台本概要
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タイトル | アラン・フィンリー探偵事務所 ~300年前の約束~ (不問×男×女) |
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作者名 | Danzig |
ジャンル | ミステリー |
演者人数 | 3人用台本(男1、女1、不問1) ※兼役あり |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 商用、非商用問わず連絡不要 |
説明 |
アラン・フィンリー探偵事務所3 ~300年前の約束~ アラン・フィンリー探偵事務所の3です。 今回の登場人物は4人ですが、兼ね役を考えているため3人劇としています。 エリックとシャノンが兼ね役 性別不問×男×女 約60分程の台本です。 一人称は、演者さんが自由に変えてください イギリス、ロンドンにある探偵事務所 小さな探偵事務所を営む探偵「アラン・フィンリー」 彼には探偵ではない裏の顔があった 主人公のアラン・フィンリーは、年齢、性別が不明の人物です。 ですから、男女不問で演じて頂ければと思います。 題に「探偵事務所」とありますが、特に探偵ものではありません。 この話には性別を入れ替えた幾つかのバージョンがありますが、話の内容は同じです。 576 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
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アラン | 不問 | 217 | アラン・フィンリー。 アラン・フィンリー探偵事務所のオーナー。 年齢、性別が不詳の人物 |
エリック | 男 | 104 | エリック・ランシー。 ヨークシャーに住む古い一族の末裔。 今回の依頼人 |
シャノン | 不問 | 60 | シャノン・レディング。 連続殺人犯 |
ジェニファー | 女 | 70 | ジェニファー・コイル。 ロンドン秘密情報部のエージェント |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
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アラン(M):一人の女性が死んだ
アラン(M):イーストエンドの路地裏で
アラン(M):名もなき一人の市民が、何の前触れもなく殺された
アラン(M):
アラン(M):そして、それがこの物語の始まりでもあった・・・
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シャノン:ははは、物語か、それもいいかもしれないな。
シャノン:しかし、全ては運命に導かれる事実の連なりに過ぎないのだよ
シャノン:一人の人間が死んだ、ただ、それだけの事だ
シャノン:その事実を受け入れればいい、何も大騒ぎする程の事ではないのだよ
シャノン:ただ、これが物語というのであれば、それは既にずっと以前から始まっていたのだがね
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:
ジェニファー:よし、ようやく、これで終わりね。
ジェニファー:あぁ、もうお昼になっちゃったか・・
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ジェニファー(M):私の名は、ジェニファー・コイル。 ロンドン秘密情報部のエージェント。
ジェニファー(M):秘密情報部とは文字通り、秘密の組織なのだが、いつも特殊な事件ばかりを扱っている訳でもない
ジェニファー(M):しかし、今日は、未明(みめい)に発生した、奇妙な事件の処理に追われ、気が付けば昼になっていた。
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:
ジェニファー(N):ちょうどその頃
ジェニファー(N):イングランド北東部、ヨークシャーにあるシェフィールド駅
ジェニファー(N):雑踏の絶えない駅のホームに佇(たたず)む、一人の男性の姿があった
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エリック:「フィンリー」・・・会えるだろうか・・・もし、会えなければ・・・
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ジェニファー(N):そう呟いた彼は、ちらりと腕時計を見た後、小さ目のスーツケースを引きながら列車の中へと消えていった
ジェニファー(N):それから数日が経ったある日の朝
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:
アラン(M):僕は、いつものミルクティーを飲みながら、新聞を眺めていた
アラン(M):今日の仕事は夜からだし、午前中はこれと言ってやることもない
アラン(M):こんなのんびりとした朝は、いつもこうして新聞を眺めて過ごしている
アラン(M):つまらない政治の話、自然保護を訴えるデモの話題、フットボールの試合結果・・・
アラン(M):代わり映えのしない、いつもの記事だ
アラン(M):
アラン(M):僕が暫く新聞を眺めていると、ふと一つの記事が目に入った
アラン(M):
アラン(M):イーストエンドの路地で起きた殺人事件
アラン(M):被害者は、首の左脇辺りを刃物のような物で切られて殺されていたという
アラン(M):数日前にも同様の死体が見つかっていた事から、新聞は「切り裂きジャックの模倣犯か」と書き立てていた
:
:
アラン:切り裂きジャックか・・・
アラン:確かに、この記事からは猟奇的(りょうきてき)なものを感じるな
:
:
エリック:(M)広いロンドンで、一人の人間を探すのは、簡単な事ではない
エリック:(M)しかし、私はその人を探し続け、ようやく手掛かりを見つける事が出来た。
:
エリック:「アラン・フィンリー探偵事務所」か・・・ここを訪ねていけばいいんだな
:
:
ジェニファー(N):その日の夜
ジェニファー(N):仕事を終えたアランは、一人、イーストエンドの路地を歩いていた。
:
アラン(M):今日の仕事は、依頼主が筋の通らない我儘(わがまま)を言いはじめた為に、結局、物別れに終わってしまった。
アラン(M):まぁ、こんな日もあるだろう
アラン(M):だが、このまま家に帰るのも、何だか釈然としない。
アラン(M):いや、この蟠(わだかま)る気持ちは、仕事ではなく、今朝の新聞記事のせいなのかもしれないな。
アラン(M):特に確信めいたものがあったわけではないが、僕は何とも胸騒ぎのする場所を選んで歩いていた。
:
ジェニファー(N):アランがイーストエンドの路地を抜けようとしたその時、
ジェニファー(N):物陰から、女性のうめく声が聞こえた気がした。
ジェニファー(N):アランがうめき声に誘われるように物陰に入ってゆくと、そこには女性の首にナイフを突き立てている人物がいた
:
:
:
アラン:殺人ですか・・・
:
シャノン:誰だ!
:
アラン:こんな所で殺人なんて、あまり関心しませんね
:
シャノン:何?
:
アラン(M):おそらく、この人物は、今朝の新聞の記事にあった殺人犯と同一人物だろう
アラン(M):僕の直観がそう告げていた
:
:
シャノン:ふっ
シャノン:君は、こんな社会の底辺でうごめいている犬以下の下民(げみん)に
シャノン:命の価値なんてあると思うかい?
:
アラン:いや
:
シャノン:ははは、そうだろう
シャノン:君もそう思うのだね
:
アラン:いえいえ、そうじゃありませんよ
アラン:僕には時々、命の価値ってのが、よく分からなくなる時がある
アラン:ただ、それだけの事ですよ
:
シャノン:ほう
:
アラン:でも、多分、命には価値があるんだと思いますよ
アラン:そして、どんな命の価値も、多分、みんな等しいのでしょうね。
アラン:それが模範解答ってやつかな
:
:
シャノン:面白いな
:
アラン:それはどうも
:
シャノン:では、国を腐敗させている罪深き政治家達はどうだ、奴らも命の価値は同じと思うかね?
:
アラン:さぁ、そういう事に興味はありませんね
:
シャノン:ふふふ、そうか
シャノン:どうやら、君もこちら側の人間のようだね
:
アラン:それは少し違いそうですね。
アラン:僕は快楽を求めての殺人はしませんので
:
シャノン:私が快楽を求めて殺人をしていると思うのかね?
:
アラン:ええ、違うのですか?
:
シャノン:あぁ、私は運命に導かれているだけなのだよ
:
アラン:そうですか、それは失礼
アラン:でも、僕と違うという事に変わりはなさそうですね。
:
シャノン:ほう
シャノン:では、人を殺す事に関しては否定しないんだね
:
アラン:それは、どうでしょうか
:
シャノン:・・・なるほど
シャノン:君がここに来たのは偶然じゃなさそうだね
:
:
アラン:ええ、僕もそう思いますよ
アラン:もし、今日殺しがあるなら、多分、この辺りだろうと思いましたから
:
シャノン:それで、君は私を捕まえるつもりなのかな?
:
アラン:いいえ
アラン:あなたの捕獲依頼(ほばくいらい)は受けていないし、受ける気もない
:
シャノン:ほう
:
アラン:ただ、貴方を殺して欲しいという依頼なら、その限りではありませんけどね・・・
:
シャノン:ははは
シャノン:どこまでも面白いのだな君は
シャノン:名前を教えてもらってもいいかな
:
アラン:名乗る程の者ではないので、辞めておきますよ
:
シャノン:そうか
シャノン:私の名はシャノン
シャノン:シャノン・レディングだ
シャノン:君は?
:
アラン:先程、名乗る程の者ではないと言ったと思いますが
:
シャノン:私はこうして名乗ったのだよ
シャノン:イギリス紳士なら、そんな時はどうするんだね?
:
アラン:ふぅ、
アラン:僕は別にイギリス紳士という訳ではないのですが・・・
アラン:仕方ありませんね
アラン:
アラン:僕の名はアラン
アラン:アラン・フィンリー
アラン:それが僕の名前です
:
:
シャノン:ほう、
シャノン:警察の人間か?
:
:
アラン:いえ、ただの探偵ですよ。
:
シャノン:ほう探偵とは・・・
シャノン:ん? フィンリー?
シャノン:ひょっとして、君はアンドルーの血縁者か?
:
アラン:アンドルー?
:
シャノン:いや、知らないならいいさ
:
アラン:そうですか
:
シャノン:君とはまた会いそうだしね
:
アラン:そうでしょうか
:
シャノン:あぁ、
シャノン:宿命は必要な人間を互いに引き寄せあわせるものだ
シャノン:私には分かるよ
シャノン:きっと、君とはまた会う事になるとね
:
アラン:できれば、そいうのは遠慮したいものですね
:
シャノン:君がどう思おうと、それが運命ならば、抗(あらが)う事など出来はしないのだよ
シャノン:では、また君と会える時を楽しみにしているよ
:
ジェニファー(N):そう言って、シャノン・レディングと名乗る人物は、死体を残して、闇の中に消えていった
:
アラン(N):シャノンと名乗る人物の置いて行った死体を見ながら、僕は考える
アラン(N):本来であれば、すぐにでも警察に通報し、今見た光景を話すべきなのだろう
アラン(N):しかし、僕が何故ここに居るのかについて、いろいろ探られるのも面白くはない
アラン(N):それに、被害者は既に死んでいるだろうから、発見が数時間遅くなったところで、大した問題ではないだろう
アラン(N):それらの事情を鑑(かんが)みて、僕は、そのままこの場を去る事を選択した
:
ジェニファー(N):その次の日、アランは探偵事務所で、新聞の中に昨日の殺人事件を見つける。
:
アラン(N):僕は新聞記事を見ながら、昨日、殺人犯が口にした「アンドルー」という名前が気になっていた
:
アラン:アンドルー・・・僕が知っている「アンドルー」は一人しかいない
アラン:本当にシャノンは彼の事を言っていたのだろうか・・・
:
:
ジェニファー(N):この数分後、アラン・フィンリー探偵事務所を、見知らぬ人物が訪れる事となる。
:
エリック:ここだな
:
0:コンコンコン
:
ジェニファー(N):その人物は木のドアにノックを3回した
:
アラン:どうぞ、開いてますよ。
:
ジェニファー(N):依頼人がドアをあけて中に入る
:
アラン:ご依頼ですか?
:
エリック:ええ
:
アラン:では、そこのソファーにお座りください
:
エリック:はい
:
アラン:今、紅茶を入れますので、少々お待ちください
:
:
ジェニファー(N):アランは給湯室に行き、二人分の紅茶を用意して、ローテーブルの上に置いた
:
:
アラン:改めまして、アラン・フィンリー探偵事務所へようこそ
アラン:今日はどういったご依頼でしょうか?
:
エリック:はい・・あの・・「アラン・フィンリー」というのは
:
アラン:僕です。
:
エリック:そうですか・・・あなたがフィンリーの・・・
:
アラン:ええ
アラン:それで、ご依頼というのは?
:
:
エリック:あ、失礼しました。
エリック:私はヨークシャーから来た、エリック・ランシーと申します。
エリック:依頼というのは、アラン、私と一緒に、ヨークシャーに来て頂きたいのです。
:
アラン:ヨークシャー・・・ですか?
:
エリック:ええ
:
アラン:それはどうして?
:
エリック:これを・・・
:
ジェニファー(N):そう言って、依頼人は一枚の写真をテーブルの上に置いた
ジェニファー(N):写真には、古そうに見える肖像画が写っていた
:
アラン:これは?
:
エリック:その人はシャノン・レディング
エリック:いえ、あの・・その絵の人物はシャノン・レディングではないのですが
エリック:シャノンは、それと同じ顔をしているんです
:
アラン:シャノン・レディング・・・
:
アラン(N):僕はその時、昨日出会った、シャノン・レディングと名乗る殺人鬼の顔を思い出していた
アラン(N):雰囲気は違うが、確かに顔の形は肖像画と同じであった
:
アラン:絵の人物と違うのに、それと同じ顔をしているとは、どういう意味ですか?
アラン:親族という事ですか?
:
エリック:・・・それは、話せば長くなってしまいますが、よろしいでしょうか・・・
:
アラン:では、まぁ、それは、今はいいとして
アラン:それで?
:
エリック:はい、私とヨークシャーに行って、そのシャノンを殺して欲しいんです。
:
アラン:お話はわかりました。
アラン:しかし、ここは探偵事務所で、僕は探偵です。
アラン:申し訳ありませんが、殺しの依頼は受けていません
:
エリック:シャノン・レディングは、吸血鬼(ヴァンパイア)なんです
:
アラン:ヴァンパイア?
アラン:自分をヴァンパイアだと思っている妄想性障害(もうそうせいしょうがい)、いわゆるパラノイアというやつですか・・・
:
エリック:いえ、シャノンは本当のヴァンパイアなんです。
:
アラン:もしそうだとしたら、にわかには信じ難(がた)い話ですが、
アラン:でも、それでしたら、なおさら僕の仕事ではありませんね
アラン:僕はただの探偵ですから
:
エリック:そんな事ありません
:
アラン:「そんな事はない」とは、どういう事ですか?
:
エリック:だって、フィンリーは、ヴァンパイア・ハンターでしょ
:
0:(一瞬の沈黙)
:
アラン:えーっと・・・
アラン:僕には、貴方が何を言っているのか・・
:
エリック:アンドルー・・・
:
アラン:え?
:
エリック:アンドルー・フィンリーが、そう言っていました
:
アラン:・・・
:
エリック:アラン、あなたは、アンドルー・フィンリーをご存じですよね?
:
ジェニファー(N):依頼人の思わぬ言葉に、答えあぐねるアラン
:
アラン:えーと・・・
アラン:僕の記憶の中には、確かにアンドルー・フィンリーという人物はいますが
アラン:恐らく、あなたの言っている人物とは違っていますよ
:
エリック:どうして、ですか?
