台本概要
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タイトル | 6話『身代わりねこの見たものは』 |
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作者名 | 野菜 (@irodlinatuyasai) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
シリアス本家パートでは椿・はるかの性別表記を明記します。 しかしキャラの性別解釈・役者様の性別は問いません。性別逆バージョンアレンジも大歓迎ですので演じやすいように変更してください。 昼行燈探偵シリーズ第六話。はるか生い立ち編。 今回はるか役の方には前読みをおすすめします。 行く先々で不幸な事故や事件にあう学生はるか。彼の後見人として面倒を見る作家、椿。普段はぐうたら、編集担当には昼行燈よばわりを受ける彼女だが、はるかと共に事件に遭ううちに変わっていく。……いくのか? 【昼行燈ーひるあんどん】 《日中に行灯をともしても、うすぼんやりとしているところから》ぼんやりした人、役に立たない人をあざけっていう語。しかしそう呼ばれるあの人の本性は・・・? 130 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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椿 | 女 | 99 | 末永椿(すえながつばき)。本名ではなく数あるペンネームのひとつ。小説家。野木はるかの後見人。和服。本名は足吾唯(あしごゆい)。双子の兄、知(とも)を赤いコンビニの近くの交差点の交通事故で亡くしている。 |
はるか | 男 | 100 | 野木はるか(のぎはるか)。学生(年齢不問)。だらしのない椿の面倒を見るのが趣味の、家事担当。今回幽霊の知(とも)と、あることを証明するために記憶を失う。夢の中で知として演じるシーンあり。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
はるか:ちょっと出てきますね。
椿:ん?どこへ行くんだい、おまえさん。
はるか:コンビニへ。
椿:どこの。
はるか:…………せんせって、コンビニ嫌いですよね。
椿:私がついていくなら文句は言わないがね。今私は手が離せない。
はるか:でも、あんまり夜遅くに出歩く方が危ないじゃないですか?
椿:おまえさんが行かなければいい。
はるか:いや、でもほしいくじ引きの引き換えが今日までなんですよ。どうしても欲しくて……
椿:そんなもの私が買ってやろう。くじをやっているコンビニなど、北山市草場(きたやましくさば)四丁目の交差点の赤いコンビニだろう?
はるか:そうですけど……だって通学路中にも近所にも、赤いコンビニは草場のしかないんですもん。
椿:諦めなさい。
はるか:嫌ですよ、せっかく一番が当たったのに……
椿:あのコンビニだけはダメだ…………ってこら、コートを着るな、靴を履こうとするんじゃない。
はるか:先生こそ、こんなやりとりしてていいんですか?編集の雨守(あまもり)さん、もう十分もすれば来ちゃいますよ?雨守さん、時間にきっちりしてるから。
椿:うげ。
はるか:今回はたしか……ホラー系の作品でしたね?おやおや、原稿、真っ白に見えますけど~?
椿:くっ、お前さんは先に夕食の準備を済ませたからといって……
はるか:おみやげ楽しみにしていてくださいね、すぐ戻りますから。
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椿:あの時と、同じだった。
椿:私より先に仕事を終わらせて、あのコンビニに向かう。
椿:私は、それをとめられない。
椿:あの子は、笑って、おみやげを約束して、すぐ帰ると言って。
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椿:その日、あの子と同じく、はるかも家に帰ってこなかった。
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0:タイトルコール
はるか:『身代わりねこが見たものは』
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椿:病院からの連絡を受けて、病室の扉を開ければ。
椿:ベッドに横たわるはるかはただ、眠っているように見えた。
椿:骨折と、あざ。頭部を打っているらしいが、致命傷ではないらしい。
椿:ベッドの脇にははるかの荷物。最小限のバッグと、大きなねこのまるまるとしたぬいぐるみ。
はるか:「せんせ、このキャラお好きなんですか?」
椿:「ん?……そうだね、とてもかわいらしいと思うよ。」
椿:どことなく、はるかに似ていて。
椿:本当に、愚かな子。
椿:こんなものの、ために。
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はるか:一週目。
椿:異常はすぐに見つかった。
はるか:お医者さん、父さんと母さんに連絡はつく?
