台本概要
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タイトル | 5話『雨の夜に月 彼岸の心』 |
---|---|
作者名 | 野菜 (@irodlinatuyasai) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
3話のアレ以来、シリアス本家パートでは椿・はるかの性別表記を明記します。 しかしキャラの性別解釈・役者様の性別は問いません。性別逆バージョンアレンジも大歓迎ですので演じやすいように変更してください。 昼行燈探偵シリーズ第五話。 行く先々で不幸な事故や事件にあう学生はるか。彼の後見人として面倒を見る作家、椿。普段はぐうたら、編集担当には昼行燈よばわりを受ける彼女だが、はるかと共に事件に遭ううちに変わっていく。……いくのか? 【昼行燈ーひるあんどん】 《日中に行灯をともしても、うすぼんやりとしているところから》ぼんやりした人、役に立たない人をあざけっていう語。しかしそう呼ばれるあの人の本性は・・・? 120 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
椿 | 女 | 62 | 末永椿(すえながつばき)。本名ではなく数あるペンネームのひとつ。小説家。野木はるかの後見人。今回は青色の洋服。双子の片割れを事故で失っている。 |
はるか | 男 | 67 | 野木はるか(のぎはるか)。学生(年齢不問)。家事担当。本人は「先生」と呼んでいるつもり。いつか家族になる日を夢見て。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
はるか:…………雨、やみませんでしたね。
椿:まあ降水確率九十パーセントでは無理だろうさ。
はるか:お墓掃除、したかったです。
椿:私は手間が省けてよかったよ。誰があの子のためなんかに腰を折るもんかね。
はるか:仏様の前ですよ、せんせ。
椿:形を変えようとも、あの子はあの子さね。
はるか:黒い番傘をさした先生は、目を伏せる。
はるか:今日は、先生の双子のあの人が、俺たちの前から消えた日だ。
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0:タイトルコール
はるか:『雨の夜(あめのよ)に月』
椿:『彼岸の心』
0:
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0:雨の日の夜、町から離れた墓地にて。
はるか:去年の今頃は、俺まだせんせが二人いるって知らなかったんですよね。…………誰かさんたちのせいで。
椿:あの子はまったく、勝手だよ。
はるか:確かにあちらのせんせも俺のこと騙してました、っていうか詐欺してましたけど。去年までお墓参りに来れなかったのは、せんせが双子だってことを隠してたからですよ!?
椿:…………あの子が生きていたら、などということはもう言わないよ。言わないためにも、こうしておまえさんを連れて参ったのだから。
はるか:せんせ、俺、お邪魔でしたら先に車に戻っていますよ?
椿:いや、いてくれ。過去の人物に未来を見る思い出語りこそ、通夜の、墓参りの目的というではないか。ひとりであの子のことを考えたって、罵詈雑言しか出てこない。
はるか:仏様に対して失礼なのかそうじゃないのか分かりませんね。せんせ、実はあの人のこと、嫌いなんですか?
椿:…………もう、分からなくなってしまったよ。
はるか:…………せんせ。
椿:なあ、おまえさんや。私は、誰なのだろうね。あの事故の夜、先に原稿を終わらせていたのは私ではないのか。笑いながらコンビニへ出かけたのは、あの子ではなかったのではないか。この、墓の中にいるのは、本当は…………
はるか:せんせ。
椿:…………なんだい。
はるか:きっと、どこかで見て居てくれますよ、あの人は。そういうもんです。野木のばあちゃんが昔言ってました。
椿:ふん。幽霊になって、かね?
はるか:まあ、そういう言い方も、できますね?
椿:おまえさんや。心は、どこにあると思う?
はるか:せんせにしては、なんだか妙な質問ですね。うーん………心臓、というくらいです。ここでしょうか?
椿:胸部か。ベタで悪くない。
はるか:聞いたからには答えあるんですよね?
