台本概要
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タイトル | アカシックブレイカー |
---|---|
作者名 | 天道司 |
ジャンル | ファンタジー |
演者人数 | 5人用台本(男1、女1、不問3) |
時間 | 60 分 |
台本使用規定 | 台本説明欄参照 |
説明 |
いつでも、どこでも、ご自由に演じて下さい。 (M)は、モノローグ。 (N)は、ナレーション。 ※スピード感を出したい時は、(N)のセリフは省いてもOK!(M)の方は省かないで下さい。 ※編集のお手伝い・しょうゆメンマ 1377 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
レオ | 男 | 157 | 殺し屋。 |
リリー | 女 | 162 | レオの相棒。 |
ジキル | 不問 | 117 | 機械工学の世界的権威。アリスシステムによって、全人類の記憶と人格を掌握し、アナザーバースに移行させることを目論んでいる。 |
ラルフ | 不問 | 97 | 貧民街で飢え死にしそうなところをジキル博士に拾われ、ボディーガードとなった。 |
ツクヨミ | 不問 | 113 | ジキル博士の最強にして、最凶のボディガード。その正体は・・・? |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
リリー:(M)都会の喧騒(けんそう)の片隅に、廃ビルが建っている。
リリー:(M)えっと・・・。廃ビルは、仮初(かりそめ)の姿。
リリー:(M)実際は、殺し屋組織のアジトになっている。
リリー:(M)組織といっても、構成員は僕とレオの二人だけ・・・。
リリー:(M)ちなみに、レオは今、ソファーに寝転がり、ポテチをつまみながらネトゲ。
リリー:(M)そう。堕落(だらく)を貪(むさぼ)っている真っ最中だ。
レオ:「あん?なんか言ったかぁ?」
リリー:「え?」
レオ:「なんか、悪口を言われたような気がしたんだが・・・」
リリー:「すごいね。心を読めるの?」
レオ:「あぁ、俺はガンジーだからな」
リリー:「ガンジー?」
レオ:「ガンジーを知らないのか?」
リリー:「何をした人なの?」
レオ:「何をした人?あぁ・・・」
リリー:「ん?」
レオ:「っ・・・!偉大な功績を残した人だ」
リリー:「偉大な功績ね・・・」
レオ:「あん?なんか文句あんのか?」
リリー:「なにも」
レオ:「なら、少し黙っていてくれないか?俺はギルマスだからメロスみたいに忙しいんだ。今から、ギルド対抗戦の準備をだな」
リリー:(かぶせて)「仕事の依頼だよ」
レオ:「はん?」
リリー:「仕事の依頼」
レオ:「あぁ・・・。今回はパス。ギルド対抗戦で上位に入れば、ギルメン全員にレアアバターが配布されるんだ」
リリー:「報酬は三億バルト」
レオ:「三億・・・三億ね。あん?三億!?」
リリー:「そう、三億」
レオ:「おいおい、どこのVIPの依頼だよ?相当ヤバい山なんじゃねーのか?」
リリー:「依頼主は、ヘルベルト・フォン・バーンスタイン」
レオ:「ヘルベル?スタイン?ん?んん!?現大統領じゃねーか!?」
リリー:「そうだよ」
レオ:「大統領が、なんで殺し屋なんかに依頼を?」
リリー:「えっと・・・。ちょっと今回のターゲットのことを調べてみたんだけど、どうやら、相当な手練(てだ)れみたいだよ。すでに、軍の特殊部隊の中でも選りすぐりの精鋭部隊ベルセルクが壊滅させられたみたい」
レオ:「ベルセルクが壊滅!?あのベルセルクがか!?」
リリー:「うん。さらには、殺し屋組織ミスト、スプリガンにも依頼したみたいだけど、暗殺は失敗に終わったみたいね」
レオ:「ミストとスプリガンといえば、殺し屋業界でも二大巨頭じゃねーか!」
リリー:「そうだね」
レオ:「すげぇな・・・。難易度Sランク。いや、SSSランクじゃねーか!」
リリー:「あれ?ギルド対抗戦は?もしかして依頼を受ける気になったの?」
レオ:「あぁ!ベルセルクが壊滅。ミストもスプリガンも暗殺失敗。そんな面白いクエストがあるのに、ネトゲなんてやってられるかよ!で、その無敵の奴(やっこ)さんの名前は?」
リリー:「ジーザス・ジキル」
レオ:「ジーザス・ジキル?聞いたことねーな」
リリー:「機械工学の世界的権威よ。聞いたことない?ジキル博士って」
レオ:「あぁ!テレビで見たことあるぞ。確か、世界で初めて自立思考型アンドロイドを完成させたとか・・・。でも、そんな奴が、どうして政府からの暗殺対象になっちまったんだ?」
リリー:「それはね・・・」
レオ:「それは?」
リリー:「人間に代わり、AIが支配する世界を現実のものにしようとしているから・・・」
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0:【場面転換】
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0:ジキルの地下研究所
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ジキル:「もうすぐだ。もうすぐ『アリス』が完成する!すべての者に平等で、永久に続く平穏な世界が実現する!」
ツクヨミ:「テンション上がっちゃいますネ!博士!」
ジキル:「あぁ!私が、この世界の救世主になる!これは、私にしか成し得ない人類史上最高の偉業だよ!」
ツクヨミ:「歴史の教科書に載せてもらえるかもしれませんネ!」
ジキル:「フッ・・・。そうだね。載せてもらえるかもね。でも、そんなことはどうでもいい。私は、ただ、すべての者たちに救済の手を差し伸べたいだけなのだから」
ツクヨミ:「博士は優しい!優しすぎますヨ!放っておけば、50年先には自滅して行く人類に、救いの手を差し伸べるだなんて・・・」
ジキル:「助けられる命があるのならば、助けようとする。人として、当然の心理だよ」
ツクヨミ:「フフフ・・・」
リリー:(N)セキュリティドアが開く。そして、背中に巨大な斧を担(かつ)ぎ、筋肉粒々(きんにくりゅうりゅう)の、男か女か判別できない顔をした者が入ってくる。
ラルフ:「失礼するのだ」
ジキル:「ラルフ、お疲れ様」
ラルフ:「ありがとうなのだ。今、ネズミが二匹ほど研究所に入り込んできたので、始末してきたのだ」
ジキル:「素晴らしい!さすがラルフ!」
ラルフ:「えっへん!力仕事は、まかせるのだ!」
ツクヨミ:「それで?始末したゴミの情報は?」
ラルフ:「顔認証スキャンの情報によると、殺し屋組織メザールに所属するティックとトックだと判明したのだ」
ツクヨミ:「メザール!これまた王手ですネ」
ジキル:「そうなの?私は、その方面の知識は疎(うと)いからね」
ツクヨミ:「大丈夫ですヨ。掃除するだけのゴミの情報なんて、詰め込むだけ脳の容量の無駄遣いですヨ」
ラルフ:「掃除は、僕ちん、得意なのだ」
ジキル:「あぁ・・・。本当に心強いよ。君たちがいるから、私は自分の研究、発明に没頭することができる」
ツクヨミ:「当然じゃないですか!吾輩、博士の思い描く理想の世界が実現するのを、それは、もう、楽しみにしているのですから!」
ラルフ:「僕ちんも!博士に命を救ってもらった恩義を返すのだ!」
リリー:(N)無数に配置された電子機器の一つから、警報音が鳴る。
ラルフ:「このサイレンは確か・・・」
ジキル:「ハッキングの警報だね」
ツクヨミ:「ハッキング元をすぐに特定しましょう」
ジキル:「頼んだよ」
ツクヨミ:「御意(ぎょい)」
ラルフ:「僕ちんは?」
ジキル:「ラルフは、引き続き、施設内を見回っていてくれ」
ラルフ:「わかったのだ」
ジキル:「さて、私は、もうしばらく研究室にこもるよ。何かあれば、コールしてくれ」
ツクヨミ:(同時に)「御意」
ラルフ:(同時に)「わかったのだ」
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0:【場面転換】
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0:レオとリリーのアジト
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レオ:(M)人間に代わり、AIが支配する世界か・・・。アニメや小説だけの夢物語かと思っていたが、それを実現させるほどの天才・・・。そりゃあ、権力者にとっては、存在するだけで脅威(きょうい)になっちまうよな・・・。
リリー:「はぁーっ!嘘でしょ!嘘でしょ!嘘だよねーっ!」
レオ:「どうした?うるせぇぞ!」
リリー:「僕が、この僕が!セキュリティをハックできなかったんだよ!」
レオ:「は!?お前、以前、『どんなセキュリティも僕の腕にかかれば、本能寺の変』とか言ってなかったか?」
リリー:「本能寺の変!?よっ、余裕とは言ったけど」
レオ:「余裕ではなかったと・・・」
リリー:「今回に限ってはね。流石、機械工学の世界的権威としか言いようがないね」
レオ:「つまり、施設の内部構造やら構成員の数、その他諸々一切分からないと・・・」
リリー:「そういうこと」
レオ:「施設の場所はわかるのか?」
リリー:「あぁ、それは、依頼主から情報提供があったから、特定できてるよ」
レオ:「まぁ、場所が特定できてるなら、あとは、俺とお前で、なんとかなるだろ?」
リリー:「はぁ・・・。僕としては、少しでも情報を集めて、暗殺の成功確率を上げたいところだけど」
レオ:「俺が依頼を受けた時点で、暗殺の成功確率は100%だ」
リリー:「僕は、その自信が怖ろしいよ」
レオ:「フッ。鬼が出るか、じゃじゃ馬が出るか、楽しみだな」
リリー:「じゃじゃ馬は出ないと思うけど・・・」
レオ:「で、場所は、どこなんだ?」
リリー:「パナルマンダ州、トリコロール市街地」
レオ:「了解。さっそく車飛ばすそ。電光石火で準備しろ」
リリー:「はいはい」
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0:トリコロール市街地
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リリー:「うーん・・・。確か、この辺りだよ」
レオ:「うし!車、停めるか」
ツクヨミ:(N)レオは、路肩(ろかた)に車を停車させる。
レオ:「で、どこがジキルの地下研究所に続いてるんだ?」
リリー:「あそこだよ」
ツクヨミ:(N)リリーは、前方の今にも倒壊しそうな廃モーテルを指さす。
レオ:「フッ。なんか、俺らのアジトと似てるような場所だな」
リリー:「そうだね・・・」
レオ:「いくぞ」
リリー:「はいはい」
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0:廃モーテル、エレベータ前。
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レオ:「ほぉ。このエレベータだけ、スターウォーズみたいだな」
リリー:「スターウォーズ?」
レオ:「あぁ、スターウォーズみたいだろ?」
リリー:「そ、そうだね・・・。えっと、もしかしたら、何かボタンを押しただけで、爆発したり、ビームが飛んできたりする仕掛けがあるかも?」
レオ:「おもしれぇ!」
リリー:「ちょちょちょっと!なんの迷いもなくボタンを押さないでよ!」
レオ:「あ・・・。開いた」
リリー:「開いたね・・・。爆発もビームもないみたい・・・」
レオ:「いくぞ」
リリー:「ちょっ、ちょっと!少しは警戒しなよ!」
ジキル:(N)レオは迷いなくエレベータに乗り、リリーもそれに続く。
レオ:「うーん・・・。地下36階が最下層か・・・。なら、36階をポチッとなと」
リリー:「ああ!扉が閉まった!」
レオ:「そりゃあ、閉まるだろ?ボタンを押したからな。お?動き出したぞ」
リリー:「だね・・・。あっ!天井から怪しい色をしたガスがでてきた・・・。きっとこれ、毒ガスだよ」
レオ:「毒ガスなんて、息止めとけば、なんとかなるだろ」
リリー:「息止めとけば、ね・・・。そのやり方で、この状況を切り抜けられるのは、きっと僕らくらいだと思うよ?」
レオ:「あ・・・。もう着いたみたいだぞ」
リリー:「はぁ・・・」
ジキル:(N)扉が開くと同時に、二人に向かって無数の弾丸が放たれ、粉塵(ふんじん)が巻き上がる。
ラルフ:「侵入、即(すなわ)ち死!」
ジキル:(N)粉塵が晴れると、レオは涼しい顔をし、銃口をラルフに向ける。
ラルフ:「無傷!?そ、そんな!馬鹿な!!!」
レオ:「悪いな。俺は、鉛玉(なまりだま)の当たらないアイアンマンなんだ。さぁ、チェックメイトだ!」
リリー:(さえぎって)「待って!」
レオ:「なんだ?」
リリー:「殺しちゃダメだよ!ジキル博士の居場所を聞き出さなきゃ!」
レオ:「あぁ・・・。それもそうだな・・・。おい!ジキル博士は、どこだ?吐かなきゃ、このまま引き金を引くぞ」
ジキル:(N)ラルフは、手に持ったガトリングガンをレオに向かって投げつけると、レオはそれを蹴り上げる。
レオ:「あらよっと!お行儀が悪いねぇ」
ラルフ:「引き金?引きたければ、引けばいいのだ。僕ちんに、そんなもの効かないのだ」
ジキル:(N)ラルフは、背中の斧を抜き、正眼(せいがん)に構える。
レオ:「ほぉ。おもしれぇ!試してやんよ!」
ジキル:(N)レオは弾丸を放つが、弾丸は軌道を変え、磁石のように斧に吸い寄せられる。
レオ:「なるほど。面白い獲物(えもの)を持ってるじゃねぇか!だったら、接近戦で一気に勝負を決める!うおおおーっ!」
ジキル:(N)レオは、ラルフに向かって突進して行くが、ラルフの額に拳(こぶし)が届く寸前で床が消滅し・・・。
レオ:「クッ!ヤベッ!」
ジキル:(N)レオは、穴に落ちてしまう。そして、レオが穴に落ちると同時に、床が元通りになる。
リリー:「れっ、レオーッ!」
ラルフ:「ザマーミロなのだ!」
リリー:「レオをどこにやったの?」
ラルフ:「僕ちんには、わからないのだ。きっとツクヨミの仕業(しわざ)なのだ」
リリー:「ツクヨミ?」
ラルフ:「今から死ぬお前が、知る必要はないことなのだ!」
リリー:「死ぬのは、あなたよ!」
ジキル:(N)リリーは、銃口をラルフに向ける。
ラルフ:「今のを見ていなかったのか?頓智気(とんちき)!僕ちんに、飛び道具は効かないのだ!」
ジキル:(N)リリーは、発砲すると同時に、壁伝いに走って距離を詰め、ラルフの首筋にローキックを放つ。
リリー:「はぁっ!」
ラルフ:「ん?」
リリー:「かっ、硬い!」
ジキル:(N)ラルフは、すかさずリリーの足首を捕み、不敵な笑みを浮かべる。
ラルフ:「へへ~ん」
リリー:「しまった!?」
ラルフ:「このまま死ぬのだ!」
ジキル:(N)ラルフは、リリーをハンマーのように振り回し、地面に叩きつける。
リリー:「ぐふぁっ!」
ジキル:(N)血反吐(ちへど)を吐くリリー。ラルフは両手で斧を構え、袈裟斬(けさぎ)りにリリーの頭蓋(ずがい)に狙いを定める。
ラルフ:「チェストーッ!!!」
ツクヨミ:(さえぎって)「おっと、危ない危ない」
ジキル:(N)間一髪のところで、ツクヨミのステッキがラルフの斧を受け止める。
ラルフ:「つっ、ツクヨミ!なぜ・・・?その行動は、ジキル博士への裏切りだと思うのだ」
ツクヨミ:「裏切り?吾輩が?フッ。吾輩がジキル博士を裏切るなんて、ナンセンスです」
ラルフ:「・・・。それは・・・確かに・・・」
ツクヨミ:「吾輩は、ただ・・・。目の前で美しい女性が傷つくのが見たくないだけ。ただ・・・、それだけですヨ」
ラルフ:「でも、そいつ、侵入者。侵入者、即ち死。始末しないとダメなのだ」
ツクヨミ:(さえぎって)「あーあーあーあー。いいんですヨ。美しい女性だけは、例外。美しい女性には、様々な利用価値がありますからネ」
ラルフ:「利用価値?僕ちん、難しいことは分からないのだ」
ツクヨミ:「とりあえず、この子は、吾輩が預かるということで良いですか?」
ラルフ:「ジキル博士に怒られても知らないのだ」
