台本概要
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タイトル | キミと白球 |
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作者名 | akodon (@akodon1) |
ジャンル | ラブストーリー |
演者人数 | 2人用台本(男1、女1) |
時間 | 40 分 |
台本使用規定 | 非商用利用時は連絡不要 |
説明 |
夕日と、キミと、白球と。 高校生がもだもだ恋愛するお話です。 825 views |
キャラ説明
名前 | 性別 | 台詞数 | 説明 |
---|---|---|---|
美智 | 男 | 149 | 空木 美智(うつぎ・よしのり)。高校2年生。 |
知恵 | 女 | 149 | 日下 知恵(くさか・ちえ)。高校2年生。 |
※役をクリックするとセリフに色が付きます。
台本本編
0:『キミと白球』
美智:耳にピアス。
美智:陽射しを受けてキラキラと光る髪。
美智:着崩した制服。
美智:普段なら、絶対に関わることのないタイプ。
美智:だから、初めて隣の席から話しかけられた時はーーー正直、少し驚いたんだ。
知恵:「そらき・・・ミチ?」
美智:「よしのり。空木美智(うつぎ よしのり)」
知恵:「あっ、全然違った」
美智:「違った?」
知恵:「キミの名前。
知恵:名字も名前もなんて読むか全然分からなくて。
知恵:とりあえず、当てずっぽうに言ってみた」
美智:「・・・で、見事に外したわけだ」
知恵:「そうそう。あーあ、残念」
美智:「まぁ、空木なんて珍しい名字だし、なかなか読めないとは言われるけどさ。
美智:男にミチはちょっと、変じゃないか?」
知恵:「変?」
美智:「だってほら、ミチって聞いたらなんとなく女の子を思い浮かべるだろ?」
知恵:「そうかなー?
知恵:別にマコトとかアキラって名前の女の子もいるじゃん。
知恵:ミチって名前の男の子がいても良いと思う!
知恵:流行の最先端!」
美智:「(吹き出す)」
知恵:「・・・今、アタシの事、アホだと思ったでしょ?」
美智:「いや、そんなことはないけど・・・
美智:なんて言うか面白いなぁ、って」
知恵:「いいよいいよ、気にしてないし。
知恵:実際アタシ、頭悪いし」
美智:「そんなこと言うなよ。
美智:なかなか良い感性してると思うぞ、俺は」
知恵:「マジ?」
美智:「マジマジ。
美智:少なくともインパクトはあったよ。
美智:えーっと・・・日下(くさか)さん?」
知恵:「へぇ、アタシのこと知ってるんだ」
美智:「まぁ、二年生の中では有名だからね。
美智:名字くらいなら、俺も知ってる」
知恵:「有名?」
美智:「男女問わずモテモテで、いつも皆の中心にいる、明るく元気な日下さん」
知恵:「うーん・・・まぁ、元気で脳天気なのは認めるけどさぁ・・・」
美智:「そういうところがモテてるんだよ。
美智:自覚無し?」
知恵:「自覚無しというか・・・
知恵:アタシ、あんまり深く考えないタイプだから」
美智:「へぇ、じゃあ天然タラシだな。
美智:日下さんは」
知恵:「チエで良いって。
知恵:『さん』付けなんて落ち着かない」
美智:「チエ・・・どういう字?」
知恵:「知るに恵みって書いて知恵(チエ)。
知恵:それほど知恵はないけど、知恵」
美智:「それ、自虐ネタ?」
知恵:「まぁ、ウケ狙いってのもあるけど、覚えやすいでしょ。
知恵:今の自己紹介」
美智:「紹介するだけで身を削っていくなぁ・・・」
知恵:「いいのいいの!覚えてもらえればオールオッケー。
知恵:てか、アタシはキミのこと何て呼べば良い?
知恵:空木くん?それとも美智くん?」
美智:「何でも良いよ。お好きにどうぞ」
知恵:「うーん・・・
知恵:じゃあ、『ミチ』で!」
美智:「・・・あえて、その呼び方でいくんだ」
知恵:「折角だし。いいじゃん、ミチ。
知恵:素敵じゃない?」
美智:「そうかな?」
知恵:「絶対そうだって!
知恵:今からでも遅くないから、読み方変えれば?」
美智:「んー、気が向いたらね」
知恵:「もう!全くそんな気無いでしょ!
知恵:・・・まあいいや。いつか気が向く日を楽しみに待ってる」
美智:「わかった。じゃあ、気が向いたら真っ先に伝えるよ」
知恵:「よし、じゃあ約束!
知恵:これから卒業までよろしく、ミチ」
美智:「ああ、よろしく、知恵」
0:(しばらくの間)
美智:隣の席にいるクラスメイト。
美智:俺とキミの間にある関係は、あくまでそれだけ。
美智:それだけのはずなのに、キミはやたらと人懐っこい性格で。
美智:時折、俺の傍にやってきては、まるで仲の良い友だち同士のように振る舞った。
知恵:「・・・ミチ!一生のお願い!」
美智:「なんだよ。改まって」
知恵:「五限の英語の授業なんだけどね・・・
知恵:このプリントの問二、答え教えてくれない?」
美智:「・・・また課題やってくるの忘れたのか?」
知恵:「忘れたんじゃないよ!
知恵:一生懸命考えたんだけど、わからなくて不貞寝(ふてね)したの!」
美智:「不貞寝(ふてね)って・・・」
知恵:「仕方ないでしょ!
知恵:分からないことをうだうだ考えるんだったら、一分一秒でも良質な睡眠を取る方が有意義!
知恵:美容と健康にも良い!」
美智:「最もらしいこと言うけど、実際テストの時に何も答えず不貞寝したら零点だからな」
知恵:「うう・・・それは・・・」
美智:「(ため息)・・・becoming(ビカミング)」
知恵:「・・・え?」
美智:「問二。括弧(かっこ)に入る答え」
知恵:「ありがとう!助かる~!」
美智:「全く・・・いつまでも人頼みだと、なかなか自分の身にならないぞ」
知恵:「うっ・・・ごめんなさい・・・」
美智:「反省してる様子なので、今回は大目に見てあげよう」
知恵:「ははーっ。神様、仏様、ミチ様様~」
美智:「うむうむ。苦しゅうない」
知恵:「・・・てか、ミチって頭良いんだねー。
知恵:もしかして、成績良い方?」
美智:「まぁ・・・悪くはない、かな」
知恵:「うわぁ・・・勉強できる人だぁ・・・
知恵:もう一回拝んでおこう」
美智:「拝んでも成績は上がらないからね?」
知恵:「はぁ・・・やっぱりダメか」
美智:「知恵はまず、授業中に教科書を開く所から始めないと」
知恵:「それは分かってるんだけどねー。
知恵:教科書開くと、どうしても眠くなっちゃうんだよ~・・・昼休みの後は特に」
美智:「昼休みの後に限ったことじゃないだろ。
美智:この前は一限からずっと寝てたじゃないか」
知恵:「うっ・・・何故それを・・・」
美智:「そりゃあ隣の席なんだから、知ってるに決まってる」
知恵:「そういえばそうだ・・・ははは」
美智:「笑って誤魔化してないで・・・
美智:ほら、あとはどの問題が分からないんだよ。
美智:昼食べながら教えてあげるから」
知恵:「良いの!?」
美智:「良いけど、答え丸写しはダメだぞ」
知恵:「分かってるってー!
知恵:あっ・・・でも、大丈夫?
知恵:お昼一緒に食べる友だちとか・・・」
美智:「・・・大丈夫。いないよ」
知恵:「へぇ、そうなんだ・・・なんか意外。
知恵:部活の仲間とかもいないの?
知恵:てか、ミチ、何部だったっけ?」
美智:「・・・野球部」
知恵:「マジ!?うちの野球部って強豪だし、練習も厳しかったよね?
知恵:そんな部に居て、勉強もできて・・・
知恵:すごーい、尊敬するわぁ・・・」
美智:「すごくないよ・・・全然、すごくない」
知恵:「またまた~!謙遜(けんそん)しちゃって~。
知恵:ちなみにポジションは?」
美智:「・・・ピッチャー」
知恵:「ふぅん・・・強豪の野球部のピッチャーで、勉強も出来る好青年・・・
知恵:人のことモテるとか言うけど、実はミチの方こそ結構モテるんじゃ・・・」
美智:(美智、食い気味に)
美智:「そんなことより、早くしないと昼休み無くなるよ」
知恵:「あっ、ヤバい!そうだった!
