台本概要
526 views
タイトル | Ghost☆Brother |
---|---|
作者名 | akodon (@akodon1) |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
シスコンお兄ちゃんが幽霊になって帰ってきた!? 何があっても、わりときょうだいは良いものです。 526 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
瞳 | 女 | 91 | ひとみ。高校2年生。兄に対する毒舌が容赦ない。 |
翼 | 男 | 84 | つばさ。27歳、幽霊になっちゃったお兄ちゃん。びっくりするぐらいポジティブなシスコン。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
瞳:ーーー私は幽霊を信じない。
瞳:今までの人生で一度もその姿を見た事は無いし、漫画みたいに突如(とつじょ)霊能力に目覚めた!
瞳:・・・なんて展開も無いだろうから、これまでもこれからも幽霊という存在は私にとって無縁だと思っている。
瞳:いや・・・正確にいうと『思っていた』んだ、その時までは。
翼:「瞳、お兄ちゃん幽霊になっちゃった!てへぺろ☆」
瞳:・・・そう、実の兄が私の元に幽霊として帰ってくるまでは。
0:『Ghost☆Brother』
翼:「・・・ひーとみ!ひとーみちゃーん!」
瞳:「・・・(無視)」
翼:「ひーとーみー!ひとみちゃーんってばぁ〜!」
瞳:「あー!もううるさいな!耳元でぎゃあぎゃあ騒がないでよ!」
翼:「だって、お兄ちゃんのこと、瞳がずーっと無視するんだもん。
翼:可愛い妹とたくさんお話したいのに、当の本人は机にかじりついて勉強なんかしちゃってさ。
翼:もー!いつの間にそんなガリ勉さんになっちゃったの?」
瞳:「別に好きで勉強してるわけじゃない。
瞳:うるさく話しかけてくる兄貴も、私が勉強してれば気を遣って大人しくなるかなーって思っただけ」
翼:「冷たい冷たーい!
翼:お兄ちゃん、今お話できるのは瞳だけなのにー!」
瞳:(瞳、食い気味に)
瞳:「だったら壁とでも話してれば?」
翼:「それ人によっては数倍になって心を抉る台詞ゥ!!!」
瞳:ーーー私の隣でぎゃあぎゃあ騒いでいるこの男。
瞳:半透明になった身体をくねらせながら悶えているこの男は、幽霊だ。
瞳:・・・そして、認めたくないが、私の血の繋がった兄である。
瞳:その上、悲しい事に私だけ、その姿を認識することが出来る。
瞳:
瞳:「・・・っていうかさぁ!
瞳:お兄ちゃん幽霊なんだから、もっとその身体を利用して色んな事してくればいいじゃん!」
翼:「色んなことって何よ?」
瞳:「たとえば、女の子の着替えを覗いてくるーとか、女湯を覗いてくるーとか、女の子のヒールの下に入り込んで、擬似的(ぎじてき)に顔を踏んでもらう体験をするーとか!」
翼:「妹が兄に罪を犯せと助言してくる!」
瞳:「・・・捕まっちゃえば良いのに」
翼:「いやいやいや!せっかくなら俺もやってみたいけど、言ったじゃん!
翼:お前の傍から離れられないんだって!
翼:残念ながらお前がいる場所、半径10m以内からは出られないんだって!」
瞳:「ってことは、私が居るところから最低でも10mは離れられるって事じゃん。
瞳:外にまだペスの犬小屋置いてあるから、その中で寝なよ」
翼:「酷い!お兄ちゃん虐待だ!ワンワン!」
瞳:「うるさい。黙れ。永遠に伏せ」
翼:「クゥン・・・」
瞳:ーーーそう、腹が立つことに、この迷惑な兄は私の背後霊になって、四六時中傍にいるのだ。
瞳:起きる時も食事の時も、学校に行く時も寝る時も。
瞳:
瞳:「・・・ホント、マジで迷惑な背後霊なんだけど」
翼:「背後霊って言うな!なんか悪霊みたいじゃないか!せめて守護霊と言え!」
瞳:「あっ、塩撒いたら消えるかな?
瞳:撒いたらしおしお〜って小さくなるかな?このナメクジ」
翼:「ねぇ!今お兄ちゃんのことナメクジって言った!?」
瞳:ーーーお兄ちゃんはそうやって、私の周りでひたすら騒ぐ。
瞳:私はそれを耳を塞いでやりすごす。
瞳:そんな生活が、もう半年。
瞳:そりゃあ、お兄ちゃんが突然事故で居なくなってしまった時は、悲しくて、たくさん涙も流したけれど。
瞳:だからと言ってこう毎日騒がれては、いい加減ノイローゼになりそうだ。
瞳:
瞳:「あのさぁ、お兄ちゃん。聞きたいんだけど」
翼:「ワン?」
瞳:「もう犬は終わりで」
翼:「・・・なんでしょう?」
瞳:「お兄ちゃんがこうして私の元に帰ってきたのって、何か心残りがあるからだったりするの?」
翼:「心残り・・・あー、そうだなぁ、色々あるなぁ」
瞳:「たとえば?」
翼:「メジャーなところで言うと、彼女が出来なかったこととかー」
瞳:「ふんふん」
翼:「観劇の巨人の最終回を見届けられなかったこととかー」
瞳:「なるほどなるほど」
翼:「油田(ゆでん)を一発掘り当てて、石油王になるって夢を叶えられなかったこととか!」
瞳:「・・・ねぇ、それ本心から未練だと思ってる?」
翼:「未練の多い人生でして・・・」
瞳:「なにー!もぉー!
瞳:じゃあ、お兄ちゃんの未練をどうにかこうにかするには、かなりの年数を要するってことー!?
瞳:私、一生このままお兄ちゃんと一緒に過ごさなきゃなんないのー!?」
翼:「いいじゃないか、妹よ・・・
翼:愛する兄と墓に入るまで共に過ごせるんだぞ?
翼:嫁に行こうが歳をとってしわくちゃのお婆ちゃんになろうが、俺は一生お前の味方だからな」
瞳:「やだ!私のプライベートにまで干渉しないでほしい!」
翼:「てか、瞳。俺がお前の傍にいるの・・・そんなに迷惑?」
瞳:「うっ・・・道端で捨てられてた頃のペスみたいな目で見るな・・・!