:
アラン:僕の知っている、アンドルー・フィンリーは、300年前の人間です。
:
エリック:ええ、そうです。
エリック:私の言っている、アンドルー・フィンリーも、300年前の人物です
:
アラン:では、どうして、あなたが、アンドルー・フィンリーを知っているのですか?
:
エリック:実は、300年前、私の一族の招きで、アンドルー・フィンリーはヨークシャーに来て、ヴァンパイアを殺してくれたのです。
エリック:その時の話が、私の一族の記録に残っています。
:
アラン:・・・
:
エリック:そして、彼がヨークシャーを去る時に、今度また、ヴァンパイアが現れた時も、フィンリーの一族を頼りなさいと言って、
エリック:その証として、このコインを置いて行ったと言われています。
:
ジェニファー(N):そう言って、依頼人は、テーブルの上に一枚の古いコインを置いた
ジェニファー(N):このコインは、今は使われていないが、かつてフィンリー家が、限られた人間にだけ渡していたもの。
ジェニファー(N):たとえ当主が代替わりをしても、このコインを持つ者の依頼を受けるという、約束と信頼の証のコインであった。
:
アラン(N):僕は、昨日、殺人鬼の口からアンドルー・フィンリーの名前を聞いた為、家にある一族の記録を調べていた
アラン(N):確かに、アンドルー・フィンリーの話は、依頼人の話と一致するし、コインも本物のように見える
アラン(N):というよりも、このコインの存在を知っている人間など、そんなに居るものでもない。
アラン(N):つまり、このコインを持っている時点で、その話には説得力がある
:
アラン:分かりました、詳しく話を聞きましょう。
:
エリック:依頼を受けて下さるのですか?
:
アラン:それは話を聞いてから
:
エリック:そうですね、分かりました。
:
ジェニファー(N):ゆっくりとした口調で、依頼人は事の経緯を話始めた
:
:
エリック:私の一族は、ヨークシャーの古い一族で、代々、ヘリンという場所でヴァンパイアを見守っているのです。
:
アラン:ヴァンパイアを見守る・・・ですか
:
エリック:ええ
エリック:
エリック:私の一族の住む地域には、数百年に一度、ヴァンパイアが産まれると言われています。
エリック:私達は、それを長い間、見守って・・・というよりも監視してきました。
:
アラン:ですが、「ヴァンパイアが産まれる」というのは言い伝えの類(たぐい)でしょ、
アラン:実際にヴァンパイアがいるというわけでは・・・
:
エリック:私もそう思っていました。
エリック:ですが、言い伝えと同じ事が起きて、もう事実としか思えないのです。
:
アラン:それは、どういう・・・
:
エリック:ヴァンパイアは、同じヴァンパイアが何度も生まれ変わると考えられています。
エリック:ですから、産まれ変わるヴァンパイアは、いつも容姿が同じだと・・・
:
アラン:それで、絵の人物と、シャノン・レディングが同じ容姿だから・・・
:
エリック:ええ、お見せした絵は300年前に描かれた、キャメロンという、当時のヴァンパイアの肖像画です。
エリック:シャノンは、その絵にそっくりで・・・
:
アラン:それは、たまたまとか・・・偶然似る事だってあるでしょう
:
エリック:シャノンは、小さいころから、顔が肖像画に似てはいましたが、そっくりという訳ではありませんでした。
エリック:これが、若いころのシャノンです。
:
ジェニファー(N):そう言って、依頼人は、アランに一枚の写真を見せた
:
アラン:確かに、これでは、似ているという程度の顔ですね
:
エリック:ええ、そうなんです。
エリック:でも、肖像画に似ているという事で、一応、私達はシャノンを監視対象(かんしたいしょう)としていました。
エリック:そうしたら、ある日突然、シャノンの顔が、肖像画と同じになっていたのです。
:
アラン:それは、整形手術をしたとか
:
エリック:いえ、シャノンにそのような診療記録(しんりょうきろく)はありません。
エリック:言い伝えでは、ヴァンパイアは、その力に目覚めた時に、容姿が変わると言われています。
エリック:ヴァンパイアの力に目覚めると、力が強くなり、凶悪性も増すとも言われていて、
エリック:全てが、今のシャノンに当てはまるのです、ですから、もうシャノンばヴァンパイアになったとしか・・・
:
アラン:なるほど・・・
:
エリック:シャノンは、ヴァンパイアになってから、3人の人間を殺しています。
エリック:このままでは、被害が広がってしまいます。
エリック:ですから、現在、フィンリーの一族を名乗っている人間に、ヨークシャーに来て頂いて、シャノンを殺して欲しいのです。
:
アラン:うーん・・・他にもっと何か、僕に提供できる情報はありませんか?
:
エリック:私が、あなたにお話出来るのは、これくらいです。
エリック:お願いします、私と一緒にヨークシャーに来てください、これ以上犠牲者が出ないように、一刻も早く。
:
アラン:少し、考えさせてください
:
エリック:でも、時間が・・・
:
アラン:今はまだ答えが出せる状態ではありません。
:
エリック:・・・そうですか・・・分かりました、
エリック:あなたも、突然の話で戸惑われたでしょう。 では、また来ます。
エリック:一応、これが私の宿泊先と、連絡先です。
エリック:貴方が引き受けて下さるまで、私はロンドンに滞在するつもりです。
:
ジェニファー(N):そう言って、依頼人は、宿泊先の住所と、携帯電話の番号が書かれた紙をテーブルの上に置いて、席を立とうとした
:
アラン:あぁ、ちょっと待ってください
:
エリック:なんでしょう?
:
アラン:僕は、どれだけ待って頂いても、今のままでは、依頼を受ける事は出来ないと言っているんです。
:
エリック:え? それは、どういう事ですか?
:
アラン:こう言った仕事は、依頼人との信頼関係が重要なんです。
アラン:ですから、依頼人が嘘をついてる今の状態では、依頼を受ける事が出来ません。
:
エリック:私がどんな嘘をついてるというのですか?
:
アラン:あなた自身の事ですよ。
:
エリック:私の事って・・・
エリック:私は、先ほどお話した通り、ヴァンパイアを見守る一族の人間です、嘘なんてついていません
:
アラン:「嘘をついていない」ですか?
:
エリック:ええ、そうです。
:
アラン:それは、違いますね。
:
エリック:どうしてですか?
:
アラン:あなたの言っている事は「嘘をついていない」ではなく「少なくとも、間違った事は言っていない」という事でしかありません。
:
エリック:そ・・・
:
アラン:嘘というのは、何も「間違った事」ばかりではありません。
アラン:嘘をつくとは、自分の思惑(おもわく)に相手をミスリードする事です。
アラン:それは、限定的な事実だけを語り、重要な事実を語らないという方法でも、相手をミスリードする事は出来るのですよ。
アラン:今のあなたのようにね。
:
エリック:・・・・
:
アラン:そういった事も僕は「嘘」だと位置づけています。
アラン:ミスリードされてしまえば、命にだって関わってきますから。
:
エリック:それは・・・
:
アラン:ですから、あなたが嘘をついている今の状態では、この依頼を受ける事はできません。
:
エリック:・・・ですが、私は・・・
:
アラン:あなたは、さしずめ「捜査機関」あるいは「秘密情報部」あたりの人間では無いのですか?
:
エリック:どうして・・・
:
アラン:それ程難しい事ではありませんよ
アラン:まず、あなたはシャノンの整形手術の診療記録がないと言った
アラン:個人がそんな情報を手に入れられるわけがない
:
エリック:・・・
:
アラン:それにあなたは既に、シャノンがロンドンに居る事を知っていますね?
アラン:監視対象なのですから、居所くらいは把握しているでしょう。
アラン:そして、シャノンがロンドンに居るのは、フィンリーの一族に復讐(ふくしゅう)する為だと思ってる。
アラン:あなたが、僕をヨークシャーに連れて行きたがるのは、僕を囮(おとり)にして、シャノンをヨークシャーに誘い戻したいと考えている。
アラン:一刻も早くと言っているのは、他の組織の連中にシャノンの事を認識される前に、処理をしたいと考えているから。
アラン:そんなところでしょうか
:
エリック:それは・・・
:
アラン:あなたの正体と、
アラン:あなたがシャノンを殺して欲しいと言いながら、他の人間を出し抜いてまで、シャノンをヨークシャーに連れて行きたい理由。
アラン:それらを教えていただけないと、あなたの依頼を受ける事は出来ません。
アラン:フィンリーのコインは、ただ持っている人間の依頼を受けるという物ではありません。
アラン:コインの持ち主と信頼の関係が築けたなら、依頼を受けるという約束の証なんです。
:
エリック:そうですか・・・・そうですね・・・
:
ジェニファー(N):エリックは改めてソファーに座り直し、何かに観念したかのように話を始めた
:
エリック:あなたが推理した通り、私はイギリス秘密情報部の人間です。
エリック:秘密情報部は、本来、外国の諜報(ちょうほう)活動を行っている部署なのですが、イギリス国内で公(おおやけ)に出来ないような事も取り扱っています。
:
アラン:ええ、それは知っています。
:
エリック:私が、ヨークシャーでヴァンパイアを見守っている一族というのは本当です。
エリック:秘密情報部内でも、私は殆どその仕事だけをしています。
:
アラン:なるほど・・・で、シャノンをヨークシャーに連れて行きたい理由はなんですか?
アラン:監視対象をヨークシャーから出してしまったからとか・・・
:
エリック:いえ、そういう事ではありません。
エリック:理由は、私の個人的な事です
:
アラン:ほう
:
エリック:先程、私の名前をエリック・ランシーと申し上げましたが、それは秘密情報部で使っている名前で、私には別の名前があるんです。
:
アラン:別の名前・・・ですか?
:
エリック:ええ、私の本当の名前です。
エリック:私の本当の名前は、エリック・レディング・・・・
:
アラン:レディング?
:
エリック:ええ、私はシャノン・レディングの兄なんです。
:
アラン:家族・・・だったのですか?
:
エリック:ヴァンパイアは、昔からレディング一族の中から出ています。
エリック:それに目を付けられて、私は秘密情報部に入(はい)らされました。
エリック:もし、シャノンがあの組織に捕まってしまえば、彼らの興味本位でどんな扱いをされるか・・・・
エリック:私は兄として、せめてシャノンをヨークシャーに葬(ほうむ)ってやりたいと思っているんです。
エリック:ですから、アラン。 お願いです、私とヨークシャーに行って貰えませんか。
:
ジェニファー(N):少しの間、考えるアラン
:
アラン:なるほど、あなたの事情は分かりました。
アラン:では、フィンリー家のコインの約束により、あなたの依頼をお受けする事にしましょう。
アラン:もし本当にヴァンパイアが相手なら、結果は保証できませんが、一旦は、お引き受けいたします。
:
エリック:本当ですか?
エリック:あぁ、よかった・・・
:
アラン:ですが、多分、僕がヨークシャーに行ったとしても、シャノンは僕を追っては来ないと思いますよ。
アラン:僕が出来るのは、せめてシャノンを殺す事くらいでしょうか
:
エリック:それはどういう事ですか?
:
アラン:実は、僕は昨日、偶然ですが、シャノン・レディングに会っています。
:
エリック:なんですって
:
アラン:その時に、僕はアラン・フィンリーと名乗っているんです。
アラン:もし、シャノンの目的がフィンリー家への復讐であるなら、その時に僕は襲われていたか、少なくとも敵意は向けられていたはずです。
:
エリック:そんな・・・
:
アラン:ですから、シャノンには、僕以外の、他に何か目的があるのだと思いますよ。
:
エリック:他の目的って一体・・・・
:
アラン:今はまだ分かりません、エリックには思い当たる節はないのですか?
:
エリック:ええ、今の所
:
アラン:うーん・・・
アラン:では、僕は少し昔の記録を探ってみます、エリックの方でも少し調べて見て頂けませんか?
:
エリック:ええ、分かりました
:
:
アラン:それと、一つ確認しておきたい事があるのですが
:
エリック:はい、なんでしょうか?
:
アラン:もし仮に、シャノンを追い詰めた時に、あなたが人質になってしまっていたとしても、
アラン:僕は躊躇(ちゅうちょ)なく、あなたを見殺しにしてシャノンを殺します。
アラン:それでもいいですか?
:
エリック:・・・ええ、それで構いませんよ。
:
アラン(M):そう言って、依頼人はこの事務所を後にした。
:
:
ジェニファー(N):それから二日程経った頃
:
:
ジェニファー:はぁ・・・
ジェニファー:また、あそこに行かなきゃいけないのか・・・
:
ジェニファー(N):私は、秘密情報部の一室で、調査結果を見ながら、何とも言えない失意(しつい)を噛みしめていた
:
:
0:コンコンコン
:
ジェニファー(N):数時間後、私はもう二度と来ないと誓った筈(はず)の、木のドアをノックしていた
:
アラン:どうぞ、開いてますよ
:
ジェニファー(N):中からここの主人の声が聞こえる
ジェニファー(N):私は、ため息交じりで「アラン・フィンリー探偵事務所」と書かれたドアを開けて中に入った
:
アラン:おや、ジェニファーさん。 どうしたんですか? もう暫くは来ないかと思ってましたが
:
ジェニファー:えぇ、正直、私も来たくはなかったんだけどね
:
アラン:そうですか、
アラン:で、ご用件は?
:
ジェニファー:ちょっとあなたに聞きたい事があって
:
アラン:聞きたい事・・・ですか・・・
アラン:あぁ、今ちょうど紅茶を入れようと思ってた所なんですよ、ジェニファーさんも飲みますか?
:
ジェニファー:いえ、私はいい
:
アラン:わかりました、では、そこに座っててください。
:
ジェニファー:えぇ、分かったわ・・・
:
ジェニファー(N):アランは給湯室に消えて行き、紅茶を入れて戻って来た。
ジェニファー(N):そして、この前と同じ仕草で、紅茶の入ったティーカップを一つ、ソファーの前にあるローテーブルに置いた。
:
アラン:お待たせしました。 「アラン・フィンリー探偵事務所」へようこそ。
アラン:それで、ジェニファーさんの聞きたい事って何ですか?