知恵:ちょっと待ってて。今お弁当持ってくるから・・・」
美智:「・・・ねぇ、知恵こそさ。俺以外に居ないの?」
知恵:「何が?」
美智:「その・・・勉強教えてくれる人とか、一緒に昼休みを過ごす友だちとか・・・」
知恵:「何よ。アタシが一緒に居ると迷惑なの?」
美智:「迷惑じゃないよ。
美智:ただ・・・知恵はいつも周りに人がいるからさ、俺なんかで良いのかなって思って」
知恵:「良いの!アタシはキミに教えてもらいたいし、今日はキミとご飯を食べる気分なの。
知恵:ただ単純に、それだけ」
美智:「・・・そう」
知恵:「あー!ほら、そうこうしてるうちに昼休み終わっちゃうよ!
知恵:問三から下、全部埋めなきゃいけないんだから!
知恵:ミチ、お願い!食べながらで良いから教えて!」
美智:「えっ・・・本当に全く手を付けてないの?」
知恵:「アタシの頭の悪さを舐めるな~!
知恵:何せ、成績は下から数えた方が早いんだからね!」
美智:「・・・昼休みだけで終わるかなぁ・・・」
知恵:「人間その気になれば何でもできる!
知恵:お願いします、先生!」
美智:「ははっ・・・はいはい」
知恵:「よしっ、じゃあまず、問三の記号問題なんだけど・・・」
0:(しばらくの間)
美智:派手な外見を誰に言われてもやめないように、キミはやると決めたらとことんやる性格のようで。
美智:暇を見つけては、二人で額を突き合わせて勉強をする。
美智:そんな日々が続いた。
知恵:「あーーー!終わったぁーーー!」
美智:「お疲れ様。
美智:これで期末の範囲はひと通りおさらいしたかな」
知恵:「うげぇ・・・そうだ、これからテストがあるんだった・・・」
美智:「まぁまぁ、要点だけ抑えておけばそこそこ点数は取れるだろうし、気楽にいこうよ。
美智:これが終われば夏休みも待ってるしさ」
知恵:「そうだ!夏休み!
知恵:海、プール、花火大会!
知恵:楽しみ目白押しだ~!よぉし、頑張るぞ!」
美智:「そうそう、その意気だよ、知恵」
知恵:「あー楽しみだなぁー。
知恵:あっ、ミチは夏休みどうするの?
知恵:どこか遊びに行くの?」
美智:「・・・残念ながら、テスト終わったら部活三昧かな」
知恵:「そっか、野球部だもんねぇ。
知恵:そういえば、今年も順調に勝ち進んでるんだっけ、予選大会」
美智:「うん。ちょうど期末が終わったら決勝戦だ」
知恵:「すごーい。さすが強豪。
知恵:このままいけば、甲子園かー。
知恵:噂の高校球児がこんなに身近にいるなんて、なんか実感湧かないなー」
美智:「まぁ、実際試合に出てる俺も実感湧かないけどね」
知恵:「試合に出てる・・・?
知恵:えっ、ミチってレギュラーなの?」
美智:「ああ、一応。
美智:たまに先発で出させてもらう時もある」
知恵:「ウソっ!あれだけ部員がいて、二年なのにレギュラー!?
知恵:なんだー、教えてよー!」
美智:「いや・・・知ってるものだと思ってたから・・・」
知恵:「あー・・・アタシそういう事、めちゃめちゃ疎くてさぁ。
知恵:いやー・・・今のはマジでビックリした」
美智:「・・・じゃあ今まで、俺が野球部でどんな立場か知らずに、一緒にいたのか?」
知恵:「知らない知らない!
知恵:へぇ、野球やってるんだなぁ、くらいのイメージしか無かった」
美智:「そっか・・・だから何も気にせず話しかけてきてくれたのか・・・」
知恵:「え?何の話?」
美智:「・・・いや、こっちの話」
知恵:「なによー、そう言われると気になる。
知恵:ねぇ、教えてよー」
美智:「いいからいいから。
美智:・・・そんな事より、ほら、さっきやった範囲、わからないところはもう無い?」
知恵:「あっ、実は数学のここなんだけどさ、公式がどうしても覚えられなくて・・・」
美智:「ああ、そこは覚え方があって・・・」
知恵:「・・・でも、残念だよねー。
知恵:折角の夏休みなのに、ミチは遊ぶ暇も無いのかー」
美智:「そうだね。まぁ、勝ち進めればの話なんだけどさ」
知恵:「いやいや、どうせなら勝ちなよ!
知恵:それで、甲子園の土?ってやつ、お土産に持って帰ってきて!」
美智:「まだ出られるかも決まってないのに?」
知恵:「あははっ、気が早いか」
美智:「・・・まぁ、その前に知恵はテスト頑張れ」
知恵:「ちなみに、頑張ったらご褒美に何かくれるの?」
美智:「うーん・・・じゃあ、甲子園の土で」
知恵:「なるほど!それなら絶対赤点なんか取れないや」
美智:「うん、頑張れ。
美智:・・・よし、それじゃあ、俺はそろそろ部活に・・・」
知恵:(知恵、食い気味に)
知恵:「あっ、そうだ!ミチ!」
美智:「ん?どうした?」
知恵:「大会終わったらでいいからさ。
知恵:夏休み、どこか遊びに行こうよ!約束!」
美智:「(少し面食らったように驚き、ふっと笑って)
美智:・・・ああ、わかった。約束、な」
0:(少し間)
美智:そう言って、笑いながら手を振るキミと別れ、教室を出て前を向く。
美智:グラウンドへ向かう足は、いつもより少し軽い気がした。
美智:いつもより少し、頑張れる気がした。
美智:ーーーその時は、そう思えたんだ。
0:(しばらくの間)
知恵:「・・・もしもし。あっ、ミチ?
知恵:今回は・・・その・・・残念だったね。
知恵:とりあえず、今は気分切り替えてさ。
知恵:・・・あっ、そうだ!
知恵:約束どおり、どこか遊びに行こう!
知恵:海でも山でも夏祭りでも、どこでもいいよ。
知恵:どこか遊びにーーーえっ・・・?」
0:(少し間)
知恵:「・・・怪我・・・?」
0:(しばらくの間)
美智:ひとつ、呼吸をして足を踏み出す。
美智:まだ夏の余韻を残した教室は、いつもより落ち着きなく賑やかで。
美智:その喧騒(けんそう)に紛れ、誰にも気付かれないように席に着く。
美智:ひっそりと息を潜める。
美智:それでも時折感じる視線に。
美智:憐れむような、責めるような視線に、息が詰まりそうになった。
美智:
美智:そんな時だった。
知恵:「ミチ、おはよう!」
美智:「・・・知恵、おはよう」
知恵:「いやぁー。今日も暑っついねー!
知恵:毎日クーラーの中で快適に過ごしてた夏休みが恋しいよ、全く」
美智:「・・・そっか」
知恵:「はぁー・・・あっという間だったな~、この一ヶ月半。
知恵:バイトに遊びに明け暮れて、気付いたらもう八月三十一日だもん。
知恵:課題なんか全然終わってなくてさぁ。ははは」
美智:「・・・へぇ」
知恵:「ねぇ、ミチ。お願いがあるんだけどさ。
知恵:課題、教えてくれない?
知恵:一人で頑張ってみようと思ったんだけど、一向に進まなくて。
知恵:やっぱりアタシ、キミがいないとダメみたいでさー」
美智:「・・・」
知恵:「ねぇ、お願い!この通り!
知恵:このままじゃ出だしからお説教だよー!
知恵:アタシを助けると思って・・・ね?
知恵:お願いだから~・・・」
美智:「・・・なんで、俺ばっかりに頼るんだよ・・・」
知恵:「え・・・?」
美智:「・・・ごめん、知恵。
美智:俺、今そういう気分じゃないんだ。悪いけど、他の人をあたって・・・」
知恵:「ちょっと待ってよ。どこ行くの?
知恵:もうそろそろ先生来るよ。
知恵:初っ端からサボりなんてキミらしくない・・・」
美智:「・・・キミらしくない・・・?
