台本概要

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タイトル 0話 ねことよばれて
作者名 野菜  (@irodlinatuyasai)
ジャンル ホラー
演者人数 3人用台本(男1、女1、不問1)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 逃げていい時と、そうじゃない時、あると思います。
だからーーー逃げてください。

昼行燈探偵シリーズ、あの子がはるかを見つけるよりも前の物語。
身代わりになれなかった、「ねこ」のはなし。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
和馬 62 コワレテイル妻を愛している。息子の有馬を愛していた。
亜理子 58 コワレテイル女。原因は息子の有馬(ありま)を亡くしたこと。庭でねこをひろってきた。
ねこ 不問 65 亜理子の見つけた、庭に迷い込んだ人物。ねことして扱われる。(本名 野木はるか)
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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ねこ:見たことがあったんだ。新品のボールと、やけに使い込まれた、へこみのある金属バット。 0: 和馬:ただいまー 亜理子:おかえりなさい、和馬さん! ねこ:すみません、勝手にお邪魔してます。 和馬:……どうしたの、その子。 ねこ:隣町から来…… 亜理子:(かぶせて)庭に迷い込んできたねこよ!ねえ…飼ってもいいでしょう? 和馬:うーん。とりあえず、いろいろ確認してからにしないとね? 亜理子:えー。 ねこ:助けてください。ガチで。 0: 和馬:帰ると、妻の亜理子はねこと手をつないでいた。 0: ねこ:逃げてきた。金属バットで殴られた左側の頭がガンガンする。血のつながらない義父。暴力的な彼の逆鱗に触れて、殴られて、逃げて。 ねこ:気が付けば、塀を乗り越え、ゴミ捨て場を駆け抜け、屋根を走り。足を滑らせて落ちた先に、その人はいた。 亜理子:あら、物音…………ねこでも迷い込んだのかしら。 ねこ:あ、あぐ………痛い…すみませ、ん。すぐに出ていきますから… 亜理子:まあ!かわいらしいねこ!和馬さんに飼ってもいいか聞かなくちゃ! ねこ:え? 0: 和馬:あのね。捨て猫でも勝手に自分のものにしちゃいけないんだよ。迷子かもしれない。そうでなくても、法律で決まっていていろいろ手順をふまないといけないんだ。 亜理子:でもこの子怪我してる。 ねこ:大丈夫です。自分で帰れます。 和馬:……明日、病院に連れていく。今日は遅いし、動くのは明日からにしよう。 亜理子:よかった!さあ、いこうね~ねこ。 ねこ:え、待って亜理子さん!いてっ!痛い!そこたぶんあざできてますから!! 和馬:…………。 0: 亜理子:それじゃあ、とりあえずお風呂入ろうか。どろんこだもんね。 ねこ:大丈夫ですひとりで着替えできます。 和馬:ひとりで大丈夫? ねこ:左腕が動かしづらいので、お時間いただきますが… 亜理子:有馬をお風呂に入れるの、和馬も見てるでしょ? 和馬:そうだったね。 ねこ:有馬? 亜理子:ああ、ごめんね、ねこ。あのね、この家にはもう一人お兄ちゃんがいるのよ。有馬っていう子なの。私たちの大切な息子よ。ちょっとおとなしすぎるけれど。 0:亜理子に風呂場で洗われるねこ 和馬:ずいぶんとおとなしいみたいだね、ねこ。 亜理子:それでも傷口にしみるみたい、痛そう…………。あとで包帯巻こうね。 ねこ:迷惑かけて、すみません。 和馬:入っても、いいかな。 亜理子:うん。ほら、さっきも会ったけど、パパだよー。 ねこ:お風呂貸していただきありがとうございます。 和馬:こうして見るとけっこう重症だな。保険証があればな…………。 ねこ:すみません、持ってなくて… 亜理子:どういうこと? 