:
ジェニファー:あなたは以前、あなたの家系には人外(じんがい)の魔物(まもの)も殺したという記録があると言ってたわね。
:
アラン:ええ、確かに言いましたけど・・・
:
ジェニファー:それと同じ事を頼みたいの
:
アラン:えっと・・・確かその時には「僕は嫌ですよ」とも言ったと思いますが・・・
:
ジェニファー:えぇ、それも覚えている
:
アラン:でしたら・・
:
ジェニファー:今回もあなたに受けてもらわないと困るのよ
:
アラン:・・・
:
ジェニファー:この記事を見てちょうだい
:
アラン(M):そう言って、ジェニファーさんは折りたたまれた新聞記事をローテーブルの上に置いた。
:
ジェニファー:最近、イーストエンドで起きている連続殺人事件よ、あなたも事件くらいは知っているでしょ?
:
アラン:ええ・・・まぁ・・・
:
ジェニファー:この犯人が吸血鬼(ヴァンパイア)の可能性があるのよ
:
アラン:・・・ヴァンパイア・・・
:
ジェニファー:ん? どうしたのアラン、この件で何かあるの?
:
アラン:いや別に・・・
アラン:で、どうして犯人がヴァンパイアだと思うのですか?
:
ジェニファー:それは、死体に特徴があってね、少々変わってるのよ。
:
アラン:死体にですか?
:
ジェニファー:えぇ、この犯人は首の横を刃物で切り割いて殺しているの。
:
アラン:ええ、新聞にもそう書いてありますね。
:
ジェニファー:この死体の傷口を念入りに調べて見ると、2つの穴を隠すように切り裂いている事が分かったのよ
ジェニファー:で、この穴の跡からは、僅(わず)かだけど、唾液の成分が検出されたわ。
:
アラン:つまり、首筋を噛んだ後に、その噛み跡の上に切り込みを入れたと・・・
:
ジェニファー:えぇ
:
アラン:でも、流石にそれだけでヴァンパイアだと決めるのは・・・
アラン:例えば、自分がヴァンパイアだと思っている妄想性障害(パラノイア)とか
:
ジェニファー:私達もそれは考えたわ、でも、首を切り裂いたにしては出血が少なすぎるのよ
:
アラン:それは犯人が大量に血を吸ったという事ですか?
:
ジェニファー:いえ、その逆で、体内の血液がそれほど減ってないのよ
:
アラン:つまり、心臓が止まってから首を切り裂いたという事ですか?
:
ジェニファー:ええ、そうとしか思えないの。
ジェニファー:死体には首の傷口以外に外傷(がいしょう)がないし、薬や毒も検出されていない。
ジェニファー:だから、犯人がクビに噛みついた時に被害者が死んだんじゃないかって事になってね
:
アラン:たまたま噛まれた時にショック死をしたとか・・・
:
ジェニファー:被害者全員の死体がそういう状態なのよ
:
アラン:でも、だからといって、それが他の何かではなく、「ヴァンパイア」だと断定するというのは・・・
:
ジェニファー:それが、まだあるのよ
ジェニファー:実は、ヨークシャーにヴァンパイア伝説があってね、そこには何度も復活しているヴァンパイアがいるらしいんだけど、
ジェニファー:そこの書物に書かれているヴァンパイアの殺し方と特徴が似ているそうよ。
:
アラン:そうなんですか・・・
:
ジェニファー:それだけじゃないの
ジェニファー:私達の組織には、そのヨークシャーでヴァンパイアの監視をしている人間がいるんだけど、
ジェニファー:その担当者と、現在、連絡がとれない状態なのよ。
:
アラン:なるほど、それでヴァンパイアだと
:
ジェニファー:えぇ
ジェニファー:まぁ実際のところ、犯人が本当にヴァンパイアかどうかについては予測にしか過ぎないの。
ジェニファー:けど、おそらく、危険な人外であろうとは思っている。
:
アラン:だから僕に?
:
ジェニファー:えぇ
:
アラン:そんなまた適当な
:
ジェニファー:でも、他に方法がないのよ
:
アラン:・・・
:
ジェニファー:引き受けてくれないかしら
:
アラン:・・・・
アラン:ジェニファーさん、もし、その犯人を殺したとして、その死体はどうするんですか?
:
ジェニファー:そりゃ、秘密情報部に持ち帰るでしょうね
:
アラン:その後は?
:
ジェニファー:それから先は、私の管轄外になるから、正直分からないわ。
:
アラン:分かりました・・・
アラン:申し訳ありませんが、この仕事はお引き受けできません。
:
ジェニファー:どうしてなの? 情報が足らないから?
:
アラン:いや、その犯人についての情報は、ジェニファーさんよりも僕の方が沢山持っています。
:
ジェニファー:どういう事?
:
0:コンコンコン
:
ジェニファー(N):その時、事務所のドアをノックする音がした
:
アラン:ジェニファーさん、「僕と一緒に居る時に見た事、聞いた事、それらは秘密情報部の記録に残さない」
アラン:そういう約束でしたよね?
:
ジェニファー:えぇ、それはそうだけど、どうして今それを聞くの?
:
0:コンコンコン
:
ジェニファー(N):ノックの音は続く
:
アラン:どうぞ、開いてますよ。
:
エリック:失礼します。
:
ジェニファー(N):ドアを開けて入って来たのは一人の男性だった
:
エリック:あ、失礼しました、ご来客中でしたか
:
アラン:いえ、いいんです。 どうぞお入りください
:
エリック:そうですか・・・
:
ジェニファー(N):男性は事務所の中に入り、ソファーの横に立った
:
ジェニファー:アラン、今、人を入れるのは・・・
:
アラン:それは問題ありません。
アラン:ところでジェニファーさん、ジェニファーさんは彼をご存じですか?
:
ジェニファー(N):私はアランに聞かれて、もう一度男性の顔を見た
:
ジェニファー:いえ、失礼だけど、存じ上げないわ
:
アラン:では、エリックさんは?
:
エリック:ええ、私もこの方を存じ上げません
:
:
ジェニファー:アラン、これはどういう事なの
:
アラン:ジェニファーさん、僕が今回、ジェニファーさんの依頼をお断りする理由が彼なんです。
:
ジェニファー:それは、どういう意味?
:
アラン:実は、この件には、先約がありまして。
アラン:彼が先にシャノン・レディングの殺しを依頼してきたんですよ。
:
ジェニファー:シャノン・レディング?
:
アラン:ええ、それがジェニファーさんが殺しを依頼した、妄想性障害(パラノイア)の名前です。
:
エリック:いえ、シャノンは妄想性障害(パラノイア)じゃなくて、本当のヴァンパイアなんですよ
:
アラン:あぁ、それは失礼しました
:
ジェニファー:・・・それは分かったけど、何故彼がヴァンパイア殺しを依頼するの?
ジェニファー:それに、何故あなた達は、犯人の名前を知っているの?
:
:
アラン(M):僕はジェニファーさんに、これまでの経緯(いきさつ)を話した
:
:
ジェニファー:そうだったの
:
アラン:ええ、ですから「シャノンを殺す」という目的は同じでも、シャノンの死体は彼のものにしたいんです。
アラン:それでもいいですか?
:
ジェニファー:そう・・・でも、そういう事なら仕方がないか
ジェニファー:私としては、犯人を殺して貰えるなら、それでいい事にしておくわ。
:
アラン:そうして貰えると助かります。
:
ジェニファー:それに、今回はタダであなたに仕事をして貰えそうだしね
:
アラン:・・・ええ、そういう事になりそうですね。
アラン:ところで、ジェニファーさんの方は、死体が無くても問題はないのですか?
:
ジェニファー:まぁ、それは私の管轄外(かんかつがい)だし、ヴァンパイアだから「泡になって消えた」とでも言っておくわ
:
アラン:それはいいですね。
:
エリック:でもアラン、シャノンを殺すと簡単に言ってますが、アランは本当にシャノンを殺せるのですか?
エリック:何かシャノンを殺す方法でもあるのですか?
:
アラン:いや、それはこれから考えますよ。
:
ジェニファー(N):そういうと、アランは私の持って来た新聞記事の写真を手に取って眺めた。
ジェニファー(N):新聞を見つめながらローテーブルの上のティーカップを右手で持ち、口に運ぶ
ジェニファー(N):その様子を、エリックはいぶかしげな目で見つめていた
:
アラン:あ、エリックさんすみません、エリックさんの分の紅茶も用意しますね。
:
エリック:いえ、そういう事ではないのですが・・・すみません。 何だか催促をしてしまったみたいで・・・
:
ジェニファー(N):アランが給湯室から戻ってきたあと、私達はシャノンについて話し合った。
:
アラン:シャノンの目的が、フィンリー家への復讐でないとすると、他に考えられる事は・・・
:
ジェニファー:うーん・・・単純に、狩場を求めて人の多いロンドンに来たという可能性は?
:
アラン:それはどうでしょうか・・・シャノンはあの時「運命に導かれている」と言っていました
アラン:ですから、ヴァンパイアに纏(まつ)わる何かではないかと
:
ジェニファー:何かのアイテムを手に入れる為・・・
:
アラン:アイテムだとしたら、何ですかね。
:
エリック:それなら、ルビーではないでしょうか?
:
アラン:ルビー・・・ですか?
:
エリック:ええ、レディングの一族には、かつて「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」と呼ばれるルビーが伝わっていました。
エリック:大きさこそ、世界一ではないのですが、紅色(べにいろ)の深みが世界一と言われたルビーです。
:
アラン:いわゆる「ピジョンブラッド(鳩の血の色)」というやつですか?
:
エリック:いえ、ピジョンブラッドという言葉では足りない程、深い血の闇のようだと言われたようです。
エリック:ヴァンパイアは代々そのルビーを使用して血の儀式を行っていたと伝えられています。
:
アラン:血の儀式ですか?
:
エリック:ええ、でも儀式の詳しい内容については分かっていません。
:
アラン:なるほど
アラン:それで、そのルビーは今どこにあるのですか?
:
エリック:それが、一族の記録では、キャメロン・レディングが儀式に使おうとしたという理由で、この国の役人がロンドンに持って行ってしまったと書かれています。
:
アラン:はぁ・・・まったく、この国の人間は、欲しいものは何でもかんでも持って来ちゃうんですね。
:
ジェニファー(N):アランはそう言って、私の方をチラリと見た。
:
ジェニファー:ちょっと、いくら私が国の人間だからって、そんな目で私を見ないでよ。
ジェニファー:
ジェニファー:でも、もし役人がロンドンに持って来たという話が本当なら、調べれば分かるかもしれないわね。
ジェニファー:ちょっと待ってて
:
ジェニファー(N):私は、秘密情報部の人間に電話をかけて、そのルビーについて調べて貰う事にした。
ジェニファー(N):それから、30分程過ぎた頃、私の元に調査結果の連絡が入った
:
ジェニファー:アラン、分かったわよ
ジェニファー:そのルビーなら、確かにロンドンにあるようね。
:
アラン:本当ですか?
:
ジェニファー:えぇ、今はヴァンピリウム美術館が所蔵しているらしいの。
ジェニファー:そこの、普段は人を入れない特別な展示室という所で厳重に保管されているという事よ
:
アラン:ヴァンピリウム美術館ですか
:
ジェニファー:えぇ、
ジェニファー:どうする、アラン。 行くなら、その展示室に入れるように手配出来ると思うけど
:
アラン:そうですね、そのルビーも見てみたいし行ってみましょうか。
アラン:エリックさんには、後で報告を入れますね。
:
エリック:分かりました、お気をつけて
:
ジェニファー(N):その日のうちに、私とアランはヴァンピリウム美術館へと向かった
ジェニファー(N):ヴァンピリウム美術館は、古い絵画や彫刻を収集しているが、オカルト的なテーマが多い事で有名な美術館だ。
ジェニファー(N):美術館に着くと、女性の学芸員(がくげいいん)が、私達をルビーのある部屋へ案内をしてくれた。
:
アラン(M):案内された部屋にあった「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」は、まさに「深い血の闇」と言われる通りの、非常に深い紅色(べにいろ)をしていた。
アラン(M):「大きさこそ、世界一ではない」とエリックは言ってはいたが、かなり大きなルビーだ。
:
ジェニファー:凄いルビーね、大きさもそうだけど、色合いが、何とも不思議というか不気味というか・・
ジェニファー:本当に生き血を固めたような感じね
:
アラン:ええ、パラノイアが儀式に使おうとするのも分かる気がしますね。
アラン:
アラン:あれ? でも、これ・・・
:
ジェニファー(N):アランが何かを言いかけた時、部屋の入口で待っていた学芸員の悲鳴が聞こえた。
ジェニファー(N):とっさに私達は悲鳴の聞こえた方へ振り向いたが、そこにはただ学芸員がうつ伏せに倒れているだけだった
:
ジェニファー:おかしいわね・・・
:
ジェニファー(N):私が怪しい人物はいないかと辺りを見回そうとした、その時
:
アラン:危ない!
:
ジェニファー:うっ
:
ジェニファー(N):いきなりアランが体当たりをしてきて、私は前方に飛ばされた
ジェニファー(N):次の瞬間、私の背後にあった大きな棚が、音を立てて倒れてきた
:
アラン:あぐぅ
:
ジェニファー:アラン!
:
ジェニファー(N):アランは左肩を抑えている。
ジェニファー(N):どうやら、アランはとっさに私を庇(かば)って怪我をしたようだった
:
ジェニファー:大丈夫、アラン
:
アラン:くぅ
:
:
シャノン:ほら、やはりまた会えたじゃないか、アラン・フィンリー
シャノン:私が言った通り、運命ならば、抗う事など出来はしないのだよ。
:
アラン:シャノン・・・
:
ジェニファー:シャノン? この人が
:
シャノン:ん?
シャノン:そちらの御仁(ごじん)は、警察の関係者か何かかな?
:
ジェニファー(N):私はシャノンを睨みつけたが、シャノンは意に介さない様子でアランを見た
:
シャノン:しかし、君は、よくそのルビーにまで辿り着けたね。
シャノン:まずは褒めておこうか
:
アラン:それはどうも
:
シャノン:どうやら君は、私を殺すつもりのようだね。
シャノン:だが、さっきその御仁を庇って、利き腕に怪我をしてしまったようじゃないか
シャノン:そんな状態では、私を殺すのは難しいんじゃないかな
:
アラン:さて、それはどうでしょう
アラン:試してみましょうか?
:
シャノン:ははは、そういう強がりは嫌いではないよ。
シャノン:試してもらうのは構わないが、今日の私の目的は君じゃない。
シャノン:運命に感謝するんだね
:
アラン:・・・
:
シャノン:さて、私はルビーを返してもらう事にするよ。
シャノン:このルビーは、我が一族の物だからね
:
ジェニファー(N):そう言ってシャノンは、ルビーの入ったケースに手を伸ばした。
:
シャノン:ん? これは・・・
:
ジェニファー(N):一瞬、シャノンの手が止まる
:
アラン:フフ、やはり、あなたも気が付きましたか、
アラン:レプリカですよね、それは。
:
シャノン:く・・・どうして・・・
:
アラン:何故ここにレプリカがあるのかは分かりませんが、
アラン:ヴァンパイアにルビー、パラノイアにレプリカ・・・
アラン:あなたにはお似合いじゃないですか
:
シャノン:私はパラノイアなどではないと言っているだろ!