椿:医師は首を振る。そして、困ったように私を見た。
はるか:そうですか…………さすがに野木のばあちゃんは腰が悪いからなー。
椿:看護師がはるかの相手をしているうちに、この事態を医師から聞く。…………ありふれた、ただの、記憶喪失。
椿:それでいて、実際にはめったに起こることのない事象。
はるか:お姉さん!こっちのお客さんおれの知り合い?
椿:………こんにちは、かな。私のことは分かるかい?
はるか:分かんない!
椿:そうかい。元気がよくてなによりだ。…………おまえさんには、「先生」と呼ばれていたよ。
はるか:じゃあ小学校のせんせ?
椿:…………なるほど。おまえさん、自分の年は言えるかい?
はるか:ななつ!のぎはるかです!
椿:うんうん、えらいえらい。
椿:目くばせをすると看護師と医師は病室を出ていく。
はるか:おれけがしたの?なんで?
椿:トラックにぶつかったからだよ。
はるか:……おれ、悪い子だ。
椿:その時のことは、覚えてないんだね。
はるか:よくわかんない。ねえ、父さんと母さんは?
椿:おまえさんのお父さんとお母さんとは知り合いじゃなくてねえ。私の苗字は足吾(あしご)だ。
はるか:あしご?…………あ!ふたごさんのいる親戚!
椿:おや、知っていたのか。
はるか:ふたりのお姉さん?
椿:…………そんなところさ。
はるか:おれの、お見舞い?
椿:そうとも。
はるか:…………なんで、父さんと母さん、来ないの?
椿:おまえさんが寝ているときに来たんじゃないかい?
椿:失言だったのだろう。みるみるうちにはるかの目元に涙が溜まっていく。この子は、こんなに泣き虫だったろうか。
椿:あー済まない。変なことを言った。お話をして待っていようじゃあないか。
はるか:おはなし?
椿:…………そうだね。私はおまえさんのご両親について何も知らない。どんな人か、とか、こんなことがあった、とか。聞きたいな。
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はるか:おれね、にげだしたの。
椿:それは、はるかの最初の逃亡だった。
はるか:お友達はいっぱいいたけど、寒くて、おなかすいて、壁の穴から出たの。
椿:十年以上前に貧困でつぶれた孤児院のことを、私は思い出した。
はるか:父さんと母さんは、こわい大人たちから守ってくれた。「ここにはいないよ」って言ってくれた。
椿:はるかは言っていた。「様々なものから逃げて、今生きている」と。
はるか:気づいたら俺はただの「はるか」じゃなくて、「野木はるか」になってた。父さんがいて、母さんがいて、あと優しいばあちゃんがいる。
椿:おまえさんや。「今の」、おまえさんは「しあわせ」かい?
はるか:幸せだよ。だって、逃げてきたから。
椿:両親と祖母との温かな日々を語るうちに、はるかはそのまま寝てしまった。
椿:私には、記憶を正すことがよいことか、わからない。
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椿:目撃証言、かね。…………トラックが突っ込む前、誰かとはるかが会話を?
椿:ふむ。あそこは去年にも成人男性二人の事故があったろう。…………分からないかね。監視カメラがないか探したまえよ。
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はるか:二週目
椿:私は、病室に入らない。…………入れない。
椿:体の傷はほぼ問題はない。私は、医師以外をここに入れないために、ただ立っている。
はるか:「ばあちゃんも。もう父と母も。この世にはいないんですね。」
椿:はるかは数日前、急に記憶を成長させた。
椿:無邪気な瞳は別人のように無感情に、布団を見つめていた。
はるか:「俺を殴ってください。」
椿:どうして?
はるか:「体にあざがないことがバレたら、もっとおじさんに殴られる。」
椿:事故に遭う以前から、すでにはるかの体には消えない傷が多かった。今もなお、それは消えずに残っている。…………それでも、その傷の量でさえ、「今の」彼は足りないというのだ。
はるか:「すみません、せんせは、煙草を吸われる方ですか?」
椿:何に使うつもりだい?
