台本概要
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タイトル | 9話 足吾の家の双子は |
---|---|
作者名 | 野菜 (@irodlinatuyasai) |
ジャンル | その他 |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 20 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
昼行燈探偵シリーズ 番外編1 椿先生「たち」のものがたりのひとかけら。 双子の物語としてこちら単体でご使用いただいても大丈夫です。意図的に話し方を似せているため、読み間違いにお気を付けください。 122 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
唯 | 女 | 77 | 足吾唯(あしごゆい)。一応戸籍では双子妹。無気力。高校生~ラストでは大学卒業直後。何でもできる上にトラブルメーカーな知に振り回されている。言われれば従うし、言われなければ何もしない。話し方も服の色も全部知に言われるがまま。 |
知 | 男 | 75 | 足吾知(あしごとも)。一応戸籍では双子兄。明るい。高校生~ラストでは大学卒業直後。なんとなく、で何でもこなす天才だが、最終的にいつも問題を引き起こす。好きな天気は雨で嫌いなものは傘。話し方も服の色もなるべく唯とおそろいにしたい。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:高校、教職員棟の生徒指導室。知が座っていると、唯が入ってくる。
知:あれ?おまえさんまでお説教を受けるとは、珍しい。
唯:残念なことに、今回のいたずらの目撃者は、私とおまえさんの区別がつかなかったらしいねえ。で、お怒りの高林は?
知:ハヤシーノはおまえさんを探しに出て行ったばかりだよ。入れ違いとは不運な。
唯:おかげさまで打ち合わせができるが。
知:はっはっは。本当は推測通りのくせに。
唯:で。今回は何したの。
知:校長の髪の毛が変わったっておまえさんが言ってたじゃないか?
唯:ああ、ウィッグね。前よりズレなくなったが。
知:メーカー変えたのか、お値段がお高めのものに変えたのか……調べたいと思ってね?
唯:うん。おっさんのカツラごときに何の魅力も感じないが、おまえさんが知りたいと思った、という事実だけはくみ取ろう。
知:でも直接聞いても正直に答えるか分からないじゃん?
唯:デリカシーというものを、私からおまえさんに譲渡できればいいのだがね。
知:よって!ひったくってもらってきた!これで五か月前に拝借したものと比較できるよ!
唯:ちなみになぜ指導室に呼ばれたかは分かっているのかね?
知:力づくで奪ってしまったせいで、残り数少ない毛まで犠牲を出してしまった…………怒られるのも無理はない。
唯:たぶん前者なんだがねえ…………これから「人のものを強奪してはいけません」という旨の話が来るんじゃないかな。
知:謎が解けて納得したら、こんなものすぐ返してあげるのにねえ。
唯:強奪した上にこんなもの、とは。いいかい今の台詞、ここから出るまで発言しないでくれ。ただでさえ雨が降りそうなのに、帰るのが遅くなる。
知:あ、私もいつかああなるのかな?いつかこのもじゃもじゃにお世話になる日が来たら、なんで怒られるか分かるのだろうか?
唯:お望みなら今から引きちぎろうか?
知:お、いいね!おそろいにしよう!
唯:やっぱり却下で。
0:
0:
唯:彼は、問題児と言われていた。思いついたことは何でもやらねば済まぬ、というか。おかげさまで見てくれも話し方もそっくりな私も、随分と面倒に巻き込まれたものだ。
知:第二作戦も考えてたんだよ?明日の昼休みに決行しようと思っていたのに。はぁ。無駄になってしまった。
唯:参考までに聞いておこう。
知:校庭裏に、猫のまぐろくんがいつも来るよね?
唯:おまえさんが先月餌付けして怒られた、おてとおかわりと突撃を覚えた猫だな?
知:そう!まぐろくんの頭にこの髪の毛を装着。おととい理科研究部で作ったフラッシュ花火を装備!お昼休みの和やかな職員室へ突撃!なんて素敵なサプライズ!
唯:テロだ。
知:校長は失くし物が帰ってきてハッピー、先生たちも花火と生徒の研究結果が見れてハッピー、私もこのなんか脂っぽいこれを手放せてハッピー!
