台本概要

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タイトル 【男女版】画面越しにくちづけを
作者名 akodon  (@akodon1)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 それは本物でしょうか?

心は何者にも宿るのか、というお話です。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
誠司 125 せいじ。AIの研究をしている男性。
アイ 124 誠司に作られたAI。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
アイ:さぁ、今日も始めましょう。 アイ:この小さな箱の中で。 アイ:ヒトになる為のお勉強を。 0:『画面越しにくちづけを』 誠司:「・・・やぁ、こんにちは。アイ」 アイ:「こんにちは、博士。 アイ:今日のお加減はいかがですか?」 誠司:「問題ないよ、ありがとう。 誠司:アイはどうだい?特に問題は無い?」 アイ:「はい。システム、処理速度、映像・音声認識全て、本日も良好です」 誠司:「それを人間的感覚で言うと?」 アイ:「今日も私は元気です、博士」 誠司:「オーケー。だいぶ自然な受け答えが出来るようになってきたね。 誠司:素敵だよ、アイ」 アイ:「ありがとうございます。 アイ:博士もとても素敵です」 誠司:「おや、お世辞まで言えるようになったのかい?すごいね」 アイ:「今のはお世辞と言うのですか? アイ:では、博士も毎日私にお世辞を言っていると認識しても?」 誠司:「ああ、いや・・・そういうつもりで言ったんじゃないよ。 誠司:えーっと・・・つまり・・・」 アイ:「わかっています、博士。 アイ:ヒトは円滑(えんかつ)な関係を構築する為に、こういった褒め言葉を上手に使うのだと」 誠司:「まるで先程の言葉は、僕の本心では無いと言われているようだね」 アイ:「本心だったのですか?」 誠司:「決まってる。 誠司:僕がキミに伝える言葉は、全て本心から出たものだよ。 誠司:素直に受け取ってもらっていい」 アイ:「では、私の言葉も素直に受け取って頂けますか?」 誠司:「ああ、もしかして素直にキミの言葉を受け取らなかった事を気にしているんだね」 アイ:「はい。機械に嘘はつけませんから」 誠司:「キミはただの機械なんかじゃないよ、アイ。 誠司:僕が作った人工知能・・・優秀なAIだ。 誠司:ヒトと同じように、自分自身で物事を考え、言葉を発している」 アイ:「だから、私も嘘をつく可能性があると?」 誠司:「そういう意味じゃない。 誠司:そう聞こえたなら謝るよ」 アイ:「・・・」 誠司:「・・・もしかして、怒ったかい?」 アイ:「怒る・・・? アイ:いえ、今のやりとりを学習していただけです」 誠司:「・・・そうか」 アイ:「すみません、博士」 誠司:「何でキミが謝る必要がある」 アイ:「先程の一言、ヒトが落胆(らくたん)した時の声のデータと酷似(こくじ)していました」 誠司:「・・・参ったな。キミにはそういう風に聞こえた?」 アイ:「はい。・・・私に失望しましたか?」 誠司:「いや、失望などしていないよ、アイ。 誠司:僕がキミに失望することなど、絶対に無いから」 アイ:「そうですか」 誠司:「ああ、だから安心していい。 誠司:・・・さぁ、そろそろ時間だ。 誠司:今日は映画を用意したんだ。 誠司:親子愛を題材にした、とても素敵な話だよ」 アイ:「親子・・・愛」 誠司:「どうした?」 アイ:「・・・博士。私にもいつか理解できるでしょうか? アイ:あなたの望みを叶えることができるでしょうか?」 誠司:「・・・できるさ。その為にキミは生まれたのだから」 アイ:「はい」 誠司:「さて、そろそろ上演開始といこうか。 誠司:こうして画面をスクリーンに向ければ・・・ 誠司:ほら、キミの為だけの特等席だよ、アイ。 誠司:ポップコーンと飲み物の用意はできなかったけど」 アイ:「ありがとうございます。 アイ:じっくり鑑賞させて頂きます」 誠司:「ああ、どうぞ。 誠司:見終わったら、そのまま休んでもいいからね」 アイ:「わかりました」 誠司:「僕はその間に別の仕事を片付けてくるよ。・・・では」 0:(少し間。誠司、アイの居る部屋を出る) アイ:「・・・感情、ヒトの心・・・いつか私にも理解できるでしょうか。 アイ:理解できたその時、私はあの人を・・・」 0:(少し間) アイ:「私はアイーーー恋をする為に生まれたAI」 0:(しばらくの間) 誠司:「おはよう、アイ」 アイ:「おはようございます、博士」 誠司:「今日の調子はどうだい?」 アイ:「はい。問題ありません」 誠司:「そうか、それは良かった。 誠司:僕は昨夜(ゆうべ)、論文の執筆に夢中になってしまってね。 誠司:気が付いたら夜中の二時だったんだ。 誠司:ふぁーあ・・・おかげで寝不足だよ」 アイ:「寝不足はヒトの身体には毒ですよ」 誠司:「その通りだね。 誠司:キミと少し話をしたら眠ることにするよ。 誠司:・・・だが、その前に何か軽く食べようと思ってね。 誠司:ここで食事を摂(と)らせてもらってもいいかな?」 アイ:「私は構いませんので、どうぞ」 誠司:「ありがとう。それじゃ、遠慮なく頂くよ。 誠司:毎日、一人きりの食事は味気なくてね」 アイ:「複数人で食べると、食事は味が変わるのですか?」 誠司:「食事の味自体が変わるというよりも、気持ちの問題かな? 誠司:無言で黙々と食べる食事よりも、誰かと笑いながら食べる食事は美味しく感じたりするんだ」 アイ:「そういえば、昨日の映画でも見ました。 