台本概要
336 views
タイトル | 【BL版】キミと白球 |
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作者名 | akodon (@akodon1) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男2) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
夕日と、キミと、白球と。 男子高校生がもだもだ恋愛するお話です。 336 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
有慈 | 男 | 149 | 犬飼 有慈(いぬかい・ゆうじ)。高校2年生。 |
賢 | 男 | 149 | 古方 賢(こがた・けん)。高校2年生。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:『キミと白球』
有慈:耳にピアス。セットされた髪。着崩した制服。
有慈:普段なら、絶対に関わることのないタイプ。
有慈:だから、初めて隣の席から話しかけられた時はーーー正直に言うと少し驚いたんだ。
賢:「いぬかい・・・あるじ?」
有慈:「ゆうじ。犬飼有慈(いぬかい ゆうじ)」
賢:「ああ、なるほど。そっちか」
有慈:「そっち、ってどういう意味?」
賢:「あるじと読むか、ゆうじと読むかの二択に賭けてみた」
有慈:「・・・で、見事に外したわけだ」
賢:「そうそう。あー残念だわぁ」
有慈:「普通はゆうじって読むと思うんだけど・・・」
賢:「えー、あるじの方がカッコよくね?
賢:なんかこう・・・偉そうな感じで」
有慈:「偉そうな?」
賢:「ほら、よく言うじゃん。
賢:ご主人様の事を『あるじ』って。
賢:しかも、お前の名字、犬を飼うって書いて犬飼だろ?
賢:『いぬかい あるじ』
賢:・・・ほら、しっくりこねぇ?」
有慈:「(吹き出す)」
賢:「・・・今、俺の事アホだと思っただろ?」
有慈:「いや、そんなことはないよ・・・
有慈:なんて言うか面白いなぁ、とは思ったけど」
賢:「いいよいいよ、正直に言ってくれても。
賢:気にしてねぇから。実際オレ、頭悪いし」
有慈:「そんなこと言うなって。
有慈:なかなか良い感性してると思うぞ、俺は」
賢:「マジで?」
有慈:「マジマジ。少なくともインパクトはあったよ。
有慈:えーっと・・・古方(こがた)くん」
賢:「へぇ、オレの名前知ってんだ」
有慈:「まぁ、二年生の中では有名だからね。
有慈:名字くらいなら、俺でも知ってる」
賢:「有名?」
有慈:「女子にキャーキャー言われてる、モテ男の古方くん」
賢:「あー・・・まぁ、確かに女友達はそこそこ居るかもだけどさ・・・」
有慈:「そういうのをモテるって言うんだよ。
有慈:自覚無し?」
賢:「自覚無しというか・・・オレあんまり深く考えないタイプだから」
有慈:「へぇ、じゃあ天然タラシだな。
有慈:古方くんは」
賢:「ケンで良いって。「くん」付けなんて落ち着かない」
有慈:「ケン・・・どういう字?」
賢:「賢いって書いて賢(ケン)。
賢:賢くはないけど、賢」
有慈:「それ、自虐ネタ?」
賢:「まぁ、ウケ狙いってのもあるけど、覚えやすいだろ。今の自己紹介」
有慈:「紹介するだけで身を削っていくなぁ・・・」
賢:「いいのいいの!覚えてもらえりゃオールオッケー。
賢:てか、俺はお前のこと何て呼べば良い?
賢:犬飼?有慈?」
有慈:「何でも良いよ。お好きにどうぞ」
賢:「うーん・・・あっ、じゃあ、『あるじ』で!」
有慈:「・・・あえて、その呼び方でいくんだ」
賢:「折角だしさ。いいじゃん、あるじ!
賢:カッコイイじゃん!」
有慈:「そうかな?」
賢:「絶対そうだって!
賢:今からでも遅くないから、読み方『あるじ』に変えれば?」
有慈:「んー、気が向いたらね」
賢:「絶対そんな気無いだろ!
賢:・・・まあいいや。いつか気が向く日を楽しみに待ってるからな」
有慈:「わかった。じゃあ、気が向いたら真っ先に伝えるよ」
賢:「おっしゃ、約束な!これから卒業までよろしく、あるじ」
有慈:「ああ、よろしく、賢」
0:(しばらくの間)
有慈:隣の席にいるクラスメイト。
有慈:俺とキミの間にある関係は、あくまでそれだけ。
有慈:それだけのはずなのに、キミはやたらと人懐っこい性格で。
有慈:時折、俺の傍にやってきては、まるで仲の良い友だち同士のように振る舞った。
賢:「・・・あるじ!一生の頼みがある!」
有慈:「なんだよ。改まって」
賢:「五限の英語の授業なんだけどさ・・・
賢:このプリントの問二、答え教えてくれない?」
有慈:「・・・また課題やってくるの忘れたのか?」
賢:「忘れたんじゃねーよ!
賢:一生懸命考えたんだけど、わからなくて不貞寝(ふてね)したの!」
有慈:「不貞寝って・・・」
賢:「仕方ないだろ!
賢:分からないことをうだうだ考えるんだったら、一分一秒でも良質な睡眠を取る方が有意義!」
有慈:「最もらしいこと言うけど、実際テストの時に何も答えず不貞寝したら零点だからな」
賢:「うっ・・・それは・・・」
有慈:「(ため息)・・・becoming(ビカミング)」
賢:「・・・え?」
有慈:「問二。括弧(かっこ)に入る答え」
賢:「サンキュー!恩に着る!」
有慈:「全く・・・いつまでも人頼みだと、なかなか自分の身にならないぞ」
賢:「うっ・・・面目(めんぼく)ない」
有慈:「反省してる様子なので、今回は大目に見てあげよう」
賢:「ははーっ。神様、仏様、あるじ様~」
有慈:「うむうむ。苦しゅうない」
賢:「・・・てか、あるじって頭良いんだなー。
賢:もしかして、成績良い方?」
有慈:「まぁ・・・悪くはない、かな」
賢:「うわぁ・・・勉強できる人だぁ・・・
賢:もう一回拝んでおこう」
有慈:「拝んでも成績は上がらないからな?」
賢:「チッ・・・やっぱりダメか」
有慈:「賢はまず、授業中に教科書を開く所から始めないと」
賢:「それは分かってるんだけどさぁ。
賢:教科書開くと、どうしても眠くなっちゃうんだよなぁ~・・・
賢:昼休みの後は特に」
有慈:「昼休みの後に限ったことじゃないだろ。
有慈:この前は一限からずっと寝てたじゃないか」
賢:「うっ・・・何故それを・・・」
有慈:「そりゃあ隣の席なんだから、知ってるに決まってる」
賢:「そういやそうだ・・・ははは」
有慈:「笑って誤魔化してないで・・・ほら、あとはどの問題が分からないんだよ。
有慈:昼食べながら教えてあげるから」
賢:「良いのか!?」
有慈:「良いけど、答え丸写しはダメだぞ」
賢:「分かってるってー!
賢:あっ・・・でも、大丈夫か?
賢:お昼一緒に食べるヤツとか、居たりするんじゃ・・・」
有慈:「・・・大丈夫。いないよ」
賢:「へぇ・・・そうなんだ。なんか意外だわ。
賢:部活の仲間とかは?いないの?
賢:てか、あるじ何部だったっけ?」
有慈:「・・・野球部」
賢:「マジ!?うちの野球部って強豪だし、練習も厳しかったよな?
賢:そんな部に居て、勉強もできて・・・
賢:いやーすげぇ。尊敬するわー」
有慈:「すごくないよ・・・全然、すごくない」
賢:「またまた~!謙遜(けんそん)するなって!
賢:ちなみにポジションは?」
有慈:「・・・ピッチャー」
賢:「ふぅん・・・強豪野球部のピッチャーで、勉強も出来る好青年・・・
賢:人のことモテ男とか言うけど、実はお前もなかなかモテるんじゃ・・・」
有慈:(有慈、食い気味に)
有慈:「そんなことより、早くしないと昼休み無くなるよ」
賢:「あっ、やべ!そうだった!
賢:ちょっと待っててくれよ。
賢:今、飯用意するから・・・」
有慈:「・・・ねぇ、賢こそさ。俺以外に居ないの?」
賢:「何が?」
有慈:「その・・・勉強教えてくれる人とか、一緒に昼休みを過ごす友だちとか・・・」
賢:「なんだよ。オレが一緒に居ると迷惑なのか?」
有慈:「迷惑じゃないよ。
有慈:ただ・・・賢はいつも周りに人がいるからさ。
有慈:俺なんかで良いのかなって思って」
賢:「良いんだよ!
