台本概要

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タイトル 百夜物語
作者名 VAL  (@bakemonohouse)
ジャンル ファンタジー
演者人数 5人用台本(男2、女2、不問1)
時間 60 分
台本使用規定 台本説明欄参照
説明 和風のファンタジーになってます。
盗用以外なら好きに使ってください。
一応、男女は振ってますが、性別変更等も自由です。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
椿 154 つばき。擬使いの剣士。
菖蒲 127 あやめ。国の要人を父に持つ銃の擬使い。
牡丹 不問 128 ぼたん。中性的な刀の擬使い。
竜胆 118 りんどう。妖刀「白夜(びゃくや)」を操る国賊。
杏子 110 あんず。妖刀封印の命を負った巫女。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
百夜物語 性別不問 椿(つばき):太刀使いの男。家族はおらず、少々特攻じみた戦い方が目立つ。 菖蒲(あやめ):銃使いの女。高飛車で喧嘩早い。父親は国の要人。 牡丹(ぼたん):槍使い。妙な話し方で2人より少し歳上の中性的な大人。ぶつかりがちな2人を取り持つ役目。 杏子(あんず):巫女。妖刀を封じる役目を持つ。弱い者を救うことが使命だと信じている。 竜胆(りんどう):妖刀使い。白夜という白い刀を携えた男。長髪で刀を軽々振り回す力を持つ。 0:本編―― 竜胆:暗い、暗い。闇より暗い夜を食み、泥水を啜りて命を繋ぐ。生きたとて、何が起こりうるかは理解も及ばず。しかしその歩みを止めることなかれ。幾千の夜を超えた先、そこには確かな夜明けが来よう。今はただ。その希望に縋り、光を希うのみ。 椿:いつか来たる日のため今は……今は。 菖蒲:また本なんて読んでるの? 椿:何だ。菖蒲か。 菖蒲:何だとはお言葉ね。この国随一の別嬪って言われてるのよ? 椿:みんなきっと、お前の父上がさぞ怖いんだろうな。 菖蒲:そんなことないわよ。自分でも綺麗な顔だと思うんだもの。民たちがそう思うのも無理は無いわ。 椿:そうですね。立派な考え方だと思います。 菖蒲:心が篭って無いわね……それで、何読んでたのよ。 椿:ん?ああ、少し前の任務で行った村にあったんだ。多分、そこに住んでた奴の手記だろう。 菖蒲:あの村ね……思い出すだけで気分が悪いわ。 椿:そうか?楽な任務だったじゃないか。国賊1人殺すだけの。 菖蒲:その後よ。村民なんて全員死んじゃってて。しかも原型留めてないし。片付けが面倒ったら無いわね。 椿:そんな言い方無いだろ。あの村の人々は俺たちが来るまで必死に国賊と戦ったんだ。 菖蒲:そうね。なんの傷も与えられなくて全員犬死に。情けないわ。 椿:お前。それ以上言ったら―― 牡丹:2人ともー!ここにおったんやね。探してたんよ。 菖蒲:……牡丹が来たってことは。 牡丹:さすが察しがええねぇ。任務のお知らせやよ。 菖蒲:最近多くない? 牡丹:それだけ頼られてるってことやろうなあ。 椿:妖刀を回収した分だけ給金も上がるんだ。俺としては文句は無いけどな。まあお金持ちのお嬢様にはわからないか。 菖蒲:あんた。馬鹿にしてんの? 牡丹:君らほんまに喧嘩ばっかりやなあ。その件でもお叱り受けるのは何でか私やし…… 椿:それは、ごめん。 菖蒲:わかればいいのよ。 椿:お前に言ってねえよ! 牡丹:ん?椿、その手記どないしたん? 椿:ああ、この間の任務の時に拾ったんだよ。 牡丹:ちょうど私がおらんかった時のやつかな。 椿:そうだったかな。 牡丹:ちょっと私も読んでみたいんやけど、貸してくれへん? 椿:え、いいけど。 菖蒲:牡丹もそんなの読むの?趣味悪いわね。 牡丹:たまには風情があって良いんよ?じゃあ椿、ちょっと借りるわな。 菖蒲:で、任務の内容は? 牡丹:そうやった。今回は総理大臣直属の任務なんよ。 菖蒲:え。大仕事じゃん… 椿:いいねぇ!燃えてきた!んで何すんだよ? 牡丹:ちょっと焦りすぎやって。今から聞きに行くんよ。そのお誘いやんかー。 菖蒲:いつもは勝手に聞いてきてくれるのに。 牡丹:流石の私も総理と話す時は緊張するんよ。ほな早速行くで、2人とも。 0:間― 杏子:今は昔、日本は未だかつて無い栄華を誇っていた。様々な国が割拠する中、小さな島国である我が国が何故ここまで栄えたか…… 杏子:【擬(もどき)】という武器のお陰である。擬を扱うには霊力が必要であり、扱える人間は限られていた。 杏子:彼ら3人は擬使いの中でも特に実力のある者達。彼らの働きにより領土は増え、土地は肥え、国民は彼らを称えていた。 杏子:そんな彼らに言い渡された任務。それは擬と同等の力を持つ【妖刀】を巫女の力をもって封印せよ。との事だった。 0:山道を歩く3人。 椿:んで、今回は封印だけでいいんだっけ? 菖蒲:どうせいるわよ。国賊が。 牡丹:そうやねぇ。妖刀と国賊は抱き合わせみたいなもんやから。 椿:強い奴がいるといいなあ。 菖蒲:はあ?嫌よ。私の綺麗な顔に傷でもついたらどうするつもり! 椿:どうせ遠距離だろ。いつも俺と牡丹が前線で戦っててもずっと涼しい顔してんじゃねえかよ。 菖蒲:仕方ないでしょ?私の擬は銃型なの。わざわざ近づいて血に濡れなくてもいいの。本当、私のためにあるような武器よねぇ。 椿:……牡丹、わかるだろ?俺がいつも腹立つの。 牡丹:うーん。私も遠距離が良かったなあ。 椿:お前もかよ……分かってないなあ!勝つか負けるかの競り合いが楽しいんだっての! 菖蒲:まあ椿にはお似合いよね。 椿:どういう意味だよ。 牡丹:もう、また喧嘩せえへんの。そろそろ着くで。 0:神社に着く一行。 牡丹:失礼致します!牡丹、椿、菖蒲の3名到着致しました!総理の命により、巫女様をお迎えにあがりました! 菖蒲:牡丹って普通に喋れるのね。 椿:俺も初めて聞いた。 牡丹:しー。もう来られるで。 杏子:皆様!よく来られまし――っ!痛いっ! 菖蒲:え!? 椿:……こけた? 杏子:もう……ここの段差いつも躓くんですよねー。へへ。 菖蒲:いつもなんだ…… 牡丹:あの……巫女様は変わられたのですか? 杏子:そうなんです!前任者は擬になられました。 牡丹:そうですか……擬に。それはめでたいですね! 杏子:はい!私も立派な擬になれるよう、今頑張っています! 椿:やっぱ巫女さんくらい霊力が強く無いと擬になるのは難しいんだなあ。 菖蒲:椿はやっぱり擬になりたいの? 椿:そりゃあ国の英雄って呼ばれるんだぜ?皆が目指す所だろ。でも才能無いと難しいんだろうな。 杏子:そんなことないですよ?私だってまだまだですから。霊力を鍛えないと。 椿:え。霊力って鍛えれるのか。 牡丹:椿。言葉遣いには気をつけなあかんよ。 杏子:あはは。気にしないでください。きっと私は皆さんより歳も下ですし、堅苦しいのは少し苦手なので。自然体でいてくださって結構ですよ。 菖蒲:へえ。前の巫女と違って可愛げあるじゃない。 杏子:えへへ。 牡丹:なんかすんませんなあ。 杏子:いえいえ。それで、霊力の話でしたね。確かに生まれつき多い少ないはあると思います。でも使えば使うほど増えますし、強くなるんですよ。 杏子:皆さんも擬を使っていて思いませんか?以前より軽くなったとか、体がよく動くようになったとか。 椿:確かにある!それかあ。ただの慣れだと思ってた。 菖蒲:私も疲れにくくなったかも。へえ。霊力が増えたからなのね。 杏子:そうなんです!だから皆さんもきっと立派な擬になれるんです!使いすぎなければですけど…… 牡丹:…… 椿:ん?どうした?牡丹。 牡丹:え? 菖蒲:気遣い過ぎて疲れたんじゃない? 牡丹:そうかもなあ。主に2人のせいやけど。 椿:え。あ、ごめん。 牡丹:ええよ。もう慣れたわ。それより巫女様。今回の任務の内容は聞いてはりますか? 杏子:ええ!妖刀の封印とそれに伴う国賊の抹殺でしたよね! 菖蒲:え?封印だけって聞いてるけど…… 杏子:私もそう聞いてますけど、きっといますから。妖刀あるところに国賊有り。国の平和のために彼らは殺さねばなりませんからね! 椿:おお!今回の巫女さんは気が合いそうだ!よろしくな!えっと…… 杏子:杏子です!よろしくお願いします!椿さん!菖蒲さん!牡丹さん! 菖蒲:何か私、この子可愛くなってきた。 牡丹:最低限の敬意だけは忘れんといてなあ…… 菖蒲:大丈夫よ。お父様から礼節は叩き込まれてるもの。 椿:それなのにあれかよ…… 菖蒲:何か言った? 椿:いや?任務が楽しみだなって。な?杏子。 杏子:え。あ、はい! 牡丹:さすがに呼びすては…… 菖蒲:別にいいわよね?杏子ちゃん。 牡丹:ちゃん…… 杏子:牡丹さん気にしすぎです!また疲れちゃいますよ! 牡丹:お気遣いありがとうございます。でも私がしっかりせえへんと、この子ら阿呆やから。 杏子:愉快で良いと思いますよ。 牡丹:ほんますんません。 椿:なあ早く行こうぜ?霊力の波動を感じる! 菖蒲:あんたにそんな力無いでしょ。 杏子:行きましょう!これくらいしか社の外に出ることがないので、楽しみです! 牡丹:…… 菖蒲:牡丹また顔が怖いわよ。 牡丹:普通に胃痛がするだけやよ…… 菖蒲:そ。なら問題ないわね。 椿:少し休むか? 牡丹:そやね。ちょっと先に行っといてくれる?後で追いかけるわ。 菖蒲:牡丹がいなくて辿り着けるの? 椿:そりゃあ……まあ。 杏子:大丈夫です!私、地図は穴が空くほど見ましたから!それに私も椿さんと同じように霊力の波動を感じ取れますので、近くに国賊が居たらわかりますよ! 椿:やるな杏子! 杏子:はい! 菖蒲:椿はそんなこと出来ないけどね…… 牡丹:すんません。巫女様。ちょっとだけお願いしますわ。出来るだけ早う向かいます。 杏子:はい!頑張ります! 菖蒲:じゃあ行くわよ。 椿:しゅっぱーつ! 杏子:おー! 0:社近くの洞窟― 竜胆:八卦、七彩、六道、五行、四散、三寒、二才、一礼……【八宝無尽】! 竜胆:ぐ……よし。このまま…… 牡丹:えらい精が出るなあ。 竜胆:な、お前、うぉ!! 牡丹:あーあ。集中欠いたらあかんがな。 竜胆:いきなり現れるからだろうが!ちくしょう。やり直しじゃねーかよ。 牡丹:ようこんな敵の近くで目立つことやってるわ。 竜胆:確かにあいつらは霊力の流れを読むことが出来る。だが、長年霊力にあてられてきたこの土地は莫大な霊力を宿しているわけだ。いわゆる零界だな。 竜胆:木を隠すなら森の中、霊力を隠すなら霊界の中だ。おかげでいくらでも術は使えるし、回復も早い。ありがたい限りだねえ。 牡丹:なるほどなあ。