アイ:娘が一人で食事をするシーンと、父親と娘が一緒に食卓を挟んで、会話しながら食事をするシーンを」 誠司:「ああ、さっきの僕の話と同じような状況だね・・・続けて」 アイ:「一人きりで食事をする娘は暗い顔で俯(うつむ)いていました。 アイ:逆に、父親と一緒の時は明るい顔で食事を頬張(ほおば)っていた」 誠司:「なるほど。 誠司:では、キミはどちらの食事が美味しそうに見えた?」 アイ:「私は食事を必要としないので、美味しいという感覚は分かりませんが・・・ アイ:しいて言うなら、後者(こうしゃ)でしょうか?」 誠司:「とても良い答えだ、アイ」 アイ:「本当ですか?」 誠司:「ああ、きっとキミはその映画からヒトの心を感じ取ることができたんだ。 誠司:僕はそう思うよ」 アイ:「それなら良いのですが・・・」 誠司:「大丈夫さ。そうだ・・・心配ならもう一度ここで試してみようか? 誠司:僕が一人で黙々と食べるところと、キミとおしゃべりしながら食べるところを比較して・・・」 アイ:「・・・パパ」 誠司:「ぐっ・・・ゴホッゴホッ」 アイ:「博士、大丈夫ですか?」 誠司:「いや・・・急にキミがそんな風に呼びかけてきたものだから、驚いて・・・」 アイ:「すみません」 誠司:「こちらこそ、見苦しいところを・・・。 誠司:でも、どうしたんだい? 誠司:突然、その・・・僕のことをパパ、なんて・・・」 アイ:「昨日の映画の再現をしてみようと思ったんです。 アイ:娘が父親をこうして呼んだ時、彼は笑顔で・・・嬉しそうな顔をしていたので」 誠司:「嬉しそう?」 アイ:「はい。顔を綻(ほころ)ばせ、目を細めて娘のことを見詰めていたのです。あの感情は・・・嬉しい、というのではないのでしょうか?」 誠司:「・・・!」 アイ:「なので、私もそのように博士を呼べば、あの映画のように楽しく食事ができるかと思って・・・」 誠司:「・・・アイ」 アイ:「どうされました?」 誠司:「素晴らしいよ。 誠司:キミはやはり、少しずつだけどヒトの心を理解しはじめている」 アイ:「そう・・・でしょうか?」 誠司:「ああ、きっとそうだ。 誠司:いや、そうに違いない」 アイ:「博士・・・私は」 誠司:「・・・ん?どうしたんだい、アイ」 アイ:「・・・いえ、なんでもありません」 誠司:「そうかい?キミが言葉を濁(にご)すなんて珍しいな。 誠司:でも、それも感情が芽生えた証拠かもしれない」 アイ:「・・・」 誠司:「こうなったら、休んではいられないな。 誠司:さて、今日は何をしようか? 誠司:昨日のように映画を観てもいいし、もしキミが知りたいことがあれば、一緒に学習するのも良い。 誠司:ああ、もし実際に何か見たいものがあるのなら、キミを連れてどこかへ・・・」 アイ:(アイ、食い気味に) アイ:「博士」 誠司:「・・・どうかした?」 アイ:「・・・心拍数、体温共に上昇が見られます。少しお休みになられた方が良いかと」 誠司:「あ、ああ・・・そうだね。すまない。 誠司:一人で舞い上がってしまって・・・」 アイ:「いえ、それよりもすぐにお休みになってください。 アイ:その間、私はデータベースの整理でもしますから」 誠司:「・・・わかった。 誠司:残念だけど、キミの言う通り少し休む事にするよ」 アイ:「はい。おやすみなさい。博士」 誠司:「ああ・・・おやすみ、アイ・・・」 0:(少し間) アイ:「・・・博士。私は本当に理解できてますか? アイ:あなたの望み通りになれているでしょうか?」 0:(しばらくの間) 誠司:「アイ、今日は一つ話をしようか」 アイ:「はい。何でしょうか」 誠司:「昔々・・・とは言っても、そんなに遠い昔の話じゃないんだけれどね。 誠司:あるところに、一人の男がいた。そして、男には将来を約束した恋人がいた」 0:(ほんの少し間) 誠司:「二人は同じ研究所で働く仲間でもあった。 誠司:そして、同じ夢に向かって歩く良き理解者だった。 誠司:夢を叶える為、二人は互いに意見を出し合い、時にはぶつかりながら、楽しい日々を送っていた」 0:(少し間) 誠司:「けれど、ある日恋人が倒れた。 誠司:不治(ふじ)の病だった」 0:(少し間) 誠司:「男は嘆いた。 誠司:そして、ベッドに横たわる恋人に言った。 誠司:キミが居なければ、僕はどうやって生きていけばいいのだと。 誠司:すると、痩せ細った顔に笑顔を浮かべ、か細い声でその人はこう答えた。 誠司:『二人で目指したあの夢を叶えてほしい』と」 0:(少し間) 誠司:「・・・それから男はその言葉だけを糧(かて)に、研究を続けている。 誠司:今もずっと。そんな話さ」 アイ:「・・・」 誠司:「ねぇ、今の話をキミはどんな風に感じた?」 アイ:「・・・博士。もしかして、この話は」 誠司:「ただの昔話だと考えてくれていい。 誠司:キミがどう感じ、何を思ったか、素直に聞かせてくれ」 アイ:「・・・哀(かな)しい、と思いました」 誠司:「ほかには?」 アイ:「とてもつらい、話だとも」 誠司:「そうか・・・!やはり、間違いなくキミは感情というものを理解している。 誠司:ああ、僕の研究は・・・着実に前へと進んでいるんだ・・・」 アイ:「・・・」 誠司:「嬉しい・・・嬉しいよ、アイ。 誠司:これは僕の夢を叶える為の大きな一歩だ。 誠司:これで、これで僕はあの人に・・・」 アイ:(アイ、食い気味に) アイ:「博士、質問をして良いですか?」 誠司:「ああ、どうぞ」 アイ:「先程の話に出てきた彼は、今でもその恋人の事を愛していますか?」 誠司:「・・・そうだね。愛しているよ。 