台本概要

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タイトル 8話『この日々こそが宝なり』
作者名 野菜  (@irodlinatuyasai)
ジャンル その他
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 20 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 役者様の性別は問いません。アレンジも大歓迎ですので演じやすいように変更してください。

昼行燈探偵シリーズは最終話。
行く先々で不幸な事故や事件にあうはるかと椿。黒幕にとどめを刺すのは次シリーズへ、ひとまず「学生のはるか」と椿の物語はここでひと段落です。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
椿 107 末永椿(すえながつばき)。本名ではなく数あるペンネームのひとつ。小説家。野木はるかの養親。和服。本名は足吾唯(あしごゆい)。双子の兄、知(とも)がいた。兄をあの子、と呼ぶ。
はるか 107 野木はるか(のぎはるか)。学生(年齢不問)。だらしのない椿の面倒を見るのが趣味の、家事担当。振り回されつつも、素晴らしい小説家としては椿を尊敬している。最近養子になったけど特に変化はない。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
0:古いものの大きく立派な屋敷。椿が外から訪れると、はるかが中からドアを開ける。 椿:おはよう。ご機嫌いかがかね? はるか:いいと思うなよ最高の天才物書き。 椿:はっはっは。尊敬の念が隠しきれてないねえ。 はるか:はぁ、でも三日で済んで助かりました。犯人、捕まったんですか? 椿:二人はね。 はるか:二人もいたんですか。 椿:二人しか、あぶりだせていないのだよ。 はるか:……説明をしてもらっていいですか、せんせ。 椿:侵入してきたのは、金を握らされただけの、何も知らぬ阿呆だよ。操っている人形遣いはどこにいるものやら。 はるか:あ、せんせ。中で話しましょう。えーと、あの長細い机の部屋でお待ちください。 椿:…………ダイニングルーム、のことかな。 はるか:机の上にお菓子いっぱい作ったので、入れば分かります。 椿:…………何してるんだね、おまえさんは。 0: 0: はるか:お待たせしました。チョコがなかなか固まらなくて。 椿:かまわないとも。何点か尋ねたいことがあるのだけれど、いいかい? はるか:はい。あ、どうぞせんせ。食べながら。 椿:いただきます。では大事なところから聞こうかな。 はるか:なんでしょう。 椿:この三日間、不審な人物は来なかったし、見なかった。この認識で会ってるかね? はるか:少なくとも俺は気が付かなかったですね。 椿:それはなによりだ。私が言い出したこととはいえ、何もないに越したことはないからね。 はるか:せんせ、紅茶にミルク入れます? 椿:砂糖もよろしく。では次なんだが。 はるか:はい。あ、甘いの飽きましたか?野木のばあちゃん直伝おかきもありますよ。 椿:うん問題はそこじゃないね。どうして10人掛けのテーブルの上いっぱいに甘味が敷き詰められているのかな?中央の大きいのはウエディングケーキかね? はるか:作ってみたのはいいんですけど、俺一人しか食べる人がいないのを完全に忘れてました。いつもはクラスメイトとかに配って処理するんですけど。 椿:…………材料は、どこから? はるか:来るときに持てるだけ。 椿:荷物の内訳は? はるか:お菓子作りの道具と材料が半分、掃除道具が半分。…………あ、スマホと着替えもです。 椿:どうして常識的なおまえさんがそんなことに…………いや、趣味が悪いとは言わないよ?ただ割合があんまりじゃないかね? はるか:せんせが言ったんじゃないですか。何日ここにいるか分からない、暇つぶしできるものは持っていけ、と。 椿:(大きくため息) はるか:あ、ケーキ以外は日持ちしますから大丈夫ですよ。今日で帰るって電話が来てから作り始めたものです。袋詰めますね。もう少し食べたいのありますか? 椿:いや…………この紅茶で終わりにするよ…………帰りの車で酔いそうだ。 はるか:荷物はもうまとめて玄関にあるので、お菓子だけまとめたら行きますね。 0:椿、外に出て車に向かう。 