台本概要
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タイトル | Camellia【4人用】 |
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作者名 | akodon (@akodon1) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 4人用台本(男2、女2) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
それは、僕の好きな。 台詞バランスに非常に差があります。 気になる方は二人向けをどうぞ。 562 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
レオナルド | 男 | 129 | 庭師の青年。少し意地の悪い言い回しをすることがある。基本的には落ち着いた性格。 |
カメリア | 女 | 107 | ヒロイン。レオナルドが勤める屋敷のお嬢様。明るく気が強いが、寂しがり屋。 |
マーサ | 女 | 10 | カメリアの屋敷で働くメイド。噂好きな女性。 セリフ量は少ない。 |
リカルド | 男 | 7 | カメリアの婚約者。傲慢で暴力的な性格。 セリフ量は少ない。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
レオナルド:カメリア。それは僕の一番好きな花。
カメリア:カメリア。それは貴方が好きな、私のーーー
0:(しばらくの間。場面転換。屋敷の庭先にて)
マーサ:「お嬢様ーーー!
マーサ:もう・・・どこに行ったのかしら?
マーサ:お嬢様!お嬢様ーーー!」
レオナルド:「おや、マーサ。どうかしたんですか?」
マーサ:「ああ、レオナルド。聞いてちょうだい。
マーサ:お嬢様がちょっと目を離した隙に、お部屋から抜け出してしまったのよ」
レオナルド:「そうなんですか。それは大変ですね」
マーサ:「ええ、全く・・・
マーサ:これからお勉強の時間だっていうのに、これじゃあ先生をお待たせしてしまうわ」
レオナルド:「それは困りますね。俺も庭の手入れついでに探してみましょう」
マーサ:「あら、助かるわ。じゃあ、庭の方は頼んだわね。
マーサ:私はお屋敷の中を探しに行くわ」
レオナルド:「はい。お任せを」
0:(マーサ、去っていく。少しの間)
レオナルド:「・・・と、いうわけで上手く誤魔化しておきましたよ。お嬢様」
カメリア:「誤魔化した、なんて言わないで、レオナルド。
カメリア:まるで私が悪いことをしているみたいじゃない」
レオナルド:「おや?お勉強が嫌だと部屋を抜け出すのは、悪いことでは無いんですか?」
カメリア:「別に嫌で抜け出したんじゃないわ。
カメリア:息抜きよ、息抜き」
レオナルド:「へぇ、お嬢様は息抜きという名目で部屋を抜け出す為に、せっせと仕事に励む真面目な庭師を自室の窓の下に呼びつけ、梯子(はしご)を運ばせ、その罪の片棒を担(かつ)がせたのですね?」
カメリア:「・・・」
レオナルド:「その上、憐れな庭師はお嬢様を庇うため、嘘までついてしまいました。
レオナルド:嗚呼・・・神よ。どうかお許しください・・・」
カメリア:「あーもう!わかったわよ!レオナルドの意地悪!
カメリア:私は勉強が嫌で部屋を抜け出しました!それは認めます!
カメリア:神様にも懺悔(ざんげ)するわ」
レオナルド:「なら、今すぐにでもご自分のお部屋に戻って・・・」
カメリア:「それは嫌!」
レオナルド:「何で?」
カメリア:「だって朝から晩までずーっと家の中に閉じ込められて・・・ピアノのお稽古(けいこ)、ダンスの練習、マナーの勉強・・・
カメリア:次から次へと、もううんざり!」
レオナルド:「そんなこと言ったって仕方ないでしょ?
レオナルド:お嬢様は色々な教養を身に付けて、立派なレディにならなければいけないんですから」
カメリア:「こんなつまらない思いをするくらいなら、レディになんてなりたくない!」
レオナルド:「そんなワガママ言ったって・・・」
カメリア:「ワガママなんかじゃないわ!
カメリア:知っているのよ。街に住んでる私と同じくらいの子は毎日、皆で楽しく駆け回って遊んでいるんでしょ?
カメリア:ズルいわ!私だってお友達と遊びたい!」
レオナルド:「まぁ、そう言われると・・・その気持ちはわからないではないですが・・・」
カメリア:「でしょ?そうでしょ?だから、可哀想な私をこのまま見逃して!
カメリア:少し息抜きするだけだから!」
レオナルド:「ちなみに聞きたいのですが、息抜きとは一体何をするんです?」
カメリア:「えーーーっと・・・そう!
カメリア:ちょっと街へ遊びに行こうかな、なんて」
レオナルド:「おっと・・・それだけはご勘弁を。
レオナルド:私はもう既に、お嬢様が部屋を抜け出すお手伝いをしてしまったんですよ?」
カメリア:「少しだけ!ほんの少しだけよ!
カメリア:日暮れまでには帰ってくるし、後でみんなには謝るわ!
カメリア:それにレオナルドが手伝ってくれたことだって、絶対に言わない!」
レオナルド:「ダメです。そんなことをしたら旦那様も奥様も、マーサや他の使用人だって心配しますよ」
カメリア:「・・・心配、してくれるかしら・・・?」
レオナルド:「お嬢様?」
カメリア:「ねぇ、レオナルド。私がこんな風に居なくなったら、お父様とお母様は心配してくれるかしら?
カメリア:寂しい思いをさせたね。ずっとそばに居るからね、って言ってくれるかしら?」
レオナルド:「どうかなさったんですか?」
カメリア:「・・・あのね、お父様とお母様、最近ほとんどお家にいないの。
カメリア:前はずっとそばにいて、絵本を読んでくれたり、一緒に編み物をしてくれたりしたのに、最近はお顔すらあんまり見ていない」
レオナルド:「なかなかお会い出来ないんですか?」
カメリア:「ええ、マーサに聞いたら、お父様もお母様もお忙しいんですよ、ってそればっかり。
カメリア:・・・でも・・・でも私、知ってるのよ。
カメリア:二人とも、実はお屋敷の外にいるお友達に会いに行ってるんだって」
レオナルド:「そう、なんですか・・・」
カメリア:「酷いでしょ?私はお屋敷に閉じ込められて、お友達も居ないのに。
カメリア:こんなに寂しい思いをしてるのに・・・!」
レオナルド:「・・・」
カメリア:「もう嫌!何もかも嫌!お父様もお母様も自分勝手よ!
カメリア:私を一人置いていって、自分たちだけ楽しそうで・・・二人とも嫌い!大嫌いっ!」
レオナルド:「・・・お嬢様」
レオナルド:(レオナルド、一輪のカメリアを差し出す)
カメリア:「・・・何、これ?」
レオナルド:「カメリアの花です。私が一番好きな花。
レオナルド:お嬢様に差し上げます」
カメリア:「これを私に?どうして?」
レオナルド:「その・・・女の子が泣いている時は、花を渡すのが一番だと、父が言っていたので」
カメリア:「そうなの?」
レオナルド:「あれ?違いましたか?」
カメリア:「ううん、嬉しいけど・・・ 」
レオナルド:「そうですか・・・これでもしダメだったら、私は危うく父と大喧嘩するところでした」
カメリア:「喧嘩はダメよ!良くないわ!」
レオナルド:「おや?涙は止まったようですね?」
カメリア:「あっ・・・」
レオナルド:「お嬢様、一つ提案があるのですが」
カメリア:「何?」
レオナルド:「もし・・・もしですよ?
レオナルド:お嬢様が寂しくて、友達が欲しいと言うのなら、私が友達になるというのはどうですか?」
カメリア:「レオナルドと私が、友達?」
レオナルド:「ええ、そうです」
カメリア:「でも、貴方が叱られたりしない?
カメリア:前にメイドのサラの子が遊んでくれた時、『使用人の子と遊ばせるなんて!』って、お母様がサラをすごく叱っていたの」
レオナルド:「それなら、私とお嬢様が友達なのは誰にも秘密です。
レオナルド:私は誰かと居る時、いつも通り使用人として接しますが、二人で居る時だけは、友達として過ごしましょう」
カメリア:「でも、でも・・・」
レオナルド:「あ、そうそう。ここだけの話ですが、私と友達になるといい事がありますよ?