賢:オレはお前に勉強を教えてもらいたいし、今日はお前と飯を食べる気分なの。
賢:ただ単純に、それだけ」
有慈:「・・・そう」
賢:「あー!ほら、そうこうしてるうちに昼休み終わっちまう!
賢:問三から下、全部埋めなきゃいけないんだよ!
賢:あるじ、頼む!食べながらで良いから教えてくれ!」
有慈:「えっ・・・本当に全く手を付けてないの?」
賢:「オレの頭の悪さを舐めるな!
賢:何せ、成績は下から数えた方が早い男だからな!」
有慈:「・・・昼休みだけで終わるかなぁ・・・」
賢:「人間その気になれば何でもできる!
賢:頼むぜ、先生!」
有慈:「ははっ・・・はいはい」
賢:「よし、じゃあまず、問三の問題なんだけどさ・・・」
0:(しばらくの間)
有慈:派手な外見を誰に言われてもやめないように、キミはやると決めたらとことんやる性格のようで。
有慈:暇を見つけては、二人で額を突き合わせて勉強をする。
有慈:そんな日々が続いた。
賢:「あーーー!終わったぁーーー!」
有慈:「お疲れ様。
有慈:これで期末の範囲はひと通りおさらいしたかな」
賢:「うげぇ・・・そうだった・・・
賢:これからテストがあるんだった・・・」
有慈:「まぁまぁ、要点だけ抑えておけばそこそこ点数は取れるだろうし、気楽にいこうよ。
有慈:これが終われば夏休みも待ってるしさ」
賢:「そうだ!夏休み!
賢:海、プール、花火大会!楽しみ目白押しじゃん!
賢:よし、それを思えば頑張れる!」
有慈:「そうそう、その意気だよ、賢」
賢:「あー楽しみだなぁー。
賢:ちなみに、あるじは夏休みどうするんだ?
賢:どこか遊びに行くのか?」
有慈:「・・・残念ながら、テスト終わったら部活三昧かな」
賢:「そっか、野球部だもんなー。
賢:そういえば、今年も順調に勝ち進んでるんだっけ、予選大会」
有慈:「うん。ちょうど期末が終わったら決勝戦だ」
賢:「はぁー・・・すげぇなー。さすが強豪。
賢:このままいけば甲子園かー。
賢:噂の高校球児がこんなに身近にいるなんて、なんか実感湧かねぇな」
有慈:「まぁ、実際試合に出てる俺も実感湧かないけどね」
賢:「試合に出てる・・・?
賢:えっ、お前、レギュラーなの?」
有慈:「ああ・・・一応。
有慈:たまに先発で出させてもらう時もある」
賢:「マジか!あれだけ部員がいて、二年なのにレギュラー!?
賢:なんだよ、教えてくれよ!」
有慈:「いや・・・知ってるものだと思ってたから・・・」
賢:「あー、俺そういう事に全然疎(うと)くてさぁ。
賢:いやー・・・今のはマジでビビった」
有慈:「・・・じゃあ今まで、俺が野球部でどんな立場か知らずに、一緒にいたのか?」
賢:「知らない知らない!
賢:へぇ、野球やってんだなぁ、くらいのイメージしか無かったわ」
有慈:「そっか・・・だから何も気にせず話しかけてきてくれたのか・・・」
賢:「ん?何の話だよ」
有慈:「・・・いや、こっちの話」
賢:「なんだよ、そう言われると気になるな。
賢:教えてくれよ」
有慈:「いいからいいから。
有慈:・・・そんな事より、ほら、さっきやった範囲、わからないところはもう無い?」
賢:「あっ、実は数学のここなんだけど、公式がどうしても覚えられなくて・・・」
有慈:「ああ、そこは覚え方があってさ・・・」
賢:「・・・でも、残念だよなー。折角の夏休みなのに、お前、遊ぶ暇も無いのかー」
有慈:「そうだね。
有慈:まぁ、あくまで勝ち進めればの話なんだけどさ」
賢:「いやいや、どうせなら勝てよ!
賢:そんで、甲子園の土?ってやつ、お土産に持って帰ってきてくれ!」
有慈:「まだ出られるかも決まってないのに?」
賢:「ははっ、気が早いか」
有慈:「・・・まぁ、その前に賢はテスト頑張れ」
賢:「ちなみに、頑張ったらご褒美に何かくれんの?」
有慈:「うーん・・・じゃあ、甲子園の土で」
賢:「なるほど!それなら絶対赤点なんか取れねぇな」
有慈:「そうそう、頑張れ。
有慈:・・・よし、それじゃあ、俺はそろそろ部活に・・・」
賢:(賢、食い気味に)
賢:「あっ、そうだ!あるじ!」
有慈:「ん?どうした?」
賢:「大会終わったらでいいからさ。
賢:夏休み、どこか遊びに行こうぜ!約束な!」
有慈:「(少し面食らったように驚き、ふっと笑って)
有慈:・・・ああ、わかった。約束、な」
0:(ほんの少し間)
有慈:そう言って、笑いながら手を振るキミと別れ、教室を出て前を向く。
有慈:グラウンドへ向かう足は、いつもより少し軽い気がした。
有慈:いつもより少し、頑張れる気がした。
有慈:ーーーその時は、そう思えたんだ。
0:(しばらくの間)
賢:「・・・もしもし。オレだけど。
賢:今回は・・・その・・・残念だったな。
賢:甲子園には行けなかったけど、県では二位って事だろ?・・・すげーじゃん!
賢:とりあえず、今は気分切り替えてさ。
賢:・・・あっ、そうだ!どこか遊びに行こう!
賢:海でも山でも夏祭りでも、どこでもいい。
賢:どこか遊びに・・・えっ・・・?」
0:(少し間)
賢:「・・・怪我・・・?」
0:(しばらくの間)
有慈:ひとつ、呼吸をして足を踏み出す。
有慈:まだ夏の余韻(よいん)を残した教室は、いつもより落ち着きなく賑やかで。
有慈:その喧騒(けんそう)に紛れ、誰にも気付かれないように席に着く。
有慈:ひっそりと息を潜める。
有慈:
有慈:それでも時折感じる視線に。
有慈:憐れむような、責めるような視線に、息が詰まりそうになった。
有慈:
有慈:そんな時だった。
賢:「あーるじ、おはよう!」
有慈:「・・・賢・・・おはよう」
賢:「いやぁー。今日も暑っついなー!
賢:毎日クーラーの中で快適に過ごしてた夏休みがもう懐かしいぜ、全く」
有慈:「・・・そっか」
賢:「いやー・・・あっという間だったな、この一ヶ月半。
賢:バイトに遊びに明け暮れて、気付いたらもう八月三十一日だもんな。
賢:課題なんか全然終わってねぇっての、ははは」
有慈:「・・・へぇ」
賢:「あっ、そうだ!なぁ、お願いがあるんだけどさぁ。
賢:課題、教えてくんない?
賢:一人で頑張ってみようと思ったんだけど、一向に進まなくてさ。
賢:やっぱりオレ、お前がいないとダメみたいなんだわー」
有慈:「・・・」
賢:「なぁ、頼む!この通り!
賢:このままじゃ出だしから説教喰らっちゃうからさ!
賢:オレを助けると思って・・・な?頼むよ!」
有慈:「・・・なんで、俺ばっかりに頼るんだよ・・・」
賢:「は・・・?」
有慈:「・・・ごめん、賢。
有慈:俺、今そういう気分じゃないんだ。
有慈:悪いけど、他の人をあたって・・・」
賢:「ちょっと待てよ。
賢:どこ行くんだって、もうそろそろ先生来るぞ。
賢:初っ端からサボりなんてお前らしくない・・・」
有慈:「・・・お前らしくない・・・?
有慈:ねぇ、お前らしくないってどういう意味・・・?」
賢:「えっ・・・?」
有慈:「俺って、お前にとってどういう人間なの、賢。
有慈:サボりなんて絶対しない、真面目な優等生?
有慈:困った時に勉強を教えてくれる、隣の席の都合の良いクラスメイト?」
賢:「なんだよ・・・急に。別にオレは・・・お前をそんな風になんて・・・」
有慈:(有慈、食い気味に)
有慈:「思ってるだろ?