美智:ねぇ、キミらしくないってどういう意味・・・?」
知恵:「えっ・・・?」
美智:「俺って、キミにとってどういう人間なの、知恵。
美智:サボりなんて絶対しない真面目な優等生?
美智:勉強を教えてくれる、隣の席の都合の良い同級生?」
知恵:「なに・・・急に。
知恵:別にアタシは・・・キミをそんな風になんて・・・」
美智:(美智、食い気味に)
美智:「思ってるだろ?
美智:だから、キミらしくないって言葉が出てくるんだよ。
美智:・・・いつもそうだ・・・俺が少しでも間違った事をすれば、失敗すれば、それは俺じゃなくなるんだ。
美智:みんな勝手に期待して・・・失望するんだ・・・!」
知恵:「ねぇ・・・!落ち着いてよ、ミチ!
知恵:誰もそんな事言ってないでしょ?」
美智:「嘘だ・・・言葉にしないだけで、みんな思ってる。
美智:先輩を差し置いてレギュラー入りしたくせに、試合中に肩なんか痛めて・・・
美智:結局、結果を残せなかったじゃないかって・・・!」
知恵:「だから、アタシはそんな事・・・!」
美智:「・・・じゃあ、周りを見てみなよ。
美智:俺たち二人を遠目から見るみんなの視線を・・・
美智:呆れたような、憐れむような、そんな視線を・・・」
知恵:「・・・っ」
美智:「・・・ごめん。やっぱり少し、頭冷やしてくる」
知恵:「ミチ・・・!ねぇ、待って・・・!
知恵:ねぇっ・・・!」
0:(ほんの少し間)
美智:背中越し、追いかけてくるキミの声から逃げるように教室を飛び出した。
美智:目元に感じる熱は、まだギラギラと照り付ける日差しのせいか、それともーーー
美智:何もかもから逃れたくて、まだ疼(うず)く肩と、張り裂けそうな胸の痛みに耐えながら登った階段の先。
美智:その扉を開けようとした瞬間、ワイシャツを引かれ身体が傾(かし)いだ。
知恵:「(息を切らしながら)
知恵:待ってって・・・言ったでしょ・・・?」
美智:「知恵・・・」
知恵:「運動部男子の体力に敵うわけないでしょ・・・
知恵:もう・・・全く・・・(肩で呼吸をしつつ、徐々に息を整える)」
美智:「・・・なんで追い掛けて来たんだよ。
美智:放っておいてくれよ、俺のことなんか・・・」
知恵:「知らないよ!そんなの!
知恵:身体が勝手に動いたんだから、仕方ないでしょ!」
美智:「なんだよ、それ・・・意味がわからない」
知恵:「・・・アタシだってわかんないよ。
知恵:っていうか、答えられるわけないでしょ。
知恵:問二の答えも埋められない、このアタシが」
0:(ほんの少し間)
美智:そう言って、キミが目の前の扉を開け放つ。
美智:夏の熱気を孕(はら)んだ風が、その髪を揺らした。
知恵:「・・・アタシさ。
知恵:本音を言うと、全然キミのこと知らなかったの」
美智:「は・・・?」
知恵:「そう、知らなかったんだよ。キミのこと。
知恵:成績が良いことも、野球部だってことも、レギュラーとして試合に出てたってことも、何一つ知らなかった」
美智:「・・・でも、もう知ってしまったじゃないか。
美智:俺が周囲からの期待に応えられなかった、情けない人間だって・・・
美智:そのイライラを人にぶつけるような、酷い人間だって・・・」
知恵:「・・・それを知ったから何だって言うの?」
美智:「えっ?」
知恵:「あのさ、キミ、絶対勘違いしてるよ。
知恵:アタシがそんな細かいこと考えて動くような人間に見える?
知恵:テストだってキミに教えてもらわなきゃ、赤点寸前なのにさ」
美智:「それとこれとは関係ないだろ・・・」
知恵:「ありあり、大ありだよ。
知恵:アタシ、キミが思ってるより、よっぽど馬鹿なんだよ?
知恵:その人が周りにどう思われてるかなんて、いちいち頭に入れて動けないっつーの」
美智:「・・・つまり、何が言いたいんだよ」
知恵:「だからぁ!
知恵:アタシは周囲からどう思われてようと、ありのままのキミが好きだって言ってんの!」
美智:「・・・っ!」
知恵:「・・・わーっ!!なんか今の告白みたいじゃん。
知恵:告白する時だって、こんなストレートな台詞、言ったことないのに。
知恵:恥ずかしい!今、すっごい恥ずかしい!」
美智:「だったら・・・言わなきゃ良かったじゃないか・・・
美智:俺なんかの為に、そんな恥ずかしい思いしなくたって良かったじゃないか・・・」
知恵:「けど、それくらい伝えないと、分かんないでしょ、この頭でっかち」
美智:「・・・」
知恵:「・・・あのね、ミチ。
知恵:周囲の人は、キミが考えてるより、キミのこと気にしてないよ。
知恵:だからさ、キミも気にしないでよ。
知恵:たった一度きりの人生なんだからさ。
知恵:自分の思う通りに生きなよ」
美智:「・・・自分は小難しいことが苦手だって言うクセに、俺には難題を出すなぁ・・・知恵は・・・」
知恵:「平気でしょ?
知恵:キミはアタシよりよっぽど頭が良いんだから、これくらい」
美智:「何だよそれ・・・」
知恵:「大丈夫。ミチが解けない問題は、アタシが一緒に解いてあげる。
知恵:あっ、馬鹿とハサミは使いよう・・・ってこういう時に使う言葉なんでしょ?
知恵:もしかしたら、一周回って天才的な発想が浮かんじゃうかもしれないね!」
美智:「・・・なんでそんな胸張って言うんだよ。
美智:全く、すぐに自虐ネタに走るんだから・・・ははっ」
知恵:「あっ、ようやく笑った」
0:(美智と知恵、しばし笑い合う)
知恵:「・・・あのさ、これだけは言っておくよ」
美智:「ん?」
知恵:「アタシが友だちになりたいと思ったキミは、野球部のレギュラーの空木美智(うつぎ よしのり)じゃないから」
美智:「うん」
知恵:「成績優秀な優等生の空木美智でもないからね」
美智:「・・・うん」
知恵:「アタシが・・・アタシが友だちになりたいと思ったキミはさ」
0:(ほんの少し間)
知恵:「・・・隣の席にいるお馬鹿なクラスメイトでも見捨てず、根気強く面倒を見てくれる。
知恵:そんな優しいキミだから、友だちになりたいと・・・
知恵:そう思ったんだよ、ミチ」
美智:「・・・っ」
知恵:「ん~・・・今日はすっごい良い天気だね。
知恵:ほら、行こう。
知恵:たまにはこんな風にサボるのも悪くない」
美智:そう言って笑うキミに手を引かれ、扉の向こうへ一歩踏み出す。
美智:見上げた夏の空は驚くほど青く眩しくて。
美智:降り注ぐ日差しは涙が出るほど眩しくて。
美智:でも、それ以上に、隣で一緒に空を見上げるその耳に光るピアスが、
美智:陽射しを受けてキラキラと輝く髪が眩しくて。
美智:
美智:キミの笑顔が眩しくて。
美智:
美智:どうしようもなく、胸が熱くなった。
0:(しばらくの間)
美智:夏の終わり、俺は部活を辞めた。
美智:その選択を逃げと言う人もいるかもしれない。
美智:臆病者だと、笑う人もいるかもしれない。
美智:けれど、もう怖いとは思わなかった。
美智:夕日の色に染まった教室で、教科書と真面目な顔で向かい合っている。
美智:そんなキミが隣にいれば、怖くないと思った。
知恵:「・・・あーっ!やっと終わったー!」
美智:「お疲れ。
美智:近頃はどの教科もだいぶ点数とれるようになってきたね、知恵」
知恵:「ふふっ、どう?アタシの成長ぶり!
知恵:最近、先生から具合悪いのかって心配される程なんだよ」
美智:「それは褒められてるの?」
知恵:「褒め言葉だよ。
知恵:そう思って素直に喜んでおけば、自分にとってもプラスになるでしょ?