和馬:あ、ああ。忘れて。ごはん作ってくるからね。ちゃんと髪乾かすんだよ。できる? 亜理子:できる!ありがと。 ねこ:何から何まですみません。 0: 和馬:まず、病院の住所とタクシー代。タクシーは明日予約するとして…………。診断書、書かせられるかな。 亜理子:お風呂あいたよー。ねこ、本当におとなしかった。やっぱり弱ってるのかなあ。 和馬:かもね。 ねこ:あの、俺ねこじゃなくて野木(のぎ)って言います。 和馬:あ、服どうしたの。 ねこ:あれ?この人も話聞かない人? 亜理子:お兄ちゃんのおさがりがぴったりだったの! 和馬:そっか、とっておいてよかったな。有馬もお兄ちゃんなんて呼ばれる日が来るとはな………。 亜理子:ねー。あ、ごめんね待たせたかな。ごはん食べる? 和馬:食事は、ねこの分と一緒に机の上に置いてある。何食べるかわかんないけど、口も怪我してるかもだから好きにさせてあげて。 亜理子:はーい。 ねこ:え!いやいやいや、そんな申し訳ないですよ!? 和馬:僕はちょっと電話してくるから。先食べてて。 亜理子:こんな時間に電話なんて珍しいね。 和馬:まあ事が事だからね。 ねこ:どうしよう…いやでもまさかあいつが俺のこと探すとは思えないし… 亜理子:あ……行っちゃった。 ねこ:でも警察に行って困るのはあいつだろ?大丈夫かな… 亜理子:ねえねこ、あーん。 ねこ:いや、その、おなか…すいてなくて。 亜理子:……ダメか。牛乳は……これも嫌?うーん。好きなの食べていいんだからね?和馬さんの…パパの料理おいしいよ?あ、そうだ私も食べないとね。 ねこ:相変わらずだなこの人も。 和馬:おまたせ。 亜理子:おかえり。今日もごはんおいしいよ~。 和馬:薄味にしたけど気にならなかった? 亜理子:私は全然!ねこは……見ての通り。 ねこ:あ!すみません、これからいただきます。亜理子さんと話してて。 和馬:警戒してるんだろうね。とりあえずそのねこの捜索願は出てなかったし、今夜はここで過ごしてもらって、連絡を待とう。 亜理子:任せるよ~。 和馬:そこでなんだが…亜理子、久しぶりだけど外に出られそうかな?僕は他に行かなきゃならない所がいくつかあってね。これがタクシーの運転手さんに渡す封筒、こっちが受付さんに渡す封筒。お財布にお金は入れておく。 亜理子:おおお。おそと! ねこ:え、亜理子さん外出られないんですか? 和馬:ねこの診断書を書いてもらうんだよ。できそう?後日僕が行こうか? 亜理子:それだとねこの怪我がなかなか治らないよ!私行く! 和馬:それと、封筒は開けちゃだめだからね。 亜理子:え?うん!わかった! ねこ:あ、あの。そこまでしていただかなくて大丈夫です。すぐ出ていきますから。 和馬:…………(ねこを見て溜息) 亜理子:ねこが、どうかした? 和馬:このロープは、しばらくしまっておこうか。 亜理子:あ!すっかり忘れてた!天井とか準備してくれたのにごめんね。 和馬:いいんだよ。ねこがきて亜理子、嬉しそうだし。 ねこ:ロープ?天井? 亜理子:有馬、怒ってるかな。今日そっちに行くって言ってたのに。 和馬:どうだろうね。そうだ、今日はもう有馬の着替え終わらせた? 亜理子:そうだった!ねこくん、ゆっくり食べてね。行ってきます! 0: 和馬:なあ。無視してすまなかったね。 ねこ:いえ、何か事情があったんでしょう? 和馬:君はどこから庭に入ったんだい? ねこ:申し訳ないんですが…お宅の屋根から落ちました。 和馬:庭と外は人が出入りできないようにしてあるはずなんだけど……なるほどね。 和馬:………亜理子の様子で分かるだろう。彼女は数年前からあの状態でね。危なっかしいし外に出れないようにしておいたんだ。 ねこ:それは…しかたない、ですね。 和馬:今日僕たちは心中する予定だった。 ねこ:え。 和馬:ところが君が来て彼女はとても生き生きしている。まあ、おかしいままではあるけどね。 ねこ:俺は……俺は何も……… 和馬:君も何か事情があるんだろう?それについては言及しない。