台本概要
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タイトル | 寿譲華 |
---|---|
作者名 | 栞星-Kanra- |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 1人用台本(女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
寿命を譲る華と書いて、寿譲華(じゅじょうか) それは、人を守るために作られた華なのか はたまた、命を繋ぐために作られた華なのか 寿譲華 性別変更:不可 ※朗読劇の場合は、性別不問 ※実在する病名が明記されていますが、知識・情報不足のため、実際の対応方法・データと異なる点が多くあると思います。 予め、ご理解・ご了承ください。 誤字、脱字等ありましたら、アメブロ『星空想ノ森』までご連絡をお願いいたします。 読んでみて、演じてみての感想もいただけると嬉しいです。 459 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
私 | 女 | 45 | ― |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:キャラクター名の変更、および、一人称、語尾等の変更は、演者様間でお話の上、ご自由に楽しんでいただければと思います。
0:なお、世界観、内容が変わるほどの変更やアドリブは、ご遠慮ください。
:
:
:――(上演開始)――
:
:
私:私には、彼氏がいる。 幼馴染で、とても優しい彼氏。
:
私:『同棲しないか?』
私:そう聞かれ、YESと返してから、話が進まない。
私:「ここ、新しく建つの、賃貸なんだって」
私:さりげなく話を進めようとする私の言葉を、はぐらかす彼。
:
私:何か気に障るようなことをしてしまったのだろうか。
私:それとも、他に気掛かりなことでもあるのだろうか。
私:不安に駆られるが、ずっと一緒に過ごしてきた仲。 お互いのことはよく知っている。
私:何かあったとしても、きっと言ってくれるはず。 今までだってそうだった。 だから、きっと……。
:
私:不安からくるストレスなのか、眠りが浅くなっているからなのか。
私:どれだけ寝ても、疲れが取れない。
私:だるい。
私:それでも、仕事は待ってくれない。
私:会社に行き、いつも通りの元気さを偽る。
私:仕事から帰ってきたら、ベッドへ雪崩れ込む。
私:そんな平日のループを乗り切って、迎える休日。
私:進展しない彼との会話。
私:不安と苛立ちだけが積み上げられていく。
:
:
私:少し動くだけでもやっと、という状態になり、大人しく有休を取って、病院へ行った。
私:検査を受けた。
私:結果は一週間後に、と言われた。
私:結果を聞きに行く日の二日前、仕事中に電話があり、
私:留守電を聞くと病院からで、
私:『できれば、ご家族も一緒に』
私:とのことだった。
:
:
私:嫌な予感。
私:彼とのことでも不安でいっぱいなのに、別のことも追加される。
私:タイミングが悪いというか、何というか。
:
私:聞かされた結果は、予想通り、最悪だった。
私:癌。
私:親も医者も、待ったなしで治療の話を進めていく。
私:若い人がなりやすい癌は、進行速度が速い。
私:治療を始めるのは、少しでも早い方がいいから、と。
:
私:治療方法は何にするのか。
私:会社は休めるのか。
私:ロボットのように、即答できることだけに回答していく。
私:後は全部、
私:「わかりません」
私:どうやら私の頭は、考えるという仕事をする気がないらしい。
:
:
私:「あ……、今週末も逢う約束してたんだっけ」
私:家に帰り、手帳をぼんやり眺めていて、思い出す。
私:彼に送った内容は、とても簡素なものだった。
私:「病院に行ったら、癌だって言われた。 治療が始まるから今週から会えない」
:
私:どんな返事が来るのだろう。
私:優しい彼らしく、心配する内容を返してくれるのか、はたまた慌てて電話をかけてきてくれるのか。
私:もしくは、同棲のことを臭わされずに済むと、ホッとした様子が垣間見える内容が返ってくるのか。
:
私:しかし、彼からの返信は、そのどちらの予想も裏切るものだった。
私:『治療が受けられるなら、できるだけ早めに始めたほうがいい』
:
:
私:入院し、投薬が始まった。
私:辛い……なんて言葉で表現できるものじゃない。
私:平均寿命が延びた今、二人に一人は一度は経験すると言われているけれど、この若さで経験しなくてもいいじゃないの?