唯:…………まぐろくんはまぶしすぎて目がつぶれるんじゃないかね?
知:なるほど!じゃあこの作戦はダメだ!まぐろくんには何の罪もない!
唯:人間も動物でカウントしたら、おまえさんの奇行も少しはマシになるのかねえ。
0:生徒指導の教員、高林ことハヤシーノが入室する。
知:あ、おかえりハヤシーノ。早く終わらせて帰ろうね。
唯:私も早く帰りたい。さっと済ませたまえ。これはたぶん反省しない。
0:
0:
知:彼女は問題児と言われていた。笑いも泣きもせず、見下したような瞳で、話しかけられなければ誰とも会話をしない。しかし、やれと言われたことは文句を言いつつ実行する…………もっと言えば、命令しなければ読書をしているか床で寝ているかの不思議な生き物だ。
知:そういえば、先週もそうだった。
0:
0:西棟二階から三階に続く階段。放課後。
知:おーい。もーしもーし。起きておくれよ。
唯:…………なんだ、おまえさんか。
知:午後の授業いないなーとは思ってたけれども、どうして階段で寝ているの?
唯:昼休みからこの階段を誰も使わなかったか、無視されたかのどちらかだな。
知:階段落ちたの?気絶?なんで?
唯:頭でも打ったんじゃないかな。気絶したわけだから。あと、おまえさんにお手紙だ。服の帯の下に入れてある。
知:…………わあ!恋文だ!
唯:ド阿呆。
知:でも「お昼休み、一人で西棟の三階階段に来てください。」って。これ絶対告白だって。
唯:そういう発想になると思って、おまえさんのロッカーから盗んだんだよ。
知:私のロッカー鍵開けされた挙句、恋文が勝手に読まれてる!
唯:千百十一なんてロックはやめたまえ。一という数字が好きなのは分かっているがね。
知:で、なんで階段で気絶?手酷く振ったの?
唯:おまえさんの大変熱心なファンの方々に聞きたまえよ。散々罵詈雑言(ばりぞうごん)を聞いた後、「こういう嫌がらせは双子の区別がついてからにしてほしいものだ」、と言ってから記憶がない。まあ感情任せに突き落とされたんだろうねえ。
知:え?私恨まれる覚え、全くないんだけど?
唯:たぶんそういうところだ。
0:
0:
唯:足吾(あしご)の双子は問題児。
唯:いつも奇行に走る兄と、人間嫌いの冷たい妹
0:
0:
0:保健室にて
知:頭、大丈夫かい?
唯:たんこぶで済んでよかった。
知:おまえさんは頭が固いからね。
唯:もしかして私は今、馬鹿にされてるのかい?
知:しっかし相変わらず、保健室の先生だけは騙されないなあ。
唯:親ですら時々間違えるのに、あの人だけは百発百中だからねえ。
知:うーん、話し方も、私・おまえさんの呼び方も、服も、今日にいたってはテンションまでそろえたのに……どうしたら勝てるんだ…………
唯:おまえさん教師という人種になんの恨みがあるんだね?
0:
0:
唯:自分のことは「私」、誰かを呼ぶなら「おまえさん」、話し方もなるべく合わせる。
知:その日の服装は私が決める。
唯:私はただ従う。髪の長さも、昼に食べるメニューも、次のテストの点数も、全部、全部。
知:私たちがこんなふざけたごっこ遊びを続けている理由はただ一つ。他人と親密になる気がないから。
唯:他人など信用できるものか。
知:低レベルの有象無象なんて気に掛ける価値もない。
唯:私は他人も、自分すら信用できず、突き放していた。決定する、ということが大嫌いだった。
知:私は他人を侮り(あなどり)、自分勝手に生きることしか頭になかった。
唯:兄の指示がなければ、私はただ立ち尽くすことしかできないだろう。
知:妹だけは期待をいつも超える最高のおもちゃだった。
唯:すべてを理解している彼無しでは、生きていけない。
知:このつまらない世界で、彼女無しでは生きていけない。
唯:鏡を見れば、そこに映るのは私か、おまえさんか。
知:一生側にいることはできない。それは分かっている。でも、鏡の中には、いつだっておまえさんがいるから。
0:
0:
唯:また赤、かね。
知:え、赤飽きた?
