台本概要

 502 views 

タイトル たかなしのせかい
作者名 akodon  (@akodon1)
ジャンル ラブストーリー
演者人数 2人用台本(男1、女1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 そこは、とても温かで、優しいーーー

とある少年の、淡い恋のお話です。

 502 views 

キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
113 高崎 忍(たかさき・しのぶ)。男子高校生。
はるか 111 小鳥遊 はるか(たかなし・はるか)。高校の国語教師。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
忍:それは優しい恋でした。 忍:暖かな陽だまりで心を遊ばせるような、淡い淡い恋でした。 0:『たかなしのせかい』 忍:その人と出逢ったのは、よく晴れた日のことでした。 忍:「・・・ことりあそび?」 はるか:「残念。『たかなし』って読むの」 忍:「ふぅん」 はるか:「壇上でちゃんと自己紹介したんだけどな。 はるか:印象薄かった?」 忍:「出てねぇもん。始業式」 はるか:「あら、悲しい。せっかく頑張ったんだけどな」 忍:「頑張るも何も、挨拶するだけじゃん」 はるか:「結構緊張するんだよ。人前に立つのって。 はるか:皆の視線が自分に一気に集まるの。 はるか:しかも、何百人分の視線。 はるか:すごくドキドキするんだから」 忍:「そんなんで緊張してたら、仕事にならないだろ」 はるか:「ところが、授業中は平気なんだよね。 はるか:なんだろう、スイッチが入るって言うのかな? はるか:教室に入って、みんなの顔を見た瞬間、パチンって良い音が響くの。 はるか:さぁ、この一時間、目一杯みんなと楽しもうって」 忍:「へぇー」 はるか:「わぁ、興味無さそうな返事」 忍:「興味ねぇもん。 忍:授業なんて、何聞いてもつまらないし」 はるか:「だから、授業中に屋上でお昼寝?」 忍:「そうそう。やる気のない生徒が教室に居ても迷惑だろ?」 はるか:「迷惑じゃないよ。 はるか:私はむしろ、つまらない思いさせてごめんね、って思っちゃう」 忍:「よっぽど自信あるんだ」 はるか:「無い無い。あるわけないよ。 はるか:まだまだ私なんて未熟者。 はるか:いつも終わった後、この部分は分かりやすかったかな?とか、楽しんでもらえたかな?って心配になる」 忍:「そんな真面目で努力家な先生が、授業中になんでこんなところでサボってんの?」 はるか:「この時間は受け持ち無いから、校舎の巡回中です」 忍:「そんな仕事あるのかよ」 はるか:「あるんだよ。知らなかったでしょ?」 忍:「・・・ってことは、俺に授業に戻れって言いに来たわけだ」 はるか:「うーん。本来なら、そう言うのが筋なんだけど・・・ はるか:今日は別に良いかな、って」 忍:「なんだよ。生徒の心を理解する先生気取って、好感度上げようって?」 はるか:「ふふっ、ゲームじゃあるまいし」 忍:「じゃあ、なんでだよ」 はるか:「別に下心なんてないよ。 はるか:こんなに空が青くて、お日様が温かくて、風が気持ちいいんだもん。 はるか:こんな日に教室に閉じこもって勉強なんて、確かに勿体ないと思っただけ」 忍:「そんなこと言っていいわけ?」 はるか:「いいのいいの。誰も聞いてないし」 忍:「一番それを聞かせちゃいけない存在が、ここにいるんですけど」 はるか:「細かいことは気にしないの」 忍:「おかしな教師」 はるか:「ありがと」 忍:「褒め言葉じゃねぇし」 はるか:「うん。知ってる」 忍:「・・・あーもう、調子狂うな」 はるか:「あれ?お昼寝、もう終わり?」 忍:「終わり。 忍:高校は義務教育じゃないことを思い出したので」 はるか:「おお、偉いぞー。感心感心」 忍:「アンタもサボってないで、仕事しろよ」 はるか:「アンタじゃないよ。 はるか:小鳥遊(たかなし)。小鳥遊はるか」 忍:「・・・サボってないで仕事しろよ、小鳥遊先生」 はるか:「ふふ、はーい」 忍:「はぁ・・・」 はるか:「ため息つくと幸せが逃げるぞ」 忍:「誰のせいだ、誰の」 はるか:「ねぇ、今度一緒に勉強会してみない? はるか:私、国語だったら自信あるから」 忍:「国語教師が国語に自信無かったらダメだろ」 はるか:「あっ、それもそうだ」 忍:「ったく・・・しっかりしろよ。じゃあ、俺そろそろ行くから・・・」 はるか:「待ってるからね」 忍:「えっ?」 はるか:「勉強会。来てくれるの、待ってるから」 忍:「・・・勝手にすれば」 はるか:「ふふっ、つれない子だなぁ。本当にもう」 0:(ほんの少し間) はるか:(はるか、遠くから呼びかけるように) はるか:「・・・ねぇ!