元々は術の類は苦手やったんに、ようそこまで上達したもんや。 竜胆:社様様ってこった。それよりお前。 牡丹:ん? 竜胆:その妙な喋り方。どうにかならないのか?こっちまで感染りそうでかなわん。 牡丹:そんなに変?もう慣れてしもて何も思わへんわあ。 竜胆:そうかよ。下手な芸妓を相手してるようで気分が悪い。 牡丹:そのうち慣れるわ。ほんで、さっきのは何の術式やったん? 竜胆:八宝無尽のことか?あれはな。辺りの霊力をかき集めて妖刀を作り出す術だ。 牡丹:なっ……今何て言うた? 竜胆:あ?八宝無尽。 牡丹:その後や! 竜胆:妖刀を作り出す―― 牡丹:そんなこと出来るんか!? 竜胆:うるさいな。少し落ち着け。 牡丹:あ、ごめん。 竜胆:まあ原理は簡単なもんだ。妖刀は死んだ人間の霊力。いわば霊魂が集まって出来た物。 牡丹:霊力で満ちたこの場所やったら、その霊力を集めて形を作れるってわけやな? 竜胆:そういうことだ。 牡丹:凄いやん。それが出来るんやったらこの国も―― 竜胆:それは無理だ。 牡丹:……何で? 竜胆:所詮偽物。本物には遠く及ばねえ。それに副作用がある。 牡丹:副作用? 竜胆:この間、偽物を村人にくれてやったんだ。そしたら急に暴れ出してよ。あれは刀にしてやられたな。 竜胆:結局その騒ぎを見た奴らがざわめき出しやがったから皆殺しにせざるを得なかった。って訳よ。 牡丹:目眩しのために1人だけ国賊に見せかけて放置しとった。ってわけか。 竜胆:そういうことだ。 牡丹:そこで何か落し物してへん? 竜胆:ん? 牡丹:これとか。 竜胆:ああ!俺の手記じゃねえか!落としちまってたか。 牡丹:うちの擬使いが拾ってたんよ。 竜胆:……擬使いねえ。気持ち悪い奴らだ。 牡丹:せやねえ。あの村も擬崇拝やったっけ? 竜胆:あそこの村だけじゃねえ。他にもごまんといやがる。あんな糞みたいな武器に堕ちることが幸せだあ?笑いも起きねえよ。 牡丹:彼らも可哀想なんよ。産まれた時からそういう風に教えられてるんやから。 竜胆:お前……まさか絆されてんじゃねえだろうな? 牡丹:まさか。 竜胆:あいつらのせいで!俺の父さんも母さんも殺された!そして桜は…… 牡丹:わかってる。私はあの時の気持ちを1秒たりとも忘れたことは無い。私だって家族を失ってるんだ。絶対にこの国を許すことは無いよ。 竜胆:……きっと俺はお前の仲間を殺すぞ。 牡丹:私の仲間は竜胆だけだよ。これも変わることは無い。 竜胆:そうか。……取り乱して悪かった。 牡丹:気にせんといて。もう少しだけ頑張ろう。私ら2人だけでも、この国を取るんや。 竜胆:ああ。全員殺してやる。絶対、この刀で…… 0:間― 杏子:一方その頃、何も知らない私達は呑気に山道を歩いているのでした。 椿:てかさあ、今回封印する妖刀ってどんなやつなんだ? 菖蒲:どうせいつものやつよ。精々、伸びたり縮んだりするくらいでしょ。 杏子:え?皆さんは詳しく聞いていないのですか? 椿:そうだなあ。俺たちは封印することはできないし。 菖蒲:どちらかというと国賊の殲滅が主ね。 杏子:そうなのですね。実は私も今回はよく知らされていないのです。 椿:え。そうなのか? 杏子:はい。いつもはどんな妖刀をどういう国賊がどのくらいの規模で扱ってるのかが知らされるのですが…… 菖蒲:何も分からないってこと? 杏子:そうなんです。なんでも瀕死の状態で帰った兵士の方が持ち込んだ情報らしいのですけど、白い刀身で【白夜】という名前を持つ刀。くらいしか分からないそうで。 椿:たったそんだけ!? 杏子:そ、そうなんです!ごめんなさい! 菖蒲:杏子ちゃんが悪いわけじゃないけど、本当にそんな刀あるのかしら。 杏子:どうでしょう……まだ妖刀について分からないことも多いですから…… 菖蒲:刀身に色が着いた物なんて今まで見た事無いわ。 椿:だよな。銀色とか灰色とか金属って感じのやつしか見た事ねえ。 杏子:社には赤い妖刀がありますよ。 椿:そうなの!?見たかったなあ。そいつは強い刀なのか? 杏子:そうですね。60体程の霊力が込められていたそうです。今は封印されてますけどね。 菖蒲:おぞましいわね……よくそんなの置いておけるもんだわ。 杏子:他の社にも色付きの刀は祀られてるそうですよ。 菖蒲:悪趣味……私なら破壊を選ぶわね。 椿:今回も破壊しちゃいけないんだろ? 杏子:絶対にいけません!私が殺されちゃいます! 菖蒲:封印してまた社に祀るの? 杏子:えっと…… 椿:どうした杏子。 杏子:総理が官邸に飾りたいと申されて…… 菖蒲:はあ!?じゃああの狸親父の部屋の飾りの為に私達が駆り出されたって訳!? 杏子:あ、菖蒲さん、総理にそんな言い方は―― 菖蒲:本当、有り得ないわね!私が偉くなったら絶対にぶん殴ってやるんだから! 椿:無理だろ…… 杏子:そうですよ。総理大臣は世襲制ですから、血族じゃ無ければ到底…… 菖蒲:でも今、総理に御子息はいないはずよ。どうにか父様が上手くやってくれれば…… 杏子:菖蒲さん……顔が怖いです。 椿:これが菖蒲の本性だ。こんな女になっちゃいけないぞ。杏子。 杏子:あ、えっと、はい。 椿:よし。それから、杏子。 杏子:なんでしょう? 椿:道はこれであってんのか?これ以上進めなさそうだけど。 杏子:え、あ!ごめんなさい!!お話するのが楽しくて、ただ歩いていただけでした! 菖蒲:嘘でしょ!?結構歩いたわよ?社に行くまででもかなりあったってのに! 椿:菖蒲だって話し込んでたろうが、杏子だけのせいにしてんじゃねーよ! 菖蒲:はあ?大体ね、椿が色々聞くからいけないのよ!好奇心旺盛か知らないけど、いつまでも子供ね。 椿:お前にだけは言われたくないね!何かあったら父様、父様って子供は菖蒲の方だろ! 菖蒲:何よ! 椿:何だよ! 杏子:私……少し牡丹さんの気持ちが分かった気がします…… 椿:そうだ……牡丹…… 菖蒲:急がなきゃ…… 杏子:え。お2人共、どうされたんですか? 椿:牡丹は怒ったら超怖いんだ…… 杏子:あんなに優しそうなのに。 菖蒲:騙されちゃいけないわよ!あれは鬼よ…… 杏子:そ、そんなにですか。 椿:杏子! 杏子:ひゃい! 菖蒲:急ぐわよ!早く道案内! 杏子:わ、わかりましたぁ!! 0:山村に漸く着く3人。 椿:はぁはぁ……ここか? 菖蒲……そのようね。 杏子:はい……はぁ……間違いありません。 椿:まだ牡丹はいないな? 菖蒲:……いなそうだけど。 椿:よし。間に合っ―― 牡丹:てないなあ。 椿:ぼ、牡丹…… 牡丹:何でやろなあ。先に向かったはずやのに。あんなけ自信満々やったのに、おかしいなあ? 椿:それは……その…… 菖蒲:椿が―― 牡丹:ん? 菖蒲:すみませんでした! 杏子:牡丹さん!すみません!私が話し込んじゃいまして!お2人は悪くないのです! 牡丹:巫女様。本当なん?2人とも。 0:激しく頷く2人― 牡丹:それやったらしゃあないですけど…… 椿:良かったぁ…… 菖蒲:助かったわね…… 牡丹:ん?巫女様…… 0:杏子の乱れた服装に気付く。 杏子:私はその日。見てしまいました。慈しみを感じるような顔が、鬼の形相に変わっていく様を…… 牡丹:おいこら。ちょっと待たんかい。 椿:へ? 牡丹:まさかおどれら……巫女様を走らしたんちゃうやろなあ? 菖蒲:えっと……それは…… 牡丹:この呆け共がぁ!何考えとるんじゃあ! 椿:ごめんなさいいいい!!! 菖蒲:あああ!!父様!お助けを! 牡丹:やかましい!そこに並べあほんだらぁ! 杏子:あ……あぁ…… 杏子:私は声にならない声しか出せず、ただ呆然と眺めていることしか出来ませんでした…… 0:間― 牡丹:ふぅ……じゃあそろそろ行こか。 菖蒲:あの……休憩は…… 牡丹:あ? 菖蒲:すぐ行きましょう!私元気いっぱい! 牡丹:よろしい。椿は? 椿:大丈夫です! 牡丹:うん。巫女様はいけはりますか? 杏子:はい!大丈夫です!牡丹様! 牡丹:嫌やわあ。巫女様、そんな萎縮せんといてくださいな。 杏子:わ、わかりました。 牡丹:よし!あんた達もしっかりしなんし!背筋伸ばす! 椿:はい! 菖蒲:はい! 椿:……それで、この村に妖刀があんのか? 杏子:いえ、この村付近で遭遇したらしいってだけで、ここには無いと思います。 菖蒲:反応とかはまだ無い感じ? 杏子:少し待ってくださいね。集中します…… 杏子:覗き手こぞりて迷い落ち、千里の野に咲く麻の花。煙に巻かれて頭(こうべ)を垂れよ。 杏子:……見えました!近いです! 椿:お!どこだ? 杏子:酉(とり)の方角に10町(ちょう)辺りですね。 菖蒲:本当に近いわね。案外簡単だわ。 牡丹:さっさと終わらせれたら、やっと休めるなあ。 椿:ああ!今日は贅沢に湯浴みしてやるぜ! 菖蒲:さあ行くわよ! 杏子:はい! 0:間― 椿:確かこの辺だよな? 杏子:はい。この辺りから感じます。 菖蒲:まさか、あれかしら? 椿:んん?どう見ても農民にしか見えないけどなあ。 杏子:でも、何か……動きがおかしいですよ? 0:突如、目の前の男が叫ぶ。 菖蒲:っ!来るわよ! 椿:牡丹!杏子を頼む! 牡丹:任せといて! 椿:おい国賊!お前は1人だけか? 菖蒲:……やっぱり様子が変よ。 椿:聞こえなかったか?お前は1人―― 0:男は雄叫びをあげ、禍々しい刀を振り上げながら向かってくる。 菖蒲:気持ち悪い!私無理! 椿:なら下がってろ!俺がやる! 椿:鬼凛(きりん)、解放!牙落とし! 0:男の首が飛ぶ。 杏子:やりました! 牡丹:そうやね。……でも。 菖蒲:えらく呆気ないわね。 椿:こいつじゃない……見てみろ。 菖蒲:うわ。何この気持ちの悪い刀。 杏子:……おかしいです。 椿:杏子? 杏子:これは妖刀ですが、何かが違います。 菖蒲:どういうこと? 杏子:妖刀は人々の怨念が固まって生まれるものなんです。私たち巫女はその怨念の声が聞こえるんですが…… 杏子:この刀は何も話してくれない。いえ、込められた念が無いんです。こんなの有り得ません。 椿:わけがわからねえな……っ、痛っ。 菖蒲:どうしたのよ?何かされた? 椿:いや、ここ最近、戦いの後に体が軋む気がするんだよ。 菖蒲:あんな戦い方するからよ。真っ先に飛び出して。特攻なんて能無しにやらしておけばいいのに。 椿:……お前のそういう所、結構本心から嫌いだ。 牡丹:…… 杏子:っ!来ます! 菖蒲:な、何がよ! 杏子:この刀より遥かに大きな霊力の塊が!何これ……すごい数の声が……うぅ…… 0:頭を抑えしゃがみこむ杏子。 牡丹:巫女様!2人共、私は巫女様を連れて少し離れるけど、大丈夫? 椿:おう!杏子を頼む。 菖蒲:どうせやるしかないんでしょ!封印にはちゃんと来てよね! 杏子:すみません……皆さん。 牡丹:ほな任せるで。