ツクヨミ:「それは、うーん・・・。まったく問題ないと思いますヨ」
ジキル:(N)ツクヨミは、気絶したリリーを肩に抱え、霧のように姿を消す。
ラルフ:「・・・。これは、ジキル博士に報告した方が良い気がするのだ」
ジキル:(N)ラルフは、スマホを取り出し、ジキルに通話をかける。
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ジキル:「ん?ラルフ?どうした?」
ラルフ:「侵入者が二人。一人は、穴に落ちて、もう一人は、ツクヨミが連れていったのだ」
ジキル:「ツクヨミが連れていった?」
ラルフ:「僕ちん、どうすればいいのだ?」
ジキル:「フフフ・・・。ツクヨミのことを信用してあげなさい」
ラルフ:「うーん・・・」
ジキル:「ツクヨミは、私自身でもあるのだからね」
ラルフ:「博士自身?ますます意味がわからないのだ」
ジキル:「ラルフ、引き続き見回り業務を頼んだよ」
ラルフ:「見回り業務・・・。わっ、わかったのだ」
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ラルフ:(N)両手両足を鉄の拘束具(こうそくぐ)で椅子に拘束された状態で、リリーは目を覚ます。
リリー:「うっ・・・ううっ・・・。ここは?」
ツクヨミ:「お目覚めかな?ようこそ、吾輩の遊戯室(プレイルーム)へ!」
リリー:「あなたは・・・」
ツクヨミ:「吾輩は、ツクヨミ」
リリー:「ツクヨミ?」
ツクヨミ:「そう、ツクヨミと申します。確かあなたは、リリーさんで、相棒さんの名前は、レオさんですよね?」
リリー:「えっ?」
ツクヨミ:「どうして名前を知っているのか?あぁ、簡単ですヨ。この施設のシステムをハックしようとしてきた『おバカさん』の情報くらい、吾輩の手にかかれば、ネ」
リリー:「・・・」
ツクヨミ:「フフフ・・・。さっそくですが、吾輩とゲームをしませんか?」
リリー:「ゲーム?」
ツクヨミ:「はい。ゲーム・・・。あなたに、拒否権なんてありませんヨ。なぜなら・・・」
ラルフ:(N)ツクヨミが指を鳴らすと、背後の扉が開き、檻に閉じ込められ、体中傷だらけで満身創痍(まんしんそうい)のレオの姿が露(あら)わになる。
リリー:「れっ、レオ!」
レオ:「悪い・・・。下手こいちまった・・・」
リリー:「一体何があったの?」
レオ:「穴に落ちたら檻の中・・・。檻の外から流鏑馬(やぶさめ)のような攻撃」
リリー:「その檻、レオの力でも破壊できないの?」
レオ:「あぁ・・・。『今の』俺の力じゃ無理だった」
ツクヨミ:「当たり前ですヨ。ジキル博士が生み出した特殊合金ですからネ。戦車砲(せんしゃほう)をぶちこんだとしても、傷一つ付けられないでしょうネ。そして、もう、お分かりですよネ?ゲームに勝利しなければ、レオさんには、ここで死んで頂きます」
リリー:「なんのゲームをすればいいの?」
ツクヨミ:「おおお!ゲームをして頂けるんですネ!状況判断が早くて助かります!」
リリー:「だから、なんのゲームをすればいいの?」
ツクヨミ:「簡単なカードゲームですヨ。幼稚園児でも理解できるルールです。トランプをシャッフルし、それぞれ5枚のカードが配られる。その中から1枚カードを選択し、同時に見せ合って、数字の大きい方が勝ち。簡単でしょ?ただし、1回の勝負では面白くないので、先に2回勝利した方の勝ちということにしましょう!」
リリー:「わかった。ただし、使用するトランプは、インチキがないか確認させてもらうし、私がシャッフルしてもいい?」
ツクヨミ:「構いませんヨ」
リリー:「それと、本当にゲームに勝てば、レオを開放してくれるのよね?」
ツクヨミ:「もちろん!解放しますとも!ただしただし、あなたにもリスクを背負ってもらいます」
リリー:「リスク?」
ツクヨミ:「吾輩が勝利した場合、当然レオさんには死んでもらいますし、あなたには洗脳手術を受けてもらいます」
リリー:「洗脳手術?」
ツクヨミ:「無理やり服従(ふくじゅう)させるのは、吾輩の倫理に反するので、ゲームを通して、合法的に・・・。吾輩の手となり!足となり!!どんな命令にも絶対服従の素敵なメイドさんになってもらおうかと!!!」
レオ:「ふざけるな!」
リリー:(さえぎって)「レオ!」
レオ:「ん?」
リリー:「僕は、負けない・・・。信じて・・・」
レオ:「だが・・・」
リリー:「信じて」
ラルフ:(N)リリーは突き刺さるような眼差しをレオに向ける。
レオ:「・・・。わかった」
ツクヨミ:「フフッ。では、さっそくゲームを始めましょう!あぁ、ゲームをするために、手の拘束だけは解いてあげましょうネ!」
ラルフ:(N)ツクヨミが指を鳴らすと、リリーの手の拘束具が外れる。そして、床から、白いテーブルが出現し、そのテーブルの上には、トランプが置いてあった。
ツクヨミ:「さぁ、インチキがないか、トランプを入念にチェックしたまえヨ」
リリー:「・・・」
ラルフ:(N)突然、ツクヨミの隣に巨大モニターが出現し、ディスプレイにジキル博士の顔が映し出される。
レオ:「っ!?」
リリー:「ジキル博士・・・?」
ジキル:「やぁ、ツクヨミ」
ツクヨミ:「これはこれは、ジキル博士」
ジキル:「ラルフから報告があった。侵入者を連れ去ったそうじゃないか?その二人が、そうかな?」
ツクヨミ:「はい!名前は、リリーとレオ。裏の世界じゃ名の知れた殺し屋です」
ジキル:「それは恐ろしい」
ツクヨミ:「そう、とても恐ろしいです。そして、今から、その恐ろしい殺し屋のリリーさんとゲームをしようかと!」
ジキル:「なるほどなるほど・・・。それは、面白そうだ。私も、観戦させてもらおうかな?」
ツクヨミ:「ん?発明の方は?」
ジキル:「発明の方は、今しがた終わったよ」
レオ:「っ!?」
リリー:「・・・」
ツクヨミ:「ついに・・・。つーいーにっ!完成した、ということですか?」
ジキル:「答えは・・・イエスだ」
レオ:「どうやって、人間に代わり、AIが支配する世界を実現させようとしているんだ?」
ジキル:「ほほぉ・・・。ここに侵入したということは、当然、私の研究も知っているということだね・・・。フフッ。いいだろう。教えてあげよう」
ツクヨミ:「いいのですか?」
ジキル:「あぁ、構わないよ。うーん・・・。すごく分かりやすく説明するよ?まず、コンピュータのデータは、0と1で表現されるバイナリー形式で保存されている。そして、人間の脳もバイナリー形式で保存されている」
ジキル:「シナプスを取り巻くタリン分子は、折りたたまれた形状と、開いた形状の2つの安定的な状態を持っている。タリン分子は、機械的な圧力を受けることで、この形状を変化させ、まるでスイッチの0と1のように機能している」
ジキル:「0と1・・・。0と1なのだよ!人間は、生まれた時から、見たこと、聞いたこと、経験したことがコードに刻まれ、更新され続け、固有の記憶が数学的に表現されている!だから・・・」
レオ:「だから?」
ジキル:「その0と1を『アリスシステム』・・・。そう、『アリス』の起動と同時に、全て掌握(しょうあく)し、保存する」
リリー:「人類の記憶の保存?それとAIが支配する世界は、どう関係するの?」
ジキル:「まぁまぁ、話は最後まで聞きたまえよ・・・。人類の記憶をすべて掌握したのなら、人類の総意も、掌握したのも同義。私はね、それを元に、人類の政(まつりごと)のすべてを、AIに握らせたいのだよ」
ジキル:「人間が政(まつりごと)を行うと、そこには必ず、私利私欲、忖度(そんたく)が生じる。そんなものは、平等とは言えない」
ジキル:「貴族制度は、数十年も前に撤廃(てっぱい)されたはずなのに、未だに政治家の9割が旧貴族だ!」
ジキル:「貴族目線での政(まつりごと)。一部の経済団体とズブズブの関係で、金儲けするための道具として政(まつりごと)が利用され、貧乏人は奴隷のように飼い慣らされている」
ジキル:「飼い慣らされている・・・。そう、飼い慣らされているから、誰も、何も、自分の境遇(きょうぐう)に疑問を感じない。税金が上がっても、戦争が起こっても、人がどれだけ死のうが、仕方ないと受け入れる」
ジキル:「そんなことがあって良いのか?良いはずがない!そうは思わないかね?」
リリー:「それは・・・」
レオ:「アンタの言ってることは、まぁ・・・正しいよ」
リリー:「えっ?」
ジキル:「あぁ!わかってくれるのかい?そういえば、君たちがここに侵入してきた時に戦ったラルフもね。貧民街(ひんみんがい)で生まれ育ち、餓死寸前のところを、私が救ったのだよ」
ジキル:「想像できるかい?毎日、1枚のパンさえ食べることができず、飢え死にしている者がいることを!」
ジキル:「富裕層(ふゆうそう)、貴族気取りの連中は、政(まつりごと)の場に出席するだけで、居眠りしていても高い給料が支払われる。貧乏人には、低賃金の過酷な労働を与え、税と称し、金を搾(しぼ)り取れるだけ搾(しぼ)り取る。まるで地獄絵図だよ」
レオ:「不平等極まりないよな」
ジキル:「そう!クソ共の支配する世界に終止符(ピリオド)を打つために、私は、『アリス』を完成させたんだ!」
レオ:「で、アリスって、なんなんだ?人間の記憶を掌握し、人類の総意を掌握したとしても、今の政治家連中に代わって、政(まつりごと)の実権を握れるとは、どうしても思えないんだが・・・」
ジキル:「よくぞ聞いてくれた!アリスを起動させるとね。特殊な電磁波が地球全土にまで行き渡る」
リリー:「特殊な電磁波?」
ジキル:「フフッ。その電磁波を浴びた人の記憶は、人格は、アリスに保管され、人類の生活の場は、アナザーバースへと移行される。AIが平等な政(まつりごと)を行う新世界へとね!」
レオ:「そうなると、この体は、どうなるんだ?」
ジキル:「あぁ、本体は、時間経過と共に朽ちて行くだろうね」
レオ:「つまり、死ぬんだな?」
ジキル:「死なないさ!死なない!アナザーバースの世界で、永遠の生を手にし、永遠の平穏の中で、理想の生き方をし続けることができる!」
ジキル:「歌が好きな人間は、自分が望む声帯で、望む音域で、好きなだけ歌を歌い続けることができる。旅が好きな人間は、どんな世界にも一瞬で移動し、旅先の景色を、旅先の食事を、好きなだけ堪能(たんのう)できる!」
ジキル:「生きている時と同じ感触、同じ感覚、同じ心で!それは、まさに!天国だ!」
ツクヨミ:「その通り!ジキル博士は、全人類を天国へと導いてくれるのです。新世界の神ですヨ」
レオ:「神ね・・・」
ジキル:「もう、過酷な労働を強(し)いられることも、飢え死にすることも、戦争に駆り出されることもないのだよ?素晴らしいとは思わないかね?」
レオ:「・・・。チャップリンのような話を聞かせてくれて、ありがとよ」
ジキル:「チャールズ・スペンサー・チャップリン!喜劇王の名前だね?」
レオ:「・・・」
リリー:「トランプ、シャッフルしたよ。5枚ずつ配ればいいのよね?」
ツクヨミ:「あぁ、よろしく頼むヨ」
ラルフ:(N)リリーは、机の上でカードをスライドさせ、ツクヨミの前に5枚のカードを配る。
ツクヨミ:「こういうゲームの場合、交互に配るものじゃないのかな?」
リリー:「僕のインチキを疑うっていうのなら、僕のカードと入れ替える?」
ツクヨミ:「いや、このままでいいヨ。どうせ吾輩が勝つに決まっているからネ」
リリー:「それと、僕が勝った時の条件を一つ追加していい?」
ツクヨミ:「条件?どんな条件だい?」
リリー:「アリスの破壊」
ツクヨミ:「フフフッ。そんな条件飲めるわけ」
ジキル:(さえぎって)「面白いじゃないか!」
ツクヨミ:「え?」
ジキル:「リスクがあった方が、ゲームが盛り上がるというものだ!」
ツクヨミ:「でも、博士」
ジキル:「ツクヨミ、君はこの勝負に負ける可能性があると?」
ツクヨミ:「いいえ、万に一つ、兆に一つも吾輩に敗北の文字はありませんヨ」
ジキル:「だろう?」
ツクヨミ:「はい。フフフ・・・」
ジキル:「ちなみに、リリー君が負けた時は、どうなるんだい?」
ツクヨミ:「リリーさんに洗脳手術を施し、レオさんには、死んでもらおうかと・・・」
ジキル:「ダメだ!殺すなんて、もったいない。私は、アリスが完成して、今、とても良い気分なんだ」
ツクヨミ:「なるほど」
ジキル:「だから、リリー君が負けた時は、レオ君には・・・。うーん。そうだな・・・。アナザーバースへの最初の移住者になってもらおう!」
レオ:「っ!?」
ツクヨミ:「それは良いですねぇ!もはや、罰ゲームですらない気がしますがw」
ジキル:「リリー君のことは、君の好きにしたまえ」
ツクヨミ:「御意」
リリー:「・・・。じゃあ、手札を見るよ」
ツクヨミ:「私も見させてもらいますネ」
ラルフ:(N)リリーとツクヨミ、お互いに手札を見る。
ツクヨミ:「うーん・・・。これはこれは・・・。なかなか」
リリー:(M)僕の手札は、数字の小さい順に、ハートの3、クローバーの8、スペードのジャック、ハートのクイーン、クラブのキング。シャッフルの間に細工し、ジャック、クイーン、キングを手札に加えることができた。これで、負けるはずがない。
ジキル:「なんだか、ワクワクしてきたよ」
ツクヨミ:「吾輩もです。ではでは、さっそく、1枚目のカードを選んで、勝負しましょう!」
ラルフ:(N)リリーは、黙って頷く。
ツクヨミ:「スリー、トゥー、ワン!」
ラルフ:(N)リリーの出したカードは、クラブのキング。対するツクヨミの出したカードは、ハートのキング。
リリー:「えっ?」
レオ:「キングとキング・・・」
ジキル:「この場合は、引き分けかな?」
ツクヨミ:「はい。引き分けですネ!」
ジキル:「引き分けということは、まだ、このワクワクは続くんだね!」
リリー:「・・・」
ツクヨミ:「では、さっそく次のターン!準備はいいですネ?」
ラルフ:(N)リリーは、黙って頷く。
ツクヨミ:「スリー、トゥー、ワン!」
ラルフ:(N)リリーの出したカードは、ハートのクイーン。対するツクヨミの出したカードは、クローバーのジャック。
リリー:「ふぅ・・・」
レオ:「おっしゃ!クイーンとジャックだから、この場合、うちのリリーの勝ちで良いんだよな?」
ツクヨミ:「そうですネ!リリーさんの勝ちです」
ジキル:「残念だ・・・」
ツクヨミ:「ジキル博士。まだ、勝負は終わっていませんヨ?先に二回勝った方の勝ちですからネ!」
ジキル:「あぁ・・・。そういうルールだったね」
ツクヨミ:「では、次のターン。良いですネ?」
ジキル:「その前に、レオ君は、一体どちらの味方なのかな?」
レオ:「どちらの味方?」
ジキル:「そう、どちらの?」
レオ:「そんなの決まってんだろ!リリーの味方だ」
ジキル:「あぁ・・・。私のアリスの素晴らしさに共感してくれていたわけではないのかね?」
レオ:「確かに、あんたの思想は、間違っていないし、それで救われる人たちも多くいるだろうよ。だがなぁ、突然そんな世界になって、受け入れられるのか疑問に思う」
ジキル:「受け入れられるさ!アナザーバースに移住すれば、どんな理想もすぐに実現するんだよ?夢が叶うんだよ?空腹もないし、痛みもない。永遠の快楽が待っているんだよ?最高のサプライズプレゼントじゃないか!」
レオ:「わかってねぇ・・・。あんたは、なんにもわかってねぇ!」
ジキル:「はぁ?」
レオ:「どんな理想もすぐに実現?夢が叶う?そんなの空っぽだ!欲しいものがあって、目指すべき場所があって、そこに手を伸ばす。泥に塗(まみ)れ、努力するからこそ、生きてることを噛みしめることができるんだ!」
ジキル:「否(いな)っ!レオ君は、なにもわかっていない。生まれつき、四肢(しし)が欠損している者が野球選手に憧れを抱いたとしても、努力だけでは、どうにもならない壁にぶつかるだろう?」
レオ:「それは・・・」
ジキル:「私ならば、そんな壁さえも取り払うことができる!どんなコンプレックスも克服(こくふく)できる!心のままに、すべてが現実となる世界!それこそが!アリスだ!」
レオ:「・・・」
ツクヨミ:「ではでは、ゲームの続きをしましょうか?」
リリー:「うん・・・」
0:
リリー:(M)今度こそ勝つ!