有慈:だから、お前らしくないって言葉が出てくるんだよ。
有慈:・・・いつもそうだ・・・俺が少しでも間違った事をすれば、失敗すれば、それは俺じゃなくなるんだ。
有慈:みんな勝手に期待して・・・失望するんだ・・・!」
賢:「おい・・・!落ち着けよ!
賢:誰もそんな事言ってねぇだろ?」
有慈:「嘘だ・・・言葉にしないだけで、みんな思ってる。
有慈:先輩を差し置いてレギュラー入りしたくせに、試合中に肩なんか痛めて・・・
有慈:結局、結果を残せなかったじゃないかって・・・!」
賢:「だから、オレはそんな事・・・!」
有慈:「・・・じゃあ、周りを見てみなよ。
有慈:俺たち二人を遠目から見るみんなの視線を・・・
有慈:呆れたような、憐れむような、そんな視線を・・・」
賢:「・・・っ」
有慈:「・・・ごめん。
有慈:やっぱり少し、頭冷やしてくる」
賢:「あるじ・・・っ!
賢:おい、待てって・・・!おいっ・・・!」
0:(ほんの少し間)
有慈:背中越し、追いかけてくるキミの声から逃げるように教室を飛び出した。
有慈:目元に感じる熱は、まだギラギラと照り付ける日差しのせいか、それともーーー
有慈:
有慈:何もかもから逃れたくて、まだ疼(うず)く肩と、張り裂けそうな胸の痛みに耐えながら登った階段の先。
有慈:その扉を開けようとした瞬間、ワイシャツを引かれ身体が傾(かし)いだ。
賢:「(息を切らしながら)待てって・・・言っただろうが・・・」
有慈:「賢・・・」
賢:「運動部の体力に敵うわけねぇだろっての・・・全く・・・」
賢:(肩で呼吸をしつつ、徐々に息を整える)
有慈:「・・・なんで追い掛けて来たんだよ。
有慈:放っておいてくれよ、俺のことなんか・・・」
賢:「知らねぇよ!そんなの!
賢:身体が勝手に動いたんだから、仕方ねぇだろ!」
有慈:「・・・っ、なんだよ、それ・・・意味がわからない」
賢:「・・・オレだってわかんねぇよ。
賢:つーか、答えられるわけねぇだろ。
賢:問二の答えも埋められない、このオレが」
0:(ほんの少し間)
有慈:そう言って、キミが目の前の扉を開け放つ。
有慈:夏の熱気を孕(はら)んだ風が、その髪を揺らした。
賢:「・・・オレさ。本当の事言うと、全然お前のこと知らなかったんだよな」
有慈:「は・・・?」
賢:「そう、知らなかったんだよ。お前のこと。
賢:成績が良いことも、野球部だってことも、レギュラーとして試合に出てたってことも、何一つ知らなかった」
有慈:「・・・でも、もう知ってしまったじゃないか。
有慈:俺が周囲からの期待に応えられなかった、情けない人間だって・・・
有慈:そのイライラを人にぶつけるような、酷い人間だって・・・」
賢:「・・・それを知ったから何だって言うんだよ」
有慈:「えっ?」
賢:「あのさ、お前、絶対勘違いしてるよ。
賢:オレがそんな細かいこと考えて動くような人間に見えるか?
賢:テストだってお前に教えてもらわなきゃ、赤点寸前なのにさ」
有慈:「それとこれとは関係ないだろ・・・」
賢:「ありあり、大ありだよ。
賢:オレ、お前が思ってるより、よっぽど馬鹿なんだぜ?
賢:そいつが周りにどう思われてるかなんて、いちいち頭に入れて動けるかっつーの」
有慈:「・・・つまり、何が言いたいんだよ」
賢:「だからぁ!
賢:オレはお前が周囲からどう思われてようと、ありのままのお前が好きだって言ってんの!」
有慈:「・・・っ!」
賢:「・・・あーっ!!なんか今の告白みてぇじゃん。
賢:女子にもこんなストレートな台詞、言ったことないのに。
賢:恥ずかしい!今、すっげー恥ずかしい!」
有慈:「だったら・・・だったら言わなきゃ良かったじゃないか・・・
有慈:俺なんかの為に、そんな恥ずかしい思いしなくたって良かったじゃないか・・・」
賢:「けど、それくらい伝えないと、分かんねーだろうが、この頭でっかち」
有慈:「・・・」
賢:「・・・あのさ、あるじ。
賢:周囲の人間は、お前が考えてるより、お前のこと気にしてないよ。
賢:だからさ、お前も気にするなよ。
賢:たった一度きりの人生なんだからさ。
賢:自分の思う通りに生きろよ」
有慈:「・・・自分は小難しいことが苦手だって言うクセに、俺には難題を出すなぁ・・・賢は・・・」
賢:「平気だろ?
賢:お前は俺よりよっぽど頭が良いんだから、これくらいさ」
有慈:「何だよそれ・・・」
賢:「大丈夫。お前が解けない問題は、オレが一緒に解いてやるよ。
賢:ほら!もしかしたら、一周回って天才的な発想が浮かぶかもしれないし。
賢:馬鹿とハサミは使いよう・・・ってこういう時に使えばいいんだろ?」
有慈:「・・・なんでそんな胸張って言うんだよ。
有慈:全く、すぐに自虐ネタに走るんだから・・・ははっ」
賢:「おっ、ようやく笑ったな」
0:(有慈と賢、しばし笑い合う)
賢:「・・・あのさ、これだけは言っておく」
有慈:「ん?」
賢:「オレが友だちになりたいと思ったお前は、野球部のレギュラーの犬飼有慈じゃないぞ」
有慈:「うん」
賢:「成績優秀な優等生の犬飼有慈でもないからな」
有慈:「・・・うん」
賢:「オレが・・・オレが友だちになりたいと思ったお前はさ」
0:(ほんの少し間)
賢:「・・・隣の席にいる馬鹿なクラスメイトでも見捨てず、根気強く面倒を見てくれる。
賢:そんな優しいお前と友だちになりたいと・・・そう思ったんだよ、あるじ」
有慈:「・・・っ」
賢:「あー・・・今日はめちゃめちゃ良い天気だな。
賢:ほら、行こうぜ。
賢:たまにはこんな風にサボるのも悪くない」
有慈:そう言って笑うキミに手を引かれ、扉の向こうへ一歩踏み出す。
有慈:見上げた夏の空は驚くほど青く、眩しくて。
有慈:降り注ぐ日差しは涙が出るほど眩しくて。
有慈:でも、それ以上に、隣で一緒に空を見上げる横顔に光るピアスが。
有慈:キミの笑顔が眩しくて。
有慈:どうしようもなく、胸が熱くなった。
0:(しばらくの間)
有慈:夏の終わり、俺は部活を辞めた。
有慈:その選択を逃げと言う人もいるかもしれない。
有慈:臆病者だと、笑う人もいるかもしれない。
有慈:けれど、もう怖いとは思わなかった。
有慈:夕日の色に染まった教室で、教科書と真面目な顔で向かい合っている。
有慈:そんなキミが隣にいれば、怖くないと思った。
賢:「・・・だーっ!やっと終わったー!」
有慈:「お疲れ。
有慈:最近はどの教科もだいぶ点数とれるようになってきたね、賢」
賢:「へへっ、どうよ、オレの成長ぶり!
賢:最近、先生から具合悪いのかって心配される程なんだぜ」
有慈:「それは褒められてるの?」
賢:「褒め言葉だよ。
賢:そう思って素直に喜んでおけば、自分にとってもプラスになるだろ?
賢:何でも前向きが一番!」
有慈:「ははっ・・・ーーー好きだなぁ」
賢:「えっ?」
有慈:「・・・いや、賢のそういうとこ。
有慈:いつも、真っ直ぐで、前向きで。
有慈:変なフィルターかけないで人と接するとこ、好きだなぁって思って」
賢:「あんまり褒めるなって。
賢:・・・でも、オレも好きだぜ、お前のこと」
有慈:ーーー好き。
有慈:その二文字を自分で口にする度。
有慈:キミが口にする度、心に何かが積もっていく。
有慈:
有慈:ひとつだけ、嘘をついた。
有慈:怖いことなら、ひとつだけあった。
有慈:
有慈:この心に積もっていく何かを打ち明けてしまえば、キミはきっと離れていく。
有慈:それは、今の俺にとっては何よりも怖くて。
有慈:何よりも耐え難いことだと、知っていたのに。
賢:「・・・同じ大学受かるといいよな」
有慈:「えっ?」
賢:「おいおい、前にも言っただろ?