レオナルド:お勉強が嫌になった時、こっそり梯子を持って部屋を抜け出すのを手伝うことができます。
レオナルド:おまけに庭の中なら他の使用人が知らない、秘密の隠れ場所も知っています」
カメリア:「・・・本当に・・・いいの?」
レオナルド:「いや、お嬢様が嫌なら無理強いは・・・」
カメリア:「・・・ううん!嬉しい!すっごく嬉しいわ!」
レオナルド:「そうですか、なら決まりですね。
レオナルド:今日から私とお嬢様はお友達です」
カメリア:「うん・・・うんっ!」
レオナルド:「良かった良かった。これでちょっとは寂しくないですね」
カメリア:「うふふ・・・あっ!レオナルド」
レオナルド:「なんでしょう?」
カメリア:「お友達になったついでに、一つだけお願いしてもいい?」
レオナルド:「お願い?」
カメリア:「うん!あのね、私のことを名前で呼んでくれない?」
レオナルド:「名前・・・ですか?」
カメリア:「そうよ!だって、お友達なのに『お嬢様』なんて呼ばれたら、今までとあまり変わらないじゃない。
カメリア:友達でいる時はお嬢様じゃなくて、普通の女の子として扱って欲しいの」
レオナルド:「・・・無礼者!とか言いませんよね?」
カメリア:「もう!言うわけないじゃない!」
レオナルド:「ははは、冗談ですよ。いい考えだ」
カメリア:「決まりね!あっ、じゃあ、私は貴方の事、レオって呼ぶわ!
カメリア:それに二人でいる時は敬語も無しよ。いいわね?」
レオナルド:「わかりました」
カメリア:「敬語」
レオナルド:「・・・わかった」
カメリア:「あっ、ちなみに私の名前を知らないなんて事は・・・」
レオナルド:「あるわけないだろ?
レオナルド:・・・カメリア。キミに手渡した、僕の一番好きな花の名前と同じだ」
カメリア:「ふふ、覚えててくれて嬉しいわ。
カメリア:ありがとう。これで私たち、友達ね」
レオナルド:「そうだね」
カメリア:「これからよろしくね、レオ」
レオナルド:「ああ、こちらこそ、カメリア」
0:(しばしの間。数年後の庭先にて)
マーサ:「お嬢様!お嬢様ーーー?
マーサ:もう!またあの方はお部屋を抜け出して・・・」
レオナルド:「おや、マーサ。またお嬢様がどこかへ?」
マーサ:「そうなの!またなのよ!
マーサ:全く・・・十六歳になったのに、部屋を抜け出す癖だけは全然直らなくて・・・」
レオナルド:「まぁまぁ、また時間が経てば、ふらっと戻ってきますよ。
レオナルド:私も探してみますから」
マーサ:「いつもいつも悪いわね。じゃあ、お願いするわ」
0:(マーサ、屋敷の方へ去っていく。少しの間)
レオナルド:「・・・行ったよ。カメリア」
カメリア:「ふぅ、ありがとう、レオ。いつも上手く誤魔化してくれて」
レオナルド:「どういたしまして。
レオナルド:僕が手入れしたトピアリーの隠れ心地はどう?」
カメリア:「なかなか良いわ。造形が細かい上に、私が上手く隠れられる大きさなのが、何よりも良い」
レオナルド:「お褒めにあずかり光栄だよ」
カメリア:「ええ、さすが我が家の自慢の庭師」
レオナルド:「庭師?友達ではなく?」
カメリア:「もう!庭師であることには変わりないでしょ?
カメリア:・・・さすが、私の自慢の友達」
レオナルド:「ははは」
カメリア:「・・・相変わらず、ちょっと意地悪なんだから、レオは」
レオナルド:「ん?何か言った?」
カメリア:「別に!」
レオナルド:「そういえば、今日は何で部屋を抜け出したんだい?
レオナルド:またお勉強が嫌になった?」
カメリア:「違うわ。もうお勉強が嫌だ、なんて駄々をこねる歳じゃないもの」
レオナルド:「へぇ、じゃあどうして?」
カメリア:「・・・今日ね、これからリカルドが会いに来るの」
レオナルド:「リカルド?ああ、あの隣町のお坊ちゃん」
カメリア:「そう」
レオナルド:「良いじゃないか、キミとは歳も近いし、最近は頻繁に遊びに来てくれている。
レオナルド:どうして部屋を抜け出す理由になるんだい?」
カメリア:「私、あの人がなんだか苦手なの。
カメリア:確かに歳も近くて、私に優しくしてくれる。
カメリア:けど、話す事と言えば自分の自慢話か、誰かの悪口ばかり。
カメリア:使用人にも大柄(おおへい)な態度をとるし。
カメリア:話をしても、あんまり楽しくないの」
レオナルド:「うーん・・・まぁ、男なんてみんな自慢話が好きだし、人間だったら誰しも悪口くらい言ってしまうと思うけど」
カメリア:「でも・・・でもね!彼と話していると、なんだか胸のあたりがモヤモヤするの。
カメリア:同じ男の人でも、レオと話している時は楽しくて、胸が温かくなるのに」
レオナルド:「そう、僕と一緒に居る時、キミはそんな風に感じてくれていたんだ」
カメリア:「ええ、だから私は彼と一緒に居たくない。
カメリア:それなら、レオと一緒に居たいの」
レオナルド:「それは・・・ちょっと困ったな・・・」
カメリア:「困った?なんで?」
レオナルド:「いや、マーサがこの前話していたんだ。
レオナルド:旦那様はリカルド坊ちゃんをとても気に入っているから、キミの婚約者にしたいんじゃないか、って」
カメリア:「嘘!どうしてそんな話が?」
レオナルド:「いや、あくまで噂話好きのマーサのことだ、本当かどうかは分からないけど・・・」
カメリア:「嫌!嫌よ!考えられないわ。
カメリア:リカルドと結婚するなんて・・・」
レオナルド:「落ち着いて、カメリア。
レオナルド:まだ決まった訳じゃない。ただの噂話だから・・・」
カメリア:「(泣きだす)うっ・・・うう・・・」
レオナルド:「参ったな・・・そんなに嫌だった?」
カメリア:「だって、噂話だとしても、レオの口からそんな話を聞きたくなかった・・・!」
レオナルド:「僕の口から?それは、どういう?」
カメリア:「なんで・・・なんでわかってくれないの?私たち、友達なんでしょ?
カメリア:お父様やお母様にも言ったことがない本音を私、たくさん喋ってきたのに」
レオナルド:「カメリア。どうしたんだい?
レオナルド:急にそんなに感情的になって・・・僕が悪いなら謝るよ。
レオナルド:だから・・・ね、顔をあげて」
カメリア:「ぐすっ・・・うう・・・」
レオナルド:「あーぁ、可愛い顔が台無しだ。
レオナルド:ほらほら、目は擦らないで。
レオナルド:真っ赤になった目で帰ったら、マーサが心配するだろう?」
カメリア:「知らない!誰も心配なんてしてくれるわけないわ!
カメリア:私はどうせお父様とお母様の道具なのよ!」
レオナルド:「カメリア、そんなに声を荒らげたら、誰かに見つかって・・・」
カメリア:「レオも自分のことばかりなのね・・・!」
レオナルド:「・・・そんなこと」
カメリア:「そんなこと?無いなんて言えないでしょ?
カメリア:私と一緒に居るところを見つかったら、どんなお叱りを受けるかわからないものね!」
レオナルド:「・・・」
カメリア:「そう・・・何も言ってくれないのね。
カメリア:もういい・・・今日は帰る!さようなら!」
レオナルド:「・・・っ、カメリア!」
0:(カメリア去っていく)
レオナルド:「・・・はぁ・・・なんで言葉が続かなかったんだ・・・。
レオナルド:らしくない・・・」
レオナルド:(膨らみかけたカメリアの蕾に触れ、目を瞑る)
レオナルド:「カメリア・・・噂話であることを、僕も祈っているよ・・・」
0:(しばしの間。場面転換)
マーサ:「レオナルド、聞いた?
マーサ:あのね、お嬢様とリカルド様が・・・」
0:(しばしの間。場面転換。雪の降る夜。レオナルドの家)
レオナルド:「ハァ・・・今日は冷え込むな・・・ああ、雪も降ってきた。
レオナルド:道理で寒いわけだ・・・」
レオナルド:(少し間)
レオナルド:「・・・あの日から、ひと月。一度もカメリアは姿を見せてないな。
レオナルド:それもそうか・・・あんなに怒って帰ったんだ。そんな簡単に来てくれる訳ないよな・・・」
レオナルド:(ほんの少し間。机の上の花瓶に挿されたカメリアの花を見つめる)
レオナルド:「それに、婚約者も出来たんだ・・・
レオナルド:使用人で、友達扱いされているとはいえ、男の所に来るなんて許されないよな」
レオナルド:(少し間)
レオナルド:「さぁ・・・今日はもう遅い。
レオナルド:明日は雪かきもしなければならないだろうし、もう寝るとするか・・・」
0:(ノックの音)
レオナルド:「・・・ん?こんな夜更けに、誰だ・・・?」
0:(扉を開ける音)
レオナルド:「・・・ッ!カメリア・・・」
カメリア:「ごめんなさい、レオ。こんな夜遅くに・・・」
レオナルド:「夜遅くも何も・・・こんな雪が降る中、どうしてこんな所へ・・・!