ツクヨミ:「スリー、トゥー、ワン!」
ラルフ:(N)リリーの出したカードは、スペードのジャック。対するツクヨミの出したカードは、クラブのクイーン。
リリー:「ええっ!?」
レオ:「おいおい・・・」
ツクヨミ:「ヤッタ!勝ちましたヨ!ジキル博士!」
ジキル:「まだ1勝目だろ?これで、お互いに1勝ずつだ」
ツクヨミ:「そうですネ!ドキドキしちゃいますネ!それでは、良いですか?」
リリー:(M)嘘だ・・・。細工を施した僕の手札より良いカードを引くなんて・・・。こうなったら、能力(スキル)を使うしかない!
ツクヨミ:「良いですか?」
リリー:「あぁ・・・。うん・・・」
ラルフ:(N)リリーは、能力を使用し、手札のハートの3のカードと山札のスペードのキングのカードを入れ替えた。
ツクヨミ:「フフッ。では、スリー、トゥー、ワン!」
ラルフ:(N)リリーの出したカードは、スペードのキング。対するツクヨミは・・・。
リリー:「っ!ジョーカー!?」
ツクヨミ:「そう!ジョーカーです!ジョーカーは、最強にして最凶のカード!これで、吾輩の勝ちですネ!」
レオ:「そ、そんな・・・」
ツクヨミ:「インチキしたのに負けるなんて、悲しいですネ!」
リリー:「えっ!?」
ツクヨミ:「そのお顔は・・・。フフフッ。やっぱり、インチキしたんですネ。吾輩はフェアなゲームを楽しみたかったのに、とても残念です」
ジキル:「いやぁ。楽しませてもらったよ。ありがとう。では、私は、アリスの起動準備に取り掛かるよ」
ツクヨミ:「御意」
ラルフ:(N)ジキルを映し出していたモニターが消えると同時に、レオは叫んだ。
レオ:「リリー!そろそろ頃合いだ!」
リリー:「了解!クロスチェンジ!」
ラルフ:(N)リリーが手を交差させて叫ぶと同時に、レオとツクヨミの場所が入れ替わる。
ツクヨミ:「ん!?ここは、檻の中?一体どういうことですか!?」
リリー:「僕の能力、わかってるんじゃないの?」
ツクヨミ:「場所を入れ替える能力ということですか?」
リリー:「ビンゴ!さらに、こういうこともできちゃうんだ・・・。クロスチェンジ!」
ラルフ:(N)リリーの足の拘束具が消えると同時に、その拘束具がツクヨミの両腕を拘束した。
ツクヨミ:「くっ!?」
リリー:「これで、ジキル博士には、すぐには連絡できないだろうね」
ツクヨミ:「こんなことをしても良いと思っているのですか?」
レオ:「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。テメェらのやろうとしてることは、犯罪だ。俺たちは、絶対にそれを食い止める」
ツクヨミ:「迷いが、あるのに?」
レオ:「迷い?」
レオ:「・・・」
ツクヨミ:「フフフ・・・」
リリー:「迷いなんてあるわけないでしょ!ね?レオ!」
レオ:「おっ、おぅ・・・。とりあえず、ジキルの居場所を探すぞ」
リリー:「了解」
0:
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ラルフ:(N)レオとリリーがツクヨミの遊戯室から出ると、長い通路があり、進んで行くと、突き当りは二つのルートに分かれていた。
0:
リリー:「どっちに進む?」
レオ:「時間がない。二手に分かれよう。俺は、右に行く。リリーは、左を頼む」
リリー:「了解」
レオ:「じゃっ、死ぬなよ」
リリー:「待って!」
レオ:「ん?」
リリー:「約束して」
レオ:「約束?」
リリー:「・・・僕も博士の言ってたことが正しいことは分かってる。だけど、それを実現するための手段は絶対に間違ってると思うの。非人道的な手段で、強制的に人の心をデータ化するなんて、絶対に認めない」
レオ:「あぁ・・・」
リリー:「だから、レオ、約束して。『絶対に博士の口車には乗らない』って!」
レオ:「わかった」
ツクヨミ:(N)リリーが通路を進み、突き当りのセキュリティドアを能力で強引にこじ開けると、そこには、ラルフの姿があった。
ラルフ:「どっ、どうしてお前がここにいるのだ!?」
ツクヨミ:(N)ラルフは、両手で斧を構えた。
リリー:「ふぅ・・・。どうやら、僕がハズレを引いたみたいだね」
ラルフ:「今度こそ、お前を輪切りにするのだ」
リリー:「そうはならないと思うよ。さっきは、情報を集めようとして手を抜いたから」
ラルフ:「手を抜いた?あれだけ血反吐(ちへど)を吐いておきながら?そんなのハッタリなのだ!」
リリー:「ハッタリかどうか、すぐにわかると思うよ。クロスチェンジ!」
ツクヨミ:(N)リリーの能力で、ラルフの斧が鉄パイプに変わる。
ラルフ:「ぼっ、僕ちんの斧が!?」
リリー:「これで、あなたに銃弾を当てられる!悪く思わないでね!これは仕事なの!」
ツクヨミ:(N)リリーは、拳銃を乱射する。しかし、弾はすべてラルフの持つ鉄パイプに吸い寄せられる。
リリー:「そんなっ!?」
ラルフ:「もしかして、斧に不思議な力があると思っていたのか?お前は頓智気(とんちき)なのだ」
リリー:「・・・?」
ラルフ:「僕ちんの能力は・・・」
リリー:「能力は?」
ラルフ:「ジキル博士に言うことを禁じられているので、言えないのだ!」
リリー:「言えないのね・・・」
0:
リリー:(M)コイツに銃は効かない。だからといって、肉弾戦でも、体格差がありすぎて、こちらが不利。
ラルフ:「どうしたのだ?かかってこないのか?」
リリー:(M)体力の消耗(しょうもう)が激しいけど、奥の手を使うしかない。
ラルフ:「かかってこないならば、こちらからいくのだ!」
ツクヨミ:(N)ラルフは、鉄パイプを振りかぶって、リリーに突撃してくる。
リリー:「チェンジ・ザ・ワールド!」
ツクヨミ:(N)リリーが叫ぶと、リリーを中心に半径10メートル範囲内の物質が、世界が歪(ゆが)んで行く。
ラルフ:「うおおおーっ!」
0:
ラルフ:(M)おかしいのだ?どれだけ走っても、あいつのところに辿り着けないのだ。
リリー:「この状態なら、当たるかな?」
ツクヨミ:(N)リリーは、銃を発砲するが、弾丸の軌道は変わり、ラルフの鉄パイプに吸収される。
リリー:「この状態でも、ダメか・・・」
ラルフ:「卑怯なのだ!正々堂々と戦うのだ!」
リリー:「正々堂々とね。こちらも時間がないのよ。ここで、一気に決めさせてもらう!コメットバズーカ!!!」
ツクヨミ:(N)リリーが叫ぶと、その手に巨大なバズーカが現れる。
リリー:「これなら、弾丸を鉄パイプに反らしたとしても、確実にあなたを!」
ラルフ:「そ、そんなっ!やめるのだーっ!!!」
リリー:(さえぎって)「ファイヤーッ!!!」
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ラルフ:(N)レオが、突き当りの赤色のドアの前に立つと、扉は自動的に開く。
レオ:「コイツは、俺を歓迎してくれてるってことか?」
ジキル:「・・・そうだよ。先程、約束しただろ?アナザーバースの世界に一番最初に招待してあげると」
レオ:「ジキル博士!」
ジキル:「先程ぶりだね・・・。レオくん」
レオ:「さっきのモニター越しには、よくわからなかったが、アンタ、結構若いんだな」
ジキル:「あぁ・・・。肉体改造を行っているからネ。こう見えても、80歳を越えているんだよ?」
レオ:「その見た目で80を越えてんのか・・・。やっぱ、アンタは、なんでもアリの科学者なんだな」
ジキル:「一応、私は、ダ・ヴィンチを超える天才であると自負(じふ)しているからね」
レオ:「ダ・ヴィンチね・・・。だったら、俺は、真田幸村を超える英雄だ」
ジキル:「真田幸村!ということは、君の最期は、無謀(むぼう)な突撃をかけて、討(う)ち死に・・・かな?」
レオ:「あん?真田幸村は、討ち死にしたのか?天下をとったんじゃないのか?」
ジキル:「はぁ・・・。君は、ここに歴史のお勉強をしにきたのかな?」
レオ:「いや、アンタの野望を止めにきた」
ラルフ:(N)レオは、銃口をジキルに向ける。
ジキル:「私を殺すつもりなのかね?」
レオ:「できれば、殺したくはないんだがな。ん?えっと、アンタの背後で、プカプカ浮かんでる黒い物体は、なんだ?」
ジキル:「あぁ、コレがアリスだよ。カワイイだろ?」
レオ:「意外に小さいんだな・・・。そいつを起動するのを、考え直す気はねぇのか?」
ジキル:「考え直すか・・・。人類を救う手立ては、アリスに頼るしかないとしてもか?」
レオ:「どういうことだ?」
ジキル:「アインシュタイン、二コラ・テスラ、織田信長、革新的な歴史の偉人たちは、アカシックレコードにアクセスしていた」
レオ:「アカシックレコード?」
ジキル:「元始(げんし)からのすべての事象、想念(そうねん)、感情が記録されているという世界記憶の概念のことだよ」
レオ:「ほぉ。そりゃあ、大層な大辞典なんだな」
ジキル:「私のような特別な人間だけがアカシックレコードにアクセスできる。そこで、私は見てしまった。知ってしまったのだよ。人類の最後をね」
レオ:「人類の最後?」
ジキル:「50年後の12月3日、人類は、ポールシフトによって滅ぶことが決まっている」
レオ:「ポールシフト?なんだそりゃ?」
ジキル:「磁極(じきょく)の逆転のことだよ。磁極の逆転が起こった場合、世界中のナビゲーションシステムは破壊され、太陽から有害な放射線が降り注ぐ。それによって、地球上のあらゆる生物が息絶えることになる」
ジキル:「ちなみに、科学者たちの調査で、過去2000万年の間に、約20万年から30万年に1回のサイクルで磁極の逆転は発生していたことが確認されている。そして、最後に発生したのが80万年近くも前のこと・・・。つまり、間もなく、否(いな)!50年後の12月3日に・・・」
レオ:(さえぎって)「まだ50年もあんだろ?アンタ、天才なんだろ?頑張れば、なんとかできるんじゃねぇのか?」
ジキル:「馬鹿を言うなよ。幾ら天才の私をもってしても、50年以内にポールシフトを止める発明はできないさ。だからこそのアリスなのだよ」
レオ:「どういうことだ?」
ジキル:「アリスの無限の時間の中で、無尽蔵の資源を使い、研究をするってことさ!ポールシフトを止める方法をね!」
レオ:「だったら、アンタ一人がアリスを使えばいいんじゃねぇのか?人類すべてをアンタの研究に巻き込む必要は・・・」
ジキル:(さえぎって)「何も分かっていない!今の人類は、貴族主導で、貴族基準で、貴族だけが甘い汁を啜(すす)るために用意された箱庭のようなモノ。放置していれば、ポールシフトが来る前に自滅する!一部の貴族の業(ごう)のままに引き起こされた飢餓(きが)や戦争によってね!」