私:それに、なんで今なんだろう……。
私:精神も体力も削られる闘病生活。
私:こんなものを耐えている人が、本当にそんなにもいるのだろうか。
:
:
私:少しして、彼が見舞いに来た。
私:そして、またもや私の想定外の言葉を口にした。
私:『早くに見つかって良かった』
:
私:「……早く見つかって良かった……?
私: 本当は、ちょっと前から体調が悪かった!
私: でも、ストレスのせいかなって思い込んでた。
私: ……同棲しようって言ってくれてから、全然話進まないから、不安だったんだよ?
私: それがなかったら、もっと早くに受診していた! わかってた!
私: それなのに……。 そんなことしか言えないなら、もう来ないでよ!」
:
私:まくし立てるように、言葉をぶつける。
私:病気への不安と恐怖。
私:こんなの、八つ当たりでしかない。 わかってはいるけれど、口から溢れるものは、そんなどろどろとした感情が混ざったものでしかなかった。
私:彼は申し訳なさそうに下を向き、小さく言葉を残して病室を出て行った
私:『ごめん』
:
:
私:それから約一週間後。
私:看護師さんが、一つの鉢植えを大事そうに抱えて持ってきた。
私:『これ、彼氏さんからですよ』
私:私は訝(いぶか)しむ。
私:鉢植えを見舞いに贈るのは、『寝付く』という言葉を連想させるため、縁起が悪い。
私:彼も、その程度の常識は知っているはずだ。
私:それとも……。
私:そんな私の表情を読み取ってか、看護師さんがこう告げる。
私:『鉢植えは縁起が悪いって言いますよね。 でもこれは、そういう花じゃないですよ。 あなたを想っての花だから、大切にしてあげてね』
:
私:母も、花を見つけて目を見開いた。
私:きっと、私と同じことを思ったのだろう。
私:看護師さんから聞いた話を母にも伝える。
私:なぜか、今にも泣きそうな表情をした母からも同じ言葉が返ってきた。
私:『大事に……大切にしなさいね』
:
私:花のお礼を伝えられたのは、手術が終わり、再検査でも転移が見つからなかったと聞いて、安堵(あんど)してからだった。
私:けれど、何日経っても、返信どころか、既読も付かない。
私:きっと、あのとき、酷い言い方をしてしまったから。
私:退院したら、家まで行って、直接、お礼と、ごめんなさいをしよう。
:
:
私:退院した日、私は鉢植えを持って彼の家に向かった。
私:入院中、綺麗な花が、ずっと咲いてくれていた。
私:そうだ、この花の名前も教えてもらおう。
:
私:彼のお母さんを、玄関先で見つけた。
私:私を見つけて、笑顔を一瞬見せてくれた後、蹲(うずくま)ってしまった。
私:「おばさん! どうしたの? 大丈夫?」
私:おばさんは、泣いていた。
私:彼から私の病気のことを聞いて、心配してくれていたのかな。
私:おばさんに肩を貸して、家の中に上がらせてもらう。
私:『ありがとう。 あの子に逢いに来てくれたのね』
私:おばさんの言葉に違和感を覚えながら、リビングのドアを開け、広がる世界に硬直する。
:
私:よく、テレビゲームをさせてもらっていた部屋。
私:賑やかな声を響かせていた場所。
私:今、そこには、青い灯(あかり)がくるくると輝く、綺麗な祭壇が作られていた。
私:中央には……彼の写真が飾られていた。
:
私:「えっ……?」
私:なんの冗談ですか? 嘘ですよね? 何があったんですか?
私:どう聞けばいいのかわからない。
私:これは、現実? 私は悪い夢を見ているの?