ただ一文無しなのはさっき入浴中に確かめさせてもらった。病院に行くにも金はかかる。そこでだ。 ねこ:亜理子さんに、合わせろ、ですか? 和馬:傷が治るまで。いや、野木君が望むならずっと居てくれてもいい。治療費だけでなく君の衣食住を保証しよう。その代わり、ねことして居てくれないか。 和馬:………亜理子のそばにいるだけでいいし、家のものはなんでも使っていい。外には出られないけれどね。 ねこ:ねこの鳴きまねなんてできませんよ。 和馬:さっきも見ただろう?何をしたって、亜理子は都合よく解釈してくれるよ、「ねこ」としてね。 ねこ:…………分かりました。しばらくお世話になります。 和馬:ありがとう。亜理子の前では僕も君をねことして無視することになる。気にしないでね。 ねこ:はい。 亜理子:和馬ー!ねこくん有馬の部屋に寝かせていいかなー? 和馬:いいよー。 ねこ:行ってきますね。 和馬:うん。 和馬:…………有馬が、帰ってきたみたいだ。 0: ねこ:…………え?これが、え。これと寝るの? 亜理子:お掃除は普段からしてるから大丈夫よね。有馬は猫好きだもんねー。ねこにお布団貸してあげてね。 ねこ:亜理子さん、え、俺このベッドで寝るんですか。 亜理子:おやすみ~ねこ。朝になったらまた様子見に来るからね! ねこ:待って! 亜理子:がちゃり ねこ:鍵!?なんでそっち側に鍵ついてんの!ねえ!俺、 亜理子:おやすみ~ ねこ:マネキンとは寝たくない!! ねこ:嘘だろ…………有馬って、この、子供サイズのマネキン?うわ、パジャマ着てる………… ねこ:(溜息)ふとんだけもらって、床で寝ようかな。 0:次の日の夜 和馬:今日はおでかけ頑張ったね。診断書ありがとう。…………左目の近くに大きな切り傷、体中に打撲、あざ。そして左腕骨折、と。 ねこ:折れちゃってたので治るまでそれなりにかかりそうです。 亜理子:お医者さんは安静にしてれば後遺症は残らないって。 和馬:僕は警察署、役所、学校に行ってきた。 ねこ:は? 和馬:その子を探してるって話は聞かなかったよ。 ねこ:助かった………… 亜理子:飼える?飼える? 和馬:とりあえず傷が癒えるまでは家にいてもらうにしても、ずっと飼うとなると大変かな。 亜理子:そっか……… 0: 亜理子:それから一か月くらい経った。ねこはだんだん慣れて、ごはんも食べるようになったし、だいぶ怪我も治ってきた。有馬にはなかなかなつかなかったけど、それでも怖がらないようにはなった。 亜理子:ん?ねこ、それ気になるの? ねこ:…………これ。知ってる。 亜理子:それはね。お兄ちゃんの野球道具だよ。 ねこ:亜理子さんたちは、有馬に服とか本とか、よく買ってあげてるよね。 亜理子:まだ骨折治ってないから危ないかな……ま、いいか。ボール、自由に遊んでいいからね。 ねこ:俺、ここの家の子供に生まれたかったな。 亜理子:それじゃあ私、お兄ちゃんのお世話してくるから。いい子にしてるんだよ。 ねこ:でも、ここも俺の家と一緒だったんだね。 0: 和馬:おや。亜理子は? ねこ:お部屋で洗濯物干してますよ。ちょっといいですか。 和馬:僕たちがこうして会話できるのもなかなかないからね。 ねこ:どうして、マネキンを亜理子さんに与えたんですか。 和馬:そうすることで彼女が落ち着いたからね。今の有馬を与える前は、物を壊したり自分を傷つけたり、それこそ閉じ込めるだけじゃ足りなかったんだよ。 ねこ:………でも、マネキンを与えなければ、いつか正気に戻ることもあったかもしれない。 和馬:それでもね。 ねこ:和馬さん? 和馬:僕はさ、コワレテイル彼女じゃないと愛せないんだ。僕がいないと生きていけない、そんな人がいないと、僕がコワレテしまう。 ねこ:…………有馬くんて、どんな子でしたか。 和馬:居間にあるタンスのひとつ、上の段に位牌とアルバムが入っているよ。暇なら見ていい。 ねこ:ありがとうございます。 和馬:野木はるか。 ねこ:俺は、一度も下の名前を名乗ってませんよね。 和馬:住所も分かったよ。