レオ:「つまり、アリスが腐った特権階級の貴族さんたちをも一気に黙らせて、人類を救う。たった一つの方法ってわけか?」
ジキル:「ご名答!では、さっそくレオ君をアナザーバースへ」
レオ:(さえぎって)「悪い。例え、それが真実だとしても、俺は相棒と約束したんだ」
ジキル:「約束?」
レオ:「あぁ、『絶対にアンタの口車』に乗らないってな」
ジキル:「その約束は、人類の命運と天秤(てんびん)にかけてでも、守らねばならんものなのかね?」
レオ:「そういうこった。それにな。ゲームは、ルールの枠の中で遊ぶから楽しいんだ。ルールを取っ払って、すぐにゴールに辿り着けるようなゲームに、俺は魅力を感じない」
ジキル:「愚かな・・・」
レオ:「それに、ゲームには、隠し要素が付きものだろ?もしかしたら、アリスに頼らなくても、人類を救う方法があるかも知れねぇ」
ジキル:「そんなものあるわけがないだろう!これだから、IQの低いサルと話すのは、疲れるのだよ」
レオ:「そうだな。俺は、IQの低いサルだ。でもよ・・・。だからこそ、直観で、アンタのやろうとしてることが間違ってるって、わかるんだわ」
ジキル:「フンッ」
レオ:「俺は、俺の直観を信じる・・・」
ラルフ:(N)レオは、引き金を引く。しかし、その銃弾は、ツクヨミのステッキによって一刀両断されてしまう。
ツクヨミ:「ヤレヤレですネ・・・」
ジキル:「助けてくれて、ありがとう」
ツクヨミ:「いえいえ。吾輩は、博士のボディガードですからネ」
レオ:「チッ・・・」
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ジキル:(N)ラルフは、頭だけを出して壁にめり込んでいる。
ラルフ:「どっ、どうして、とどめをささないのだ?」
リリー:「あなたには、殺しの依頼がきていないからよ。私たちのターゲットは、あくまでもジキル博士ただ一人」
ラルフ:「そんなの甘すぎるのだ」
リリー:「甘い・・・。そう、甘いのかもね」
ラルフ:「お前の能力の特性的に、僕ちんのことを殺そうと思えば、簡単に殺せたはずなのだ」
リリー:「そうね。あなたの体内に異物を移動させたり、臓器の配置をいじくったり、殺す手段は幾らでもあった」
ラルフ:「僕ちんは、悪者なのだ!何人も侵入者を殺してきた!悪者は、殺さないとダメなのだ!」
リリー:「あなたが悪者かどうかは、僕が決めることだよ。あなたもきっと、この世界の犠牲者だと思うから」
ラルフ:「?」
リリー:「僕は、貴族の家に生まれたの。幼い頃、貧乏人や弱者は、貴族の豊かな暮らしを存続させるために必要な歯車の一つだと教育されてきたし、それが当たり前だと思っていた」
リリー:「貴族だから、貧乏人を踏みつけて歩くのは当たり前。貴族だから、弱者を甚振(いたぶ)るのは当たり前」
リリー:「父は、時々、攫(さら)ってきた浮浪者(ふろうしゃ)を庭に逃がして、狩りと称して猟銃(りょうじゅう)で撃ち殺す遊びをしていた」
ラルフ:「それは、とんでもないのだ」
リリー:「ふふっ」
ラルフ:「ん?」
リリー:「やっぱり、あなた、優しいのね」
ラルフ:「優しい?そんなことないのだ!」
リリー:「だって、僕の父のこと、とんでもない人って思ったんでしょ?」
ラルフ:「それは・・・。僕ちんが貧民街(ひんみんがい)の生まれだから・・・。それに、命をもてあそぶのは、悪いことなのだ」
リリー:「そう、悪いことなの。どんな理由があっても、命をもてあそぶことは許されない。だから、父は殺された」
ラルフ:「殺された?」
リリー:「うん。正義を語る処刑人(しょけいにん)の手によってね。父が殺された途端、父の汚職や悪事がマスコミにリークされて、それからは、さんざんだった」
リリー:「母は僕を捨てて男のところに行っちゃうし、家は取り潰されるし、僕は、文字通り、すべてを失った」
ラルフ:「かわいそうなのだ・・・」
リリー:「因果応報(いんがおうほう)よ。父は、貴族の権力を振りかざし、調子に乗りすぎたの」
ラルフ:「・・・」
リリー:「そして、僕は、父を殺した正義の処刑人に、命を拾われた」
ラルフ:「ん?どういうことなのだ?」
リリー:「レオだよ。レオが、僕に一日三食のご飯と、安心して眠れる場所を与えてくれた。僕の父を殺した贖罪(しょくざい)という名目(めいもく)でね」
ラルフ:「・・・」
リリー:「レオは僕からすべてを奪って、すべてを与えてくれたの」
ラルフ:「すべてを・・・」
リリー:「レオと出会って、価値観も変わった。貴族としての価値観の間違いに気づけた。だから、あなたも、こんなところにいてはいけない。本当は、もっと、まっとうに生きていけるはず」
ラルフ:「無理なのだ。この世界は、貧乏人が、弱者が生きるには、厳しすぎるのだ」
リリー:「そうね・・・。だから、そういった人たちを救うために、博士に協力してるの?」
ラルフ:「博士は、僕ちんを救ってくれた恩人なのだ。僕ちんを救ってくれたように、この世界すべてを救おうとしてくれているのだ」
リリー:「そうかもね。それでも、僕は、この体で生きて行きたいの」
ラルフ:「老いたり、傷ついたら痛いと感じる不便(ふべん)な体なのだ」
リリー:「老いるから、今を大切に生きられる。傷つくと痛いから、周りを思いやれる。とっても素敵な体でしょ?」
ラルフ:「それは・・・」
リリー:「ふぅ・・・。だいぶ体力も回復できた。それじゃ、レオを助けに行ってくるね」
ラルフ:「・・・」
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ラルフ:「待つのだ!」
リリー:「ん?」
ラルフ:「アリスの弱点について話すのだ・・・」
リリー:「えっ!?」
0:
0:【場面転換】
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ラルフ:(N)ツクヨミは、ステッキの先をレオに向ける。
ツクヨミ:「バンッ!」
ラルフ:(N)ステッキの先からレーザーが飛んでくる。レオは、それを紙一重(かみひとえ)で躱(かわ)す。
レオ:「仕込み杖(づえ)?座頭市(ざとういち)か?」
ツクヨミ:「ジキル博士、不躾(ぶしつけ)ながら、先程からの話を聞いていましたが、この男、ただの馬鹿です。もう、始末してもよろしいでしょうか?」
ジキル:「そうだね・・・。残念だよ。せっかくアナザーバースへの最初の移住者になれるチャンスだったのに、自ら死を選ぶとは・・・愚かな・・・」
レオ:「俺は、死を選んだつもりはないけどな?」
ツクヨミ:「吾輩とエンカウントした時点で、ジョーカーを引き当てているのです。ジョーカー、即(すなわ)ち死」
レオ:「確かに、アンタの纏(まと)っているオーラは、人間のモノじゃねぇな。生物のものとは違う無機質な殺気」
ツクヨミ:「わかるんですか?フフフ・・・。吾輩、人造人間ですからネ」
レオ:「アンドロイドってことか?」
ジキル:「そう!ツクヨミは私が作った!最強のボディーガードだよ!」
レオ:「最強ね・・・。だったら、俺も、ジョーカーを切らせてもらうぜ!」
ツクヨミ:「ん?空気が変わった!?」
レオ:「凹顛灰燼(おうてんかいじん)、開闢無量(かいびゃくむりょう)、霊滅憤怒(れいめつふんぬ)、蒼葬神牙(そうそうじんが)!抜刀(ばっとう)!黒月丸(くろつきまる)!!!」
ツクヨミ:「なっ、なんですか!・・・これは?黒い刀!?」
ジキル:「フッ・・・。切り札が、ただのサムライソードとは笑わせる!そんなものを出したところで、ツクヨミに勝てるわけがないだろう?」
ツクヨミ:「博士、あの黒い刀、『この世ならざる力』を感じます」
ジキル:「そうか・・・。しかし、ツクヨミの相手にはならんだろう?古今東西あらゆる武術家の技のデータを収集したツクヨミこそ、最強にして、最凶の武神(ぶしん)!」
ツクヨミ:「ですネ・・」
レオ:「いくぞっ!黎明月光(れいめいげっこう)!」
ツクヨミ:「フッ・・・」
レオ:「!?霧のように消えた!?」
ツクヨミ:「魔絶星(まぜすた)!」
レオ:(M)くっ、突然、背後から!?
0:
レオ:「ぐはっ!」
ツクヨミ:「やはり、その刀は、子ども騙(だま)しでしたか・・・。他愛(たあい)もない。しかし、すんでのところで体をひねり、直撃は避けたようですネ」
レオ:「はぁ・・・はぁ・・・。まだだ・・・!」
ツクヨミ:「今度は、こちらから行かせて頂きます。魔絶屡蛇(まぜるた)!」
レオ:「また消えた!?ん?急に目の前にっ!?」
ツクヨミ:「キエーーーッ!!!」
レオ:「ぐふぁっ!」
ツクヨミ:「おっと!また神回避(かみかいひ)で直撃を避けましたネ!でも、一気にたたみかけますヨ!奥義(おうぎ)!羅睺羅天静(らごらてんせい)!」
レオ:「なんだこれは!時間が止まっている!?コイツは・・・まずい・・・」
ツクヨミ:「走馬(そうま)の夢に抱かれて眠りなさい。安らかにネ・・・」
ラルフ:(N)停止した時間の中で、レオの体は、無残に切り刻まれ、絶命した、かに思われた。
リリー:「クロス・リヴァイブ!」
ツクヨミ:「なっ!?」
ラルフ:(N)次の瞬間、無傷のレオは、不敵に笑う。
レオ:「フッ」
ツクヨミ:「傷がっ!吾輩のつけた傷が、すべて、消えている!?」
レオ:「ありがとよ。相棒」
リリー:「ふーっ・・・。間に合って良かった」
レオ:「信じていたからな」
リリー:「えっ?」
レオ:「相棒が必ずきてくれるってな」
リリー:「待たせて、ごめんね・・・。僕も、信じてたよ」
レオ:「ん?」
リリー:「ジキル博士の口車に乗せられていないって!」
レオ:「あたりまえだ。なんでも願いが叶う理想の世界なんてのは、まやかしだと思ってる。苦悩があるから、痛みがあるから、人は強くなれるし、優しくなれる!」
ジキル:「それが詭弁(きべん)であると、何故わからない?あぁ、サルだからか・・・。それに、君は殺し屋だろ?殺し屋が優しさを語るとは、ナンセンスだ!」
レオ:「でも、俺は優しいぜ?優しいから、今でも手を抜いてやってんだぜ?」
ジキル:「手を抜く?」
ツクヨミ:「吾輩との闘いに手を抜いているということですか?」
レオ:「そういうことだ」
ツクヨミ:「その減らず口、すぐに叩けなくしてあげましょう!!奥義(おうぎ)!羅睺羅天静(らごらてんせい)!!」
レオ:(さえぎって)「黎明無月(れいめいむげつ)」
ラルフ:(N)世界から、ツクヨミの時間だけが停止する。
ジキル:どういうことだ?ツクヨミの時間が、止まっている!?
