台本概要

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タイトル 鶯と師弟
作者名 akodon  (@akodon1)
ジャンル 時代劇
演者人数 2人用台本(男2)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 今は下手くそでも、いつかはきっと。

とある鍛冶師の師弟のお話です。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
155 しん。鍛治師見習いの青年。
宗秀 148 そうしゅう。腕の良い野鍛冶。真の師匠。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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真:その声を二人で並んで聞いていた。 真:下手くそな、鶯(うぐいす)の囀(さえず)りを。 0:『鶯と師弟』 0:(真、鍛冶場で鉄を打っている) 真:「えいっ!やあっ!」 宗秀:「・・・」 真:「ふんっ!どりゃああ!」 宗秀:「・・・」 真:「せいっ!うおりゃああああ!!」 宗秀:「・・・うるせえな!クソガキ!」 宗秀:(宗秀、真の頭を殴る) 真:「いってぇ!!!何しやがる!」 宗秀:「うるせぇって言ってんだよ! 宗秀:槌(つい)振り回しながら大騒ぎしやがって!」 真:「別にいいだろ!こうしないと気合いが入らねぇんだよ!」 宗秀:「ほう・・・その気合い込めて作ったのが、そこに転がってるナマクラ包丁か」 真:「うっ・・・」 宗秀:「真、何度言やぁわかる。 宗秀:鍛冶師は気合いだけじゃ何も打てねぇ。 宗秀:目の前の鉄と向き合い、力だけではなく心で打つ・・・分かってんのか?」 真:「分っかんねぇよ!どうすりゃいいのか!」 宗秀:「だからな、こうして目の前の鉄に語りかけるんだよ。 宗秀:おめぇは何になりてぇんだ? 宗秀:鍬(くわ)か、鋤(すき)か、包丁か?ってな」 真:「・・・頭大丈夫か?」 宗秀:(宗秀、真の頭を再び殴る) 宗秀:「ふんっ!」 真:「いっ・・・てぇっ!!!二度目だぞ!」 宗秀:「あたりめぇだ! 宗秀:人が親切にコツを教えてやろうとしてんのに、何だその言い草は!」 真:「親方がわけわかんねぇこと言い出すからだろ! 真:鉄に語りかけるって何だよ! 真:こんな塊が自分からなりてぇモンを喋るわけねぇだろうが!」 宗秀:「はっ!だからおめぇが打った鉄は、ナマクラかクズにしかならねぇんだよ」 真:「なんだと!」 宗秀:「やんのか!」 0:(真、宗秀、互いに額を突き合わせてしばし睨み合う) 真:「・・・けっ!やめだやめだ!こんなことやってられっか!」 宗秀:「コラ待ちやがれ、真! 宗秀:仕事ほっぽり出してどこ行きやがる!」 真:「決まってんだろ!出て行くんだよ!」 宗秀:「出て行くってどこへ?」 真:「どこって、そりゃあ・・・えーと・・・そうだ!江戸だよ、江戸! 真:こんな何もねぇ山と頑固ジジイにおさらばして、天下のお膝元で、俺は一華咲かすんだ!」 宗秀:「馬鹿かテメェは。 宗秀:ここでの仕事も満足に務まらねぇヤツが、どんな華咲かすってんだ。 宗秀:華咲かすどころか、鼻水垂らして泣き喚(わめ)くのが関(せき)の山だ」 真:「何を!クソジジイ!」 宗秀:「頑固ジジイはまだしも、クソジジイとは何だ!クソガキ!」 0:(真、宗秀。額を合わせて唸る。☆の台詞は被ってもよい) 真:☆「ぎぎぎぎぎ・・・」 宗秀:☆「ぐぐぐぐぐ・・・」 0:(少し間) 宗秀:「・・・あー!わかった!出て行くんなら出て行け! 宗秀:テメェとくだらねぇ言い争いしてるくらいなら、その間に鍬の一本でも鍛えた方が金にならぁ!」 真:「そうだそうだ!とっとと仕事に戻れ! 真:俺は出て行く!じゃあな!」 宗秀:「・・・その前に真、ほれ(手を差し出す)」 真:「なんだよ、その手は?」 宗秀:「何って、そりゃおめぇ、決まってんだろ。 宗秀:金だよ、金。出て行くんなら置いてけ」 真:「はぁ!?なんでだよ!」 宗秀:「あたりめぇだろ! 宗秀:半人前以下のクセに大飯喰らい。 宗秀:おまけに口の悪いおめぇをここまで育ててやったのは、どこの誰だと思ってんだ」 真:「ぐっ・・・だからって、なんで金の話になるんだよ」 宗秀:「あのなぁ、オラァいずれおめぇを育て上げて、立派な鍛冶師にしてやるつもりだったんだよ。 宗秀:その為ならと飯も寝床も与えてやったが、テメェはここを出て行くという。 宗秀:するってぇと、オラァ今までそこらの野良犬、野良猫にタダで餌をやってたのと同じだな?」 真:「犬猫って・・・俺は人間だぞ!」 宗秀:「人間だって言うんなら、一宿一飯(いっしゅくいっぱん)の恩義ぐらい理解できるなよぁ? 宗秀:いや、むしろ家の番をするようになる犬や、ネズミを捕る猫の方が、よっぽど役に立つか」 真:「何だよそれ!そもそも、別に育ててくれって頼んだ覚えはねぇ!」 宗秀:「だが、放っておいてくれと言われた覚えもねぇな」 真:「・・・くそっ、いくらだ?」 宗秀:「そうだなぁ・・・まぁ、一年分を一両にまけてやっても、しめて十年分で十両ってとこか」 真:「そんな金、あるわけねぇだろ!!」 宗秀:「じゃあダメだな。出て行かせる訳にはいかねぇ」 真:「ちくしょう!がめつすぎる!この守銭奴(しゅせんど)!」 宗秀:「おうおう、何とでも言え。 宗秀:さぁ、分かったら大人しく鍛冶場に戻りやがれ」 真:「・・・嫌だ」 宗秀:「あぁ?」 真:「嫌だ!この一年で俺が作ったのはクズばかりだ! 真:毎日必死に槌を振っても、鍬の一本もまともに鍛えられてねぇ! 真:俺にはきっと才能がねぇんだ!」 宗秀:「才能、だぁ?」 真:「ああ・・・親方が腕のいい鍛冶師だっていうのは、半人前の俺でもわかる。 真:ガキの頃から、ずっとその姿を見てきたからな。 真:そんな親方の元で育ったんだ。 真:俺も絶対に立派な鍛冶師になれると信じてた」 宗秀:「ほう?」 真:「けど、実際弟子として働き始めてみたらどうだ? 真:俺は何ひとつまともに出来やしねぇ。 真:このままじゃ、本当にタダ飯喰らいの木偶(でく)の坊(ぼう)だ。 真:・・・つらいんだよ、もう。 真:俺は、ずるずるとこの仕事を続けるのが」 宗秀:「・・・はっ。だから、いっそのこと別の道を探すと?」 真:「そうだよ。 真:もうこれ以上、惨めな思いはしたくねぇ。 真:親方にも迷惑をかけたくねぇ。だから・・・」 宗秀:「・・・ふん。この程度で悟ったような気になってんのか?ええ?真よ」 真:「は・・・?」 宗秀:「甘ぇ甘ぇ。大甘だぜ、おめぇは。 宗秀:たった一年。たった一年だぞ? 宗秀:そんなもんで才能だ何だと語れるほど、おめぇは槌を振ったのか? 宗秀:鉄と語り合い、仕事をしてきたのか?」 真:「してるじゃねぇか・・・毎日毎日・・・」 宗秀:「いいや、俺に言わせりゃまだまだだね」 真:「そりゃ・・・親方に比べりゃ、俺なんて・・・!」 0:(少し間。山の向こうで途切れ途切れの鶯の声がする) 宗秀:「・・・おや?鶯が鳴いてやがるな」 真:「・・・鶯?あのヘッタクソな鳴き声が?」 宗秀:「ああ、鳴き始めたばかりの若い鶯だ。 