台本概要

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タイトル 友に捧げるリングベル
作者名 akodon  (@akodon1)
ジャンル その他
演者人数 2人用台本(男2)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 祈りを捧げる、かつての友に。

「約束の鐘楼」の内容を含みます。
このシナリオだけで読むことも可能です。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
ジャン 95 キースの戦友。明るく快活な男。
キース 92 ジャンの戦友。穏やかで物静かな男。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
ジャン:遠く、遠く、高らかに。 ジャン:響き渡る鐘に祈りを捧げる。 ジャン:あの空の向こうにいる、かつての友へと届くように。 0:『友に捧げるリングベル』 0:(しばらくの間) ジャン:「・・・おや、なんだそいつは? ジャン:可愛い彼女の写真かい?」 キース:「わぁ!驚いた・・・ キース:急に声をかけないでくれよ。ジャン」 ジャン:「ははは、すまないすまない。 ジャン:こんな野営地の隅の方で、隠れるようにして見ているからさ。 ジャン:聖人君子(せいじんくんし)のようなキースにも、実は人並みの欲求があったのかと気になってしまってな」 キース:「勝手に人を高尚(こうしょう)な存在にしないでくれないか? キース:あと、これは君が想像するような卑猥な写真じゃない」 ジャン:「へぇ、そのわりにはニヤニヤしながら見ていたぞ?」 キース:「えっ、本当かい?」 ジャン:「自覚なしか?野営中とはいえ、ここは戦場なんだ。 ジャン:お前みたいな呑気な顔したやつはいっとう先に狙われるぞ」 キース:「ご忠告、痛み入るよ」 ジャン:「・・・で、お前の顔を更に緩ませるその写真の彼女は、いったい誰なんだよ?」 キース:「おいおい、今気を付けろよと言ったそばから、またその話に戻るのかい?」 ジャン:「それとこれとは話が別なんだよ! ジャン:姉もしくは妹、または友達だったらぜひ紹介して・・・」 キース:「残念。この人は僕の妻さ」 ジャン:「はぁ!?妻ァ!? ジャン:お前、こんな素敵な嫁さんが居たのかよ!」 キース:「こんなところで大きな声を出すなよ、ジャン。 キース:隊長殿にどやされるぞ」 ジャン:「うるせぇ!なんだよ、そういうことには全く興味がない、って顔してるくせに嫁さんがいるだと! ジャン:裏切りだ!営倉(えいそう)送りだ!」 キース:「営倉送りの罪状は?」 ジャン:「彼女すらいない俺に結婚していることを隠していた罪!」 キース:「隠してなんかいないよ。 キース:ただ、こういう場で改めて話すようなことでも無いと思って」 ジャン:「それがきっかけで隊の規律が乱れる可能性もあるんだよ!」 キース:「わかった。ごめんごめん。 キース:隠したつもりは無いんだけど・・・僕は既婚者です。 キース:そして、ここに写る女性は僕の妻です」 ジャン:「改めて言わなくても分かってる!」 キース:「じゃあ、どうするのが正解なのさ・・・」 ジャン:「そうだなぁ・・・ ジャン:なら、お前と奥さんとの馴れ初めを、今ここで自作のポエムを交えながら熱く語ってもらおうか」 キース:「・・・ポエムは無しでいいかい?」 ジャン:「まぁ、そこは譲歩してやってもいい」 キース:「ありがとう。 キース:海よりも広く、谷よりも深い友の心に感謝するよ」 ジャン:「よしよし、それが理解出来たところで、早速語ってもらおうじゃないか」 キース:「そうだなぁ・・・えーっと、まず彼女が父親と一緒に、僕の住む町に行商(ぎょうしょう)にやってきて・・・」 ジャン:「ふんふん」 キース:「途中、行商用の荷馬車がぬかるみで動けなくなっていたから、僕がそれを動かすために手を貸して」 ジャン:「ほうほう」 キース:「そうしたら、彼女の父親が僕のことをいたく気に入って、娘を嫁に貰ってくれないか?と言ってくれて」 ジャン:「なるほどなるほど」 キース:「ほどなく結婚した」 ジャン:「・・・はぁ!?待て待て待て! ジャン:急に話が飛びすぎじゃないか!?」 キース:「そんなことないよ。だいたいこんな感じだった」 ジャン:「いやいや!もっとあるだろ? ジャン:実はその後、親に猛反対されて駆け落ちとか、恋敵の登場で二人の仲が危うくなるとか!」 キース:「恋愛小説の読みすぎだよ、ジャン」 ジャン:「そんなはずは無い! ジャン:そんな簡単に結婚相手が見つかるなら、俺が未だに独身であるはずがない!」 キース:「うーん・・・その辺の事情は知らないけれど・・・ キース:でも、僕も彼女もあの時は何の躊躇(ためら)いも無く、その話を受け容れたんだよ。 キース:この人となら、これから先、何も心配する必要は無いって思えたから」 ジャン:「ほぉ〜・・・そんなロマンチストみたいな台詞を真顔で言うくらいだ。 ジャン:さぞかし奥さんには歯の浮くような愛の言葉を囁いてきたんだろうな?」 キース:「愛の言葉なんてそんな・・・ キース:見てのとおり、僕はそういう柄じゃないから、大したことは言ってないよ。 キース:しいて言うなら『結婚してもらえますか?』って聞いたくらいで・・・」 ジャン:「なんだそりゃあ!ダメだダメだ! ジャン:結婚という契約だけで女性を繋ぎ止めておけるなんて、大間違いだぞ! ジャン:愛は口に出してこそ伝わるものだ!」 キース:「そういうジャンこそ、愛を口に出して伝えた経験は?」 ジャン:「俺のことは良いんだよ! ジャン:これからそういう相手を見つけるところなんだから!」 