巫女様、捕まってください。 杏子:はい…… 0:牡丹が杏子を連れて行った直後、刀を携えた長髪の男が現れる。 椿:来たぞ…… 菖蒲:私にもわかるくらい凄い霊気ね…… 竜胆:何だあ?2人だけか?巫女はどうした。 椿:何のことだ? 竜胆:おいおいとぼけるなよ。こいつを封印しに来たんだろ?わかってんだよ。 菖蒲:白い刀……やっぱりあいつが。 椿:一応聞くけど、そいつを黙って渡してくれねえか? 竜胆:ははははは!俺も一応答えてやる。くれてやる訳ねえだろう? 菖蒲:でしょうね。なら、やることは1つよ。 椿:ああ。お前を殺して奪うしかないな! 竜胆:そう来なくっちゃなあ!来いよ!擬の操り人形共! 0:間― 杏子:ん…… 牡丹:巫女様、大丈夫ですか? 杏子:牡丹さん……っ!早く戻らなければなりません! 牡丹:無理したらいけません。今はあの2人に―― 杏子:あれと戦ってはなりません! 牡丹:巫女様…… 杏子:あんな怨念は初めてです……取り込まれた数も異常ですが、1つ1つが強すぎます。いくら手練の2人でも絶対に勝てません! 牡丹:…… 杏子:牡丹さん!早く私を……え? 牡丹:巫女様。すんませんなあ。それは出来ません。 杏子:まさか……貴方。 牡丹:あんたらが言う所の国賊ですわ。あの2人にはここで死んでもらいたいんです。 杏子:……裏切るんですか。 牡丹:私は裏切ったことなんかありませんわ。最初からずっと、白夜の夜叉。竜胆の幼馴染やさかい。 杏子:そんな…… 牡丹:でもまあ私も彼の戦いは気になる所やから、仕方無しに連れて行ってあげますわ。間違っても逃げようとせんでくださいね?その喉笛、すぐに掻き切ってしまいますからなあ。 杏子:……お2人共、どうか…… 0:間― 椿:鬼凛、解放! 菖蒲:火揉(かもめ)、解放! 竜胆:揃いも揃って気持ち悪い武器だなあ。 菖蒲:はあ?あんたに比べりゃ何だって上等よ。 竜胆:はいはい。何でもいいからかかって来いよ。小娘。 菖蒲:なっ!こいつ腹立つ! 椿:挑発に乗るな。いつも通りやるだけだ。いいな?菖蒲。 菖蒲:わかってるわよ!私に指図しないで! 椿:行くぞ! 菖蒲:飛べ!滝燕(たきつばめ)! 竜胆:よっと。遅ぇ玉だなあ。そんなんじゃ遠距離の意味ねえぞ? 菖蒲:本当にそうかしら―― 竜胆:返って来るんだろ?……ほらな? 菖蒲:何で知って―― 椿:牙落とし! 0:竜胆は咄嗟に刀で受ける。 竜胆:おっと!ははっ!やるねぇ。つい刀使っちゃったわ。 椿:これを止めるか…… 竜胆:意外だったなあ。 椿:何がだ。 竜胆:お前の方が直情的に見えたからよお。まさかあの小娘の方が単純だとは思わなかった。 菖蒲:ちっ!椿!そのまま抑えときなさい! 椿:まさか!お前! 竜胆:おお? 菖蒲:弾け飛べ!斬鮫(きりさめ)! 椿:くっ! 竜胆:ははっ! 0:間一髪で避ける椿に対して、竜胆はそのまま受ける。 菖蒲:今度こそ当たったわ! 椿:おい!俺にも当たる所だったぞ! 菖蒲:当たらなかったじゃない。 椿:そういう問題じゃ―― 菖蒲:いいじゃないの。もう終わっ……た……何で? 竜胆:ん?何がだ? 菖蒲:今当たったはずでしょ!? 竜胆:当たったよ。こいつに。 0:白く輝く刀身を見せつける。 椿:普通の妖刀なら粉々のはずだ。あれを受けて弾けた擬を何度も見た。 竜胆:あのなあ。そんな紛い物に妖刀が劣るわけ無いだろ。 椿:紛い物だと? 竜胆:ああそうだ。妖刀を真似て作った玩具がお前らの大好きな擬ってこったな。 椿:お前……巫山戯るのも大概にしろよ! 竜胆:巫山戯てねえよ。事実を言ったまでだ。試してみるか? 椿:ああ、やってやる! 竜胆:安心したよ。お前もちゃんと単純で。はははは! 椿:切り刻め!鬼道一閃!! 竜胆:ふん。鬼道一閃!! 椿:なに!?ぐっ!がぁ! 0:同じ技を返され、弾き飛ばされる。 菖蒲:椿! 椿:な……何でだ…… 竜胆:言ったろ?玩具だって。お前に出来る事で俺に出来ねえことは無い。 椿:その妖刀の力か…… 竜胆:いや?言っとくが、この刀、白夜は霊力を吸うきらいはあるが、それ以外はただ切れ味が良い刀ってだけだ。まあ切れ味が落ちることが無いのは利点だけどな。 菖蒲:それでさっきのが当たっても無傷だったわけね…… 竜胆:まあな。打ち返す事も出来たが、さすがにあの程度で終わりじゃ無いだろ? 菖蒲:当たり前よ!とっておきを食らわせてやるわ!椿!時間稼ぎ頼むわよ! 椿:本気かよ…… 菖蒲:それしかあいつを倒せないでしょ! 椿:……やるしかねえな!離れてろ菖蒲! 菖蒲:目に物見せてやるんだから! 0:菖蒲は2人から距離をとる。 竜胆:おー威勢だけは褒めてやる。軽く相手してやるから来いよ。 椿:舐めるなよ!鬼凛、双頭の型! 0:刀が蠢き、2つ裂ける。 竜胆:ほう。双剣にもなるのか。……気持ち悪い刀だ。 椿:行くぞ!獣爪裂破(じゅうそうれっぱ)! 0:複数の霊力を伴った斬撃が飛ぶ。 竜胆:良い機会だ。妖刀の力をほんの少し見せてやる。龍牙斬解(りゅうがざんげ)! 0:横に大きく伸びた斬撃に椿の斬撃が吸い寄せられ消えた。 椿:なっ!俺の斬撃が食われる!? 竜胆:霊力を吸うって言ったろ?これは斬りつけながら相手の霊力を奪う技だ。 椿:それなら……これはどうだ!豹楼崩し(ひょうろうくずし)!! 0:体ごと高速回転し、竜胆の頭上へ振り落とす。しかし、いとも簡単に受け止められる。 竜胆:霊力を込めずに来たか。お前馬鹿だろ? 椿:ぐっ…… 竜胆:単純にお前と俺じゃ力の差がある。ましてや切れ味はこっちが上だ。駄策だったなあ! 0:力任せに椿を撥ね飛ばす。 椿:がぁ!!くそ……俺の擬は……こんな所で…… 0:膝を着く椿。ゆっくりと歩み寄る竜胆。 竜胆:なあお前。その擬の名前は何だ? 椿:何だいきなり…… 竜胆:お前の回復を待ってやってんだ。質問にくらい応えろ。 椿:……鬼凛だ。 竜胆:そうじゃねえ。 椿:……は? 竜胆:お前には椿って名前があんだろ?俺は竜胆だ。じゃあ、お前が手に持つそいつの名前は何だった? 椿:こいつの……名前…… 竜胆:元は人間だぞ?それは。何故名前を知らない。 椿:だって……擬は…… 竜胆:それになれることがお前らの誉れなんだろう?国の英雄と呼ばれるんだよなあ? 椿:……そうだ。 竜胆:ならばもう1度聞こう。お前がその手に握っている英雄の名は何だ? 椿:こいつの名前は…… 竜胆:くくく……ははははははは!聞いて呆れるなあ!国の英雄だあ?お前らは騙されてんだよ!最初からあ!玩具にされるために無駄死にしてるだけだ! 椿:違う!俺の擬を、俺の力を馬鹿にするんじゃねぇ!!! 0:双剣を重ね、竜胆の懐へ飛び込む。 竜胆:ぐっ!……やるじゃねえか。今までで1番の力だ。白夜でも吸いきれねえ程の霊力とは恐れ入ったぜ。 椿:……どれだけ御託を並べようが、お前は沢山の人を殺した。この前の村人を殺したのもお前だろう。 竜胆:ああ、そうだ。擬崇拝の奴らは皆殺しにする。あいつらのせいで!俺の家族と村人は殺され、妹の桜は巫女にされたんだからな! 0:椿は驚き、竜胆と距離をとる。 椿:……何だと。 竜胆:どうせ俺かお前のどっちか死ぬんだ。少し昔話をしてやる。 竜胆:俺の村はお前がさっき言っていた村の近くにあったんだ。100人程度しかいない小さな村だったが、長閑(のどか)で緑の美しい村だった。 竜胆:ある日、国の役人が来た。巫女を連れてな。そいつらは霊力のある娘を巫女として迎え入れたいと言った。そこで俺の妹が選ばたんだ。 竜胆:あいつらは妹に良い暮らしをさせると約束した。だから俺も両親も村人達も門出を祝った。それから数年経った日……妹が擬にされたと知った。 竜胆:俺達は怒った。話が違うと。何度も国に問いかけたが悉く無視された。そこで村人達は時代錯誤な一揆を仕掛けようとしたんだ。するとどうだ? 竜胆:近くの村の人間が国に告げ口しやがった!俺と友人は物資を整えるため遠出をしていて助かったが、村に帰るとそこには何も無くなっていた! 竜胆:俺とそいつは悲しみに暮れたさ。胸を焼き焦がす程の憎悪にも塗れた。その時だ。ふと顔を上げるとこいつがあった。荒れ果てた場所に似つかわしく無い純白の刀が。 竜胆:これは村の皆が俺達に託した希望だ。そして、殺した奴らを皆殺しにしろと言う言伝だ。だから俺はあの村を潰し、お前ら擬の奴隷も殺してやるんだよ! 椿:そんな……そんな訳が…… 竜胆:お前らは何故、おかしいと思わない。人の屍の上に成り立つ武器の存在が何故おかしいと思わない! 竜胆:それが当たり前だ?皆がそうして来た?違うんだよ。異常に気付かないように、自分自身で蓋をしてきたんだろうが! 竜胆:お前ら全てが罪人だ。国民の命を弄び、自ら死に向かうことが喜びだと信じさせるお前らこそが国賊だろう! 椿:違う……違う違う違う!お前が……お前達が! 竜胆:違わねぇよ!お前は俺とどこか似ている、とっくに気付いただろ?この国が狂ってることに! 椿:黙れ!!! 竜胆:なっ!ははっ。なんだお前、人間を辞めるのか? 0:椿の体から目に見えるほどの霊力が漏れ出す。目は紅く染まり、擬が腕まで覆う。 椿:ふーっ……ふーっ……うおおおおおあああ!!! 0:叫び声が辺りに響き渡る。 菖蒲:何よ……あれ…… 杏子:菖蒲さん! 菖蒲:杏子ちゃん!牡丹! 牡丹:あれは……椿なんか? 菖蒲:そうなんだけど、様子がおかしいのよ。 杏子:擬人化(ぎじんか)が始まってます…… 菖蒲:何なのよそれ…… 杏子:擬人化は、擬の力を使い過ぎた擬使いの姿です。 菖蒲:そんなの聞いたことないわよ! 杏子:はい……国の機密事項です……擬人化した擬使いは秘密裏に処理されます。 牡丹:なるほどなあ。ほんまどこまでも腐った国やで。 菖蒲:え。それじゃあ椿は殺されるの? 杏子:……私なら止めれます。でも今すぐにしないと手遅れになります。 菖蒲:じゃあ今すぐ行かないと! 牡丹:それは出来へんなあ。 菖蒲:何でよ! 牡丹:国がわざわざ手を下すってことは、それほどに脅威になるってことや。しかも椿は上位の擬使い。きっといい手札になるやろ。 杏子:……貴方の友人も死にますよ。 牡丹:私達の目的に自らの命の有無は問わへんよ。 菖蒲:ちょっと待ってよ。さっきから何の話か全然わかんないんだけど! 杏子:擬人は牡丹さんが思うような者じゃありません!彼らは目に映る物全てを破壊することしかしません。 杏子:貴方達が目指す世界はそんな世界なんですか!?罪も無く、擬と全く関わりのない人々までも死んでしまうんです!本当にそれを望んでいるんですか!? 牡丹:それは…… 杏子:牡丹さん、力を貸してください。今なら止められるんです! 牡丹:……わかった。今回きりやからなあ! 菖蒲:ちょっと!私は置いてけぼり!? 