勝手だけど、ずっと待ってるからねー!」 忍:そう言って、その人は楽しそうに手を振りました。 忍:強引な言葉とは正反対の、ふわりとした笑顔。 忍:それを見た瞬間、落ち着きなく跳ねた心臓の鼓動を、今でもよく覚えています。 0:(しばらくの間) 忍:その人と二度目に会ったのは、やはりよく晴れた、暖かい日のことでした。 はるか:「やっぱり来てくれると思ったんだよね」 忍:「なんだよそれ」 はるか:「ああやって言われると、放っておけないタイプと見た」 忍:「勝手に人を判断するなよ」 はるか:「いいじゃない。 はるか:優しい子だなぁ、ってこと」 忍:「・・・図書室ではお静かに」 はるか:「あれ?もしかして照れてる?」 忍:「照れてねぇし」 はるか:「それ、照れ隠しの常套句(じょうとうく)なんだよね」 忍:「そんなのどうでもいいから。 忍:ほら、やるんだろ、勉強会」 はるか:「ふふっ、そうだね。 はるか:じゃあ、始めようか。 はるか:まずは教科書の一ページ目を開いて・・・」 忍:放課後の図書室。 忍:まだ西日の熱が微かに残る机の上。 忍:折り目のほとんどついていない教科書と真っ白なノートを開いて、二人きりの勉強会は始まりました。 はるか:「・・・それで、ここの文章は、その時の主人公の心情を表していて・・・」 忍:「へぇ。なるほどね」 はるか:「・・・」 忍:「・・・なんだよ。 忍:さっきからじっと人の手元なんか見て」 はるか:「綺麗な字だなぁ、って思って」 忍:「は?」 はるか:「私たち、毎日色んな子の字を見るじゃない? はるか:丸くて可愛かったり、とっても元気が良かったり、その子の個性が出てて面白いの。 はるか:キミの字はハッキリとして見やすい字。 はるか:性格もきっとハッキリしてて、わかりやすいんだろうね」 忍:「さっきから俺に対する妄想がすごくない?」 はるか:「でも、当たらずとも遠からずって感じでしょ?」 忍:「よく言うよ。 忍:会ったばかりだし、担当する学年も違うじゃん。 忍:そもそも、俺の名前だって知らないんじゃ・・・」 はるか:「知ってるよ。高崎くん。 はるか:二年生の高崎忍(しのぶ)くん」 忍:「・・・なんで知ってるんだよ」 はるか:「先生が生徒のことを知ってるのは当たり前でしょ?」 忍:「個人情報が漏洩(ろうえい)している」 はるか:「または職権乱用(しょっけんらんよう)とも言う」 忍:「どっちでもいいんだけどさ。 忍:なんで自分の受け持ち以外の生徒の名前まで覚えてるわけ?」 はるか:「そりゃあ、有名だもの。 はるか:なかなか授業に顔を出してくれない高崎くんの話」 忍:「不真面目な生徒だって?」 はるか:「授業に顔出さないのに、何故か絶対赤点取らないんだよなぁ、って不思議がられてた」 忍:「気にするところおかしくないか?」 はるか:「知らないでしょ? はるか:自分が密かに『レアキャラ』って呼ばれてるの」 忍:「人をモンスターみたいに」 はるか:「けど、それが面白くてずっと話してみたいなって思ってたの。 はるか:あと、忍って名前も中性的な響きでカッコイイな、って思ってて・・・」 忍:「(小声で)・・・俺はその名前、嫌いだよ」 はるか:「えっ?」 忍:「それより、ずっと気になってたんだけど。 忍:先生の名字、なんで小鳥が遊ぶって書いて『たかなし』って読むんだよ」 はるか:「ああ、これ?そんなに難しい理由じゃないよ。 はるか:小鳥が遊んでいるなら、きっと鷹(たか)もいないほど穏やかな場所に違いない。 はるか:だから小鳥が遊ぶ、で『たかなし』」 忍:「ふぅん、なるほど。 忍:そう聞いたら納得した」 はるか:「でしょ?日本語ってこういうところが面白いな、って思うの。 はるか:難しいけど、どこか遊び心があって」 忍:「だから国語教師?」 はるか:「そういうこと」 忍:「へぇ、なるほどね」 はるか:「どう?興味出てきた?」 忍:「うーん。まぁ、ほんの少し」 はるか:「ふふっ、嬉しい。 はるか:もっと高崎くんが楽しんでくれるよう、私頑張らなきゃね」 忍:「・・・あんまり頑張られても困るんだけど」 はるか:「じゃあ、高崎くんが困らない程度に頑張る」 忍:「(苦笑しながら)なんだそりゃ」 はるか:「あっ、今笑った」 忍:「笑ってない」 はるか:「絶対笑ったよ」 忍:「しつこい先生は嫌われるぞ」 はるか:「高崎くん、優しいから大丈夫でしょ」 忍:「またそうやって、勝手に人を判断する」 はるか:「ふふふっ」 0:(少し間) 忍:いつも、どんな時でも楽しそうなその人。 忍:その笑顔はやはりふわりと柔らかく、そして優しい陽だまりのように心地よくて。 忍:いつの間にか放課後、自然と足は図書室に向かうようになりました。 0:(少し間) はるか:「・・・えーっと、今日はどこからだったっけ?」 忍:「古典。