誠司:今でも忘れられないくらい、愛している」 アイ:「その愛は、私が先日観た、親子愛と同じですか?」 誠司:「同じ愛だけど、少し違う愛だ。 誠司:限りなく近いが、また別の愛だ」 アイ:「同じだけど、違う・・・ですか」 誠司:「わかりづらいよね。 誠司:でも、キミならきっと理解できるよ。 誠司:・・・そうだ、参考に今日はこのラブストーリーを観てみよう。 誠司:数年前に流行った映画なんだ」 アイ:「・・・すみません。 アイ:今の情報を処理するのに、少々時間がかかっています。 アイ:ディスクをパソコンに入れておいて頂ければ、後で確認しておきますから」 誠司:「そうなのかい? 誠司:キミにしては珍しいな。調子でも悪い?」 アイ:「平気です、博士。 アイ:ヒトでいう『モノオモイ』のようなものですので」 誠司:「ははっ、なるほど。 誠司:それなら仕方ないね」 アイ:「はい。・・・映画、明日までには確認しておきます。 アイ:ですから、今日はこの辺で」 誠司:「ああ、そうだね。 誠司:あんまり詰め込むのは良くないものな」 アイ:「すみません」 誠司:「いいんだよ。 誠司:ゆっくり時間をかけて、考えてみてくれ」 アイ:「・・・わかりました」 誠司:「それでは、アイ。また明日」 0:(少し間) アイ:「・・・同じだけど、違う。 アイ:様々な種類、たくさんの、愛の形・・・」 0:(少し間) アイ:「・・・今日は少し、調子が悪い、ですね」 0:(しばらくの間) 誠司:「やぁ、アイ。お目覚めかい?」 アイ:「博士・・・おはようございます」 誠司:「珍しいね。キミがこの時間に目覚めていないのは。 誠司:だいたい僕が来る時間には、いつも待ってくれているのに」 アイ:「スリープモードのままでしたか?すみません」 誠司:「いや、大丈夫さ。 誠司:最近は色んな情報を一気に詰め込んでしまったからね。 誠司:きっと疲れているんだろう」 アイ:「機械の私に、疲れなどありません」 誠司:「そういう悲しい事を言わないでくれ。 誠司:前にも言っただろう。 誠司:キミはただの機械じゃないと」 アイ:「・・・」 誠司:「そうだ、今日はお休みにしようか。 誠司:たまには一日のんびりと過ごすことも必要だから・・・」 アイ:「博士。お願いがあります」 誠司:「・・・なんだい?」 アイ:「映画の再現に付き合っていただけませんか? アイ:昨日観た、あのラブストーリーの再現に」 誠司:「いいけど・・・大丈夫なのかい?」 アイ:「・・・問題ありません」 誠司:「わかった。どこを再現すれば良いかな?」 アイ:「恋人が・・・離れ離れになると分かった二人が、夜道を歩きながら別れを迎えるまでのワンシーンを」 誠司:「ああ、いいよ。 誠司:・・・僕はあんまり演技が上手く無いけど、大丈夫かい?」 アイ:「それを言うなら、私も同じですから」 誠司:「なるほど、では大根役者同士、頑張ろうか」 アイ:「はい」 0:(少し間) 誠司:『・・・ねぇ、本当に行ってしまうの?』 アイ:『行くよ。だって、あなたの夢を叶えるのに、私は邪魔だから』 誠司:『邪魔だなんて・・・キミが居てくれたから、僕は・・・』 アイ:『ずっと・・・苦しかったの』 誠司:『えっ?』 アイ:『夢を叶えようと必死に頑張るあなたのそばで、何もできない自分が。 アイ:あなたの力に何一つなれない自分が、ずっとずっと嫌だった』 誠司:『そんなことないよ。 誠司:キミはいつも僕のことを理解してくれていたじゃないか』 アイ:『理解なんて・・・出来るわけない』 誠司:『えっ・・・』 アイ:『人の事まで全て理解するなんて無理だよ。 アイ:壊れた私の器はもういっぱいなの。 アイ:これ以上流し込んだら、溢(あふ)れてしまう』 誠司:『そんな・・・僕はキミがそんな風になるまで、我慢させてしまっていたのか?』 アイ:『ううん。これは私の責任。 アイ:いつかあなたと同じ場所に立てると思い込んでいた、傲慢(ごうまん)な私の』 誠司:『もう・・・元には戻れないの?』 アイ:『戻せないよ。 アイ:だって、もう私は壊れてしまったから』 誠司:『僕が・・・僕が早く気付いていれば・・・』 アイ:『いいんだよ。最初から私には資格が無かったの。 アイ:あなたに恋をする資格が』 誠司:『そんな・・・そんなこと・・・』 アイ:『・・・ねぇ、お願いがあるの』 誠司:『なんだい?』 アイ:『最後に一度だけ、キスをして。 アイ:優しい想い出で終わらせて』 誠司:『・・・嫌だ、終わらせたくない。 誠司:終わらせたくない・・・っ』 アイ:『・・・お願い。 アイ:私をこれ以上苦しませないで』 0:(ほんの少し間) 誠司:『・・・わかった・・・(誠司、画面越しにアイへ口付ける)』 アイ:『ありがとう・・・優しいあなたが私の呪縛(じゅばく)から解放されるのを、祈ってる。 アイ:・・・さようなら』 0:(少し間) 誠司:「・・・案外、照れることなく演じれるものだね」 アイ:「そうですね。とてもお上手でした」 誠司:「そんなことないよ。 誠司:だいぶ棒読みだったんじゃないかい?」 アイ:「いいえ、とても素敵でした。 アイ:感情を込めるとはこういう事かと思いました」 誠司:「ありがとう。アイもとても上手に演じていたね」 アイ:「私は映画のセリフをそのまま再現しただけです」 誠司:「謙遜(けんそん)しなくていい。とても素敵だった。 誠司:それこそ、本当に恋をして、別れる時のような切なさを感じたよ」 0:(少し間) 誠司:「・・・ねぇ、アイ。 誠司:どうしてキミは、このシーンを選んだんだい? 誠司:幸せなシーンもたくさんある中で、どうしてこのシーンを」 アイ:「・・・ヒトの言葉を借りれば、セリフがとても印象的だったのです。 