唯:いや、こだわりはないが、そう思っただけさ。
知:女の子なら華やかになるし、男の子ならヒーローの赤だし。
唯:私は目立たずに生活したいんだがね。………今更か。
知:え、なんか間違ってた?
唯:いくら私服でいい高校とはいえ、入学式から毎日和服で通う空気の読めない阿呆だと思われているのだよ。
知:たしかに他の人で見たことないねえ、和服。でも、気にしすぎだよおまえさん。皆そこまで私たちのこと嫌っていないよ。
唯:多少は嫌われている自覚があって結構なことだ。
知:はい、今日着るのはこれ。髪留めはこっちのお花ね。私は右側につけるから。
唯:では私は左側に、だね。
知:今日は数学で小テストだっけ。満点取るぞー。
0:
0:
唯:彼は、問題児だった。だが同時に天才でもある。彼がやりたいとさえ思えば、たいていのことは彼の思うがままになるだろう。
知:今日の体育のサッカー、賭けてもいい。私は絶対に勝ってくるよ。
唯:そう言った日には相手に一点も点数を入れさせず、一人で十点ゴールさせて帰ってきた。
知:見たまえよ、あのトロフィー。変な形!ほしくなったからもらってくる!
唯:そう言った数分後には飛び入り参加を承諾させ、プロのシェフたちが競い合うコンテストでトロフィーをかっさらった。
唯:ではなぜ問題児なのか?彼は実行し、成功させる力はあれども、そのあとどうなるかまで気が回らないことが多い。特に発言とか。
唯:サッカーの試合ではボールを一人で独占し続けたため、敵味方問わず嫌われた。
唯:トロフィーをもらったあとのインタビューでは、
知:「目分量でテキトーに作ったらなんとかなりました!」
唯:などと言い、会場を凍り付かせた。
唯:彼の中では、他人などゲームのNPCくらいの認識なのだろうか。
0:
0:
知:どうしてこうなるって教えてくれなかったの!?
唯:言ったら止めていたのかね。
知:…………おまえさんを言いくるめて実行してました。
唯:考えたら普通分かるだろうに。
知:おまえさんの「考える」っていうのはもはや未来予知なの!!過去の出来事すらぴたりと言い当てたりするレベルは、普通じゃないの!
唯:口調が戻っているよ、おまえさん。
知:おっと失礼。
唯:ではおまえさんが今忘れていることを教えようじゃないか。
知:お、是非に。
唯:私はおまえさんの突然の行動や発言に慣れている。よって、もはや怒る気も起きない。
知:おまえさんはうるさく怒鳴らないから好きだよ。
唯:では、目の前の、真面目と熱血で作られているような生徒指導の高林を見たまえ。
知:よくわかんないけど、たぶん、怒ってるかも?
