台本概要

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タイトル なかずの雉
作者名 akodon  (@akodon1)
ジャンル 時代劇
演者人数 2人用台本(男2)
時間 30 分
台本使用規定 非商用利用時は連絡不要
説明 ーーー決してないてはなりませぬ。

乱世に翻弄される兄弟のお話です。

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キャラ説明  

名前 性別 台詞数 説明
三郎 100 三郎義道(さぶろうよしみち)。四郎の同腹の兄。
四郎 97 四郎義徳(しろうよしのり)。三郎の同腹の弟。
※役をクリックするとセリフに色が付きます。

台本本編

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四郎:どうか、どうかなかないでおくれ。 四郎:お前が見つからない為に。 四郎:お前の命を守る為に。 0:『なかずの雉』 0:(三郎、四郎。草の陰から二人で兎を狙い身構えている) 三郎:「・・・」 四郎:「・・・」 三郎:「・・・いいか、四郎。 三郎:一、二の三、だぞ」 四郎:「はい、私は兎の尾の方から。 四郎:兄上は頭側から挟み撃ち・・・ですね」 三郎:「ああ・・・それでは行くぞ。 三郎:一、二の・・・」 四郎:「三っ!」 0:(三郎、四郎。互いの額をぶつける。しばらくその場にうずくまって呻く) 三郎:「ぐぅう・・・」 四郎:「うぅう・・・」 三郎:「・・・四郎!この石頭! 三郎:目の前に火花が散ったぞ!」 四郎:「も、申し訳ありません・・・兄上。 四郎:勢い余ってしまいまして・・・」 三郎:「全くお前は・・・どうしてこう鈍いんだ・・・! 三郎:はっ・・・! 三郎:そんなことより、兎・・・!兎は・・・!」 四郎:「・・・あっと言う間に逃げて行きました」 三郎:「くそっ!また逃がしたか! 三郎:今日だけで何度目だ・・・」 四郎:「・・・三度目です」 三郎:「そうだ!三度だ! 三郎:折角見つけた獲物を、今日は三度も取り逃して・・・!」 四郎:「仕方ありません。兎は脚が速いのです。 四郎:罠も使わず捕らえるのは、難しいと思います」 三郎:「そんな情けない事を言っている場合か! 三郎:罠に兎がかかるのを待っていては遅いんだ・・・。 三郎:何でもいい。一刻も早く何か獲物を捕って帰らねば・・・」 四郎:「ですが・・・」 三郎:「四郎、よく聞け。 三郎:母上は日に日に弱っていらっしゃる。 三郎:一日も早く精のつくものを食べてもらわねば、直(じき)に食事もとれなくなるんだぞ? 三郎:分かっているのか?」 四郎:「分かっております・・・ 四郎:けれど、罠どころか、獲物を射る為の弓も矢も無い状況で、一体何ができましょう。 四郎:・・・それに母上はお優しい方です。 四郎:獣の肉を持って帰っても、食べて頂けるかどうか・・・」 三郎:「そうやって、すぐに理屈をつけて逃げ腰になるな!」 四郎:「・・・っ」 三郎:「・・・いいか、四郎。 三郎:母上が頼れるのは、もう俺たち兄弟しかいないんだ。 三郎:知ってるだろう?父上が最近、母上の元に顔すら見せなくなった事。 三郎:・・・正妻にいびられ、心と身体を病んで弱った母上を、父上は助けるどころか見舞う気すら無いのだ」 四郎:「私たち兄弟を生んだのに、ですか?」 三郎:「ああ、男児を生んだとはいえ、跡目(あとめ)である兄上たちを生んだのは、正妻(せいさい)のあの鬼婆(おにばば)だ。 三郎:しかも、弱小大名の娘である母上は、元々お立場が弱い。 三郎:このままでは、いずれ・・・」 四郎:「そんな・・・あんなにも心清らかで、お優しい母上を父上は見捨てるのですか?」 三郎:「・・・恐らく、な」 四郎:「酷い・・・そのような仕打ちが許されるのですか?」 三郎:「許す、許さないじゃない。 三郎:弱い者は真っ先に死んでいく・・・ 三郎:それがこの乱世に生きる者の宿命なのだ」 四郎:「・・・」 三郎:「だからこそ、我らはせめて母上の味方であらねば。 三郎:俺たちは同胞(はらから)ーーーあの家で唯一同じ血を分けた兄弟なのだから」 四郎:「・・・はい」 三郎:「さて、そうと決まれば獲物を探すぞ、四郎。 三郎:お前はあちらの草むらを探せ、俺はこちらを・・・」 四郎:(四郎、食い気味に) 四郎:「兄上」 三郎:「何だ」 四郎:「・・・どうしてこうも簡単に、人は誰かの命を踏みにじることができるのでしょうか。 四郎:どうして私たちは、こんな時代に生まれてしまったのでしょうか」 三郎:「そんなこと・・・嘆いたところで何が変わるわけではない。 三郎:行くぞ。小さくても構わない。 三郎:日が落ちる前に何か捕まえて帰るんだ。いいな」 四郎:「はい・・・」 0:(少し間) 四郎:「・・・弱い者は、真っ先に死んでいく・・・」 0:(ほんの少し間) 四郎:「この乱世の宿命とは、なんて悲しいものなのでしょうか・・・」 0:(しばらくの間) 三郎:「・・・母上、申し訳ありません。 三郎:本日は母上の為に四郎と二人、何か精のつくものをと思い、狩りに行ったのですが、兎一匹捕らえることが出来ませんでした。 三郎:・・・ですが、明日は・・・明日はきっと・・・! 三郎:(ほんの少し間) 三郎:・・・母上?母上!大丈夫ですか!? 三郎:血が・・・誰か!誰か来てくれ・・・! 三郎:母上が・・・!」 0:(しばらくの間。数年後) 四郎:「鷹狩り・・・ですか?」 三郎:「ああ、そうだ。 