椿:…………育て方を間違えたとは思わないが…………いやむしろ何もしてないのに勝手にどんどん育っているというか………… はるか:お待たせしました。…………ん? 椿:なんだい? はるか:誰かに見られた気がしたんですけど…………はは、マンガじゃあるまいし、視線なんてそうそう分かるわけないですよね。なんでもないです。 椿:おまえさんや。 はるか:なんですかせんせ。 椿:屋敷の掃除、ありがとう。新築並みにきれいになっていたのはさすがに引いたけれども。 はるか:そりゃもう暇でしたから。 椿:おまえさん、兄とは違う意味で目を離せない子だねえ。 はるか:そういうせんせは、お仕事、進みましたか? 椿:…………私は負けていない。 はるか:「働いたら負け」、ですか。どっちみち部屋を見れば分かりますけど。 椿:おや、また探偵ごっこかい? はるか:探偵は無理ですが、お母さんにはなれそうです。 椿:は? はるか:せんせは、いつも夢中でお仕事しているときほど部屋が散らかるんです。俺の掃除が追い付かないくらい。逆は…………分かりますよね、末永せんせ? 椿:これ私がサボっている間に雨守(あまもり)がこの子を育てているな…………? はるか:さて、帰りましょ。せんせ。 0: 0: 0:一週間ほど前。椿とはるかのマンションにて。 椿:それは、一週間ほど前のこと。 はるか:せんせ、一応たぶんお手紙です。 椿:あー、いつも通りに頼もうかな。ちらしはゴミ箱、編集部からなら私の仕事部屋。おやすみなさ…………なぜ手紙を持つのにビニール手袋を? はるか:こういうのは直接触っちゃいけない気がしまして。 椿:いやがらせか何かかね?見せたまえ、兄のせいで散々被害を被って(こうむって)きたこの私が見てやろうじゃあないか! はるか:喜ばないでくださいそこそこやばいんですから! 椿:その封筒かね? はるか:切手どころか、消印も住所も名前もないんです。でも、せんせのペンネーム全部書いてあるんですよ!? 椿:…………それは、かなりマズい。私専属の編集担当をしている雨守(あまもり)と、おまえさんしかそれは知らないはずだ。 はるか:まさか雨守さんが…………いや、絶対ないですね。 椿:ああ、ありえない。兄と一緒にペンネームを使っていた頃からの付き合いだ。それに………… はるか:それに? 椿:拷問されたとしても十倍返しで反撃するんじゃないかな、雨守は。 はるか:あの雨守さんですからね…………。 椿:しっかし随分と趣のある脅迫状だなあ。 はるか:あああいつのまに!!せんせ、あまりべたべた触っちゃダメですって!! 椿:ごらん……。一文字一文字新聞の文字を切り取ってのりづけしている。手間暇をかけて、心をこめて作ってくれたんだろう。……脅迫文だけど。 はるか:新聞の切り抜きも脅迫してるのも喜べませんよ! 椿:だが文章が短いのは、恋文としては減点だ。「宝物を奪いに行く。秘密をばらされたくなければ兄の後を追え。」……だそうだ。 はるか:だ、そうだ……じゃないです!!それって、宝物をとられる上に、ペンネームのことばらされちゃうってことじゃないですか! 椿:たからもの……ねえ。 はるか:……俺に何かついてますか。 椿:ちなみにおまえさんは、この家の宝って何だと思う? はるか:せんせの書かれた作品の草稿、初回限定廃版作品、あとお兄さんの書かれた遺作ですかね。 椿:おまえさん………もはや疑うまでもなく生粋の小説オタクだねえ。 はるか:せんせーは!!ご自分の価値を!!分かってない!!…………価値? 椿:忙しいねえおまえさんは。 はるか:人気作家の、せんせの命、とか。 椿:…………ほう。 はるか:お兄さんがいない今、せんせがいなくなったら、何人もの有名人気作家が失踪する、あるいは死亡することになりますよね。 椿:はっはっは。ペンネームだけはたくさん持ってるからねえ。 はるか:どうしましょう、俺、体力はともかく戦ったことはないですよ。 椿:何も正面衝突だけが戦うこととは限らないさ。 はるか:え? 椿:ここから三時間ほど車で走ったところに、兄が小説の参考にすると言って購入した別宅がある。 はるか:は? 椿:ここ数年ほど放置してあるが…………そこを使おう。その家で、おまえさんにはすべての窓、ドアに鍵をかけずに生活してもらう。……一人暮らしになるが、おまえさんなら問題ないだろう? はるか:そんな、せんせはどうするんですか!? 