台本概要
839 views
タイトル | Smell |
---|---|
作者名 | VAL (@bakemonohouse) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
雨の降る夜のバーでの一幕。 盗用以外ならお好きにお使いください。 839 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
ケビン | 男 | 147 | 本文参照 |
テレサ | 女 | 147 | 本文参照 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:(登場人物紹介)
ケビン:バーテンダー。酒はあまり強くない。お人好しで商売上手とは言えない。
テレサ:バーに来た客。不思議な香りを纏っている。その香りがケビンを惑わせる。
:
0:(本編)
:
ケビン:・・・今日もいい香りだ。テレサ、愛してるよ。
テレサ:本当?こんな私を愛してくれるの?
ケビン:ああ。僕はもう君以外を愛せないよ。
テレサ:私もよ・・・愛してるわ。ケビン。
:
ケビン:どうして彼女とこういう関係になってしまったのか・・・全てはあの夜から始まった。
ケビン:彼女が大雨の中、涙か雨かわからないほどずぶ濡れで、僕のバーに来た、あの夜から。
:
0:間―
:
ケビン:いらっしゃいませ。・・・っ。
テレサ:1人なの。空いてるかしら?
ケビン:席は空いておりますが・・・傘をささずに来たんですか?
テレサ:ええ。急に降り出してしまって。
ケビン:そう・・・ですか。
テレサ:床を汚してしまう客は、お呼びでないかしら。
ケビン:いえ、歓迎しますとも。今日は朝からずっと大雨ですから。客足が全く伸びないのです。
ケビン:どれだけ不思議な人でも、ずぶ濡れの人でも、喉から手が出るほど欲しいところですよ。
テレサ:ふふっ。なら、お言葉に甘えさせてもらうわ。
ケビン:カウンターでよろしいですか?
テレサ:いいわ。私の話を聞いてくださるのでしょう?Dead of the night gentleman.
ケビン:もちろん。あなたの気が済むまでお相手いたしましょう。Get soaked lady.
テレサ:素敵ね。
ケビン:あなたも。・・・僕の服でよければ、お貸ししましょうか?
テレサ:嬉しいけど。あなたの着替えが無くなってしまうわ。
ケビン:大丈夫ですよ。僕の家はここから歩いて、2時間もすれば着きますから。
テレサ:この雨の中を?随分とマゾヒストなのね。
ケビン:ははは、冗談ですよ。僕は歩くのが嫌いでして、2分もあればベッドの中です。
テレサ:そう。なら遠慮なく借りることにするわ。ありがとう。
テレサ:着替えは何処ですればいいかしら?
ケビン:こっちにゲストルームがありますので、そちらをお使いください。
テレサ:ありがと。あ、それと――
ケビン:ビニール袋でよろしいでしょうか?
テレサ:あら、気が利くわね。
ケビン:別料金ですがね。
テレサ:いいわ。服のレンタル料も取ってちょうだい。
ケビン:わかりました。では・・・僕と乾杯してください。
テレサ:そんなのでいいの?
ケビン:ええ。それがいいんです。さ、早く着替えてください。風邪をひいてしまいますよ。
0:間―
テレサ:おまたせ。似合ってる?って聞くのはおかしいかしら。
ケビン:いえ、とても似合ってますよ。
テレサ:でもこの服、どう考えてもあなたの服じゃ無いわよね。サイズもデザインもレディースだし。
ケビン:前にいた従業員の服です。もう来ないので気にしないでください。
テレサ:そうは言っても。
ケビン:僕の妹のなんです。結婚を機に他国に渡りました。だから気にしないでください。
テレサ:そういうことなら、妹さんに感謝するわ。
ケビン:そうしてやってください。ああ、それからコレもどうぞ。
テレサ:スープ?ここってイタリアンレストランだったかしら?
ケビン:ただの趣味ですよ。身体は中から温めないと。
テレサ:優しいのね。雨宿りに来たつもりが、根付いてしまいそう。
ケビン:ふふ。ほら、冷めないうちに。
テレサ:ええ。頂くわ。
テレサ:・・・美味しい。すごく美味しいわ。
ケビン:それは良かった。
テレサ:街のレストランにも負けてないわ。
ケビン:・・・・・
テレサ:バーじゃなくて、そっちの方が絶対向いてるわよ。スープでこんなに美味しいんだもの。他の料理も食べてみたいわ。
ケビン:スパゲッティならすぐ用意できますが、食べますか?
テレサ:いいの?ぜひお願いするわ。これで美味しかったら、シェフになることを薦めるわね。
ケビン:・・・元シェフなんです。多分、お客様が言っているレストランの。
テレサ:ああ、そうなのね。どうしてやめてしまったの?
ケビン:高級志向が身体に合わなかっただけですよ。
テレサ:そう・・・勿体無いわね。
ケビン:・・・クリームとトマト。どっちが好きですか?