:
私:『ここ、座って? 顔をよく見せてあげて。 納骨も済んじゃったから、良かったらお墓にも行ってあげてくれると嬉しいわ』
私:おばさんが前に移動していたことにも気付かず、私は目の前に広がる光景を飲み込むことができずにいた。
:
私:『……もしかして、何も聞いていなかった?』
私:はい……と、ちゃんと口に出して答えられただろうか。
私:それすらも怪しい状態の私を、今度はおばさんが手を引いて座らせてくれる。
:
私:『これ、あの子から。 読んであげて?』
私:渡された封筒。 中から手紙を取り出す。
私:そこには、彼の字が並んでいた。
:
私:退院、おめでとう。
私:きっと、手術も無事に成功したんだね。 良かった。 そして、お疲れ様。
私:辛いとき、傍にいてあげられなくて、支えてあげられなくて、ごめんね。
:
私:この手紙を読んでくれているということは、僕はもうこの世にはいないのだろうね。
私:こんなセリフ、漫画の中でしか使われることがないと思っていたけれど、まさか使うときが来るとは。
:
私:伝えたいことが二つある。
私:一つ目は、ごめん。
私:同棲のこと、入院すると連絡をもらった時の返信、病室でのこと。
私:実は、同棲しよう、と話をして少ししてから、病院に検査に行ったんだ。 ちょっと体調が悪くてね。
私:結果は、ステージⅣの癌だった。
私:他にも転移が見受けられて、手術もできない状態だって言われた。
私:残された時間、隣で辛い顔をさせたり、無理に笑顔を作って欲しくなくて、言えなかった。
私:別れるべきだとも思った。 でも、無理だった。 最期まで隣にいて欲しいと願ってしまった。
私:君も同じように癌だと聞かされて、驚いた。
私:でも、治療を受けることができる状態だって聞いたから、早く始めろと言ってしまった。
私:早く見つかって良かったと、言ってしまった。
私:俺の状態を明かしていないのに、寄り添う言葉も掛けず、そんな言い方をされたら気を悪くするのも当然だった。
私:本当にごめん。
:
私:二つ目は、ありがとう。
私:俺が、もしものときはドナーになりたいって言っていたこと、覚えてる?
私:最期に、誰かの役に立てることがあるならって。
私:駄目だった。 あちこちに転移が見つかっている身体は使ってもらえなくて。
私:そんなとき、『寿譲華(じゅじょうか)』のことを教えてもらった。
私:君に贈った花のことだ。 寿命を譲ることのできる華なんだって。
私:君の担当医が、俺の担当医とも一緒で、教えてもらった。 本当は、家族にしか教えてはいけないらしいんだけれど。
私:花については、先生に聞いて欲しい。
私:ただ、その花を使えば、この命を役立たせることができる、それも大切な君の。
私:それを知って、どれだけ救われたことか。
私:だから、ありがとう。 君の役に立たせてくれて。
:
私:最後に。 これからの人生が、君にとって輝かしいものであることを祈って。
:
:
私:彼が亡くなった理由。 思い。 願い。 葛藤。
私:そして、貰った花の名前。 意味。
私:知りたかったことは、彼の残してくれた言葉で全部知ることができた。
私:でも、でも……っ!