唯:この鬼の形相を見て、たぶんで片付けるか。説教の最中に私語を始める生徒は、基本的にどうなるかね。
知:怒られるんじゃないかな。
唯:私の見立てでは、あと三十分くらいは説教の時間が延びたね。
知:…………早く帰りたいねえ。
唯:賛成だ。…………全部おまえさんが原因なのだけれど。
0:
0:
知:彼女は問題児と言われている。運動・勉強はもちろん、呼吸さえ「私は嫌々やらされています」と言わんばかりの無気力。本人に自覚がないのが問題だが、他人のことを見下すような、虫の観察でもするような冷たい眼をしている。彼女の中に、なにか、そう夢中になれる何かがあれば変わるかもしれないのに。
唯:ああ、やっぱりかね。
知:でも私は知っている。直感だけでいつも切り抜けるいい加減な私と違って、彼女はあらゆる推理・考察の上で生きている。
唯:おまえさんならやるとは思っていたがね。この時間なら東棟の一階を回り道すれば教師陣には鉢合わせないはずだよ。
知:すべての可能性を考え、理解したうえで…………受け入れ、諦めてしまう。自己完結することも多いから、わざわざ質問しないと教えてくれることもない。
唯:たとえば天気予報が雨だとして。傘の準備くらいはできても、人間一人の力で雨を止められるかね?そもそも、本当に降るかどうかも確実でないのに。
知:彼女は基本的に、起きるだろう出来事も、誰がどのように行動するかまで推察して、受け入れる。何も言わず、一人で。しかし、例外はある。私や家族が巻き込まれる場合だ。もっと言うならば。
唯:おまえさんは、そうだな。もう少し周りに配慮はいるが、考えすぎる必要はないよ。気が付かなくていい悪意まで、知ってしまうからね。
知:「守りたい相手」がいなければ、彼女はいつか「他人からの悪意」どころか、「自分の死」すら受け入れるだろう。
0:
0:
0:高校、靴箱の近くにて
唯:…………だから、早く帰りたいと言ったのに。
知:最高のずぶぬれ日和じゃないか。
唯:生徒指導がなければ、雨が降る前に帰れていたんだがね?
知:傘持ってるかい?
唯:持ってきているわけがないだろう。どうせおまえさんに壊されるのに。
知:せっかくの雨を濡れずに帰るなんてもったいないこと、大切なおまえさんに許さないよ。手が片方ふさがる上に、さしたところで結局濡れる、視界もさえぎられる。最悪の発明さね!
唯:毎度毎度意味不明だ。傘が嫌いだからといって、私にその嗜好を押し付けるのはおかしくないかね。
知:私たちは雨ごときで風邪をひかない。そうだろう?
唯:そりゃあ慣れたけどね。…………濡れたり泥が跳ねたりしたら洗濯も片付けも丸投げするから。
知:さあ!最高の雨を全身に浴びようじゃないか!
唯:はいはい。
0:
0:
0:大学卒業後、実家にて
知:おまえさん、法学を専攻していなかったかね?
唯:おまえさんこそ、物書きなんてじっとしている仕事、できるのかね?
0:
知:私と彼女は初めて大学で進路が分かれ、離れて暮らしていた。しかし、いざ卒業して帰ってきてみれば、相変わらず、鏡の中の自分……を少し女性的にした、少し成長した妹がいた。見下すような視線もなくなっている。
唯:おまえさん、統計だの経済だの学んでいなかったかね?なぜ物書きに……?
知:やりたいと思ったからだとも!
唯:…………そうかね。では私は身を引こうかな。
知:えー?おまえさんも小説家になんの?やだよ、おまえさんのライバルとか。ああ、そうだこうしよう!
唯:いや、だから私は考え直すと…………
知:ペンネームいっぱい作って、一緒に使おう!分かるか?どっちが売れても、どれが売れても、二人の手柄だ!チーム戦にしよう!
唯:おまえさん、まだ妹離れできていないのかね。
知:ずっと一緒だ!
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唯:ミステリー系担当の「末永椿(すえながつばき)」。
知:恋愛ものを書くなら「花里晶(はなざとあきら)」。
唯:ホラーを書くなら「的場中(まとばあたる)」。
知:学園ものなら「井上まりあ(あまりあ)」
知:もっと、もっと作らなきゃ。たとえ私に何があったとしても、彼女にとって守るべきものを、大切にしたい誰かを、もっと増やそう。どれだけ彼女が愛されるべき人間か、私は知っている。彼女には、友愛、敬愛、親愛、家族愛。もっともっと愛を実感してもらわなければ。
唯:おまえさん、今ろくでもないこと考えてるね?
知:ろくでもないとは失礼な!
唯:まあおまえさん、言ったところで聞かなかろう。気を付けてくれ。おまえさんの身も、周囲にもね。
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唯:足吾(あしご)の双子は小説家
唯:人の愛に詳しい兄と、人の悪意に詳しい妹
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知:一人は仕事関係の人間がいい。……あのクソ真面目な友人なら、いい刺激になりそう!