テレサ:トマトでお願いするわ。
ケビン:わかりました。少しお待ちくださいませ。
0:間―
ケビン:彼女は僕の料理を食べると、子供のように目を輝かせてた。それがとても眩しくて
ケビン:昔、妹に振舞った時のことを思い出させた。ずぶ濡れの理由は、気になったが聞くのはやめた。
ケビン:聞いたところで教えてくれないだろうし、聞いちゃいけない気がしてた。
テレサ:彼の作る料理は美味しかった。愛情がこもってて、冷え切った心にも、身体にも染み込んでいく感じがした。
テレサ:それから、彼が言っていた高級志向が合わない。その意味も理解できたわ。
テレサ:結局、彼は私から、私の飲んだ1杯と彼の飲んだ1杯分の料金しか請求しなかった。
テレサ:これは趣味だからって。
テレサ:・・・無意識に自分の婚約者と比べてしまったわ。あの人が彼みたいに暖かい人だったら。優しい笑顔で話してくれる人だったら。目を見て、私の話を聞いてくれる人だったら・・・なんて。
テレサ:でも私は帰らないといけなかった。婚約者が待つ家へ。
0:間―
ケビン:いらっしゃいませ。今日は濡れてないんですね。
テレサ:ふふ。今日は傘を持ってきたの。
ケビン:傘をお持ちなんですか?てっきりお嫌いなのかと。
テレサ:確かにあまり傘は好きじゃないけれど、せっかく乾いたものをもう一度、濡らしたくは無いわ。
ケビン:それは?
テレサ:この間借りた服よ。返しにきたの。
ケビン:処分してくれても大丈夫でしたのに。
テレサ:ダメよ。あなたのじゃなくて、妹さんのでしょ?いくら嫁いだと言っても、帰る場所は残してあげたほうがいいわ。
ケビン:そういうもの・・・ですかね。
テレサ:そういうものよ。ほら、受け取って。
ケビン:はい。
テレサ:それにしても、今日も客はいないのね。
ケビン:雨の日はこんなものですよ。
テレサ:そうなのね。・・・それじゃあ。
ケビン:これだけ手が空いてると、どんな料理でも作れそうですね。
テレサ:本当?それはすごく嬉しいわ・・・でも。
ケビン:ん?どうされました?
テレサ:ちゃんと料金は取って欲しいの。
ケビン:しかしメニューではありませんし・・・
テレサ:私は施しを受けるほど困ってないわよ。
ケビン:ですが・・・
テレサ:言い訳は無しよ。ちゃんと払わせて。
ケビン:はあ・・・わかりましたよ。えっと・・・
テレサ:テレサよ。それから敬語もやめて。堅苦しいわ。
ケビン:じゃあ、テレサさん。
テレサ:テレサ。
ケビン:テレサ・・・
テレサ:うん。あなたは?
ケビン:僕はケビンだよ。
テレサ:ケビンね。これからよろしくね、ケビン。
0:間―
テレサ:今日も美味しかったわ。
ケビン:そう?ありがとう。
テレサ:本当、毎日でも食べたくなるくらい。
ケビン:同じような料金払うなら、レストランに行った方が食材も良いのを使ってると思うけど?
テレサ:ふーん。ケビン、あなたって中々自信の無い人ね。あなたの作った料理を食べたいから来てるのよ?
ケビン:少し照れるね。ありがとう。
テレサ:家からもそう遠くないし。最高の場所だわ。
ケビン:そうなんだ。もしかしたらご近所さんかもね。
テレサ:それは・・・嬉しいけど、嬉しくないわ。
ケビン:どうして?
テレサ:私ね。婚約者がいるの。
ケビン:婚約者・・・
テレサ:そう。一緒に住んでるわ。
ケビン:そう・・・なんだ。
テレサ:ええ。あの人、凄く嫉妬深いの。もし、ばったり会ったりしたら・・・ゾッとするわ。
ケビン:会っただけで?
テレサ:そうよ。その場では優しく振舞うけど。彼、外面だけは良いの。
ケビン:家では違うのかい?
テレサ:まっ・・・たく違うわ!別人って言って差し支えないレベルよ。
ケビン:そんなに?
テレサ:あの男は誰だ!何処で知り合った!何故仲良くなった!住所は!仕事は!年齢は!・・・って間髪入れずにまくし立ててくるわね。
ケビン:相当だね。・・・あの、テレサ。
テレサ:ん、何?
ケビン:いや、あの・・・
テレサ:何よ。一世一代の告白でもするつもり?
ケビン:そうじゃなくて・・・
テレサ:はっきり言って。堅苦しいのは嫌いって言ったでしょ?
ケビン:・・・君、暴力とか受けてないよね?
テレサ:もちろん。受けてるわよ。
ケビン:・・・・・
テレサ:今までの話の流れで、受けてないほうが不思議でしょ?
ケビン:何でそんな人と結婚しようなんて。
テレサ:最初は素敵な人と思ったの。ほら、外面はいいから。それが段々とメッキが剥げてきたって感じね。
ケビン:婚約破棄とかは?
テレサ:したいけど、そんなこと言い出したら何されるかわかったもんじゃないわ。
ケビン:でも今だって・・・ごめん。踏み込みすぎたよ。
テレサ:ううん。いいの。話し出したのは私よ。
ケビン:・・・・・
テレサ:ああ。もうこんな時間ね。帰らないと。
ケビン:本当だね。テレサと話してると時間を忘れてしまうよ。
テレサ:私もよ。ケビン。・・・ねえ
ケビン:ん?
テレサ:1度だけ抱きしめてくれない?
ケビン:え?
テレサ:お願い。1度だけでいいの。
ケビン:わかったよ。別料金だけど、構わない?
テレサ:ふふっ。良いわよ。払ってあげる。
ケビン:じゃあ、おいで?
テレサ:ありがと。
ケビン:・・・テレサっていい香りがするね。
テレサ:そう?フェロモンかしら。
ケビン:かもしれないね。僕は好きだよ。
テレサ:香りが?それとも私自身が?
ケビン:さあ、どうだろうね。
テレサ:意外と意地悪なのね。
ケビン:そんなことはないよ。優しいマスターって評判さ。
テレサ:その割には、客足が伸びないみたいだけど?