レオ:「俺の刀、黒月丸には、暗転術式(あんてんじゅつしき)が施されている」
ジキル:「暗転術式?」
レオ:「簡単に言えば、技や能力の効果を本来のものとは反対のものに変える。アイツの技は、おそらく『殺意を向けた対象の時間だけを止める』技。だから、逆にアイツの時間だけが止まったってわけだ」
ジキル:「ほぉ・・・」
レオ:「さぁ、チェックメイトだ!」
ジキル:「フフ・・・。まだだ・・・。アリスさえ発動させてしまえば!」
リリー:(さえぎって)「そうはさせない!」
ラルフ:(N)リリーは銃口の先をツクヨミの額に当てる。
ジキル:「なっ!?」
リリー:「アリスとツクヨミはリンクしている」
ジキル:「なぜそれを・・・」
ツクヨミ:(N)リリーの背後から、ラルフがのそのそと歩いてくる。
ラルフ:「ごめんなのだ」
ジキル:「ラルフ!お前、まさか・・・」
ラルフ:「本当に、ごめんなのだ・・・。アリスの弱点を、喋ってしまったのだ・・・」
ジキル:「は!?そんなっ!ラルフの裏切りは、まったく計算にないぞ・・・」
レオ:「この世界は、計算にないことが起こるし、計算にないことも起こせるんだ・・・。だから、まだあきらめんなよ。人類の可能性を!アンタ自身の可能性を!アンタ、天才なんだろ?」
ジキル:「アナザーバースの世界ならば、死を克服(こくふく)することができる。すべてのコンプレックスを克服し、すべての差別を、偏見をなくせるんだ!それの何が間違っているというのだ!私は、間違ってなどいない!間違うはずがないのだ!私は、天才なんだぞ!!!」
レオ:「その天才さんでも、計算ミス、したじゃねぇか?」
ラルフ:「・・・」
ジキル:「それは・・・」
レオ:「差別や偏見があってもいいと思う」
ジキル:「なんだと?」
レオ:「完璧を求めるから、争いが起こるし。完璧であろうとするから、疲れるんだ。悪い奴のいない綺麗すぎる世の中なんて、当然俺は仕事を失っちまうし、今以上に生き辛いんじゃねぇかな。今くらいが、そう、ちょうどいいんだよ」
ジキル:「50年後に滅びるとしてもか?」
レオ:「滅びたら滅びたで、それまでだ。終わりの瞬間まで、精一杯、楽しく生きようぜ!」
ジキル:「やっぱり、お前は、サルなのか?」
レオ:「サルかもな・・・」
ツクヨミ:(N)ジキルは、糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる。
0:
0:【場面転換】
0:
レオ:「うし!しっかり3億バルト振り込まれてるな。さっそく課金しまくるぞーっ!」
リリー:「まさか、今回の暗殺報酬で、ゲームに課金する気?」
レオ:「あぁ」
リリー:「もったいない・・・」
レオ:「金の遣い方なんて、人それぞれだろ?」
リリー:「まぁね・・・。でも、半分は、僕の口座に振り込んでよね。僕も相棒として頑張ったんだからさ」
レオ:「あぁ・・・。もちろん振り込むさ」
リリー:「・・・」
リリー:「それにしても・・・」
レオ:「ん?なんだ?」
リリー:「良かったのかな。アリスを起動しないって口約束だけで、『今回も』命をとらなかったでしょ?」
レオ:「まぁな・・・。そこは、もう、信じるしかないんじゃねぇの?それに・・・」
リリー:「それに?」
レオ:「今、俺たちが現実だと思ってるこの世界も実は、すでにアナザーバースの世界なのかも知れねぇからさ・・・」
リリー:「えっ?」
0:
0:-了ー
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0:
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ツクヨミ:「はぁ・・・。殺してしまった・・・。ジキル博士を、この手で殺してしまった・・・!殺したくないのに、殺したくないのに!吾輩を産み出してくれた神であるはずなのに!何故なぜ何故、何故なんだーっ!?」
ツクヨミ:「でも・・・。これで、これでっ、これっでぇ!吾輩は、ついに!アリスとひとつになれる!世界を『真夜中』へと導く存在になれる・・・!ようやくだ・・・。吾輩の宿願(しゅくがん)が叶う!ギャーーーッ!ハッハーッ!!!」
0:【間】
ツクヨミ:「あぁ・・・。さっそく、アリスを迎えに行こうか・・・」
リリー:(M)都会の喧騒(けんそう)の片隅に、廃ビルが建っている。
リリー:(M)えっと・・・。廃ビルは、仮初(かりそめ)の姿。
リリー:(M)実際は、殺し屋組織のアジトになっている。
リリー:(M)組織といっても、構成員は僕とレオの二人だけ・・・。
リリー:(M)ちなみに、レオは今、ソファーに寝転がり、ポテチをつまみながらネトゲ。
リリー:(M)そう。堕落(だらく)を貪(むさぼ)っている真っ最中だ。
レオ:「あん?なんか言ったかぁ?」
リリー:「え?」
レオ:「なんか、悪口を言われたような気がしたんだが・・・」
リリー:「すごいね。心を読めるの?」
レオ:「あぁ、俺はガンジーだからな」
リリー:「ガンジー?」
レオ:「ガンジーを知らないのか?」
リリー:「何をした人なの?」
レオ:「何をした人?あぁ・・・」
リリー:「ん?」
レオ:「っ・・・!偉大な功績を残した人だ」
リリー:「偉大な功績ね・・・」
レオ:「あん?なんか文句あんのか?」
リリー:「なにも」
レオ:「なら、少し黙っていてくれないか?俺はギルマスだからメロスみたいに忙しいんだ。今から、ギルド対抗戦の準備をだな」
リリー:(かぶせて)「仕事の依頼だよ」
レオ:「はん?」
リリー:「仕事の依頼」
レオ:「あぁ・・・。今回はパス。ギルド対抗戦で上位に入れば、ギルメン全員にレアアバターが配布されるんだ」
リリー:「報酬は三億バルト」
レオ:「三億・・・三億ね。あん?三億!?」
リリー:「そう、三億」
レオ:「おいおい、どこのVIPの依頼だよ?相当ヤバい山なんじゃねーのか?」
リリー:「依頼主は、ヘルベルト・フォン・バーンスタイン」
レオ:「ヘルベル?スタイン?ん?んん!?現大統領じゃねーか!?」
リリー:「そうだよ」
レオ:「大統領が、なんで殺し屋なんかに依頼を?」
リリー:「えっと・・・。ちょっと今回のターゲットのことを調べてみたんだけど、どうやら、相当な手練(てだ)れみたいだよ。すでに、軍の特殊部隊の中でも選りすぐりの精鋭部隊ベルセルクが壊滅させられたみたい」
レオ:「ベルセルクが壊滅!?あのベルセルクがか!?」
リリー:「うん。さらには、殺し屋組織ミスト、スプリガンにも依頼したみたいだけど、暗殺は失敗に終わったみたいね」
レオ:「ミストとスプリガンといえば、殺し屋業界でも二大巨頭じゃねーか!」
リリー:「そうだね」
レオ:「すげぇな・・・。難易度Sランク。いや、SSSランクじゃねーか!」
リリー:「あれ?ギルド対抗戦は?もしかして依頼を受ける気になったの?」
レオ:「あぁ!ベルセルクが壊滅。ミストもスプリガンも暗殺失敗。そんな面白いクエストがあるのに、ネトゲなんてやってられるかよ!で、その無敵の奴(やっこ)さんの名前は?」
リリー:「ジーザス・ジキル」
レオ:「ジーザス・ジキル?聞いたことねーな」
リリー:「機械工学の世界的権威よ。聞いたことない?ジキル博士って」
レオ:「あぁ!テレビで見たことあるぞ。確か、世界で初めて自立思考型アンドロイドを完成させたとか・・・。でも、そんな奴が、どうして政府からの暗殺対象になっちまったんだ?」
リリー:「それはね・・・」
レオ:「それは?」
リリー:「人間に代わり、AIが支配する世界を現実のものにしようとしているから・・・」
0:
0:【場面転換】
0:
0:ジキルの地下研究所
0:
ジキル:「もうすぐだ。もうすぐ『アリス』が完成する!すべての者に平等で、永久に続く平穏な世界が実現する!」
ツクヨミ:「テンション上がっちゃいますネ!博士!」
ジキル:「あぁ!私が、この世界の救世主になる!これは、私にしか成し得ない人類史上最高の偉業だよ!」
ツクヨミ:「歴史の教科書に載せてもらえるかもしれませんネ!」
ジキル:「フッ・・・。そうだね。載せてもらえるかもね。でも、そんなことはどうでもいい。私は、ただ、すべての者たちに救済の手を差し伸べたいだけなのだから」
ツクヨミ:「博士は優しい!優しすぎますヨ!放っておけば、50年先には自滅して行く人類に、救いの手を差し伸べるだなんて・・・」
ジキル:「助けられる命があるのならば、助けようとする。人として、当然の心理だよ」
ツクヨミ:「フフフ・・・」
リリー:(N)セキュリティドアが開く。そして、背中に巨大な斧を担(かつ)ぎ、筋肉粒々(きんにくりゅうりゅう)の、男か女か判別できない顔をした者が入ってくる。
ラルフ:「失礼するのだ」
ジキル:「ラルフ、お疲れ様」
ラルフ:「ありがとうなのだ。今、ネズミが二匹ほど研究所に入り込んできたので、始末してきたのだ」
ジキル:「素晴らしい!さすがラルフ!」
ラルフ:「えっへん!力仕事は、まかせるのだ!」
ツクヨミ:「それで?始末したゴミの情報は?」
ラルフ:「顔認証スキャンの情報によると、殺し屋組織メザールに所属するティックとトックだと判明したのだ」
ツクヨミ:「メザール!これまた王手ですネ」
ジキル:「そうなの?私は、その方面の知識は疎(うと)いからね」
ツクヨミ:「大丈夫ですヨ。掃除するだけのゴミの情報なんて、詰め込むだけ脳の容量の無駄遣いですヨ」
ラルフ:「掃除は、僕ちん、得意なのだ」
ジキル:「あぁ・・・。本当に心強いよ。君たちがいるから、私は自分の研究、発明に没頭することができる」
ツクヨミ:「当然じゃないですか!吾輩、博士の思い描く理想の世界が実現するのを、それは、もう、楽しみにしているのですから!」
ラルフ:「僕ちんも!博士に命を救ってもらった恩義を返すのだ!」
リリー:(N)無数に配置された電子機器の一つから、警報音が鳴る。
ラルフ:「このサイレンは確か・・・」
ジキル:「ハッキングの警報だね」
ツクヨミ:「ハッキング元をすぐに特定しましょう」
ジキル:「頼んだよ」
ツクヨミ:「御意(ぎょい)」
ラルフ:「僕ちんは?」
ジキル:「ラルフは、引き続き、施設内を見回っていてくれ」
ラルフ:「わかったのだ」
ジキル:「さて、私は、もうしばらく研究室にこもるよ。何かあれば、コールしてくれ」
ツクヨミ:(同時に)「御意」
ラルフ:(同時に)「わかったのだ」
0:
0:【場面転換】
0:
0:レオとリリーのアジト
0:
レオ:(M)人間に代わり、AIが支配する世界か・・・。アニメや小説だけの夢物語かと思っていたが、それを実現させるほどの天才・・・。そりゃあ、権力者にとっては、存在するだけで脅威(きょうい)になっちまうよな・・・。
リリー:「はぁーっ!嘘でしょ!嘘でしょ!嘘だよねーっ!」
レオ:「どうした?うるせぇぞ!」
リリー:「僕が、この僕が!セキュリティをハックできなかったんだよ!」
レオ:「は!?お前、以前、『どんなセキュリティも僕の腕にかかれば、本能寺の変』とか言ってなかったか?」
リリー:「本能寺の変!?よっ、余裕とは言ったけど」
レオ:「余裕ではなかったと・・・」
リリー:「今回に限ってはね。流石、機械工学の世界的権威としか言いようがないね」
レオ:「つまり、施設の内部構造やら構成員の数、その他諸々一切分からないと・・・」
リリー:「そういうこと」
レオ:「施設の場所はわかるのか?」
リリー:「あぁ、それは、依頼主から情報提供があったから、特定できてるよ」
レオ:「まぁ、場所が特定できてるなら、あとは、俺とお前で、なんとかなるだろ?」
リリー:「はぁ・・・。僕としては、少しでも情報を集めて、暗殺の成功確率を上げたいところだけど」
レオ:「俺が依頼を受けた時点で、暗殺の成功確率は100%だ」
リリー:「僕は、その自信が怖ろしいよ」
レオ:「フッ。鬼が出るか、じゃじゃ馬が出るか、楽しみだな」
リリー:「じゃじゃ馬は出ないと思うけど・・・」
レオ:「で、場所は、どこなんだ?」
リリー:「パナルマンダ州、トリコロール市街地」
レオ:「了解。さっそく車飛ばすそ。電光石火で準備しろ」
リリー:「はいはい」
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0:【場面転換】
0:
0:トリコロール市街地
0:
リリー:「うーん・・・。確か、この辺りだよ」
レオ:「うし!車、停めるか」
ツクヨミ:(N)レオは、路肩(ろかた)に車を停車させる。
レオ:「で、どこがジキルの地下研究所に続いてるんだ?」
リリー:「あそこだよ」
ツクヨミ:(N)リリーは、前方の今にも倒壊しそうな廃モーテルを指さす。
レオ:「フッ。なんか、俺らのアジトと似てるような場所だな」
リリー:「そうだね・・・」
レオ:「いくぞ」
リリー:「はいはい」
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0:【場面転換】
0:
0:廃モーテル、エレベータ前。
0:
レオ:「ほぉ。このエレベータだけ、スターウォーズみたいだな」
リリー:「スターウォーズ?」
レオ:「あぁ、スターウォーズみたいだろ?」
リリー:「そ、そうだね・・・。えっと、もしかしたら、何かボタンを押しただけで、爆発したり、ビームが飛んできたりする仕掛けがあるかも?」
レオ:「おもしれぇ!」
リリー:「ちょちょちょっと!なんの迷いもなくボタンを押さないでよ!」
レオ:「あ・・・。開いた」
リリー:「開いたね・・・。爆発もビームもないみたい・・・」
レオ:「いくぞ」
リリー:「ちょっ、ちょっと!少しは警戒しなよ!」
ジキル:(N)レオは迷いなくエレベータに乗り、リリーもそれに続く。
レオ:「うーん・・・。地下36階が最下層か・・・。なら、36階をポチッとなと」
リリー:「ああ!扉が閉まった!」
レオ:「そりゃあ、閉まるだろ?ボタンを押したからな。お?動き出したぞ」
リリー:「だね・・・。あっ!天井から怪しい色をしたガスがでてきた・・・。きっとこれ、毒ガスだよ」
レオ:「毒ガスなんて、息止めとけば、なんとかなるだろ」
リリー:「息止めとけば、ね・・・。そのやり方で、この状況を切り抜けられるのは、きっと僕らくらいだと思うよ?」
レオ:「あ・・・。もう着いたみたいだぞ」
リリー:「はぁ・・・」
ジキル:(N)扉が開くと同時に、二人に向かって無数の弾丸が放たれ、粉塵(ふんじん)が巻き上がる。
ラルフ:「侵入、即(すなわ)ち死!」
ジキル:(N)粉塵が晴れると、レオは涼しい顔をし、銃口をラルフに向ける。
ラルフ:「無傷!?そ、そんな!馬鹿な!!!」
レオ:「悪いな。俺は、鉛玉(なまりだま)の当たらないアイアンマンなんだ。さぁ、チェックメイトだ!」
リリー:(さえぎって)「待って!」
レオ:「なんだ?」
リリー:「殺しちゃダメだよ!ジキル博士の居場所を聞き出さなきゃ!」
レオ:「あぁ・・・。それもそうだな・・・。おい!ジキル博士は、どこだ?吐かなきゃ、このまま引き金を引くぞ」
ジキル:(N)ラルフは、手に持ったガトリングガンをレオに向かって投げつけると、レオはそれを蹴り上げる。
レオ:「あらよっと!お行儀が悪いねぇ」
ラルフ:「引き金?引きたければ、引けばいいのだ。僕ちんに、そんなもの効かないのだ」
ジキル:(N)ラルフは、背中の斧を抜き、正眼(せいがん)に構える。
レオ:「ほぉ。おもしれぇ!試してやんよ!」
ジキル:(N)レオは弾丸を放つが、弾丸は軌道を変え、磁石のように斧に吸い寄せられる。
レオ:「なるほど。面白い獲物(えもの)を持ってるじゃねぇか!だったら、接近戦で一気に勝負を決める!うおおおーっ!」
ジキル:(N)レオは、ラルフに向かって突進して行くが、ラルフの額に拳(こぶし)が届く寸前で床が消滅し・・・。
レオ:「クッ!ヤベッ!」
ジキル:(N)レオは、穴に落ちてしまう。そして、レオが穴に落ちると同時に、床が元通りになる。
リリー:「れっ、レオーッ!」
ラルフ:「ザマーミロなのだ!」
リリー:「レオをどこにやったの?」
ラルフ:「僕ちんには、わからないのだ。きっとツクヨミの仕業(しわざ)なのだ」
リリー:「ツクヨミ?」
ラルフ:「今から死ぬお前が、知る必要はないことなのだ!」
リリー:「死ぬのは、あなたよ!」
ジキル:(N)リリーは、銃口をラルフに向ける。
ラルフ:「今のを見ていなかったのか?頓智気(とんちき)!僕ちんに、飛び道具は効かないのだ!」
ジキル:(N)リリーは、発砲すると同時に、壁伝いに走って距離を詰め、ラルフの首筋にローキックを放つ。
リリー:「はぁっ!」
ラルフ:「ん?」
リリー:「かっ、硬い!」
ジキル:(N)ラルフは、すかさずリリーの足首を捕み、不敵な笑みを浮かべる。
ラルフ:「へへ~ん」
リリー:「しまった!?」
ラルフ:「このまま死ぬのだ!」
ジキル:(N)ラルフは、リリーをハンマーのように振り回し、地面に叩きつける。
リリー:「ぐふぁっ!」
ジキル:(N)血反吐(ちへど)を吐くリリー。ラルフは両手で斧を構え、袈裟斬(けさぎ)りにリリーの頭蓋(ずがい)に狙いを定める。