知:もうひとりは…………私の初めての友人はどうだろうか?年も離れているし、野木夫妻の葬式以来会っていないが…………。なんとなくだけど、いい方向に転ぶ気はする。よし、なんとしてでもあの子を探すとしようかな。
知:私の人生がつまらないなど、許さない。そのためには、唯、おまえさんにも幸せになってもらわないとね。
知:誰よりも他人の悪意に詳しい彼女に、人間の面白さってものを教えてあげないと。
知:お兄ちゃんというものは、妹を大事にするらしいし。
知:双子のごっこ遊びはひとまず終わり。
知:次は、彼女を幸せにするための、カミサマごっこのはじまりだ!
0:高校、教職員棟の生徒指導室。知が座っていると、唯が入ってくる。
知:あれ?おまえさんまでお説教を受けるとは、珍しい。
唯:残念なことに、今回のいたずらの目撃者は、私とおまえさんの区別がつかなかったらしいねえ。で、お怒りの高林は?
知:ハヤシーノはおまえさんを探しに出て行ったばかりだよ。入れ違いとは不運な。
唯:おかげさまで打ち合わせができるが。
知:はっはっは。本当は推測通りのくせに。
唯:で。今回は何したの。
知:校長の髪の毛が変わったっておまえさんが言ってたじゃないか?
唯:ああ、ウィッグね。前よりズレなくなったが。
知:メーカー変えたのか、お値段がお高めのものに変えたのか……調べたいと思ってね?
唯:うん。おっさんのカツラごときに何の魅力も感じないが、おまえさんが知りたいと思った、という事実だけはくみ取ろう。
知:でも直接聞いても正直に答えるか分からないじゃん?
唯:デリカシーというものを、私からおまえさんに譲渡できればいいのだがね。
知:よって!ひったくってもらってきた!これで五か月前に拝借したものと比較できるよ!
唯:ちなみになぜ指導室に呼ばれたかは分かっているのかね?
知:力づくで奪ってしまったせいで、残り数少ない毛まで犠牲を出してしまった…………怒られるのも無理はない。
唯:たぶん前者なんだがねえ…………これから「人のものを強奪してはいけません」という旨の話が来るんじゃないかな。
知:謎が解けて納得したら、こんなものすぐ返してあげるのにねえ。
唯:強奪した上にこんなもの、とは。いいかい今の台詞、ここから出るまで発言しないでくれ。ただでさえ雨が降りそうなのに、帰るのが遅くなる。
知:あ、私もいつかああなるのかな?いつかこのもじゃもじゃにお世話になる日が来たら、なんで怒られるか分かるのだろうか?
唯:お望みなら今から引きちぎろうか?
知:お、いいね!おそろいにしよう!
唯:やっぱり却下で。
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唯:彼は、問題児と言われていた。思いついたことは何でもやらねば済まぬ、というか。おかげさまで見てくれも話し方もそっくりな私も、随分と面倒に巻き込まれたものだ。
知:第二作戦も考えてたんだよ?明日の昼休みに決行しようと思っていたのに。はぁ。無駄になってしまった。
唯:参考までに聞いておこう。
知:校庭裏に、猫のまぐろくんがいつも来るよね?
唯:おまえさんが先月餌付けして怒られた、おてとおかわりと突撃を覚えた猫だな?
知:そう!まぐろくんの頭にこの髪の毛を装着。おととい理科研究部で作ったフラッシュ花火を装備!お昼休みの和やかな職員室へ突撃!なんて素敵なサプライズ!
唯:テロだ。
知:校長は失くし物が帰ってきてハッピー、先生たちも花火と生徒の研究結果が見れてハッピー、私もこのなんか脂っぽいこれを手放せてハッピー!
唯:…………まぐろくんはまぶしすぎて目がつぶれるんじゃないかね?
知:なるほど!じゃあこの作戦はダメだ!まぐろくんには何の罪もない!