椿:雨守(あまもり)と警察と相談になるが、この家の金銭もペンネームも、どちらも私の今後の活動や生活に関わる大事なものだ。俗物的なただのチンピラならこちらを狙うだろう。 はるか:それは……たしかに普通はお金とか狙うかもですけど。ペンネームの秘密を知っていた人ですよ? 椿:正直、私はペンネームはどうでもいい。世間が混乱するのも私の評判も、めんどくさい。働きたくもない。好きで書いてるだけさね。 はるか:うわあ。 椿:だがね。 はるか:はい。 椿:私の家族は、もうおまえさんだけなんだよ。 はるか:…………。 椿:しばらく別行動しよう。警察には別宅の張り込みを頼むつもりだ。寂しい思いをさせるかもしれないが…………。 はるか:せんせ。なんかいい雰囲気にしようとしてますけど。 椿:なんだい失敬な。 はるか:つまり俺もせんせも、犯人の狙いを暴くためのおとりですよね? 椿:考えても見たまえ。 はるか:考えた結果なんですけど。 椿:私とおまえさんがいるのだよ?何も起きないはずがないじゃあないか。 0: 0: 椿:そんなやり取りをしてから数日。久々にはるかの顔を見て安心し、車に乗る。はるかは助手席でお菓子の袋を抱いている。 はるか:車の中で、せんせの方は何があったか聞いて大丈夫ですか? 椿:ああ。おとといだね。二人の男が夕方かな。やってきた。 はるか:せんせも鍵をかけないでひきこもる生活してたんですね。 椿:その通り。条件はおまえさんと一緒さね。ふふっ、鍵が開いている時点で罠だと気が付かなかった彼らは阿呆だ。 はるか:その時はどなたがご一緒だったんですか。 椿:まさかの刑部刑事(おさかべけいじ)と雨守さ。 はるか:…………かわいそうに。 椿:しかも新作のオカルト小説を読み込んでいる最中で、三人とも無言だった。筋肉おばけの刑部(おさかべ)とドSの雨守にあっさり返り討ちにあっていたよ…………。 はるか:怪我人出していませんよね? 椿:心にトラウマを負った人なら二人ほど。 はるか:精神的には全滅ですか。 椿:雨守と刑部(おさかべ)二人がかりで尋問したんだが、知らないものはしゃべりようもない。最終的に泣きながら「許してください」としか言わなくなってしまったよ。 はるか:さすがと言いますか…………。 椿:雨守もこの騒ぎでほとんど家に帰れていなかったからねえ。奥さんに会えなくてストレスたまってたんだろう。 はるか:がっつり八つ当たりだけどありえそうなのがもう…………。 椿:しばらくは時々警察が様子見に来てくれる。彼らの目的は我が家の金銭………と、さっきまで全員思っていたからね。 はるか:どういう意味ですか? 椿:そもそも。なぜ脅迫文が新聞の切り抜きだったのか。 はるか:筆跡でばれないように、ですかね? 椿:警察相手にやるなら、分かる。なぜ知り合いすら少ない、引きこもりの私にこの方法を使ったのか。 はるか:あの、言ってて悲しくなりません? 椿:事実じゃあないか。まあつまり。そんな私が頻繁に手書きの文字を見る人物は少ない。ただでさえメールやチャットの時代だぞ? はるか:たしかに…………。 椿:おまえさんのいたずらなら、乗ってやろうと思った。 はるか:家族真っ先に疑う慎重さはミステリーの王としてさすがです。 椿:ごめんね。雨守が相手なら………まあまずこんなことがあれば仕事が進まないから、確実に違うとは思っていたが。万が一にも雨守なら、勝てる気がしない。少なくともおまえさんだけでもと、別行動を提案した。 はるか:俺に対する思いとか感情とかぐっちゃぐちゃだったのはなんとなく分かりました。でこぴん。 椿:はぁい。……あいてっ。まあ、身近なおまえさんたち二人以外で私が筆跡を見るのは、あれだよ。 はるか:…………そうか、今までに巻き込まれてきた、事件の資料。 椿:そう。あれには刑事たちが写真や資料に追加のメモを残して居たり、手書きの聞き取りメモのコピーが含まれていたりする。おまえさん、刑部(おさかべ)が出世できない理由を知っているかね? はるか:たしか、以前かかわった事件のせいで、はさみや包丁、カッターなど、切れるタイプの凶器がダメになったって…………あ。 椿:少なくとも、切り抜きの脅迫文は作れないね。完全な白でもないけれど。 はるか:…………それで、犯人の目的は?金銭じゃないんですね? 椿:順番に話すよ。フェード現象、ベーパーロック現象。聞いたことあるかね? はるか:んー……いいえ、分からないです。 椿:いつか教習所で聞くかもしれないね。