台本概要

 1010 views 

タイトル フィリア
作者名 なおと(ばあばら)  (@babara19851985)
ジャンル ファンタジー
演者人数 2人用台本(不問2)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ファンタジーシナリオです。
突如、世界に現れた食人鬼(グール)によって人口が激減した世界で、グール討伐を命じられた勇者と、グールに犯された村人の会話劇です。

変なシナリオかもですが、演じて頂けるととても嬉しいです。

 1010 views 

キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
勇者 不問 56 性別不問。食人鬼(グール)討伐を命じられた。
村人 不問 50 性別不問。食人鬼(グール)に犯され、肉体が徐々にグール化している。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

文字サイズ
勇者:この世界は病んでいた。 勇者:十年ほど前に突如として姿を現した、人ならざる存在・食人鬼(グール)。莫大な個体数が一気に現れたため、別大陸から群れで渡って来たのか、はたまた異世界から何かの弾みで召喚されてしまったかのどちらかであると言われているが、その発生の起源は未だに解明されていない。 村人:奴らはまず、人類の半数を食糧にした。奴らは食糧を備蓄するという発想はないらしく、食糧対象にされたほとんどの人間がその場で喰い殺された。 村人:そのため、人類は急激にその数を減らしていった。 勇者:次に奴らが始めたのは、子孫を増やすことだった。と言っても、奴らは同種で交配をしても、子を産む器官を備えていないらしかった。奴らが種を増やす方法をたった一つ、人間をグールに変えることだ。 勇者:ある日、グールに強姦されたと訴える青年がいた。その頃は、まだグールの生態が仔細(しさい)に分析されていなかったため、単純な性欲発散目的に人間を慰み物にしたのだろうというのが、学者たちの見解だった。 村人:しかしその後、男女問わずグールからの性被害を訴える声が増加していった。そのような声が挙がるということは、彼らは皆「喰われなかった」ということだ。なぜグールたちは、犯した人間を食い殺さずに、生かしたのか。学者たちがその行動に疑問を持ち始めた頃、被害に遭った人たちの体に変化が起き始めた。 勇者:肌が土気色(つちけいろ)に変色し、頭髪は抜け落ち、皮膚が爛れ、指や足の爪にぶよぶよとした醜い垢のようなものが溜まり始めた。その姿は……グールそのものだった。 村人:奴らが種を増やそうとしている、ということに人類が気付き始めた頃には、すでに数万人の人間がグール化を果たしていた。 勇者:世界は病んでいた。 村人:そしてボクも。 勇者:私も。 0: 0:辺境の村にある土蔵にて。憔悴している村人と、それを慮る勇者。 0: 勇者:「君、具合はどうだい?」 村人:「ええ、勇者様。今日は少し気分が良いようです。その……ええと」 勇者:「……人を喰べたくならない、か?」 村人:「……ええ。そうです」 勇者:「……それは良かった。私が持ってきた薬草が効いているようだ」 村人:「本当にすみません。ボクなんかのために、この村に勇者様を足止めさせてしまって」 勇者:「そんなこと、言わないでくれ。私は全てのグール患者を救いたいと思っているんだ。グールの王・食人鬼王(グールキング)の討伐を果たすという私の使命なんかよりも、よっぽど過酷な運命を背負ってしまった……君たちをね」 村人:「……すみません、勇者様。感謝の言葉もありません」 勇者:「それに、ここはグールキングが潜むダンジョンから一番近い村だ。ダンジョンは相当に入り組んでいるようだから、一日ではとても攻略できそうにない。何度かダンジョンと宿を往復するから、いずれにしてもこの村には逗留(とうりゅう)することになっていただろうさ」 村人:「そうでしたか……。あの、勇者様……?」 