杏子:菖蒲さん、ごめんなさい。後でちゃんと説明しますから!牡丹さん!私を椿さんの近くまでお願いします! 牡丹:わかった。振り落とされへんよう捕まっときや! 菖蒲:ちょ!……何なのよぉ!! 0:間― 椿:がぁ! 竜胆:おわっ!やべぇな……焚き付けすぎたか?下手したら腕ごと持ってかれそうだわ。 椿:うぅぁう…… 竜胆:おいそこまでにしておけ!本当に人間に戻れなくなるぞ! 椿:ぐ……が……あぁ…… 竜胆:全然聞こえてねえな。仕方ねえ……悪く思うなよ。神魔邂逅(じんまかいこう)!消えて無くなれ!! 0:霊力が白い光となり、竜胆を中心に広がる。 椿:がああああああ!! 竜胆:何!?うぉあぁ!……くっ……冗談だろ……俺の最高の技だぞ…… 0:その光を簡単に切り裂いた異形は凄まじい力で切りかかる。竜胆は躱そうとするが、斬撃の余波を浴びてしまう。 椿:ふーっ……うあああああ! 竜胆:やべ……死ぬなこれ…… 牡丹:鼓舞羅(こぶら)!解放! 0:牡丹の擬が異形の胸部に当たり、遠くへ吹き飛ばした。 椿:がっ!……うぅぅ…… 竜胆:牡丹!お前何でここに。 牡丹:えらい苦戦してるみたいやから助太刀や。 竜胆:ふん。本番はこれからだったってのに。 牡丹:嘘つくなや。死んだ……って顔しとったで。 竜胆:余計なものだけ見てんじゃねーよ! 杏子:あの! 竜胆:何だこの小せえの。……巫女か!? 杏子:はい。巫女の杏子と言います。 竜胆:おい牡丹、何でこんなやつ連れてきた! 牡丹:それは―― 杏子:私は!椿さんを人間に戻しに来ました。 竜胆:……できるのか? 杏子:はい!私なら出来ます! 竜胆:…… 牡丹:信用出来へんのやったら別にええ。私と竜胆の2人がかりなら―― 竜胆:それは無理だな。さすがにわかる。精々時間稼ぎが関の山だ。んで、嬢ちゃんはそれをやって欲しいんだろ? 杏子:はい。私が封印の術式を詠唱する間、時間にして3分ほどです。 竜胆:あんな化け物相手に3分とはなかなか買い被ってねえか? 牡丹:でもまあやるしかあらへんからな。 杏子:お願い出来ますか? 竜胆:杏子だったか?1つだけ応えろ。桜って巫女を知ってるか? 杏子:え。いえ……私は聞いたことはありません。 竜胆:そうか。……すぐに始めろ。あんなやつを野放しには出来ねえ。 杏子:はい!……いきます。 杏子:咲き乱れし血潮の流動、怒り狂う般若の所業、天命別つは業火の裁き。矛盾、傲慢、鬱憤、軽蔑、弱者の咆哮。干魃した魂に慈悲を。輪廻の理に目を背け、恍惚に塗れ瞼を閉じよ…… 0:杏子が詠唱を始めた直後、異形が体を起こし走り寄る。 竜胆:来るぞ…… 椿:うぅぅ……がぁあああああ! 牡丹:降り注げ!天鸞(てんらん)! 竜胆:金剛濮迅(こんごうぼくじん)! 0:天からは無数の槍の雨、地からは岩の礫が異形を襲う。しかし怯むことなく異形は進む。 椿:ぎ……ぐるぁああ! 牡丹:……ようこんなん相手にしとったな。 竜胆:あぁ?2人なら勝てるって言ったのは誰だったっけ? 牡丹:ここまでとは思わんかったんや!っ!危なっ! 0:岩の礫を投げ返され、紙一重で避ける。 竜胆:油断するなよ!死魂呪縛(しこんじゅばく)! 0:異形の体を白い鎖が這う。たまらず異形は地に伏せた。 牡丹:やった!抑え込んでるで! 竜胆:馬鹿が。そんな……長くもつかよ。 0:まだ数秒しか発動していないが、竜胆は息を切らす。 牡丹:私の霊力も使いや。幾分か長くもつはずや。 竜胆:……少し昔を思い出さないか? 牡丹:何やこんな時に。 竜胆:餓鬼の時はお前とよく一緒に戦ったもんだ。 牡丹:相手は熊とか猪とか、椿とは比べもんにならんけどな。 竜胆:また戦えて嬉しいぜ。 牡丹:……私もや。 椿:がぁ!ぐ!うぅあぁ! 0:激しく暴れ回り、鎖が1本、また1本と千切れる。 竜胆:く……まだか…… 牡丹:もう……少しや……気張れや竜胆。 0:2人の腕は震え、目からは血涙が落ちる。 杏子:とこしえの奈落に生まれ変わろうとも。我、汝を愛しく想わざること無かれ! 杏子:竜胆さん!牡丹さん!行けます! 竜胆:よし!行けえ! 杏子:束地子天生(そくちしてんせい)!! 椿:ぐっ……がっ……がああああ…… 0:異形の体から霊力が溢れ出し、大地に吸われていく。異形が椿に戻っていく。 牡丹:よっしゃ!これで―― 竜胆:馬鹿野郎!! 0:竜胆が牡丹を突き飛ばす。椿の擬が竜胆の胸を貫いた。竜胆は力無く倒れる。霊力が全て吸い出された椿もその場に伏した。 竜胆:ごはっ…… 牡丹:おい……竜胆……お前何してんだよ! 竜胆:油断……するなって……言っただろうが…… 牡丹:違うだろ!何故私を見殺しにしなかった!?約束したじゃないか!お互いが死んでもやり遂げる。そう言ったのはお前だろ! 竜胆:わりい……忘れてたわ…… 椿:うぅ……俺……は。 杏子:椿さん!私が分かりますか? 椿:杏子……俺は一体…… 菖蒲:どきなさい!あんた達はもう終わりよ! 0:待ち構えてたかのように菖蒲が現れる。 竜胆:逃げてたくせに……うるせえ女だ…… 椿:菖蒲、これはどうなってるんだ? 菖蒲:さあね!私も分からないことだらけよ!でも1つだけ確かなことは、牡丹が裏切り者で国賊と繋がってたってことよ! 椿:なっ……本当なのか? 牡丹:…… 椿:そうなんだな…… 菖蒲:早くこいつらを殺さないと。 杏子:……そうですね。任務を遂行しなくてはなりません。 竜胆:はは……牡丹、よくこいつらとずっと一緒にいられたな……俺だったら耐えられねえ。 牡丹:もう喋るな…… 竜胆:お前には……辛い想いをさせてばかりだ…… 牡丹:竜胆…… 竜胆:牡丹、最後の頼みだ…… 牡丹:……何だ。 竜胆:白夜で俺を殺せ。 牡丹:な、何でそんなこと! 竜胆:どうせもう死ぬんだ……そいつにくれてやる。 牡丹:私には…… 竜胆:お前が……使え。きっと刀はもっと強くなる……また一緒に戦うんだ…… 牡丹:……わかった。 菖蒲:遺言は終わったかしら? 牡丹:……はぁ! 0:竜胆の胸を切り裂いた牡丹。竜胆は不敵な笑みを浮かべる。 椿:なっ!? 杏子:あぁ! 菖蒲:っ!? 竜胆:ふっ…… 菖蒲:牡丹あんた、気でも触れたの?……その刀…… 0:竜胆の体から霊力が溢れ、白夜に吸い込まれていく。刀身が純白から漆黒に染まっていく。 菖蒲:……ふふっ。刀の色が変わっただけじゃない。驚いて損したわ。 杏子:違います…… 菖蒲:違うって何―― 杏子:早く逃げるんです!今はそれしかありません!お願いですから!早く! 椿:わ、わかった!行くぞ!菖蒲! 菖蒲:え!?は?ちょっと待ちなさいよ! 0:間― 杏子:私達は牡丹さんをその場に残し、一目散に逃げた。ただただ真っ直ぐに。あの邪悪な霊力の渦が感じられなくなるまで…… 杏子:やっと刀の力が感じられなくなり、私は2人に起きたことを話した。牡丹さんが竜胆さんと幼馴染だと言うこと。2人で国を壊そうと画策していたこと。そして、椿さんが擬人化したことを…… 杏子:椿さんはそれを聞いた後、私を社に送り届ける時もずっと話さなかった。菖蒲さんは次こそは殺してやる。と息巻いていたけど、いつもの張合いが無い椿さんとは話が続かず、結局無言になってしまった。 杏子:彼らに伝え損ねてしまったけれど、私には牡丹さんに何が起きたかがわかる。 杏子:社にある赤刀。最初は色によって霊力の強さが変わるのだと思っていたけど、今回で分かった。あれは取り込んだ魂の数。長寿の祝いで還暦は赤を祀る。還暦とは60の事。 杏子:なら白は?白寿。99歳の祝いなんだ。きっと竜胆さんは自ら100人目の怨念となった。だから刀身の色も変わった。恐らく霊力の強さは何倍にも膨れ上がっている。 杏子:でも私にはきっと、彼らに伝える術はもう無い。 竜胆:本当にいいのか?このままで。 杏子:きっと来ると思っていました。竜胆さん。 竜胆:死者の声が聞けるってのは本当なんだな。安心したわ。 杏子:強い怨念だけですけどね。余程、この世界が嫌いなようで。 竜胆:まあな。 杏子:それで、何か用でしょうか。 竜胆:俺の妹と同じく、悲しい末路を辿るだろうお前に、少し情けをかけてやろうと思ってな。……菖蒲って女、死ぬぞ。 杏子:椿さんに殺されるのでしょうね。 竜胆:……なぜわかる? 杏子:貴方と椿さんは元々似た魂を持っています。それに加え、先の戦闘時に貴方に触れ、擬人化した際に、その妖力を取り込んでいます。きっと椿さんはこの国を壊そうとするでしょう。 竜胆:驚いたな。そこまで読んでいて何故動かない。 杏子:私は巫女です。上質な擬となるべく産まれた存在。きっと私は貴方の白夜を斬りますよ。 竜胆:そうか。1番狂っていたのはお前か。 杏子:いえ、私は正常ですよ。この国ではね。 竜胆:胸糞悪い奴だ…… 杏子:楽しみにしております。 竜胆:俺の刀は更に強くなったぞ? 杏子:そうですね。もう白くないですし……そうだ。【百夜】なんて如何でしょうか? 0:数日後の演習場にて― 菖蒲:あーもう!こんな擬じゃ牡丹と戦えない!父様に頼んでもっと良いの作って貰わなくちゃ。 椿:……おい、菖蒲。 菖蒲:っ!驚いた……急に現れないでよ。もう体の調子は順調なの?早くあいつを殺さなきゃ。 椿:今までいくつの擬を壊した? 菖蒲:は?何よいきなり。 椿:教えてくれ。 菖蒲:……詳しくは覚えてないけど、50か60くらいじゃないかしら。それがどうかした? 椿:心が痛んだりしないか? 菖蒲:はっ。何でそんな事思うのよ。気持ち悪いわね。擬なんて使ってなんぼなの。使えない擬は材料が悪いとしか思わないわ。 椿:材料…… 菖蒲:そうそう。あ、そうだ!牡丹を擬にしたら凄く強いの出来そうじゃない!?あーでも捕まえるの面倒臭いな…… 椿:…… 菖蒲:いい事思いついた!椿、あんたもう1回、擬人化しなさいよ。そうしたらあいつに勝てるでしょ? 椿:もう……喋るな。 菖蒲:何よあんた。もしかしてあいつらに感化された?冗談やめてよね。気持ち悪い。 椿:お前は、お前らこそが国賊だ!! 菖蒲:え……なん……で…… 0:山奥の洞窟―― 牡丹:八卦、七彩、六道、五行、四散、三寒、二才、一礼。 牡丹:……どうしてここが分かった。 椿:擬人化の影響かわからないけど、霊力が見えるようになったんだ。 牡丹:私を殺すつもりか? 椿:いや、そのつもりは無いよ。 牡丹:何?なら何をしに来たんだ? 椿:俺もお前らと共に戦う。 牡丹:……本気で言ってるのか? 椿:本気だ。証拠を持ってきた。 0:床に菖蒲の首が転がる。 牡丹:お前……本当に椿か? 椿:ああ。俺だよ。 牡丹:……おかえり。 杏子:後に彼らは国を脅かす妖刀軍団を作り出すことになる。人々は彼らを刀賊(とうぞく)と呼び恐れた。 杏子:私は明日、彼らを倒すための擬となる。彼らともう話せないのは少し残念だけれど、私は私の使命がある。続きはきっと誰かが綴ってくれるだろう。……私はそう願う。 0:間― 竜胆:白い、白い、光をも眩む純白よ。我は盲なる者なり。そこに影は一つも非ず。毎夜、待ちてみようとも行先すらも見えぬまま。いつかそこに一筋の闇が差し込み、全てを飲み込まんとするか、光に飲まれるか。今は只、希うほか無し。一夜超え、十夜超え、百夜を迎えて…… 竜胆:今も未だ、何も見えず…… 竜胆:百夜物語――終幕――

