台本概要

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タイトル アラン・フィンリー探偵事務所(男×不問)
作者名 Danzig
ジャンル ミステリー
演者人数 2人用台本(男1、不問1)
時間 40 分
台本使用規定 商用、非商用問わず連絡不要
説明 アラン・フィンリー探偵事務所1

男×性別不問40分台本です。
一人称は、演者さんが自由に変えてください

イギリス、ロンドンにある探偵事務所
小さな探偵事務所を営む探偵「アラン・フィンリー」
彼には探偵ではない裏の顔があった

主人公のアラン・フィンリーは、年齢、性別が不明です。
なので、男女不問で演じて頂ければと思います。

題に「探偵事務所」とありますが、特に探偵ものではありません。
この話には男×男女不問のバージョンもありますが、話の内容は同じです。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
アラン 不問 128 アラン・フィンリー。  アラン・フィンリー探偵事務所のオーナー。  年齢、性別が不詳の人物
ジェームス 119 ジェームス・コイル。  イギリスの秘密情報部の諜報部員 今回の依頼人
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
: ジェームス(N):ロンドン、イーストエンド。 ジェームス(N):テムズ川が曲がりくねる、ここは、ロンドンの中でも、昔から「低所得者等(ら)が流れ着いて暮らしている」と表現される街だ。 ジェームス(N):治安(ちあん)も、西側と比べれば、それほどいいとは言えない。 ジェームス(N):かつては、切り裂きジャックが、出没(しゅつぼつ)した場所でもある。 ジェームス(N):この街の、とあるビルの一室。 その部屋の前に、俺は立っている。 : ジェームス:まさか、「また」ここに来る事になるとは・・ : コンコンコン(ノック音) : ジェームス(N):俺は、木のドアに、ノックを3回した。 だが、ノックをしても返事はない。 ジェームス(N): ジェームス(N):返事がないのは、この前と同じか・・ ジェームス(N): ジェームス(N):俺はドアノブを回した。 ドアにカギは、掛かっていない。 ジェームス(N):俺はドアを開けて、部屋の中に入る。 ジェームス(N):部屋は殺風景(さっぷうけい)だが、「小奇麗(こぎれい)に掃除されている」といった印象だ。 ジェームス(N): ジェームス(N):30平米(へいべい)に、満たないオフィス。 ジェームス(N):部屋の電気が点(つ)いていないせいか、窓からの光だけでは、少々薄暗(うすぐら)い。 ジェームス(N):窓際に置いてある、少し大きめのデスクと、来客用のソファーが2つ・・そのソファーに、寝転がっている人物がいる。 ジェームス(N): ジェームス(N):こいつが男なのか、女なのかは分からない・・ ジェームス(N):年齢も、身長も、性別も、声も、何もかもが分からない、正体不明の人物・・ 今、俺の目の前にある、この容姿が、奴の本当の姿などとは、思わない方がいい。 ジェームス(N):こいつが今、起きているのか、眠っているのか、それすらも疑わしい : ジェームス:おい、アラン。 : アラン:ん? 誰? アラン:あぁ・・確か「ジェームスさん」でしたか、お久しぶりですね。 何か御用ですか? : ジェームス:あぁ、依頼だ。 : アラン:そうですか・・じゃぁ、ちょっと待ってくださいね。 ふぁぁ~(あくび) アラン:ちょっと眼ざめに、紅茶いれますから。 すみませんが、そこに座っててください。 : ジェームス:あぁ、分かった・・ : ジェームス(N):アランは、部屋の電気をつけて、給湯室へと消えて行った。 ジェームス(N):奴が消えて直ぐに給湯室から声が聞こえる。 : アラン:ジェームスさんも飲みますか? : ジェームス:いや、俺はいい。 : アラン:そうですか・・ : ジェームス(N):アランは、給湯室から戻ってくると、紅茶の入ったティーカップを一つ、ソファーの前にあるローテーブルに置いた。 : アラン:お待たせしました。 「アラン・フィンリー探偵事務所」へようこそ。 アラン: アラン:今回の依頼はなんですか? 面倒な事は、遠慮したいんですが・・ : ジェームス:依頼は前回と同じだ。 : アラン:前回って言っても、ジェームスさんがここに来たのは、もう何年も前ですが・・ : ジェームス:ここは、そうそう来たくはない場所だからな・・俺がここに来る理由は、一つしかないだろう。 : アラン:ほう。 : ジェームス:ある人間を殺して欲しい。 : アラン:またですか? : ジェームス:それが、お前の仕事だろ。 : アラン:ここは探偵事務所で、僕は探偵です。 : ジェームス:表向きはだろ? : アラン:いや、全面的に探偵ですよ。 ただ、あなたのような依頼の仕事も、「仕方なく」しているというだけです。 アラン:そっちの方の顧客(こきゃく)は、数人しかいませんのでね、今は、殆どしてませんよ。 : ジェームス:勿体ない話だな。 由緒(ゆいしょ)正しい「殺し屋」の家系(かけい)が、しがない探偵なんて。 : アラン:僕は別に、殺し屋をやりたい訳じゃないんですよ。 ただ、僕の家が500年続く「殺し屋」の家系ってだけで、あなたのような人がやってくる。 アラン:だから、仕方なく仕事を受けているだけなんですよ。 アラン: アラン:まぁ、それなりのノウハウはありますので、それが探偵稼業(かぎょう)には、役立っていますがね。 アラン:もっとも、僕の素性を知る人間さえ、いなくなってくれれば、殺しなんて、しなくて済むんですけどね。 : 0:アランが、ジェームス・コイルの方を、意味ありげにチラッとみる : ジェームス:おいおい、俺を殺したって無駄(むだ)だぞ。 お前は、既に、ロンドンの秘密情報部に認識されている。 ジェームス: ジェームス:お前が殺し屋である事を、見逃す代わりに、俺達の都合で、人を殺してもらう。 ジェームス:そういう関係が、お前の親父さんの時から、続いてるんだ。 ジェームス:今更、お前の素性を知る人間を、全て消すなんて、出来ないよ。 : アラン:まぁ、そうですよね。 だから、仕方なく依頼を受けるんじゃないですか。 アラン:・・・と言っても、必要があれば、本当に、全部殺しますけどね。 : ジェームス:あぁ・・・、それは分かってる。 実際に、お前になら、それが出来る事もな。 : アラン:で、今回は誰を殺すんですか? : 0:アランに写真を見せるジェームス : ジェームス:こいつだ。 ジェームス:リミット・チャーチル、殺人鬼だ。 : : アラン:リミット・チャーチル? アラン:殺人鬼という割りには、聞いた事ないですね : ジェームス:存在(そんざい)を、公(おおやけ)にはしていないからな : アラン:ふーん・・ : ジェームス:奴を殺そうとした奴は、今まで全員死んだ・・ : アラン:ほう : ジェームス:奴は念じただけで、人を殺す事が出来るようなんだ : アラン:こんな現代社会の中で、何言ってるんですか、魔法の世界じゃあるまいし : ジェームス:でも、そう考えないと、説明がつかないんだ・・ : アラン:そうですか・・・まぁ、それはいいとして、 アラン:それじゃぁ、彼に気付かれないように、遠くから、狙撃(そげき)すれば、いいじゃないですか? アラン:秘密情報部には、そっちの方の専門家もいるでしょう? : ジェームス:やったさ ジェームス: ジェームス:300メートル先からの狙撃を試(こころ)みたよ。 ジェームス:だが、引き金を引く瞬間に狙撃手が死んだ。 ジェームス: ジェームス:500メートル先からもやってみたが、結果は同じだったよ : アラン:へー アラン:殺気を当てると、分かるんですかね? アラン: アラン:ところで、その人は、生身の人間ですか? : ジェームス:多分な : アラン:多分って、そんな適当な・・ アラン:嫌ですよ、殺そうとしたら、人間じゃなかったとか・・ アラン: アラン:そもそも、心臓を打ち抜いても、死なないとか、 アラン:それ、殺せませんからね アラン: アラン:もっとも、うちの家系では、人外(じんがい)の魔物(まもの)も殺したなんて、記録もあるようですけど、 アラン:僕は嫌ですよ : ジェームス:奴が、人間かどうかなんて、確かめようがないんだよ。 ジェームス:でも、人間というのは、多分間違いないと思う : アラン:どうしてですか? : ジェームス:奴は突然、その能力に目覚めたらしい ジェームス:奴のそれまでの経歴を、調べてみたんだが、ごく普通の人間だったからな : アラン:じゃぁ、本物の、リミット・チャーチルが殺されて、別の何かが、入れ替わったという可能性は? : ジェームス:それは・・ない訳では、ないが・・ : アラン:うーん アラン: アラン:まぁ、それは考えても、仕方ないですね アラン:じゃぁ、殺気が当てられないのなら、罠でも仕掛ければいいじゃないですか : ジェームス:それもやったさ : アラン:で、どうだったんですか? : ジェームス:失敗したさ。 ジェームス:だいたい、俺がここに来てるんだ、分かるだろ : アラン:まぁ、確かに、 アラン:そりゃ、そうですね : ジェームス:罠を張っても、罠が発動する直前に、 ジェームス:罠を仕掛けた奴が、死んだよ。 ジェームス:それと同時に、奴は罠から逃(のが)れたそうだ : アラン:どうして、罠から逃(のが)れられたんですか? : ジェームス:罠が発動しなかったらしい : アラン:へー : ジェームス:それで、俺達が出した答えが、 ジェームス:奴を殺そうとするものは、無機物(むきぶつ)だろうと、死んでしまうってな : アラン:「無機物が死ぬ」って、何言ってるのか、分かってるんですか? : ジェームス:勿論、分かってるさ。 ジェームス:でも、それしか説明がつかないんだ : アラン:で、罠って、どんな罠だったんですか? : ジェームス:センサーによって、銃が発砲するような仕組みだったらしい : アラン:それって、単なる不発だったんじゃないんですか? : ジェームス:プロが仕掛けた罠だぞ、 ジェームス:そんな時に、不発になるとは思えないんだよ ジェームス:しかも、同時に5カ所から、発射される仕掛けだったらしいが、 ジェームス:その5カ所とも、発動しなかったそうだ : アラン:そうですか・・・ アラン:じゃぁ、僕にも無理じゃないですか : ジェームス:もう、お前に頼るしかないんだよ。 