宗秀:まだ鳴き方を知らねぇから、あんな風にしか囀れねぇんだ」 真:「・・・アイツ、一生あんな鳴き方しかできねぇのか?」 宗秀:「いいや。若い鶯はな、師匠を見つけて弟子入りするんだと」 真:「弟子入り?」 宗秀:「ああ、上手に鳴く鶯を探して、その鳴き方を一生懸命真似るんだ。 宗秀:何十、何百とその囀りを真似て、やがて立派に鳴くようになる」 真:「そうなのか」 宗秀:「ああ、そうだ。おもしれぇだろ?」 真:「・・・うん」 宗秀:「・・・真、いいか。 宗秀:職人・・・いや人間ってのもな、毎日の積み重ねが重要なんだ。才能なんて関係ねぇ。 宗秀:一日一日を大事に生き、自分自身と向き合い、そして必死に努力する。 宗秀:鶯と一緒だ。何千、何万と同じ事を地道にやっていきゃ、いずれ道は拓(ひら)けるってもんだ」 真:「・・・地味に回数増えてるじゃねぇか」 宗秀:「そりゃそうだろ。鶯があんなにちいせぇ身体で何百回も頑張れるんだ。 宗秀:おめぇの図体(ずうたい)なら、もっと努力できるはずだからな」 真:「そんなもんか?」 宗秀:「そんなもんだ」 真:「・・・厳しいこと言うぜ。親方は」 宗秀:「はっ。師匠が良くねぇと、弟子は上手く囀れねぇからな」 真:「だったら、もう少し分かりやすく説明してくれると助かる」 宗秀:「ナマ言うんじゃねぇ。 宗秀:・・・まぁ、少しは考えてやってもいいけどよ」 真:「・・・なぁ、俺、まだ頑張ってみてもいいか?」 宗秀:「決まってんだろ。大丈夫だ。 宗秀:出来の悪い弟子が一人前になるまでオラァ、タダ飯食わせてやる覚悟でおめぇを育ててんだからな」 真:「(泣き声)・・・ううっ・・・」 宗秀:「おいおい!何泣いてやがんだ! 宗秀:鶯のように囀るならまだしも、涙を流せとは言ってねぇぞ!」 真:「うるせぇ!泣いてなんかねぇや! 真:目に砂が入ったんだ!」 宗秀:「なら、さっさと目ぇ洗って、鍛冶場に戻んな! 宗秀:仕事はたっぷりあるんだからな!」 真:「・・・おう!望むところだ!」 宗秀:「はっ、威勢が良いじゃねぇか! 宗秀:よし、今まで以上に厳しくいくからな。 宗秀:覚悟しておけよ」 0:(しばらくの間。数年後。鍛冶場で真が鉄を打っている) 真:「・・・はっ!せいっ!」 宗秀:「・・・」 真:「・・・やあっ!はあっ!」 宗秀:「・・・」 真:「・・・できた」 宗秀:「どれ、どんなモンだ。見せてみろ」 真:「ああ」 宗秀:「・・・うん」 真:「どうだ?親方?」 宗秀:「・・・まぁまぁ、だ」 真:「そうか、まぁまぁか・・・」 宗秀:「肩落としてんじゃねぇ! 宗秀:仕上げるまでが大事なんだ。 宗秀:気持ちを落とすな。集中しろ」 真:「わかった」 宗秀:「・・・まぁ、今までの中では一番の出来だ。 宗秀:俺には及ばねぇが、上々じゃねぇか」 真:「・・・!本当か!」 宗秀:「だから!集中しやがれ!」 宗秀:(宗秀、真を殴る) 真:「痛てぇ!」 宗秀:「・・・ったく、ちょっと褒めたくらいで喜びやがって」 真:「だって、親方が上々なんて言ってくれるの初めてじゃねぇか。 真:なんか嬉しくて」 宗秀:「馬鹿野郎。こんな程度ではしゃぐな。 宗秀:もっと俺を唸らせるようなモン作ってからだ。そういうのは」 真:「ああ・・・わかったよ・・・。 真:よしっ、出来た!」 宗秀:「・・・おう。それが終わったら、今まで仕上げた道具、持ち主に届けてこい」 真:「ええっ!?人遣いが荒いぜ!親方!」 宗秀:「うるせぇうるせぇ! 宗秀:若いうちは働けるだけ働いておくもんだ! 宗秀:とっとと行ってきな!」 真:「親方もたまには麓(ふもと)に行かねぇと、死んだのか?って噂されるぜ?」 宗秀:「はっ!そんなこと気にしてられっか。 宗秀:オラァ百まで生きるつもりだって、麓の連中に言っておけ」 真:「へえへえ・・・じゃあ、行ってくるからな」 0:(少し間。真、鍛冶場を出て行く) 宗秀:「・・・ふっ、アイツもなかなか逞(たくま)しくなってきたじゃねぇか・・・」 0:(少し間) 宗秀:「(鼻をすする)いかんいかん・・・ 宗秀:歳をとるとあちこち脆(もろ)くなっていけねぇや。 宗秀:さて、俺も残りの仕事を片付けちまうか・・・」 0:(少し間) 宗秀:「その前に、顔でも洗ってくるかな・・・ 宗秀:よいせっと・・・」 0:(少し間。外に一人の侍が立っている) 宗秀:「おや・・・?こんな山奥に尋ね人たァ珍しい・・・。 宗秀:アンタ一体、何をーーー」 0:(しばらくの間) 真:「はぁ・・・すっかり遅くなっちまった。 真:留吉(とめきち)じいさんの話はいつも長くて参っちまう」 0:(少し間) 真:「けど、今日はたんまり野菜も貰ったし、金も入ったから、親方もきっと喜ぶに違いねぇ。 真:さぁ、早く帰ってメシ作って、それから・・・」 宗秀:(宗秀、少し離れた鍛冶場から怒鳴る) 宗秀:「・・・帰ってくれ!!!」 真:「おわっ!何だ!親方の声・・・?どうしたんだ? 真:(真。侍とすれ違いざまに肩をぶつける)・・・痛っ!」 0:(少し間) 真:「・・・ったく・・・なんだアイツは? 真:人にぶつかっておいて、謝りもしねぇで・・・。 真:身なりからして侍か? 真:左頬に物騒な刀傷(かたなきず)なんか付けてやがったし・・・ 真:あーヤダヤダ。刀差してるってだけでそんなに偉いのかねぇ・・・」 0:(少し間) 真:「・・・ただいまー。親方、帰ったぞー!」 宗秀:「・・・ああ、真か」 真:「すまねぇな。遅くなって。 真:留吉じいさんが一人で盛り上がっちまってさぁ。 真:ほら、あの六尺の大猪(おおいのしし)を素手で倒した話。 真:あれを話し始めちまったもんだから、なっかなか帰れなくて・・・」 宗秀:「・・・」 真:「ほーんと、あのじいさんは行く度にあの話ばかりしてくるんだよなー。 真:まぁ、何度聞いても面白ぇし、終わったらご機嫌で野菜をたんまり持たせてくれるからありがてぇんだけど・・・親方?」 宗秀:「・・・ん?ああ、どうした?」 真:「なんだよ・・・随分うわの空じゃねぇか? 真:何かあったのか?」 宗秀:「・・・別に、何もねぇさ」 真:「そうか?なら良いけどさ・・・あっ、そうだ。 真:さっき、帰ってくる途中で親方の大声が聞こえたけど、何かあったのか? 真:侍みたいなヤツともすれ違ったし・・・」 宗秀:「なっ・・・!」 真:「おいおい、なんだよ・・・そんな慌てた顔して・・・」 宗秀:「・・・あ、ああ、すまねぇ。 宗秀:いや、ちいと怪しいヤツだったからな。 宗秀:おめぇに何か無かったか心配になってな・・・」 真:「いや、別になんともねぇけど・・・」 宗秀:「そうか・・・ならいいんだ・・・」 真:「へぇ、俺の心配なんて珍しいじゃねぇか・・・ 真:そんなに変なヤツだったのか?」 宗秀:「いや・・・まぁ、そうだな・・・」 真:「親方にしては歯切れの悪い返事だなぁ。 真:そんなヤツ、今度来たら俺が一発ぶん殴って・・・」 宗秀:(宗秀、食い気味に) 宗秀:「やめろ!!!」 真:「うわっ・・・なんだよ・・・」 宗秀:「あ・・・ああ、悪いな・・・。 宗秀:久々に人と会ったせいで、なんだか気持ちが昂(たかぶ)っちまったらしい・・・」 真:「は、ははっ・・・ビックリさせんなよ。 真:だから言ったじゃねぇか。たまには人に会えって・・・。 真:そうだ!茶屋の若旦那とキヨばあちゃんも親方に会いたがってたぜ! 