三郎:父上からの提案でな。 三郎:数日後の狩りに、俺たち二人も同行せよとお達しがあった」 四郎:「なぜ急に・・・今まで太郎兄上と次郎兄上しか伴うことのなかった父上が・・・」 三郎:「先日、お館様にお会いした際に言われたらしい。 三郎:長子(ちょうし)というだけで後継ぎを決めてしまうのは愚かだと。 三郎:時には子どもたちに何かを競わせ、その中で優秀な者を見出し、跡目に据(す)えるのも家を守る為の一つの策だと」 四郎:「・・・つまり、今回の鷹狩りで兄弟同士を競わせ、誰がこの家を継ぐに相応しいか試してみようと、そういう事ですね」 三郎:「その通りだ」 四郎:「しかしながら、兄上・・・我ら兄弟は上のお二人のような立派な鷹を持っておりません」 三郎:「ああ、俺も同じことをお伝えした。 三郎:すると、父上はこう仰った。 三郎:『鷹がおらねば、お前は獲物も捕れぬ愚か者か?』と」 四郎:「・・・要するに、跡目の座が欲しくば、それくらいの困難は乗り越えてみせろと、そういう意味ですか?」 三郎:「恐らくな」 四郎:「・・・」 三郎:「どうかしたか?」 四郎:「(小声)・・・狩りには良い思い出が無いな、と」 三郎:「は・・・?」 四郎:「・・・けれど、良かったですね・・・。 四郎:これで父上に認めて頂ければ、兄上も跡目となれる可能性があると言う事ですから」 三郎:「ああ・・・そうなればきっと亡くなられた母上も浮かばれる。 三郎:何としてでも父上の目に留まるような大物を捕らえねばな」 四郎:「はい。母上が亡くなられてから、兄上が密かに鍛錬(たんれん)を重ねていた事、私は知っております。 四郎:立派な鷹や多くの家臣がいなくとも、きっと・・・」 三郎:「何を他人事(ひとごと)のように。 三郎:お前にもその機会は与えられているんだぞ、四郎」 四郎:「あ・・・いえ、私は・・・」 三郎:「なぁに、もし俺たちのうち、どちらが跡目になろうとも、母上は喜んでくださるはずだ。 三郎:そうなったら、俺とお前、二人で支え合ってこの家を守っていけばいい。そうだろう?」 四郎:「ですが・・・」 三郎:「・・・まぁ、お前は武芸の腕はからきしだからな。 三郎:ならば、此度(こたび)の狩り、二人で力を合わせて獲物を捕ろうじゃないか。 三郎:その上でどちらが選ばれても恨み言は無し・・・どうだ?」 四郎:「・・・兄上が、それで良いのであれば」 三郎:「よし、そうと決まれば話は早い! 三郎:今すぐ櫓(やぐら)に行き、なるべく良い弓を選んでおかなければ。 三郎:良い狩場も調べて・・・それから・・・」 0:(三郎、部屋を出て行く。少し間) 四郎:「・・・母上。喜んで頂けますか・・・? 四郎:私たち兄弟が、父上に認められたその時、あなたは笑ってくださいますでしょうか? 四郎:良くやったと褒めてくださいますでしょうか・・・?」 0:(しばらくの間。狩場にて) 三郎:「・・・四郎!やったぞ!兎だ! 三郎:ほら、見てみろ!」 四郎:「・・・お見事です。兄上」 三郎:「今ので捕らえたのは兎二羽に鴨(かも)一羽か・・・ 三郎:兄上たちは如何程(いかほど)の獲物を捕らえているかわからないが・・・人数のわりには上々か?」 四郎:「ええ、兄上たちにはそれぞれ家臣が何人も付いておりますから、それと比べれば上々の成果かと」 三郎:「そうだな・・・。 三郎:だが、正直もう少し決め手となる大物が欲しい。 三郎:父上の目を引くような、立派な大物が・・・」 四郎:「大物・・・ですか・・・」 三郎:「ああ、鳥でも、獣でもいい。 三郎:もう少し何か・・・何か獲物は・・・」 0:(少し間。遠くで雉の鳴く声が聞こえる) 三郎:「・・・四郎!身を隠せ!」 四郎:「何かおりましたか?」 三郎:「今の声、聞いただろう? 三郎:あの声は雉(きじ)だ。雉の声だ」 四郎:「雉・・・ですか?」 三郎:「そうだ。奴らのオスは縄張りを主張するために、ああして大声を張り上げて鳴くんだ。 三郎:・・・きっと近くに居るはずだ。 三郎:あの声のする方向に・・・ほら、見てみろ」 四郎:「あっ・・・」 三郎:「・・・居たぞ。立派なオスの雉だ。 三郎:羽の色も鮮やかで美しい。 三郎:父上に差し上げたら、きっとさぞかし喜んで・・・」 四郎:「(雉に見とれながら、小さく息を漏らす)」 三郎:「・・・四郎?どうかしたか?」 四郎:「雉とは・・・美しい鳥なのですね・・・」 三郎:「ああ、実物を見るのは初めてだったか」 四郎:「はい・・・感激いたしました。 四郎:話には聞いたことがありましたが、こんなにも鮮やかな色合いの羽を持つ鳥だったとは」 三郎:「そうだな。 三郎:言われてみれば、確かに雉の身体は何とも不思議な色合いをしている」 四郎:「ええ、顔は燃えあがる火のような紅の色。 四郎:首はまるで瑠璃(るり)の青にも似た不思議な色合いで・・・ 四郎:生まれてこの方、あんなに美しいものを見たのは初めてです・・・」 三郎:「はは、お前がそれほど見とれるんだ。 三郎:父上も感激してくださるかもしれんな。 三郎:・・・よし、絶対に捕らえてみせるぞ。 三郎:さぁ、矢を番(つが)えろ」 四郎:「・・・射(い)るのですか?あの美しい鳥を」 三郎:「ああ、そうだ」 四郎:「・・・嫌です」 三郎:「なんだと・・・?」 四郎:「嫌です・・・! 四郎:私はあの鳥を捕らえたくない!」 三郎:「何を言う! 三郎:あれ程美しく、立派な雉はそういない! 三郎:これは又と無い好機だ! 三郎:きっと、亡くなった母上が俺たち兄弟に与えて下さった賜物(たまもの)だ!」 