賢:オレも頑張って、お前と同じ大学目指してみようかなーって」
有慈:「ああ・・・そんなこと、言ってたね」
賢:「そうそう!そうだよ!
賢:せっかくこれだけ勉強見てもらったし。
賢:それにオレ、お前とはずっと友だちで居たいからさ」
有慈:「・・・っ」
賢:「ん?どうした。難しい顔して。
賢:オレと一緒の大学行くの、そんなに嫌だった?」
有慈:「違う・・・違うよ」
賢:「じゃあ何だよ。正直に言えよ。
賢:だってオレたちさ・・・」
0:(ほんの少し間)
賢:「友だち、だろ?」
0:(ほんの少し間)
有慈:ーーー心に降り積もったそれは、その言葉で不意に、そして簡単に崩れた。
0:(ほんの少し間)
有慈:「・・・俺は賢とは友だちではいられない」
賢:「・・・え?」
有慈:「あっ・・・違うんだ。
有慈:ごめん、変なこと言って・・・
有慈:今のは聞かなかったことに・・・」
賢:(賢、食い気味に)
賢:「なっ・・・マジかよ。
賢:なんでだよ?意味わかんねぇ・・・なんで急にそんなこと」
有慈:「・・・急にじゃないよ。
有慈:ずっと前から、そう思ってた」
賢:「はぁ・・・?
賢:ってことはお前、そんなに前からオレのこと、友だちじゃねぇって思ってたのか・・・?」
有慈:「・・・」
賢:「・・・答えろよ。教えてくれよ、あるじ!
賢:お前オレのこと嫌いになったのかよ!?」
有慈:「・・・いっそ嫌いになれたら、どんなに良かったんだろうな」
賢:「は・・・?」
0:(少し間)
有慈:「俺・・・賢の事が好きだよ。
有慈:友だちとしてじゃなく、恋愛対象として・・・好きなんだ」
0:(しばらくの間)
有慈:隣の席。
有慈:いつも通り耳にピアスを光らせ、着崩した制服姿のキミがそこにいる。
有慈:視線はもちろん合わなくて、もちろん言葉なんか交わせる訳がなくて。
有慈:今にも逃げ出したくなる気持ちを抑え、一日を過ごす。
有慈:
有慈:あの日から、キミは一度も俺の目を見ない。
有慈:俺の傍へやっては来ない。
有慈:問題の答えを、求めには来ない。
有慈:
有慈:けど、それが正解だと俺は思っていた。
有慈:それが人にとっての当たり前で、その答えから外れてしまったのは自分だと、理解していた。
有慈:
有慈:だから、これで良いのだと、諦めていたのにーーー
賢:「・・・あるじ、話したいことがあるんだ」
有慈:夕暮れの教室、視線を上げれば赤く染まったキミが目の前に立っていた。
0:(しばらくの間)
賢:「・・・へぇ、なかなか緊張感あるな。
賢:こうしてこの場所に立つのって」
有慈:テスト休み期間の、静まり返ったグラウンド。
有慈:バットを振り回しながら、キミが打席に立つ。
有慈:向かい合う形でマウンドに立つ俺の手にはーーーグローブと白球。
賢:「どうだ。久々にそこに立つ感覚は」
有慈:「・・・怖い。今にも逃げ出したい」
賢:「なんでだよ。
賢:肩の痛みは治まってるって言ってたじゃん。
賢:それに、もうお前は野球部じゃないし、期待の二年生レギュラーでも何でもないだろ?」
有慈:「違う、そういう意味じゃない・・・
有慈:お前とこうして向き合うのが・・・怖い」
賢:「怖いって・・・人を化け物みたいに」
有慈:「いや・・・ごめん。違うんだ。
有慈:怖がられるのは・・・気持ち悪がられるのは俺の方だ。
有慈:だって・・・俺は・・・お前のこと・・・」
賢:(賢、食い気味に)
賢:「・・・ごちゃごちゃ言ってないで、投げてこいよ!
賢:まずは一球!」
有慈:そう言って、キミは打席でバットを構える。
有慈:いつもと同じ真っ直ぐな目でこちらを見る。
賢:「・・・よし、来い!」
有慈:「・・・っ(ボールを投げる)」
有慈:震える指先から離れたボールは、少し中心を逸れて、バックネットを揺らす。
賢:「(バットを振り抜く)っ!
賢:・・・だぁーーー!ダメだー!
賢:かすりもしねぇー!」
有慈:「・・・賢、ごめん。わからないよ、俺。
有慈:お前とどうしてこんな事をしなきゃいけないのか・・・」
賢:「いいんだよ!頭でぐだぐだ考えるな!
賢:さぁ、もう一球!」
有慈:「・・・っ!(ボールを投げる)」
賢:「(バットを振り抜く)っ!
賢:・・・くそーーー!また外した!」
有慈:「・・・嫌じゃないのか?」
賢:「は?何が」
有慈:「嫌じゃないのか?
有慈:友だちだと思っていたヤツから・・・
有慈:しかも同性の相手から好きだ、なんて告白されて。
有慈:お前は嫌じゃなかったのか?」
賢:「・・・嫌だと思ったら、こんな風に向かい合ってねぇよ。ばーか」
有慈:「(ハッとしたように息をのむ)」
賢:「ほら、もう一球!早く投げてこいよ!」
有慈:「・・・っ(ボールを投げる)」
賢:「(バットを振り抜く)っ!
賢:あーーー!やっぱ当たんねーな!
賢:くっそーーー!」
有慈:「・・・なぁ、さっきの言葉」
賢:「ん?」
有慈:「さっきの言葉・・・
有慈:どういう意味か、教えてほしい」
賢:「・・・やっと真っ直ぐ目が合ったな。
賢:この頭でっかち」
有慈:そう言ってキミは夕日を背に笑う。
賢:「・・・オレ、珍しくあれこれ考えてたんだけどさ。
賢:お前に好きだって言われても、気持ち悪いとか、嫌だなんて少しも思わなかったんだよな」
有慈:「えっ・・・?」
賢:「不思議だった。
賢:それこそ、同性のヤツから告白されるなんて、今まで経験したこと無いからだとも思った。
賢:けど、しばらく考えて、気が付いた」
0:(少し間)
賢:「オレもさ、お前と同じだよ、あるじ。
賢:派手な格好をしようが、勉強ができなかろうが馬鹿にせず、最初から真剣に向き合ってくれたお前だからこそ、その気持ちを受け容れられたんだって。
賢:お前の『好き』を受け止められるんだって」
有慈:「それって・・・つまり・・・」
賢:(賢、食い気味に)
賢:「さぁーて!そろそろ一本かっ飛ばすぞ!
賢:ほら、投げてくれよ。ラスト三球勝負。
賢:ど真ん中ストレートで」
有慈:真剣な表情で構えるキミに向かって、俺は小さく頷き返す。
有慈:手にした白球を強く握り締め、腕を大きく振りかぶってーーー
賢:「・・・しゃあ!当たった!」
有慈:白球が飛ぶ。
有慈:僅かにバットを掠ったそれは、目を見開いた俺の横を抜けるファーストゴロ。
賢:「なぁ、見ただろ!
賢: こんな風にお前の不安や心配は何もかも、オレが打ち返してやるから・・・(バットを振りかぶりながら)さっ!」
有慈:白球が飛ぶ。
有慈:しっかりと芯を捉えたそれは、はるか遠く飛んで小さく、見えなくなる。
賢:「だから!怖がるなよ!