ケビン:痛いところを突くね。雨の日は基本、こんなものだよ。
テレサ:そう。じゃあ次の雨の日の夜にまた来るわ。
ケビン:楽しみにしてるよ。
テレサ:雨の多い地域で良かったわ。
ケビン:僕もそう思うよ。最近になって、だけどね。
テレサ:ふふ、それじゃあケビン。またね。
ケビン:うん、また。お気をつけて。
0:間―
ケビン:テレサを抱きしめた瞬間から、胸が高鳴った。恋なのかはわからないけど、離れたくないと感じた。
ケビン:僕は雨が嫌いだったのに、その日から雨が降るのが楽しみになった。
テレサ:私はケビンに癒しを求めてた。彼と勝手に比べて、優しいケビンに甘えてた。
テレサ:・・・私はそろそろ決めなくちゃいけない。ケビンに私の抱える闇を話すかどうかを。
0:間―
テレサ:今日は結構忙しいみたいね。雨なのに。
ケビン:世間では、連休中だからね。僕には関係ないけど。
テレサ:私も関係ないわ。自宅で出来る仕事だと余計に。
ケビン:へえ。そう言えば聞いてなかったね。君の仕事。
テレサ:気になる?
ケビン:教えてくれるなら是非。
テレサ:私ね、デザイナーをしてるの。
ケビン:デザイナーか。だからオシャレなんだね。
テレサ:よく言うわ。出会った時の格好を忘れたの?
ケビン:いや、あれはああいうコンセプトだろ?
テレサ:そうね。差し詰め、Norway rat.とでも言ったところかしら。
ケビン:君がネズミ?僕にはそうは見えなかったな。例えるなら、Lonely cat.みたいな。
テレサ:ふふっ。そんな可愛らしく見えたの?
ケビン:そうだね。助けを求めてるような――すまない。注文みたいだ。少し待ってて。
テレサ:ええ。わかったわ。
0:間―
テレサ:ケビンはとてもいい人。私の目をまっすぐ見て話を聞いてくれる。きっとどれだけくだらない話でもしっかり聞いてくれる。
テレサ:・・・私は、何がしたいんだろう。何もかも中途半端。どうしたら正解なの?
テレサ:何度もケビンに尋ねようと思った。だけど、言葉が出てこないの。もし嫌われたら、拒否されたら・・・って。
テレサ:こんなに臆病な女じゃ無かったはずなのにね。笑い話にもなりやしないわ。
ケビン:・・・どうしたの?
テレサ:え?いつから・・・
ケビン:ずっと居たよ。何度も話しかけてた。
テレサ:少し、考え事をね。
ケビン:ふーん、どんなこと?
テレサ:大したことじゃないわよ。
ケビン:にしては、凄く深刻そうな顔してたけど?
テレサ:・・・・・
ケビン:テレサ?
テレサ:次・・・次会った時に話すわ。それまで少しだけ時間をちょうだい?
ケビン:言い辛いなら無理には聞かないよ。
テレサ:ううん。いつかは話したいと思ってたから。
ケビン:そっか。わかったよ。次会うときに聞く。
テレサ:ありがとう。あ、ほら。また呼んでるわよ。珍しいお客さんが。
ケビン:ああ。いってくるよ。
テレサ:私、今日はもう帰るわ。
ケビン:え?いいのかい?まだ何も作れてないけど。
テレサ:ええ。また次にするわ。お代はここに置いておくわね。
ケビン:ごめん。ありがとう。
テレサ:いいえ。またねケビン。
0:間―
ケビン:よし、そろそろ片付けなきゃ――ん?コート・・・テレサの忘れ物だな。全然気付かなかった。
ケビン:・・・何だ?この匂い。・・・美しい香りだ。コートか?
ケビン:・・・間違いない。これだ。・・・ああ。テレサの香りだ。この間より濃い香り・・・香水か?
ケビン:ずっと嗅いでたい・・・テレサ・・・愛してるよ。テレサ・・・
テレサ:雨は私を隠してくれる。雨は彼を溶かしてくれる。雨は、雨だけは私の味方。
テレサ:今週末は確か大雨ね。その日に私はケビンと会う。私の全てをケビンに知って欲しい。
テレサ:・・・きっと私はケビンに恋をしてる。そんな資格は無いのに。でも、気持ちは本物なのよ・・・
0:間―
テレサ:CLOSED・・・もうそんな時間かしら。まさか閉店してるなんて。
ケビン:やあテレサ。待ってたよ。
テレサ:ケビン、いたのね。もう帰ってしまったのかと思ったわ。
ケビン:今日は早めに店仕舞いしたんだ。どうせ客足は億劫だろうけど、君に料理を作ってあげたくて。
テレサ:・・・ずるい人ね。言い出せなくなりそうよ。
ケビン:まあ、ゆっくりで構わないよ。ほら、中に入って。
テレサ:ええ。
テレサ:今日は何を作ってくれるの?
ケビン:僕の得意料理をご馳走しようと思ってね。
テレサ:それは楽しみね。どんな料理なの?
ケビン:ハンバーグ。子供の頃から好きなんだ。
テレサ:良いわね。私も好きよ。
ケビン:・・・両親が早くに亡くなってね。妹にいつも料理を作ってたんだ。
テレサ:妹さんのお気に入りってわけね。
ケビン:そう。体育祭の日も、卒業式の日も、他国に行く前夜も、ハンバーグを作った。
テレサ:思い出の料理・・・ね。私がいただいてもいいの?