車のブレーキがきかなくなる原因はいくつもあるだろうが、この二つがメインかなあ。今回は違うだろうけど。 はるか:せ、せ、せんせ、まさか。 椿:はっはっは!いやあ、別宅を出てから驚くほどブレーキの効きが悪くてねえ!数分前からとうとうまったく言うことを聞かないのだよ! はるか:のんきに話してる場合じゃないです!!そもそもおかしいなと気が付いた時点で止まってください!! 椿:思うに。私が別宅に着いて、中にいる間に細工でもされたのだろう。犯人の目的は、私かおまえさん、あるいは両方の命だ。 はるか:…………視線。 椿:おそらく、ね。トランクにでも隠れていたとしたら、間違いなく共犯がいる。犯人が警察さん刑事さんともなれば、協力者もゆすれる相手もより取り見取りかなあ?そんな中、人目の付かない森の中で停まれるかね? はるか:…………事情は分かりました。これからどうすればいいですか。いや、最低限何をする気か教えてください。 椿:減速しようとはしてるんだがねえ、如何せん下り坂が多い。…………というわけで、ぶつけて止めます。 はるか:ぶつける!? 椿:もっと言えば、ガードレールにこすりつけて減速する。助手席から、運転席の後ろに移れるかい?気を付けて。 はるか:助手席側を使うんですね。…………はい、シートベルトも大丈夫です。 椿:一応クッションも持ってなさい。荷物も側において、体が飛んでいかないようにできそうかな? はるか:やってみます。 椿:私もこんなだが人間だからね。いざという瞬間におまえさんにまで気を回せるか分からない。自分の身は自分で守るつもりで。 はるか:はい!せんせ、お願いします。 椿:私、無事に帰ったら結婚するんだ。 はるか:友人作るところから頑張りましょうね。 椿:なんて高い壁なんだ…… はるか:いや、友人でくじけないでくださいよ。 椿:(深呼吸)ガードレールの頑丈さを信じよう。三…二…一! 0: 0: 0: はるか:今日夕飯どうしますか?軽い物の方がいいですかね、お菓子あるし。 椿:おまえさんの命を守った人型のクッキーかね? はるか:ジンジャーブレッドマンです。粉々だからタルト生地にでもしちゃおうかな。 椿:じゃがいもが食べたい。 はるか:んー……カレーとか久々にどうですか? 椿:辛さは? はるか:甘口しか食べれないじゃないですか、せんせ。 椿:おまえさんが怒っているときは辛口になるだろう? はるか:命の恩人かっこかりに対して怒りませんよ。 椿:恩人のあとのかっこの中に何を入れたんだい………… はるか:怒ってはいませんが言いたいことはあります。 椿:心当たりが多すぎるなあ。 はるか:…………。 椿:…………どうぞ。 はるか:どうしてゼロまで数えないの!!!? 椿:自分のタイミングってあるだろう? はるか:こっちにもタイミングがあるんです!心の!準備!びっくりしてお菓子の袋つぶしちゃったんですから!さっきのクッキーとか! 椿:大切なおまえさんが粉々にならなくて良かったよ。 はるか:せんせもご無事で何よりでした!!…………やっぱり中辛買おう。 椿:えっ。 はるか:あ、せんせ。バター買っていいですか?たぶん足りないんですよねー。 椿:それはいいけれども。えっ、あの、ほらカレー…… はるか:もうレジですよ。お会計。レジのお姉さん困ってますよ。 椿:え、あー…… はるか:一味唐辛子とか、隠し味に入れてみますか? 椿:お姉さん、レジ袋要らないです。ちょっと急いでいただけますか。 0: 0: 椿:くっ、どうしたら辛くなくなるだろうか……牛乳は家にあった。あとは砂糖、ジャムもいけるか…………? はるか:まあ家に甘口のルー残ってるんで、今夜は甘口ですけどね。 椿:コーンスープやケチャップもマシにできるというが……失敗したらどうしたものか。飲むか?飲むしかないのか? はるか:…………せんせ。 椿:なんだね、私は今忙しい。 はるか:雨守さんが、義理チョコの代わりに激辛カレールーくれたじゃないですか? 椿:…………私は、そんなに悪いことを致しましたか? はるか:いや、純粋にどうしようかなと。 椿:刑部(おさかべ)に渡せ。あの人は味音痴だ。 はるか:今回めっちゃ協力してくれたのに………… 椿:あの人は初めて私の料理をおいしいと言った上に嬉しそうに完食した。 はるか:よし刑部(おさかべ)刑事に渡しましょう。 椿:いや、うん、私も私の料理が何か違うことは分かってるんだが……おまえさん、失礼だねえ。 