台本概要

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タイトル 舌戦-ZESSEN-
作者名 VAL  (@bakemonohouse)
ジャンル コメディ
演者人数 2人用台本(不問2)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 教授と生徒の高速掛け合い劇です。
特に制限はございません。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
松田 不問 106 教授
坂本 不問 106 大学生
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:(登場人物紹介) 松田:教授 坂本:大学生 0:(本編) 松田:こっちの遺伝子が優勢で、あっちが劣勢だとすると、被検体Aに現れるのは、優勢の・・・いや待てよ―― 坂本:あの、教授。 松田:しかしそれでは被検体Bに見られた劣勢特徴の優遇率の証明が難しくなりすぎる・・・ 坂本:松田教授―― 松田:そうか。優れているかどうかは飽くまでも人間の見解。劣っていたほうが自然界では有利に働くこともある。興味深いデータだ。 坂本:教授!聞こえてませんか! 松田:なんだ坂本君じゃないか。いきなり大きな声を出さないでくれよ。老体には刺激的過ぎる。 坂本:老体って、そんなに歳変わらないじゃないですか!それに私はずっといました! 松田:まだ君はわかっていないだけだよ。10年も生まれた歳が違えば、今見える世界は遥かに別物に映るものだ。 松田:あと、そんなにずっといたのなら、声をかけてくれれば良いじゃないか。 坂本:何回も呼びましたよ!それでも反応が無いから大声を出したんです。 松田:それはおかしいな。まだ耳は衰えていないはずだが・・・聴力を測りなおす必要がありそうだ。坂本君、そこに聴力計があるんだ。取ってくれないか? 坂本:大丈夫ですよ!教授は夢中になると、私の声はいつも聞こえてませんから! 松田:なるほど。いい仮説じゃないか。何かに没頭しているとき、人の聴力は著しく下がるのか・・・うん。一考の価値がある。やはり聴力計を―― 坂本:いりません!本当に私の話を聞いてくれない人ですね! 松田:なんだ、話があったのか。先に言いたまえ。 坂本:・・・そうですね。私が悪かったです。 松田:どうした?何か腑に落ちないような表情だが。 坂本:いえ!そんなことはございません。やっと教授と会話が出来て嬉しい限りですよ。 松田:そうか。そう言ってくれると私も話す甲斐があるというものだよ。 坂本:あはは・・・ 松田:それで、話とはどういったものかね? 坂本:単刀直入にお聞きしますが、教授は人を好きになったことはありますか? 松田:愚問だね。私は両親を尊敬しているし、飼っているウサギのぴょん子にも愛を持って接している。つまり答えはYesだ。 坂本:教授。私は恋愛面の話をしております。教授の仰るそれは家族愛に当たるものです。 松田:ほう。つまりヒトの雌に性的興奮を覚えたことはあるか?という問いと同じ。というわけだな? 坂本:・・・細部は違いますが、大差ないことは認めましょう。 松田:答えるならばYesであり、Noだ。 坂本:どういう意味でしょうか? 松田:私とて哺乳類の雄。どうしても性欲という概念からは逃れることは出来ない。 坂本:そうなるとYesなのでは? 松田:最後まで聞きたまえ。動物の観点ではそれで間違いないのだが、我々はヒトだ。社会という便利で絶対の枷を持っている。つまりは性行為をしたならば、共にいなければならないという暗黙のルールが存在する。 松田:私は研究が何よりも好きだ。その時間をひと時の快楽のために犠牲にするなど、私自身が許してくれないだろう。結論として、Noである。 坂本:・・・濃いようで薄い話をありがとうございます。ですが、私も教授の意見に賛同せざるを得ない部分がございます。 松田:ほう。どう言った点だね? 坂本:私は物語の考察をするのが、三度の飯より好きなのです。その時間を侵食しようものなら、例え教授であっても毒を盛るくらいは考えるでしょう。 松田:ふむ。物騒な発想も見えるが、実に利己的で良いと私は考えるよ。 坂本:ところがです教授。 松田:どうしたのかね。 坂本:私は先週、男子生徒から告白を受けたのです。 松田:ほう。一大事じゃないか。 坂本:ええ。由々しき事態です。 松田:断ったのか? 坂本:いえ、まだです。 