椿:私個人の考えでよければね。
はるか:ひねくれてそうです。
椿:言ってくれるじゃないか。…………心なんてね、ないんだよ。ただの脳から出る電気信号さ。永遠に続く、一時的な処理の結果さ。
はるか:…………聞いたことがないわけではありませんが、せんせが言うと、より一層夢がありませんね。
椿:死後の世界に思いをはせるのは、おおいに結構。だが、死後の世界をあてにして、なんになるかね?
はるか:だから、心は、体が死んだら消えて、幽霊なんていない、と。
椿:もっと言うならね、私は心などあってたまるかと思っているんだよ。だって、在るものは、取られてしまうじゃないか。
はるか:ああ、本…………それこそ、映画やアニメとかで見たことありますね。脳や心臓移植したら、性格が変わったー、とか。
椿:バカバカしいとは分かっているんだ。…………それにね、幽霊のあの子なんて、見るどころか、考えたくもないよ。
はるか:でもせんせ。
椿:なんだね。
はるか:この前の幽霊ホテル事件の時、幽霊探偵を見てましたよね?
椿:…………見ちゃった上に会話しちゃったものはしかたないだろう。
はるか:今までの理屈と、思いっきり矛盾しちゃってません?
椿:…………やれやれ、今日はどうも調子が悪いようだ。
はるか:せんせも、人間なんですね。
椿:おや、かちんときたぞ。ほれ、でこぴん。えいっ。
はるか:あいてっ。…………ねえ、せんせ。俺、心は確かにあると思いますよ。だって、悲しいじゃないですか。
椿:悲しい、かね?
はるか:逆に、心はどこにでもある、とかどうですか?だって俺はいつだって、せんせのために心をこめて料理を作って、心を込めて掃除をしていますから。俺たちの家は、俺の心だらけです。
椿:ねこの毛のような扱いになっているが、おまえさんの心はそれでいいのかね?
はるか:ものは言いようですね。でも、あの人の作品も、あの人の所業も、結果としてまだこの世界に残っているわけですから。それを心、というのも趣(おもむき)ではありませんか?
椿:おまえさん、理論家なのか詩人なのか、迷走してきてないかい?
はるか:俺も今日は調子が悪いみたいです。
椿:むしろいいように見えるがねえ。…………雨も降りやみそうにない。帰ろうか。
はるか:もういいんですか?
椿:あの子の心だの、霊だのが存在するんなら、ついてくるさ。おとなしくしてるような可愛い子じゃあないんだから。
0:
はるか:いつもの深紅の和服でなく、青の洋服をまとっている理由は、あの人にあるのか、と。
はるか:それとも、あなた本人の好む本来の色なのか、と。
はるか:俺はいつも、あなたたちの存在に、踏み込めないままだ。
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0:【間】
0:
はるか:今日くらいは何もない。そう信じていた俺はバカだったみたいですね。
椿:土砂崩れ、か。死者が「まだ」出ていないようでよかったけれど、このまま車では帰れなくなってしまったねえ。
はるか:「まだ」、とか言わないでください。俺たちの場合冗談で済まないんですから。
椿:お払いとか考えた方がいいのかねえ。…………まさかあの子の仕業とかじゃあるまいか。
はるか:…………俺があっちのせんせのおかげで、椿せんせのところに来てからですよね。事件にあいまくっているのは。
椿:まあおいおい考えていくにしてもだ。
はるか:あっ、逃げた。
椿:歩いて帰るよ。まったく、ついてない。警察だのロードサービスだのに話をつけてくるから傘と荷物を用意していなさい。
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はるか:…………せんせ。
椿:そんな悲しい瞳で見るんじゃないよ。どうしてそうなったんだい。
はるか:なんか、傘を差して待っていたら、強い風で傘が裏返ってですね。
椿:骨と皮がバラバラになって、皮の部分は飛ばされていった、と。
はるか:安物のビニール傘なので仕方ないのかもしれないんですが…………って、皮って言わないでくださいよ、なんか嫌だから。
椿:通じたのだからいいじゃないか。ほら。私の番傘を使いなさい。
はるか:いやいやいや!傘を壊しちゃったのは俺ですし、せんせに風邪をひかれては困ります!