唯:人間も動物でカウントしたら、おまえさんの奇行も少しはマシになるのかねえ。
0:生徒指導の教員、高林ことハヤシーノが入室する。
知:あ、おかえりハヤシーノ。早く終わらせて帰ろうね。
唯:私も早く帰りたい。さっと済ませたまえ。これはたぶん反省しない。
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知:彼女は問題児と言われていた。笑いも泣きもせず、見下したような瞳で、話しかけられなければ誰とも会話をしない。しかし、やれと言われたことは文句を言いつつ実行する…………もっと言えば、命令しなければ読書をしているか床で寝ているかの不思議な生き物だ。
知:そういえば、先週もそうだった。
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0:西棟二階から三階に続く階段。放課後。
知:おーい。もーしもーし。起きておくれよ。
唯:…………なんだ、おまえさんか。
知:午後の授業いないなーとは思ってたけれども、どうして階段で寝ているの?
唯:昼休みからこの階段を誰も使わなかったか、無視されたかのどちらかだな。
知:階段落ちたの?気絶?なんで?
唯:頭でも打ったんじゃないかな。気絶したわけだから。あと、おまえさんにお手紙だ。服の帯の下に入れてある。
知:…………わあ!恋文だ!
唯:ド阿呆。
知:でも「お昼休み、一人で西棟の三階階段に来てください。」って。これ絶対告白だって。
唯:そういう発想になると思って、おまえさんのロッカーから盗んだんだよ。
知:私のロッカー鍵開けされた挙句、恋文が勝手に読まれてる!
唯:千百十一なんてロックはやめたまえ。一という数字が好きなのは分かっているがね。
知:で、なんで階段で気絶?手酷く振ったの?
唯:おまえさんの大変熱心なファンの方々に聞きたまえよ。散々罵詈雑言(ばりぞうごん)を聞いた後、「こういう嫌がらせは双子の区別がついてからにしてほしいものだ」、と言ってから記憶がない。まあ感情任せに突き落とされたんだろうねえ。
知:え?私恨まれる覚え、全くないんだけど?
唯:たぶんそういうところだ。
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唯:足吾(あしご)の双子は問題児。
唯:いつも奇行に走る兄と、人間嫌いの冷たい妹
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0:保健室にて
知:頭、大丈夫かい?
唯:たんこぶで済んでよかった。
知:おまえさんは頭が固いからね。
唯:もしかして私は今、馬鹿にされてるのかい?
知:しっかし相変わらず、保健室の先生だけは騙されないなあ。
唯:親ですら時々間違えるのに、あの人だけは百発百中だからねえ。
知:うーん、話し方も、私・おまえさんの呼び方も、服も、今日にいたってはテンションまでそろえたのに……どうしたら勝てるんだ…………
唯:おまえさん教師という人種になんの恨みがあるんだね?
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唯:自分のことは「私」、誰かを呼ぶなら「おまえさん」、話し方もなるべく合わせる。
知:その日の服装は私が決める。
唯:私はただ従う。髪の長さも、昼に食べるメニューも、次のテストの点数も、全部、全部。
知:私たちがこんなふざけたごっこ遊びを続けている理由はただ一つ。他人と親密になる気がないから。
唯:他人など信用できるものか。
知:低レベルの有象無象なんて気に掛ける価値もない。
唯:私は他人も、自分すら信用できず、突き放していた。決定する、ということが大嫌いだった。
知:私は他人を侮り(あなどり)、自分勝手に生きることしか頭になかった。
唯:兄の指示がなければ、私はただ立ち尽くすことしかできないだろう。
知:妹だけは期待をいつも超える最高のおもちゃだった。
唯:すべてを理解している彼無しでは、生きていけない。
知:このつまらない世界で、彼女無しでは生きていけない。
唯:鏡を見れば、そこに映るのは私か、おまえさんか。
知:一生側にいることはできない。それは分かっている。でも、鏡の中には、いつだっておまえさんがいるから。
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唯:また赤、かね。
知:え、赤飽きた?
唯:いや、こだわりはないが、そう思っただけさ。
知:女の子なら華やかになるし、男の子ならヒーローの赤だし。
唯:私は目立たずに生活したいんだがね。………今更か。
知:え、なんか間違ってた?