小倉(おぐら)百人一首」 はるか:「あっ、そうだった。 はるか:確か好きな和歌を探してみようか、って話だったよね」 忍:「そうそう。 忍:けど、百人一首って恋の歌ばっかりじゃん。 忍:なんか読むの恥ずかしかったんだけど」 はるか:「すごい。予習してきたんだ」 忍:「まぁ、たまにはね」 はるか:「ふふ、嬉しいな。 はるか:どう?好きな歌はあった?」 忍:「吹くからに、ってやつかな。 忍:荒らしと嵐をかけてるっていうのが、とんちっぽくて面白かった」 はるか:「文屋康秀(ふんやのやすひで)かぁ。 はるか:あの人の歌はちょっと洒落(しゃれ)っぽくて楽しいよね」 忍:「先生はちなみに、好きな歌あるの?」 はるか:「私?私はどれも好きなんだけど・・・そうだなぁ。 はるか:しいて言うなら式子内親王(しょくしないしんのう)かな」 忍:「へぇ、どんな歌だっけ?」 はるか:「『玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらえば はるか:忍ぶることの よわりもぞする』」 忍:「どういう意味?」 はるか:「この命よ、絶えるなら絶えてしまえ。このまま生きていると、あなたへの想いを隠すことに疲れてしまうから」 忍:「意外と重いやつ選ぶんだな」 はるか:「そうなの。実はすごい重い女なの、私」 忍:「体重的な話?」 はるか:「高崎くん、デリカシーって言葉、知ってる?」 忍:「ごめん、ごめんって。 忍:笑顔が怖い、先生」 はるか:「・・・でも、か弱いように聞こえて、すごく情熱的な歌だと思わない? はるか:その人への想いが募りすぎて、命まで投げ出したくなっちゃう恋なんて。 はるか:よっぽどその人のこと愛してないと、そんなこと言えないよ」 忍:「女心は分からない」 はるか:「あらあら、そっちの方も勉強しないと、将来困っちゃうぞ」 忍:「不純異性交友は禁止だろ?」 はるか:「もう、いつの時代の話してるの。 はるか:恋をするって素敵なことだよ。 はるか:高崎くんも是非、青春を謳歌(おうか)してください」 忍:「・・・別にいいだろ。俺の青春の話は」 はるか:「こういう話になると、途端に素っ気なくなるんだから。 はるか:・・・あっ、そういえばこの歌、高崎くんの名前入ってるね。 はるか:ほら、『しのぶ』って・・・」 忍:(忍、食い気味に) 忍:「・・・俺、その名前嫌いなんだよ。先生」 はるか:「えっ?」 忍:「忍って耐えるとか、我慢する、って意味だろ? 忍:だから、小さい頃から、何があっても我慢しろ、って言われてるような気がしてさ・・・なんとなくいつも息苦しいんだ。 忍:だから学校ではその反動なのか、退屈な授業を我慢して聞くのが嫌で、いつの間にか教室を抜け出すクセがついてた。 忍:文句言われるのは嫌だから、最低限は授業もテストも頑張ったけど」 はるか:「そうだったんだ・・・」 忍:「ああ。 忍:・・・でもこれから大人になれば、もっと我慢しなければいけないことが増えるんだよな。 忍:大丈夫かな。これから俺、ちゃんと耐えて、我慢して生きていけるかな・・・」 はるか:「・・・高崎くん」 忍:「何?」 はるか:「忍っていう字はね。 はるか:刃(やいば)と、心という文字が合わさってできてるでしょ?」 忍:「うん」 はるか:「この字はね。 はるか:何度も叩かれて強くなる刃のように、粘り強い心を持ちなさいって意味の文字。 はるか:だからね、ただひたすら耐えるだけじゃない。 はるか:どんな困難があっても、それに負けず強くなりなさい、という願いが込められている名前でもあると、私は思うの」 忍:「そう、なのかな・・・」 はるか:「ええ。 はるか:だから、何でもかんでもぐっと歯を食いしばって、我慢しなきゃいけないなんてことはないんだよ、高崎くん。 はるか:嫌なことは嫌だとはっきり言えばいいの。 はるか:苦しいことは苦しいと言っていいの」 忍:「それは・・・恥ずかしいことじゃない?」 はるか:「全然恥ずかしいことじゃないよ。 はるか:一番重要なのは、つらいことも苦しいことも乗り越えて、自分の足でしっかり未来に向かって進むこと、なんだからね」 忍:「・・・でも、俺は不安だよ。 忍:今まで逃げてしまったから、変な逃げ癖ついてそうな気がして」 はるか:「そういう時、その背を支えてあげるのが大人の役目。 はるか:何かあったら、遠慮なく頼ること。 はるか:・・・大丈夫、私だって、少しは支えられるから」 忍:その言葉に掠(かす)れた声でうん、と小さく呟くと、その人は優しく背中を撫でてくれました。 忍:今思えば、少し気恥ずかしい思い出。 忍:けれど、その手の温もりに冷えきった心が静かに溶けていくような、そんな気がしました。 0:(しばらくの間) 忍:やがて、二つの季節が過ぎた頃。 