ジェームス:お前なら、何とかなるかもってな : アラン:じゃぁ、どうしてもっと早く、僕の所へ来なかったんですか? : ジェームス:いや、お前の手段が・・その・・ ジェームス:あと、お前の依頼料は、少々法外だからなぁ・・ : アラン:依頼料が法外だとかいいますが、 アラン:そもそも、殺しの依頼自体が法外でしょ : ジェームス:まぁ、そうなんだがな・・ : アラン:ところで、このリミット・チャーチルの写真・・・ アラン:どうやって撮ったんですか? アラン:ひょっとして、この写真を撮った人も、死んだんですか? : ジェームス:いや、写真を撮るときは、死を覚悟したようだがな、死ななかったよ。 ジェームス:殺すつもりじゃなかったからかもな : アラン:ふーん : 0:暫く考えるアラン : アラン:分かりました。 一旦、お引き受けいたしましょう。 アラン:ただし条件があります。 : ジェームス:おお、やってくれるか! で、その条件ってのは? : アラン:まず一つ目、三か月程、猶予(ゆうよ)をください。 : ジェームス:三か月で奴を殺せるのか? : アラン:いや、殺せるかどうかは、分かりません。 とりあえず、三か月程待って欲しいって事です アラン: アラン:それで、もう一つは、もし、僕が「殺せない」と判断したら、この仕事を降(お)ります。 アラン:僕も、命の方が大事ですからね : ジェームス:・・まぁ、それは仕方ないな・・ : アラン:報酬は100万ポンド : ジェームス:ひゃ、ひゃく・・ : アラン:ええ、でも、僕が仕事を降りた場合は、その8割をお返ししますよ : ジェームス:それにしたって・・ : アラン:報酬には、殺しに関わる、調査から武器、乗り物などの調達まで、全ての経費が含まれているんです : ジェームス:しかし・・ : アラン:それでダメなら、他を当たって下さい : ジェームス:・・わ、分かった、それで頼むよ : アラン:ふふ・・ : ジェームス:どうしたんだ? 何故、笑う : アラン:いやね、前回は確か、報酬額を聞いた時に、「上に聞いてみないと返事できない」って、言ってたじゃないですか、 アラン:今日は、この場で決めましたよね。 アラン:つまり、最初から、それくらいの報酬は、覚悟してたって事でしょ? : ジェームス:・・・いや、それはそうなんだが、やはり高くてな・・ ジェームス:せめて、武器とか・・いや乗り物くらい、こちらで用意させてくれれば・・ : アラン:それじゃ、僕が困るんですよ。殺しの秘密は、知られたくないですからね : ジェームス:そうか・・わかった : アラン:では、3カ月くらい後に連絡を入れます : ジェームス:わかった待っているよ : : : アラン(N):それから暫くの間、僕は、リミット・チャーチルを観察した。 アラン(N):彼が何処(どこ)に住み、何を食べ、誰と何を話すのか、朝、昼、晩。 一日中、何日も観察を続けた アラン(N): アラン(N):ジェームスさんからもらった、情報部の資料と照らし合わせながら、彼の性格や、行動のパターンを探り出す アラン(N):そこで分かってきた事がある アラン(N): アラン(N):資料によると、リミット・チャーチルは、ごく普通の生活をする、ごく普通の人間だったようだ。 アラン(N):いや、「ごく普通の」というのは、少し違っているかもしれない。 アラン(N):彼は、コミュニケーションに障害を抱えており、自分の事を表現する事が、苦手だったと記録されている アラン(N):リミットがこの能力を最初に使用したのは、5年前。 ある事件がきっかけだったようだ。 資料によるとこうだ・・ : ジェームス(N):4月某日、 ジェームス(N):路(みち)を歩いていた、リミットの前を、一人の外国人の少女が、走って横切ろうとし、足を躓(つまづ)き転んだ : アラン:まぁ、そこまでは、特に珍しくもない光景だったろう : ジェームス(N):泣きじゃくる少女をなだめようと、リミットが少女の前に、腰(こし)を屈めた時、少し離れた場所から、その少女の母親が、叫び声をあげた ジェームス(N):母親はヒステリックに、そして、周りに聞こえるような大きな声で、リミットに対して、少女から離れるようにと叫んだ ジェームス(N):それは、母親の単なる勘違いだった ジェームス(N):しかし、コミュニケーションに障害を抱えるリミットにとって、それの光景は、彼がパニックになるのには、十分なものだった : アラン:少女はただ、その場で泣きじゃくるだけ。 母親はヒステリックに叫ぶ。 周りの人間は、リミットを怪訝(けげん)な眼差しで見つめる・・ アラン:そんな光景は、容易に想像ができる アラン:リミットはさぞ、戸惑(とまど)っていた事だろうね : ジェームス(N):そこに、三人の警察官が駆けつけ、銃を抜いてリミットを睨みつけ、少女から離れるように促した : アラン:よりによって、警官が近くにいたとは・・タイミングが悪いというか、なんというか・・リミットは、益々(ますます)、パニックになったのだろうね : ジェームス(N):リミットは、その場から逃げ出そうと、走り出した。 その時、一番若い警察官が、リミットに向けて拳銃を発砲した ジェームス(N):いや、発砲しようと、指に力を入れた。 その瞬間、その警察官は白目をむき、その場に倒れた : アラン:アメリカじゃあるまいし、何故、そこで発砲する必要があるんだよ。 アラン:ロンドンの警官も、アメリカ並みの知性になったか : ジェームス(N):他の二人の警察官は、同僚の警官が倒れるその光景を見て、危険を感じたのか、リミットに向けて、拳銃を発砲しようとし、若い警察官と同様、即時(そくじ)に絶命(ぜつめい)した ジェームス(N):そして、周囲が騒然(そうぜん)となる中、3人の警察官の死体を残し、リミットは逃走した。 ジェームス(N):それが最初の事件だった : : アラン:なるほどね、リミットは、この恐怖体験が切っ掛けで、能力に目覚めたという事か・・・ アラン: アラン:この資料を見る限り、誰かがリミットを殺して、入れ替わったとも思えないし、まぁ、生身の人間ってのは本当らしいな、 アラン:殺して死ぬかどうかは、別にして・・ : ジェームス(N):その後、警察の医療班が、警察官の死体を、念入りに解剖し調査をしたが、 ジェームス(N):死体には、外傷はなく、内臓など内部組織の損傷もない。 ジェームス(N):医学的には、死因らしい死因が、全く分からないという結果だった。 ジェームス(N):事件発生当初、スコットランドヤードでは、リミット・チャーチルを、指名手配するという動きはあったが、この結果を受けて、リミット・チャーチルの案件は、秘密情報部で扱う事となった。 : アラン:死因らしい死因がないか・・まるで、生命が突然、遮断されたって感じだったのだろうか。 アラン:確かにこれじゃ、「念じただけで人を殺す」と思われても、仕方がないな・・ : ジェームス(N):そして、この結果を受けて、秘密情報部は、この不思議な力を手に入れようと、リミット・チャーチルに何度も接触を試みた。 ジェームス(N):しかし、リミットはこれを拒み続けた。 : アラン:そりゃ、そうだろうな、どう考えても、実験台にされるか、都合よく、組織に使いまわされるのが分かってるからね。 アラン:組織に付いて行ったら、二度と帰る事が出来ない事くらい、容易に想像がつく。 アラン:おそらく、彼もそう思ったんだろう。 : ジェームス(N):何度もリミットに拒否された秘密情報部は、「手に入らない危険な力は、他の組織に利用される前に、排除する」という結論に達した。 ジェームス(N):そして、リミット・チャーチルの暗殺が計画された。 ジェームス(N): ジェームス(N):しかし、リミット・チャーチルの暗殺計画は、奇襲(きしゅう)、狙撃(そげき)、罠(わな)、毒(どく)・・ ジェームス(N):考えられる、あらゆる方法で、暗殺を試みたが、全て失敗。 ジェームス(N):この計画中に死亡した情報部のメンバーは、全部で8人にのぼる。 : アラン:お決まりの展開だね、一方的に力になれと言われて、それを拒んだら、今度は命を狙われる・・・か、 アラン:国のご都合主義にも、呆(あき)れるね アラン:リミット・チャーチルに、同情してしまいそうだ。 : アラン(N):情報部の資料で、大体の情報を得た僕は、その後も、リミットの観察を続けた。 アラン(N):しかし、僕が観察した限りにおいて、彼は「平凡な生活」を望み、それを実践しようとしている、「ごく一般的な市民」でしかなかった。 アラン(N): アラン(N):いや、一般的な市民よりも、ずっと善良(ぜんりょう)で、模範的(もはんてき)ともいえる市民だ。 アラン(N):彼は、自分がコミュニケーション能力に障害がある事を、自覚している。 アラン(N):それゆえに、より一層、善良である事を、心がけているようだった・・・ アラン(N): アラン(N):彼が、秘密情報部の接触を拒み続けたのも、この「平凡な生活」を、望んでいたからだろう。 アラン(N): アラン(N):ここで僕には、どうにも解(げ)せない事柄が、浮かび上がってきた。 アラン(N): アラン(N):この依頼を持ってきたジェームス・コイルは、リミット・チャーチルの事を「殺人鬼」と表現していた。 アラン(N):何日も、彼の観察を続けた僕には、どうしても、彼が殺人鬼とは思えない。 アラン(N): アラン(N):実際、僕が彼を観察してから、彼は殺人を犯(おか)していない。 アラン(N):僕の目を盗んで、殺人を犯すなんて、不可能だ。 アラン(N): アラン(N):そして、僕はこの疑問を、ジェームスにぶつける事にした。 : : 0:トゥルルルルル 0:ジェームス・コイルの携帯電話がなる : ジェームス:電話・・・ ジェームス:ん? アランからか・・・ ジェームス:はい、ジェームス・コイルだ。 : アラン:僕です。 : ジェームス:あぁ、アランか。 ジェームス:どうだ、進捗は? : アラン:ぼちぼちですね。 