真:たまには茶でも飲みに行こう! 真:きっと、二人とも喜んで・・・」 宗秀:(宗秀、食い気味に) 宗秀:「真」 真:「・・・どうした?」 宗秀:「・・・おめぇ、外に修行に出る気はねぇか?」 真:「えっ・・・?」 宗秀:「修行だよ、修行。 宗秀:おめぇ、前に江戸に行きてぇって言ってただろう? 宗秀:俺の知り合いでな、江戸で鍛冶場をやってるヤツが居るんだ。 宗秀:そいつの元で修行する気はねぇかと思ってな」 真:「・・・いや、俺は・・・」 宗秀:「そうだそうだ!それがいい! 宗秀:こんな山奥で野鍛冶(のかじ)を細々とやるよりも、ずっと色んな技術が身に付くはずだ! 宗秀:なぁに、心配すんな! 宗秀:俺が推薦状を書いてやるから、行ってみろ!なっ!」 真:(真、食い気味に) 真:「親方!!」 0:(少し間) 真:「・・・どうしたんだよ、いきなり・・・さっきから変だぞ? 真:やっぱり何かあったんじゃねぇのか?」 宗秀:「・・・何もねぇよ。 宗秀:おめぇが気にするような事は、何ひとつも」 真:「嘘だ!だったら、なんで俺を追い出そうとするんだ!」 宗秀:「追い出すなんて、そんなつもりはねぇ。 宗秀:ただオラァ、おめぇの事を思って・・・」 真:「・・・おめぇが一人前になるまで、育ててやるって言ったじゃねぇか・・・」 宗秀:「・・・!」 真:「そうだろ!言ったじゃねぇか! 真:俺が一人前になるまで、育てる覚悟だって言ってくれたじゃねぇか! 真:なのに、なんで急に俺をどこかにやろうとするんだ! 真:俺は・・・俺は親方の元で一人前になりてぇのに・・・!」 宗秀:「・・・」 真:「まだ努力が足りねぇっていうなら、今まで以上に槌を振る! 真:それでも足りねぇって言うなら、寝る間も惜しんで槌を振る! 真:だから・・・頼むから、ここに居させてくれよ! 真:なぁ、頼むから・・・!」 宗秀:「・・・一人前だ」 真:「・・・えっ?」 宗秀:「おめぇはもうとっくに一人前だよ、真。 宗秀:俺が認めなかっただけで、おめぇはもう既に独り立ちしても充分な腕を持ってる。 宗秀:だからな、俺の元にいつまでも縛り付けておくのが勿体ねぇんだよ」 真:「はぁ・・・?嘘だろ? 真:俺が一人前?そんなわけ・・・」 宗秀:「俺が言うんだ。間違いねぇ。 宗秀:弟子は師匠の言う事を信じるモンだ。 宗秀:だから、すぐにでもここを出て・・・」 真:「・・・信じねぇ」 宗秀:「は?」 真:「信じねぇ!信じてたまるか! 真:俺はまだここに居る! 真:親方がなんと言おうと、絶対にここに居るからな!」 宗秀:「お、おい!真・・・!!」 0:(真。鍛冶場を飛び出して行く) 宗秀:「・・・すまねぇ。すまねぇな。真」 0:(しばらくの間) 宗秀:「・・・真」 真:「・・・」 宗秀:「おい、真」 真:「・・・ああ?」 宗秀:「ちぃと話がある。耳だけでも貸せ」 真:「・・・高ぇぞ」 宗秀:「ケチケチ言ってんじゃねぇ。 宗秀:黙ってても良いから、話だけ聞け」 真:「・・・なんだよ」 宗秀:「おめぇ、いくつになった?」 真:「・・・十八。もうすぐ十九になる」 宗秀:「そうか、おめぇを拾ってから、もうそんなに経ったか・・・ 宗秀:ははっ、早ぇなぁ・・・」 真:「思い出に浸るんなら、一人でも良いだろ? 真:・・・俺は寝る。明日も仕事があるんだ」 宗秀:「おいおい、随分仕事熱心になったモンだな? 宗秀:ちょっと前までは、俺はこの仕事に向かねぇだなんだと宣(のたま)ったクセに」 真:「・・・」 宗秀:「出会った時はそれなりに可愛げがあったんだがな。 宗秀:俺の後を付いて回って・・・覚えてるか? 宗秀:おめぇはとんでもねぇ甘ったれで、起きてる間は俺の背中にべったりしがみついて、危ねぇって言っても、絶対鍛冶場から離れねぇんだ。 宗秀:だから、おめぇを背負って寝かしつけてから、オラァ仕事をしてたのよ」 真:「・・・ガキの頃の事なんて覚えてるかよ」 宗秀:「おめぇが覚えてなくても、オラァ覚えてる。 宗秀:あと、そうだな・・・確か七つの時、怖い夢を見たとかなんとか言って、寝小便を・・・」 真:「わああああ!その話は忘れてくれって言ったろうが!!」 宗秀:「覚えてんじゃねぇか」 真:「くそ・・・なんだよ。 真:そんな恥ずかしい話をする為に、わざわざ起こしたのか?」 宗秀:「いいや、そうじゃねぇよ」 真:「じゃあ、何なんだよ」 宗秀:「・・・オラァな、真。 宗秀:おめぇのことをそれなりに大事に思ってんだ。 宗秀:とんでもねぇ小生意気なヤツになっちまったが、それでも可愛いと思える程度には」 真:「・・・気持ち悪ぃ」 宗秀:「黙って聞け、クソガキ」 0:(少し間) 宗秀:「・・・だからな、何が言いてぇのかっていうと、俺はおめぇに誰よりも幸せになってほしいと思ってんだ。 宗秀:それこそ、俺が掴み損ねた幸せ、全部おめぇが持って行くくらいにな」 真:「掴み損ねた?」 宗秀:「ああ、オラァ知っての通り、鍛冶しか能のない不器用な男だからな。 宗秀:ひたすらそれにのめり込んで生きてきたせいで、所帯(しょたい)を持つことが出来なかった」 真:「別にいいじゃねぇか。 真:その分、仕事に打ち込めたんだろ?」 宗秀:「それもそうなんだがな。この歳になると思うのよ。 宗秀:所帯を持たねぇってことは、ある意味一人で死んでいく覚悟を決めるようなモンだからよ」 真:「・・・人は、死ぬときゃいつでも一人だ」 宗秀:「そうだなぁ。 宗秀:だが、子どもでも孫でも、死ぬその時まで手を握って、そばに居てくれるヤツがいるかもしれねぇって思えるのは、心強いことだぞ、真」 真:「・・・つまり、俺にどうしろと?」 宗秀:「外に出ろ。所帯を持て。俺以上の鍛冶師になれ」 真:「またそれかよ・・・俺は・・・」 宗秀:「真、聞いてくれ。 宗秀:オラァな・・・夢があるんだよ」 真:「悪い・・・もう今日は寝る。明日にしてくれ」 宗秀:「ああ・・・そうか、分かった。 宗秀:起こして悪かったな」 真:「・・・」 宗秀:「じゃあな、真。ーーーすまねぇな」 0:(しばらくの間。深夜) 真:「(真、目を覚ます)・・・ううん」 0:(少し間) 真:「チッ・・・まだ夜じゃねぇか・・・。 真:親方が変な事ばかり言うから、眠りが浅くて仕方ねぇや・・・」 0:(少し間) 真:「何だって親方は、急にあんなこと言い出したんだ・・・ 真:今まで俺が出て行きてぇって言っても、頑として首を縦に振らなかったのに・・・」 0:(少し間) 真:「・・・あー。やめだやめだ。 真:考え込んだら寝れねぇまま朝になっちまう。 真:喉乾いちまったし、水でも飲んでもうひと眠りするか・・・」 0:(少し長めに間。真、井戸で水を飲む) 真:「・・・はぁー。まだ水が冷てぇな・・・。 真:春先とはいえ、まだ寒いからな・・・ 真:手間でも湯を沸かすべきだったか・・・」 0:(少し間) 真:「・・・いやいや、もう寝よう。 真:湯を沸かす間にまた考え込んで眠れなくなっても困るからな。 真:布団に潜り込んで、無理にでも目を瞑(つぶ)ってりゃ、なんとか・・・」 宗秀:(宗秀、少し離れた鍛冶場で叫ぶ) 宗秀:「・・・ぐあああああ!」 真:「は・・・?今の叫び声・・・親方・・・?親方ァ!?」 真:(真、鍛冶場に向かって駆け出す) 真:「(息を切らしながら)親方!どうした!