いつでも君を家に送り届けてあげられる。 ねこ:自分で帰れます。 和馬:ねえ、ここで、ずっと一緒に 亜理子:ねこーいるー? 和馬:いるよ、亜理子。 亜理子:あら。和馬さん動物に好かれないのに珍しい! 和馬:僕はどんな動物でも好きなんだけどね? 亜理子:和馬さん、優しいのに不思議。 ねこ:優しい、か。 0:ある夜の晩。和馬の布団の枕元。 和馬:夜中に、ふと、目が覚めた。枕元に立つ人影が、顔の見えない子供の影が、こちらを見ている。体が動かない。その子供は、左目のあたり、ぱっくりと、割れた頭蓋骨がのぞいている。 和馬:(嬉しそうに)久しぶりに、会いに来てくれたんだな。有馬。 和馬:有馬の亡霊は、壁をすりぬけて隣の部屋へと消えた。 0: ねこ:亜理子さん。おはようございます。朝二時です。 亜理子:おは………あ、れ?有馬? ねこ:厳密には有馬の服を着たねこです。扉はあらかじめスペアキーを借りておきました。 亜理子:ああ、そうよね。夢よねわかってた。だって、本当の有馬は、もう………… ねこ:ママ。 亜理子:…………有馬? ねこ:抱きしめて、いいよ。最後に。 亜理子:有馬。 ねこ:その代わりに約束して。この夢から覚めるって。 亜理子:有馬!有馬…………ずっとずっと、こうしたかった。約束する。そうだよね、ずっと、忘れていて、ごめんね。寂しかったよね。 ねこ:…………俺は。いや、俺も、家族から逃げてきました。それは後悔してません。逃げていい時と、そうじゃない時、あると思います。 ねこ:亜理子さん。これから言うことはねこの勘です。気にしなくてもいいです。 亜理子:なに? ねこ:今までありがとうございました。…………逃げてください。 0: 0: 亜理子:おはよう、和馬さん。 和馬:…………亜理子? 亜理子:ああ、勝手に出しちゃってごめんね。タンスにしまっていた位牌とか、写真なんだけど。一緒に準備したらよかったね。 和馬:正気に。戻ったのか。 亜理子:あはは、そうだよね。どうかしてたよね。子供のマネキンを有馬だと思い込んだり、世話したり、有馬のこと探しに外に出て行っちゃったり。あの子が死んで…………九歳だったよね。 亜理子:もう五年近くも経つのにね。 和馬:僕はゆっくりと、振り慣れた、へこみのある金属バットを握る。 亜理子:昨日の晩ね、有馬が夢に出てきたの。狭い暗い所にしまわれて、きっと寂しかったよね。そういえば、ねこ、有馬に似てたような………。 和馬:そうかもしれないね。そういいながら愛しい亜理子の後ろに立つ。 亜理子:あ、そうそう。ねこって呼んでた子、さっき帰ったよ。ありがとうと………にげて、って言ってたかなあ。 和馬:僕は手に持っていた金属バットを振り上げた。

ねこ:見たことがあったんだ。新品のボールと、やけに使い込まれた、へこみのある金属バット。 0: 和馬:ただいまー 亜理子:おかえりなさい、和馬さん! ねこ:すみません、勝手にお邪魔してます。 和馬:……どうしたの、その子。 ねこ:隣町から来…… 亜理子:(かぶせて)庭に迷い込んできたねこよ!ねえ…飼ってもいいでしょう? 和馬:うーん。とりあえず、いろいろ確認してからにしないとね? 亜理子:えー。 ねこ:助けてください。ガチで。 0: 和馬:帰ると、妻の亜理子はねこと手をつないでいた。 0: ねこ:逃げてきた。金属バットで殴られた左側の頭がガンガンする。血のつながらない義父。暴力的な彼の逆鱗に触れて、殴られて、逃げて。 ねこ:気が付けば、塀を乗り越え、ゴミ捨て場を駆け抜け、屋根を走り。足を滑らせて落ちた先に、その人はいた。 亜理子:あら、物音…………ねこでも迷い込んだのかしら。 ねこ:あ、あぐ………痛い…すみませ、ん。すぐに出ていきますから… 亜理子:まあ!かわいらしいねこ!和馬さんに飼ってもいいか聞かなくちゃ! ねこ:え? 0: 和馬:あのね。捨て猫でも勝手に自分のものにしちゃいけないんだよ。迷子かもしれない。そうでなくても、法律で決まっていていろいろ手順をふまないといけないんだ。 亜理子:でもこの子怪我してる。 