シャノン:
シャノン:アラン、やはり君を先に殺しておく事にするよ。
シャノン:手負いの君を殺すのは忍びないが、私への侮辱は万死(ばんし)に値する。
:
ジェニファー(N):そういって、シャノンはアランを睨みつけた
:
アラン:僕を殺すのですか・・・出来るのですか? 今、ここで
アラン:先程の大きな音で、もうすぐ人が集まって来ますよ
:
シャノン:くっ・・・
シャノン:まぁいい、すぐまた君に会う事になるだろう、その時までとっておく事にするよ
:
アラン:そうですか
:
シャノン:あぁ、その時が来るのを震えながら待っているがいい
:
ジェニファー(N):そういってシャノンは部屋を出て行った
:
ジェニファー:アラン、大丈夫なの?
:
アラン:ええ、まぁなんとか・・・
アラン:左肩は脱臼してしまっているようですね、暫くは使えそうにないです。
:
ジェニファー:そんな・・・どうして私を庇(かば)ったりしたのよ、
ジェニファー:私が死ぬことなんて、あなたにとっては大した障害ではないんでしょ?
:
アラン:ジェニファーさんは何か勘違いしているようですね。
アラン:僕は殺し屋として、ターゲットを殺す為なら、他の人間が死ぬ可能性があったとしても、それを障害とは思いません。
アラン:ですが、だからと言って、人が死んでいいと思っている訳ではないんですよ。
:
ジェニファー:そう・・・ごめんなさい
:
アラン:いえ、いいんですよ
:
ジェニファー:でも、今の状態で、シャノンに狙われたら・・・
:
アラン:まぁ、どうなるかは分かりませんが、エリックとの約束を守らなければいけませんので、殺される訳にはいきませんね。
:
ジェニファー:確かにそうだけど・・・
:
アラン:エリックには、ここでの事を後で連絡しておきます。
アラン:今日はもう帰りましょう
:
ジェニファー:・・・えぇ、そうしましょう
:
:
ジェニファー(N):私達は少し重い足取りで美術館を後にした
ジェニファー(N):その次の日の夕方、アランは探偵事務所のソファーに座って考え事をしていた。
:
0:コンコンコン
:
ジェニファー(N):事務所のドアを叩く音がする。
:
アラン:開いてますよ、どうぞ
:
エリック:こんにちは
:
ジェニファー(N):事務所にやって来たのはエリックだった。
:
アラン:あぁ、エリックさんでしたか
:
エリック:よろしいですか?
:
アラン:どうぞ、お入りください。
:
エリック:では、失礼します。
エリック:あの・・・「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」が偽物だったという事ですが
:
アラン:ええ、どうもそうらしいですね。
:
エリック:それでは、本物は何処にあるのでしょうか?
:
アラン:それは分かりません。
アラン:今、ジェニファーさんに調査して貰っています。
:
エリック:そうですか・・・
:
アラン:まぁ、とりあえず、そちらへお掛けください
:
エリック:ええ
:
ジェニファー(N):静かな物腰でソファーに座るエリック
:
エリック:それと、お怪我をなさったとか
:
アラン:ええ、左肩を痛めてしまいました
:
エリック:大丈夫ですか?
:
アラン:そうですね、痛みは大したことはありませんが、左腕は暫くは使えそうにないですね。
:
エリック:そうですか・・・
:
アラン:ちょっと紅茶を入れてきますね、少し待っていてください。
:
エリック:あの、無理はなさらないで下さいね。
:
アラン:ははは、大丈夫ですよ
:
ジェニファー(N):ソファーを離れて給湯室に向かうアラン
ジェニファー(N):だが何故か、給湯室の手前で足を止める
:
アラン:あ、そうそう
アラン:そういえば、シャノンはルビーよりも先に、僕を殺す事にしたそうですよ。
:
エリック:そんな
:
ジェニファー(N):背中越しに話始めるアラン
:
アラン:これで、僕がヨークシャーに行けば、エリックさんの望みが叶えられるかもしれませんが、
アラン:シャノンはそれまで待ってはくれないでしょうね
:
エリック:そう・・・ですね
:
アラン:ですから、今日くらいにはシャノンがここに現れると思って待っていたんですよ。
:
エリック:「待っていた」のですか?
:
アラン:ええ、でも、まさかエリックさんが来るとは思いませんでした。
:
エリック:あ、すみません、そんな大変な時に、私が来てしまって・・・
:
アラン:いえいえ、いいんですよ。
アラン:用心深い方なんですね、あなたは
:
エリック:え? どういう事ですか?
:
アラン(M):僕はエリックの方へ振り返った
:
アラン:では、言い方を変えましょうか
アラン:今日、ここにシャノンが現れると思っていました、でも「エリックさんの姿でここへ来るとは思いませんでした」という事ですよ、シャノン・レディング
:
エリック:ふふふふふふ
:
アラン(M):不敵に微笑むエリック
アラン(M):先程までとは明らかに様子が違うのが分かる
:
シャノン:どうして分かったんだね
:
アラン:簡単な事ですよ。
アラン:美術館で、僕があなたの事をパラノイアと言った時、あなたは「パラノイアではないと言っているだろう」と言いました
アラン:つまり、以前から僕があなたの事をパラノイアと言っている事を知っていたという事
アラン:そして
アラン:あなたは僕の左腕を「利き腕」と言った
:
シャノン:・・・
:
アラン:見てたんでしょ、僕がジェニファーさんの新聞記事を左手で持って読んでいる所を、エリックさんの姿で
:
:
シャノン:ははは、流石はアンドルーの子孫と言ったところか
:
アラン:いえいえ、大した事ではありませんよ
アラン:これでも探偵ですから
:
シャノン:しかし手負いの君が私を殺せるのかな?
シャノン:しかも、利き腕が使えない状態で
:
アラン:残念ですが、僕の利き腕は左ではありませんよ
:
シャノン:何?
:
アラン:強(し)いて言えば、僕は両利きなんですよ。 子供の頃からそういう風に仕上げられていますから。
アラン:あの時は、たまたま左を使っていたに過ぎません。
:
シャノン:そうだったのか、だが、だからと言って私を殺せるのかな?
:
アラン:僕はあなたを「待っていた」と言いませんでしたか?
:
シャノン:私と話でもしたかったのか?
:
アラン:いえいえ、あなたを殺す為ですよ。
アラン:この部屋なら、あなたを殺せますから
:
シャノン:ほう
:
アラン:ここのオフィスは、40平米そこそこなんですが、事務所にしてはそれ程大きくないでしょ?
アラン:何故だと思いますか?
:
シャノン:・・・
:
アラン:狭い部屋は動線が限られるんですよ
アラン:つまり、あなたの動線を僕が誘導できるという事です
:
シャノン:フ、そういう事か
シャノン:だが、いくら私の動線を誘導出来たとしても、私に傷が付けられなければ意味がないだろ
シャノン:ヴァンパイアにはピストルの弾なんかは利きはしないよ、なんなら試してみればいい?
:
アラン:いえ、僕はあなたをヴァンパイアだとは信じていませんが、利かないという物を試す気はありません。
:
シャノン:だったらどうする?
:
アラン:これを使おうと思っています。
:
アラン(M):僕は給湯室の影に隠してあった、8インチ程のナイフを取り出した。
:
アラン:300年前、アンドルー・フィンリーは、ヴァンパイアを殺しているそうですね。
アラン:僕の家に、その時のナイフが残してありましたよ。
アラン:どうやら銀のナイフのようですが、これなら利きますかね?
:
シャノン:なっ・・
:
:
アラン:ほう、どうやら、このナイフは効果があるようですね
:
:
アラン:さて、この部屋の中で、外へ通じている場所は2つ
アラン:一つはドア、一つは窓
アラン:ですが、この窓の高さから飛び降りれば、骨折くらいはしそうですね。
:
シャノン:・・・・
:
アラン:となると、出口は一つに限られるという事です。
:
アラン(M):一瞬の沈黙の後、僕はドアの方をチラリと一瞥(いちべつ)し、すかさず、ドアへと駆け寄った。
:
アラン:あっ
:
アラン(M):次の瞬間、シャノンはドアと反対側の窓へと移動していた
:
シャノン:ははは、私がヴァンパイアという事を忘れていたのかね
シャノン:この程度の高さでは、足の骨など折らんよ
シャノン:今回は少々してやられたが、次回は確実に君の命を頂くとしよう
:
アラン:いやいや、逃しはしませんよ
:
シャノン:ははは、そういう強がりは嫌いじゃないが、どうするつもりだね?
シャノン:そこから、そのナイフでも投げてみるかね?
:
アラン:・・・
:
シャノン:ふふふ、アラン、では、いずれまた会おう
:
ジェニファー(N):そういうと、シャノンは窓から外に出ようとした
ジェニファー(N):その瞬間
:
シャノン:ぐわぁ
:
ジェニファー(N):窓枠に仕掛けてあったピアノ線のトラップが発動し
ジェニファー(N):シャノンはピアノ線に不規則に巻き付かれた。
:
シャノン:な・・に・・・
:
ジェニファー(N):ピアノ線はシャノンの身体を部屋の内側へと引き戻し、
ジェニファー(N):デスクと窓枠の4フィート程の隙間に落とした。
ジェニファー(N):ピアノ線に絡まれて身動きが取れずに足掻(あが)くシャノン。
:
アラン:だから、言ったじゃないですか
アラン:「逃がしはしませんよ」って
:
シャノン:アラン・・・貴様
:
アラン:あなたは必ず窓から逃げる
アラン:他の人には出来ない事が、あなたには出来ると思っているからです。
アラン:だから、僕はそこに罠を仕掛けた。
アラン:後は、僕が入り口に注意を向けたと思わせるだけで、あなたを窓まで誘う事が出来る
:
シャノン:くっ
:
アラン:動線を誘導するとはそういう事なんですよ
:
ジェニファー(N):シャノンの表情に焦りの色が濃く浮かび上がる
:
アラン:さて、これがエリックとの約束です。
:
ジェニファー(N):そう言って、手に持ったナイフをシャノンに突き立てようとした時
ジェニファー(N):シャノンの身体がブルブルっと震えて、全身の力が抜けたように見えた
ジェニファー(N):一瞬、アランの手が止まる
:
エリック:待ってください!
:
アラン:エリック・・・
:
エリック:今まで、私の体がシャノンの精神に支配されていたんです
エリック:どうやら、シャノンはもう逃げて行ったようです。
エリック:アラン、あなたのお陰で助かりました
:
アラン:そうですか、それはよかった
:
エリック:ええ
:
アラン:でも、申し訳ありませんが、僕は人を殺す時には躊躇をしないんです。
:
エリック:そんな・・・でも私は
:
アラン:あなたはまだ、シャノンの可能性がある。 であれば、僕が手を止める理由はありません。
アラン:もし、あなたが本物のエリックだったとしても、あなたが死ねば、もうシャノンはあなたの身体を利用できなくなる。
アラン:どちらにしても、僕にとっては悪い話じゃない
:
エリック:そんな・・・助けて下さいアラン
:
アラン:それに、そんなお芝居は僕には通じませんよ。
:
エリック:え?
:
アラン:バイバイ、パラノイア
:
シャノン:違う! 私は本物のヴァンパイアだ
:
アラン:ほら、やっぱり
:
シャノン:しまっ・・・・ぐあっ
:
ジェニファー(N):アランは銀のナイフをシャノンの胸に突き立てた
:
シャノン:うぐ・・何故・・・
:
アラン:もしその身体が、本当にエリックの物なら、あなたはもっと早い段階で、その身体を捨てて逃げていたでしょ。
アラン:ですから、その身体を殺す事に躊躇(ちゅうちょ)はいりません
:
シャノン:それだけ・・で・・・
:
アラン:それに、エリックが人質になっていても躊躇なく殺すという事に、彼の同意は貰ってあるんですよ。
:
シャノン:ぐ・・そ・・・ぶはっ・・
:
ジェニファー(N):シャノンは血を吐き、その場から動かなくなった。
:
:
アラン:ふう・・・
:
:
アラン(M):僕は一息、呼吸をすると、エリックの形をした死体を見ながら、携帯電話を取り出し、ジェニファーさんに電話をかけた
:
ジェニファー:はい、ジェニファー・コイル
:
アラン:僕です。
:
ジェニファー:あぁ、アラン、どうしたの?
:
アラン:先程、シャノンを殺しました。
:
ジェニファー:それは本当なの? で、どこで?
:
アラン:僕の事務所です。
アラン:それで、ジェニファーさんに死体の回収をお願いしようと思って
:
ジェニファー:えぇ、それは構わないけど、その死体はエリックの物だって言ってなかった?
:
アラン:ええ、でもエリックはおそらく、もうシャノンに殺されています。
アラン:ですから、エリックの死体とシャノンの死体をヨークシャーに持って・・・・あ・・・
:
ジェニファー:ん? アラン、どうしたの? アラン
:
アラン(M):僕はその時、信じられない光景を見た
アラン(M):エリックの形をしていたシャノンの顔や体が、次第に元のシャノンのそれへと戻り始める
アラン(M):それと同時に、身体が溶け、まるで水が蒸発するかのように、湯気を立てながら消えていく・・・
:
ジェニファー:アラン
:
アラン:いえ・・・あの・・・
:
ジェニファー:だから、どうしたの
:
アラン(M):みるみるうちに、シャノンの身体は蒸発し、エリックの衣服だけが残った
:
ジェニファー:ねぇ、アラン
:
アラン:あ、すみません
アラン:シャノンの死体は消えてしまいました
:
ジェニファー:消えた・・・ってどういう事?