何がーーー 真:(真、侍とぶつかる)ぐっ!」 0:(少し間。侍が真を一瞥し、逃げていく) 真:「アイツは確か昼間の・・・左頬に刀傷の侍・・・」 0:(少し間) 真:「それどころじゃねぇ!親方! 真:親方、どこだ!どこにいるんだ!」 宗秀:(宗秀、鍛冶場で倒れている) 宗秀:「・・・ぐうっ・・・真・・・」 真:「親方!?おい!どうしたんだ!」 真:(真、宗秀の元に駆け寄り、抱き起こす) 宗秀:「へっ・・・なんだおめぇ、こんな夜更けに・・・何してやがんだ・・・」 真:「そりゃあ俺の台詞だ! 真:一体何があった!どうしてこんなところで・・・ 真:(真、宗秀が血を流している事に気付く) 真:えっ・・・血・・・?」 宗秀:「ははっ・・・やられちまった・・・。 宗秀:まさか、こんな鍛冶屋相手に刀を抜くようなヤツだとは・・・思わなかった・・・」 真:「どういうことだ!なんで親方がこんな目に!」 宗秀:「別に・・・俺がヤツを甘く見ていたってぇ・・・そういう話だ・・・」 真:「違う!俺が聞きたいのはそういうことじゃねぇ! 真:アイツは何のために親方を斬ったのかって話だ!」 宗秀:「・・・おめぇに・・・聞かせるほどの話じゃねぇよ・・・」 真:「しらばっくれるな!親方は何か隠してる! 真:・・・いや、そんなこたぁ今はどうだっていい! 真:医者に・・・早く傷の手当を・・・!」 宗秀:「・・・知りてぇか?」 真:「あ・・・?何を・・・?」 宗秀:「知りてぇか、って聞いたんだ。 宗秀:俺が、おめぇに隠していること、全部」 真:「どうだっていいって言ったろ! 真:今は・・・今は親方を助ける方が先だ・・・!」 宗秀:「(宗秀、咳き込む)・・・ふっ・・・なんて顔してやがんだ。 宗秀:情けねぇ面ァ、しやがって・・・」 真:「喋るな・・・!傷が・・・血が・・・!」 宗秀:「・・・いいや、喋るぞ、俺は。 宗秀:最期に・・・言っておかなきゃいけねぇことが・・・あるからな・・・」 真:「そんなの後でいくらでも聞く! 真:だから・・・!今は頼むから静かにして・・・」 宗秀:(宗秀、食い気味に) 宗秀:「真・・・聞け」 真:「・・・何だ?」 宗秀:「・・・屋根裏だ」 真:「え・・・?」 宗秀:「鍛冶場の屋根裏を探してくれ・・・ 宗秀:そこに、そいつは隠してあるから・・・」 真:「は・・・?意味がわからねぇよ、親方。 真:一体何が・・・」 宗秀:「・・・すまねぇな。 宗秀:もうこれ以上、喋る力が残ってねぇんだ・・・ 宗秀:おめぇに伝えておきてぇことは、全部そこに置いてある・・・ 宗秀:悪いが・・・あとは・・・それを・・・」 真:「親方・・・?おい・・・!おい・・・っ! 真:しっかりしろ!目を覚ませ! 真:親方!親方ァ・・・っ!」 0:(しばらくの間。とある林道) 真:(真、荒い呼吸を押し殺すようにして、木陰に潜んでいる) 0:(ほんの少し間) 真:「・・・大丈夫、大丈夫だ・・・ 真:一瞬、一瞬の隙を狙うんだ・・・」 宗秀:『真。もし、おめぇがこの手紙を読んでいるという事は、オラァきっとこの世にいねぇのだろう』 真:「・・・やっと見つけたんだ・・・。 真:ずっと探し続けて、ようやく・・・」 宗秀:『オラァ、おめぇに隠していたことがある。 宗秀:それはな、俺が昔、刀鍛冶をしてたってことだ。 宗秀:まぁ、自慢じゃねぇが、そこそこ名の売れた刀鍛冶だった』 真:「この刀は・・・親方の打った刀だ・・・。 真:大丈夫だ・・・刺し違えてもいい・・・ 真:斬りつけさえすれば、どうにでも・・・」 宗秀:『おめぇを拾ったのは、戦で焼き払われた村の近くだったな。 宗秀:親も住処(すみか)も失って、力なく座り込むおめぇを見てオラァ、戦とはとんでねぇもんだと・・・ 宗秀:自分はとんでもねぇことに手を貸しちまったんだと、あの時、身に染みて実感したよ』 真:「落ち着け・・・落ち着くんだ。 真:親方の仇(かたき)を討つんだ・・・ 真:俺が・・・絶対に・・・」 宗秀:『あの日を機に、オラァ刀鍛冶をやめた。 宗秀:おめぇを育てると決めた時に、こいつの幸せを奪った戦には二度と手を貸さねぇと誓ったんだ』 真:「許さねぇ・・・親方が何をした・・・」 宗秀:『ーーーだが、俺の元に一人の侍がやってきた。 宗秀:刀を打ってほしいと。もちろん、断ったさ。 宗秀:だが、ヤツはしつこく俺に刀を打てと迫った。 宗秀:打たねぇなら殺すとまで言ってきた』 真:「鞘(さや)から刀を抜け・・・! 真:震えるな・・・恐れるな・・・アイツぁ・・・」 宗秀:『アイツは本気だ。平気で人を殺す目をしていた。 宗秀:俺だけじゃねぇ。いざとなったら、おめぇにまで危害が及ぶかもしれねぇ。 宗秀:だから、だからオラァーーー』 真:「ふうっ・・・ううう・・・!」 宗秀:『おめぇを・・・手放すことにした』 真:「あああ・・・あああ・・・!」 宗秀:『申し訳ねぇとは思ってる。 宗秀:だがな、もうこれ以上、俺のせいでおめぇを不幸にしたくねぇんだ。 宗秀:それだけはわかってくれ』 真:「どうして・・・どうして・・・」 宗秀:『・・・なぁ、真。オラァな夢があるんだ』 真:「どうして・・・俺はこの刀が抜けねぇ・・・」 宗秀:『ひとつは、おめぇが立派な鍛冶師になること』 真:「やめろ・・・俺は親方の仇を討ちてぇんだ・・・」 宗秀:『ひとつは、おめぇが美人の嫁さん貰って、幸せに暮らすこと』 真:「やめろ、やめろ・・・ 真:刺し違えてでも、俺はヤツを殺してやりてぇんだ・・・」 宗秀:『ひとつはーーーおめぇが家族に囲まれて、俺の元で呑気に笑う姿を見ることだ』 真:「やめろ・・・やめろ・・・やめて・・・くれよぉ・・・っ!!」 宗秀:『ーーーまぁ、今となっちゃあ叶わぬ夢だろうが、言うだけはタダだろう? 宗秀:おめぇと一緒で、俺もかなりの素寒貧(すかんぴん)だからな』 真:「うう・・・うううっ・・・」 宗秀:『けど、もしおめぇが少しでも俺に何か返す気があるならば、金なんかいらねぇからよ。 宗秀:毎日笑って、幸せに生きてくれ。 宗秀:それこそ、ジジイになるまで生き抜いて、最期は沢山の家族に手を握られて、ああ、いい人生だったと振り返れるくらいの・・・ 宗秀:そんな幸せを掴んでくれ』 真:「うう・・・うううう・・・」 宗秀:『一緒に置いてあった刀は、その足しにでも使え。 宗秀:俺が最後に打った一振りだ。 宗秀:大した金にはならねぇかもしれんが、江戸への路銀(ろぎん)くらいにはなるだろうよ』 真:「ふうっ・・・うう・・・ああ・・・」 宗秀:『ーーー長くなっちまったが、オラァいつまでもおめぇのことを見守ってるぞ、真。 宗秀:なんたって、おめぇは俺の可愛い弟子であり、そしてーーー』 真:「うっ・・・親方・・・親方・・・」 宗秀:『大事な・・・息子だからな』 真:「親方・・・親父ーーー親父・・・親父ィ・・・! 真:うあああああ・・・うああああああ・・・!」 0:(しばらくの間。鶯が鳴く鍛冶場) 0:(以下の宗秀の台詞は、真には聞こえていない) 宗秀:『 ・・・おい、真。今年も鶯が鳴き始めたぞ』 真:「ああ・・・今年もヘッタクソな鳴き声だ」 宗秀:『下手くそなんて言ってやるな。アイツも今から弟子入りに行くんだ』 真:「アイツも、これから師匠の元で修行するんだな・・・」 宗秀:『そうだな。何十、何百と鳴いて、いずれ美しい囀りを聞かせてくれる』 真:「頑張れよ・・・」 宗秀:『はっ・・・なぁに言ってんだ。 宗秀:おめぇこそ、これから頑張んなきゃいけねぇだろうが』 真:「・・・よし、さぁて。俺も出発するか」 宗秀:『おう、行ってこい』 真:「・・・いつかまた、帰ってくるよ。 真:今度は家族を連れて、この場所へ」 宗秀:『ああ、楽しみにしてるぜ』 真:「じゃあな・・・楽しみに待っててくれよ。親父」 宗秀:『おう、いつまでも待ってるからな・・・バカ息子』 0:~了~