レオナルド:とりあえず部屋に入って!
レオナルド:ああ、こんなに冷え切って・・・さぁ、暖炉の前に座って・・・」
カメリア:「・・・っ、レオ!」
カメリア:(カメリア、レオに縋り付く)
レオナルド:「カメリア・・・?どうしたんだ・・・?」
カメリア:「あのね・・・決まったの。私とリカルドの結婚が」
レオナルド:「・・・ッ」
カメリア:「お父様がね、こういう事は早い方が良いと仰って、私の意見も聞かずに、決めてしまったの」
レオナルド:「そう、なのか・・・」
カメリア:「私ね、生まれて初めてお父様に向かって叫んだわ。
カメリア:どうして私の意見を聞いてくれないんですか?私はお人形じゃないのに!って。
カメリア:そうしたら、そうしたらね・・・」
レオナルド:「・・・」
カメリア:「うちにはたくさんの借金がある。
カメリア:お前を育ててきたのは、リカルドのような裕福な家から婿(むこ)をとって、この家を立て直す為だ、って・・・」
レオナルド:「・・・!」
カメリア:「ねぇ・・・レオ。あのね・・・実は私も分かってたのよ。
カメリア:お父様やお母様がここまで私を育ててきてくれたのは、きっとこういう時の為だろうって」
レオナルド:「何で、そんなこと」
カメリア:「私ね、だいぶ前に気付いてしまったの。
カメリア:お父様とお母様が出掛けた時、何をしていたか。
カメリア:・・・二人とも、外で愛人を作ったり、賭け事に手を出したりして、遊び呆けていたの」
レオナルド:「酷い・・・あんまりじゃないか。
レオナルド:君を家に閉じ込めて、自分たちはそんなことをしていたなんて」
カメリア:「でも、私は知らないフリをしていた。
カメリア:お父様とお母様の言うことを聞いていれば、いつかまた一緒に過ごせるだろう、って。
カメリア:私が立派なレディになれば、小さい頃みたいに頭を撫でて、褒めてくれるだろう、って」
レオナルド:「・・・ッ」
カメリア:「馬鹿みたい・・・私はずっと叶わない夢を見ていたのね・・・
カメリア:その夢に囚われたままで居たから、好きでもない人と結婚する羽目になっちゃった・・・」
レオナルド:「・・・リカルドとは、上手くいってないのかい?」
カメリア:「彼はね、すごく傲慢(ごうまん)な人。プライドが高くて、自分の事しか考えてないの」
レオナルド:「そうなのか・・・」
カメリア:「でも、私の事を少なくとも気に入ってくれたみたい。
カメリア:だからね、結婚すれば家を援助してくれると、約束してくれたわ」
レオナルド:「けど、キミは・・・彼の事を・・・」
カメリア:「あのね、愛がなくても結婚はできるのよ、レオ。
カメリア:お父様とお母様のように、互いに背を向けていても。
カメリア:私とリカルドのように、利害だけで成り立つ関係だったとしても」
レオナルド:「そんな・・・そんなの悲しすぎる・・・」
カメリア:「だからね、私も悲しくて堪らなくなったから、また部屋を抜け出してしまったわ。
カメリア:レオの顔が見たくなって。レオの声が、ちょっと意地悪だけど、優しい貴方の言葉が聞きたくて・・・
カメリア:これが、きっと最後になるかもしれないから」
レオナルド:「カメリア・・・!」
レオナルド:(レオナルド、カメリアを抱きしめる)
カメリア:「レオ・・・?」
レオナルド:「なんで・・・なんでそんな事を言いに、わざわざ来たんだ・・・。
レオナルド:そんなの、黙って僕が聞き流せる訳が無いだろう?
レオナルド:キミが・・・キミが寂しがりながらも、必死に頑張っていた姿を見てきた僕が・・・」
カメリア:「・・・っ、レオ・・・私も、私だってこんなこと貴方に伝えたく無かった・・・!
カメリア:一番の友達に、こんな悲しい顔、見せたくなかった・・・!」
レオナルド:「ねぇ、この後に及んで、まだ僕を友達扱いするの?カメリア?」
カメリア:「えっ・・・?」
レオナルド:「言ってくれよ。素直な気持ちを。
レオナルド:キミがどうしてこんな雪の中、僕の元に来てくれたのか、その理由を」
カメリア:「・・・っ、私は・・・」
レオナルド:「僕はカメリアが好きだよ。大好きだ。
レオナルド:友達として、人として、そして・・・一人の女の子として大好きだ。愛している」
カメリア:「・・・!」
レオナルド:「キミは?キミにとって僕は、ただの友達?」
カメリア:「なんで・・・そんなにあっさり言ってしまうの・・・」
レオナルド:「カメリア?」
カメリア:「せっかくお別れしようと思ったのに・・・!
カメリア:最後にこうやって声が聞ければ、諦められると思ったのに・・・!」
レオナルド:「ほら、泣かないで。可愛い顔が台無しだ」
カメリア:「・・・っ、私も、レオが好き・・・!
カメリア:友達として、人として、一人の男性として、大好き・・・愛してるわ・・・!」
0:(しばしの間。場面転換。暖炉の前、ソファで寄り添うように座る二人)
レオナルド:「落ち着いた?カメリア?」
カメリア:「・・・泣き疲れちゃった」
レオナルド:「だろうね、眠そうな顔してる」
カメリア:「もう・・・泣きすぎて酷い顔になってるんだから、あんまり覗きこまないで・・・」
レオナルド:「大丈夫、キミの泣いてる顔なんて、小さい頃からずっと見てきてるんだから」
カメリア:「・・・やっぱり、レオは少し意地が悪いわ」
レオナルド:「どうも」
カメリア:「褒めてない」
レオナルド:「ねぇ、これからどうなるかな?」
カメリア:「そうね・・・朝になったら、私が居ないことに気付いて、みんな大騒ぎで探すかもしれない」
レオナルド:「それは大変だ。キミを連れて逃げなくちゃ。
レオナルド:どこがいいかな?ここは寒いから、もっと南の方へ行こうか?
レオナルド:静かな農村で、二人で小さな家を買って暮らす・・・なんてどうかな?」
カメリア:「・・・ううん。私、一度家に帰るわ」
レオナルド:「どうして?そんな必要ないじゃないか」
カメリア:「必要なんて無いかもしれない。
カメリア:けど、私はもうこそこそと貴方に会うのは嫌なの。
カメリア:家を追い出される覚悟で、お父様とお母様に自分の気持ちを伝えてくるわ。
カメリア:リカルドとの婚約も無かったことにしてもらう」
レオナルド:「・・・もしかしたら、今度はもう部屋から出してもらえなくなるかもしれない」
カメリア:「そうなった時は、梯子を抱えて助けに来てくれるでしょ?レオ」
レオナルド:「ああ、参った・・・キミならそう言いそうな気はしてたけど」
カメリア:「ふふ、さすが私の友達。私の事をよく分かってる」
レオナルド:「もう友達じゃないだろ?」
カメリア:「ええ、そうね・・・」
レオナルド:「迎えに行くよ。すぐに荷物をまとめて、キミの事を」
カメリア:「ありがとう、レオ。
カメリア:・・・ねぇ、一つお願いをしてもいい?」
レオナルド:「なんだい?」
カメリア:「まだ少し、勇気が足りないの。
カメリア:だから、ほんの少しでいい。私に貴方の勇気を分けて」
レオナルド:「ああ、少しと言わず、いくらでも」
レオナルド:(レオナルド、カメリアに口付ける)
レオナルド:「いかがでしょうか?」
カメリア:「敬語、禁止だって言ったのに・・・」
レオナルド:「ははは、ごめん。つい」
カメリア:「・・・じゃあ、私。夜が明けたら家に帰るね」
レオナルド:「ああ・・・カメリア。ついでにこれを」
レオナルド:(レオナルド、カメリアの花を差し出す)
カメリア:「カメリアの・・・花?」
レオナルド:「お守り代わりに持っててほしい。
レオナルド:僕の大好きな花を、大好きなキミに」
カメリア:「レオ・・・ありがとう」
レオナルド:「心はいつもそばに居る。すぐにまた会おう」
カメリア:「うん・・・!」
0:(しばしの間。場面転換。屋敷の入口付近)
レオナルド:「さて・・・荷物は全て荷馬車に積んだ・・・。
レオナルド:あとはカメリアを迎えに行くだけだ」
マーサ:「ハァ・・・ハァ・・・。
マーサ:・・・っ、レオナルド!?」
レオナルド:「マーサ・・・?