四郎:「だとしても・・・私はあの美しい生き物の命を、己の勝手な欲望の為に奪いたくない!」 三郎:「・・・っ!この・・・!」 0:(三郎、四郎を殴り付ける) 四郎:「ぐっ・・・」 0:(三郎、四郎。しばし肩で息をする) 三郎:「お前は・・・お前は何故いつも俺の事を邪魔するんだ! 三郎:母上の為に兎を捕らえようとしたあの時も、今この時、この瞬間も!」 四郎:「・・・私は、決して兄上の邪魔をしようなどと・・・」 三郎:「それならお前が矢を放て! 三郎:あの雉を見事射抜いてみせろ!」 四郎:「・・・できません。 四郎:私には・・・あの鳥の命を奪う事など・・・できない・・・っ」 三郎:「ほら・・・お前はやはり俺の邪魔にしかならないではないか」 四郎:「・・・っ」 三郎:「・・・もういい。お前ができないと言うのなら、俺が必ずあの鳥を射抜く。 三郎:そして、必ずこの家の跡目に・・・!」 0:(少し間。三郎の弓、雉を射抜く) 四郎:「あっ・・・」 三郎:「・・・ははっ・・・やったぞ・・・!見事に射抜いた・・・! 三郎:今まで、血の滲むような鍛錬をしてきた甲斐があった・・・」 0:(ほんの少し間。四郎、呆然とした様子で雉に歩み寄る) 三郎:「あの雉を見せれば、父上はきっと俺の事を褒めてくださる・・・。 三郎:俺の事を認め、母上への非礼を悔いてくださる・・・」 0:(ほんの少し間。四郎、息絶えた雉をそっと抱き上げる) 三郎:「これで・・・これで今までの苦労が報われる。 三郎:ああ・・・ようやく道が拓(ひら)けた気がするぞ・・・! 三郎:母上・・・ありがとうございます・・・母上・・・ 」 0:(少し間) 四郎:「・・・母上。お優しいあなたは、今の私たちを見て、喜んでくださってますか? 四郎:この美しい生き物の命を奪ってまで生きようとする我らを、褒めてくださいますでしょうか?」 0:(ほんの少し間) 四郎:「ああ・・・すまないことをした。 四郎:お前も鳴かなければ、きっと討たれる事はなかっただろうに・・・」 0:(しばらくの間) 三郎:「父上!ご覧下さい、この立派な雉を! 三郎:鷹も使わず、たった一人で捕らえてみせました! 三郎:この日の為、鍛錬を重ね、見事に射抜いて参りました! 三郎:ですから、どうか・・・どうか・・・じっくりご覧下さい・・・! 三郎:そして、願わくば俺のことを・・・!」 0:(ほんの少し間) 三郎:「えっ・・・?」 0:(しばらくの間) 0:(三郎、一人息を切らしながら山の中を彷徨い歩く) 三郎:「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」 0:(ほんの少し間) 三郎:「何故だ・・・何故、俺はこんな山の中を彷徨(さまよ)っているのか・・・」 0:(ほんの少し間) 三郎:「先程まで戦っていた相手も味方も、何処に行った・・・? 三郎:初めて父から頂いた馬は、何千もの兵は・・・一体どこに行ってしまったんだ・・・?」 0:(ほんの少し間) 三郎:「誰か・・・誰かいないのか? 三郎:誰でもいい・・・喉が渇いた・・・腹が減った・・・ 三郎:誰か、俺を助けてくれる者は・・・ 三郎:ぐうっ・・・!」 0:(ほんの少し間) 三郎:「何故だ・・・何故誰もいない・・・? 三郎:俺は、初めて父上に認められて、一軍の将になって・・・それから・・・」 四郎:「・・・兄上!兄上!」 三郎:「・・・四郎?四郎か・・・?」 四郎:「兄上・・・!ようやく見つけました・・・ 四郎:まさか、こんな山中に逃げ込んでいらっしゃるとは・・・」 三郎:「逃げる・・・?俺は何故逃げている? 三郎:俺は将なんだ。 三郎:逃げるなんて、そんなこと・・・」 四郎:「しっかりなさってください、兄上! 四郎:つらいかもしれませんが、向き合わねばならぬのです!」 三郎:「向き合う・・・?何と?」 四郎:「・・・あなたは負けたのです・・・。 四郎:父上の命(めい)で戦に出陣し、兵をほとんど失って・・・ 四郎:そして、この場所へ一人逃げてきたのです」 三郎:「嘘だ・・・」 四郎:「嘘ではありません」 三郎:「嘘だ・・・!」 四郎:「兄上!! 四郎:・・・残念ながら、嘘ではないのです」 三郎:「・・・戻らねば」 四郎:「どちらへ?」 三郎:「決まっているだろう・・・戦場へ戻らねば。 三郎:このまま逃げて帰って、何になる・・・ 三郎:戦わねば。 三郎:大将首を・・・父上の元に持って帰らねば、俺は・・・」 四郎:「・・・兄上、戦は終わったのです。 四郎:敵の大将はもう戦場にはおりません。 四郎:これ以上、我らに戦う意味は無いのです」 三郎:「そんな・・・そんな馬鹿な・・・」 四郎:「私も信じたくはありません。 四郎:ですが、認めるしかないのです。 四郎:・・・我らは負けた。負けてしまったのですから」 三郎:「くっ・・・ううう・・・」 四郎:「・・・しかし、兄上がご無事で良かった。 四郎:互いにあの混乱を逃れ、また生きてお会いできたこと、本当に嬉しゅうございます」 三郎:「お前・・・それは本心か?」 四郎:「えっ・・・?」 三郎:「実は心の中で俺の事を嘲笑っているんじゃないか? 三郎:お前のことをさんざん罵(ののし)った挙句、こんな無様な醜態(しゅうたい)を晒す俺の事を。 三郎:結局、跡目にもなれず、与えられた役割も果たせず、おめおめと生き延びてしまった俺の事を」 四郎:「兄上・・・そんな、私は・・・」 三郎:「・・・死ねば良かったのだ」 四郎:「え・・・」 三郎:「せめて、戦場で死ねば良かったのだ。 