アラン:ちょっと、ジェームスさんに、聞きたい事があるんですが・・ : ジェームス:ん? ジェームス:聞きたい事って? : アラン:ジェームスさんが、僕にこの依頼を持ってきた時、 アラン:リミット・チャーチルの事を「殺人鬼」と言っていましたね。 : ジェームス:あぁ・・ : アラン:僕が見たところ、彼は殺人を犯してないですよ。 アラン:どうして、彼を「殺人鬼」呼ばわりするんですか? : ジェームス:・・・ : アラン:何か、言えない事情があるんですか? : ジェームス:・・・いや、そういう事じゃないんだが・・ : アラン:では、どういう・・ : ジェームス:・・・ ジェームス:理由がいるんだ : アラン:理由・・・ですか? : ジェームス:あぁ、リミット・チャーチルを殺害する為の理由さ。 : アラン:そんなものが、どうして・・・ : ジェームス:秘密情報部って言っても、結局は国の組織でね。 ジェームス:頭の固い連中が、何人か上にいるんだよ。 ジェームス: ジェームス:リミットも、お前の存在と同じでね、 ジェームス:混乱を避ける為に、組織の中でも、ごく一部の人間にしか、 ジェームス:リミットの能力については、知らされていない。 ジェームス: ジェームス:彼の能力を知らない連中に対して、リミットを殺害する、それなりの理由がいるのさ。 ジェームス:実際、リミットは、警察官も含めて11人を殺しているからな、 ジェームス:「殺人鬼」としておくのが、都合がいいのさ。 : アラン:そうですか・・・反吐(へど)がでますね。 アラン:リミット・チャーチルが、一番何を望んでいるのか、ジェームスさんは、知っていますか? : ジェームス:あぁ、ある程度はな。 ジェームス:俺も、個人的には、彼に同情しているんだよ。 ジェームス:しかし、俺は仕事上、奴を殺さなきゃいけない。 ジェームス:仕事で人を殺す、お前と同じさ。 : アラン:そうですか・・ アラン:でも、僕と同じといっても、僕はまだ仕事を「受ける」とは言ってないですけどね。 : ジェームス:いや、お前は「断る」と言っていないだけだ。 : アラン:・・・そうでしたね。 : ジェームス:で、奴を殺せそうか。 : アラン:ええ、多分。 アラン:僕の予想が正しければ、彼を殺す方法はありそうですね。 : 0:少し安堵の表情を見せるジェームス : ジェームス:そうか・・・出来そうか・・・ : アラン:でも、僕はまだ「断る」と言っていないだけですよ。 : ジェームス:・・・そうだったな。 : 0:少し考えるアラン : アラン:また、少ししたら連絡します。 : ジェームス:あぁ、いい返事を待ってる。 : アラン:では・・・ アラン(N):そう言って、僕は電話を切った。 アラン(N): アラン(N):電話を切った後、デスクの椅子に座り、僕は考える。 アラン(N): アラン(N):全く歓迎(かんげい)しない、悪魔のような力を、手に入れてしまった男。 アラン(N):その能力によって、自分の命が狙られ、殺したくもない相手が、勝手に死ぬ。 アラン(N):そして、自分の望む平凡な日常が、どんどん脅(おびや)かされていく・・・ アラン(N):おそらく、彼の能力を、一番疎(うと)ましいと思っているのは、リミット本人だろうな。 アラン(N):心底、彼には同情するよ。 アラン(N): アラン(N):せめて彼が、その能力を使って、カルト教団の教祖や、快楽殺人者にでもなってくれれば、 アラン(N):心置きなく、殺せるんだけどなぁ・・・ アラン(N): アラン(N):僕のような殺し屋が、正義を語れるなんて、思ってはいないが、 アラン(N):同情する相手を殺すなんてなぁ・・・ アラン(N): アラン(N):殺し屋の家系が、つくづく嫌になる。 アラン(N):親父達も、こんな気分を味わっていたのだろうか・・・ : : ジェームス(N):アランのあの電話から、およそ10日後、 ジェームス(N):アランから、事務所に来てくれとの連絡があった。 ジェームス(N): ジェームス(N):おれは翌日、アラン・フィンリー探偵事務所へと向かった。 : 0:コンコンコン : ジェームス(N):俺は、「アラン・フィンリー探偵事務所」と書かれた、木のドアをノックをする。 : アラン:開いてますよ。 : ジェームス(N):中からアランの声がする ジェームス(N): ジェームス(N):ドアを開けて中に入ると、アランは、部屋の奥のデスクに座っていた。 : : アラン:ジェームスさん、呼び出してすみません。 : ジェームス:いや、いい。 ジェームス:俺のオフィスに来てもらう訳にも、いかないし、外で会う訳にも、いかないからな。 : アラン:そうですね : ジェームス:で、結論はでたのか? ジェームス:リミット・チャーチルを殺すのか、依頼を断るのか。 : アラン:申し訳ありませんが、まだ結論は出ていません。 アラン:今日は、ジェームスさんにお願いがあって、来てもらったんです。 : ジェームス:お願い? 俺にか? : アラン:ええ、 アラン:少々、僕と賭けをして下さい。 : ジェームス:賭け? : アラン:ええ : ジェームス(N):そう言って、アランは携帯電話を俺に渡した。 : ジェームス:これは? : アラン:それが、賭けをするための道具です。 : ジェームス:これが? : アラン:ええ、 アラン:賭けの内容はこうです。 アラン:今から3日後、 アラン:水曜日の13時30分に、その携帯電話から、指定の番号に電話をかけてください。 : ジェームス:それだけか? : アラン:ええ、それだけです。 アラン:誤差(ごさ)の猶予(ゆうよ)は10秒です。 アラン:ですから、正確には、水曜日の13時29分50秒から、13時30分10秒の間に、電話をかけてください。 アラン:できますか? : ジェームス:・・・ : アラン:もし、ジェームスさんが、指定の時間に、電話を掛けられなかった場合、 アラン:もしくは、指定の日時以外に、電話をかけた場合、 アラン:そして、その携帯電話と指定の電話番号について、秘密情報部が調査をした場合、 アラン:その場合は、僕はこの依頼を断ります。 アラン: アラン:このまま何もせずに、ジェームスさんが、指定の時間に電話を掛ける事が出来た場合、 アラン:僕は、この依頼に対して、正式に回答をします。 : ジェームス:随分と一方的だな、 ジェームス:依頼をしたのは、俺の方だぞ。 : アラン:難しそうですか? : ジェームス:それくらいは、難しくないだろうが・・ ジェームス:いや、そういう問題じゃなくて、どうして俺が、お前の一方的な賭けに、乗らなきゃいけないのかって事だよ。 : アラン:ジェームスさん、 アラン:僕はこの案件には、少々疑問がありまして、 アラン:それを解決する為に、この賭けに乗って貰いたいんです。 アラン:ジェームスさんの組織が、僕の信用に足る所かどうか・・・ : ジェームス:まぁ、そういう事なら・・・ ジェームス:しかし、誰かが、その時間に俺に電話をかけさせないように、邪魔をするとか、そういう事はあるか? : アラン:いえいえ、そういう事はしませんよ。 アラン:僕はただ、ジェームスさんが約束を守れるかどうか、知りたいだけです。 : ジェームス:まぁそういう事なら、仕方がないか・・ ジェームス:でも、「正式な回答」と言ったが、 ジェームス:必ず受けると言わないのは、断る可能性もあるという事なのか? : アラン:そういう事になりますね。 : ジェームス:・・・ : アラン:正直、まだ、リミット・チャーチルを殺せるかどうか、僕にも分からないんですよ。 : ジェームス:それが電話と、何か関係があるのか? : アラン:いや、その頃には、分かっているだろうという話です。 : ジェームス:・・・そうか・・・ : アラン:どうです? ジェームスさん、 アラン:賭けにのりますか? : ジェームス:この賭けに乗らないと、依頼は断るんだろ? : アラン:そういう事になりますね。 : ジェームス:・・わかった、いいだろう。 : アラン:そうですか、よかった。 アラン:それでは、僕の話はそれだけです。 : ジェームス:・・・ : アラン:この後、一緒にランチでも食べに行きますか? : ジェームス:いや、やめておくよ : アラン:そうですか・・ : ジェームス:アラン、一つ聞いてもいいか? : アラン:なんですか? : ジェームス:お前が、依頼を断る可能性を残しているのは、リミットが善人(ぜんにん)だからか? : アラン:・・・ : ジェームス:もし、お前が善人を殺したくないという理由で、依頼を断るのであれば、 ジェームス:俺個人としては、それはそれで、仕方がないと思っている。 ジェームス:だが、俺は仕事上、俺の心情に関わらず、奴を殺さなければならないんだ。 ジェームス:もし、お前が依頼を断るなら、奴を殺す方法だけでも、教えてくれないか? : アラン:ジェームスさん、 アラン:僕が回答を保留している理由の中に、「彼が善人だから」というのが、無い訳ではありません。 アラン:でも、僕は、これでも殺し屋ですからね、 アラン:もし、依頼を断る事があったとしても、多分、それが理由になる事はありません。 アラン:それに : ジェームス:それに? : アラン:例え、殺す方法を教えたとしても、あなた達の組織には無理です。 : ジェームス:そうか・・・わかった。 : ジェームス(N):そう言って俺は探偵事務所を後にした。 : ジェームス(N):それから3日間、 ジェームス(N):俺は、仕事が手に付かなかった。 ジェームス(N): ジェームス(N):3日後の水曜日、 ジェームス(N):俺は、秘密情報部の一室にいた。 ジェームス(N):誰も入って来ないように、ドアに鍵をかけて、一人、部屋に閉じこもり、 ジェームス(N):時計と、携帯電話を見つめていた。 ジェームス(N): ジェームス(N):そして、13時29分50秒を確認して、俺は指定された番号に、電話をかけた。 : : ジェームス(N):しかし、携帯電話からは、 ジェームス(N):ツーツーツー ジェームス(N):という音が聞こえるだけだった。 ジェームス(N): ジェームス(N):電話は、どこにかかっていたのか・・・ ジェームス(N):いや、掛かっているのか、いないのか、 ジェームス(N):それすらも、よく分からなかった。 ジェームス(N): ジェームス(N):俺は発信履歴から、電話番号を何度も確認した。 