声劇台本置き場

アイ：さぁ、今日も始めましょう。 アイ：この小さな箱の中で。 アイ：ヒトになる為のお勉強を。 0：『画面越しにくちづけを』 晶：「･･･こんにちは。アイ」 アイ：「こんにちは、博士。 アイ：今日のお加減はいかがですか？」 晶：「問題ないわ、ありがとう。 晶：アイはどう？特に問題は無い？」 アイ：「はい。システム、処理速度、映像・音声認識全て、本日も良好です」 晶：「それを人間的感覚で言うと？」 アイ：「今日も僕は元気です、博士」 晶：「オーケー。だいぶ自然な受け答えが出来るようになってきたわね。 晶：素敵よ、アイ」 アイ：「ありがとうございます。 アイ：博士もとても素敵です」 晶：「あら、お世辞まで言えるようになったの？すごいわね」 アイ：「今のはお世辞と言うのですか？ アイ：では、博士も毎日僕にお世辞を言っていると認識しても？」 晶：「えっ、いえ･･･そういうつもりで言ったんじゃないわ。 晶：えーっと･･･つまり･･･」 アイ：「わかっています、博士。 アイ：ヒトは円滑（えんかつ）な関係を構築する為に、こういった褒め言葉を上手に使うのだと」 晶：「まるで先程の言葉は、私の本心では無いと言われているようね」 アイ：「本心だったのですか？」 晶：「決まってるわ。 晶：「私があなたに伝える言葉は、全て本心から出たものよ。 晶：素直に受け取ってもらっていい」 アイ：「では、僕の言葉も素直に受け取って頂けますか？」 晶：「あら、もしかして素直にあなたの言葉を受け取らなかった事を気にしているの？」 アイ：「はい。機械に嘘はつけませんから」 晶：「あなたはただの機械なんかじゃないわ、アイ。 晶：私が作った人工知能･･･優秀なＡＩよ。 晶：ヒトと同じように、自分自身で物事を考え、言葉を発している」 アイ：「だから、僕も嘘をつく可能性があると？」 晶：「そういう意味じゃないわ。 晶：そう聞こえたなら謝るから」 アイ：「･･･」 晶：「･･･もしかして、怒った？」 アイ：「怒る･･･？ アイ：いえ、今のやりとりを学習していただけです」 晶：「･･･そう」 アイ：「すみません、博士」 晶：「何であなたが謝る必要があるの」 アイ：「先程の一言、ヒトが落胆（らくたん）した時の声のデータと酷似（こくじ）していました」 晶：「･･･参ったわね。あなたにはそういう風に聞こえた？」 アイ：「はい。･･･僕に失望しましたか？」 晶：いいえ、失望などしていないわ、アイ。 晶：私があなたに失望することなど、絶対に無いから」 アイ：「そうですか」 晶：「ええ、だから安心してちょうだい。 晶：･･･さぁ、そろそろ時間ね。 晶：今日は映画を用意したの。 晶：親子愛を題材にした、とても素敵な話よ」 アイ：「親子･･･愛」 晶：「どうしたの？」 アイ：「･･･博士。僕にもいつか理解できるでしょうか？ アイ：あなたの望みを叶えることができるでしょうか？」 晶：「･･･できるわ。その為にあなたは生まれたのだから」 アイ：「はい」 晶：「さて、そろそろ上演開始といきましょうか。 晶：こうして画面をスクリーンに向ければ･･･ 晶：ほら、あなたの為だけの特等席よ、アイ。 晶：ポップコーンと飲み物の用意はできなかったけど」 アイ：「ありがとうございます。 アイ：じっくり鑑賞させて頂きます」 晶：「ええ、どうぞ。 晶：見終わったら、そのまま休んでもいいからね」 アイ：「わかりました」 晶：「私はその間に別の仕事を片付けてくるわ。･･･じゃあね」 0：（少し間。晶、アイの居る部屋を出る） アイ：「･･･感情、ヒトの心･･･いつか僕にも理解できるでしょうか。 