はるか:「大丈夫です、吸いませんよ。ただ消えちゃってるやけどをなんとかしないと……」
椿:(机、ノートなど物を叩く)
はるか:…………どうして、あなたが泣きそうなんですか。
椿:私は煙草など吸わない。…………安心したまえ。そのクソがつくおじさまはおまえさんのことなど心配しちゃあいないよ。
はるか:…………それも、そうですね。
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はるか:先生、と名乗る人が出て行ってすぐ、俺の手足はベッドに繋がれた。残念なような、ほっとしたような。
はるか:傷は服で隠れるところにつけないと、もっとあの義父は怒るから。
はるか:ああ、逃げてしまいたいな。
はるか:逃げてしまおうか。
はるか:でも、逃げるのは、わるいことだから。
椿:「おまえさんは、今、しあわせかい?。」
はるか:そう俺に問いかけてきたあの目は、誰のものだっけ。
はるか:…………手足をつながれた俺は、どうしたらいいのかな。
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椿:犯行に使われた車両が見つからない?ナンバー程度は特定しているのだろうね?…………数年前に、既に廃車だと?
椿:それも、廃車になった原因の事故の日…………あの子の、事故の日じゃないか…………!?
椿:悪いね、去年の成人男性二人の事故、当たってくれないかな。考えたくはないが、そのトラックもおそらくは…………
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はるか:三週目
椿:事故から三週間と数日。はるかの記憶はまた針を進めた。
はるか:えっと。こんにちは?お客さんですかね。亜理子さん…………は、ダメだな。和馬さんどこ行っちゃったんだろ。
椿:どことなくその振る舞いは私の知るはるかに似ていた。
はるか:すみません、亜理子さんという女性を知りませんか?髪の長い、おっとりとした方なんですけど…………
椿:「亜理子さん」という名前は、以前彼の口からきいていた。いつぞや、教団に絡んだ事件の時だ。
椿:ということは、今の君は…………
はるか:あっ、事情を知ってくれてるということは、和馬さんの関係者さんですかね。和馬さんと亜理子さんには「ねこ」として家においてもらってます。
椿:おじさん、という人のところからは、解放されたのかな。
はるか:あーーもしかしてあの人、探してます?困ったなー絶対放置すると思ったのに。
椿:安心するといい。これまでもこれからも、あいつはおまえさんを探すことはないさ。ろくでなしだからね。
はるか:ははは……否定するべきなんでしょうが、そうもいかないのがまた…………
椿:そのおじさんに殴りかかって、血眼になって野木はるかを探している人物がいたのさ。
はるか:え?
椿:足吾(あしご)の問題児の方さ。
はるか:んー…………心当たりは、ないですねえ。
椿:そうかい。まあおまえさんにもいろいろあったことは分かったよ。
はるか:でも俺、もうしばらく「ねこ」でいる予定ですので。
椿:…………説明してもらっても?
はるか:このままだと、たぶん、亜理子さん死んじゃうから。
椿:事件性のある家庭なのかね。
はるか:これ以上のことを言えるほど、証拠があるわけじゃないです。でも。
椿:でも?
はるか:和馬さんも、亜理子さんも、二人を逃がしてあげないと、絶対によくないんです。
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椿:彼のいた、おじさんとやらの家。それははるかの父の、弟の家だ。
はるか:野木はるかが、彼を必死に探していた足吾知(あしごとも)と合流したのは、とある公園。
椿:はるかがおじさんの元を逃げ出してから、合流までの期間で、おじさんの家と公園の間の区域一体で起きた事件。
はるか:俺は、コワレテいたのは亜理子さんだけだと思ってた。だから、二人両方を狂気から逃がすことはできなかったのかもしれない。
椿:私は、一家心中の記事を握りつぶした。
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はるか:せんせは、俺の、なんのせんせなんですか?
椿:…………人生?
はるか:立派な方だったんですね、すみません思い出せなくて。
椿:そう言ってもらえるのなら、記憶喪失も悪くないかもしれないね。
はるか:ところでせんせ、毎日俺のお見舞いに来てますけど…………お仕事は?
椿:おまえさん、記憶取り戻してないかね?
はるか:…………はあ。どこかしら無理をなさっているのはわかりました。いつ戻るとも分からないんです。毎日来ずともいいんですよ?
椿:そう言いなさんな。
はるか:…………。
椿:…………。
はるか:せんせ、何のお仕事してるんですか?
椿:働いたら負けだ。
はるか:は?
椿:だから趣味で生計をたてている。
はるか:…………意外と、困った方なんですね。
椿:ちなみにおまえさんは二番目くらいに困らされている被害者だぞ。
はるか:あはは。では一番目は?
椿:私に仕事をしろと小言を言うあの男だな。
はるか:お気の毒に…………
椿:…………あの教祖は、本物だったのかもしれないね。
はるか:なんのことですか?
