と「阿武(あんの)」でしたか。その二人はこちらに来ますかねぇ…。わたしらでとっ捕まえてやりましょうな。 末藏:女童(めわらわ)がこちらの手にある以上、必ず来やがらぁ。いいかぁ、常闇(とこやみ)の長治(ちょうじ)とやり合うと思って、手抜かりなく備えをしておけよぉ。野伏、片栗、手下(てか)を率いて配置(へぇち)につけぃ! 野伏:〈阿武兼役〉へぇ! 頭ぁ、この上ねぇ夜にしやしょうや。 片栗:ふふふ。お頭、事がうまく運んだあかつきにゃ、うまいものをたんまり食わせてくださいよ。 末藏:へっへっへ…あぁ、任せなぁ。おめえらも頼んだぜ。 末藏:おぉい、誰ぞいるかぁぁ。この床几(しょうぎ)に儂(わし)くれぇの木偶(でく)を座らせぇ。 末藏:それから陣幕(じんまく)の内側に篝火(かがりび)を二つ焚(た)いておけぇぃ。ぐはは…。 末藏:ここに寄ってきた鼠(ねずみ)は退治て(たいじて)やらねばならねぇやなぁ… ぐはははは、がっはっはっはっはっは…  : りん:〈N〉同刻のお詠(えい)と阿武(あんの)。 りん:胸の奥底でぐっと鎌首をもたげる不安を抑えて人影に近づくと、それはどうにも見知った形(なり)をしていた。 りん:事態が悪い方向へ舵を切ったことを知り、焦燥感が募らせる。が、しかし、さすがはお詠と阿武であった。   : 阿武:…詠さま。あれは政さんでございますね…。 詠:あぁ…。しかも動いちゃいないようだ。…こりゃぁ参ったね… 詠:【走ってその場に到着する】政さん! 政さんっ!!  詠:…よかった。息はあるようだよ。 阿武:ひとまずはようございました。…しかし、ここに政さんしかいないということは… 詠:あぁ、そうだね。これはいやが上にも一大事だ。 詠:【政に気合を入れるお詠】ふっ! …まずは…政さんに話を聞いてみようじゃぁないか。 政:〈東庵兼役〉うぅ…あぁ…あん? ここは…? 政:【はっとして】お詠さん! 阿武さん!! 詠:あぁ、政さん。大きな怪我はないようだからね、安心おしよ。 政:〈東庵兼役〉あぁぁぁ! お詠さん、まったく面目ねぇ! おりんさんが、おりんさんが… 詠:政さん、ゆっくり、ゆぅぅっくりでいいんだよ。まずは落ち着きな。 詠:…そいで、何があったか話しておくれでないかい?  詠:覚えていることをなるべく詳しくね。 政:〈東庵兼役〉へぇ…、ありゃぁたしか……  : 0:ーーー以下は政の回想シーンです  : 政:〈東庵兼役〉おりんさん、東庵先生も村の衆もてぇへんだ。はようお詠さんと阿武さんがとこへけぇりやしょうね。 片栗:ちょいとそこのお前さん、こっちを向いておくれでないかい? 政:〈東庵兼役〉ん? 何でぇ、おめえは、ぐっ…。 政:【鳩尾(みぞおち)に当身を入れられて倒れる】 片栗:わたしらはこの子にちょいと用があるのでね、悪いがお連れするとするよ。なに、お前さんの命までいただこうとは思っちゃいないわさ…ふふ。 片栗:おい、お前、この子を担ぎな。さっさと戻るよ【朧の杜に戻る片栗の一団】 政:〈東庵兼役〉ま、ま、待ちやが…【気を失う政】  : 詠:そうかい。「用がある」…確かにそう言ったんだね、その女は。 政:〈東庵兼役〉へえ。お詠さん、おりゃぁ、ほんとにどう責めを負やぁいいか… 詠:いいかい、政さん、この世にはね、どうしようもないことってのがあるのさ。【微笑む】 詠:「竜胆庵」に重さんがいるからね、うちで、飯をとって家に帰っておくれな。 阿武:そうですよ、政さん。まぁ、事が済んだら、おりんさんの送迎にこき使わせていただくとしますかね。ははは… 詠:あぁそうだ…。言うなったって言っちまうだろうから、先に伝えておこうかね。 詠:新五郎の旦那には「いつかの通り、ひとつお詠さんに任せておくれな」と言付けを頼むよ。 詠:で、どうだい? 歩けるかい? 政:〈東庵兼役〉へぇ…かっちけねぇ(「かたじけない」の意) 詠:おりんはあたしらが迎えてくるよ。必ずね…  : 末藏:〈N〉二人の温かい言葉と気遣いに見送られ、「竜胆庵(りんどうあん)」へと向かう政。自分の不甲斐なさと申し訳のなさを抱え、涙を滲ませ走って消えた。  : 阿武:詠さま、これはまさしく… 詠:あぁ、明らかにあたしらを誘い出すために動いているねぇ、あちらさんは。 阿武:おりんさんの草履の跡は、これより先にはございませぬ。 阿武:なれば、敵は東庵先生を狙った者どもと同じかと… 詠:ありがとうよ、阿武。きっとそうだろうさ。 詠:ちょっかいをかけていい相手とそうでない相手の見分けがつかないようじゃ、長生きはできないってことを教えてやらなきゃいけないねぇ。 阿武:えぇ。詠さま、うちの「宝」に手を出したこと、骨の髄まで後悔の念を染み渡らせてやりましょう…。 詠:気持ちは焦るがね。まずは手前の村で東庵先生に様子を聞こうじゃないか… 阿武:それがようございます。この薬籠(やくろう)も届けねばなりますまい。  : 村田東庵:〈N〉心は千々(ちぢ)に乱れんばかりの竜胆(りんどう)二人。 