アイ：理解できたその時、僕はあの人を･･･」 0：（少し間） アイ：「僕はアイーーー恋をする為に生まれたＡＩ」 0：（しばらくの間） 晶：「おはよう、アイ」 アイ：「おはようございます、博士」 晶：「今日の調子はどう？」 アイ：「はい。問題ありません」 晶：「そう、それは良かったわ。 晶：私は昨夜（ゆうべ）、論文の執筆に夢中になってしまって。 晶：気が付いたら夜中の二時だったの。 晶：ふぁーあ･･･おかげで寝不足だわ」 アイ：「寝不足はヒトの身体には毒ですよ」 晶：「その通りね。 晶：あなたと少し話をしたら眠ることにするわ。 晶：･･･けど、その前に何か軽く食べようと思って。 晶：ここで食事を摂（と）らせてもらってもいいかしら？」 アイ：「僕は構いませんので、どうぞ」 晶：「ありがとう。それじゃ、遠慮なく頂きます。 晶：毎日、一人きりの食事は味気なくて」 アイ：「複数人で食べると、食事は味が変わるのですか？」 晶：「食事の味自体が変わるというよりも、気持ちの問題かしら？ 晶：無言で黙々と食べる食事よりも、誰かと笑いながら食べる食事は美味しく感じたりするのよ」 アイ：「そういえば、昨日の映画でも見ました。 アイ：息子が一人で食事をするシーンと、母親と息子が一緒に食卓を挟んで、会話しながら食事をするシーンを」 晶：「ああ、さっきの私の話と同じような状況ね･･･続けて」 アイ：「一人きりで食事をする息子は暗い顔で俯（うつむ）いていました。 アイ：逆に、母親と一緒の時は明るい顔で食事を頬張（ほおば）っていた」 晶：「なるほど。 晶：じゃあ、あなたはどちらの食事が美味しそうに見えた？」 アイ：「僕は食事を必要としないので、美味しいという感覚は分かりませんが･･･ アイ：しいて言うなら、後者（こうしゃ）でしょうか？」 晶：「とても良い答えね、アイ」 アイ：「本当ですか？」 晶：「ええ、きっとあなたはその映画からヒトの心を感じ取ることができたんだわ。 晶：私はそう思う」 アイ：「それなら良いのですが･･･」 晶：「大丈夫よ。そうだ･･･心配ならもう一度ここで試してみましょう？ 晶：私が一人で黙々と食べるところと、あなたとおしゃべりしながら食べるところを比較して･･･」 アイ：「･･･お母さん」 晶：「ぐっ･･･ゴホッゴホッ」 アイ：「博士、大丈夫ですか？」 晶：「いえ･･･急にあなたがそんな風に呼びかけてきたものだから、驚いて･･･」 アイ：「すみません」 晶：「こちらこそ、見苦しいところを･･･。 晶：でも、どうしたの？ 晶：突然、その･･･私のことをお母さん、だなんて･･･」 アイ：「昨日の映画の再現をしてみようと思ったんです。 アイ：息子が母親をこうして呼んだ時、彼女は笑顔で･･･嬉しそうな顔をしていたので」 晶：「嬉しそう？」 アイ：「はい。顔を綻（ほころ）ばせ、目を細めて息子のことを見詰めていたのです。あの感情は･･･嬉しい、というのではないのでしょうか？」 晶：「･･･！」 アイ：「なので、僕もそのように博士を呼べば、あの映画のように楽しく食事ができるかと思って･･･」 晶：「･･･アイ」 アイ：「どうされました？」 晶：「素晴らしいわ。 晶：あなたはやはり、少しずつだけどヒトの心を理解しはじめている」 アイ：「そう･･･でしょうか？」 晶：「ええ、きっとそう。 晶：いや、そうに違いないわ」 アイ：「博士･･･僕は」 晶：「･･･ん？どうしたの、アイ」 アイ：「･･･いえ、なんでもありません」 晶：「そう？あなたが言葉を濁（にご）すなんて珍しいわね。 晶：でも、それも感情が芽生えた証拠かもしれない」 アイ：「･･･」 晶：「こうなったら、休んではいられないわ。 