百夜物語 性別不問 椿(つばき):太刀使いの男。家族はおらず、少々特攻じみた戦い方が目立つ。 菖蒲(あやめ):銃使いの女。高飛車で喧嘩早い。父親は国の要人。 牡丹(ぼたん):槍使い。妙な話し方で2人より少し歳上の中性的な大人。ぶつかりがちな2人を取り持つ役目。 杏子(あんず):巫女。妖刀を封じる役目を持つ。弱い者を救うことが使命だと信じている。 竜胆(りんどう):妖刀使い。白夜という白い刀を携えた男。長髪で刀を軽々振り回す力を持つ。 0:本編―― 竜胆:暗い、暗い。闇より暗い夜を食み、泥水を啜りて命を繋ぐ。生きたとて、何が起こりうるかは理解も及ばず。しかしその歩みを止めることなかれ。幾千の夜を超えた先、そこには確かな夜明けが来よう。今はただ。その希望に縋り、光を希うのみ。 椿:いつか来たる日のため今は……今は。 菖蒲:また本なんて読んでるの? 椿:何だ。菖蒲か。 菖蒲:何だとはお言葉ね。この国随一の別嬪って言われてるのよ? 椿:みんなきっと、お前の父上がさぞ怖いんだろうな。 菖蒲:そんなことないわよ。自分でも綺麗な顔だと思うんだもの。民たちがそう思うのも無理は無いわ。 椿:そうですね。立派な考え方だと思います。 菖蒲:心が篭って無いわね……それで、何読んでたのよ。 椿:ん?ああ、少し前の任務で行った村にあったんだ。多分、そこに住んでた奴の手記だろう。 菖蒲:あの村ね……思い出すだけで気分が悪いわ。 椿:そうか?楽な任務だったじゃないか。国賊1人殺すだけの。 菖蒲:その後よ。村民なんて全員死んじゃってて。しかも原型留めてないし。片付けが面倒ったら無いわね。 椿:そんな言い方無いだろ。あの村の人々は俺たちが来るまで必死に国賊と戦ったんだ。 菖蒲:そうね。なんの傷も与えられなくて全員犬死に。情けないわ。 椿:お前。それ以上言ったら―― 牡丹:2人ともー!ここにおったんやね。探してたんよ。 菖蒲:……牡丹が来たってことは。 牡丹:さすが察しがええねぇ。任務のお知らせやよ。 菖蒲:最近多くない? 牡丹:それだけ頼られてるってことやろうなあ。 椿:妖刀を回収した分だけ給金も上がるんだ。俺としては文句は無いけどな。まあお金持ちのお嬢様にはわからないか。 菖蒲:あんた。馬鹿にしてんの? 牡丹:君らほんまに喧嘩ばっかりやなあ。その件でもお叱り受けるのは何でか私やし…… 椿:それは、ごめん。 菖蒲:わかればいいのよ。 椿:お前に言ってねえよ! 牡丹:ん?椿、その手記どないしたん? 椿:ああ、この間の任務の時に拾ったんだよ。 牡丹:ちょうど私がおらんかった時のやつかな。 椿:そうだったかな。 牡丹:ちょっと私も読んでみたいんやけど、貸してくれへん? 椿:え、いいけど。 菖蒲:牡丹もそんなの読むの?趣味悪いわね。 牡丹:たまには風情があって良いんよ?じゃあ椿、ちょっと借りるわな。 菖蒲:で、任務の内容は? 牡丹:そうやった。今回は総理大臣直属の任務なんよ。 菖蒲:え。大仕事じゃん… 椿:いいねぇ!燃えてきた!んで何すんだよ? 牡丹:ちょっと焦りすぎやって。今から聞きに行くんよ。そのお誘いやんかー。 菖蒲:いつもは勝手に聞いてきてくれるのに。 牡丹:流石の私も総理と話す時は緊張するんよ。ほな早速行くで、2人とも。 0:間― 杏子:今は昔、日本は未だかつて無い栄華を誇っていた。様々な国が割拠する中、小さな島国である我が国が何故ここまで栄えたか…… 杏子:【擬(もどき)】という武器のお陰である。擬を扱うには霊力が必要であり、扱える人間は限られていた。 杏子:彼ら3人は擬使いの中でも特に実力のある者達。彼らの働きにより領土は増え、土地は肥え、国民は彼らを称えていた。 杏子:そんな彼らに言い渡された任務。それは擬と同等の力を持つ【妖刀】を巫女の力をもって封印せよ。との事だった。 0:山道を歩く3人。 椿:んで、今回は封印だけでいいんだっけ? 菖蒲:どうせいるわよ。国賊が。 牡丹:そうやねぇ。妖刀と国賊は抱き合わせみたいなもんやから。 椿:強い奴がいるといいなあ。 菖蒲:はあ?嫌よ。私の綺麗な顔に傷でもついたらどうするつもり! 椿:どうせ遠距離だろ。いつも俺と牡丹が前線で戦っててもずっと涼しい顔してんじゃねえかよ。 菖蒲:仕方ないでしょ?私の擬は銃型なの。わざわざ近づいて血に濡れなくてもいいの。本当、私のためにあるような武器よねぇ。 椿:……牡丹、わかるだろ?俺がいつも腹立つの。 牡丹:うーん。私も遠距離が良かったなあ。 椿:お前もかよ……分かってないなあ!勝つか負けるかの競り合いが楽しいんだっての! 菖蒲:まあ椿にはお似合いよね。 椿:どういう意味だよ。 牡丹:もう、また喧嘩せえへんの。そろそろ着くで。 0:神社に着く一行。 牡丹:失礼致します!牡丹、椿、菖蒲の3名到着致しました!総理の命により、巫女様をお迎えにあがりました! 菖蒲:牡丹って普通に喋れるのね。 椿:俺も初めて聞いた。 牡丹:しー。もう来られるで。 杏子:皆様!よく来られまし――っ!痛いっ! 菖蒲:え!? 椿:……こけた? 杏子:もう……ここの段差いつも躓くんですよねー。へへ。 菖蒲:いつもなんだ…… 牡丹:あの……巫女様は変わられたのですか? 杏子:そうなんです!前任者は擬になられました。 牡丹:そうですか……擬に。それはめでたいですね! 杏子:はい!私も立派な擬になれるよう、今頑張っています! 椿:やっぱ巫女さんくらい霊力が強く無いと擬になるのは難しいんだなあ。 菖蒲:椿はやっぱり擬になりたいの? 椿:そりゃあ国の英雄って呼ばれるんだぜ?皆が目指す所だろ。でも才能無いと難しいんだろうな。 杏子:そんなことないですよ?私だってまだまだですから。霊力を鍛えないと。 椿:え。霊力って鍛えれるのか。 牡丹:椿。言葉遣いには気をつけなあかんよ。 杏子:あはは。気にしないでください。きっと私は皆さんより歳も下ですし、堅苦しいのは少し苦手なので。自然体でいてくださって結構ですよ。 菖蒲:へえ。前の巫女と違って可愛げあるじゃない。 杏子:えへへ。 牡丹:なんかすんませんなあ。 杏子:いえいえ。それで、霊力の話でしたね。確かに生まれつき多い少ないはあると思います。でも使えば使うほど増えますし、強くなるんですよ。 杏子:皆さんも擬を使っていて思いませんか?以前より軽くなったとか、体がよく動くようになったとか。 椿:確かにある!それかあ。ただの慣れだと思ってた。 菖蒲:私も疲れにくくなったかも。へえ。霊力が増えたからなのね。 杏子:そうなんです!だから皆さんもきっと立派な擬になれるんです!使いすぎなければですけど…… 牡丹:…… 椿:ん?どうした?牡丹。 牡丹:え? 菖蒲:気遣い過ぎて疲れたんじゃない? 牡丹:そうかもなあ。主に2人のせいやけど。 椿:え。あ、ごめん。 牡丹:ええよ。もう慣れたわ。それより巫女様。今回の任務の内容は聞いてはりますか? 杏子:ええ!妖刀の封印とそれに伴う国賊の抹殺でしたよね! 菖蒲:え?封印だけって聞いてるけど…… 杏子:私もそう聞いてますけど、きっといますから。妖刀あるところに国賊有り。国の平和のために彼らは殺さねばなりませんからね! 椿:おお!今回の巫女さんは気が合いそうだ!よろしくな!えっと…… 杏子:杏子です!よろしくお願いします!椿さん!菖蒲さん!牡丹さん! 菖蒲:何か私、この子可愛くなってきた。 牡丹:最低限の敬意だけは忘れんといてなあ…… 菖蒲:大丈夫よ。お父様から礼節は叩き込まれてるもの。 椿:それなのにあれかよ…… 菖蒲:何か言った? 椿:いや?任務が楽しみだなって。な?杏子。 杏子:え。あ、はい! 牡丹:さすがに呼びすては…… 菖蒲:別にいいわよね?杏子ちゃん。 牡丹:ちゃん…… 杏子:牡丹さん気にしすぎです!また疲れちゃいますよ! 牡丹:お気遣いありがとうございます。でも私がしっかりせえへんと、この子ら阿呆やから。 杏子:愉快で良いと思いますよ。 牡丹:ほんますんません。 椿:なあ早く行こうぜ?霊力の波動を感じる! 菖蒲:あんたにそんな力無いでしょ。 杏子:行きましょう!これくらいしか社の外に出ることがないので、楽しみです! 牡丹:…… 菖蒲:牡丹また顔が怖いわよ。 牡丹:普通に胃痛がするだけやよ…… 菖蒲:そ。なら問題ないわね。 椿:少し休むか? 牡丹:そやね。ちょっと先に行っといてくれる?後で追いかけるわ。 菖蒲:牡丹がいなくて辿り着けるの? 椿:そりゃあ……まあ。 杏子:大丈夫です!私、地図は穴が空くほど見ましたから!それに私も椿さんと同じように霊力の波動を感じ取れますので、近くに国賊が居たらわかりますよ! 椿:やるな杏子! 杏子:はい! 菖蒲:椿はそんなこと出来ないけどね…… 牡丹:すんません。巫女様。ちょっとだけお願いしますわ。出来るだけ早う向かいます。 杏子:はい!頑張ります! 菖蒲:じゃあ行くわよ。 椿:しゅっぱーつ! 杏子:おー! 0:社近くの洞窟― 竜胆:八卦、七彩、六道、五行、四散、三寒、二才、一礼……【八宝無尽】! 竜胆:ぐ……よし。このまま…… 牡丹:えらい精が出るなあ。 竜胆:な、お前、うぉ!! 牡丹:あーあ。集中欠いたらあかんがな。 竜胆:いきなり現れるからだろうが!ちくしょう。やり直しじゃねーかよ。 牡丹:ようこんな敵の近くで目立つことやってるわ。 竜胆:確かにあいつらは霊力の流れを読むことが出来る。だが、長年霊力にあてられてきたこの土地は莫大な霊力を宿しているわけだ。いわゆる零界だな。 竜胆:木を隠すなら森の中、霊力を隠すなら霊界の中だ。おかげでいくらでも術は使えるし、回復も早い。ありがたい限りだねえ。 牡丹:なるほどなあ。元々は術の類は苦手やったんに、ようそこまで上達したもんや。 竜胆:社様様ってこった。それよりお前。 牡丹:ん? 竜胆:その妙な喋り方。どうにかならないのか?こっちまで感染りそうでかなわん。 牡丹:そんなに変?もう慣れてしもて何も思わへんわあ。 竜胆:そうかよ。下手な芸妓を相手してるようで気分が悪い。 牡丹:そのうち慣れるわ。ほんで、さっきのは何の術式やったん? 竜胆:八宝無尽のことか?あれはな。辺りの霊力をかき集めて妖刀を作り出す術だ。 牡丹:なっ……今何て言うた? 