ラルフ:「チェストーッ!!!」
ツクヨミ:(さえぎって)「おっと、危ない危ない」
ジキル:(N)間一髪のところで、ツクヨミのステッキがラルフの斧を受け止める。
ラルフ:「つっ、ツクヨミ!なぜ・・・?その行動は、ジキル博士への裏切りだと思うのだ」
ツクヨミ:「裏切り?吾輩が?フッ。吾輩がジキル博士を裏切るなんて、ナンセンスです」
ラルフ:「・・・。それは・・・確かに・・・」
ツクヨミ:「吾輩は、ただ・・・。目の前で美しい女性が傷つくのが見たくないだけ。ただ・・・、それだけですヨ」
ラルフ:「でも、そいつ、侵入者。侵入者、即ち死。始末しないとダメなのだ」
ツクヨミ:(さえぎって)「あーあーあーあー。いいんですヨ。美しい女性だけは、例外。美しい女性には、様々な利用価値がありますからネ」
ラルフ:「利用価値?僕ちん、難しいことは分からないのだ」
ツクヨミ:「とりあえず、この子は、吾輩が預かるということで良いですか?」
ラルフ:「ジキル博士に怒られても知らないのだ」
ツクヨミ:「それは、うーん・・・。まったく問題ないと思いますヨ」
ジキル:(N)ツクヨミは、気絶したリリーを肩に抱え、霧のように姿を消す。
ラルフ:「・・・。これは、ジキル博士に報告した方が良い気がするのだ」
ジキル:(N)ラルフは、スマホを取り出し、ジキルに通話をかける。
0:
ジキル:「ん?ラルフ?どうした?」
ラルフ:「侵入者が二人。一人は、穴に落ちて、もう一人は、ツクヨミが連れていったのだ」
ジキル:「ツクヨミが連れていった?」
ラルフ:「僕ちん、どうすればいいのだ?」
ジキル:「フフフ・・・。ツクヨミのことを信用してあげなさい」
ラルフ:「うーん・・・」
ジキル:「ツクヨミは、私自身でもあるのだからね」
ラルフ:「博士自身?ますます意味がわからないのだ」
ジキル:「ラルフ、引き続き見回り業務を頼んだよ」
ラルフ:「見回り業務・・・。わっ、わかったのだ」
0:
0:【場面転換】
0:
ラルフ:(N)両手両足を鉄の拘束具(こうそくぐ)で椅子に拘束された状態で、リリーは目を覚ます。
リリー:「うっ・・・ううっ・・・。ここは?」
ツクヨミ:「お目覚めかな?ようこそ、吾輩の遊戯室(プレイルーム)へ!」
リリー:「あなたは・・・」
ツクヨミ:「吾輩は、ツクヨミ」
リリー:「ツクヨミ?」
ツクヨミ:「そう、ツクヨミと申します。確かあなたは、リリーさんで、相棒さんの名前は、レオさんですよね?」
リリー:「えっ?」
ツクヨミ:「どうして名前を知っているのか?あぁ、簡単ですヨ。この施設のシステムをハックしようとしてきた『おバカさん』の情報くらい、吾輩の手にかかれば、ネ」
リリー:「・・・」
ツクヨミ:「フフフ・・・。さっそくですが、吾輩とゲームをしませんか?」
リリー:「ゲーム?」
ツクヨミ:「はい。ゲーム・・・。あなたに、拒否権なんてありませんヨ。なぜなら・・・」
ラルフ:(N)ツクヨミが指を鳴らすと、背後の扉が開き、檻に閉じ込められ、体中傷だらけで満身創痍(まんしんそうい)のレオの姿が露(あら)わになる。
リリー:「れっ、レオ!」
レオ:「悪い・・・。下手こいちまった・・・」
リリー:「一体何があったの?」
レオ:「穴に落ちたら檻の中・・・。檻の外から流鏑馬(やぶさめ)のような攻撃」
リリー:「その檻、レオの力でも破壊できないの?」
レオ:「あぁ・・・。『今の』俺の力じゃ無理だった」
ツクヨミ:「当たり前ですヨ。ジキル博士が生み出した特殊合金ですからネ。戦車砲(せんしゃほう)をぶちこんだとしても、傷一つ付けられないでしょうネ。そして、もう、お分かりですよネ?ゲームに勝利しなければ、レオさんには、ここで死んで頂きます」
リリー:「なんのゲームをすればいいの?」
ツクヨミ:「おおお!ゲームをして頂けるんですネ!状況判断が早くて助かります!」
リリー:「だから、なんのゲームをすればいいの?」
ツクヨミ:「簡単なカードゲームですヨ。幼稚園児でも理解できるルールです。トランプをシャッフルし、それぞれ5枚のカードが配られる。その中から1枚カードを選択し、同時に見せ合って、数字の大きい方が勝ち。簡単でしょ?ただし、1回の勝負では面白くないので、先に2回勝利した方の勝ちということにしましょう!」
リリー:「わかった。ただし、使用するトランプは、インチキがないか確認させてもらうし、私がシャッフルしてもいい?」
ツクヨミ:「構いませんヨ」
リリー:「それと、本当にゲームに勝てば、レオを開放してくれるのよね?」
ツクヨミ:「もちろん!解放しますとも!ただしただし、あなたにもリスクを背負ってもらいます」
リリー:「リスク?」
ツクヨミ:「吾輩が勝利した場合、当然レオさんには死んでもらいますし、あなたには洗脳手術を受けてもらいます」
リリー:「洗脳手術?」
ツクヨミ:「無理やり服従(ふくじゅう)させるのは、吾輩の倫理に反するので、ゲームを通して、合法的に・・・。吾輩の手となり!足となり!!どんな命令にも絶対服従の素敵なメイドさんになってもらおうかと!!!」
レオ:「ふざけるな!」
リリー:(さえぎって)「レオ!」
レオ:「ん?」
リリー:「僕は、負けない・・・。信じて・・・」
レオ:「だが・・・」
リリー:「信じて」
ラルフ:(N)リリーは突き刺さるような眼差しをレオに向ける。
レオ:「・・・。わかった」
ツクヨミ:「フフッ。では、さっそくゲームを始めましょう!あぁ、ゲームをするために、手の拘束だけは解いてあげましょうネ!」
ラルフ:(N)ツクヨミが指を鳴らすと、リリーの手の拘束具が外れる。そして、床から、白いテーブルが出現し、そのテーブルの上には、トランプが置いてあった。
ツクヨミ:「さぁ、インチキがないか、トランプを入念にチェックしたまえヨ」
リリー:「・・・」
ラルフ:(N)突然、ツクヨミの隣に巨大モニターが出現し、ディスプレイにジキル博士の顔が映し出される。
レオ:「っ!?」
リリー:「ジキル博士・・・?」
ジキル:「やぁ、ツクヨミ」
ツクヨミ:「これはこれは、ジキル博士」
ジキル:「ラルフから報告があった。侵入者を連れ去ったそうじゃないか?その二人が、そうかな?」
ツクヨミ:「はい!名前は、リリーとレオ。裏の世界じゃ名の知れた殺し屋です」
ジキル:「それは恐ろしい」
ツクヨミ:「そう、とても恐ろしいです。そして、今から、その恐ろしい殺し屋のリリーさんとゲームをしようかと!」
ジキル:「なるほどなるほど・・・。それは、面白そうだ。私も、観戦させてもらおうかな?」
ツクヨミ:「ん?発明の方は?」
ジキル:「発明の方は、今しがた終わったよ」
レオ:「っ!?」
リリー:「・・・」
ツクヨミ:「ついに・・・。つーいーにっ!完成した、ということですか?」
ジキル:「答えは・・・イエスだ」
レオ:「どうやって、人間に代わり、AIが支配する世界を実現させようとしているんだ?」
ジキル:「ほほぉ・・・。ここに侵入したということは、当然、私の研究も知っているということだね・・・。フフッ。いいだろう。教えてあげよう」
ツクヨミ:「いいのですか?」
ジキル:「あぁ、構わないよ。うーん・・・。すごく分かりやすく説明するよ?まず、コンピュータのデータは、0と1で表現されるバイナリー形式で保存されている。そして、人間の脳もバイナリー形式で保存されている」
ジキル:「シナプスを取り巻くタリン分子は、折りたたまれた形状と、開いた形状の2つの安定的な状態を持っている。タリン分子は、機械的な圧力を受けることで、この形状を変化させ、まるでスイッチの0と1のように機能している」
ジキル:「0と1・・・。0と1なのだよ!人間は、生まれた時から、見たこと、聞いたこと、経験したことがコードに刻まれ、更新され続け、固有の記憶が数学的に表現されている!だから・・・」
レオ:「だから?」
ジキル:「その0と1を『アリスシステム』・・・。そう、『アリス』の起動と同時に、全て掌握(しょうあく)し、保存する」
リリー:「人類の記憶の保存?それとAIが支配する世界は、どう関係するの?」
ジキル:「まぁまぁ、話は最後まで聞きたまえよ・・・。人類の記憶をすべて掌握したのなら、人類の総意も、掌握したのも同義。私はね、それを元に、人類の政(まつりごと)のすべてを、AIに握らせたいのだよ」
ジキル:「人間が政(まつりごと)を行うと、そこには必ず、私利私欲、忖度(そんたく)が生じる。そんなものは、平等とは言えない」
ジキル:「貴族制度は、数十年も前に撤廃(てっぱい)されたはずなのに、未だに政治家の9割が旧貴族だ!」
ジキル:「貴族目線での政(まつりごと)。一部の経済団体とズブズブの関係で、金儲けするための道具として政(まつりごと)が利用され、貧乏人は奴隷のように飼い慣らされている」
ジキル:「飼い慣らされている・・・。そう、飼い慣らされているから、誰も、何も、自分の境遇(きょうぐう)に疑問を感じない。税金が上がっても、戦争が起こっても、人がどれだけ死のうが、仕方ないと受け入れる」
ジキル:「そんなことがあって良いのか?良いはずがない!そうは思わないかね?」
リリー:「それは・・・」
レオ:「アンタの言ってることは、まぁ・・・正しいよ」
リリー:「えっ?」
ジキル:「あぁ!わかってくれるのかい?そういえば、君たちがここに侵入してきた時に戦ったラルフもね。貧民街(ひんみんがい)で生まれ育ち、餓死寸前のところを、私が救ったのだよ」
ジキル:「想像できるかい?毎日、1枚のパンさえ食べることができず、飢え死にしている者がいることを!」
ジキル:「富裕層(ふゆうそう)、貴族気取りの連中は、政(まつりごと)の場に出席するだけで、居眠りしていても高い給料が支払われる。貧乏人には、低賃金の過酷な労働を与え、税と称し、金を搾(しぼ)り取れるだけ搾(しぼ)り取る。まるで地獄絵図だよ」
レオ:「不平等極まりないよな」
ジキル:「そう!クソ共の支配する世界に終止符(ピリオド)を打つために、私は、『アリス』を完成させたんだ!」
レオ:「で、アリスって、なんなんだ?人間の記憶を掌握し、人類の総意を掌握したとしても、今の政治家連中に代わって、政(まつりごと)の実権を握れるとは、どうしても思えないんだが・・・」
ジキル:「よくぞ聞いてくれた!アリスを起動させるとね。特殊な電磁波が地球全土にまで行き渡る」
リリー:「特殊な電磁波?」
ジキル:「フフッ。その電磁波を浴びた人の記憶は、人格は、アリスに保管され、人類の生活の場は、アナザーバースへと移行される。AIが平等な政(まつりごと)を行う新世界へとね!」
レオ:「そうなると、この体は、どうなるんだ?」
ジキル:「あぁ、本体は、時間経過と共に朽ちて行くだろうね」
レオ:「つまり、死ぬんだな?」
ジキル:「死なないさ!死なない!アナザーバースの世界で、永遠の生を手にし、永遠の平穏の中で、理想の生き方をし続けることができる!」
ジキル:「歌が好きな人間は、自分が望む声帯で、望む音域で、好きなだけ歌を歌い続けることができる。旅が好きな人間は、どんな世界にも一瞬で移動し、旅先の景色を、旅先の食事を、好きなだけ堪能(たんのう)できる!」
ジキル:「生きている時と同じ感触、同じ感覚、同じ心で!それは、まさに!天国だ!」
ツクヨミ:「その通り!ジキル博士は、全人類を天国へと導いてくれるのです。新世界の神ですヨ」
レオ:「神ね・・・」
ジキル:「もう、過酷な労働を強(し)いられることも、飢え死にすることも、戦争に駆り出されることもないのだよ?素晴らしいとは思わないかね?」
レオ:「・・・。チャップリンのような話を聞かせてくれて、ありがとよ」
ジキル:「チャールズ・スペンサー・チャップリン!喜劇王の名前だね?」
レオ:「・・・」
リリー:「トランプ、シャッフルしたよ。5枚ずつ配ればいいのよね?」
ツクヨミ:「あぁ、よろしく頼むヨ」
ラルフ:(N)リリーは、机の上でカードをスライドさせ、ツクヨミの前に5枚のカードを配る。
ツクヨミ:「こういうゲームの場合、交互に配るものじゃないのかな?」
リリー:「僕のインチキを疑うっていうのなら、僕のカードと入れ替える?」
ツクヨミ:「いや、このままでいいヨ。どうせ吾輩が勝つに決まっているからネ」
リリー:「それと、僕が勝った時の条件を一つ追加していい?」
ツクヨミ:「条件?どんな条件だい?」
リリー:「アリスの破壊」
ツクヨミ:「フフフッ。そんな条件飲めるわけ」
ジキル:(さえぎって)「面白いじゃないか!」
ツクヨミ:「え?」
ジキル:「リスクがあった方が、ゲームが盛り上がるというものだ!」
ツクヨミ:「でも、博士」
ジキル:「ツクヨミ、君はこの勝負に負ける可能性があると?」
ツクヨミ:「いいえ、万に一つ、兆に一つも吾輩に敗北の文字はありませんヨ」
ジキル:「だろう?」
ツクヨミ:「はい。フフフ・・・」
ジキル:「ちなみに、リリー君が負けた時は、どうなるんだい?」
ツクヨミ:「リリーさんに洗脳手術を施し、レオさんには、死んでもらおうかと・・・」
ジキル:「ダメだ!殺すなんて、もったいない。私は、アリスが完成して、今、とても良い気分なんだ」
ツクヨミ:「なるほど」
ジキル:「だから、リリー君が負けた時は、レオ君には・・・。うーん。そうだな・・・。アナザーバースへの最初の移住者になってもらおう!」
レオ:「っ!?」
ツクヨミ:「それは良いですねぇ!もはや、罰ゲームですらない気がしますがw」
ジキル:「リリー君のことは、君の好きにしたまえ」
ツクヨミ:「御意」
リリー:「・・・。じゃあ、手札を見るよ」
ツクヨミ:「私も見させてもらいますネ」
ラルフ:(N)リリーとツクヨミ、お互いに手札を見る。
ツクヨミ:「うーん・・・。これはこれは・・・。なかなか」
リリー:(M)僕の手札は、数字の小さい順に、ハートの3、クローバーの8、スペードのジャック、ハートのクイーン、クラブのキング。シャッフルの間に細工し、ジャック、クイーン、キングを手札に加えることができた。これで、負けるはずがない。
ジキル:「なんだか、ワクワクしてきたよ」
ツクヨミ:「吾輩もです。ではでは、さっそく、1枚目のカードを選んで、勝負しましょう!」
ラルフ:(N)リリーは、黙って頷く。
ツクヨミ:「スリー、トゥー、ワン!」
ラルフ:(N)リリーの出したカードは、クラブのキング。対するツクヨミの出したカードは、ハートのキング。
リリー:「えっ?」
レオ:「キングとキング・・・」
ジキル:「この場合は、引き分けかな?」
ツクヨミ:「はい。引き分けですネ!」
ジキル:「引き分けということは、まだ、このワクワクは続くんだね!」
リリー:「・・・」
ツクヨミ:「では、さっそく次のターン!準備はいいですネ?」
ラルフ:(N)リリーは、黙って頷く。
ツクヨミ:「スリー、トゥー、ワン!」
ラルフ:(N)リリーの出したカードは、ハートのクイーン。対するツクヨミの出したカードは、クローバーのジャック。
リリー:「ふぅ・・・」
レオ:「おっしゃ!クイーンとジャックだから、この場合、うちのリリーの勝ちで良いんだよな?」
ツクヨミ:「そうですネ!リリーさんの勝ちです」
ジキル:「残念だ・・・」
ツクヨミ:「ジキル博士。まだ、勝負は終わっていませんヨ?先に二回勝った方の勝ちですからネ!」
ジキル:「あぁ・・・。そういうルールだったね」
ツクヨミ:「では、次のターン。良いですネ?」
ジキル:「その前に、レオ君は、一体どちらの味方なのかな?」
レオ:「どちらの味方?」
ジキル:「そう、どちらの?」
レオ:「そんなの決まってんだろ!リリーの味方だ」
ジキル:「あぁ・・・。私のアリスの素晴らしさに共感してくれていたわけではないのかね?」
レオ:「確かに、あんたの思想は、間違っていないし、それで救われる人たちも多くいるだろうよ。だがなぁ、突然そんな世界になって、受け入れられるのか疑問に思う」
ジキル:「受け入れられるさ!アナザーバースに移住すれば、どんな理想もすぐに実現するんだよ?夢が叶うんだよ?空腹もないし、痛みもない。永遠の快楽が待っているんだよ?最高のサプライズプレゼントじゃないか!」
レオ:「わかってねぇ・・・。あんたは、なんにもわかってねぇ!」
ジキル:「はぁ?」
レオ:「どんな理想もすぐに実現?夢が叶う?そんなの空っぽだ!欲しいものがあって、目指すべき場所があって、そこに手を伸ばす。泥に塗(まみ)れ、努力するからこそ、生きてることを噛みしめることができるんだ!」
ジキル:「否(いな)っ!レオ君は、なにもわかっていない。生まれつき、四肢(しし)が欠損している者が野球選手に憧れを抱いたとしても、努力だけでは、どうにもならない壁にぶつかるだろう?」
レオ:「それは・・・」
ジキル:「私ならば、そんな壁さえも取り払うことができる!どんなコンプレックスも克服(こくふく)できる!心のままに、すべてが現実となる世界!それこそが!アリスだ!」
レオ:「・・・」
ツクヨミ:「ではでは、ゲームの続きをしましょうか?」
リリー:「うん・・・」
0:
リリー:(M)今度こそ勝つ!