はるか:そういえば、別邸でアルバム見つけたので持って帰ってきちゃいました。 椿:そんなものをあの子は………… はるか:今度思い出話でも教えてください。 椿:気が向いたら、ね。 はるか:いや、早めに知りたいですね。せんせといると、命いくつあっても足りないんで。 椿:それはこちらの台詞さね。 はるか:おっといいんですか、今日の夕飯に激辛のルーがうっかりしちゃうかもしれませんよ。 椿:ずるい!そういうことすると教科書の間に次の小説の犯人のネタバレはさんでしまうよ! はるか:ひ、卑怯な! 0: 0: はるか:なんとなくだけど。 はるか:こんな事件だらけの毎日なのに、幸せだなって。 はるか:ただ、幸せだって、思った。 0: 0: はるか:この日々こそが、宝なり。

0:古いものの大きく立派な屋敷。椿が外から訪れると、はるかが中からドアを開ける。 椿:おはよう。ご機嫌いかがかね? はるか:いいと思うなよ最高の天才物書き。 椿:はっはっは。尊敬の念が隠しきれてないねえ。 はるか:はぁ、でも三日で済んで助かりました。犯人、捕まったんですか? 椿:二人はね。 はるか:二人もいたんですか。 椿:二人しか、あぶりだせていないのだよ。 はるか:……説明をしてもらっていいですか、せんせ。 椿:侵入してきたのは、金を握らされただけの、何も知らぬ阿呆だよ。操っている人形遣いはどこにいるものやら。 はるか:あ、せんせ。中で話しましょう。えーと、あの長細い机の部屋でお待ちください。 椿:…………ダイニングルーム、のことかな。 はるか:机の上にお菓子いっぱい作ったので、入れば分かります。 椿:…………何してるんだね、おまえさんは。 0: 0: はるか:お待たせしました。チョコがなかなか固まらなくて。 椿:かまわないとも。何点か尋ねたいことがあるのだけれど、いいかい? はるか:はい。あ、どうぞせんせ。食べながら。 椿:いただきます。では大事なところから聞こうかな。 はるか:なんでしょう。 椿:この三日間、不審な人物は来なかったし、見なかった。この認識で会ってるかね? はるか:少なくとも俺は気が付かなかったですね。 椿:それはなによりだ。私が言い出したこととはいえ、何もないに越したことはないからね。 はるか:せんせ、紅茶にミルク入れます? 椿:砂糖もよろしく。では次なんだが。 はるか:はい。あ、甘いの飽きましたか?野木のばあちゃん直伝おかきもありますよ。 椿:うん問題はそこじゃないね。どうして10人掛けのテーブルの上いっぱいに甘味が敷き詰められているのかな?中央の大きいのはウエディングケーキかね? はるか:作ってみたのはいいんですけど、俺一人しか食べる人がいないのを完全に忘れてました。いつもはクラスメイトとかに配って処理するんですけど。 椿:…………材料は、どこから? はるか:来るときに持てるだけ。 椿:荷物の内訳は? はるか:お菓子作りの道具と材料が半分、掃除道具が半分。…………あ、スマホと着替えもです。 椿:どうして常識的なおまえさんがそんなことに…………いや、趣味が悪いとは言わないよ?ただ割合があんまりじゃないかね? はるか:せんせが言ったんじゃないですか。何日ここにいるか分からない、暇つぶしできるものは持っていけ、と。 椿:(大きくため息) はるか:あ、ケーキ以外は日持ちしますから大丈夫ですよ。今日で帰るって電話が来てから作り始めたものです。袋詰めますね。もう少し食べたいのありますか? 椿:いや…………この紅茶で終わりにするよ…………帰りの車で酔いそうだ。 はるか:荷物はもうまとめて玄関にあるので、お菓子だけまとめたら行きますね。 0:椿、外に出て車に向かう。 椿:…………育て方を間違えたとは思わないが…………いやむしろ何もしてないのに勝手にどんどん育っているというか………… はるか:お待たせしました。…………ん? 椿:なんだい? はるか:誰かに見られた気がしたんですけど…………はは、マンガじゃあるまいし、視線なんてそうそう分かるわけないですよね。なんでもないです。 椿:おまえさんや。 はるか:なんですかせんせ。 椿:屋敷の掃除、ありがとう。新築並みにきれいになっていたのはさすがに引いたけれども。 はるか:そりゃもう暇でしたから。 椿:おまえさん、兄とは違う意味で目を離せない子だねえ。 はるか:そういうせんせは、お仕事、進みましたか? 椿:…………私は負けていない。 はるか:「働いたら負け」、ですか。