賢:オレはお前が思っているよりもずっとーーー」
0:(少し間)
賢:「・・・お前のことが好きだよ!あるじ!」
有慈:白球が飛ぶ。
有慈:甲高い音を響かせ、夕暮れの空に放物線を描いたそれを、俺はしっかり受け止めた。
賢:「・・・ナイスキャッチ!」
有慈:ピッチャーフライーーーアウト。
有慈:でも嬉しそうに弾む声。
有慈:前を向けば、背にした空より真っ赤に染まったキミの顔。
有慈:
有慈:「俺も・・・好きだよ」
有慈:
有慈:受け止めたボールの代わりに投げた言葉。
有慈:それを聞いてキミはーーー優しく笑った。
0:~FIN~
0:『キミと白球』
有慈:耳にピアス。セットされた髪。着崩した制服。
有慈:普段なら、絶対に関わることのないタイプ。
有慈:だから、初めて隣の席から話しかけられた時はーーー正直に言うと少し驚いたんだ。
賢:「いぬかい・・・あるじ?」
有慈:「ゆうじ。犬飼有慈(いぬかい ゆうじ)」
賢:「ああ、なるほど。そっちか」
有慈:「そっち、ってどういう意味?」
賢:「あるじと読むか、ゆうじと読むかの二択に賭けてみた」
有慈:「・・・で、見事に外したわけだ」
賢:「そうそう。あー残念だわぁ」
有慈:「普通はゆうじって読むと思うんだけど・・・」
賢:「えー、あるじの方がカッコよくね?
賢:なんかこう・・・偉そうな感じで」
有慈:「偉そうな?」
賢:「ほら、よく言うじゃん。
賢:ご主人様の事を『あるじ』って。
賢:しかも、お前の名字、犬を飼うって書いて犬飼だろ?
賢:『いぬかい あるじ』
賢:・・・ほら、しっくりこねぇ?」
有慈:「(吹き出す)」
賢:「・・・今、俺の事アホだと思っただろ?」
有慈:「いや、そんなことはないよ・・・
有慈:なんて言うか面白いなぁ、とは思ったけど」
賢:「いいよいいよ、正直に言ってくれても。
賢:気にしてねぇから。実際オレ、頭悪いし」
有慈:「そんなこと言うなって。
有慈:なかなか良い感性してると思うぞ、俺は」
賢:「マジで?」
有慈:「マジマジ。少なくともインパクトはあったよ。
有慈:えーっと・・・古方(こがた)くん」
賢:「へぇ、オレの名前知ってんだ」
有慈:「まぁ、二年生の中では有名だからね。
有慈:名字くらいなら、俺でも知ってる」
賢:「有名?」
有慈:「女子にキャーキャー言われてる、モテ男の古方くん」
賢:「あー・・・まぁ、確かに女友達はそこそこ居るかもだけどさ・・・」
有慈:「そういうのをモテるって言うんだよ。
有慈:自覚無し?」
賢:「自覚無しというか・・・オレあんまり深く考えないタイプだから」
有慈:「へぇ、じゃあ天然タラシだな。
有慈:古方くんは」
賢:「ケンで良いって。「くん」付けなんて落ち着かない」
有慈:「ケン・・・どういう字?」
賢:「賢いって書いて賢(ケン)。
賢:賢くはないけど、賢」
有慈:「それ、自虐ネタ?」
賢:「まぁ、ウケ狙いってのもあるけど、覚えやすいだろ。今の自己紹介」
有慈:「紹介するだけで身を削っていくなぁ・・・」
賢:「いいのいいの!覚えてもらえりゃオールオッケー。
賢:てか、俺はお前のこと何て呼べば良い?
賢:犬飼?有慈?」
有慈:「何でも良いよ。お好きにどうぞ」
賢:「うーん・・・あっ、じゃあ、『あるじ』で!」
有慈:「・・・あえて、その呼び方でいくんだ」
賢:「折角だしさ。いいじゃん、あるじ!
賢:カッコイイじゃん!」
有慈:「そうかな?」
賢:「絶対そうだって!
賢:今からでも遅くないから、読み方『あるじ』に変えれば?」
有慈:「んー、気が向いたらね」
賢:「絶対そんな気無いだろ!
賢:・・・まあいいや。いつか気が向く日を楽しみに待ってるからな」
有慈:「わかった。じゃあ、気が向いたら真っ先に伝えるよ」
賢:「おっしゃ、約束な!これから卒業までよろしく、あるじ」
有慈:「ああ、よろしく、賢」
0:(しばらくの間)
有慈:隣の席にいるクラスメイト。
有慈:俺とキミの間にある関係は、あくまでそれだけ。
有慈:それだけのはずなのに、キミはやたらと人懐っこい性格で。
有慈:時折、俺の傍にやってきては、まるで仲の良い友だち同士のように振る舞った。
賢:「・・・あるじ!一生の頼みがある!」
有慈:「なんだよ。改まって」
賢:「五限の英語の授業なんだけどさ・・・
賢:このプリントの問二、答え教えてくれない?」
有慈:「・・・また課題やってくるの忘れたのか?」
賢:「忘れたんじゃねーよ!
賢:一生懸命考えたんだけど、わからなくて不貞寝(ふてね)したの!」
有慈:「不貞寝って・・・」
賢:「仕方ないだろ!
賢:分からないことをうだうだ考えるんだったら、一分一秒でも良質な睡眠を取る方が有意義!」
有慈:「最もらしいこと言うけど、実際テストの時に何も答えず不貞寝したら零点だからな」
賢:「うっ・・・それは・・・」
有慈:「(ため息)・・・becoming(ビカミング)」
賢:「・・・え?」
有慈:「問二。括弧(かっこ)に入る答え」
賢:「サンキュー!恩に着る!」
有慈:「全く・・・いつまでも人頼みだと、なかなか自分の身にならないぞ」
賢:「うっ・・・面目(めんぼく)ない」
有慈:「反省してる様子なので、今回は大目に見てあげよう」
賢:「ははーっ。神様、仏様、あるじ様~」
有慈:「うむうむ。苦しゅうない」
賢:「・・・てか、あるじって頭良いんだなー。
賢:もしかして、成績良い方?」
有慈:「まぁ・・・悪くはない、かな」
賢:「うわぁ・・・勉強できる人だぁ・・・
賢:もう一回拝んでおこう」
有慈:「拝んでも成績は上がらないからな?」
賢:「チッ・・・やっぱりダメか」
有慈:「賢はまず、授業中に教科書を開く所から始めないと」
賢:「それは分かってるんだけどさぁ。
賢:教科書開くと、どうしても眠くなっちゃうんだよなぁ~・・・
賢:昼休みの後は特に」
有慈:「昼休みの後に限ったことじゃないだろ。
有慈:この前は一限からずっと寝てたじゃないか」
賢:「うっ・・・何故それを・・・」
有慈:「そりゃあ隣の席なんだから、知ってるに決まってる」
賢:「そういやそうだ・・・ははは」
有慈:「笑って誤魔化してないで・・・ほら、あとはどの問題が分からないんだよ。
有慈:昼食べながら教えてあげるから」
賢:「良いのか!?」
有慈:「良いけど、答え丸写しはダメだぞ」
賢:「分かってるってー!
賢:あっ・・・でも、大丈夫か?
賢:お昼一緒に食べるヤツとか、居たりするんじゃ・・・」
有慈:「・・・大丈夫。いないよ」
賢:「へぇ・・・そうなんだ。なんか意外だわ。
賢:部活の仲間とかは?いないの?
賢:てか、あるじ何部だったっけ?」
有慈:「・・・野球部」
賢:「マジ!?うちの野球部って強豪だし、練習も厳しかったよな?
賢:そんな部に居て、勉強もできて・・・
賢:いやーすげぇ。尊敬するわー」
有慈:「すごくないよ・・・全然、すごくない」
賢:「またまた~!謙遜(けんそん)するなって!
賢:ちなみにポジションは?」
有慈:「・・・ピッチャー」
賢:「ふぅん・・・強豪野球部のピッチャーで、勉強も出来る好青年・・・
賢:人のことモテ男とか言うけど、実はお前もなかなかモテるんじゃ・・・」
有慈:(有慈、食い気味に)
有慈:「そんなことより、早くしないと昼休み無くなるよ」
賢:「あっ、やべ!そうだった!
賢:ちょっと待っててくれよ。
賢:今、飯用意するから・・・」
有慈:「・・・ねぇ、賢こそさ。俺以外に居ないの?」
賢:「何が?」
有慈:「その・・・勉強教えてくれる人とか、一緒に昼休みを過ごす友だちとか・・・」
賢:「なんだよ。オレが一緒に居ると迷惑なのか?」
有慈:「迷惑じゃないよ。
有慈:ただ・・・賢はいつも周りに人がいるからさ。
有慈:俺なんかで良いのかなって思って」
賢:「良いんだよ!