勇者:「うん?」 村人:「ボク……臭くないですか?」 勇者:「……いいや」 村人:「気を遣わなくていいですよ。そもそも、ボクのグール化が発覚したのだって、ボクから臭いがするって……人間じゃない、獣の臭いがするって。それで……。隔離用の、この土蔵に閉じ込められました。 村人:それから……肌の色が今みたいになって……、体中から膿(うみ)や蛆(うじ)が湧き出すような、そんな感覚が毎日毎日続いて……。気付いたら、だんだん人を喰べたくなっていた。 村人:始めは、こんな土蔵に閉じ込めた村の人たちを、ちょっぴり恨んだりもしましたけど……今思い返せば、あれは正しい判断だったんですね」 勇者:「君……。こんなことを言っても、今の君には気休め程度にもならないかもしれないが、あまり悲観しすぎるんじゃない」 村人:「……ああ、また勇者様に気を遣わせちゃった。本当にすみません」 勇者:「だからそんなことを言わないでくれ。私は……」 村人:「(被せて)何も言わないで下さい。勇者様……。 村人:お願いです……。何も、言わないで。 村人:勇者様の心根が、その肉体と同様に、清廉で逞しく濁りのないものであることはわかりました。村の人たちと違って、ボクのことを恐れたり敵視したりしないこともわかりました。 村人:でも今のボクは……どんなに優しい言葉を投げかけられても、それに対する反発心しか、湧き上がらないのです。勇者様に、慈悲の言葉を頂けば頂くほどに、ボクの心は、この皮膚のように、どんどん爛れて、どんどん醜く腐っていくように感じるのです。 村人:勇者様と違い、ボクは肉体も心も……醜く堕落しているのです。 村人:だから、これ以上……ボクに優しくしないで下さい。これ以上……醜い部分を、勇者様に見られたくない」 勇者:「…………そうか。わかった、今日はもう退散しよう。私は、ダンジョンに向かう」 0: 0:立ち上がり、土蔵の入り口まで歩く勇者。 0: 勇者:「先ほど言ったように、ダンジョン攻略には時間がかかりそうだ。また、この村で宿をとる。 勇者:その時は、再び君の様子を見に来よう」 村人:「……わかりました」 0: 0:二日後。 0: 勇者:「やぁ、君。具合はどうだい」 村人:「あぁ、勇者様……。ありがとうございます。また、立ち寄って頂いて」 勇者:「……ほら、新しい薬草だ。食べてくれ」 0:村人、薬草を受け取る。 村人:「ねぇ、勇者様。ボクの顔、どうなっていますか?」 勇者:「どう、とは?」 村人:「もう人間のカタチをしていないんでしょう? 匂いも感じない、味も感じない……。視覚だけ異常に良くなっているみたい。それに、まばたきしてないのに全然目も乾かないし……。 村人:ねぇ、勇者様、教えて? ボクの顔、どうなっていますか?」 勇者:「私が君にそれを伝えて……、君は傷つかないのかい?」 村人:「……わかりません。でも、傷つくならそれでいい。だって、それだけ、ボクの心はまだ人間を保ってるってことになるでしょ?」 勇者:「……わかった。なら、教えよう」 0:勇者、少しためらった後に、言葉を続ける。 勇者:「確かに、二日前に比べ、君の容貌には大きな変化が表れている。 勇者:まず、鼻に当る部分はすでに形状崩壊し、その他の肌の部分に混ざり合っているようだ。鼻だった器官が溶解し、それがそのまま鼻腔(びこう)を覆ったんだ。嗅覚がなくなったのは、そのためだろう。 勇者:次に、目だ。眼球は完全にグール化しているようだ。体内で新たに生成されたグール遺伝子の眼球が、元来の君の眼球を内側から押し出して、せり出てきている。まばたきができないのは、眼窩からはみ出した君の眼球が、まぶたを圧迫しているからだ。 勇者:あと、頭髪は全て抜け落ちたようだ。代わりに頭部からは、グール達と同じ疣(いぼ)が隆起し始めている。その疣(いぼ)の先からは、じくじくと膿(うみ)のような汁が出ているが、君の皮膚はその大半が溶けてしまっているから、顔を流れ落ちるその汁を感じることができないのだろう。 勇者:……まだ、続けるかい?」 