どっちみち部屋を見れば分かりますけど。 椿:おや、また探偵ごっこかい? はるか:探偵は無理ですが、お母さんにはなれそうです。 椿:は? はるか:せんせは、いつも夢中でお仕事しているときほど部屋が散らかるんです。俺の掃除が追い付かないくらい。逆は…………分かりますよね、末永せんせ? 椿:これ私がサボっている間に雨守(あまもり)がこの子を育てているな…………? はるか:さて、帰りましょ。せんせ。 0: 0: 0:一週間ほど前。椿とはるかのマンションにて。 椿:それは、一週間ほど前のこと。 はるか:せんせ、一応たぶんお手紙です。 椿:あー、いつも通りに頼もうかな。ちらしはゴミ箱、編集部からなら私の仕事部屋。おやすみなさ…………なぜ手紙を持つのにビニール手袋を? はるか:こういうのは直接触っちゃいけない気がしまして。 椿:いやがらせか何かかね?見せたまえ、兄のせいで散々被害を被って(こうむって)きたこの私が見てやろうじゃあないか! はるか:喜ばないでくださいそこそこやばいんですから! 椿:その封筒かね? はるか:切手どころか、消印も住所も名前もないんです。でも、せんせのペンネーム全部書いてあるんですよ!? 椿:…………それは、かなりマズい。私専属の編集担当をしている雨守(あまもり)と、おまえさんしかそれは知らないはずだ。 はるか:まさか雨守さんが…………いや、絶対ないですね。 椿:ああ、ありえない。兄と一緒にペンネームを使っていた頃からの付き合いだ。それに………… はるか:それに? 椿:拷問されたとしても十倍返しで反撃するんじゃないかな、雨守は。 はるか:あの雨守さんですからね…………。 椿:しっかし随分と趣のある脅迫状だなあ。 はるか:あああいつのまに!!せんせ、あまりべたべた触っちゃダメですって!! 椿:ごらん……。一文字一文字新聞の文字を切り取ってのりづけしている。手間暇をかけて、心をこめて作ってくれたんだろう。……脅迫文だけど。 はるか:新聞の切り抜きも脅迫してるのも喜べませんよ! 椿:だが文章が短いのは、恋文としては減点だ。「宝物を奪いに行く。秘密をばらされたくなければ兄の後を追え。」……だそうだ。 はるか:だ、そうだ……じゃないです!!それって、宝物をとられる上に、ペンネームのことばらされちゃうってことじゃないですか! 椿:たからもの……ねえ。 はるか:……俺に何かついてますか。 椿:ちなみにおまえさんは、この家の宝って何だと思う? はるか:せんせの書かれた作品の草稿、初回限定廃版作品、あとお兄さんの書かれた遺作ですかね。 椿:おまえさん………もはや疑うまでもなく生粋の小説オタクだねえ。 はるか:せんせーは!!ご自分の価値を!!分かってない!!…………価値? 椿:忙しいねえおまえさんは。 はるか:人気作家の、せんせの命、とか。 椿:…………ほう。 はるか:お兄さんがいない今、せんせがいなくなったら、何人もの有名人気作家が失踪する、あるいは死亡することになりますよね。 椿:はっはっは。ペンネームだけはたくさん持ってるからねえ。 はるか:どうしましょう、俺、体力はともかく戦ったことはないですよ。 椿:何も正面衝突だけが戦うこととは限らないさ。 はるか:え? 椿:ここから三時間ほど車で走ったところに、兄が小説の参考にすると言って購入した別宅がある。 はるか:は? 椿:ここ数年ほど放置してあるが…………そこを使おう。その家で、おまえさんにはすべての窓、ドアに鍵をかけずに生活してもらう。……一人暮らしになるが、おまえさんなら問題ないだろう? はるか:そんな、せんせはどうするんですか!? 椿:雨守(あまもり)と警察と相談になるが、この家の金銭もペンネームも、どちらも私の今後の活動や生活に関わる大事なものだ。俗物的なただのチンピラならこちらを狙うだろう。 はるか:それは……たしかに普通はお金とか狙うかもですけど。ペンネームの秘密を知っていた人ですよ? 椿:正直、私はペンネームはどうでもいい。世間が混乱するのも私の評判も、めんどくさい。働きたくもない。好きで書いてるだけさね。 はるか:うわあ。 椿:だがね。 はるか:はい。 椿:私の家族は、もうおまえさんだけなんだよ。 はるか:…………。 椿:しばらく別行動しよう。警察には別宅の張り込みを頼むつもりだ。寂しい思いをさせるかもしれないが…………。 はるか:せんせ。なんかいい雰囲気にしようとしてますけど。 椿:なんだい失敬な。 