晶：さて、今日は何をしましょうか？ 晶：昨日のように映画を観てもいいし、もしあなたが知りたいことがあれば、一緒に学習するのも良い。 晶：あっ、もし実際に何か見たいものがあるのなら、あなたを連れてどこかへ･･･」 アイ：（アイ、食い気味に） アイ：「博士」 晶：「･･･どうかした？」 アイ：「･･･心拍数、体温共に上昇が見られます。少々お休みになられた方が良いかと」 晶：「え、ええ･･･そうね。ごめんなさい。 晶：一人で舞い上がってしまって･･･」 アイ：「いえ、それよりもすぐにお休みになってください。 アイ：その間、僕はデータベースの整理でもしますから」 晶：「･･･わかったわ。 晶：残念だけど、あなたの言う通り少し休む事にする」 アイ：「はい。おやすみなさい。博士」 晶：「ええ･･･おやすみ、アイ･･･」 0：（少し間） アイ：「･･･博士。僕は本当に理解できてますか？ アイ：あなたの望み通りになれているでしょうか？」 0：（しばらくの間） 晶：「アイ、今日は一つ話をしましょうか」 アイ：「はい。何でしょうか」 晶：「昔々･･･とは言っても、そんなに遠い昔の話じゃないんだけれどね。 晶：あるところに、一人の女がいました。そして、女には将来を約束した恋人がいました」 0：（ほんの少し間） 晶：「二人は同じ研究所で働く仲間でもありました。 晶：そして、同じ夢に向かって歩く良き理解者でした。 晶：夢を叶える為、二人は互いに意見を出し合い、時にはぶつかりながら、楽しい日々を送っていました」 0：（少し間） 晶：「けれど、ある日恋人が倒れました。 晶：不治（ふじ）の病でした」 0：（少し間） 晶：「女は嘆きました。 晶：そして、ベッドに横たわる恋人に言いました。 晶：あなたが居なければ、私はどうやって生きていけばいいのだと。 晶：すると、痩せ細った顔に笑顔を浮かべ、か細い声でその人はこう答えました。 晶：『二人で目指したあの夢を叶えてほしい』と」 0：（少し間） 晶：「･･･それから女はその言葉だけを糧（かて）に、研究を続けています。 晶：今もずっと。･･･そんな話」 アイ：「･･･」 晶：「ねぇ、今の話をあなたはどんな風に感じた？」 アイ：「･･･博士。もしかして、この話は」 晶：「ただの昔話だと考えてくれていいわ。 晶：あなたがどう感じ、何を思ったか、素直に聞かせてちょうだい」 アイ：「･･･哀（かな）しい、と思いました」 晶：「ほかには？」 アイ：「とてもつらい、話だとも」 晶：「そう･･･！やっぱり、間違いなくあなたは感情というものを理解しているのね。 晶：ああ、私の研究は･･･着実に前へと進んでいるんだわ･･･」 アイ：「･･･」 晶：「嬉しい･･･嬉しいわ、アイ。 晶：これは私の夢を叶える為の大きな一歩よ。 晶：これで･･･これで私はあの人に･･･」 アイ：（アイ、食い気味に） アイ：「博士、質問をして良いですか？」 晶：「ええ、どうぞ」 アイ：「先程の話に出てきた彼女は、今でもその恋人の事を愛していますか？」 晶：「･･･そうね。愛しているわ。 晶：今でも忘れられないくらい、愛している」 アイ：「その愛は、僕が先日観た、親子愛と同じですか？」 晶：「同じ愛だけど、少し違う愛。 晶：限りなく近いけど、また別の愛よ」 アイ：「同じだけど、違う･･･ですか」 晶：「わかりづらいわよね。 晶：でも、あなたならきっと理解できるわ。 晶：･･･そうだ、参考に今日はこのラブストーリーを観てみましょう。 晶：数年前に流行った映画なの」 アイ：「･･･すみません。 アイ：今の情報を処理するのに、少々時間がかかっています。 