村人:「……いえ、もう十分です。 村人:十分、わかりました……。 村人:ボクの心は……まだ……人間のようです」 0:村人、嗚咽。 0:勇者、しばらく嗚咽を聴く。 勇者:「もうすぐだ……。もう二、三日中にはグールキングを討伐できる。だから、それまで辛抱していてくれ」 村人:「……グールキングを殺して、それで全て解決するのですか? ボクの体は、元に戻るんですか?」 勇者:「学者連中の話では、キングの体細胞にはグール化を緩和する血清の源があるそうだ。確証はないが……試す価値はある」 村人:「……そんなの、あなたにグールを討伐させるための出鱈目(でたらめ)に決まってる」 勇者:「少なくとも、学者連中はこの説を信じている。生け捕りにした一匹のグールを、自白剤漬けにして拷問した結果、聞きだした情報だそうだ」 村人:「…………」 0:勇者、村人の手を握り、じっと村人を見つめる。 0:沈黙。 勇者:「大丈夫だ。君のことは、私が必ず救い出して見せる」 村人:「…………勇者様」 勇者:「君が学者連中を信じられなくてもいい。ただ、私の言葉だけは、どうか信じてくれ」 村人:「……」 0:沈黙。 勇者:「私は…………」 村人:「……何ですか?」 勇者:「……いや、何でもない」 0: 0:立ち上がり、土蔵の入り口まで歩く勇者。 0: 勇者:「では、行ってくる。グールキングの元へ」 0:村人、勇者が出て行った土蔵の出入り口を見つめる。 村人:「…………勇者様」 0: 0: 0: 0:さらに三日後。返り血を浴びた勇者、神妙な面持ちで土蔵に入ってくる。 0: 村人:「ゆ、勇者様! その血は……!」 勇者:「あぁ、これは返り血さ。私は無傷だ」 村人:「そ、そうですか……。あ……、まさか、勇者様」 勇者:「今日、ダンジョンの最奥(さいおう)でグールキングを見つけた」 村人:「……! では、勇者様はグールキングを……!」 勇者:「逃げられた」 村人:「…………え?」 勇者:「グールキングには、逃げられてしまった。私が渾身の一太刀(ひとたち)を浴びせたら、奴は臆したのか、唱術を使い逃げ出した。だから、私は……血清を手に入れることができなかった。すまない」 村人:「…………そうですか。で、でもすぐに追いかけますよね? 相手は手負いなんですよね? きっと、すぐ追いつけますよ……ね?」 勇者:「それはわからない。唱術によって、私の目の前から一瞬で消えてしまったんだ。奴の行き先は皆目、見当がつかない」 村人:「……何、言ってるんですか。そんな、弱気なことを言わないで下さいよ。勇者様なら、きっと奴を追い詰め、殺せるはずです……! ボクなんかのところに立ち寄らずに、一刻も早く奴を追いかけて下さい!」 勇者:「…………」 村人:「どうしたんですか、勇者様。なぜ、黙っておられるのですか!?」 0:沈黙 勇者:「…………なぁ、君。君は、今の自分が醜いと思うかい?」 村人:「……え? 突然、何を言うのですか?」 勇者:「グールに犯され、人間の遺伝子が徐々に死滅し、肉体がグールと化していく今の自分を……醜いと思っているかい?」 村人:「仰っている意味がわかりません。 村人:……いや、言葉の意味は理解できるのですが、その……勇者様の質問の意図がわからないのです」 勇者:「……私は、君を醜いと思わない」 村人:「…………え?」 0:勇者、村人に近寄り手を握る。 0:勇者、一語一語を噛みしめるように、ゆっくり話し始める。 勇者:「……他の人間たちが何と言うかは知らないが、少なくとも、私は君を醜いと思ったことは一度もない。 勇者:……いや、もう取繕うのは、よそう」 0:勇者、村人のグール化した瞳を見つめる。 勇者:「……君は美しい。初めてこの土蔵に足を踏み入れ、君の姿を一目見た時から……私は、胸の高鳴りを抑えられなかった」 村人:「………は?」 勇者:「理解しがたいのも無理はない。私も最初は戸惑った。私は別に、全てのグールに対して性愛の感情を持っているわけではない。 勇者:……君が初めてだ。理由はわからない。 