はるか:つまり俺もせんせも、犯人の狙いを暴くためのおとりですよね? 椿:考えても見たまえ。 はるか:考えた結果なんですけど。 椿:私とおまえさんがいるのだよ?何も起きないはずがないじゃあないか。 0: 0: 椿:そんなやり取りをしてから数日。久々にはるかの顔を見て安心し、車に乗る。はるかは助手席でお菓子の袋を抱いている。 はるか:車の中で、せんせの方は何があったか聞いて大丈夫ですか? 椿:ああ。おとといだね。二人の男が夕方かな。やってきた。 はるか:せんせも鍵をかけないでひきこもる生活してたんですね。 椿:その通り。条件はおまえさんと一緒さね。ふふっ、鍵が開いている時点で罠だと気が付かなかった彼らは阿呆だ。 はるか:その時はどなたがご一緒だったんですか。 椿:まさかの刑部刑事(おさかべけいじ)と雨守さ。 はるか:…………かわいそうに。 椿:しかも新作のオカルト小説を読み込んでいる最中で、三人とも無言だった。筋肉おばけの刑部(おさかべ)とドSの雨守にあっさり返り討ちにあっていたよ…………。 はるか:怪我人出していませんよね? 椿:心にトラウマを負った人なら二人ほど。 はるか:精神的には全滅ですか。 椿:雨守と刑部(おさかべ)二人がかりで尋問したんだが、知らないものはしゃべりようもない。最終的に泣きながら「許してください」としか言わなくなってしまったよ。 はるか:さすがと言いますか…………。 椿:雨守もこの騒ぎでほとんど家に帰れていなかったからねえ。奥さんに会えなくてストレスたまってたんだろう。 はるか:がっつり八つ当たりだけどありえそうなのがもう…………。 椿:しばらくは時々警察が様子見に来てくれる。彼らの目的は我が家の金銭………と、さっきまで全員思っていたからね。 はるか:どういう意味ですか? 椿:そもそも。なぜ脅迫文が新聞の切り抜きだったのか。 はるか:筆跡でばれないように、ですかね? 椿:警察相手にやるなら、分かる。なぜ知り合いすら少ない、引きこもりの私にこの方法を使ったのか。 はるか:あの、言ってて悲しくなりません? 椿:事実じゃあないか。まあつまり。そんな私が頻繁に手書きの文字を見る人物は少ない。ただでさえメールやチャットの時代だぞ? はるか:たしかに…………。 椿:おまえさんのいたずらなら、乗ってやろうと思った。 はるか:家族真っ先に疑う慎重さはミステリーの王としてさすがです。 椿:ごめんね。雨守が相手なら………まあまずこんなことがあれば仕事が進まないから、確実に違うとは思っていたが。万が一にも雨守なら、勝てる気がしない。少なくともおまえさんだけでもと、別行動を提案した。 はるか:俺に対する思いとか感情とかぐっちゃぐちゃだったのはなんとなく分かりました。でこぴん。 椿:はぁい。……あいてっ。まあ、身近なおまえさんたち二人以外で私が筆跡を見るのは、あれだよ。 はるか:…………そうか、今までに巻き込まれてきた、事件の資料。 椿:そう。あれには刑事たちが写真や資料に追加のメモを残して居たり、手書きの聞き取りメモのコピーが含まれていたりする。おまえさん、刑部(おさかべ)が出世できない理由を知っているかね? はるか:たしか、以前かかわった事件のせいで、はさみや包丁、カッターなど、切れるタイプの凶器がダメになったって…………あ。 椿:少なくとも、切り抜きの脅迫文は作れないね。完全な白でもないけれど。 はるか:…………それで、犯人の目的は?金銭じゃないんですね? 椿:順番に話すよ。フェード現象、ベーパーロック現象。聞いたことあるかね? はるか:んー……いいえ、分からないです。 椿:いつか教習所で聞くかもしれないね。車のブレーキがきかなくなる原因はいくつもあるだろうが、この二つがメインかなあ。今回は違うだろうけど。 はるか:せ、せ、せんせ、まさか。 椿:はっはっは!いやあ、別宅を出てから驚くほどブレーキの効きが悪くてねえ!数分前からとうとうまったく言うことを聞かないのだよ! はるか:のんきに話してる場合じゃないです!!そもそもおかしいなと気が付いた時点で止まってください!! 椿:思うに。私が別宅に着いて、中にいる間に細工でもされたのだろう。犯人の目的は、私かおまえさん、あるいは両方の命だ。 はるか:…………視線。 椿:おそらく、ね。トランクにでも隠れていたとしたら、間違いなく共犯がいる。犯人が警察さん刑事さんともなれば、協力者もゆすれる相手もより取り見取りかなあ?