村田東庵:しかし、何度も虎口(ここう・大きな危険)を脱した二人とあって、目的を確実に遂行するための方策がその身にしっかと備わっている。 村田東庵:波打つ熱の裏側で、悪を許さぬ氷の刃(やいば)がゆらめいていた。  : 0:【場面転換】  : 片栗:〈N〉この時代、農村の夜は早い。一家の働き手は、とっぷりと日が暮れたなら、そのほとんどが寝床に入っている。わずかに火を灯し、内職に励む母親たちを除き、夢を見る間もなく深い眠りに落ちているのである。 片栗:しかし、その夜(よ)は、月も眠らず煌々(こうこう)と村を照らし続けている。その青白さを顔に映したかのように、寝ているはずの家族がうめき、苦しみ出したのであった。  : 村田東庵:おかみさん、すると村の様子はこのようだったのですね。「夜、あちらこちらで吐いた者がいる」。また「熱を出したり、泡を吹いたりして、苦しみ出した者もいる」。そして、とりわけ「村の西寄りで暮らしたり、朧の杜(おぼろのもり)の側(そば)で野良仕事をしている家のものが苦しんでいる」と。 母親:〈詠兼役〉へぇ、その通りでさぁ。…ただ、うちらぁ先生さまのようには、ものごとがわかりませんから…   村田東庵:いいえ。それだけ分かれば打つ手も見えて参ります。おかみさんのぼん(息子)の様子も早く見て差し上げなければ…さて、村につきました。おかみさん、元気な方々でお湯を沸かしてください。それから手拭いをありったけ集めて。 母親:〈詠兼役〉わかりました、先生さまの言われる通りに。 村田東庵:みなさん、東庵が参りました! お体のことはお任せください! 村田東庵:だから落ち着いて! ぴんとしている方々、こちらでお手伝い願えますか! 村田東庵:あぁ、あなた。名主(なぬし・村の代表)がお元気ならお出まし願ってください。 母親:〈詠兼役〉先生さま、湯が沸きまして… 村田東庵:それはありがたい! では集めた手拭いを大鍋一つ分、煮出してください。 村田東庵:それから、井戸の水を少しずつ汲んで来てください。村にある井戸すべてからね。 母親:〈詠兼役〉へぇ、すぐに。 村田東庵:わたしは先におかみさんのところへ行って、ぼんを見ておきますから。 村田東庵:あぁ、おかみさん、井戸の水は、どれがどこのか分かるようにするのを忘れずに! 村田東庵:【言いながら、かけていく東庵】 母親:〈詠兼役〉へえ!   : 片栗:〈N〉筵(むしろ)に寝かされ、うなされているぼんの元に辿り着くと、枕元に嘔吐(もど)した跡がある。 片栗:東庵は皿を取り出すと板切れでそれを集め、懐から取り出した紙片(しへん)を差した。一寸ほどのその紙はすぐに色を変えた。それを見た東庵は眉をしかめるも、どこかほっとしている。  : 村田東庵:〈M〉よかった。確かに毒物には違いないが、これなら余程でなければ死にはしない。 村田東庵:ひとつめの関(せき)は越えたか…。ふぅ… あのお二人もそろそろお出で下さるだろうか。 母親:〈詠兼役〉先生さま、わしんとこの子はどうでしょうか【心配そうに】 村田東庵:あぁ、おかみさん。お心を安らかに。水に中(あた)ったのです。で、…その水ですが… 母親:〈詠兼役〉へぇ、村には三つ井戸がごぜぇまして、茶碗に汲ませてめえりやした。【三つの茶碗を置く】 母親:左のが村の端(はし)ので。こちらが名主(なぬし)さまのそばの井戸。 母親:右に置いたのが先生さまのおところに出る道の、手前にある井戸の水でごぜえますだ。 村田東庵:おぉ、ありがとうございます。  : 片栗:〈N〉再度紙片を取り出し、三つの茶碗に浸けていく東庵。見ると右端の茶碗だけが先ほどの紙片のように色を変えている…。そこへ村の名主(なぬし)がやってきた。危急に駆けつけた東庵に礼を述べ、善後策を尋ねている。村のおかみさん連中も集まってきた。その様子を見て思案顔になる東庵…。東庵もまた、頭の中で敵と戦っているのであった。  : 村田東庵:それでは名主さま、いま申しました通りにお願いします。体の良くないものは名主さまのお宅の土間(どま)と板間(いたま)に寝かせてあげてください。それからおかみさん、熱を出したりしているのは、旦那さん方が多くはないですか? 母親:〈詠兼役〉へぇ、その通りです。 村田東庵:【はっとして】誰か、田んぼの用水からも水を汲んで来てはもらえませんか! 詠:【駆けてくる】せんせぇ〜! 東庵先生、東庵先生はいなさるかねぇ〜! 村田東庵:あぁ、お詠さん…。わたしはここにおりまする〜〜! 詠:あぁぁ〜、よかったよぉ、東庵先生っ。それでここはどの様な状況ですかね? 片栗:〈N〉東庵は駆けつけた詠と阿武の服装に目を遣る。その手には明らかにそれと分かる薬箱を携えている二人を見ても、東庵は何も尋ねない。   村田東庵:村はこの通りの有様です。どうやら毒を入れられてしまったようなのです。 村田東庵:ただし附子(ぶし・トリカブトの猛毒)ではない。何事もなければ、薬湯で症状は治(おさま)りましょう。 