ケビン:テレサにだから食べて欲しいんだ。
テレサ:・・・私、あの日ここに来て良かったわ。あなたに、ケビンに出会えて幸せよ。
ケビン:僕もだよ。じゃあ、作ってくる。
テレサ:ええ。待ってるわ。
0:間―
ケビン:お待たせ。どうぞ、召し上がれ。
テレサ:・・・いい香り。絶対美味しいって言う自信があるわ。
ケビン:僕も絶対言わせる自信があるよ。
テレサ:ふふ。じゃあ、いただきます。
ケビン:・・・どう?
テレサ:私、妹さんが心から羨ましいと思ったわ。こんなハンバーグ食べたこと無い。最高よあなた。
ケビン:お褒めに預かり光栄です。お客様。
:
テレサ:・・・本当に美味しかったわ。ありがとうケビン。
ケビン:僕の方こそ、人のために料理する楽しさを思い出せたよ。ありがと。
テレサ:・・・それじゃあ私の番ね。
ケビン:無理しなくても良いんだよ?
テレサ:ありがとう。・・・ふう・・・
テレサ:ケビン。
ケビン:なんだい?
テレサ:今から私の家に着いて来てくれない?
ケビン:君の家って、婚約者と住んでる?
テレサ:そうよ。
ケビン:・・・僕はそこに行ってどうすれば?
テレサ:もし私の全てを受け止める自信があるなら来て欲しい。そうじゃないならここにいて。その時は、もうあなたには会いに来ないわ。
ケビン:究極の選択だね・・・
テレサ:それくらいの覚悟がいることなのよ。
ケビン:・・・行くよ。君の全てを知りたい。
テレサ:嬉しいわ。・・・好きよ、ケビン。
ケビン:僕もだよ、テレサ。
:
テレサ:この選択が全てを変えたわ。私とケビンの何もかもを。
ケビン:でも僕は何度同じ選択を迫られても、同じ道を歩んだと思うよ。
0:間―
ケビン:本当にご近所さんだとは思わなかったよ。
テレサ:そうなの?ここからどのくらい?
ケビン:あそこに白いアパートメントがあるでしょ?僕はあそこに住んでるんだ。
テレサ:近いわね。でも、歩いて2分でベッドは言い過ぎよ?
ケビン:よく覚えてるね。僕だって格好つけたい時はあるよ。にしても、こんなに近いのに1度も会わなかったね。
テレサ:私は在宅ワークだし、彼は仕事してないから。
ケビン:え。君が生計を立ててるってこと?
テレサ:・・・1つ約束して?
ケビン:どんな?
テレサ:今から見たことや話したこと、もしそれが原因で私を嫌いになったとしても、誰にも言わないで?
ケビン:・・・わかった。約束する。
テレサ:ありがとう・・・じゃあ入って。
ケビン:・・・この匂い。テレサの匂いだ。
テレサ:私の?
ケビン:ああ。店に忘れていったコートと・・・いや、それ以上にいい匂いだ。
テレサ:・・・ケビン?
ケビン:あっちだ・・・あっちの方からする。
テレサ:ちょっとケビン。あなた変よ?
ケビン:ごめん。何だかこの匂いを嗅ぐと、頭が痺れるようで・・・いい気分になるんだ。
テレサ:私にはわからないけど・・・どこからするの?
ケビン:こっち・・・こっちだ。
テレサ:・・・っ!そっちは!
ケビン:あれだ・・・あの冷蔵庫。
テレサ:ケビン!ちょっと待って――
ケビン:これは・・・死体?
テレサ:・・・そう。私の婚約者。
ケビン:テレサ・・・君がやったのかい?
テレサ:ええ。そうよ・・・
ケビン:そうか・・・理由はある程度、予想は出来るけど・・・
テレサ:その察しのとおりよ。もう限界だったの・・・
ケビン:・・・1つ質問しても良いかな?
テレサ:何?
ケビン:この死体、欠損だらけなんだけど・・・どうしたの?
テレサ:雨の日、少しずつ持ち出して下水に流してたのよ。この地域は雨の日の人通りが少ないしね。
ケビン:そっか。この残りも処理するのかい?
テレサ:ええ。出来るだけ早く。彼の知り合いから捜索願いが出されるまでには――
ケビン:僕の店に運ぼう。
テレサ:・・・え?
ケビン:店には大きな鍋がある。煮込んでしまえばすぐ下水に流せるよ。
テレサ:ケビン。あなたまで犯罪者になってしまうわよ?
ケビン:わかってるよ。でも僕は君と生きていきたいんだ。
テレサ:・・・ケビン。好きよ。愛してるわ。
ケビン:僕も愛してるよ。テレサ。
:
0:間―
:
テレサ:雨の降る深夜。私とケビンは婚約者だった肉塊をケビンのバーまで運んだ。
テレサ:ケビンは慣れた手つきで、豚でも解体するかのように、細切れを大鍋に入れて煮込んでいたわ。
テレサ:さっきまでわからなかった匂いが店中に充満して、私はめまいと吐き気で立っていられなくなった。
テレサ:でもケビンは、笑顔で幸せそうに鍋をかき回していた。その時だけは、出会った誰よりも怖かったわ。
テレサ:怖くてたまらなくて、殺してしまった婚約者よりもね・・・
:
ケビン:もう匂いが消えてしまったね。残念だ。
テレサ:ケビンの店はこびりついた悪臭で、休業せざるを得なかった。当のケビンは満足そうだったけれど。
ケビン:今日もテレサはいい匂いだね・・・好きだよ。
テレサ:今は、私に移ったわずかな残り香を毎日嗅いでいる。
ケビン:愛してるよテレサ。何処にも行かないで・・・
テレサ:きっと彼が愛してるのは私自身じゃない・・・
:
ケビン:テレサ・・・
テレサ:匂いが私から薄れた時。
ケビン:君からはどんな匂いがするんだろうね。
テレサ:次は私の番かもしれない。
:
:
0:Fin――
0:(登場人物紹介)
ケビン:バーテンダー。酒はあまり強くない。お人好しで商売上手とは言えない。
テレサ:バーに来た客。不思議な香りを纏っている。その香りがケビンを惑わせる。
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0:(本編)
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ケビン:・・・今日もいい香りだ。テレサ、愛してるよ。
テレサ:本当?こんな私を愛してくれるの?