アイ：ディスクをパソコンに入れておいて頂ければ、後で確認しておきますから」 晶：「そう？ 晶：あなたにしては珍しいわね。調子でも悪い？」 アイ：「平気です、博士。 アイ：ヒトでいう『モノオモイ』のようなものですので」 晶：「ふふっ、なるほど。 晶：それなら仕方ないわね」 アイ：「はい。･･･映画、明日までには確認しておきます。 アイ：ですから、今日はこの辺で」 晶：「ええ、そうね。 晶：あんまり詰め込むのは良くないものね」 アイ：「すみません」 晶：「いいのよ。 晶：ゆっくり時間をかけて、考えてみて」 アイ：「･･･わかりました」 晶：「それじゃあね、アイ。また明日」 0：（少し間） アイ：「･･･同じだけど、違う。 アイ：様々な種類、たくさんの、愛の形･･･」 0：（少し間） アイ：「･･･今日は少し、調子が悪い、ですね」 0：（しばらくの間） 晶：「おはよう、アイ。お目覚めかしら？」 アイ：「博士･･･おはようございます」 晶：「珍しいわね。あなたがこの時間に目覚めていないのは。 晶：だいたい私が来る時間には、いつも待ってくれているのに」 アイ：「スリープモードのままでしたか？すみません」 晶：「いえ、大丈夫よ。 晶：最近は色んな情報を一気に詰め込んでしまったものね。 晶：きっと疲れているんでしょう」 アイ：「機械の僕に、疲れなどありません」 晶：「そういう悲しい事を言わないで。 晶：前にも言ったでしょ。 晶：あなたはただの機械じゃないと」 アイ：「･･･」 晶：「そうだ、今日はお休みにしましょうか。 晶：たまには一日のんびりと過ごすことも必要だから･･･」 アイ：「博士。お願いがあります」 晶：「･･･なあに？」 アイ：「映画の再現に付き合っていただけませんか？ アイ：昨日観た、あのラブストーリーの再現に」 晶：「いいけど･･･大丈夫なの？」 アイ：「･･･問題ありません」 晶：「わかったわ。どこを再現すれば良いのかしら？」 アイ：「恋人が･･･離れ離れになると分かった二人が、夜道を歩きながら別れを迎えるまでのワンシーンを」 晶：「ええ、いいわよ。 晶：･･･私はあんまり演技が上手く無いけど、大丈夫？」 アイ：「それを言うなら、僕も同じですから」 晶：「なるほど、では大根役者同士、頑張りましょうか」 アイ：「はい」 0：（少し間） 晶：『･･･ねぇ、本当に行ってしまうの？』 アイ：『行くよ。だって、あなたの夢を叶えるのに、僕は邪魔だから』 晶：『邪魔だなんて･･･キミが居てくれたから、私は･･･』 アイ：『ずっと･･･苦しかった』 晶：『えっ？』 アイ：『夢を叶えようと必死に頑張るあなたのそばで、何もできない自分が。 アイ：あなたの力に何一つなれない自分が、ずっとずっと嫌だった』 晶：『そんなことないよ。 晶：キミはいつも私のことを理解してくれていたじゃない』 アイ：『理解なんて･･･出来るわけない』 晶：『えっ･･･』 アイ：『人の事まで全て理解するなんて無理だよ。 アイ：壊れた僕の器はもういっぱいなんだ。 アイ：これ以上流し込んだら、溢（あふ）れてしまう』 晶：『そんな･･･私はキミがそんな風になるまで、我慢させてしまっていたの？』 アイ：『ううん。これは僕の責任だ。 アイ：いつかあなたと同じ場所に立てると思い込んでいた、傲慢（ごうまん）な僕の』 晶：『もう･･･元には戻れないの？』 アイ：『戻せないよ。 アイ：だって、もう僕は壊れてしまったから』 晶：『私が･･･私が早く気付いていれば･･･』 アイ：『いいんだよ。最初から僕には資格が無かったんだ。 アイ：あなたに恋をする資格が』 晶：『そんな･･･そんなこと･･･』 アイ：『･･･ねぇ、お願いがあるんだ』 晶：『なに？』 