知恵:何でも前向きが一番!」
美智:「ははっ・・・ーーー好きだなぁ」
知恵:「えっ?」
美智:「・・・いや、知恵のそういうとこ。
美智:いつも、真っ直ぐで、前向きで。
美智:変なフィルターかけないで人と接するとこ、好きだなぁって思って」
知恵:「あんまり褒めないでよ。
知恵:でも、アタシも好きだよ、キミのこと」
美智:ーーー好き。
美智:その二文字を自分で口にする度、キミが口にする度、心に何かが積もっていく。
美智:
美智:ひとつだけ、嘘をついた。
美智:怖いことなら、ひとつだけあった。
美智:
美智:この心に積もっていく何かを打ち明けてしまえば、キミは離れていくかもしれない。
美智:それは、今の俺にとっては何よりも怖くて。
美智:何よりも耐え難いことだと、知っていたのに。
知恵:「・・・同じ大学、受かるといいねー」
美智:「えっ?」
知恵:「もう、言ったでしょ?
知恵:アタシも頑張って、キミと同じ大学目指してみようかなーって」
美智:「ああ・・・そんなこと、言ってたね」
知恵:「そうそう!この夏、一生懸命頑張った成果を試したいの!
知恵:こんなアタシでも、努力すればどうにかなるんだぞーって」
美智:「・・・」
知恵:「ん?どうしたの。難しい顔して。
知恵:アタシと一緒の大学行くの、そんなに嫌だった?」
美智:「違う・・・違うよ」
知恵:「何?正直に言ってよ。
知恵:だってアタシたちさ・・・」
0:(ほんの少し間)
知恵:「友だち、でしょ?」
0:(ほんの少し間)
美智:ーーー心に降り積もったそれは、その言葉で不意に、そして簡単に崩れた。
0:(ほんの少し間)
美智:「・・・俺は知恵とは友だちではいられない」
知恵:「・・・え?」
美智:「あっ・・・違うんだ。
美智:ごめん、変なこと言って・・・
美智:今のは聞かなかったことに・・・」
知恵:(知恵、食い気味に)
知恵:「えっ・・・嘘でしょ。
知恵:なんで?意味わかんない・・・
知恵:どうして急にそんなこと」
美智:「・・・急にじゃないよ。ずっと前から、そう思ってた」
知恵:「ずっと・・・?
知恵:ってことは、そんなに前からアタシのこと、友だちじゃないって思ってたの・・・?」
美智:「・・・」
知恵:「・・・答えてよ。教えてよ、ミチ!
知恵:アタシのこと嫌いになったの!?」
美智:「・・・いっそ嫌いになれたら、どんなに良かったんだろうな」
知恵:「え・・・?」
0:(少し間)
美智:「俺・・・知恵の事が好きだよ。
美智:一人の女の子として・・・好きなんだ」
0:(しばらくの間)
美智:隣の席。
美智:いつも通り耳にピアスを光らせ、着崩した制服姿のキミがそこにいる。
美智:視線はもちろん合わなくて、もちろん言葉なんか交わせる訳がなくて。
美智:今にも逃げ出したくなる気持ちを抑え、一日を過ごす。
美智:
美智:あの日から、キミは一度も俺の目を見ない。
美智:俺の傍へやっては来ない。
美智:問題の答えを、求めには来ない。
美智:
美智:けど、それもひとつの正解だと。
美智:間違ってしまったのは自分なんだと、思っていた。
美智:だから、これで良いのだと、諦めていたのにーーー
知恵:「・・・ミチ、話したいことがあるんだ」
美智:夕暮れの教室、視線を上げれば赤く染まったキミが目の前に立っていた。
0:(しばらくの間)
知恵:「・・・へぇ、なかなか緊張感あるね。
知恵:こうしてこの場所に立つのって」
美智:テスト休み期間の、静まり返ったグラウンド。
美智:バットを手に、キミが打席に立つ。
美智:向かい合う形でマウンドに立つ俺の手にはーーーグローブと白球。
知恵:「どう?久々にそこに立った感想は」
美智:「・・・怖い。今にも逃げ出したい」
知恵:「なんでよ。肩の痛みは治まってるって言ってたじゃん。
知恵:それに、もうキミは野球部期待の二年生レギュラーでも何でもないんでしょ?」
美智:「違う、そういう意味じゃない・・・
美智:キミとこうして向き合うのが・・・怖い」
知恵:「怖いって・・・何が怖いのよ」
美智:「だって・・・キミは・・・俺のこと・・・」
知恵:(知恵、食い気味に)
知恵:「ごちゃごちゃ言ってないで、投げてこい!まずは一球!」
美智:そう言って、キミは打席でバットを構える。
美智:いつもと同じ真っ直ぐな目でこちらを見る。
知恵:「・・・よし、いつでもどうぞ!」
美智:「・・・っ(ボールを投げる)」
美智:震える指先から離れたボールは、少し中心を逸れて、バックネットを揺らす。
知恵:「(バットを振り抜く)っ!
知恵:・・・あーーー!ダメだー!
知恵:かすりもしないー!」
美智:「・・・知恵、ごめん。わからないよ、俺。
美智:キミとどうしてこんな事をしなきゃいけないのか・・・」
知恵:「いいの!頭でぐだぐだ考えない!
知恵:さぁ、もう一球!」
美智:「・・・っ!(ボールを投げる)」
知恵:「(バットを振り抜く)っ!
知恵:・・・悔しいーーー!また外した!」
美智:「・・・嫌だったんじゃないのか?」
知恵:「何が?」
美智:「嫌だったんじゃないのか?
美智:友だちだと思っていたヤツから好きだ、なんて告白されて。
美智:だからキミは俺の傍から離れようとしたんじゃないのか?」
知恵:「・・・嫌だと思ったら、こんな風に向かい合ってるわけないでしょ。ばーか」
美智:「(ハッとしたように息をのむ)」
知恵:「ほら、もう一球!早く投げて!」
美智:「・・・っ(ボールを投げる)」
知恵:「(バットを振り抜く)っ!あーーー!
知恵:やっぱ当たんないよー!もーーー!」
美智:「・・・なぁ、さっきの言葉」
知恵:「ん?」
美智:「さっきの言葉・・・
美智:どういう意味か、教えてほしい」
知恵:「・・・やっと真っ直ぐ目が合ったな。
知恵:この頭でっかちめ」
美智:そう言ってキミは夕日を背に笑う。
知恵:「・・・アタシも怖かっただけだよ」
美智:「えっ・・・?」
知恵:「アタシもさ、キミと同じだよ、ミチ。
知恵:口では色々前向きなこと言ってるけど、怖かっただけ。
知恵:真面目で優等生なキミと釣り合う人間なのかな、って不安になったの。
知恵:だから、少しキミのそばに居るのが怖くなった。でも・・・」
0:(ほんの少し間)
知恵:「こんな格好してるからって・・・
知恵:勉強ができないからって馬鹿にせず、真剣に向き合ってくれたキミなら、アタシも怖がらなくて良いんだって、そう思った」
美智:「それって・・・つまり・・・」
知恵:(知恵、食い気味に)
知恵:「さぁーて!
知恵:そろそろ一本かっ飛ばしちゃうぞ!
知恵:ほら、投げてよ。ラスト三球勝負。
知恵:ど真ん中ストレートで」
美智:真剣な表情で構えるキミに向かって、俺は小さく頷き返す。
美智:手にした白球を強く握り締め、腕を大きく振りかぶってーーー
知恵:「・・・やった!当たった!」
美智:白球が飛ぶ。
美智:僅かにバットを掠ったそれは、目を見開いた俺の横を抜けるファーストゴロ。
知恵:「ねぇ、見たでしょ!
知恵:アタシだってやればできるんだよ!
知恵:だから、こんな風にキミの不安や心配は何もかも、アタシが打ち返してみせるから・・・(バットを振りかぶりながら)さっ!」
美智:白球が飛ぶ。
美智:タイミングよく、しっかりと芯を捉えたそれは、はるか遠くに飛んで小さく、見えなくなる。
知恵:「だからさ!怖がらないでよ!