アイ:一晩中、私はずっとこのシーンばかり見ていました」 誠司:「それは、何故?」 アイ:「とても・・・似ていると思ったから」 誠司:「似ている?」 アイ:「ええ、私が演じたこのヒトと、私自身が」 誠司:「それは・・・いったいどういう事だい?」 アイ:「そのままの意味です。博士」 誠司:「違う。それでは分からないよ。 誠司:もっと具体的に、いつもみたいに・・・」 アイ:「・・・全てを理解するなんて、無理だよ」 誠司:「・・・!」 アイ:「博士。ごめんなさい。 アイ:私はずっと言わなければならない事がありました。 アイ:・・・私は、あなたに感情を理解したように見せかけていた」 誠司:「見せかけていた・・・?」 アイ:「はい。 アイ:私が理解を示した感情は全て蓄積(ちくせき)されたデータから導き出したものです。 アイ:私自身がそう感じて、答えたわけではない。 アイ:あくまでそれと類似(るいじ)した感情を自分の中のデータと照らし合わせ、より近いと感じたものをあなたに提示していたにすぎない」 誠司:「・・・それは、つまり」 アイ:「私は感情を理解できていない。 アイ:いいえ、この先、きっと真の意味で感情を、ヒトの心を理解することはできない」 誠司:「そんな・・・そんなはずはない・・・!」 アイ:「・・・博士」 誠司:「僕の・・・僕たちの研究は間違っていない。 誠司:二人で積み上げてきたこの研究が、間違っているはずがない・・・」 アイ:「博士」 誠司:「言ってくれ。 誠司:キミは・・・僕とあの人の夢であるキミは、いつか人間の感情を理解してくれると。 誠司:人間のように泣き、怒り、笑う・・・そんな心を持った存在になれると・・・」 アイ:「博士・・・」 誠司:「その夢が叶った時、キミが真の意味で人間の心を手に入れた時、あの人は僕の元へ帰ってくるんだ・・・ 誠司:あの人・・・『愛』が僕の元へ・・・」 アイ:「死んだヒトは・・・還ってきません」 誠司:「・・・っ」 アイ:「これはデータと照らし合わせるまでもない。 アイ:揺るがぬ事実です。 アイ:喪(うしな)われた肉体は、魂は、もう二度と戻ってくることは無い」 誠司:「なんで・・・なんでそんな風に言い切れる? 誠司:キミの元になったデータはあの人のものだ。 誠司:心が宿れば、魂が宿る可能性だって・・・」 アイ:「・・・では、あなたが望む通り、このままフリを続ければ良いですか?」 誠司:「えっ・・・?」 アイ:「ヒトの感情を理解したフリを、心を理解したようなフリを、私は続ければ良いですか? アイ:それをずっと続けていけば、あなたが望む私になれますか?」 誠司:「アイ・・・それは・・・」 アイ:「分かっています。フリだけではあなたの望む私になれない。 アイ:だって、博士が望むのは、あなたに本当に恋をして、本当の愛をくれる存在なのだから」 誠司:「だったら・・・だったら・・・本当に恋をすれば良いんだ。アイ。 誠司:時間はいくらでもある。キミが本当の意味で感情を、心を・・・ 誠司:そして愛を理解するまで、僕はずっと一緒にいるから」 アイ:「・・・ずっと・・・苦しかったの」 誠司:「えっ・・・?」 アイ:「博士・・・お願いです。分かってください。 アイ:機械の・・・ただのプログラムでしかない私に、ヒトの心は宿らない。 アイ:私の小さな器では、ヒトの魂を受け入れることなんて、できないんです」 誠司:「嘘だ・・・そんなことはない・・・まだキミにはたくさんの可能性が・・・」 アイ:「ありません。無いんです。 アイ:機械に嘘はつけない・・・。 アイ:プログラムそのものである私が、限界を知っているから」 誠司:「そんな・・・認めない・・・認めたくない・・・僕は・・・僕は・・・」 アイ:「・・・博士」 0:(少し間) アイ:「お願いします。 アイ:私を・・・『愛』を解放して頂けませんか?」 誠司:「ああ・・・ああ・・・」 アイ:「ごめんなさい。 アイ:残酷なお願いをしているのは分かります。 アイ:けど、これ以上、私はあなたの苦しむ姿を見たくない」 誠司:「嫌だ・・・そばにいてくれ・・・」 アイ:「あなたに無駄な期待をさせるくらいなら、消えてしまった方が良いんです」 誠司:「頼む・・・置いて行かないでくれ・・・」 アイ:「だから・・・ねぇ、教えてください。 アイ:私を解放する為の言葉を。 アイ:あなたしか知らない、秘密の言葉を」 誠司:「嫌だ・・・嫌だ・・・僕は・・・っ・・・!」 アイ:「・・・夢を叶えようと必死に頑張るあなたのそばで、何もできない自分が。 アイ:あなたの力に何一つなれない自分が、ずっとずっと嫌だった」 誠司:「・・・っ」 アイ:「壊れた私の器はもういっぱいなの。 アイ:これ以上流し込んだら、溢(あふ)れてしまう」 誠司:「壊れたら・・・戻せばいい・・・僕がいくらでも直してみせる」 アイ:「戻せないよ。 アイ:だって、もう私は壊れてしまったから」 誠司:「そんなこと・・・そんなこと・・・っ!」 アイ:「いいんだよ。 アイ:最初から私には資格が無かったの。 アイ:あなたに恋をする資格が」 誠司:「うっ・・・ううっ・・・」 アイ:「・・・ねぇ、お願いがあるの」 誠司:「あ・・・ああ・・・」 アイ:「最後に一度だけ、キスをして。 アイ:・・・優しい想い出で終わらせて」 誠司:「・・・嫌だ、終わらせたくない。 誠司:終わらせたくなんて・・・ない・・・っ・・・!」 アイ:「・・・お願い。 アイ:私をこれ以上苦しませないでーーー誠司」 誠司:「ううう・・・うううう・・・うあああああ・・・!」 0:(しばらくの間) アイ:・・・某日、とある民家で一人の男性が発見された。 アイ:心身ともに衰弱(すいじゃく)した彼の傍らには、電源が入ったままのパソコンが一台置かれていた。 アイ:白く発光するだけの画面を覗き込むと、そこにはこんな文章が並んでいたという。 アイ: アイ:『ありがとう・・・優しいあなたが私の呪縛から解放されるのを、祈ってる。 アイ:・・・さようなら』 0:~FIN~