三郎:生き恥を晒して生きるくらいなら、敵陣のど真ん中に飛び込んで、華々しく散れば良かったのだ・・・」 四郎:「・・・」 三郎:「そうすれば、今こんな惨めな想いをする事など無かったのに・・・」 四郎:「・・・では、兄上は・・・兄上の為に死んでいった多くの人々の命を無下(むげ)にすると言うのですね」 三郎:「は・・・?」 四郎:「そういう事でしょう? 四郎:兄上が今ここにいらっしゃるのは、たくさんの兵が身を呈(てい)して貴方を逃がしたという結果なのに。 四郎:それを考えもせず、貴方は死にたいなどと言う・・・ 四郎:それは彼らに対する裏切りです。 四郎:散っていった彼らに対する冒涜(ぼうとく)です」 三郎:「そんなの・・・誰も頼んでいない・・・」 四郎:「・・・ならば、貴方は人の上に立つ資格など無い」 三郎:「・・・なんだと・・・?」 四郎:「・・・申し訳ありません、兄上。 四郎:生意気を言える立場ではありませんが、言わせてください。 四郎:命を背負う覚悟の無い者に、一国の命運が背負えるわけなどない。 四郎:・・・私はそう思います」 三郎:「なにをっ・・・!」 0:(三郎、四郎の胸倉を掴む) 四郎:「ぐっ・・・!」 三郎:「・・・お前に・・・お前に何がわかる! 三郎:父上の期待に応えることを諦めたお前に・・・ 三郎:母上の苦しみから・・・悲しみから目を逸らし、臆病者で有り続けたお前に、一体何が・・・」 四郎:「そうやって、理屈をつけて逃げ腰になるな!」 三郎:「・・・っ!」 四郎:「・・・幼い頃、兄上は私にこう仰いましたよね。 四郎:あの日から、私の心にはずっとこの言葉が棘(とげ)のように引っかかっておりました。 四郎:でも、ようやく今、そのお姿を見て、兄上がどうしてあの時私を叱咤(しった)したのか、今ようやく理解した」 0:(少し間) 四郎:「・・・嘆いたところで現状は何も変わりません、兄上。 四郎:こうして自分の為に嘆く暇があるのなら、一人でも多くの兵の死を悼(いた)みましょう。 四郎:我らの為に命をかけて戦ってくれた彼らと向き合いましょう。 四郎:それが上に立つ者の役目だと・・・覚悟だと、私は・・・そう思います」 三郎:「・・・例え、彼岸で彼らが俺の死を望んでいたとしてもか?」 四郎:「人は多かれ少なかれ、誰かの恨みを背負って生きていかねばならぬのです。 四郎:何かの犠牲の上に立っているのですから。 四郎:兄上も・・・そして私も」 三郎:「・・・」 四郎:「・・・城へ帰りましょう。 四郎:もうすぐ日が暮れます。 四郎:夜の山は冷えますから、まだ空が明るいうちに下山を・・・ 四郎:(何かに気付いたようにはっと息をのむ)」 三郎:「・・・どうした」 四郎:「・・・誰か来ます。 四郎:複数の足音・・・木々を踏み分けて歩く、人の足音、鉄のぶつかりあう音・・・」 三郎:「もしや・・・味方の生き残りか・・・?」 四郎:「いえ、我が軍は殆どの兵が討ち取られ、散り散りになったはず・・・ 四郎:この足音は、まさか・・・」 0:(ほんの少し間) 四郎:「兄上!そこにある洞穴(ほらあな)に隠れてください!」 三郎:「・・・なんだ・・・一体何が・・・」 四郎:「敵方の兵です。 四郎:きっと、この山に隠れる敗残兵を探しに来たのではないかと・・・」 三郎:「もし、見つかりでもしたら・・・」 四郎:「・・・捕らえられ、間違いなく殺されます」 三郎:「どうするんだ・・・? 三郎:隠れたはいいが、これ以上奥には進めない・・・ 三郎:万が一、この中を覗き込まれたら・・・」 四郎:「祈るしかありません。 四郎:奴らがこちらに気付かないよう・・・」 三郎:「この後に及んで神頼みしか無いのか?何か、何か他に手は・・・」 四郎:「まずい・・・こちらに向かって来る」 三郎:「くっ・・・仕方ない・・・こうなったら、奴らをこのまま迎え撃って」 四郎:「・・・」 三郎:「・・・おい、どうした四郎・・・? 三郎:そんなに身を乗り出したら、奴らに見つかって・・・」 四郎:「・・・兄上。あの日捕らえた雉を覚えていらっしゃいますか? 四郎:美しい羽をした、立派な雉を」 三郎:「覚えている・・・忘れるわけがない・・・。 三郎:あの鳥を射抜いたのは俺だ・・・ 三郎:あの美しい鳥の命を奪ったのは・・・俺だ」 四郎:「あの後、書物で知りました。 四郎:雉はああして大きな声で鳴くが為に、人に捕らえられてしまうのだと」 三郎:「それが・・・どうした・・・?」 四郎:「・・・兄上。今から何があっても声をあげぬと約束してください。 四郎:どんなことが目の前で起きても、決して声をあげぬと」 三郎:「待て、お前まさか・・・」 四郎:「大丈夫。武芸はからきしの私でも、敵を引き付ける囮くらいにはなりましょう。 四郎:その隙に、兄上は逃げて・・・」 三郎:(三郎、食い気味に) 三郎:「駄目だ!そんなこと、許すわけないだろう! 三郎:俺も共に戦う!なぜなら、俺は・・・お前の・・・!」 四郎:(四郎、食い気味に) 四郎:「いけません。それ以上仰っては・・・ 四郎:臆病者は決心が鈍ってしまいますから」 三郎:「・・・っ!」 四郎:「兄上、貴方は背負って生きてください。 四郎:多くの人の命を、母上の命を、そして・・・私の命を。 四郎:背負って、背負って、背負い続けて・・・ 四郎:どうか、必死に生き延びてください」 三郎:「・・・四郎!」 四郎:(四郎、食い気味に) 四郎:「鳴かずば、雉は討たれません。 四郎:兄上・・・私の唯一血を分けた同胞(はらから)。 四郎:どうか・・・どうかご無事で・・・!」 三郎:「・・・っ!」 0:(少し間。四郎、敵の目の前に飛び出す) 四郎:「・・・我こそは四郎義徳(よしのり)なり! 四郎:腕に覚えのある者、手合わせ願う!」 三郎:(三郎、洞穴でしばらく声を殺して泣き続ける) 0:(しばらくの間) 四郎:その後、四郎義徳の首はとある寺に葬られた。 四郎:寺には兄と名乗る人物が住み着き、何十年もの間、彼の菩提(ぼだい)を弔ったという。 四郎:時折、遠くから聞こえる雉の声に、密かに涙を浮かべながら。 0:~了~