瞳:まぁ、確かに迷惑なところもあるけど・・・
瞳:何より、お兄ちゃんはこのまま成仏(じょうぶつ)できなくていいの?」
翼:「うーん・・・今は別にいいかなぁ・・・」
瞳:「よくないよ!確かに死んだお兄ちゃんと話ができるのは嬉しいけど、このままじゃ彼女だって作れないんだよ?
瞳:来世でイケメンに生まれ変わる可能性にワンチャン賭けて、成仏する方法を探した方が、絶対自分の為になるって!」
翼:「・・・さりげなく今の俺がイケメンじゃないってディスってるよね?それ」
瞳:「ともかく!成仏する方法を探すよ、お兄ちゃん!
瞳:来世でジョニーズ並のイケメンに生まれ変わる為に!」
翼:「えーっ・・・」
瞳:ーーーこうして、私は兄の呪縛(じゅばく)から逃れるべく、彼が成仏する方法を探し始めた。
瞳:
瞳:「まずは王道、ありがたいお経を聴く!」
翼:「・・・何言ってるかあんまり分からなくて、心に響かないなぁ・・・
翼:もっと魂に刻み込まれる熱いロック調にどうぞ!」
瞳:「不意打ちで背中を叩いてもらう!!」
翼:「そんな鬼の形相(ぎょうそう)で身構えてたら、めちゃくちゃ叩きづらいっての。
翼:宮本武蔵も泣いて逃げ出すわ」
瞳:「高級トリュフ塩を買ってきて、お兄ちゃんに向かって撒(ま)く!」
翼:「ふはははは、効かんな。
翼:塩はやっぱり伯方(はかた)が一番!」
瞳:「もーーー!意味わかんないー!
瞳:お兄ちゃん、なんで成仏しないのー!?」
翼:「残念ながら、俺はそんじょそこらの軟弱な霊とは違うのだよ・・・」
瞳:「自慢げに言うなーーー!キィ〜〜〜ッ!」
翼:(少し間。翼、少し真面目な口調で切り出す)
翼:「・・・なぁ、もういいじゃん、瞳。
翼:別に無理に成仏しなくたってさ。
翼:俺だって、早く生まれ変わって彼女作りたいとか思ってる訳じゃないし・・・
翼:それに、お前だって俺が居なくなったら・・・」
瞳:「はぁ!?何言ってるの!?
瞳:朝から晩までずーっとお兄ちゃんが傍にいて、ぎゃあぎゃあわぁわぁ喚(わめ)かれて!
瞳:私だって一人になりたい時だってあるのに、今はプライベートも何も無い・・・
瞳:こんな生活、もう耐えられないの!」
翼:「瞳・・・」
瞳:「お父さんやお母さんに言っても、二人にはお兄ちゃんのこと見えてないから、相談しようもないし。
瞳:第一、そんなこと言ったら私がおかしくなっちゃったって心配されるだろうし・・・!
瞳:もうヤダ!これ以上は無理!無理なの!」
翼:「ごめんな・・・お兄ちゃん、何も考えずに騒ぎまくって・・・
翼:もうしない、もうしないから・・・な?」
瞳:「知らない!お兄ちゃんなんか大っ嫌い!
瞳:どっか行って!」
翼:「・・・ッ。そうか・・・わかった・・・」
瞳:「ううっ・・・うっ・・・(泣)」
翼:「ごめんな、瞳。悪かったな・・・」
瞳:ーーー私は、あとでその時投げつけた言葉を、とても後悔することになる。
瞳:その日から、お兄ちゃんはパタリと姿を見せなくなったから。
0:(回想。瞳5歳、翼15歳)
瞳:「おにいちゃーん!おかあさんたち、どこに行ったのー?」
翼:「じいちゃんの家。
翼:ばあちゃん具合が悪いから、父さんと二人でお見舞いに行くんだって」
瞳:「今日、おかあさん帰ってこないの?」
翼:「あー・・・そういえば、泊まるから帰ってこないって言ってたなぁ・・・」
瞳:「えええー!やだぁーーー!
瞳:瞳、おかあさんと一緒じゃなきゃ寝れないー!」
翼:「大丈夫、大丈夫。
翼:今日は兄ちゃんが一緒に寝てやるから・・・」
瞳:「お兄ちゃん、寝相悪いからイヤー・・・」
翼:「待って、そんな本気で嫌そうな顔しなくてもよくない???」
0:(雷鳴)
瞳:「ヒッ・・・」
翼:「おー、そういえば雷鳴るって言ってたなぁ・・・」
瞳:「やだぁ・・・雷さまこわいぃ・・・」
翼:「そういえば、瞳は雷苦手だもんなぁ」
瞳:「お兄ちゃぁん!おへそ取られちゃうよぉ!怖いよぉ!」
翼:「はっはっは。心配するな、妹よ。
翼:お前の可愛いおへそは、何があっても俺が死守してやる」
瞳:「なんか気持ち悪いよぉ。お兄ちゃん・・・」
翼:「うむうむ、5歳児ながら辛辣(しんらつ)なコメントだ。
翼:将来有望だな、瞳は」
0:(雷鳴)
瞳:「きゃあああ!」
翼:「あービックリした。今のは近くに落ちたなぁ・・・」
瞳:「うえええええん!怖いよぉーーー!
瞳:おかあさぁあん!帰ってきてぇえーーー!」
翼:「よしよーし。ごめんなー、兄ちゃん男だから母さんにはなれないけど、今晩は怖がりな瞳の為に、ずっと傍にいてやるからなー。
翼:だから怖くない、怖くないぞー」
0:(回想。瞳12歳、翼22歳)
瞳:「ぐすっ・・・ぐすっ・・・」
翼:「どうした、マイスイートエンジェル瞳?
翼:そんなに悲しそうな顔をして」
瞳:「・・・うるさい。放っておいて」
翼:「オウ・・・その何者も寄せ付けない感じの突き放し方、最高にクールだぜ・・・ベイベー」
瞳:「お兄ちゃんはいいよね・・・悩みなんてなさそうで・・・」
翼:「ん?俺にも悩みくらいあるぞ?
翼:もうすぐ社会人になろうというのに、一向に彼女ができないこととか・・・」
瞳:「彼女は居なくたって、友達はいっぱいいるでしょ?