ケビン:ああ。僕はもう君以外を愛せないよ。
テレサ:私もよ・・・愛してるわ。ケビン。
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ケビン:どうして彼女とこういう関係になってしまったのか・・・全てはあの夜から始まった。
ケビン:彼女が大雨の中、涙か雨かわからないほどずぶ濡れで、僕のバーに来た、あの夜から。
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0:間―
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ケビン:いらっしゃいませ。・・・っ。
テレサ:1人なの。空いてるかしら?
ケビン:席は空いておりますが・・・傘をささずに来たんですか?
テレサ:ええ。急に降り出してしまって。
ケビン:そう・・・ですか。
テレサ:床を汚してしまう客は、お呼びでないかしら。
ケビン:いえ、歓迎しますとも。今日は朝からずっと大雨ですから。客足が全く伸びないのです。
ケビン:どれだけ不思議な人でも、ずぶ濡れの人でも、喉から手が出るほど欲しいところですよ。
テレサ:ふふっ。なら、お言葉に甘えさせてもらうわ。
ケビン:カウンターでよろしいですか?
テレサ:いいわ。私の話を聞いてくださるのでしょう?Dead of the night gentleman.
ケビン:もちろん。あなたの気が済むまでお相手いたしましょう。Get soaked lady.
テレサ:素敵ね。
ケビン:あなたも。・・・僕の服でよければ、お貸ししましょうか?
テレサ:嬉しいけど。あなたの着替えが無くなってしまうわ。
ケビン:大丈夫ですよ。僕の家はここから歩いて、2時間もすれば着きますから。
テレサ:この雨の中を?随分とマゾヒストなのね。
ケビン:ははは、冗談ですよ。僕は歩くのが嫌いでして、2分もあればベッドの中です。
テレサ:そう。なら遠慮なく借りることにするわ。ありがとう。
テレサ:着替えは何処ですればいいかしら?
ケビン:こっちにゲストルームがありますので、そちらをお使いください。
テレサ:ありがと。あ、それと――
ケビン:ビニール袋でよろしいでしょうか?
テレサ:あら、気が利くわね。
ケビン:別料金ですがね。
テレサ:いいわ。服のレンタル料も取ってちょうだい。
ケビン:わかりました。では・・・僕と乾杯してください。
テレサ:そんなのでいいの?
ケビン:ええ。それがいいんです。さ、早く着替えてください。風邪をひいてしまいますよ。
0:間―
テレサ:おまたせ。似合ってる?って聞くのはおかしいかしら。
ケビン:いえ、とても似合ってますよ。
テレサ:でもこの服、どう考えてもあなたの服じゃ無いわよね。サイズもデザインもレディースだし。
ケビン:前にいた従業員の服です。もう来ないので気にしないでください。
テレサ:そうは言っても。
ケビン:僕の妹のなんです。結婚を機に他国に渡りました。だから気にしないでください。
テレサ:そういうことなら、妹さんに感謝するわ。
ケビン:そうしてやってください。ああ、それからコレもどうぞ。
テレサ:スープ?ここってイタリアンレストランだったかしら?
ケビン:ただの趣味ですよ。身体は中から温めないと。
テレサ:優しいのね。雨宿りに来たつもりが、根付いてしまいそう。
ケビン:ふふ。ほら、冷めないうちに。
テレサ:ええ。頂くわ。
テレサ:・・・美味しい。すごく美味しいわ。
ケビン:それは良かった。
テレサ:街のレストランにも負けてないわ。
ケビン:・・・・・
テレサ:バーじゃなくて、そっちの方が絶対向いてるわよ。スープでこんなに美味しいんだもの。他の料理も食べてみたいわ。
ケビン:スパゲッティならすぐ用意できますが、食べますか?
テレサ:いいの?ぜひお願いするわ。これで美味しかったら、シェフになることを薦めるわね。
ケビン:・・・元シェフなんです。多分、お客様が言っているレストランの。
テレサ:ああ、そうなのね。どうしてやめてしまったの?
ケビン:高級志向が身体に合わなかっただけですよ。
テレサ:そう・・・勿体無いわね。
ケビン:・・・クリームとトマト。どっちが好きですか?
テレサ:トマトでお願いするわ。
ケビン:わかりました。少しお待ちくださいませ。
0:間―
ケビン:彼女は僕の料理を食べると、子供のように目を輝かせてた。それがとても眩しくて
ケビン:昔、妹に振舞った時のことを思い出させた。ずぶ濡れの理由は、気になったが聞くのはやめた。
ケビン:聞いたところで教えてくれないだろうし、聞いちゃいけない気がしてた。
テレサ:彼の作る料理は美味しかった。愛情がこもってて、冷え切った心にも、身体にも染み込んでいく感じがした。
テレサ:それから、彼が言っていた高級志向が合わない。その意味も理解できたわ。
テレサ:結局、彼は私から、私の飲んだ1杯と彼の飲んだ1杯分の料金しか請求しなかった。
テレサ:これは趣味だからって。
テレサ:・・・無意識に自分の婚約者と比べてしまったわ。あの人が彼みたいに暖かい人だったら。優しい笑顔で話してくれる人だったら。目を見て、私の話を聞いてくれる人だったら・・・なんて。
テレサ:でも私は帰らないといけなかった。婚約者が待つ家へ。
0:間―
ケビン:いらっしゃいませ。今日は濡れてないんですね。
テレサ:ふふ。今日は傘を持ってきたの。
ケビン:傘をお持ちなんですか?てっきりお嫌いなのかと。
テレサ:確かにあまり傘は好きじゃないけれど、せっかく乾いたものをもう一度、濡らしたくは無いわ。
ケビン:それは?