忍:いつも先に来て待っているはずのその人が、珍しく遅れてきた日のことでした。 はるか:「ごめんね。遅れちゃった」 忍:「珍しいな、先生が遅刻なんて」 はるか:「ちょっと色々あってね」 忍:「なんだよ、色々って。言えないような事?」 はるか:「ううん。えーと、実はね・・・」 0:(少し間) はるか:「・・・私、結婚することになったんだ」 0:(しばらくの間) 忍:その日から数ヶ月が経ちました。 忍:木々が色付き、葉を落とし、空気がしんと冷える頃。 忍:いつの間にか恒例(こうれい)になっていた勉強会は、気付くと行われなくなっていました。 忍:その人の姿は時々、遠目に見かけていました。 忍:いつも生徒の輪に囲まれて、あの陽だまりのような笑顔で笑うその人を、ただただ遠目に見ていました。 0:(しばらくの間) はるか:「高崎くん」 忍:やがて、季節がまた巡り、時折春の気配を感じるようになった頃。 忍:不意にその声が降ってきたのは、あの日のようによく晴れた、屋上でのことでした。 はるか:「ここに居るかな、って思ったけど、本当に居てビックリした」 忍:「なんだよ。居たらダメだった?」 はるか:「ダメじゃないよ。会えて良かったって思ってる」 忍:「この時間に生徒とこんなところで会えたらダメだろ」 はるか:「ふふっ、それもそうか」 忍:「・・・先生は、またサボり?」 はるか:「サボりじゃないってば。校舎の巡回」 忍:「じゃあ、こんな場所で油売ってる場合じゃないだろ。 忍:さっさと見回りしてこいよ」 はるか:「うーん。 はるか:歩き回って疲れちゃったから、ちょっと休憩させてほしいんだけどなぁ」 忍:「・・・不真面目教師」 はるか:「それまで真面目に巡回してたんだから、大目に見てくれるよ」 忍:「で、何か用?」 はるか:「特に用事はないんだけど、元気にしてるかな、って思って」 忍:「はいはい、元気元気」 はるか:「つれないなー。もー。 はるか:最近真面目に授業に出てるって聞いたから、褒めてあげようかと思ったのに」 忍:「別に褒められたくて出てる訳じゃないし」 はるか:「そんな事言っても私は褒めるぞ。 はるか:それ、偉い偉い~」 忍:「あーもう、やめろってば。 忍:髪ぐしゃぐしゃにすんな」 はるか:「あははっ」 忍:「・・・ったく、こんなことしてる場合じゃないだろ? 忍:良いのかよ、色々準備しなくて」 はるか:「ご心配ありがとう。 はるか:でももう殆(ほとん)ど終わってるから、大丈夫。それに・・・」 忍:「それに?」 はるか:「・・・一人で居ると、なんだか色々思い出して、泣いちゃいそうで」 忍:「だから、誰か話し相手を探してたわけ?」 はるか:「そう。高崎くん、冷静に相手してくれそうだから」 忍:「いい大人が子どもに頼るなよ」 はるか:「ふふっ、ごめんね。情けない大人で」 忍:「別に・・・大人だろうと、子どもだろうと、こういう時は泣けばいいんじゃねぇの?」 はるか:「そうかなぁ」 忍:「我慢しなくていいって言ったの、先生だろ?」 はるか:「そうだね。そういえばそうだったね」 忍:「忘れてた?」 はるか:「忘れてないよ。・・・絶対に忘れない」 忍:「・・・そう」 はるか:「勉強会、最後まで出来なくてごめんね」 忍:「・・・別にいいよ。行かなくなったのは俺だから」 はるか:「ホントはキミが卒業するまで、あと一年居たかったんだけど」 忍:「そしたら先生、また手のかかる生徒見つけて、一生ここから離れられなくなりそうだ」 はるか:「もっともっと、色んなこと教えてあげようって、思ってたんだけどなぁ」 忍:「教えてもらったよ。 忍:少しの間だったけど、色んなこと教えてもらった」 はるか:「・・・やっぱり、ちょっと泣いてもいいかな?」 忍:「泣けばいいじゃん。 忍:多分、みんな一緒に泣いてくれるよ。 忍:その後、笑って見送ってくれる」 はるか:「ふふっ、ありがと。 はるか:おかげで無理に笑わなくて済みそうだよ」 忍:「そうですか」 はるか:「・・・よし!じゃあ、私もそろそろお仕事に戻ろうかな。 はるか:高崎くんも風邪ひかないうちに教室入りなよ」 忍:「はいはい」 はるか:「じゃあね、高崎くん。また・・・」 忍:(忍、食い気味に) 忍:「小鳥遊先生」 はるか:「なあに?」 忍:「色々・・・ありがとうございました」 0:(ほんの少し間) はるか:「はい・・・こちらこそ」 0:(しばらくの間) 忍:数日後、その人は去って行きました。 忍:子どもみたいにたくさん泣いて、その後はまたあの陽だまりのような笑顔を浮かべ、この学び舎を後にしました。 忍: 忍:渡された花束を持つその左手に、銀色の指輪を光らせて。 忍: 忍:それを見た瞬間、不意に口をついて出たのは、とある恋の歌でした。 忍: 忍:「『陸奥(みちのく)の しのぶもじずり 誰(たれ)ゆえに 忍:乱れそめにし われならなくに』」 忍: 忍:そう呟いた後、目の奥から感じる熱を紛らわそうと空を見上げれば、翼を広げて飛び上がる一羽の鳥が見えました。 忍:どこまでも、どこまでも遠くに羽ばたいていく、その小さな姿。 忍: 忍:ーーああ、あの温かな「たかなしのせかい」は、もうどこにも無いんだと。 忍: 忍:飛んでいく小鳥を見上げながら、一人静かにそう思いました。 0:~Fin~