瞳:良いじゃん。羨ましい」
翼:「なんだぁー?瞳はお友達ができなくて悩んでんのか?」
瞳:「・・・」
翼:「まぁ、瞳はちょっと性格キツイところがあるからなぁー。
翼:お兄ちゃんはそこが良いと思ってるんだけど。
翼:そうかぁ・・・友達ができないのかぁ・・・」
瞳:「わかってるよ・・・私だって自分の性格がキツいことくらい・・・。
瞳:だから、あんまりズバズバ言わないよう、一生懸命我慢して・・・」
翼:「・・・あのなぁ、瞳。
翼:自分に嘘をついて出来た友達とは、本当の友達になれないんだぞ。
翼:いつか絶対ボロが出る」
瞳:「そんなの・・・そんなのわかんないじゃん。
瞳:もしかしたら上手くやれるかもしれないし・・・」
翼:「ふうむ・・・せっかくだ、ここにひとつ例を挙げよう。
翼:例えばだが、俺がタコさんウィンナーしか認めない派の人間なのに、カニさんウィンナーしか認めない派の人間と友達になりたいと思ったとしよう。
翼:俺は喧嘩になるのが嫌だと考え、咄嗟(とっさ)にカニさんウィンナーが好きだと、そいつに嘘をつく。
翼:嘘をついているうちはきっと、そいつと仲良くなることが出来るだろう。
翼:だが、実際、そいつの家に遊びに行って目の前にカニさんウィンナーを出されたら、タコさんウィンナー派の俺はどんな気持ちでそれを見ればいい?
翼:そいつに一生本当のことを言えないまま、本音を我慢したまま友達であり続けるのか?」
瞳:「なにそれ、例えがやたら長いし、意味わかんない」
翼:「まぁ聞けって!
翼:要するに、本心で付き合える友達じゃないと、お互いずっと苦しいままだし、長続きしないって話だ!」
瞳:「でも・・・それじゃあ、私一生友達できないかもしれないじゃん・・・」
翼:「そう不安そうな顔するな、瞳。
翼:世界は広い・・・お前は魅力的なんだから、仲良くなりたいという友達は絶対に居るはずだ。
翼:なんたって、俺の自慢の妹なんだからな」
瞳:「・・・言ってて恥ずかしくないの?」
翼:「恥ずかしいわけないだろう!
翼:けど、瞳は寂しがり屋だからなぁ・・・
翼:万が一お前に友達が出来なかった時は、俺が同級生になって、一緒に学校生活をエンジョイしてやるよ」
瞳:「それはヤダ」
翼:「ぐっ・・・即答・・・」
瞳:「・・・けど、ありがとう・・・元気出たかも」
翼:「くぅうううう!貴重な妹のデレ!
翼:ありがとうございます!」
瞳:「拝むな!!!」
0:(回想。半年前。瞳17歳、翼27歳)
翼:「瞳ー?おーい!そろそろ起きないと、学校遅刻するぞー!」
瞳:「ううん・・・もう少し寝かせてよ・・・
瞳:昨日は遅くまで課題やってて、寝不足なのぉ・・・」
翼:「いやいや、寝かせてやりたいけど、起こさなかったらお前、烈火のごとく怒り狂うだろ?
翼:ほらほら、起きろー」
瞳:「あーもう・・・お兄ちゃん、お母さんよりうるさぁい・・・」
翼:「仕方ないだろ?可愛い妹の皆勤賞がかかっているんだからな」
瞳:「知らなぁい!
瞳:もう、お願いだから早く仕事行ってよぉ・・・
瞳:そして、永遠に帰ってくるな・・・」
翼:「ぐうう・・・朝から辛辣だな・・・妹よ・・・。
翼:起こすのは諦めるが、決して遅刻はするんじゃないぞ。
翼:じゃあ、お兄ちゃんは行ってくるからな!」
瞳:ーーーその後のことだった。
瞳:お兄ちゃんがトラックに撥(は)ねられて、命を落としたのは。
0:(しばらくの間。回想終了。目を覚ます瞳)
瞳:「・・・ッ!!!」
瞳:
瞳:ーーー目を覚ました私は、自分が泣いていることに気が付いた。
瞳:
瞳:「そうだ・・・あの日、お兄ちゃんは私をせっかく起こしてくれようとしたのに・・・」
瞳:
瞳:ーーー先程まで見ていた映像が、交わした言葉が脳裏をよぎる。
瞳:
瞳:「私が・・・私がお兄ちゃんに『帰ってくるな』なんて言ったから・・・」
瞳:
瞳:ーーー後悔が押し寄せる。
瞳:
瞳:「お兄ちゃんはあの日、本当に帰ってこなかったんだ・・・」
瞳:
瞳:ーーー涙が堰(せき)を切ったように溢れる。
瞳:苦しくて。悲しくて。悔しくて。
瞳:
瞳:「お兄ちゃんはいつも優しく私のことを見守ってくれてたのに・・・
瞳:私はいつも酷いことばかり言ってきた。
瞳:この間だって、私はお兄ちゃんにどっか行って、なんて・・・」
瞳:
瞳:ーーー顔を掌で覆って、私は絞り出すように呟いた。
瞳:
瞳:「馬鹿だ・・・馬鹿だ私は・・・居なくなってからいつも気付くんだ・・・」
瞳:
瞳:ーーー唇を噛み締め、嗚咽(おえつ)を漏らすまいとこらえる。
瞳:声をあげて泣く資格など、私には無いと思った。
瞳:
瞳:「お兄ちゃん・・・お兄ちゃん・・・」
瞳:
瞳:ーーーうわ言のように呟いた、その時だった。
翼:(翼、どこか遠くで泣いている)
翼:「・・・うっ・・・うっ・・・」
瞳:「お兄ちゃん・・・?」
瞳:
瞳:ーーー私は飛び起きて、声の聴こえる方向へ向かった。
瞳:階段を降り、玄関を開け、庭の方へ。
翼:「うう・・・ぐすっ・・・ぐすっ・・・」
瞳:ーーー『ペスの小屋』。
瞳:拙(つたな)い子どもの字で書かれた札のついた犬小屋で、お兄ちゃんは背中を丸めて泣いていた。
瞳:
瞳:「・・・お兄ちゃん」
翼:「・・・ッ、瞳・・・!?」
瞳:「なんでこんなところで泣いてるの?」
翼:「だって・・・瞳が泣く声が聞こえるんだけど、どっか行ってって言われたから、慰めに行けなくて・・・
翼:お兄ちゃん、なんかそれが悲しくて・・・
翼:でも、行く場所なんてここくらいしか無いから・・・」
瞳:ーーー私よりぐしゃぐしゃになった情けない顔で、お兄ちゃんはこちらを見た。
瞳:いい歳した大人とは思えない、涙と鼻水にまみれた酷い顔。
瞳:そんな顔をさせてしまったことが申し訳なくて、けどちょっと可笑しくて。
瞳:触れられないと分かっていたけれど、私は半透明なその身体に腕を回して、抱き締める真似事(まねごと)をした。
瞳:
瞳:「・・・もういいよ。ごめんね、お家に入ろ。お兄ちゃん」
0:(しばらくの間。瞳の部屋)
瞳:ーーーそれから、お兄ちゃんと色んな話をした。
瞳:他愛のない話を、普段のくだらないやりとりを、いつもどおり笑ったり怒ったりしながら、何十分も、何時間も。
瞳:やがて、夜が明け朝日が登り始めた頃、私はお兄ちゃんに切り出した。
瞳:
瞳:「ねぇ、お兄ちゃん・・・あのね。
瞳:このまま成仏しなくてもいいよ。
瞳:今までどおり、私、酷いこと言う時もあるかもしれないけど、もう居なくなれ、なんて言わないから」
翼:「おお・・・瞳。なんだよ、デレ期来ちゃった?」
瞳:「もう!人が真面目な話してるのに!」
翼:「はっはっは。
翼:・・・嬉しいけど、でも俺、そろそろ成仏しようと思う。
翼:このままだと、いつまで経っても妹離れできなそうだからな」
瞳:「なんで?別にもう私、気にしないよ!