椿:私も、おまえさんも、あの子も…………神の掌の上。
はるか:何を弱気なこと言ってるんです。「教祖=神とかいう宗教は距離を取るべき」って言ってたのは誰ですか。
椿:…………おまえさん、記憶が?
はるか:どうかしましたか?俺、何の話、してましたっけ?ああ、せんせのお仕事?
椿:…………すまない。なんでもないよ。
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椿:夢を、見ていた。はるかの姿をした…………まぎれもない、兄の夢。
はるか:(知)久しぶり!相変わらず辛気臭い顔しちゃってさ。寝てんの?起きてんの?
椿:…………その腹立たしい話し方。あの子だね。
はるか:(知)名前で呼んでくれてかまわないのに。それとも、まだ怖いのかい?
椿:今回のひき逃げ事件、おまえさん一枚噛んでいるだろう。
はるか:(知)知ってることを確認するなんて、時間の無駄ではないのかね?
椿:記憶喪失までおまえさんの仕業だとしたら
はるか:(知)だとしたら許さないとでも?死者を恨むなんて、これ以上なく非生産的ではないのかな?おまえさんらしくもない。
椿:否定しないのかね。
はるか:(知)同意は得た、と言っておくよ。それよりも!君にあてた手紙の返事は決まったのかな?
椿:手紙?
はるか:(知)あーもう。
はるか:(知)「まず野木はるかについて。この子は大事な…………大事な子だ!大事な家族でも、大事な友人でも、大事な弟子でも好きにするといいよ!」
はるか:(知)もう私の遺言を忘れたのかい?
椿:…………忘れられるわけ、ないだろう。
はるか:(知)こたえは?
椿:は?
はるか:(知)私の初めての友人、野木はるかは君のなに?家族?友人?弟子?
椿:…………
はるか:(知)それとも…………死んだ兄の身代わり?
椿:ふざけるな!!
はるか:(知)私は今まで好きに生きた。好きにやった。幸せだった。
はるか:(知)君も好きに生きなよ。好きにやりなよ。幸せになれ。
はるか:(知)そして、野木はるかに幸せを教えてやってくれ。
はるか:(知)…………そう、伝えたじゃないか。
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はるか:四週目
椿:目を開けると、はるかの病室だった。寝ているはるかにつられて、座ったまま眠りこけてしまったのだろうか。
椿:あの子め。答えなんぞ、とうの昔に…………
はるか:父さん。母さん。
椿:今度は、何から逃げているのだろうか。
はるか:…………せんせ?
椿:おはよう。
椿:今度の君は、何者だ?
はるか:うわああああ俺どのくらい寝てました!!?すっげえ嫌な予感がする!すっげえ嫌な予感がする!!!
椿:…………おまえ、さん?
はるか:はん、にち?いやもっとだな。まさか二、三日?
椿:四週間。
はるか:四週間。
椿:もうじき来月が来る。
はるか:もうじき来月。
椿:…………はあ、なんとまあ、いきなり戻ったもんだよ。
はるか:おそらくですが多大な迷惑をおかけしました。
椿:…………今医者を呼ぶ。それにしたって、なんで飛び出したりなんてしたんだね…………。
はるか:ああ、そうだそうだ。四週間もあったなら、十分わかりましたよね、せんせ?
椿:は?
はるか:ああいや、せんせじゃなくて、窓の外に浮いてる、お兄さんの方です。
椿:…………(静かに硬いものを探す)
はるか:ね?俺、別にお兄さんの身代わりじゃなかったでしょ?
椿:死にさらせ!!
はるか:りんごーーーーーーー!!!?
椿:くっ、なぜ塩も消臭スプレーもないんだ。絶対に仕留め損ねたじゃあないか。
はるか:どうして!せんせは!!いつも窓から物を投げ捨てるの!!
椿:いつもとは心外な。まだ二回目だ。
はるか:そういう問題じゃなーい!!
椿:大丈夫、あの子が避けたりんごは、どこかでだれかが万有引力を発見する手伝いとなるさ。
はるか:すでにニュートンが発見してるんですよそれは!!
椿:…………やれやれ。まだあの子はいるのかい?