阿武:それはよかった。手前どもの方でも「宝」が奪われましてね。 阿武:今から形(カタ)を取り立てに行って参りますよ。 村田東庵:何ですって!? お詠さん、阿武さん、それでは… 詠:【東庵を制して】いやいや東庵先生、前にも申しましたでしょう。 詠:先生には先生にしかできないお務めがありますよってね。 阿武:そうでございます…。村のみなさんも、先生が頼みなのですから。 詠:今は、この人たちのためにも気を漫ろ(そぞろ)にしちゃなりませんよ。 村田東庵:はい。そうでした…。その通りですね、わたしは己(おの)が務めに向き合いましょう。それで、お詠さん阿武さん。村の井戸なのですが…  : 片栗:〈N〉折よく戻った青年が用水の水を東庵に手渡す。そこに浸けた件(くだん)の紙片は先ほどまでとは違う色に染まっていく。 片栗:「ここも毒されたか…」苦虫を噛み潰したようになりながらも「附子(ぶし)ではありません」と告げつつ、東庵は村の井戸の位置と「不及池(およばずがいけ)」の用水についてお詠と阿武に伝えた。 片栗:その範囲は東庵の養生所を挟んで東西一里(いちり・日本里は約4キロ)ほど。否が応(いやがおう)でも東庵の顔に翳り(かげり)が見える…  : 詠:【小声で】すると何かい? 何者かが、井戸と用水に毒を入れたってんだね。 詠:附子(ぶし)じゃないってことは……ん。毒ゼリかねぇ。 村田東庵:!? お詠さん、あなたは一体… いえ、今はそのような時ではない。 村田東庵:そうです。一つはその毒ゼリ。もう一つはそれに似て非なるもの「毒人参」です。 阿武:毒人参ですと?【付近を慮り大きな声ではない】 詠:おや、阿武。何か知っているのかい? あたしゃ初耳だよ… 阿武:東庵先生、それは舶来(はくらい・海外の産物)ではないですか。 村田東庵:そうです…もはや何を聞いても驚きませんよ。 村田東庵:附子(ぶし)ではないにせよ、こちらは少し厄介なものでしてね。 村田東庵:【戸口から村に目を遣る】 詠:阿武、薬籠(やくろう)を先生に。【渡したのを見て】うん。 詠:…先生、ここにね、うちにある「十味敗毒湯(じゅうみはいどくとう)」「柴胡剤(さいこざい)」「黄連解毒湯(おうれんげどくとう)」をありったけ持って来たからね。使っておくんなさいね。 村田東庵:そ、それは!? 【かぶりをふる東庵】 村田東庵:いや、恩に着ます。お詠さん、阿武さん。ありがとう…。 阿武:先生、思うところは後日にしましょう。今は…ね。 阿武:【村の人を振り向いて】先生からお聞きの通り、水に中(あた)ったようです。 阿武:今から先生がお薬湯(やくとう)を用意してくださいますからね。もう大丈夫ですよ。 阿武:ちょいと苦いですが、しっかり飲ませてくださいね。 村田東庵:…えぇ、そうですね。 村田東庵:【吹っ切れた様子で】みなさん、お薬湯を作りに行きましょう。 村田東庵:飲むと下痢と嘔吐を催しますが、それでいいですからね。私を信じて! 村田東庵:安心してどんどん出してください! 体から、悪いものも一緒に出て行きますからね。 詠:〈M〉よし。先生はもう大丈夫だね。 詠:〈以下、セリフ〉では先生。わたしらはきっちり取り立ててきますからね。 阿武:申し訳ありませんが、東庵先生、あとはお願いいたします。 阿武:【雰囲気を変えて】 阿武:〈以下、M〉村の衆に、我らが宝。その苦しみを彼奴(きゃつ)らにも味わわせてやろう…。己(おの)が所業、とくと省みるがよい。  : りん:〈N〉もはや人目も気にならず、手にした頭巾(ずきん)で顔隠し、得物(えもの・得意とする武器)の柄(つか)に手を乗せて、直走(ひたはし)りに走って向かうは敵がうごめく「朧の杜(おぼろのもり)」。 りん:早春の月夜に散るは、ヒガンザクラの花びらか、はたまた悪の徒花(あだばな)か。竜胆二人の緊張と集中は、もはや猛禽のそれである。  : 野伏:〈阿武兼役〉お頭、ついに奴(やっこ)さんらが参(めえ)ったようですぜぇ。すげぇ勢いでこちらに向かっているとのことで。まずはあっちら野伏組(のぶせりぐみ)が手前に潜んで仕掛るとしまさぁ。 末藏:おぉう。おめえに任せたぁ。儂(わし)ゃあ片栗のところでコレに火をつけ、「その時」を待つとするかぁ。いいぃか、野伏(のぶせり)ぃ、常闇の長治(とこやみのちょうじ)を相手にすると思えぇ。気ぃぃ抜くんじゃぁねぇゼェ。 野伏:〈阿武兼役〉わかってまさぁ。…お頭、ご武運を。 末藏:へっ、おめぇもなぁ。  : りん〈N〉こちらは片栗組の持ち場。おりんを繋いだ縄を手にした片栗が、一際大きなエドヒガンザクラの樹上に立っていた。  : 片栗:ふぅん。やっぱりお前、喋れないんだねぇ。不憫(ふびん)なこった。ちっとこいつで試してやろうじゃな・い・かっ。  : りん:〈N〉そう言いながら、おりんの細腕に小さな針を突き立てる片栗。それでもおりんはうめき声一つ立てず、涙も見せない。  : 片栗:ほぅ。お前は筋金入りだねぇ。