瞳:まぁ・・・ずっと傍に居られるのはちょっと困るけど・・・
瞳:でも、ある程度ルールを決めて、上手くやることだって・・・」
翼:「いや、いいんだ、もう。
翼:俺が瞳の傍を離れられなかったのは、お前のことが心配だっただけだから・・・」
瞳:「私のことが?」
翼:「そうそう、口では強気なことを言う可愛いマイシスターが、実は怖がりで寂しがり屋だって俺、知ってるからさ。
翼:だから、お兄ちゃんが居なくなっても大丈夫かなー?って思ったら、いつの間にかお前の傍にいたわけ」
瞳:「そっか・・・じゃあ、お兄ちゃんが成仏できなかったのは、私のせい・・・」
翼:「いや!ちょっと嘘ついたわ!
翼:・・・あのな、正直言うと俺、何の心の準備も無しに死んじゃったもんだから、お前と会えなくなると思うと寂しくてなぁ・・・
翼:そんな気持ちも三分の一くらいあって・・・」
瞳:「三分の一?」
翼:「あー・・・嘘です。三分の二」
瞳:「全く、お兄ちゃんこそ寂しがり屋なんじゃない」
翼:「仕方ないだろ、俺たち『きょうだい』なんだから」
瞳:「そうだね・・・」
翼:「でもまぁ!いつまでも俺が傍にいて、嫁に行き遅れても大変だからな!
翼:そろそろお兄ちゃんは来世に向けて、旅立とうと思う!」
瞳:「・・・本当に、行っちゃうの?」
翼:「ああ、行くよ。
翼:実の所、もうお前は俺が居なくてもとっくに大丈夫だったんだ」
瞳:「そんなことない・・・そんなことないよ。
瞳:私、お兄ちゃんが居てくれたから、これだけ強気でいられたんだよ?」
翼:「なに不安そうな顔してるんだ。
翼:デレ期は嬉しいけど、いつまでもこうしているわけにはいかないって、お前も分かってるだろ?」
瞳:「うん・・・」
翼:「大丈夫、お前は俺の自慢の妹だ!
翼:これから先、何があっても乗り越えて行ける!誰よりも幸せになれる!
翼:お兄ちゃんは信じてる!」
瞳:「はぁーあ・・・すごいよね、そこまで言い切るって。
瞳:ホント、お兄ちゃんは世界一のシスコンだよ」
翼:「褒め言葉だ!ありがとう!」
瞳:「・・・今まで、酷いこといっぱい言ってごめんね」
翼:「なに、お前の毒舌は全て愛情の裏返しだと俺は信じているからな!
翼:痛くも痒くもない!むしろ心地いい!」
瞳:「数時間前までべこべこに凹んでたのに?」
翼:「気のせいだ!」
瞳:「ふふふ、まぁ、そういうことにしておいてあげるよ」
翼:「・・・よし、そろそろ朝がくる。
翼:キリがいいところでお兄ちゃんは逝くぞ、妹よ」
瞳:「うん、来世はイケメンになれるといいね」
翼:「最期の最期まで辛辣ゥ!!!」
瞳:「・・・じゃあね、お兄ちゃん。
瞳:行ってらっしゃい」
翼:「ああ、行ってくるよ、瞳。
翼:・・・あっ、そうそう」
瞳:「何?」
翼:「高校生にもなって、バックプリントのパンツはちょっと恥ずかしいと思うぞ?
翼:いい加減、大人の女性らしいパンツにレベルアップしなさい」
瞳:「死ね!!!」
翼:(翼、遠ざかりながら)
翼:「はっはっはー!もう死んでる!」
瞳:ーーーこうして、お兄ちゃんは死んでいることが信じられないくらいの賑やかさで、向こうの世界へ旅立って行った。
0:(しばらくの間。遺影に手を合わせる瞳)
瞳:ーーーそれから、お兄ちゃんはきちんと成仏できたようで、私の生活はようやく静けさを取り戻した。
瞳:まぁ、本音を言うと、ほんの少し、寂しいけれど。
瞳:
瞳:「あっ・・・もうこんな時間か・・・!
瞳:じゃあね、お兄ちゃん!行ってくるからね!」
翼:(翼、遠くから見守るように)
翼:「・・・おう!行っておいで」
瞳:「・・・あれ・・・?