はるか:もういませんね。
椿:そうかね。………医者の検査の後でもいいが、数日に渡りかねん。これを渡しておくから目を通しておきなさい。
はるか:ずいぶんと、分厚い書類ですね。何か事件ですか。
椿:事件の方がどれだけ楽だったか。あの子が詐欺で後見人制度を利用したせいで、この町の制度がほとんど複雑化してしまった。
はるか:えっそれって、俺を後見人にする時の詐欺ですよね?俺もせんせも大丈夫だったんですか?
椿:被害者だとごりおした。
はるか:なんとかなっちゃったんだ…………。
椿:と、いうわけで、他の町とは制度や手続きなど異なっている。ちゃんと読んだうえで、判断したまえ。
はるか:え、ちょっと?
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はるか:せんせから押し付けられた封筒を開ける。
はるか:「養子縁組手続きについて」と、書かれていた。
はるか:ちょっと出てきますね。
椿:ん?どこへ行くんだい、おまえさん。
はるか:コンビニへ。
椿:どこの。
はるか:…………せんせって、コンビニ嫌いですよね。
椿:私がついていくなら文句は言わないがね。今私は手が離せない。
はるか:でも、あんまり夜遅くに出歩く方が危ないじゃないですか?
椿:おまえさんが行かなければいい。
はるか:いや、でもほしいくじ引きの引き換えが今日までなんですよ。どうしても欲しくて……
椿:そんなもの私が買ってやろう。くじをやっているコンビニなど、北山市草場(きたやましくさば)四丁目の交差点の赤いコンビニだろう?
はるか:そうですけど……だって通学路中にも近所にも、赤いコンビニは草場のしかないんですもん。
椿:諦めなさい。
はるか:嫌ですよ、せっかく一番が当たったのに……
椿:あのコンビニだけはダメだ…………ってこら、コートを着るな、靴を履こうとするんじゃない。
はるか:先生こそ、こんなやりとりしてていいんですか?編集の雨守(あまもり)さん、もう十分もすれば来ちゃいますよ?雨守さん、時間にきっちりしてるから。
椿:うげ。
はるか:今回はたしか……ホラー系の作品でしたね?おやおや、原稿、真っ白に見えますけど~?
椿:くっ、お前さんは先に夕食の準備を済ませたからといって……
はるか:おみやげ楽しみにしていてくださいね、すぐ戻りますから。
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椿:あの時と、同じだった。
椿:私より先に仕事を終わらせて、あのコンビニに向かう。
椿:私は、それをとめられない。
椿:あの子は、笑って、おみやげを約束して、すぐ帰ると言って。
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椿:その日、あの子と同じく、はるかも家に帰ってこなかった。
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はるか:『身代わりねこが見たものは』
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椿:病院からの連絡を受けて、病室の扉を開ければ。
椿:ベッドに横たわるはるかはただ、眠っているように見えた。
椿:骨折と、あざ。頭部を打っているらしいが、致命傷ではないらしい。
椿:ベッドの脇にははるかの荷物。最小限のバッグと、大きなねこのまるまるとしたぬいぐるみ。
はるか:「せんせ、このキャラお好きなんですか?」
椿:「ん?……そうだね、とてもかわいらしいと思うよ。」
椿:どことなく、はるかに似ていて。
椿:本当に、愚かな子。
椿:こんなものの、ために。
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はるか:一週目。
椿:異常はすぐに見つかった。
はるか:お医者さん、父さんと母さんに連絡はつく?
椿:医師は首を振る。そして、困ったように私を見た。
はるか:そうですか…………さすがに野木のばあちゃんは腰が悪いからなー。
椿:看護師がはるかの相手をしているうちに、この事態を医師から聞く。…………ありふれた、ただの、記憶喪失。
椿:それでいて、実際にはめったに起こることのない事象。
はるか:お姉さん!こっちのお客さんおれの知り合い?
椿:………こんにちは、かな。私のことは分かるかい?
はるか:分かんない!
椿:そうかい。元気がよくてなによりだ。…………おまえさんには、「先生」と呼ばれていたよ。
はるか:じゃあ小学校のせんせ?
椿:…………なるほど。おまえさん、自分の年は言えるかい?
はるか:ななつ!のぎはるかです!
椿:うんうん、えらいえらい。
椿:目くばせをすると看護師と医師は病室を出ていく。
はるか:おれけがしたの?なんで?