ツクヨミ:「スリー、トゥー、ワン!」
ラルフ:(N)リリーの出したカードは、スペードのジャック。対するツクヨミの出したカードは、クラブのクイーン。
リリー:「ええっ!?」
レオ:「おいおい・・・」
ツクヨミ:「ヤッタ!勝ちましたヨ!ジキル博士!」
ジキル:「まだ1勝目だろ?これで、お互いに1勝ずつだ」
ツクヨミ:「そうですネ!ドキドキしちゃいますネ!それでは、良いですか?」
リリー:(M)嘘だ・・・。細工を施した僕の手札より良いカードを引くなんて・・・。こうなったら、能力(スキル)を使うしかない!
ツクヨミ:「良いですか?」
リリー:「あぁ・・・。うん・・・」
ラルフ:(N)リリーは、能力を使用し、手札のハートの3のカードと山札のスペードのキングのカードを入れ替えた。
ツクヨミ:「フフッ。では、スリー、トゥー、ワン!」
ラルフ:(N)リリーの出したカードは、スペードのキング。対するツクヨミは・・・。
リリー:「っ!ジョーカー!?」
ツクヨミ:「そう!ジョーカーです!ジョーカーは、最強にして最凶のカード!これで、吾輩の勝ちですネ!」
レオ:「そ、そんな・・・」
ツクヨミ:「インチキしたのに負けるなんて、悲しいですネ!」
リリー:「えっ!?」
ツクヨミ:「そのお顔は・・・。フフフッ。やっぱり、インチキしたんですネ。吾輩はフェアなゲームを楽しみたかったのに、とても残念です」
ジキル:「いやぁ。楽しませてもらったよ。ありがとう。では、私は、アリスの起動準備に取り掛かるよ」
ツクヨミ:「御意」
ラルフ:(N)ジキルを映し出していたモニターが消えると同時に、レオは叫んだ。
レオ:「リリー!そろそろ頃合いだ!」
リリー:「了解!クロスチェンジ!」
ラルフ:(N)リリーが手を交差させて叫ぶと同時に、レオとツクヨミの場所が入れ替わる。
ツクヨミ:「ん!?ここは、檻の中?一体どういうことですか!?」
リリー:「僕の能力、わかってるんじゃないの?」
ツクヨミ:「場所を入れ替える能力ということですか?」
リリー:「ビンゴ!さらに、こういうこともできちゃうんだ・・・。クロスチェンジ!」
ラルフ:(N)リリーの足の拘束具が消えると同時に、その拘束具がツクヨミの両腕を拘束した。
ツクヨミ:「くっ!?」
リリー:「これで、ジキル博士には、すぐには連絡できないだろうね」
ツクヨミ:「こんなことをしても良いと思っているのですか?」
レオ:「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。テメェらのやろうとしてることは、犯罪だ。俺たちは、絶対にそれを食い止める」
ツクヨミ:「迷いが、あるのに?」
レオ:「迷い?」
レオ:「・・・」
ツクヨミ:「フフフ・・・」
リリー:「迷いなんてあるわけないでしょ!ね?レオ!」
レオ:「おっ、おぅ・・・。とりあえず、ジキルの居場所を探すぞ」
リリー:「了解」
0:
0:【場面転換】
0:
ラルフ:(N)レオとリリーがツクヨミの遊戯室から出ると、長い通路があり、進んで行くと、突き当りは二つのルートに分かれていた。
0:
リリー:「どっちに進む?」
レオ:「時間がない。二手に分かれよう。俺は、右に行く。リリーは、左を頼む」
リリー:「了解」
レオ:「じゃっ、死ぬなよ」
リリー:「待って!」
レオ:「ん?」
リリー:「約束して」
レオ:「約束?」
リリー:「・・・僕も博士の言ってたことが正しいことは分かってる。だけど、それを実現するための手段は絶対に間違ってると思うの。非人道的な手段で、強制的に人の心をデータ化するなんて、絶対に認めない」
レオ:「あぁ・・・」
リリー:「だから、レオ、約束して。『絶対に博士の口車には乗らない』って!」
レオ:「わかった」
ツクヨミ:(N)リリーが通路を進み、突き当りのセキュリティドアを能力で強引にこじ開けると、そこには、ラルフの姿があった。
ラルフ:「どっ、どうしてお前がここにいるのだ!?」
ツクヨミ:(N)ラルフは、両手で斧を構えた。
リリー:「ふぅ・・・。どうやら、僕がハズレを引いたみたいだね」
ラルフ:「今度こそ、お前を輪切りにするのだ」
リリー:「そうはならないと思うよ。さっきは、情報を集めようとして手を抜いたから」
ラルフ:「手を抜いた?あれだけ血反吐(ちへど)を吐いておきながら?そんなのハッタリなのだ!」
リリー:「ハッタリかどうか、すぐにわかると思うよ。クロスチェンジ!」
ツクヨミ:(N)リリーの能力で、ラルフの斧が鉄パイプに変わる。
ラルフ:「ぼっ、僕ちんの斧が!?」
リリー:「これで、あなたに銃弾を当てられる!悪く思わないでね!これは仕事なの!」
ツクヨミ:(N)リリーは、拳銃を乱射する。しかし、弾はすべてラルフの持つ鉄パイプに吸い寄せられる。
リリー:「そんなっ!?」
ラルフ:「もしかして、斧に不思議な力があると思っていたのか?お前は頓智気(とんちき)なのだ」
リリー:「・・・?」
ラルフ:「僕ちんの能力は・・・」
リリー:「能力は?」
ラルフ:「ジキル博士に言うことを禁じられているので、言えないのだ!」
リリー:「言えないのね・・・」
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リリー:(M)コイツに銃は効かない。だからといって、肉弾戦でも、体格差がありすぎて、こちらが不利。
ラルフ:「どうしたのだ?かかってこないのか?」
リリー:(M)体力の消耗(しょうもう)が激しいけど、奥の手を使うしかない。
ラルフ:「かかってこないならば、こちらからいくのだ!」
ツクヨミ:(N)ラルフは、鉄パイプを振りかぶって、リリーに突撃してくる。
リリー:「チェンジ・ザ・ワールド!」
ツクヨミ:(N)リリーが叫ぶと、リリーを中心に半径10メートル範囲内の物質が、世界が歪(ゆが)んで行く。
ラルフ:「うおおおーっ!」
0:
ラルフ:(M)おかしいのだ?どれだけ走っても、あいつのところに辿り着けないのだ。
リリー:「この状態なら、当たるかな?」
ツクヨミ:(N)リリーは、銃を発砲するが、弾丸の軌道は変わり、ラルフの鉄パイプに吸収される。
リリー:「この状態でも、ダメか・・・」
ラルフ:「卑怯なのだ!正々堂々と戦うのだ!」
リリー:「正々堂々とね。こちらも時間がないのよ。ここで、一気に決めさせてもらう!コメットバズーカ!!!」
ツクヨミ:(N)リリーが叫ぶと、その手に巨大なバズーカが現れる。
リリー:「これなら、弾丸を鉄パイプに反らしたとしても、確実にあなたを!」
ラルフ:「そ、そんなっ!やめるのだーっ!!!」
リリー:(さえぎって)「ファイヤーッ!!!」
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ラルフ:(N)レオが、突き当りの赤色のドアの前に立つと、扉は自動的に開く。
レオ:「コイツは、俺を歓迎してくれてるってことか?」
ジキル:「・・・そうだよ。先程、約束しただろ?アナザーバースの世界に一番最初に招待してあげると」
レオ:「ジキル博士!」
ジキル:「先程ぶりだね・・・。レオくん」
レオ:「さっきのモニター越しには、よくわからなかったが、アンタ、結構若いんだな」
ジキル:「あぁ・・・。肉体改造を行っているからネ。こう見えても、80歳を越えているんだよ?」
レオ:「その見た目で80を越えてんのか・・・。やっぱ、アンタは、なんでもアリの科学者なんだな」
ジキル:「一応、私は、ダ・ヴィンチを超える天才であると自負(じふ)しているからね」
レオ:「ダ・ヴィンチね・・・。だったら、俺は、真田幸村を超える英雄だ」
ジキル:「真田幸村!ということは、君の最期は、無謀(むぼう)な突撃をかけて、討(う)ち死に・・・かな?」
レオ:「あん?真田幸村は、討ち死にしたのか?天下をとったんじゃないのか?」
ジキル:「はぁ・・・。君は、ここに歴史のお勉強をしにきたのかな?」
レオ:「いや、アンタの野望を止めにきた」
ラルフ:(N)レオは、銃口をジキルに向ける。
ジキル:「私を殺すつもりなのかね?」
レオ:「できれば、殺したくはないんだがな。ん?えっと、アンタの背後で、プカプカ浮かんでる黒い物体は、なんだ?」
ジキル:「あぁ、コレがアリスだよ。カワイイだろ?」
レオ:「意外に小さいんだな・・・。そいつを起動するのを、考え直す気はねぇのか?」
ジキル:「考え直すか・・・。人類を救う手立ては、アリスに頼るしかないとしてもか?」
レオ:「どういうことだ?」
ジキル:「アインシュタイン、二コラ・テスラ、織田信長、革新的な歴史の偉人たちは、アカシックレコードにアクセスしていた」
レオ:「アカシックレコード?」
ジキル:「元始(げんし)からのすべての事象、想念(そうねん)、感情が記録されているという世界記憶の概念のことだよ」
レオ:「ほぉ。そりゃあ、大層な大辞典なんだな」
ジキル:「私のような特別な人間だけがアカシックレコードにアクセスできる。そこで、私は見てしまった。知ってしまったのだよ。人類の最後をね」
レオ:「人類の最後?」
ジキル:「50年後の12月3日、人類は、ポールシフトによって滅ぶことが決まっている」
レオ:「ポールシフト?なんだそりゃ?」
ジキル:「磁極(じきょく)の逆転のことだよ。磁極の逆転が起こった場合、世界中のナビゲーションシステムは破壊され、太陽から有害な放射線が降り注ぐ。それによって、地球上のあらゆる生物が息絶えることになる」
ジキル:「ちなみに、科学者たちの調査で、過去2000万年の間に、約20万年から30万年に1回のサイクルで磁極の逆転は発生していたことが確認されている。そして、最後に発生したのが80万年近くも前のこと・・・。つまり、間もなく、否(いな)!50年後の12月3日に・・・」
レオ:(さえぎって)「まだ50年もあんだろ?アンタ、天才なんだろ?頑張れば、なんとかできるんじゃねぇのか?」
ジキル:「馬鹿を言うなよ。幾ら天才の私をもってしても、50年以内にポールシフトを止める発明はできないさ。だからこそのアリスなのだよ」
レオ:「どういうことだ?」
ジキル:「アリスの無限の時間の中で、無尽蔵の資源を使い、研究をするってことさ!ポールシフトを止める方法をね!」
レオ:「だったら、アンタ一人がアリスを使えばいいんじゃねぇのか?人類すべてをアンタの研究に巻き込む必要は・・・」
ジキル:(さえぎって)「何も分かっていない!今の人類は、貴族主導で、貴族基準で、貴族だけが甘い汁を啜(すす)るために用意された箱庭のようなモノ。放置していれば、ポールシフトが来る前に自滅する!一部の貴族の業(ごう)のままに引き起こされた飢餓(きが)や戦争によってね!」
レオ:「つまり、アリスが腐った特権階級の貴族さんたちをも一気に黙らせて、人類を救う。たった一つの方法ってわけか?」
ジキル:「ご名答!では、さっそくレオ君をアナザーバースへ」
レオ:(さえぎって)「悪い。例え、それが真実だとしても、俺は相棒と約束したんだ」
ジキル:「約束?」
レオ:「あぁ、『絶対にアンタの口車』に乗らないってな」
ジキル:「その約束は、人類の命運と天秤(てんびん)にかけてでも、守らねばならんものなのかね?」
レオ:「そういうこった。それにな。ゲームは、ルールの枠の中で遊ぶから楽しいんだ。ルールを取っ払って、すぐにゴールに辿り着けるようなゲームに、俺は魅力を感じない」
ジキル:「愚かな・・・」
レオ:「それに、ゲームには、隠し要素が付きものだろ?もしかしたら、アリスに頼らなくても、人類を救う方法があるかも知れねぇ」
ジキル:「そんなものあるわけがないだろう!これだから、IQの低いサルと話すのは、疲れるのだよ」
レオ:「そうだな。俺は、IQの低いサルだ。でもよ・・・。だからこそ、直観で、アンタのやろうとしてることが間違ってるって、わかるんだわ」
ジキル:「フンッ」
レオ:「俺は、俺の直観を信じる・・・」
ラルフ:(N)レオは、引き金を引く。しかし、その銃弾は、ツクヨミのステッキによって一刀両断されてしまう。
ツクヨミ:「ヤレヤレですネ・・・」
ジキル:「助けてくれて、ありがとう」
ツクヨミ:「いえいえ。吾輩は、博士のボディガードですからネ」
レオ:「チッ・・・」
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ジキル:(N)ラルフは、頭だけを出して壁にめり込んでいる。
ラルフ:「どっ、どうして、とどめをささないのだ?」
リリー:「あなたには、殺しの依頼がきていないからよ。私たちのターゲットは、あくまでもジキル博士ただ一人」
ラルフ:「そんなの甘すぎるのだ」
リリー:「甘い・・・。そう、甘いのかもね」
ラルフ:「お前の能力の特性的に、僕ちんのことを殺そうと思えば、簡単に殺せたはずなのだ」