レオナルド:どうしたんですか?そんなに息を切らして」
マーサ:「大変、大変なの・・・!
マーサ:お嬢様が・・・お嬢様が・・・!」
0:(しばしの間。場面転換。屋敷内)
レオナルド:ーーーそこに辿り着くまで、動悸(どうき)が止まらなかった。
レオナルド:静かすぎる屋敷の中、自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえた。
レオナルド:気分が悪い。目眩がする。
レオナルド:早くそこに行かなければならないのに、行きたくないーーー
レオナルド:ぐちゃぐちゃになった思考を必死に巡らせて、僕はその扉を開けた。
リカルド:「・・・やぁ、キミはここの使用人・・・かな?」
レオナルド:そこには男が立っていた。
レオナルド:品のいいスーツに身を包み、にこやかに笑う男が。
リカルド:「ああ、キミとは初対面・・・だね。
リカルド:私はリカルド。カメリアの婚約者だよ。
リカルド:ああ・・・正確には『だった』と言うべきかな?」
レオナルド:男はそう言って、白い歯を見せて笑った・・・顔を真っ赤な血に染めて。
リカルド:「ああ、言葉を失っているようだねぇ。
リカルド:それもそうか・・・キミたちの愛すべきお嬢様がこうなってしまったらね」
レオナルド:吐き気がする。
レオナルド:足元がぐらぐらと揺れる。
レオナルド:心臓が痛いほど脈打つ。
リカルド:「馬鹿だなぁ、カメリア。
リカルド:せっかく私が婚約者になってやったのに、この後に及んで婚約を破棄したいなんて言ってきて。
リカルド:ははは・・・許さない・・・この私が、わざわざこんな貧乏貴族に婿入りしてやると言ったのに。
リカルド:大人しく、従順な可愛いお人形でいれば、一生私が愛してあげたのに」
レオナルド:血が沸騰(ふっとう)しそうに熱い。
レオナルド:喉がからからに乾いて、息をするのも苦しい。
リカルド:「だから、私が本当のお人形にしてあげたよ。
リカルド:心臓を撃ち抜いて、物言わぬ美しいお人形に」
レオナルド:やめろ、やめろ。それを僕に見せるな。
レオナルド:・・・見てしまったら、僕は。
リカルド:「さぁ、カメリア。顔を見せてあげて。
リカルド:私たちを祝福しに来てくれた、使用人たちにね・・・
リカルド:(リカルド、カメリアの手元に気付く)
リカルド:おや、これは・・・?
リカルド:何を大事に持っているかと思えば・・・カメリアの花?
リカルド:・・・私が持ってきてやった薔薇は、ただの一度も受け取らなかったクセに、こんな・・・」
リカルド:(少し間)
リカルド:「こんなモノ、キミにはもう必要ないだろう・・・カメリア?」
レオナルド:男は汚い物をみるような目でそれを見て、床に放(ほう)った。
レオナルド:つられて視線を落とした僕の目に、それは映った。
レオナルド:・・・花が咲いていた。
レオナルド:白いブラウスを着た彼女の胸に、真っ赤なカメリアの花が。
リカルド:「ははは!はははははは!」
レオナルド:男は狂ったように笑った。笑いながら踏みつけた。
レオナルド:力なく萎(しお)れた一輪のカメリアの花を。
レオナルド:ーーーその瞬間、目の前が赤く弾けた。
0:(しばしの間。場面転換。雪の降る庭)
レオナルド:「ハァ・・・ハアッ・・・ハァ・・・」
レオナルド:
レオナルド:振り積もった雪の中を僕はひたすら歩く。
レオナルド:動かなくなった彼女を背負い、ただひたすら。
レオナルド:雪の冷たさは感じない。背中に背負った彼女の、氷のような冷たさだけが、今僕が感じる唯一の感覚だった。
レオナルド:
レオナルド:「ハァ・・・ハァ・・・」
レオナルド:
レオナルド:二人で一緒に時を共有した庭は、美しい白に覆われていた。
レオナルド:僕が手入れをした庭木も、四季の花が咲く花壇もーーー
レオナルド:彼女が隠れるのにちょうどいいと喜んでくれた、あのトピアリーも。
レオナルド:
レオナルド:「ハァ・・・ぐぅっ・・・」
レオナルド:
レオナルド:足が縺(もつ)れた。
レオナルド:彼女と一緒に僕は雪の上に倒れ込む。
レオナルド:
レオナルド:「ハァ・・・ハァ・・・」
レオナルド:
レオナルド:投げ出され、力なく横たわる彼女に向かって手を伸ばし、僕はそっとその頬に触れた。
カメリア:『・・・心配、してくれるかしら・・・?』
カメリア:『私はお屋敷に閉じ込められて、お友達も居ないのに。こんなに寂しい思いをしてるのに・・・!』
カメリア:『もう嫌!何もかも嫌!お父様もお母様も自分勝手よ!』
レオナルド:最初は哀れみのようなものだった。
レオナルド:孤独に震える幼い少女を慰めるための、ほんの気まぐれだった。
レオナルド:
レオナルド:「・・・ッ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
レオナルド:
レオナルド:彼女を再び背負い。歩き出す。
レオナルド:白い雪には点々と血の跡が残っていた。
カメリア:『・・・相変わらず、ちょっと意地悪なんだから、レオは』
カメリア:『レオと一緒に居たいの』
カメリア:『これで私たち、友達ね』
レオナルド:いつしか、哀れみは愛情へと変わっていた。
レオナルド:無垢な笑顔を見せながら、僕の元へやってくる彼女の。
レオナルド:時々見せる拗(す)ねたような顔が可愛い彼女の事が、何よりも大事になっていた。
レオナルド:
レオナルド:「ハァ・・・ハァ・・・」
レオナルド:
レオナルド:身体中から力が抜けそうになる。
レオナルド:腹の辺りから、血が流れていく感覚がある。
レオナルド:それは相手の命を奪ってしまった代償のようだった。
カメリア:『・・・っ、私も、レオが好き・・・!
カメリア:友達として、人として、一人の男性として、大好き・・・愛してるわ・・・!』
レオナルド:せっかく想いが通じ合った・・・それなのに。
レオナルド:
レオナルド:「くっ・・・」
レオナルド:
レオナルド:最後の力を振り絞り、その木のーーー二人で初めて約束を交わした木の元へ辿り着く。
レオナルド:花は美しく咲いていた。
レオナルド:赤い花弁を綻ばせ、冷たい雪が降り積もっても、生き生きと。鮮やかに。
レオナルド:
レオナルド:「ああ・・・ああ・・・」
レオナルド:
レオナルド:真っ白に染まった世界で、その色だけが鮮烈で。
レオナルド:
レオナルド:「うう・・・ああ・・・あああ・・・」
レオナルド:
レオナルド:膝を着き、彼女を抱き抱えて、声にならない声をあげた。
レオナルド:後悔、怒り、悲しみーーー
レオナルド:次々と湧き上がるどす黒い感情を噛み締めて、僕は花に手を伸ばした。
レオナルド:これは僕への罰だ。
レオナルド:このどす黒く、僕の身体を引き裂くような感情は、彼女を救えなかった、僕への。
レオナルド:だから、彼女にはせめて・・・最期に美しい花を。
レオナルド:
レオナルド:「カメリア・・・僕の一番、好きな花」
レオナルド:
レオナルド:一際(ひときわ)鮮やかに咲いたその花を手折り、口付ける。
レオナルド:冷たい花弁が唇に触れた。
レオナルド:
レオナルド:「この花を・・・キミに贈るよ」
レオナルド:
レオナルド:口付けた花を彼女の胸の上に置いて、色を無くしたその唇に口付ける。
レオナルド:花よりも冷たくなったそれが、僕の唇に触れた。
レオナルド:
レオナルド:「カメリア・・・僕の一番、好きな人」
レオナルド:細い身体を抱き締めて、僕は静かに目を閉じた。
カメリア:『レオ、愛してるわ』
レオナルド:遠くなる意識の中、愛しい彼女の声がした。
レオナルド:カメリア。それは僕の一番好きな花。
カメリア:カメリア。それは貴方が好きな、私のーーー
0:(しばらくの間。場面転換。屋敷の庭先にて)
マーサ:「お嬢様ーーー!