椿:トラックにぶつかったからだよ。
はるか:……おれ、悪い子だ。
椿:その時のことは、覚えてないんだね。
はるか:よくわかんない。ねえ、父さんと母さんは?
椿:おまえさんのお父さんとお母さんとは知り合いじゃなくてねえ。私の苗字は足吾(あしご)だ。
はるか:あしご?…………あ!ふたごさんのいる親戚!
椿:おや、知っていたのか。
はるか:ふたりのお姉さん?
椿:…………そんなところさ。
はるか:おれの、お見舞い?
椿:そうとも。
はるか:…………なんで、父さんと母さん、来ないの?
椿:おまえさんが寝ているときに来たんじゃないかい?
椿:失言だったのだろう。みるみるうちにはるかの目元に涙が溜まっていく。この子は、こんなに泣き虫だったろうか。
椿:あー済まない。変なことを言った。お話をして待っていようじゃあないか。
はるか:おはなし?
椿:…………そうだね。私はおまえさんのご両親について何も知らない。どんな人か、とか、こんなことがあった、とか。聞きたいな。
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はるか:おれね、にげだしたの。
椿:それは、はるかの最初の逃亡だった。
はるか:お友達はいっぱいいたけど、寒くて、おなかすいて、壁の穴から出たの。
椿:十年以上前に貧困でつぶれた孤児院のことを、私は思い出した。
はるか:父さんと母さんは、こわい大人たちから守ってくれた。「ここにはいないよ」って言ってくれた。
椿:はるかは言っていた。「様々なものから逃げて、今生きている」と。
はるか:気づいたら俺はただの「はるか」じゃなくて、「野木はるか」になってた。父さんがいて、母さんがいて、あと優しいばあちゃんがいる。
椿:おまえさんや。「今の」、おまえさんは「しあわせ」かい?
はるか:幸せだよ。だって、逃げてきたから。
椿:両親と祖母との温かな日々を語るうちに、はるかはそのまま寝てしまった。
椿:私には、記憶を正すことがよいことか、わからない。
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椿:目撃証言、かね。…………トラックが突っ込む前、誰かとはるかが会話を?
椿:ふむ。あそこは去年にも成人男性二人の事故があったろう。…………分からないかね。監視カメラがないか探したまえよ。
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はるか:二週目
椿:私は、病室に入らない。…………入れない。
椿:体の傷はほぼ問題はない。私は、医師以外をここに入れないために、ただ立っている。
はるか:「ばあちゃんも。もう父と母も。この世にはいないんですね。」
椿:はるかは数日前、急に記憶を成長させた。
椿:無邪気な瞳は別人のように無感情に、布団を見つめていた。
はるか:「俺を殴ってください。」
椿:どうして?
はるか:「体にあざがないことがバレたら、もっとおじさんに殴られる。」
椿:事故に遭う以前から、すでにはるかの体には消えない傷が多かった。今もなお、それは消えずに残っている。…………それでも、その傷の量でさえ、「今の」彼は足りないというのだ。
はるか:「すみません、せんせは、煙草を吸われる方ですか?」
椿:何に使うつもりだい?
はるか:「大丈夫です、吸いませんよ。ただ消えちゃってるやけどをなんとかしないと……」
椿:(机、ノートなど物を叩く)
はるか:…………どうして、あなたが泣きそうなんですか。
椿:私は煙草など吸わない。…………安心したまえ。そのクソがつくおじさまはおまえさんのことなど心配しちゃあいないよ。
はるか:…………それも、そうですね。
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はるか:先生、と名乗る人が出て行ってすぐ、俺の手足はベッドに繋がれた。残念なような、ほっとしたような。
はるか:傷は服で隠れるところにつけないと、もっとあの義父は怒るから。
はるか:ああ、逃げてしまいたいな。
はるか:逃げてしまおうか。
はるか:でも、逃げるのは、わるいことだから。
椿:「おまえさんは、今、しあわせかい?。」
はるか:そう俺に問いかけてきたあの目は、誰のものだっけ。
はるか:…………手足をつながれた俺は、どうしたらいいのかな。
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椿:犯行に使われた車両が見つからない?ナンバー程度は特定しているのだろうね?…………数年前に、既に廃車だと?
椿:それも、廃車になった原因の事故の日…………あの子の、事故の日じゃないか…………!?