ふぅん、それなら、その猿轡(さるぐつわ)外してやろうじゃないかぇ。お前がいつ泣き立ててくれるか。ふふふ…あぁ楽しみだねぇ。早く泣かせてみたいねぇ。ふはははははっ…  : りん:〈N〉すっと外される猿轡(さるぐつわ)。音を立てない片栗の所作(しょさ)同様に、おりんも微動だにしていない。その瞳(め)に宿るものは生気なのか、それとも諦観(ていかん)なのか。背後から照らす月明かりの陰になり、おりんの顔は伺えない。  : 末藏:おぉう、片栗(かたくり)ぃぃ。その童(わらし)が例の娘(むすめ)かい。 末藏:ヨォしぃぃぃ。早速「これ」の的にしてくれようじゃぁねえかぁぁぁ。げっへっへっへぇ…。【遠町筒(とおまちづつ・遠距離用の火縄銃)を構える】  : りん:〈N〉わが身に狙いを立てられても、りんが声を出すことはない。また、唇を食いしばるでもない姿を見て、末藏は手にした遠町筒(とおまちづつ)を下にさげた。  : 末藏:チッ、なんでぇ。喋れねぇってなぁ間違いじゃぁねえんだなぁ。へっへ…。まぁ、それならそれで静かでええわい。   片栗:そうみたいですねぇ。わたしもさっき針を立ててみたんですがね。この通り、うんともすんとも言いやしませんでしたよ。 末藏:何? 針ぃぃ。まったく可哀想(かええそう)なことをしくさるわ。ぐわっはっは…。 末藏:片栗ぃ。儂(わし)ゃぁ、向けぇの樹から、獲物を待つとすらぁな。 末藏:いつも通り、一発で仕留めるぜぇ、「こいつ」でよぉぉぉ。 片栗:わかりました。うちの手下(てか)は下に潜ませておきましょう。 片栗:こちらも抜かりなくやりますよ。 末藏:あぁぁ、任せたぜぇ、片栗(かたくり)ぃぃ。ぐぁっはっはっは…  : りん:〈N〉こちらは「朧の杜(おぼろのもり)」手前の用水路。大きな石二つの間に、これ見よがしに入れられた樽(たる)がある。竜胆二人は遠目にそれを見つけるも、すぐには近づくことはなく、まずは反対側の樹の裏に身を隠した。  : 詠:どうだい、阿武。どれくらいの数を感じる? 阿武:そうですねぇ、詠さま。ひぃ、ふぅ、みぃ…ふむ。六つですな。 詠:おっ、阿武。あたりだねぇ。 阿武:さすがは詠さま。わたしは里にいる頃から詠さまには敵いませなんだからなぁ。 詠:ふふふ。そうだねぇ、阿武。望ましくはないけどね、あの頃にちょいと戻るとするかねぇ。ここはお前に任せて、あたしゃぁ、先を急ごうか。 阿武:えぇ、そうなさいまし。私も修羅(しゅら)の道に舞い戻るといたしましょう。  : りん:〈N〉詠が進むのを見送った阿武。おもむろに懐(ふところ)から小さな火薬玉を取り出すと火をつけ、樽を見つけたあたりに勢いよく転がした。  : 阿武:〈M〉さてさて…何が釣れるか。こやつらには、もはや慈悲は必要ない…。  : りん:〈N〉シュオォォォという音と共に閃光を迸(ほとばし)らせる火薬玉。 りん:付近を照らす光の中に、阿武は目ざとく揺らぎを見つけていた。 りん:「竜胆の防人(さきもり)」に捉えられた獲物が逃げ切ることは、決してない。 阿武:こっちだ【斬りかかる】…。 阿武:〈以下、M〉まずは一匹。…次は右手、三間(さんけん・一間は1.8mほど)先にひとり…いや、ふたりか。 りん:〈N〉阿武の動きに敵が合わせてくることはなかった。月明かりに照らされぬようにしながらも、その動きは迅速そのものである。阿武の刀は的確に相手の玉の緒を断っていた。 阿武:…ふむ、これで三匹。…あとは左手、十間(じっけん)向こう、か。  : りん:〈N〉次々に斬り伏せられる仲間に気づき、やっとその他の取り巻きにも動揺が見られる。侮り(あなどり)はせぬまでも、やはり多勢に無勢。数に勝る者たちはどこか緩みがちである。 りん:阿武が苦無(くない)を二本投げると、すぐに二つの影が倒れた。阿武の判断に誤りはなく、その手に一切のためらいもない。  : 阿武:【相手の後ろにすっと降り立つ】…おい。お前が最後の一人のようだ。運がよかったな。番所で洗いざらい吐いてもらうぞ。ふんっ。  : りん:〈N〉阿武は相手を気絶させると手早く縄でくくりつけ、茂みに隠すと音もなく駆け出した。  : 詠:〈M〉さてと、こっちも樹の上や獣道(けものみち)の奥に気配があるねぇ。近いところから順に相手をしてやるとするかね…  : りん:〈N〉お詠が付近の相手を片づけている間(ま)にすっと近づくものがいた。今回の毒水(どくみず)騒ぎを仕組み、実行した野伏(のぶせり)その人である。  : 野伏:〈阿武兼役〉〈M〉見ぃつけたっとくらぁ。あの小娘が常闇(とこやみ)の旦那と同じ腕、ねぇ。そう言われてもこの目で見るまで半ば信じられなかったが…。ここまで早くうちのもんがやられるとなりゃぁ、考えを改めにゃあなるめぇな…。 詠:〈M〉この気配…。随分と低いところに殺気が広がっているねぇ。ふぅん。変わったのがいるもんだ。ただねぇ、一人でこれだけ気を撒き散らしちゃぁ、うぶなやつしか誤魔化せないだろうさ。 