忍:それは優しい恋でした。 忍:暖かな陽だまりで心を遊ばせるような、淡い淡い恋でした。 0:『たかなしのせかい』 忍:その人と出逢ったのは、よく晴れた日のことでした。 忍:「・・・ことりあそび?」 はるか:「残念。『たかなし』って読むの」 忍:「ふぅん」 はるか:「壇上でちゃんと自己紹介したんだけどな。 はるか:印象薄かった?」 忍:「出てねぇもん。始業式」 はるか:「あら、悲しい。せっかく頑張ったんだけどな」 忍:「頑張るも何も、挨拶するだけじゃん」 はるか:「結構緊張するんだよ。人前に立つのって。 はるか:皆の視線が自分に一気に集まるの。 はるか:しかも、何百人分の視線。 はるか:すごくドキドキするんだから」 忍:「そんなんで緊張してたら、仕事にならないだろ」 はるか:「ところが、授業中は平気なんだよね。 はるか:なんだろう、スイッチが入るって言うのかな? はるか:教室に入って、みんなの顔を見た瞬間、パチンって良い音が響くの。 はるか:さぁ、この一時間、目一杯みんなと楽しもうって」 忍:「へぇー」 はるか:「わぁ、興味無さそうな返事」 忍:「興味ねぇもん。 忍:授業なんて、何聞いてもつまらないし」 はるか:「だから、授業中に屋上でお昼寝?」 忍:「そうそう。やる気のない生徒が教室に居ても迷惑だろ?」 はるか:「迷惑じゃないよ。 はるか:私はむしろ、つまらない思いさせてごめんね、って思っちゃう」 忍:「よっぽど自信あるんだ」 はるか:「無い無い。あるわけないよ。 はるか:まだまだ私なんて未熟者。 はるか:いつも終わった後、この部分は分かりやすかったかな?とか、楽しんでもらえたかな?って心配になる」 忍:「そんな真面目で努力家な先生が、授業中になんでこんなところでサボってんの?」 はるか:「この時間は受け持ち無いから、校舎の巡回中です」 忍:「そんな仕事あるのかよ」 はるか:「あるんだよ。知らなかったでしょ?」 忍:「・・・ってことは、俺に授業に戻れって言いに来たわけだ」 はるか:「うーん。本来なら、そう言うのが筋なんだけど・・・ はるか:今日は別に良いかな、って」 忍:「なんだよ。生徒の心を理解する先生気取って、好感度上げようって?」 はるか:「ふふっ、ゲームじゃあるまいし」 忍:「じゃあ、なんでだよ」 はるか:「別に下心なんてないよ。 はるか:こんなに空が青くて、お日様が温かくて、風が気持ちいいんだもん。 はるか:こんな日に教室に閉じこもって勉強なんて、確かに勿体ないと思っただけ」 忍:「そんなこと言っていいわけ?」 はるか:「いいのいいの。誰も聞いてないし」 忍:「一番それを聞かせちゃいけない存在が、ここにいるんですけど」 はるか:「細かいことは気にしないの」 忍:「おかしな教師」 はるか:「ありがと」 忍:「褒め言葉じゃねぇし」 はるか:「うん。知ってる」 忍:「・・・あーもう、調子狂うな」 はるか:「あれ?お昼寝、もう終わり?」 忍:「終わり。 忍:高校は義務教育じゃないことを思い出したので」 はるか:「おお、偉いぞー。感心感心」 忍:「アンタもサボってないで、仕事しろよ」 はるか:「アンタじゃないよ。 はるか:小鳥遊(たかなし)。小鳥遊はるか」 忍:「・・・サボってないで仕事しろよ、小鳥遊先生」 はるか:「ふふ、はーい」 忍:「はぁ・・・」 はるか:「ため息つくと幸せが逃げるぞ」 忍:「誰のせいだ、誰の」 はるか:「ねぇ、今度一緒に勉強会してみない? はるか:私、国語だったら自信あるから」 忍:「国語教師が国語に自信無かったらダメだろ」 はるか:「あっ、それもそうだ」 忍:「ったく・・・しっかりしろよ。じゃあ、俺そろそろ行くから・・・」 はるか:「待ってるからね」 忍:「えっ?」 はるか:「勉強会。来てくれるの、待ってるから」 忍:「・・・勝手にすれば」 はるか:「ふふっ、つれない子だなぁ。本当にもう」 0:(ほんの少し間) はるか:(はるか、遠くから呼びかけるように) はるか:「・・・ねぇ!勝手だけど、ずっと待ってるからねー!」 忍:そう言って、その人は楽しそうに手を振りました。 忍:強引な言葉とは正反対の、ふわりとした笑顔。 忍:それを見た瞬間、落ち着きなく跳ねた心臓の鼓動を、今でもよく覚えています。 0:(しばらくの間) 忍:その人と二度目に会ったのは、やはりよく晴れた、暖かい日のことでした。 