キース:「ははは、でもそうだね・・・ キース:キミの言う通り、僕は彼女に自分の気持ちを伝えたことが無かった。 キース:帰ったら彼女と色々な話をしなければ」 ジャン:「ああ、そうしろ! ジャン:・・・まぁ、もしこれまでの努力が足りなくて、万が一にでもお前が奥さんに捨てられた時は、酒でも奢ってやるからさ」 キース:「いいや、その心配はない。 キース:彼女はそんなことをするような女性じゃないからね」 ジャン:「けっ、何だよそれ、惚気(のろけ)やがって!」 キース:「惚気じゃないさ。 キース:なら、それを証明する為に、帰ったらキミを我が家に招待するよ。 キース:彼女がどんな人なのか、ぜひ会ってみてほしい」 ジャン:「わかったわかった!帰ったら! ジャン:無事に帰れたらな!」 キース:「はは、楽しみにしておいてくれよ」 0:(しばらくの間) キース:「・・・ジャン。大丈夫か?」 ジャン:「ああ、キースか・・・」 キース:「随分荒れていたじゃないか。 キース:普段ならあんな冗談、笑って流すのに・・・ キース:今日に限って相手に殴りかかるなんて」 ジャン:「俺だって虫の居所の悪い時はあるさ・・・ ジャン:いてててて・・・くそっ、口の中切っちまった。 ジャン:まだ血の味がしやがる」 キース:「明日になったらもっと腫れ上がるぞ」 ジャン:「あーヤダヤダ。いい男が台無しだぜ。 ジャン:まぁ、二、三日は営倉で大人しくしてろって言われたからな。 ジャン:その頃には腫れも引くだろうし、丁度いいかもしれないな」 キース:「・・・なぁ、何かあったのか?」 ジャン:「ああ?別に何も・・・」 キース:「無いわけないだろう。 キース:キミはむやみやたらに暴力を振るうような人間じゃない。 キース:何か理由があったんだろ?」 ジャン:「・・・手紙が届いたんだ。故郷の幼馴染から」 キース:「へぇ、なんて書いてあったんだい?」 ジャン:「そいつの兄貴が戦争で亡くなってな。跡を継ぐために結婚するんだと。 ジャン:女が家を守るにはそうするしかないから、って」 キース:「そうか」 ジャン:「気の強い女でさぁ。小さい頃から俺の事を子分みたいに引っ張り回して。 ジャン:喧嘩なんてしょっちゅうで、大人になった今でも、顔を合わせれば憎まれ口ばかり叩き合うような、そんな仲なんだ、あいつとは」 キース:「ああ」 ジャン:「俺が出征(しゅっせい)する時だってそう。 ジャン:駅のホームでいつもみたいに言い合いになって、見送りに来てくれた他のヤツらを呆れさせて。 ジャン:そのまま、半ば喧嘩別れのような勢いで列車に乗り込んで、こんな時まで可愛げがないヤツだと悪態(あくたい)をつきつつ車窓から外を見た時だった。 ジャン:・・・泣いてたんだ、あいつ。 ジャン:祈るように手を組んで、唇を引き結んで泣いていた」 キース:「・・・」 ジャン:「走り出した列車の中で、俺は後悔したよ。 ジャン:ああ、なんでもっとちゃんと話をしなかったんだろうって。 ジャン:もっと素直になって言いたいことはたくさんあったのに」 0:(少し間) ジャン:「・・・馬鹿だよなぁ。愛は口に出してこそ伝わるものだ、なんてあんなに偉そうに言っておいて・・・ ジャン:自分自身は今まで全くそれをしてこなかったんだ。 ジャン:俺は一つの可能性を自分で潰してしまった。 ジャン:そう考えたらなんだか無性にやるせなくなって、腹が立って、些細(ささい)なことに苛立ってしまってな」 キース:「ジャン・・・」 ジャン:「笑ってくれよ、キース。 ジャン:お前は馬鹿な男だって。 ジャン:人さまには偉そうに愛について語るくせに、本当は何も言えない臆病者じゃないかって」 キース:「・・・ああ、そうだね。キミは臆病者だ。 キース:こんな薄汚い営倉で、うじうじしているのが似合う臆病者だ」 ジャン:「・・・っ!なんだと!?」 キース:「だって、そう言ってくれと頼んできたのはキミじゃないか」 ジャン:「だからといって、本当に口に出すヤツがあるかよ! ジャン:お前がそんな人間だとは思わなかったぜ!」 キース:「・・・それなら、今キミが欲しい言葉はなんだい、ジャン。 キース:どんな言葉をかければ、キミは思いとどまってくれる? キース:むざむざ死にに行くような作戦に、志願しないでくれるんだい?」 ジャン:「お前・・・その話をどこで・・・」 キース:「隊長から聞いたよ。 キース:今度編成される突撃部隊の先鋒(せんぽう)に、キミが志願してきたと」 ジャン:「・・・っ」 キース:「隊長も上層部の考え無しな命令だと呆れていたのに、その作戦に自ら志願して、おまけに些細なことで仲間と殴り合って。 キース:ジャン、キミはヤケになって・・・まさか、このまま戦場で死んでも良いなんてこと、思っているんじゃないのかい?」 ジャン:「・・・ああ、そうだよ。お前の言う通りだ。 ジャン:帰ったところであいつは俺を待っていてくれないと思った瞬間、俺は生きている意味がわからなくなってしまった。 ジャン:・・・けど、ただ死ぬのは勿体ないからな。 ジャン:一人でも多く敵を倒して、意味のある死を迎えたいと思っただけだ」 キース:「意味のある死? キース:隊長も言っていたが、キミが志願したのは素人が考えたようなお粗末な特攻作戦だ。 キース:大した装備も与えられず、手榴弾を抱えて銃剣(じゅうけん)一丁で敵陣に突っ込むなんて、犬死するようなもんじゃないか」 ジャン:「だとしても、お偉方の言うことは絶対なんだろう? ジャン:誰かが志願しなけりゃ、誰かが選ばれる。 ジャン:それなら、俺みたいなヤツが適任だ」 キース:「適任も何もない。 キース:キミが望んで犠牲になる必要なんてないんだ。 キース:皆で上層部に今回の作戦の立て直しを訴えて・・・」 ジャン:「キース・・・いいんだ。 ジャン:そんなことをして、万が一、お前らが目を付けられたらどうする? ジャン:お前には帰るべき場所があるじゃないか。 