真:その声を二人で並んで聞いていた。 真:下手くそな、鶯(うぐいす)の囀(さえず)りを。 0:『鶯と師弟』 0:(真、鍛冶場で鉄を打っている) 真:「えいっ!やあっ!」 宗秀:「・・・」 真:「ふんっ!どりゃああ!」 宗秀:「・・・」 真:「せいっ!うおりゃああああ!!」 宗秀:「・・・うるせえな!クソガキ!」 宗秀:(宗秀、真の頭を殴る) 真:「いってぇ!!!何しやがる!」 宗秀:「うるせぇって言ってんだよ! 宗秀:槌(つい)振り回しながら大騒ぎしやがって!」 真:「別にいいだろ!こうしないと気合いが入らねぇんだよ!」 宗秀:「ほう・・・その気合い込めて作ったのが、そこに転がってるナマクラ包丁か」 真:「うっ・・・」 宗秀:「真、何度言やぁわかる。 宗秀:鍛冶師は気合いだけじゃ何も打てねぇ。 宗秀:目の前の鉄と向き合い、力だけではなく心で打つ・・・分かってんのか?」 真:「分っかんねぇよ!どうすりゃいいのか!」 宗秀:「だからな、こうして目の前の鉄に語りかけるんだよ。 宗秀:おめぇは何になりてぇんだ? 宗秀:鍬(くわ)か、鋤(すき)か、包丁か?ってな」 真:「・・・頭大丈夫か?」 宗秀:(宗秀、真の頭を再び殴る) 宗秀:「ふんっ!」 真:「いっ・・・てぇっ!!!二度目だぞ!」 宗秀:「あたりめぇだ! 宗秀:人が親切にコツを教えてやろうとしてんのに、何だその言い草は!」 真:「親方がわけわかんねぇこと言い出すからだろ! 真:鉄に語りかけるって何だよ! 真:こんな塊が自分からなりてぇモンを喋るわけねぇだろうが!」 宗秀:「はっ!だからおめぇが打った鉄は、ナマクラかクズにしかならねぇんだよ」 真:「なんだと!」 宗秀:「やんのか!」 0:(真、宗秀、互いに額を突き合わせてしばし睨み合う) 真:「・・・けっ!やめだやめだ!こんなことやってられっか!」 宗秀:「コラ待ちやがれ、真! 宗秀:仕事ほっぽり出してどこ行きやがる!」 真:「決まってんだろ!出て行くんだよ!」 宗秀:「出て行くってどこへ?」 真:「どこって、そりゃあ・・・えーと・・・そうだ!江戸だよ、江戸! 真:こんな何もねぇ山と頑固ジジイにおさらばして、天下のお膝元で、俺は一華咲かすんだ!」 宗秀:「馬鹿かテメェは。 宗秀:ここでの仕事も満足に務まらねぇヤツが、どんな華咲かすってんだ。 宗秀:華咲かすどころか、鼻水垂らして泣き喚(わめ)くのが関(せき)の山だ」 真:「何を!クソジジイ!」 宗秀:「頑固ジジイはまだしも、クソジジイとは何だ!クソガキ!」 0:(真、宗秀。額を合わせて唸る。☆の台詞は被ってもよい) 真:☆「ぎぎぎぎぎ・・・」 宗秀:☆「ぐぐぐぐぐ・・・」 0:(少し間) 宗秀:「・・・あー!わかった!出て行くんなら出て行け! 宗秀:テメェとくだらねぇ言い争いしてるくらいなら、その間に鍬の一本でも鍛えた方が金にならぁ!」 真:「そうだそうだ!とっとと仕事に戻れ! 真:俺は出て行く!じゃあな!」 宗秀:「・・・その前に真、ほれ(手を差し出す)」 真:「なんだよ、その手は?」 宗秀:「何って、そりゃおめぇ、決まってんだろ。 宗秀:金だよ、金。出て行くんなら置いてけ」 真:「はぁ!?なんでだよ!」 宗秀:「あたりめぇだろ! 宗秀:半人前以下のクセに大飯喰らい。 宗秀:おまけに口の悪いおめぇをここまで育ててやったのは、どこの誰だと思ってんだ」 真:「ぐっ・・・だからって、なんで金の話になるんだよ」 宗秀:「あのなぁ、オラァいずれおめぇを育て上げて、立派な鍛冶師にしてやるつもりだったんだよ。 宗秀:その為ならと飯も寝床も与えてやったが、テメェはここを出て行くという。 宗秀:するってぇと、オラァ今までそこらの野良犬、野良猫にタダで餌をやってたのと同じだな?」 真:「犬猫って・・・俺は人間だぞ!」 宗秀:「人間だって言うんなら、一宿一飯(いっしゅくいっぱん)の恩義ぐらい理解できるなよぁ? 宗秀:いや、むしろ家の番をするようになる犬や、ネズミを捕る猫の方が、よっぽど役に立つか」 真:「何だよそれ!そもそも、別に育ててくれって頼んだ覚えはねぇ!」 宗秀:「だが、放っておいてくれと言われた覚えもねぇな」 真:「・・・くそっ、いくらだ?」 宗秀:「そうだなぁ・・・まぁ、一年分を一両にまけてやっても、しめて十年分で十両ってとこか」 真:「そんな金、あるわけねぇだろ!!」 宗秀:「じゃあダメだな。出て行かせる訳にはいかねぇ」 真:「ちくしょう!がめつすぎる!この守銭奴(しゅせんど)!」 宗秀:「おうおう、何とでも言え。 宗秀:さぁ、分かったら大人しく鍛冶場に戻りやがれ」 真:「・・・嫌だ」 宗秀:「あぁ?」 真:「嫌だ!この一年で俺が作ったのはクズばかりだ! 真:毎日必死に槌を振っても、鍬の一本もまともに鍛えられてねぇ! 真:俺にはきっと才能がねぇんだ!」 宗秀:「才能、だぁ?」 真:「ああ・・・親方が腕のいい鍛冶師だっていうのは、半人前の俺でもわかる。 真:ガキの頃から、ずっとその姿を見てきたからな。 真:そんな親方の元で育ったんだ。 真:俺も絶対に立派な鍛冶師になれると信じてた」 宗秀:「ほう?」 真:「けど、実際弟子として働き始めてみたらどうだ? 真:俺は何ひとつまともに出来やしねぇ。 真:このままじゃ、本当にタダ飯喰らいの木偶(でく)の坊(ぼう)だ。 真:・・・つらいんだよ、もう。 真:俺は、ずるずるとこの仕事を続けるのが」 宗秀:「・・・はっ。だから、いっそのこと別の道を探すと?」 真:「そうだよ。 真:もうこれ以上、惨めな思いはしたくねぇ。 真:親方にも迷惑をかけたくねぇ。だから・・・」 宗秀:「・・・ふん。この程度で悟ったような気になってんのか?ええ?真よ」 真:「は・・・?」 宗秀:「甘ぇ甘ぇ。大甘だぜ、おめぇは。 宗秀:たった一年。たった一年だぞ? 宗秀:そんなもんで才能だ何だと語れるほど、おめぇは槌を振ったのか? 宗秀:鉄と語り合い、仕事をしてきたのか?」 真:「してるじゃねぇか・・・毎日毎日・・・」 宗秀:「いいや、俺に言わせりゃまだまだだね」 真:「そりゃ・・・親方に比べりゃ、俺なんて・・・!」 0:(少し間。山の向こうで途切れ途切れの鶯の声がする) 宗秀:「・・・おや?鶯が鳴いてやがるな」 真:「・・・鶯?あのヘッタクソな鳴き声が?」 宗秀:「ああ、鳴き始めたばかりの若い鶯だ。 宗秀:まだ鳴き方を知らねぇから、あんな風にしか囀れねぇんだ」 真:「・・・アイツ、一生あんな鳴き方しかできねぇのか?」 宗秀:「いいや。若い鶯はな、師匠を見つけて弟子入りするんだと」 真:「弟子入り?」 宗秀:「ああ、上手に鳴く鶯を探して、その鳴き方を一生懸命真似るんだ。 宗秀:何十、何百とその囀りを真似て、やがて立派に鳴くようになる」 真:「そうなのか」 宗秀:「ああ、そうだ。おもしれぇだろ?」 