そんな中、人目の付かない森の中で停まれるかね? はるか:…………事情は分かりました。これからどうすればいいですか。いや、最低限何をする気か教えてください。 椿:減速しようとはしてるんだがねえ、如何せん下り坂が多い。…………というわけで、ぶつけて止めます。 はるか:ぶつける!? 椿:もっと言えば、ガードレールにこすりつけて減速する。助手席から、運転席の後ろに移れるかい?気を付けて。 はるか:助手席側を使うんですね。…………はい、シートベルトも大丈夫です。 椿:一応クッションも持ってなさい。荷物も側において、体が飛んでいかないようにできそうかな? はるか:やってみます。 椿:私もこんなだが人間だからね。いざという瞬間におまえさんにまで気を回せるか分からない。自分の身は自分で守るつもりで。 はるか:はい!せんせ、お願いします。 椿:私、無事に帰ったら結婚するんだ。 はるか:友人作るところから頑張りましょうね。 椿:なんて高い壁なんだ…… はるか:いや、友人でくじけないでくださいよ。 椿:(深呼吸)ガードレールの頑丈さを信じよう。三…二…一! 0: 0: 0: はるか:今日夕飯どうしますか?軽い物の方がいいですかね、お菓子あるし。 椿:おまえさんの命を守った人型のクッキーかね? はるか:ジンジャーブレッドマンです。粉々だからタルト生地にでもしちゃおうかな。 椿:じゃがいもが食べたい。 はるか:んー……カレーとか久々にどうですか? 椿:辛さは? はるか:甘口しか食べれないじゃないですか、せんせ。 椿:おまえさんが怒っているときは辛口になるだろう? はるか:命の恩人かっこかりに対して怒りませんよ。 椿:恩人のあとのかっこの中に何を入れたんだい………… はるか:怒ってはいませんが言いたいことはあります。 椿:心当たりが多すぎるなあ。 はるか:…………。 椿:…………どうぞ。 はるか:どうしてゼロまで数えないの!!!? 椿:自分のタイミングってあるだろう? はるか:こっちにもタイミングがあるんです!心の!準備!びっくりしてお菓子の袋つぶしちゃったんですから!さっきのクッキーとか! 椿:大切なおまえさんが粉々にならなくて良かったよ。 はるか:せんせもご無事で何よりでした!!…………やっぱり中辛買おう。 椿:えっ。 はるか:あ、せんせ。バター買っていいですか?たぶん足りないんですよねー。 椿:それはいいけれども。えっ、あの、ほらカレー…… はるか:もうレジですよ。お会計。レジのお姉さん困ってますよ。 椿:え、あー…… はるか:一味唐辛子とか、隠し味に入れてみますか? 椿:お姉さん、レジ袋要らないです。ちょっと急いでいただけますか。 0: 0: 椿:くっ、どうしたら辛くなくなるだろうか……牛乳は家にあった。あとは砂糖、ジャムもいけるか…………? はるか:まあ家に甘口のルー残ってるんで、今夜は甘口ですけどね。 椿:コーンスープやケチャップもマシにできるというが……失敗したらどうしたものか。飲むか?飲むしかないのか? はるか:…………せんせ。 椿:なんだね、私は今忙しい。 はるか:雨守さんが、義理チョコの代わりに激辛カレールーくれたじゃないですか? 椿:…………私は、そんなに悪いことを致しましたか? はるか:いや、純粋にどうしようかなと。 椿:刑部(おさかべ)に渡せ。あの人は味音痴だ。 はるか:今回めっちゃ協力してくれたのに………… 椿:あの人は初めて私の料理をおいしいと言った上に嬉しそうに完食した。 はるか:よし刑部(おさかべ)刑事に渡しましょう。 椿:いや、うん、私も私の料理が何か違うことは分かってるんだが……おまえさん、失礼だねえ。 はるか:そういえば、別邸でアルバム見つけたので持って帰ってきちゃいました。 椿:そんなものをあの子は………… はるか:今度思い出話でも教えてください。 椿:気が向いたら、ね。 はるか:いや、早めに知りたいですね。せんせといると、命いくつあっても足りないんで。 椿:それはこちらの台詞さね。 はるか:おっといいんですか、今日の夕飯に激辛のルーがうっかりしちゃうかもしれませんよ。 椿:ずるい!そういうことすると教科書の間に次の小説の犯人のネタバレはさんでしまうよ! はるか:ひ、卑怯な! 0: 0: はるか:なんとなくだけど。 はるか:こんな事件だらけの毎日なのに、幸せだなって。 はるか:ただ、幸せだって、思った。 0: 0: はるか:この日々こそが、宝なり。