賢:オレはお前に勉強を教えてもらいたいし、今日はお前と飯を食べる気分なの。
賢:ただ単純に、それだけ」
有慈:「・・・そう」
賢:「あー!ほら、そうこうしてるうちに昼休み終わっちまう!
賢:問三から下、全部埋めなきゃいけないんだよ!
賢:あるじ、頼む!食べながらで良いから教えてくれ!」
有慈:「えっ・・・本当に全く手を付けてないの?」
賢:「オレの頭の悪さを舐めるな!
賢:何せ、成績は下から数えた方が早い男だからな!」
有慈:「・・・昼休みだけで終わるかなぁ・・・」
賢:「人間その気になれば何でもできる!
賢:頼むぜ、先生!」
有慈:「ははっ・・・はいはい」
賢:「よし、じゃあまず、問三の問題なんだけどさ・・・」
0:(しばらくの間)
有慈:派手な外見を誰に言われてもやめないように、キミはやると決めたらとことんやる性格のようで。
有慈:暇を見つけては、二人で額を突き合わせて勉強をする。
有慈:そんな日々が続いた。
賢:「あーーー!終わったぁーーー!」
有慈:「お疲れ様。
有慈:これで期末の範囲はひと通りおさらいしたかな」
賢:「うげぇ・・・そうだった・・・
賢:これからテストがあるんだった・・・」
有慈:「まぁまぁ、要点だけ抑えておけばそこそこ点数は取れるだろうし、気楽にいこうよ。
有慈:これが終われば夏休みも待ってるしさ」
賢:「そうだ!夏休み!
賢:海、プール、花火大会!楽しみ目白押しじゃん!
賢:よし、それを思えば頑張れる!」
有慈:「そうそう、その意気だよ、賢」
賢:「あー楽しみだなぁー。
賢:ちなみに、あるじは夏休みどうするんだ?
賢:どこか遊びに行くのか?」
有慈:「・・・残念ながら、テスト終わったら部活三昧かな」
賢:「そっか、野球部だもんなー。
賢:そういえば、今年も順調に勝ち進んでるんだっけ、予選大会」
有慈:「うん。ちょうど期末が終わったら決勝戦だ」
賢:「はぁー・・・すげぇなー。さすが強豪。
賢:このままいけば甲子園かー。
賢:噂の高校球児がこんなに身近にいるなんて、なんか実感湧かねぇな」
有慈:「まぁ、実際試合に出てる俺も実感湧かないけどね」
賢:「試合に出てる・・・?
賢:えっ、お前、レギュラーなの?」
有慈:「ああ・・・一応。
有慈:たまに先発で出させてもらう時もある」
賢:「マジか!あれだけ部員がいて、二年なのにレギュラー!?
賢:なんだよ、教えてくれよ!」
有慈:「いや・・・知ってるものだと思ってたから・・・」
賢:「あー、俺そういう事に全然疎(うと)くてさぁ。
賢:いやー・・・今のはマジでビビった」
有慈:「・・・じゃあ今まで、俺が野球部でどんな立場か知らずに、一緒にいたのか?」
賢:「知らない知らない!
賢:へぇ、野球やってんだなぁ、くらいのイメージしか無かったわ」
有慈:「そっか・・・だから何も気にせず話しかけてきてくれたのか・・・」
賢:「ん?何の話だよ」
有慈:「・・・いや、こっちの話」
賢:「なんだよ、そう言われると気になるな。
賢:教えてくれよ」
有慈:「いいからいいから。
有慈:・・・そんな事より、ほら、さっきやった範囲、わからないところはもう無い?」
賢:「あっ、実は数学のここなんだけど、公式がどうしても覚えられなくて・・・」
有慈:「ああ、そこは覚え方があってさ・・・」
賢:「・・・でも、残念だよなー。折角の夏休みなのに、お前、遊ぶ暇も無いのかー」
有慈:「そうだね。
有慈:まぁ、あくまで勝ち進めればの話なんだけどさ」
賢:「いやいや、どうせなら勝てよ!
賢:そんで、甲子園の土?ってやつ、お土産に持って帰ってきてくれ!」
有慈:「まだ出られるかも決まってないのに?」
賢:「ははっ、気が早いか」
有慈:「・・・まぁ、その前に賢はテスト頑張れ」
賢:「ちなみに、頑張ったらご褒美に何かくれんの?」
有慈:「うーん・・・じゃあ、甲子園の土で」
賢:「なるほど!それなら絶対赤点なんか取れねぇな」
有慈:「そうそう、頑張れ。
有慈:・・・よし、それじゃあ、俺はそろそろ部活に・・・」
賢:(賢、食い気味に)
賢:「あっ、そうだ!あるじ!」
有慈:「ん?どうした?」
賢:「大会終わったらでいいからさ。
賢:夏休み、どこか遊びに行こうぜ!約束な!」
有慈:「(少し面食らったように驚き、ふっと笑って)
有慈:・・・ああ、わかった。約束、な」
0:(ほんの少し間)
有慈:そう言って、笑いながら手を振るキミと別れ、教室を出て前を向く。
有慈:グラウンドへ向かう足は、いつもより少し軽い気がした。
有慈:いつもより少し、頑張れる気がした。
有慈:ーーーその時は、そう思えたんだ。
0:(しばらくの間)
賢:「・・・もしもし。オレだけど。
賢:今回は・・・その・・・残念だったな。
賢:甲子園には行けなかったけど、県では二位って事だろ?・・・すげーじゃん!
賢:とりあえず、今は気分切り替えてさ。
賢:・・・あっ、そうだ!どこか遊びに行こう!
賢:海でも山でも夏祭りでも、どこでもいい。
賢:どこか遊びに・・・えっ・・・?」
0:(少し間)
賢:「・・・怪我・・・?」
0:(しばらくの間)
有慈:ひとつ、呼吸をして足を踏み出す。
有慈:まだ夏の余韻(よいん)を残した教室は、いつもより落ち着きなく賑やかで。
有慈:その喧騒(けんそう)に紛れ、誰にも気付かれないように席に着く。
有慈:ひっそりと息を潜める。
有慈:
有慈:それでも時折感じる視線に。
有慈:憐れむような、責めるような視線に、息が詰まりそうになった。
有慈:
有慈:そんな時だった。
賢:「あーるじ、おはよう!」
有慈:「・・・賢・・・おはよう」
賢:「いやぁー。今日も暑っついなー!
賢:毎日クーラーの中で快適に過ごしてた夏休みがもう懐かしいぜ、全く」
有慈:「・・・そっか」
賢:「いやー・・・あっという間だったな、この一ヶ月半。
賢:バイトに遊びに明け暮れて、気付いたらもう八月三十一日だもんな。
賢:課題なんか全然終わってねぇっての、ははは」
有慈:「・・・へぇ」
賢:「あっ、そうだ!なぁ、お願いがあるんだけどさぁ。
賢:課題、教えてくんない?
賢:一人で頑張ってみようと思ったんだけど、一向に進まなくてさ。
賢:やっぱりオレ、お前がいないとダメみたいなんだわー」
有慈:「・・・」
賢:「なぁ、頼む!この通り!
賢:このままじゃ出だしから説教喰らっちゃうからさ!
賢:オレを助けると思って・・・な?頼むよ!」
有慈:「・・・なんで、俺ばっかりに頼るんだよ・・・」
賢:「は・・・?」
有慈:「・・・ごめん、賢。
有慈:俺、今そういう気分じゃないんだ。
有慈:悪いけど、他の人をあたって・・・」
賢:「ちょっと待てよ。
賢:どこ行くんだって、もうそろそろ先生来るぞ。
賢:初っ端からサボりなんてお前らしくない・・・」
有慈:「・・・お前らしくない・・・?
有慈:ねぇ、お前らしくないってどういう意味・・・?」
賢:「えっ・・・?」
有慈:「俺って、お前にとってどういう人間なの、賢。
有慈:サボりなんて絶対しない、真面目な優等生?
有慈:困った時に勉強を教えてくれる、隣の席の都合の良いクラスメイト?」
賢:「なんだよ・・・急に。別にオレは・・・お前をそんな風になんて・・・」
有慈:(有慈、食い気味に)
有慈:「思ってるだろ?