知恵:アタシはキミが思っているよりもずっとーーー」
0:(少し間)
知恵:「・・・キミのことが好きだよ!ミチ!」
美智:白球が飛ぶ。
美智:甲高い音を響かせ、夕暮れの空に放物線を描いたそれを、俺はしっかり受け止めた。
知恵:「・・・ナイスキャッチ!」
美智:ピッチャーフライーーーアウト。
美智:でも嬉しそうに弾むキミの声。
美智:前を向けば、背にした空より真っ赤に染まったキミの顔。
美智:
美智:「俺も・・・好きだよ」
美智:
美智:ボールの代わりに投げた言葉。
美智:それを聞いてキミはーーー優しく笑った。
0:~FIN~
0:『キミと白球』
美智:耳にピアス。
美智:陽射しを受けてキラキラと光る髪。
美智:着崩した制服。
美智:普段なら、絶対に関わることのないタイプ。
美智:だから、初めて隣の席から話しかけられた時はーーー正直、少し驚いたんだ。
知恵:「そらき・・・ミチ?」
美智:「よしのり。空木美智(うつぎ よしのり)」
知恵:「あっ、全然違った」
美智:「違った?」
知恵:「キミの名前。
知恵:名字も名前もなんて読むか全然分からなくて。
知恵:とりあえず、当てずっぽうに言ってみた」
美智:「・・・で、見事に外したわけだ」
知恵:「そうそう。あーあ、残念」
美智:「まぁ、空木なんて珍しい名字だし、なかなか読めないとは言われるけどさ。
美智:男にミチはちょっと、変じゃないか?」
知恵:「変?」
美智:「だってほら、ミチって聞いたらなんとなく女の子を思い浮かべるだろ?」
知恵:「そうかなー?
知恵:別にマコトとかアキラって名前の女の子もいるじゃん。
知恵:ミチって名前の男の子がいても良いと思う!
知恵:流行の最先端!」
美智:「(吹き出す)」
知恵:「・・・今、アタシの事、アホだと思ったでしょ?」
美智:「いや、そんなことはないけど・・・
美智:なんて言うか面白いなぁ、って」
知恵:「いいよいいよ、気にしてないし。
知恵:実際アタシ、頭悪いし」
美智:「そんなこと言うなよ。
美智:なかなか良い感性してると思うぞ、俺は」
知恵:「マジ?」
美智:「マジマジ。
美智:少なくともインパクトはあったよ。
美智:えーっと・・・日下(くさか)さん?」
知恵:「へぇ、アタシのこと知ってるんだ」
美智:「まぁ、二年生の中では有名だからね。
美智:名字くらいなら、俺も知ってる」
知恵:「有名?」
美智:「男女問わずモテモテで、いつも皆の中心にいる、明るく元気な日下さん」
知恵:「うーん・・・まぁ、元気で脳天気なのは認めるけどさぁ・・・」
美智:「そういうところがモテてるんだよ。
美智:自覚無し?」
知恵:「自覚無しというか・・・
知恵:アタシ、あんまり深く考えないタイプだから」
美智:「へぇ、じゃあ天然タラシだな。
美智:日下さんは」
知恵:「チエで良いって。
知恵:『さん』付けなんて落ち着かない」
美智:「チエ・・・どういう字?」
知恵:「知るに恵みって書いて知恵(チエ)。
知恵:それほど知恵はないけど、知恵」
美智:「それ、自虐ネタ?」
知恵:「まぁ、ウケ狙いってのもあるけど、覚えやすいでしょ。
知恵:今の自己紹介」
美智:「紹介するだけで身を削っていくなぁ・・・」
知恵:「いいのいいの!覚えてもらえればオールオッケー。
知恵:てか、アタシはキミのこと何て呼べば良い?
知恵:空木くん?それとも美智くん?」
美智:「何でも良いよ。お好きにどうぞ」
知恵:「うーん・・・
知恵:じゃあ、『ミチ』で!」
美智:「・・・あえて、その呼び方でいくんだ」
知恵:「折角だし。いいじゃん、ミチ。
知恵:素敵じゃない?」
美智:「そうかな?」
知恵:「絶対そうだって!
知恵:今からでも遅くないから、読み方変えれば?」
美智:「んー、気が向いたらね」
知恵:「もう!全くそんな気無いでしょ!
知恵:・・・まあいいや。いつか気が向く日を楽しみに待ってる」
美智:「わかった。じゃあ、気が向いたら真っ先に伝えるよ」
知恵:「よし、じゃあ約束!
知恵:これから卒業までよろしく、ミチ」
美智:「ああ、よろしく、知恵」
0:(しばらくの間)
美智:隣の席にいるクラスメイト。
美智:俺とキミの間にある関係は、あくまでそれだけ。
美智:それだけのはずなのに、キミはやたらと人懐っこい性格で。
美智:時折、俺の傍にやってきては、まるで仲の良い友だち同士のように振る舞った。
知恵:「・・・ミチ!一生のお願い!」
美智:「なんだよ。改まって」
知恵:「五限の英語の授業なんだけどね・・・
知恵:このプリントの問二、答え教えてくれない?」
美智:「・・・また課題やってくるの忘れたのか?」
知恵:「忘れたんじゃないよ!
知恵:一生懸命考えたんだけど、わからなくて不貞寝(ふてね)したの!」
美智:「不貞寝(ふてね)って・・・」
知恵:「仕方ないでしょ!
知恵:分からないことをうだうだ考えるんだったら、一分一秒でも良質な睡眠を取る方が有意義!
知恵:美容と健康にも良い!」
美智:「最もらしいこと言うけど、実際テストの時に何も答えず不貞寝したら零点だからな」
知恵:「うう・・・それは・・・」
美智:「(ため息)・・・becoming(ビカミング)」
知恵:「・・・え?」
美智:「問二。括弧(かっこ)に入る答え」
知恵:「ありがとう!助かる~!」
美智:「全く・・・いつまでも人頼みだと、なかなか自分の身にならないぞ」
知恵:「うっ・・・ごめんなさい・・・」
美智:「反省してる様子なので、今回は大目に見てあげよう」
知恵:「ははーっ。神様、仏様、ミチ様様~」
美智:「うむうむ。苦しゅうない」
知恵:「・・・てか、ミチって頭良いんだねー。
知恵:もしかして、成績良い方?」
美智:「まぁ・・・悪くはない、かな」
知恵:「うわぁ・・・勉強できる人だぁ・・・
知恵:もう一回拝んでおこう」
美智:「拝んでも成績は上がらないからね?」
知恵:「はぁ・・・やっぱりダメか」
美智:「知恵はまず、授業中に教科書を開く所から始めないと」
知恵:「それは分かってるんだけどねー。
知恵:教科書開くと、どうしても眠くなっちゃうんだよ~・・・昼休みの後は特に」
美智:「昼休みの後に限ったことじゃないだろ。
美智:この前は一限からずっと寝てたじゃないか」
知恵:「うっ・・・何故それを・・・」
美智:「そりゃあ隣の席なんだから、知ってるに決まってる」
知恵:「そういえばそうだ・・・ははは」
美智:「笑って誤魔化してないで・・・
美智:ほら、あとはどの問題が分からないんだよ。
美智:昼食べながら教えてあげるから」
知恵:「良いの!?」
美智:「良いけど、答え丸写しはダメだぞ」
知恵:「分かってるってー!
知恵:あっ・・・でも、大丈夫?
知恵:お昼一緒に食べる友だちとか・・・」
美智:「・・・大丈夫。いないよ」
知恵:「へぇ、そうなんだ・・・なんか意外。
知恵:部活の仲間とかもいないの?
知恵:てか、ミチ、何部だったっけ?」
美智:「・・・野球部」
知恵:「マジ!?うちの野球部って強豪だし、練習も厳しかったよね?
知恵:そんな部に居て、勉強もできて・・・
知恵:すごーい、尊敬するわぁ・・・」
美智:「すごくないよ・・・全然、すごくない」
知恵:「またまた~!謙遜(けんそん)しちゃって~。
知恵:ちなみにポジションは?」
美智:「・・・ピッチャー」
知恵:「ふぅん・・・強豪の野球部のピッチャーで、勉強も出来る好青年・・・
知恵:人のことモテるとか言うけど、実はミチの方こそ結構モテるんじゃ・・・」
美智:(美智、食い気味に)
美智:「そんなことより、早くしないと昼休み無くなるよ」
知恵:「あっ、ヤバい!そうだった!