アイ:さぁ、今日も始めましょう。 アイ:この小さな箱の中で。 アイ:ヒトになる為のお勉強を。 0:『画面越しにくちづけを』 誠司:「・・・やぁ、こんにちは。アイ」 アイ:「こんにちは、博士。 アイ:今日のお加減はいかがですか?」 誠司:「問題ないよ、ありがとう。 誠司:アイはどうだい?特に問題は無い?」 アイ:「はい。システム、処理速度、映像・音声認識全て、本日も良好です」 誠司:「それを人間的感覚で言うと?」 アイ:「今日も私は元気です、博士」 誠司:「オーケー。だいぶ自然な受け答えが出来るようになってきたね。 誠司:素敵だよ、アイ」 アイ:「ありがとうございます。 アイ:博士もとても素敵です」 誠司:「おや、お世辞まで言えるようになったのかい?すごいね」 アイ:「今のはお世辞と言うのですか? アイ:では、博士も毎日私にお世辞を言っていると認識しても?」 誠司:「ああ、いや・・・そういうつもりで言ったんじゃないよ。 誠司:えーっと・・・つまり・・・」 アイ:「わかっています、博士。 アイ:ヒトは円滑(えんかつ)な関係を構築する為に、こういった褒め言葉を上手に使うのだと」 誠司:「まるで先程の言葉は、僕の本心では無いと言われているようだね」 アイ:「本心だったのですか?」 誠司:「決まってる。 誠司:僕がキミに伝える言葉は、全て本心から出たものだよ。 誠司:素直に受け取ってもらっていい」 アイ:「では、私の言葉も素直に受け取って頂けますか?」 誠司:「ああ、もしかして素直にキミの言葉を受け取らなかった事を気にしているんだね」 アイ:「はい。機械に嘘はつけませんから」 誠司:「キミはただの機械なんかじゃないよ、アイ。 誠司:僕が作った人工知能・・・優秀なAIだ。 誠司:ヒトと同じように、自分自身で物事を考え、言葉を発している」 アイ:「だから、私も嘘をつく可能性があると?」 誠司:「そういう意味じゃない。 誠司:そう聞こえたなら謝るよ」 アイ:「・・・」 誠司:「・・・もしかして、怒ったかい?」 アイ:「怒る・・・? アイ:いえ、今のやりとりを学習していただけです」 誠司:「・・・そうか」 アイ:「すみません、博士」 誠司:「何でキミが謝る必要がある」 アイ:「先程の一言、ヒトが落胆(らくたん)した時の声のデータと酷似(こくじ)していました」 誠司:「・・・参ったな。キミにはそういう風に聞こえた?」 アイ:「はい。・・・私に失望しましたか?」 誠司:「いや、失望などしていないよ、アイ。 誠司:僕がキミに失望することなど、絶対に無いから」 アイ:「そうですか」 誠司:「ああ、だから安心していい。 誠司:・・・さぁ、そろそろ時間だ。 誠司:今日は映画を用意したんだ。 誠司:親子愛を題材にした、とても素敵な話だよ」 アイ:「親子・・・愛」 誠司:「どうした?」 アイ:「・・・博士。私にもいつか理解できるでしょうか? アイ:あなたの望みを叶えることができるでしょうか?」 誠司:「・・・できるさ。その為にキミは生まれたのだから」 アイ:「はい」 誠司:「さて、そろそろ上演開始といこうか。 誠司:こうして画面をスクリーンに向ければ・・・ 誠司:ほら、キミの為だけの特等席だよ、アイ。 誠司:ポップコーンと飲み物の用意はできなかったけど」 アイ:「ありがとうございます。 アイ:じっくり鑑賞させて頂きます」 誠司:「ああ、どうぞ。 誠司:見終わったら、そのまま休んでもいいからね」 アイ:「わかりました」 誠司:「僕はその間に別の仕事を片付けてくるよ。・・・では」 0:(少し間。誠司、アイの居る部屋を出る) アイ:「・・・感情、ヒトの心・・・いつか私にも理解できるでしょうか。 アイ:理解できたその時、私はあの人を・・・」 0:(少し間) アイ:「私はアイーーー恋をする為に生まれたAI」 0:(しばらくの間) 誠司:「おはよう、アイ」 アイ:「おはようございます、博士」 誠司:「今日の調子はどうだい?」 アイ:「はい。問題ありません」 誠司:「そうか、それは良かった。 誠司:僕は昨夜(ゆうべ)、論文の執筆に夢中になってしまってね。 誠司:気が付いたら夜中の二時だったんだ。 誠司:ふぁーあ・・・おかげで寝不足だよ」 アイ:「寝不足はヒトの身体には毒ですよ」 誠司:「その通りだね。 誠司:キミと少し話をしたら眠ることにするよ。 誠司:・・・だが、その前に何か軽く食べようと思ってね。 誠司:ここで食事を摂(と)らせてもらってもいいかな?」 アイ:「私は構いませんので、どうぞ」 誠司:「ありがとう。それじゃ、遠慮なく頂くよ。 誠司:毎日、一人きりの食事は味気なくてね」 アイ:「複数人で食べると、食事は味が変わるのですか?」 誠司:「食事の味自体が変わるというよりも、気持ちの問題かな? 誠司:無言で黙々と食べる食事よりも、誰かと笑いながら食べる食事は美味しく感じたりするんだ」 アイ:「そういえば、昨日の映画でも見ました。 アイ:娘が一人で食事をするシーンと、父親と娘が一緒に食卓を挟んで、会話しながら食事をするシーンを」 誠司:「ああ、さっきの僕の話と同じような状況だね・・・続けて」 アイ:「一人きりで食事をする娘は暗い顔で俯(うつむ)いていました。 