テレサ:この間借りた服よ。返しにきたの。
ケビン:処分してくれても大丈夫でしたのに。
テレサ:ダメよ。あなたのじゃなくて、妹さんのでしょ?いくら嫁いだと言っても、帰る場所は残してあげたほうがいいわ。
ケビン:そういうもの・・・ですかね。
テレサ:そういうものよ。ほら、受け取って。
ケビン:はい。
テレサ:それにしても、今日も客はいないのね。
ケビン:雨の日はこんなものですよ。
テレサ:そうなのね。・・・それじゃあ。
ケビン:これだけ手が空いてると、どんな料理でも作れそうですね。
テレサ:本当?それはすごく嬉しいわ・・・でも。
ケビン:ん?どうされました?
テレサ:ちゃんと料金は取って欲しいの。
ケビン:しかしメニューではありませんし・・・
テレサ:私は施しを受けるほど困ってないわよ。
ケビン:ですが・・・
テレサ:言い訳は無しよ。ちゃんと払わせて。
ケビン:はあ・・・わかりましたよ。えっと・・・
テレサ:テレサよ。それから敬語もやめて。堅苦しいわ。
ケビン:じゃあ、テレサさん。
テレサ:テレサ。
ケビン:テレサ・・・
テレサ:うん。あなたは?
ケビン:僕はケビンだよ。
テレサ:ケビンね。これからよろしくね、ケビン。
0:間―
テレサ:今日も美味しかったわ。
ケビン:そう?ありがとう。
テレサ:本当、毎日でも食べたくなるくらい。
ケビン:同じような料金払うなら、レストランに行った方が食材も良いのを使ってると思うけど?
テレサ:ふーん。ケビン、あなたって中々自信の無い人ね。あなたの作った料理を食べたいから来てるのよ?
ケビン:少し照れるね。ありがとう。
テレサ:家からもそう遠くないし。最高の場所だわ。
ケビン:そうなんだ。もしかしたらご近所さんかもね。
テレサ:それは・・・嬉しいけど、嬉しくないわ。
ケビン:どうして?
テレサ:私ね。婚約者がいるの。
ケビン:婚約者・・・
テレサ:そう。一緒に住んでるわ。
ケビン:そう・・・なんだ。
テレサ:ええ。あの人、凄く嫉妬深いの。もし、ばったり会ったりしたら・・・ゾッとするわ。
ケビン:会っただけで?
テレサ:そうよ。その場では優しく振舞うけど。彼、外面だけは良いの。
ケビン:家では違うのかい?
テレサ:まっ・・・たく違うわ!別人って言って差し支えないレベルよ。
ケビン:そんなに?
テレサ:あの男は誰だ!何処で知り合った!何故仲良くなった!住所は!仕事は!年齢は!・・・って間髪入れずにまくし立ててくるわね。
ケビン:相当だね。・・・あの、テレサ。
テレサ:ん、何?
ケビン:いや、あの・・・
テレサ:何よ。一世一代の告白でもするつもり?
ケビン:そうじゃなくて・・・
テレサ:はっきり言って。堅苦しいのは嫌いって言ったでしょ?
ケビン:・・・君、暴力とか受けてないよね?
テレサ:もちろん。受けてるわよ。
ケビン:・・・・・
テレサ:今までの話の流れで、受けてないほうが不思議でしょ?
ケビン:何でそんな人と結婚しようなんて。
テレサ:最初は素敵な人と思ったの。ほら、外面はいいから。それが段々とメッキが剥げてきたって感じね。
ケビン:婚約破棄とかは?
テレサ:したいけど、そんなこと言い出したら何されるかわかったもんじゃないわ。
ケビン:でも今だって・・・ごめん。踏み込みすぎたよ。
テレサ:ううん。いいの。話し出したのは私よ。
ケビン:・・・・・
テレサ:ああ。もうこんな時間ね。帰らないと。
ケビン:本当だね。テレサと話してると時間を忘れてしまうよ。
テレサ:私もよ。ケビン。・・・ねえ
ケビン:ん?
テレサ:1度だけ抱きしめてくれない?
ケビン:え?
テレサ:お願い。1度だけでいいの。
ケビン:わかったよ。別料金だけど、構わない?
テレサ:ふふっ。良いわよ。払ってあげる。
ケビン:じゃあ、おいで?
テレサ:ありがと。
ケビン:・・・テレサっていい香りがするね。
テレサ:そう?フェロモンかしら。
ケビン:かもしれないね。僕は好きだよ。
テレサ:香りが?それとも私自身が?
ケビン:さあ、どうだろうね。
テレサ:意外と意地悪なのね。
ケビン:そんなことはないよ。優しいマスターって評判さ。
テレサ:その割には、客足が伸びないみたいだけど?