私:知らなかったとはいえ、ひどいことを言ってしまったことを謝りたい。
私:お花のお礼も言えていない。
私:伝えたい私の言葉は、彼にはもう届かない。 届けられない。
:
私:『これも、もらってあげて? あなたに渡すはずのものだったから』
私:手紙を読み終え、滲む視界に入ってきたのは、小さな箱。
私:中には、指輪が入っていた。
私:彼から手渡してもらえていたら、どれだけ幸せだっただろうか。
私:どれだけ嬉しかっただろうか。
:
私:彼は、こんなにも私のことを考えてくれていた。 思ってくれていた。 残してくれた。
私:彼の思いを噛みしめながら、指輪の入った小さな箱を両手で包み、胸に抱(いだ)く。
:
私:「ありがとう……ございます……っ」
:
私:私は、何をしてあげられたのだろうか。
私:どれだけ、返せていたのだろうか。
私:貰ったものがあまりに大きすぎて。 くれたものがあまりに優しすぎて。
私:暖かすぎる海の中。 そこにいることを忘れてしまっていた。
私:包まれていることが当たり前で。
私:深い深い海の中。 光がないと、気付いたときには、遅かった。
私:寒いと感じたそのときに、振り向いていれば良かった。 自ら手を伸ばしていれば。 そうすれば……。
私:あの場所に帰ることは、もうできないのだ。
私:彼の腕の中の温かさが、ただただ恋しくて仕方がない。
:
:
私:『あの子を連れてきてくれて、ありがとう。 ありがとう……』
私:おばさんは、涙が溢れる目を寿譲華にやり、私を抱きしめてくれた。
:
:
私:後日、寿譲華のことを担当医に聞いた。
:
私:命を助けることを生業(なりわい)とする医師が、力及ばず救えなかったとき、残された家族から訴えられることが後を絶たなかった。
私:医師たちは、訴えられることを恐れ、リスクを回避するようになる。
私:助けられるはずの命が、一つ、また一つと失われていく。
:
私:その苦しみを打ち明けられた、友人の花屋が生み出した花。
私:『奇跡』を花言葉に持つ花を八種類掛け合わせて生み出された花。
私:それが『寿譲華』。
:
私:六日間、その花に養分として血を与え、助けたい相手に贈る。
私:血を与えた者の命と引き換えに、花を受け取った相手は生きることができる。 花が散るそのときまで。
:
私:その花は、助かる確率が低い方法しか残されていないとき、医師からそっと、存在を教えられる花だ。
私:助かる確率を五十パーセントも上げることのできる花があると。
私:ただし、リスクもあると。
:
私:その花が生まれてから、手術に失敗しても訴えられることがなくなった。
私:それは、その花を贈らないことを決めた、という後ろめたさからなのかもしれない。
:
私:医師は、失敗を恐れず、できる限りのことを全力で取り組めるようになった。
私:果敢にチャレンジをするようになった。
私:結果はもちろん、助かる命も増えていった。
:
私:そして、なぜか、その花が贈られた場合の手術成功率は九十パーセントを越えていた。
私:医師会で定められた、成功率四十パーセント以下の場合にのみ、という条件があるのにも関わらず、だ。
私:そんな奇跡を起こす花が、『寿譲華』だと。
:
:
私:今日も、あなたがくれた指輪を身に着け、あなたがくれた時間を生きる。
私:寿譲華(あなた)とともに――
私:「行ってきます!」
:
:
:――(上演終了)――
0:キャラクター名の変更、および、一人称、語尾等の変更は、演者様間でお話の上、ご自由に楽しんでいただければと思います。
0:なお、世界観、内容が変わるほどの変更やアドリブは、ご遠慮ください。
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:――(上演開始)――
:
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私:私には、彼氏がいる。 幼馴染で、とても優しい彼氏。
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私:『同棲しないか?』
私:そう聞かれ、YESと返してから、話が進まない。
私:「ここ、新しく建つの、賃貸なんだって」
私:さりげなく話を進めようとする私の言葉を、はぐらかす彼。
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私:何か気に障るようなことをしてしまったのだろうか。
私:それとも、他に気掛かりなことでもあるのだろうか。
私:不安に駆られるが、ずっと一緒に過ごしてきた仲。 お互いのことはよく知っている。
私:何かあったとしても、きっと言ってくれるはず。 今までだってそうだった。 だから、きっと……。
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私:不安からくるストレスなのか、眠りが浅くなっているからなのか。
私:どれだけ寝ても、疲れが取れない。
私:だるい。
私:それでも、仕事は待ってくれない。
私:会社に行き、いつも通りの元気さを偽る。
私:仕事から帰ってきたら、ベッドへ雪崩れ込む。
私:そんな平日のループを乗り切って、迎える休日。
私:進展しない彼との会話。