ジャン:だったら、生き残る方法だけ考えておけよ。 ジャン:大丈夫さ。俺だって上手くやれば、生き延びる可能性だって少しくらい・・・」 キース:「・・・ダメだ」 ジャン:「・・・!」 キース:「ジャン。聞いてくれ。 キース:例えそんな方法で生き残ったとして、僕はキミが死んでくれて助かったなんて、絶対に思わない。 キース:むしろ、キミを行かせたことを後悔しながら、一生を過ごすだろう」 ジャン:「・・・」 キース:「僕はね、ジャン。争うことが嫌いなんだ。 キース:生まれてこの方、喧嘩なんてしたことも無いし、自分が戦場に行くなんて、夢にも思ってなかった」 ジャン:「だったら尚更だろう? ジャン:お前は生きて帰れば良いじゃないか。 ジャン:こんな戦争放りだして、生きて幸せに奥さんと暮らせば・・・」 キース:「だからと言って、誰かを身代わりにしてまで生き延びるのは違うよ。 キース:僕は泥水を啜(すす)ろうと、どんなに傷だらけでボロボロになろうと、自分の力でこの戦場から帰りたい。 キース:あの人が・・・彼女が待つあの家に、胸を張って帰りたいんだ」 ジャン:「そんなの、俺には関係無いじゃないか。 ジャン:俺が死のうと、お前が無事に生きて帰れば、それで済む話じゃないか」 キース:「いいや、うちの奥さんはとても真っ直ぐで、芯が強くて、頑固で素敵な女性なんだ。 キース:僕が友を見殺しにして帰ってきたなんて知ったら、絶対に許してくれるはずがない」 ジャン:「なんだそれ・・・奥さんに嫌われるのが怖いから、俺に生きろと言うのか?」 キース:「ああ、そうさ。 キース:僕が帰る場所を失わない為にも、頼むから生きていてほしい。 キース:そして、三人で酒を酌(く)み交わそう」 ジャン:「随分とまぁ・・・自分本位な頼みじゃないか?」 キース:「はは、僕はわりと我儘(わがまま)な人間だからね」 ジャン:「確かに、顔に似合わず我儘で頑固なヤツだよ。お前は」 キース:「前から思っていたけど、顔でその人を判断するのはキミの悪い癖だね、ジャン。 キース:以後、改めてほしい」 ジャン:「・・・帰ったら、俺の目の前で奥さんに愛の言葉を囁いてもらうからな?」 キース:「ああ、いいよ。 キース:キミが思わず耳を塞ぎたくなるような、情熱的な言葉を彼女の為に用意しておく」 ジャン:「ははっ、せいぜい楽しみにしておくよ」 キース:「・・・絶対に生きて帰ろう」 ジャン:「ああ、絶対にな」 0:(しばらくの間) ジャン:その後、俺たちの所属する小隊は上層部に対し、今回の作戦は無謀なものであると訴えた。 ジャン:それが指揮官の怒りに触れ、小隊全員に突撃命令が下されることになるとは知らずにーーー 0:(しばらくの間) ジャン:「・・・はぁ・・・はぁ・・・おい、大丈夫か?キース」 キース:「・・・ああ、なんとかね」 ジャン:「くそっ、上層部のヤツらは実際に戦場に出たことがあるのか? ジャン:こんな無数の銃弾が飛び交う中、突っ込んで行けなんて無謀すぎるぜ」 キース:「そんな無謀な作戦にキミは自ら望んで志願していたんだよ、ジャン」 ジャン:「忘れた。そんなことあったか?」 キース:「都合のいい脳みそしてるじゃないか、全く」 ジャン:「・・・ほかの仲間はどうした?」 キース:「五人が銃弾を受けて倒れるのを見た。 キース:そのうち一人が手榴弾を投げたけど、相手に届くことなく爆発した」 ジャン:「チッ・・・これじゃ本当に犬死だ。 ジャン:見捨てられたも一緒だぜ」 キース:「なんとか隊長が後方から指揮をしてくれてはいるが、このままじゃ全滅するのは時間の問題だな・・・」 ジャン:「おいおい、人に発破(はっぱ)かけておいて弱気なこと言ってんなよ」 キース:「弱気になんかなっていないよ。 キース:ただ冷静に状況を把握しているだけさ」 ジャン:「把握するまでもなく状況は最悪だっての!」 キース:「10時の方向!敵の砲弾がくる!」 ジャン:「ぐっ・・・こんな土嚢(どのう)の壁、すぐに吹っ飛んじまうぞ!」 キース:「ジャン!このまま遮るものがない場所で戦い続けるのは不利だ! キース:後方の森に逃げ込んで、どうにかやり過ごそう!」 ジャン:「わかった!隊長殿に伝達を・・・ ジャン:(ジャン、敵の銃弾を受ける)ぐうっ!」 キース:「ジャン!どうした!?」 ジャン:「脚を・・・脚を撃たれちまった・・・くそっ・・・」 キース:「大丈夫か・・・! キース:ちょっと待っててくれ、すぐに手当を・・・」 ジャン:「いや、いい。こんなところで呑気に手当なんかしてたら、格好の的になっちまう・・・ ジャン:とにかく先に森へ逃げ込もう」 キース:「・・・わかった。歩けるかい?」 ジャン:「ああ・・・悪いがちょっと肩を貸してくれ」 キース:「わかった。・・・よし、行こう」 0:(少し間) キース:「はぁ・・・はぁ・・・ キース:あと少し・・・あと少しで辿り着ける・・・」 ジャン:「すまないな・・・俺がドジ踏んだばかりに・・・」 キース:「いや、あの状況の中、脚一本撃たれただけで済んだんだ。 キース:逆に運が良かったのかもしれないぞ」 ジャン:「まぁな・・・下手すりゃ今頃、空から自分の身体を見下ろしてた可能性もあるからな」 キース:「そうだよ。まだ天は僕らを見放していない。 キース:きっと、生き延びろという神の思し召しさ」 ジャン:「そりゃいいや。 ジャン:しかもお前には勝利の女神も付いてるしな」 キース:「はは、その通りだ。 キース:彼女が付いていてくれると思えば、僕は何だってできる気がするよ」 ジャン:「・・・なぁ、そういえば、お前の故郷ってどんなところなんだ?」 キース:「僕の故郷?静かな田舎町さ。 キース:僕は森番(もりばん)の息子だから、町には住んでいなかったけど、人々はとても朗らかで優しくて・・・ キース:とても、とても素敵なところだよ」 ジャン:「へぇ・・・そいつは良いな。 