ケビン:痛いところを突くね。雨の日は基本、こんなものだよ。
テレサ:そう。じゃあ次の雨の日の夜にまた来るわ。
ケビン:楽しみにしてるよ。
テレサ:雨の多い地域で良かったわ。
ケビン:僕もそう思うよ。最近になって、だけどね。
テレサ:ふふ、それじゃあケビン。またね。
ケビン:うん、また。お気をつけて。
0:間―
ケビン:テレサを抱きしめた瞬間から、胸が高鳴った。恋なのかはわからないけど、離れたくないと感じた。
ケビン:僕は雨が嫌いだったのに、その日から雨が降るのが楽しみになった。
テレサ:私はケビンに癒しを求めてた。彼と勝手に比べて、優しいケビンに甘えてた。
テレサ:・・・私はそろそろ決めなくちゃいけない。ケビンに私の抱える闇を話すかどうかを。
0:間―
テレサ:今日は結構忙しいみたいね。雨なのに。
ケビン:世間では、連休中だからね。僕には関係ないけど。
テレサ:私も関係ないわ。自宅で出来る仕事だと余計に。
ケビン:へえ。そう言えば聞いてなかったね。君の仕事。
テレサ:気になる?
ケビン:教えてくれるなら是非。
テレサ:私ね、デザイナーをしてるの。
ケビン:デザイナーか。だからオシャレなんだね。
テレサ:よく言うわ。出会った時の格好を忘れたの?
ケビン:いや、あれはああいうコンセプトだろ?
テレサ:そうね。差し詰め、Norway rat.とでも言ったところかしら。
ケビン:君がネズミ?僕にはそうは見えなかったな。例えるなら、Lonely cat.みたいな。
テレサ:ふふっ。そんな可愛らしく見えたの?
ケビン:そうだね。助けを求めてるような――すまない。注文みたいだ。少し待ってて。
テレサ:ええ。わかったわ。
0:間―
テレサ:ケビンはとてもいい人。私の目をまっすぐ見て話を聞いてくれる。きっとどれだけくだらない話でもしっかり聞いてくれる。
テレサ:・・・私は、何がしたいんだろう。何もかも中途半端。どうしたら正解なの?
テレサ:何度もケビンに尋ねようと思った。だけど、言葉が出てこないの。もし嫌われたら、拒否されたら・・・って。
テレサ:こんなに臆病な女じゃ無かったはずなのにね。笑い話にもなりやしないわ。
ケビン:・・・どうしたの?
テレサ:え?いつから・・・
ケビン:ずっと居たよ。何度も話しかけてた。
テレサ:少し、考え事をね。
ケビン:ふーん、どんなこと?
テレサ:大したことじゃないわよ。
ケビン:にしては、凄く深刻そうな顔してたけど?
テレサ:・・・・・
ケビン:テレサ?
テレサ:次・・・次会った時に話すわ。それまで少しだけ時間をちょうだい?
ケビン:言い辛いなら無理には聞かないよ。
テレサ:ううん。いつかは話したいと思ってたから。
ケビン:そっか。わかったよ。次会うときに聞く。
テレサ:ありがとう。あ、ほら。また呼んでるわよ。珍しいお客さんが。
ケビン:ああ。いってくるよ。
テレサ:私、今日はもう帰るわ。
ケビン:え?いいのかい?まだ何も作れてないけど。
テレサ:ええ。また次にするわ。お代はここに置いておくわね。
ケビン:ごめん。ありがとう。
テレサ:いいえ。またねケビン。
0:間―
ケビン:よし、そろそろ片付けなきゃ――ん?コート・・・テレサの忘れ物だな。全然気付かなかった。
ケビン:・・・何だ?この匂い。・・・美しい香りだ。コートか?
ケビン:・・・間違いない。これだ。・・・ああ。テレサの香りだ。この間より濃い香り・・・香水か?
ケビン:ずっと嗅いでたい・・・テレサ・・・愛してるよ。テレサ・・・
テレサ:雨は私を隠してくれる。雨は彼を溶かしてくれる。雨は、雨だけは私の味方。
テレサ:今週末は確か大雨ね。その日に私はケビンと会う。私の全てをケビンに知って欲しい。
テレサ:・・・きっと私はケビンに恋をしてる。そんな資格は無いのに。でも、気持ちは本物なのよ・・・
0:間―
テレサ:CLOSED・・・もうそんな時間かしら。まさか閉店してるなんて。
ケビン:やあテレサ。待ってたよ。
テレサ:ケビン、いたのね。もう帰ってしまったのかと思ったわ。
ケビン:今日は早めに店仕舞いしたんだ。どうせ客足は億劫だろうけど、君に料理を作ってあげたくて。
テレサ:・・・ずるい人ね。言い出せなくなりそうよ。
ケビン:まあ、ゆっくりで構わないよ。ほら、中に入って。
テレサ:ええ。
テレサ:今日は何を作ってくれるの?
ケビン:僕の得意料理をご馳走しようと思ってね。
テレサ:それは楽しみね。どんな料理なの?
ケビン:ハンバーグ。子供の頃から好きなんだ。
テレサ:良いわね。私も好きよ。
ケビン:・・・両親が早くに亡くなってね。妹にいつも料理を作ってたんだ。
テレサ:妹さんのお気に入りってわけね。
ケビン:そう。体育祭の日も、卒業式の日も、他国に行く前夜も、ハンバーグを作った。
テレサ:思い出の料理・・・ね。私がいただいてもいいの?
ケビン:テレサにだから食べて欲しいんだ。
テレサ:・・・私、あの日ここに来て良かったわ。あなたに、ケビンに出会えて幸せよ。
ケビン:僕もだよ。じゃあ、作ってくる。
テレサ:ええ。待ってるわ。
0:間―
ケビン:お待たせ。どうぞ、召し上がれ。
テレサ:・・・いい香り。絶対美味しいって言う自信があるわ。
ケビン:僕も絶対言わせる自信があるよ。
テレサ:ふふ。じゃあ、いただきます。
ケビン:・・・どう?