四郎:どうか、どうかなかないでおくれ。 四郎:お前が見つからない為に。 四郎:お前の命を守る為に。 0:『なかずの雉』 0:(三郎、四郎。草の陰から二人で兎を狙い身構えている) 三郎:「・・・」 四郎:「・・・」 三郎:「・・・いいか、四郎。 三郎:一、二の三、だぞ」 四郎:「はい、私は兎の尾の方から。 四郎:兄上は頭側から挟み撃ち・・・ですね」 三郎:「ああ・・・それでは行くぞ。 三郎:一、二の・・・」 四郎:「三っ!」 0:(三郎、四郎。互いの額をぶつける。しばらくその場にうずくまって呻く) 三郎:「ぐぅう・・・」 四郎:「うぅう・・・」 三郎:「・・・四郎!この石頭! 三郎:目の前に火花が散ったぞ!」 四郎:「も、申し訳ありません・・・兄上。 四郎:勢い余ってしまいまして・・・」 三郎:「全くお前は・・・どうしてこう鈍いんだ・・・! 三郎:はっ・・・! 三郎:そんなことより、兎・・・!兎は・・・!」 四郎:「・・・あっと言う間に逃げて行きました」 三郎:「くそっ!また逃がしたか! 三郎:今日だけで何度目だ・・・」 四郎:「・・・三度目です」 三郎:「そうだ!三度だ! 三郎:折角見つけた獲物を、今日は三度も取り逃して・・・!」 四郎:「仕方ありません。兎は脚が速いのです。 四郎:罠も使わず捕らえるのは、難しいと思います」 三郎:「そんな情けない事を言っている場合か! 三郎:罠に兎がかかるのを待っていては遅いんだ・・・。 三郎:何でもいい。一刻も早く何か獲物を捕って帰らねば・・・」 四郎:「ですが・・・」 三郎:「四郎、よく聞け。 三郎:母上は日に日に弱っていらっしゃる。 三郎:一日も早く精のつくものを食べてもらわねば、直(じき)に食事もとれなくなるんだぞ? 三郎:分かっているのか?」 四郎:「分かっております・・・ 四郎:けれど、罠どころか、獲物を射る為の弓も矢も無い状況で、一体何ができましょう。 四郎:・・・それに母上はお優しい方です。 四郎:獣の肉を持って帰っても、食べて頂けるかどうか・・・」 三郎:「そうやって、すぐに理屈をつけて逃げ腰になるな!」 四郎:「・・・っ」 三郎:「・・・いいか、四郎。 三郎:母上が頼れるのは、もう俺たち兄弟しかいないんだ。 三郎:知ってるだろう?父上が最近、母上の元に顔すら見せなくなった事。 三郎:・・・正妻にいびられ、心と身体を病んで弱った母上を、父上は助けるどころか見舞う気すら無いのだ」 四郎:「私たち兄弟を生んだのに、ですか?」 三郎:「ああ、男児を生んだとはいえ、跡目(あとめ)である兄上たちを生んだのは、正妻(せいさい)のあの鬼婆(おにばば)だ。 三郎:しかも、弱小大名の娘である母上は、元々お立場が弱い。 三郎:このままでは、いずれ・・・」 四郎:「そんな・・・あんなにも心清らかで、お優しい母上を父上は見捨てるのですか?」 三郎:「・・・恐らく、な」 四郎:「酷い・・・そのような仕打ちが許されるのですか?」 三郎:「許す、許さないじゃない。 三郎:弱い者は真っ先に死んでいく・・・ 三郎:それがこの乱世に生きる者の宿命なのだ」 四郎:「・・・」 三郎:「だからこそ、我らはせめて母上の味方であらねば。 三郎:俺たちは同胞(はらから)ーーーあの家で唯一同じ血を分けた兄弟なのだから」 四郎:「・・・はい」 三郎:「さて、そうと決まれば獲物を探すぞ、四郎。 三郎:お前はあちらの草むらを探せ、俺はこちらを・・・」 四郎:(四郎、食い気味に) 四郎:「兄上」 三郎:「何だ」 四郎:「・・・どうしてこうも簡単に、人は誰かの命を踏みにじることができるのでしょうか。 四郎:どうして私たちは、こんな時代に生まれてしまったのでしょうか」 三郎:「そんなこと・・・嘆いたところで何が変わるわけではない。 三郎:行くぞ。小さくても構わない。 三郎:日が落ちる前に何か捕まえて帰るんだ。いいな」 四郎:「はい・・・」 0:(少し間) 四郎:「・・・弱い者は、真っ先に死んでいく・・・」 0:(ほんの少し間) 四郎:「この乱世の宿命とは、なんて悲しいものなのでしょうか・・・」 0:(しばらくの間) 三郎:「・・・母上、申し訳ありません。 三郎:本日は母上の為に四郎と二人、何か精のつくものをと思い、狩りに行ったのですが、兎一匹捕らえることが出来ませんでした。 三郎:・・・ですが、明日は・・・明日はきっと・・・! 三郎:(ほんの少し間) 三郎:・・・母上?母上!大丈夫ですか!? 三郎:血が・・・誰か!誰か来てくれ・・・! 三郎:母上が・・・!」 0:(しばらくの間。数年後) 四郎:「鷹狩り・・・ですか?」 三郎:「ああ、そうだ。 三郎:父上からの提案でな。 三郎:数日後の狩りに、俺たち二人も同行せよとお達しがあった」 四郎:「なぜ急に・・・今まで太郎兄上と次郎兄上しか伴うことのなかった父上が・・・」 三郎:「先日、お館様にお会いした際に言われたらしい。 三郎:長子(ちょうし)というだけで後継ぎを決めてしまうのは愚かだと。 