ジェームス(N):しかし、何度確認しても、発信した番号は、間違っていなかった。 : ジェームス:どういう事だ・・・ : ジェームス(N):俺は、訳が分からなかった。 ジェームス(N): ジェームス(N):アランとの約束の時間を、3分程過ぎた時、 ジェームス(N):俺は、アランに、確認の電話を掛けた。 : 0:トゥルルルルル(電話がなる) : アラン:はい、アランです。 : ジェームス:俺だ、ジェームスだ。 : アラン:あぁ、ジェームスさん。 : ジェームス:今日、約束の時間に、指定された番号に、電話を掛けたぞ。 ジェームス:約束通り、携帯も、電話番号も、調べていない。 ジェームス:ただ、電話の音が、妙(みょう)でな、 ジェームス:正確に電話を掛けられたのか、どうかが、分からない。 : アラン:そうですか、分かりました。 アラン:多分、大丈夫です。 : ジェームス:そうか、それはよかった。 ジェームス:で、今回の依頼の回答は? : アラン:その件については、近いうちに、ジェームスさんに、届けられると思いますよ。 アラン:それまでお待ちください。 アラン:僕は少し、別件で立て込んでおりますので、これで・・ : 0:電話が切れる : ジェームス:おい、アラン! ジェームス:チッ : ジェームス(N):電話の向こうのアランは、淡々と話し、そして電話を切った・・ ジェームス(N): ジェームス(N):それから少しして、俺は部屋を出た。 ジェームス(N): ジェームス(N):俺は、情報部の自分の机に戻ったが、リミットの案件が気になって、仕事が手に付かない。 ジェームス(N): ジェームス(N):何も出来ないまま、3時間ほど経っただろうか、 ジェームス(N):突然、俺のもとへ、知らせが入った、 ジェームス(N):「リミット・チャーチルが死んだ」と。 ジェームス(N): ジェームス(N):突然の事に、戸惑いながらも、知らせを持ってきた職員に、詳しい状況を聞いた。 ジェームス(N): ジェームス(N):今日の13時35分頃、8番地で突然地面が崩れ落ち、その事故に巻き込まれた人物が、死亡した。 ジェームス(N):その人物の身元を確認したところ、リミット・チャーチルだったという事だった。 : ジェームス:そんな事が・・・ : : ジェームス(N):俺は、崩落(ほうらく)現場へと、足を運んだ。 ジェームス(N):地面は半径2メートル程の、丸く穴が開(あ)くように崩れており、 ジェームス(N):深さは3メートルを超えていた。 ジェームス(N): ジェームス(N):情報部の話によると、 ジェームス(N):この通りは、もともと人通りが少ない通りだったが、それでも、今日の午前中だけでも、何人かがこの道を通っているらしい。 ジェームス(N): ジェームス(N):しかし、13時35分頃に、リミット・チャーチルがそこを通った途端に、地面が崩れたようだ。 ジェームス(N):リミットが穴に落ちた後、周りの土砂も崩れ、リミットは、全身打撲と土砂による窒息で、死亡した。 ジェームス(N): ジェームス(N):俺は、この話を聞いて、ある確信をもって、アランのところへ向かった。 : : 0:コンコンコン : ジェームス(N):俺は、「アラン・フィンリー探偵事務所」と書かれた木のドアをノックをする。 : アラン:どうぞ、開いてますよ。 : ジェームス(N):中からアランの声がする。 ジェームス(N): ジェームス(N):ドアを開けて中に入ると、 ジェームス(N):アランは前回と同じように、部屋の奥のデスクに座っていた。 : アラン:ジェームスさん、そろそろ来る頃だと、思っていました。 : ジェームス:アラン、 ジェームス:リミットの話は聞いたよ、お前がやったんだな。 : アラン:ええ、勿論、 アラン:これで、依頼達成という事でいいですね? : ジェームス:あ、あぁ・・ : アラン:それはよかった。 : ジェームス:アラン、 ジェームス:一つ教えてくれないか? : アラン:何をですか? : ジェームス:どうやったんだ? ジェームス:どうやってリミットを殺した。 : アラン:あれ? アラン:ジェームスさんは、現場に行かれたのかと、思ってましたが・・・ : ジェームス:あぁ、行ったよ。 : アラン:じゃぁ、分かるでしょ、落とし穴ですよ。 アラン:古典的な手法ですが、落とし穴は、殺人手段としては結構有効なんですよ。 : ジェームス:いや、俺が聞きたいのは、そんな事じゃない。 ジェームス:俺達もリミットを殺す為に、罠をいくつか試してみたが、全て不発だった。 ジェームス:なのに、どうして・・・ : アラン:あぁ、その事ですか。 アラン:これは殺しのテクニックですので、本来は秘密にしておきたい事なんですが・・・ アラン:まぁ、今回はお話しましょう。 アラン: アラン:秘密情報部の仕掛けた罠が、全て不発に終わったのは、その罠が、リミット・チャーチルを狙った罠だったからですよ : ジェームス:どういう事だ? : アラン:ジェームスさんも、気づいていると思いますが、 アラン:リミット・チャーチルは、自分に向かう殺意に対して、カウンターのように、能力が発動するようです。 : ジェームス:あぁ・・まぁ、確かにそうだが・・ : アラン:だから、リミット・チャーチル本人を、直接狙った罠は、発動しなかったんだと、僕は思っています : ジェームス:それじゃ、お前の罠は・・・ : アラン:僕の仕掛けた罠は、リミット本人を狙ったものではありません。 : ジェームス:それは・・・どういう事だ? : アラン:僕の罠は、発動してから、最初に通る人間が、穴に落ちるという仕掛けです。 アラン:リミットは「たまたま」最初に通る人間となっただけです : ジェームス:それじゃ・・リミット以外の人間がそこを通ったら・・ : アラン:ええ、勿論、その人が死んでましたね。 アラン:そして、もしそれで、リミットを殺し損ねたら、今度はいつ彼を殺せるのかが、分からなくなる。 アラン:だから、依頼の回答を、保留していたんですよ : ジェームス:それは分かったが、 ジェームス:無関係の人が死ぬかもしれないんだぞ、 ジェームス:よくも、そんな仕掛けを・・・ : アラン:だから、ジェームスさんに言ったでしょ? 殺す方法を教えても、秘密情報部では無理だって : ジェームス:・・・まぁ確かに・・・・ : アラン:僕は殺し屋ですからね、 アラン:最適の方法で、ターゲットを殺せるのなら、他の人間が死ぬ可能性など、大した障害にはなりません : ジェームス:つくづく、お前を怖いと思うよ : アラン:それは、誉め言葉として受け取っておきます : : ジェームス:もう一つ、教えてくれないか : アラン:なんでしょう? : ジェームス:リミットはそれで殺せたとして、 ジェームス:俺達の仕掛けた罠では、罠を仕掛けた奴は死んだんだ、 ジェームス:なぜ、お前は生きている・・・ : アラン:それは、さっきも・・ : ジェームス:いや、例え罠が、リミット本人を直接狙ったものでなかったとしても、 ジェームス:罠を仕掛ける時には、リミットが罠にかかる事を、想定していたはずだ ジェームス:なのになぜ・・ : アラン:あぁ、それはですね・・ アラン:多分、僕が罠の発動を知らなかったからですよ : ジェームス:「知らなかった」ってどういう事だ : アラン:あの落とし穴は、ただ「穴が空いているだけ」じゃないんです。 アラン:ある条件で、罠が発動する仕掛けになっていて、発動する前であれば、誰が何人通ろうと、穴には落ちません。 アラン: アラン:実際に、今日の午前中にも、何人かが罠の上を通っているはずです。 アラン:それだけじゃない、 アラン:罠は数日前に出来ていますので、リミット本人も何度か、穴の上を通っているんですよ : ジェームス:あぁ、確かに、今日の午前中にも、人は通っていると言っていたな : アラン:あの落とし穴に、非常に高い確率でリミットを落とす為には、極めて限定的な時間に、罠を発動させる必要があったんです。 アラン:でも、僕は、その時間帯の事は知っていても、その時間に罠が発動するかどうかを、知りませんでした : ジェームス:知らなかった・・って、まさか : アラン:僕が何日もかけて、リミットチャーチルを観察した結果、 アラン:リミットだけが、あの穴の上を通る確率が、極めて高い時間帯がありました。 アラン:まぁ、リミットが善良な市民を心がけて、いつも同じルーティーンを、繰り返してたからなのですが・・・ アラン: アラン:そして、その時間帯とは、水曜日の13時30分から40分前後・・・ : ジェームス:俺の電話か・・・ ジェームス:あれが、罠の起動装置(きどうそうち)になっていたのか・・・ : アラン:僕は、ジェームスさんが、約束通りに、罠を発動させるかどうか、分かりませんでしたからね。 アラン:わざと、その時間帯に別件(べっけん)を入れて、罠の発動に、意識が向かないようにしていました。 アラン: アラン:それでも、僕が死ぬ可能性はあったのですが、 アラン:まぁ死ななくてよかったです : ジェームス:俺も死ぬ可能性があったのか・・ : アラン:ええ、 アラン:ジェームスさんの死ぬ可能性は、僕よりも遥かに高かったですね。 アラン:でも、お互い死ななくて何よりでした : ジェームス:はぁ・・(ため息) ジェームス:それなら、そうと・・・ : アラン:だから「賭け」だと言ったんです。 アラン:それに、事前に事情を教えていたら、ジェームスさんは、多分死んでましたよ。 アラン:ジェームスさんに、リミット殺しを意識させないようにしたから、死ななかったんです : ジェームス:・・確かに・・ : アラン:誰も、彼には殺意を抱(いだ)いていない、 アラン:だから、誰も死ななかった。 アラン:それが、今回の顛末(てんまつ)だと思っています : ジェームス:話は分かった ジェームス:しかし、それにしたって・・ : アラン:そうですね、ジェームスさんにとっては、惨(ひど)い話だと思いますよ。 アラン: アラン:でも、僕にとっては、ジェームスさんが死ぬのは、 アラン:リミット以外の人間が、リミットより先に罠を踏む事と、あまり変わらないんです。 アラン:殺し屋ですからね : ジェームス(N):俺はその時、背筋が凍る感じを覚えた : アラン:これで疑問は解決しましたか? アラン:それでは改めて、これで依頼は完了という事でいいですね : ジェームス:あぁ・・それで問題ない : アラン:それはよかった。 アラン:僕としては、できれば、もう殺人の依頼は、しないで欲しいですね : ジェームス:あぁ、俺も心底そう思ってるよ ジェームス: ジェームス:じゃぁ、俺はもう行くよ : アラン:はい、 アラン:では、お気をつけて : ジェームス:あぁ・・・ : : ジェームス(N):俺は、この事務所の主人に背を向けて、 ジェームス(N):「アラン・フィンリー探偵事務所」と書かれた木の扉を開けて、外にでた ジェームス(N):「もう二度と来るか!」という、吐き捨てる想いを、抱えながら・・・ : 0:完