竜胆:あ?八宝無尽。 牡丹:その後や! 竜胆:妖刀を作り出す―― 牡丹:そんなこと出来るんか!? 竜胆:うるさいな。少し落ち着け。 牡丹:あ、ごめん。 竜胆:まあ原理は簡単なもんだ。妖刀は死んだ人間の霊力。いわば霊魂が集まって出来た物。 牡丹:霊力で満ちたこの場所やったら、その霊力を集めて形を作れるってわけやな? 竜胆:そういうことだ。 牡丹:凄いやん。それが出来るんやったらこの国も―― 竜胆:それは無理だ。 牡丹:……何で? 竜胆:所詮偽物。本物には遠く及ばねえ。それに副作用がある。 牡丹:副作用? 竜胆:この間、偽物を村人にくれてやったんだ。そしたら急に暴れ出してよ。あれは刀にしてやられたな。 竜胆:結局その騒ぎを見た奴らがざわめき出しやがったから皆殺しにせざるを得なかった。って訳よ。 牡丹:目眩しのために1人だけ国賊に見せかけて放置しとった。ってわけか。 竜胆:そういうことだ。 牡丹:そこで何か落し物してへん? 竜胆:ん? 牡丹:これとか。 竜胆:ああ!俺の手記じゃねえか!落としちまってたか。 牡丹:うちの擬使いが拾ってたんよ。 竜胆:……擬使いねえ。気持ち悪い奴らだ。 牡丹:せやねえ。あの村も擬崇拝やったっけ? 竜胆:あそこの村だけじゃねえ。他にもごまんといやがる。あんな糞みたいな武器に堕ちることが幸せだあ?笑いも起きねえよ。 牡丹:彼らも可哀想なんよ。産まれた時からそういう風に教えられてるんやから。 竜胆:お前……まさか絆されてんじゃねえだろうな? 牡丹:まさか。 竜胆:あいつらのせいで!俺の父さんも母さんも殺された!そして桜は…… 牡丹:わかってる。私はあの時の気持ちを1秒たりとも忘れたことは無い。私だって家族を失ってるんだ。絶対にこの国を許すことは無いよ。 竜胆:……きっと俺はお前の仲間を殺すぞ。 牡丹:私の仲間は竜胆だけだよ。これも変わることは無い。 竜胆:そうか。……取り乱して悪かった。 牡丹:気にせんといて。もう少しだけ頑張ろう。私ら2人だけでも、この国を取るんや。 竜胆:ああ。全員殺してやる。絶対、この刀で…… 0:間― 杏子:一方その頃、何も知らない私達は呑気に山道を歩いているのでした。 椿:てかさあ、今回封印する妖刀ってどんなやつなんだ? 菖蒲:どうせいつものやつよ。精々、伸びたり縮んだりするくらいでしょ。 杏子:え?皆さんは詳しく聞いていないのですか? 椿:そうだなあ。俺たちは封印することはできないし。 菖蒲:どちらかというと国賊の殲滅が主ね。 杏子:そうなのですね。実は私も今回はよく知らされていないのです。 椿:え。そうなのか? 杏子:はい。いつもはどんな妖刀をどういう国賊がどのくらいの規模で扱ってるのかが知らされるのですが…… 菖蒲:何も分からないってこと? 杏子:そうなんです。なんでも瀕死の状態で帰った兵士の方が持ち込んだ情報らしいのですけど、白い刀身で【白夜】という名前を持つ刀。くらいしか分からないそうで。 椿:たったそんだけ!? 杏子:そ、そうなんです!ごめんなさい! 菖蒲:杏子ちゃんが悪いわけじゃないけど、本当にそんな刀あるのかしら。 杏子:どうでしょう……まだ妖刀について分からないことも多いですから…… 菖蒲:刀身に色が着いた物なんて今まで見た事無いわ。 椿:だよな。銀色とか灰色とか金属って感じのやつしか見た事ねえ。 杏子:社には赤い妖刀がありますよ。 椿:そうなの!?見たかったなあ。そいつは強い刀なのか? 杏子:そうですね。60体程の霊力が込められていたそうです。今は封印されてますけどね。 菖蒲:おぞましいわね……よくそんなの置いておけるもんだわ。 杏子:他の社にも色付きの刀は祀られてるそうですよ。 菖蒲:悪趣味……私なら破壊を選ぶわね。 椿:今回も破壊しちゃいけないんだろ? 杏子:絶対にいけません!私が殺されちゃいます! 菖蒲:封印してまた社に祀るの? 杏子:えっと…… 椿:どうした杏子。 杏子:総理が官邸に飾りたいと申されて…… 菖蒲:はあ!?じゃああの狸親父の部屋の飾りの為に私達が駆り出されたって訳!? 杏子:あ、菖蒲さん、総理にそんな言い方は―― 菖蒲:本当、有り得ないわね!私が偉くなったら絶対にぶん殴ってやるんだから! 椿:無理だろ…… 杏子:そうですよ。総理大臣は世襲制ですから、血族じゃ無ければ到底…… 菖蒲:でも今、総理に御子息はいないはずよ。どうにか父様が上手くやってくれれば…… 杏子:菖蒲さん……顔が怖いです。 椿:これが菖蒲の本性だ。こんな女になっちゃいけないぞ。杏子。 杏子:あ、えっと、はい。 椿:よし。それから、杏子。 杏子:なんでしょう? 椿:道はこれであってんのか?これ以上進めなさそうだけど。 杏子:え、あ!ごめんなさい!!お話するのが楽しくて、ただ歩いていただけでした! 菖蒲:嘘でしょ!?結構歩いたわよ?社に行くまででもかなりあったってのに! 椿:菖蒲だって話し込んでたろうが、杏子だけのせいにしてんじゃねーよ! 菖蒲:はあ?大体ね、椿が色々聞くからいけないのよ!好奇心旺盛か知らないけど、いつまでも子供ね。 椿:お前にだけは言われたくないね!何かあったら父様、父様って子供は菖蒲の方だろ! 菖蒲:何よ! 椿:何だよ! 杏子:私……少し牡丹さんの気持ちが分かった気がします…… 椿:そうだ……牡丹…… 菖蒲:急がなきゃ…… 杏子:え。お2人共、どうされたんですか? 椿:牡丹は怒ったら超怖いんだ…… 杏子:あんなに優しそうなのに。 菖蒲:騙されちゃいけないわよ!あれは鬼よ…… 杏子:そ、そんなにですか。 椿:杏子! 杏子:ひゃい! 菖蒲:急ぐわよ!早く道案内! 杏子:わ、わかりましたぁ!! 0:山村に漸く着く3人。 椿:はぁはぁ……ここか? 菖蒲……そのようね。 杏子:はい……はぁ……間違いありません。 椿:まだ牡丹はいないな? 菖蒲:……いなそうだけど。 椿:よし。間に合っ―― 牡丹:てないなあ。 椿:ぼ、牡丹…… 牡丹:何でやろなあ。先に向かったはずやのに。あんなけ自信満々やったのに、おかしいなあ? 椿:それは……その…… 菖蒲:椿が―― 牡丹:ん? 菖蒲:すみませんでした! 杏子:牡丹さん!すみません!私が話し込んじゃいまして!お2人は悪くないのです! 牡丹:巫女様。本当なん?2人とも。 0:激しく頷く2人― 牡丹:それやったらしゃあないですけど…… 椿:良かったぁ…… 菖蒲:助かったわね…… 牡丹:ん?巫女様…… 0:杏子の乱れた服装に気付く。 杏子:私はその日。見てしまいました。慈しみを感じるような顔が、鬼の形相に変わっていく様を…… 牡丹:おいこら。ちょっと待たんかい。 椿:へ? 牡丹:まさかおどれら……巫女様を走らしたんちゃうやろなあ? 菖蒲:えっと……それは…… 牡丹:この呆け共がぁ!何考えとるんじゃあ! 椿:ごめんなさいいいい!!! 菖蒲:あああ!!父様!お助けを! 牡丹:やかましい!そこに並べあほんだらぁ! 杏子:あ……あぁ…… 杏子:私は声にならない声しか出せず、ただ呆然と眺めていることしか出来ませんでした…… 0:間― 牡丹:ふぅ……じゃあそろそろ行こか。 菖蒲:あの……休憩は…… 牡丹:あ? 菖蒲:すぐ行きましょう!私元気いっぱい! 牡丹:よろしい。椿は? 椿:大丈夫です! 牡丹:うん。巫女様はいけはりますか? 杏子:はい!大丈夫です!牡丹様! 牡丹:嫌やわあ。巫女様、そんな萎縮せんといてくださいな。 杏子:わ、わかりました。 牡丹:よし!あんた達もしっかりしなんし!背筋伸ばす! 椿:はい! 菖蒲:はい! 椿:……それで、この村に妖刀があんのか? 杏子:いえ、この村付近で遭遇したらしいってだけで、ここには無いと思います。 菖蒲:反応とかはまだ無い感じ? 杏子:少し待ってくださいね。集中します…… 杏子:覗き手こぞりて迷い落ち、千里の野に咲く麻の花。煙に巻かれて頭(こうべ)を垂れよ。 杏子:……見えました!近いです! 椿:お!どこだ? 杏子:酉(とり)の方角に10町(ちょう)辺りですね。 菖蒲:本当に近いわね。案外簡単だわ。 牡丹:さっさと終わらせれたら、やっと休めるなあ。 椿:ああ!今日は贅沢に湯浴みしてやるぜ! 菖蒲:さあ行くわよ! 杏子:はい! 0:間― 椿:確かこの辺だよな? 杏子:はい。この辺りから感じます。 菖蒲:まさか、あれかしら? 椿:んん?どう見ても農民にしか見えないけどなあ。 杏子:でも、何か……動きがおかしいですよ? 0:突如、目の前の男が叫ぶ。 菖蒲:っ!来るわよ! 椿:牡丹!杏子を頼む! 牡丹:任せといて! 椿:おい国賊!お前は1人だけか? 菖蒲:……やっぱり様子が変よ。 椿:聞こえなかったか?お前は1人―― 0:男は雄叫びをあげ、禍々しい刀を振り上げながら向かってくる。 菖蒲:気持ち悪い!私無理! 椿:なら下がってろ!俺がやる! 椿:鬼凛(きりん)、解放!牙落とし! 0:男の首が飛ぶ。 杏子:やりました! 牡丹:そうやね。……でも。 菖蒲:えらく呆気ないわね。 椿:こいつじゃない……見てみろ。 菖蒲:うわ。何この気持ちの悪い刀。 杏子:……おかしいです。 椿:杏子? 杏子:これは妖刀ですが、何かが違います。 菖蒲:どういうこと? 杏子:妖刀は人々の怨念が固まって生まれるものなんです。私たち巫女はその怨念の声が聞こえるんですが…… 杏子:この刀は何も話してくれない。いえ、込められた念が無いんです。こんなの有り得ません。 椿:わけがわからねえな……っ、痛っ。 菖蒲:どうしたのよ?何かされた? 椿:いや、ここ最近、戦いの後に体が軋む気がするんだよ。 菖蒲:あんな戦い方するからよ。真っ先に飛び出して。特攻なんて能無しにやらしておけばいいのに。 椿:……お前のそういう所、結構本心から嫌いだ。 牡丹:…… 杏子:っ!来ます! 菖蒲:な、何がよ! 杏子:この刀より遥かに大きな霊力の塊が!何これ……すごい数の声が……うぅ…… 0:頭を抑えしゃがみこむ杏子。 牡丹:巫女様!2人共、私は巫女様を連れて少し離れるけど、大丈夫? 椿:おう!杏子を頼む。 菖蒲:どうせやるしかないんでしょ!封印にはちゃんと来てよね! 杏子:すみません……皆さん。 牡丹:ほな任せるで。巫女様、捕まってください。 杏子:はい…… 0:牡丹が杏子を連れて行った直後、刀を携えた長髪の男が現れる。 椿:来たぞ…… 菖蒲:私にもわかるくらい凄い霊気ね…… 竜胆:何だあ?2人だけか?巫女はどうした。 椿:何のことだ? 竜胆:おいおいとぼけるなよ。こいつを封印しに来たんだろ?わかってんだよ。 菖蒲:白い刀……やっぱりあいつが。 椿:一応聞くけど、そいつを黙って渡してくれねえか? 竜胆:ははははは!俺も一応答えてやる。くれてやる訳ねえだろう? 