瞳:・・・ううん、気のせいか!」
瞳:
瞳:ーーーお兄ちゃんの遺影に笑いかけて、今日も私の一日が始まる。
瞳:
瞳:私は幽霊を信じない。
瞳:多分これから、一生その存在を感じることなんて、無いかもしれない。
瞳:
瞳:・・・けど、お兄ちゃんと過ごしたあの不思議な時間だけは、いつまでも信じて生きていこうと思う。
0:〜Fin〜
瞳:ーーー私は幽霊を信じない。
瞳:今までの人生で一度もその姿を見た事は無いし、漫画みたいに突如(とつじょ)霊能力に目覚めた!
瞳:・・・なんて展開も無いだろうから、これまでもこれからも幽霊という存在は私にとって無縁だと思っている。
瞳:いや・・・正確にいうと『思っていた』んだ、その時までは。
翼:「瞳、お兄ちゃん幽霊になっちゃった!てへぺろ☆」
瞳:・・・そう、実の兄が私の元に幽霊として帰ってくるまでは。
0:『Ghost☆Brother』
翼:「・・・ひーとみ!ひとーみちゃーん!」
瞳:「・・・(無視)」
翼:「ひーとーみー!ひとみちゃーんってばぁ〜!」
瞳:「あー!もううるさいな!耳元でぎゃあぎゃあ騒がないでよ!」
翼:「だって、お兄ちゃんのこと、瞳がずーっと無視するんだもん。
翼:可愛い妹とたくさんお話したいのに、当の本人は机にかじりついて勉強なんかしちゃってさ。
翼:もー!いつの間にそんなガリ勉さんになっちゃったの?」
瞳:「別に好きで勉強してるわけじゃない。
瞳:うるさく話しかけてくる兄貴も、私が勉強してれば気を遣って大人しくなるかなーって思っただけ」
翼:「冷たい冷たーい!
翼:お兄ちゃん、今お話できるのは瞳だけなのにー!」
瞳:(瞳、食い気味に)
瞳:「だったら壁とでも話してれば?」
翼:「それ人によっては数倍になって心を抉る台詞ゥ!!!」
瞳:ーーー私の隣でぎゃあぎゃあ騒いでいるこの男。
瞳:半透明になった身体をくねらせながら悶えているこの男は、幽霊だ。
瞳:・・・そして、認めたくないが、私の血の繋がった兄である。
瞳:その上、悲しい事に私だけ、その姿を認識することが出来る。
瞳:
瞳:「・・・っていうかさぁ!
瞳:お兄ちゃん幽霊なんだから、もっとその身体を利用して色んな事してくればいいじゃん!」
翼:「色んなことって何よ?」
瞳:「たとえば、女の子の着替えを覗いてくるーとか、女湯を覗いてくるーとか、女の子のヒールの下に入り込んで、擬似的(ぎじてき)に顔を踏んでもらう体験をするーとか!」
翼:「妹が兄に罪を犯せと助言してくる!」
瞳:「・・・捕まっちゃえば良いのに」
翼:「いやいやいや!せっかくなら俺もやってみたいけど、言ったじゃん!
翼:お前の傍から離れられないんだって!
翼:残念ながらお前がいる場所、半径10m以内からは出られないんだって!」
瞳:「ってことは、私が居るところから最低でも10mは離れられるって事じゃん。
瞳:外にまだペスの犬小屋置いてあるから、その中で寝なよ」
翼:「酷い!お兄ちゃん虐待だ!ワンワン!」
瞳:「うるさい。黙れ。永遠に伏せ」
翼:「クゥン・・・」
瞳:ーーーそう、腹が立つことに、この迷惑な兄は私の背後霊になって、四六時中傍にいるのだ。
瞳:起きる時も食事の時も、学校に行く時も寝る時も。
瞳:
瞳:「・・・ホント、マジで迷惑な背後霊なんだけど」
翼:「背後霊って言うな!なんか悪霊みたいじゃないか!せめて守護霊と言え!」
瞳:「あっ、塩撒いたら消えるかな?
瞳:撒いたらしおしお〜って小さくなるかな?このナメクジ」
翼:「ねぇ!今お兄ちゃんのことナメクジって言った!?」
瞳:ーーーお兄ちゃんはそうやって、私の周りでひたすら騒ぐ。
瞳:私はそれを耳を塞いでやりすごす。
瞳:そんな生活が、もう半年。
瞳:そりゃあ、お兄ちゃんが突然事故で居なくなってしまった時は、悲しくて、たくさん涙も流したけれど。
瞳:だからと言ってこう毎日騒がれては、いい加減ノイローゼになりそうだ。
瞳:
瞳:「あのさぁ、お兄ちゃん。聞きたいんだけど」
翼:「ワン?」
瞳:「もう犬は終わりで」
翼:「・・・なんでしょう?」
瞳:「お兄ちゃんがこうして私の元に帰ってきたのって、何か心残りがあるからだったりするの?」
翼:「心残り・・・あー、そうだなぁ、色々あるなぁ」
瞳:「たとえば?」
翼:「メジャーなところで言うと、彼女が出来なかったこととかー」
瞳:「ふんふん」
翼:「観劇の巨人の最終回を見届けられなかったこととかー」
瞳:「なるほどなるほど」
翼:「油田(ゆでん)を一発掘り当てて、石油王になるって夢を叶えられなかったこととか!」
瞳:「・・・ねぇ、それ本心から未練だと思ってる?」
翼:「未練の多い人生でして・・・」
瞳:「なにー!もぉー!
瞳:じゃあ、お兄ちゃんの未練をどうにかこうにかするには、かなりの年数を要するってことー!?
瞳:私、一生このままお兄ちゃんと一緒に過ごさなきゃなんないのー!?」
翼:「いいじゃないか、妹よ・・・
翼:愛する兄と墓に入るまで共に過ごせるんだぞ?
翼:嫁に行こうが歳をとってしわくちゃのお婆ちゃんになろうが、俺は一生お前の味方だからな」
瞳:「やだ!私のプライベートにまで干渉しないでほしい!」
翼:「てか、瞳。俺がお前の傍にいるの・・・そんなに迷惑?」
瞳:「うっ・・・道端で捨てられてた頃のペスみたいな目で見るな・・・!
瞳:まぁ、確かに迷惑なところもあるけど・・・
瞳:何より、お兄ちゃんはこのまま成仏(じょうぶつ)できなくていいの?」
翼:「うーん・・・今は別にいいかなぁ・・・」
瞳:「よくないよ!確かに死んだお兄ちゃんと話ができるのは嬉しいけど、このままじゃ彼女だって作れないんだよ?