マーサ:もう・・・どこに行ったのかしら?
マーサ:お嬢様!お嬢様ーーー!」
レオナルド:「おや、マーサ。どうかしたんですか?」
マーサ:「ああ、レオナルド。聞いてちょうだい。
マーサ:お嬢様がちょっと目を離した隙に、お部屋から抜け出してしまったのよ」
レオナルド:「そうなんですか。それは大変ですね」
マーサ:「ええ、全く・・・
マーサ:これからお勉強の時間だっていうのに、これじゃあ先生をお待たせしてしまうわ」
レオナルド:「それは困りますね。俺も庭の手入れついでに探してみましょう」
マーサ:「あら、助かるわ。じゃあ、庭の方は頼んだわね。
マーサ:私はお屋敷の中を探しに行くわ」
レオナルド:「はい。お任せを」
0:(マーサ、去っていく。少しの間)
レオナルド:「・・・と、いうわけで上手く誤魔化しておきましたよ。お嬢様」
カメリア:「誤魔化した、なんて言わないで、レオナルド。
カメリア:まるで私が悪いことをしているみたいじゃない」
レオナルド:「おや?お勉強が嫌だと部屋を抜け出すのは、悪いことでは無いんですか?」
カメリア:「別に嫌で抜け出したんじゃないわ。
カメリア:息抜きよ、息抜き」
レオナルド:「へぇ、お嬢様は息抜きという名目で部屋を抜け出す為に、せっせと仕事に励む真面目な庭師を自室の窓の下に呼びつけ、梯子(はしご)を運ばせ、その罪の片棒を担(かつ)がせたのですね?」
カメリア:「・・・」
レオナルド:「その上、憐れな庭師はお嬢様を庇うため、嘘までついてしまいました。
レオナルド:嗚呼・・・神よ。どうかお許しください・・・」
カメリア:「あーもう!わかったわよ!レオナルドの意地悪!
カメリア:私は勉強が嫌で部屋を抜け出しました!それは認めます!
カメリア:神様にも懺悔(ざんげ)するわ」
レオナルド:「なら、今すぐにでもご自分のお部屋に戻って・・・」
カメリア:「それは嫌!」
レオナルド:「何で?」
カメリア:「だって朝から晩までずーっと家の中に閉じ込められて・・・ピアノのお稽古(けいこ)、ダンスの練習、マナーの勉強・・・
カメリア:次から次へと、もううんざり!」
レオナルド:「そんなこと言ったって仕方ないでしょ?
レオナルド:お嬢様は色々な教養を身に付けて、立派なレディにならなければいけないんですから」
カメリア:「こんなつまらない思いをするくらいなら、レディになんてなりたくない!」
レオナルド:「そんなワガママ言ったって・・・」
カメリア:「ワガママなんかじゃないわ!
カメリア:知っているのよ。街に住んでる私と同じくらいの子は毎日、皆で楽しく駆け回って遊んでいるんでしょ?
カメリア:ズルいわ!私だってお友達と遊びたい!」
レオナルド:「まぁ、そう言われると・・・その気持ちはわからないではないですが・・・」
カメリア:「でしょ?そうでしょ?だから、可哀想な私をこのまま見逃して!
カメリア:少し息抜きするだけだから!」
レオナルド:「ちなみに聞きたいのですが、息抜きとは一体何をするんです?」
カメリア:「えーーーっと・・・そう!
カメリア:ちょっと街へ遊びに行こうかな、なんて」
レオナルド:「おっと・・・それだけはご勘弁を。
レオナルド:私はもう既に、お嬢様が部屋を抜け出すお手伝いをしてしまったんですよ?」
カメリア:「少しだけ!ほんの少しだけよ!
カメリア:日暮れまでには帰ってくるし、後でみんなには謝るわ!
カメリア:それにレオナルドが手伝ってくれたことだって、絶対に言わない!」
レオナルド:「ダメです。そんなことをしたら旦那様も奥様も、マーサや他の使用人だって心配しますよ」
カメリア:「・・・心配、してくれるかしら・・・?」
レオナルド:「お嬢様?」
カメリア:「ねぇ、レオナルド。私がこんな風に居なくなったら、お父様とお母様は心配してくれるかしら?
カメリア:寂しい思いをさせたね。ずっとそばに居るからね、って言ってくれるかしら?」
レオナルド:「どうかなさったんですか?」
カメリア:「・・・あのね、お父様とお母様、最近ほとんどお家にいないの。
カメリア:前はずっとそばにいて、絵本を読んでくれたり、一緒に編み物をしてくれたりしたのに、最近はお顔すらあんまり見ていない」
レオナルド:「なかなかお会い出来ないんですか?」
カメリア:「ええ、マーサに聞いたら、お父様もお母様もお忙しいんですよ、ってそればっかり。
カメリア:・・・でも・・・でも私、知ってるのよ。
カメリア:二人とも、実はお屋敷の外にいるお友達に会いに行ってるんだって」
レオナルド:「そう、なんですか・・・」
カメリア:「酷いでしょ?私はお屋敷に閉じ込められて、お友達も居ないのに。
カメリア:こんなに寂しい思いをしてるのに・・・!」
レオナルド:「・・・」
カメリア:「もう嫌!何もかも嫌!お父様もお母様も自分勝手よ!
カメリア:私を一人置いていって、自分たちだけ楽しそうで・・・二人とも嫌い!大嫌いっ!」
レオナルド:「・・・お嬢様」
レオナルド:(レオナルド、一輪のカメリアを差し出す)
カメリア:「・・・何、これ?」
レオナルド:「カメリアの花です。私が一番好きな花。
レオナルド:お嬢様に差し上げます」
カメリア:「これを私に?どうして?」
レオナルド:「その・・・女の子が泣いている時は、花を渡すのが一番だと、父が言っていたので」
カメリア:「そうなの?」
レオナルド:「あれ?違いましたか?」
カメリア:「ううん、嬉しいけど・・・ 」
レオナルド:「そうですか・・・これでもしダメだったら、私は危うく父と大喧嘩するところでした」
カメリア:「喧嘩はダメよ!良くないわ!」
レオナルド:「おや?涙は止まったようですね?」
カメリア:「あっ・・・」
レオナルド:「お嬢様、一つ提案があるのですが」
カメリア:「何?」
レオナルド:「もし・・・もしですよ?
レオナルド:お嬢様が寂しくて、友達が欲しいと言うのなら、私が友達になるというのはどうですか?」
カメリア:「レオナルドと私が、友達?」
レオナルド:「ええ、そうです」
カメリア:「でも、貴方が叱られたりしない?
カメリア:前にメイドのサラの子が遊んでくれた時、『使用人の子と遊ばせるなんて!』って、お母様がサラをすごく叱っていたの」
レオナルド:「それなら、私とお嬢様が友達なのは誰にも秘密です。
レオナルド:私は誰かと居る時、いつも通り使用人として接しますが、二人で居る時だけは、友達として過ごしましょう」
カメリア:「でも、でも・・・」
レオナルド:「あ、そうそう。ここだけの話ですが、私と友達になるといい事がありますよ?