菖蒲:でしょうね。なら、やることは1つよ。 椿:ああ。お前を殺して奪うしかないな! 竜胆:そう来なくっちゃなあ!来いよ!擬の操り人形共! 0:間― 杏子:ん…… 牡丹:巫女様、大丈夫ですか? 杏子:牡丹さん……っ!早く戻らなければなりません! 牡丹:無理したらいけません。今はあの2人に―― 杏子:あれと戦ってはなりません! 牡丹:巫女様…… 杏子:あんな怨念は初めてです……取り込まれた数も異常ですが、1つ1つが強すぎます。いくら手練の2人でも絶対に勝てません! 牡丹:…… 杏子:牡丹さん!早く私を……え? 牡丹:巫女様。すんませんなあ。それは出来ません。 杏子:まさか……貴方。 牡丹:あんたらが言う所の国賊ですわ。あの2人にはここで死んでもらいたいんです。 杏子:……裏切るんですか。 牡丹:私は裏切ったことなんかありませんわ。最初からずっと、白夜の夜叉。竜胆の幼馴染やさかい。 杏子:そんな…… 牡丹:でもまあ私も彼の戦いは気になる所やから、仕方無しに連れて行ってあげますわ。間違っても逃げようとせんでくださいね?その喉笛、すぐに掻き切ってしまいますからなあ。 杏子:……お2人共、どうか…… 0:間― 椿:鬼凛、解放! 菖蒲:火揉(かもめ)、解放! 竜胆:揃いも揃って気持ち悪い武器だなあ。 菖蒲:はあ?あんたに比べりゃ何だって上等よ。 竜胆:はいはい。何でもいいからかかって来いよ。小娘。 菖蒲:なっ!こいつ腹立つ! 椿:挑発に乗るな。いつも通りやるだけだ。いいな?菖蒲。 菖蒲:わかってるわよ!私に指図しないで! 椿:行くぞ! 菖蒲:飛べ!滝燕(たきつばめ)! 竜胆:よっと。遅ぇ玉だなあ。そんなんじゃ遠距離の意味ねえぞ? 菖蒲:本当にそうかしら―― 竜胆:返って来るんだろ?……ほらな? 菖蒲:何で知って―― 椿:牙落とし! 0:竜胆は咄嗟に刀で受ける。 竜胆:おっと!ははっ!やるねぇ。つい刀使っちゃったわ。 椿:これを止めるか…… 竜胆:意外だったなあ。 椿:何がだ。 竜胆:お前の方が直情的に見えたからよお。まさかあの小娘の方が単純だとは思わなかった。 菖蒲:ちっ!椿!そのまま抑えときなさい! 椿:まさか!お前! 竜胆:おお? 菖蒲:弾け飛べ!斬鮫(きりさめ)! 椿:くっ! 竜胆:ははっ! 0:間一髪で避ける椿に対して、竜胆はそのまま受ける。 菖蒲:今度こそ当たったわ! 椿:おい!俺にも当たる所だったぞ! 菖蒲:当たらなかったじゃない。 椿:そういう問題じゃ―― 菖蒲:いいじゃないの。もう終わっ……た……何で? 竜胆:ん?何がだ? 菖蒲:今当たったはずでしょ!? 竜胆:当たったよ。こいつに。 0:白く輝く刀身を見せつける。 椿:普通の妖刀なら粉々のはずだ。あれを受けて弾けた擬を何度も見た。 竜胆:あのなあ。そんな紛い物に妖刀が劣るわけ無いだろ。 椿:紛い物だと? 竜胆:ああそうだ。妖刀を真似て作った玩具がお前らの大好きな擬ってこったな。 椿:お前……巫山戯るのも大概にしろよ! 竜胆:巫山戯てねえよ。事実を言ったまでだ。試してみるか? 椿:ああ、やってやる! 竜胆:安心したよ。お前もちゃんと単純で。はははは! 椿:切り刻め!鬼道一閃!! 竜胆:ふん。鬼道一閃!! 椿:なに!?ぐっ!がぁ! 0:同じ技を返され、弾き飛ばされる。 菖蒲:椿! 椿:な……何でだ…… 竜胆:言ったろ?玩具だって。お前に出来る事で俺に出来ねえことは無い。 椿:その妖刀の力か…… 竜胆:いや?言っとくが、この刀、白夜は霊力を吸うきらいはあるが、それ以外はただ切れ味が良い刀ってだけだ。まあ切れ味が落ちることが無いのは利点だけどな。 菖蒲:それでさっきのが当たっても無傷だったわけね…… 竜胆:まあな。打ち返す事も出来たが、さすがにあの程度で終わりじゃ無いだろ? 菖蒲:当たり前よ!とっておきを食らわせてやるわ!椿!時間稼ぎ頼むわよ! 椿:本気かよ…… 菖蒲:それしかあいつを倒せないでしょ! 椿:……やるしかねえな!離れてろ菖蒲! 菖蒲:目に物見せてやるんだから! 0:菖蒲は2人から距離をとる。 竜胆:おー威勢だけは褒めてやる。軽く相手してやるから来いよ。 椿:舐めるなよ!鬼凛、双頭の型! 0:刀が蠢き、2つ裂ける。 竜胆:ほう。双剣にもなるのか。……気持ち悪い刀だ。 椿:行くぞ!獣爪裂破(じゅうそうれっぱ)! 0:複数の霊力を伴った斬撃が飛ぶ。 竜胆:良い機会だ。妖刀の力をほんの少し見せてやる。龍牙斬解(りゅうがざんげ)! 0:横に大きく伸びた斬撃に椿の斬撃が吸い寄せられ消えた。 椿:なっ!俺の斬撃が食われる!? 竜胆:霊力を吸うって言ったろ?これは斬りつけながら相手の霊力を奪う技だ。 椿:それなら……これはどうだ!豹楼崩し(ひょうろうくずし)!! 0:体ごと高速回転し、竜胆の頭上へ振り落とす。しかし、いとも簡単に受け止められる。 竜胆:霊力を込めずに来たか。お前馬鹿だろ? 椿:ぐっ…… 竜胆:単純にお前と俺じゃ力の差がある。ましてや切れ味はこっちが上だ。駄策だったなあ! 0:力任せに椿を撥ね飛ばす。 椿:がぁ!!くそ……俺の擬は……こんな所で…… 0:膝を着く椿。ゆっくりと歩み寄る竜胆。 竜胆:なあお前。その擬の名前は何だ? 椿:何だいきなり…… 竜胆:お前の回復を待ってやってんだ。質問にくらい応えろ。 椿:……鬼凛だ。 竜胆:そうじゃねえ。 椿:……は? 竜胆:お前には椿って名前があんだろ?俺は竜胆だ。じゃあ、お前が手に持つそいつの名前は何だった? 椿:こいつの……名前…… 竜胆:元は人間だぞ?それは。何故名前を知らない。 椿:だって……擬は…… 竜胆:それになれることがお前らの誉れなんだろう?国の英雄と呼ばれるんだよなあ? 椿:……そうだ。 竜胆:ならばもう1度聞こう。お前がその手に握っている英雄の名は何だ? 椿:こいつの名前は…… 竜胆:くくく……ははははははは!聞いて呆れるなあ!国の英雄だあ?お前らは騙されてんだよ!最初からあ!玩具にされるために無駄死にしてるだけだ! 椿:違う!俺の擬を、俺の力を馬鹿にするんじゃねぇ!!! 0:双剣を重ね、竜胆の懐へ飛び込む。 竜胆:ぐっ!……やるじゃねえか。今までで1番の力だ。白夜でも吸いきれねえ程の霊力とは恐れ入ったぜ。 椿:……どれだけ御託を並べようが、お前は沢山の人を殺した。この前の村人を殺したのもお前だろう。 竜胆:ああ、そうだ。擬崇拝の奴らは皆殺しにする。あいつらのせいで!俺の家族と村人は殺され、妹の桜は巫女にされたんだからな! 0:椿は驚き、竜胆と距離をとる。 椿:……何だと。 竜胆:どうせ俺かお前のどっちか死ぬんだ。少し昔話をしてやる。 竜胆:俺の村はお前がさっき言っていた村の近くにあったんだ。100人程度しかいない小さな村だったが、長閑(のどか)で緑の美しい村だった。 竜胆:ある日、国の役人が来た。巫女を連れてな。そいつらは霊力のある娘を巫女として迎え入れたいと言った。そこで俺の妹が選ばたんだ。 竜胆:あいつらは妹に良い暮らしをさせると約束した。だから俺も両親も村人達も門出を祝った。それから数年経った日……妹が擬にされたと知った。 竜胆:俺達は怒った。話が違うと。何度も国に問いかけたが悉く無視された。そこで村人達は時代錯誤な一揆を仕掛けようとしたんだ。するとどうだ? 竜胆:近くの村の人間が国に告げ口しやがった!俺と友人は物資を整えるため遠出をしていて助かったが、村に帰るとそこには何も無くなっていた! 竜胆:俺とそいつは悲しみに暮れたさ。胸を焼き焦がす程の憎悪にも塗れた。その時だ。ふと顔を上げるとこいつがあった。荒れ果てた場所に似つかわしく無い純白の刀が。 竜胆:これは村の皆が俺達に託した希望だ。そして、殺した奴らを皆殺しにしろと言う言伝だ。だから俺はあの村を潰し、お前ら擬の奴隷も殺してやるんだよ! 椿:そんな……そんな訳が…… 竜胆:お前らは何故、おかしいと思わない。人の屍の上に成り立つ武器の存在が何故おかしいと思わない! 竜胆:それが当たり前だ?皆がそうして来た?違うんだよ。異常に気付かないように、自分自身で蓋をしてきたんだろうが! 竜胆:お前ら全てが罪人だ。国民の命を弄び、自ら死に向かうことが喜びだと信じさせるお前らこそが国賊だろう! 椿:違う……違う違う違う!お前が……お前達が! 竜胆:違わねぇよ!お前は俺とどこか似ている、とっくに気付いただろ?この国が狂ってることに! 椿:黙れ!!! 竜胆:なっ!ははっ。なんだお前、人間を辞めるのか? 0:椿の体から目に見えるほどの霊力が漏れ出す。目は紅く染まり、擬が腕まで覆う。 椿:ふーっ……ふーっ……うおおおおおあああ!!! 0:叫び声が辺りに響き渡る。 菖蒲:何よ……あれ…… 杏子:菖蒲さん! 菖蒲:杏子ちゃん!牡丹! 牡丹:あれは……椿なんか? 菖蒲:そうなんだけど、様子がおかしいのよ。 杏子:擬人化(ぎじんか)が始まってます…… 菖蒲:何なのよそれ…… 杏子:擬人化は、擬の力を使い過ぎた擬使いの姿です。 菖蒲:そんなの聞いたことないわよ! 杏子:はい……国の機密事項です……擬人化した擬使いは秘密裏に処理されます。 牡丹:なるほどなあ。ほんまどこまでも腐った国やで。 菖蒲:え。それじゃあ椿は殺されるの? 杏子:……私なら止めれます。でも今すぐにしないと手遅れになります。 菖蒲:じゃあ今すぐ行かないと! 牡丹:それは出来へんなあ。 菖蒲:何でよ! 牡丹:国がわざわざ手を下すってことは、それほどに脅威になるってことや。しかも椿は上位の擬使い。きっといい手札になるやろ。 杏子:……貴方の友人も死にますよ。 牡丹:私達の目的に自らの命の有無は問わへんよ。 菖蒲:ちょっと待ってよ。さっきから何の話か全然わかんないんだけど! 杏子:擬人は牡丹さんが思うような者じゃありません!彼らは目に映る物全てを破壊することしかしません。 杏子:貴方達が目指す世界はそんな世界なんですか!?罪も無く、擬と全く関わりのない人々までも死んでしまうんです!本当にそれを望んでいるんですか!? 牡丹:それは…… 杏子:牡丹さん、力を貸してください。今なら止められるんです! 牡丹:……わかった。今回きりやからなあ! 菖蒲:ちょっと!私は置いてけぼり!? 杏子:菖蒲さん、ごめんなさい。後でちゃんと説明しますから!牡丹さん!私を椿さんの近くまでお願いします! 牡丹:わかった。振り落とされへんよう捕まっときや! 菖蒲:ちょ!……何なのよぉ!! 0:間― 椿:がぁ! 竜胆:おわっ!やべぇな……焚き付けすぎたか?下手したら腕ごと持ってかれそうだわ。 椿:うぅぁう…… 竜胆:おいそこまでにしておけ!本当に人間に戻れなくなるぞ! 椿:ぐ……が……あぁ…… 竜胆:全然聞こえてねえな。仕方ねえ……悪く思うなよ。