ジャン:行くのが今から楽しみだ」 キース:「ああ、きっと皆キミのことを歓迎してくれるよ・・・。 キース:さぁ、着いた。ほら、傷を見せてくれ。手当をーーー」 0:(銃声。少し間) キース:「あっ・・・」 キース:(キース、流れ弾に当たって倒れる) ジャン:「・・・キース!?キース! ジャン:畜生!しっかりしろ!」 キース:「うっ・・・ああ・・・僕は撃たれてしまったのか・・・?」 ジャン:「大丈夫!大丈夫だ! ジャン:傷を抑えて、血が流れるのを止めさえすれば!ほら・・・!」 キース:「ジャン・・・隠れないと・・・ キース:敵に見つかったら、キミが撃たれてしまうよ・・・」 ジャン:「それよりお前の手当が先だ!」 キース:「ありがとう・・・ キース:キミもケガをしているのに、迷惑をかけてすまない・・・」 ジャン:「なんで謝るんだよ! ジャン:むしろ俺がケガなんかしなけりゃ、お前は・・・こんな・・・!」 キース:「そんなことないよ・・・ キース:僕があの銃弾が飛び交う中、無事だったのはきっと、キミをここまで連れてくる為だったんだ・・・」 ジャン:「違う!違うだろ! ジャン:ここまでお前が無事だったのは、奥さんが待つ故郷の家へ帰る為だ! ジャン:俺なんかを助ける為じゃない! ジャン:だから・・・だから早くこの傷をどうにかして、立ち上がって逃げるんだ! ジャン:早く・・・!早く・・・!」 キース:「・・・ごめん、ジャン。 キース:僕はもう立ち上がれる気がしないんだ」 ジャン:「・・・っ、そんな、こと・・・」 キース:「ううん・・・分かるんだ。身体中から力が抜けていくのが。 キース:銃弾は、多分当たってはいけないところに当たってしまった・・・ キース:きっと、僕はもう助からない・・・」 ジャン:「ふざけるな! ジャン:人に散々死ぬなと言っておいて、お前はこんな簡単に諦めるのか! ジャン:生きて帰るって約束したじゃないか! ジャン:それをお前は破るのか!」 キース:「ごめん・・・悔しいけど、そうするしかないみたいだ・・・」 ジャン:「・・・ッ!」 キース:「だから、行ってくれ・・・こんな僕のことは置いていって・・・」 ジャン:「・・・嫌だ・・・嫌だ、嫌だ・・・」 キース:「ジャン・・・」 ジャン:「帰って三人で酒を飲もうって約束したじゃないか・・・ ジャン:お前、俺の目の前で奥さんに愛を囁いてみせるって、言ったじゃないか・・・ ジャン:それなのに・・・それなのに・・・」 キース:「愛の言葉かぁ・・・ キース:そういえば、彼女に伝えたいこと、たくさん考えたなぁ・・・」 ジャン:「本当か・・・!なら、それを伝えに・・・」 キース:「いや・・・これは僕の胸にしまっておく」 ジャン:「どうして!」 キース:「こんな状況で愛を口に出して伝えたら、相手を繋ぎ止める枷(かせ)になりそうじゃないか・・・ キース:だから、あえて僕は言わないでおきたい。 キース:・・・彼女が先に進む為に」 ジャン:「でも、お前はそれで良いのか・・・? ジャン:自分の想いを伝えないままで・・・」 キース:「良いんだ。 キース:彼女が笑顔でいられることが、僕の何よりの望みだから」 ジャン:「・・・」 キース:「・・・ああ、でもしいて言うなら、一つだけ彼女に言いたいことがあるなぁ・・・」 ジャン:「それは・・・?」 キース:「・・・幸せに。 キース:今、僕が彼女に贈りたい、愛の言葉だよ」 ジャン:「・・・うっ・・・ううっ・・・」 キース:「ねぇ、ジャン・・・最期に一つお願いをしてもいいかな・・・?」 ジャン:「なんだ?俺にできることなら、何でも・・・!」 キース:「もし・・・もしも、僕の故郷へ行くことがあったら・・・彼女に会えたら伝えてほしいんだ・・・。 キース:僕からだってことは伝えず、ただ『幸せに』と」 ジャン:「・・・それだけで、いいのか?」 キース:「うん、それだけで充分さ・・・」 ジャン:「ああ・・・伝える。 ジャン:必ず、何年かけても・・・」 キース:「ありがとう・・・ジャン。僕の友」 ジャン:「はは、それくらいお安い御用さ・・・ ジャン:大事な友の頼みなんだから」 キース:(キース、ジャンの声が聞こえていないかのように呟き出す) キース:「僕の家は丘を下った先にあるんだ・・・ キース:丘の上には古びているけど、綺麗な音がなる鐘楼(カンパニーレ)があって・・・」 ジャン:「ああ、ああ・・・わかった・・・わかったよ・・・キース・・・ ジャン:わかった・・・わかった・・・」 ジャン:(ジャン、少しの間優しく相槌を打ち続ける) 0:(しばらくの間) ジャン:数年の時が経った。 ジャン:長かった戦争はようやく終わりを迎え、人々の生活には平穏が訪れた。 ジャン: ジャン:運良く生き延びることができた俺は傷が癒えた後、時々ふらりと旅に出た。 ジャン:かつての約束を果たす為、友の故郷をーーーそこに住むであろう、彼の最愛の人を探す為に。 ジャン: ジャン:ある日、俺は小さな田舎町に辿り着いた。 ジャン:人々はみな優しく朗らかで、温かな空気が心地いい町だった。 ジャン: ジャン:町を出てしばらく歩くと、丘の上に古びたカンパニーレが建っていた。 ジャン:今は誰も鳴らすことがないというそれは、かつて友が語ってくれた話を思い出させるものだった。 ジャン: ジャン:しばらくそこでぼんやり立ち尽くしていると、二人の男女がやってきた。 ジャン:睦(むつ)まじく寄り添いながら歩くその姿を眺めていると、不意にひとつの記憶が蘇った。 ジャン: ジャン:俺は二人に声をかけ、話を聞いた。 ジャン:二人はこの丘を下った先の、小さな小屋で暮らしているという。 ジャン:他愛のない世間話をした後、俺は二人にこう言った。 ジャン: ジャン:「お幸せに」 ジャン: ジャン:その言葉を聞いた二人は、はにかむように笑った後、カンパニーレを登って行った。 ジャン:毎日、同じ時間に二人で鐘を鳴らすのが日課なのだという。 ジャン: ジャン:古びてはいるが、力強く柔らかな鐘の音が空気を揺らす。 ジャン:遠く、遠く、高らかに。 ジャン:美しい青空の下、響き渡る鐘の音を聴きながら、俺はそっと祈りを捧げた。 ジャン:あの空の向こうで俺たちを見守る、かつての友に届くように。 0:〜FIN〜〜��

ジャン:遠く、遠く、高らかに。 ジャン:響き渡る鐘に祈りを捧げる。 ジャン:あの空の向こうにいる、かつての友へと届くように。 0:『友に捧げるリングベル』 0:(しばらくの間) ジャン:「・・・おや、なんだそいつは? ジャン:可愛い彼女の写真かい?」 キース:「わぁ!驚いた・・・ キース:急に声をかけないでくれよ。ジャン」 ジャン:「ははは、すまないすまない。 ジャン:こんな野営地の隅の方で、隠れるようにして見ているからさ。 ジャン:聖人君子(せいじんくんし)のようなキースにも、実は人並みの欲求があったのかと気になってしまってな」 キース:「勝手に人を高尚(こうしょう)な存在にしないでくれないか? キース:あと、これは君が想像するような卑猥な写真じゃない」 ジャン:「へぇ、そのわりにはニヤニヤしながら見ていたぞ?」 キース:「えっ、本当かい?」 ジャン:「自覚なしか?野営中とはいえ、ここは戦場なんだ。 ジャン:お前みたいな呑気な顔したやつはいっとう先に狙われるぞ」 キース:「ご忠告、痛み入るよ」 ジャン:「・・・で、お前の顔を更に緩ませるその写真の彼女は、いったい誰なんだよ?」 キース:「おいおい、今気を付けろよと言ったそばから、またその話に戻るのかい?」 ジャン:「それとこれとは話が別なんだよ! ジャン:姉もしくは妹、または友達だったらぜひ紹介して・・・」 キース:「残念。この人は僕の妻さ」 ジャン:「はぁ!?妻ァ!? ジャン:お前、こんな素敵な嫁さんが居たのかよ!」 キース:「こんなところで大きな声を出すなよ、ジャン。 キース:隊長殿にどやされるぞ」 ジャン:「うるせぇ!なんだよ、そういうことには全く興味がない、って顔してるくせに嫁さんがいるだと! ジャン:裏切りだ!営倉(えいそう)送りだ!」 キース:「営倉送りの罪状は?」 ジャン:「彼女すらいない俺に結婚していることを隠していた罪!」 キース:「隠してなんかいないよ。 キース:ただ、こういう場で改めて話すようなことでも無いと思って」 ジャン:「それがきっかけで隊の規律が乱れる可能性もあるんだよ!」 キース:「わかった。ごめんごめん。 キース:隠したつもりは無いんだけど・・・僕は既婚者です。 キース:そして、ここに写る女性は僕の妻です」 ジャン:「改めて言わなくても分かってる!」 キース:「じゃあ、どうするのが正解なのさ・・・」 ジャン:「そうだなぁ・・・ ジャン:なら、お前と奥さんとの馴れ初めを、今ここで自作のポエムを交えながら熱く語ってもらおうか」 キース:「・・・ポエムは無しでいいかい?」 ジャン:「まぁ、そこは譲歩してやってもいい」 キース:「ありがとう。 キース:海よりも広く、谷よりも深い友の心に感謝するよ」 ジャン:「よしよし、それが理解出来たところで、早速語ってもらおうじゃないか」 キース:「そうだなぁ・・・えーっと、まず彼女が父親と一緒に、僕の住む町に行商(ぎょうしょう)にやってきて・・・」 ジャン:「ふんふん」 キース:「途中、行商用の荷馬車がぬかるみで動けなくなっていたから、僕がそれを動かすために手を貸して」 ジャン:「ほうほう」 キース:「そうしたら、彼女の父親が僕のことをいたく気に入って、娘を嫁に貰ってくれないか?と言ってくれて」 ジャン:「なるほどなるほど」 キース:「ほどなく結婚した」 ジャン:「・・・はぁ!?待て待て待て! ジャン:急に話が飛びすぎじゃないか!?」 キース:「そんなことないよ。だいたいこんな感じだった」 ジャン:「いやいや!もっとあるだろ? ジャン:実はその後、親に猛反対されて駆け落ちとか、恋敵の登場で二人の仲が危うくなるとか!」 キース:「恋愛小説の読みすぎだよ、ジャン」 ジャン:「そんなはずは無い! ジャン:そんな簡単に結婚相手が見つかるなら、俺が未だに独身であるはずがない!」 キース:「うーん・・・その辺の事情は知らないけれど・・・ キース:でも、僕も彼女もあの時は何の躊躇(ためら)いも無く、その話を受け容れたんだよ。 キース:この人となら、これから先、何も心配する必要は無いって思えたから」 ジャン:「ほぉ〜・・・そんなロマンチストみたいな台詞を真顔で言うくらいだ。 ジャン:さぞかし奥さんには歯の浮くような愛の言葉を囁いてきたんだろうな?」 キース:「愛の言葉なんてそんな・・・ キース:見てのとおり、僕はそういう柄じゃないから、大したことは言ってないよ。 キース:しいて言うなら『結婚してもらえますか?』って聞いたくらいで・・・」 ジャン:「なんだそりゃあ!ダメだダメだ! ジャン:結婚という契約だけで女性を繋ぎ止めておけるなんて、大間違いだぞ! ジャン:愛は口に出してこそ伝わるものだ!」 キース:「そういうジャンこそ、愛を口に出して伝えた経験は?」 ジャン:「俺のことは良いんだよ! ジャン:これからそういう相手を見つけるところなんだから!」 キース:「ははは、でもそうだね・・・ キース:キミの言う通り、僕は彼女に自分の気持ちを伝えたことが無かった。 キース:帰ったら彼女と色々な話をしなければ」 ジャン:「ああ、そうしろ! ジャン:・・・まぁ、もしこれまでの努力が足りなくて、万が一にでもお前が奥さんに捨てられた時は、酒でも奢ってやるからさ」 キース:「いいや、その心配はない。 キース:彼女はそんなことをするような女性じゃないからね」 ジャン:「けっ、何だよそれ、惚気(のろけ)やがって!」 