瞳:来世でイケメンに生まれ変わる可能性にワンチャン賭けて、成仏する方法を探した方が、絶対自分の為になるって!」
翼:「・・・さりげなく今の俺がイケメンじゃないってディスってるよね?それ」
瞳:「ともかく!成仏する方法を探すよ、お兄ちゃん!
瞳:来世でジョニーズ並のイケメンに生まれ変わる為に!」
翼:「えーっ・・・」
瞳:ーーーこうして、私は兄の呪縛(じゅばく)から逃れるべく、彼が成仏する方法を探し始めた。
瞳:
瞳:「まずは王道、ありがたいお経を聴く!」
翼:「・・・何言ってるかあんまり分からなくて、心に響かないなぁ・・・
翼:もっと魂に刻み込まれる熱いロック調にどうぞ!」
瞳:「不意打ちで背中を叩いてもらう!!」
翼:「そんな鬼の形相(ぎょうそう)で身構えてたら、めちゃくちゃ叩きづらいっての。
翼:宮本武蔵も泣いて逃げ出すわ」
瞳:「高級トリュフ塩を買ってきて、お兄ちゃんに向かって撒(ま)く!」
翼:「ふはははは、効かんな。
翼:塩はやっぱり伯方(はかた)が一番!」
瞳:「もーーー!意味わかんないー!
瞳:お兄ちゃん、なんで成仏しないのー!?」
翼:「残念ながら、俺はそんじょそこらの軟弱な霊とは違うのだよ・・・」
瞳:「自慢げに言うなーーー!キィ〜〜〜ッ!」
翼:(少し間。翼、少し真面目な口調で切り出す)
翼:「・・・なぁ、もういいじゃん、瞳。
翼:別に無理に成仏しなくたってさ。
翼:俺だって、早く生まれ変わって彼女作りたいとか思ってる訳じゃないし・・・
翼:それに、お前だって俺が居なくなったら・・・」
瞳:「はぁ!?何言ってるの!?
瞳:朝から晩までずーっとお兄ちゃんが傍にいて、ぎゃあぎゃあわぁわぁ喚(わめ)かれて!
瞳:私だって一人になりたい時だってあるのに、今はプライベートも何も無い・・・
瞳:こんな生活、もう耐えられないの!」
翼:「瞳・・・」
瞳:「お父さんやお母さんに言っても、二人にはお兄ちゃんのこと見えてないから、相談しようもないし。
瞳:第一、そんなこと言ったら私がおかしくなっちゃったって心配されるだろうし・・・!
瞳:もうヤダ!これ以上は無理!無理なの!」
翼:「ごめんな・・・お兄ちゃん、何も考えずに騒ぎまくって・・・
翼:もうしない、もうしないから・・・な?」
瞳:「知らない!お兄ちゃんなんか大っ嫌い!
瞳:どっか行って!」
翼:「・・・ッ。そうか・・・わかった・・・」
瞳:「ううっ・・・うっ・・・(泣)」
翼:「ごめんな、瞳。悪かったな・・・」
瞳:ーーー私は、あとでその時投げつけた言葉を、とても後悔することになる。
瞳:その日から、お兄ちゃんはパタリと姿を見せなくなったから。
0:(回想。瞳5歳、翼15歳)
瞳:「おにいちゃーん!おかあさんたち、どこに行ったのー?」
翼:「じいちゃんの家。
翼:ばあちゃん具合が悪いから、父さんと二人でお見舞いに行くんだって」
瞳:「今日、おかあさん帰ってこないの?」
翼:「あー・・・そういえば、泊まるから帰ってこないって言ってたなぁ・・・」
瞳:「えええー!やだぁーーー!
瞳:瞳、おかあさんと一緒じゃなきゃ寝れないー!」
翼:「大丈夫、大丈夫。
翼:今日は兄ちゃんが一緒に寝てやるから・・・」
瞳:「お兄ちゃん、寝相悪いからイヤー・・・」
翼:「待って、そんな本気で嫌そうな顔しなくてもよくない???」
0:(雷鳴)
瞳:「ヒッ・・・」
翼:「おー、そういえば雷鳴るって言ってたなぁ・・・」
瞳:「やだぁ・・・雷さまこわいぃ・・・」
翼:「そういえば、瞳は雷苦手だもんなぁ」
瞳:「お兄ちゃぁん!おへそ取られちゃうよぉ!怖いよぉ!」
翼:「はっはっは。心配するな、妹よ。
翼:お前の可愛いおへそは、何があっても俺が死守してやる」
瞳:「なんか気持ち悪いよぉ。お兄ちゃん・・・」
翼:「うむうむ、5歳児ながら辛辣(しんらつ)なコメントだ。
翼:将来有望だな、瞳は」
0:(雷鳴)
瞳:「きゃあああ!」
翼:「あービックリした。今のは近くに落ちたなぁ・・・」
瞳:「うえええええん!怖いよぉーーー!
瞳:おかあさぁあん!帰ってきてぇえーーー!」
翼:「よしよーし。ごめんなー、兄ちゃん男だから母さんにはなれないけど、今晩は怖がりな瞳の為に、ずっと傍にいてやるからなー。
翼:だから怖くない、怖くないぞー」
0:(回想。瞳12歳、翼22歳)
瞳:「ぐすっ・・・ぐすっ・・・」
翼:「どうした、マイスイートエンジェル瞳?
翼:そんなに悲しそうな顔をして」
瞳:「・・・うるさい。放っておいて」
翼:「オウ・・・その何者も寄せ付けない感じの突き放し方、最高にクールだぜ・・・ベイベー」
瞳:「お兄ちゃんはいいよね・・・悩みなんてなさそうで・・・」
翼:「ん?俺にも悩みくらいあるぞ?
翼:もうすぐ社会人になろうというのに、一向に彼女ができないこととか・・・」
瞳:「彼女は居なくたって、友達はいっぱいいるでしょ?