神魔邂逅(じんまかいこう)!消えて無くなれ!! 0:霊力が白い光となり、竜胆を中心に広がる。 椿:がああああああ!! 竜胆:何!?うぉあぁ!……くっ……冗談だろ……俺の最高の技だぞ…… 0:その光を簡単に切り裂いた異形は凄まじい力で切りかかる。竜胆は躱そうとするが、斬撃の余波を浴びてしまう。 椿:ふーっ……うあああああ! 竜胆:やべ……死ぬなこれ…… 牡丹:鼓舞羅(こぶら)!解放! 0:牡丹の擬が異形の胸部に当たり、遠くへ吹き飛ばした。 椿:がっ!……うぅぅ…… 竜胆:牡丹!お前何でここに。 牡丹:えらい苦戦してるみたいやから助太刀や。 竜胆:ふん。本番はこれからだったってのに。 牡丹:嘘つくなや。死んだ……って顔しとったで。 竜胆:余計なものだけ見てんじゃねーよ! 杏子:あの! 竜胆:何だこの小せえの。……巫女か!? 杏子:はい。巫女の杏子と言います。 竜胆:おい牡丹、何でこんなやつ連れてきた! 牡丹:それは―― 杏子:私は!椿さんを人間に戻しに来ました。 竜胆:……できるのか? 杏子:はい!私なら出来ます! 竜胆:…… 牡丹:信用出来へんのやったら別にええ。私と竜胆の2人がかりなら―― 竜胆:それは無理だな。さすがにわかる。精々時間稼ぎが関の山だ。んで、嬢ちゃんはそれをやって欲しいんだろ? 杏子:はい。私が封印の術式を詠唱する間、時間にして3分ほどです。 竜胆:あんな化け物相手に3分とはなかなか買い被ってねえか? 牡丹:でもまあやるしかあらへんからな。 杏子:お願い出来ますか? 竜胆:杏子だったか?1つだけ応えろ。桜って巫女を知ってるか? 杏子:え。いえ……私は聞いたことはありません。 竜胆:そうか。……すぐに始めろ。あんなやつを野放しには出来ねえ。 杏子:はい!……いきます。 杏子:咲き乱れし血潮の流動、怒り狂う般若の所業、天命別つは業火の裁き。矛盾、傲慢、鬱憤、軽蔑、弱者の咆哮。干魃した魂に慈悲を。輪廻の理に目を背け、恍惚に塗れ瞼を閉じよ…… 0:杏子が詠唱を始めた直後、異形が体を起こし走り寄る。 竜胆:来るぞ…… 椿:うぅぅ……がぁあああああ! 牡丹:降り注げ!天鸞(てんらん)! 竜胆:金剛濮迅(こんごうぼくじん)! 0:天からは無数の槍の雨、地からは岩の礫が異形を襲う。しかし怯むことなく異形は進む。 椿:ぎ……ぐるぁああ! 牡丹:……ようこんなん相手にしとったな。 竜胆:あぁ?2人なら勝てるって言ったのは誰だったっけ? 牡丹:ここまでとは思わんかったんや!っ!危なっ! 0:岩の礫を投げ返され、紙一重で避ける。 竜胆:油断するなよ!死魂呪縛(しこんじゅばく)! 0:異形の体を白い鎖が這う。たまらず異形は地に伏せた。 牡丹:やった!抑え込んでるで! 竜胆:馬鹿が。そんな……長くもつかよ。 0:まだ数秒しか発動していないが、竜胆は息を切らす。 牡丹:私の霊力も使いや。幾分か長くもつはずや。 竜胆:……少し昔を思い出さないか? 牡丹:何やこんな時に。 竜胆:餓鬼の時はお前とよく一緒に戦ったもんだ。 牡丹:相手は熊とか猪とか、椿とは比べもんにならんけどな。 竜胆:また戦えて嬉しいぜ。 牡丹:……私もや。 椿:がぁ!ぐ!うぅあぁ! 0:激しく暴れ回り、鎖が1本、また1本と千切れる。 竜胆:く……まだか…… 牡丹:もう……少しや……気張れや竜胆。 0:2人の腕は震え、目からは血涙が落ちる。 杏子:とこしえの奈落に生まれ変わろうとも。我、汝を愛しく想わざること無かれ! 杏子:竜胆さん!牡丹さん!行けます! 竜胆:よし!行けえ! 杏子:束地子天生(そくちしてんせい)!! 椿:ぐっ……がっ……がああああ…… 0:異形の体から霊力が溢れ出し、大地に吸われていく。異形が椿に戻っていく。 牡丹:よっしゃ!これで―― 竜胆:馬鹿野郎!! 0:竜胆が牡丹を突き飛ばす。椿の擬が竜胆の胸を貫いた。竜胆は力無く倒れる。霊力が全て吸い出された椿もその場に伏した。 竜胆:ごはっ…… 牡丹:おい……竜胆……お前何してんだよ! 竜胆:油断……するなって……言っただろうが…… 牡丹:違うだろ!何故私を見殺しにしなかった!?約束したじゃないか!お互いが死んでもやり遂げる。そう言ったのはお前だろ! 竜胆:わりい……忘れてたわ…… 椿:うぅ……俺……は。 杏子:椿さん!私が分かりますか? 椿:杏子……俺は一体…… 菖蒲:どきなさい!あんた達はもう終わりよ! 0:待ち構えてたかのように菖蒲が現れる。 竜胆:逃げてたくせに……うるせえ女だ…… 椿:菖蒲、これはどうなってるんだ? 菖蒲:さあね!私も分からないことだらけよ!でも1つだけ確かなことは、牡丹が裏切り者で国賊と繋がってたってことよ! 椿:なっ……本当なのか? 牡丹:…… 椿:そうなんだな…… 菖蒲:早くこいつらを殺さないと。 杏子:……そうですね。任務を遂行しなくてはなりません。 竜胆:はは……牡丹、よくこいつらとずっと一緒にいられたな……俺だったら耐えられねえ。 牡丹:もう喋るな…… 竜胆:お前には……辛い想いをさせてばかりだ…… 牡丹:竜胆…… 竜胆:牡丹、最後の頼みだ…… 牡丹:……何だ。 竜胆:白夜で俺を殺せ。 牡丹:な、何でそんなこと! 竜胆:どうせもう死ぬんだ……そいつにくれてやる。 牡丹:私には…… 竜胆:お前が……使え。きっと刀はもっと強くなる……また一緒に戦うんだ…… 牡丹:……わかった。 菖蒲:遺言は終わったかしら? 牡丹:……はぁ! 0:竜胆の胸を切り裂いた牡丹。竜胆は不敵な笑みを浮かべる。 椿:なっ!? 杏子:あぁ! 菖蒲:っ!? 竜胆:ふっ…… 菖蒲:牡丹あんた、気でも触れたの?……その刀…… 0:竜胆の体から霊力が溢れ、白夜に吸い込まれていく。刀身が純白から漆黒に染まっていく。 菖蒲:……ふふっ。刀の色が変わっただけじゃない。驚いて損したわ。 杏子:違います…… 菖蒲:違うって何―― 杏子:早く逃げるんです!今はそれしかありません!お願いですから!早く! 椿:わ、わかった!行くぞ!菖蒲! 菖蒲:え!?は?ちょっと待ちなさいよ! 0:間― 杏子:私達は牡丹さんをその場に残し、一目散に逃げた。ただただ真っ直ぐに。あの邪悪な霊力の渦が感じられなくなるまで…… 杏子:やっと刀の力が感じられなくなり、私は2人に起きたことを話した。牡丹さんが竜胆さんと幼馴染だと言うこと。2人で国を壊そうと画策していたこと。そして、椿さんが擬人化したことを…… 杏子:椿さんはそれを聞いた後、私を社に送り届ける時もずっと話さなかった。菖蒲さんは次こそは殺してやる。と息巻いていたけど、いつもの張合いが無い椿さんとは話が続かず、結局無言になってしまった。 杏子:彼らに伝え損ねてしまったけれど、私には牡丹さんに何が起きたかがわかる。 杏子:社にある赤刀。最初は色によって霊力の強さが変わるのだと思っていたけど、今回で分かった。あれは取り込んだ魂の数。長寿の祝いで還暦は赤を祀る。還暦とは60の事。 杏子:なら白は?白寿。99歳の祝いなんだ。きっと竜胆さんは自ら100人目の怨念となった。だから刀身の色も変わった。恐らく霊力の強さは何倍にも膨れ上がっている。 杏子:でも私にはきっと、彼らに伝える術はもう無い。 竜胆:本当にいいのか?このままで。 杏子:きっと来ると思っていました。竜胆さん。 竜胆:死者の声が聞けるってのは本当なんだな。安心したわ。 杏子:強い怨念だけですけどね。余程、この世界が嫌いなようで。 竜胆:まあな。 杏子:それで、何か用でしょうか。 竜胆:俺の妹と同じく、悲しい末路を辿るだろうお前に、少し情けをかけてやろうと思ってな。……菖蒲って女、死ぬぞ。 杏子:椿さんに殺されるのでしょうね。 竜胆:……なぜわかる? 杏子:貴方と椿さんは元々似た魂を持っています。それに加え、先の戦闘時に貴方に触れ、擬人化した際に、その妖力を取り込んでいます。きっと椿さんはこの国を壊そうとするでしょう。 竜胆:驚いたな。そこまで読んでいて何故動かない。 杏子:私は巫女です。上質な擬となるべく産まれた存在。きっと私は貴方の白夜を斬りますよ。 竜胆:そうか。1番狂っていたのはお前か。 杏子:いえ、私は正常ですよ。この国ではね。 竜胆:胸糞悪い奴だ…… 杏子:楽しみにしております。 竜胆:俺の刀は更に強くなったぞ? 杏子:そうですね。もう白くないですし……そうだ。【百夜】なんて如何でしょうか? 0:数日後の演習場にて― 菖蒲:あーもう!こんな擬じゃ牡丹と戦えない!父様に頼んでもっと良いの作って貰わなくちゃ。 椿:……おい、菖蒲。 菖蒲:っ!驚いた……急に現れないでよ。もう体の調子は順調なの?早くあいつを殺さなきゃ。 椿:今までいくつの擬を壊した? 菖蒲:は?何よいきなり。 椿:教えてくれ。 菖蒲:……詳しくは覚えてないけど、50か60くらいじゃないかしら。それがどうかした? 椿:心が痛んだりしないか? 菖蒲:はっ。何でそんな事思うのよ。気持ち悪いわね。擬なんて使ってなんぼなの。使えない擬は材料が悪いとしか思わないわ。 椿:材料…… 菖蒲:そうそう。あ、そうだ!牡丹を擬にしたら凄く強いの出来そうじゃない!?あーでも捕まえるの面倒臭いな…… 椿:…… 菖蒲:いい事思いついた!椿、あんたもう1回、擬人化しなさいよ。そうしたらあいつに勝てるでしょ? 椿:もう……喋るな。 菖蒲:何よあんた。もしかしてあいつらに感化された?冗談やめてよね。気持ち悪い。 椿:お前は、お前らこそが国賊だ!! 菖蒲:え……なん……で…… 0:山奥の洞窟―― 牡丹:八卦、七彩、六道、五行、四散、三寒、二才、一礼。 牡丹:……どうしてここが分かった。 椿:擬人化の影響かわからないけど、霊力が見えるようになったんだ。 牡丹:私を殺すつもりか? 椿:いや、そのつもりは無いよ。 牡丹:何?なら何をしに来たんだ? 椿:俺もお前らと共に戦う。 牡丹:……本気で言ってるのか? 椿:本気だ。証拠を持ってきた。 0:床に菖蒲の首が転がる。 牡丹:お前……本当に椿か? 椿:ああ。俺だよ。 牡丹:……おかえり。 杏子:後に彼らは国を脅かす妖刀軍団を作り出すことになる。人々は彼らを刀賊(とうぞく)と呼び恐れた。 杏子:私は明日、彼らを倒すための擬となる。彼らともう話せないのは少し残念だけれど、私は私の使命がある。続きはきっと誰かが綴ってくれるだろう。……私はそう願う。 0:間― 竜胆:白い、白い、光をも眩む純白よ。我は盲なる者なり。そこに影は一つも非ず。毎夜、待ちてみようとも行先すらも見えぬまま。いつかそこに一筋の闇が差し込み、全てを飲み込まんとするか、光に飲まれるか。今は只、希うほか無し。一夜超え、十夜超え、百夜を迎えて…… 竜胆:今も未だ、何も見えず…… 竜胆:百夜物語――終幕――