キース:「惚気じゃないさ。 キース:なら、それを証明する為に、帰ったらキミを我が家に招待するよ。 キース:彼女がどんな人なのか、ぜひ会ってみてほしい」 ジャン:「わかったわかった!帰ったら! ジャン:無事に帰れたらな!」 キース:「はは、楽しみにしておいてくれよ」 0:(しばらくの間) キース:「・・・ジャン。大丈夫か?」 ジャン:「ああ、キースか・・・」 キース:「随分荒れていたじゃないか。 キース:普段ならあんな冗談、笑って流すのに・・・ キース:今日に限って相手に殴りかかるなんて」 ジャン:「俺だって虫の居所の悪い時はあるさ・・・ ジャン:いてててて・・・くそっ、口の中切っちまった。 ジャン:まだ血の味がしやがる」 キース:「明日になったらもっと腫れ上がるぞ」 ジャン:「あーヤダヤダ。いい男が台無しだぜ。 ジャン:まぁ、二、三日は営倉で大人しくしてろって言われたからな。 ジャン:その頃には腫れも引くだろうし、丁度いいかもしれないな」 キース:「・・・なぁ、何かあったのか?」 ジャン:「ああ?別に何も・・・」 キース:「無いわけないだろう。 キース:キミはむやみやたらに暴力を振るうような人間じゃない。 キース:何か理由があったんだろ?」 ジャン:「・・・手紙が届いたんだ。故郷の幼馴染から」 キース:「へぇ、なんて書いてあったんだい?」 ジャン:「そいつの兄貴が戦争で亡くなってな。跡を継ぐために結婚するんだと。 ジャン:女が家を守るにはそうするしかないから、って」 キース:「そうか」 ジャン:「気の強い女でさぁ。小さい頃から俺の事を子分みたいに引っ張り回して。 ジャン:喧嘩なんてしょっちゅうで、大人になった今でも、顔を合わせれば憎まれ口ばかり叩き合うような、そんな仲なんだ、あいつとは」 キース:「ああ」 ジャン:「俺が出征(しゅっせい)する時だってそう。 ジャン:駅のホームでいつもみたいに言い合いになって、見送りに来てくれた他のヤツらを呆れさせて。 ジャン:そのまま、半ば喧嘩別れのような勢いで列車に乗り込んで、こんな時まで可愛げがないヤツだと悪態(あくたい)をつきつつ車窓から外を見た時だった。 ジャン:・・・泣いてたんだ、あいつ。 ジャン:祈るように手を組んで、唇を引き結んで泣いていた」 キース:「・・・」 ジャン:「走り出した列車の中で、俺は後悔したよ。 ジャン:ああ、なんでもっとちゃんと話をしなかったんだろうって。 ジャン:もっと素直になって言いたいことはたくさんあったのに」 0:(少し間) ジャン:「・・・馬鹿だよなぁ。愛は口に出してこそ伝わるものだ、なんてあんなに偉そうに言っておいて・・・ ジャン:自分自身は今まで全くそれをしてこなかったんだ。 ジャン:俺は一つの可能性を自分で潰してしまった。 ジャン:そう考えたらなんだか無性にやるせなくなって、腹が立って、些細(ささい)なことに苛立ってしまってな」 キース:「ジャン・・・」 ジャン:「笑ってくれよ、キース。 ジャン:お前は馬鹿な男だって。 ジャン:人さまには偉そうに愛について語るくせに、本当は何も言えない臆病者じゃないかって」 キース:「・・・ああ、そうだね。キミは臆病者だ。 キース:こんな薄汚い営倉で、うじうじしているのが似合う臆病者だ」 ジャン:「・・・っ!なんだと!?」 キース:「だって、そう言ってくれと頼んできたのはキミじゃないか」 ジャン:「だからといって、本当に口に出すヤツがあるかよ! ジャン:お前がそんな人間だとは思わなかったぜ!」 キース:「・・・それなら、今キミが欲しい言葉はなんだい、ジャン。 キース:どんな言葉をかければ、キミは思いとどまってくれる? キース:むざむざ死にに行くような作戦に、志願しないでくれるんだい?」 ジャン:「お前・・・その話をどこで・・・」 キース:「隊長から聞いたよ。 キース:今度編成される突撃部隊の先鋒(せんぽう)に、キミが志願してきたと」 ジャン:「・・・っ」 キース:「隊長も上層部の考え無しな命令だと呆れていたのに、その作戦に自ら志願して、おまけに些細なことで仲間と殴り合って。 キース:ジャン、キミはヤケになって・・・まさか、このまま戦場で死んでも良いなんてこと、思っているんじゃないのかい?」 ジャン:「・・・ああ、そうだよ。お前の言う通りだ。 ジャン:帰ったところであいつは俺を待っていてくれないと思った瞬間、俺は生きている意味がわからなくなってしまった。 ジャン:・・・けど、ただ死ぬのは勿体ないからな。 ジャン:一人でも多く敵を倒して、意味のある死を迎えたいと思っただけだ」 キース:「意味のある死? キース:隊長も言っていたが、キミが志願したのは素人が考えたようなお粗末な特攻作戦だ。 キース:大した装備も与えられず、手榴弾を抱えて銃剣(じゅうけん)一丁で敵陣に突っ込むなんて、犬死するようなもんじゃないか」 ジャン:「だとしても、お偉方の言うことは絶対なんだろう? ジャン:誰かが志願しなけりゃ、誰かが選ばれる。 ジャン:それなら、俺みたいなヤツが適任だ」 キース:「適任も何もない。 キース:キミが望んで犠牲になる必要なんてないんだ。 キース:皆で上層部に今回の作戦の立て直しを訴えて・・・」 ジャン:「キース・・・いいんだ。 ジャン:そんなことをして、万が一、お前らが目を付けられたらどうする? ジャン:お前には帰るべき場所があるじゃないか。 ジャン:だったら、生き残る方法だけ考えておけよ。 ジャン:大丈夫さ。俺だって上手くやれば、生き延びる可能性だって少しくらい・・・」 キース:「・・・ダメだ」 ジャン:「・・・!」 キース:「ジャン。聞いてくれ。 キース:例えそんな方法で生き残ったとして、僕はキミが死んでくれて助かったなんて、絶対に思わない。 