レオナルド:お勉強が嫌になった時、こっそり梯子を持って部屋を抜け出すのを手伝うことができます。
レオナルド:おまけに庭の中なら他の使用人が知らない、秘密の隠れ場所も知っています」
カメリア:「・・・本当に・・・いいの?」
レオナルド:「いや、お嬢様が嫌なら無理強いは・・・」
カメリア:「・・・ううん!嬉しい!すっごく嬉しいわ!」
レオナルド:「そうですか、なら決まりですね。
レオナルド:今日から私とお嬢様はお友達です」
カメリア:「うん・・・うんっ!」
レオナルド:「良かった良かった。これでちょっとは寂しくないですね」
カメリア:「うふふ・・・あっ!レオナルド」
レオナルド:「なんでしょう?」
カメリア:「お友達になったついでに、一つだけお願いしてもいい?」
レオナルド:「お願い?」
カメリア:「うん!あのね、私のことを名前で呼んでくれない?」
レオナルド:「名前・・・ですか?」
カメリア:「そうよ!だって、お友達なのに『お嬢様』なんて呼ばれたら、今までとあまり変わらないじゃない。
カメリア:友達でいる時はお嬢様じゃなくて、普通の女の子として扱って欲しいの」
レオナルド:「・・・無礼者!とか言いませんよね?」
カメリア:「もう!言うわけないじゃない!」
レオナルド:「ははは、冗談ですよ。いい考えだ」
カメリア:「決まりね!あっ、じゃあ、私は貴方の事、レオって呼ぶわ!
カメリア:それに二人でいる時は敬語も無しよ。いいわね?」
レオナルド:「わかりました」
カメリア:「敬語」
レオナルド:「・・・わかった」
カメリア:「あっ、ちなみに私の名前を知らないなんて事は・・・」
レオナルド:「あるわけないだろ?
レオナルド:・・・カメリア。キミに手渡した、僕の一番好きな花の名前と同じだ」
カメリア:「ふふ、覚えててくれて嬉しいわ。
カメリア:ありがとう。これで私たち、友達ね」
レオナルド:「そうだね」
カメリア:「これからよろしくね、レオ」
レオナルド:「ああ、こちらこそ、カメリア」
0:(しばしの間。数年後の庭先にて)
マーサ:「お嬢様!お嬢様ーーー?
マーサ:もう!またあの方はお部屋を抜け出して・・・」
レオナルド:「おや、マーサ。またお嬢様がどこかへ?」
マーサ:「そうなの!またなのよ!
マーサ:全く・・・十六歳になったのに、部屋を抜け出す癖だけは全然直らなくて・・・」
レオナルド:「まぁまぁ、また時間が経てば、ふらっと戻ってきますよ。
レオナルド:私も探してみますから」
マーサ:「いつもいつも悪いわね。じゃあ、お願いするわ」
0:(マーサ、屋敷の方へ去っていく。少しの間)
レオナルド:「・・・行ったよ。カメリア」
カメリア:「ふぅ、ありがとう、レオ。いつも上手く誤魔化してくれて」
レオナルド:「どういたしまして。
レオナルド:僕が手入れしたトピアリーの隠れ心地はどう?」
カメリア:「なかなか良いわ。造形が細かい上に、私が上手く隠れられる大きさなのが、何よりも良い」
レオナルド:「お褒めにあずかり光栄だよ」
カメリア:「ええ、さすが我が家の自慢の庭師」
レオナルド:「庭師?友達ではなく?」
カメリア:「もう!庭師であることには変わりないでしょ?
カメリア:・・・さすが、私の自慢の友達」
レオナルド:「ははは」
カメリア:「・・・相変わらず、ちょっと意地悪なんだから、レオは」
レオナルド:「ん?何か言った?」
カメリア:「別に!」
レオナルド:「そういえば、今日は何で部屋を抜け出したんだい?
レオナルド:またお勉強が嫌になった?」
カメリア:「違うわ。もうお勉強が嫌だ、なんて駄々をこねる歳じゃないもの」
レオナルド:「へぇ、じゃあどうして?」
カメリア:「・・・今日ね、これからリカルドが会いに来るの」
レオナルド:「リカルド?ああ、あの隣町のお坊ちゃん」
カメリア:「そう」
レオナルド:「良いじゃないか、キミとは歳も近いし、最近は頻繁に遊びに来てくれている。
レオナルド:どうして部屋を抜け出す理由になるんだい?」
カメリア:「私、あの人がなんだか苦手なの。
カメリア:確かに歳も近くて、私に優しくしてくれる。
カメリア:けど、話す事と言えば自分の自慢話か、誰かの悪口ばかり。
カメリア:使用人にも大柄(おおへい)な態度をとるし。
カメリア:話をしても、あんまり楽しくないの」
レオナルド:「うーん・・・まぁ、男なんてみんな自慢話が好きだし、人間だったら誰しも悪口くらい言ってしまうと思うけど」
カメリア:「でも・・・でもね!彼と話していると、なんだか胸のあたりがモヤモヤするの。
カメリア:同じ男の人でも、レオと話している時は楽しくて、胸が温かくなるのに」
レオナルド:「そう、僕と一緒に居る時、キミはそんな風に感じてくれていたんだ」
カメリア:「ええ、だから私は彼と一緒に居たくない。
カメリア:それなら、レオと一緒に居たいの」
レオナルド:「それは・・・ちょっと困ったな・・・」
カメリア:「困った?なんで?」
レオナルド:「いや、マーサがこの前話していたんだ。
レオナルド:旦那様はリカルド坊ちゃんをとても気に入っているから、キミの婚約者にしたいんじゃないか、って」
カメリア:「嘘!どうしてそんな話が?」
レオナルド:「いや、あくまで噂話好きのマーサのことだ、本当かどうかは分からないけど・・・」
カメリア:「嫌!嫌よ!考えられないわ。
カメリア:リカルドと結婚するなんて・・・」
レオナルド:「落ち着いて、カメリア。
レオナルド:まだ決まった訳じゃない。ただの噂話だから・・・」
カメリア:「(泣きだす)うっ・・・うう・・・」
レオナルド:「参ったな・・・そんなに嫌だった?」
カメリア:「だって、噂話だとしても、レオの口からそんな話を聞きたくなかった・・・!」
レオナルド:「僕の口から?それは、どういう?」
カメリア:「なんで・・・なんでわかってくれないの?私たち、友達なんでしょ?
カメリア:お父様やお母様にも言ったことがない本音を私、たくさん喋ってきたのに」
レオナルド:「カメリア。どうしたんだい?
レオナルド:急にそんなに感情的になって・・・僕が悪いなら謝るよ。
レオナルド:だから・・・ね、顔をあげて」
カメリア:「ぐすっ・・・うう・・・」
レオナルド:「あーぁ、可愛い顔が台無しだ。
レオナルド:ほらほら、目は擦らないで。
レオナルド:真っ赤になった目で帰ったら、マーサが心配するだろう?」
カメリア:「知らない!誰も心配なんてしてくれるわけないわ!
カメリア:私はどうせお父様とお母様の道具なのよ!」
レオナルド:「カメリア、そんなに声を荒らげたら、誰かに見つかって・・・」
カメリア:「レオも自分のことばかりなのね・・・!」
レオナルド:「・・・そんなこと」
カメリア:「そんなこと?無いなんて言えないでしょ?
カメリア:私と一緒に居るところを見つかったら、どんなお叱りを受けるかわからないものね!」
レオナルド:「・・・」
カメリア:「そう・・・何も言ってくれないのね。
カメリア:もういい・・・今日は帰る!さようなら!」
レオナルド:「・・・っ、カメリア!」
0:(カメリア去っていく)
レオナルド:「・・・はぁ・・・なんで言葉が続かなかったんだ・・・。
レオナルド:らしくない・・・」
レオナルド:(膨らみかけたカメリアの蕾に触れ、目を瞑る)
レオナルド:「カメリア・・・噂話であることを、僕も祈っているよ・・・」
0:(しばしの間。場面転換)
マーサ:「レオナルド、聞いた?
マーサ:あのね、お嬢様とリカルド様が・・・」
0:(しばしの間。場面転換。雪の降る夜。レオナルドの家)
レオナルド:「ハァ・・・今日は冷え込むな・・・ああ、雪も降ってきた。
レオナルド:道理で寒いわけだ・・・」
レオナルド:(少し間)
レオナルド:「・・・あの日から、ひと月。一度もカメリアは姿を見せてないな。
レオナルド:それもそうか・・・あんなに怒って帰ったんだ。そんな簡単に来てくれる訳ないよな・・・」
レオナルド:(ほんの少し間。机の上の花瓶に挿されたカメリアの花を見つめる)
レオナルド:「それに、婚約者も出来たんだ・・・
レオナルド:使用人で、友達扱いされているとはいえ、男の所に来るなんて許されないよな」
レオナルド:(少し間)
レオナルド:「さぁ・・・今日はもう遅い。
レオナルド:明日は雪かきもしなければならないだろうし、もう寝るとするか・・・」
0:(ノックの音)
レオナルド:「・・・ん?こんな夜更けに、誰だ・・・?」
0:(扉を開ける音)
レオナルド:「・・・ッ!カメリア・・・」
カメリア:「ごめんなさい、レオ。こんな夜遅くに・・・」
レオナルド:「夜遅くも何も・・・こんな雪が降る中、どうしてこんな所へ・・・!