知恵:ちょっと待ってて。今お弁当持ってくるから・・・」
美智:「・・・ねぇ、知恵こそさ。俺以外に居ないの?」
知恵:「何が?」
美智:「その・・・勉強教えてくれる人とか、一緒に昼休みを過ごす友だちとか・・・」
知恵:「何よ。アタシが一緒に居ると迷惑なの?」
美智:「迷惑じゃないよ。
美智:ただ・・・知恵はいつも周りに人がいるからさ、俺なんかで良いのかなって思って」
知恵:「良いの!アタシはキミに教えてもらいたいし、今日はキミとご飯を食べる気分なの。
知恵:ただ単純に、それだけ」
美智:「・・・そう」
知恵:「あー!ほら、そうこうしてるうちに昼休み終わっちゃうよ!
知恵:問三から下、全部埋めなきゃいけないんだから!
知恵:ミチ、お願い!食べながらで良いから教えて!」
美智:「えっ・・・本当に全く手を付けてないの?」
知恵:「アタシの頭の悪さを舐めるな~!
知恵:何せ、成績は下から数えた方が早いんだからね!」
美智:「・・・昼休みだけで終わるかなぁ・・・」
知恵:「人間その気になれば何でもできる!
知恵:お願いします、先生!」
美智:「ははっ・・・はいはい」
知恵:「よしっ、じゃあまず、問三の記号問題なんだけど・・・」
0:(しばらくの間)
美智:派手な外見を誰に言われてもやめないように、キミはやると決めたらとことんやる性格のようで。
美智:暇を見つけては、二人で額を突き合わせて勉強をする。
美智:そんな日々が続いた。
知恵:「あーーー!終わったぁーーー!」
美智:「お疲れ様。
美智:これで期末の範囲はひと通りおさらいしたかな」
知恵:「うげぇ・・・そうだ、これからテストがあるんだった・・・」
美智:「まぁまぁ、要点だけ抑えておけばそこそこ点数は取れるだろうし、気楽にいこうよ。
美智:これが終われば夏休みも待ってるしさ」
知恵:「そうだ!夏休み!
知恵:海、プール、花火大会!
知恵:楽しみ目白押しだ~!よぉし、頑張るぞ!」
美智:「そうそう、その意気だよ、知恵」
知恵:「あー楽しみだなぁー。
知恵:あっ、ミチは夏休みどうするの?
知恵:どこか遊びに行くの?」
美智:「・・・残念ながら、テスト終わったら部活三昧かな」
知恵:「そっか、野球部だもんねぇ。
知恵:そういえば、今年も順調に勝ち進んでるんだっけ、予選大会」
美智:「うん。ちょうど期末が終わったら決勝戦だ」
知恵:「すごーい。さすが強豪。
知恵:このままいけば、甲子園かー。
知恵:噂の高校球児がこんなに身近にいるなんて、なんか実感湧かないなー」
美智:「まぁ、実際試合に出てる俺も実感湧かないけどね」
知恵:「試合に出てる・・・?
知恵:えっ、ミチってレギュラーなの?」
美智:「ああ、一応。
美智:たまに先発で出させてもらう時もある」
知恵:「ウソっ!あれだけ部員がいて、二年なのにレギュラー!?
知恵:なんだー、教えてよー!」
美智:「いや・・・知ってるものだと思ってたから・・・」
知恵:「あー・・・アタシそういう事、めちゃめちゃ疎くてさぁ。
知恵:いやー・・・今のはマジでビックリした」
美智:「・・・じゃあ今まで、俺が野球部でどんな立場か知らずに、一緒にいたのか?」
知恵:「知らない知らない!
知恵:へぇ、野球やってるんだなぁ、くらいのイメージしか無かった」
美智:「そっか・・・だから何も気にせず話しかけてきてくれたのか・・・」
知恵:「え?何の話?」
美智:「・・・いや、こっちの話」
知恵:「なによー、そう言われると気になる。
知恵:ねぇ、教えてよー」
美智:「いいからいいから。
美智:・・・そんな事より、ほら、さっきやった範囲、わからないところはもう無い?」
知恵:「あっ、実は数学のここなんだけどさ、公式がどうしても覚えられなくて・・・」
美智:「ああ、そこは覚え方があって・・・」
知恵:「・・・でも、残念だよねー。
知恵:折角の夏休みなのに、ミチは遊ぶ暇も無いのかー」
美智:「そうだね。まぁ、勝ち進めればの話なんだけどさ」
知恵:「いやいや、どうせなら勝ちなよ!
知恵:それで、甲子園の土?ってやつ、お土産に持って帰ってきて!」
美智:「まだ出られるかも決まってないのに?」
知恵:「あははっ、気が早いか」
美智:「・・・まぁ、その前に知恵はテスト頑張れ」
知恵:「ちなみに、頑張ったらご褒美に何かくれるの?」
美智:「うーん・・・じゃあ、甲子園の土で」
知恵:「なるほど!それなら絶対赤点なんか取れないや」
美智:「うん、頑張れ。
美智:・・・よし、それじゃあ、俺はそろそろ部活に・・・」
知恵:(知恵、食い気味に)
知恵:「あっ、そうだ!ミチ!」
美智:「ん?どうした?」
知恵:「大会終わったらでいいからさ。
知恵:夏休み、どこか遊びに行こうよ!約束!」
美智:「(少し面食らったように驚き、ふっと笑って)
美智:・・・ああ、わかった。約束、な」
0:(少し間)
美智:そう言って、笑いながら手を振るキミと別れ、教室を出て前を向く。
美智:グラウンドへ向かう足は、いつもより少し軽い気がした。
美智:いつもより少し、頑張れる気がした。
美智:ーーーその時は、そう思えたんだ。
0:(しばらくの間)
知恵:「・・・もしもし。あっ、ミチ?
知恵:今回は・・・その・・・残念だったね。
知恵:とりあえず、今は気分切り替えてさ。
知恵:・・・あっ、そうだ!
知恵:約束どおり、どこか遊びに行こう!
知恵:海でも山でも夏祭りでも、どこでもいいよ。
知恵:どこか遊びにーーーえっ・・・?」
0:(少し間)
知恵:「・・・怪我・・・?」
0:(しばらくの間)
美智:ひとつ、呼吸をして足を踏み出す。
美智:まだ夏の余韻を残した教室は、いつもより落ち着きなく賑やかで。
美智:その喧騒(けんそう)に紛れ、誰にも気付かれないように席に着く。
美智:ひっそりと息を潜める。
美智:それでも時折感じる視線に。
美智:憐れむような、責めるような視線に、息が詰まりそうになった。
美智:
美智:そんな時だった。
知恵:「ミチ、おはよう!」
美智:「・・・知恵、おはよう」
知恵:「いやぁー。今日も暑っついねー!
知恵:毎日クーラーの中で快適に過ごしてた夏休みが恋しいよ、全く」
美智:「・・・そっか」
知恵:「はぁー・・・あっという間だったな~、この一ヶ月半。
知恵:バイトに遊びに明け暮れて、気付いたらもう八月三十一日だもん。
知恵:課題なんか全然終わってなくてさぁ。ははは」
美智:「・・・へぇ」
知恵:「ねぇ、ミチ。お願いがあるんだけどさ。
知恵:課題、教えてくれない?
知恵:一人で頑張ってみようと思ったんだけど、一向に進まなくて。
知恵:やっぱりアタシ、キミがいないとダメみたいでさー」
美智:「・・・」
知恵:「ねぇ、お願い!この通り!
知恵:このままじゃ出だしからお説教だよー!
知恵:アタシを助けると思って・・・ね?
知恵:お願いだから~・・・」
美智:「・・・なんで、俺ばっかりに頼るんだよ・・・」
知恵:「え・・・?」
美智:「・・・ごめん、知恵。
美智:俺、今そういう気分じゃないんだ。悪いけど、他の人をあたって・・・」
知恵:「ちょっと待ってよ。どこ行くの?
知恵:もうそろそろ先生来るよ。
知恵:初っ端からサボりなんてキミらしくない・・・」
美智:「・・・キミらしくない・・・?
美智:ねぇ、キミらしくないってどういう意味・・・?」
知恵:「えっ・・・?」
美智:「俺って、キミにとってどういう人間なの、知恵。
美智:サボりなんて絶対しない真面目な優等生?
美智:勉強を教えてくれる、隣の席の都合の良い同級生?」
知恵:「なに・・・急に。
知恵:別にアタシは・・・キミをそんな風になんて・・・」
美智:(美智、食い気味に)
美智:「思ってるだろ?