瞳:良いじゃん。羨ましい」
翼:「なんだぁー?瞳はお友達ができなくて悩んでんのか?」
瞳:「・・・」
翼:「まぁ、瞳はちょっと性格キツイところがあるからなぁー。
翼:お兄ちゃんはそこが良いと思ってるんだけど。
翼:そうかぁ・・・友達ができないのかぁ・・・」
瞳:「わかってるよ・・・私だって自分の性格がキツいことくらい・・・。
瞳:だから、あんまりズバズバ言わないよう、一生懸命我慢して・・・」
翼:「・・・あのなぁ、瞳。
翼:自分に嘘をついて出来た友達とは、本当の友達になれないんだぞ。
翼:いつか絶対ボロが出る」
瞳:「そんなの・・・そんなのわかんないじゃん。
瞳:もしかしたら上手くやれるかもしれないし・・・」
翼:「ふうむ・・・せっかくだ、ここにひとつ例を挙げよう。
翼:例えばだが、俺がタコさんウィンナーしか認めない派の人間なのに、カニさんウィンナーしか認めない派の人間と友達になりたいと思ったとしよう。
翼:俺は喧嘩になるのが嫌だと考え、咄嗟(とっさ)にカニさんウィンナーが好きだと、そいつに嘘をつく。
翼:嘘をついているうちはきっと、そいつと仲良くなることが出来るだろう。
翼:だが、実際、そいつの家に遊びに行って目の前にカニさんウィンナーを出されたら、タコさんウィンナー派の俺はどんな気持ちでそれを見ればいい?
翼:そいつに一生本当のことを言えないまま、本音を我慢したまま友達であり続けるのか?」
瞳:「なにそれ、例えがやたら長いし、意味わかんない」
翼:「まぁ聞けって!
翼:要するに、本心で付き合える友達じゃないと、お互いずっと苦しいままだし、長続きしないって話だ!」
瞳:「でも・・・それじゃあ、私一生友達できないかもしれないじゃん・・・」
翼:「そう不安そうな顔するな、瞳。
翼:世界は広い・・・お前は魅力的なんだから、仲良くなりたいという友達は絶対に居るはずだ。
翼:なんたって、俺の自慢の妹なんだからな」
瞳:「・・・言ってて恥ずかしくないの?」
翼:「恥ずかしいわけないだろう!
翼:けど、瞳は寂しがり屋だからなぁ・・・
翼:万が一お前に友達が出来なかった時は、俺が同級生になって、一緒に学校生活をエンジョイしてやるよ」
瞳:「それはヤダ」
翼:「ぐっ・・・即答・・・」
瞳:「・・・けど、ありがとう・・・元気出たかも」
翼:「くぅうううう!貴重な妹のデレ!
翼:ありがとうございます!」
瞳:「拝むな!!!」
0:(回想。半年前。瞳17歳、翼27歳)
翼:「瞳ー?おーい!そろそろ起きないと、学校遅刻するぞー!」
瞳:「ううん・・・もう少し寝かせてよ・・・
瞳:昨日は遅くまで課題やってて、寝不足なのぉ・・・」
翼:「いやいや、寝かせてやりたいけど、起こさなかったらお前、烈火のごとく怒り狂うだろ?
翼:ほらほら、起きろー」
瞳:「あーもう・・・お兄ちゃん、お母さんよりうるさぁい・・・」
翼:「仕方ないだろ?可愛い妹の皆勤賞がかかっているんだからな」
瞳:「知らなぁい!
瞳:もう、お願いだから早く仕事行ってよぉ・・・
瞳:そして、永遠に帰ってくるな・・・」
翼:「ぐうう・・・朝から辛辣だな・・・妹よ・・・。
翼:起こすのは諦めるが、決して遅刻はするんじゃないぞ。
翼:じゃあ、お兄ちゃんは行ってくるからな!」
瞳:ーーーその後のことだった。
瞳:お兄ちゃんがトラックに撥(は)ねられて、命を落としたのは。
0:(しばらくの間。回想終了。目を覚ます瞳)
瞳:「・・・ッ!!!」
瞳:
瞳:ーーー目を覚ました私は、自分が泣いていることに気が付いた。
瞳:
瞳:「そうだ・・・あの日、お兄ちゃんは私をせっかく起こしてくれようとしたのに・・・」
瞳:
瞳:ーーー先程まで見ていた映像が、交わした言葉が脳裏をよぎる。
瞳:
瞳:「私が・・・私がお兄ちゃんに『帰ってくるな』なんて言ったから・・・」
瞳:
瞳:ーーー後悔が押し寄せる。
瞳:
瞳:「お兄ちゃんはあの日、本当に帰ってこなかったんだ・・・」
瞳:
瞳:ーーー涙が堰(せき)を切ったように溢れる。
瞳:苦しくて。悲しくて。悔しくて。
瞳:
瞳:「お兄ちゃんはいつも優しく私のことを見守ってくれてたのに・・・
瞳:私はいつも酷いことばかり言ってきた。
瞳:この間だって、私はお兄ちゃんにどっか行って、なんて・・・」
瞳:
瞳:ーーー顔を掌で覆って、私は絞り出すように呟いた。
瞳:
瞳:「馬鹿だ・・・馬鹿だ私は・・・居なくなってからいつも気付くんだ・・・」
瞳:
瞳:ーーー唇を噛み締め、嗚咽(おえつ)を漏らすまいとこらえる。
瞳:声をあげて泣く資格など、私には無いと思った。
瞳:
瞳:「お兄ちゃん・・・お兄ちゃん・・・」
瞳:
瞳:ーーーうわ言のように呟いた、その時だった。
翼:(翼、どこか遠くで泣いている)
翼:「・・・うっ・・・うっ・・・」
瞳:「お兄ちゃん・・・?」
瞳:
瞳:ーーー私は飛び起きて、声の聴こえる方向へ向かった。
瞳:階段を降り、玄関を開け、庭の方へ。
翼:「うう・・・ぐすっ・・・ぐすっ・・・」
瞳:ーーー『ペスの小屋』。
瞳:拙(つたな)い子どもの字で書かれた札のついた犬小屋で、お兄ちゃんは背中を丸めて泣いていた。
瞳:
瞳:「・・・お兄ちゃん」
翼:「・・・ッ、瞳・・・!?」
瞳:「なんでこんなところで泣いてるの?」
翼:「だって・・・瞳が泣く声が聞こえるんだけど、どっか行ってって言われたから、慰めに行けなくて・・・
翼:お兄ちゃん、なんかそれが悲しくて・・・
翼:でも、行く場所なんてここくらいしか無いから・・・」
瞳:ーーー私よりぐしゃぐしゃになった情けない顔で、お兄ちゃんはこちらを見た。
瞳:いい歳した大人とは思えない、涙と鼻水にまみれた酷い顔。
瞳:そんな顔をさせてしまったことが申し訳なくて、けどちょっと可笑しくて。
瞳:触れられないと分かっていたけれど、私は半透明なその身体に腕を回して、抱き締める真似事(まねごと)をした。
瞳:
瞳:「・・・もういいよ。ごめんね、お家に入ろ。お兄ちゃん」
0:(しばらくの間。瞳の部屋)
瞳:ーーーそれから、お兄ちゃんと色んな話をした。
瞳:他愛のない話を、普段のくだらないやりとりを、いつもどおり笑ったり怒ったりしながら、何十分も、何時間も。
瞳:やがて、夜が明け朝日が登り始めた頃、私はお兄ちゃんに切り出した。
瞳:
瞳:「ねぇ、お兄ちゃん・・・あのね。
瞳:このまま成仏しなくてもいいよ。
瞳:今までどおり、私、酷いこと言う時もあるかもしれないけど、もう居なくなれ、なんて言わないから」
翼:「おお・・・瞳。なんだよ、デレ期来ちゃった?」
瞳:「もう!人が真面目な話してるのに!」
翼:「はっはっは。
翼:・・・嬉しいけど、でも俺、そろそろ成仏しようと思う。
翼:このままだと、いつまで経っても妹離れできなそうだからな」
瞳:「なんで?別にもう私、気にしないよ!