レオナルド:とりあえず部屋に入って!
レオナルド:ああ、こんなに冷え切って・・・さぁ、暖炉の前に座って・・・」
カメリア:「・・・っ、レオ!」
カメリア:(カメリア、レオに縋り付く)
レオナルド:「カメリア・・・?どうしたんだ・・・?」
カメリア:「あのね・・・決まったの。私とリカルドの結婚が」
レオナルド:「・・・ッ」
カメリア:「お父様がね、こういう事は早い方が良いと仰って、私の意見も聞かずに、決めてしまったの」
レオナルド:「そう、なのか・・・」
カメリア:「私ね、生まれて初めてお父様に向かって叫んだわ。
カメリア:どうして私の意見を聞いてくれないんですか?私はお人形じゃないのに!って。
カメリア:そうしたら、そうしたらね・・・」
レオナルド:「・・・」
カメリア:「うちにはたくさんの借金がある。
カメリア:お前を育ててきたのは、リカルドのような裕福な家から婿(むこ)をとって、この家を立て直す為だ、って・・・」
レオナルド:「・・・!」
カメリア:「ねぇ・・・レオ。あのね・・・実は私も分かってたのよ。
カメリア:お父様やお母様がここまで私を育ててきてくれたのは、きっとこういう時の為だろうって」
レオナルド:「何で、そんなこと」
カメリア:「私ね、だいぶ前に気付いてしまったの。
カメリア:お父様とお母様が出掛けた時、何をしていたか。
カメリア:・・・二人とも、外で愛人を作ったり、賭け事に手を出したりして、遊び呆けていたの」
レオナルド:「酷い・・・あんまりじゃないか。
レオナルド:君を家に閉じ込めて、自分たちはそんなことをしていたなんて」
カメリア:「でも、私は知らないフリをしていた。
カメリア:お父様とお母様の言うことを聞いていれば、いつかまた一緒に過ごせるだろう、って。
カメリア:私が立派なレディになれば、小さい頃みたいに頭を撫でて、褒めてくれるだろう、って」
レオナルド:「・・・ッ」
カメリア:「馬鹿みたい・・・私はずっと叶わない夢を見ていたのね・・・
カメリア:その夢に囚われたままで居たから、好きでもない人と結婚する羽目になっちゃった・・・」
レオナルド:「・・・リカルドとは、上手くいってないのかい?」
カメリア:「彼はね、すごく傲慢(ごうまん)な人。プライドが高くて、自分の事しか考えてないの」
レオナルド:「そうなのか・・・」
カメリア:「でも、私の事を少なくとも気に入ってくれたみたい。
カメリア:だからね、結婚すれば家を援助してくれると、約束してくれたわ」
レオナルド:「けど、キミは・・・彼の事を・・・」
カメリア:「あのね、愛がなくても結婚はできるのよ、レオ。
カメリア:お父様とお母様のように、互いに背を向けていても。
カメリア:私とリカルドのように、利害だけで成り立つ関係だったとしても」
レオナルド:「そんな・・・そんなの悲しすぎる・・・」
カメリア:「だからね、私も悲しくて堪らなくなったから、また部屋を抜け出してしまったわ。
カメリア:レオの顔が見たくなって。レオの声が、ちょっと意地悪だけど、優しい貴方の言葉が聞きたくて・・・
カメリア:これが、きっと最後になるかもしれないから」
レオナルド:「カメリア・・・!」
レオナルド:(レオナルド、カメリアを抱きしめる)
カメリア:「レオ・・・?」
レオナルド:「なんで・・・なんでそんな事を言いに、わざわざ来たんだ・・・。
レオナルド:そんなの、黙って僕が聞き流せる訳が無いだろう?
レオナルド:キミが・・・キミが寂しがりながらも、必死に頑張っていた姿を見てきた僕が・・・」
カメリア:「・・・っ、レオ・・・私も、私だってこんなこと貴方に伝えたく無かった・・・!
カメリア:一番の友達に、こんな悲しい顔、見せたくなかった・・・!」
レオナルド:「ねぇ、この後に及んで、まだ僕を友達扱いするの?カメリア?」
カメリア:「えっ・・・?」
レオナルド:「言ってくれよ。素直な気持ちを。
レオナルド:キミがどうしてこんな雪の中、僕の元に来てくれたのか、その理由を」
カメリア:「・・・っ、私は・・・」
レオナルド:「僕はカメリアが好きだよ。大好きだ。
レオナルド:友達として、人として、そして・・・一人の女の子として大好きだ。愛している」
カメリア:「・・・!」
レオナルド:「キミは?キミにとって僕は、ただの友達?」
カメリア:「なんで・・・そんなにあっさり言ってしまうの・・・」
レオナルド:「カメリア?」
カメリア:「せっかくお別れしようと思ったのに・・・!
カメリア:最後にこうやって声が聞ければ、諦められると思ったのに・・・!」
レオナルド:「ほら、泣かないで。可愛い顔が台無しだ」
カメリア:「・・・っ、私も、レオが好き・・・!
カメリア:友達として、人として、一人の男性として、大好き・・・愛してるわ・・・!」
0:(しばしの間。場面転換。暖炉の前、ソファで寄り添うように座る二人)
レオナルド:「落ち着いた?カメリア?」
カメリア:「・・・泣き疲れちゃった」
レオナルド:「だろうね、眠そうな顔してる」
カメリア:「もう・・・泣きすぎて酷い顔になってるんだから、あんまり覗きこまないで・・・」
レオナルド:「大丈夫、キミの泣いてる顔なんて、小さい頃からずっと見てきてるんだから」
カメリア:「・・・やっぱり、レオは少し意地が悪いわ」
レオナルド:「どうも」
カメリア:「褒めてない」
レオナルド:「ねぇ、これからどうなるかな?」
カメリア:「そうね・・・朝になったら、私が居ないことに気付いて、みんな大騒ぎで探すかもしれない」
レオナルド:「それは大変だ。キミを連れて逃げなくちゃ。
レオナルド:どこがいいかな?ここは寒いから、もっと南の方へ行こうか?
レオナルド:静かな農村で、二人で小さな家を買って暮らす・・・なんてどうかな?」
カメリア:「・・・ううん。私、一度家に帰るわ」
レオナルド:「どうして?そんな必要ないじゃないか」
カメリア:「必要なんて無いかもしれない。
カメリア:けど、私はもうこそこそと貴方に会うのは嫌なの。
カメリア:家を追い出される覚悟で、お父様とお母様に自分の気持ちを伝えてくるわ。
カメリア:リカルドとの婚約も無かったことにしてもらう」
レオナルド:「・・・もしかしたら、今度はもう部屋から出してもらえなくなるかもしれない」
カメリア:「そうなった時は、梯子を抱えて助けに来てくれるでしょ?レオ」
レオナルド:「ああ、参った・・・キミならそう言いそうな気はしてたけど」
カメリア:「ふふ、さすが私の友達。私の事をよく分かってる」
レオナルド:「もう友達じゃないだろ?」
カメリア:「ええ、そうね・・・」
レオナルド:「迎えに行くよ。すぐに荷物をまとめて、キミの事を」
カメリア:「ありがとう、レオ。
カメリア:・・・ねぇ、一つお願いをしてもいい?」
レオナルド:「なんだい?」
カメリア:「まだ少し、勇気が足りないの。
カメリア:だから、ほんの少しでいい。私に貴方の勇気を分けて」
レオナルド:「ああ、少しと言わず、いくらでも」
レオナルド:(レオナルド、カメリアに口付ける)
レオナルド:「いかがでしょうか?」
カメリア:「敬語、禁止だって言ったのに・・・」
レオナルド:「ははは、ごめん。つい」
カメリア:「・・・じゃあ、私。夜が明けたら家に帰るね」
レオナルド:「ああ・・・カメリア。ついでにこれを」
レオナルド:(レオナルド、カメリアの花を差し出す)
カメリア:「カメリアの・・・花?」
レオナルド:「お守り代わりに持っててほしい。
レオナルド:僕の大好きな花を、大好きなキミに」
カメリア:「レオ・・・ありがとう」
レオナルド:「心はいつもそばに居る。すぐにまた会おう」
カメリア:「うん・・・!」
0:(しばしの間。場面転換。屋敷の入口付近)
レオナルド:「さて・・・荷物は全て荷馬車に積んだ・・・。
レオナルド:あとはカメリアを迎えに行くだけだ」
マーサ:「ハァ・・・ハァ・・・。
マーサ:・・・っ、レオナルド!?」
レオナルド:「マーサ・・・?