椿:こっちのセリフだ。子供が遠慮するもんじゃない。
はるか:せんせのお世話ができる程度には大人ですー!
椿:そうだぞ、おまえさんが倒れたら誰が我が家の家事をすると思ってる。誰が働かなきゃならないと思ってるんだ。
はるか:せんせ、さてはそっちが本音だな!?
椿:いいから、おまえさんが傘をさしなさい。
はるか:せんせがさしてください!
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椿:我々はやはり今宵、どこかおかしいのかもしれない。
はるか:そうですね、同意します。
椿:何故どちらが傘をさすかの譲り合いを、二人とも濡れながらやっていたんだ。
はるか:文章にしないでください。むなしくなるので。
椿:折衷案(せっちゅうあん)といこう。「どちらか」、という点でもめた場合、簡単な解決策は「どちらも」に置き換えるのだよ。
はるか:では今回の場合は?
椿:どちらも傘をさす。どちらも傘をささない。
はるか:現状では二人とも傘をさす、というのは不可能ですね。ものがありませんから。
椿:はっはっは。こうなりゃあ共倒れさね。
はるか:あの、これ一番悪い解決策では?
椿:よく気づいたね。この方法は、たいてい、最速で最悪の解決策なのさ。
はるか:覚えておきます。
椿:まあ今回は大丈夫だろうさ。
はるか:それはまた、なぜ?
椿:少なくとも私は風邪をひかないから。
はるか:予想以上にとんでも理論ですね。
椿:…………傘。傘ねえ。今日は本当に厄日だ。
はるか:傘に何か思い出でも?
椿:あの子は、昔から本当に傘が大嫌いでねえ。小学校、いや、幼稚園の時分(じぶん)から、濡れネズミになって帰ってきたものだよ。
はるか:まあ、おとなしいイメージとは真逆ですよね。
椿:私も何故か一緒に怒られたもんだ。なんで傘をさすよう言わなかったのかーなどとね。いやはや、理不尽。私が注意したところで聞くあの子かね?
はるか:注意してたんですか?
椿:してないねえ。見てただけさ。
はるか:叱られてる理由、たぶんそこですね。
椿:私は、あの子に振り回されて生きてきた。あの子のわがままに従い、あの子に言われたことを話し、あの子の好む服を着た。
はるか:ずっと一緒だったんですか?学校とか。
椿:大学に入る折に、やっとバラバラになったよ。だが、どこをどうしてそうなったか分からないが、二人とも物書きになった。不思議なものだよ。
はるか:そんな風に生きてきたから。ううん、そんな生き方が好きなせんせだから、なんですね。
椿:ん?
はるか:だからせんせは、誰にもなりたくないし、あの人にも、自分にさえもなりたくないんだ。だからたくさんのペンネームをいまだに使い分けては、ころころと名前や振る舞いを変える。…………俺の前では一応、「末永椿」を演じ続けてくれていますけれど。
0:
0:
はるか:先生は、雨とも涙とも分からない、しずくで濡れた顔で、微笑む。
はるか:だから、続きは言えなかった。
0:
はるか:「だから俺は、いまだにあなたを、母とも父とも呼べないんですよ」。なんて。
はるか:子供にも弟子にもなれない自分が悔しい。それは、自分勝手だろうか。
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0:【間】
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椿:だから言ったろう?おまえさんが傘をさせ、と。
はるか:(咳き込む)。なんでせんせは元気なんですか。
椿:引っかかる物言いはよしたまえよ。君こそ、貧弱なんじゃないかね?
椿:それに、何年間私が、毎年毎年あの子に付き合わされて濡れネズミになってきたと思う?
はるか:親御さん、苦労したんでしょうね。
椿:今になって、その苦労が少し分かる気がするよ。ほら、ごはんお食べ。
はるか:…………あの、せんせ。ひとり暮らしってされてたことありますか?
椿:大学卒業までずっと実家だったねえ。
はるか:そのあとは?
椿:世話焼きのあの子がぴったり一緒だったかなあ。
はるか:それにしたって…………
椿:私の手料理が不満とはいい度胸だ。
はるか:どうしてすべての料理が液状になってるんですか!!!りんごはともかく!!これ魚ですよねたぶん!?