瞳:まぁ・・・ずっと傍に居られるのはちょっと困るけど・・・
瞳:でも、ある程度ルールを決めて、上手くやることだって・・・」
翼:「いや、いいんだ、もう。
翼:俺が瞳の傍を離れられなかったのは、お前のことが心配だっただけだから・・・」
瞳:「私のことが?」
翼:「そうそう、口では強気なことを言う可愛いマイシスターが、実は怖がりで寂しがり屋だって俺、知ってるからさ。
翼:だから、お兄ちゃんが居なくなっても大丈夫かなー?って思ったら、いつの間にかお前の傍にいたわけ」
瞳:「そっか・・・じゃあ、お兄ちゃんが成仏できなかったのは、私のせい・・・」
翼:「いや!ちょっと嘘ついたわ!
翼:・・・あのな、正直言うと俺、何の心の準備も無しに死んじゃったもんだから、お前と会えなくなると思うと寂しくてなぁ・・・
翼:そんな気持ちも三分の一くらいあって・・・」
瞳:「三分の一?」
翼:「あー・・・嘘です。三分の二」
瞳:「全く、お兄ちゃんこそ寂しがり屋なんじゃない」
翼:「仕方ないだろ、俺たち『きょうだい』なんだから」
瞳:「そうだね・・・」
翼:「でもまぁ!いつまでも俺が傍にいて、嫁に行き遅れても大変だからな!
翼:そろそろお兄ちゃんは来世に向けて、旅立とうと思う!」
瞳:「・・・本当に、行っちゃうの?」
翼:「ああ、行くよ。
翼:実の所、もうお前は俺が居なくてもとっくに大丈夫だったんだ」
瞳:「そんなことない・・・そんなことないよ。
瞳:私、お兄ちゃんが居てくれたから、これだけ強気でいられたんだよ?」
翼:「なに不安そうな顔してるんだ。
翼:デレ期は嬉しいけど、いつまでもこうしているわけにはいかないって、お前も分かってるだろ?」
瞳:「うん・・・」
翼:「大丈夫、お前は俺の自慢の妹だ!
翼:これから先、何があっても乗り越えて行ける!誰よりも幸せになれる!
翼:お兄ちゃんは信じてる!」
瞳:「はぁーあ・・・すごいよね、そこまで言い切るって。
瞳:ホント、お兄ちゃんは世界一のシスコンだよ」
翼:「褒め言葉だ!ありがとう!」
瞳:「・・・今まで、酷いこといっぱい言ってごめんね」
翼:「なに、お前の毒舌は全て愛情の裏返しだと俺は信じているからな!
翼:痛くも痒くもない!むしろ心地いい!」
瞳:「数時間前までべこべこに凹んでたのに?」
翼:「気のせいだ!」
瞳:「ふふふ、まぁ、そういうことにしておいてあげるよ」
翼:「・・・よし、そろそろ朝がくる。
翼:キリがいいところでお兄ちゃんは逝くぞ、妹よ」
瞳:「うん、来世はイケメンになれるといいね」
翼:「最期の最期まで辛辣ゥ!!!」
瞳:「・・・じゃあね、お兄ちゃん。
瞳:行ってらっしゃい」
翼:「ああ、行ってくるよ、瞳。
翼:・・・あっ、そうそう」
瞳:「何?」
翼:「高校生にもなって、バックプリントのパンツはちょっと恥ずかしいと思うぞ?
翼:いい加減、大人の女性らしいパンツにレベルアップしなさい」
瞳:「死ね!!!」
翼:(翼、遠ざかりながら)
翼:「はっはっはー!もう死んでる!」
瞳:ーーーこうして、お兄ちゃんは死んでいることが信じられないくらいの賑やかさで、向こうの世界へ旅立って行った。
0:(しばらくの間。遺影に手を合わせる瞳)
瞳:ーーーそれから、お兄ちゃんはきちんと成仏できたようで、私の生活はようやく静けさを取り戻した。
瞳:まぁ、本音を言うと、ほんの少し、寂しいけれど。
瞳:
瞳:「あっ・・・もうこんな時間か・・・!
瞳:じゃあね、お兄ちゃん!行ってくるからね!」
翼:(翼、遠くから見守るように)
翼:「・・・おう!行っておいで」
瞳:「・・・あれ・・・?
瞳:・・・ううん、気のせいか!」
瞳:
瞳:ーーーお兄ちゃんの遺影に笑いかけて、今日も私の一日が始まる。
瞳:
瞳:私は幽霊を信じない。
瞳:多分これから、一生その存在を感じることなんて、無いかもしれない。
瞳:
瞳:・・・けど、お兄ちゃんと過ごしたあの不思議な時間だけは、いつまでも信じて生きていこうと思う。
0:〜Fin〜