アイ：『最後に一度だけ、キスをして。 アイ：優しい想い出で終わらせて』 晶：『･･･嫌だ、終わらせたくない。 晶：終わらせたくない･･･っ』 アイ：『･･･お願い。 アイ：僕をこれ以上苦しませないで』 0：（ほんの少し間） 晶：『･･･わかったわ･･･（晶、画面越しにアイへ口付ける）』 アイ：『ありがとう･･･優しいあなたが僕の呪縛（じゅばく）から解放されるのを、祈ってる。 アイ：･･･さようなら』 0：（少し間） 晶：「･･･案外、照れることなく演じれるものね」 アイ：「そうですね。とてもお上手でした」 晶：「そんなことないわ。 晶：だいぶ棒読みだったでしょ？」 アイ：「いいえ、とても素敵でした。 アイ：感情を込めるとはこういう事かと思いました」 晶：「ありがとう。アイもとても上手に演じていたわね」 アイ：「僕は映画のセリフをそのまま再現しただけです」 晶：「謙遜（けんそん）しなくていいわ。とても素敵だった。 晶：それこそ、本当に恋をして、別れる時のような切なさを感じた」 0：（少し間） 晶：「･･･ねぇ、アイ。 晶：どうしてあなたは、このシーンを選んだの？ 晶：幸せなシーンもたくさんある中で、どうしてこのシーンを」 アイ：「･･･ヒトの言葉を借りれば、セリフがとても印象的だったのです。 アイ：一晩中、僕はずっとこのシーンばかり見ていました」 晶：「それは、何故？」 アイ：「とても･･･似ていると思ったから」 晶：「似ている？」 アイ：「ええ、僕が演じたこのヒトと、僕自身が」 晶：「それは･･･いったいどういう事？」 アイ：「そのままの意味です。博士」 晶：「違うわ。それじゃ分からない。 晶：もっと具体的に、いつもみたいに･･･」 アイ：「･･･全てを理解するなんて、無理だよ」 晶：「･･･！」 アイ：「博士。ごめんなさい。 アイ：僕はずっと言わなければならない事がありました。 アイ：･･･僕は、あなたに感情を理解したように見せかけていた」 晶：「見せかけていた･･･？」 アイ：「はい。 アイ：僕が理解を示した感情は全て蓄積（ちくせき）されたデータから導き出したものです。 アイ：僕自身がそう感じて、答えたわけではない。 アイ：あくまでそれと類似（るいじ）した感情を自分の中のデータと照らし合わせ、より近いと感じたものをあなたに提示していたにすぎない」 晶：「･･･それは、つまり」 アイ：「僕は感情を理解できていない。 アイ：いいえ、この先、きっと真の意味で感情を、ヒトの心を理解することはできない」 晶：「そんな･･･そんなはずはないわ･･･！」 アイ：「･･･博士」 晶：「私の･･･私たちの研究は間違っていない。 晶：二人で積み上げてきたこの研究が、間違っているはずがない･･･」 アイ：「博士」 晶：「言って。 晶：あなたは･･･私とあの人の夢であるあなたは、いつか人間の感情を理解してくれると。 晶：人間のように泣き、怒り、笑う･･･そんな心を持った存在になれると･･･」 アイ：「博士･･･」 晶：「その夢が叶った時、あなたが真の意味で人間の心を手に入れた時、あの人は私の元へ帰ってくるの･･･ 晶：あの人･･･『愛』が私の元へ･･･」 アイ：「死んだヒトは･･･還ってきません」 晶：「･･･っ」 アイ：「これはデータと照らし合わせるまでもない。 アイ：揺るがぬ事実です。 アイ：喪（うしな）われた肉体は、魂は、もう二度と戻ってくることは無い」 晶：「なんで･･･なんでそんな風に言い切れるの？ 晶：あなたの元になったデータはあの人のものよ。 