唯:いくら私服でいい高校とはいえ、入学式から毎日和服で通う空気の読めない阿呆だと思われているのだよ。
知:たしかに他の人で見たことないねえ、和服。でも、気にしすぎだよおまえさん。皆そこまで私たちのこと嫌っていないよ。
唯:多少は嫌われている自覚があって結構なことだ。
知:はい、今日着るのはこれ。髪留めはこっちのお花ね。私は右側につけるから。
唯:では私は左側に、だね。
知:今日は数学で小テストだっけ。満点取るぞー。
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唯:彼は、問題児だった。だが同時に天才でもある。彼がやりたいとさえ思えば、たいていのことは彼の思うがままになるだろう。
知:今日の体育のサッカー、賭けてもいい。私は絶対に勝ってくるよ。
唯:そう言った日には相手に一点も点数を入れさせず、一人で十点ゴールさせて帰ってきた。
知:見たまえよ、あのトロフィー。変な形!ほしくなったからもらってくる!
唯:そう言った数分後には飛び入り参加を承諾させ、プロのシェフたちが競い合うコンテストでトロフィーをかっさらった。
唯:ではなぜ問題児なのか?彼は実行し、成功させる力はあれども、そのあとどうなるかまで気が回らないことが多い。特に発言とか。
唯:サッカーの試合ではボールを一人で独占し続けたため、敵味方問わず嫌われた。
唯:トロフィーをもらったあとのインタビューでは、
知:「目分量でテキトーに作ったらなんとかなりました!」
唯:などと言い、会場を凍り付かせた。
唯:彼の中では、他人などゲームのNPCくらいの認識なのだろうか。
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知:どうしてこうなるって教えてくれなかったの!?
唯:言ったら止めていたのかね。
知:…………おまえさんを言いくるめて実行してました。
唯:考えたら普通分かるだろうに。
知:おまえさんの「考える」っていうのはもはや未来予知なの!!過去の出来事すらぴたりと言い当てたりするレベルは、普通じゃないの!
唯:口調が戻っているよ、おまえさん。
知:おっと失礼。
唯:ではおまえさんが今忘れていることを教えようじゃないか。
知:お、是非に。
唯:私はおまえさんの突然の行動や発言に慣れている。よって、もはや怒る気も起きない。
知:おまえさんはうるさく怒鳴らないから好きだよ。
唯:では、目の前の、真面目と熱血で作られているような生徒指導の高林を見たまえ。
知:よくわかんないけど、たぶん、怒ってるかも?
唯:この鬼の形相を見て、たぶんで片付けるか。説教の最中に私語を始める生徒は、基本的にどうなるかね。
知:怒られるんじゃないかな。
唯:私の見立てでは、あと三十分くらいは説教の時間が延びたね。
知:…………早く帰りたいねえ。
唯:賛成だ。…………全部おまえさんが原因なのだけれど。
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知:彼女は問題児と言われている。運動・勉強はもちろん、呼吸さえ「私は嫌々やらされています」と言わんばかりの無気力。本人に自覚がないのが問題だが、他人のことを見下すような、虫の観察でもするような冷たい眼をしている。彼女の中に、なにか、そう夢中になれる何かがあれば変わるかもしれないのに。
唯:ああ、やっぱりかね。
知:でも私は知っている。直感だけでいつも切り抜けるいい加減な私と違って、彼女はあらゆる推理・考察の上で生きている。
唯:おまえさんならやるとは思っていたがね。この時間なら東棟の一階を回り道すれば教師陣には鉢合わせないはずだよ。
知:すべての可能性を考え、理解したうえで…………受け入れ、諦めてしまう。自己完結することも多いから、わざわざ質問しないと教えてくれることもない。
唯:たとえば天気予報が雨だとして。傘の準備くらいはできても、人間一人の力で雨を止められるかね?そもそも、本当に降るかどうかも確実でないのに。
知:彼女は基本的に、起きるだろう出来事も、誰がどのように行動するかまで推察して、受け入れる。何も言わず、一人で。しかし、例外はある。私や家族が巻き込まれる場合だ。もっと言うならば。
唯:おまえさんは、そうだな。もう少し周りに配慮はいるが、考えすぎる必要はないよ。気が付かなくていい悪意まで、知ってしまうからね。
知:「守りたい相手」がいなければ、彼女はいつか「他人からの悪意」どころか、「自分の死」すら受け入れるだろう。
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0:高校、靴箱の近くにて
唯:…………だから、早く帰りたいと言ったのに。
知:最高のずぶぬれ日和じゃないか。
唯:生徒指導がなければ、雨が降る前に帰れていたんだがね?