三郎:時には子どもたちに何かを競わせ、その中で優秀な者を見出し、跡目に据(す)えるのも家を守る為の一つの策だと」 四郎:「・・・つまり、今回の鷹狩りで兄弟同士を競わせ、誰がこの家を継ぐに相応しいか試してみようと、そういう事ですね」 三郎:「その通りだ」 四郎:「しかしながら、兄上・・・我ら兄弟は上のお二人のような立派な鷹を持っておりません」 三郎:「ああ、俺も同じことをお伝えした。 三郎:すると、父上はこう仰った。 三郎:『鷹がおらねば、お前は獲物も捕れぬ愚か者か?』と」 四郎:「・・・要するに、跡目の座が欲しくば、それくらいの困難は乗り越えてみせろと、そういう意味ですか?」 三郎:「恐らくな」 四郎:「・・・」 三郎:「どうかしたか?」 四郎:「(小声)・・・狩りには良い思い出が無いな、と」 三郎:「は・・・?」 四郎:「・・・けれど、良かったですね・・・。 四郎:これで父上に認めて頂ければ、兄上も跡目となれる可能性があると言う事ですから」 三郎:「ああ・・・そうなればきっと亡くなられた母上も浮かばれる。 三郎:何としてでも父上の目に留まるような大物を捕らえねばな」 四郎:「はい。母上が亡くなられてから、兄上が密かに鍛錬(たんれん)を重ねていた事、私は知っております。 四郎:立派な鷹や多くの家臣がいなくとも、きっと・・・」 三郎:「何を他人事(ひとごと)のように。 三郎:お前にもその機会は与えられているんだぞ、四郎」 四郎:「あ・・・いえ、私は・・・」 三郎:「なぁに、もし俺たちのうち、どちらが跡目になろうとも、母上は喜んでくださるはずだ。 三郎:そうなったら、俺とお前、二人で支え合ってこの家を守っていけばいい。そうだろう?」 四郎:「ですが・・・」 三郎:「・・・まぁ、お前は武芸の腕はからきしだからな。 三郎:ならば、此度(こたび)の狩り、二人で力を合わせて獲物を捕ろうじゃないか。 三郎:その上でどちらが選ばれても恨み言は無し・・・どうだ?」 四郎:「・・・兄上が、それで良いのであれば」 三郎:「よし、そうと決まれば話は早い! 三郎:今すぐ櫓(やぐら)に行き、なるべく良い弓を選んでおかなければ。 三郎:良い狩場も調べて・・・それから・・・」 0:(三郎、部屋を出て行く。少し間) 四郎:「・・・母上。喜んで頂けますか・・・? 四郎:私たち兄弟が、父上に認められたその時、あなたは笑ってくださいますでしょうか? 四郎:良くやったと褒めてくださいますでしょうか・・・?」 0:(しばらくの間。狩場にて) 三郎:「・・・四郎!やったぞ!兎だ! 三郎:ほら、見てみろ!」 四郎:「・・・お見事です。兄上」 三郎:「今ので捕らえたのは兎二羽に鴨(かも)一羽か・・・ 三郎:兄上たちは如何程(いかほど)の獲物を捕らえているかわからないが・・・人数のわりには上々か?」 四郎:「ええ、兄上たちにはそれぞれ家臣が何人も付いておりますから、それと比べれば上々の成果かと」 三郎:「そうだな・・・。 三郎:だが、正直もう少し決め手となる大物が欲しい。 三郎:父上の目を引くような、立派な大物が・・・」 四郎:「大物・・・ですか・・・」 三郎:「ああ、鳥でも、獣でもいい。 三郎:もう少し何か・・・何か獲物は・・・」 0:(少し間。遠くで雉の鳴く声が聞こえる) 三郎:「・・・四郎!身を隠せ!」 四郎:「何かおりましたか?」 三郎:「今の声、聞いただろう? 三郎:あの声は雉(きじ)だ。雉の声だ」 四郎:「雉・・・ですか?」 三郎:「そうだ。奴らのオスは縄張りを主張するために、ああして大声を張り上げて鳴くんだ。 三郎:・・・きっと近くに居るはずだ。 三郎:あの声のする方向に・・・ほら、見てみろ」 四郎:「あっ・・・」 三郎:「・・・居たぞ。立派なオスの雉だ。 三郎:羽の色も鮮やかで美しい。 三郎:父上に差し上げたら、きっとさぞかし喜んで・・・」 四郎:「(雉に見とれながら、小さく息を漏らす)」 三郎:「・・・四郎?どうかしたか?」 四郎:「雉とは・・・美しい鳥なのですね・・・」 三郎:「ああ、実物を見るのは初めてだったか」 四郎:「はい・・・感激いたしました。 四郎:話には聞いたことがありましたが、こんなにも鮮やかな色合いの羽を持つ鳥だったとは」 三郎:「そうだな。 三郎:言われてみれば、確かに雉の身体は何とも不思議な色合いをしている」 四郎:「ええ、顔は燃えあがる火のような紅の色。 四郎:首はまるで瑠璃(るり)の青にも似た不思議な色合いで・・・ 四郎:生まれてこの方、あんなに美しいものを見たのは初めてです・・・」 三郎:「はは、お前がそれほど見とれるんだ。 三郎:父上も感激してくださるかもしれんな。 三郎:・・・よし、絶対に捕らえてみせるぞ。 三郎:さぁ、矢を番(つが)えろ」 四郎:「・・・射(い)るのですか?あの美しい鳥を」 三郎:「ああ、そうだ」 四郎:「・・・嫌です」 三郎:「なんだと・・・?」 四郎:「嫌です・・・! 四郎:私はあの鳥を捕らえたくない!」 三郎:「何を言う! 三郎:あれ程美しく、立派な雉はそういない! 三郎:これは又と無い好機だ! 三郎:きっと、亡くなった母上が俺たち兄弟に与えて下さった賜物(たまもの)だ!」 四郎:「だとしても・・・私はあの美しい生き物の命を、己の勝手な欲望の為に奪いたくない!」 三郎:「・・・っ!この・・・!」 0:(三郎、四郎を殴り付ける) 四郎:「ぐっ・・・」 0:(三郎、四郎。しばし肩で息をする) 三郎:「お前は・・・お前は何故いつも俺の事を邪魔するんだ! 三郎:母上の為に兎を捕らえようとしたあの時も、今この時、この瞬間も!」 四郎:「・・・私は、決して兄上の邪魔をしようなどと・・・」 三郎:「それならお前が矢を放て! 