レオナルド:どうしたんですか?そんなに息を切らして」
マーサ:「大変、大変なの・・・!
マーサ:お嬢様が・・・お嬢様が・・・!」
0:(しばしの間。場面転換。屋敷内)
レオナルド:ーーーそこに辿り着くまで、動悸(どうき)が止まらなかった。
レオナルド:静かすぎる屋敷の中、自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえた。
レオナルド:気分が悪い。目眩がする。
レオナルド:早くそこに行かなければならないのに、行きたくないーーー
レオナルド:ぐちゃぐちゃになった思考を必死に巡らせて、僕はその扉を開けた。
リカルド:「・・・やぁ、キミはここの使用人・・・かな?」
レオナルド:そこには男が立っていた。
レオナルド:品のいいスーツに身を包み、にこやかに笑う男が。
リカルド:「ああ、キミとは初対面・・・だね。
リカルド:私はリカルド。カメリアの婚約者だよ。
リカルド:ああ・・・正確には『だった』と言うべきかな?」
レオナルド:男はそう言って、白い歯を見せて笑った・・・顔を真っ赤な血に染めて。
リカルド:「ああ、言葉を失っているようだねぇ。
リカルド:それもそうか・・・キミたちの愛すべきお嬢様がこうなってしまったらね」
レオナルド:吐き気がする。
レオナルド:足元がぐらぐらと揺れる。
レオナルド:心臓が痛いほど脈打つ。
リカルド:「馬鹿だなぁ、カメリア。
リカルド:せっかく私が婚約者になってやったのに、この後に及んで婚約を破棄したいなんて言ってきて。
リカルド:ははは・・・許さない・・・この私が、わざわざこんな貧乏貴族に婿入りしてやると言ったのに。
リカルド:大人しく、従順な可愛いお人形でいれば、一生私が愛してあげたのに」
レオナルド:血が沸騰(ふっとう)しそうに熱い。
レオナルド:喉がからからに乾いて、息をするのも苦しい。
リカルド:「だから、私が本当のお人形にしてあげたよ。
リカルド:心臓を撃ち抜いて、物言わぬ美しいお人形に」
レオナルド:やめろ、やめろ。それを僕に見せるな。
レオナルド:・・・見てしまったら、僕は。
リカルド:「さぁ、カメリア。顔を見せてあげて。
リカルド:私たちを祝福しに来てくれた、使用人たちにね・・・
リカルド:(リカルド、カメリアの手元に気付く)
リカルド:おや、これは・・・?
リカルド:何を大事に持っているかと思えば・・・カメリアの花?
リカルド:・・・私が持ってきてやった薔薇は、ただの一度も受け取らなかったクセに、こんな・・・」
リカルド:(少し間)
リカルド:「こんなモノ、キミにはもう必要ないだろう・・・カメリア?」
レオナルド:男は汚い物をみるような目でそれを見て、床に放(ほう)った。
レオナルド:つられて視線を落とした僕の目に、それは映った。
レオナルド:・・・花が咲いていた。
レオナルド:白いブラウスを着た彼女の胸に、真っ赤なカメリアの花が。
リカルド:「ははは!はははははは!」
レオナルド:男は狂ったように笑った。笑いながら踏みつけた。
レオナルド:力なく萎(しお)れた一輪のカメリアの花を。
レオナルド:ーーーその瞬間、目の前が赤く弾けた。
0:(しばしの間。場面転換。雪の降る庭)
レオナルド:「ハァ・・・ハアッ・・・ハァ・・・」
レオナルド:
レオナルド:振り積もった雪の中を僕はひたすら歩く。
レオナルド:動かなくなった彼女を背負い、ただひたすら。
レオナルド:雪の冷たさは感じない。背中に背負った彼女の、氷のような冷たさだけが、今僕が感じる唯一の感覚だった。
レオナルド:
レオナルド:「ハァ・・・ハァ・・・」
レオナルド:
レオナルド:二人で一緒に時を共有した庭は、美しい白に覆われていた。
レオナルド:僕が手入れをした庭木も、四季の花が咲く花壇もーーー
レオナルド:彼女が隠れるのにちょうどいいと喜んでくれた、あのトピアリーも。
レオナルド:
レオナルド:「ハァ・・・ぐぅっ・・・」
レオナルド:
レオナルド:足が縺(もつ)れた。
レオナルド:彼女と一緒に僕は雪の上に倒れ込む。
レオナルド:
レオナルド:「ハァ・・・ハァ・・・」
レオナルド:
レオナルド:投げ出され、力なく横たわる彼女に向かって手を伸ばし、僕はそっとその頬に触れた。
カメリア:『・・・心配、してくれるかしら・・・?』
カメリア:『私はお屋敷に閉じ込められて、お友達も居ないのに。こんなに寂しい思いをしてるのに・・・!』
カメリア:『もう嫌!何もかも嫌!お父様もお母様も自分勝手よ!』
レオナルド:最初は哀れみのようなものだった。
レオナルド:孤独に震える幼い少女を慰めるための、ほんの気まぐれだった。
レオナルド:
レオナルド:「・・・ッ・・・ハァ・・・ハァ・・・」
レオナルド:
レオナルド:彼女を再び背負い。歩き出す。
レオナルド:白い雪には点々と血の跡が残っていた。
カメリア:『・・・相変わらず、ちょっと意地悪なんだから、レオは』
カメリア:『レオと一緒に居たいの』
カメリア:『これで私たち、友達ね』
レオナルド:いつしか、哀れみは愛情へと変わっていた。
レオナルド:無垢な笑顔を見せながら、僕の元へやってくる彼女の。
レオナルド:時々見せる拗(す)ねたような顔が可愛い彼女の事が、何よりも大事になっていた。
レオナルド:
レオナルド:「ハァ・・・ハァ・・・」
レオナルド:
レオナルド:身体中から力が抜けそうになる。
レオナルド:腹の辺りから、血が流れていく感覚がある。
レオナルド:それは相手の命を奪ってしまった代償のようだった。
カメリア:『・・・っ、私も、レオが好き・・・!
カメリア:友達として、人として、一人の男性として、大好き・・・愛してるわ・・・!』
レオナルド:せっかく想いが通じ合った・・・それなのに。
レオナルド:
レオナルド:「くっ・・・」
レオナルド:
レオナルド:最後の力を振り絞り、その木のーーー二人で初めて約束を交わした木の元へ辿り着く。
レオナルド:花は美しく咲いていた。
レオナルド:赤い花弁を綻ばせ、冷たい雪が降り積もっても、生き生きと。鮮やかに。
レオナルド:
レオナルド:「ああ・・・ああ・・・」
レオナルド:
レオナルド:真っ白に染まった世界で、その色だけが鮮烈で。
レオナルド:
レオナルド:「うう・・・ああ・・・あああ・・・」
レオナルド:
レオナルド:膝を着き、彼女を抱き抱えて、声にならない声をあげた。
レオナルド:後悔、怒り、悲しみーーー
レオナルド:次々と湧き上がるどす黒い感情を噛み締めて、僕は花に手を伸ばした。
レオナルド:これは僕への罰だ。
レオナルド:このどす黒く、僕の身体を引き裂くような感情は、彼女を救えなかった、僕への。
レオナルド:だから、彼女にはせめて・・・最期に美しい花を。
レオナルド:
レオナルド:「カメリア・・・僕の一番、好きな花」
レオナルド:
レオナルド:一際(ひときわ)鮮やかに咲いたその花を手折り、口付ける。
レオナルド:冷たい花弁が唇に触れた。
レオナルド:
レオナルド:「この花を・・・キミに贈るよ」
レオナルド:
レオナルド:口付けた花を彼女の胸の上に置いて、色を無くしたその唇に口付ける。
レオナルド:花よりも冷たくなったそれが、僕の唇に触れた。
レオナルド:
レオナルド:「カメリア・・・僕の一番、好きな人」
レオナルド:細い身体を抱き締めて、僕は静かに目を閉じた。
カメリア:『レオ、愛してるわ』
レオナルド:遠くなる意識の中、愛しい彼女の声がした。