:
アラン(M):僕はシャノンを殺した経緯(いきさつ)と、今見た光景をジェニファーさんに話した。
:
ジェニファー(N):その後、秘密情報部がエリックの宿泊先のホテルを調べたところ、ベッドに寝かされたエリックの死体が発見された。
ジェニファー(N):エリックの死体は、他の死体と比べると、随分丁寧に扱った様子が窺(うかが)われた。
ジェニファー(N):死体の首筋には二つの歯の後が残っていたが、抵抗した痕跡は殆ど見あたらなかったらしい。
ジェニファー(N):また、エリックの手にはフィンリー家の約束のコインが強く握りしめられていたという話であった
:
アラン(M):僕は、エリックの死体をヨークシャーに持ち帰り、丁寧に埋葬をして、今回のエリックの依頼を完了とした。
アラン(M):
アラン(M):ロンドンに向かう帰りの列車の中、流れて行く車窓(しゃそう)を眺めながら、僕はぼんやりと考えていた
アラン(M):これから何百年か先に、ヴァンパイアはもう一度復活するのだろうか、
アラン(M):そしてその時、フィンリー家の誰かが、また依頼を受けるのだろうかと
アラン(M):
アラン(M):そんな、とりとめのない思考と、エリックの記憶が混ざりあう中、
アラン(M):列車の車窓は遠くにロンドンの街を映し始めた。
:
:
:
アラン(M):一人の女性が死んだ
アラン(M):イーストエンドの路地裏で
アラン(M):名もなき一人の市民が、何の前触れもなく殺された
アラン(M):
アラン(M):そして、それがこの物語の始まりでもあった・・・
:
:
シャノン:ははは、物語か、それもいいかもしれないな。
シャノン:しかし、全ては運命に導かれる事実の連なりに過ぎないのだよ
シャノン:一人の人間が死んだ、ただ、それだけの事だ
シャノン:その事実を受け入れればいい、何も大騒ぎする程の事ではないのだよ
シャノン:ただ、これが物語というのであれば、それは既にずっと以前から始まっていたのだがね
:
:
:
ジェニファー:よし、ようやく、これで終わりね。
ジェニファー:あぁ、もうお昼になっちゃったか・・
:
ジェニファー(M):私の名は、ジェニファー・コイル。 ロンドン秘密情報部のエージェント。
ジェニファー(M):秘密情報部とは文字通り、秘密の組織なのだが、いつも特殊な事件ばかりを扱っている訳でもない
ジェニファー(M):しかし、今日は、未明(みめい)に発生した、奇妙な事件の処理に追われ、気が付けば昼になっていた。
:
:
ジェニファー(N):ちょうどその頃
ジェニファー(N):イングランド北東部、ヨークシャーにあるシェフィールド駅
ジェニファー(N):雑踏の絶えない駅のホームに佇(たたず)む、一人の男性の姿があった
:
エリック:「フィンリー」・・・会えるだろうか・・・もし、会えなければ・・・
:
ジェニファー(N):そう呟いた彼は、ちらりと腕時計を見た後、小さ目のスーツケースを引きながら列車の中へと消えていった
ジェニファー(N):それから数日が経ったある日の朝
:
:
アラン(M):僕は、いつものミルクティーを飲みながら、新聞を眺めていた
アラン(M):今日の仕事は夜からだし、午前中はこれと言ってやることもない
アラン(M):こんなのんびりとした朝は、いつもこうして新聞を眺めて過ごしている
アラン(M):つまらない政治の話、自然保護を訴えるデモの話題、フットボールの試合結果・・・
アラン(M):代わり映えのしない、いつもの記事だ
アラン(M):
アラン(M):僕が暫く新聞を眺めていると、ふと一つの記事が目に入った
アラン(M):
アラン(M):イーストエンドの路地で起きた殺人事件
アラン(M):被害者は、首の左脇辺りを刃物のような物で切られて殺されていたという
アラン(M):数日前にも同様の死体が見つかっていた事から、新聞は「切り裂きジャックの模倣犯か」と書き立てていた
:
:
アラン:切り裂きジャックか・・・
アラン:確かに、この記事からは猟奇的(りょうきてき)なものを感じるな
:
:
エリック:(M)広いロンドンで、一人の人間を探すのは、簡単な事ではない
エリック:(M)しかし、私はその人を探し続け、ようやく手掛かりを見つける事が出来た。
:
エリック:「アラン・フィンリー探偵事務所」か・・・ここを訪ねていけばいいんだな
:
:
ジェニファー(N):その日の夜
ジェニファー(N):仕事を終えたアランは、一人、イーストエンドの路地を歩いていた。
:
アラン(M):今日の仕事は、依頼主が筋の通らない我儘(わがまま)を言いはじめた為に、結局、物別れに終わってしまった。
アラン(M):まぁ、こんな日もあるだろう
アラン(M):だが、このまま家に帰るのも、何だか釈然としない。
アラン(M):いや、この蟠(わだかま)る気持ちは、仕事ではなく、今朝の新聞記事のせいなのかもしれないな。
アラン(M):特に確信めいたものがあったわけではないが、僕は何とも胸騒ぎのする場所を選んで歩いていた。
:
ジェニファー(N):アランがイーストエンドの路地を抜けようとしたその時、
ジェニファー(N):物陰から、女性のうめく声が聞こえた気がした。
ジェニファー(N):アランがうめき声に誘われるように物陰に入ってゆくと、そこには女性の首にナイフを突き立てている人物がいた
:
:
:
アラン:殺人ですか・・・
:
シャノン:誰だ!
:
アラン:こんな所で殺人なんて、あまり関心しませんね
:
シャノン:何?
:
アラン(M):おそらく、この人物は、今朝の新聞の記事にあった殺人犯と同一人物だろう
アラン(M):僕の直観がそう告げていた
:
:
シャノン:ふっ
シャノン:君は、こんな社会の底辺でうごめいている犬以下の下民(げみん)に
シャノン:命の価値なんてあると思うかい?
:
アラン:いや
:
シャノン:ははは、そうだろう
シャノン:君もそう思うのだね
:
アラン:いえいえ、そうじゃありませんよ
アラン:僕には時々、命の価値ってのが、よく分からなくなる時がある
アラン:ただ、それだけの事ですよ
:
シャノン:ほう
:
アラン:でも、多分、命には価値があるんだと思いますよ
アラン:そして、どんな命の価値も、多分、みんな等しいのでしょうね。
アラン:それが模範解答ってやつかな
:
:
シャノン:面白いな
:
アラン:それはどうも
:
シャノン:では、国を腐敗させている罪深き政治家達はどうだ、奴らも命の価値は同じと思うかね?
:
アラン:さぁ、そういう事に興味はありませんね
:
シャノン:ふふふ、そうか
シャノン:どうやら、君もこちら側の人間のようだね
:
アラン:それは少し違いそうですね。
アラン:僕は快楽を求めての殺人はしませんので
:
シャノン:私が快楽を求めて殺人をしていると思うのかね?
:
アラン:ええ、違うのですか?
:
シャノン:あぁ、私は運命に導かれているだけなのだよ
:
アラン:そうですか、それは失礼
アラン:でも、僕と違うという事に変わりはなさそうですね。
:
シャノン:ほう
シャノン:では、人を殺す事に関しては否定しないんだね
:
アラン:それは、どうでしょうか
:
シャノン:・・・なるほど
シャノン:君がここに来たのは偶然じゃなさそうだね
:
:
アラン:ええ、僕もそう思いますよ
アラン:もし、今日殺しがあるなら、多分、この辺りだろうと思いましたから
:
シャノン:それで、君は私を捕まえるつもりなのかな?
:
アラン:いいえ
アラン:あなたの捕獲依頼(ほばくいらい)は受けていないし、受ける気もない
:
シャノン:ほう
:
アラン:ただ、貴方を殺して欲しいという依頼なら、その限りではありませんけどね・・・
:
シャノン:ははは
シャノン:どこまでも面白いのだな君は
シャノン:名前を教えてもらってもいいかな
:
アラン:名乗る程の者ではないので、辞めておきますよ
:
シャノン:そうか
シャノン:私の名はシャノン
シャノン:シャノン・レディングだ
シャノン:君は?
:
アラン:先程、名乗る程の者ではないと言ったと思いますが
:
シャノン:私はこうして名乗ったのだよ
シャノン:イギリス紳士なら、そんな時はどうするんだね?
:
アラン:ふぅ、
アラン:僕は別にイギリス紳士という訳ではないのですが・・・
アラン:仕方ありませんね
アラン:
アラン:僕の名はアラン
アラン:アラン・フィンリー
アラン:それが僕の名前です
:
:
シャノン:ほう、
シャノン:警察の人間か?
:
:
アラン:いえ、ただの探偵ですよ。
:
シャノン:ほう探偵とは・・・
シャノン:ん? フィンリー?
シャノン:ひょっとして、君はアンドルーの血縁者か?
:
アラン:アンドルー?
:
シャノン:いや、知らないならいいさ
:
アラン:そうですか
:
シャノン:君とはまた会いそうだしね
:
アラン:そうでしょうか
:
シャノン:あぁ、
シャノン:宿命は必要な人間を互いに引き寄せあわせるものだ
シャノン:私には分かるよ
シャノン:きっと、君とはまた会う事になるとね
:
アラン:できれば、そいうのは遠慮したいものですね
:
シャノン:君がどう思おうと、それが運命ならば、抗(あらが)う事など出来はしないのだよ
シャノン:では、また君と会える時を楽しみにしているよ
:
ジェニファー(N):そう言って、シャノン・レディングと名乗る人物は、死体を残して、闇の中に消えていった
:
アラン(N):シャノンと名乗る人物の置いて行った死体を見ながら、僕は考える
アラン(N):本来であれば、すぐにでも警察に通報し、今見た光景を話すべきなのだろう
アラン(N):しかし、僕が何故ここに居るのかについて、いろいろ探られるのも面白くはない
アラン(N):それに、被害者は既に死んでいるだろうから、発見が数時間遅くなったところで、大した問題ではないだろう
アラン(N):それらの事情を鑑(かんが)みて、僕は、そのままこの場を去る事を選択した
:
ジェニファー(N):その次の日、アランは探偵事務所で、新聞の中に昨日の殺人事件を見つける。
:
アラン(N):僕は新聞記事を見ながら、昨日、殺人犯が口にした「アンドルー」という名前が気になっていた
:
アラン:アンドルー・・・僕が知っている「アンドルー」は一人しかいない
アラン:本当にシャノンは彼の事を言っていたのだろうか・・・
:
:
ジェニファー(N):この数分後、アラン・フィンリー探偵事務所を、見知らぬ人物が訪れる事となる。
:
エリック:ここだな
:
0:コンコンコン
:
ジェニファー(N):その人物は木のドアにノックを3回した
:
アラン:どうぞ、開いてますよ。
:
ジェニファー(N):依頼人がドアをあけて中に入る
:
アラン:ご依頼ですか?
:
エリック:ええ
:
アラン:では、そこのソファーにお座りください
:
エリック:はい
:
アラン:今、紅茶を入れますので、少々お待ちください
:
:
ジェニファー(N):アランは給湯室に行き、二人分の紅茶を用意して、ローテーブルの上に置いた
:
:
アラン:改めまして、アラン・フィンリー探偵事務所へようこそ
アラン:今日はどういったご依頼でしょうか?
:
エリック:はい・・あの・・「アラン・フィンリー」というのは
:
アラン:僕です。
:
エリック:そうですか・・・あなたがフィンリーの・・・
:
アラン:ええ
アラン:それで、ご依頼というのは?
:
:
エリック:あ、失礼しました。
エリック:私はヨークシャーから来た、エリック・ランシーと申します。
エリック:依頼というのは、アラン、私と一緒に、ヨークシャーに来て頂きたいのです。
:
アラン:ヨークシャー・・・ですか?
:
エリック:ええ
:
アラン:それはどうして?
:
エリック:これを・・・
:
ジェニファー(N):そう言って、依頼人は一枚の写真をテーブルの上に置いた
ジェニファー(N):写真には、古そうに見える肖像画が写っていた
:
アラン:これは?
:
エリック:その人はシャノン・レディング
エリック:いえ、あの・・その絵の人物はシャノン・レディングではないのですが
エリック:シャノンは、それと同じ顔をしているんです
:
アラン:シャノン・レディング・・・
:
アラン(N):僕はその時、昨日出会った、シャノン・レディングと名乗る殺人鬼の顔を思い出していた
アラン(N):雰囲気は違うが、確かに顔の形は肖像画と同じであった
:
アラン:絵の人物と違うのに、それと同じ顔をしているとは、どういう意味ですか?
アラン:親族という事ですか?
:
エリック:・・・それは、話せば長くなってしまいますが、よろしいでしょうか・・・
:
アラン:では、まぁ、それは、今はいいとして
アラン:それで?
:
エリック:はい、私とヨークシャーに行って、そのシャノンを殺して欲しいんです。
:
アラン:お話はわかりました。
アラン:しかし、ここは探偵事務所で、僕は探偵です。
アラン:申し訳ありませんが、殺しの依頼は受けていません
:
エリック:シャノン・レディングは、吸血鬼(ヴァンパイア)なんです
:
アラン:ヴァンパイア?
アラン:自分をヴァンパイアだと思っている妄想性障害(もうそうせいしょうがい)、いわゆるパラノイアというやつですか・・・
:
エリック:いえ、シャノンは本当のヴァンパイアなんです。
:
アラン:もしそうだとしたら、にわかには信じ難(がた)い話ですが、
アラン:でも、それでしたら、なおさら僕の仕事ではありませんね
アラン:僕はただの探偵ですから
:
エリック:そんな事ありません
:
アラン:「そんな事はない」とは、どういう事ですか?
:
エリック:だって、フィンリーは、ヴァンパイア・ハンターでしょ
:
0:(一瞬の沈黙)
:
アラン:えーっと・・・
アラン:僕には、貴方が何を言っているのか・・
:
エリック:アンドルー・・・
:
アラン:え?
:
エリック:アンドルー・フィンリーが、そう言っていました
:
アラン:・・・
:
エリック:アラン、あなたは、アンドルー・フィンリーをご存じですよね?
:
ジェニファー(N):依頼人の思わぬ言葉に、答えあぐねるアラン
:
アラン:えーと・・・
アラン:僕の記憶の中には、確かにアンドルー・フィンリーという人物はいますが
アラン:恐らく、あなたの言っている人物とは違っていますよ
:
エリック:どうして、ですか?
:
アラン:僕の知っている、アンドルー・フィンリーは、300年前の人間です。
:
エリック:ええ、そうです。
エリック:私の言っている、アンドルー・フィンリーも、300年前の人物です
:
アラン:では、どうして、あなたが、アンドルー・フィンリーを知っているのですか?