椿:悪いね、去年の成人男性二人の事故、当たってくれないかな。考えたくはないが、そのトラックもおそらくは…………
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はるか:三週目
椿:事故から三週間と数日。はるかの記憶はまた針を進めた。
はるか:えっと。こんにちは?お客さんですかね。亜理子さん…………は、ダメだな。和馬さんどこ行っちゃったんだろ。
椿:どことなくその振る舞いは私の知るはるかに似ていた。
はるか:すみません、亜理子さんという女性を知りませんか?髪の長い、おっとりとした方なんですけど…………
椿:「亜理子さん」という名前は、以前彼の口からきいていた。いつぞや、教団に絡んだ事件の時だ。
椿:ということは、今の君は…………
はるか:あっ、事情を知ってくれてるということは、和馬さんの関係者さんですかね。和馬さんと亜理子さんには「ねこ」として家においてもらってます。
椿:おじさん、という人のところからは、解放されたのかな。
はるか:あーーもしかしてあの人、探してます?困ったなー絶対放置すると思ったのに。
椿:安心するといい。これまでもこれからも、あいつはおまえさんを探すことはないさ。ろくでなしだからね。
はるか:ははは……否定するべきなんでしょうが、そうもいかないのがまた…………
椿:そのおじさんに殴りかかって、血眼になって野木はるかを探している人物がいたのさ。
はるか:え?
椿:足吾(あしご)の問題児の方さ。
はるか:んー…………心当たりは、ないですねえ。
椿:そうかい。まあおまえさんにもいろいろあったことは分かったよ。
はるか:でも俺、もうしばらく「ねこ」でいる予定ですので。
椿:…………説明してもらっても?
はるか:このままだと、たぶん、亜理子さん死んじゃうから。
椿:事件性のある家庭なのかね。
はるか:これ以上のことを言えるほど、証拠があるわけじゃないです。でも。
椿:でも?
はるか:和馬さんも、亜理子さんも、二人を逃がしてあげないと、絶対によくないんです。
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椿:彼のいた、おじさんとやらの家。それははるかの父の、弟の家だ。
はるか:野木はるかが、彼を必死に探していた足吾知(あしごとも)と合流したのは、とある公園。
椿:はるかがおじさんの元を逃げ出してから、合流までの期間で、おじさんの家と公園の間の区域一体で起きた事件。
はるか:俺は、コワレテいたのは亜理子さんだけだと思ってた。だから、二人両方を狂気から逃がすことはできなかったのかもしれない。
椿:私は、一家心中の記事を握りつぶした。
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はるか:せんせは、俺の、なんのせんせなんですか?
椿:…………人生?
はるか:立派な方だったんですね、すみません思い出せなくて。
椿:そう言ってもらえるのなら、記憶喪失も悪くないかもしれないね。
はるか:ところでせんせ、毎日俺のお見舞いに来てますけど…………お仕事は?
椿:おまえさん、記憶取り戻してないかね?
はるか:…………はあ。どこかしら無理をなさっているのはわかりました。いつ戻るとも分からないんです。毎日来ずともいいんですよ?
椿:そう言いなさんな。
はるか:…………。
椿:…………。
はるか:せんせ、何のお仕事してるんですか?
椿:働いたら負けだ。
はるか:は?
椿:だから趣味で生計をたてている。
はるか:…………意外と、困った方なんですね。
椿:ちなみにおまえさんは二番目くらいに困らされている被害者だぞ。
はるか:あはは。では一番目は?
椿:私に仕事をしろと小言を言うあの男だな。
はるか:お気の毒に…………
椿:…………あの教祖は、本物だったのかもしれないね。
はるか:なんのことですか?
椿:私も、おまえさんも、あの子も…………神の掌の上。
はるか:何を弱気なこと言ってるんです。「教祖=神とかいう宗教は距離を取るべき」って言ってたのは誰ですか。
椿:…………おまえさん、記憶が?
はるか:どうかしましたか?俺、何の話、してましたっけ?ああ、せんせのお仕事?
椿:…………すまない。なんでもないよ。
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椿:夢を、見ていた。はるかの姿をした…………まぎれもない、兄の夢。
はるか:(知)久しぶり!相変わらず辛気臭い顔しちゃってさ。寝てんの?起きてんの?
椿:…………その腹立たしい話し方。あの子だね。
はるか:(知)名前で呼んでくれてかまわないのに。それとも、まだ怖いのかい?