椿:料理が完成した後、仕上げにミキサーにぶちこんだからだよ。
はるか:何故完成の後に仕上げをした!?確実に要らない工程いれてるじゃないですか!!
椿:これが、これこそが、料理だ!!
はるか:せんせ、あんたほんとは風邪ひいてるな?!
椿:ほぅら、これを食べなければ元気にならないよお。
はるか:そりゃ食べなきゃ治らないという点だけは正論でしょうけれども!
椿:お残ししません。スキキライしません。おまえさんは良い子です。
はるか:洗脳じみたこと始めないでください!わかっ、わかった、食べます!食べますからーーー!!
はるか:…………雨、やみませんでしたね。
椿:まあ降水確率九十パーセントでは無理だろうさ。
はるか:お墓掃除、したかったです。
椿:私は手間が省けてよかったよ。誰があの子のためなんかに腰を折るもんかね。
はるか:仏様の前ですよ、せんせ。
椿:形を変えようとも、あの子はあの子さね。
はるか:黒い番傘をさした先生は、目を伏せる。
はるか:今日は、先生の双子のあの人が、俺たちの前から消えた日だ。
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はるか:『雨の夜(あめのよ)に月』
椿:『彼岸の心』
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はるか:去年の今頃は、俺まだせんせが二人いるって知らなかったんですよね。…………誰かさんたちのせいで。
椿:あの子はまったく、勝手だよ。
はるか:確かにあちらのせんせも俺のこと騙してました、っていうか詐欺してましたけど。去年までお墓参りに来れなかったのは、せんせが双子だってことを隠してたからですよ!?
椿:…………あの子が生きていたら、などということはもう言わないよ。言わないためにも、こうしておまえさんを連れて参ったのだから。
はるか:せんせ、俺、お邪魔でしたら先に車に戻っていますよ?
椿:いや、いてくれ。過去の人物に未来を見る思い出語りこそ、通夜の、墓参りの目的というではないか。ひとりであの子のことを考えたって、罵詈雑言しか出てこない。
はるか:仏様に対して失礼なのかそうじゃないのか分かりませんね。せんせ、実はあの人のこと、嫌いなんですか?
椿:…………もう、分からなくなってしまったよ。
はるか:…………せんせ。
椿:なあ、おまえさんや。私は、誰なのだろうね。あの事故の夜、先に原稿を終わらせていたのは私ではないのか。笑いながらコンビニへ出かけたのは、あの子ではなかったのではないか。この、墓の中にいるのは、本当は…………
はるか:せんせ。
椿:…………なんだい。
はるか:きっと、どこかで見て居てくれますよ、あの人は。そういうもんです。野木のばあちゃんが昔言ってました。
椿:ふん。幽霊になって、かね?
はるか:まあ、そういう言い方も、できますね?
椿:おまえさんや。心は、どこにあると思う?
はるか:せんせにしては、なんだか妙な質問ですね。うーん………心臓、というくらいです。ここでしょうか?
椿:胸部か。ベタで悪くない。
はるか:聞いたからには答えあるんですよね?
椿:私個人の考えでよければね。
はるか:ひねくれてそうです。
椿:言ってくれるじゃないか。…………心なんてね、ないんだよ。ただの脳から出る電気信号さ。永遠に続く、一時的な処理の結果さ。
はるか:…………聞いたことがないわけではありませんが、せんせが言うと、より一層夢がありませんね。
椿:死後の世界に思いをはせるのは、おおいに結構。だが、死後の世界をあてにして、なんになるかね?
はるか:だから、心は、体が死んだら消えて、幽霊なんていない、と。
椿:もっと言うならね、私は心などあってたまるかと思っているんだよ。だって、在るものは、取られてしまうじゃないか。
はるか:ああ、本…………それこそ、映画やアニメとかで見たことありますね。脳や心臓移植したら、性格が変わったー、とか。
椿:バカバカしいとは分かっているんだ。…………それにね、幽霊のあの子なんて、見るどころか、考えたくもないよ。
はるか:でもせんせ。
椿:なんだね。
はるか:この前の幽霊ホテル事件の時、幽霊探偵を見てましたよね?