有慈:だから、お前らしくないって言葉が出てくるんだよ。
有慈:・・・いつもそうだ・・・俺が少しでも間違った事をすれば、失敗すれば、それは俺じゃなくなるんだ。
有慈:みんな勝手に期待して・・・失望するんだ・・・!」
賢:「おい・・・!落ち着けよ!
賢:誰もそんな事言ってねぇだろ?」
有慈:「嘘だ・・・言葉にしないだけで、みんな思ってる。
有慈:先輩を差し置いてレギュラー入りしたくせに、試合中に肩なんか痛めて・・・
有慈:結局、結果を残せなかったじゃないかって・・・!」
賢:「だから、オレはそんな事・・・!」
有慈:「・・・じゃあ、周りを見てみなよ。
有慈:俺たち二人を遠目から見るみんなの視線を・・・
有慈:呆れたような、憐れむような、そんな視線を・・・」
賢:「・・・っ」
有慈:「・・・ごめん。
有慈:やっぱり少し、頭冷やしてくる」
賢:「あるじ・・・っ!
賢:おい、待てって・・・!おいっ・・・!」
0:(ほんの少し間)
有慈:背中越し、追いかけてくるキミの声から逃げるように教室を飛び出した。
有慈:目元に感じる熱は、まだギラギラと照り付ける日差しのせいか、それともーーー
有慈:
有慈:何もかもから逃れたくて、まだ疼(うず)く肩と、張り裂けそうな胸の痛みに耐えながら登った階段の先。
有慈:その扉を開けようとした瞬間、ワイシャツを引かれ身体が傾(かし)いだ。
賢:「(息を切らしながら)待てって・・・言っただろうが・・・」
有慈:「賢・・・」
賢:「運動部の体力に敵うわけねぇだろっての・・・全く・・・」
賢:(肩で呼吸をしつつ、徐々に息を整える)
有慈:「・・・なんで追い掛けて来たんだよ。
有慈:放っておいてくれよ、俺のことなんか・・・」
賢:「知らねぇよ!そんなの!
賢:身体が勝手に動いたんだから、仕方ねぇだろ!」
有慈:「・・・っ、なんだよ、それ・・・意味がわからない」
賢:「・・・オレだってわかんねぇよ。
賢:つーか、答えられるわけねぇだろ。
賢:問二の答えも埋められない、このオレが」
0:(ほんの少し間)
有慈:そう言って、キミが目の前の扉を開け放つ。
有慈:夏の熱気を孕(はら)んだ風が、その髪を揺らした。
賢:「・・・オレさ。本当の事言うと、全然お前のこと知らなかったんだよな」
有慈:「は・・・?」
賢:「そう、知らなかったんだよ。お前のこと。
賢:成績が良いことも、野球部だってことも、レギュラーとして試合に出てたってことも、何一つ知らなかった」
有慈:「・・・でも、もう知ってしまったじゃないか。
有慈:俺が周囲からの期待に応えられなかった、情けない人間だって・・・
有慈:そのイライラを人にぶつけるような、酷い人間だって・・・」
賢:「・・・それを知ったから何だって言うんだよ」
有慈:「えっ?」
賢:「あのさ、お前、絶対勘違いしてるよ。
賢:オレがそんな細かいこと考えて動くような人間に見えるか?
賢:テストだってお前に教えてもらわなきゃ、赤点寸前なのにさ」
有慈:「それとこれとは関係ないだろ・・・」
賢:「ありあり、大ありだよ。
賢:オレ、お前が思ってるより、よっぽど馬鹿なんだぜ?
賢:そいつが周りにどう思われてるかなんて、いちいち頭に入れて動けるかっつーの」
有慈:「・・・つまり、何が言いたいんだよ」
賢:「だからぁ!
賢:オレはお前が周囲からどう思われてようと、ありのままのお前が好きだって言ってんの!」
有慈:「・・・っ!」
賢:「・・・あーっ!!なんか今の告白みてぇじゃん。
賢:女子にもこんなストレートな台詞、言ったことないのに。
賢:恥ずかしい!今、すっげー恥ずかしい!」
有慈:「だったら・・・だったら言わなきゃ良かったじゃないか・・・
有慈:俺なんかの為に、そんな恥ずかしい思いしなくたって良かったじゃないか・・・」
賢:「けど、それくらい伝えないと、分かんねーだろうが、この頭でっかち」
有慈:「・・・」
賢:「・・・あのさ、あるじ。
賢:周囲の人間は、お前が考えてるより、お前のこと気にしてないよ。
賢:だからさ、お前も気にするなよ。
賢:たった一度きりの人生なんだからさ。
賢:自分の思う通りに生きろよ」
有慈:「・・・自分は小難しいことが苦手だって言うクセに、俺には難題を出すなぁ・・・賢は・・・」
賢:「平気だろ?
賢:お前は俺よりよっぽど頭が良いんだから、これくらいさ」
有慈:「何だよそれ・・・」
賢:「大丈夫。お前が解けない問題は、オレが一緒に解いてやるよ。
賢:ほら!もしかしたら、一周回って天才的な発想が浮かぶかもしれないし。
賢:馬鹿とハサミは使いよう・・・ってこういう時に使えばいいんだろ?」
有慈:「・・・なんでそんな胸張って言うんだよ。
有慈:全く、すぐに自虐ネタに走るんだから・・・ははっ」
賢:「おっ、ようやく笑ったな」
0:(有慈と賢、しばし笑い合う)
賢:「・・・あのさ、これだけは言っておく」
有慈:「ん?」
賢:「オレが友だちになりたいと思ったお前は、野球部のレギュラーの犬飼有慈じゃないぞ」
有慈:「うん」
賢:「成績優秀な優等生の犬飼有慈でもないからな」
有慈:「・・・うん」
賢:「オレが・・・オレが友だちになりたいと思ったお前はさ」
0:(ほんの少し間)
賢:「・・・隣の席にいる馬鹿なクラスメイトでも見捨てず、根気強く面倒を見てくれる。
賢:そんな優しいお前と友だちになりたいと・・・そう思ったんだよ、あるじ」
有慈:「・・・っ」
賢:「あー・・・今日はめちゃめちゃ良い天気だな。
賢:ほら、行こうぜ。
賢:たまにはこんな風にサボるのも悪くない」
有慈:そう言って笑うキミに手を引かれ、扉の向こうへ一歩踏み出す。
有慈:見上げた夏の空は驚くほど青く、眩しくて。
有慈:降り注ぐ日差しは涙が出るほど眩しくて。
有慈:でも、それ以上に、隣で一緒に空を見上げる横顔に光るピアスが。
有慈:キミの笑顔が眩しくて。
有慈:どうしようもなく、胸が熱くなった。
0:(しばらくの間)
有慈:夏の終わり、俺は部活を辞めた。
有慈:その選択を逃げと言う人もいるかもしれない。
有慈:臆病者だと、笑う人もいるかもしれない。
有慈:けれど、もう怖いとは思わなかった。
有慈:夕日の色に染まった教室で、教科書と真面目な顔で向かい合っている。
有慈:そんなキミが隣にいれば、怖くないと思った。
賢:「・・・だーっ!やっと終わったー!」
有慈:「お疲れ。
有慈:最近はどの教科もだいぶ点数とれるようになってきたね、賢」
賢:「へへっ、どうよ、オレの成長ぶり!
賢:最近、先生から具合悪いのかって心配される程なんだぜ」
有慈:「それは褒められてるの?」
賢:「褒め言葉だよ。
賢:そう思って素直に喜んでおけば、自分にとってもプラスになるだろ?
賢:何でも前向きが一番!」
有慈:「ははっ・・・ーーー好きだなぁ」
賢:「えっ?」
有慈:「・・・いや、賢のそういうとこ。
有慈:いつも、真っ直ぐで、前向きで。
有慈:変なフィルターかけないで人と接するとこ、好きだなぁって思って」
賢:「あんまり褒めるなって。
賢:・・・でも、オレも好きだぜ、お前のこと」
有慈:ーーー好き。
有慈:その二文字を自分で口にする度。
有慈:キミが口にする度、心に何かが積もっていく。
有慈:
有慈:ひとつだけ、嘘をついた。
有慈:怖いことなら、ひとつだけあった。
有慈:
有慈:この心に積もっていく何かを打ち明けてしまえば、キミはきっと離れていく。
有慈:それは、今の俺にとっては何よりも怖くて。
有慈:何よりも耐え難いことだと、知っていたのに。
賢:「・・・同じ大学受かるといいよな」
有慈:「えっ?」
賢:「おいおい、前にも言っただろ?