私:不安と苛立ちだけが積み上げられていく。
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私:少し動くだけでもやっと、という状態になり、大人しく有休を取って、病院へ行った。
私:検査を受けた。
私:結果は一週間後に、と言われた。
私:結果を聞きに行く日の二日前、仕事中に電話があり、
私:留守電を聞くと病院からで、
私:『できれば、ご家族も一緒に』
私:とのことだった。
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私:嫌な予感。
私:彼とのことでも不安でいっぱいなのに、別のことも追加される。
私:タイミングが悪いというか、何というか。
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私:聞かされた結果は、予想通り、最悪だった。
私:癌。
私:親も医者も、待ったなしで治療の話を進めていく。
私:若い人がなりやすい癌は、進行速度が速い。
私:治療を始めるのは、少しでも早い方がいいから、と。
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私:治療方法は何にするのか。
私:会社は休めるのか。
私:ロボットのように、即答できることだけに回答していく。
私:後は全部、
私:「わかりません」
私:どうやら私の頭は、考えるという仕事をする気がないらしい。
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私:「あ……、今週末も逢う約束してたんだっけ」
私:家に帰り、手帳をぼんやり眺めていて、思い出す。
私:彼に送った内容は、とても簡素なものだった。
私:「病院に行ったら、癌だって言われた。 治療が始まるから今週から会えない」
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私:どんな返事が来るのだろう。
私:優しい彼らしく、心配する内容を返してくれるのか、はたまた慌てて電話をかけてきてくれるのか。
私:もしくは、同棲のことを臭わされずに済むと、ホッとした様子が垣間見える内容が返ってくるのか。
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私:しかし、彼からの返信は、そのどちらの予想も裏切るものだった。
私:『治療が受けられるなら、できるだけ早めに始めたほうがいい』
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私:入院し、投薬が始まった。
私:辛い……なんて言葉で表現できるものじゃない。
私:平均寿命が延びた今、二人に一人は一度は経験すると言われているけれど、この若さで経験しなくてもいいじゃないの?
私:それに、なんで今なんだろう……。
私:精神も体力も削られる闘病生活。
私:こんなものを耐えている人が、本当にそんなにもいるのだろうか。
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私:少しして、彼が見舞いに来た。
私:そして、またもや私の想定外の言葉を口にした。
私:『早くに見つかって良かった』
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私:「……早く見つかって良かった……?
私: 本当は、ちょっと前から体調が悪かった!
私: でも、ストレスのせいかなって思い込んでた。
私: ……同棲しようって言ってくれてから、全然話進まないから、不安だったんだよ?
私: それがなかったら、もっと早くに受診していた! わかってた!
私: それなのに……。 そんなことしか言えないなら、もう来ないでよ!」
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私:まくし立てるように、言葉をぶつける。
私:病気への不安と恐怖。
私:こんなの、八つ当たりでしかない。 わかってはいるけれど、口から溢れるものは、そんなどろどろとした感情が混ざったものでしかなかった。
私:彼は申し訳なさそうに下を向き、小さく言葉を残して病室を出て行った
私:『ごめん』
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私:それから約一週間後。
私:看護師さんが、一つの鉢植えを大事そうに抱えて持ってきた。
私:『これ、彼氏さんからですよ』
私:私は訝(いぶか)しむ。
私:鉢植えを見舞いに贈るのは、『寝付く』という言葉を連想させるため、縁起が悪い。
私:彼も、その程度の常識は知っているはずだ。
私:それとも……。
私:そんな私の表情を読み取ってか、看護師さんがこう告げる。
私:『鉢植えは縁起が悪いって言いますよね。 でもこれは、そういう花じゃないですよ。 あなたを想っての花だから、大切にしてあげてね』
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私:母も、花を見つけて目を見開いた。
私:きっと、私と同じことを思ったのだろう。