はるか:「やっぱり来てくれると思ったんだよね」 忍:「なんだよそれ」 はるか:「ああやって言われると、放っておけないタイプと見た」 忍:「勝手に人を判断するなよ」 はるか:「いいじゃない。 はるか:優しい子だなぁ、ってこと」 忍:「・・・図書室ではお静かに」 はるか:「あれ?もしかして照れてる?」 忍:「照れてねぇし」 はるか:「それ、照れ隠しの常套句(じょうとうく)なんだよね」 忍:「そんなのどうでもいいから。 忍:ほら、やるんだろ、勉強会」 はるか:「ふふっ、そうだね。 はるか:じゃあ、始めようか。 はるか:まずは教科書の一ページ目を開いて・・・」 忍:放課後の図書室。 忍:まだ西日の熱が微かに残る机の上。 忍:折り目のほとんどついていない教科書と真っ白なノートを開いて、二人きりの勉強会は始まりました。 はるか:「・・・それで、ここの文章は、その時の主人公の心情を表していて・・・」 忍:「へぇ。なるほどね」 はるか:「・・・」 忍:「・・・なんだよ。 忍:さっきからじっと人の手元なんか見て」 はるか:「綺麗な字だなぁ、って思って」 忍:「は?」 はるか:「私たち、毎日色んな子の字を見るじゃない? はるか:丸くて可愛かったり、とっても元気が良かったり、その子の個性が出てて面白いの。 はるか:キミの字はハッキリとして見やすい字。 はるか:性格もきっとハッキリしてて、わかりやすいんだろうね」 忍:「さっきから俺に対する妄想がすごくない?」 はるか:「でも、当たらずとも遠からずって感じでしょ?」 忍:「よく言うよ。 忍:会ったばかりだし、担当する学年も違うじゃん。 忍:そもそも、俺の名前だって知らないんじゃ・・・」 はるか:「知ってるよ。高崎くん。 はるか:二年生の高崎忍(しのぶ)くん」 忍:「・・・なんで知ってるんだよ」 はるか:「先生が生徒のことを知ってるのは当たり前でしょ?」 忍:「個人情報が漏洩(ろうえい)している」 はるか:「または職権乱用(しょっけんらんよう)とも言う」 忍:「どっちでもいいんだけどさ。 忍:なんで自分の受け持ち以外の生徒の名前まで覚えてるわけ?」 はるか:「そりゃあ、有名だもの。 はるか:なかなか授業に顔を出してくれない高崎くんの話」 忍:「不真面目な生徒だって?」 はるか:「授業に顔出さないのに、何故か絶対赤点取らないんだよなぁ、って不思議がられてた」 忍:「気にするところおかしくないか?」 はるか:「知らないでしょ? はるか:自分が密かに『レアキャラ』って呼ばれてるの」 忍:「人をモンスターみたいに」 はるか:「けど、それが面白くてずっと話してみたいなって思ってたの。 はるか:あと、忍って名前も中性的な響きでカッコイイな、って思ってて・・・」 忍:「(小声で)・・・俺はその名前、嫌いだよ」 はるか:「えっ?」 忍:「それより、ずっと気になってたんだけど。 忍:先生の名字、なんで小鳥が遊ぶって書いて『たかなし』って読むんだよ」 はるか:「ああ、これ?そんなに難しい理由じゃないよ。 はるか:小鳥が遊んでいるなら、きっと鷹(たか)もいないほど穏やかな場所に違いない。 はるか:だから小鳥が遊ぶ、で『たかなし』」 忍:「ふぅん、なるほど。 忍:そう聞いたら納得した」 はるか:「でしょ?日本語ってこういうところが面白いな、って思うの。 はるか:難しいけど、どこか遊び心があって」 忍:「だから国語教師?」 はるか:「そういうこと」 忍:「へぇ、なるほどね」 はるか:「どう?興味出てきた?」 忍:「うーん。まぁ、ほんの少し」 はるか:「ふふっ、嬉しい。 はるか:もっと高崎くんが楽しんでくれるよう、私頑張らなきゃね」 忍:「・・・あんまり頑張られても困るんだけど」 はるか:「じゃあ、高崎くんが困らない程度に頑張る」 忍:「(苦笑しながら)なんだそりゃ」 はるか:「あっ、今笑った」 忍:「笑ってない」 はるか:「絶対笑ったよ」 忍:「しつこい先生は嫌われるぞ」 はるか:「高崎くん、優しいから大丈夫でしょ」 忍:「またそうやって、勝手に人を判断する」 はるか:「ふふふっ」 0:(少し間) 忍:いつも、どんな時でも楽しそうなその人。 忍:その笑顔はやはりふわりと柔らかく、そして優しい陽だまりのように心地よくて。 忍:いつの間にか放課後、自然と足は図書室に向かうようになりました。 0:(少し間) はるか:「・・・えーっと、今日はどこからだったっけ?」 忍:「古典。小倉(おぐら)百人一首」 はるか:「あっ、そうだった。 はるか:確か好きな和歌を探してみようか、って話だったよね」 忍:「そうそう。 忍:けど、百人一首って恋の歌ばっかりじゃん。 忍:なんか読むの恥ずかしかったんだけど」 はるか:「すごい。予習してきたんだ」 忍:「まぁ、たまにはね」 はるか:「ふふ、嬉しいな。 はるか:どう?好きな歌はあった?」 