真:「・・・うん」 宗秀:「・・・真、いいか。 宗秀:職人・・・いや人間ってのもな、毎日の積み重ねが重要なんだ。才能なんて関係ねぇ。 宗秀:一日一日を大事に生き、自分自身と向き合い、そして必死に努力する。 宗秀:鶯と一緒だ。何千、何万と同じ事を地道にやっていきゃ、いずれ道は拓(ひら)けるってもんだ」 真:「・・・地味に回数増えてるじゃねぇか」 宗秀:「そりゃそうだろ。鶯があんなにちいせぇ身体で何百回も頑張れるんだ。 宗秀:おめぇの図体(ずうたい)なら、もっと努力できるはずだからな」 真:「そんなもんか?」 宗秀:「そんなもんだ」 真:「・・・厳しいこと言うぜ。親方は」 宗秀:「はっ。師匠が良くねぇと、弟子は上手く囀れねぇからな」 真:「だったら、もう少し分かりやすく説明してくれると助かる」 宗秀:「ナマ言うんじゃねぇ。 宗秀:・・・まぁ、少しは考えてやってもいいけどよ」 真:「・・・なぁ、俺、まだ頑張ってみてもいいか?」 宗秀:「決まってんだろ。大丈夫だ。 宗秀:出来の悪い弟子が一人前になるまでオラァ、タダ飯食わせてやる覚悟でおめぇを育ててんだからな」 真:「(泣き声)・・・ううっ・・・」 宗秀:「おいおい!何泣いてやがんだ! 宗秀:鶯のように囀るならまだしも、涙を流せとは言ってねぇぞ!」 真:「うるせぇ!泣いてなんかねぇや! 真:目に砂が入ったんだ!」 宗秀:「なら、さっさと目ぇ洗って、鍛冶場に戻んな! 宗秀:仕事はたっぷりあるんだからな!」 真:「・・・おう!望むところだ!」 宗秀:「はっ、威勢が良いじゃねぇか! 宗秀:よし、今まで以上に厳しくいくからな。 宗秀:覚悟しておけよ」 0:(しばらくの間。数年後。鍛冶場で真が鉄を打っている) 真:「・・・はっ!せいっ!」 宗秀:「・・・」 真:「・・・やあっ!はあっ!」 宗秀:「・・・」 真:「・・・できた」 宗秀:「どれ、どんなモンだ。見せてみろ」 真:「ああ」 宗秀:「・・・うん」 真:「どうだ?親方?」 宗秀:「・・・まぁまぁ、だ」 真:「そうか、まぁまぁか・・・」 宗秀:「肩落としてんじゃねぇ! 宗秀:仕上げるまでが大事なんだ。 宗秀:気持ちを落とすな。集中しろ」 真:「わかった」 宗秀:「・・・まぁ、今までの中では一番の出来だ。 宗秀:俺には及ばねぇが、上々じゃねぇか」 真:「・・・!本当か!」 宗秀:「だから!集中しやがれ!」 宗秀:(宗秀、真を殴る) 真:「痛てぇ!」 宗秀:「・・・ったく、ちょっと褒めたくらいで喜びやがって」 真:「だって、親方が上々なんて言ってくれるの初めてじゃねぇか。 真:なんか嬉しくて」 宗秀:「馬鹿野郎。こんな程度ではしゃぐな。 宗秀:もっと俺を唸らせるようなモン作ってからだ。そういうのは」 真:「ああ・・・わかったよ・・・。 真:よしっ、出来た!」 宗秀:「・・・おう。それが終わったら、今まで仕上げた道具、持ち主に届けてこい」 真:「ええっ!?人遣いが荒いぜ!親方!」 宗秀:「うるせぇうるせぇ! 宗秀:若いうちは働けるだけ働いておくもんだ! 宗秀:とっとと行ってきな!」 真:「親方もたまには麓(ふもと)に行かねぇと、死んだのか?って噂されるぜ?」 宗秀:「はっ!そんなこと気にしてられっか。 宗秀:オラァ百まで生きるつもりだって、麓の連中に言っておけ」 真:「へえへえ・・・じゃあ、行ってくるからな」 0:(少し間。真、鍛冶場を出て行く) 宗秀:「・・・ふっ、アイツもなかなか逞(たくま)しくなってきたじゃねぇか・・・」 0:(少し間) 宗秀:「(鼻をすする)いかんいかん・・・ 宗秀:歳をとるとあちこち脆(もろ)くなっていけねぇや。 宗秀:さて、俺も残りの仕事を片付けちまうか・・・」 0:(少し間) 宗秀:「その前に、顔でも洗ってくるかな・・・ 宗秀:よいせっと・・・」 0:(少し間。外に一人の侍が立っている) 宗秀:「おや・・・?こんな山奥に尋ね人たァ珍しい・・・。 宗秀:アンタ一体、何をーーー」 0:(しばらくの間) 真:「はぁ・・・すっかり遅くなっちまった。 真:留吉(とめきち)じいさんの話はいつも長くて参っちまう」 0:(少し間) 真:「けど、今日はたんまり野菜も貰ったし、金も入ったから、親方もきっと喜ぶに違いねぇ。 真:さぁ、早く帰ってメシ作って、それから・・・」 宗秀:(宗秀、少し離れた鍛冶場から怒鳴る) 宗秀:「・・・帰ってくれ!!!」 真:「おわっ!何だ!親方の声・・・?どうしたんだ? 真:(真。侍とすれ違いざまに肩をぶつける)・・・痛っ!」 0:(少し間) 真:「・・・ったく・・・なんだアイツは? 真:人にぶつかっておいて、謝りもしねぇで・・・。 真:身なりからして侍か? 真:左頬に物騒な刀傷(かたなきず)なんか付けてやがったし・・・ 真:あーヤダヤダ。刀差してるってだけでそんなに偉いのかねぇ・・・」 0:(少し間) 真:「・・・ただいまー。親方、帰ったぞー!」 宗秀:「・・・ああ、真か」 真:「すまねぇな。遅くなって。 真:留吉じいさんが一人で盛り上がっちまってさぁ。 真:ほら、あの六尺の大猪(おおいのしし)を素手で倒した話。 真:あれを話し始めちまったもんだから、なっかなか帰れなくて・・・」 宗秀:「・・・」 真:「ほーんと、あのじいさんは行く度にあの話ばかりしてくるんだよなー。 真:まぁ、何度聞いても面白ぇし、終わったらご機嫌で野菜をたんまり持たせてくれるからありがてぇんだけど・・・親方?」 宗秀:「・・・ん?ああ、どうした?」 真:「なんだよ・・・随分うわの空じゃねぇか? 真:何かあったのか?」 宗秀:「・・・別に、何もねぇさ」 真:「そうか?なら良いけどさ・・・あっ、そうだ。 真:さっき、帰ってくる途中で親方の大声が聞こえたけど、何かあったのか? 真:侍みたいなヤツともすれ違ったし・・・」 宗秀:「なっ・・・!」 真:「おいおい、なんだよ・・・そんな慌てた顔して・・・」 宗秀:「・・・あ、ああ、すまねぇ。 宗秀:いや、ちいと怪しいヤツだったからな。 宗秀:おめぇに何か無かったか心配になってな・・・」 真:「いや、別になんともねぇけど・・・」 宗秀:「そうか・・・ならいいんだ・・・」 真:「へぇ、俺の心配なんて珍しいじゃねぇか・・・ 真:そんなに変なヤツだったのか?」 宗秀:「いや・・・まぁ、そうだな・・・」 真:「親方にしては歯切れの悪い返事だなぁ。 真:そんなヤツ、今度来たら俺が一発ぶん殴って・・・」 宗秀:(宗秀、食い気味に) 宗秀:「やめろ!!!」 真:「うわっ・・・なんだよ・・・」 宗秀:「あ・・・ああ、悪いな・・・。 宗秀:久々に人と会ったせいで、なんだか気持ちが昂(たかぶ)っちまったらしい・・・」 真:「は、ははっ・・・ビックリさせんなよ。 真:だから言ったじゃねぇか。たまには人に会えって・・・。 真:そうだ!茶屋の若旦那とキヨばあちゃんも親方に会いたがってたぜ! 真:たまには茶でも飲みに行こう! 真:きっと、二人とも喜んで・・・」 宗秀:(宗秀、食い気味に) 宗秀:「真」 真:「・・・どうした?」 宗秀:「・・・おめぇ、外に修行に出る気はねぇか?」 真:「えっ・・・?」 宗秀:「修行だよ、修行。 宗秀:おめぇ、前に江戸に行きてぇって言ってただろう? 宗秀:俺の知り合いでな、江戸で鍛冶場をやってるヤツが居るんだ。 