:
エリック:実は、300年前、私の一族の招きで、アンドルー・フィンリーはヨークシャーに来て、ヴァンパイアを殺してくれたのです。
エリック:その時の話が、私の一族の記録に残っています。
:
アラン:・・・
:
エリック:そして、彼がヨークシャーを去る時に、今度また、ヴァンパイアが現れた時も、フィンリーの一族を頼りなさいと言って、
エリック:その証として、このコインを置いて行ったと言われています。
:
ジェニファー(N):そう言って、依頼人は、テーブルの上に一枚の古いコインを置いた
ジェニファー(N):このコインは、今は使われていないが、かつてフィンリー家が、限られた人間にだけ渡していたもの。
ジェニファー(N):たとえ当主が代替わりをしても、このコインを持つ者の依頼を受けるという、約束と信頼の証のコインであった。
:
アラン(N):僕は、昨日、殺人鬼の口からアンドルー・フィンリーの名前を聞いた為、家にある一族の記録を調べていた
アラン(N):確かに、アンドルー・フィンリーの話は、依頼人の話と一致するし、コインも本物のように見える
アラン(N):というよりも、このコインの存在を知っている人間など、そんなに居るものでもない。
アラン(N):つまり、このコインを持っている時点で、その話には説得力がある
:
アラン:分かりました、詳しく話を聞きましょう。
:
エリック:依頼を受けて下さるのですか?
:
アラン:それは話を聞いてから
:
エリック:そうですね、分かりました。
:
ジェニファー(N):ゆっくりとした口調で、依頼人は事の経緯を話始めた
:
:
エリック:私の一族は、ヨークシャーの古い一族で、代々、ヘリンという場所でヴァンパイアを見守っているのです。
:
アラン:ヴァンパイアを見守る・・・ですか
:
エリック:ええ
エリック:
エリック:私の一族の住む地域には、数百年に一度、ヴァンパイアが産まれると言われています。
エリック:私達は、それを長い間、見守って・・・というよりも監視してきました。
:
アラン:ですが、「ヴァンパイアが産まれる」というのは言い伝えの類(たぐい)でしょ、
アラン:実際にヴァンパイアがいるというわけでは・・・
:
エリック:私もそう思っていました。
エリック:ですが、言い伝えと同じ事が起きて、もう事実としか思えないのです。
:
アラン:それは、どういう・・・
:
エリック:ヴァンパイアは、同じヴァンパイアが何度も生まれ変わると考えられています。
エリック:ですから、産まれ変わるヴァンパイアは、いつも容姿が同じだと・・・
:
アラン:それで、絵の人物と、シャノン・レディングが同じ容姿だから・・・
:
エリック:ええ、お見せした絵は300年前に描かれた、キャメロンという、当時のヴァンパイアの肖像画です。
エリック:シャノンは、その絵にそっくりで・・・
:
アラン:それは、たまたまとか・・・偶然似る事だってあるでしょう
:
エリック:シャノンは、小さいころから、顔が肖像画に似てはいましたが、そっくりという訳ではありませんでした。
エリック:これが、若いころのシャノンです。
:
ジェニファー(N):そう言って、依頼人は、アランに一枚の写真を見せた
:
アラン:確かに、これでは、似ているという程度の顔ですね
:
エリック:ええ、そうなんです。
エリック:でも、肖像画に似ているという事で、一応、私達はシャノンを監視対象(かんしたいしょう)としていました。
エリック:そうしたら、ある日突然、シャノンの顔が、肖像画と同じになっていたのです。
:
アラン:それは、整形手術をしたとか
:
エリック:いえ、シャノンにそのような診療記録(しんりょうきろく)はありません。
エリック:言い伝えでは、ヴァンパイアは、その力に目覚めた時に、容姿が変わると言われています。
エリック:ヴァンパイアの力に目覚めると、力が強くなり、凶悪性も増すとも言われていて、
エリック:全てが、今のシャノンに当てはまるのです、ですから、もうシャノンばヴァンパイアになったとしか・・・
:
アラン:なるほど・・・
:
エリック:シャノンは、ヴァンパイアになってから、3人の人間を殺しています。
エリック:このままでは、被害が広がってしまいます。
エリック:ですから、現在、フィンリーの一族を名乗っている人間に、ヨークシャーに来て頂いて、シャノンを殺して欲しいのです。
:
アラン:うーん・・・他にもっと何か、僕に提供できる情報はありませんか?
:
エリック:私が、あなたにお話出来るのは、これくらいです。
エリック:お願いします、私と一緒にヨークシャーに来てください、これ以上犠牲者が出ないように、一刻も早く。
:
アラン:少し、考えさせてください
:
エリック:でも、時間が・・・
:
アラン:今はまだ答えが出せる状態ではありません。
:
エリック:・・・そうですか・・・分かりました、
エリック:あなたも、突然の話で戸惑われたでしょう。 では、また来ます。
エリック:一応、これが私の宿泊先と、連絡先です。
エリック:貴方が引き受けて下さるまで、私はロンドンに滞在するつもりです。
:
ジェニファー(N):そう言って、依頼人は、宿泊先の住所と、携帯電話の番号が書かれた紙をテーブルの上に置いて、席を立とうとした
:
アラン:あぁ、ちょっと待ってください
:
エリック:なんでしょう?
:
アラン:僕は、どれだけ待って頂いても、今のままでは、依頼を受ける事は出来ないと言っているんです。
:
エリック:え? それは、どういう事ですか?
:
アラン:こう言った仕事は、依頼人との信頼関係が重要なんです。
アラン:ですから、依頼人が嘘をついてる今の状態では、依頼を受ける事が出来ません。
:
エリック:私がどんな嘘をついてるというのですか?
:
アラン:あなた自身の事ですよ。
:
エリック:私の事って・・・
エリック:私は、先ほどお話した通り、ヴァンパイアを見守る一族の人間です、嘘なんてついていません
:
アラン:「嘘をついていない」ですか?
:
エリック:ええ、そうです。
:
アラン:それは、違いますね。
:
エリック:どうしてですか?
:
アラン:あなたの言っている事は「嘘をついていない」ではなく「少なくとも、間違った事は言っていない」という事でしかありません。
:
エリック:そ・・・
:
アラン:嘘というのは、何も「間違った事」ばかりではありません。
アラン:嘘をつくとは、自分の思惑(おもわく)に相手をミスリードする事です。
アラン:それは、限定的な事実だけを語り、重要な事実を語らないという方法でも、相手をミスリードする事は出来るのですよ。
アラン:今のあなたのようにね。
:
エリック:・・・・
:
アラン:そういった事も僕は「嘘」だと位置づけています。
アラン:ミスリードされてしまえば、命にだって関わってきますから。
:
エリック:それは・・・
:
アラン:ですから、あなたが嘘をついている今の状態では、この依頼を受ける事はできません。
:
エリック:・・・ですが、私は・・・
:
アラン:あなたは、さしずめ「捜査機関」あるいは「秘密情報部」あたりの人間では無いのですか?
:
エリック:どうして・・・
:
アラン:それ程難しい事ではありませんよ
アラン:まず、あなたはシャノンの整形手術の診療記録がないと言った
アラン:個人がそんな情報を手に入れられるわけがない
:
エリック:・・・
:
アラン:それにあなたは既に、シャノンがロンドンに居る事を知っていますね?
アラン:監視対象なのですから、居所くらいは把握しているでしょう。
アラン:そして、シャノンがロンドンに居るのは、フィンリーの一族に復讐(ふくしゅう)する為だと思ってる。
アラン:あなたが、僕をヨークシャーに連れて行きたがるのは、僕を囮(おとり)にして、シャノンをヨークシャーに誘い戻したいと考えている。
アラン:一刻も早くと言っているのは、他の組織の連中にシャノンの事を認識される前に、処理をしたいと考えているから。
アラン:そんなところでしょうか
:
エリック:それは・・・
:
アラン:あなたの正体と、
アラン:あなたがシャノンを殺して欲しいと言いながら、他の人間を出し抜いてまで、シャノンをヨークシャーに連れて行きたい理由。
アラン:それらを教えていただけないと、あなたの依頼を受ける事は出来ません。
アラン:フィンリーのコインは、ただ持っている人間の依頼を受けるという物ではありません。
アラン:コインの持ち主と信頼の関係が築けたなら、依頼を受けるという約束の証なんです。
:
エリック:そうですか・・・・そうですね・・・
:
ジェニファー(N):エリックは改めてソファーに座り直し、何かに観念したかのように話を始めた
:
エリック:あなたが推理した通り、私はイギリス秘密情報部の人間です。
エリック:秘密情報部は、本来、外国の諜報(ちょうほう)活動を行っている部署なのですが、イギリス国内で公(おおやけ)に出来ないような事も取り扱っています。
:
アラン:ええ、それは知っています。
:
エリック:私が、ヨークシャーでヴァンパイアを見守っている一族というのは本当です。
エリック:秘密情報部内でも、私は殆どその仕事だけをしています。
:
アラン:なるほど・・・で、シャノンをヨークシャーに連れて行きたい理由はなんですか?
アラン:監視対象をヨークシャーから出してしまったからとか・・・
:
エリック:いえ、そういう事ではありません。
エリック:理由は、私の個人的な事です
:
アラン:ほう
:
エリック:先程、私の名前をエリック・ランシーと申し上げましたが、それは秘密情報部で使っている名前で、私には別の名前があるんです。
:
アラン:別の名前・・・ですか?
:
エリック:ええ、私の本当の名前です。
エリック:私の本当の名前は、エリック・レディング・・・・
:
アラン:レディング?
:
エリック:ええ、私はシャノン・レディングの兄なんです。
:
アラン:家族・・・だったのですか?
:
エリック:ヴァンパイアは、昔からレディング一族の中から出ています。
エリック:それに目を付けられて、私は秘密情報部に入(はい)らされました。
エリック:もし、シャノンがあの組織に捕まってしまえば、彼らの興味本位でどんな扱いをされるか・・・・
エリック:私は兄として、せめてシャノンをヨークシャーに葬(ほうむ)ってやりたいと思っているんです。
エリック:ですから、アラン。 お願いです、私とヨークシャーに行って貰えませんか。
:
ジェニファー(N):少しの間、考えるアラン
:
アラン:なるほど、あなたの事情は分かりました。
アラン:では、フィンリー家のコインの約束により、あなたの依頼をお受けする事にしましょう。
アラン:もし本当にヴァンパイアが相手なら、結果は保証できませんが、一旦は、お引き受けいたします。
:
エリック:本当ですか?
エリック:あぁ、よかった・・・
:
アラン:ですが、多分、僕がヨークシャーに行ったとしても、シャノンは僕を追っては来ないと思いますよ。
アラン:僕が出来るのは、せめてシャノンを殺す事くらいでしょうか
:
エリック:それはどういう事ですか?
:
アラン:実は、僕は昨日、偶然ですが、シャノン・レディングに会っています。
:
エリック:なんですって
:
アラン:その時に、僕はアラン・フィンリーと名乗っているんです。
アラン:もし、シャノンの目的がフィンリー家への復讐であるなら、その時に僕は襲われていたか、少なくとも敵意は向けられていたはずです。
:
エリック:そんな・・・
:
アラン:ですから、シャノンには、僕以外の、他に何か目的があるのだと思いますよ。
:
エリック:他の目的って一体・・・・
:
アラン:今はまだ分かりません、エリックには思い当たる節はないのですか?
:
エリック:ええ、今の所
:
アラン:うーん・・・
アラン:では、僕は少し昔の記録を探ってみます、エリックの方でも少し調べて見て頂けませんか?
:
エリック:ええ、分かりました
:
:
アラン:それと、一つ確認しておきたい事があるのですが
:
エリック:はい、なんでしょうか?
:
アラン:もし仮に、シャノンを追い詰めた時に、あなたが人質になってしまっていたとしても、
アラン:僕は躊躇(ちゅうちょ)なく、あなたを見殺しにしてシャノンを殺します。
アラン:それでもいいですか?
:
エリック:・・・ええ、それで構いませんよ。
:
アラン(M):そう言って、依頼人はこの事務所を後にした。
:
:
ジェニファー(N):それから二日程経った頃
:
:
ジェニファー:はぁ・・・
ジェニファー:また、あそこに行かなきゃいけないのか・・・
:
ジェニファー(N):私は、秘密情報部の一室で、調査結果を見ながら、何とも言えない失意(しつい)を噛みしめていた
:
:
0:コンコンコン
:
ジェニファー(N):数時間後、私はもう二度と来ないと誓った筈(はず)の、木のドアをノックしていた
:
アラン:どうぞ、開いてますよ
:
ジェニファー(N):中からここの主人の声が聞こえる
ジェニファー(N):私は、ため息交じりで「アラン・フィンリー探偵事務所」と書かれたドアを開けて中に入った
:
アラン:おや、ジェニファーさん。 どうしたんですか? もう暫くは来ないかと思ってましたが
:
ジェニファー:えぇ、正直、私も来たくはなかったんだけどね
:
アラン:そうですか、
アラン:で、ご用件は?
:
ジェニファー:ちょっとあなたに聞きたい事があって
:
アラン:聞きたい事・・・ですか・・・
アラン:あぁ、今ちょうど紅茶を入れようと思ってた所なんですよ、ジェニファーさんも飲みますか?
:
ジェニファー:いえ、私はいい
:
アラン:わかりました、では、そこに座っててください。
:
ジェニファー:えぇ、分かったわ・・・
:
ジェニファー(N):アランは給湯室に消えて行き、紅茶を入れて戻って来た。
ジェニファー(N):そして、この前と同じ仕草で、紅茶の入ったティーカップを一つ、ソファーの前にあるローテーブルに置いた。
:
アラン:お待たせしました。 「アラン・フィンリー探偵事務所」へようこそ。
アラン:それで、ジェニファーさんの聞きたい事って何ですか?
:
ジェニファー:あなたは以前、あなたの家系には人外(じんがい)の魔物(まもの)も殺したという記録があると言ってたわね。
:
アラン:ええ、確かに言いましたけど・・・
:
ジェニファー:それと同じ事を頼みたいの
:
アラン:えっと・・・確かその時には「僕は嫌ですよ」とも言ったと思いますが・・・
:
ジェニファー:えぇ、それも覚えている
:
アラン:でしたら・・
:
ジェニファー:今回もあなたに受けてもらわないと困るのよ
:
アラン:・・・
:
ジェニファー:この記事を見てちょうだい
:
アラン(M):そう言って、ジェニファーさんは折りたたまれた新聞記事をローテーブルの上に置いた。
:
ジェニファー:最近、イーストエンドで起きている連続殺人事件よ、あなたも事件くらいは知っているでしょ?
:
アラン:ええ・・・まぁ・・・
:
ジェニファー:この犯人が吸血鬼(ヴァンパイア)の可能性があるのよ
:
アラン:・・・ヴァンパイア・・・
:
ジェニファー:ん? どうしたのアラン、この件で何かあるの?
:
アラン:いや別に・・・
アラン:で、どうして犯人がヴァンパイアだと思うのですか?