忍:「吹くからに、ってやつかな。 忍:荒らしと嵐をかけてるっていうのが、とんちっぽくて面白かった」 はるか:「文屋康秀(ふんやのやすひで)かぁ。 はるか:あの人の歌はちょっと洒落(しゃれ)っぽくて楽しいよね」 忍:「先生はちなみに、好きな歌あるの?」 はるか:「私?私はどれも好きなんだけど・・・そうだなぁ。 はるか:しいて言うなら式子内親王(しょくしないしんのう)かな」 忍:「へぇ、どんな歌だっけ?」 はるか:「『玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらえば はるか:忍ぶることの よわりもぞする』」 忍:「どういう意味?」 はるか:「この命よ、絶えるなら絶えてしまえ。このまま生きていると、あなたへの想いを隠すことに疲れてしまうから」 忍:「意外と重いやつ選ぶんだな」 はるか:「そうなの。実はすごい重い女なの、私」 忍:「体重的な話?」 はるか:「高崎くん、デリカシーって言葉、知ってる?」 忍:「ごめん、ごめんって。 忍:笑顔が怖い、先生」 はるか:「・・・でも、か弱いように聞こえて、すごく情熱的な歌だと思わない? はるか:その人への想いが募りすぎて、命まで投げ出したくなっちゃう恋なんて。 はるか:よっぽどその人のこと愛してないと、そんなこと言えないよ」 忍:「女心は分からない」 はるか:「あらあら、そっちの方も勉強しないと、将来困っちゃうぞ」 忍:「不純異性交友は禁止だろ?」 はるか:「もう、いつの時代の話してるの。 はるか:恋をするって素敵なことだよ。 はるか:高崎くんも是非、青春を謳歌(おうか)してください」 忍:「・・・別にいいだろ。俺の青春の話は」 はるか:「こういう話になると、途端に素っ気なくなるんだから。 はるか:・・・あっ、そういえばこの歌、高崎くんの名前入ってるね。 はるか:ほら、『しのぶ』って・・・」 忍:(忍、食い気味に) 忍:「・・・俺、その名前嫌いなんだよ。先生」 はるか:「えっ?」 忍:「忍って耐えるとか、我慢する、って意味だろ? 忍:だから、小さい頃から、何があっても我慢しろ、って言われてるような気がしてさ・・・なんとなくいつも息苦しいんだ。 忍:だから学校ではその反動なのか、退屈な授業を我慢して聞くのが嫌で、いつの間にか教室を抜け出すクセがついてた。 忍:文句言われるのは嫌だから、最低限は授業もテストも頑張ったけど」 はるか:「そうだったんだ・・・」 忍:「ああ。 忍:・・・でもこれから大人になれば、もっと我慢しなければいけないことが増えるんだよな。 忍:大丈夫かな。これから俺、ちゃんと耐えて、我慢して生きていけるかな・・・」 はるか:「・・・高崎くん」 忍:「何?」 はるか:「忍っていう字はね。 はるか:刃(やいば)と、心という文字が合わさってできてるでしょ?」 忍:「うん」 はるか:「この字はね。 はるか:何度も叩かれて強くなる刃のように、粘り強い心を持ちなさいって意味の文字。 はるか:だからね、ただひたすら耐えるだけじゃない。 はるか:どんな困難があっても、それに負けず強くなりなさい、という願いが込められている名前でもあると、私は思うの」 忍:「そう、なのかな・・・」 はるか:「ええ。 はるか:だから、何でもかんでもぐっと歯を食いしばって、我慢しなきゃいけないなんてことはないんだよ、高崎くん。 はるか:嫌なことは嫌だとはっきり言えばいいの。 はるか:苦しいことは苦しいと言っていいの」 忍:「それは・・・恥ずかしいことじゃない?」 はるか:「全然恥ずかしいことじゃないよ。 はるか:一番重要なのは、つらいことも苦しいことも乗り越えて、自分の足でしっかり未来に向かって進むこと、なんだからね」 忍:「・・・でも、俺は不安だよ。 忍:今まで逃げてしまったから、変な逃げ癖ついてそうな気がして」 はるか:「そういう時、その背を支えてあげるのが大人の役目。 はるか:何かあったら、遠慮なく頼ること。 はるか:・・・大丈夫、私だって、少しは支えられるから」 忍:その言葉に掠(かす)れた声でうん、と小さく呟くと、その人は優しく背中を撫でてくれました。 忍:今思えば、少し気恥ずかしい思い出。 忍:けれど、その手の温もりに冷えきった心が静かに溶けていくような、そんな気がしました。 0:(しばらくの間) 忍:やがて、二つの季節が過ぎた頃。 忍:いつも先に来て待っているはずのその人が、珍しく遅れてきた日のことでした。 はるか:「ごめんね。遅れちゃった」 忍:「珍しいな、先生が遅刻なんて」 はるか:「ちょっと色々あってね」 忍:「なんだよ、色々って。言えないような事?」 はるか:「ううん。えーと、実はね・・・」 0:(少し間) はるか:「・・・私、結婚することになったんだ」 0:(しばらくの間) 忍:その日から数ヶ月が経ちました。 