テレサ:私、妹さんが心から羨ましいと思ったわ。こんなハンバーグ食べたこと無い。最高よあなた。
ケビン:お褒めに預かり光栄です。お客様。
:
テレサ:・・・本当に美味しかったわ。ありがとうケビン。
ケビン:僕の方こそ、人のために料理する楽しさを思い出せたよ。ありがと。
テレサ:・・・それじゃあ私の番ね。
ケビン:無理しなくても良いんだよ?
テレサ:ありがとう。・・・ふう・・・
テレサ:ケビン。
ケビン:なんだい?
テレサ:今から私の家に着いて来てくれない?
ケビン:君の家って、婚約者と住んでる?
テレサ:そうよ。
ケビン:・・・僕はそこに行ってどうすれば?
テレサ:もし私の全てを受け止める自信があるなら来て欲しい。そうじゃないならここにいて。その時は、もうあなたには会いに来ないわ。
ケビン:究極の選択だね・・・
テレサ:それくらいの覚悟がいることなのよ。
ケビン:・・・行くよ。君の全てを知りたい。
テレサ:嬉しいわ。・・・好きよ、ケビン。
ケビン:僕もだよ、テレサ。
:
テレサ:この選択が全てを変えたわ。私とケビンの何もかもを。
ケビン:でも僕は何度同じ選択を迫られても、同じ道を歩んだと思うよ。
0:間―
ケビン:本当にご近所さんだとは思わなかったよ。
テレサ:そうなの?ここからどのくらい?
ケビン:あそこに白いアパートメントがあるでしょ?僕はあそこに住んでるんだ。
テレサ:近いわね。でも、歩いて2分でベッドは言い過ぎよ?
ケビン:よく覚えてるね。僕だって格好つけたい時はあるよ。にしても、こんなに近いのに1度も会わなかったね。
テレサ:私は在宅ワークだし、彼は仕事してないから。
ケビン:え。君が生計を立ててるってこと?
テレサ:・・・1つ約束して?
ケビン:どんな?
テレサ:今から見たことや話したこと、もしそれが原因で私を嫌いになったとしても、誰にも言わないで?
ケビン:・・・わかった。約束する。
テレサ:ありがとう・・・じゃあ入って。
ケビン:・・・この匂い。テレサの匂いだ。
テレサ:私の?
ケビン:ああ。店に忘れていったコートと・・・いや、それ以上にいい匂いだ。
テレサ:・・・ケビン?
ケビン:あっちだ・・・あっちの方からする。
テレサ:ちょっとケビン。あなた変よ?
ケビン:ごめん。何だかこの匂いを嗅ぐと、頭が痺れるようで・・・いい気分になるんだ。
テレサ:私にはわからないけど・・・どこからするの?
ケビン:こっち・・・こっちだ。
テレサ:・・・っ!そっちは!
ケビン:あれだ・・・あの冷蔵庫。
テレサ:ケビン!ちょっと待って――
ケビン:これは・・・死体?
テレサ:・・・そう。私の婚約者。
ケビン:テレサ・・・君がやったのかい?
テレサ:ええ。そうよ・・・
ケビン:そうか・・・理由はある程度、予想は出来るけど・・・
テレサ:その察しのとおりよ。もう限界だったの・・・
ケビン:・・・1つ質問しても良いかな?
テレサ:何?
ケビン:この死体、欠損だらけなんだけど・・・どうしたの?
テレサ:雨の日、少しずつ持ち出して下水に流してたのよ。この地域は雨の日の人通りが少ないしね。
ケビン:そっか。この残りも処理するのかい?
テレサ:ええ。出来るだけ早く。彼の知り合いから捜索願いが出されるまでには――
ケビン:僕の店に運ぼう。
テレサ:・・・え?
ケビン:店には大きな鍋がある。煮込んでしまえばすぐ下水に流せるよ。
テレサ:ケビン。あなたまで犯罪者になってしまうわよ?
ケビン:わかってるよ。でも僕は君と生きていきたいんだ。
テレサ:・・・ケビン。好きよ。愛してるわ。
ケビン:僕も愛してるよ。テレサ。
:
0:間―
:
テレサ:雨の降る深夜。私とケビンは婚約者だった肉塊をケビンのバーまで運んだ。
テレサ:ケビンは慣れた手つきで、豚でも解体するかのように、細切れを大鍋に入れて煮込んでいたわ。
テレサ:さっきまでわからなかった匂いが店中に充満して、私はめまいと吐き気で立っていられなくなった。
テレサ:でもケビンは、笑顔で幸せそうに鍋をかき回していた。その時だけは、出会った誰よりも怖かったわ。
テレサ:怖くてたまらなくて、殺してしまった婚約者よりもね・・・
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ケビン:もう匂いが消えてしまったね。残念だ。
テレサ:ケビンの店はこびりついた悪臭で、休業せざるを得なかった。当のケビンは満足そうだったけれど。
ケビン:今日もテレサはいい匂いだね・・・好きだよ。
テレサ:今は、私に移ったわずかな残り香を毎日嗅いでいる。
ケビン:愛してるよテレサ。何処にも行かないで・・・
テレサ:きっと彼が愛してるのは私自身じゃない・・・
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ケビン:テレサ・・・
テレサ:匂いが私から薄れた時。
ケビン:君からはどんな匂いがするんだろうね。
テレサ:次は私の番かもしれない。
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:
0:Fin――