三郎:あの雉を見事射抜いてみせろ!」 四郎:「・・・できません。 四郎:私には・・・あの鳥の命を奪う事など・・・できない・・・っ」 三郎:「ほら・・・お前はやはり俺の邪魔にしかならないではないか」 四郎:「・・・っ」 三郎:「・・・もういい。お前ができないと言うのなら、俺が必ずあの鳥を射抜く。 三郎:そして、必ずこの家の跡目に・・・!」 0:(少し間。三郎の弓、雉を射抜く) 四郎:「あっ・・・」 三郎:「・・・ははっ・・・やったぞ・・・!見事に射抜いた・・・! 三郎:今まで、血の滲むような鍛錬をしてきた甲斐があった・・・」 0:(ほんの少し間。四郎、呆然とした様子で雉に歩み寄る) 三郎:「あの雉を見せれば、父上はきっと俺の事を褒めてくださる・・・。 三郎:俺の事を認め、母上への非礼を悔いてくださる・・・」 0:(ほんの少し間。四郎、息絶えた雉をそっと抱き上げる) 三郎:「これで・・・これで今までの苦労が報われる。 三郎:ああ・・・ようやく道が拓(ひら)けた気がするぞ・・・! 三郎:母上・・・ありがとうございます・・・母上・・・ 」 0:(少し間) 四郎:「・・・母上。お優しいあなたは、今の私たちを見て、喜んでくださってますか? 四郎:この美しい生き物の命を奪ってまで生きようとする我らを、褒めてくださいますでしょうか?」 0:(ほんの少し間) 四郎:「ああ・・・すまないことをした。 四郎:お前も鳴かなければ、きっと討たれる事はなかっただろうに・・・」 0:(しばらくの間) 三郎:「父上!ご覧下さい、この立派な雉を! 三郎:鷹も使わず、たった一人で捕らえてみせました! 三郎:この日の為、鍛錬を重ね、見事に射抜いて参りました! 三郎:ですから、どうか・・・どうか・・・じっくりご覧下さい・・・! 三郎:そして、願わくば俺のことを・・・!」 0:(ほんの少し間) 三郎:「えっ・・・?」 0:(しばらくの間) 0:(三郎、一人息を切らしながら山の中を彷徨い歩く) 三郎:「・・・はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」 0:(ほんの少し間) 三郎:「何故だ・・・何故、俺はこんな山の中を彷徨(さまよ)っているのか・・・」 0:(ほんの少し間) 三郎:「先程まで戦っていた相手も味方も、何処に行った・・・? 三郎:初めて父から頂いた馬は、何千もの兵は・・・一体どこに行ってしまったんだ・・・?」 0:(ほんの少し間) 三郎:「誰か・・・誰かいないのか? 三郎:誰でもいい・・・喉が渇いた・・・腹が減った・・・ 三郎:誰か、俺を助けてくれる者は・・・ 三郎:ぐうっ・・・!」 0:(ほんの少し間) 三郎:「何故だ・・・何故誰もいない・・・? 三郎:俺は、初めて父上に認められて、一軍の将になって・・・それから・・・」 四郎:「・・・兄上!兄上!」 三郎:「・・・四郎?四郎か・・・?」 四郎:「兄上・・・!ようやく見つけました・・・ 四郎:まさか、こんな山中に逃げ込んでいらっしゃるとは・・・」 三郎:「逃げる・・・?俺は何故逃げている? 三郎:俺は将なんだ。 三郎:逃げるなんて、そんなこと・・・」 四郎:「しっかりなさってください、兄上! 四郎:つらいかもしれませんが、向き合わねばならぬのです!」 三郎:「向き合う・・・?何と?」 四郎:「・・・あなたは負けたのです・・・。 四郎:父上の命(めい)で戦に出陣し、兵をほとんど失って・・・ 四郎:そして、この場所へ一人逃げてきたのです」 三郎:「嘘だ・・・」 四郎:「嘘ではありません」 三郎:「嘘だ・・・!」 四郎:「兄上!! 四郎:・・・残念ながら、嘘ではないのです」 三郎:「・・・戻らねば」 四郎:「どちらへ?」 三郎:「決まっているだろう・・・戦場へ戻らねば。 三郎:このまま逃げて帰って、何になる・・・ 三郎:戦わねば。 三郎:大将首を・・・父上の元に持って帰らねば、俺は・・・」 四郎:「・・・兄上、戦は終わったのです。 四郎:敵の大将はもう戦場にはおりません。 四郎:これ以上、我らに戦う意味は無いのです」 三郎:「そんな・・・そんな馬鹿な・・・」 四郎:「私も信じたくはありません。 四郎:ですが、認めるしかないのです。 四郎:・・・我らは負けた。負けてしまったのですから」 三郎:「くっ・・・ううう・・・」 四郎:「・・・しかし、兄上がご無事で良かった。 四郎:互いにあの混乱を逃れ、また生きてお会いできたこと、本当に嬉しゅうございます」 三郎:「お前・・・それは本心か?」 四郎:「えっ・・・?」 三郎:「実は心の中で俺の事を嘲笑っているんじゃないか? 三郎:お前のことをさんざん罵(ののし)った挙句、こんな無様な醜態(しゅうたい)を晒す俺の事を。 三郎:結局、跡目にもなれず、与えられた役割も果たせず、おめおめと生き延びてしまった俺の事を」 四郎:「兄上・・・そんな、私は・・・」 三郎:「・・・死ねば良かったのだ」 四郎:「え・・・」 三郎:「せめて、戦場で死ねば良かったのだ。 三郎:生き恥を晒して生きるくらいなら、敵陣のど真ん中に飛び込んで、華々しく散れば良かったのだ・・・」 四郎:「・・・」 三郎:「そうすれば、今こんな惨めな想いをする事など無かったのに・・・」 四郎:「・・・では、兄上は・・・兄上の為に死んでいった多くの人々の命を無下(むげ)にすると言うのですね」 三郎:「は・・・?」 四郎:「そういう事でしょう? 四郎:兄上が今ここにいらっしゃるのは、たくさんの兵が身を呈(てい)して貴方を逃がしたという結果なのに。 