宗秀:そいつの元で修行する気はねぇかと思ってな」 真:「・・・いや、俺は・・・」 宗秀:「そうだそうだ!それがいい! 宗秀:こんな山奥で野鍛冶(のかじ)を細々とやるよりも、ずっと色んな技術が身に付くはずだ! 宗秀:なぁに、心配すんな! 宗秀:俺が推薦状を書いてやるから、行ってみろ!なっ!」 真:(真、食い気味に) 真:「親方!!」 0:(少し間) 真:「・・・どうしたんだよ、いきなり・・・さっきから変だぞ? 真:やっぱり何かあったんじゃねぇのか?」 宗秀:「・・・何もねぇよ。 宗秀:おめぇが気にするような事は、何ひとつも」 真:「嘘だ!だったら、なんで俺を追い出そうとするんだ!」 宗秀:「追い出すなんて、そんなつもりはねぇ。 宗秀:ただオラァ、おめぇの事を思って・・・」 真:「・・・おめぇが一人前になるまで、育ててやるって言ったじゃねぇか・・・」 宗秀:「・・・!」 真:「そうだろ!言ったじゃねぇか! 真:俺が一人前になるまで、育てる覚悟だって言ってくれたじゃねぇか! 真:なのに、なんで急に俺をどこかにやろうとするんだ! 真:俺は・・・俺は親方の元で一人前になりてぇのに・・・!」 宗秀:「・・・」 真:「まだ努力が足りねぇっていうなら、今まで以上に槌を振る! 真:それでも足りねぇって言うなら、寝る間も惜しんで槌を振る! 真:だから・・・頼むから、ここに居させてくれよ! 真:なぁ、頼むから・・・!」 宗秀:「・・・一人前だ」 真:「・・・えっ?」 宗秀:「おめぇはもうとっくに一人前だよ、真。 宗秀:俺が認めなかっただけで、おめぇはもう既に独り立ちしても充分な腕を持ってる。 宗秀:だからな、俺の元にいつまでも縛り付けておくのが勿体ねぇんだよ」 真:「はぁ・・・?嘘だろ? 真:俺が一人前?そんなわけ・・・」 宗秀:「俺が言うんだ。間違いねぇ。 宗秀:弟子は師匠の言う事を信じるモンだ。 宗秀:だから、すぐにでもここを出て・・・」 真:「・・・信じねぇ」 宗秀:「は?」 真:「信じねぇ!信じてたまるか! 真:俺はまだここに居る! 真:親方がなんと言おうと、絶対にここに居るからな!」 宗秀:「お、おい!真・・・!!」 0:(真。鍛冶場を飛び出して行く) 宗秀:「・・・すまねぇ。すまねぇな。真」 0:(しばらくの間) 宗秀:「・・・真」 真:「・・・」 宗秀:「おい、真」 真:「・・・ああ?」 宗秀:「ちぃと話がある。耳だけでも貸せ」 真:「・・・高ぇぞ」 宗秀:「ケチケチ言ってんじゃねぇ。 宗秀:黙ってても良いから、話だけ聞け」 真:「・・・なんだよ」 宗秀:「おめぇ、いくつになった?」 真:「・・・十八。もうすぐ十九になる」 宗秀:「そうか、おめぇを拾ってから、もうそんなに経ったか・・・ 宗秀:ははっ、早ぇなぁ・・・」 真:「思い出に浸るんなら、一人でも良いだろ? 真:・・・俺は寝る。明日も仕事があるんだ」 宗秀:「おいおい、随分仕事熱心になったモンだな? 宗秀:ちょっと前までは、俺はこの仕事に向かねぇだなんだと宣(のたま)ったクセに」 真:「・・・」 宗秀:「出会った時はそれなりに可愛げがあったんだがな。 宗秀:俺の後を付いて回って・・・覚えてるか? 宗秀:おめぇはとんでもねぇ甘ったれで、起きてる間は俺の背中にべったりしがみついて、危ねぇって言っても、絶対鍛冶場から離れねぇんだ。 宗秀:だから、おめぇを背負って寝かしつけてから、オラァ仕事をしてたのよ」 真:「・・・ガキの頃の事なんて覚えてるかよ」 宗秀:「おめぇが覚えてなくても、オラァ覚えてる。 宗秀:あと、そうだな・・・確か七つの時、怖い夢を見たとかなんとか言って、寝小便を・・・」 真:「わああああ!その話は忘れてくれって言ったろうが!!」 宗秀:「覚えてんじゃねぇか」 真:「くそ・・・なんだよ。 真:そんな恥ずかしい話をする為に、わざわざ起こしたのか?」 宗秀:「いいや、そうじゃねぇよ」 真:「じゃあ、何なんだよ」 宗秀:「・・・オラァな、真。 宗秀:おめぇのことをそれなりに大事に思ってんだ。 宗秀:とんでもねぇ小生意気なヤツになっちまったが、それでも可愛いと思える程度には」 真:「・・・気持ち悪ぃ」 宗秀:「黙って聞け、クソガキ」 0:(少し間) 宗秀:「・・・だからな、何が言いてぇのかっていうと、俺はおめぇに誰よりも幸せになってほしいと思ってんだ。 宗秀:それこそ、俺が掴み損ねた幸せ、全部おめぇが持って行くくらいにな」 真:「掴み損ねた?」 宗秀:「ああ、オラァ知っての通り、鍛冶しか能のない不器用な男だからな。 宗秀:ひたすらそれにのめり込んで生きてきたせいで、所帯(しょたい)を持つことが出来なかった」 真:「別にいいじゃねぇか。 真:その分、仕事に打ち込めたんだろ?」 宗秀:「それもそうなんだがな。この歳になると思うのよ。 宗秀:所帯を持たねぇってことは、ある意味一人で死んでいく覚悟を決めるようなモンだからよ」 真:「・・・人は、死ぬときゃいつでも一人だ」 宗秀:「そうだなぁ。 宗秀:だが、子どもでも孫でも、死ぬその時まで手を握って、そばに居てくれるヤツがいるかもしれねぇって思えるのは、心強いことだぞ、真」 真:「・・・つまり、俺にどうしろと?」 宗秀:「外に出ろ。所帯を持て。俺以上の鍛冶師になれ」 真:「またそれかよ・・・俺は・・・」 宗秀:「真、聞いてくれ。 宗秀:オラァな・・・夢があるんだよ」 真:「悪い・・・もう今日は寝る。明日にしてくれ」 宗秀:「ああ・・・そうか、分かった。 宗秀:起こして悪かったな」 真:「・・・」 宗秀:「じゃあな、真。ーーーすまねぇな」 0:(しばらくの間。深夜) 真:「(真、目を覚ます)・・・ううん」 0:(少し間) 真:「チッ・・・まだ夜じゃねぇか・・・。 真:親方が変な事ばかり言うから、眠りが浅くて仕方ねぇや・・・」 0:(少し間) 真:「何だって親方は、急にあんなこと言い出したんだ・・・ 真:今まで俺が出て行きてぇって言っても、頑として首を縦に振らなかったのに・・・」 0:(少し間) 真:「・・・あー。やめだやめだ。 真:考え込んだら寝れねぇまま朝になっちまう。 真:喉乾いちまったし、水でも飲んでもうひと眠りするか・・・」 0:(少し長めに間。真、井戸で水を飲む) 真:「・・・はぁー。まだ水が冷てぇな・・・。 真:春先とはいえ、まだ寒いからな・・・ 真:手間でも湯を沸かすべきだったか・・・」 0:(少し間) 真:「・・・いやいや、もう寝よう。 真:湯を沸かす間にまた考え込んで眠れなくなっても困るからな。 真:布団に潜り込んで、無理にでも目を瞑(つぶ)ってりゃ、なんとか・・・」 宗秀:(宗秀、少し離れた鍛冶場で叫ぶ) 宗秀:「・・・ぐあああああ!」 真:「は・・・?今の叫び声・・・親方・・・?親方ァ!?」 真:(真、鍛冶場に向かって駆け出す) 真:「(息を切らしながら)親方!どうした!何がーーー 真:(真、侍とぶつかる)ぐっ!」 0:(少し間。侍が真を一瞥し、逃げていく) 真:「アイツは確か昼間の・・・左頬に刀傷の侍・・・」 0:(少し間) 真:「それどころじゃねぇ!親方! 真:親方、どこだ!どこにいるんだ!」 宗秀:(宗秀、鍛冶場で倒れている) 宗秀:「・・・ぐうっ・・・真・・・」 真:「親方!?おい!どうしたんだ!」 真:(真、宗秀の元に駆け寄り、抱き起こす) 宗秀:「へっ・・・なんだおめぇ、こんな夜更けに・・・何してやがんだ・・・」 真:「そりゃあ俺の台詞だ! 