キース:むしろ、キミを行かせたことを後悔しながら、一生を過ごすだろう」 ジャン:「・・・」 キース:「僕はね、ジャン。争うことが嫌いなんだ。 キース:生まれてこの方、喧嘩なんてしたことも無いし、自分が戦場に行くなんて、夢にも思ってなかった」 ジャン:「だったら尚更だろう? ジャン:お前は生きて帰れば良いじゃないか。 ジャン:こんな戦争放りだして、生きて幸せに奥さんと暮らせば・・・」 キース:「だからと言って、誰かを身代わりにしてまで生き延びるのは違うよ。 キース:僕は泥水を啜(すす)ろうと、どんなに傷だらけでボロボロになろうと、自分の力でこの戦場から帰りたい。 キース:あの人が・・・彼女が待つあの家に、胸を張って帰りたいんだ」 ジャン:「そんなの、俺には関係無いじゃないか。 ジャン:俺が死のうと、お前が無事に生きて帰れば、それで済む話じゃないか」 キース:「いいや、うちの奥さんはとても真っ直ぐで、芯が強くて、頑固で素敵な女性なんだ。 キース:僕が友を見殺しにして帰ってきたなんて知ったら、絶対に許してくれるはずがない」 ジャン:「なんだそれ・・・奥さんに嫌われるのが怖いから、俺に生きろと言うのか?」 キース:「ああ、そうさ。 キース:僕が帰る場所を失わない為にも、頼むから生きていてほしい。 キース:そして、三人で酒を酌(く)み交わそう」 ジャン:「随分とまぁ・・・自分本位な頼みじゃないか?」 キース:「はは、僕はわりと我儘(わがまま)な人間だからね」 ジャン:「確かに、顔に似合わず我儘で頑固なヤツだよ。お前は」 キース:「前から思っていたけど、顔でその人を判断するのはキミの悪い癖だね、ジャン。 キース:以後、改めてほしい」 ジャン:「・・・帰ったら、俺の目の前で奥さんに愛の言葉を囁いてもらうからな?」 キース:「ああ、いいよ。 キース:キミが思わず耳を塞ぎたくなるような、情熱的な言葉を彼女の為に用意しておく」 ジャン:「ははっ、せいぜい楽しみにしておくよ」 キース:「・・・絶対に生きて帰ろう」 ジャン:「ああ、絶対にな」 0:(しばらくの間) ジャン:その後、俺たちの所属する小隊は上層部に対し、今回の作戦は無謀なものであると訴えた。 ジャン:それが指揮官の怒りに触れ、小隊全員に突撃命令が下されることになるとは知らずにーーー 0:(しばらくの間) ジャン:「・・・はぁ・・・はぁ・・・おい、大丈夫か?キース」 キース:「・・・ああ、なんとかね」 ジャン:「くそっ、上層部のヤツらは実際に戦場に出たことがあるのか? ジャン:こんな無数の銃弾が飛び交う中、突っ込んで行けなんて無謀すぎるぜ」 キース:「そんな無謀な作戦にキミは自ら望んで志願していたんだよ、ジャン」 ジャン:「忘れた。そんなことあったか?」 キース:「都合のいい脳みそしてるじゃないか、全く」 ジャン:「・・・ほかの仲間はどうした?」 キース:「五人が銃弾を受けて倒れるのを見た。 キース:そのうち一人が手榴弾を投げたけど、相手に届くことなく爆発した」 ジャン:「チッ・・・これじゃ本当に犬死だ。 ジャン:見捨てられたも一緒だぜ」 キース:「なんとか隊長が後方から指揮をしてくれてはいるが、このままじゃ全滅するのは時間の問題だな・・・」 ジャン:「おいおい、人に発破(はっぱ)かけておいて弱気なこと言ってんなよ」 キース:「弱気になんかなっていないよ。 キース:ただ冷静に状況を把握しているだけさ」 ジャン:「把握するまでもなく状況は最悪だっての!」 キース:「10時の方向!敵の砲弾がくる!」 ジャン:「ぐっ・・・こんな土嚢(どのう)の壁、すぐに吹っ飛んじまうぞ!」 キース:「ジャン!このまま遮るものがない場所で戦い続けるのは不利だ! キース:後方の森に逃げ込んで、どうにかやり過ごそう!」 ジャン:「わかった!隊長殿に伝達を・・・ ジャン:(ジャン、敵の銃弾を受ける)ぐうっ!」 キース:「ジャン!どうした!?」 ジャン:「脚を・・・脚を撃たれちまった・・・くそっ・・・」 キース:「大丈夫か・・・! キース:ちょっと待っててくれ、すぐに手当を・・・」 ジャン:「いや、いい。こんなところで呑気に手当なんかしてたら、格好の的になっちまう・・・ ジャン:とにかく先に森へ逃げ込もう」 キース:「・・・わかった。歩けるかい?」 ジャン:「ああ・・・悪いがちょっと肩を貸してくれ」 キース:「わかった。・・・よし、行こう」 0:(少し間) キース:「はぁ・・・はぁ・・・ キース:あと少し・・・あと少しで辿り着ける・・・」 ジャン:「すまないな・・・俺がドジ踏んだばかりに・・・」 キース:「いや、あの状況の中、脚一本撃たれただけで済んだんだ。 キース:逆に運が良かったのかもしれないぞ」 ジャン:「まぁな・・・下手すりゃ今頃、空から自分の身体を見下ろしてた可能性もあるからな」 キース:「そうだよ。まだ天は僕らを見放していない。 キース:きっと、生き延びろという神の思し召しさ」 ジャン:「そりゃいいや。 ジャン:しかもお前には勝利の女神も付いてるしな」 キース:「はは、その通りだ。 キース:彼女が付いていてくれると思えば、僕は何だってできる気がするよ」 ジャン:「・・・なぁ、そういえば、お前の故郷ってどんなところなんだ?」 キース:「僕の故郷?静かな田舎町さ。 キース:僕は森番(もりばん)の息子だから、町には住んでいなかったけど、人々はとても朗らかで優しくて・・・ キース:とても、とても素敵なところだよ」 ジャン:「へぇ・・・そいつは良いな。 ジャン:行くのが今から楽しみだ」 キース:「ああ、きっと皆キミのことを歓迎してくれるよ・・・。 キース:さぁ、着いた。ほら、傷を見せてくれ。手当をーーー」 0:(銃声。少し間) キース:「あっ・・・」 キース:(キース、流れ弾に当たって倒れる) ジャン:「・・・キース!?キース! ジャン:畜生!しっかりしろ!」 