美智:だから、キミらしくないって言葉が出てくるんだよ。
美智:・・・いつもそうだ・・・俺が少しでも間違った事をすれば、失敗すれば、それは俺じゃなくなるんだ。
美智:みんな勝手に期待して・・・失望するんだ・・・!」
知恵:「ねぇ・・・!落ち着いてよ、ミチ!
知恵:誰もそんな事言ってないでしょ?」
美智:「嘘だ・・・言葉にしないだけで、みんな思ってる。
美智:先輩を差し置いてレギュラー入りしたくせに、試合中に肩なんか痛めて・・・
美智:結局、結果を残せなかったじゃないかって・・・!」
知恵:「だから、アタシはそんな事・・・!」
美智:「・・・じゃあ、周りを見てみなよ。
美智:俺たち二人を遠目から見るみんなの視線を・・・
美智:呆れたような、憐れむような、そんな視線を・・・」
知恵:「・・・っ」
美智:「・・・ごめん。やっぱり少し、頭冷やしてくる」
知恵:「ミチ・・・!ねぇ、待って・・・!
知恵:ねぇっ・・・!」
0:(ほんの少し間)
美智:背中越し、追いかけてくるキミの声から逃げるように教室を飛び出した。
美智:目元に感じる熱は、まだギラギラと照り付ける日差しのせいか、それともーーー
美智:何もかもから逃れたくて、まだ疼(うず)く肩と、張り裂けそうな胸の痛みに耐えながら登った階段の先。
美智:その扉を開けようとした瞬間、ワイシャツを引かれ身体が傾(かし)いだ。
知恵:「(息を切らしながら)
知恵:待ってって・・・言ったでしょ・・・?」
美智:「知恵・・・」
知恵:「運動部男子の体力に敵うわけないでしょ・・・
知恵:もう・・・全く・・・(肩で呼吸をしつつ、徐々に息を整える)」
美智:「・・・なんで追い掛けて来たんだよ。
美智:放っておいてくれよ、俺のことなんか・・・」
知恵:「知らないよ!そんなの!
知恵:身体が勝手に動いたんだから、仕方ないでしょ!」
美智:「なんだよ、それ・・・意味がわからない」
知恵:「・・・アタシだってわかんないよ。
知恵:っていうか、答えられるわけないでしょ。
知恵:問二の答えも埋められない、このアタシが」
0:(ほんの少し間)
美智:そう言って、キミが目の前の扉を開け放つ。
美智:夏の熱気を孕(はら)んだ風が、その髪を揺らした。
知恵:「・・・アタシさ。
知恵:本音を言うと、全然キミのこと知らなかったの」
美智:「は・・・?」
知恵:「そう、知らなかったんだよ。キミのこと。
知恵:成績が良いことも、野球部だってことも、レギュラーとして試合に出てたってことも、何一つ知らなかった」
美智:「・・・でも、もう知ってしまったじゃないか。
美智:俺が周囲からの期待に応えられなかった、情けない人間だって・・・
美智:そのイライラを人にぶつけるような、酷い人間だって・・・」
知恵:「・・・それを知ったから何だって言うの?」
美智:「えっ?」
知恵:「あのさ、キミ、絶対勘違いしてるよ。
知恵:アタシがそんな細かいこと考えて動くような人間に見える?
知恵:テストだってキミに教えてもらわなきゃ、赤点寸前なのにさ」
美智:「それとこれとは関係ないだろ・・・」
知恵:「ありあり、大ありだよ。
知恵:アタシ、キミが思ってるより、よっぽど馬鹿なんだよ?
知恵:その人が周りにどう思われてるかなんて、いちいち頭に入れて動けないっつーの」
美智:「・・・つまり、何が言いたいんだよ」
知恵:「だからぁ!
知恵:アタシは周囲からどう思われてようと、ありのままのキミが好きだって言ってんの!」
美智:「・・・っ!」
知恵:「・・・わーっ!!なんか今の告白みたいじゃん。
知恵:告白する時だって、こんなストレートな台詞、言ったことないのに。
知恵:恥ずかしい!今、すっごい恥ずかしい!」
美智:「だったら・・・言わなきゃ良かったじゃないか・・・
美智:俺なんかの為に、そんな恥ずかしい思いしなくたって良かったじゃないか・・・」
知恵:「けど、それくらい伝えないと、分かんないでしょ、この頭でっかち」
美智:「・・・」
知恵:「・・・あのね、ミチ。
知恵:周囲の人は、キミが考えてるより、キミのこと気にしてないよ。
知恵:だからさ、キミも気にしないでよ。
知恵:たった一度きりの人生なんだからさ。
知恵:自分の思う通りに生きなよ」
美智:「・・・自分は小難しいことが苦手だって言うクセに、俺には難題を出すなぁ・・・知恵は・・・」
知恵:「平気でしょ?
知恵:キミはアタシよりよっぽど頭が良いんだから、これくらい」
美智:「何だよそれ・・・」
知恵:「大丈夫。ミチが解けない問題は、アタシが一緒に解いてあげる。
知恵:あっ、馬鹿とハサミは使いよう・・・ってこういう時に使う言葉なんでしょ?
知恵:もしかしたら、一周回って天才的な発想が浮かんじゃうかもしれないね!」
美智:「・・・なんでそんな胸張って言うんだよ。
美智:全く、すぐに自虐ネタに走るんだから・・・ははっ」
知恵:「あっ、ようやく笑った」
0:(美智と知恵、しばし笑い合う)
知恵:「・・・あのさ、これだけは言っておくよ」
美智:「ん?」
知恵:「アタシが友だちになりたいと思ったキミは、野球部のレギュラーの空木美智(うつぎ よしのり)じゃないから」
美智:「うん」
知恵:「成績優秀な優等生の空木美智でもないからね」
美智:「・・・うん」
知恵:「アタシが・・・アタシが友だちになりたいと思ったキミはさ」
0:(ほんの少し間)
知恵:「・・・隣の席にいるお馬鹿なクラスメイトでも見捨てず、根気強く面倒を見てくれる。
知恵:そんな優しいキミだから、友だちになりたいと・・・
知恵:そう思ったんだよ、ミチ」
美智:「・・・っ」
知恵:「ん~・・・今日はすっごい良い天気だね。
知恵:ほら、行こう。
知恵:たまにはこんな風にサボるのも悪くない」
美智:そう言って笑うキミに手を引かれ、扉の向こうへ一歩踏み出す。
美智:見上げた夏の空は驚くほど青く眩しくて。
美智:降り注ぐ日差しは涙が出るほど眩しくて。
美智:でも、それ以上に、隣で一緒に空を見上げるその耳に光るピアスが、
美智:陽射しを受けてキラキラと輝く髪が眩しくて。
美智:
美智:キミの笑顔が眩しくて。
美智:
美智:どうしようもなく、胸が熱くなった。
0:(しばらくの間)
美智:夏の終わり、俺は部活を辞めた。
美智:その選択を逃げと言う人もいるかもしれない。
美智:臆病者だと、笑う人もいるかもしれない。
美智:けれど、もう怖いとは思わなかった。
美智:夕日の色に染まった教室で、教科書と真面目な顔で向かい合っている。
美智:そんなキミが隣にいれば、怖くないと思った。
知恵:「・・・あーっ!やっと終わったー!」
美智:「お疲れ。
美智:近頃はどの教科もだいぶ点数とれるようになってきたね、知恵」
知恵:「ふふっ、どう?アタシの成長ぶり!
知恵:最近、先生から具合悪いのかって心配される程なんだよ」
美智:「それは褒められてるの?」
知恵:「褒め言葉だよ。
知恵:そう思って素直に喜んでおけば、自分にとってもプラスになるでしょ?
知恵:何でも前向きが一番!」
美智:「ははっ・・・ーーー好きだなぁ」
知恵:「えっ?」
美智:「・・・いや、知恵のそういうとこ。
美智:いつも、真っ直ぐで、前向きで。
美智:変なフィルターかけないで人と接するとこ、好きだなぁって思って」
知恵:「あんまり褒めないでよ。
知恵:でも、アタシも好きだよ、キミのこと」
美智:ーーー好き。
美智:その二文字を自分で口にする度、キミが口にする度、心に何かが積もっていく。
美智:
美智:ひとつだけ、嘘をついた。
美智:怖いことなら、ひとつだけあった。
美智:
美智:この心に積もっていく何かを打ち明けてしまえば、キミは離れていくかもしれない。
美智:それは、今の俺にとっては何よりも怖くて。
美智:何よりも耐え難いことだと、知っていたのに。
知恵:「・・・同じ大学、受かるといいねー」
美智:「えっ?」
知恵:「もう、言ったでしょ?