真:一体何があった!どうしてこんなところで・・・ 真:(真、宗秀が血を流している事に気付く) 真:えっ・・・血・・・?」 宗秀:「ははっ・・・やられちまった・・・。 宗秀:まさか、こんな鍛冶屋相手に刀を抜くようなヤツだとは・・・思わなかった・・・」 真:「どういうことだ!なんで親方がこんな目に!」 宗秀:「別に・・・俺がヤツを甘く見ていたってぇ・・・そういう話だ・・・」 真:「違う!俺が聞きたいのはそういうことじゃねぇ! 真:アイツは何のために親方を斬ったのかって話だ!」 宗秀:「・・・おめぇに・・・聞かせるほどの話じゃねぇよ・・・」 真:「しらばっくれるな!親方は何か隠してる! 真:・・・いや、そんなこたぁ今はどうだっていい! 真:医者に・・・早く傷の手当を・・・!」 宗秀:「・・・知りてぇか?」 真:「あ・・・?何を・・・?」 宗秀:「知りてぇか、って聞いたんだ。 宗秀:俺が、おめぇに隠していること、全部」 真:「どうだっていいって言ったろ! 真:今は・・・今は親方を助ける方が先だ・・・!」 宗秀:「(宗秀、咳き込む)・・・ふっ・・・なんて顔してやがんだ。 宗秀:情けねぇ面ァ、しやがって・・・」 真:「喋るな・・・!傷が・・・血が・・・!」 宗秀:「・・・いいや、喋るぞ、俺は。 宗秀:最期に・・・言っておかなきゃいけねぇことが・・・あるからな・・・」 真:「そんなの後でいくらでも聞く! 真:だから・・・!今は頼むから静かにして・・・」 宗秀:(宗秀、食い気味に) 宗秀:「真・・・聞け」 真:「・・・何だ?」 宗秀:「・・・屋根裏だ」 真:「え・・・?」 宗秀:「鍛冶場の屋根裏を探してくれ・・・ 宗秀:そこに、そいつは隠してあるから・・・」 真:「は・・・?意味がわからねぇよ、親方。 真:一体何が・・・」 宗秀:「・・・すまねぇな。 宗秀:もうこれ以上、喋る力が残ってねぇんだ・・・ 宗秀:おめぇに伝えておきてぇことは、全部そこに置いてある・・・ 宗秀:悪いが・・・あとは・・・それを・・・」 真:「親方・・・?おい・・・!おい・・・っ! 真:しっかりしろ!目を覚ませ! 真:親方!親方ァ・・・っ!」 0:(しばらくの間。とある林道) 真:(真、荒い呼吸を押し殺すようにして、木陰に潜んでいる) 0:(ほんの少し間) 真:「・・・大丈夫、大丈夫だ・・・ 真:一瞬、一瞬の隙を狙うんだ・・・」 宗秀:『真。もし、おめぇがこの手紙を読んでいるという事は、オラァきっとこの世にいねぇのだろう』 真:「・・・やっと見つけたんだ・・・。 真:ずっと探し続けて、ようやく・・・」 宗秀:『オラァ、おめぇに隠していたことがある。 宗秀:それはな、俺が昔、刀鍛冶をしてたってことだ。 宗秀:まぁ、自慢じゃねぇが、そこそこ名の売れた刀鍛冶だった』 真:「この刀は・・・親方の打った刀だ・・・。 真:大丈夫だ・・・刺し違えてもいい・・・ 真:斬りつけさえすれば、どうにでも・・・」 宗秀:『おめぇを拾ったのは、戦で焼き払われた村の近くだったな。 宗秀:親も住処(すみか)も失って、力なく座り込むおめぇを見てオラァ、戦とはとんでねぇもんだと・・・ 宗秀:自分はとんでもねぇことに手を貸しちまったんだと、あの時、身に染みて実感したよ』 真:「落ち着け・・・落ち着くんだ。 真:親方の仇(かたき)を討つんだ・・・ 真:俺が・・・絶対に・・・」 宗秀:『あの日を機に、オラァ刀鍛冶をやめた。 宗秀:おめぇを育てると決めた時に、こいつの幸せを奪った戦には二度と手を貸さねぇと誓ったんだ』 真:「許さねぇ・・・親方が何をした・・・」 宗秀:『ーーーだが、俺の元に一人の侍がやってきた。 宗秀:刀を打ってほしいと。もちろん、断ったさ。 宗秀:だが、ヤツはしつこく俺に刀を打てと迫った。 宗秀:打たねぇなら殺すとまで言ってきた』 真:「鞘(さや)から刀を抜け・・・! 真:震えるな・・・恐れるな・・・アイツぁ・・・」 宗秀:『アイツは本気だ。平気で人を殺す目をしていた。 宗秀:俺だけじゃねぇ。いざとなったら、おめぇにまで危害が及ぶかもしれねぇ。 宗秀:だから、だからオラァーーー』 真:「ふうっ・・・ううう・・・!」 宗秀:『おめぇを・・・手放すことにした』 真:「あああ・・・あああ・・・!」 宗秀:『申し訳ねぇとは思ってる。 宗秀:だがな、もうこれ以上、俺のせいでおめぇを不幸にしたくねぇんだ。 宗秀:それだけはわかってくれ』 真:「どうして・・・どうして・・・」 宗秀:『・・・なぁ、真。オラァな夢があるんだ』 真:「どうして・・・俺はこの刀が抜けねぇ・・・」 宗秀:『ひとつは、おめぇが立派な鍛冶師になること』 真:「やめろ・・・俺は親方の仇を討ちてぇんだ・・・」 宗秀:『ひとつは、おめぇが美人の嫁さん貰って、幸せに暮らすこと』 真:「やめろ、やめろ・・・ 真:刺し違えてでも、俺はヤツを殺してやりてぇんだ・・・」 宗秀:『ひとつはーーーおめぇが家族に囲まれて、俺の元で呑気に笑う姿を見ることだ』 真:「やめろ・・・やめろ・・・やめて・・・くれよぉ・・・っ!!」 宗秀:『ーーーまぁ、今となっちゃあ叶わぬ夢だろうが、言うだけはタダだろう? 宗秀:おめぇと一緒で、俺もかなりの素寒貧(すかんぴん)だからな』 真:「うう・・・うううっ・・・」 宗秀:『けど、もしおめぇが少しでも俺に何か返す気があるならば、金なんかいらねぇからよ。 宗秀:毎日笑って、幸せに生きてくれ。 宗秀:それこそ、ジジイになるまで生き抜いて、最期は沢山の家族に手を握られて、ああ、いい人生だったと振り返れるくらいの・・・ 宗秀:そんな幸せを掴んでくれ』 真:「うう・・・うううう・・・」 宗秀:『一緒に置いてあった刀は、その足しにでも使え。 宗秀:俺が最後に打った一振りだ。 宗秀:大した金にはならねぇかもしれんが、江戸への路銀(ろぎん)くらいにはなるだろうよ』 真:「ふうっ・・・うう・・・ああ・・・」 宗秀:『ーーー長くなっちまったが、オラァいつまでもおめぇのことを見守ってるぞ、真。 宗秀:なんたって、おめぇは俺の可愛い弟子であり、そしてーーー』 真:「うっ・・・親方・・・親方・・・」 宗秀:『大事な・・・息子だからな』 真:「親方・・・親父ーーー親父・・・親父ィ・・・! 真:うあああああ・・・うああああああ・・・!」 0:(しばらくの間。鶯が鳴く鍛冶場) 0:(以下の宗秀の台詞は、真には聞こえていない) 宗秀:『 ・・・おい、真。今年も鶯が鳴き始めたぞ』 真:「ああ・・・今年もヘッタクソな鳴き声だ」 宗秀:『下手くそなんて言ってやるな。アイツも今から弟子入りに行くんだ』 真:「アイツも、これから師匠の元で修行するんだな・・・」 宗秀:『そうだな。何十、何百と鳴いて、いずれ美しい囀りを聞かせてくれる』 真:「頑張れよ・・・」 宗秀:『はっ・・・なぁに言ってんだ。 宗秀:おめぇこそ、これから頑張んなきゃいけねぇだろうが』 真:「・・・よし、さぁて。俺も出発するか」 宗秀:『おう、行ってこい』 真:「・・・いつかまた、帰ってくるよ。 真:今度は家族を連れて、この場所へ」 宗秀:『ああ、楽しみにしてるぜ』 真:「じゃあな・・・楽しみに待っててくれよ。親父」 宗秀:『おう、いつまでも待ってるからな・・・バカ息子』 0:~了~