野伏:〈阿武兼役〉〈M〉あっしがねぇ、なんで「のぶせり」なのか教えてやろうじゃねえか… 詠:〈M〉うん? 動いたね。いいよ、相手をしてやるよっ。  : りん:〈N〉地を走る気配に合わせて放たれる三つの飛び苦無(くない)。敵が漏らす殺気を追尾するかのように、地を走る野伏目掛けて飛んでいく。  : 野伏:〈阿武兼役〉〈M〉おっと、飛び道具たぁ、甘く見られたもんだ。こんなもんでやられる野伏じゃぁねえや。  : りん:〈N〉進んでは止まり、止まっては飛び移る野伏。詠の苦無(くない)は虚しく空(くう)を突いた。  : 野伏:〈阿武兼役〉〈M〉まずはひとぉぉつ。よっと。  : りん:〈N〉詠の苦無は二つめ、三つめと野伏の移動先を見越したかのように飛んでいく。  : 野伏:〈阿武兼役〉〈M〉ほう。どうしてどうして、奴の飛び道具もなかなかだぁ。 野伏:あっしの地走り(じばしり)に合わせて投げてくるたぁなぁ。 野伏:でもなぁ、飛び道具じゃあっしは仕留められねぇよ…。ほらよっと。 野伏:…ん? 奴の気配が、ど、ど、どこにもねえ… りん:〈N〉野伏が己の業(わざ)に酔っている間(ま)に、距離を詰めた詠が上から見下ろしている。   詠:なぁ…お前かい? 毒をまいたのは?   野伏:〈阿武兼役〉んあ? へへへ…そうよ。あっしの仕事ヨォ。 野伏:どうでぇ。なかなかによい効き目だろう?    詠:ふぅん、おまえ、隠そうともしないんだねぇ。 野伏:〈阿武兼役〉そりゃぁ、おめぇ、仕事は誰かに誇りてぇじゃないか…。   詠:誇る? …おまえは何か履き違えちゃいないかい? …ふんっ   野伏:〈阿武兼役〉ぐわぁぁぁぁ……。  : りん:〈N〉仰ぎ見る野伏(のぶせり)が次に見たものは、生き物のように襲いかかる詠の刀だった。野伏は詠が投げた苦無にそこまで誘(いざな)われていたのである。それに気づかぬ程度の力では、もとよりお詠に敵うはずもない。  : 詠:〈M〉ふんっ、たわいもない。しかし、毒の利用に変則的な身のこなし…。 詠:こいつら忍び崩れかねぇ…。それにしちゃぁ、詰めが甘い、か。  : 村田東庵:〈N〉先を急ぐ詠だが、まだ呼吸ひとつ乱してはいない。目の前に広がる「不及池(およばずがいけ)」の向かいには篝火(かがりび)が焚(た)かれた陣幕があった。  : 詠:〈M〉へぇ、ここに陣を張るってかい? こりゃもう合戦(かっせん)もどきだねえ。 詠:もっとも相手をとっちめるのに、闇討(やみうち)も合戦もないがね。…ん? 幕に書いてあるのは何だろうか…。 阿武:詠さま、お待たせしました。水路の樽は回収しておきましたよ。一舐め(ひとなめ)しましたがね、どうやら毒人参の水を作って少しずつ樽から流れ出るように細工したようですな。 詠:そうかい、ありがとうよ。でねぇ、阿武。あの陣幕はなんだと思う? 阿武:ん、何やら書いてありますなぁ…ほう「黒脛巾(くろはばき)」ですか。なんとなんと。 詠:ふぅ。さっきねぇ、ちょいと動きのかわった毒使いを仕留めておいたがね。忍び崩れかと思ったが、どうやら思い過ごしのようだよ。 阿武:違いありませんな。真(まこと)の忍びなら、あのように大書(たいしょ)するはずがない…【苦笑】 詠:ありゃぁ、きっと罠(わな)だろうねぇ。ま、いいさ。飛んで火にいるなんとやら、だ。蝶にでもなって、ちょいと行ってくるとしようかね。 阿武:詠さま、向こうからきな臭い気配がします。お気をつけくださいましよ。 詠:なんだい、阿武? 今宵はやけに過保護だねぇ。ははは。 詠:…この分なら、きっとおりんもあの辺りだね。…早くおりんを迎えてやろうじゃないか。 阿武:はい、そういたしましょう。私は三十間(さんじっけん)ほど手前で様子を見ておきます。 阿武:頃合いを見ておりんさんに近づきますゆえ、お任せあれ。 詠:あぁ、うちの宝、頼んだよ。  : 村田東庵:〈N〉抜き身の得物(えもの)を右手に握り、陣幕に近づいたお詠。篝火(かがりび)に浮き上がる影はゆらめきはしても、大きな動きを見せることはない…。つまらぬ仕掛けだ、とばかりに一瞥(いちべつ)をくれると、お詠はやおら向き直り、大きな声を上げたのである。  : 詠:【緊迫感はない。平常のように】 詠:おぉぉ〜〜〜〜い、おりぃぃぃぃいぃん! お詠さんが迎えに来たよぉ。どこだぁぁぁい? 末藏:〈M〉ひっひっひぃぃぃ。獲物(えもの)がかかった、かかったわいぃぃ。そのように目立つところに立ちゃぁがってぇ…。狙ってくださいと言わんばかりじゃぁねぇか。 詠:おりぃぃん! お詠さんだよぉぉ! 片栗:おいおい小娘。お前の迎えの女、気は確かかい? あんなに大声を上げちまってさぁ。わたしら皆に襲って欲しいのかねぇ。はっ【冷笑】どうかしてるよ。 末藏:〈M〉そうだそうだ。そのまままっすぐ歩きやがれぇ。地獄の一丁目まで、たったの五歩よぉぉぉ。 詠:うちで美味しいごはんが待ってるよぉぉ。あたしと一緒に帰ろうじゃぁないか。 詠:…ん? あぁそうかい、大事なことを忘れていたねぇ。 片栗:ははは… やはりあいつぁ、どうかしているね。戦いの場で素人丸出しじゃぁないか…。 片栗:何だぃ? 大事なこと? この期に及んでなんだってんだ…。 末藏:〈M〉ひとぉぉつ。ふたぁぁつぅぅ。みぃぃぃっつぅぅ。そうよ、そうよ、そのまま足を進めりゃぁええのよ。儂(わし)が一息に仕留めてやらぁぁな。 詠:さっさとうちに帰って、湯浴み(ゆあみ)をするよ。軽く食べたら一眠り。 詠:ふふふ…それでねぇ、明日は「梅屋」に行こうじゃあないか。どうだい、おりぃぃん! 片栗:ん? 「梅屋」? あいつは何を言ってんだい? まったく狂ってると言うしかないねぇ…。 片栗:何だい、小娘。何を笑ってんだ? あんたらは、今、置かれている状況って奴がわかっているのかぃ!  : りん:〈N〉おりんは思った。自分は一人だが、孤独ではない。目の前にお詠がいる。きっと近くに阿武も来ているだろう。見上げればまんまるお月さんが、こちらを見ていた。「朧の杜」で、ここまで綺麗に月が見えるのも珍しい。 りん:おりんは考えた。これまで流れに身を任せ続けてきた自分の身の上を。親の足枷となり、今また、お詠を危険な目に合わせてしまっている…。 りん:幼いながらも、左平次と左馬の関係が歪(いびつ)だったことは分かっていた。それはなぜだったのか。なぜ、そうなってしまったのか。…そう。それは、自分がいたからだ。母親(または父親)を苦しませたのは私だ。自分は、求めてはいけない人間なのだ。求めれば母親(または、父親)が追い込まれてしまう。…これまで何度も何度も繰り返した自問自答が、此処でも脳裏を過(よ)ぎっていく…。  : 末藏:〈M〉ぐへへ…よぉぉっつっぅう。ほれほれほれぇ…あと一歩。あと一歩でええのよ。早く足を踏み出しやがれぇぇ。  : りん:〈N〉自分は、存在してはいけないのかもしれない。いれば、誰かを苦しめることになるのだから。…行き着いた答えと、自分を求めるお詠の声の間で、気持ちがせめぎ合う。  : 片栗:残念だったねぇ、小娘。迎えの女はここに来られゃぁしないよ。あの女のところに、蝋燭(ろうそく)を置いた石が見えるだろう。あそこが黄泉(よみ)の出入口。あの女こそ常世(とこよ)からの迎えに連れていかれるのさ…ふふふ。  : りん:〈N〉今の暮らしは仮初(かりそめ)のもの。いくらよくしてもらおうが、いくら楽しみなことが起ころうが、それはきっと自分のものになってはくれないのだ。…だから、顔で笑って心は抑えた。得ようとしてはならない。心まで浮かれてはならない。そうしなければ、そう考えなければ、それを失う辛さに耐えられるはずがないのだから。 りん:母親(または、父親)を亡くしたと聞いたとき、浮世も色を失った。その後しばらくの間の記憶もない。…でも一つだけ、この身に染みて覚えていることがあった。それは、温もり。…自分を暗い淵の底から抱き上げてくれるかのような、そんな温もり。  : 片栗:あれあれ…篝火(かがりび)を焚(た)いた陣幕なんぞにその身を映してちゃあ、命がいくつあっても足りないよ。はぁああ、傑作だねぇ。  : りん:〈N〉その「温もり」が何なのか、どこから来たのか、今ならはっきりと分かる。この前、東庵先生のところで、もう一度それに包まれたから。 りん:りんは思う。「お詠さんを死なせてはいけない」  : 片栗:あぁ、そうだ。あの女が倒れたら、お前も後を追わせてやるからねぇ…。まぁ安心おしよ。ふふふ…。  : りん:〈N〉おりんが再び月を見上げたとき、耳の奥に懐かしい声が聞こえた気がした。「本当はどうしたいんだい、お前は?」おりんははっとする。 りん:「わたしはお詠さんが好きだ、阿武さんが好きだ、東庵先生が、新五郎さんが、重さんに、政さんも。政さんは苦しんでいるだろうな。わたしがさらわれてしまったから。みんなでここから帰らなきゃ…」おりんの心の臓(しんのぞう)がトクトクトクと鼓動を早めていく。  : 詠:おりぃぃぃん。心配おしでないよぉ。なんたって、お詠さんのお迎えだからねぇ。 詠:そのうち、歌舞伎の演目にでもなっちまうかもしれないよぉ。ははははは…  : りん:〈N〉自分は左平次の屋敷に囚われていた。それがこのような暮らしをするようになるなど、想像できただろうか。確かに親は喪(うしな)った。わが身を顧みず、自分のために尽くしてくれた親心。それを亡くしてからは、胸にうつろなものが広がった…。 りん:でも今はどうか? 今日の今まで、私を私でいさせてくれたものは何なのか?   : 片栗:…歌舞伎だって? …はぁぁ。ありゃだめだ。命の遣り取り(やりとり)ってもんがわかっちゃないね。馬鹿だよ、馬鹿だ。…そう考えりゃ、お前もやっぱり不憫なのかもねぇ…  : りん:〈N〉おりんはそっと胸に意識を寄せてみる…自分の真ん中にあるものはなんだ。自分のこれからを照らすものはなんだ。わたしはどうしたい…… そうだ、わたしは!  : 末藏:〈M〉いつぅぅつぅぅ! 