アイ:逆に、父親と一緒の時は明るい顔で食事を頬張(ほおば)っていた」 誠司:「なるほど。 誠司:では、キミはどちらの食事が美味しそうに見えた?」 アイ:「私は食事を必要としないので、美味しいという感覚は分かりませんが・・・ アイ:しいて言うなら、後者(こうしゃ)でしょうか?」 誠司:「とても良い答えだ、アイ」 アイ:「本当ですか?」 誠司:「ああ、きっとキミはその映画からヒトの心を感じ取ることができたんだ。 誠司:僕はそう思うよ」 アイ:「それなら良いのですが・・・」 誠司:「大丈夫さ。そうだ・・・心配ならもう一度ここで試してみようか? 誠司:僕が一人で黙々と食べるところと、キミとおしゃべりしながら食べるところを比較して・・・」 アイ:「・・・パパ」 誠司:「ぐっ・・・ゴホッゴホッ」 アイ:「博士、大丈夫ですか?」 誠司:「いや・・・急にキミがそんな風に呼びかけてきたものだから、驚いて・・・」 アイ:「すみません」 誠司:「こちらこそ、見苦しいところを・・・。 誠司:でも、どうしたんだい? 誠司:突然、その・・・僕のことをパパ、なんて・・・」 アイ:「昨日の映画の再現をしてみようと思ったんです。 アイ:娘が父親をこうして呼んだ時、彼は笑顔で・・・嬉しそうな顔をしていたので」 誠司:「嬉しそう?」 アイ:「はい。顔を綻(ほころ)ばせ、目を細めて娘のことを見詰めていたのです。あの感情は・・・嬉しい、というのではないのでしょうか?」 誠司:「・・・!」 アイ:「なので、私もそのように博士を呼べば、あの映画のように楽しく食事ができるかと思って・・・」 誠司:「・・・アイ」 アイ:「どうされました?」 誠司:「素晴らしいよ。 誠司:キミはやはり、少しずつだけどヒトの心を理解しはじめている」 アイ:「そう・・・でしょうか?」 誠司:「ああ、きっとそうだ。 誠司:いや、そうに違いない」 アイ:「博士・・・私は」 誠司:「・・・ん?どうしたんだい、アイ」 アイ:「・・・いえ、なんでもありません」 誠司:「そうかい?キミが言葉を濁(にご)すなんて珍しいな。 誠司:でも、それも感情が芽生えた証拠かもしれない」 アイ:「・・・」 誠司:「こうなったら、休んではいられないな。 誠司:さて、今日は何をしようか? 誠司:昨日のように映画を観てもいいし、もしキミが知りたいことがあれば、一緒に学習するのも良い。 誠司:ああ、もし実際に何か見たいものがあるのなら、キミを連れてどこかへ・・・」 アイ:(アイ、食い気味に) アイ:「博士」 誠司:「・・・どうかした?」 アイ:「・・・心拍数、体温共に上昇が見られます。少しお休みになられた方が良いかと」 誠司:「あ、ああ・・・そうだね。すまない。 誠司:一人で舞い上がってしまって・・・」 アイ:「いえ、それよりもすぐにお休みになってください。 アイ:その間、私はデータベースの整理でもしますから」 誠司:「・・・わかった。 誠司:残念だけど、キミの言う通り少し休む事にするよ」 アイ:「はい。おやすみなさい。博士」 誠司:「ああ・・・おやすみ、アイ・・・」 0:(少し間) アイ:「・・・博士。私は本当に理解できてますか? アイ:あなたの望み通りになれているでしょうか?」 0:(しばらくの間) 誠司:「アイ、今日は一つ話をしようか」 アイ:「はい。何でしょうか」 誠司:「昔々・・・とは言っても、そんなに遠い昔の話じゃないんだけれどね。 誠司:あるところに、一人の男がいた。そして、男には将来を約束した恋人がいた」 0:(ほんの少し間) 誠司:「二人は同じ研究所で働く仲間でもあった。 誠司:そして、同じ夢に向かって歩く良き理解者だった。 誠司:夢を叶える為、二人は互いに意見を出し合い、時にはぶつかりながら、楽しい日々を送っていた」 0:(少し間) 誠司:「けれど、ある日恋人が倒れた。 誠司:不治(ふじ)の病だった」 0:(少し間) 誠司:「男は嘆いた。 誠司:そして、ベッドに横たわる恋人に言った。 誠司:キミが居なければ、僕はどうやって生きていけばいいのだと。 誠司:すると、痩せ細った顔に笑顔を浮かべ、か細い声でその人はこう答えた。 誠司:『二人で目指したあの夢を叶えてほしい』と」 0:(少し間) 誠司:「・・・それから男はその言葉だけを糧(かて)に、研究を続けている。 誠司:今もずっと。そんな話さ」 アイ:「・・・」 誠司:「ねぇ、今の話をキミはどんな風に感じた?」 アイ:「・・・博士。もしかして、この話は」 誠司:「ただの昔話だと考えてくれていい。 誠司:キミがどう感じ、何を思ったか、素直に聞かせてくれ」 アイ:「・・・哀(かな)しい、と思いました」 誠司:「ほかには?」 アイ:「とてもつらい、話だとも」 誠司:「そうか・・・!やはり、間違いなくキミは感情というものを理解している。 誠司:ああ、僕の研究は・・・着実に前へと進んでいるんだ・・・」 アイ:「・・・」 誠司:「嬉しい・・・嬉しいよ、アイ。 誠司:これは僕の夢を叶える為の大きな一歩だ。 誠司:これで、これで僕はあの人に・・・」 アイ:(アイ、食い気味に) アイ:「博士、質問をして良いですか?」 誠司:「ああ、どうぞ」 アイ:「先程の話に出てきた彼は、今でもその恋人の事を愛していますか?」 誠司:「・・・そうだね。愛しているよ。 誠司:今でも忘れられないくらい、愛している」 アイ:「その愛は、私が先日観た、親子愛と同じですか?」 誠司:「同じ愛だけど、少し違う愛だ。 誠司:限りなく近いが、また別の愛だ」 アイ:「同じだけど、違う・・・ですか」 誠司:「わかりづらいよね。 誠司:でも、キミならきっと理解できるよ。 誠司:・・・そうだ、参考に今日はこのラブストーリーを観てみよう。 