勇者:ただ、間違いなく……私は君を愛している」 村人:「……」 0:沈黙 勇者:「遺伝子の半分以上がグールとなり、生物的本能が鋭敏化している今の君なら……わかるだろう? 勇者:目の前の人間が……発情していること」 村人:「……」 0:沈黙 勇者:「私は間違いなく、君に発情している。本能で、私は君を求めている」 村人:「……」 0:沈黙 勇者:「私は、君を愛している。グール化している、君が好きなんだ」 村人:「……」 勇者:「爛れて、溶け落ちた肌が好きだ。赤黒く変色し、ぶよぶよに肥大した指先が好きだ」 0:勇者、村人の指先から腕を、ゆっくりと撫でる。 勇者:「毛穴から黄土色(おうどいろ)の粘液を溢れさせている君が好きだ。飛び出した眼球で、私を見つめる君が好きだ」 0:勇者、村人の頬に手をやり、 勇者:「顎関節(がくかんせつ)が外れて、開きっぱなしになっている口も」 0:指先で唇を触り、 勇者:「硬く尖って、蛇のようになっている舌先も」 0:勇者、自らの唇を、村人の唇に近づける。 勇者:「全部好きなんだ」 0: 0:村人、勇者の腕をつかむ。 0: 0: 0:――拒絶―― 0: 0: 村人:「(唸り)ぅぅぅぅうううううううう……。うえ……おぉぉおおおおおおおお。くぅぅぅうううううううああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」 0:嗚咽と嫌悪と混乱と絶望と切望に咆哮する村人。 村人:「くぁあああああああああああああああああ!!! 村人:…………おまえ。あたま、お……っかしい…だろ。うぅぅうううう……!」 0:脳内血管がいくつか千切れ、思考した言葉が口から出てこない村人。 村人:「(嘔吐)っっぐあ、げぇ…げぇええええ…!! げぇえええええええええええ…!! 村人:はぁはぁはぁ……! この……! このぉぉぉぉおおおおお……!! 村人:(嗚咽)うえ…ええええええ」 勇者:「…………」 村人:「(嗚咽)うぅぅううううう……うっううぅ……。きもち…わるい」 勇者:「…………」 村人:「……でて…け」 勇者:「…………」 村人:「(咆哮)でてけよぉおおおおお!!!ふぅうううううう…。きえ…ろ…!!きえろよぉおおおおおおおおおおおおお!!!!! 村人:おぁあああああああ……あああああああああ!!」 勇者:「……………………わかった」 0:勇者、しばらく村人を見つめると、ゆっくりと土蔵の入り口に歩き始める。 村人:「ひゅぅう…ひゅぅう……。うぅぅうううううう…でてけ……よ」 0:勇者、土蔵の扉に手をかけ、 村人:「はやく…ででげよぉおおおおおおおおおおおお!!!!!」 勇者:「…………………さようなら」 0:勇者、出ていく。 0:村人、断続的な嗚咽が続く。 村人:「ふぅ…ふぅ…あ…あああ…ああああああぅぅううう……くあ…くあぁあああああ…。 村人:えぅ…えぅぅうううううう……。はっはっはっはぁああああ………………。 村人:はぁはぁはぁ…ふぅぅうううう……。 村人:まっ…て。 村人:……まってよぉ……」 0:沈黙 0: 0:土蔵を出て、村の入り口に歩みを進める勇者。 0: 0: 勇者:こうして、私の初恋は終わった。 勇者:私は君を救えなかった。君の心を、救えなかった。 勇者:……救いたかった。 勇者:人生で初めて、本当に愛した人だったから。 勇者:だから、 勇者:せめて、 勇者:君の肉体だけでも救わなければ。 勇者:私は、村の入り口に無造作に放擲(ほうてき)したグールキングの死骸を掴み、そのままずるずると引き摺り、王都に向かった。学者連中に、血清を造ってもらうためだ。 勇者:あそこまで進行してしまった肉体変化が、どの程度緩和されるかは知らないが、少なくとも脳細胞は人間のまま、維持することが可能になるだろう。 勇者:人の心を持ち続けたまま、グール化した肉体で、君はこれからどんな人生を送るのだろうか。それを想うと……。 勇者:いや、もうこれ以上、君の心を推し測るのはやめよう。私は、君の心を救えなかった。そんな私がどんなに君を想おうと、君の人生に何の影響もない。 勇者:私は病んでいるのだろうか。この世界と同様に。 勇者:グールと化した人間を愛するのは、異常なのだろうか。 勇者:君の心を救うために、嘘をついたことは、私のエゴだろうか。 勇者:……救いたかった。君を。 勇者:……でも救えなった。君を。 勇者:誰かが、君の心を救えるのだろうか。そんな人間が、いるのだろうか。 勇者:いて欲しいと思う……。だって、私じゃ君を救えないんだから。 勇者:私じゃ、君を……。 0: 0:おわり