:
ジェニファー:それは、死体に特徴があってね、少々変わってるのよ。
:
アラン:死体にですか?
:
ジェニファー:えぇ、この犯人は首の横を刃物で切り割いて殺しているの。
:
アラン:ええ、新聞にもそう書いてありますね。
:
ジェニファー:この死体の傷口を念入りに調べて見ると、2つの穴を隠すように切り裂いている事が分かったのよ
ジェニファー:で、この穴の跡からは、僅(わず)かだけど、唾液の成分が検出されたわ。
:
アラン:つまり、首筋を噛んだ後に、その噛み跡の上に切り込みを入れたと・・・
:
ジェニファー:えぇ
:
アラン:でも、流石にそれだけでヴァンパイアだと決めるのは・・・
アラン:例えば、自分がヴァンパイアだと思っている妄想性障害(パラノイア)とか
:
ジェニファー:私達もそれは考えたわ、でも、首を切り裂いたにしては出血が少なすぎるのよ
:
アラン:それは犯人が大量に血を吸ったという事ですか?
:
ジェニファー:いえ、その逆で、体内の血液がそれほど減ってないのよ
:
アラン:つまり、心臓が止まってから首を切り裂いたという事ですか?
:
ジェニファー:ええ、そうとしか思えないの。
ジェニファー:死体には首の傷口以外に外傷(がいしょう)がないし、薬や毒も検出されていない。
ジェニファー:だから、犯人がクビに噛みついた時に被害者が死んだんじゃないかって事になってね
:
アラン:たまたま噛まれた時にショック死をしたとか・・・
:
ジェニファー:被害者全員の死体がそういう状態なのよ
:
アラン:でも、だからといって、それが他の何かではなく、「ヴァンパイア」だと断定するというのは・・・
:
ジェニファー:それが、まだあるのよ
ジェニファー:実は、ヨークシャーにヴァンパイア伝説があってね、そこには何度も復活しているヴァンパイアがいるらしいんだけど、
ジェニファー:そこの書物に書かれているヴァンパイアの殺し方と特徴が似ているそうよ。
:
アラン:そうなんですか・・・
:
ジェニファー:それだけじゃないの
ジェニファー:私達の組織には、そのヨークシャーでヴァンパイアの監視をしている人間がいるんだけど、
ジェニファー:その担当者と、現在、連絡がとれない状態なのよ。
:
アラン:なるほど、それでヴァンパイアだと
:
ジェニファー:えぇ
ジェニファー:まぁ実際のところ、犯人が本当にヴァンパイアかどうかについては予測にしか過ぎないの。
ジェニファー:けど、おそらく、危険な人外であろうとは思っている。
:
アラン:だから僕に?
:
ジェニファー:えぇ
:
アラン:そんなまた適当な
:
ジェニファー:でも、他に方法がないのよ
:
アラン:・・・
:
ジェニファー:引き受けてくれないかしら
:
アラン:・・・・
アラン:ジェニファーさん、もし、その犯人を殺したとして、その死体はどうするんですか?
:
ジェニファー:そりゃ、秘密情報部に持ち帰るでしょうね
:
アラン:その後は?
:
ジェニファー:それから先は、私の管轄外になるから、正直分からないわ。
:
アラン:分かりました・・・
アラン:申し訳ありませんが、この仕事はお引き受けできません。
:
ジェニファー:どうしてなの? 情報が足らないから?
:
アラン:いや、その犯人についての情報は、ジェニファーさんよりも僕の方が沢山持っています。
:
ジェニファー:どういう事?
:
0:コンコンコン
:
ジェニファー(N):その時、事務所のドアをノックする音がした
:
アラン:ジェニファーさん、「僕と一緒に居る時に見た事、聞いた事、それらは秘密情報部の記録に残さない」
アラン:そういう約束でしたよね?
:
ジェニファー:えぇ、それはそうだけど、どうして今それを聞くの?
:
0:コンコンコン
:
ジェニファー(N):ノックの音は続く
:
アラン:どうぞ、開いてますよ。
:
エリック:失礼します。
:
ジェニファー(N):ドアを開けて入って来たのは一人の男性だった
:
エリック:あ、失礼しました、ご来客中でしたか
:
アラン:いえ、いいんです。 どうぞお入りください
:
エリック:そうですか・・・
:
ジェニファー(N):男性は事務所の中に入り、ソファーの横に立った
:
ジェニファー:アラン、今、人を入れるのは・・・
:
アラン:それは問題ありません。
アラン:ところでジェニファーさん、ジェニファーさんは彼をご存じですか?
:
ジェニファー(N):私はアランに聞かれて、もう一度男性の顔を見た
:
ジェニファー:いえ、失礼だけど、存じ上げないわ
:
アラン:では、エリックさんは?
:
エリック:ええ、私もこの方を存じ上げません
:
:
ジェニファー:アラン、これはどういう事なの
:
アラン:ジェニファーさん、僕が今回、ジェニファーさんの依頼をお断りする理由が彼なんです。
:
ジェニファー:それは、どういう意味?
:
アラン:実は、この件には、先約がありまして。
アラン:彼が先にシャノン・レディングの殺しを依頼してきたんですよ。
:
ジェニファー:シャノン・レディング?
:
アラン:ええ、それがジェニファーさんが殺しを依頼した、妄想性障害(パラノイア)の名前です。
:
エリック:いえ、シャノンは妄想性障害(パラノイア)じゃなくて、本当のヴァンパイアなんですよ
:
アラン:あぁ、それは失礼しました
:
ジェニファー:・・・それは分かったけど、何故彼がヴァンパイア殺しを依頼するの?
ジェニファー:それに、何故あなた達は、犯人の名前を知っているの?
:
:
アラン(M):僕はジェニファーさんに、これまでの経緯(いきさつ)を話した
:
:
ジェニファー:そうだったの
:
アラン:ええ、ですから「シャノンを殺す」という目的は同じでも、シャノンの死体は彼のものにしたいんです。
アラン:それでもいいですか?
:
ジェニファー:そう・・・でも、そういう事なら仕方がないか
ジェニファー:私としては、犯人を殺して貰えるなら、それでいい事にしておくわ。
:
アラン:そうして貰えると助かります。
:
ジェニファー:それに、今回はタダであなたに仕事をして貰えそうだしね
:
アラン:・・・ええ、そういう事になりそうですね。
アラン:ところで、ジェニファーさんの方は、死体が無くても問題はないのですか?
:
ジェニファー:まぁ、それは私の管轄外(かんかつがい)だし、ヴァンパイアだから「泡になって消えた」とでも言っておくわ
:
アラン:それはいいですね。
:
エリック:でもアラン、シャノンを殺すと簡単に言ってますが、アランは本当にシャノンを殺せるのですか?
エリック:何かシャノンを殺す方法でもあるのですか?
:
アラン:いや、それはこれから考えますよ。
:
ジェニファー(N):そういうと、アランは私の持って来た新聞記事の写真を手に取って眺めた。
ジェニファー(N):新聞を見つめながらローテーブルの上のティーカップを右手で持ち、口に運ぶ
ジェニファー(N):その様子を、エリックはいぶかしげな目で見つめていた
:
アラン:あ、エリックさんすみません、エリックさんの分の紅茶も用意しますね。
:
エリック:いえ、そういう事ではないのですが・・・すみません。 何だか催促をしてしまったみたいで・・・
:
ジェニファー(N):アランが給湯室から戻ってきたあと、私達はシャノンについて話し合った。
:
アラン:シャノンの目的が、フィンリー家への復讐でないとすると、他に考えられる事は・・・
:
ジェニファー:うーん・・・単純に、狩場を求めて人の多いロンドンに来たという可能性は?
:
アラン:それはどうでしょうか・・・シャノンはあの時「運命に導かれている」と言っていました
アラン:ですから、ヴァンパイアに纏(まつ)わる何かではないかと
:
ジェニファー:何かのアイテムを手に入れる為・・・
:
アラン:アイテムだとしたら、何ですかね。
:
エリック:それなら、ルビーではないでしょうか?
:
アラン:ルビー・・・ですか?
:
エリック:ええ、レディングの一族には、かつて「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」と呼ばれるルビーが伝わっていました。
エリック:大きさこそ、世界一ではないのですが、紅色(べにいろ)の深みが世界一と言われたルビーです。
:
アラン:いわゆる「ピジョンブラッド(鳩の血の色)」というやつですか?
:
エリック:いえ、ピジョンブラッドという言葉では足りない程、深い血の闇のようだと言われたようです。
エリック:ヴァンパイアは代々そのルビーを使用して血の儀式を行っていたと伝えられています。
:
アラン:血の儀式ですか?
:
エリック:ええ、でも儀式の詳しい内容については分かっていません。
:
アラン:なるほど
アラン:それで、そのルビーは今どこにあるのですか?
:
エリック:それが、一族の記録では、キャメロン・レディングが儀式に使おうとしたという理由で、この国の役人がロンドンに持って行ってしまったと書かれています。
:
アラン:はぁ・・・まったく、この国の人間は、欲しいものは何でもかんでも持って来ちゃうんですね。
:
ジェニファー(N):アランはそう言って、私の方をチラリと見た。
:
ジェニファー:ちょっと、いくら私が国の人間だからって、そんな目で私を見ないでよ。
ジェニファー:
ジェニファー:でも、もし役人がロンドンに持って来たという話が本当なら、調べれば分かるかもしれないわね。
ジェニファー:ちょっと待ってて
:
ジェニファー(N):私は、秘密情報部の人間に電話をかけて、そのルビーについて調べて貰う事にした。
ジェニファー(N):それから、30分程過ぎた頃、私の元に調査結果の連絡が入った
:
ジェニファー:アラン、分かったわよ
ジェニファー:そのルビーなら、確かにロンドンにあるようね。
:
アラン:本当ですか?
:
ジェニファー:えぇ、今はヴァンピリウム美術館が所蔵しているらしいの。
ジェニファー:そこの、普段は人を入れない特別な展示室という所で厳重に保管されているという事よ
:
アラン:ヴァンピリウム美術館ですか
:
ジェニファー:えぇ、
ジェニファー:どうする、アラン。 行くなら、その展示室に入れるように手配出来ると思うけど
:
アラン:そうですね、そのルビーも見てみたいし行ってみましょうか。
アラン:エリックさんには、後で報告を入れますね。
:
エリック:分かりました、お気をつけて
:
ジェニファー(N):その日のうちに、私とアランはヴァンピリウム美術館へと向かった
ジェニファー(N):ヴァンピリウム美術館は、古い絵画や彫刻を収集しているが、オカルト的なテーマが多い事で有名な美術館だ。
ジェニファー(N):美術館に着くと、女性の学芸員(がくげいいん)が、私達をルビーのある部屋へ案内をしてくれた。
:
アラン(M):案内された部屋にあった「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」は、まさに「深い血の闇」と言われる通りの、非常に深い紅色(べにいろ)をしていた。
アラン(M):「大きさこそ、世界一ではない」とエリックは言ってはいたが、かなり大きなルビーだ。
:
ジェニファー:凄いルビーね、大きさもそうだけど、色合いが、何とも不思議というか不気味というか・・
ジェニファー:本当に生き血を固めたような感じね
:
アラン:ええ、パラノイアが儀式に使おうとするのも分かる気がしますね。
アラン:
アラン:あれ? でも、これ・・・
:
ジェニファー(N):アランが何かを言いかけた時、部屋の入口で待っていた学芸員の悲鳴が聞こえた。
ジェニファー(N):とっさに私達は悲鳴の聞こえた方へ振り向いたが、そこにはただ学芸員がうつ伏せに倒れているだけだった
:
ジェニファー:おかしいわね・・・
:
ジェニファー(N):私が怪しい人物はいないかと辺りを見回そうとした、その時
:
アラン:危ない!
:
ジェニファー:うっ
:
ジェニファー(N):いきなりアランが体当たりをしてきて、私は前方に飛ばされた
ジェニファー(N):次の瞬間、私の背後にあった大きな棚が、音を立てて倒れてきた
:
アラン:あぐぅ
:
ジェニファー:アラン!
:
ジェニファー(N):アランは左肩を抑えている。
ジェニファー(N):どうやら、アランはとっさに私を庇(かば)って怪我をしたようだった
:
ジェニファー:大丈夫、アラン
:
アラン:くぅ
:
:
シャノン:ほら、やはりまた会えたじゃないか、アラン・フィンリー
シャノン:私が言った通り、運命ならば、抗う事など出来はしないのだよ。
:
アラン:シャノン・・・
:
ジェニファー:シャノン? この人が
:
シャノン:ん?
シャノン:そちらの御仁(ごじん)は、警察の関係者か何かかな?
:
ジェニファー(N):私はシャノンを睨みつけたが、シャノンは意に介さない様子でアランを見た
:
シャノン:しかし、君は、よくそのルビーにまで辿り着けたね。
シャノン:まずは褒めておこうか
:
アラン:それはどうも
:
シャノン:どうやら君は、私を殺すつもりのようだね。
シャノン:だが、さっきその御仁を庇って、利き腕に怪我をしてしまったようじゃないか
シャノン:そんな状態では、私を殺すのは難しいんじゃないかな
:
アラン:さて、それはどうでしょう
アラン:試してみましょうか?
:
シャノン:ははは、そういう強がりは嫌いではないよ。
シャノン:試してもらうのは構わないが、今日の私の目的は君じゃない。
シャノン:運命に感謝するんだね
:
アラン:・・・
:
シャノン:さて、私はルビーを返してもらう事にするよ。
シャノン:このルビーは、我が一族の物だからね
:
ジェニファー(N):そう言ってシャノンは、ルビーの入ったケースに手を伸ばした。
:
シャノン:ん? これは・・・
:
ジェニファー(N):一瞬、シャノンの手が止まる
:
アラン:フフ、やはり、あなたも気が付きましたか、
アラン:レプリカですよね、それは。
:
シャノン:く・・・どうして・・・
:
アラン:何故ここにレプリカがあるのかは分かりませんが、
アラン:ヴァンパイアにルビー、パラノイアにレプリカ・・・
アラン:あなたにはお似合いじゃないですか
:
シャノン:私はパラノイアなどではないと言っているだろ!