四郎:それを考えもせず、貴方は死にたいなどと言う・・・ 四郎:それは彼らに対する裏切りです。 四郎:散っていった彼らに対する冒涜(ぼうとく)です」 三郎:「そんなの・・・誰も頼んでいない・・・」 四郎:「・・・ならば、貴方は人の上に立つ資格など無い」 三郎:「・・・なんだと・・・?」 四郎:「・・・申し訳ありません、兄上。 四郎:生意気を言える立場ではありませんが、言わせてください。 四郎:命を背負う覚悟の無い者に、一国の命運が背負えるわけなどない。 四郎:・・・私はそう思います」 三郎:「なにをっ・・・!」 0:(三郎、四郎の胸倉を掴む) 四郎:「ぐっ・・・!」 三郎:「・・・お前に・・・お前に何がわかる! 三郎:父上の期待に応えることを諦めたお前に・・・ 三郎:母上の苦しみから・・・悲しみから目を逸らし、臆病者で有り続けたお前に、一体何が・・・」 四郎:「そうやって、理屈をつけて逃げ腰になるな!」 三郎:「・・・っ!」 四郎:「・・・幼い頃、兄上は私にこう仰いましたよね。 四郎:あの日から、私の心にはずっとこの言葉が棘(とげ)のように引っかかっておりました。 四郎:でも、ようやく今、そのお姿を見て、兄上がどうしてあの時私を叱咤(しった)したのか、今ようやく理解した」 0:(少し間) 四郎:「・・・嘆いたところで現状は何も変わりません、兄上。 四郎:こうして自分の為に嘆く暇があるのなら、一人でも多くの兵の死を悼(いた)みましょう。 四郎:我らの為に命をかけて戦ってくれた彼らと向き合いましょう。 四郎:それが上に立つ者の役目だと・・・覚悟だと、私は・・・そう思います」 三郎:「・・・例え、彼岸で彼らが俺の死を望んでいたとしてもか?」 四郎:「人は多かれ少なかれ、誰かの恨みを背負って生きていかねばならぬのです。 四郎:何かの犠牲の上に立っているのですから。 四郎:兄上も・・・そして私も」 三郎:「・・・」 四郎:「・・・城へ帰りましょう。 四郎:もうすぐ日が暮れます。 四郎:夜の山は冷えますから、まだ空が明るいうちに下山を・・・ 四郎:(何かに気付いたようにはっと息をのむ)」 三郎:「・・・どうした」 四郎:「・・・誰か来ます。 四郎:複数の足音・・・木々を踏み分けて歩く、人の足音、鉄のぶつかりあう音・・・」 三郎:「もしや・・・味方の生き残りか・・・?」 四郎:「いえ、我が軍は殆どの兵が討ち取られ、散り散りになったはず・・・ 四郎:この足音は、まさか・・・」 0:(ほんの少し間) 四郎:「兄上!そこにある洞穴(ほらあな)に隠れてください!」 三郎:「・・・なんだ・・・一体何が・・・」 四郎:「敵方の兵です。 四郎:きっと、この山に隠れる敗残兵を探しに来たのではないかと・・・」 三郎:「もし、見つかりでもしたら・・・」 四郎:「・・・捕らえられ、間違いなく殺されます」 三郎:「どうするんだ・・・? 三郎:隠れたはいいが、これ以上奥には進めない・・・ 三郎:万が一、この中を覗き込まれたら・・・」 四郎:「祈るしかありません。 四郎:奴らがこちらに気付かないよう・・・」 三郎:「この後に及んで神頼みしか無いのか?何か、何か他に手は・・・」 四郎:「まずい・・・こちらに向かって来る」 三郎:「くっ・・・仕方ない・・・こうなったら、奴らをこのまま迎え撃って」 四郎:「・・・」 三郎:「・・・おい、どうした四郎・・・? 三郎:そんなに身を乗り出したら、奴らに見つかって・・・」 四郎:「・・・兄上。あの日捕らえた雉を覚えていらっしゃいますか? 四郎:美しい羽をした、立派な雉を」 三郎:「覚えている・・・忘れるわけがない・・・。 三郎:あの鳥を射抜いたのは俺だ・・・ 三郎:あの美しい鳥の命を奪ったのは・・・俺だ」 四郎:「あの後、書物で知りました。 四郎:雉はああして大きな声で鳴くが為に、人に捕らえられてしまうのだと」 三郎:「それが・・・どうした・・・?」 四郎:「・・・兄上。今から何があっても声をあげぬと約束してください。 四郎:どんなことが目の前で起きても、決して声をあげぬと」 三郎:「待て、お前まさか・・・」 四郎:「大丈夫。武芸はからきしの私でも、敵を引き付ける囮くらいにはなりましょう。 四郎:その隙に、兄上は逃げて・・・」 三郎:(三郎、食い気味に) 三郎:「駄目だ!そんなこと、許すわけないだろう! 三郎:俺も共に戦う!なぜなら、俺は・・・お前の・・・!」 四郎:(四郎、食い気味に) 四郎:「いけません。それ以上仰っては・・・ 四郎:臆病者は決心が鈍ってしまいますから」 三郎:「・・・っ!」 四郎:「兄上、貴方は背負って生きてください。 四郎:多くの人の命を、母上の命を、そして・・・私の命を。 四郎:背負って、背負って、背負い続けて・・・ 四郎:どうか、必死に生き延びてください」 三郎:「・・・四郎!」 四郎:(四郎、食い気味に) 四郎:「鳴かずば、雉は討たれません。 四郎:兄上・・・私の唯一血を分けた同胞(はらから)。 四郎:どうか・・・どうかご無事で・・・!」 三郎:「・・・っ!」 0:(少し間。四郎、敵の目の前に飛び出す) 四郎:「・・・我こそは四郎義徳(よしのり)なり! 四郎:腕に覚えのある者、手合わせ願う!」 三郎:(三郎、洞穴でしばらく声を殺して泣き続ける) 0:(しばらくの間) 四郎:その後、四郎義徳の首はとある寺に葬られた。 四郎:寺には兄と名乗る人物が住み着き、何十年もの間、彼の菩提(ぼだい)を弔ったという。 四郎:時折、遠くから聞こえる雉の声に、密かに涙を浮かべながら。 0:~了~