勇者:この世界は病んでいた。 勇者:十年ほど前に突如として姿を現した、人ならざる存在・食人鬼(グール)。莫大な個体数が一気に現れたため、別大陸から群れで渡って来たのか、はたまた異世界から何かの弾みで召喚されてしまったかのどちらかであると言われているが、その発生の起源は未だに解明されていない。 村人:奴らはまず、人類の半数を食糧にした。奴らは食糧を備蓄するという発想はないらしく、食糧対象にされたほとんどの人間がその場で喰い殺された。 村人:そのため、人類は急激にその数を減らしていった。 勇者:次に奴らが始めたのは、子孫を増やすことだった。と言っても、奴らは同種で交配をしても、子を産む器官を備えていないらしかった。奴らが種を増やす方法をたった一つ、人間をグールに変えることだ。 勇者:ある日、グールに強姦されたと訴える青年がいた。その頃は、まだグールの生態が仔細(しさい)に分析されていなかったため、単純な性欲発散目的に人間を慰み物にしたのだろうというのが、学者たちの見解だった。 村人:しかしその後、男女問わずグールからの性被害を訴える声が増加していった。そのような声が挙がるということは、彼らは皆「喰われなかった」ということだ。なぜグールたちは、犯した人間を食い殺さずに、生かしたのか。学者たちがその行動に疑問を持ち始めた頃、被害に遭った人たちの体に変化が起き始めた。 勇者:肌が土気色(つちけいろ)に変色し、頭髪は抜け落ち、皮膚が爛れ、指や足の爪にぶよぶよとした醜い垢のようなものが溜まり始めた。その姿は……グールそのものだった。 村人:奴らが種を増やそうとしている、ということに人類が気付き始めた頃には、すでに数万人の人間がグール化を果たしていた。 勇者:世界は病んでいた。 村人:そしてボクも。 勇者:私も。 0: 0:辺境の村にある土蔵にて。憔悴している村人と、それを慮る勇者。 0: 勇者:「君、具合はどうだい?」 村人:「ええ、勇者様。今日は少し気分が良いようです。その……ええと」 勇者:「……人を喰べたくならない、か?」 村人:「……ええ。そうです」 勇者:「……それは良かった。私が持ってきた薬草が効いているようだ」 村人:「本当にすみません。ボクなんかのために、この村に勇者様を足止めさせてしまって」 勇者:「そんなこと、言わないでくれ。私は全てのグール患者を救いたいと思っているんだ。グールの王・食人鬼王(グールキング)の討伐を果たすという私の使命なんかよりも、よっぽど過酷な運命を背負ってしまった……君たちをね」 村人:「……すみません、勇者様。感謝の言葉もありません」 勇者:「それに、ここはグールキングが潜むダンジョンから一番近い村だ。ダンジョンは相当に入り組んでいるようだから、一日ではとても攻略できそうにない。何度かダンジョンと宿を往復するから、いずれにしてもこの村には逗留(とうりゅう)することになっていただろうさ」 村人:「そうでしたか……。あの、勇者様……?」 勇者:「うん?」 村人:「ボク……臭くないですか?」 勇者:「……いいや」 村人:「気を遣わなくていいですよ。そもそも、ボクのグール化が発覚したのだって、ボクから臭いがするって……人間じゃない、獣の臭いがするって。それで……。隔離用の、この土蔵に閉じ込められました。 村人:それから……肌の色が今みたいになって……、体中から膿(うみ)や蛆(うじ)が湧き出すような、そんな感覚が毎日毎日続いて……。気付いたら、だんだん人を喰べたくなっていた。 