椿:今回のひき逃げ事件、おまえさん一枚噛んでいるだろう。
はるか:(知)知ってることを確認するなんて、時間の無駄ではないのかね?
椿:記憶喪失までおまえさんの仕業だとしたら
はるか:(知)だとしたら許さないとでも?死者を恨むなんて、これ以上なく非生産的ではないのかな?おまえさんらしくもない。
椿:否定しないのかね。
はるか:(知)同意は得た、と言っておくよ。それよりも!君にあてた手紙の返事は決まったのかな?
椿:手紙?
はるか:(知)あーもう。
はるか:(知)「まず野木はるかについて。この子は大事な…………大事な子だ!大事な家族でも、大事な友人でも、大事な弟子でも好きにするといいよ!」
はるか:(知)もう私の遺言を忘れたのかい?
椿:…………忘れられるわけ、ないだろう。
はるか:(知)こたえは?
椿:は?
はるか:(知)私の初めての友人、野木はるかは君のなに?家族?友人?弟子?
椿:…………
はるか:(知)それとも…………死んだ兄の身代わり?
椿:ふざけるな!!
はるか:(知)私は今まで好きに生きた。好きにやった。幸せだった。
はるか:(知)君も好きに生きなよ。好きにやりなよ。幸せになれ。
はるか:(知)そして、野木はるかに幸せを教えてやってくれ。
はるか:(知)…………そう、伝えたじゃないか。
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はるか:四週目
椿:目を開けると、はるかの病室だった。寝ているはるかにつられて、座ったまま眠りこけてしまったのだろうか。
椿:あの子め。答えなんぞ、とうの昔に…………
はるか:父さん。母さん。
椿:今度は、何から逃げているのだろうか。
はるか:…………せんせ?
椿:おはよう。
椿:今度の君は、何者だ?
はるか:うわああああ俺どのくらい寝てました!!?すっげえ嫌な予感がする!すっげえ嫌な予感がする!!!
椿:…………おまえ、さん?
はるか:はん、にち?いやもっとだな。まさか二、三日?
椿:四週間。
はるか:四週間。
椿:もうじき来月が来る。
はるか:もうじき来月。
椿:…………はあ、なんとまあ、いきなり戻ったもんだよ。
はるか:おそらくですが多大な迷惑をおかけしました。
椿:…………今医者を呼ぶ。それにしたって、なんで飛び出したりなんてしたんだね…………。
はるか:ああ、そうだそうだ。四週間もあったなら、十分わかりましたよね、せんせ?
椿:は?
はるか:ああいや、せんせじゃなくて、窓の外に浮いてる、お兄さんの方です。
椿:…………(静かに硬いものを探す)
はるか:ね?俺、別にお兄さんの身代わりじゃなかったでしょ?
椿:死にさらせ!!
はるか:りんごーーーーーーー!!!?
椿:くっ、なぜ塩も消臭スプレーもないんだ。絶対に仕留め損ねたじゃあないか。
はるか:どうして!せんせは!!いつも窓から物を投げ捨てるの!!
椿:いつもとは心外な。まだ二回目だ。
はるか:そういう問題じゃなーい!!
椿:大丈夫、あの子が避けたりんごは、どこかでだれかが万有引力を発見する手伝いとなるさ。
はるか:すでにニュートンが発見してるんですよそれは!!
椿:…………やれやれ。まだあの子はいるのかい?
はるか:もういませんね。
椿:そうかね。………医者の検査の後でもいいが、数日に渡りかねん。これを渡しておくから目を通しておきなさい。
はるか:ずいぶんと、分厚い書類ですね。何か事件ですか。
椿:事件の方がどれだけ楽だったか。あの子が詐欺で後見人制度を利用したせいで、この町の制度がほとんど複雑化してしまった。
はるか:えっそれって、俺を後見人にする時の詐欺ですよね?俺もせんせも大丈夫だったんですか?
椿:被害者だとごりおした。
はるか:なんとかなっちゃったんだ…………。
椿:と、いうわけで、他の町とは制度や手続きなど異なっている。ちゃんと読んだうえで、判断したまえ。
はるか:え、ちょっと?
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はるか:せんせから押し付けられた封筒を開ける。
はるか:「養子縁組手続きについて」と、書かれていた。