忍:木々が色付き、葉を落とし、空気がしんと冷える頃。 忍:いつの間にか恒例(こうれい)になっていた勉強会は、気付くと行われなくなっていました。 忍:その人の姿は時々、遠目に見かけていました。 忍:いつも生徒の輪に囲まれて、あの陽だまりのような笑顔で笑うその人を、ただただ遠目に見ていました。 0:(しばらくの間) はるか:「高崎くん」 忍:やがて、季節がまた巡り、時折春の気配を感じるようになった頃。 忍:不意にその声が降ってきたのは、あの日のようによく晴れた、屋上でのことでした。 はるか:「ここに居るかな、って思ったけど、本当に居てビックリした」 忍:「なんだよ。居たらダメだった?」 はるか:「ダメじゃないよ。会えて良かったって思ってる」 忍:「この時間に生徒とこんなところで会えたらダメだろ」 はるか:「ふふっ、それもそうか」 忍:「・・・先生は、またサボり?」 はるか:「サボりじゃないってば。校舎の巡回」 忍:「じゃあ、こんな場所で油売ってる場合じゃないだろ。 忍:さっさと見回りしてこいよ」 はるか:「うーん。 はるか:歩き回って疲れちゃったから、ちょっと休憩させてほしいんだけどなぁ」 忍:「・・・不真面目教師」 はるか:「それまで真面目に巡回してたんだから、大目に見てくれるよ」 忍:「で、何か用?」 はるか:「特に用事はないんだけど、元気にしてるかな、って思って」 忍:「はいはい、元気元気」 はるか:「つれないなー。もー。 はるか:最近真面目に授業に出てるって聞いたから、褒めてあげようかと思ったのに」 忍:「別に褒められたくて出てる訳じゃないし」 はるか:「そんな事言っても私は褒めるぞ。 はるか:それ、偉い偉い~」 忍:「あーもう、やめろってば。 忍:髪ぐしゃぐしゃにすんな」 はるか:「あははっ」 忍:「・・・ったく、こんなことしてる場合じゃないだろ? 忍:良いのかよ、色々準備しなくて」 はるか:「ご心配ありがとう。 はるか:でももう殆(ほとん)ど終わってるから、大丈夫。それに・・・」 忍:「それに?」 はるか:「・・・一人で居ると、なんだか色々思い出して、泣いちゃいそうで」 忍:「だから、誰か話し相手を探してたわけ?」 はるか:「そう。高崎くん、冷静に相手してくれそうだから」 忍:「いい大人が子どもに頼るなよ」 はるか:「ふふっ、ごめんね。情けない大人で」 忍:「別に・・・大人だろうと、子どもだろうと、こういう時は泣けばいいんじゃねぇの?」 はるか:「そうかなぁ」 忍:「我慢しなくていいって言ったの、先生だろ?」 はるか:「そうだね。そういえばそうだったね」 忍:「忘れてた?」 はるか:「忘れてないよ。・・・絶対に忘れない」 忍:「・・・そう」 はるか:「勉強会、最後まで出来なくてごめんね」 忍:「・・・別にいいよ。行かなくなったのは俺だから」 はるか:「ホントはキミが卒業するまで、あと一年居たかったんだけど」 忍:「そしたら先生、また手のかかる生徒見つけて、一生ここから離れられなくなりそうだ」 はるか:「もっともっと、色んなこと教えてあげようって、思ってたんだけどなぁ」 忍:「教えてもらったよ。 忍:少しの間だったけど、色んなこと教えてもらった」 はるか:「・・・やっぱり、ちょっと泣いてもいいかな?」 忍:「泣けばいいじゃん。 忍:多分、みんな一緒に泣いてくれるよ。 忍:その後、笑って見送ってくれる」 はるか:「ふふっ、ありがと。 はるか:おかげで無理に笑わなくて済みそうだよ」 忍:「そうですか」 はるか:「・・・よし!じゃあ、私もそろそろお仕事に戻ろうかな。 はるか:高崎くんも風邪ひかないうちに教室入りなよ」 忍:「はいはい」 はるか:「じゃあね、高崎くん。また・・・」 忍:(忍、食い気味に) 忍:「小鳥遊先生」 はるか:「なあに?」 忍:「色々・・・ありがとうございました」 0:(ほんの少し間) はるか:「はい・・・こちらこそ」 0:(しばらくの間) 忍:数日後、その人は去って行きました。 忍:子どもみたいにたくさん泣いて、その後はまたあの陽だまりのような笑顔を浮かべ、この学び舎を後にしました。 忍: 忍:渡された花束を持つその左手に、銀色の指輪を光らせて。 忍: 忍:それを見た瞬間、不意に口をついて出たのは、とある恋の歌でした。 忍: 忍:「『陸奥(みちのく)の しのぶもじずり 誰(たれ)ゆえに 忍:乱れそめにし われならなくに』」 忍: 忍:そう呟いた後、目の奥から感じる熱を紛らわそうと空を見上げれば、翼を広げて飛び上がる一羽の鳥が見えました。 忍:どこまでも、どこまでも遠くに羽ばたいていく、その小さな姿。 忍: 忍:ーーああ、あの温かな「たかなしのせかい」は、もうどこにも無いんだと。 忍: 忍:飛んでいく小鳥を見上げながら、一人静かにそう思いました。 0:~Fin~