村人:始めは、こんな土蔵に閉じ込めた村の人たちを、ちょっぴり恨んだりもしましたけど……今思い返せば、あれは正しい判断だったんですね」 勇者:「君……。こんなことを言っても、今の君には気休め程度にもならないかもしれないが、あまり悲観しすぎるんじゃない」 村人:「……ああ、また勇者様に気を遣わせちゃった。本当にすみません」 勇者:「だからそんなことを言わないでくれ。私は……」 村人:「(被せて)何も言わないで下さい。勇者様……。 村人:お願いです……。何も、言わないで。 村人:勇者様の心根が、その肉体と同様に、清廉で逞しく濁りのないものであることはわかりました。村の人たちと違って、ボクのことを恐れたり敵視したりしないこともわかりました。 村人:でも今のボクは……どんなに優しい言葉を投げかけられても、それに対する反発心しか、湧き上がらないのです。勇者様に、慈悲の言葉を頂けば頂くほどに、ボクの心は、この皮膚のように、どんどん爛れて、どんどん醜く腐っていくように感じるのです。 村人:勇者様と違い、ボクは肉体も心も……醜く堕落しているのです。 村人:だから、これ以上……ボクに優しくしないで下さい。これ以上……醜い部分を、勇者様に見られたくない」 勇者:「…………そうか。わかった、今日はもう退散しよう。私は、ダンジョンに向かう」 0: 0:立ち上がり、土蔵の入り口まで歩く勇者。 0: 勇者:「先ほど言ったように、ダンジョン攻略には時間がかかりそうだ。また、この村で宿をとる。 勇者:その時は、再び君の様子を見に来よう」 村人:「……わかりました」 0: 0:二日後。 0: 勇者:「やぁ、君。具合はどうだい」 村人:「あぁ、勇者様……。ありがとうございます。また、立ち寄って頂いて」 勇者:「……ほら、新しい薬草だ。食べてくれ」 0:村人、薬草を受け取る。 村人:「ねぇ、勇者様。ボクの顔、どうなっていますか?」 勇者:「どう、とは?」 村人:「もう人間のカタチをしていないんでしょう? 匂いも感じない、味も感じない……。視覚だけ異常に良くなっているみたい。それに、まばたきしてないのに全然目も乾かないし……。 村人:ねぇ、勇者様、教えて? ボクの顔、どうなっていますか?」 勇者:「私が君にそれを伝えて……、君は傷つかないのかい?」 村人:「……わかりません。でも、傷つくならそれでいい。だって、それだけ、ボクの心はまだ人間を保ってるってことになるでしょ?」 勇者:「……わかった。なら、教えよう」 0:勇者、少しためらった後に、言葉を続ける。 勇者:「確かに、二日前に比べ、君の容貌には大きな変化が表れている。 勇者:まず、鼻に当る部分はすでに形状崩壊し、その他の肌の部分に混ざり合っているようだ。鼻だった器官が溶解し、それがそのまま鼻腔(びこう)を覆ったんだ。嗅覚がなくなったのは、そのためだろう。 勇者:次に、目だ。眼球は完全にグール化しているようだ。体内で新たに生成されたグール遺伝子の眼球が、元来の君の眼球を内側から押し出して、せり出てきている。まばたきができないのは、眼窩からはみ出した君の眼球が、まぶたを圧迫しているからだ。 勇者:あと、頭髪は全て抜け落ちたようだ。代わりに頭部からは、グール達と同じ疣(いぼ)が隆起し始めている。その疣(いぼ)の先からは、じくじくと膿(うみ)のような汁が出ているが、君の皮膚はその大半が溶けてしまっているから、顔を流れ落ちるその汁を感じることができないのだろう。 勇者:……まだ、続けるかい?」 村人:「……いえ、もう十分です。 村人:十分、わかりました……。 村人:ボクの心は……まだ……人間のようです」 0:村人、嗚咽。 0:勇者、しばらく嗚咽を聴く。 勇者:「もうすぐだ……。もう二、三日中にはグールキングを討伐できる。だから、それまで辛抱していてくれ」 村人:「……グールキングを殺して、それで全て解決するのですか? ボクの体は、元に戻るんですか?」 勇者:「学者連中の話では、キングの体細胞にはグール化を緩和する血清の源があるそうだ。