椿:…………見ちゃった上に会話しちゃったものはしかたないだろう。
はるか:今までの理屈と、思いっきり矛盾しちゃってません?
椿:…………やれやれ、今日はどうも調子が悪いようだ。
はるか:せんせも、人間なんですね。
椿:おや、かちんときたぞ。ほれ、でこぴん。えいっ。
はるか:あいてっ。…………ねえ、せんせ。俺、心は確かにあると思いますよ。だって、悲しいじゃないですか。
椿:悲しい、かね?
はるか:逆に、心はどこにでもある、とかどうですか?だって俺はいつだって、せんせのために心をこめて料理を作って、心を込めて掃除をしていますから。俺たちの家は、俺の心だらけです。
椿:ねこの毛のような扱いになっているが、おまえさんの心はそれでいいのかね?
はるか:ものは言いようですね。でも、あの人の作品も、あの人の所業も、結果としてまだこの世界に残っているわけですから。それを心、というのも趣(おもむき)ではありませんか?
椿:おまえさん、理論家なのか詩人なのか、迷走してきてないかい?
はるか:俺も今日は調子が悪いみたいです。
椿:むしろいいように見えるがねえ。…………雨も降りやみそうにない。帰ろうか。
はるか:もういいんですか?
椿:あの子の心だの、霊だのが存在するんなら、ついてくるさ。おとなしくしてるような可愛い子じゃあないんだから。
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はるか:いつもの深紅の和服でなく、青の洋服をまとっている理由は、あの人にあるのか、と。
はるか:それとも、あなた本人の好む本来の色なのか、と。
はるか:俺はいつも、あなたたちの存在に、踏み込めないままだ。
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0:【間】
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はるか:今日くらいは何もない。そう信じていた俺はバカだったみたいですね。
椿:土砂崩れ、か。死者が「まだ」出ていないようでよかったけれど、このまま車では帰れなくなってしまったねえ。
はるか:「まだ」、とか言わないでください。俺たちの場合冗談で済まないんですから。
椿:お払いとか考えた方がいいのかねえ。…………まさかあの子の仕業とかじゃあるまいか。
はるか:…………俺があっちのせんせのおかげで、椿せんせのところに来てからですよね。事件にあいまくっているのは。
椿:まあおいおい考えていくにしてもだ。
はるか:あっ、逃げた。
椿:歩いて帰るよ。まったく、ついてない。警察だのロードサービスだのに話をつけてくるから傘と荷物を用意していなさい。
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はるか:…………せんせ。
椿:そんな悲しい瞳で見るんじゃないよ。どうしてそうなったんだい。
はるか:なんか、傘を差して待っていたら、強い風で傘が裏返ってですね。
椿:骨と皮がバラバラになって、皮の部分は飛ばされていった、と。
はるか:安物のビニール傘なので仕方ないのかもしれないんですが…………って、皮って言わないでくださいよ、なんか嫌だから。
椿:通じたのだからいいじゃないか。ほら。私の番傘を使いなさい。
はるか:いやいやいや!傘を壊しちゃったのは俺ですし、せんせに風邪をひかれては困ります!
椿:こっちのセリフだ。子供が遠慮するもんじゃない。
はるか:せんせのお世話ができる程度には大人ですー!
椿:そうだぞ、おまえさんが倒れたら誰が我が家の家事をすると思ってる。誰が働かなきゃならないと思ってるんだ。
はるか:せんせ、さてはそっちが本音だな!?
椿:いいから、おまえさんが傘をさしなさい。
はるか:せんせがさしてください!
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椿:我々はやはり今宵、どこかおかしいのかもしれない。
はるか:そうですね、同意します。
椿:何故どちらが傘をさすかの譲り合いを、二人とも濡れながらやっていたんだ。
はるか:文章にしないでください。むなしくなるので。
椿:折衷案(せっちゅうあん)といこう。「どちらか」、という点でもめた場合、簡単な解決策は「どちらも」に置き換えるのだよ。
はるか:では今回の場合は?