知:傘持ってるかい?
唯:持ってきているわけがないだろう。どうせおまえさんに壊されるのに。
知:せっかくの雨を濡れずに帰るなんてもったいないこと、大切なおまえさんに許さないよ。手が片方ふさがる上に、さしたところで結局濡れる、視界もさえぎられる。最悪の発明さね!
唯:毎度毎度意味不明だ。傘が嫌いだからといって、私にその嗜好を押し付けるのはおかしくないかね。
知:私たちは雨ごときで風邪をひかない。そうだろう?
唯:そりゃあ慣れたけどね。…………濡れたり泥が跳ねたりしたら洗濯も片付けも丸投げするから。
知:さあ!最高の雨を全身に浴びようじゃないか!
唯:はいはい。
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0:大学卒業後、実家にて
知:おまえさん、法学を専攻していなかったかね?
唯:おまえさんこそ、物書きなんてじっとしている仕事、できるのかね?
0:
知:私と彼女は初めて大学で進路が分かれ、離れて暮らしていた。しかし、いざ卒業して帰ってきてみれば、相変わらず、鏡の中の自分……を少し女性的にした、少し成長した妹がいた。見下すような視線もなくなっている。
唯:おまえさん、統計だの経済だの学んでいなかったかね?なぜ物書きに……?
知:やりたいと思ったからだとも!
唯:…………そうかね。では私は身を引こうかな。
知:えー?おまえさんも小説家になんの?やだよ、おまえさんのライバルとか。ああ、そうだこうしよう!
唯:いや、だから私は考え直すと…………
知:ペンネームいっぱい作って、一緒に使おう!分かるか?どっちが売れても、どれが売れても、二人の手柄だ!チーム戦にしよう!
唯:おまえさん、まだ妹離れできていないのかね。
知:ずっと一緒だ!
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唯:ミステリー系担当の「末永椿(すえながつばき)」。
知:恋愛ものを書くなら「花里晶(はなざとあきら)」。
唯:ホラーを書くなら「的場中(まとばあたる)」。
知:学園ものなら「井上まりあ(あまりあ)」
知:もっと、もっと作らなきゃ。たとえ私に何があったとしても、彼女にとって守るべきものを、大切にしたい誰かを、もっと増やそう。どれだけ彼女が愛されるべき人間か、私は知っている。彼女には、友愛、敬愛、親愛、家族愛。もっともっと愛を実感してもらわなければ。
唯:おまえさん、今ろくでもないこと考えてるね?
知:ろくでもないとは失礼な!
唯:まあおまえさん、言ったところで聞かなかろう。気を付けてくれ。おまえさんの身も、周囲にもね。
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唯:足吾(あしご)の双子は小説家
唯:人の愛に詳しい兄と、人の悪意に詳しい妹
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知:一人は仕事関係の人間がいい。……あのクソ真面目な友人なら、いい刺激になりそう!
知:もうひとりは…………私の初めての友人はどうだろうか?年も離れているし、野木夫妻の葬式以来会っていないが…………。なんとなくだけど、いい方向に転ぶ気はする。よし、なんとしてでもあの子を探すとしようかな。
知:私の人生がつまらないなど、許さない。そのためには、唯、おまえさんにも幸せになってもらわないとね。
知:誰よりも他人の悪意に詳しい彼女に、人間の面白さってものを教えてあげないと。
知:お兄ちゃんというものは、妹を大事にするらしいし。
知:双子のごっこ遊びはひとまず終わり。
知:次は、彼女を幸せにするための、カミサマごっこのはじまりだ!