確証はないが……試す価値はある」 村人:「……そんなの、あなたにグールを討伐させるための出鱈目(でたらめ)に決まってる」 勇者:「少なくとも、学者連中はこの説を信じている。生け捕りにした一匹のグールを、自白剤漬けにして拷問した結果、聞きだした情報だそうだ」 村人:「…………」 0:勇者、村人の手を握り、じっと村人を見つめる。 0:沈黙。 勇者:「大丈夫だ。君のことは、私が必ず救い出して見せる」 村人:「…………勇者様」 勇者:「君が学者連中を信じられなくてもいい。ただ、私の言葉だけは、どうか信じてくれ」 村人:「……」 0:沈黙。 勇者:「私は…………」 村人:「……何ですか?」 勇者:「……いや、何でもない」 0: 0:立ち上がり、土蔵の入り口まで歩く勇者。 0: 勇者:「では、行ってくる。グールキングの元へ」 0:村人、勇者が出て行った土蔵の出入り口を見つめる。 村人:「…………勇者様」 0: 0: 0: 0:さらに三日後。返り血を浴びた勇者、神妙な面持ちで土蔵に入ってくる。 0: 村人:「ゆ、勇者様! その血は……!」 勇者:「あぁ、これは返り血さ。私は無傷だ」 村人:「そ、そうですか……。あ……、まさか、勇者様」 勇者:「今日、ダンジョンの最奥(さいおう)でグールキングを見つけた」 村人:「……! では、勇者様はグールキングを……!」 勇者:「逃げられた」 村人:「…………え?」 勇者:「グールキングには、逃げられてしまった。私が渾身の一太刀(ひとたち)を浴びせたら、奴は臆したのか、唱術を使い逃げ出した。だから、私は……血清を手に入れることができなかった。すまない」 村人:「…………そうですか。で、でもすぐに追いかけますよね? 相手は手負いなんですよね? きっと、すぐ追いつけますよ……ね?」 勇者:「それはわからない。唱術によって、私の目の前から一瞬で消えてしまったんだ。奴の行き先は皆目、見当がつかない」 村人:「……何、言ってるんですか。そんな、弱気なことを言わないで下さいよ。勇者様なら、きっと奴を追い詰め、殺せるはずです……! ボクなんかのところに立ち寄らずに、一刻も早く奴を追いかけて下さい!」 勇者:「…………」 村人:「どうしたんですか、勇者様。なぜ、黙っておられるのですか!?」 0:沈黙 勇者:「…………なぁ、君。君は、今の自分が醜いと思うかい?」 村人:「……え? 突然、何を言うのですか?」 勇者:「グールに犯され、人間の遺伝子が徐々に死滅し、肉体がグールと化していく今の自分を……醜いと思っているかい?」 村人:「仰っている意味がわかりません。 村人:……いや、言葉の意味は理解できるのですが、その……勇者様の質問の意図がわからないのです」 勇者:「……私は、君を醜いと思わない」 村人:「…………え?」 0:勇者、村人に近寄り手を握る。 0:勇者、一語一語を噛みしめるように、ゆっくり話し始める。 勇者:「……他の人間たちが何と言うかは知らないが、少なくとも、私は君を醜いと思ったことは一度もない。 勇者:……いや、もう取繕うのは、よそう」 0:勇者、村人のグール化した瞳を見つめる。 勇者:「……君は美しい。初めてこの土蔵に足を踏み入れ、君の姿を一目見た時から……私は、胸の高鳴りを抑えられなかった」 村人:「………は?」 勇者:「理解しがたいのも無理はない。私も最初は戸惑った。私は別に、全てのグールに対して性愛の感情を持っているわけではない。 勇者:……君が初めてだ。理由はわからない。 勇者:ただ、間違いなく……私は君を愛している」 村人:「……」 0:沈黙 勇者:「遺伝子の半分以上がグールとなり、生物的本能が鋭敏化している今の君なら……わかるだろう? 勇者:目の前の人間が……発情していること」 村人:「……」 0:沈黙 勇者:「私は間違いなく、君に発情している。本能で、私は君を求めている」 村人:「……」 0:沈黙 勇者:「私は、君を愛している。グール化している、君が好きなんだ」 村人:「……」 勇者:「爛れて、溶け落ちた肌が好きだ。