私:看護師さんから聞いた話を母にも伝える。
私:なぜか、今にも泣きそうな表情をした母からも同じ言葉が返ってきた。
私:『大事に……大切にしなさいね』
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私:花のお礼を伝えられたのは、手術が終わり、再検査でも転移が見つからなかったと聞いて、安堵(あんど)してからだった。
私:けれど、何日経っても、返信どころか、既読も付かない。
私:きっと、あのとき、酷い言い方をしてしまったから。
私:退院したら、家まで行って、直接、お礼と、ごめんなさいをしよう。
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私:退院した日、私は鉢植えを持って彼の家に向かった。
私:入院中、綺麗な花が、ずっと咲いてくれていた。
私:そうだ、この花の名前も教えてもらおう。
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私:彼のお母さんを、玄関先で見つけた。
私:私を見つけて、笑顔を一瞬見せてくれた後、蹲(うずくま)ってしまった。
私:「おばさん! どうしたの? 大丈夫?」
私:おばさんは、泣いていた。
私:彼から私の病気のことを聞いて、心配してくれていたのかな。
私:おばさんに肩を貸して、家の中に上がらせてもらう。
私:『ありがとう。 あの子に逢いに来てくれたのね』
私:おばさんの言葉に違和感を覚えながら、リビングのドアを開け、広がる世界に硬直する。
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私:よく、テレビゲームをさせてもらっていた部屋。
私:賑やかな声を響かせていた場所。
私:今、そこには、青い灯(あかり)がくるくると輝く、綺麗な祭壇が作られていた。
私:中央には……彼の写真が飾られていた。
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私:「えっ……?」
私:なんの冗談ですか? 嘘ですよね? 何があったんですか?
私:どう聞けばいいのかわからない。
私:これは、現実? 私は悪い夢を見ているの?
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私:『ここ、座って? 顔をよく見せてあげて。 納骨も済んじゃったから、良かったらお墓にも行ってあげてくれると嬉しいわ』
私:おばさんが前に移動していたことにも気付かず、私は目の前に広がる光景を飲み込むことができずにいた。
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私:『……もしかして、何も聞いていなかった?』
私:はい……と、ちゃんと口に出して答えられただろうか。
私:それすらも怪しい状態の私を、今度はおばさんが手を引いて座らせてくれる。
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私:『これ、あの子から。 読んであげて?』
私:渡された封筒。 中から手紙を取り出す。
私:そこには、彼の字が並んでいた。
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私:退院、おめでとう。
私:きっと、手術も無事に成功したんだね。 良かった。 そして、お疲れ様。
私:辛いとき、傍にいてあげられなくて、支えてあげられなくて、ごめんね。
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私:この手紙を読んでくれているということは、僕はもうこの世にはいないのだろうね。
私:こんなセリフ、漫画の中でしか使われることがないと思っていたけれど、まさか使うときが来るとは。
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私:伝えたいことが二つある。
私:一つ目は、ごめん。
私:同棲のこと、入院すると連絡をもらった時の返信、病室でのこと。
私:実は、同棲しよう、と話をして少ししてから、病院に検査に行ったんだ。 ちょっと体調が悪くてね。
私:結果は、ステージⅣの癌だった。
私:他にも転移が見受けられて、手術もできない状態だって言われた。
私:残された時間、隣で辛い顔をさせたり、無理に笑顔を作って欲しくなくて、言えなかった。
私:別れるべきだとも思った。 でも、無理だった。 最期まで隣にいて欲しいと願ってしまった。
私:君も同じように癌だと聞かされて、驚いた。
私:でも、治療を受けることができる状態だって聞いたから、早く始めろと言ってしまった。
私:早く見つかって良かったと、言ってしまった。
私:俺の状態を明かしていないのに、寄り添う言葉も掛けず、そんな言い方をされたら気を悪くするのも当然だった。
私:本当にごめん。
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私:二つ目は、ありがとう。
私:俺が、もしものときはドナーになりたいって言っていたこと、覚えてる?