: ジェームス(N):ロンドン、イーストエンド。 ジェームス(N):テムズ川が曲がりくねる、ここは、ロンドンの中でも、昔から「低所得者等(ら)が流れ着いて暮らしている」と表現される街だ。 ジェームス(N):治安(ちあん)も、西側と比べれば、それほどいいとは言えない。 ジェームス(N):かつては、切り裂きジャックが、出没(しゅつぼつ)した場所でもある。 ジェームス(N):この街の、とあるビルの一室。 その部屋の前に、俺は立っている。 : ジェームス:まさか、「また」ここに来る事になるとは・・ : コンコンコン(ノック音) : ジェームス(N):俺は、木のドアに、ノックを3回した。 だが、ノックをしても返事はない。 ジェームス(N): ジェームス(N):返事がないのは、この前と同じか・・ ジェームス(N): ジェームス(N):俺はドアノブを回した。 ドアにカギは、掛かっていない。 ジェームス(N):俺はドアを開けて、部屋の中に入る。 ジェームス(N):部屋は殺風景(さっぷうけい)だが、「小奇麗(こぎれい)に掃除されている」といった印象だ。 ジェームス(N): ジェームス(N):30平米(へいべい)に、満たないオフィス。 ジェームス(N):部屋の電気が点(つ)いていないせいか、窓からの光だけでは、少々薄暗(うすぐら)い。 ジェームス(N):窓際に置いてある、少し大きめのデスクと、来客用のソファーが2つ・・そのソファーに、寝転がっている人物がいる。 ジェームス(N): ジェームス(N):こいつが男なのか、女なのかは分からない・・ ジェームス(N):年齢も、身長も、性別も、声も、何もかもが分からない、正体不明の人物・・ 今、俺の目の前にある、この容姿が、奴の本当の姿などとは、思わない方がいい。 ジェームス(N):こいつが今、起きているのか、眠っているのか、それすらも疑わしい : ジェームス:おい、アラン。 : アラン:ん? 誰? アラン:あぁ・・確か「ジェームスさん」でしたか、お久しぶりですね。 何か御用ですか? : ジェームス:あぁ、依頼だ。 : アラン:そうですか・・じゃぁ、ちょっと待ってくださいね。 ふぁぁ~(あくび) アラン:ちょっと眼ざめに、紅茶いれますから。 すみませんが、そこに座っててください。 : ジェームス:あぁ、分かった・・ : ジェームス(N):アランは、部屋の電気をつけて、給湯室へと消えて行った。 ジェームス(N):奴が消えて直ぐに給湯室から声が聞こえる。 : アラン:ジェームスさんも飲みますか? : ジェームス:いや、俺はいい。 : アラン:そうですか・・ : ジェームス(N):アランは、給湯室から戻ってくると、紅茶の入ったティーカップを一つ、ソファーの前にあるローテーブルに置いた。 : アラン:お待たせしました。 「アラン・フィンリー探偵事務所」へようこそ。 アラン: アラン:今回の依頼はなんですか? 面倒な事は、遠慮したいんですが・・ : ジェームス:依頼は前回と同じだ。 : アラン:前回って言っても、ジェームスさんがここに来たのは、もう何年も前ですが・・ : ジェームス:ここは、そうそう来たくはない場所だからな・・俺がここに来る理由は、一つしかないだろう。 : アラン:ほう。 : ジェームス:ある人間を殺して欲しい。 : アラン:またですか? : ジェームス:それが、お前の仕事だろ。 : アラン:ここは探偵事務所で、僕は探偵です。 : ジェームス:表向きはだろ? : アラン:いや、全面的に探偵ですよ。 ただ、あなたのような依頼の仕事も、「仕方なく」しているというだけです。 アラン:そっちの方の顧客(こきゃく)は、数人しかいませんのでね、今は、殆どしてませんよ。 : ジェームス:勿体ない話だな。 由緒(ゆいしょ)正しい「殺し屋」の家系(かけい)が、しがない探偵なんて。 : アラン:僕は別に、殺し屋をやりたい訳じゃないんですよ。 ただ、僕の家が500年続く「殺し屋」の家系ってだけで、あなたのような人がやってくる。 アラン:だから、仕方なく仕事を受けているだけなんですよ。 アラン: アラン:まぁ、それなりのノウハウはありますので、それが探偵稼業(かぎょう)には、役立っていますがね。 アラン:もっとも、僕の素性を知る人間さえ、いなくなってくれれば、殺しなんて、しなくて済むんですけどね。 : 0:アランが、ジェームス・コイルの方を、意味ありげにチラッとみる : ジェームス:おいおい、俺を殺したって無駄(むだ)だぞ。 お前は、既に、ロンドンの秘密情報部に認識されている。 ジェームス: ジェームス:お前が殺し屋である事を、見逃す代わりに、俺達の都合で、人を殺してもらう。 ジェームス:そういう関係が、お前の親父さんの時から、続いてるんだ。 ジェームス:今更、お前の素性を知る人間を、全て消すなんて、出来ないよ。 : アラン:まぁ、そうですよね。 だから、仕方なく依頼を受けるんじゃないですか。 アラン:・・・と言っても、必要があれば、本当に、全部殺しますけどね。 : ジェームス:あぁ・・・、それは分かってる。 実際に、お前になら、それが出来る事もな。 : アラン:で、今回は誰を殺すんですか? : 0:アランに写真を見せるジェームス : ジェームス:こいつだ。 ジェームス:リミット・チャーチル、殺人鬼だ。 : : アラン:リミット・チャーチル? アラン:殺人鬼という割りには、聞いた事ないですね : ジェームス:存在(そんざい)を、公(おおやけ)にはしていないからな : アラン:ふーん・・ : ジェームス:奴を殺そうとした奴は、今まで全員死んだ・・ : アラン:ほう : ジェームス:奴は念じただけで、人を殺す事が出来るようなんだ : アラン:こんな現代社会の中で、何言ってるんですか、魔法の世界じゃあるまいし : ジェームス:でも、そう考えないと、説明がつかないんだ・・ : アラン:そうですか・・・まぁ、それはいいとして、 アラン:それじゃぁ、彼に気付かれないように、遠くから、狙撃(そげき)すれば、いいじゃないですか? アラン:秘密情報部には、そっちの方の専門家もいるでしょう? : ジェームス:やったさ ジェームス: ジェームス:300メートル先からの狙撃を試(こころ)みたよ。 ジェームス:だが、引き金を引く瞬間に狙撃手が死んだ。 ジェームス: ジェームス:500メートル先からもやってみたが、結果は同じだったよ : アラン:へー アラン:殺気を当てると、分かるんですかね? アラン: アラン:ところで、その人は、生身の人間ですか? : ジェームス:多分な : アラン:多分って、そんな適当な・・ アラン:嫌ですよ、殺そうとしたら、人間じゃなかったとか・・ アラン: アラン:そもそも、心臓を打ち抜いても、死なないとか、 アラン:それ、殺せませんからね アラン: アラン:もっとも、うちの家系では、人外(じんがい)の魔物(まもの)も殺したなんて、記録もあるようですけど、 アラン:僕は嫌ですよ : ジェームス:奴が、人間かどうかなんて、確かめようがないんだよ。 ジェームス:でも、人間というのは、多分間違いないと思う : アラン:どうしてですか? : ジェームス:奴は突然、その能力に目覚めたらしい ジェームス:奴のそれまでの経歴を、調べてみたんだが、ごく普通の人間だったからな : アラン:じゃぁ、本物の、リミット・チャーチルが殺されて、別の何かが、入れ替わったという可能性は? : ジェームス:それは・・ない訳では、ないが・・ : アラン:うーん アラン: アラン:まぁ、それは考えても、仕方ないですね アラン:じゃぁ、殺気が当てられないのなら、罠でも仕掛ければいいじゃないですか : ジェームス:それもやったさ : アラン:で、どうだったんですか? : ジェームス:失敗したさ。 ジェームス:だいたい、俺がここに来てるんだ、分かるだろ : アラン:まぁ、確かに、 アラン:そりゃ、そうですね : ジェームス:罠を張っても、罠が発動する直前に、 ジェームス:罠を仕掛けた奴が、死んだよ。 ジェームス:それと同時に、奴は罠から逃(のが)れたそうだ : アラン:どうして、罠から逃(のが)れられたんですか? : ジェームス:罠が発動しなかったらしい : アラン:へー : ジェームス:それで、俺達が出した答えが、 ジェームス:奴を殺そうとするものは、無機物(むきぶつ)だろうと、死んでしまうってな : アラン:「無機物が死ぬ」って、何言ってるのか、分かってるんですか? : ジェームス:勿論、分かってるさ。 ジェームス:でも、それしか説明がつかないんだ : アラン:で、罠って、どんな罠だったんですか? : ジェームス:センサーによって、銃が発砲するような仕組みだったらしい : アラン:それって、単なる不発だったんじゃないんですか? : ジェームス:プロが仕掛けた罠だぞ、 ジェームス:そんな時に、不発になるとは思えないんだよ ジェームス:しかも、同時に5カ所から、発射される仕掛けだったらしいが、 ジェームス:その5カ所とも、発動しなかったそうだ : アラン:そうですか・・・ アラン:じゃぁ、僕にも無理じゃないですか : ジェームス:もう、お前に頼るしかないんだよ。 ジェームス:お前なら、何とかなるかもってな : アラン:じゃぁ、どうしてもっと早く、僕の所へ来なかったんですか? : ジェームス:いや、お前の手段が・・その・・ ジェームス:あと、お前の依頼料は、少々法外だからなぁ・・ : アラン:依頼料が法外だとかいいますが、 アラン:そもそも、殺しの依頼自体が法外でしょ : ジェームス:まぁ、そうなんだがな・・ : アラン:ところで、このリミット・チャーチルの写真・・・ アラン:どうやって撮ったんですか? アラン:ひょっとして、この写真を撮った人も、死んだんですか? : ジェームス:いや、写真を撮るときは、死を覚悟したようだがな、死ななかったよ。 ジェームス:殺すつもりじゃなかったからかもな : アラン:ふーん : 0:暫く考えるアラン : アラン:分かりました。 一旦、お引き受けいたしましょう。 アラン:ただし条件があります。 : ジェームス:おお、やってくれるか! で、その条件ってのは? : アラン:まず一つ目、三か月程、猶予(ゆうよ)をください。 : ジェームス:三か月で奴を殺せるのか? : アラン:いや、殺せるかどうかは、分かりません。 とりあえず、三か月程待って欲しいって事です アラン: アラン:それで、もう一つは、もし、僕が「殺せない」と判断したら、この仕事を降(お)ります。 アラン:僕も、命の方が大事ですからね : ジェームス:・・まぁ、それは仕方ないな・・ : アラン:報酬は100万ポンド : ジェームス:ひゃ、ひゃく・・ : アラン:ええ、でも、僕が仕事を降りた場合は、その8割をお返ししますよ : ジェームス:それにしたって・・ : アラン:報酬には、殺しに関わる、調査から武器、乗り物などの調達まで、全ての経費が含まれているんです : ジェームス:しかし・・ : アラン:それでダメなら、他を当たって下さい : ジェームス:・・わ、分かった、それで頼むよ : アラン:ふふ・・ : ジェームス:どうしたんだ? 何故、笑う : アラン:いやね、前回は確か、報酬額を聞いた時に、「上に聞いてみないと返事できない」って、言ってたじゃないですか、 アラン:今日は、この場で決めましたよね。 アラン:つまり、最初から、それくらいの報酬は、覚悟してたって事でしょ? : ジェームス:・・・いや、それはそうなんだが、やはり高くてな・・ ジェームス:せめて、武器とか・・いや乗り物くらい、こちらで用意させてくれれば・・ : アラン:それじゃ、僕が困るんですよ。殺しの秘密は、知られたくないですからね : ジェームス:そうか・・わかった : アラン:では、3カ月くらい後に連絡を入れます : ジェームス:わかった待っているよ : : : アラン(N):それから暫くの間、僕は、リミット・チャーチルを観察した。 アラン(N):彼が何処(どこ)に住み、何を食べ、誰と何を話すのか、朝、昼、晩。 一日中、何日も観察を続けた アラン(N): アラン(N):ジェームスさんからもらった、情報部の資料と照らし合わせながら、彼の性格や、行動のパターンを探り出す アラン(N):そこで分かってきた事がある アラン(N): アラン(N):資料によると、リミット・チャーチルは、ごく普通の生活をする、ごく普通の人間だったようだ。 アラン(N):いや、「ごく普通の」というのは、少し違っているかもしれない。 アラン(N):彼は、コミュニケーションに障害を抱えており、自分の事を表現する事が、苦手だったと記録されている アラン(N):リミットがこの能力を最初に使用したのは、5年前。 ある事件がきっかけだったようだ。 資料によるとこうだ・・ : ジェームス(N):4月某日、 ジェームス(N):路(みち)を歩いていた、リミットの前を、一人の外国人の少女が、走って横切ろうとし、足を躓(つまづ)き転んだ : アラン:まぁ、そこまでは、特に珍しくもない光景だったろう : ジェームス(N):泣きじゃくる少女をなだめようと、リミットが少女の前に、腰(こし)を屈めた時、少し離れた場所から、その少女の母親が、叫び声をあげた ジェームス(N):母親はヒステリックに、そして、周りに聞こえるような大きな声で、リミットに対して、少女から離れるようにと叫んだ ジェームス(N):それは、母親の単なる勘違いだった ジェームス(N):しかし、コミュニケーションに障害を抱えるリミットにとって、それの光景は、彼がパニックになるのには、十分なものだった : アラン:少女はただ、その場で泣きじゃくるだけ。 母親はヒステリックに叫ぶ。 周りの人間は、リミットを怪訝(けげん)な眼差しで見つめる・・ アラン:そんな光景は、容易に想像ができる アラン:リミットはさぞ、戸惑(とまど)っていた事だろうね : ジェームス(N):そこに、三人の警察官が駆けつけ、銃を抜いてリミットを睨みつけ、少女から離れるように促した : アラン:よりによって、警官が近くにいたとは・・タイミングが悪いというか、なんというか・・リミットは、益々(ますます)、パニックになったのだろうね : ジェームス(N):リミットは、その場から逃げ出そうと、走り出した。 その時、一番若い警察官が、リミットに向けて拳銃を発砲した ジェームス(N):いや、発砲しようと、指に力を入れた。 その瞬間、その警察官は白目をむき、その場に倒れた : アラン:アメリカじゃあるまいし、何故、そこで発砲する必要があるんだよ。 アラン:ロンドンの警官も、アメリカ並みの知性になったか : ジェームス(N):他の二人の警察官は、同僚の警官が倒れるその光景を見て、危険を感じたのか、リミットに向けて、拳銃を発砲しようとし、若い警察官と同様、即時(そくじ)に絶命(ぜつめい)した ジェームス(N):そして、周囲が騒然(そうぜん)となる中、3人の警察官の死体を残し、リミットは逃走した。 ジェームス(N):それが最初の事件だった : : アラン:なるほどね、リミットは、この恐怖体験が切っ掛けで、能力に目覚めたという事か・・・ アラン: アラン:この資料を見る限り、誰かがリミットを殺して、入れ替わったとも思えないし、まぁ、生身の人間ってのは本当らしいな、 アラン:殺して死ぬかどうかは、別にして・・ : ジェームス(N):その後、警察の医療班が、警察官の死体を、念入りに解剖し調査をしたが、 ジェームス(N):死体には、外傷はなく、内臓など内部組織の損傷もない。 ジェームス(N):医学的には、死因らしい死因が、全く分からないという結果だった。 ジェームス(N):事件発生当初、スコットランドヤードでは、リミット・チャーチルを、指名手配するという動きはあったが、この結果を受けて、リミット・チャーチルの案件は、秘密情報部で扱う事となった。 : アラン:死因らしい死因がないか・・まるで、生命が突然、遮断されたって感じだったのだろうか。 アラン:確かにこれじゃ、「念じただけで人を殺す」と思われても、仕方がないな・・ : ジェームス(N):そして、この結果を受けて、秘密情報部は、この不思議な力を手に入れようと、リミット・チャーチルに何度も接触を試みた。 ジェームス(N):しかし、リミットはこれを拒み続けた。 : アラン:そりゃ、そうだろうな、どう考えても、実験台にされるか、都合よく、組織に使いまわされるのが分かってるからね。 アラン:組織に付いて行ったら、二度と帰る事が出来ない事くらい、容易に想像がつく。 アラン:おそらく、彼もそう思ったんだろう。 : ジェームス(N):何度もリミットに拒否された秘密情報部は、「手に入らない危険な力は、他の組織に利用される前に、排除する」という結論に達した。 ジェームス(N):そして、リミット・チャーチルの暗殺が計画された。 ジェームス(N): ジェームス(N):しかし、リミット・チャーチルの暗殺計画は、奇襲(きしゅう)、狙撃(そげき)、罠(わな)、毒(どく)・・ ジェームス(N):考えられる、あらゆる方法で、暗殺を試みたが、全て失敗。 ジェームス(N):この計画中に死亡した情報部のメンバーは、全部で8人にのぼる。 : アラン:お決まりの展開だね、一方的に力になれと言われて、それを拒んだら、今度は命を狙われる・・・か、 アラン:国のご都合主義にも、呆(あき)れるね アラン:リミット・チャーチルに、同情してしまいそうだ。 : アラン(N):情報部の資料で、大体の情報を得た僕は、その後も、リミットの観察を続けた。 アラン(N):しかし、僕が観察した限りにおいて、彼は「平凡な生活」を望み、それを実践しようとしている、「ごく一般的な市民」でしかなかった。 アラン(N): アラン(N):いや、一般的な市民よりも、ずっと善良(ぜんりょう)で、模範的(もはんてき)ともいえる市民だ。 アラン(N):彼は、自分がコミュニケーション能力に障害がある事を、自覚している。 アラン(N):それゆえに、より一層、善良である事を、心がけているようだった・・・ アラン(N): アラン(N):彼が、秘密情報部の接触を拒み続けたのも、この「平凡な生活」を、望んでいたからだろう。 アラン(N): アラン(N):ここで僕には、どうにも解(げ)せない事柄が、浮かび上がってきた。 アラン(N): アラン(N):この依頼を持ってきたジェームス・コイルは、リミット・チャーチルの事を「殺人鬼」と表現していた。 アラン(N):何日も、彼の観察を続けた僕には、どうしても、彼が殺人鬼とは思えない。 アラン(N): アラン(N):実際、僕が彼を観察してから、彼は殺人を犯(おか)していない。 アラン(N):僕の目を盗んで、殺人を犯すなんて、不可能だ。 アラン(N): アラン(N):そして、僕はこの疑問を、ジェームスにぶつける事にした。 : : 0:トゥルルルルル 0:ジェームス・コイルの携帯電話がなる : ジェームス:電話・・・ ジェームス:ん? アランからか・・・ ジェームス:はい、ジェームス・コイルだ。 : アラン:僕です。 : ジェームス:あぁ、アランか。 ジェームス:どうだ、進捗は? : アラン:ぼちぼちですね。 アラン:ちょっと、ジェームスさんに、聞きたい事があるんですが・・ : ジェームス:ん? ジェームス:聞きたい事って? : アラン:ジェームスさんが、僕にこの依頼を持ってきた時、 アラン:リミット・チャーチルの事を「殺人鬼」と言っていましたね。 : ジェームス:あぁ・・ : アラン:僕が見たところ、彼は殺人を犯してないですよ。 アラン:どうして、彼を「殺人鬼」呼ばわりするんですか? : ジェームス:・・・ : アラン:何か、言えない事情があるんですか? : ジェームス:・・・いや、そういう事じゃないんだが・・ : アラン:では、どういう・・ : ジェームス:・・・ ジェームス:理由がいるんだ : アラン:理由・・・ですか? : ジェームス:あぁ、リミット・チャーチルを殺害する為の理由さ。 : アラン:そんなものが、どうして・・・ : ジェームス:秘密情報部って言っても、結局は国の組織でね。 ジェームス:頭の固い連中が、何人か上にいるんだよ。 ジェームス: ジェームス:リミットも、お前の存在と同じでね、 ジェームス:混乱を避ける為に、組織の中でも、ごく一部の人間にしか、 ジェームス:リミットの能力については、知らされていない。 ジェームス: ジェームス:彼の能力を知らない連中に対して、リミットを殺害する、それなりの理由がいるのさ。 ジェームス:実際、リミットは、警察官も含めて11人を殺しているからな、 ジェームス:「殺人鬼」としておくのが、都合がいいのさ。 : アラン:そうですか・・・反吐(へど)がでますね。 アラン:リミット・チャーチルが、一番何を望んでいるのか、ジェームスさんは、知っていますか? : ジェームス:あぁ、ある程度はな。 ジェームス:俺も、個人的には、彼に同情しているんだよ。 ジェームス:しかし、俺は仕事上、奴を殺さなきゃいけない。 ジェームス:仕事で人を殺す、お前と同じさ。 : アラン:そうですか・・ アラン:でも、僕と同じといっても、僕はまだ仕事を「受ける」とは言ってないですけどね。 : ジェームス:いや、お前は「断る」と言っていないだけだ。 : アラン:・・・そうでしたね。 : ジェームス:で、奴を殺せそうか。 : アラン:ええ、多分。 アラン:僕の予想が正しければ、彼を殺す方法はありそうですね。 : 0:少し安堵の表情を見せるジェームス : ジェームス:そうか・・・出来そうか・・・ : アラン:でも、僕はまだ「断る」と言っていないだけですよ。 : ジェームス:・・・そうだったな。 : 0:少し考えるアラン : アラン:また、少ししたら連絡します。 : ジェームス:あぁ、いい返事を待ってる。 : アラン:では・・・ アラン(N):そう言って、僕は電話を切った。 アラン(N): アラン(N):電話を切った後、デスクの椅子に座り、僕は考える。 アラン(N): アラン(N):全く歓迎(かんげい)しない、悪魔のような力を、手に入れてしまった男。 アラン(N):その能力によって、自分の命が狙られ、殺したくもない相手が、勝手に死ぬ。 アラン(N):そして、自分の望む平凡な日常が、どんどん脅(おびや)かされていく・・・ アラン(N):おそらく、彼の能力を、一番疎(うと)ましいと思っているのは、リミット本人だろうな。 アラン(N):心底、彼には同情するよ。 アラン(N): アラン(N):せめて彼が、その能力を使って、カルト教団の教祖や、快楽殺人者にでもなってくれれば、 アラン(N):心置きなく、殺せるんだけどなぁ・・・ アラン(N): アラン(N):僕のような殺し屋が、正義を語れるなんて、思ってはいないが、 アラン(N):同情する相手を殺すなんてなぁ・・・ アラン(N): アラン(N):殺し屋の家系が、つくづく嫌になる。 アラン(N):親父達も、こんな気分を味わっていたのだろうか・・・ : : ジェームス(N):アランのあの電話から、およそ10日後、 ジェームス(N):アランから、事務所に来てくれとの連絡があった。 ジェームス(N): ジェームス(N):おれは翌日、アラン・フィンリー探偵事務所へと向かった。 : 0:コンコンコン : ジェームス(N):俺は、「アラン・フィンリー探偵事務所」と書かれた、木のドアをノックをする。 : アラン:開いてますよ。 : ジェームス(N):中からアランの声がする ジェームス(N): ジェームス(N):ドアを開けて中に入ると、アランは、部屋の奥のデスクに座っていた。 : : アラン:ジェームスさん、呼び出してすみません。 : ジェームス:いや、いい。 ジェームス:俺のオフィスに来てもらう訳にも、いかないし、外で会う訳にも、いかないからな。 : アラン:そうですね : ジェームス:で、結論はでたのか? ジェームス:リミット・チャーチルを殺すのか、依頼を断るのか。 : アラン:申し訳ありませんが、まだ結論は出ていません。 アラン:今日は、ジェームスさんにお願いがあって、来てもらったんです。 : ジェームス:お願い? 俺にか? : アラン:ええ、 アラン:少々、僕と賭けをして下さい。 : ジェームス:賭け? : アラン:ええ : ジェームス(N):そう言って、アランは携帯電話を俺に渡した。 : ジェームス:これは? : アラン:それが、賭けをするための道具です。 : ジェームス:これが? : アラン:ええ、 アラン:賭けの内容はこうです。 アラン:今から3日後、 アラン:水曜日の13時30分に、その携帯電話から、指定の番号に電話をかけてください。 : ジェームス:それだけか? : アラン:ええ、それだけです。 アラン:誤差(ごさ)の猶予(ゆうよ)は10秒です。 アラン:ですから、正確には、水曜日の13時29分50秒から、13時30分10秒の間に、電話をかけてください。 アラン:できますか? : ジェームス:・・・ : アラン:もし、ジェームスさんが、指定の時間に、電話を掛けられなかった場合、 アラン:もしくは、指定の日時以外に、電話をかけた場合、 アラン:そして、その携帯電話と指定の電話番号について、秘密情報部が調査をした場合、 アラン:その場合は、僕はこの依頼を断ります。 アラン: アラン:このまま何もせずに、ジェームスさんが、指定の時間に電話を掛ける事が出来た場合、 アラン:僕は、この依頼に対して、正式に回答をします。 : ジェームス:随分と一方的だな、 ジェームス:依頼をしたのは、俺の方だぞ。 : アラン:難しそうですか? : ジェームス:それくらいは、難しくないだろうが・・ ジェームス:いや、そういう問題じゃなくて、どうして俺が、お前の一方的な賭けに、乗らなきゃいけないのかって事だよ。 : アラン:ジェームスさん、 アラン:僕はこの案件には、少々疑問がありまして、 アラン:それを解決する為に、この賭けに乗って貰いたいんです。 アラン:ジェームスさんの組織が、僕の信用に足る所かどうか・・・ : ジェームス:まぁ、そういう事なら・・・ ジェームス:しかし、誰かが、その時間に俺に電話をかけさせないように、邪魔をするとか、そういう事はあるか? : アラン:いえいえ、そういう事はしませんよ。 アラン:僕はただ、ジェームスさんが約束を守れるかどうか、知りたいだけです。 : ジェームス:まぁそういう事なら、仕方がないか・・ ジェームス:でも、「正式な回答」と言ったが、 ジェームス:必ず受けると言わないのは、断る可能性もあるという事なのか? : アラン:そういう事になりますね。 : ジェームス:・・・ : アラン:正直、まだ、リミット・チャーチルを殺せるかどうか、僕にも分からないんですよ。 : ジェームス:それが電話と、何か関係があるのか? : アラン:いや、その頃には、分かっているだろうという話です。 : ジェームス:・・・そうか・・・ : アラン:どうです? ジェームスさん、 アラン:賭けにのりますか? : ジェームス:この賭けに乗らないと、依頼は断るんだろ? : アラン:そういう事になりますね。 : ジェームス:・・わかった、いいだろう。 : アラン:そうですか、よかった。 アラン:それでは、僕の話はそれだけです。 : ジェームス:・・・ : アラン:この後、一緒にランチでも食べに行きますか? : ジェームス:いや、やめておくよ : アラン:そうですか・・ : ジェームス:アラン、一つ聞いてもいいか? : アラン:なんですか? : ジェームス:お前が、依頼を断る可能性を残しているのは、リミットが善人(ぜんにん)だからか? : アラン:・・・ : ジェームス:もし、お前が善人を殺したくないという理由で、依頼を断るのであれば、 ジェームス:俺個人としては、それはそれで、仕方がないと思っている。 ジェームス:だが、俺は仕事上、俺の心情に関わらず、奴を殺さなければならないんだ。 ジェームス:もし、お前が依頼を断るなら、奴を殺す方法だけでも、教えてくれないか? : アラン:ジェームスさん、 アラン:僕が回答を保留している理由の中に、「彼が善人だから」というのが、無い訳ではありません。 アラン:でも、僕は、これでも殺し屋ですからね、 アラン:もし、依頼を断る事があったとしても、多分、それが理由になる事はありません。 アラン:それに : ジェームス:それに? : アラン:例え、殺す方法を教えたとしても、あなた達の組織には無理です。 : ジェームス:そうか・・・わかった。 : ジェームス(N):そう言って俺は探偵事務所を後にした。 : ジェームス(N):それから3日間、 ジェームス(N):俺は、仕事が手に付かなかった。 ジェームス(N): ジェームス(N):3日後の水曜日、 ジェームス(N):俺は、秘密情報部の一室にいた。 ジェームス(N):誰も入って来ないように、ドアに鍵をかけて、一人、部屋に閉じこもり、 ジェームス(N):時計と、携帯電話を見つめていた。 ジェームス(N): ジェームス(N):そして、13時29分50秒を確認して、俺は指定された番号に、電話をかけた。 : : ジェームス(N):しかし、携帯電話からは、 ジェームス(N):ツーツーツー ジェームス(N):という音が聞こえるだけだった。 ジェームス(N): ジェームス(N):電話は、どこにかかっていたのか・・・ ジェームス(N):いや、掛かっているのか、いないのか、 ジェームス(N):それすらも、よく分からなかった。 ジェームス(N): ジェームス(N):俺は発信履歴から、電話番号を何度も確認した。 ジェームス(N):しかし、何度確認しても、発信した番号は、間違っていなかった。 : ジェームス:どういう事だ・・・ : ジェームス(N):俺は、訳が分からなかった。 ジェームス(N): ジェームス(N):アランとの約束の時間を、3分程過ぎた時、 ジェームス(N):俺は、アランに、確認の電話を掛けた。 : 0:トゥルルルルル(電話がなる) : アラン:はい、アランです。 : ジェームス:俺だ、ジェームスだ。 : アラン:あぁ、ジェームスさん。 : ジェームス:今日、約束の時間に、指定された番号に、電話を掛けたぞ。 ジェームス:約束通り、携帯も、電話番号も、調べていない。 