ねこ:大丈夫です。自分で帰れます。 和馬:……明日、病院に連れていく。今日は遅いし、動くのは明日からにしよう。 亜理子:よかった!さあ、いこうね~ねこ。 ねこ:え、待って亜理子さん!いてっ!痛い!そこたぶんあざできてますから!! 和馬:…………。 0: 亜理子:それじゃあ、とりあえずお風呂入ろうか。どろんこだもんね。 ねこ:大丈夫ですひとりで着替えできます。 和馬:ひとりで大丈夫? ねこ:左腕が動かしづらいので、お時間いただきますが… 亜理子:有馬をお風呂に入れるの、和馬も見てるでしょ? 和馬:そうだったね。 ねこ:有馬? 亜理子:ああ、ごめんね、ねこ。あのね、この家にはもう一人お兄ちゃんがいるのよ。有馬っていう子なの。私たちの大切な息子よ。ちょっとおとなしすぎるけれど。 0:亜理子に風呂場で洗われるねこ 和馬:ずいぶんとおとなしいみたいだね、ねこ。 亜理子:それでも傷口にしみるみたい、痛そう…………。あとで包帯巻こうね。 ねこ:迷惑かけて、すみません。 和馬:入っても、いいかな。 亜理子:うん。ほら、さっきも会ったけど、パパだよー。 ねこ:お風呂貸していただきありがとうございます。 和馬:こうして見るとけっこう重症だな。保険証があればな…………。 ねこ:すみません、持ってなくて… 亜理子:どういうこと? 和馬:あ、ああ。忘れて。ごはん作ってくるからね。ちゃんと髪乾かすんだよ。できる? 亜理子:できる!ありがと。 ねこ:何から何まですみません。 0: 和馬:まず、病院の住所とタクシー代。タクシーは明日予約するとして…………。診断書、書かせられるかな。 亜理子:お風呂あいたよー。ねこ、本当におとなしかった。やっぱり弱ってるのかなあ。 和馬:かもね。 ねこ:あの、俺ねこじゃなくて野木(のぎ)って言います。 和馬:あ、服どうしたの。 ねこ:あれ?この人も話聞かない人? 亜理子:お兄ちゃんのおさがりがぴったりだったの! 和馬:そっか、とっておいてよかったな。有馬もお兄ちゃんなんて呼ばれる日が来るとはな………。 亜理子:ねー。あ、ごめんね待たせたかな。ごはん食べる? 和馬:食事は、ねこの分と一緒に机の上に置いてある。何食べるかわかんないけど、口も怪我してるかもだから好きにさせてあげて。 亜理子:はーい。 ねこ:え!いやいやいや、そんな申し訳ないですよ!? 和馬:僕はちょっと電話してくるから。先食べてて。 亜理子:こんな時間に電話なんて珍しいね。 和馬:まあ事が事だからね。 ねこ:どうしよう…いやでもまさかあいつが俺のこと探すとは思えないし… 亜理子:あ……行っちゃった。 ねこ:でも警察に行って困るのはあいつだろ?大丈夫かな… 亜理子:ねえねこ、あーん。 ねこ:いや、その、おなか…すいてなくて。 亜理子:……ダメか。牛乳は……これも嫌?うーん。好きなの食べていいんだからね?和馬さんの…パパの料理おいしいよ?あ、そうだ私も食べないとね。 ねこ:相変わらずだなこの人も。 和馬:おまたせ。 亜理子:おかえり。今日もごはんおいしいよ~。 和馬:薄味にしたけど気にならなかった? 亜理子:私は全然!ねこは……見ての通り。 ねこ:あ!すみません、これからいただきます。亜理子さんと話してて。 和馬:警戒してるんだろうね。とりあえずそのねこの捜索願は出てなかったし、今夜はここで過ごしてもらって、連絡を待とう。 亜理子:任せるよ~。 和馬:そこでなんだが…亜理子、久しぶりだけど外に出られそうかな?僕は他に行かなきゃならない所がいくつかあってね。これがタクシーの運転手さんに渡す封筒、こっちが受付さんに渡す封筒。お財布にお金は入れておく。 亜理子:おおお。おそと! ねこ:え、亜理子さん外出られないんですか? 和馬:ねこの診断書を書いてもらうんだよ。できそう?後日僕が行こうか? 亜理子:それだとねこの怪我がなかなか治らないよ!私行く! 和馬:それと、封筒は開けちゃだめだからね。 亜理子:え?うん!わかった! ねこ:あ、あの。そこまでしていただかなくて大丈夫です。