私:最期に、誰かの役に立てることがあるならって。
私:駄目だった。 あちこちに転移が見つかっている身体は使ってもらえなくて。
私:そんなとき、『寿譲華(じゅじょうか)』のことを教えてもらった。
私:君に贈った花のことだ。 寿命を譲ることのできる華なんだって。
私:君の担当医が、俺の担当医とも一緒で、教えてもらった。 本当は、家族にしか教えてはいけないらしいんだけれど。
私:花については、先生に聞いて欲しい。
私:ただ、その花を使えば、この命を役立たせることができる、それも大切な君の。
私:それを知って、どれだけ救われたことか。
私:だから、ありがとう。 君の役に立たせてくれて。
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私:最後に。 これからの人生が、君にとって輝かしいものであることを祈って。
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私:彼が亡くなった理由。 思い。 願い。 葛藤。
私:そして、貰った花の名前。 意味。
私:知りたかったことは、彼の残してくれた言葉で全部知ることができた。
私:でも、でも……っ!
私:知らなかったとはいえ、ひどいことを言ってしまったことを謝りたい。
私:お花のお礼も言えていない。
私:伝えたい私の言葉は、彼にはもう届かない。 届けられない。
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私:『これも、もらってあげて? あなたに渡すはずのものだったから』
私:手紙を読み終え、滲む視界に入ってきたのは、小さな箱。
私:中には、指輪が入っていた。
私:彼から手渡してもらえていたら、どれだけ幸せだっただろうか。
私:どれだけ嬉しかっただろうか。
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私:彼は、こんなにも私のことを考えてくれていた。 思ってくれていた。 残してくれた。
私:彼の思いを噛みしめながら、指輪の入った小さな箱を両手で包み、胸に抱(いだ)く。
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私:「ありがとう……ございます……っ」
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私:私は、何をしてあげられたのだろうか。
私:どれだけ、返せていたのだろうか。
私:貰ったものがあまりに大きすぎて。 くれたものがあまりに優しすぎて。
私:暖かすぎる海の中。 そこにいることを忘れてしまっていた。
私:包まれていることが当たり前で。
私:深い深い海の中。 光がないと、気付いたときには、遅かった。
私:寒いと感じたそのときに、振り向いていれば良かった。 自ら手を伸ばしていれば。 そうすれば……。
私:あの場所に帰ることは、もうできないのだ。
私:彼の腕の中の温かさが、ただただ恋しくて仕方がない。
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私:『あの子を連れてきてくれて、ありがとう。 ありがとう……』
私:おばさんは、涙が溢れる目を寿譲華にやり、私を抱きしめてくれた。
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私:後日、寿譲華のことを担当医に聞いた。
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私:命を助けることを生業(なりわい)とする医師が、力及ばず救えなかったとき、残された家族から訴えられることが後を絶たなかった。
私:医師たちは、訴えられることを恐れ、リスクを回避するようになる。
私:助けられるはずの命が、一つ、また一つと失われていく。
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私:その苦しみを打ち明けられた、友人の花屋が生み出した花。
私:『奇跡』を花言葉に持つ花を八種類掛け合わせて生み出された花。
私:それが『寿譲華』。
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私:六日間、その花に養分として血を与え、助けたい相手に贈る。
私:血を与えた者の命と引き換えに、花を受け取った相手は生きることができる。 花が散るそのときまで。
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私:その花は、助かる確率が低い方法しか残されていないとき、医師からそっと、存在を教えられる花だ。
私:助かる確率を五十パーセントも上げることのできる花があると。
私:ただし、リスクもあると。
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私:その花が生まれてから、手術に失敗しても訴えられることがなくなった。
私:それは、その花を贈らないことを決めた、という後ろめたさからなのかもしれない。
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私:医師は、失敗を恐れず、できる限りのことを全力で取り組めるようになった。
私:果敢にチャレンジをするようになった。
私:結果はもちろん、助かる命も増えていった。
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私:そして、なぜか、その花が贈られた場合の手術成功率は九十パーセントを越えていた。
私:医師会で定められた、成功率四十パーセント以下の場合にのみ、という条件があるのにも関わらず、だ。
私:そんな奇跡を起こす花が、『寿譲華』だと。
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私:今日も、あなたがくれた指輪を身に着け、あなたがくれた時間を生きる。
私:寿譲華(あなた)とともに――
私:「行ってきます!」
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