松田:ならば、お付き合いとやらを始めるのか? 坂本:考えているところです。 松田:ははっ。つい数分前と言っていることが違っている気がするが? 坂本:教授。私は考えたのです。私たちはずっと恋人がいないメリットを提示していますよね? 松田:ああ。その通りだが。 坂本:それがおかしいんですよ。 松田:ほう。理由は? 坂本:考察というのは、ある事象において、逆説も交えながら確かめるものです。私たちは恋人がいない方がいいと考えていますが 坂本:本当にそうなのでしょうか。恋人がいる生活をしたことも無いのにわかるものでしょうか? 松田:・・・ふふふ。 坂本:教授? 松田:はははははは。それはとてつもなく興味深い!いやあ実に盲点だった。恋人がいないのに恋人の良さがわかるわけないと・・・言われてみればその通りだ。 坂本:そうでしょう?私の知識欲をかきたててくるのです。 松田:ということはだ、坂本君はその勇気ある生徒と結ばれる可能性もあるわけだ。是非、研究結果の共有はして欲しいものだね。 坂本:しかし教授。ここでさらに問題があるのです。 松田:今度は何だね? 坂本:私は告白してきた彼の人物像はおろか、名前も知らないわけです。 松田:ふむ。まあ珍しいことではあるまい。芸能人に本気の好意を寄せる人間もいる。外見だけで判断するというのは早計だという意見も多々聞くが、私個人としては、動物さが滲み出ていて好感が持てる。 坂本:教授は本能で生きてますからね。ですが私も理解は出来ます。恋人が出来たことは無いですが、自分の外見には自信があります。客観的に見て、アイドルに匹敵する程度だと自負しております。 松田:自己評価は大事なことだ。私にはあまりわからないが、最近のメディアでよく見かける種類の顔立ちをしているのはわかる。 坂本:はい。参考にしております。外見を磨くほど生涯年収が変わってくると、世界的に証明されておりますので。 松田:その通りだな。それで坂本君、君はその男子生徒の外見をどう見る? 坂本:確かに外見で決める人が多いのは確かですが、私は正直どうでもいいのです。共に過ごす時間が有意義であれば、他に望むことなど特にありません。 松田:流石に私の研究室に通うだけあるね。その考え方には同意せざるを得ない。 坂本:そうでしょう。収入、人望、各方面へのコネ。どれを取っても同年代の学生が私を上回ることなど無いでしょうから。 松田:一理あるね。では、坂本君。彼と付き合うには何が足りない? 坂本:そうですね。まずは知ることですかね。家族構成、学力、友人の数と分類、それから―― 松田:待ちたまえ。君は彼の雇い主にでもなるつもりかね? 坂本:いえ、これくらいは最低条件です。 松田:・・・そうか。だが、それを知ったからといって、好きになる保障は無いだろう? 坂本:それはまあそうですね。 松田:恋愛というものは、ただ一緒に過ごすだけで満たされるものとも聞く。まずは時間を共有するところからだと思うぞ。 坂本:なるほど・・・しかし教授。 松田:まだ何かあるのかね? 坂本:私は異性と2人で長時間過ごしたことがございません。いきなりよく知らない異性と共に過ごせと? 松田:そういうわけではないが・・・ 坂本:教授はあるんですか?もしあるならお聞かせください。参考にしたいので。 松田:はっきり言うが・・・無い。 坂本:1度も? 松田:1度も。 坂本:・・・教授。今年、何歳になるんでしたっけ? 松田:坂本君。年齢と経験は必ずしも比例するとは限らないよ。 坂本:そうでした。・・・教授。私は1つ思い付いたことがあります。 松田:ふむ。嫌な予感しかしないが、一応言ってみてくれ。 坂本:私と教授で予行演習をしてみましょう。 松田:・・・断らせていただこう。 坂本:・・・理由を聞かせていただてもよろしいでしょうか? 松田:私は誰かと結ばれる予定も、そんな気も毛頭ないからね。 坂本:そうですか。教授は未知を恐れるのですね? 松田:ほう・・・それはどう言う意味かね? 坂本:いえ、人間とは元来そういう生き物ですから。歳を重ねるにつれて、変化を恐れるようになります。教授もそれなのですね? 松田:わかりやすい挑発だが・・・そこまで言われて引き下がるのも私としては避けたいところだ。 坂本:では、どうされますか?教授? 松田:・・・貸し1というのはどうだろうか? 坂本:貸し・・・ですか?それは一体どう言うものでしょうか? 松田:それは秘密だ。今後、何らかの形で返してもらう。 坂本:ある種の意趣返しといったところですか。・・・いいでしょう。何を要求されるのかも気になりますし。その条件、飲みましょう。 松田:君の探究心には、ほとほと恐れ入るよ。 坂本:ありがとうございます。長所だと自負しています。 松田:で、私は何をすればいいんだ? 坂本:そうですね・・・まずは私と手を繋いでみてくれますか。 松田:いいだろう。・・・これでいいのか? 坂本:・・・これだと握手になります。横に並んで、指を交互に・・・そうです。どうですか? 松田:歩きにくそうだな。1つ質問するが、何故恋人は手を繋ぐのだ? 坂本:そうですね。手を繋ぐと脳内ホルモンのオキシトシンを増加させます。オキシトシンは幸せホルモンとも呼ばれておりまして、多幸感を感じると共に、パートナーへの信頼度を上げる働きも―― 松田:ストップだ。流石の私でもこれはわかる。そこまで考えながら過ごす人間は、君か私くらいだ。 坂本:そうですかね。みんなこれくらいは考えていると思いますが。 松田:ふむ。私の想定よりも、君は人間ではないらしい。 坂本:それは、褒め言葉ですか? 松田:そうだな。皮肉に限りなく近いが、能力を正当に評価した結果だ。褒めていると言えなくもない。 坂本:ではそう受け取っておきましょう。わざわざマイナスに受け取るひねくれた趣味は無いので。 松田:で、私はいつまで君と手を繋いでいればいいのだ?そろそろ手汗をかいてくる頃なのだが。 坂本:んー実際の恋人がどれだけの時間これを施行してるのかがデータにありませんので、とりあえずはここで切り上げましょうか。 松田:今のところ、何か変化はあるか? 坂本:そうですね。効果を知っているため、プラシーボ効果かもしれませんが、多少の高揚感はあります。教授はいかがですか? 松田:私も同じようなものだ。心拍数が5、6回ほど増加しているな。 坂本:・・・もしかしてですが、日常的に自分の心拍数を確認しながら生活しているのですか? 松田:もちろんだ。心臓は正直だからな。身体の調子は心拍の速さと強さで大体把握できる。 坂本:私より人間を辞めていると思いますが。 松田:褒め言葉だろう? 坂本:ええ、そうです。そうですとも。 松田:それで、これで実践は終わりなのか? 坂本:まさか。それでは貸しに見合っておりません。まだ用意してますよ。 松田:では早くしたまえ。時間は貴重なのだ。 坂本:わかってますよ。では次に移ります。教授。私を抱きしめてください。 松田:ほう。かなり高リスクだな。 坂本:どうしてでしょうか? 松田:私と君の立場を忘れたのかね?いわば、教師と生徒の関係だ。校内で不純な行為をしていたと誤解されれば、私は職を失う可能性もある。 坂本:確かにそれはそうですが、これはいわゆる実験です。誰に咎められようとも、立派な脳科学の実験だと胸を張って言えます。 松田:しかしもし君が私にセクシュアルハラスメント、つまりセクハラをされたと訴えてしまえば、私は確実に負けるだろう。 坂本:そんなことをする意味がありません。教授がいなければ私はこの大学に通う意味すら無くなります。もし信用が足りないのなら、口外しない念書と拇印を用意しても構いません。 松田:いや必要ない。君が嘘をつく人間でないと私は知っている。そこまで本気だとは思わなかったが、それほどの覚悟があるなら私も覚悟を決めよう。最後まで付き合おうじゃないか。 坂本:ありがとうございます。では、お願いします。 松田:・・・私から行くのかね? 坂本:さっきまでの勢いは何処に行ったんですか?10も歳下の女くらいリードしてください。 松田:私はさっきの発言を取り消したい気分だよ。約束が成立した瞬間にそんな横柄になるとは想定外だった。 坂本:クーリングオフは受け付けておりませんので。・・・そろそろ腕が疲れてきました。出来るだけ早くお願いします。 松田:わかったよ。・・・こうか? 坂本:少しスペースが空きすぎですね。もう少し近づいてください。データが取れません。 松田:わかった・・・こんなものか? 坂本:すみません、ちょっと痛いです。 松田:おっとすまない。難しいものだな・・・ 坂本:あ、今ぐらいが丁度いいです。少しこのままでお願いします。 松田:わかった。 坂本:・・・・・ 松田:・・・・・ 坂本:・・・・・ 松田:・・・坂本君。 坂本:なんでしょうか? 松田:あとどれくらいだ。 坂本:もう少しですが、沈黙が苦手なようなら質問しますが。 松田:そうしてくれ。 坂本:では、率直に今どんな気持ちを抱いているかお聞かせ願えますか? 松田:ふむ。存外小さいのだな。と思っている。 坂本:・・・教授。確かに私はここでのことを口外しないと約束はしましたが、だからといって私の胸のことを揶揄するのは成人男性としてどうかと思いますが。 松田:違う、そうではない。君の身長のことを言っているんだ。 坂本:そういうことでしたか。これみよがしに馬鹿にされたのかと早とちりしてしまいました。 松田:・・・君の私に対する評価を今一度、見直してみることをお勧めするよ。 坂本:後日検討してみます。しかし、言われてみると実感しますね。教授は背が高いのですね。私も女性にしては高いほうだとは思うのですが。 松田:医者に注意されるレベルの猫背だからな。・・・となると、抱きしめるという行為には背骨矯正。コルセットに類似した効果が見込めそうだな。 坂本:教授。確かに柔道整復学的にその理論は正しいかもしれませんが、現時点では脳科学の点のみを抜粋していきたいと考えております。 松田:そうだったな。ふむ・・・私の実感する中で言葉を紡ぐとするなら、気分が少し爽やかになったような気がするな。恐らくドーパミンの働きだと推測するが。 坂本:流石です教授。抱きしめる。つまりハグをする行為には、ドーパミンを分泌する働きがあるとされております。 松田:やはりそうか。脳内麻薬と呼ばれているだけはある。わかりやすい効果だ。 坂本:あら、教授ともなると本物の麻薬にも精通されているのですか? 松田:生憎だが、私にその趣味は無い。身体に害があるとわかっているものに手は出せない性格だからな。 坂本:とても教授らしい理由で微笑ましいですね。 松田:ところで坂本君。そろそろデータも取れた頃ではないか? 坂本:そうですね。この体勢にも慣れてきたところ勿体無く感じますが、ここで終わりとしましょう。 松田:そろそろ日も落ちてくる時間だ。あと1つくらいで勘弁願えるかな? 坂本:はい。私も自宅にて小説の考察が溜まっていますので賛成です。 松田:話が早くて助かるよ。で、最後は何をすればいい? 坂本:はい。私の唇にキスしてください。 松田:・・・は? 坂本:接吻という言い方をしたほうがわかりやすいでしょうか? 松田:言い方の問題ではない。流石にそれは出来かねるぞ。 坂本:・・・理由をお伺いしても? 松田:ありふれたセリフになってしまうが、自分を大事にしたほうがいい。接吻というものは古来より誓約にも使用される神聖な行為だ。実験といえど易々としていいものではない。しかも初めてというなら尚更にだ。 坂本:・・・クーリングオフはしないと申し上げたはずですが。 松田:どれだけ挑発されようが、今回は折れるつもりは無い。私にも矜持というものがあるからな。 坂本:・・・わかりました。では、これは私からの譲歩です。私に借り1として、手の甲にキスをしてください。 松田:貸し借り無しにする。ということか? 坂本:いいえ。それでは面白くありません。私と教授が互いに貸しを1つ持っている。ということです。 松田:ふむ。一応聞こう。貸しの内容は? 坂本:もちろん秘密です。今後、何らかの形で返していただきましょう。 松田:ふふ・・・ははははは!面白い!ここまでやられたのは久々だ。すまなかった。見くびっていたようだ。君は賢い。恐らく私以上に。 坂本:ふふふ。光栄です教授。では、していただけますか? 松田:ああ、わかった。謹んで口づけさせていただこう。・・・これで満足かな? 坂本:ええ。ありがとうございます教授。恐らく私の顔は紅潮してるでしょう。体温の上昇を感じます。 松田:ふむ。心と身体は別物というのが良くわかる。確かに君の言うとおりの変化が君の身体に起きているのは見て取れる。だが、冷静に判断した状況を口に出来る様は余りにも異様な光景だ。 坂本:人体というのはとても不思議なことですから。 松田:全く以って同感だ。人間は広い世界に目を向ける前に、自分の中にこそもっと目を向けるべきだと考える。 坂本:ふふ。そうですね。教授。今日はありがとうございました。 松田:こちらこそ。実に興味深かった。しばらく私に退屈は訪れないだろう。それで、男子生徒とのことは前向きに考えるのか? 坂本:いいえ、お断りしようと思います。 松田:ほう。それは何故? 坂本:私は恐らくですが、私以上。もしくはそれに近い頭脳を持つ人間でしか快楽を得られないと心底気付いてしまいましたので。 松田:そうか。茨の道が過ぎるな。 坂本:だから楽しいのです。では教授。貸しのことはお忘れなく。 松田:ああ。君もな。気をつけて帰りたまえ。 坂本:あら、送ってはくれないのですか? 松田:・・・いいだろう。送って行こうじゃないか。 坂本:まさかとは思いますが―― 松田:安心したまえ。こんなことで借りを返すなどとは言わないよ。言っただろう。私にも矜持というものがあると。 坂本:そうでしたね。では、お言葉に甘えて。代わりといっては何ですが、車内で最も美しい数式について話しませんか? 松田:オイラーとはセンスがいい。その話乗ったよ。 坂本:ふふ。車まで手は繋ぎますか? 松田:はっはっは。遠慮しておこう! 坂本:ふふっ。残念です。 : : 0:Fin―

0:(登場人物紹介) 松田:教授 坂本:大学生 0:(本編) 松田:こっちの遺伝子が優勢で、あっちが劣勢だとすると、被検体Aに現れるのは、優勢の・・・いや待てよ―― 坂本:あの、教授。 松田:しかしそれでは被検体Bに見られた劣勢特徴の優遇率の証明が難しくなりすぎる・・・ 坂本:松田教授―― 松田:そうか。優れているかどうかは飽くまでも人間の見解。劣っていたほうが自然界では有利に働くこともある。興味深いデータだ。 坂本:教授!聞こえてませんか! 松田:なんだ坂本君じゃないか。いきなり大きな声を出さないでくれよ。老体には刺激的過ぎる。 坂本:老体って、そんなに歳変わらないじゃないですか!それに私はずっといました! 松田:まだ君はわかっていないだけだよ。10年も生まれた歳が違えば、今見える世界は遥かに別物に映るものだ。 松田:あと、そんなにずっといたのなら、声をかけてくれれば良いじゃないか。 坂本:何回も呼びましたよ!それでも反応が無いから大声を出したんです。 松田:それはおかしいな。まだ耳は衰えていないはずだが・・・聴力を測りなおす必要がありそうだ。坂本君、そこに聴力計があるんだ。取ってくれないか? 坂本:大丈夫ですよ!教授は夢中になると、私の声はいつも聞こえてませんから! 松田:なるほど。いい仮説じゃないか。何かに没頭しているとき、人の聴力は著しく下がるのか・・・うん。一考の価値がある。やはり聴力計を―― 坂本:いりません!本当に私の話を聞いてくれない人ですね! 松田:なんだ、話があったのか。先に言いたまえ。 坂本:・・・そうですね。私が悪かったです。 松田:どうした?何か腑に落ちないような表情だが。 坂本:いえ!そんなことはございません。やっと教授と会話が出来て嬉しい限りですよ。 松田:そうか。そう言ってくれると私も話す甲斐があるというものだよ。 坂本:あはは・・・ 松田:それで、話とはどういったものかね? 坂本:単刀直入にお聞きしますが、教授は人を好きになったことはありますか? 松田:愚問だね。私は両親を尊敬しているし、飼っているウサギのぴょん子にも愛を持って接している。つまり答えはYesだ。 坂本:教授。私は恋愛面の話をしております。教授の仰るそれは家族愛に当たるものです。 松田:ほう。つまりヒトの雌に性的興奮を覚えたことはあるか?という問いと同じ。というわけだな? 坂本:・・・細部は違いますが、大差ないことは認めましょう。 松田:答えるならばYesであり、Noだ。 坂本:どういう意味でしょうか? 松田:私とて哺乳類の雄。どうしても性欲という概念からは逃れることは出来ない。 坂本:そうなるとYesなのでは? 松田:最後まで聞きたまえ。動物の観点ではそれで間違いないのだが、我々はヒトだ。社会という便利で絶対の枷を持っている。つまりは性行為をしたならば、共にいなければならないという暗黙のルールが存在する。 松田:私は研究が何よりも好きだ。その時間をひと時の快楽のために犠牲にするなど、私自身が許してくれないだろう。結論として、Noである。 坂本:・・・濃いようで薄い話をありがとうございます。ですが、私も教授の意見に賛同せざるを得ない部分がございます。 松田:ほう。どう言った点だね? 坂本:私は物語の考察をするのが、三度の飯より好きなのです。その時間を侵食しようものなら、例え教授であっても毒を盛るくらいは考えるでしょう。 松田:ふむ。物騒な発想も見えるが、実に利己的で良いと私は考えるよ。 坂本:ところがです教授。 松田:どうしたのかね。 坂本:私は先週、男子生徒から告白を受けたのです。 松田:ほう。一大事じゃないか。 坂本:ええ。由々しき事態です。 松田:断ったのか? 坂本:いえ、まだです。 松田:ならば、お付き合いとやらを始めるのか? 坂本:考えているところです。 松田:ははっ。つい数分前と言っていることが違っている気がするが? 坂本:教授。私は考えたのです。私たちはずっと恋人がいないメリットを提示していますよね? 松田:ああ。その通りだが。 坂本:それがおかしいんですよ。 松田:ほう。理由は? 坂本:考察というのは、ある事象において、逆説も交えながら確かめるものです。私たちは恋人がいない方がいいと考えていますが 坂本:本当にそうなのでしょうか。恋人がいる生活をしたことも無いのにわかるものでしょうか? 松田:・・・ふふふ。 坂本:教授? 松田:はははははは。それはとてつもなく興味深い!いやあ実に盲点だった。恋人がいないのに恋人の良さがわかるわけないと・・・言われてみればその通りだ。 坂本:そうでしょう?私の知識欲をかきたててくるのです。 松田:ということはだ、坂本君はその勇気ある生徒と結ばれる可能性もあるわけだ。是非、研究結果の共有はして欲しいものだね。 坂本:しかし教授。ここでさらに問題があるのです。 松田:今度は何だね? 坂本:私は告白してきた彼の人物像はおろか、名前も知らないわけです。 松田:ふむ。まあ珍しいことではあるまい。芸能人に本気の好意を寄せる人間もいる。外見だけで判断するというのは早計だという意見も多々聞くが、私個人としては、動物さが滲み出ていて好感が持てる。 坂本:教授は本能で生きてますからね。ですが私も理解は出来ます。恋人が出来たことは無いですが、自分の外見には自信があります。客観的に見て、アイドルに匹敵する程度だと自負しております。 松田:自己評価は大事なことだ。私にはあまりわからないが、最近のメディアでよく見かける種類の顔立ちをしているのはわかる。 坂本:はい。参考にしております。外見を磨くほど生涯年収が変わってくると、世界的に証明されておりますので。 松田:その通りだな。それで坂本君、君はその男子生徒の外見をどう見る? 坂本:確かに外見で決める人が多いのは確かですが、私は正直どうでもいいのです。共に過ごす時間が有意義であれば、他に望むことなど特にありません。 松田:流石に私の研究室に通うだけあるね。その考え方には同意せざるを得ない。 坂本:そうでしょう。収入、人望、各方面へのコネ。どれを取っても同年代の学生が私を上回ることなど無いでしょうから。 松田:一理あるね。では、坂本君。彼と付き合うには何が足りない? 坂本:そうですね。まずは知ることですかね。家族構成、学力、友人の数と分類、それから―― 松田:待ちたまえ。君は彼の雇い主にでもなるつもりかね? 坂本:いえ、これくらいは最低条件です。 松田:・・・そうか。だが、それを知ったからといって、好きになる保障は無いだろう? 坂本:それはまあそうですね。 松田:恋愛というものは、ただ一緒に過ごすだけで満たされるものとも聞く。まずは時間を共有するところからだと思うぞ。 坂本:なるほど・・・しかし教授。 松田:まだ何かあるのかね? 坂本:私は異性と2人で長時間過ごしたことがございません。いきなりよく知らない異性と共に過ごせと? 松田:そういうわけではないが・・・ 坂本:教授はあるんですか?もしあるならお聞かせください。参考にしたいので。 松田:はっきり言うが・・・無い。 坂本:1度も? 松田:1度も。 坂本:・・・教授。今年、何歳になるんでしたっけ? 松田:坂本君。年齢と経験は必ずしも比例するとは限らないよ。 坂本:そうでした。・・・教授。私は1つ思い付いたことがあります。 松田:ふむ。嫌な予感しかしないが、一応言ってみてくれ。 坂本:私と教授で予行演習をしてみましょう。 松田:・・・断らせていただこう。 坂本:・・・理由を聞かせていただてもよろしいでしょうか? 松田:私は誰かと結ばれる予定も、そんな気も毛頭ないからね。 坂本:そうですか。教授は未知を恐れるのですね? 松田:ほう・・・それはどう言う意味かね? 坂本:いえ、人間とは元来そういう生き物ですから。歳を重ねるにつれて、変化を恐れるようになります。教授もそれなのですね? 松田:わかりやすい挑発だが・・・そこまで言われて引き下がるのも私としては避けたいところだ。 坂本:では、どうされますか?教授? 松田:・・・貸し1というのはどうだろうか? 坂本:貸し・・・ですか?それは一体どう言うものでしょうか? 松田:それは秘密だ。今後、何らかの形で返してもらう。 坂本:ある種の意趣返しといったところですか。・・・いいでしょう。何を要求されるのかも気になりますし。その条件、飲みましょう。 松田:君の探究心には、ほとほと恐れ入るよ。 坂本:ありがとうございます。長所だと自負しています。 松田:で、私は何をすればいいんだ? 坂本:そうですね・・・まずは私と手を繋いでみてくれますか。 松田:いいだろう。・・・これでいいのか? 坂本:・・・これだと握手になります。横に並んで、指を交互に・・・そうです。どうですか? 松田:歩きにくそうだな。1つ質問するが、何故恋人は手を繋ぐのだ? 坂本:そうですね。手を繋ぐと脳内ホルモンのオキシトシンを増加させます。オキシトシンは幸せホルモンとも呼ばれておりまして、多幸感を感じると共に、パートナーへの信頼度を上げる働きも―― 松田:ストップだ。流石の私でもこれはわかる。そこまで考えながら過ごす人間は、君か私くらいだ。 坂本:そうですかね。みんなこれくらいは考えていると思いますが。 松田:ふむ。私の想定よりも、君は人間ではないらしい。 坂本:それは、褒め言葉ですか? 松田:そうだな。皮肉に限りなく近いが、能力を正当に評価した結果だ。褒めていると言えなくもない。 坂本:ではそう受け取っておきましょう。わざわざマイナスに受け取るひねくれた趣味は無いので。 松田:で、私はいつまで君と手を繋いでいればいいのだ?そろそろ手汗をかいてくる頃なのだが。 坂本:んー実際の恋人がどれだけの時間これを施行してるのかがデータにありませんので、とりあえずはここで切り上げましょうか。 松田:今のところ、何か変化はあるか? 坂本:そうですね。効果を知っているため、プラシーボ効果かもしれませんが、多少の高揚感はあります。教授はいかがですか? 松田:私も同じようなものだ。心拍数が5、6回ほど増加しているな。 坂本:・・・もしかしてですが、日常的に自分の心拍数を確認しながら生活しているのですか? 松田:もちろんだ。心臓は正直だからな。身体の調子は心拍の速さと強さで大体把握できる。 坂本:私より人間を辞めていると思いますが。 松田:褒め言葉だろう? 坂本:ええ、そうです。そうですとも。 松田:それで、これで実践は終わりなのか? 坂本:まさか。それでは貸しに見合っておりません。まだ用意してますよ。 松田:では早くしたまえ。時間は貴重なのだ。 坂本:わかってますよ。では次に移ります。教授。私を抱きしめてください。 松田:ほう。かなり高リスクだな。 坂本:どうしてでしょうか? 松田:私と君の立場を忘れたのかね?いわば、教師と生徒の関係だ。校内で不純な行為をしていたと誤解されれば、私は職を失う可能性もある。 坂本:確かにそれはそうですが、これはいわゆる実験です。誰に咎められようとも、立派な脳科学の実験だと胸を張って言えます。 松田:しかしもし君が私にセクシュアルハラスメント、つまりセクハラをされたと訴えてしまえば、私は確実に負けるだろう。 坂本:そんなことをする意味がありません。教授がいなければ私はこの大学に通う意味すら無くなります。もし信用が足りないのなら、口外しない念書と拇印を用意しても構いません。 松田:いや必要ない。君が嘘をつく人間でないと私は知っている。そこまで本気だとは思わなかったが、それほどの覚悟があるなら私も覚悟を決めよう。最後まで付き合おうじゃないか。 坂本:ありがとうございます。では、お願いします。 松田:・・・私から行くのかね? 坂本:さっきまでの勢いは何処に行ったんですか?10も歳下の女くらいリードしてください。 松田:私はさっきの発言を取り消したい気分だよ。約束が成立した瞬間にそんな横柄になるとは想定外だった。 坂本:クーリングオフは受け付けておりませんので。・・・そろそろ腕が疲れてきました。出来るだけ早くお願いします。 松田:わかったよ。・・・こうか? 坂本:少しスペースが空きすぎですね。もう少し近づいてください。データが取れません。 松田:わかった・・・こんなものか? 坂本:すみません、ちょっと痛いです。 松田:おっとすまない。難しいものだな・・・ 坂本:あ、今ぐらいが丁度いいです。少しこのままでお願いします。 松田:わかった。 坂本:・・・・・ 松田:・・・・・ 坂本:・・・・・ 松田:・・・坂本君。 坂本:なんでしょうか? 松田:あとどれくらいだ。 坂本:もう少しですが、沈黙が苦手なようなら質問しますが。 松田:そうしてくれ。 坂本:では、率直に今どんな気持ちを抱いているかお聞かせ願えますか? 松田:ふむ。存外小さいのだな。と思っている。 坂本:・・・教授。確かに私はここでのことを口外しないと約束はしましたが、だからといって私の胸のことを揶揄するのは成人男性としてどうかと思いますが。 松田:違う、そうではない。君の身長のことを言っているんだ。 坂本:そういうことでしたか。これみよがしに馬鹿にされたのかと早とちりしてしまいました。 松田:・・・君の私に対する評価を今一度、見直してみることをお勧めするよ。 坂本:後日検討してみます。しかし、言われてみると実感しますね。教授は背が高いのですね。私も女性にしては高いほうだとは思うのですが。 松田:医者に注意されるレベルの猫背だからな。・・・となると、抱きしめるという行為には背骨矯正。コルセットに類似した効果が見込めそうだな。 坂本:教授。確かに柔道整復学的にその理論は正しいかもしれませんが、現時点では脳科学の点のみを抜粋していきたいと考えております。 松田:そうだったな。ふむ・・・私の実感する中で言葉を紡ぐとするなら、気分が少し爽やかになったような気がするな。恐らくドーパミンの働きだと推測するが。 坂本:流石です教授。抱きしめる。つまりハグをする行為には、ドーパミンを分泌する働きがあるとされております。 松田:やはりそうか。脳内麻薬と呼ばれているだけはある。わかりやすい効果だ。 坂本:あら、教授ともなると本物の麻薬にも精通されているのですか? 松田:生憎だが、私にその趣味は無い。身体に害があるとわかっているものに手は出せない性格だからな。 坂本:とても教授らしい理由で微笑ましいですね。 松田:ところで坂本君。そろそろデータも取れた頃ではないか? 坂本:そうですね。この体勢にも慣れてきたところ勿体無く感じますが、ここで終わりとしましょう。 松田:そろそろ日も落ちてくる時間だ。あと1つくらいで勘弁願えるかな? 坂本:はい。私も自宅にて小説の考察が溜まっていますので賛成です。 松田:話が早くて助かるよ。で、最後は何をすればいい? 坂本:はい。私の唇にキスしてください。 松田:・・・は? 坂本:接吻という言い方をしたほうがわかりやすいでしょうか? 松田:言い方の問題ではない。流石にそれは出来かねるぞ。 坂本:・・・理由をお伺いしても? 松田:ありふれたセリフになってしまうが、自分を大事にしたほうがいい。接吻というものは古来より誓約にも使用される神聖な行為だ。実験といえど易々としていいものではない。しかも初めてというなら尚更にだ。 坂本:・・・クーリングオフはしないと申し上げたはずですが。 松田:どれだけ挑発されようが、今回は折れるつもりは無い。私にも矜持というものがあるからな。 坂本:・・・わかりました。では、これは私からの譲歩です。私に借り1として、手の甲にキスをしてください。 松田:貸し借り無しにする。ということか? 坂本:いいえ。それでは面白くありません。私と教授が互いに貸しを1つ持っている。ということです。 松田:ふむ。一応聞こう。貸しの内容は? 坂本:もちろん秘密です。今後、何らかの形で返していただきましょう。 松田:ふふ・・・ははははは!面白い!ここまでやられたのは久々だ。すまなかった。見くびっていたようだ。君は賢い。恐らく私以上に。 坂本:ふふふ。光栄です教授。では、していただけますか? 松田:ああ、わかった。謹んで口づけさせていただこう。・・・これで満足かな? 坂本:ええ。ありがとうございます教授。恐らく私の顔は紅潮してるでしょう。体温の上昇を感じます。 松田:ふむ。心と身体は別物というのが良くわかる。確かに君の言うとおりの変化が君の身体に起きているのは見て取れる。だが、冷静に判断した状況を口に出来る様は余りにも異様な光景だ。 坂本:人体というのはとても不思議なことですから。 松田:全く以って同感だ。人間は広い世界に目を向ける前に、自分の中にこそもっと目を向けるべきだと考える。 坂本:ふふ。そうですね。教授。今日はありがとうございました。 松田:こちらこそ。実に興味深かった。しばらく私に退屈は訪れないだろう。それで、男子生徒とのことは前向きに考えるのか? 坂本:いいえ、お断りしようと思います。 松田:ほう。それは何故? 坂本:私は恐らくですが、私以上。もしくはそれに近い頭脳を持つ人間でしか快楽を得られないと心底気付いてしまいましたので。 松田:そうか。茨の道が過ぎるな。 坂本:だから楽しいのです。では教授。貸しのことはお忘れなく。 松田:ああ。君もな。気をつけて帰りたまえ。 坂本:あら、送ってはくれないのですか? 松田:・・・いいだろう。送って行こうじゃないか。 坂本:まさかとは思いますが―― 松田:安心したまえ。こんなことで借りを返すなどとは言わないよ。言っただろう。私にも矜持というものがあると。 坂本:そうでしたね。では、お言葉に甘えて。代わりといっては何ですが、車内で最も美しい数式について話しませんか? 松田:オイラーとはセンスがいい。その話乗ったよ。 坂本:ふふ。車まで手は繋ぎますか? 松田:はっはっは。遠慮しておこう! 坂本:ふふっ。残念です。 : : 0:Fin―