すぐ出ていきますから。 和馬:…………(ねこを見て溜息) 亜理子:ねこが、どうかした? 和馬:このロープは、しばらくしまっておこうか。 亜理子:あ!すっかり忘れてた!天井とか準備してくれたのにごめんね。 和馬:いいんだよ。ねこがきて亜理子、嬉しそうだし。 ねこ:ロープ?天井? 亜理子:有馬、怒ってるかな。今日そっちに行くって言ってたのに。 和馬:どうだろうね。そうだ、今日はもう有馬の着替え終わらせた? 亜理子:そうだった!ねこくん、ゆっくり食べてね。行ってきます! 0: 和馬:なあ。無視してすまなかったね。 ねこ:いえ、何か事情があったんでしょう? 和馬:君はどこから庭に入ったんだい? ねこ:申し訳ないんですが…お宅の屋根から落ちました。 和馬:庭と外は人が出入りできないようにしてあるはずなんだけど……なるほどね。 和馬:………亜理子の様子で分かるだろう。彼女は数年前からあの状態でね。危なっかしいし外に出れないようにしておいたんだ。 ねこ:それは…しかたない、ですね。 和馬:今日僕たちは心中する予定だった。 ねこ:え。 和馬:ところが君が来て彼女はとても生き生きしている。まあ、おかしいままではあるけどね。 ねこ:俺は……俺は何も……… 和馬:君も何か事情があるんだろう?それについては言及しない。ただ一文無しなのはさっき入浴中に確かめさせてもらった。病院に行くにも金はかかる。そこでだ。 ねこ:亜理子さんに、合わせろ、ですか? 和馬:傷が治るまで。いや、野木君が望むならずっと居てくれてもいい。治療費だけでなく君の衣食住を保証しよう。その代わり、ねことして居てくれないか。 和馬:………亜理子のそばにいるだけでいいし、家のものはなんでも使っていい。外には出られないけれどね。 ねこ:ねこの鳴きまねなんてできませんよ。 和馬:さっきも見ただろう?何をしたって、亜理子は都合よく解釈してくれるよ、「ねこ」としてね。 ねこ:…………分かりました。しばらくお世話になります。 和馬:ありがとう。亜理子の前では僕も君をねことして無視することになる。気にしないでね。 ねこ:はい。 亜理子:和馬ー!ねこくん有馬の部屋に寝かせていいかなー? 和馬:いいよー。 ねこ:行ってきますね。 和馬:うん。 和馬:…………有馬が、帰ってきたみたいだ。 0: ねこ:…………え?これが、え。これと寝るの? 亜理子:お掃除は普段からしてるから大丈夫よね。有馬は猫好きだもんねー。ねこにお布団貸してあげてね。 ねこ:亜理子さん、え、俺このベッドで寝るんですか。 亜理子:おやすみ~ねこ。朝になったらまた様子見に来るからね! ねこ:待って! 亜理子:がちゃり ねこ:鍵!?なんでそっち側に鍵ついてんの!ねえ!俺、 亜理子:おやすみ~ ねこ:マネキンとは寝たくない!! ねこ:嘘だろ…………有馬って、この、子供サイズのマネキン?うわ、パジャマ着てる………… ねこ:(溜息)ふとんだけもらって、床で寝ようかな。 0:次の日の夜 和馬:今日はおでかけ頑張ったね。診断書ありがとう。…………左目の近くに大きな切り傷、体中に打撲、あざ。そして左腕骨折、と。 ねこ:折れちゃってたので治るまでそれなりにかかりそうです。 亜理子:お医者さんは安静にしてれば後遺症は残らないって。 和馬:僕は警察署、役所、学校に行ってきた。 ねこ:は? 和馬:その子を探してるって話は聞かなかったよ。 ねこ:助かった………… 亜理子:飼える?飼える? 和馬:とりあえず傷が癒えるまでは家にいてもらうにしても、ずっと飼うとなると大変かな。 亜理子:そっか……… 0: 亜理子:それから一か月くらい経った。ねこはだんだん慣れて、ごはんも食べるようになったし、だいぶ怪我も治ってきた。有馬にはなかなかなつかなかったけど、それでも怖がらないようにはなった。 亜理子:ん?ねこ、それ気になるの? ねこ:…………これ。知ってる。 亜理子:それはね。お兄ちゃんの野球道具だよ。 ねこ:亜理子さんたちは、有馬に服とか本とか、よく買ってあげてるよね。 