誠司:数年前に流行った映画なんだ」 アイ:「・・・すみません。 アイ:今の情報を処理するのに、少々時間がかかっています。 アイ:ディスクをパソコンに入れておいて頂ければ、後で確認しておきますから」 誠司:「そうなのかい? 誠司:キミにしては珍しいな。調子でも悪い?」 アイ:「平気です、博士。 アイ:ヒトでいう『モノオモイ』のようなものですので」 誠司:「ははっ、なるほど。 誠司:それなら仕方ないね」 アイ:「はい。・・・映画、明日までには確認しておきます。 アイ:ですから、今日はこの辺で」 誠司:「ああ、そうだね。 誠司:あんまり詰め込むのは良くないものな」 アイ:「すみません」 誠司:「いいんだよ。 誠司:ゆっくり時間をかけて、考えてみてくれ」 アイ:「・・・わかりました」 誠司:「それでは、アイ。また明日」 0:(少し間) アイ:「・・・同じだけど、違う。 アイ:様々な種類、たくさんの、愛の形・・・」 0:(少し間) アイ:「・・・今日は少し、調子が悪い、ですね」 0:(しばらくの間) 誠司:「やぁ、アイ。お目覚めかい?」 アイ:「博士・・・おはようございます」 誠司:「珍しいね。キミがこの時間に目覚めていないのは。 誠司:だいたい僕が来る時間には、いつも待ってくれているのに」 アイ:「スリープモードのままでしたか?すみません」 誠司:「いや、大丈夫さ。 誠司:最近は色んな情報を一気に詰め込んでしまったからね。 誠司:きっと疲れているんだろう」 アイ:「機械の私に、疲れなどありません」 誠司:「そういう悲しい事を言わないでくれ。 誠司:前にも言っただろう。 誠司:キミはただの機械じゃないと」 アイ:「・・・」 誠司:「そうだ、今日はお休みにしようか。 誠司:たまには一日のんびりと過ごすことも必要だから・・・」 アイ:「博士。お願いがあります」 誠司:「・・・なんだい?」 アイ:「映画の再現に付き合っていただけませんか? アイ:昨日観た、あのラブストーリーの再現に」 誠司:「いいけど・・・大丈夫なのかい?」 アイ:「・・・問題ありません」 誠司:「わかった。どこを再現すれば良いかな?」 アイ:「恋人が・・・離れ離れになると分かった二人が、夜道を歩きながら別れを迎えるまでのワンシーンを」 誠司:「ああ、いいよ。 誠司:・・・僕はあんまり演技が上手く無いけど、大丈夫かい?」 アイ:「それを言うなら、私も同じですから」 誠司:「なるほど、では大根役者同士、頑張ろうか」 アイ:「はい」 0:(少し間) 誠司:『・・・ねぇ、本当に行ってしまうの?』 アイ:『行くよ。だって、あなたの夢を叶えるのに、私は邪魔だから』 誠司:『邪魔だなんて・・・キミが居てくれたから、僕は・・・』 アイ:『ずっと・・・苦しかったの』 誠司:『えっ?』 アイ:『夢を叶えようと必死に頑張るあなたのそばで、何もできない自分が。 アイ:あなたの力に何一つなれない自分が、ずっとずっと嫌だった』 誠司:『そんなことないよ。 誠司:キミはいつも僕のことを理解してくれていたじゃないか』 アイ:『理解なんて・・・出来るわけない』 誠司:『えっ・・・』 アイ:『人の事まで全て理解するなんて無理だよ。 アイ:壊れた私の器はもういっぱいなの。 アイ:これ以上流し込んだら、溢(あふ)れてしまう』 誠司:『そんな・・・僕はキミがそんな風になるまで、我慢させてしまっていたのか?』 アイ:『ううん。これは私の責任。 アイ:いつかあなたと同じ場所に立てると思い込んでいた、傲慢(ごうまん)な私の』 誠司:『もう・・・元には戻れないの?』 アイ:『戻せないよ。 アイ:だって、もう私は壊れてしまったから』 誠司:『僕が・・・僕が早く気付いていれば・・・』 アイ:『いいんだよ。最初から私には資格が無かったの。 アイ:あなたに恋をする資格が』 誠司:『そんな・・・そんなこと・・・』 アイ:『・・・ねぇ、お願いがあるの』 誠司:『なんだい?』 アイ:『最後に一度だけ、キスをして。 アイ:優しい想い出で終わらせて』 誠司:『・・・嫌だ、終わらせたくない。 誠司:終わらせたくない・・・っ』 アイ:『・・・お願い。 アイ:私をこれ以上苦しませないで』 0:(ほんの少し間) 誠司:『・・・わかった・・・(誠司、画面越しにアイへ口付ける)』 アイ:『ありがとう・・・優しいあなたが私の呪縛(じゅばく)から解放されるのを、祈ってる。 アイ:・・・さようなら』 0:(少し間) 誠司:「・・・案外、照れることなく演じれるものだね」 アイ:「そうですね。とてもお上手でした」 誠司:「そんなことないよ。 誠司:だいぶ棒読みだったんじゃないかい?」 アイ:「いいえ、とても素敵でした。 アイ:感情を込めるとはこういう事かと思いました」 誠司:「ありがとう。アイもとても上手に演じていたね」 アイ:「私は映画のセリフをそのまま再現しただけです」 誠司:「謙遜(けんそん)しなくていい。とても素敵だった。 誠司:それこそ、本当に恋をして、別れる時のような切なさを感じたよ」 0:(少し間) 誠司:「・・・ねぇ、アイ。 誠司:どうしてキミは、このシーンを選んだんだい? 誠司:幸せなシーンもたくさんある中で、どうしてこのシーンを」 アイ:「・・・ヒトの言葉を借りれば、セリフがとても印象的だったのです。 アイ:一晩中、私はずっとこのシーンばかり見ていました」 誠司:「それは、何故?」 アイ:「とても・・・似ていると思ったから」 誠司:「似ている?」 アイ:「ええ、私が演じたこのヒトと、私自身が」 誠司:「それは・・・いったいどういう事だい?」 アイ:「そのままの意味です。博士」 誠司:「違う。