知恵:アタシも頑張って、キミと同じ大学目指してみようかなーって」
美智:「ああ・・・そんなこと、言ってたね」
知恵:「そうそう!この夏、一生懸命頑張った成果を試したいの!
知恵:こんなアタシでも、努力すればどうにかなるんだぞーって」
美智:「・・・」
知恵:「ん?どうしたの。難しい顔して。
知恵:アタシと一緒の大学行くの、そんなに嫌だった?」
美智:「違う・・・違うよ」
知恵:「何?正直に言ってよ。
知恵:だってアタシたちさ・・・」
0:(ほんの少し間)
知恵:「友だち、でしょ?」
0:(ほんの少し間)
美智:ーーー心に降り積もったそれは、その言葉で不意に、そして簡単に崩れた。
0:(ほんの少し間)
美智:「・・・俺は知恵とは友だちではいられない」
知恵:「・・・え?」
美智:「あっ・・・違うんだ。
美智:ごめん、変なこと言って・・・
美智:今のは聞かなかったことに・・・」
知恵:(知恵、食い気味に)
知恵:「えっ・・・嘘でしょ。
知恵:なんで?意味わかんない・・・
知恵:どうして急にそんなこと」
美智:「・・・急にじゃないよ。ずっと前から、そう思ってた」
知恵:「ずっと・・・?
知恵:ってことは、そんなに前からアタシのこと、友だちじゃないって思ってたの・・・?」
美智:「・・・」
知恵:「・・・答えてよ。教えてよ、ミチ!
知恵:アタシのこと嫌いになったの!?」
美智:「・・・いっそ嫌いになれたら、どんなに良かったんだろうな」
知恵:「え・・・?」
0:(少し間)
美智:「俺・・・知恵の事が好きだよ。
美智:一人の女の子として・・・好きなんだ」
0:(しばらくの間)
美智:隣の席。
美智:いつも通り耳にピアスを光らせ、着崩した制服姿のキミがそこにいる。
美智:視線はもちろん合わなくて、もちろん言葉なんか交わせる訳がなくて。
美智:今にも逃げ出したくなる気持ちを抑え、一日を過ごす。
美智:
美智:あの日から、キミは一度も俺の目を見ない。
美智:俺の傍へやっては来ない。
美智:問題の答えを、求めには来ない。
美智:
美智:けど、それもひとつの正解だと。
美智:間違ってしまったのは自分なんだと、思っていた。
美智:だから、これで良いのだと、諦めていたのにーーー
知恵:「・・・ミチ、話したいことがあるんだ」
美智:夕暮れの教室、視線を上げれば赤く染まったキミが目の前に立っていた。
0:(しばらくの間)
知恵:「・・・へぇ、なかなか緊張感あるね。
知恵:こうしてこの場所に立つのって」
美智:テスト休み期間の、静まり返ったグラウンド。
美智:バットを手に、キミが打席に立つ。
美智:向かい合う形でマウンドに立つ俺の手にはーーーグローブと白球。
知恵:「どう?久々にそこに立った感想は」
美智:「・・・怖い。今にも逃げ出したい」
知恵:「なんでよ。肩の痛みは治まってるって言ってたじゃん。
知恵:それに、もうキミは野球部期待の二年生レギュラーでも何でもないんでしょ?」
美智:「違う、そういう意味じゃない・・・
美智:キミとこうして向き合うのが・・・怖い」
知恵:「怖いって・・・何が怖いのよ」
美智:「だって・・・キミは・・・俺のこと・・・」
知恵:(知恵、食い気味に)
知恵:「ごちゃごちゃ言ってないで、投げてこい!まずは一球!」
美智:そう言って、キミは打席でバットを構える。
美智:いつもと同じ真っ直ぐな目でこちらを見る。
知恵:「・・・よし、いつでもどうぞ!」
美智:「・・・っ(ボールを投げる)」
美智:震える指先から離れたボールは、少し中心を逸れて、バックネットを揺らす。
知恵:「(バットを振り抜く)っ!
知恵:・・・あーーー!ダメだー!
知恵:かすりもしないー!」
美智:「・・・知恵、ごめん。わからないよ、俺。
美智:キミとどうしてこんな事をしなきゃいけないのか・・・」
知恵:「いいの!頭でぐだぐだ考えない!
知恵:さぁ、もう一球!」
美智:「・・・っ!(ボールを投げる)」
知恵:「(バットを振り抜く)っ!
知恵:・・・悔しいーーー!また外した!」
美智:「・・・嫌だったんじゃないのか?」
知恵:「何が?」
美智:「嫌だったんじゃないのか?
美智:友だちだと思っていたヤツから好きだ、なんて告白されて。
美智:だからキミは俺の傍から離れようとしたんじゃないのか?」
知恵:「・・・嫌だと思ったら、こんな風に向かい合ってるわけないでしょ。ばーか」
美智:「(ハッとしたように息をのむ)」
知恵:「ほら、もう一球!早く投げて!」
美智:「・・・っ(ボールを投げる)」
知恵:「(バットを振り抜く)っ!あーーー!
知恵:やっぱ当たんないよー!もーーー!」
美智:「・・・なぁ、さっきの言葉」
知恵:「ん?」
美智:「さっきの言葉・・・
美智:どういう意味か、教えてほしい」
知恵:「・・・やっと真っ直ぐ目が合ったな。
知恵:この頭でっかちめ」
美智:そう言ってキミは夕日を背に笑う。
知恵:「・・・アタシも怖かっただけだよ」
美智:「えっ・・・?」
知恵:「アタシもさ、キミと同じだよ、ミチ。
知恵:口では色々前向きなこと言ってるけど、怖かっただけ。
知恵:真面目で優等生なキミと釣り合う人間なのかな、って不安になったの。
知恵:だから、少しキミのそばに居るのが怖くなった。でも・・・」
0:(ほんの少し間)
知恵:「こんな格好してるからって・・・
知恵:勉強ができないからって馬鹿にせず、真剣に向き合ってくれたキミなら、アタシも怖がらなくて良いんだって、そう思った」
美智:「それって・・・つまり・・・」
知恵:(知恵、食い気味に)
知恵:「さぁーて!
知恵:そろそろ一本かっ飛ばしちゃうぞ!
知恵:ほら、投げてよ。ラスト三球勝負。
知恵:ど真ん中ストレートで」
美智:真剣な表情で構えるキミに向かって、俺は小さく頷き返す。
美智:手にした白球を強く握り締め、腕を大きく振りかぶってーーー
知恵:「・・・やった!当たった!」
美智:白球が飛ぶ。
美智:僅かにバットを掠ったそれは、目を見開いた俺の横を抜けるファーストゴロ。
知恵:「ねぇ、見たでしょ!
知恵:アタシだってやればできるんだよ!
知恵:だから、こんな風にキミの不安や心配は何もかも、アタシが打ち返してみせるから・・・(バットを振りかぶりながら)さっ!」
美智:白球が飛ぶ。
美智:タイミングよく、しっかりと芯を捉えたそれは、はるか遠くに飛んで小さく、見えなくなる。
知恵:「だからさ!怖がらないでよ!
知恵:アタシはキミが思っているよりもずっとーーー」
0:(少し間)
知恵:「・・・キミのことが好きだよ!ミチ!」
美智:白球が飛ぶ。
美智:甲高い音を響かせ、夕暮れの空に放物線を描いたそれを、俺はしっかり受け止めた。
知恵:「・・・ナイスキャッチ!」
美智:ピッチャーフライーーーアウト。
美智:でも嬉しそうに弾むキミの声。
美智:前を向けば、背にした空より真っ赤に染まったキミの顔。
美智:
美智:「俺も・・・好きだよ」
美智:
美智:ボールの代わりに投げた言葉。
美智:それを聞いてキミはーーー優しく笑った。
0:~FIN~