賢:オレも頑張って、お前と同じ大学目指してみようかなーって」
有慈:「ああ・・・そんなこと、言ってたね」
賢:「そうそう!そうだよ!
賢:せっかくこれだけ勉強見てもらったし。
賢:それにオレ、お前とはずっと友だちで居たいからさ」
有慈:「・・・っ」
賢:「ん?どうした。難しい顔して。
賢:オレと一緒の大学行くの、そんなに嫌だった?」
有慈:「違う・・・違うよ」
賢:「じゃあ何だよ。正直に言えよ。
賢:だってオレたちさ・・・」
0:(ほんの少し間)
賢:「友だち、だろ?」
0:(ほんの少し間)
有慈:ーーー心に降り積もったそれは、その言葉で不意に、そして簡単に崩れた。
0:(ほんの少し間)
有慈:「・・・俺は賢とは友だちではいられない」
賢:「・・・え?」
有慈:「あっ・・・違うんだ。
有慈:ごめん、変なこと言って・・・
有慈:今のは聞かなかったことに・・・」
賢:(賢、食い気味に)
賢:「なっ・・・マジかよ。
賢:なんでだよ?意味わかんねぇ・・・なんで急にそんなこと」
有慈:「・・・急にじゃないよ。
有慈:ずっと前から、そう思ってた」
賢:「はぁ・・・?
賢:ってことはお前、そんなに前からオレのこと、友だちじゃねぇって思ってたのか・・・?」
有慈:「・・・」
賢:「・・・答えろよ。教えてくれよ、あるじ!
賢:お前オレのこと嫌いになったのかよ!?」
有慈:「・・・いっそ嫌いになれたら、どんなに良かったんだろうな」
賢:「は・・・?」
0:(少し間)
有慈:「俺・・・賢の事が好きだよ。
有慈:友だちとしてじゃなく、恋愛対象として・・・好きなんだ」
0:(しばらくの間)
有慈:隣の席。
有慈:いつも通り耳にピアスを光らせ、着崩した制服姿のキミがそこにいる。
有慈:視線はもちろん合わなくて、もちろん言葉なんか交わせる訳がなくて。
有慈:今にも逃げ出したくなる気持ちを抑え、一日を過ごす。
有慈:
有慈:あの日から、キミは一度も俺の目を見ない。
有慈:俺の傍へやっては来ない。
有慈:問題の答えを、求めには来ない。
有慈:
有慈:けど、それが正解だと俺は思っていた。
有慈:それが人にとっての当たり前で、その答えから外れてしまったのは自分だと、理解していた。
有慈:
有慈:だから、これで良いのだと、諦めていたのにーーー
賢:「・・・あるじ、話したいことがあるんだ」
有慈:夕暮れの教室、視線を上げれば赤く染まったキミが目の前に立っていた。
0:(しばらくの間)
賢:「・・・へぇ、なかなか緊張感あるな。
賢:こうしてこの場所に立つのって」
有慈:テスト休み期間の、静まり返ったグラウンド。
有慈:バットを振り回しながら、キミが打席に立つ。
有慈:向かい合う形でマウンドに立つ俺の手にはーーーグローブと白球。
賢:「どうだ。久々にそこに立つ感覚は」
有慈:「・・・怖い。今にも逃げ出したい」
賢:「なんでだよ。
賢:肩の痛みは治まってるって言ってたじゃん。
賢:それに、もうお前は野球部じゃないし、期待の二年生レギュラーでも何でもないだろ?」
有慈:「違う、そういう意味じゃない・・・
有慈:お前とこうして向き合うのが・・・怖い」
賢:「怖いって・・・人を化け物みたいに」
有慈:「いや・・・ごめん。違うんだ。
有慈:怖がられるのは・・・気持ち悪がられるのは俺の方だ。
有慈:だって・・・俺は・・・お前のこと・・・」
賢:(賢、食い気味に)
賢:「・・・ごちゃごちゃ言ってないで、投げてこいよ!
賢:まずは一球!」
有慈:そう言って、キミは打席でバットを構える。
有慈:いつもと同じ真っ直ぐな目でこちらを見る。
賢:「・・・よし、来い!」
有慈:「・・・っ(ボールを投げる)」
有慈:震える指先から離れたボールは、少し中心を逸れて、バックネットを揺らす。
賢:「(バットを振り抜く)っ!
賢:・・・だぁーーー!ダメだー!
賢:かすりもしねぇー!」
有慈:「・・・賢、ごめん。わからないよ、俺。
有慈:お前とどうしてこんな事をしなきゃいけないのか・・・」
賢:「いいんだよ!頭でぐだぐだ考えるな!
賢:さぁ、もう一球!」
有慈:「・・・っ!(ボールを投げる)」
賢:「(バットを振り抜く)っ!
賢:・・・くそーーー!また外した!」
有慈:「・・・嫌じゃないのか?」
賢:「は?何が」
有慈:「嫌じゃないのか?
有慈:友だちだと思っていたヤツから・・・
有慈:しかも同性の相手から好きだ、なんて告白されて。
有慈:お前は嫌じゃなかったのか?」
賢:「・・・嫌だと思ったら、こんな風に向かい合ってねぇよ。ばーか」
有慈:「(ハッとしたように息をのむ)」
賢:「ほら、もう一球!早く投げてこいよ!」
有慈:「・・・っ(ボールを投げる)」
賢:「(バットを振り抜く)っ!
賢:あーーー!やっぱ当たんねーな!
賢:くっそーーー!」
有慈:「・・・なぁ、さっきの言葉」
賢:「ん?」
有慈:「さっきの言葉・・・
有慈:どういう意味か、教えてほしい」
賢:「・・・やっと真っ直ぐ目が合ったな。
賢:この頭でっかち」
有慈:そう言ってキミは夕日を背に笑う。
賢:「・・・オレ、珍しくあれこれ考えてたんだけどさ。
賢:お前に好きだって言われても、気持ち悪いとか、嫌だなんて少しも思わなかったんだよな」
有慈:「えっ・・・?」
賢:「不思議だった。
賢:それこそ、同性のヤツから告白されるなんて、今まで経験したこと無いからだとも思った。
賢:けど、しばらく考えて、気が付いた」
0:(少し間)
賢:「オレもさ、お前と同じだよ、あるじ。
賢:派手な格好をしようが、勉強ができなかろうが馬鹿にせず、最初から真剣に向き合ってくれたお前だからこそ、その気持ちを受け容れられたんだって。
賢:お前の『好き』を受け止められるんだって」
有慈:「それって・・・つまり・・・」
賢:(賢、食い気味に)
賢:「さぁーて!そろそろ一本かっ飛ばすぞ!
賢:ほら、投げてくれよ。ラスト三球勝負。
賢:ど真ん中ストレートで」
有慈:真剣な表情で構えるキミに向かって、俺は小さく頷き返す。
有慈:手にした白球を強く握り締め、腕を大きく振りかぶってーーー
賢:「・・・しゃあ!当たった!」
有慈:白球が飛ぶ。
有慈:僅かにバットを掠ったそれは、目を見開いた俺の横を抜けるファーストゴロ。
賢:「なぁ、見ただろ!
賢: こんな風にお前の不安や心配は何もかも、オレが打ち返してやるから・・・(バットを振りかぶりながら)さっ!」
有慈:白球が飛ぶ。
有慈:しっかりと芯を捉えたそれは、はるか遠く飛んで小さく、見えなくなる。
賢:「だから!怖がるなよ!
賢:オレはお前が思っているよりもずっとーーー」
0:(少し間)
賢:「・・・お前のことが好きだよ!あるじ!」
有慈:白球が飛ぶ。
有慈:甲高い音を響かせ、夕暮れの空に放物線を描いたそれを、俺はしっかり受け止めた。
賢:「・・・ナイスキャッチ!」
有慈:ピッチャーフライーーーアウト。
有慈:でも嬉しそうに弾む声。
有慈:前を向けば、背にした空より真っ赤に染まったキミの顔。
有慈:
有慈:「俺も・・・好きだよ」
有慈:
有慈:受け止めたボールの代わりに投げた言葉。
有慈:それを聞いてキミはーーー優しく笑った。
0:~FIN~