赤黒く変色し、ぶよぶよに肥大した指先が好きだ」 0:勇者、村人の指先から腕を、ゆっくりと撫でる。 勇者:「毛穴から黄土色(おうどいろ)の粘液を溢れさせている君が好きだ。飛び出した眼球で、私を見つめる君が好きだ」 0:勇者、村人の頬に手をやり、 勇者:「顎関節(がくかんせつ)が外れて、開きっぱなしになっている口も」 0:指先で唇を触り、 勇者:「硬く尖って、蛇のようになっている舌先も」 0:勇者、自らの唇を、村人の唇に近づける。 勇者:「全部好きなんだ」 0: 0:村人、勇者の腕をつかむ。 0: 0: 0:――拒絶―― 0: 0: 村人:「(唸り)ぅぅぅぅうううううううう……。うえ……おぉぉおおおおおおおお。くぅぅぅうううううううああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」 0:嗚咽と嫌悪と混乱と絶望と切望に咆哮する村人。 村人:「くぁあああああああああああああああああ!!! 村人:…………おまえ。あたま、お……っかしい…だろ。うぅぅうううう……!」 0:脳内血管がいくつか千切れ、思考した言葉が口から出てこない村人。 村人:「(嘔吐)っっぐあ、げぇ…げぇええええ…!! げぇえええええええええええ…!! 村人:はぁはぁはぁ……! この……! このぉぉぉぉおおおおお……!! 村人:(嗚咽)うえ…ええええええ」 勇者:「…………」 村人:「(嗚咽)うぅぅううううう……うっううぅ……。きもち…わるい」 勇者:「…………」 村人:「……でて…け」 勇者:「…………」 村人:「(咆哮)でてけよぉおおおおお!!!ふぅうううううう…。きえ…ろ…!!きえろよぉおおおおおおおおおおおおお!!!!! 村人:おぁあああああああ……あああああああああ!!」 勇者:「……………………わかった」 0:勇者、しばらく村人を見つめると、ゆっくりと土蔵の入り口に歩き始める。 村人:「ひゅぅう…ひゅぅう……。うぅぅうううううう…でてけ……よ」 0:勇者、土蔵の扉に手をかけ、 村人:「はやく…ででげよぉおおおおおおおおおおおお!!!!!」 勇者:「…………………さようなら」 0:勇者、出ていく。 0:村人、断続的な嗚咽が続く。 村人:「ふぅ…ふぅ…あ…あああ…ああああああぅぅううう……くあ…くあぁあああああ…。 村人:えぅ…えぅぅうううううう……。はっはっはっはぁああああ………………。 村人:はぁはぁはぁ…ふぅぅうううう……。 村人:まっ…て。 村人:……まってよぉ……」 0:沈黙 0: 0:土蔵を出て、村の入り口に歩みを進める勇者。 0: 0: 勇者:こうして、私の初恋は終わった。 勇者:私は君を救えなかった。君の心を、救えなかった。 勇者:……救いたかった。 勇者:人生で初めて、本当に愛した人だったから。 勇者:だから、 勇者:せめて、 勇者:君の肉体だけでも救わなければ。 勇者:私は、村の入り口に無造作に放擲(ほうてき)したグールキングの死骸を掴み、そのままずるずると引き摺り、王都に向かった。学者連中に、血清を造ってもらうためだ。 勇者:あそこまで進行してしまった肉体変化が、どの程度緩和されるかは知らないが、少なくとも脳細胞は人間のまま、維持することが可能になるだろう。 勇者:人の心を持ち続けたまま、グール化した肉体で、君はこれからどんな人生を送るのだろうか。それを想うと……。 勇者:いや、もうこれ以上、君の心を推し測るのはやめよう。私は、君の心を救えなかった。そんな私がどんなに君を想おうと、君の人生に何の影響もない。 勇者:私は病んでいるのだろうか。この世界と同様に。 勇者:グールと化した人間を愛するのは、異常なのだろうか。 勇者:君の心を救うために、嘘をついたことは、私のエゴだろうか。 勇者:……救いたかった。君を。 勇者:……でも救えなった。君を。 勇者:誰かが、君の心を救えるのだろうか。そんな人間が、いるのだろうか。 勇者:いて欲しいと思う……。だって、私じゃ君を救えないんだから。 勇者:私じゃ、君を……。 0: 0:おわり