キース:「うっ・・・ああ・・・僕は撃たれてしまったのか・・・?」 ジャン:「大丈夫!大丈夫だ! ジャン:傷を抑えて、血が流れるのを止めさえすれば!ほら・・・!」 キース:「ジャン・・・隠れないと・・・ キース:敵に見つかったら、キミが撃たれてしまうよ・・・」 ジャン:「それよりお前の手当が先だ!」 キース:「ありがとう・・・ キース:キミもケガをしているのに、迷惑をかけてすまない・・・」 ジャン:「なんで謝るんだよ! ジャン:むしろ俺がケガなんかしなけりゃ、お前は・・・こんな・・・!」 キース:「そんなことないよ・・・ キース:僕があの銃弾が飛び交う中、無事だったのはきっと、キミをここまで連れてくる為だったんだ・・・」 ジャン:「違う!違うだろ! ジャン:ここまでお前が無事だったのは、奥さんが待つ故郷の家へ帰る為だ! ジャン:俺なんかを助ける為じゃない! ジャン:だから・・・だから早くこの傷をどうにかして、立ち上がって逃げるんだ! ジャン:早く・・・!早く・・・!」 キース:「・・・ごめん、ジャン。 キース:僕はもう立ち上がれる気がしないんだ」 ジャン:「・・・っ、そんな、こと・・・」 キース:「ううん・・・分かるんだ。身体中から力が抜けていくのが。 キース:銃弾は、多分当たってはいけないところに当たってしまった・・・ キース:きっと、僕はもう助からない・・・」 ジャン:「ふざけるな! ジャン:人に散々死ぬなと言っておいて、お前はこんな簡単に諦めるのか! ジャン:生きて帰るって約束したじゃないか! ジャン:それをお前は破るのか!」 キース:「ごめん・・・悔しいけど、そうするしかないみたいだ・・・」 ジャン:「・・・ッ!」 キース:「だから、行ってくれ・・・こんな僕のことは置いていって・・・」 ジャン:「・・・嫌だ・・・嫌だ、嫌だ・・・」 キース:「ジャン・・・」 ジャン:「帰って三人で酒を飲もうって約束したじゃないか・・・ ジャン:お前、俺の目の前で奥さんに愛を囁いてみせるって、言ったじゃないか・・・ ジャン:それなのに・・・それなのに・・・」 キース:「愛の言葉かぁ・・・ キース:そういえば、彼女に伝えたいこと、たくさん考えたなぁ・・・」 ジャン:「本当か・・・!なら、それを伝えに・・・」 キース:「いや・・・これは僕の胸にしまっておく」 ジャン:「どうして!」 キース:「こんな状況で愛を口に出して伝えたら、相手を繋ぎ止める枷(かせ)になりそうじゃないか・・・ キース:だから、あえて僕は言わないでおきたい。 キース:・・・彼女が先に進む為に」 ジャン:「でも、お前はそれで良いのか・・・? ジャン:自分の想いを伝えないままで・・・」 キース:「良いんだ。 キース:彼女が笑顔でいられることが、僕の何よりの望みだから」 ジャン:「・・・」 キース:「・・・ああ、でもしいて言うなら、一つだけ彼女に言いたいことがあるなぁ・・・」 ジャン:「それは・・・?」 キース:「・・・幸せに。 キース:今、僕が彼女に贈りたい、愛の言葉だよ」 ジャン:「・・・うっ・・・ううっ・・・」 キース:「ねぇ、ジャン・・・最期に一つお願いをしてもいいかな・・・?」 ジャン:「なんだ?俺にできることなら、何でも・・・!」 キース:「もし・・・もしも、僕の故郷へ行くことがあったら・・・彼女に会えたら伝えてほしいんだ・・・。 キース:僕からだってことは伝えず、ただ『幸せに』と」 ジャン:「・・・それだけで、いいのか?」 キース:「うん、それだけで充分さ・・・」 ジャン:「ああ・・・伝える。 ジャン:必ず、何年かけても・・・」 キース:「ありがとう・・・ジャン。僕の友」 ジャン:「はは、それくらいお安い御用さ・・・ ジャン:大事な友の頼みなんだから」 キース:(キース、ジャンの声が聞こえていないかのように呟き出す) キース:「僕の家は丘を下った先にあるんだ・・・ キース:丘の上には古びているけど、綺麗な音がなる鐘楼(カンパニーレ)があって・・・」 ジャン:「ああ、ああ・・・わかった・・・わかったよ・・・キース・・・ ジャン:わかった・・・わかった・・・」 ジャン:(ジャン、少しの間優しく相槌を打ち続ける) 0:(しばらくの間) ジャン:数年の時が経った。 ジャン:長かった戦争はようやく終わりを迎え、人々の生活には平穏が訪れた。 ジャン: ジャン:運良く生き延びることができた俺は傷が癒えた後、時々ふらりと旅に出た。 ジャン:かつての約束を果たす為、友の故郷をーーーそこに住むであろう、彼の最愛の人を探す為に。 ジャン: ジャン:ある日、俺は小さな田舎町に辿り着いた。 ジャン:人々はみな優しく朗らかで、温かな空気が心地いい町だった。 ジャン: ジャン:町を出てしばらく歩くと、丘の上に古びたカンパニーレが建っていた。 ジャン:今は誰も鳴らすことがないというそれは、かつて友が語ってくれた話を思い出させるものだった。 ジャン: ジャン:しばらくそこでぼんやり立ち尽くしていると、二人の男女がやってきた。 ジャン:睦(むつ)まじく寄り添いながら歩くその姿を眺めていると、不意にひとつの記憶が蘇った。 ジャン: ジャン:俺は二人に声をかけ、話を聞いた。 ジャン:二人はこの丘を下った先の、小さな小屋で暮らしているという。 ジャン:他愛のない世間話をした後、俺は二人にこう言った。 ジャン: ジャン:「お幸せに」 ジャン: ジャン:その言葉を聞いた二人は、はにかむように笑った後、カンパニーレを登って行った。 ジャン:毎日、同じ時間に二人で鐘を鳴らすのが日課なのだという。 ジャン: ジャン:古びてはいるが、力強く柔らかな鐘の音が空気を揺らす。 ジャン:遠く、遠く、高らかに。 ジャン:美しい青空の下、響き渡る鐘の音を聴きながら、俺はそっと祈りを捧げた。 ジャン:あの空の向こうで俺たちを見守る、かつての友に届くように。 0:〜FIN〜〜��