椿:どちらも傘をさす。どちらも傘をささない。
はるか:現状では二人とも傘をさす、というのは不可能ですね。ものがありませんから。
椿:はっはっは。こうなりゃあ共倒れさね。
はるか:あの、これ一番悪い解決策では?
椿:よく気づいたね。この方法は、たいてい、最速で最悪の解決策なのさ。
はるか:覚えておきます。
椿:まあ今回は大丈夫だろうさ。
はるか:それはまた、なぜ?
椿:少なくとも私は風邪をひかないから。
はるか:予想以上にとんでも理論ですね。
椿:…………傘。傘ねえ。今日は本当に厄日だ。
はるか:傘に何か思い出でも?
椿:あの子は、昔から本当に傘が大嫌いでねえ。小学校、いや、幼稚園の時分(じぶん)から、濡れネズミになって帰ってきたものだよ。
はるか:まあ、おとなしいイメージとは真逆ですよね。
椿:私も何故か一緒に怒られたもんだ。なんで傘をさすよう言わなかったのかーなどとね。いやはや、理不尽。私が注意したところで聞くあの子かね?
はるか:注意してたんですか?
椿:してないねえ。見てただけさ。
はるか:叱られてる理由、たぶんそこですね。
椿:私は、あの子に振り回されて生きてきた。あの子のわがままに従い、あの子に言われたことを話し、あの子の好む服を着た。
はるか:ずっと一緒だったんですか?学校とか。
椿:大学に入る折に、やっとバラバラになったよ。だが、どこをどうしてそうなったか分からないが、二人とも物書きになった。不思議なものだよ。
はるか:そんな風に生きてきたから。ううん、そんな生き方が好きなせんせだから、なんですね。
椿:ん?
はるか:だからせんせは、誰にもなりたくないし、あの人にも、自分にさえもなりたくないんだ。だからたくさんのペンネームをいまだに使い分けては、ころころと名前や振る舞いを変える。…………俺の前では一応、「末永椿」を演じ続けてくれていますけれど。
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はるか:先生は、雨とも涙とも分からない、しずくで濡れた顔で、微笑む。
はるか:だから、続きは言えなかった。
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はるか:「だから俺は、いまだにあなたを、母とも父とも呼べないんですよ」。なんて。
はるか:子供にも弟子にもなれない自分が悔しい。それは、自分勝手だろうか。
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椿:だから言ったろう?おまえさんが傘をさせ、と。
はるか:(咳き込む)。なんでせんせは元気なんですか。
椿:引っかかる物言いはよしたまえよ。君こそ、貧弱なんじゃないかね?
椿:それに、何年間私が、毎年毎年あの子に付き合わされて濡れネズミになってきたと思う?
はるか:親御さん、苦労したんでしょうね。
椿:今になって、その苦労が少し分かる気がするよ。ほら、ごはんお食べ。
はるか:…………あの、せんせ。ひとり暮らしってされてたことありますか?
椿:大学卒業までずっと実家だったねえ。
はるか:そのあとは?
椿:世話焼きのあの子がぴったり一緒だったかなあ。
はるか:それにしたって…………
椿:私の手料理が不満とはいい度胸だ。
はるか:どうしてすべての料理が液状になってるんですか!!!りんごはともかく!!これ魚ですよねたぶん!?
椿:料理が完成した後、仕上げにミキサーにぶちこんだからだよ。
はるか:何故完成の後に仕上げをした!?確実に要らない工程いれてるじゃないですか!!
椿:これが、これこそが、料理だ!!
はるか:せんせ、あんたほんとは風邪ひいてるな?!
椿:ほぅら、これを食べなければ元気にならないよお。
はるか:そりゃ食べなきゃ治らないという点だけは正論でしょうけれども!
椿:お残ししません。スキキライしません。おまえさんは良い子です。
はるか:洗脳じみたこと始めないでください!わかっ、わかった、食べます!食べますからーーー!!