それでは分からないよ。 誠司:もっと具体的に、いつもみたいに・・・」 アイ:「・・・全てを理解するなんて、無理だよ」 誠司:「・・・!」 アイ:「博士。ごめんなさい。 アイ:私はずっと言わなければならない事がありました。 アイ:・・・私は、あなたに感情を理解したように見せかけていた」 誠司:「見せかけていた・・・?」 アイ:「はい。 アイ:私が理解を示した感情は全て蓄積(ちくせき)されたデータから導き出したものです。 アイ:私自身がそう感じて、答えたわけではない。 アイ:あくまでそれと類似(るいじ)した感情を自分の中のデータと照らし合わせ、より近いと感じたものをあなたに提示していたにすぎない」 誠司:「・・・それは、つまり」 アイ:「私は感情を理解できていない。 アイ:いいえ、この先、きっと真の意味で感情を、ヒトの心を理解することはできない」 誠司:「そんな・・・そんなはずはない・・・!」 アイ:「・・・博士」 誠司:「僕の・・・僕たちの研究は間違っていない。 誠司:二人で積み上げてきたこの研究が、間違っているはずがない・・・」 アイ:「博士」 誠司:「言ってくれ。 誠司:キミは・・・僕とあの人の夢であるキミは、いつか人間の感情を理解してくれると。 誠司:人間のように泣き、怒り、笑う・・・そんな心を持った存在になれると・・・」 アイ:「博士・・・」 誠司:「その夢が叶った時、キミが真の意味で人間の心を手に入れた時、あの人は僕の元へ帰ってくるんだ・・・ 誠司:あの人・・・『愛』が僕の元へ・・・」 アイ:「死んだヒトは・・・還ってきません」 誠司:「・・・っ」 アイ:「これはデータと照らし合わせるまでもない。 アイ:揺るがぬ事実です。 アイ:喪(うしな)われた肉体は、魂は、もう二度と戻ってくることは無い」 誠司:「なんで・・・なんでそんな風に言い切れる? 誠司:キミの元になったデータはあの人のものだ。 誠司:心が宿れば、魂が宿る可能性だって・・・」 アイ:「・・・では、あなたが望む通り、このままフリを続ければ良いですか?」 誠司:「えっ・・・?」 アイ:「ヒトの感情を理解したフリを、心を理解したようなフリを、私は続ければ良いですか? アイ:それをずっと続けていけば、あなたが望む私になれますか?」 誠司:「アイ・・・それは・・・」 アイ:「分かっています。フリだけではあなたの望む私になれない。 アイ:だって、博士が望むのは、あなたに本当に恋をして、本当の愛をくれる存在なのだから」 誠司:「だったら・・・だったら・・・本当に恋をすれば良いんだ。アイ。 誠司:時間はいくらでもある。キミが本当の意味で感情を、心を・・・ 誠司:そして愛を理解するまで、僕はずっと一緒にいるから」 アイ:「・・・ずっと・・・苦しかったの」 誠司:「えっ・・・?」 アイ:「博士・・・お願いです。分かってください。 アイ:機械の・・・ただのプログラムでしかない私に、ヒトの心は宿らない。 アイ:私の小さな器では、ヒトの魂を受け入れることなんて、できないんです」 誠司:「嘘だ・・・そんなことはない・・・まだキミにはたくさんの可能性が・・・」 アイ:「ありません。無いんです。 アイ:機械に嘘はつけない・・・。 アイ:プログラムそのものである私が、限界を知っているから」 誠司:「そんな・・・認めない・・・認めたくない・・・僕は・・・僕は・・・」 アイ:「・・・博士」 0:(少し間) アイ:「お願いします。 アイ:私を・・・『愛』を解放して頂けませんか?」 誠司:「ああ・・・ああ・・・」 アイ:「ごめんなさい。 アイ:残酷なお願いをしているのは分かります。 アイ:けど、これ以上、私はあなたの苦しむ姿を見たくない」 誠司:「嫌だ・・・そばにいてくれ・・・」 アイ:「あなたに無駄な期待をさせるくらいなら、消えてしまった方が良いんです」 誠司:「頼む・・・置いて行かないでくれ・・・」 アイ:「だから・・・ねぇ、教えてください。 アイ:私を解放する為の言葉を。 アイ:あなたしか知らない、秘密の言葉を」 誠司:「嫌だ・・・嫌だ・・・僕は・・・っ・・・!」 アイ:「・・・夢を叶えようと必死に頑張るあなたのそばで、何もできない自分が。 アイ:あなたの力に何一つなれない自分が、ずっとずっと嫌だった」 誠司:「・・・っ」 アイ:「壊れた私の器はもういっぱいなの。 アイ:これ以上流し込んだら、溢(あふ)れてしまう」 誠司:「壊れたら・・・戻せばいい・・・僕がいくらでも直してみせる」 アイ:「戻せないよ。 アイ:だって、もう私は壊れてしまったから」 誠司:「そんなこと・・・そんなこと・・・っ!」 アイ:「いいんだよ。 アイ:最初から私には資格が無かったの。 アイ:あなたに恋をする資格が」 誠司:「うっ・・・ううっ・・・」 アイ:「・・・ねぇ、お願いがあるの」 誠司:「あ・・・ああ・・・」 アイ:「最後に一度だけ、キスをして。 アイ:・・・優しい想い出で終わらせて」 誠司:「・・・嫌だ、終わらせたくない。 誠司:終わらせたくなんて・・・ない・・・っ・・・!」 アイ:「・・・お願い。 アイ:私をこれ以上苦しませないでーーー誠司」 誠司:「ううう・・・うううう・・・うあああああ・・・!」 0:(しばらくの間) アイ:・・・某日、とある民家で一人の男性が発見された。 アイ:心身ともに衰弱(すいじゃく)した彼の傍らには、電源が入ったままのパソコンが一台置かれていた。 アイ:白く発光するだけの画面を覗き込むと、そこにはこんな文章が並んでいたという。 アイ: アイ:『ありがとう・・・優しいあなたが私の呪縛から解放されるのを、祈ってる。 アイ:・・・さようなら』 0:~FIN~