シャノン:
シャノン:アラン、やはり君を先に殺しておく事にするよ。
シャノン:手負いの君を殺すのは忍びないが、私への侮辱は万死(ばんし)に値する。
:
ジェニファー(N):そういって、シャノンはアランを睨みつけた
:
アラン:僕を殺すのですか・・・出来るのですか? 今、ここで
アラン:先程の大きな音で、もうすぐ人が集まって来ますよ
:
シャノン:くっ・・・
シャノン:まぁいい、すぐまた君に会う事になるだろう、その時までとっておく事にするよ
:
アラン:そうですか
:
シャノン:あぁ、その時が来るのを震えながら待っているがいい
:
ジェニファー(N):そういってシャノンは部屋を出て行った
:
ジェニファー:アラン、大丈夫なの?
:
アラン:ええ、まぁなんとか・・・
アラン:左肩は脱臼してしまっているようですね、暫くは使えそうにないです。
:
ジェニファー:そんな・・・どうして私を庇(かば)ったりしたのよ、
ジェニファー:私が死ぬことなんて、あなたにとっては大した障害ではないんでしょ?
:
アラン:ジェニファーさんは何か勘違いしているようですね。
アラン:僕は殺し屋として、ターゲットを殺す為なら、他の人間が死ぬ可能性があったとしても、それを障害とは思いません。
アラン:ですが、だからと言って、人が死んでいいと思っている訳ではないんですよ。
:
ジェニファー:そう・・・ごめんなさい
:
アラン:いえ、いいんですよ
:
ジェニファー:でも、今の状態で、シャノンに狙われたら・・・
:
アラン:まぁ、どうなるかは分かりませんが、エリックとの約束を守らなければいけませんので、殺される訳にはいきませんね。
:
ジェニファー:確かにそうだけど・・・
:
アラン:エリックには、ここでの事を後で連絡しておきます。
アラン:今日はもう帰りましょう
:
ジェニファー:・・・えぇ、そうしましょう
:
:
ジェニファー(N):私達は少し重い足取りで美術館を後にした
ジェニファー(N):その次の日の夕方、アランは探偵事務所のソファーに座って考え事をしていた。
:
0:コンコンコン
:
ジェニファー(N):事務所のドアを叩く音がする。
:
アラン:開いてますよ、どうぞ
:
エリック:こんにちは
:
ジェニファー(N):事務所にやって来たのはエリックだった。
:
アラン:あぁ、エリックさんでしたか
:
エリック:よろしいですか?
:
アラン:どうぞ、お入りください。
:
エリック:では、失礼します。
エリック:あの・・・「Rubeus luna(ルベウス・ルナ)」が偽物だったという事ですが
:
アラン:ええ、どうもそうらしいですね。
:
エリック:それでは、本物は何処にあるのでしょうか?
:
アラン:それは分かりません。
アラン:今、ジェニファーさんに調査して貰っています。
:
エリック:そうですか・・・
:
アラン:まぁ、とりあえず、そちらへお掛けください
:
エリック:ええ
:
ジェニファー(N):静かな物腰でソファーに座るエリック
:
エリック:それと、お怪我をなさったとか
:
アラン:ええ、左肩を痛めてしまいました
:
エリック:大丈夫ですか?
:
アラン:そうですね、痛みは大したことはありませんが、左腕は暫くは使えそうにないですね。
:
エリック:そうですか・・・
:
アラン:ちょっと紅茶を入れてきますね、少し待っていてください。
:
エリック:あの、無理はなさらないで下さいね。
:
アラン:ははは、大丈夫ですよ
:
ジェニファー(N):ソファーを離れて給湯室に向かうアラン
ジェニファー(N):だが何故か、給湯室の手前で足を止める
:
アラン:あ、そうそう
アラン:そういえば、シャノンはルビーよりも先に、僕を殺す事にしたそうですよ。
:
エリック:そんな
:
ジェニファー(N):背中越しに話始めるアラン
:
アラン:これで、僕がヨークシャーに行けば、エリックさんの望みが叶えられるかもしれませんが、
アラン:シャノンはそれまで待ってはくれないでしょうね
:
エリック:そう・・・ですね
:
アラン:ですから、今日くらいにはシャノンがここに現れると思って待っていたんですよ。
:
エリック:「待っていた」のですか?
:
アラン:ええ、でも、まさかエリックさんが来るとは思いませんでした。
:
エリック:あ、すみません、そんな大変な時に、私が来てしまって・・・
:
アラン:いえいえ、いいんですよ。
アラン:用心深い方なんですね、あなたは
:
エリック:え? どういう事ですか?
:
アラン(M):僕はエリックの方へ振り返った
:
アラン:では、言い方を変えましょうか
アラン:今日、ここにシャノンが現れると思っていました、でも「エリックさんの姿でここへ来るとは思いませんでした」という事ですよ、シャノン・レディング
:
エリック:ふふふふふふ
:
アラン(M):不敵に微笑むエリック
アラン(M):先程までとは明らかに様子が違うのが分かる
:
シャノン:どうして分かったんだね
:
アラン:簡単な事ですよ。
アラン:美術館で、僕があなたの事をパラノイアと言った時、あなたは「パラノイアではないと言っているだろう」と言いました
アラン:つまり、以前から僕があなたの事をパラノイアと言っている事を知っていたという事
アラン:そして
アラン:あなたは僕の左腕を「利き腕」と言った
:
シャノン:・・・
:
アラン:見てたんでしょ、僕がジェニファーさんの新聞記事を左手で持って読んでいる所を、エリックさんの姿で
:
:
シャノン:ははは、流石はアンドルーの子孫と言ったところか
:
アラン:いえいえ、大した事ではありませんよ
アラン:これでも探偵ですから
:
シャノン:しかし手負いの君が私を殺せるのかな?
シャノン:しかも、利き腕が使えない状態で
:
アラン:残念ですが、僕の利き腕は左ではありませんよ
:
シャノン:何?
:
アラン:強(し)いて言えば、僕は両利きなんですよ。 子供の頃からそういう風に仕上げられていますから。
アラン:あの時は、たまたま左を使っていたに過ぎません。
:
シャノン:そうだったのか、だが、だからと言って私を殺せるのかな?
:
アラン:僕はあなたを「待っていた」と言いませんでしたか?
:
シャノン:私と話でもしたかったのか?
:
アラン:いえいえ、あなたを殺す為ですよ。
アラン:この部屋なら、あなたを殺せますから
:
シャノン:ほう
:
アラン:ここのオフィスは、40平米そこそこなんですが、事務所にしてはそれ程大きくないでしょ?
アラン:何故だと思いますか?
:
シャノン:・・・
:
アラン:狭い部屋は動線が限られるんですよ
アラン:つまり、あなたの動線を僕が誘導できるという事です
:
シャノン:フ、そういう事か
シャノン:だが、いくら私の動線を誘導出来たとしても、私に傷が付けられなければ意味がないだろ
シャノン:ヴァンパイアにはピストルの弾なんかは利きはしないよ、なんなら試してみればいい?
:
アラン:いえ、僕はあなたをヴァンパイアだとは信じていませんが、利かないという物を試す気はありません。
:
シャノン:だったらどうする?
:
アラン:これを使おうと思っています。
:
アラン(M):僕は給湯室の影に隠してあった、8インチ程のナイフを取り出した。
:
アラン:300年前、アンドルー・フィンリーは、ヴァンパイアを殺しているそうですね。
アラン:僕の家に、その時のナイフが残してありましたよ。
アラン:どうやら銀のナイフのようですが、これなら利きますかね?
:
シャノン:なっ・・
:
:
アラン:ほう、どうやら、このナイフは効果があるようですね
:
:
アラン:さて、この部屋の中で、外へ通じている場所は2つ
アラン:一つはドア、一つは窓
アラン:ですが、この窓の高さから飛び降りれば、骨折くらいはしそうですね。
:
シャノン:・・・・
:
アラン:となると、出口は一つに限られるという事です。
:
アラン(M):一瞬の沈黙の後、僕はドアの方をチラリと一瞥(いちべつ)し、すかさず、ドアへと駆け寄った。
:
アラン:あっ
:
アラン(M):次の瞬間、シャノンはドアと反対側の窓へと移動していた
:
シャノン:ははは、私がヴァンパイアという事を忘れていたのかね
シャノン:この程度の高さでは、足の骨など折らんよ
シャノン:今回は少々してやられたが、次回は確実に君の命を頂くとしよう
:
アラン:いやいや、逃しはしませんよ
:
シャノン:ははは、そういう強がりは嫌いじゃないが、どうするつもりだね?
シャノン:そこから、そのナイフでも投げてみるかね?
:
アラン:・・・
:
シャノン:ふふふ、アラン、では、いずれまた会おう
:
ジェニファー(N):そういうと、シャノンは窓から外に出ようとした
ジェニファー(N):その瞬間
:
シャノン:ぐわぁ
:
ジェニファー(N):窓枠に仕掛けてあったピアノ線のトラップが発動し
ジェニファー(N):シャノンはピアノ線に不規則に巻き付かれた。
:
シャノン:な・・に・・・
:
ジェニファー(N):ピアノ線はシャノンの身体を部屋の内側へと引き戻し、
ジェニファー(N):デスクと窓枠の4フィート程の隙間に落とした。
ジェニファー(N):ピアノ線に絡まれて身動きが取れずに足掻(あが)くシャノン。
:
アラン:だから、言ったじゃないですか
アラン:「逃がしはしませんよ」って
:
シャノン:アラン・・・貴様
:
アラン:あなたは必ず窓から逃げる
アラン:他の人には出来ない事が、あなたには出来ると思っているからです。
アラン:だから、僕はそこに罠を仕掛けた。
アラン:後は、僕が入り口に注意を向けたと思わせるだけで、あなたを窓まで誘う事が出来る
:
シャノン:くっ
:
アラン:動線を誘導するとはそういう事なんですよ
:
ジェニファー(N):シャノンの表情に焦りの色が濃く浮かび上がる
:
アラン:さて、これがエリックとの約束です。
:
ジェニファー(N):そう言って、手に持ったナイフをシャノンに突き立てようとした時
ジェニファー(N):シャノンの身体がブルブルっと震えて、全身の力が抜けたように見えた
ジェニファー(N):一瞬、アランの手が止まる
:
エリック:待ってください!
:
アラン:エリック・・・
:
エリック:今まで、私の体がシャノンの精神に支配されていたんです
エリック:どうやら、シャノンはもう逃げて行ったようです。
エリック:アラン、あなたのお陰で助かりました
:
アラン:そうですか、それはよかった
:
エリック:ええ
:
アラン:でも、申し訳ありませんが、僕は人を殺す時には躊躇をしないんです。
:
エリック:そんな・・・でも私は
:
アラン:あなたはまだ、シャノンの可能性がある。 であれば、僕が手を止める理由はありません。
アラン:もし、あなたが本物のエリックだったとしても、あなたが死ねば、もうシャノンはあなたの身体を利用できなくなる。
アラン:どちらにしても、僕にとっては悪い話じゃない
:
エリック:そんな・・・助けて下さいアラン
:
アラン:それに、そんなお芝居は僕には通じませんよ。
:
エリック:え?
:
アラン:バイバイ、パラノイア
:
シャノン:違う! 私は本物のヴァンパイアだ
:
アラン:ほら、やっぱり
:
シャノン:しまっ・・・・ぐあっ
:
ジェニファー(N):アランは銀のナイフをシャノンの胸に突き立てた
:
シャノン:うぐ・・何故・・・
:
アラン:もしその身体が、本当にエリックの物なら、あなたはもっと早い段階で、その身体を捨てて逃げていたでしょ。
アラン:ですから、その身体を殺す事に躊躇(ちゅうちょ)はいりません
:
シャノン:それだけ・・で・・・
:
アラン:それに、エリックが人質になっていても躊躇なく殺すという事に、彼の同意は貰ってあるんですよ。
:
シャノン:ぐ・・そ・・・ぶはっ・・
:
ジェニファー(N):シャノンは血を吐き、その場から動かなくなった。
:
:
アラン:ふう・・・
:
:
アラン(M):僕は一息、呼吸をすると、エリックの形をした死体を見ながら、携帯電話を取り出し、ジェニファーさんに電話をかけた
:
ジェニファー:はい、ジェニファー・コイル
:
アラン:僕です。
:
ジェニファー:あぁ、アラン、どうしたの?
:
アラン:先程、シャノンを殺しました。
:
ジェニファー:それは本当なの? で、どこで?
:
アラン:僕の事務所です。
アラン:それで、ジェニファーさんに死体の回収をお願いしようと思って
:
ジェニファー:えぇ、それは構わないけど、その死体はエリックの物だって言ってなかった?
:
アラン:ええ、でもエリックはおそらく、もうシャノンに殺されています。
アラン:ですから、エリックの死体とシャノンの死体をヨークシャーに持って・・・・あ・・・
:
ジェニファー:ん? アラン、どうしたの? アラン
:
アラン(M):僕はその時、信じられない光景を見た
アラン(M):エリックの形をしていたシャノンの顔や体が、次第に元のシャノンのそれへと戻り始める
アラン(M):それと同時に、身体が溶け、まるで水が蒸発するかのように、湯気を立てながら消えていく・・・
:
ジェニファー:アラン
:
アラン:いえ・・・あの・・・
:
ジェニファー:だから、どうしたの
:
アラン(M):みるみるうちに、シャノンの身体は蒸発し、エリックの衣服だけが残った
:
ジェニファー:ねぇ、アラン
:
アラン:あ、すみません
アラン:シャノンの死体は消えてしまいました
:
ジェニファー:消えた・・・ってどういう事?
:
アラン(M):僕はシャノンを殺した経緯(いきさつ)と、今見た光景をジェニファーさんに話した。
:
ジェニファー(N):その後、秘密情報部がエリックの宿泊先のホテルを調べたところ、ベッドに寝かされたエリックの死体が発見された。
ジェニファー(N):エリックの死体は、他の死体と比べると、随分丁寧に扱った様子が窺(うかが)われた。
ジェニファー(N):死体の首筋には二つの歯の後が残っていたが、抵抗した痕跡は殆ど見あたらなかったらしい。
ジェニファー(N):また、エリックの手にはフィンリー家の約束のコインが強く握りしめられていたという話であった
:
アラン(M):僕は、エリックの死体をヨークシャーに持ち帰り、丁寧に埋葬をして、今回のエリックの依頼を完了とした。
アラン(M):
アラン(M):ロンドンに向かう帰りの列車の中、流れて行く車窓(しゃそう)を眺めながら、僕はぼんやりと考えていた
アラン(M):これから何百年か先に、ヴァンパイアはもう一度復活するのだろうか、
アラン(M):そしてその時、フィンリー家の誰かが、また依頼を受けるのだろうかと
アラン(M):
アラン(M):そんな、とりとめのない思考と、エリックの記憶が混ざりあう中、
アラン(M):列車の車窓は遠くにロンドンの街を映し始めた。
:
: