台本概要
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タイトル | 死苦・惨蹂碌 |
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作者名 | アール/ドラゴス (@Dragoss_R) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 5人用台本(男2、女1、不問2) |
時間 | 30 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
しく・さんじゅうろく。 アウトロー達が集まる街、リリクル。 この街を取り仕切るマフィア、『餓狼(がろう)のシイチ』は四年前、とある事件からもう一つの勢力であった『銃根のサザン』を殲滅した。 そして現在、平和かと思われたこの街に、再び惨劇が巻き起こる。 終幕に佇むのは、狼か、ネズミか、もしくは。 「林檎は決して射貫かれません。なぜならば…、フフ。」 ※こちらの台本は赤影さんとの合作?台本となっています。 死苦・惨蹂碌のストーリーだけでも楽しめますが、前編?前日譚?である赤影さんの「死始・銃碌」(しし・じゅうろく)と併せて読んでいただくとよりお楽しみいただけるかと思いますので、良ければそちらもご一緒にどうぞ。 546 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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コウガ | 男 | 106 | 『餓狼のシイチ』メンバーで、組織の右腕。 好戦的な性格で、フレイアと恋人関係。 |
グレイ | 男 | 27 | グレイ・ガロ。『餓狼のシイチ』のボス。 無法地帯だったリリクルを立て直すため『餓狼のシイチ』を組織し、ようやく貧困格差を消す一歩手前まで来ていた。 四年前の事件で、恋人のシーラを亡くしている。 |
アプフェル | 不問 | 52 | 四年前にシイチによって殲滅された、『銃根のサザン』の生き残り。 バー、『リボルバー』を取り仕切る。 狡猾な性格で、頭がよく回る。いわゆるインテリ。 |
テル | 不問 | 43 | 何を考えているのかわからない謎の人物。 最初は店の店員に扮して登場する。 |
フレイア | 女 | 41 | コウガの恋人。マフィアの恋人であるためやはり精神が強め。 ナレーション(モノローグ)も担当する。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
フレイア:(N)これは、とある女性の死後、二重に重なってしまった碌(ろく)でもない惨劇である。
フレイア:(N)かつてアウトローたちの手によって開拓されたこの街『リリクル』では、四六時中人々の呻(うめ)きと、神に捧いでいるであろう弱々しい祈りが絶えず聞こえてくる。
フレイア:(N)その光景はまさに、 呪われし死地と呼ぶに相応(ふさわ)しいだろう。
フレイア:(N)そしてやがて、死は三重に重なり、全ては暗い感情に呑まれていく……。
0:
テル:林檎(りんご)は射抜かれない。かの英雄がその一矢(いっし)を違(たが)えた時、果たしてその街は…。ハハハハハッ!!
テル:おっと、失礼。…それでは皆様。死苦・惨蹂碌(しく・さんじゅうろく)、開幕です!!
0:墓場。一つの墓碑の前に一輪の花を手向ける男。
0:
グレイ:……あれから四年、か。
グレイ:…見守っててくれよ、シーラ。この街もようやく変わり始めた。…だから。
グレイ:俺たちがこの街を活気のある豊かな街にできるまで、そのエーデルワイスと一緒に笑って待っててくれ。
グレイ:……またな、シーラ。愛してるぜ。
0:
0:そう言って墓場を後にするグレイと、
0:遠くからそれを見つめる影。
0:
アプフェル:…ハハッ。流石はグレイ・ガロ。愛が深いことで。
0:場面転換。夜。ギャング組織『餓狼のシイチ』アジトにて。
0:
コウガ:―――それで、報告は以上になります。
グレイ:分かった。…今日もご苦労だったな、コウガ。
コウガ:いえ、ボスの方こそ。
グレイ:……。
コウガ:ボス、今日はどうしたんです。さっきからやけに暗い顔ですが…。
グレイ:あぁ、すまねぇ。…いやなに。少し考え事を、な。
コウガ:考え事?
グレイ:…半年前から、ようやくこのリリクルの街での貧困格差やらが少なくなってきたって話はしたよな。
コウガ:はい。ボスの努力が少しずつ街に住むやつの顔に現れてきてて、俺は嬉しい限りです。
グレイ:フッ…。俺だけが努力しているわけじゃない。なんなら動いてるのは主にお前らだ。いつもありがとうよ。
コウガ:いえいえ!…でも、それについて何か思うことでもあるんですか?
グレイ:いや、街がどんどん潤っていくのはとても嬉しい。だが…。昨日、街ン中で妙なモン見つけちまってな。…これ、なんだが。
0:そういってグレイはチラシのような紙を取り出しコウガに見せる。
コウガ:…バー、『リボルバー』開店?
グレイ:あぁ。これだけなら俺の思惑(おもわく)は杞憂(きゆう)に過ぎねぇと思ったんだが…。コウガ。さっきの報告、もう一回簡潔にしてくれるか?
コウガ:は、はい。まず、「もうすぐこの街に小さな病院が作られること」、「飲食店が二つできたこと」、「街で暴力事件が発生したので解決したこと」。
グレイ:(食い気味に)それだ。…この街で暴力事件なんて、四年前の“あの日”からもうほとんど起こらなくなった。あるとしても半グレ同士の抗争。…だが。今回は違ったよな?
コウガ:ええ、確か見たことねえ顔のヤツが喧嘩吹っ掛けたんだとか…。
グレイ:…それで、それが起きたのはどこだったっけか。
コウガ:確か、バーだったと…。…ん、バー!?待ってください…!(報告書を確認する)っ…。『リボルバー』…!
グレイ:…ブッ飛んだ考え方だが、別のギャング組織がそのバーを根城に作られている、なんてこともあり得なくはねえ。少し警戒を強めるよう、組員に伝達してくれ。
コウガ:わかりました!
グレイ:…確か今日は女待たせてるんだったよな。長くなっちまってすまねえ、行ってこい。
コウガ:とんでもねえです。じゃあ、失礼します。
0:コウガが部屋を出る。
0:
グレイ:……バー、『リボルバー』、か。…ハッ、だとしたら悪趣味にも程があるな。クソッたれ。
0:場面転換。その後、夜の街。
0:手をつないで街を歩く二人の男女。
0:
コウガ:悪ぃな、いつもいつも遅れちまって…。
フレイア:ううん、全然平気。コウガくん、最近仕事が忙しくて、今日も仕事してから来たんでしょ。
コウガ:いや、まあそりゃそうなんだけどよ。
フレイア:私の方こそ、いつもごめんね。仕事終わりで疲れてるのにデートなんて…。
コウガ:何言ってんだよ!俺は全然平気だぜ。それに、好きな女が会いたいって言ってきてくれたのを蹴るなんてそれこそ男らしくねえしな!
フレイア:そ、そう…?
コウガ:おう。なんなら疲れてそのまま帰るよりも、フレイアと会ったほうが、俺は“満たされてる”って感じがして好きだぜ?
フレイア:…えへへ。それならよかった。私もコウガくんと話せて、毎日が楽しいよっ…!
コウガ:…っ。お前、本当かわいいな。
フレイア:?
コウガ:いんや、なんでもねぇ…!ほら、もうすぐレストランに着くぞ!
フレイア:あっ、うん!楽しみにしてるっ!
0:さらに場面転換。レストラン内にて。
0:
コウガ:ん?今日はなんか客が少ねえな。
フレイア:そうなの?賑わってるように見えるけど…。
コウガ:いや、本来ならここはこの時間帯、ほぼ満席が当たり前のハズなんだよ。…ま、確か最近ここら辺にもう一つレストランができたっつってたから、みんなそっちに行ってるのか。
フレイア:凄い、良く知ってるね!
コウガ:ま、仮にもボスの右腕だからな。この街の情報はほぼすべて把握してると言ってもいい。勿論、寝て忘れてなけりゃ、だがな!
フレイア:ふふっ…!
0:そこに、店員が料理を運んでくる。
テル:(店員の装いで)お待たせいたしました。こちら、前菜のテリーヌになります。
コウガ:おぉ、来た来た。
フレイア:凄い、美味しそう…!
コウガ:だろー?俺はリリクルにある店の中じゃあ、料理の見た目でも味でもこの店が一番だと思ってる!
テル:おや、お客様はこのお店をよくご利用になられるのですか。
コウガ:おう。…お、アンタ見ない顔だな。新入りか?
テル:ええ。つい昨日からこのお店でウエイターを担当させていただいております。
コウガ:へぇ、そうかい!これからもこの店には世話になりたいと思ってるんだ、だから覚えてりゃあ、これからもよろしくな!
テル:かしこまりました。それではごゆっくり、お楽しみください。
0:そう言って店員が戻っていく。
フレイア:…なんか、変わった雰囲気の人だったね。
コウガ:そうか?
フレイア:うん、ちょっと変な感じした。
コウガ:フレイアがそういうならそうなのかもしれねえな…?ま、料理も来たしとりあえずいただくか?
フレイア:…そうだね!じゃあ、いただきます!
0:
テル:…それでは、おやすみなさいませ。お二人さん。
0:場面転換。レストランではない場所で、コウガは目を開ける。
0:
コウガ:っ…。ぅん…?
アプフェル:おぉ、ようやく起きたか。だいぶ長いこと眠ってたから死んじまったのかと思って焦ったよ?
コウガ:…ッ!?ここはどこだ…!?
アプフェル:フフ。ようこそ、バー、『リボルバー』へ。歓迎するぜ、グレイ・ガロの右腕。
コウガ:なに…!?テメェは誰だ!?なんで俺はここにいる!?フレイアはどこだッ!?
アプフェル:おいおい、そんなに一気に質問されても、僕の口は一つしかないんだぜ?まあ説明してやるから聞けよ。凶暴な狼さん。
コウガ:チィッ…。
アプフェル:フフ。…じゃあ、まずは自己紹介から行こうか。
アプフェル:僕の名前はアプフェル。猫や狼を魅了する、真っ赤に熟れた幻惑の果実。そして、『銃痕(じゅうこん)のサザン』の生き残りにして後継者だ。
コウガ:な、に…?サザンだと…!?そんなはずはねぇ!あのドブネズミどもは全部潰したはずだッ!
アプフェル:はぁ…。噂には聞いていたけどお前、頭悪いんだなァ。だから言ってるだろう、“生き残り”だって。四年前、命からがら逃げおおせたのさ。
コウガ:ッ…!
アプフェル:そして、二つ目の質問に答えようコウガ。…とは言っても、これは流石に頭の悪い君でもわかるんじゃないか?
コウガ:…料理に、薬を盛りやがったな。
アプフェル:だーいせーいかーい。そう。料理に睡眠薬を混ぜてね。店の異変には気づいてたみたいだけど、まんまと食べてくれた。やっぱり飢えた狼って馬鹿なんだなァ。
コウガ:テメェッ!!(起き上がってアプフェルを殴ろうとする)
アプフェル:動くな。(その前に銃口をコウガに向ける)…まだ、お前からの質問に全部答えてないだろ?お前が聞いたんだ、最後まで聞けよ。
コウガ:ッ!そうだ、フレイアだ!!フレイアをどこにやった!?
アプフェル:いやぁ、それにしても。ちょっと馬鹿にされたくらいで熱くなって大好きなカノジョちゃんのことすら忘れちゃうだなんて。ホント低能だね。よくそれでこの街を切り盛りできたなァ、えぇ?
コウガ:質問に答えやがれクソネズミィッ!!
アプフェル:…はぁ。まだ気づかねェのかよ。流石にアホ過ぎるぜ?
コウガ:何の話をしていやがる!?
アプフェル:大ヒント。ここはバー。そしてお前の女は消え、お前はその女を攫(さら)ったのであろう敵組織の親玉と話している。…昔をよォーーく思い出してみろ。なにかと酷似してねェか?
コウガ:ッ、まさかッ!四年前のあの日のボスッ…!?
アプフェル:だーいせーいかーい。どうだ?まあ少しずつ違うとこはあるが…。こんなもんで許してくれや。
コウガ:クソが…!
アプフェル:あぁ、でも一個だけ安心してくれ。愛しい愛しいお前の恋人ちゃんは無事だ。
コウガ:無事だと…?
アプフェル:そう、無事。そして今からそれを証明して見せよう。あちらのモニターにご注目ゥ!
0:バーに備え付けられた大きなモニターに光が灯る。
0:そこには、拘束されたフレイアと先ほどの店員が。
0:
コウガ:フレイアッ!!
フレイア:「コウガくんッ!」
アプフェル:これはいわゆるビデオ通話ってやつだ。映っている通り、僕達は彼女に拘束以外のことをしていないし、お前が何もしない限り、僕らは彼女に何もしない。
アプフェル:しかし同時に、お前が何か妙な動きをしようものなら我々は何をしでかすかわからない…。どぅーゆーあんだすたァーん?
コウガ:ぐっ…。
フレイア:「…こんなことをして、何が目的なんですか!」
テル:「まあまあそう焦らず!今からアプフェル殿が説明しますゆえ!」
アプフェル:フッ。そうだね。前置きがだいぶ長くなったし、本題に入ろう。こんなことをしたのは、お前に頼みたいことがあるからさ。
コウガ:頼みだと…?
アプフェル:そう。僕は君に、とある人物を殺してもらいたい。それを無事成し遂げたらカノジョちゃんはお返ししよう。その代わり、もし失敗したり逃げたり、僕達に危害を加えようとたらその時点でソイツを殺す。
コウガ:…そいつを殺せば、フレイアを開放するんだな?
アプフェル:ま、そういうことさなァ。やる気になってくれているみたいで嬉しいよ。
コウガ:それで…、殺したい奴ってのははどこのどいつだ。
アプフェル:えぇ?そんなの決まってるじゃねェか。
0:
アプフェル:お前ンとこのボス、「グレイ・ガロ」だよォ。
0:
コウガ:何だと!?
テル:「選択、ということでございますよ、コウガ殿。愛しき恋人を取るのか、この街と恩人を取るのか。あなたが選ぶのです。」
コウガ:ふざけるんじゃねぇッ!そんなもの…、選べる、わけがない。
アプフェル:でもお前は選ぶしかない。だってそうだろう?今、お前に拒否権はない。お前はどちらかを諦め、どちらかを取る。これ以外に選択肢はない。
コウガ:クソ野郎がッ…!!
アプフェル:仕方ねぇじゃんかよォ。だって、さらにデカい組織になった『シイチ』を僕たちが潰す方法なんざ、これくらいしかねェじゃん?
フレイア:「…私を殺してください。」
コウガ:フレイア!?
フレイア:「…私が死ねばコウガくんは自分の恩人に手をかける必要なんてなくなる。それに、もしグレイさんが死んじゃったらこの街はこの人たちの手に落ちちゃうでしょ!?」
フレイア:「コウガくんたち『シイチ』が必死に努力して作ったこの街を、あなたたちに渡すわけにはいかないの。だから、私を殺してください!」
コウガ:待ちやがれ、フレイア!
フレイア:「…私は自分が死ぬよりも、コウガくんが苦しむことが耐えられないの。私が死ぬよりも、恩人を自分の手で殺めるほうが、きっと何倍も苦しいはずでしょ!」
テル:「…フレイア殿。残念ですが、アプフェル殿はコウガ殿に選択を迫っているのです。現在の交渉に、貴女の意見は一切関係ありません。決めるのはコウガ殿でございます。」
フレイア:「コウガくんッ!」
アプフェル:ひゅゥ~!やっぱ『シイチ』の犬コロどもってのは愛が深いんだねェ。僕、ちょっと感動しちまったよ。ハハ。
アプフェル:それで、どうするのかなコウガ。
コウガ:…ボスの命とフレイアの命…。そんなの、決められるワケねぇだろうが…ッ!!
アプフェル:まあ、お前なら悩むよな。よし、わかった。じゃあこうしようコウガ。
アプフェル:今から24時間、お前に時間を与える。その間にグレイ・ガロを殺すか、何もしないかを選べ。何もしなけりゃフレイアを殺す。お前がグレイを殺してくればフレイアは返す。
アプフェル:タイムリミットを設けねえとお前は一生悩んでそうだからなァ。じっくり悩むんだぞォ?フ、フ。
コウガ:テメェ!!
テル:「怒る暇があるくらいなら悩むことに時間を割くことをお勧め致します。すでに、カウントダウンは始まっているのですから。」
コウガ:ッ!?
0:モニターを見ると、24時間のデジタルタイマーがだんだんと減っていっているのが映されている。
アプフェル:さあ、行ってこい狼。まだ時間はたっぷり残ってる。頭に血が上っているようだから、近くのカフェで一息入れたらどうだい?
コウガ:…クソォッ!
0:そうしてコウガは『リボルバー』を走って出ていく。
フレイア:「コウガくんッ…!!」
アプフェル:さあて。…いやあ、怖がらせちまってすまないねェ。
テル:「それにしてもアプフェル殿。コウガ殿が選択を済ませた後はどうされるので?」
アプフェル:さあ?特に決めてない。僕はこの街が手に入って、一応先代の仇が討てればそれでいい。人間としては嫌いだったけど、一応あの人に育てられた恩もあるからねえ。
アプフェル:…とは言っても、アイツがどっちを取ったところで変わらない。グレイを殺せば『シイチ』は崩壊するだろうし、女を殺してもあのエージェントに深い精神ダメージを与えることができる。
アプフェル:ようするに、フレイアを人質に取った時点で、もう僕の勝ちはほとんど確定していたってことだ。
フレイア:「…あなたたち、最低です!」
アプフェル:なんとでも言ってくれェ。これが狼に食い殺されなかった狡猾(こうかつ)な木の実の悪知恵だよ。…さて。ヤツがどう足掻くか。見ものだな?
テル:「……。」
シーン転換。
0:リリクルの街で途方に暮れるコウガ。
0:
コウガ:クソッ!どっちも救う方法はねぇのか!?考えろ、考えろよ俺ッ!下手な動きを見せりゃあきっとフレイアの命はない、
コウガ:なら俺単騎で乗り込むか?いや、勝算があまりにも低すぎる…!クソッ、どうすりゃいいんだよ…!今、俺が死んだらそれこそこの街やフレイアが危ないッ!
テル:―――それは当然です。“死人に口なし”ですからなあ。
コウガ:ッ…!テメェはさっきの!?
テル:はい。改めて、はじめまして。私のことはウィ……。失敬。私はテルと申します。先ほどは失礼をいたしました。
コウガ:…俺の監視か。
テル:察しがよろしいようで。その通り。アプフェル殿から、コウガ殿が妙な真似をしないようにと。
コウガ:チッ…。
テル:フフ…。だいぶ切羽詰まっているようですな。
コウガ:黙っていろクソ野郎。
テル:……。
コウガ:……。
テル:…一つ、提案があるのですが。よろしいですかな?
コウガ:提案だぁ…?
テル:はい。私の提案を実行して上手く事が運べば、あなたは愛しき恋人と尊敬するボス、この街を護り、アプフェル殿を欺(あざむ)くことができるでしょう。
コウガ:ハッ。テメェ、あまりにもジョークが下手だな?そんなみえみえの罠に乗るほど俺も馬鹿じゃねぇ。
テル:…ふむ。では、これでどうでしょう。
0:テルは持っている通信器具を操作し、そこから聞こえる音声をコウガに聞かせる。
アプフェル:「――あぁ、作戦は順調、というかほぼ完遂したも同然だ。ヤツがどっちを選ぼうと、その時点で僕達の勝ちなんだからな。」
コウガ:これは…。あいつらとの無線か?
テル:えぇ。まあ、しばらくお聞きください。
アプフェル:「コウガがどちらを取ろうが、どうせ後々両方始末するし、あのオオカミ共は戦力的に致命傷を負う。もう既にどう転ぼうとアイツは僕の掌(てのひら)の上なんだよ。」
コウガ:なんだと…。
テル:この通り、私はアプフェル殿の思惑を貴方に公開いたしました。今の話を聞いてわかる通り、アプフェル殿はどのみち全員始末する腹積もりのようです。
テル:そして、今私が貴方にこの情報を公開していることを、アプフェル殿は知りません。…つまり、貴女を縛る監視の目はございません。
コウガ:…いや、信用できない。
テル:ふふ…。四年前とは打って変わって、入念に疑うことを覚えられましたな。結構。では私が中立的な立場である、という決定的な証拠をお見せしましょう。
0:そういうとテルは、今度は携帯電話を取り出し、どこかに電話をかける。
コウガ:…?
テル:…おぉ、応答しました。それではどうぞ、コウガ殿。
コウガ:……。
0:差し出された携帯電話を受け取り、耳に当てるコウガ。
コウガ:もしもし。
グレイ:「…コウガか?どうした。」
コウガ:っ、ボス…!?
グレイ:「おいおい、なんでお前が驚いてんだ。しかし、知らない番号から連絡寄こすとは。何かあったのか?」
コウガ:あ、それは…。
テル:大丈夫です。私はこのことをアプフェル殿に報告していません。好きなだけグレイ殿に伝えるとよろしい。
0:それを証明するようにテルは通信器具を遠くの地面に置き、両手を上げる。
コウガ:…お前、何が目的なんだ。
グレイ:「コウガ?もしもし?」
コウガ:あぁ、いえ。その…っ、…すみませんボス。俺がしくって、女を『サザン』に攫われました。
グレイ:「何!?『サザン』だと!?詳しく伝えろ!」
コウガ:…はい。
0:そうしてコウガはありのままをグレイに伝える。
グレイ:「…そうか。…クソ。本当にどこまでも趣味の悪い連中だ。シーラだけじゃなく、コウガの女まで人質に取りやがるなんて…。」
コウガ:本当にすみません!俺が、フレイアを護れていればこんなことにはっ…!
グレイ:「いや、そんなネズミの情報をいち早く掴めなかった俺にも責任がある。気に病むな。…よし、わかった。すぐに仕掛けるぞ。勿論奇襲で、な。」
グレイ:「仕掛けるのは今から五時間後の午後22時。ウチの精鋭共を引っ張って、奴らを蹂躙(じゅうりん)してやろうじゃねえか。」
コウガ:わかりました。それまで俺はどうしていればいいですか?
グレイ:「拳銃を隠し持ったら、できる限りそのアプフェルとかいう野郎の気を引いていてくれ。俺たちが仕掛けたらお前はすぐに女のもとへ走れ。わかったな。」
コウガ:はい。…本当、ありがとうございます!不甲斐なくて本当にすみませんッ…!
グレイ:「なに、安いもんだ。…四年前のあの日から立ち直れたのは、お前がずっと傍で支えてくれていたからだ。だから俺としちゃあ、ようやく恩が返せると思ってる。」
コウガ:ボス…。
グレイ:「さあて。いくら平気とはいえ、あんまりずっと話して奴らに嗅ぎつけられてもまずい。ここらで切るぞ。じゃあ、22時にな。」
コウガ:はい。本当にありがとうございます!
グレイ:「おう。もう二度と、アイツらには何も奪わせねぇ。…気は抜くなよ。」
0:そう言って通話が切れる。
テル:…作戦会議は滞(とどこお)りなく行えましたかな?
コウガ:…あぁ。おかげさまでな。
テル:それは何より。今宵の華麗なるヒロインの奪還、期待しておりますぞ。
コウガ:…なあ、テメェ。
テル:はい?
コウガ:テメェはいったい何がしたいんだ?俺たちに睡眠薬を盛る手伝いをしたかと思えば、今度は俺に手を貸して。何を企んでいやがる。答えろ。
テル:企む、だなんてそんな、滅相もない。私は私の思うままに行動をしているだけでございます。
コウガ:思うがまま、だと?
テル:えぇ。だって、面白いではありませんか。いがみ合っていたギャング組織が四年越しに邂逅(かいこう)し、四年前と同じような状況を作り出している。こんなにも面白い話はない!
テル:だからこそ私は“かき乱す”のです。だからこそ私は“中立”なのです。…わかっていただけましたかな?
コウガ:…いいや。一切。お前と話してるとなんだか気味が悪くてしようがねえ。悪夢でも見てるみてぇな気分だ。
テル:悪夢、ですか。…ふふふ。その呼び名もまた一興(いっきょう)ですなあ。
コウガ:あぁ?
テル:いえ、なんでも。ふふふふ……。
0:バー、『リボルバー』。時刻は午後22時を回ろうとしている。
0:店内にはアプフェル。モニターにはフレイアとタイマーが映る。
アプフェル:うぅん、あの犬公(いぬこう)遅いなァ。…もしかしたら、フレイア。お前、見捨てられちゃったかもね。
フレイア:「…構いません。それでコウガくんが生き残ってくれるのなら。」
アプフェル:フフフッ!どんだけアイツのこと好きなんだよ、お前!……お、良かったねェ、カノジョちゃん。どうやら君のその愛が奴に伝わったようだぞ。
0:アプフェルがそういうと、入り口の扉が開き、コウガとテルが入ってくる。
0:そして、コウガの服は半身に返り血がついていた。
フレイア:「コウガくん!…その、血は…。」
コウガ:待たせたな、アプフェル。
アプフェル:待ってなんかねェさ。お前に時間を与えたのは僕だからねェ。…さて、その返り血。そういうことでいいのか?
コウガ:あぁ…。ボスを、始末してきた。
フレイア:「そんなっ、コウガくん!なんでボスを優先しなかったの…ッ!?」
アプフェル:へぇ…。それは本当なのか、テル?
テル:……。
アプフェル:テル?
テル:申し訳ありませんコウガ殿。私は中立でございますゆえ。真実を伝えさせていただきます。
コウガ:あぁ、構わないぜ?…もう、既に十分時間は稼いだ。
アプフェル:…なにィ?
0:遠くから狼の遠吠えのようなものがバーに響いてくる。
アプフェル:ッ、まさか、この声は!?
コウガ:合図だッ!
0:そうしてコウガはバーを抜け出し走り出す。
アプフェル:チッ、どうやって連絡しやがったんだァ!?クソ!“各員に通達、『シイチ』が攻めてくる!全員武器を構えて迎撃しろ!こうなっちまったら全員皆殺しにするしかねェ!死ぬ気でかかれ!そして女を…。”
0:画面には『サザン』組員の死体が映っているだけで、フレイアは消えている。
アプフェル:…フ、フフッ!なるほど、流石は餓狼(がろう)…!精鋭揃いかァ…っ!だが。“数”と“地形”ならこちらに理があるぜェ…?
0:店の外。銃声が鳴り響く。
グレイ:唸(うな)れ、我が同胞たちよ!なんとしてでもコウガの女を護れ!!
グレイ:…チッ。まさかこんなに兵隊の数が多いとはな。想定外だ。“Aグループ、増援要請頼む。流石に量が多すぎる!”
グレイ:…!(連絡がきて)“よかった、フレイアは保護できたんだな。了解、Bグループは女を抱えて基地へ戻れ!”…さて、踏ん張りどころだぞお前らァ!
グレイ:このクソッたれた夜に怒りの咆哮(ほうこう)を轟かせてやれ!!オオオォォォーー!!
0:『シイチ』の男たちに連れ出してもらうフレイア。
フレイア:はぁっ、はぁっ…!あ、あのっ!これはどこに向かっているんですかっ!?
フレイア:…わかり、ました!安全と道を確認、しつつアジトの方へ、ですねっ!
フレイア:…お願い、グレイさん、コウガくんっ…!どうか無事でいて…!
フレイア:…っ、はい、今は走ることに集中しま――、…え?
0:次の瞬間、フレイアを護っていた『シイチ』の精鋭たちの列の先頭の頭が吹き飛ぶ。
フレイア:え、そんな、なんで……。
アプフェル:今回の場合、袋小路(ふくろこうじ)のネズミはお前たちだってことだよ。
0:
フレイア:(N)そんな言葉を携(たずさ)えて、前の暗がりから兵を連れてアプフェルが現れた。
フレイア:(N)『シイチ』の人たちもそれに気づきすぐに迎撃をしたが、圧倒的な数と高い機動力に押され、全滅してしまい。
フレイア:(N)屍と紅い液体で彩られたその道の真ん中に、私一人が残された。
0:
アプフェル:ハハ。なかなかに逃げ足が速かったなァ。追い付くのに一苦労だったよ。
フレイア:ぁ、み、なさん……。
アプフェル:さあて、追いかけっこはこれでおしまいだな。
フレイア:…なんで私は殺さないの。もう、用済みのはずでしょ。
アプフェル:いや?お前はまだ使える。お前はコウガやグレイへの大きな脅迫材料だからなァ。
フレイア:っ…。
コウガ:させねぇええッ!!
0:
0:コウガが率いる『シイチ』の兵隊たちが颯爽と登場し、次はアプフェル以外の兵隊を全滅させる。
0:
フレイア:コウガくんっ…!
コウガ:フレイア…!辛い思いをさせて本当にすまなかった。…怪我はないか?
フレイア:うん。『シイチ』の人たちが護ってくれたから…!
コウガ:そうか。最期までフレイアを護ってくれてありがとう。お前たち。
アプフェル:…ハハハ。流石。そうだよなァ、姫を護るのはプリンス様の仕事だもんな?
コウガ:何を笑っていやがる。チェックメイトだアプフェル!もうテメェを護る兵隊はいねぇし、他の連中も今ボスが片付けるだろう。
アプフェル:あぁ。奴らは全員鍛え抜かれた精鋭共だった。…流石に数で押しても一人一人の戦闘能力の差は捲(まく)れないか。
0:そう言ってコウガはフレイアの身体を支えながら銃口をアプフェルに向ける。
コウガ:…最期に言い残すことはあるか、クソ野郎。
アプフェル:…言い残すこと、ねェ。そうさなァ。…「勝った気になって油断でもしちまったのかい、孤高のオオカミさん。」ってとこかァ?
コウガ:なに…?
アプフェル:ここは僕達のテリトリーだ。何も仕込みを用意してないわけがねェだろう!?(懐からリモコンのようなものを取り出し)
フレイア:え、あれは…?
コウガ:なッ!?フレイアっ!!
アプフェル:BOMB(ボム)ッ!!
0:アプフェルがその機械のボタンを押すと、周辺の建物が大きな轟音を立ててことごとく吹き飛ぶ。
0:咄嗟にコウガはフレイアを庇おうとするが庇いきれず、凄まじい勢いの爆風が二人を襲う。
コウガ:ぐあァッ!
フレイア:…っぁ。
アプフェル:…いやあ、僕としてもこれだけは使いたくなかったんだけどね。自分たちのシマを仲間ごと爆破するなんて、どこぞの『パン屋』でもやらねェだろうさ!
コウガ:はっ、フレイアッ…!大…丈夫か、おい、フレイアッ!
0:火の海の街の中、フレイアに駆け寄るコウガ。
コウガ:おい、フレイア…。フレイアっ!なあ、返事を、しろ!おい、フレイア…。嘘だって、いつもの笑顔で、言ってくれよ…。なぁ、なぁ!
0:呼びかける声に返事はない。
アプフェル:さあて。感動シーンのとこ悪いが、ここらでフィナーレと行こうじゃねェか。
0:そう言ってアプフェルは拳銃をコウガに向ける。
コウガ:クソ、クソォォ…ッ!ふざけるな、絶対に復讐してやるッ!テメェのその憎たらしい顔をズタズタに引き裂いてやるッ!!クソッたれがァァァーーッ!
0:
テル:ならば、私が手をお貸ししましょう。憎悪に取りつかれた復讐の鬼よ。
0:
コウガ:な、に…?
テル:ですから、私が貴方に手を貸そうと言っているのです。
コウガ:今のお前に何ができるッ!?
テル:私の言うとおりにするだけで良いのです。
コウガ:なんだと…?ふざけるなッ!俺はあのクソ野郎をぶち殺すんだッ!テメェに今更指図なんか受けてたまるかァーッ!
0:
フレイア:(N)そして、彼は憎悪の対象へ六発の弾丸を放った。ハンドガンの残弾を全て一気に、一つの的へ。
フレイア:(N)その鉄の塊は、錯乱状態に撃ったものとは思えないほどに正確にアプフェルへと吸い込まれていく。
0:
テル:しかし悲しいかな。今コウガ殿が行ったこの行動こそ、私がコウガ殿に“してほしかった”ことなのでした。
0:
フレイア:(N)次の瞬間、そのアプフェルへと吸い込まれる弾丸の軌道に、覆いかぶさるように黒い影が現れる。
フレイア:(N)そう、それは怨嗟(えんさ)に駆り立てられた狼にとって、欠かせないものだった。そしてそれと同時に、彼の放った決死の弾丸は、血死(けっし)の凶弾(きょうだん)へと姿を変えた。
0:
グレイ:死に晒せェ、アプフェルーーーッ!!
0:
フレイア:(N)グレイは途轍もない速さでアプフェルの前に立ち、銀の刃でアプフェルの喉を一閃(いっせん)。
フレイア:(N)その光景は、まるで紅(あか)い果汁を宿す木の実を、勢いよく絞ったようだった。
0:
アプフェル:ーーーッ…!?(声を出せずその場に倒れこむ)
0:
フレイア:(N)男はナイフを振り切ると、後ろにいる愛弟子の方を見やろうとする。
フレイア:(N)しかし、放たれた六発の凶弾は勿論―――。
0:
グレイ:ッ、ガ、ハッ…!?
コウガ:…ボス?
0:
テル:意図せずして弾丸の軌道に入ったグレイ・ガロの背中に注がれていきました。六発全てが、鮮やかな深紅(しんく)を奏でながら。
0:
グレイ:コ、ウガ…?な、ぜ……ッ。
コウガ:ま、待ってください、ボスッ、俺は、そんなつもりじゃ。嫌だ、待ってください。
0:
フレイア:(N)そうしてすでにボロボロだった彼の意識は薄れていく。その凶弾の真意も知らずに。
フレイア:(N)そして、親オオカミがその場に倒れ、そこに残されたのは。
0:
テル:狂おしいほどの憎悪と、三つの死体。そして、結果的に何もかもを失い壊れた狼一匹だけでありました。
0:
コウガ:あ。ぁ、あ…、あぁ…。
コウガ:うああぁぁぁぁぁーーーーッ!!!
0:
テル:―――とまあ、このように。憎悪や復讐に駆り立てられた者は、碌(ろく)な結末を迎えません。
テル:繰り返しますが、皆様もくれぐれもお気をつけて。そのような暗がりに潜む感情はいとも簡単にヒトを誘惑し、陥れてきますぞ。
テル:…ふむ、それにしても。尊敬するボスを誤射であったとはいえ殺し、愛する恋人も死に、街は火の海…。まるで『三重苦』ですなあ。
0:
テル:もう一度街を征服しようと企んだ果実は計画を打ち砕かれ。
テル:麗しき恋人は悪意によって呑み込まれ、狡猾(こうかつ)な海で溺れ死に。
テル:大切なものを失った餓狼(がろう)は二度も守れなかったという絶望のままその目を霞(かす)ませていき。
テル:勇敢なる狼は、何もかもを失い、ドロドロの咆哮(ほうこう)を響かせた。
テル:…ふふ。これだから、不の感情とは恐ろしい……。
0:
フレイア:(N)ある日、とある墓場に十字架が三つ増えることになりました。
フレイア:(N)そこにはエーデルワイスが備えられていましたが…、純白の花弁はすでに、力なく枯れ、しぼんでいました。
0:三つの墓石と枯れたエーデルワイスを見つめ、ヤツは微笑む。
テル:…さあて、次はどんな悲劇を鑑賞できるのでしょうなあ。
0:テルの薄気味悪い笑い声が街に響いている……。
0:End
フレイア:(N)これは、とある女性の死後、二重に重なってしまった碌(ろく)でもない惨劇である。
フレイア:(N)かつてアウトローたちの手によって開拓されたこの街『リリクル』では、四六時中人々の呻(うめ)きと、神に捧いでいるであろう弱々しい祈りが絶えず聞こえてくる。
フレイア:(N)その光景はまさに、 呪われし死地と呼ぶに相応(ふさわ)しいだろう。
フレイア:(N)そしてやがて、死は三重に重なり、全ては暗い感情に呑まれていく……。
0:
テル:林檎(りんご)は射抜かれない。かの英雄がその一矢(いっし)を違(たが)えた時、果たしてその街は…。ハハハハハッ!!
テル:おっと、失礼。…それでは皆様。死苦・惨蹂碌(しく・さんじゅうろく)、開幕です!!
0:墓場。一つの墓碑の前に一輪の花を手向ける男。
0:
グレイ:……あれから四年、か。
グレイ:…見守っててくれよ、シーラ。この街もようやく変わり始めた。…だから。
グレイ:俺たちがこの街を活気のある豊かな街にできるまで、そのエーデルワイスと一緒に笑って待っててくれ。
グレイ:……またな、シーラ。愛してるぜ。
0:
0:そう言って墓場を後にするグレイと、
0:遠くからそれを見つめる影。
0:
アプフェル:…ハハッ。流石はグレイ・ガロ。愛が深いことで。
0:場面転換。夜。ギャング組織『餓狼のシイチ』アジトにて。
0:
コウガ:―――それで、報告は以上になります。
グレイ:分かった。…今日もご苦労だったな、コウガ。
コウガ:いえ、ボスの方こそ。
グレイ:……。
コウガ:ボス、今日はどうしたんです。さっきからやけに暗い顔ですが…。
グレイ:あぁ、すまねぇ。…いやなに。少し考え事を、な。
コウガ:考え事?
グレイ:…半年前から、ようやくこのリリクルの街での貧困格差やらが少なくなってきたって話はしたよな。
コウガ:はい。ボスの努力が少しずつ街に住むやつの顔に現れてきてて、俺は嬉しい限りです。
グレイ:フッ…。俺だけが努力しているわけじゃない。なんなら動いてるのは主にお前らだ。いつもありがとうよ。
コウガ:いえいえ!…でも、それについて何か思うことでもあるんですか?
グレイ:いや、街がどんどん潤っていくのはとても嬉しい。だが…。昨日、街ン中で妙なモン見つけちまってな。…これ、なんだが。
0:そういってグレイはチラシのような紙を取り出しコウガに見せる。
コウガ:…バー、『リボルバー』開店?
グレイ:あぁ。これだけなら俺の思惑(おもわく)は杞憂(きゆう)に過ぎねぇと思ったんだが…。コウガ。さっきの報告、もう一回簡潔にしてくれるか?
コウガ:は、はい。まず、「もうすぐこの街に小さな病院が作られること」、「飲食店が二つできたこと」、「街で暴力事件が発生したので解決したこと」。
グレイ:(食い気味に)それだ。…この街で暴力事件なんて、四年前の“あの日”からもうほとんど起こらなくなった。あるとしても半グレ同士の抗争。…だが。今回は違ったよな?
コウガ:ええ、確か見たことねえ顔のヤツが喧嘩吹っ掛けたんだとか…。
グレイ:…それで、それが起きたのはどこだったっけか。
コウガ:確か、バーだったと…。…ん、バー!?待ってください…!(報告書を確認する)っ…。『リボルバー』…!
グレイ:…ブッ飛んだ考え方だが、別のギャング組織がそのバーを根城に作られている、なんてこともあり得なくはねえ。少し警戒を強めるよう、組員に伝達してくれ。
コウガ:わかりました!
グレイ:…確か今日は女待たせてるんだったよな。長くなっちまってすまねえ、行ってこい。
コウガ:とんでもねえです。じゃあ、失礼します。
0:コウガが部屋を出る。
0:
グレイ:……バー、『リボルバー』、か。…ハッ、だとしたら悪趣味にも程があるな。クソッたれ。
0:場面転換。その後、夜の街。
0:手をつないで街を歩く二人の男女。
0:
コウガ:悪ぃな、いつもいつも遅れちまって…。
フレイア:ううん、全然平気。コウガくん、最近仕事が忙しくて、今日も仕事してから来たんでしょ。
コウガ:いや、まあそりゃそうなんだけどよ。
フレイア:私の方こそ、いつもごめんね。仕事終わりで疲れてるのにデートなんて…。
コウガ:何言ってんだよ!俺は全然平気だぜ。それに、好きな女が会いたいって言ってきてくれたのを蹴るなんてそれこそ男らしくねえしな!
フレイア:そ、そう…?
コウガ:おう。なんなら疲れてそのまま帰るよりも、フレイアと会ったほうが、俺は“満たされてる”って感じがして好きだぜ?
フレイア:…えへへ。それならよかった。私もコウガくんと話せて、毎日が楽しいよっ…!
コウガ:…っ。お前、本当かわいいな。
フレイア:?
コウガ:いんや、なんでもねぇ…!ほら、もうすぐレストランに着くぞ!
フレイア:あっ、うん!楽しみにしてるっ!
0:さらに場面転換。レストラン内にて。
0:
コウガ:ん?今日はなんか客が少ねえな。
フレイア:そうなの?賑わってるように見えるけど…。
コウガ:いや、本来ならここはこの時間帯、ほぼ満席が当たり前のハズなんだよ。…ま、確か最近ここら辺にもう一つレストランができたっつってたから、みんなそっちに行ってるのか。
フレイア:凄い、良く知ってるね!
コウガ:ま、仮にもボスの右腕だからな。この街の情報はほぼすべて把握してると言ってもいい。勿論、寝て忘れてなけりゃ、だがな!
フレイア:ふふっ…!
0:そこに、店員が料理を運んでくる。
テル:(店員の装いで)お待たせいたしました。こちら、前菜のテリーヌになります。
コウガ:おぉ、来た来た。
フレイア:凄い、美味しそう…!
コウガ:だろー?俺はリリクルにある店の中じゃあ、料理の見た目でも味でもこの店が一番だと思ってる!
テル:おや、お客様はこのお店をよくご利用になられるのですか。
コウガ:おう。…お、アンタ見ない顔だな。新入りか?
テル:ええ。つい昨日からこのお店でウエイターを担当させていただいております。
コウガ:へぇ、そうかい!これからもこの店には世話になりたいと思ってるんだ、だから覚えてりゃあ、これからもよろしくな!
テル:かしこまりました。それではごゆっくり、お楽しみください。
0:そう言って店員が戻っていく。
フレイア:…なんか、変わった雰囲気の人だったね。
コウガ:そうか?
フレイア:うん、ちょっと変な感じした。
コウガ:フレイアがそういうならそうなのかもしれねえな…?ま、料理も来たしとりあえずいただくか?
フレイア:…そうだね!じゃあ、いただきます!
0:
テル:…それでは、おやすみなさいませ。お二人さん。
0:場面転換。レストランではない場所で、コウガは目を開ける。
0:
コウガ:っ…。ぅん…?
アプフェル:おぉ、ようやく起きたか。だいぶ長いこと眠ってたから死んじまったのかと思って焦ったよ?
コウガ:…ッ!?ここはどこだ…!?
アプフェル:フフ。ようこそ、バー、『リボルバー』へ。歓迎するぜ、グレイ・ガロの右腕。
コウガ:なに…!?テメェは誰だ!?なんで俺はここにいる!?フレイアはどこだッ!?
アプフェル:おいおい、そんなに一気に質問されても、僕の口は一つしかないんだぜ?まあ説明してやるから聞けよ。凶暴な狼さん。
コウガ:チィッ…。
アプフェル:フフ。…じゃあ、まずは自己紹介から行こうか。
アプフェル:僕の名前はアプフェル。猫や狼を魅了する、真っ赤に熟れた幻惑の果実。そして、『銃痕(じゅうこん)のサザン』の生き残りにして後継者だ。
コウガ:な、に…?サザンだと…!?そんなはずはねぇ!あのドブネズミどもは全部潰したはずだッ!
アプフェル:はぁ…。噂には聞いていたけどお前、頭悪いんだなァ。だから言ってるだろう、“生き残り”だって。四年前、命からがら逃げおおせたのさ。
コウガ:ッ…!
アプフェル:そして、二つ目の質問に答えようコウガ。…とは言っても、これは流石に頭の悪い君でもわかるんじゃないか?
コウガ:…料理に、薬を盛りやがったな。
アプフェル:だーいせーいかーい。そう。料理に睡眠薬を混ぜてね。店の異変には気づいてたみたいだけど、まんまと食べてくれた。やっぱり飢えた狼って馬鹿なんだなァ。
コウガ:テメェッ!!(起き上がってアプフェルを殴ろうとする)
アプフェル:動くな。(その前に銃口をコウガに向ける)…まだ、お前からの質問に全部答えてないだろ?お前が聞いたんだ、最後まで聞けよ。
コウガ:ッ!そうだ、フレイアだ!!フレイアをどこにやった!?
アプフェル:いやぁ、それにしても。ちょっと馬鹿にされたくらいで熱くなって大好きなカノジョちゃんのことすら忘れちゃうだなんて。ホント低能だね。よくそれでこの街を切り盛りできたなァ、えぇ?
コウガ:質問に答えやがれクソネズミィッ!!
アプフェル:…はぁ。まだ気づかねェのかよ。流石にアホ過ぎるぜ?
コウガ:何の話をしていやがる!?
アプフェル:大ヒント。ここはバー。そしてお前の女は消え、お前はその女を攫(さら)ったのであろう敵組織の親玉と話している。…昔をよォーーく思い出してみろ。なにかと酷似してねェか?
コウガ:ッ、まさかッ!四年前のあの日のボスッ…!?
アプフェル:だーいせーいかーい。どうだ?まあ少しずつ違うとこはあるが…。こんなもんで許してくれや。
コウガ:クソが…!
アプフェル:あぁ、でも一個だけ安心してくれ。愛しい愛しいお前の恋人ちゃんは無事だ。
コウガ:無事だと…?
アプフェル:そう、無事。そして今からそれを証明して見せよう。あちらのモニターにご注目ゥ!
0:バーに備え付けられた大きなモニターに光が灯る。
0:そこには、拘束されたフレイアと先ほどの店員が。
0:
コウガ:フレイアッ!!
フレイア:「コウガくんッ!」
アプフェル:これはいわゆるビデオ通話ってやつだ。映っている通り、僕達は彼女に拘束以外のことをしていないし、お前が何もしない限り、僕らは彼女に何もしない。
アプフェル:しかし同時に、お前が何か妙な動きをしようものなら我々は何をしでかすかわからない…。どぅーゆーあんだすたァーん?
コウガ:ぐっ…。
フレイア:「…こんなことをして、何が目的なんですか!」
テル:「まあまあそう焦らず!今からアプフェル殿が説明しますゆえ!」
アプフェル:フッ。そうだね。前置きがだいぶ長くなったし、本題に入ろう。こんなことをしたのは、お前に頼みたいことがあるからさ。
コウガ:頼みだと…?
アプフェル:そう。僕は君に、とある人物を殺してもらいたい。それを無事成し遂げたらカノジョちゃんはお返ししよう。その代わり、もし失敗したり逃げたり、僕達に危害を加えようとたらその時点でソイツを殺す。
コウガ:…そいつを殺せば、フレイアを開放するんだな?
アプフェル:ま、そういうことさなァ。やる気になってくれているみたいで嬉しいよ。
コウガ:それで…、殺したい奴ってのははどこのどいつだ。
アプフェル:えぇ?そんなの決まってるじゃねェか。
0:
アプフェル:お前ンとこのボス、「グレイ・ガロ」だよォ。
0:
コウガ:何だと!?
テル:「選択、ということでございますよ、コウガ殿。愛しき恋人を取るのか、この街と恩人を取るのか。あなたが選ぶのです。」
コウガ:ふざけるんじゃねぇッ!そんなもの…、選べる、わけがない。
アプフェル:でもお前は選ぶしかない。だってそうだろう?今、お前に拒否権はない。お前はどちらかを諦め、どちらかを取る。これ以外に選択肢はない。
コウガ:クソ野郎がッ…!!
アプフェル:仕方ねぇじゃんかよォ。だって、さらにデカい組織になった『シイチ』を僕たちが潰す方法なんざ、これくらいしかねェじゃん?
フレイア:「…私を殺してください。」
コウガ:フレイア!?
フレイア:「…私が死ねばコウガくんは自分の恩人に手をかける必要なんてなくなる。それに、もしグレイさんが死んじゃったらこの街はこの人たちの手に落ちちゃうでしょ!?」
フレイア:「コウガくんたち『シイチ』が必死に努力して作ったこの街を、あなたたちに渡すわけにはいかないの。だから、私を殺してください!」
コウガ:待ちやがれ、フレイア!
フレイア:「…私は自分が死ぬよりも、コウガくんが苦しむことが耐えられないの。私が死ぬよりも、恩人を自分の手で殺めるほうが、きっと何倍も苦しいはずでしょ!」
テル:「…フレイア殿。残念ですが、アプフェル殿はコウガ殿に選択を迫っているのです。現在の交渉に、貴女の意見は一切関係ありません。決めるのはコウガ殿でございます。」
フレイア:「コウガくんッ!」
アプフェル:ひゅゥ~!やっぱ『シイチ』の犬コロどもってのは愛が深いんだねェ。僕、ちょっと感動しちまったよ。ハハ。
アプフェル:それで、どうするのかなコウガ。
コウガ:…ボスの命とフレイアの命…。そんなの、決められるワケねぇだろうが…ッ!!
アプフェル:まあ、お前なら悩むよな。よし、わかった。じゃあこうしようコウガ。
アプフェル:今から24時間、お前に時間を与える。その間にグレイ・ガロを殺すか、何もしないかを選べ。何もしなけりゃフレイアを殺す。お前がグレイを殺してくればフレイアは返す。
アプフェル:タイムリミットを設けねえとお前は一生悩んでそうだからなァ。じっくり悩むんだぞォ?フ、フ。
コウガ:テメェ!!
テル:「怒る暇があるくらいなら悩むことに時間を割くことをお勧め致します。すでに、カウントダウンは始まっているのですから。」
コウガ:ッ!?
0:モニターを見ると、24時間のデジタルタイマーがだんだんと減っていっているのが映されている。
アプフェル:さあ、行ってこい狼。まだ時間はたっぷり残ってる。頭に血が上っているようだから、近くのカフェで一息入れたらどうだい?
コウガ:…クソォッ!
0:そうしてコウガは『リボルバー』を走って出ていく。
フレイア:「コウガくんッ…!!」
アプフェル:さあて。…いやあ、怖がらせちまってすまないねェ。
テル:「それにしてもアプフェル殿。コウガ殿が選択を済ませた後はどうされるので?」
アプフェル:さあ?特に決めてない。僕はこの街が手に入って、一応先代の仇が討てればそれでいい。人間としては嫌いだったけど、一応あの人に育てられた恩もあるからねえ。
アプフェル:…とは言っても、アイツがどっちを取ったところで変わらない。グレイを殺せば『シイチ』は崩壊するだろうし、女を殺してもあのエージェントに深い精神ダメージを与えることができる。
アプフェル:ようするに、フレイアを人質に取った時点で、もう僕の勝ちはほとんど確定していたってことだ。
フレイア:「…あなたたち、最低です!」
アプフェル:なんとでも言ってくれェ。これが狼に食い殺されなかった狡猾(こうかつ)な木の実の悪知恵だよ。…さて。ヤツがどう足掻くか。見ものだな?
テル:「……。」
シーン転換。
0:リリクルの街で途方に暮れるコウガ。
0:
コウガ:クソッ!どっちも救う方法はねぇのか!?考えろ、考えろよ俺ッ!下手な動きを見せりゃあきっとフレイアの命はない、
コウガ:なら俺単騎で乗り込むか?いや、勝算があまりにも低すぎる…!クソッ、どうすりゃいいんだよ…!今、俺が死んだらそれこそこの街やフレイアが危ないッ!
テル:―――それは当然です。“死人に口なし”ですからなあ。
コウガ:ッ…!テメェはさっきの!?
テル:はい。改めて、はじめまして。私のことはウィ……。失敬。私はテルと申します。先ほどは失礼をいたしました。
コウガ:…俺の監視か。
テル:察しがよろしいようで。その通り。アプフェル殿から、コウガ殿が妙な真似をしないようにと。
コウガ:チッ…。
テル:フフ…。だいぶ切羽詰まっているようですな。
コウガ:黙っていろクソ野郎。
テル:……。
コウガ:……。
テル:…一つ、提案があるのですが。よろしいですかな?
コウガ:提案だぁ…?
テル:はい。私の提案を実行して上手く事が運べば、あなたは愛しき恋人と尊敬するボス、この街を護り、アプフェル殿を欺(あざむ)くことができるでしょう。
コウガ:ハッ。テメェ、あまりにもジョークが下手だな?そんなみえみえの罠に乗るほど俺も馬鹿じゃねぇ。
テル:…ふむ。では、これでどうでしょう。
0:テルは持っている通信器具を操作し、そこから聞こえる音声をコウガに聞かせる。
アプフェル:「――あぁ、作戦は順調、というかほぼ完遂したも同然だ。ヤツがどっちを選ぼうと、その時点で僕達の勝ちなんだからな。」
コウガ:これは…。あいつらとの無線か?
テル:えぇ。まあ、しばらくお聞きください。
アプフェル:「コウガがどちらを取ろうが、どうせ後々両方始末するし、あのオオカミ共は戦力的に致命傷を負う。もう既にどう転ぼうとアイツは僕の掌(てのひら)の上なんだよ。」
コウガ:なんだと…。
テル:この通り、私はアプフェル殿の思惑を貴方に公開いたしました。今の話を聞いてわかる通り、アプフェル殿はどのみち全員始末する腹積もりのようです。
テル:そして、今私が貴方にこの情報を公開していることを、アプフェル殿は知りません。…つまり、貴女を縛る監視の目はございません。
コウガ:…いや、信用できない。
テル:ふふ…。四年前とは打って変わって、入念に疑うことを覚えられましたな。結構。では私が中立的な立場である、という決定的な証拠をお見せしましょう。
0:そういうとテルは、今度は携帯電話を取り出し、どこかに電話をかける。
コウガ:…?
テル:…おぉ、応答しました。それではどうぞ、コウガ殿。
コウガ:……。
0:差し出された携帯電話を受け取り、耳に当てるコウガ。
コウガ:もしもし。
グレイ:「…コウガか?どうした。」
コウガ:っ、ボス…!?
グレイ:「おいおい、なんでお前が驚いてんだ。しかし、知らない番号から連絡寄こすとは。何かあったのか?」
コウガ:あ、それは…。
テル:大丈夫です。私はこのことをアプフェル殿に報告していません。好きなだけグレイ殿に伝えるとよろしい。
0:それを証明するようにテルは通信器具を遠くの地面に置き、両手を上げる。
コウガ:…お前、何が目的なんだ。
グレイ:「コウガ?もしもし?」
コウガ:あぁ、いえ。その…っ、…すみませんボス。俺がしくって、女を『サザン』に攫われました。
グレイ:「何!?『サザン』だと!?詳しく伝えろ!」
コウガ:…はい。
0:そうしてコウガはありのままをグレイに伝える。
グレイ:「…そうか。…クソ。本当にどこまでも趣味の悪い連中だ。シーラだけじゃなく、コウガの女まで人質に取りやがるなんて…。」
コウガ:本当にすみません!俺が、フレイアを護れていればこんなことにはっ…!
グレイ:「いや、そんなネズミの情報をいち早く掴めなかった俺にも責任がある。気に病むな。…よし、わかった。すぐに仕掛けるぞ。勿論奇襲で、な。」
グレイ:「仕掛けるのは今から五時間後の午後22時。ウチの精鋭共を引っ張って、奴らを蹂躙(じゅうりん)してやろうじゃねえか。」
コウガ:わかりました。それまで俺はどうしていればいいですか?
グレイ:「拳銃を隠し持ったら、できる限りそのアプフェルとかいう野郎の気を引いていてくれ。俺たちが仕掛けたらお前はすぐに女のもとへ走れ。わかったな。」
コウガ:はい。…本当、ありがとうございます!不甲斐なくて本当にすみませんッ…!
グレイ:「なに、安いもんだ。…四年前のあの日から立ち直れたのは、お前がずっと傍で支えてくれていたからだ。だから俺としちゃあ、ようやく恩が返せると思ってる。」
コウガ:ボス…。
グレイ:「さあて。いくら平気とはいえ、あんまりずっと話して奴らに嗅ぎつけられてもまずい。ここらで切るぞ。じゃあ、22時にな。」
コウガ:はい。本当にありがとうございます!
グレイ:「おう。もう二度と、アイツらには何も奪わせねぇ。…気は抜くなよ。」
0:そう言って通話が切れる。
テル:…作戦会議は滞(とどこお)りなく行えましたかな?
コウガ:…あぁ。おかげさまでな。
テル:それは何より。今宵の華麗なるヒロインの奪還、期待しておりますぞ。
コウガ:…なあ、テメェ。
テル:はい?
コウガ:テメェはいったい何がしたいんだ?俺たちに睡眠薬を盛る手伝いをしたかと思えば、今度は俺に手を貸して。何を企んでいやがる。答えろ。
テル:企む、だなんてそんな、滅相もない。私は私の思うままに行動をしているだけでございます。
コウガ:思うがまま、だと?
テル:えぇ。だって、面白いではありませんか。いがみ合っていたギャング組織が四年越しに邂逅(かいこう)し、四年前と同じような状況を作り出している。こんなにも面白い話はない!
テル:だからこそ私は“かき乱す”のです。だからこそ私は“中立”なのです。…わかっていただけましたかな?
コウガ:…いいや。一切。お前と話してるとなんだか気味が悪くてしようがねえ。悪夢でも見てるみてぇな気分だ。
テル:悪夢、ですか。…ふふふ。その呼び名もまた一興(いっきょう)ですなあ。
コウガ:あぁ?
テル:いえ、なんでも。ふふふふ……。
0:バー、『リボルバー』。時刻は午後22時を回ろうとしている。
0:店内にはアプフェル。モニターにはフレイアとタイマーが映る。
アプフェル:うぅん、あの犬公(いぬこう)遅いなァ。…もしかしたら、フレイア。お前、見捨てられちゃったかもね。
フレイア:「…構いません。それでコウガくんが生き残ってくれるのなら。」
アプフェル:フフフッ!どんだけアイツのこと好きなんだよ、お前!……お、良かったねェ、カノジョちゃん。どうやら君のその愛が奴に伝わったようだぞ。
0:アプフェルがそういうと、入り口の扉が開き、コウガとテルが入ってくる。
0:そして、コウガの服は半身に返り血がついていた。
フレイア:「コウガくん!…その、血は…。」
コウガ:待たせたな、アプフェル。
アプフェル:待ってなんかねェさ。お前に時間を与えたのは僕だからねェ。…さて、その返り血。そういうことでいいのか?
コウガ:あぁ…。ボスを、始末してきた。
フレイア:「そんなっ、コウガくん!なんでボスを優先しなかったの…ッ!?」
アプフェル:へぇ…。それは本当なのか、テル?
テル:……。
アプフェル:テル?
テル:申し訳ありませんコウガ殿。私は中立でございますゆえ。真実を伝えさせていただきます。
コウガ:あぁ、構わないぜ?…もう、既に十分時間は稼いだ。
アプフェル:…なにィ?
0:遠くから狼の遠吠えのようなものがバーに響いてくる。
アプフェル:ッ、まさか、この声は!?
コウガ:合図だッ!
0:そうしてコウガはバーを抜け出し走り出す。
アプフェル:チッ、どうやって連絡しやがったんだァ!?クソ!“各員に通達、『シイチ』が攻めてくる!全員武器を構えて迎撃しろ!こうなっちまったら全員皆殺しにするしかねェ!死ぬ気でかかれ!そして女を…。”
0:画面には『サザン』組員の死体が映っているだけで、フレイアは消えている。
アプフェル:…フ、フフッ!なるほど、流石は餓狼(がろう)…!精鋭揃いかァ…っ!だが。“数”と“地形”ならこちらに理があるぜェ…?
0:店の外。銃声が鳴り響く。
グレイ:唸(うな)れ、我が同胞たちよ!なんとしてでもコウガの女を護れ!!
グレイ:…チッ。まさかこんなに兵隊の数が多いとはな。想定外だ。“Aグループ、増援要請頼む。流石に量が多すぎる!”
グレイ:…!(連絡がきて)“よかった、フレイアは保護できたんだな。了解、Bグループは女を抱えて基地へ戻れ!”…さて、踏ん張りどころだぞお前らァ!
グレイ:このクソッたれた夜に怒りの咆哮(ほうこう)を轟かせてやれ!!オオオォォォーー!!
0:『シイチ』の男たちに連れ出してもらうフレイア。
フレイア:はぁっ、はぁっ…!あ、あのっ!これはどこに向かっているんですかっ!?
フレイア:…わかり、ました!安全と道を確認、しつつアジトの方へ、ですねっ!
フレイア:…お願い、グレイさん、コウガくんっ…!どうか無事でいて…!
フレイア:…っ、はい、今は走ることに集中しま――、…え?
0:次の瞬間、フレイアを護っていた『シイチ』の精鋭たちの列の先頭の頭が吹き飛ぶ。
フレイア:え、そんな、なんで……。
アプフェル:今回の場合、袋小路(ふくろこうじ)のネズミはお前たちだってことだよ。
0:
フレイア:(N)そんな言葉を携(たずさ)えて、前の暗がりから兵を連れてアプフェルが現れた。
フレイア:(N)『シイチ』の人たちもそれに気づきすぐに迎撃をしたが、圧倒的な数と高い機動力に押され、全滅してしまい。
フレイア:(N)屍と紅い液体で彩られたその道の真ん中に、私一人が残された。
0:
アプフェル:ハハ。なかなかに逃げ足が速かったなァ。追い付くのに一苦労だったよ。
フレイア:ぁ、み、なさん……。
アプフェル:さあて、追いかけっこはこれでおしまいだな。
フレイア:…なんで私は殺さないの。もう、用済みのはずでしょ。
アプフェル:いや?お前はまだ使える。お前はコウガやグレイへの大きな脅迫材料だからなァ。
フレイア:っ…。
コウガ:させねぇええッ!!
0:
0:コウガが率いる『シイチ』の兵隊たちが颯爽と登場し、次はアプフェル以外の兵隊を全滅させる。
0:
フレイア:コウガくんっ…!
コウガ:フレイア…!辛い思いをさせて本当にすまなかった。…怪我はないか?
フレイア:うん。『シイチ』の人たちが護ってくれたから…!
コウガ:そうか。最期までフレイアを護ってくれてありがとう。お前たち。
アプフェル:…ハハハ。流石。そうだよなァ、姫を護るのはプリンス様の仕事だもんな?
コウガ:何を笑っていやがる。チェックメイトだアプフェル!もうテメェを護る兵隊はいねぇし、他の連中も今ボスが片付けるだろう。
アプフェル:あぁ。奴らは全員鍛え抜かれた精鋭共だった。…流石に数で押しても一人一人の戦闘能力の差は捲(まく)れないか。
0:そう言ってコウガはフレイアの身体を支えながら銃口をアプフェルに向ける。
コウガ:…最期に言い残すことはあるか、クソ野郎。
アプフェル:…言い残すこと、ねェ。そうさなァ。…「勝った気になって油断でもしちまったのかい、孤高のオオカミさん。」ってとこかァ?
コウガ:なに…?
アプフェル:ここは僕達のテリトリーだ。何も仕込みを用意してないわけがねェだろう!?(懐からリモコンのようなものを取り出し)
フレイア:え、あれは…?
コウガ:なッ!?フレイアっ!!
アプフェル:BOMB(ボム)ッ!!
0:アプフェルがその機械のボタンを押すと、周辺の建物が大きな轟音を立ててことごとく吹き飛ぶ。
0:咄嗟にコウガはフレイアを庇おうとするが庇いきれず、凄まじい勢いの爆風が二人を襲う。
コウガ:ぐあァッ!
フレイア:…っぁ。
アプフェル:…いやあ、僕としてもこれだけは使いたくなかったんだけどね。自分たちのシマを仲間ごと爆破するなんて、どこぞの『パン屋』でもやらねェだろうさ!
コウガ:はっ、フレイアッ…!大…丈夫か、おい、フレイアッ!
0:火の海の街の中、フレイアに駆け寄るコウガ。
コウガ:おい、フレイア…。フレイアっ!なあ、返事を、しろ!おい、フレイア…。嘘だって、いつもの笑顔で、言ってくれよ…。なぁ、なぁ!
0:呼びかける声に返事はない。
アプフェル:さあて。感動シーンのとこ悪いが、ここらでフィナーレと行こうじゃねェか。
0:そう言ってアプフェルは拳銃をコウガに向ける。
コウガ:クソ、クソォォ…ッ!ふざけるな、絶対に復讐してやるッ!テメェのその憎たらしい顔をズタズタに引き裂いてやるッ!!クソッたれがァァァーーッ!
0:
テル:ならば、私が手をお貸ししましょう。憎悪に取りつかれた復讐の鬼よ。
0:
コウガ:な、に…?
テル:ですから、私が貴方に手を貸そうと言っているのです。
コウガ:今のお前に何ができるッ!?
テル:私の言うとおりにするだけで良いのです。
コウガ:なんだと…?ふざけるなッ!俺はあのクソ野郎をぶち殺すんだッ!テメェに今更指図なんか受けてたまるかァーッ!
0:
フレイア:(N)そして、彼は憎悪の対象へ六発の弾丸を放った。ハンドガンの残弾を全て一気に、一つの的へ。
フレイア:(N)その鉄の塊は、錯乱状態に撃ったものとは思えないほどに正確にアプフェルへと吸い込まれていく。
0:
テル:しかし悲しいかな。今コウガ殿が行ったこの行動こそ、私がコウガ殿に“してほしかった”ことなのでした。
0:
フレイア:(N)次の瞬間、そのアプフェルへと吸い込まれる弾丸の軌道に、覆いかぶさるように黒い影が現れる。
フレイア:(N)そう、それは怨嗟(えんさ)に駆り立てられた狼にとって、欠かせないものだった。そしてそれと同時に、彼の放った決死の弾丸は、血死(けっし)の凶弾(きょうだん)へと姿を変えた。
0:
グレイ:死に晒せェ、アプフェルーーーッ!!
0:
フレイア:(N)グレイは途轍もない速さでアプフェルの前に立ち、銀の刃でアプフェルの喉を一閃(いっせん)。
フレイア:(N)その光景は、まるで紅(あか)い果汁を宿す木の実を、勢いよく絞ったようだった。
0:
アプフェル:ーーーッ…!?(声を出せずその場に倒れこむ)
0:
フレイア:(N)男はナイフを振り切ると、後ろにいる愛弟子の方を見やろうとする。
フレイア:(N)しかし、放たれた六発の凶弾は勿論―――。
0:
グレイ:ッ、ガ、ハッ…!?
コウガ:…ボス?
0:
テル:意図せずして弾丸の軌道に入ったグレイ・ガロの背中に注がれていきました。六発全てが、鮮やかな深紅(しんく)を奏でながら。
0:
グレイ:コ、ウガ…?な、ぜ……ッ。
コウガ:ま、待ってください、ボスッ、俺は、そんなつもりじゃ。嫌だ、待ってください。
0:
フレイア:(N)そうしてすでにボロボロだった彼の意識は薄れていく。その凶弾の真意も知らずに。
フレイア:(N)そして、親オオカミがその場に倒れ、そこに残されたのは。
0:
テル:狂おしいほどの憎悪と、三つの死体。そして、結果的に何もかもを失い壊れた狼一匹だけでありました。
0:
コウガ:あ。ぁ、あ…、あぁ…。
コウガ:うああぁぁぁぁぁーーーーッ!!!
0:
テル:―――とまあ、このように。憎悪や復讐に駆り立てられた者は、碌(ろく)な結末を迎えません。
テル:繰り返しますが、皆様もくれぐれもお気をつけて。そのような暗がりに潜む感情はいとも簡単にヒトを誘惑し、陥れてきますぞ。
テル:…ふむ、それにしても。尊敬するボスを誤射であったとはいえ殺し、愛する恋人も死に、街は火の海…。まるで『三重苦』ですなあ。
0:
テル:もう一度街を征服しようと企んだ果実は計画を打ち砕かれ。
テル:麗しき恋人は悪意によって呑み込まれ、狡猾(こうかつ)な海で溺れ死に。
テル:大切なものを失った餓狼(がろう)は二度も守れなかったという絶望のままその目を霞(かす)ませていき。
テル:勇敢なる狼は、何もかもを失い、ドロドロの咆哮(ほうこう)を響かせた。
テル:…ふふ。これだから、不の感情とは恐ろしい……。
0:
フレイア:(N)ある日、とある墓場に十字架が三つ増えることになりました。
フレイア:(N)そこにはエーデルワイスが備えられていましたが…、純白の花弁はすでに、力なく枯れ、しぼんでいました。
0:三つの墓石と枯れたエーデルワイスを見つめ、ヤツは微笑む。
テル:…さあて、次はどんな悲劇を鑑賞できるのでしょうなあ。
0:テルの薄気味悪い笑い声が街に響いている……。
0:End