ジェームス:ただ、電話の音が、妙(みょう)でな、 ジェームス:正確に電話を掛けられたのか、どうかが、分からない。 : アラン:そうですか、分かりました。 アラン:多分、大丈夫です。 : ジェームス:そうか、それはよかった。 ジェームス:で、今回の依頼の回答は? : アラン:その件については、近いうちに、ジェームスさんに、届けられると思いますよ。 アラン:それまでお待ちください。 アラン:僕は少し、別件で立て込んでおりますので、これで・・ : 0:電話が切れる : ジェームス:おい、アラン! ジェームス:チッ : ジェームス(N):電話の向こうのアランは、淡々と話し、そして電話を切った・・ ジェームス(N): ジェームス(N):それから少しして、俺は部屋を出た。 ジェームス(N): ジェームス(N):俺は、情報部の自分の机に戻ったが、リミットの案件が気になって、仕事が手に付かない。 ジェームス(N): ジェームス(N):何も出来ないまま、3時間ほど経っただろうか、 ジェームス(N):突然、俺のもとへ、知らせが入った、 ジェームス(N):「リミット・チャーチルが死んだ」と。 ジェームス(N): ジェームス(N):突然の事に、戸惑いながらも、知らせを持ってきた職員に、詳しい状況を聞いた。 ジェームス(N): ジェームス(N):今日の13時35分頃、8番地で突然地面が崩れ落ち、その事故に巻き込まれた人物が、死亡した。 ジェームス(N):その人物の身元を確認したところ、リミット・チャーチルだったという事だった。 : ジェームス:そんな事が・・・ : : ジェームス(N):俺は、崩落(ほうらく)現場へと、足を運んだ。 ジェームス(N):地面は半径2メートル程の、丸く穴が開(あ)くように崩れており、 ジェームス(N):深さは3メートルを超えていた。 ジェームス(N): ジェームス(N):情報部の話によると、 ジェームス(N):この通りは、もともと人通りが少ない通りだったが、それでも、今日の午前中だけでも、何人かがこの道を通っているらしい。 ジェームス(N): ジェームス(N):しかし、13時35分頃に、リミット・チャーチルがそこを通った途端に、地面が崩れたようだ。 ジェームス(N):リミットが穴に落ちた後、周りの土砂も崩れ、リミットは、全身打撲と土砂による窒息で、死亡した。 ジェームス(N): ジェームス(N):俺は、この話を聞いて、ある確信をもって、アランのところへ向かった。 : : 0:コンコンコン : ジェームス(N):俺は、「アラン・フィンリー探偵事務所」と書かれた木のドアをノックをする。 : アラン:どうぞ、開いてますよ。 : ジェームス(N):中からアランの声がする。 ジェームス(N): ジェームス(N):ドアを開けて中に入ると、 ジェームス(N):アランは前回と同じように、部屋の奥のデスクに座っていた。 : アラン:ジェームスさん、そろそろ来る頃だと、思っていました。 : ジェームス:アラン、 ジェームス:リミットの話は聞いたよ、お前がやったんだな。 : アラン:ええ、勿論、 アラン:これで、依頼達成という事でいいですね? : ジェームス:あ、あぁ・・ : アラン:それはよかった。 : ジェームス:アラン、 ジェームス:一つ教えてくれないか? : アラン:何をですか? : ジェームス:どうやったんだ? ジェームス:どうやってリミットを殺した。 : アラン:あれ? アラン:ジェームスさんは、現場に行かれたのかと、思ってましたが・・・ : ジェームス:あぁ、行ったよ。 : アラン:じゃぁ、分かるでしょ、落とし穴ですよ。 アラン:古典的な手法ですが、落とし穴は、殺人手段としては結構有効なんですよ。 : ジェームス:いや、俺が聞きたいのは、そんな事じゃない。 ジェームス:俺達もリミットを殺す為に、罠をいくつか試してみたが、全て不発だった。 ジェームス:なのに、どうして・・・ : アラン:あぁ、その事ですか。 アラン:これは殺しのテクニックですので、本来は秘密にしておきたい事なんですが・・・ アラン:まぁ、今回はお話しましょう。 アラン: アラン:秘密情報部の仕掛けた罠が、全て不発に終わったのは、その罠が、リミット・チャーチルを狙った罠だったからですよ : ジェームス:どういう事だ? : アラン:ジェームスさんも、気づいていると思いますが、 アラン:リミット・チャーチルは、自分に向かう殺意に対して、カウンターのように、能力が発動するようです。 : ジェームス:あぁ・・まぁ、確かにそうだが・・ : アラン:だから、リミット・チャーチル本人を、直接狙った罠は、発動しなかったんだと、僕は思っています : ジェームス:それじゃ、お前の罠は・・・ : アラン:僕の仕掛けた罠は、リミット本人を狙ったものではありません。 : ジェームス:それは・・・どういう事だ? : アラン:僕の罠は、発動してから、最初に通る人間が、穴に落ちるという仕掛けです。 アラン:リミットは「たまたま」最初に通る人間となっただけです : ジェームス:それじゃ・・リミット以外の人間がそこを通ったら・・ : アラン:ええ、勿論、その人が死んでましたね。 アラン:そして、もしそれで、リミットを殺し損ねたら、今度はいつ彼を殺せるのかが、分からなくなる。 アラン:だから、依頼の回答を、保留していたんですよ : ジェームス:それは分かったが、 ジェームス:無関係の人が死ぬかもしれないんだぞ、 ジェームス:よくも、そんな仕掛けを・・・ : アラン:だから、ジェームスさんに言ったでしょ? 殺す方法を教えても、秘密情報部では無理だって : ジェームス:・・・まぁ確かに・・・・ : アラン:僕は殺し屋ですからね、 アラン:最適の方法で、ターゲットを殺せるのなら、他の人間が死ぬ可能性など、大した障害にはなりません : ジェームス:つくづく、お前を怖いと思うよ : アラン:それは、誉め言葉として受け取っておきます : : ジェームス:もう一つ、教えてくれないか : アラン:なんでしょう? : ジェームス:リミットはそれで殺せたとして、 ジェームス:俺達の仕掛けた罠では、罠を仕掛けた奴は死んだんだ、 ジェームス:なぜ、お前は生きている・・・ : アラン:それは、さっきも・・ : ジェームス:いや、例え罠が、リミット本人を直接狙ったものでなかったとしても、 ジェームス:罠を仕掛ける時には、リミットが罠にかかる事を、想定していたはずだ ジェームス:なのになぜ・・ : アラン:あぁ、それはですね・・ アラン:多分、僕が罠の発動を知らなかったからですよ : ジェームス:「知らなかった」ってどういう事だ : アラン:あの落とし穴は、ただ「穴が空いているだけ」じゃないんです。 アラン:ある条件で、罠が発動する仕掛けになっていて、発動する前であれば、誰が何人通ろうと、穴には落ちません。 アラン: アラン:実際に、今日の午前中にも、何人かが罠の上を通っているはずです。 アラン:それだけじゃない、 アラン:罠は数日前に出来ていますので、リミット本人も何度か、穴の上を通っているんですよ : ジェームス:あぁ、確かに、今日の午前中にも、人は通っていると言っていたな : アラン:あの落とし穴に、非常に高い確率でリミットを落とす為には、極めて限定的な時間に、罠を発動させる必要があったんです。 アラン:でも、僕は、その時間帯の事は知っていても、その時間に罠が発動するかどうかを、知りませんでした : ジェームス:知らなかった・・って、まさか : アラン:僕が何日もかけて、リミットチャーチルを観察した結果、 アラン:リミットだけが、あの穴の上を通る確率が、極めて高い時間帯がありました。 アラン:まぁ、リミットが善良な市民を心がけて、いつも同じルーティーンを、繰り返してたからなのですが・・・ アラン: アラン:そして、その時間帯とは、水曜日の13時30分から40分前後・・・ : ジェームス:俺の電話か・・・ ジェームス:あれが、罠の起動装置(きどうそうち)になっていたのか・・・ : アラン:僕は、ジェームスさんが、約束通りに、罠を発動させるかどうか、分かりませんでしたからね。 アラン:わざと、その時間帯に別件(べっけん)を入れて、罠の発動に、意識が向かないようにしていました。 アラン: アラン:それでも、僕が死ぬ可能性はあったのですが、 アラン:まぁ死ななくてよかったです : ジェームス:俺も死ぬ可能性があったのか・・ : アラン:ええ、 アラン:ジェームスさんの死ぬ可能性は、僕よりも遥かに高かったですね。 アラン:でも、お互い死ななくて何よりでした : ジェームス:はぁ・・(ため息) ジェームス:それなら、そうと・・・ : アラン:だから「賭け」だと言ったんです。 アラン:それに、事前に事情を教えていたら、ジェームスさんは、多分死んでましたよ。 アラン:ジェームスさんに、リミット殺しを意識させないようにしたから、死ななかったんです : ジェームス:・・確かに・・ : アラン:誰も、彼には殺意を抱(いだ)いていない、 アラン:だから、誰も死ななかった。 アラン:それが、今回の顛末(てんまつ)だと思っています : ジェームス:話は分かった ジェームス:しかし、それにしたって・・ : アラン:そうですね、ジェームスさんにとっては、惨(ひど)い話だと思いますよ。 アラン: アラン:でも、僕にとっては、ジェームスさんが死ぬのは、 アラン:リミット以外の人間が、リミットより先に罠を踏む事と、あまり変わらないんです。 アラン:殺し屋ですからね : ジェームス(N):俺はその時、背筋が凍る感じを覚えた : アラン:これで疑問は解決しましたか? アラン:それでは改めて、これで依頼は完了という事でいいですね : ジェームス:あぁ・・それで問題ない : アラン:それはよかった。 アラン:僕としては、できれば、もう殺人の依頼は、しないで欲しいですね : ジェームス:あぁ、俺も心底そう思ってるよ ジェームス: ジェームス:じゃぁ、俺はもう行くよ : アラン:はい、 アラン:では、お気をつけて : ジェームス:あぁ・・・ : : ジェームス(N):俺は、この事務所の主人に背を向けて、 ジェームス(N):「アラン・フィンリー探偵事務所」と書かれた木の扉を開けて、外にでた ジェームス(N):「もう二度と来るか!」という、吐き捨てる想いを、抱えながら・・・ : 0:完