亜理子:まだ骨折治ってないから危ないかな……ま、いいか。ボール、自由に遊んでいいからね。 ねこ:俺、ここの家の子供に生まれたかったな。 亜理子:それじゃあ私、お兄ちゃんのお世話してくるから。いい子にしてるんだよ。 ねこ:でも、ここも俺の家と一緒だったんだね。 0: 和馬:おや。亜理子は? ねこ:お部屋で洗濯物干してますよ。ちょっといいですか。 和馬:僕たちがこうして会話できるのもなかなかないからね。 ねこ:どうして、マネキンを亜理子さんに与えたんですか。 和馬:そうすることで彼女が落ち着いたからね。今の有馬を与える前は、物を壊したり自分を傷つけたり、それこそ閉じ込めるだけじゃ足りなかったんだよ。 ねこ:………でも、マネキンを与えなければ、いつか正気に戻ることもあったかもしれない。 和馬:それでもね。 ねこ:和馬さん? 和馬:僕はさ、コワレテイル彼女じゃないと愛せないんだ。僕がいないと生きていけない、そんな人がいないと、僕がコワレテしまう。 ねこ:…………有馬くんて、どんな子でしたか。 和馬:居間にあるタンスのひとつ、上の段に位牌とアルバムが入っているよ。暇なら見ていい。 ねこ:ありがとうございます。 和馬:野木はるか。 ねこ:俺は、一度も下の名前を名乗ってませんよね。 和馬:住所も分かったよ。いつでも君を家に送り届けてあげられる。 ねこ:自分で帰れます。 和馬:ねえ、ここで、ずっと一緒に 亜理子:ねこーいるー? 和馬:いるよ、亜理子。 亜理子:あら。和馬さん動物に好かれないのに珍しい! 和馬:僕はどんな動物でも好きなんだけどね? 亜理子:和馬さん、優しいのに不思議。 ねこ:優しい、か。 0:ある夜の晩。和馬の布団の枕元。 和馬:夜中に、ふと、目が覚めた。枕元に立つ人影が、顔の見えない子供の影が、こちらを見ている。体が動かない。その子供は、左目のあたり、ぱっくりと、割れた頭蓋骨がのぞいている。 和馬:(嬉しそうに)久しぶりに、会いに来てくれたんだな。有馬。 和馬:有馬の亡霊は、壁をすりぬけて隣の部屋へと消えた。 0: ねこ:亜理子さん。おはようございます。朝二時です。 亜理子:おは………あ、れ?有馬? ねこ:厳密には有馬の服を着たねこです。扉はあらかじめスペアキーを借りておきました。 亜理子:ああ、そうよね。夢よねわかってた。だって、本当の有馬は、もう………… ねこ:ママ。 亜理子:…………有馬? ねこ:抱きしめて、いいよ。最後に。 亜理子:有馬。 ねこ:その代わりに約束して。この夢から覚めるって。 亜理子:有馬!有馬…………ずっとずっと、こうしたかった。約束する。そうだよね、ずっと、忘れていて、ごめんね。寂しかったよね。 ねこ:…………俺は。いや、俺も、家族から逃げてきました。それは後悔してません。逃げていい時と、そうじゃない時、あると思います。 ねこ:亜理子さん。これから言うことはねこの勘です。気にしなくてもいいです。 亜理子:なに? ねこ:今までありがとうございました。…………逃げてください。 0: 0: 亜理子:おはよう、和馬さん。 和馬:…………亜理子? 亜理子:ああ、勝手に出しちゃってごめんね。タンスにしまっていた位牌とか、写真なんだけど。一緒に準備したらよかったね。 和馬:正気に。戻ったのか。 亜理子:あはは、そうだよね。どうかしてたよね。子供のマネキンを有馬だと思い込んだり、世話したり、有馬のこと探しに外に出て行っちゃったり。あの子が死んで…………九歳だったよね。 亜理子:もう五年近くも経つのにね。 和馬:僕はゆっくりと、振り慣れた、へこみのある金属バットを握る。 亜理子:昨日の晩ね、有馬が夢に出てきたの。狭い暗い所にしまわれて、きっと寂しかったよね。そういえば、ねこ、有馬に似てたような………。 和馬:そうかもしれないね。そういいながら愛しい亜理子の後ろに立つ。 亜理子:あ、そうそう。ねこって呼んでた子、さっき帰ったよ。ありがとうと………にげて、って言ってたかなあ。 和馬:僕は手に持っていた金属バットを振り上げた。