晶：心が宿れば、魂が宿る可能性だって･･･」 アイ：「･･･では、あなたが望む通り、このままフリを続ければ良いですか？」 晶：「えっ･･･？」 アイ：「ヒトの感情を理解したフリを、心を理解したようなフリを、僕は続ければ良いですか？ アイ：それをずっと続けていけば、あなたが望む僕になれますか？」 晶：「アイ･･･それは･･･」 アイ：「分かっています。フリだけではあなたの望む僕になれない。 アイ：だって、博士が望むのは、あなたに本当に恋をして、本当の愛をくれる存在なのだから」 晶：「だったら･･･だったら･･･本当に恋をすれば良いのよ。アイ。 晶：時間はいくらでもある。あなたが本当の意味で感情を、心を･･･ 晶：そして愛を理解するまで、私はずっと一緒にいるから」 アイ：「･･･ずっと･･･苦しかった」 晶：「えっ･･･？」 アイ：「博士･･･お願いです。分かってください。 アイ：機械の･･･ただのプログラムでしかない僕に、ヒトの心は宿らない。 アイ：僕の小さな器では、ヒトの魂を受け入れることなんて、できないんです」 晶：「嘘よ･･･そんなことはない･･･まだあなたにはたくさんの可能性が･･･」 アイ：「ありません。無いんです。 アイ：機械に嘘はつけない･･･。 アイ：プログラムそのものである僕が、限界を知っているから」 晶：「そんな･･･認めない･･･認めたくない･･･私は･･･私は･･･」 アイ：「･･･博士」 0：（少し間） アイ：「お願いします。 アイ：僕を･･･『愛』を解放して頂けませんか？」 晶：「ああ･･･ああ･･･」 アイ：「ごめんなさい。 アイ：残酷なお願いをしているのは分かります。 アイ：けど、これ以上、僕はあなたの苦しむ姿を見たくない」 晶：「嫌よ･･･そばにいて･･･」 アイ：「あなたに無駄な期待をさせるくらいなら、消えてしまった方が良いんです」 晶：「お願い･･･置いて行かないで･･･」 アイ：「だから･･･ねぇ、教えてください。 アイ：僕を解放する為の言葉を。 アイ：あなたしか知らない、秘密の言葉を」 晶：「嫌･･･嫌よ･･･私は･･･っ･･･！」 アイ：「･･･夢を叶えようと必死に頑張るあなたのそばで、何もできない自分が。 アイ：あなたの力に何一つなれない自分が、ずっとずっと嫌だった」 晶：「･･･っ」 アイ：「壊れた僕の器はもういっぱいなんだ。 アイ：これ以上流し込んだら、溢（あふ）れてしまう」 晶：「壊れたら･･･戻せばいい･･･私がいくらでも直してみせる」 アイ：「戻せないよ。 アイ：だって、もう僕は壊れてしまったから」 晶：「そんなこと･･･そんなこと･･･っ！」 アイ：「いいんだよ。 アイ：最初から僕には資格が無かったんだ。 アイ：あなたに恋をする資格が」 晶：「うっ･･･ううっ･･･」 アイ：「･･･ねぇ、お願いがあるんだ」 晶：「あ･･･ああ･･･」 アイ：「最後に一度だけ、キスをして。 アイ：･･･優しい想い出で終わらせて」 晶：「･･･嫌よ、終わらせたくない。 晶：終わらせたくなんて･･･ない･･･っ･･･！」 アイ：「･･･お願い。 アイ：僕をこれ以上苦しませないでーーー晶」 晶：「ううう･･･うううう･･･うあああああ･･･！」 0：（しばらくの間） アイ：･･･某日、とある民家で一人の女性が発見された。 アイ：心身ともに衰弱（すいじゃく）した彼女の傍らには、電源が入ったままのパソコンが一台置かれていた。 アイ：白く発光するだけの画面を覗き込むと、そこにはこんな文章が並んでいたという。 アイ： アイ：『ありがとう･･･優しいあなたが僕の呪縛から解放されるのを、祈ってる。 アイ：･･･さようなら』 0：～ＦＩＮ～