〈以下、セリフ〉ギャハハあぁぁぁ! かかったなぁぁ、女ぁぁぁぁ! りん:来ちゃだめぇぇぇぇ!  : 村田東庵:〈N〉タァァァァァン…… 耳をつんざく射撃音が止むと、あたりに静寂(しじま)が広がっていく。その間際、どさっと倒れる音が聞こえた。  : りん:お詠さぁん! いやぁぁぁぁぁぁ!!   片栗:何だい!? …お前、声を出せたのかい? まったくびっくりだよ。 阿武:ほう、驚かせてしまったかい? …それは悪かったね。 片栗:んっ? だれだぃ…ぐ【不意に現れた阿武に当身を入れられ意識を失う】 りん:あ、ん、の、さん??? 阿武:おりんさん、よく頑張りましたね。お迎えに上がりましたよ。 阿武:いやはや、またもや怖い思いをさせてしまいましたね…。申し訳ありません。 りん:阿武さん… お詠さんが、お詠さんがぁぁ…  : 村田東庵:〈N〉阿武は当身を食らわせた片栗を縄で手早く縛ると、肩を震わせるおりんをそっと抱き寄せた。  : 阿武:おりんさん、うちの詠さまはね、それはそれは美しく、そして、こわぁぁいお人なんですよ。 阿武:ははは。それはそれは怖いんだ。特に悪ぅぅいお人にとっては、ね。 末藏:ぐわははは! とった。とれたじゃぁねえか、なんだ大したことのねぇ。 末藏:おぉぉいいぃ、片栗(かたくり)ぃぃ、死に様を見てこぉぉいぃ。 末藏:んぁ?…おぉい、片栗ぃぃ……なんでぇ、どうしたってんでぇ…   阿武:詠さま、そろそろ、ようございますよ!  :  村田東庵:〈N〉おりんの無事を確かめた、遠慮斟酌(えんりょしんしゃく)のないお詠の業(わざ)が末藏をすでに捉えている。  : 末藏:どこでぇ、あいつぁどこにいった? 確かに倒れやがったのよ。儂(わし)がコイツで外すわけがねえや。この儂が… 詠:一体、誰を探してんだい?  末藏:何ぃっ!? お、お前(めぇ)は…。くぅっ! 末藏:【刀を抜いて構える】 末藏:よ、よ、よぉぉし、もう一回、殺してやろうじゃぁねぇかぁぁ!   詠:元気がいいのは結構だがね。こちらの気配も読めないようじゃぁ、とてもじゃないが、成れやしないよ。ふん。 詠:【背後から刀をあてがう】   末藏:ぐっ、刀ぁ… な、成れねぇって、何のことだぁ? 詠:大方、忍びに恋焦がれてんだろう? だめだね、あんたは見込みなし。 詠:「黒脛巾(くろはばき)」なんてご大層な名を騙(かた)ってんじゃあないよ。 末藏:くっ、うるせえや…。お、おめぇに何が分かるってんだ【怒】? 詠:分かるつもりはさらさらないね。喉(のど)に刃を突きつけられて、それだけ喋れるなら、まぁいいさ。三途の川の渡賃(わたしちん)くらいは出るだろうよ。 末藏:けぇっ。さっさとやりやがれぇ! 詠:なぁ、あんたは一体どこの手のものだい? 末藏:はっ知らねえな。 詠:ふぅん。ま、いいよ。一味の者から聞くとするさね。さて、と。あんたは苦界(くがい)に送り込んでやるとしようか。せいぜい、あの世で「黒脛巾(くろはばき)」に詫びてきな…【刀を一振り】 末藏:あぁぁ…成りたかった…ぜぇ…ぐふ…【息絶える】  : 村田東庵:〈N〉真一文字に振るわれた、お詠の刀は三途の川への橋渡し。哀れ末藏、忍べど忍べず冥土の飛脚に追い立てられて、未練を供に、黄泉路(よみじ)へ向かう。  : 阿武:詠さま、よくぞご無事で。おりんさんもここにいなさいますよ。 阿武:さぁさ、おりんさん、お行きなさい、お行きなさい。 りん:お、え、い、さん……。おえ、いさん、お詠さん、お詠さぁぁぁん! りん:【駆け寄るおりん】 詠:おりん!! さっきは助かったよぉ。ありがとうね。 詠:でも、悪かったねぇ、ごめんよ。私らのせいで、何度も何度も恐ろしい思いをさせちまって…ねぇ。   りん:ぐずっ…ひぐっ… わ、わたっ、わたしのほうこそ、ごっ、ごめ、ごめんなさぁぁぁい。   阿武:何を言ってるんですか、おりんさん。 詠:そうだよ、おりん。あたしらぁ、みんなで背負っていこうじゃないか。みんなで、ね。  : 村田東庵:〈N〉やはり責められはしなかった。それどころか、こんな自分を受け入れてくれた。ふとすれば、飛んで消えてしまいそうな自分を、ここで、また抱き留めてくれた…。 村田東庵:もうだめだ、もう堪(こら)えきれない…。おりんはしゃにむに、お詠に抱きついた。力強く、力強く。もう離してくれるなと祈るように…  : りん:……うっ、ぐっ…うわぁ、うわぁぁぁっぁぁぁぁぁぁっんんんんっっ!  : 片栗:〈N〉おりんの涙と泣き声は、嬉し涙か安堵の声か。これまで抱えた借財分(しゃくざいぶん)も払っちまえと言うように、お詠の胸に顔を埋(うず)めて泣き続ける。お詠は何も言わず、ただ、おりんを抱きしめ、優しく頭を撫でるのであった。  : 阿武:おりんさん、よかったねぇ…【涙声】 阿武:…詠さま、私は先に、番所に行ってお役人を呼んで参ります。詠さまは、おりんさんと東庵先生のところへ戻っておいてくださいましね。 詠:あぁ。頼んだよ、阿武。  : 片栗:〈N〉村では、東庵を中心に元気なものが夜通し働いていた。東庵たちの戦いもまた佳境を迎えている。お詠の持ち込んだ薬湯も何とか行き渡り、幾分(いくぶん)落ち着きを取り戻している様子である。そこへお詠とおりんが戻ってきた。  : 詠:さぁさ、おりん、東庵先生のお手伝いだ! 言うことをよく聞いて、しっかりお師匠(ししょ)さんのために働くんだよ、いいね。 りん:はいっ! お詠さん。東庵先生、なんでもやります。何からやればいいですか? 村田東庵:!? お、お、おりんさんっ!?  詠:東庵先生ぇ…? お・つ・と・め。   村田東庵:【はっとして】そ、それでは、この薬湯を名主さまのところに届けてください。先ほど東庵が伝えた分だと。土間に寝ている人たちに飲ませる分だ、とね。 りん:はいっ! すぐに行って参ります。 …お薬湯(やくとう)…土間の人…お薬湯…土間の人… りん:【ぶつぶつ言いながら出ていくおりん】 詠:ぷっ、はははっ。いいねえ、おりんは可愛いねぇ…。 詠:さてと、東庵先生、あたしゃぁ何をすればいいのかねぇ?   村田東庵:「ものぐさ」で名を馳せたお詠さんが手伝ってくださるなら百人力ですよ【笑う】 村田東庵:それではこちらの薬剤をそこの薬研(やげん)で… ってお詠さん、どうしました? 詠:ははは、いやね、冗談が言えるようなら、もう大丈夫だと思ってね。【カラカラと笑う】 詠:こちらはひとまず片付きましたからね。朝までは村のために尽くしましょうよ。 詠:…先生の話は、ここが明けてからで良さそうですよ、どうやらね。 村田東庵:お詠さん… 本当、あなたには敵いませんね。私のことまで覚えておいでとは… 村田東庵:よしっ、疲れなんてどこかに飛びましたよ。  詠:あれあれ、先生。まさか、この程度で疲れちまったのかい?   村田東庵:え、いやですねぇ。言葉の綾(あや)じゃあないですか。【照れ笑い】   詠:はいはい。ふふふ。あ、先生、名主(なぬし)さまがお見えですよ!    : 村田東庵:〈M〉黒脛巾(くろはばき)一味は番所から駆けつけた役人に引っ立てられ、怪我人・死人は台車で運ばれることとなりました。井戸の毒袋と用水の毒樽(どくだる)はご公儀に回収され、調べを受ける手筈(てはず)となっております。 村田東庵:生き残った者からどのような話が飛び出すか。そして、何より、このような大事件を引き起こしてしまった責任を、私はどう請け負うべきか…。空は晴れても、胸の内は暗いままだったのでございます。  : 片栗:〈N〉事件から三日後の夕刻。阿武に連れられたおりんが東庵の養生所を訪れてきた。   阿武:ごめんくださいまし。本日から、またおりんさんをお願いいたししますね。あのようなことの後でお疲れでございましょうが…、ここは一つ、よしなに願います。 りん:東庵先生、大変なことの後なのにごめんなさい。でも、よろしくお願いします。 りん:【礼儀正しくお辞儀をするおりん】   村田東庵:えぇ、それはかまいません。お役人からのお呼び出しにも、まだ時がかかりそうですしね。 村田東庵:ただ、これもいつまで続けていられるか… 阿武:その件でございますがね、先生。うちの詠さまが、東庵先生とお話ししたいと、そう申しておるのでございます。 阿武:いかがでしょう。今宵、おりんさんが帰る際、一緒にお出まし願えませんでしょうか。 村田東庵:実は私の方でもお詠さんと阿武さんに聞いていただきたいことがございました…。こちらこそ願ってもない機会を頂戴できてありがたいことです。 阿武:ははは、それはようございました。それでは先生の分も夕餉(ゆうげ)をお作りしてお待ちしておりますよ。 阿武:先生とは一度、腹を割って話してみたいと、詠さまと話しておりましたのでね… 村田東庵:腹を割って…【阿武をまっすぐに見据えて、笑顔になる】 村田東庵:えぇ、ご造作(ぞうさ)をおかけして申し訳ないが…よろしくお願いします。   阿武:それでは、おりんさん、またお迎えに上がりますから、しっかり習って、先生のお手伝いをしてくださいましね。   りん:はい! がんばりますっ【ニコニコ】  : 詠:〈M〉東庵先生を取り巻く事件のあらましと、そも東庵先生とは何者なのか。私たちのもう一つの顔を、動じながらも受け入れたのはどうしてか。という二つの疑問。 詠:おりんを通して培った信頼と感謝に嘘偽りはないけれど、ね…。ここらで一度洗いざらい聞いてみるとしようかねぇ。 詠:ははは。まぁ、得体の知れないのはこっちも同じだろうさ。 詠:さぁさ、夕餉(ゆうげ)の仕度をしようかね。  : 片栗:〈N〉「黒脛巾の末藏(くろはばきのすえぞう)」一味を捕らえたものの、その吟味はすぐには始まらないようだ。次第にその身を細めていくお月さんはやわらかく道を照らしているが、裏でうごめく何者かの姿はまだ浮かび上がってこない。  :  : 0:作者も思わぬ長編振りにお付き合いくださりありがとうございました! 0:楽しんでいただけたら幸甚に存じます。