リリー:「そうね。あなたの体内に異物を移動させたり、臓器の配置をいじくったり、殺す手段は幾らでもあった」
ラルフ:「僕ちんは、悪者なのだ!何人も侵入者を殺してきた!悪者は、殺さないとダメなのだ!」
リリー:「あなたが悪者かどうかは、僕が決めることだよ。あなたもきっと、この世界の犠牲者だと思うから」
ラルフ:「?」
リリー:「僕は、貴族の家に生まれたの。幼い頃、貧乏人や弱者は、貴族の豊かな暮らしを存続させるために必要な歯車の一つだと教育されてきたし、それが当たり前だと思っていた」
リリー:「貴族だから、貧乏人を踏みつけて歩くのは当たり前。貴族だから、弱者を甚振(いたぶ)るのは当たり前」
リリー:「父は、時々、攫(さら)ってきた浮浪者(ふろうしゃ)を庭に逃がして、狩りと称して猟銃(りょうじゅう)で撃ち殺す遊びをしていた」
ラルフ:「それは、とんでもないのだ」
リリー:「ふふっ」
ラルフ:「ん?」
リリー:「やっぱり、あなた、優しいのね」
ラルフ:「優しい?そんなことないのだ!」
リリー:「だって、僕の父のこと、とんでもない人って思ったんでしょ?」
ラルフ:「それは・・・。僕ちんが貧民街(ひんみんがい)の生まれだから・・・。それに、命をもてあそぶのは、悪いことなのだ」
リリー:「そう、悪いことなの。どんな理由があっても、命をもてあそぶことは許されない。だから、父は殺された」
ラルフ:「殺された?」
リリー:「うん。正義を語る処刑人(しょけいにん)の手によってね。父が殺された途端、父の汚職や悪事がマスコミにリークされて、それからは、さんざんだった」
リリー:「母は僕を捨てて男のところに行っちゃうし、家は取り潰されるし、僕は、文字通り、すべてを失った」
ラルフ:「かわいそうなのだ・・・」
リリー:「因果応報(いんがおうほう)よ。父は、貴族の権力を振りかざし、調子に乗りすぎたの」
ラルフ:「・・・」
リリー:「そして、僕は、父を殺した正義の処刑人に、命を拾われた」
ラルフ:「ん?どういうことなのだ?」
リリー:「レオだよ。レオが、僕に一日三食のご飯と、安心して眠れる場所を与えてくれた。僕の父を殺した贖罪(しょくざい)という名目(めいもく)でね」
ラルフ:「・・・」
リリー:「レオは僕からすべてを奪って、すべてを与えてくれたの」
ラルフ:「すべてを・・・」
リリー:「レオと出会って、価値観も変わった。貴族としての価値観の間違いに気づけた。だから、あなたも、こんなところにいてはいけない。本当は、もっと、まっとうに生きていけるはず」
ラルフ:「無理なのだ。この世界は、貧乏人が、弱者が生きるには、厳しすぎるのだ」
リリー:「そうね・・・。だから、そういった人たちを救うために、博士に協力してるの?」
ラルフ:「博士は、僕ちんを救ってくれた恩人なのだ。僕ちんを救ってくれたように、この世界すべてを救おうとしてくれているのだ」
リリー:「そうかもね。それでも、僕は、この体で生きて行きたいの」
ラルフ:「老いたり、傷ついたら痛いと感じる不便(ふべん)な体なのだ」
リリー:「老いるから、今を大切に生きられる。傷つくと痛いから、周りを思いやれる。とっても素敵な体でしょ?」
ラルフ:「それは・・・」
リリー:「ふぅ・・・。だいぶ体力も回復できた。それじゃ、レオを助けに行ってくるね」
ラルフ:「・・・」
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ラルフ:「待つのだ!」
リリー:「ん?」
ラルフ:「アリスの弱点について話すのだ・・・」
リリー:「えっ!?」
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ラルフ:(N)ツクヨミは、ステッキの先をレオに向ける。
ツクヨミ:「バンッ!」
ラルフ:(N)ステッキの先からレーザーが飛んでくる。レオは、それを紙一重(かみひとえ)で躱(かわ)す。
レオ:「仕込み杖(づえ)?座頭市(ざとういち)か?」
ツクヨミ:「ジキル博士、不躾(ぶしつけ)ながら、先程からの話を聞いていましたが、この男、ただの馬鹿です。もう、始末してもよろしいでしょうか?」
ジキル:「そうだね・・・。残念だよ。せっかくアナザーバースへの最初の移住者になれるチャンスだったのに、自ら死を選ぶとは・・・愚かな・・・」
レオ:「俺は、死を選んだつもりはないけどな?」
ツクヨミ:「吾輩とエンカウントした時点で、ジョーカーを引き当てているのです。ジョーカー、即(すなわ)ち死」
レオ:「確かに、アンタの纏(まと)っているオーラは、人間のモノじゃねぇな。生物のものとは違う無機質な殺気」
ツクヨミ:「わかるんですか?フフフ・・・。吾輩、人造人間ですからネ」
レオ:「アンドロイドってことか?」
ジキル:「そう!ツクヨミは私が作った!最強のボディーガードだよ!」
レオ:「最強ね・・・。だったら、俺も、ジョーカーを切らせてもらうぜ!」
ツクヨミ:「ん?空気が変わった!?」
レオ:「凹顛灰燼(おうてんかいじん)、開闢無量(かいびゃくむりょう)、霊滅憤怒(れいめつふんぬ)、蒼葬神牙(そうそうじんが)!抜刀(ばっとう)!黒月丸(くろつきまる)!!!」
ツクヨミ:「なっ、なんですか!・・・これは?黒い刀!?」
ジキル:「フッ・・・。切り札が、ただのサムライソードとは笑わせる!そんなものを出したところで、ツクヨミに勝てるわけがないだろう?」
ツクヨミ:「博士、あの黒い刀、『この世ならざる力』を感じます」
ジキル:「そうか・・・。しかし、ツクヨミの相手にはならんだろう?古今東西あらゆる武術家の技のデータを収集したツクヨミこそ、最強にして、最凶の武神(ぶしん)!」
ツクヨミ:「ですネ・・」
レオ:「いくぞっ!黎明月光(れいめいげっこう)!」
ツクヨミ:「フッ・・・」
レオ:「!?霧のように消えた!?」
ツクヨミ:「魔絶星(まぜすた)!」
レオ:(M)くっ、突然、背後から!?
0:
レオ:「ぐはっ!」
ツクヨミ:「やはり、その刀は、子ども騙(だま)しでしたか・・・。他愛(たあい)もない。しかし、すんでのところで体をひねり、直撃は避けたようですネ」
レオ:「はぁ・・・はぁ・・・。まだだ・・・!」
ツクヨミ:「今度は、こちらから行かせて頂きます。魔絶屡蛇(まぜるた)!」
レオ:「また消えた!?ん?急に目の前にっ!?」
ツクヨミ:「キエーーーッ!!!」
レオ:「ぐふぁっ!」
ツクヨミ:「おっと!また神回避(かみかいひ)で直撃を避けましたネ!でも、一気にたたみかけますヨ!奥義(おうぎ)!羅睺羅天静(らごらてんせい)!」
レオ:「なんだこれは!時間が止まっている!?コイツは・・・まずい・・・」
ツクヨミ:「走馬(そうま)の夢に抱かれて眠りなさい。安らかにネ・・・」
ラルフ:(N)停止した時間の中で、レオの体は、無残に切り刻まれ、絶命した、かに思われた。
リリー:「クロス・リヴァイブ!」
ツクヨミ:「なっ!?」
ラルフ:(N)次の瞬間、無傷のレオは、不敵に笑う。
レオ:「フッ」
ツクヨミ:「傷がっ!吾輩のつけた傷が、すべて、消えている!?」
レオ:「ありがとよ。相棒」
リリー:「ふーっ・・・。間に合って良かった」
レオ:「信じていたからな」
リリー:「えっ?」
レオ:「相棒が必ずきてくれるってな」
リリー:「待たせて、ごめんね・・・。僕も、信じてたよ」
レオ:「ん?」
リリー:「ジキル博士の口車に乗せられていないって!」
レオ:「あたりまえだ。なんでも願いが叶う理想の世界なんてのは、まやかしだと思ってる。苦悩があるから、痛みがあるから、人は強くなれるし、優しくなれる!」
ジキル:「それが詭弁(きべん)であると、何故わからない?あぁ、サルだからか・・・。それに、君は殺し屋だろ?殺し屋が優しさを語るとは、ナンセンスだ!」
レオ:「でも、俺は優しいぜ?優しいから、今でも手を抜いてやってんだぜ?」
ジキル:「手を抜く?」
ツクヨミ:「吾輩との闘いに手を抜いているということですか?」
レオ:「そういうことだ」
ツクヨミ:「その減らず口、すぐに叩けなくしてあげましょう!!奥義(おうぎ)!羅睺羅天静(らごらてんせい)!!」
レオ:(さえぎって)「黎明無月(れいめいむげつ)」
ラルフ:(N)世界から、ツクヨミの時間だけが停止する。
ジキル:どういうことだ?ツクヨミの時間が、止まっている!?
レオ:「俺の刀、黒月丸には、暗転術式(あんてんじゅつしき)が施されている」
ジキル:「暗転術式?」
レオ:「簡単に言えば、技や能力の効果を本来のものとは反対のものに変える。アイツの技は、おそらく『殺意を向けた対象の時間だけを止める』技。だから、逆にアイツの時間だけが止まったってわけだ」
ジキル:「ほぉ・・・」
レオ:「さぁ、チェックメイトだ!」
ジキル:「フフ・・・。まだだ・・・。アリスさえ発動させてしまえば!」
リリー:(さえぎって)「そうはさせない!」
ラルフ:(N)リリーは銃口の先をツクヨミの額に当てる。
ジキル:「なっ!?」
リリー:「アリスとツクヨミはリンクしている」
ジキル:「なぜそれを・・・」
ツクヨミ:(N)リリーの背後から、ラルフがのそのそと歩いてくる。
ラルフ:「ごめんなのだ」
ジキル:「ラルフ!お前、まさか・・・」
ラルフ:「本当に、ごめんなのだ・・・。アリスの弱点を、喋ってしまったのだ・・・」
ジキル:「は!?そんなっ!ラルフの裏切りは、まったく計算にないぞ・・・」
レオ:「この世界は、計算にないことが起こるし、計算にないことも起こせるんだ・・・。だから、まだあきらめんなよ。人類の可能性を!アンタ自身の可能性を!アンタ、天才なんだろ?」
ジキル:「アナザーバースの世界ならば、死を克服(こくふく)することができる。すべてのコンプレックスを克服し、すべての差別を、偏見をなくせるんだ!それの何が間違っているというのだ!私は、間違ってなどいない!間違うはずがないのだ!私は、天才なんだぞ!!!」
レオ:「その天才さんでも、計算ミス、したじゃねぇか?」
ラルフ:「・・・」
ジキル:「それは・・・」
レオ:「差別や偏見があってもいいと思う」
ジキル:「なんだと?」
レオ:「完璧を求めるから、争いが起こるし。完璧であろうとするから、疲れるんだ。悪い奴のいない綺麗すぎる世の中なんて、当然俺は仕事を失っちまうし、今以上に生き辛いんじゃねぇかな。今くらいが、そう、ちょうどいいんだよ」
ジキル:「50年後に滅びるとしてもか?」
レオ:「滅びたら滅びたで、それまでだ。終わりの瞬間まで、精一杯、楽しく生きようぜ!」
ジキル:「やっぱり、お前は、サルなのか?」
レオ:「サルかもな・・・」
ツクヨミ:(N)ジキルは、糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる。
0:
0:【場面転換】
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レオ:「うし!しっかり3億バルト振り込まれてるな。さっそく課金しまくるぞーっ!」
リリー:「まさか、今回の暗殺報酬で、ゲームに課金する気?」
レオ:「あぁ」
リリー:「もったいない・・・」
レオ:「金の遣い方なんて、人それぞれだろ?」
リリー:「まぁね・・・。でも、半分は、僕の口座に振り込んでよね。僕も相棒として頑張ったんだからさ」
レオ:「あぁ・・・。もちろん振り込むさ」
リリー:「・・・」
リリー:「それにしても・・・」
レオ:「ん?なんだ?」
リリー:「良かったのかな。アリスを起動しないって口約束だけで、『今回も』命をとらなかったでしょ?」
レオ:「まぁな・・・。そこは、もう、信じるしかないんじゃねぇの?それに・・・」
リリー:「それに?」
レオ:「今、俺たちが現実だと思ってるこの世界も実は、すでにアナザーバースの世界なのかも知れねぇからさ・・・」
リリー:「えっ?」
0:
0:-了ー
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
0:
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0:
0:
0:
ツクヨミ:「はぁ・・・。殺してしまった・・・。ジキル博士を、この手で殺してしまった・・・!殺したくないのに、殺したくないのに!吾輩を産み出してくれた神であるはずなのに!何故なぜ何故、何故なんだーっ!?」
ツクヨミ:「でも・・・。これで、これでっ、これっでぇ!吾輩は、ついに!アリスとひとつになれる!世界を『真夜中』へと導く存在になれる・・・!ようやくだ・・・。吾輩の宿願(しゅくがん)が叶う!ギャーーーッ!ハッハーッ!!!」
0:【間】
ツクヨミ:「あぁ・・・。さっそく、アリスを迎えに行こうか・・・」